ゲスト
(ka0000)
【RH】これまでの経緯




あなたも強化人間研究施設『アスガルド』へ行かれるんですか?
じゃあ、僕がエスコートさせて戴きますね。
強化人間の候補生……子供達が沢山いるので、是非お話してやってください!
強化人間・レギ(kz0229)
更新情報(6月8日更新)
過去の【RH】ストーリーノベルを掲載しました。
【RH】ストーリーノベル
各タイトルをクリックすると、下にノベルが展開されます。
某所。
慈恵院明法は歪虚CAM『如意輪観音』の操縦席で、静かに瞑想していた。
使命を与える。
それは、言うなれば救済だ。
この世界は地獄そのもの。
弱者は強者にとって糧でしかなく、生殺与奪まで強者が握っている。
では、弱者の存在意義とは何か――。
強者の為に存在するだけが、弱者なのだ。
否。
その答えを、世界のあるべき姿を示す。
それが、彼らに与えた使命だ。
「間もなく浮上します」
強化人間の呼び声で、明法は瞼を開いた。
――もうすぐだ。
すべてが終わり、そして始まる。
ただの再生ではない。
世界は本当の意味で目覚めなければならない。
「分かった。総員に伝えろ。世界の終焉は間もなくだ、と」
●
イギリス――某港にて。
宵闇で辺りが暗くなる中、ジェイミー・ドリスキル(kz0231)がトラックの光で照らされる。
ホワイトアウト。
ドリスキルはサングラスをかけ直しながら、紫煙を燻らせる。
「中尉、お待たせしました」
トラックから降りてきたのは一人の整備員。
停車したトラックは、既に複数の人員によって積み荷の最終チェックが開始されている。
「遅い。デートの待ち合わせだったら、既に女は帰宅している。今頃、苛つきながら冷蔵庫から取り出したビールに口を付けているぞ」
「すいません」
整備員は軽く会釈する。
実は、これでも突貫で改修作業を進めていたのだ。
本来ならば半年はかかる作業を一ヶ月弱で終えている。誉められる事はあっても、遅刻を叩かれるのは納得がいかない。
「ヨルズの調子はどうだ?」
「報告書に記載した通りです。エンジンの出力を大幅に向上させた上で、155mm大口径滑空砲の発射システムを改修しています」
「新装備の方は?」
「40mm4連装ミサイルランチャーですね。シミュレーションでは上々です。ですが、実戦テストは……」
「まだか。まあ、こっちが焦らせたんだ。仕方ないだろうな」
渡された報告書をペラペラと捲るドリスキル。
おそらく報告書には簡単に目を通すだけで、『本当の』最終チェックは本人が行うのだろう。
CAMは一歩間違えれば、動く棺桶だ。
そういう意味では最終調整を人任せにするパイロットは少ない。自分で調整する事で、独自の『癖』を愛機に教え込まなければならない。
「……で、あの『クソッタレ』な機能は?」
「今回のヨルズMk.II改修における最大の目的は、ヨルズに当初搭載予定だったモードチェンジの換装です。戦車形態と人型形態を切り替える事で様々な状況にも臨機応変に対応ができます。もっとも、試作品である為に下半身は戦車のままですが……」
元々ヨルズには可変機能が追加される予定だった。
操縦席が持ち上がり、腕の代わりに40mm4連装ミサイルランチャーが二門搭載。人型形態では旋回能力に加えてマテリアルレーダーによる索敵能力を向上させている。
二つのモードを切り替えられる事がヨルズ最大の売りだったのだが、ドリスキルが戦車形態のみで良いと無理矢理開発中の機体を引き取ってしまったのだ。
「でも、中尉。どういう風の吹き回しですか? いらないと言った物をやっぱりいると言ってみたり……」
「約束したんだよ。その為には力が必要だ。CAMでも戦車でも。何でもな」
「あ、それから中尉に頼まれていたエンブレムも付けておきました。案外、中尉もミーハーなんですね?」
「馬鹿野郎。お守りだよ、お守り。死ぬ間際に浮かべるのは、やっぱり女の……だろ?」
照れ隠しのように整備員の頭を叩くドリスキル。
ヨルズMk.IIを覆っていたカバーに風が舞上げられ、ドリスキルの発注していたエンブレムが露わになる。
それは、銃器を手にミサイルに跨がる女狐――であった。
●
「まだか! まだ見つからんのか!?」
ムーンリーフ財団トモネ・ムーンリーフの顔色にも焦りが浮かんでいた。
既に強化人間が失踪してから如何ほど時間が経過しただろうか。
保護した強化人間達はアスガルドを始めとした各地の施設で今も昏睡状態。
事態は、確実に前進しているはずだ。
だが、トモネの心は一向に晴れる気配がない。
「トモネ様。まずは落ち着かれては如何でしょう?」
世話役兼補佐役のユーキ・ソリアーノは、そっと紅茶を差し出した。
トモネはユーキの入れた紅茶にたっぷりの砂糖とミルクを入れて飲む事が日課となっている。
だが、今日のトモネにはそんなユーキの気遣いも届かない。
「茶など飲んでいる場合ではない! こうしている間にもあの子達は苦しんでいる。その切っ掛けを作ったのは我々なのだぞ」
責任感。
まだ幼いながら、リアルブルー有数の財団を総帥という立場で牽引していかなければならない。
それは重圧となり、トモネの心を乱し続けている。
トモネは自分自身を責め、悔いている。
端から見ればそのように見えるかもしれない。
「ユーキ、海岸線を中心に捜索を強化するのだ。ランカスター周辺に何らかの痕跡が……」
「総帥。既に手配済みです。ですが、未だに痕跡らしいものは発見されておりません」
焦るトモネの言葉を遮るように、ユーキは状況を報告する。
財団が各方面へ手を回して必死の捜索をしているのだが、子供達の姿はまったく発見できない。
しかし、ユーキにとってはそれ以上にトモネの身が心配であった。
「総帥……いえ、トモネ様。今ここで無理をされてはいけません。トモネ様が倒れられれば、財団に身を寄せる多くの者が困る事になります」
「…………」
「今は、信じてみては如何でしょうか。必ず見つけてくれる。その願いをきっと叶えてくれる、と」
「ハンターと、ラズモネ・シャングリラか」
トモネは同じ空の下で捜索を続ける船の名を口にした。
●
赤毛の青年は、大型潜水艦の上からテムズ川の流れをのんびりと眺めていた。
「シュレティンガー様に『ちょっと遊んでて』って言われた時はどーしようかと思ったけど……面白いのが見つかって良かった」
にんまりと笑うSC-H01。
主であるシュレティンガーに次の仕事を問うたら。
「君を生み出すのに成功した時点で結構役目は果たし終わってるんだよね」
なんて言われてしまったのだ。
悲しい。生まれた時点で用済みなんてあんまりだ。
そう訴えたら、主はカラカラと笑った。
「僕が生み出した子なら当然優秀でしょ? ちゃんと使うよ。でも次のお仕事まで時間あるからそれまでちょっと遊んでてよ」
そんなことを言われて連れて来られたのはリアルブルー。
SC-H01は人工的に生成された歪虚ではあったが、きちんと歪虚としての本能は持ち合わせていた。
歪虚の本能とは……同族を増やし、世界のマテリアルを喪失させ、無に還すこと。
暇を持て余した彼が何をするかと言えば、当然、本能に従うだけのこと――。
しかし、ただ闇雲に破壊して回るなんて効率が悪い。
シュレティンガー様の配下としては、もっと効果的に大規模に破壊しないと……。
そんな時、慈恵院明法の噂を聞き、SC-H01は迷わず彼にコンタクトを取った。
だって、面白そうだったから。
――正直、慈恵院の言っていることは半分も理解できなかったし、救済とかどうでも良かったけれど。
とにかくこの街を大規模に破壊すればいい、という話はとても魅力的だった。
そんな訳で、SC-H01は二つ返事で慈恵院に協力を申し出たと言う訳だ。
次の命まではまだ時間がある。
ただ寝て過ごすのもつまらないし。その間にちょっと遊んでいても問題ないだろう。
「さーて、どんな風に壊してやろうかな」
うふふ、と笑うSC-H01。その笑みはとても子供らしく……そして残忍だった。
●
欧州で勃発した強化人間との戦いは、回を重ねるごとに条件が悪化していると言えた。
丘での、少人数での小競り合いから始まって。
次は、市民に脅威を与えつつの、軍共同での多数での戦闘となった。
そしてついに今度は──無力な、覚悟もない市民が直接命を狙われかねない状況。
一度は抱いた決意に対し、誰もが一瞬、この囁きを聞くだろう。
──あの時とは状況が違う。
……と。
「ロンドン市民の生命は何をもってしても死守せよ! 諸君らが、非力と知りつつVOIDとの戦場に在り続けたのは何故か! 如何なる覚悟を持ってその身を強化人間へと変えた! 今こそその本懐を見せるときである!」
火急の事態に、軍歩兵部隊をロンドン市内へと展開させつつ、作戦司令官は通信にて命令を飛ばしていた。
「厳命する。避難させる市民の生命を何よりの優先事項とせよ。そのための障害となる要因は排除を躊躇うな。必要ならば、その阻害要因となりうる情報は、先の作戦に示した通りに忘却すること」
先の作戦。占拠されたランカスター市街奪還のための強化人間制圧。その際に命じた、アスガルドに関する全ての記録と記憶の破棄。
同じ指揮官。同じ命令。
「その上で、次に──諸君らもなるべく、生き残れ。そのためにも、必要なことを躊躇うな。何を相手取っているのか、そのことに気を病むな。そのために生じた結果と命は、命じられて前線に出る諸君らではなく、命じた私が負うべきものである!」
結局言っているのは、同じことだ。目の前の相手が何かは忘れて、必要ならば撃て。
同じ意味。
だが。
「……最後に。市民の命と諸君らの命、これらが切迫していないと判断される局面においては、各分隊長で臨機に対応せよ。何を信じ、何を頼るかは、現場の諸君らが見定めろ」
同じ意志、だろうか。
声が静かなものになっていくのは。心が凪いでいるのか、それとも自信の無さなのか、判断しきれていないことを士官は認めていた。
