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(ka0000)
【幻森】これまでの経緯




【幻森】でのストーリーノベルはこちらで確認するのです!
我輩のように状況整理に役立てるのですぞ!
チューダ
更新情報(11月30日更新)
過去の【幻森】ストーリーノベルを掲載しました。
【幻森】ストーリーノベル
各タイトルをクリックすると、下にノベルが展開されます。
「先の戦いで気付いたはずだ。散発的に戦いを挑んでも無駄だ」
怠惰の眷属である青木燕太郎は、目の前に集った歪虚達に言い放った。
『形無き邪悪』ノーフェイス。
ベアット。
『幻獣ヲ狩ル者』ルプナートル。
ポトル。
そして――青木。
彼らは、幻獣の持つマテリアルに惹かれて集ってきた歪虚達だ。
幻獣は豊富なマテリアルのその身に宿している。そのマテリアルを大量に保有できれば、歪虚としての力も増大。うまく行けば、歪虚としての階級を上げる事も夢では無い。
歪虚王も動き出している今、この機会を逃す手はない。
「えーっと、つまり手を組もうって言うの? ……面倒臭いなぁ」
パジャマ姿のポトルは、重たい瞼を辛うじて持ち上げながら呟いた。
それぞれが幻獣のマテリアルを狙って動いた者達だ。マテリアルの独占は考えても、他の歪虚と分け合う気など毛頭無い。
ポトルは歪虚同士で手を組む事に反対。
そして、それはベアットも同意見のようだ。
「なんでお前ぇに従わなきゃならねぇんだ? 幻獣の食べ放題だから、『早い者勝ち』だろ?」
「……いや、再び幻獣へ襲撃をかけても簡単に森には入れぬだろう」
青木は大きく被りを振る。
ベアットの意見をあっさり否定したのには、明確な理由がある。
その理由にいち早く察したルプナートルは、青木の目を見据える為に顔を上げる。
「そうか、あの人間達か」
「そうだ。既に森へ行った者ならば分かるはずだ。
幻獣を守ろうと人間達が動き始めている。おそらく、森周辺には力を持った人間達が存在している。彼らの防衛網を叩き潰さなければ、森に足を踏み入れる事さえ叶わない」
森を襲撃した歪虚達が思い浮かべていたのは、森の周辺で遭遇したハンターの存在だ。
彼らが森の侵入を阻むならば、幻獣達のマテリアルを手に入れる事は面倒だ。
「人間に対抗する為には、。戦術を持って森を攻める。
目的は一つ、手を携える事は可能だ」
「仰りたい事は理解しました。
ですが、その戦術を利用してあなたが抜け駆けしないという保証はあるのでしょうか。作戦を立案する中で自分だけ有利な状況など、いくらでも生み出せるでしょうから」
ノーフェイスは、青木に視線を送る。
青木の言いたい事も分かるが、青木を信用できるかどうかは別問題だ。
他の歪虚に人間の相手をさせている隙に青木一人が森の中へ入る事も考えられる。
その点について、青木は胸を張って否定する。
「俺は幻獣と人間が手を組まない状況さえ作れれば、どうでも良い。
敵の防衛網を破壊して指揮官を討った段階で協調関係は終了。早い者勝ちで森へ行くが良い」
青木にとって主の懸念となり得る幻獣の存在が消えさえすれば、後はどうなろうが知ったところではない。
その時点で目的は概ね達成されている。
敵の指揮官を討った段階で歪虚達が森に入って隙に略奪でもすればいい。
歪虚達は、ひとまず青木の提案を受け入れる事にした。
森へ入るまでの一時的な協調関係。
後ろ手にナイフを隠し持つ関係は――こうして構築された。
●
部族会議大首長バタルトゥ・オイマト(kz0023)は、幻獣の森に赴いていた。
連合軍隊長としての活動を開始したスコール族のファリフ・スコール(kz0009)からの報告によれば、外的の目から逃れた幻獣が結界を張って平穏な生活を送っていた。しかし、白龍の加護を受けた結界であったが故に、白龍が消滅したと同時に結界は弱体化。人からも歪虚からも幻獣の森が発見されるに至った。
このままでは幻獣達は歪虚に蹂躙される未来が待っている。
そして、幻獣達が持つ大量のマテリアルを手に入れて強化された歪虚は、必ず人類の前に立ちはだかる。
――危険だ。
夢幻城が攻略されている最中に増援として登場されれば、厄介な相手になり得る。
ならば、辺境の地に根付く民としてもこの状況を見過ごす訳にはいかない。
「……率直に言う。
大幻獣ナーランギ……力を借りたい。幻獣達と共に辺境の地から……歪虚を追い払いたい」
バタルトゥは眼前に現れた巨大な大幻獣――ナーランギを前にしていた。
巨大なロックタートルにその身を巻き付かせる大蛇。佇まいだけでも他の幻獣とは大きく異なる存在である事を感じさせる。
しかし、ナーランギから発せられる言葉は、バタルトゥの求めるそれとは異なっていた。
「追い払ってどうする?」
「……なに?」
「白龍が消えた今、既に運命は定められている。
滅びの刻を待つだけの私に、貸せる力などない」
幻獣の森は辺境と東方の境に存在している。
つまり、歪虚の支配地域下にある。もし、結界が消滅すれば周辺の歪虚が押し寄せて森の幻獣達は蹂躙されるだろう。
ナーランギだけで結界を維持する術も無い以上、滅ぶのは決められた事。
ゆったりとした口調には、滅びの運命を受け入れた覚悟があった。
「分かったら、もう帰るが良い。ここは直に闇へ呑まれる。
出会うのが少々遅すぎのだ」
そう言い放ったナーランギは、静かに目を閉じた。
まるで死期が訪れる僅かな時間を噛み締めるかのように。
――だが。
バタルトゥは、その場から動こうとしない。
むしろ、鋭い眼光をナーランギに対して向けた。
「……運命。その言葉で諦めた自分を正当化するのか?」
「…………」
「俺も……いずれ辺境の地で滅ぶも運命、そう考えていた。
しかし、今はどうだ?
ハンターの力を借り聖地を奪還する事ができた。
東方と呼ばれる地に住む民も、歪虚王に追い詰められながら生を勝ち取った」
バタルトゥの言葉には、普段の姿からは想像できない想いが込められていた。
聖地奪還から東方救援。
これまで多くの人と出会い、別れ――気付けば部族会議の大首長としてその背中に多くの命を預かる存在となっていた。
「白龍が消えたから滅びの運命が決まった?