市民を護るために。その上なるべく部下を生き帰らせるために。果たしてこれが正しいのだろうか。
命令に柔軟性を持たせることは、余計な迷いを生じさせることでもある。
それでも。こちらに舵を切ってしまった以上、この道を行くしかない。
──己の信じる結果を為そうと奔走し、実際為してきたハンターたちの姿に、あの時とは違うのだと、また信じてしまったのだから。
「繰り返す! 本作戦で生じた結果、その責任と後始末については私が負うものである! 諸君らはただ奮戦せよ! 以上だ!」
さて。
この戦いにおいて、きっとこれが、最後の問いになるだろう。
──あの時とは状況が違う。
さあ、変わりゆく状況の中、あなたは。
それなら、と思うのだろうか。
それでも、と思うのだろうか。
●
大型潜水艦『エリュマントス』。
それが強化人間を運んでいた船の名前だ。
強力な火力を保持した移動要塞と言っても差し支えない。
かの船があったからこそ、沿岸からボートで沖へ逃れた強化人間達を回収する事ができていた。
だが、今はただの船ではない。
ロンドンを破壊する使者として、今はテムズ川を遡上している。
爆弾の導火線と同じだ。
テムズ川の上流にあるロンドンへ到達すれば、ロンドン市内は壊滅する。
それも強化人間達がロンドン市内を破壊する。
傲慢と憤怒に塗れた世界。
弱者は明日を生きる自由すらない。
真実は偽善に埋もれ、葬られようとしている。
声を上げなければならない。
弱者である強化人間達が、立ち上がらなければならない。
世界は、誤っている。
救済は成し遂げなければならない。
その使命を帯びた強化人間達が動く時だ。
地獄よ――弱者の声を聞け。
「行け。そして、自らの存在を刻みつけてくるがいい。我も最期まで見届けよう」
明法の言葉と共に、強化人間達は行動を開始する。
どのような結末を迎えようとも、それが強化人間達の運命。
選ばれたが故の悲劇に他ならない。
破壊へのカウントダウン。
すべては、もう動き始めてしまった。
●プロローグ「猫とねずみとお友達」(2月6日更新)
新年を迎えたエディンバラに、海からの風が流れ込む。
ムーンリーフ財団にとって、一つの節目となる年。
ハンターと財団の関わりをどう深めていくかが、鍵であるのだが……。
「ユーキ、ハンターをアスガルドへ招く。これは、決定事項だ」
「総帥!?」
ムーンリーフ財団総帥トモネ・ムーンリーフの言葉に、世話役兼補佐役のユーキ・ソリアーノは驚いた。
アスガルドとは、ムーンリーフ財団が管理する強化人間研究施設だ。
エディンバラでも有名な白亜の建物で続けられている強化人間研究。リアルブルーで誕生した強化人間は、ハンターの代替として大きく期待されている。
強靱かつ優秀なハンターたちではあるが、半日もすればクリムゾンウェストへ引き戻されてしまう。戻ってしまったならば、その間誰が歪虚からリアルブルーの市民を守るのか。
その課題に対する答えが強化人間研究である。彼らならば、クリムゾンウェストへ引き戻される事も無い。常にリアルブルーの為に歪虚と戦う事ができるのだ。
「総帥、本気ですか?」
「本気だ。去年の暮れに約束してしまったからな。先程も言ったが、これは『決定事項』だ」
決定事項、という言葉をわざわざ強調するトモネ。
ユーキが心配するのも無理はない。
強化人間技術は財団が独占している訳では無い。
統一地球連合宙軍の下、財団や他の企業も強化人間研究に参加している。謂わば、軍事機密を扱っているのだ。
重要軍事機密に溢れたアスガルドにハンターを招き入れるというのだから、軍と調整するだけでも事務方にとって胃が痛くなる話である。
「総帥、勝手に決められては困ります」
「私は何もアスガルドのすべてを見せろと言っているのではない。強化人間とハンターが交流できれば良いと言っているのだ。……メディア対応。そなたも苦労していると言っていたではないか」
トモネの言葉に、ユーキは返答に窮した。
強化人間はスカウトが多いのだが、比較的若者が多い。それも青少年という枠に該当する十代の少年少女だ。
その点を一部メディアが『少年少女を戦場へ送り込んでいる』と騒ぎ立てている。
財団の名前は出していないものの、煙たい存在なのは間違いない。
そこでトモネはハンターと強化人間が交流する事を狙った。
歪虚から自分たちを守ってるくれるハンターと交流する強化人間を世界へ発信すれば、民間人に強化人間の良い一面を強調できると踏んだのだろう。
メディアは世論に逆らえない。その事はユーキも熟知していた。
「分かりました。アスガルドにて強化人間の交流を準備します。但し……」
「勝手に基地は徘徊させない。分かっている。その辺りはユーキに任せる。……あ、それと」
トモネが言葉を続けようとするも、ユーキは経験上、この後の言葉に碌でもない物が続くと知っている。
そして、その予想は見事に的中する。
「当日は私もアスガルドへ行く。スケジュール調整は任せたぞ」
●
「艦長、お客様がいらしていますよ」
レギ(kz0229)の声に振り返った森山恭子(kz0216)。ひょっこり顔を見せたイェルズ・オイマト(kz0143)の姿に目を丸くする。
「森山艦長! お久しぶりです!」
「まあ、まああああ! イェルズちゃん!!」
慌てて駆け寄って、確認するようにイェルズの身体をさする恭子。
左腕に備わった義手。左目を覆う眼帯で察したのか、うっすらと涙を浮かべる。
「……心配してたザマスよ。助けに行けなくて申し訳なかったザマス」
「いいえ! とんでもない! こちらこそ突然あんなことになってご迷惑をおかけしました」
「イェルズちゃんのせいじゃないザマス。あ、もう身体は大丈夫ザマス? 痛いところはないザマス?」
「はい。大丈夫です。昨年末に崑崙でお会い出来るかと思ったんですけど……艦長、ラズモネ・シャングリラのお披露目でお忙しそうでしたので改めてご挨拶に来ました」
「そうだったザマスね。来てくれて嬉しいザマス」
「ご心配おかけしました。五体満足とは言い難いですが、こうして元気にしてます」
「良かったザマス。イェルズちゃんほどのイケメンなら腕の1本や2本なくても大丈夫ザマス! ねえレギちゃん?」
「……そうですね」
恭子の判断基準に吹き出すレギ。彼女はそれを気にする様子もなく赤毛の青年を見上げる。
「折角来たんだからゆっくりして行くといいザマス。イェルズちゃんが来たと知ったらラズモネ・シャングリラのクルーたちも喜ぶザマス」
「はい。そうさせて戴きます」
「艦長。お話中すみません。宙軍から連絡が入ってますよ」
「あら。何ザマス? イケメンとの時間を邪魔しないでほしいザマス」
クルーの声に眉根を寄せる恭子。相変わらずの様子に、レギとイェルズは顔を見合わせて苦笑した。
●
「まあっ! 強化人間の皆さんと交流ザマスかっ!」
ラズモネ・シャングリラ艦長である恭子は、イギリスの統一地球連合宙軍基地で喜びの声挙げた。
恭子はラズモネ・シャングリラの最終調整を行うため、イギリスを訪れていた。
これから様々な任務が待っている事から、万全を期して総点検が行われるのだ。
そんな最中にもたらされた強化人間研究施設『アスガルド』での交流会。
今後ラズモネ・シャングリラに乗艦して戦う強化人間が増える事を考えれば、交流会参加は前向きに検討するべきだろう。
「くぅ?、艦の整備調整で長居できないのは残念ザマスが……あたくし、滾ってきたザマスっ!」
強化人間の多くが青少年と聞いていた恭子。早くもテンションは最高潮だ。
「楽しそうですね、艦長」
ラズモネ・シャングリラに乗艦するレギは、艦長の昂ぶりを前にしても平常心だ。
「当然ザマス。レギちゃんのようなイケメンばかりのパラダイス、あたくしは見逃せないザマス」
「イケメンが多いかは分かりませんが、若い人が多いのは事実ですね」
恭子を前にしても冷静な回答。
そのやり取りを見ていたオイマト族のイェルズ・オイマトは、交流会に興味を持ったようだ。
「へぇ?、強化人間と交流ですか。確かにレギやドロシー以外の強化人間は良く知らないなぁ。レギ達もその『あすがるど』ってところにいたの?」
「ええ。少しの間だけですが、アスガルドで生活したこともあります。強化人間となってからの身体検査だけではなく、統一地球連合宙軍と共に戦う教育も行っています。ほとんどが若い方ですから、研究施設というより学校の寄宿舎やギムナジウムのようなものでしょうか」
「レギちゃん! ま、まさかあの飲んだくれ親父もそこにいたザマスか?」
声を震わせる恭子。
どうやら、恭子はラズモネ・シャングリラのジェイミー・ドリスキル(kz0231)中尉の事を言っているらしい。
イケメンパラダイスだと思ってきてみたら、飲んだくれ親父の包囲網で身動きが取れないでは洒落にならないからだ。
「ああ、ドリスキルさんは別です。年齢がかなり上ですし、元々軍に所属されていましたから。軍人から選出されたりした強化人間の方々は、アスガルドでの生活は知らないと思います」
「そうザマスか」
ほっと胸を撫で下ろす恭子。
レギによれば、アスガルドは研究施設と銘打っているものの、実際は学校の寄宿舎で共同生活を送っているようだ。
建物の外見は白く無機質な印象を受けるが、その中では普通の青少年と同じく笑いながら仲良く生活しているのだろう。
「あれ? それってオイマト族の子供達とあまり変わらない気がするなぁ」
「強化人間と言っても同じ人間ですからね。これから目的を一つにして戦うのですから、ここで仲良くなっておいても損はないですね」
レギは、嬉しそうにアスガルドの事を語る。
その脳裏に浮かぶのは、かつてアスガルドで生活した日々だろうか。
懐かしさを噛みしめながら、レギは来る交流会に向けて期待に胸を膨らませ始めた。
ムーンリーフ財団にとって、一つの節目となる年。
ハンターと財団の関わりをどう深めていくかが、鍵であるのだが……。

トモネ・ムーンリーフ
「総帥!?」
ムーンリーフ財団総帥トモネ・ムーンリーフの言葉に、世話役兼補佐役のユーキ・ソリアーノは驚いた。
アスガルドとは、ムーンリーフ財団が管理する強化人間研究施設だ。
エディンバラでも有名な白亜の建物で続けられている強化人間研究。リアルブルーで誕生した強化人間は、ハンターの代替として大きく期待されている。
強靱かつ優秀なハンターたちではあるが、半日もすればクリムゾンウェストへ引き戻されてしまう。戻ってしまったならば、その間誰が歪虚からリアルブルーの市民を守るのか。
その課題に対する答えが強化人間研究である。彼らならば、クリムゾンウェストへ引き戻される事も無い。常にリアルブルーの為に歪虚と戦う事ができるのだ。
「総帥、本気ですか?」
「本気だ。去年の暮れに約束してしまったからな。先程も言ったが、これは『決定事項』だ」
決定事項、という言葉をわざわざ強調するトモネ。
ユーキが心配するのも無理はない。
強化人間技術は財団が独占している訳では無い。
統一地球連合宙軍の下、財団や他の企業も強化人間研究に参加している。謂わば、軍事機密を扱っているのだ。
重要軍事機密に溢れたアスガルドにハンターを招き入れるというのだから、軍と調整するだけでも事務方にとって胃が痛くなる話である。
「総帥、勝手に決められては困ります」
「私は何もアスガルドのすべてを見せろと言っているのではない。強化人間とハンターが交流できれば良いと言っているのだ。……メディア対応。そなたも苦労していると言っていたではないか」
トモネの言葉に、ユーキは返答に窮した。
強化人間はスカウトが多いのだが、比較的若者が多い。それも青少年という枠に該当する十代の少年少女だ。
その点を一部メディアが『少年少女を戦場へ送り込んでいる』と騒ぎ立てている。
財団の名前は出していないものの、煙たい存在なのは間違いない。
そこでトモネはハンターと強化人間が交流する事を狙った。
歪虚から自分たちを守ってるくれるハンターと交流する強化人間を世界へ発信すれば、民間人に強化人間の良い一面を強調できると踏んだのだろう。
メディアは世論に逆らえない。その事はユーキも熟知していた。
「分かりました。アスガルドにて強化人間の交流を準備します。但し……」
「勝手に基地は徘徊させない。分かっている。その辺りはユーキに任せる。……あ、それと」
トモネが言葉を続けようとするも、ユーキは経験上、この後の言葉に碌でもない物が続くと知っている。
そして、その予想は見事に的中する。
「当日は私もアスガルドへ行く。スケジュール調整は任せたぞ」
●

レギ

森山恭子

イェルズ・オイマト
レギ(kz0229)の声に振り返った森山恭子(kz0216)。ひょっこり顔を見せたイェルズ・オイマト(kz0143)の姿に目を丸くする。
「森山艦長! お久しぶりです!」
「まあ、まああああ! イェルズちゃん!!」
慌てて駆け寄って、確認するようにイェルズの身体をさする恭子。
左腕に備わった義手。左目を覆う眼帯で察したのか、うっすらと涙を浮かべる。
「……心配してたザマスよ。助けに行けなくて申し訳なかったザマス」
「いいえ! とんでもない! こちらこそ突然あんなことになってご迷惑をおかけしました」
「イェルズちゃんのせいじゃないザマス。あ、もう身体は大丈夫ザマス? 痛いところはないザマス?」
「はい。大丈夫です。昨年末に崑崙でお会い出来るかと思ったんですけど……艦長、ラズモネ・シャングリラのお披露目でお忙しそうでしたので改めてご挨拶に来ました」
「そうだったザマスね。来てくれて嬉しいザマス」
「ご心配おかけしました。五体満足とは言い難いですが、こうして元気にしてます」
「良かったザマス。イェルズちゃんほどのイケメンなら腕の1本や2本なくても大丈夫ザマス! ねえレギちゃん?」
「……そうですね」
恭子の判断基準に吹き出すレギ。彼女はそれを気にする様子もなく赤毛の青年を見上げる。
「折角来たんだからゆっくりして行くといいザマス。イェルズちゃんが来たと知ったらラズモネ・シャングリラのクルーたちも喜ぶザマス」
「はい。そうさせて戴きます」
「艦長。お話中すみません。宙軍から連絡が入ってますよ」
「あら。何ザマス? イケメンとの時間を邪魔しないでほしいザマス」
クルーの声に眉根を寄せる恭子。相変わらずの様子に、レギとイェルズは顔を見合わせて苦笑した。
●
「まあっ! 強化人間の皆さんと交流ザマスかっ!」
ラズモネ・シャングリラ艦長である恭子は、イギリスの統一地球連合宙軍基地で喜びの声挙げた。
恭子はラズモネ・シャングリラの最終調整を行うため、イギリスを訪れていた。
これから様々な任務が待っている事から、万全を期して総点検が行われるのだ。
そんな最中にもたらされた強化人間研究施設『アスガルド』での交流会。
今後ラズモネ・シャングリラに乗艦して戦う強化人間が増える事を考えれば、交流会参加は前向きに検討するべきだろう。
「くぅ?、艦の整備調整で長居できないのは残念ザマスが……あたくし、滾ってきたザマスっ!」
強化人間の多くが青少年と聞いていた恭子。早くもテンションは最高潮だ。
「楽しそうですね、艦長」
ラズモネ・シャングリラに乗艦するレギは、艦長の昂ぶりを前にしても平常心だ。
「当然ザマス。レギちゃんのようなイケメンばかりのパラダイス、あたくしは見逃せないザマス」
「イケメンが多いかは分かりませんが、若い人が多いのは事実ですね」
恭子を前にしても冷静な回答。
そのやり取りを見ていたオイマト族のイェルズ・オイマトは、交流会に興味を持ったようだ。
「へぇ?、強化人間と交流ですか。確かにレギやドロシー以外の強化人間は良く知らないなぁ。レギ達もその『あすがるど』ってところにいたの?」
「ええ。少しの間だけですが、アスガルドで生活したこともあります。強化人間となってからの身体検査だけではなく、統一地球連合宙軍と共に戦う教育も行っています。ほとんどが若い方ですから、研究施設というより学校の寄宿舎やギムナジウムのようなものでしょうか」