……違う。お前が諦めた時に、滅びが決まる。運命を変える事はできる。
まだ生きる道は、残されている」
成長と称すべき状況変化がバタルトゥを大きく変えた。
一人じゃない。
よく見れば、自分の手に周りに差し伸べられた手があるはずだ。
「滅びは……運命では無い、と?」
「そうだ。俺は……いや、森の外で歪虚の襲撃に備えているハンター達は、幻獣達を救う為に来た。結界も聖地や東方の術で補強できるかもしれない。何もせず座して滅ぶは……愚の骨頂」
「そーなのです!」
そう叫んでバタルトゥの肩口に姿を現したのは、錫杖と王冠を身につけたジャンガリアンハムスター。
――自称『幻獣王』チューダである。
「!? いつの間に……」
「お前が大霊堂へ寄った時に、こっそりついてきたのです。
我輩の護衛役、ご苦労なのです」
勝手にバタルトゥの後についてきたくせに、しっかりバタルトゥを『護衛役』として任命していたようだ。
呆れるバタルトゥを放置して、チューダはナーランギの方へ向き直った。
「ナーランギ、久しぶりなのです。
我輩が来たからには、諦めてはダメなのです。『ねばーぎぶあっぷ』なのです」
「久しいな。しかし、何をしに来た。
ここは戦場となる。戦いに不向きなお前では、その身に危険が及ぶ」
「ふふふ。確かに身体能力では敵の方がすこーしだけ上手かもしれないのですが、我輩には溢れる知性があるのです」
周囲の空気を無視して一方的な自己主張。
唯我独尊幻獣王であるチューダの面目躍如だ。
今度はバタルトゥの方に向き直り、錫杖を突き出した。
「今この時より、幻獣の森周辺に展開した防衛戦力は『幻獣王親衛隊』へ編入するのです。
そして歪虚との戦いは、この幻獣王チューダ自ら指揮を執るのです。
権謀術数を駆使して圧倒的勝利をもたらすのです!
バタルトゥは、もっと光栄の思うが良いのであります!」
突如『幻獣王親衛隊』なる謎の部隊に編入され、全軍の指揮官にチューダが就任。
さっさと話を進めるチューダに、軽く胃痛を感じるバタルトゥ。
全軍の指揮官が一番無能な香りを放っているのは言うまでもない。
「さぁ、皆の者! 未来への進軍であります!」
調子の乗るチューダであったが、ここで事態は一気に急変する。
謁見の場に息を切らせたツキウサギが、走り込んできた。
「ナーランギ様、敵が来たっす! 前よりももっと数を増やして来やがったっす!」
激戦の火蓋は、幻獣の森外部のザサキ草原にて開始された。
右翼、中央、左翼と別れて進軍する歪虚連合軍に対し、チューダ親衛隊は正面から受け止める形で防衛戦に突入。草原中に怒声と悲鳴が入り交じり、戦争特有の異様な空気が広がっていく。
一方、チューダ親衛隊後方に陣取る一匹のジャンガリアンハムスター……否、幻獣王と言えば――。
「この戦、もらったであります! このまま一気に敵を蹴散らすのであります!」
幻獣王チューダは、バタルトゥの側で高らかに勝利宣言。
勝手に指揮官を名乗って部隊を編成したかと思えば、戦闘開始直後からこの態度。
しかし、余裕ぶっこいた態度には理由があった。
「辺境各地の部族に加えて我輩を崇拝するハンターが集結。トドメに天才的頭脳を持つ我輩が指揮官と来れば、負けるはずないのであります」
「……油断するな……どこで形勢が変わるか分からない」
無駄と分かっていても、バタルトゥはチューダに釘を刺した。
ここで調子に乗れば、敵の策略にハマって危機的状況を迎えるかもしれない。
まして、この戦いでチューダ親衛隊が敗北すれば幻獣の森に歪虚の侵入を許す事になる。それだけは絶対に避けなければならない。
「大丈夫でありますよ。だってほら、心なしか戦いの声も遠くなっている気がするであります。きっと敵を押し返しているに違いないであります」
チューダは最前線に向けて錫杖を指し示した。
確かに、先程と比べて敵の声が少しばかり遠くなった気がする。
味方の善戦で敵の進軍を本当に押し返しているのかもしれない。
その事を証明するかの如く、大幻獣ツキウサギが杵を片手に走り寄ってきた。
「報告するッス! 防衛部隊の善戦により敵は撤退を開始し始めたッス!
今から追いかければ、ヤオト渓谷辺りで敵を捕まえられるはずッス!」
わざわざ最前線からツキウサギ自身が報告してきたところを見れば、その真意は『追撃の許可』を得る為だろう。
逃げる敵にダメージを与えておけば、今しばらく幻獣の森に平穏が訪れる。
この機会を逃せば、いつまた歪虚が幻獣の森に現れるか分からない。
機会は――逃してはならない。
ツキウサギは、そう考えているのだろう。
そんな想いを知ってか知らずか、指揮官として調子に乗った指示を出す。
「なるほどであります。ならば、追撃部隊を編成して一気に敵を追い詰めるであります」 ツキウサギの報告で勝ちを確信したチューダ。
早々に追撃の命令を下す。
しかしここで、バタルトゥが苦言を呈する。
「……本当に追撃を許可する気か?