ジェイミー・ドリスキル
声を震わせる恭子。
どうやら、恭子はラズモネ・シャングリラのジェイミー・ドリスキル(kz0231)中尉の事を言っているらしい。
イケメンパラダイスだと思ってきてみたら、飲んだくれ親父の包囲網で身動きが取れないでは洒落にならないからだ。
「ああ、ドリスキルさんは別です。年齢がかなり上ですし、元々軍に所属されていましたから。軍人から選出されたりした強化人間の方々は、アスガルドでの生活は知らないと思います」
「そうザマスか」
ほっと胸を撫で下ろす恭子。
レギによれば、アスガルドは研究施設と銘打っているものの、実際は学校の寄宿舎で共同生活を送っているようだ。
建物の外見は白く無機質な印象を受けるが、その中では普通の青少年と同じく笑いながら仲良く生活しているのだろう。
「あれ? それってオイマト族の子供達とあまり変わらない気がするなぁ」
「強化人間と言っても同じ人間ですからね。これから目的を一つにして戦うのですから、ここで仲良くなっておいても損はないですね」
レギは、嬉しそうにアスガルドの事を語る。
その脳裏に浮かぶのは、かつてアスガルドで生活した日々だろうか。
懐かしさを噛みしめながら、レギは来る交流会に向けて期待に胸を膨らませ始めた。
●「勇ましいちびの兵士」(2月27日更新)
イギリス――エディンバラ。
ムーンリーフ財団のあるこの地に、異相の男がいた。
編笠に錫杖、袈裟を着た姿は東洋の僧侶。
しかし、その雰囲気には人ならざる者の気配があった。
「ククっ、未だ夢現の無垢なる子に……新たな使命を下すとしよう。我が秘術を持って、その秘められた力を解放せよ」
僧侶は足下に漆黒の何かを深く埋め込んだ。
そして、手を合わせて何かを呟き始める。
漆黒の何かから漏れ出る怪しい気配。
その気配は広がり始め、やがて近くにあった白亜の建物へと広がっていく。
強化人間の研究施設である『アスガルド』に――。
●
「どういう事だ?」
ムーンリーフ財団総帥のトモネ・ムーンリーフは、モニターに向かって問い返した。
移動中の総帥専用旅客機から流れてきた緊急通信。
相手は世話役兼補佐役のユーキ・ソリアーノ。
冷静で慌てた様子も無いが、緊急通信を入れてきた時点で異常事態が発生した事は間違い。
それでもトモネは、聞き返してしまった。第一報で理解できなかった為だ。
「アスガルドの強化人間が全員失踪しました」
「警備は全員居眠りでもしていたのか?」
「全員強化人間の手で気絶させられてます。監視カメラで確認しました」
強化人間の失踪。
それはトモネにとって理解できない事態だ。
待遇が悪かった?
否、彼らには十分な休養を与えていたし、栄養を考えた食事も提供していた。
何か嫌な事があった?
否、定期的な問診には異常も見られない。そもそも、そこで問題があるなら何かしらの片鱗があってもおかしくはない。予兆を見逃すとは思えないが……。
「……で、彼らの行方は?」
「財団の総力を挙げていますが、未だ発見できていません」
ユーキの声にトモネは苛立ちを隠せない。
1人や2人が失踪したのではない。
100人単位の強化人間が突如失踪したのだ。
集団失踪、それも軍へ配属される強化人間も少なからず存在した。彼らがここで失踪したとなれば問題は財団だけではない。
強化人間は「統一地球連合政府」と「統一地球連合宙軍」が管理しており、財団は強化人間研究の「協力」をする立場だ。
財団の失態ではあるが、このままでは政府や軍も批判の的になりかねない。
「財団の総力を挙げて見つからないはずがない!」
「申し訳ございません」
「おかしいではないか。強化人間用のCAMも持ち出されているのであろう? 何故見つけられぬのだ!?」
トモネは手元の肘掛けを拳で叩いた。
己の怒りが痛みとなって右手に伝わる。
何故、このような事態となってしまったのか。
未だ謎の多い失踪事件を前に、焦りと不安は募るばかりだ。
「……総帥、失踪した強化人間の一部が発見されました」
「どこだ!? 申せ」
ユーキからの一方で、トモネは食い入るように前傾姿勢を取る。
それでもユーキは冷静な態度を崩さずにイギリス国内の地名を告げた。
「ダンバー。ドゥーン・ヒルです。彼らは丘を占拠しています」
●
「相手は、施設のガキどもだぁ?」
ジェイミー・ドリスキル(kz0231) 中尉の不満げな声が、ラズモネ・シャングリラのブリッジに響く。
無理もない。今まで戦いっていた相手は歪虚のみ。それが今度は強化人間達だというのだ。
その不満は館長の森山恭子(kz0216) にもよく分かる。
「言いたい事は分かるザマスが、こちらの説得に答える素振りがないザマス」
「答えるどころか、撃って来やがったんだろ? 若気の至りじゃすまねぇぞ」
状況はドリスキルも聞いていたらしい。
財団の人間が強化人間への接触を試みたものの、話すどころか撃ち返してきたのだ。
ドリスキルは、さらに言葉を続ける。
「連中、新型のCAMまで持ち出すたぁ大事だ。こいつぁお灸を据えるどころじゃねぇな」
「新型CAM?」
そこへちょうど山岳猟団の八重樫敦(kz0056) がやってきた。
大まかな話は聞いていたのだが、新型CAMについては初耳のようだ。
「さっき財団から連絡があったザマス。強化人間は開発中の強化人間専用CAMも奪っていったザマス。これが奪われたCAMの資料ザマス」
恭子に手渡された資料を手に取る八重樫。
そこには右上には大きく『Confidential』と書かれている。
「コンフェッサー……」
「財団が強化人間用に新型CAMを改修した機体だ。
強化人間の思考を関知、反応速度を向上させる仕組みだ。こいつぁ、ヨルズにも使われているが、量産にこぎ着けたみてぇだな。とんだバーゲンセールだよ、まったく」
ドリスキルの説明に耳を傾けながら、視線を資料の数値に走らせる。
その数値は連合宙軍に配備されているベーシックなデュミナスよりも明らかに向上している。
クリムゾンウェストの魔導型のように、搭乗者の身体能力が高い前提で作られているのだろう。
「厄介だな。CAMの兵装や歩兵を倒すのは難しくないだろうが、条件が厳しそうだな」
「財団としては事を荒立てず、強化人間を無傷で連れ帰りたいようザマスが……難しいザマスね」
八重樫の一言に、恭子は補足する。
一体何故、強化人間が失踪したのか。
そして、何故ここに一部だけ姿を見せたのか。
それを知るためにも、彼らを無事に連れ帰りたいのだが――。
「どうする、大将?
ガキ共をベッドへ案内するなら、ホットミルクでも準備するか? 連中、駄々を捏ねるだろうから、簡単にゃ寝かせられねぇぞ」
ドリスキルは軽口を叩く。
だが、そんなドリスキルも今回の戦いには多少なりとも迷いを抱える事になるだろう。
できるなら、強化人間達を無事に連れ帰りたい。
その想いは八重樫も同じだ。
だが、八重樫にはそれと別にもう一つ違和感を覚えさせる何かがあった。
それが何かは分からない。
ただ、この状況が不愉快な事だけは確かだ。
「あの布陣……試してるな、俺達を」
八重樫は、ブリッジから丘にいる強化人間達を見つめていた。
●
エディンバラへ戻る機内の中では、トモネが苦渋の決断を迫られていた。
「総帥、現在も説得は続けられています。ですが、我々の声が届かなければ……」
「分かっておる!」
怒気交じりの返答をユーキへ投げつけるトモネ。
強化人間と言っても、年齢はトモネとそれ程変わらない。
中にはアズガルドで見知った強化人間もいるだろう。
トモネにとって同年代の知り合いは、少ない。
その彼らを――。
「最悪の場合、討たねばならぬのであろう!」
「……総帥。理解されているのであれば、ご決断を」
ユーキは、迫る。
強化人間が説得に応じなければ、強化人間達は謀反を起こしたも同然。
CAMまで持ち出した以上、見逃す訳にはいかない。
「ユーキ、彼らの処遇は任せる」
「Yes, My Lord」
決断を促されたトモネを乗せて、専用機はエディンバラに向けて空を駆ける。
ムーンリーフ財団のあるこの地に、異相の男がいた。
編笠に錫杖、袈裟を着た姿は東洋の僧侶。
しかし、その雰囲気には人ならざる者の気配があった。
「ククっ、未だ夢現の無垢なる子に……新たな使命を下すとしよう。我が秘術を持って、その秘められた力を解放せよ」
僧侶は足下に漆黒の何かを深く埋め込んだ。
そして、手を合わせて何かを呟き始める。
漆黒の何かから漏れ出る怪しい気配。
その気配は広がり始め、やがて近くにあった白亜の建物へと広がっていく。
強化人間の研究施設である『アスガルド』に――。
●