敵の策である可能性はないのか?」
「だーかーらー、大丈夫でありますよ。
敵は我輩にビビって撤退したのでありますから、ここはボーナスステージって感じでチャチャっと追撃するべきでありますよ。
ささ、ツキウサギ。追撃部隊と一緒に敵を倒してくるであります」
「その言葉、待ってたッス! 仲間を集めて一気に敵を叩くッス!」
「……待て」
バタルトゥはツキウサギを止めようとするが、ツキウサギは足早にその場を去ってしまった。
一抹の不安。
それが――バタルトゥの心に生まれる。
取り越し苦労であれば良いのだが……。
●
青木燕太郎は、ザサキ草原の近くに身を潜めていた。
手筈通りであれば、進軍していた歪虚連合軍はヤオト渓谷まで撤退。
突出した敵の後方を塞ぐ形で伏兵部隊が登場。孤立した敵を叩いた後、浮き足だった人類側を一気に叩くのが歪虚側の作戦だ。
そして――この作戦は、今の所順調に進んでいる。
「敵が罠にかかったか。
バタルトゥ・オイマト――噂とは違うな。もう少し骨のある奴だと思っていたが……」
人類側の追撃部隊があっさり罠に掛かったとの報告は、燕太郎を少々落胆させた。
東方で歪虚王打倒に貢献したとされる部族会議の大首長があまりにも簡単に罠にかかった。戦い甲斐のある相手だと見ていたが、これではただの猪武者。策を弄するのも馬鹿らしくなる。
「しかし、一度始まった戦いである以上、止められはせん。
……俺達も出るぞ。狙うは、敵の指揮官だ」
青木は、茂みから姿を現して敵部隊の後方を狙う。
敵指揮官を倒した瞬間、歪虚達は一気に幻獣の森を目指し始める。
歪虚連合は解体となるが、それで良い。歪虚同士が勝手に競い合えばいい。
人間と幻獣の中を潰せれば、その後がどうなると知った事ではない。
仮にこの作戦が失敗したとしても、部族会議の大首長を討ち取れるのであれば十分な成果だ。
――始めから、連合を呼び掛けた歪虚も捨て駒にするつもりだったのだから。
「ここで敵を討ち果たし……一気にケリを付ける」
●
「申し上げます! 追撃部隊は敵の罠にかかって孤立しました!」
「な、な、な……なんですとぉ?!?」
悲鳴にも似たチューダの声が木霊する。
バタルトゥの懸念通り、敵の撤退は罠だったようだ。
「……そ、そんな。我輩の作戦は完璧なはずであります……」
ショックの余り、その場で固まったチューダ。
その傍らで、バタルトゥは激しく後悔していた。
指揮官として有能だと主張し続けるチューダを信じた結果、味方の危機を招いたのだ。
だが、ここで悔やんでいては被害が広がるだけだ。
「……追撃部隊の救出を優先。被害を最小限に抑えろ。……誰も、死なせるな」
「了解しました」
報告へ来たオイマト族の戦士は、バタルトゥの指示を持って各部隊へ伝達するべく動き出す。
部下が走り出した後も、未だ固まるチューダ。
バタルトゥは大きくため息をついた後、つま先でチューダを数回突いた。
「……おい、お前は指揮官だろう。各部隊に指示を出さないのか?」
その言葉で顔を見上げるチューダ。
視線の先には、失望と怒りに満ちたバタルトゥの瞳があった。
本能的にマズいと考えた幻獣王。
頭を悩ませた結果、その口から指揮官らしからぬ言葉を吐き出した。
「あー。えーっと……後はみんなで何とかするであります」
●
歪虚連合軍と幻獣王親衛隊がザサキ草原で激突する――ほんの少し前。
大幻獣ナーランギの前に、ツキウサギが姿を見せる。
「……どうした、ツキウサギ。今から人間と共に戦うのではないのか?」
「ナーランギ様、お願いがあるッス!
どうか、ここにいるみんなにも人間と一緒に戦う許可が欲しいッス!」
「!?」
ナーランギが見れば、ツキウサギの背後には多数の幻獣が姿を見せる。
ファリフ・スコールと共に行動するフェンリルよりは小型だが、普通の物より大きな体を持つ狼のような幻獣。
先祖に鳥を持っているのであろうが飛ぶ事よりも地上を駆ける事に特化した巨大な鳥型幻獣。
それら以外にもツキウサギの仲間やレイピアを手にした猫型幻獣の姿もある。
どれも歪虚や人間に追い回されて傷付き、この森へ流れ着いた幻獣達だ。
あまりの多さにナーランギも驚きを隠せない。
「……何故だ。何故、自ら戦いに赴こうとするのか」
「森の外にいるみんなは、自分達の為に戦おうとしているッス。それをただ黙ってみているだけでは、消えていった仲間達に申し訳ないッス」
ツキウサギは、幻獣としての誇りを説いた。
歪虚から幻獣を守ろうと人間達が傷付こうとしている。
それを黙って見守る事は本当に良い事なのか。
人間達に守ってもらい、自分達は傷付く事無く<森の中で縮こまっていても良いのか。
――自分達にも戦う術はあるというのに。
「ナーランギ様は、滅びを待つと仰っているッス。森の外にいる人間達が負けるなら、それも仕方ないッス。でも、全部人間達に任せて待つだけなんておかしいッス」
「…………」
ツキウサギの言葉をナーランギは黙って聞いていた。
何故、そこまで運命に抗うのか。
何故、そこまで生に縋り付こうとするのか。
先程の人間に影響されたのか。
だとするなら、人間と幻獣の関係はかつての絆を取り戻そうというのか――。
「そう考えていたのは、自分だけだと思っていたッス。
でも、違ったッス。みんな最後まで戦いたいって言ってくれたッス。自分……マジ嬉しいッス」
「一つ問おう。幻獣が人間を主と認める為には、『試練』を乗り越えて認めた時のみ。それは人間の力量を量ると同時に、人間との絆を感じ取る意味合いがある。
しかし、森の外にいる者達は試練を乗り越えていない。
それでも……人間を信じて共に闇と戦うのか?」
本来、幻獣が人間を主とするには幻獣が定めた試練を乗り越える必要がある。ちょうどナルガンド塔でファリフ・スコールを大幻獣フェンリルが認めたように、幻獣が課す試練を人間が乗り越えるのが『幻獣の掟』だ。
だが、今回はその試練を行っていない。
仮に幻獣と人間が共に戦ったとしても、双方の力を十分に発揮する事ができるのか。
ナーランギはその事に疑問を持っていた。
――しかし、ツキウサギは首を横に振る。
「大丈夫ッス! 敵は同じっスから、仲違いみたいな事にはならないッス。
ナーランギ様もみんなを信じて欲しいッス」
自信に溢れるツキウサギ。
ここ最近、森の近くに集まるハンター達に何らかの影響を受けたのかもしれない。
ツキウサギはきっとハンターを信じてみようという想いに溢れているのだろう。
そのツキウサギの姿がナーランギの心に『ある感情』をもたらした。
「……潔い滅びよりも、無様に生きる道を選ぶか」
「ナーランギ様!」
「好きにするが良い。戦に倒れるも、座して滅びを待つも違いはない……」
そう言いながら、ナーランギは静かに瞳を閉じた。