トモネ・ムーンリーフ
ムーンリーフ財団総帥のトモネ・ムーンリーフは、モニターに向かって問い返した。
移動中の総帥専用旅客機から流れてきた緊急通信。
相手は世話役兼補佐役のユーキ・ソリアーノ。
冷静で慌てた様子も無いが、緊急通信を入れてきた時点で異常事態が発生した事は間違い。
それでもトモネは、聞き返してしまった。第一報で理解できなかった為だ。
「アスガルドの強化人間が全員失踪しました」
「警備は全員居眠りでもしていたのか?」
「全員強化人間の手で気絶させられてます。監視カメラで確認しました」
強化人間の失踪。
それはトモネにとって理解できない事態だ。
待遇が悪かった?
否、彼らには十分な休養を与えていたし、栄養を考えた食事も提供していた。
何か嫌な事があった?
否、定期的な問診には異常も見られない。そもそも、そこで問題があるなら何かしらの片鱗があってもおかしくはない。予兆を見逃すとは思えないが……。
「……で、彼らの行方は?」
「財団の総力を挙げていますが、未だ発見できていません」
ユーキの声にトモネは苛立ちを隠せない。
1人や2人が失踪したのではない。
100人単位の強化人間が突如失踪したのだ。
集団失踪、それも軍へ配属される強化人間も少なからず存在した。彼らがここで失踪したとなれば問題は財団だけではない。
強化人間は「統一地球連合政府」と「統一地球連合宙軍」が管理しており、財団は強化人間研究の「協力」をする立場だ。
財団の失態ではあるが、このままでは政府や軍も批判の的になりかねない。
「財団の総力を挙げて見つからないはずがない!」
「申し訳ございません」
「おかしいではないか。強化人間用のCAMも持ち出されているのであろう? 何故見つけられぬのだ!?」
トモネは手元の肘掛けを拳で叩いた。
己の怒りが痛みとなって右手に伝わる。
何故、このような事態となってしまったのか。
未だ謎の多い失踪事件を前に、焦りと不安は募るばかりだ。
「……総帥、失踪した強化人間の一部が発見されました」
「どこだ!? 申せ」
ユーキからの一方で、トモネは食い入るように前傾姿勢を取る。
それでもユーキは冷静な態度を崩さずにイギリス国内の地名を告げた。
「ダンバー。ドゥーン・ヒルです。彼らは丘を占拠しています」
●