●幻獣の森(10月13日公開)
●幻獣の森
辺境と東方の境界付近。
歪虚支配地域下にありながら、歪虚の汚染から免れた森があった。
大幻獣『ナーランギ』が張った結界に守られたこの森は、人間や歪虚の目から完全に逃れる事ができていた。
幻獣達の最後の楽園――『幻獣の森』と呼ばれたこの森だが、最近になって事情が変わってきたようだ。
「また雑魔が現れたッス。弱い相手なので追い返す事ができたッスが、最近はかなり多いッス」
森の中で兎型の幻獣が喋る。
杵を持ち長靴を履いた兎――『ツキウサギ』と称される幻獣は、森の現状を報告する。
今まで歪虚から隠れる事に成功していた森だったが、最近歪虚に発見される機会が多い。まだ雑魔でも低級の者が発見しているケースである為、ツキウサギでも撃退する事ができた。
だが、もし強力な歪虚が現れたのなら……。
そうなればツキウサギだけでは撃退は難しくなる。
「もし、歪虚が森に侵入すればこの森に住む幻獣のみんなもやられるかもしれないッス」
ツキウサギは昔を思い出しながら、寂しそうに呟いた。
歪虚にとって幻獣の持つ大量のマテリアルは魅力的だ。過去、歪虚によってマテリアルを吸収されて消滅していった仲間達。その無念と悔しさが入り交じった表情を、ツキウサギは忘れる事ができない。
「結界が……綻んでいる」
ツキウサギの報告を耳にしていたナーランギは静かに答えた。
『ロックイーター』と呼ばれる巨大な陸亀にその身を絡ませる一匹の大蛇。
その大蛇こそ、大幻獣ナーランギであった。
「え、結界がヤバイって事ッスか!? だって、結界は白龍の力も借りて張られたッスよね?」
「白龍に何かあったのかもしれぬ。事実、白龍の気配がまったく感じられない」
幻獣の森の結界はナーランギが白龍に協力を求めて張られたものだ。
姿を隠していたが故、ナーランギ達は白龍が消滅した事を知らない。
しかし、結界の綻びが白龍の消滅を暗に知らせていた。
「結界が消滅は、我等の終焉を意味する。やはり、我等は滅び行く存在だったか」
ナーランギは、寂しそうに呟いた。
それは歪虚に蹂躙される未来を想い描き、運命を受け入れようとしているように見える。
だが、ツキウサギはここですべてを諦めるつもりはなかった。
「まだ手はあるッス。この間、森にやってきた人間達がいるッス。彼らの助けが得られるなら……」
●
「幻獣の森? さぁて、聞いた事ないねぇ」
スコール族長ファリフ・スコール(kz0009)は、大霊堂を訪れていた。
先日発見された幻獣の森について大巫女に話を聞く為だ。
「そっかぁ。だとするなら、最近になってできた森なのかなぁ」
幻獣の森と呼ばれる森を発見したファリフだったが、その実態については何も分かっていないに等しい。連合軍の一翼として北伐遠征を進めている大首長バタルトゥ・オイマト(kz0023)も聞いた事が無いと言っていた。やはり、今まであの森について知っている人間はいないようだ。
「フェンリルに話を聞いてみたいけど、今はトリシュヴァーナへ会いに行っちゃったから話聞けないし……。
うーん。あの時、確かにツキウサギって子が幻獣の森って言ってたんだけどなぁ」
「なんですと!?」
ファリフの独り言に超反応したのは、自称幻獣王『チューダ』。
態度と腹はデカいチューダだが、幻獣に関する知識は他者を圧倒する。
もっとも、物忘れが酷かったり、うっかりミスを連発する癖が直れば頼れる存在なのだが……。
「あ、そういえばチューダがいたんだっけ」
「あれ? 我輩、もしかして存在から忘れられました?」
「え? いや、そんな事ないよ。ボクも今からチューダに話を聞こうと思ってたんだ」
「そうでしょうとも。この頭脳明晰にして愛に満ちあふれる王が知識を授け……って、それよりさっき『ツキウサギ』って言いませんでしたか?」
慌てて言い繕うファリフの嘘をあっさり受け入れる純粋なチューダ。
そのチューダがツキウサギの名を口にしたところ見れば、何か知っているのかもしれない。ファリフはチューダに頼らなければならない現状を案じながら、先日あった出来事を話した。
「この間、ハンターズソサエティから辺境と東方の境辺りにある森を調べて欲しいって依頼があったんだ。歪虚らしき怪しい存在があるって。
でも、行ってみたら杵をもったウサギが居たんだ。そのウサギが『ツキウサギ』って名乗って……」
「やはり、ツキウサギは生きていたのです!」
ファリフの言葉を強引に遮ってチューダは高らかに叫ぶ。
どうやらチューダはツキウサギの事を知っているようだ。
「チューダ、ツキウサギの事を知っているの?」
「無論であります。ツキウサギは大幻獣の一種で人語を解する戦士であります。随分会ってないので心配したのでありますが、生きているならこっちに顔を出してくれれば歓待したであります」
脳天気なチューダだが、おかげでツキウサギが大幻獣の一種である事は分かった。
「そうなんだ。でも、なんで幻獣の森に隠れ住んでいるのかな?」
「あ。そういえば、ツキウサギは他の幻獣と一緒に結界を張って他の幻獣を助けるって言ってたであります。その隠れている森を『幻獣の森』って言ってたかもしれないのです」
「そうなの? ……チューダ、そういう話はもっと早く言ってよ」
「えへへ。たった今まで忘れてたであります」
ファリフは呆れ気味に言い放った。
だが、当のチューダはすっかり忘れていた事実を笑って誤魔化している。今にチューダが大きな失敗を引き起こす――ファリフは大きな不安を抱いていた。
「で、どうするんだい? どうせ、このまま放っておく気はないんだろう」
話を聞いていた大巫女は、ファリフに振り返った。
この質問が愚問である事を大巫女は知っている。
ファリフという子が困った幻獣を放っておく事はできない。
必ず、『助けに行こう』と言い出すに決まっている。
だったら、自分にできるのはこの子の背を押して裏から助けてやるだけだ。
「うん。ツキウサギ達を助けるんだ。フェンリルにもなるべく早く戻って貰わないと……」
力強いファリフの答えに対して大巫女は小さく頷いた。
歪虚支配地域にあるならば、巫女を派遣して周辺の浄化作業も手伝ってやらなければ。
北伐の最中に、また大きな仕事が始まろうとしていた。
●
「間違いない、奴らは今まで気配を消していたのか。
だが、何らかの事情でその姿を現さずを得なかったか……」
歪虚支配地域下で、一人の男が徘徊していた。
黒いコートに黒い手袋を身につけた、リアルブルー風の衣装に身を包んだ男。
だが、その手には衣装と不釣り合いな素槍が握られていた。
男の名は――青木燕太郎。
かつてはハンターと称される存在であったが、今は歪虚として人間と相対する存在だ。
「東方の一件で幻獣達は気を緩めたのか?
否、そうではないな。おそらく不測の事態という奴だろう」
ハンターであろうと、歪虚であろうと目の前に立つ敵に愛用の槍を向ける事は変わらない。
ハンター達の協力を得て人類が力を持ったのなら、歪虚である自分も更なる高みを目指さなければならない。その為には幻獣の持つマテリアルが不可欠。既に幻獣のマテリアルを嗅ぎ付けて複数の歪虚が動き出している。
だが、燕太郎のもう一つ懸念があった。
万が一幻獣が人間に手を貸せば歪虚として厄介な事になりかねない。それを阻止する為にも幻獣の森は確実に滅ぼす必要がある。
「やはり……捨て置けんな」
燕太郎は、踵を返した。
目的地は幻獣の森。
人間と幻獣の目論見を打ち砕く為に。
辺境と東方の境界付近。
歪虚支配地域下にありながら、歪虚の汚染から免れた森があった。
大幻獣『ナーランギ』が張った結界に守られたこの森は、人間や歪虚の目から完全に逃れる事ができていた。
幻獣達の最後の楽園――『幻獣の森』と呼ばれたこの森だが、最近になって事情が変わってきたようだ。
「また雑魔が現れたッス。弱い相手なので追い返す事ができたッスが、最近はかなり多いッス」
森の中で兎型の幻獣が喋る。
杵を持ち長靴を履いた兎――『ツキウサギ』と称される幻獣は、森の現状を報告する。
今まで歪虚から隠れる事に成功していた森だったが、最近歪虚に発見される機会が多い。まだ雑魔でも低級の者が発見しているケースである為、ツキウサギでも撃退する事ができた。
だが、もし強力な歪虚が現れたのなら……。
そうなればツキウサギだけでは撃退は難しくなる。
「もし、歪虚が森に侵入すればこの森に住む幻獣のみんなもやられるかもしれないッス」
ツキウサギは昔を思い出しながら、寂しそうに呟いた。
歪虚にとって幻獣の持つ大量のマテリアルは魅力的だ。過去、歪虚によってマテリアルを吸収されて消滅していった仲間達。その無念と悔しさが入り交じった表情を、ツキウサギは忘れる事ができない。
「結界が……綻んでいる」
ツキウサギの報告を耳にしていたナーランギは静かに答えた。
『ロックイーター』と呼ばれる巨大な陸亀にその身を絡ませる一匹の大蛇。
その大蛇こそ、大幻獣ナーランギであった。
「え、結界がヤバイって事ッスか!? だって、結界は白龍の力も借りて張られたッスよね?」
「白龍に何かあったのかもしれぬ。事実、白龍の気配がまったく感じられない」
幻獣の森の結界はナーランギが白龍に協力を求めて張られたものだ。
姿を隠していたが故、ナーランギ達は白龍が消滅した事を知らない。
しかし、結界の綻びが白龍の消滅を暗に知らせていた。
「結界が消滅は、我等の終焉を意味する。やはり、我等は滅び行く存在だったか」
ナーランギは、寂しそうに呟いた。
それは歪虚に蹂躙される未来を想い描き、運命を受け入れようとしているように見える。
だが、ツキウサギはここですべてを諦めるつもりはなかった。
「まだ手はあるッス。この間、森にやってきた人間達がいるッス。彼らの助けが得られるなら……」
●

ファリフ・スコール

チューダ
スコール族長ファリフ・スコール(kz0009)は、大霊堂を訪れていた。
先日発見された幻獣の森について大巫女に話を聞く為だ。
「そっかぁ。だとするなら、最近になってできた森なのかなぁ」
幻獣の森と呼ばれる森を発見したファリフだったが、その実態については何も分かっていないに等しい。連合軍の一翼として北伐遠征を進めている大首長バタルトゥ・オイマト(kz0023)も聞いた事が無いと言っていた。やはり、今まであの森について知っている人間はいないようだ。
「フェンリルに話を聞いてみたいけど、今はトリシュヴァーナへ会いに行っちゃったから話聞けないし……。
うーん。あの時、確かにツキウサギって子が幻獣の森って言ってたんだけどなぁ」
「なんですと!?」
ファリフの独り言に超反応したのは、自称幻獣王『チューダ』。
態度と腹はデカいチューダだが、幻獣に関する知識は他者を圧倒する。
もっとも、物忘れが酷かったり、うっかりミスを連発する癖が直れば頼れる存在なのだが……。
「あ、そういえばチューダがいたんだっけ」
「あれ? 我輩、もしかして存在から忘れられました?」
「え? いや、そんな事ないよ。ボクも今からチューダに話を聞こうと思ってたんだ」
「そうでしょうとも。この頭脳明晰にして愛に満ちあふれる王が知識を授け……って、それよりさっき『ツキウサギ』って言いませんでしたか?」
慌てて言い繕うファリフの嘘をあっさり受け入れる純粋なチューダ。
そのチューダがツキウサギの名を口にしたところ見れば、何か知っているのかもしれない。ファリフはチューダに頼らなければならない現状を案じながら、先日あった出来事を話した。
「この間、ハンターズソサエティから辺境と東方の境辺りにある森を調べて欲しいって依頼があったんだ。歪虚らしき怪しい存在があるって。
でも、行ってみたら杵をもったウサギが居たんだ。そのウサギが『ツキウサギ』って名乗って……」
「やはり、ツキウサギは生きていたのです!」
ファリフの言葉を強引に遮ってチューダは高らかに叫ぶ。
どうやらチューダはツキウサギの事を知っているようだ。
「チューダ、ツキウサギの事を知っているの?」
「無論であります。ツキウサギは大幻獣の一種で人語を解する戦士であります。随分会ってないので心配したのでありますが、生きているならこっちに顔を出してくれれば歓待したであります」
脳天気なチューダだが、おかげでツキウサギが大幻獣の一種である事は分かった。
「そうなんだ。でも、なんで幻獣の森に隠れ住んでいるのかな?」
「あ。そういえば、ツキウサギは他の幻獣と一緒に結界を張って他の幻獣を助けるって言ってたであります。その隠れている森を『幻獣の森』って言ってたかもしれないのです」
「そうなの? ……チューダ、そういう話はもっと早く言ってよ」
「えへへ。たった今まで忘れてたであります」
ファリフは呆れ気味に言い放った。
だが、当のチューダはすっかり忘れていた事実を笑って誤魔化している。今にチューダが大きな失敗を引き起こす――ファリフは大きな不安を抱いていた。
「で、どうするんだい? どうせ、このまま放っておく気はないんだろう」
話を聞いていた大巫女は、ファリフに振り返った。
この質問が愚問である事を大巫女は知っている。
ファリフという子が困った幻獣を放っておく事はできない。
必ず、『助けに行こう』と言い出すに決まっている。
だったら、自分にできるのはこの子の背を押して裏から助けてやるだけだ。
「うん。ツキウサギ達を助けるんだ。フェンリルにもなるべく早く戻って貰わないと……」
力強いファリフの答えに対して大巫女は小さく頷いた。
歪虚支配地域にあるならば、巫女を派遣して周辺の浄化作業も手伝ってやらなければ。
北伐の最中に、また大きな仕事が始まろうとしていた。
●

青木燕太郎
だが、何らかの事情でその姿を現さずを得なかったか……」
歪虚支配地域下で、一人の男が徘徊していた。
黒いコートに黒い手袋を身につけた、リアルブルー風の衣装に身を包んだ男。
だが、その手には衣装と不釣り合いな素槍が握られていた。
男の名は――青木燕太郎。
かつてはハンターと称される存在であったが、今は歪虚として人間と相対する存在だ。
「東方の一件で幻獣達は気を緩めたのか?