ジェイミー・ドリスキル

森山恭子

八重樫敦

コンフェッサー
ジェイミー・ドリスキル(kz0231) 中尉の不満げな声が、ラズモネ・シャングリラのブリッジに響く。
無理もない。今まで戦いっていた相手は歪虚のみ。それが今度は強化人間達だというのだ。
その不満は館長の森山恭子(kz0216) にもよく分かる。
「言いたい事は分かるザマスが、こちらの説得に答える素振りがないザマス」
「答えるどころか、撃って来やがったんだろ? 若気の至りじゃすまねぇぞ」
状況はドリスキルも聞いていたらしい。
財団の人間が強化人間への接触を試みたものの、話すどころか撃ち返してきたのだ。
ドリスキルは、さらに言葉を続ける。
「連中、新型のCAMまで持ち出すたぁ大事だ。こいつぁお灸を据えるどころじゃねぇな」
「新型CAM?」
そこへちょうど山岳猟団の八重樫敦(kz0056) がやってきた。
大まかな話は聞いていたのだが、新型CAMについては初耳のようだ。
「さっき財団から連絡があったザマス。強化人間は開発中の強化人間専用CAMも奪っていったザマス。これが奪われたCAMの資料ザマス」
恭子に手渡された資料を手に取る八重樫。
そこには右上には大きく『Confidential』と書かれている。
「コンフェッサー……」
「財団が強化人間用に新型CAMを改修した機体だ。
強化人間の思考を関知、反応速度を向上させる仕組みだ。こいつぁ、ヨルズにも使われているが、量産にこぎ着けたみてぇだな。とんだバーゲンセールだよ、まったく」
ドリスキルの説明に耳を傾けながら、視線を資料の数値に走らせる。
その数値は連合宙軍に配備されているベーシックなデュミナスよりも明らかに向上している。
クリムゾンウェストの魔導型のように、搭乗者の身体能力が高い前提で作られているのだろう。
「厄介だな。CAMの兵装や歩兵を倒すのは難しくないだろうが、条件が厳しそうだな」
「財団としては事を荒立てず、強化人間を無傷で連れ帰りたいようザマスが……難しいザマスね」
八重樫の一言に、恭子は補足する。
一体何故、強化人間が失踪したのか。
そして、何故ここに一部だけ姿を見せたのか。
それを知るためにも、彼らを無事に連れ帰りたいのだが――。
「どうする、大将?
ガキ共をベッドへ案内するなら、ホットミルクでも準備するか? 連中、駄々を捏ねるだろうから、簡単にゃ寝かせられねぇぞ」
ドリスキルは軽口を叩く。
だが、そんなドリスキルも今回の戦いには多少なりとも迷いを抱える事になるだろう。
できるなら、強化人間達を無事に連れ帰りたい。
その想いは八重樫も同じだ。
だが、八重樫にはそれと別にもう一つ違和感を覚えさせる何かがあった。
それが何かは分からない。
ただ、この状況が不愉快な事だけは確かだ。
「あの布陣……試してるな、俺達を」
八重樫は、ブリッジから丘にいる強化人間達を見つめていた。
●
エディンバラへ戻る機内の中では、トモネが苦渋の決断を迫られていた。
「総帥、現在も説得は続けられています。ですが、我々の声が届かなければ……」
「分かっておる!」
怒気交じりの返答をユーキへ投げつけるトモネ。
強化人間と言っても、年齢はトモネとそれ程変わらない。
中にはアズガルドで見知った強化人間もいるだろう。
トモネにとって同年代の知り合いは、少ない。
その彼らを――。
「最悪の場合、討たねばならぬのであろう!」
「……総帥。理解されているのであれば、ご決断を」
ユーキは、迫る。
強化人間が説得に応じなければ、強化人間達は謀反を起こしたも同然。
CAMまで持ち出した以上、見逃す訳にはいかない。
「ユーキ、彼らの処遇は任せる」
「Yes, My Lord」
決断を促されたトモネを乗せて、専用機はエディンバラに向けて空を駆ける。
(執筆:近藤豊)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●「がちょう番の男」(4月9日更新)
ドゥーン・ヒルでの戦いを終えた後――。
一部の強化人間は逃走を謀ったものの、ハンターの尽力で戦いは収束。残念ながら、強化人間の子供が犠牲になるケースも発生した。
それでも、ハンターを責める事はできない。刃を抜いた強化人間を止める為に、やむを得ない対処もあったのだ。
未だ強化人間たちが脱走した経緯は不明である。
ムーンリーフ財団も統一連合宙軍も事件を捜索しているが、原因はまったく掴めていない。日増しに強化人間の脱走事件は世界へと伝わっていく。それと同時に溢れ出すのは強化人間への懸念。
人は、未知なる存在や事象に恐怖する。
そして、その恐怖が攻撃性が加わるのは時間の問題である。
●
「目が醒めないだと?」
ムーンリーフ財団総帥のトモネ・ムーンリーフは、エディンバラの執務室で世話役兼補佐役のユーキ・ソリアーノから報告を受けていた。
ドゥーン・ヒルで保護された強化人間達は、強化人間研究施設「アスガルド」へ戻される事になった。
本来であれば強化人間が統一地球連合宙軍の管理下にある以上、ある程度の処罰は必要になる。だが、未だ少年少女の域を出ない者達の為、大っぴらに処分すれば角が立つ。
適当な理由を付けてアスガルドで監禁する手に出た連合宙軍であったが、予想外の事態が発生する結果となった。
「はい。研究者の報告によれば、保護されて以降からずっと昏睡状態が続いているそうです。栄養は点滴で補っていますが、未だに目覚める素振りはありません」
ユーキは何度か黙読していた資料に再び視線を落とす。
アスガルドからの報告によれば、連れ戻された強化人間達は一度も目を覚ましていない。
原因は不明だが酷く衰弱している者も多く、アスガルドでもベッドに寝かせておく事しかできない状況だ。
「何とかならんのか? 彼らから何があったのか聞かねばなるまい」
「その通りですが、まったく目覚めない状況では手の打ちようもありません」
「…………」
トモネは、椅子から立ち上がって窓の外を見る。
いつものように澄み渡る青空。
風が木々を揺らし、日の光が降り注ぐ。
この当たり前の光景を、強化人間の子供達は拝むこともできない。その現実が心にズキンと痛みを走らせる。
「ユーキ、念の為に聞いておく」
「何でございましょう?」
「このまま……強化人間達は死んでしまう事はないであろうな」
トモネは、言葉をゆっくりと吐き出した。
もし、強化人間達が死んでしまえば、それは間接的にトモネが殺した事にもなるだろう。
強化人間の技術はトモネが完成させた訳ではない。
だが、財団の総帥として資金提供を行い、軍の採用にも力を使ったことは事実だ。
強化人間の技術が無ければ、彼らがこのような目に遭うことはなかったはずだ。
トモネは、言って欲しかった。
自分のせいではない、と――。
「残念ですが、お答えできません。このような状況は初めてのケースとなります。私にも、研究者にも……いえ、この世界で総帥の問いに答えられる者はおりません」
「そうか」
「ですが、強化人間は間違いなく歪虚に対抗し得る存在です。総帥の行いは、間違っていない。私は、そう考えております」
ユーキは、トモネの心情を察したのだろう。
一言、言葉を付け加えた。
先頃も、クリムゾンウェストにてハンターと共に強化人間はグラウンド・ゼロで戦いを行った。それは微力ながらもハンターの助けになったはずだ。
特殊部隊スワローテイルの派遣によるクリムゾンウェストとの連携。それもトモネが動かなければ為し得なかっただろう。
――すべてを、否定するにはまだ早すぎる。
何より、嘆くのは後でもいい。まずは失踪した強化人間達を取り戻すのが先決だ。
「ユーキ、残る強化人間の捜索に全力を注げ。ラズモネ・シャングリラの艦長とも連携して事態の早期解決に当たるのだ」
トモネは、力強くユーキへ命じる。
まだ、終わってはいない。
闇の中を手探りながらでも、前に進むほかないのだ。
●
「失踪した強化人間の皆さんは、まだ見つからないザマスか?」
ラズモネ・シャングリラの艦長森山恭子(kz0216)は、焦り交じりに呟いた。
失踪した強化人間の追跡を続けるラズモネ・シャングリラであったが、統一地球連合宙軍からもムーンリーフ財団からも有益な情報は入ってこない。
「艦長、今の所は何も……」
恭子の問いに、ブリッジにいるオペレーターは頭を振る。
先の戦いで本当に強化人間達が攻撃を仕掛けてきた事実は、ラズモネ・シャングリラの面々にとって衝撃であった。
まだ、年端もいかない少年少女が敵として現れたのだ。
この事実に連合宙軍内でも責任論や陰謀論が渦巻いている状況であり、強化人間達の厳罰を唱える者も少なくは無い。
「八重樫。あの戦い、どう思った?」
山岳猟団の八重樫敦(kz0056)へ話し掛けるジェイミー・ドリスキル(kz0231)中尉。
先の戦いの中で、感じ取る物が何かあったようだ。
八重樫は思い返す為に一呼吸置いた後、ゆっくりと話し出した。
「意志が無い人間ではないな。妙な感覚だ」
「やっぱりそう思ったか。意志がない人形にあんな動きはできねぇ。だが、アスガルドであったガキ共とは印象がまったく別人だ。別の人格を植え付けられたか、それとも……」
「何かを見せられている、か。いずれにしても第三者の影が見えるな」
八重樫もドリスキルも同一意見であった。
強化人間達の裏に、何者かが存在している。
その者が誰かは分からないが、事件の鍵の握るのは間違いなくその人物だ。
●
「手元にある情報は戦った二人の感覚だけ。これでは手掛かりなしも一緒ザマス」
大きくため息をつく恭子。
だが、その恭子にもこの事件の裏に何かがある事は感じ取っていた。
財団や連合宙軍が捜索しても見つからなかった強化人間達は、どうしてドゥーン・ヒルに現れたのか。
そして、『どうやって現れたのか』。
強化人間はコンフェッサーを持ち出していた。曲がりなりにもCAMである。それを誰にも発見されずに移動する事は困難だ。
強化人間の裏に何者かがいる。
それは恭子の考えなのだが――その証明は思わぬ形で実現する。
「艦長! 強化人間より通信です。発信地は……イギリス西部。詳細な地点を調べます!」
「何ザマスって!? メインモニターへ出すザマス!」
驚嘆しながらも、メインモニターの前へ向かう恭子。
そこには、まだ幼い少年が一人姿を見せていた。
「あの子は?」
「確か、ユニスってガキだ。アスガルドで見たことがある」
恭子の横でモニターを見上げるドリスキル。先日、アスガルドの訓練に参加したドリスキルにとっては見かけた顔であるが、このような形で再会するとは思ってもみなかった。
だが、モニターから流れる声はユニスの物でなかった。
「我が手の者を相手に善戦した事を褒めてやろう」
男性の声。
それもユニスよりもずっと年齢は上だ。
だが、その姿を画面には映っていない。
「……誰だ」
八重樫は怒気を込めて静かに呟く。
無理もない。強化人間を人質に取った張本人が画面の向こうにいるのだから。
「誰、と問うか。ならば答えよう。我は慈恵院明法。アスガルドなる白き牢獄より無垢なる子らに使命を与えし者よ」
言葉と共に姿を見せる明法。
東方の寺院にいる僧侶の風貌で、見た目は若い。だが、醸し出される雰囲気はモニター越しでも『人ならざる者』と分かる。
「おーおー、随分と偉そうな奴だな。
お前、友達いないだろ? 面に『寂しい』って書いてあるぞ」
ドリスキルは口から葉巻を外し、大きく紫煙を吐き出した。
いつもの軽口とは異なる中傷。
それは八重樫同様、ドリスキルも怒りに満ちている事を意味していた。
ドリスキルは、更に言葉を続ける。
「ガキ共操って侍らせるのは、さぞ楽しいだろうな。だが、そろそろ門限なんだ。ガキ共を家に帰してくれねぇか?」
「減らず口を……。無垢なる子に使命を与えず閉じ込めたのは、貴様らであろう? 我はあるべき姿へ戻しただけだ」
「使命だか何だか分からないザマスが、戻ってきた強化人間の皆さんは目を覚まさないザマス。それもあなたの仕業ザマスか?」
恭子の敢えて横から割り込んだ。
明法の居場所を特定するには、もう少し時間がかかる。内容は何でも構わない。話を引き伸ばして発信地を特定しなければならない。
「我が秘術を用いてはいるが、力が弱いが故に招いた結果だ。力尽きれば死が当然であるが、我は寛大だ。永遠の眠りが相応しかろう」
「寛大な対応、痛み入るぜ。高名な僧侶さんよ」
ドリスキルは手にしていたカップをテーブルの上に置いた。
そのまま手に持っていれば、中身のコーヒーも一緒にカップを握り潰してしまいそうになったからだ。
「で、用事は何ザマス? ご機嫌伺いに連絡してきた訳ではないザマショ?」
「そうだ。貴様らは、我と謁見する資格がある。特別に機会を与えよう。我が元へ来るがいい。無論、我の指揮下にある無垢なる者が立ちはだかるがな」
そう言って明法は一方的に通信を終えた。
無機質な黒を映すメインモニター。
だが、恭子はすぐさま視線をオペレーターを移す。
「敵の居場所は?」
「……イングランドのルーン川流域、ランカスターです!」
オペレーターの声がブリッジへ響き渡る。
強化人間と明法は、そこにいる。
ラズモネ・シャングリラは西へと船首を向けた。
●
イングランド北西部に位置するランカシャー州の中心都市ランカスター。
かつて『縛り首の町』とも呼ばれたこの町は魔女裁判でも有名になっている。
町の東側を流れるルーン川は、ランカスター城が出来た頃と流れは変わらない。
ランカスター城は現在裁判所として利用されているが、明法の登場で別の用途として使われる事になる。
「さて。奴らも阿呆ではあるまい。ここへ間もなく来るだろう。我が歪虚であると知った上で、な」
明法は強化人間達を、ランカスターの街中へ配置した。
怪しい者は、その場で排除する命令も出した。敵が下手な動きすれば、強化人間達が知らせてくれる。
「我が秘術と『如意輪観音』が……刃向かう者をすべてひれ伏せさせてくれようぞ」
ランカスター城の数少ない残された城壁。
明法が見つめるのは、その城壁を超えるサイズの巨大な座像。金色に輝き、六本の腕を持つ仏像は、すべてを見通した『悟り』の顔を浮かべる。
強化人間を巡る戦いは――新たなる局面を迎える事となる。
一部の強化人間は逃走を謀ったものの、ハンターの尽力で戦いは収束。残念ながら、強化人間の子供が犠牲になるケースも発生した。
それでも、ハンターを責める事はできない。刃を抜いた強化人間を止める為に、やむを得ない対処もあったのだ。
未だ強化人間たちが脱走した経緯は不明である。
ムーンリーフ財団も統一連合宙軍も事件を捜索しているが、原因はまったく掴めていない。日増しに強化人間の脱走事件は世界へと伝わっていく。それと同時に溢れ出すのは強化人間への懸念。
人は、未知なる存在や事象に恐怖する。
そして、その恐怖が攻撃性が加わるのは時間の問題である。
●