否、そうではないな。おそらく不測の事態という奴だろう」
ハンターであろうと、歪虚であろうと目の前に立つ敵に愛用の槍を向ける事は変わらない。
ハンター達の協力を得て人類が力を持ったのなら、歪虚である自分も更なる高みを目指さなければならない。その為には幻獣の持つマテリアルが不可欠。既に幻獣のマテリアルを嗅ぎ付けて複数の歪虚が動き出している。
だが、燕太郎のもう一つ懸念があった。
万が一幻獣が人間に手を貸せば歪虚として厄介な事になりかねない。それを阻止する為にも幻獣の森は確実に滅ぼす必要がある。
「やはり……捨て置けんな」
燕太郎は、踵を返した。
目的地は幻獣の森。
人間と幻獣の目論見を打ち砕く為に。
(執筆:近藤豊)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●幻獣王親衛隊vs歪虚連合(11月6日公開)

青木燕太郎
怠惰の眷属である青木燕太郎は、目の前に集った歪虚達に言い放った。
『形無き邪悪』ノーフェイス。
ベアット。
『幻獣ヲ狩ル者』ルプナートル。
ポトル。
そして――青木。
彼らは、幻獣の持つマテリアルに惹かれて集ってきた歪虚達だ。
幻獣は豊富なマテリアルのその身に宿している。そのマテリアルを大量に保有できれば、歪虚としての力も増大。うまく行けば、歪虚としての階級を上げる事も夢では無い。
歪虚王も動き出している今、この機会を逃す手はない。
「えーっと、つまり手を組もうって言うの? ……面倒臭いなぁ」
パジャマ姿のポトルは、重たい瞼を辛うじて持ち上げながら呟いた。
それぞれが幻獣のマテリアルを狙って動いた者達だ。マテリアルの独占は考えても、他の歪虚と分け合う気など毛頭無い。
ポトルは歪虚同士で手を組む事に反対。
そして、それはベアットも同意見のようだ。
「なんでお前ぇに従わなきゃならねぇんだ? 幻獣の食べ放題だから、『早い者勝ち』だろ?」
「……いや、再び幻獣へ襲撃をかけても簡単に森には入れぬだろう」
青木は大きく被りを振る。
ベアットの意見をあっさり否定したのには、明確な理由がある。
その理由にいち早く察したルプナートルは、青木の目を見据える為に顔を上げる。
「そうか、あの人間達か」
「そうだ。既に森へ行った者ならば分かるはずだ。
幻獣を守ろうと人間達が動き始めている。おそらく、森周辺には力を持った人間達が存在している。彼らの防衛網を叩き潰さなければ、森に足を踏み入れる事さえ叶わない」
森を襲撃した歪虚達が思い浮かべていたのは、森の周辺で遭遇したハンターの存在だ。
彼らが森の侵入を阻むならば、幻獣達のマテリアルを手に入れる事は面倒だ。
「人間に対抗する為には、。戦術を持って森を攻める。
目的は一つ、手を携える事は可能だ」
「仰りたい事は理解しました。
ですが、その戦術を利用してあなたが抜け駆けしないという保証はあるのでしょうか。作戦を立案する中で自分だけ有利な状況など、いくらでも生み出せるでしょうから」
ノーフェイスは、青木に視線を送る。
青木の言いたい事も分かるが、青木を信用できるかどうかは別問題だ。
他の歪虚に人間の相手をさせている隙に青木一人が森の中へ入る事も考えられる。
その点について、青木は胸を張って否定する。
「俺は幻獣と人間が手を組まない状況さえ作れれば、どうでも良い。
敵の防衛網を破壊して指揮官を討った段階で協調関係は終了。早い者勝ちで森へ行くが良い」
青木にとって主の懸念となり得る幻獣の存在が消えさえすれば、後はどうなろうが知ったところではない。
その時点で目的は概ね達成されている。
敵の指揮官を討った段階で歪虚達が森に入って隙に略奪でもすればいい。
歪虚達は、ひとまず青木の提案を受け入れる事にした。
森へ入るまでの一時的な協調関係。
後ろ手にナイフを隠し持つ関係は――こうして構築された。
●

バタルトゥ・オイマト

ファリフ・スコール
連合軍隊長としての活動を開始したスコール族のファリフ・スコール(kz0009)からの報告によれば、外的の目から逃れた幻獣が結界を張って平穏な生活を送っていた。しかし、白龍の加護を受けた結界であったが故に、白龍が消滅したと同時に結界は弱体化。人からも歪虚からも幻獣の森が発見されるに至った。
このままでは幻獣達は歪虚に蹂躙される未来が待っている。
そして、幻獣達が持つ大量のマテリアルを手に入れて強化された歪虚は、必ず人類の前に立ちはだかる。
――危険だ。
夢幻城が攻略されている最中に増援として登場されれば、厄介な相手になり得る。
ならば、辺境の地に根付く民としてもこの状況を見過ごす訳にはいかない。
「……率直に言う。
大幻獣ナーランギ……力を借りたい。幻獣達と共に辺境の地から……歪虚を追い払いたい」
バタルトゥは眼前に現れた巨大な大幻獣――ナーランギを前にしていた。
巨大なロックタートルにその身を巻き付かせる大蛇。佇まいだけでも他の幻獣とは大きく異なる存在である事を感じさせる。
しかし、ナーランギから発せられる言葉は、バタルトゥの求めるそれとは異なっていた。
「追い払ってどうする?」
「……なに?」
「白龍が消えた今、既に運命は定められている。
滅びの刻を待つだけの私に、貸せる力などない」
幻獣の森は辺境と東方の境に存在している。
つまり、歪虚の支配地域下にある。もし、結界が消滅すれば周辺の歪虚が押し寄せて森の幻獣達は蹂躙されるだろう。
ナーランギだけで結界を維持する術も無い以上、滅ぶのは決められた事。
ゆったりとした口調には、滅びの運命を受け入れた覚悟があった。
「分かったら、もう帰るが良い。ここは直に闇へ呑まれる。
出会うのが少々遅すぎのだ」
そう言い放ったナーランギは、静かに目を閉じた。
まるで死期が訪れる僅かな時間を噛み締めるかのように。
――だが。
バタルトゥは、その場から動こうとしない。
むしろ、鋭い眼光をナーランギに対して向けた。
「……運命。その言葉で諦めた自分を正当化するのか?」
「…………」
「俺も……いずれ辺境の地で滅ぶも運命、そう考えていた。
しかし、今はどうだ?
ハンターの力を借り聖地を奪還する事ができた。
東方と呼ばれる地に住む民も、歪虚王に追い詰められながら生を勝ち取った」
バタルトゥの言葉には、普段の姿からは想像できない想いが込められていた。
聖地奪還から東方救援。
これまで多くの人と出会い、別れ――気付けば部族会議の大首長としてその背中に多くの命を預かる存在となっていた。
「白龍が消えたから滅びの運命が決まった?
……違う。お前が諦めた時に、滅びが決まる。運命を変える事はできる。
まだ生きる道は、残されている」
成長と称すべき状況変化がバタルトゥを大きく変えた。
一人じゃない。
よく見れば、自分の手に周りに差し伸べられた手があるはずだ。
「滅びは……運命では無い、と?」
「そうだ。俺は……いや、森の外で歪虚の襲撃に備えているハンター達は、幻獣達を救う為に来た。結界も聖地や東方の術で補強できるかもしれない。何もせず座して滅ぶは……愚の骨頂」
「そーなのです!」
そう叫んでバタルトゥの肩口に姿を現したのは、錫杖と王冠を身につけたジャンガリアンハムスター。
――自称『幻獣王』チューダである。

チューダ
「お前が大霊堂へ寄った時に、こっそりついてきたのです。
我輩の護衛役、ご苦労なのです」
勝手にバタルトゥの後についてきたくせに、しっかりバタルトゥを『護衛役』として任命していたようだ。
呆れるバタルトゥを放置して、チューダはナーランギの方へ向き直った。
「ナーランギ、久しぶりなのです。
我輩が来たからには、諦めてはダメなのです。『ねばーぎぶあっぷ』なのです」
「久しいな。しかし、何をしに来た。
ここは戦場となる。戦いに不向きなお前では、その身に危険が及ぶ」
「ふふふ。確かに身体能力では敵の方がすこーしだけ上手かもしれないのですが、我輩には溢れる知性があるのです」
周囲の空気を無視して一方的な自己主張。
唯我独尊幻獣王であるチューダの面目躍如だ。
今度はバタルトゥの方に向き直り、錫杖を突き出した。
「今この時より、幻獣の森周辺に展開した防衛戦力は『幻獣王親衛隊』へ編入するのです。
そして歪虚との戦いは、この幻獣王チューダ自ら指揮を執るのです。
権謀術数を駆使して圧倒的勝利をもたらすのです!
バタルトゥは、もっと光栄の思うが良いのであります!」
突如『幻獣王親衛隊』なる謎の部隊に編入され、全軍の指揮官にチューダが就任。
さっさと話を進めるチューダに、軽く胃痛を感じるバタルトゥ。
全軍の指揮官が一番無能な香りを放っているのは言うまでもない。
「さぁ、皆の者! 未来への進軍であります!」
調子の乗るチューダであったが、ここで事態は一気に急変する。

ツキウサギ
「ナーランギ様、敵が来たっす! 前よりももっと数を増やして来やがったっす!」
激戦の火蓋は、幻獣の森外部のザサキ草原にて開始された。
右翼、中央、左翼と別れて進軍する歪虚連合軍に対し、チューダ親衛隊は正面から受け止める形で防衛戦に突入。草原中に怒声と悲鳴が入り交じり、戦争特有の異様な空気が広がっていく。
一方、チューダ親衛隊後方に陣取る一匹のジャンガリアンハムスター……否、幻獣王と言えば――。
「この戦、もらったであります! このまま一気に敵を蹴散らすのであります!」
幻獣王チューダは、バタルトゥの側で高らかに勝利宣言。
勝手に指揮官を名乗って部隊を編成したかと思えば、戦闘開始直後からこの態度。
しかし、余裕ぶっこいた態度には理由があった。
「辺境各地の部族に加えて我輩を崇拝するハンターが集結。トドメに天才的頭脳を持つ我輩が指揮官と来れば、負けるはずないのであります」
「……油断するな……どこで形勢が変わるか分からない」
無駄と分かっていても、バタルトゥはチューダに釘を刺した。
ここで調子に乗れば、敵の策略にハマって危機的状況を迎えるかもしれない。
まして、この戦いでチューダ親衛隊が敗北すれば幻獣の森に歪虚の侵入を許す事になる。それだけは絶対に避けなければならない。
「大丈夫でありますよ。だってほら、心なしか戦いの声も遠くなっている気がするであります。きっと敵を押し返しているに違いないであります」
チューダは最前線に向けて錫杖を指し示した。
確かに、先程と比べて敵の声が少しばかり遠くなった気がする。
味方の善戦で敵の進軍を本当に押し返しているのかもしれない。
その事を証明するかの如く、大幻獣ツキウサギが杵を片手に走り寄ってきた。
「報告するッス! 防衛部隊の善戦により敵は撤退を開始し始めたッス!
今から追いかければ、ヤオト渓谷辺りで敵を捕まえられるはずッス!」
わざわざ最前線からツキウサギ自身が報告してきたところを見れば、その真意は『追撃の許可』を得る為だろう。
逃げる敵にダメージを与えておけば、今しばらく幻獣の森に平穏が訪れる。
この機会を逃せば、いつまた歪虚が幻獣の森に現れるか分からない。
機会は――逃してはならない。
ツキウサギは、そう考えているのだろう。
そんな想いを知ってか知らずか、指揮官として調子に乗った指示を出す。
「なるほどであります。ならば、追撃部隊を編成して一気に敵を追い詰めるであります」 ツキウサギの報告で勝ちを確信したチューダ。
早々に追撃の命令を下す。
しかしここで、バタルトゥが苦言を呈する。
「……本当に追撃を許可する気か?