トモネ・ムーンリーフ
ムーンリーフ財団総帥のトモネ・ムーンリーフは、エディンバラの執務室で世話役兼補佐役のユーキ・ソリアーノから報告を受けていた。
ドゥーン・ヒルで保護された強化人間達は、強化人間研究施設「アスガルド」へ戻される事になった。
本来であれば強化人間が統一地球連合宙軍の管理下にある以上、ある程度の処罰は必要になる。だが、未だ少年少女の域を出ない者達の為、大っぴらに処分すれば角が立つ。
適当な理由を付けてアスガルドで監禁する手に出た連合宙軍であったが、予想外の事態が発生する結果となった。
「はい。研究者の報告によれば、保護されて以降からずっと昏睡状態が続いているそうです。栄養は点滴で補っていますが、未だに目覚める素振りはありません」
ユーキは何度か黙読していた資料に再び視線を落とす。
アスガルドからの報告によれば、連れ戻された強化人間達は一度も目を覚ましていない。
原因は不明だが酷く衰弱している者も多く、アスガルドでもベッドに寝かせておく事しかできない状況だ。
「何とかならんのか? 彼らから何があったのか聞かねばなるまい」
「その通りですが、まったく目覚めない状況では手の打ちようもありません」
「…………」
トモネは、椅子から立ち上がって窓の外を見る。
いつものように澄み渡る青空。
風が木々を揺らし、日の光が降り注ぐ。
この当たり前の光景を、強化人間の子供達は拝むこともできない。その現実が心にズキンと痛みを走らせる。
「ユーキ、念の為に聞いておく」
「何でございましょう?」
「このまま……強化人間達は死んでしまう事はないであろうな」
トモネは、言葉をゆっくりと吐き出した。
もし、強化人間達が死んでしまえば、それは間接的にトモネが殺した事にもなるだろう。
強化人間の技術はトモネが完成させた訳ではない。
だが、財団の総帥として資金提供を行い、軍の採用にも力を使ったことは事実だ。
強化人間の技術が無ければ、彼らがこのような目に遭うことはなかったはずだ。
トモネは、言って欲しかった。
自分のせいではない、と――。
「残念ですが、お答えできません。このような状況は初めてのケースとなります。私にも、研究者にも……いえ、この世界で総帥の問いに答えられる者はおりません」
「そうか」
「ですが、強化人間は間違いなく歪虚に対抗し得る存在です。総帥の行いは、間違っていない。私は、そう考えております」
ユーキは、トモネの心情を察したのだろう。
一言、言葉を付け加えた。
先頃も、クリムゾンウェストにてハンターと共に強化人間はグラウンド・ゼロで戦いを行った。それは微力ながらもハンターの助けになったはずだ。
特殊部隊スワローテイルの派遣によるクリムゾンウェストとの連携。それもトモネが動かなければ為し得なかっただろう。
――すべてを、否定するにはまだ早すぎる。
何より、嘆くのは後でもいい。まずは失踪した強化人間達を取り戻すのが先決だ。
「ユーキ、残る強化人間の捜索に全力を注げ。ラズモネ・シャングリラの艦長とも連携して事態の早期解決に当たるのだ」
トモネは、力強くユーキへ命じる。
まだ、終わってはいない。
闇の中を手探りながらでも、前に進むほかないのだ。
●

森山恭子

八重樫敦

ジェイミー・ドリスキル

コンフェッサー
ラズモネ・シャングリラの艦長森山恭子(kz0216)は、焦り交じりに呟いた。
失踪した強化人間の追跡を続けるラズモネ・シャングリラであったが、統一地球連合宙軍からもムーンリーフ財団からも有益な情報は入ってこない。
「艦長、今の所は何も……」
恭子の問いに、ブリッジにいるオペレーターは頭を振る。
先の戦いで本当に強化人間達が攻撃を仕掛けてきた事実は、ラズモネ・シャングリラの面々にとって衝撃であった。
まだ、年端もいかない少年少女が敵として現れたのだ。
この事実に連合宙軍内でも責任論や陰謀論が渦巻いている状況であり、強化人間達の厳罰を唱える者も少なくは無い。
「八重樫。あの戦い、どう思った?」
山岳猟団の八重樫敦(kz0056)へ話し掛けるジェイミー・ドリスキル(kz0231)中尉。
先の戦いの中で、感じ取る物が何かあったようだ。
八重樫は思い返す為に一呼吸置いた後、ゆっくりと話し出した。
「意志が無い人間ではないな。妙な感覚だ」
「やっぱりそう思ったか。意志がない人形にあんな動きはできねぇ。だが、アスガルドであったガキ共とは印象がまったく別人だ。別の人格を植え付けられたか、それとも……」
「何かを見せられている、か。いずれにしても第三者の影が見えるな」
八重樫もドリスキルも同一意見であった。
強化人間達の裏に、何者かが存在している。
その者が誰かは分からないが、事件の鍵の握るのは間違いなくその人物だ。
●
「手元にある情報は戦った二人の感覚だけ。これでは手掛かりなしも一緒ザマス」
大きくため息をつく恭子。
だが、その恭子にもこの事件の裏に何かがある事は感じ取っていた。
財団や連合宙軍が捜索しても見つからなかった強化人間達は、どうしてドゥーン・ヒルに現れたのか。
そして、『どうやって現れたのか』。
強化人間はコンフェッサーを持ち出していた。曲がりなりにもCAMである。それを誰にも発見されずに移動する事は困難だ。
強化人間の裏に何者かがいる。
それは恭子の考えなのだが――その証明は思わぬ形で実現する。
「艦長! 強化人間より通信です。発信地は……イギリス西部。詳細な地点を調べます!」
「何ザマスって!? メインモニターへ出すザマス!」
驚嘆しながらも、メインモニターの前へ向かう恭子。
そこには、まだ幼い少年が一人姿を見せていた。
「あの子は?」
「確か、ユニスってガキだ。アスガルドで見たことがある」
恭子の横でモニターを見上げるドリスキル。先日、アスガルドの訓練に参加したドリスキルにとっては見かけた顔であるが、このような形で再会するとは思ってもみなかった。
だが、モニターから流れる声はユニスの物でなかった。
「我が手の者を相手に善戦した事を褒めてやろう」
男性の声。
それもユニスよりもずっと年齢は上だ。
だが、その姿を画面には映っていない。
「……誰だ」
八重樫は怒気を込めて静かに呟く。
無理もない。強化人間を人質に取った張本人が画面の向こうにいるのだから。