敵の策である可能性はないのか?」
「だーかーらー、大丈夫でありますよ。
敵は我輩にビビって撤退したのでありますから、ここはボーナスステージって感じでチャチャっと追撃するべきでありますよ。
ささ、ツキウサギ。追撃部隊と一緒に敵を倒してくるであります」
「その言葉、待ってたッス! 仲間を集めて一気に敵を叩くッス!」
「……待て」
バタルトゥはツキウサギを止めようとするが、ツキウサギは足早にその場を去ってしまった。
一抹の不安。
それが――バタルトゥの心に生まれる。
取り越し苦労であれば良いのだが……。
●
青木燕太郎は、ザサキ草原の近くに身を潜めていた。
手筈通りであれば、進軍していた歪虚連合軍はヤオト渓谷まで撤退。
突出した敵の後方を塞ぐ形で伏兵部隊が登場。孤立した敵を叩いた後、浮き足だった人類側を一気に叩くのが歪虚側の作戦だ。
そして――この作戦は、今の所順調に進んでいる。
「敵が罠にかかったか。
バタルトゥ・オイマト――噂とは違うな。もう少し骨のある奴だと思っていたが……」
人類側の追撃部隊があっさり罠に掛かったとの報告は、燕太郎を少々落胆させた。
東方で歪虚王打倒に貢献したとされる部族会議の大首長があまりにも簡単に罠にかかった。戦い甲斐のある相手だと見ていたが、これではただの猪武者。策を弄するのも馬鹿らしくなる。
「しかし、一度始まった戦いである以上、止められはせん。
……俺達も出るぞ。狙うは、敵の指揮官だ」
青木は、茂みから姿を現して敵部隊の後方を狙う。
敵指揮官を倒した瞬間、歪虚達は一気に幻獣の森を目指し始める。
歪虚連合は解体となるが、それで良い。歪虚同士が勝手に競い合えばいい。
人間と幻獣の中を潰せれば、その後がどうなると知った事ではない。
仮にこの作戦が失敗したとしても、部族会議の大首長を討ち取れるのであれば十分な成果だ。
――始めから、連合を呼び掛けた歪虚も捨て駒にするつもりだったのだから。
「ここで敵を討ち果たし……一気にケリを付ける」
●
「申し上げます! 追撃部隊は敵の罠にかかって孤立しました!」
「な、な、な……なんですとぉ?!?」
悲鳴にも似たチューダの声が木霊する。
バタルトゥの懸念通り、敵の撤退は罠だったようだ。
「……そ、そんな。我輩の作戦は完璧なはずであります……」
ショックの余り、その場で固まったチューダ。
その傍らで、バタルトゥは激しく後悔していた。
指揮官として有能だと主張し続けるチューダを信じた結果、味方の危機を招いたのだ。
だが、ここで悔やんでいては被害が広がるだけだ。
「……追撃部隊の救出を優先。被害を最小限に抑えろ。……誰も、死なせるな」
「了解しました」
報告へ来たオイマト族の戦士は、バタルトゥの指示を持って各部隊へ伝達するべく動き出す。
部下が走り出した後も、未だ固まるチューダ。
バタルトゥは大きくため息をついた後、つま先でチューダを数回突いた。
「……おい、お前は指揮官だろう。各部隊に指示を出さないのか?」
その言葉で顔を見上げるチューダ。
視線の先には、失望と怒りに満ちたバタルトゥの瞳があった。
本能的にマズいと考えた幻獣王。
頭を悩ませた結果、その口から指揮官らしからぬ言葉を吐き出した。
「あー。えーっと……後はみんなで何とかするであります」
●
歪虚連合軍と幻獣王親衛隊がザサキ草原で激突する――ほんの少し前。
大幻獣ナーランギの前に、ツキウサギが姿を見せる。
「……どうした、ツキウサギ。今から人間と共に戦うのではないのか?」
「ナーランギ様、お願いがあるッス!
どうか、ここにいるみんなにも人間と一緒に戦う許可が欲しいッス!」
「!?」
ナーランギが見れば、ツキウサギの背後には多数の幻獣が姿を見せる。
ファリフ・スコールと共に行動するフェンリルよりは小型だが、普通の物より大きな体を持つ狼のような幻獣。
先祖に鳥を持っているのであろうが飛ぶ事よりも地上を駆ける事に特化した巨大な鳥型幻獣。
それら以外にもツキウサギの仲間やレイピアを手にした猫型幻獣の姿もある。
どれも歪虚や人間に追い回されて傷付き、この森へ流れ着いた幻獣達だ。
あまりの多さにナーランギも驚きを隠せない。
「……何故だ。何故、自ら戦いに赴こうとするのか」
「森の外にいるみんなは、自分達の為に戦おうとしているッス。それをただ黙ってみているだけでは、消えていった仲間達に申し訳ないッス」
ツキウサギは、幻獣としての誇りを説いた。
歪虚から幻獣を守ろうと人間達が傷付こうとしている。
それを黙って見守る事は本当に良い事なのか。
人間達に守ってもらい、自分達は傷付く事無く<森の中で縮こまっていても良いのか。
――自分達にも戦う術はあるというのに。
「ナーランギ様は、滅びを待つと仰っているッス。森の外にいる人間達が負けるなら、それも仕方ないッス。でも、全部人間達に任せて待つだけなんておかしいッス」
「…………」
ツキウサギの言葉をナーランギは黙って聞いていた。
何故、そこまで運命に抗うのか。
何故、そこまで生に縋り付こうとするのか。
先程の人間に影響されたのか。
だとするなら、人間と幻獣の関係はかつての絆を取り戻そうというのか――。
「そう考えていたのは、自分だけだと思っていたッス。
でも、違ったッス。みんな最後まで戦いたいって言ってくれたッス。自分……マジ嬉しいッス」
「一つ問おう。幻獣が人間を主と認める為には、『試練』を乗り越えて認めた時のみ。それは人間の力量を量ると同時に、人間との絆を感じ取る意味合いがある。
しかし、森の外にいる者達は試練を乗り越えていない。
それでも……人間を信じて共に闇と戦うのか?」
本来、幻獣が人間を主とするには幻獣が定めた試練を乗り越える必要がある。ちょうどナルガンド塔でファリフ・スコールを大幻獣フェンリルが認めたように、幻獣が課す試練を人間が乗り越えるのが『幻獣の掟』だ。
だが、今回はその試練を行っていない。
仮に幻獣と人間が共に戦ったとしても、双方の力を十分に発揮する事ができるのか。
ナーランギはその事に疑問を持っていた。
――しかし、ツキウサギは首を横に振る。
「大丈夫ッス! 敵は同じっスから、仲違いみたいな事にはならないッス。
ナーランギ様もみんなを信じて欲しいッス」
自信に溢れるツキウサギ。
ここ最近、森の近くに集まるハンター達に何らかの影響を受けたのかもしれない。
ツキウサギはきっとハンターを信じてみようという想いに溢れているのだろう。
そのツキウサギの姿がナーランギの心に『ある感情』をもたらした。
「……潔い滅びよりも、無様に生きる道を選ぶか」
「ナーランギ様!」
「好きにするが良い。戦に倒れるも、座して滅びを待つも違いはない……」
そう言いながら、ナーランギは静かに瞳を閉じた。
(執筆:近藤豊)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)