慈恵院明法
言葉と共に姿を見せる明法。
東方の寺院にいる僧侶の風貌で、見た目は若い。だが、醸し出される雰囲気はモニター越しでも『人ならざる者』と分かる。
「おーおー、随分と偉そうな奴だな。
お前、友達いないだろ? 面に『寂しい』って書いてあるぞ」
ドリスキルは口から葉巻を外し、大きく紫煙を吐き出した。
いつもの軽口とは異なる中傷。
それは八重樫同様、ドリスキルも怒りに満ちている事を意味していた。
ドリスキルは、更に言葉を続ける。
「ガキ共操って侍らせるのは、さぞ楽しいだろうな。だが、そろそろ門限なんだ。ガキ共を家に帰してくれねぇか?」
「減らず口を……。無垢なる子に使命を与えず閉じ込めたのは、貴様らであろう? 我はあるべき姿へ戻しただけだ」
「使命だか何だか分からないザマスが、戻ってきた強化人間の皆さんは目を覚まさないザマス。それもあなたの仕業ザマスか?」
恭子の敢えて横から割り込んだ。
明法の居場所を特定するには、もう少し時間がかかる。内容は何でも構わない。話を引き伸ばして発信地を特定しなければならない。
「我が秘術を用いてはいるが、力が弱いが故に招いた結果だ。力尽きれば死が当然であるが、我は寛大だ。永遠の眠りが相応しかろう」
「寛大な対応、痛み入るぜ。高名な僧侶さんよ」
ドリスキルは手にしていたカップをテーブルの上に置いた。
そのまま手に持っていれば、中身のコーヒーも一緒にカップを握り潰してしまいそうになったからだ。
「で、用事は何ザマス? ご機嫌伺いに連絡してきた訳ではないザマショ?」
「そうだ。貴様らは、我と謁見する資格がある。特別に機会を与えよう。我が元へ来るがいい。無論、我の指揮下にある無垢なる者が立ちはだかるがな」
そう言って明法は一方的に通信を終えた。
無機質な黒を映すメインモニター。
だが、恭子はすぐさま視線をオペレーターを移す。
「敵の居場所は?」
「……イングランドのルーン川流域、ランカスターです!」
オペレーターの声がブリッジへ響き渡る。
強化人間と明法は、そこにいる。
ラズモネ・シャングリラは西へと船首を向けた。
●
イングランド北西部に位置するランカシャー州の中心都市ランカスター。
かつて『縛り首の町』とも呼ばれたこの町は魔女裁判でも有名になっている。
町の東側を流れるルーン川は、ランカスター城が出来た頃と流れは変わらない。
ランカスター城は現在裁判所として利用されているが、明法の登場で別の用途として使われる事になる。
「さて。奴らも阿呆ではあるまい。ここへ間もなく来るだろう。我が歪虚であると知った上で、な」
明法は強化人間達を、ランカスターの街中へ配置した。
怪しい者は、その場で排除する命令も出した。敵が下手な動きすれば、強化人間達が知らせてくれる。
「我が秘術と『如意輪観音』が……刃向かう者をすべてひれ伏せさせてくれようぞ」
ランカスター城の数少ない残された城壁。
明法が見つめるのは、その城壁を超えるサイズの巨大な座像。金色に輝き、六本の腕を持つ仏像は、すべてを見通した『悟り』の顔を浮かべる。
強化人間を巡る戦いは――新たなる局面を迎える事となる。
(執筆:近藤豊)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●「Rattenfanger von Hameln」(5月17日更新)

慈恵院明法
慈恵院明法は歪虚CAM『如意輪観音』の操縦席で、静かに瞑想していた。
使命を与える。
それは、言うなれば救済だ。
この世界は地獄そのもの。
弱者は強者にとって糧でしかなく、生殺与奪まで強者が握っている。
では、弱者の存在意義とは何か――。
強者の為に存在するだけが、弱者なのだ。
否。
その答えを、世界のあるべき姿を示す。
それが、彼らに与えた使命だ。
「間もなく浮上します」
強化人間の呼び声で、明法は瞼を開いた。
――もうすぐだ。
すべてが終わり、そして始まる。
ただの再生ではない。
世界は本当の意味で目覚めなければならない。
「分かった。総員に伝えろ。世界の終焉は間もなくだ、と」
●

ジェイミー・ドリスキル
宵闇で辺りが暗くなる中、ジェイミー・ドリスキル(kz0231)がトラックの光で照らされる。
ホワイトアウト。
ドリスキルはサングラスをかけ直しながら、紫煙を燻らせる。
「中尉、お待たせしました」
トラックから降りてきたのは一人の整備員。
停車したトラックは、既に複数の人員によって積み荷の最終チェックが開始されている。
「遅い。デートの待ち合わせだったら、既に女は帰宅している。今頃、苛つきながら冷蔵庫から取り出したビールに口を付けているぞ」
「すいません」
整備員は軽く会釈する。
実は、これでも突貫で改修作業を進めていたのだ。
本来ならば半年はかかる作業を一ヶ月弱で終えている。誉められる事はあっても、遅刻を叩かれるのは納得がいかない。
「ヨルズの調子はどうだ?」
「報告書に記載した通りです。エンジンの出力を大幅に向上させた上で、155mm大口径滑空砲の発射システムを改修しています」
「新装備の方は?」
「40mm4連装ミサイルランチャーですね。シミュレーションでは上々です。ですが、実戦テストは……」
「まだか。まあ、こっちが焦らせたんだ。仕方ないだろうな」
渡された報告書をペラペラと捲るドリスキル。
おそらく報告書には簡単に目を通すだけで、『本当の』最終チェックは本人が行うのだろう。
CAMは一歩間違えれば、動く棺桶だ。
そういう意味では最終調整を人任せにするパイロットは少ない。自分で調整する事で、独自の『癖』を愛機に教え込まなければならない。
「……で、あの『クソッタレ』な機能は?」
「今回のヨルズMk.II改修における最大の目的は、ヨルズに当初搭載予定だったモードチェンジの換装です。戦車形態と人型形態を切り替える事で様々な状況にも臨機応変に対応ができます。もっとも、試作品である為に下半身は戦車のままですが……」
元々ヨルズには可変機能が追加される予定だった。
操縦席が持ち上がり、腕の代わりに40mm4連装ミサイルランチャーが二門搭載。人型形態では旋回能力に加えてマテリアルレーダーによる索敵能力を向上させている。
二つのモードを切り替えられる事がヨルズ最大の売りだったのだが、ドリスキルが戦車形態のみで良いと無理矢理開発中の機体を引き取ってしまったのだ。
「でも、中尉。どういう風の吹き回しですか? いらないと言った物をやっぱりいると言ってみたり……」
「約束したんだよ。その為には力が必要だ。CAMでも戦車でも。何でもな」
「あ、それから中尉に頼まれていたエンブレムも付けておきました。案外、中尉もミーハーなんですね?」
「馬鹿野郎。お守りだよ、お守り。死ぬ間際に浮かべるのは、やっぱり女の……だろ?」
照れ隠しのように整備員の頭を叩くドリスキル。
ヨルズMk.IIを覆っていたカバーに風が舞上げられ、ドリスキルの発注していたエンブレムが露わになる。
それは、銃器を手にミサイルに跨がる女狐――であった。
●

トモネ・ムーンリーフ
ムーンリーフ財団トモネ・ムーンリーフの顔色にも焦りが浮かんでいた。
既に強化人間が失踪してから如何ほど時間が経過しただろうか。
保護した強化人間達はアスガルドを始めとした各地の施設で今も昏睡状態。
事態は、確実に前進しているはずだ。
だが、トモネの心は一向に晴れる気配がない。
「トモネ様。まずは落ち着かれては如何でしょう?」
世話役兼補佐役のユーキ・ソリアーノは、そっと紅茶を差し出した。
トモネはユーキの入れた紅茶にたっぷりの砂糖とミルクを入れて飲む事が日課となっている。
だが、今日のトモネにはそんなユーキの気遣いも届かない。
「茶など飲んでいる場合ではない! こうしている間にもあの子達は苦しんでいる。その切っ掛けを作ったのは我々なのだぞ」
責任感。
まだ幼いながら、リアルブルー有数の財団を総帥という立場で牽引していかなければならない。
それは重圧となり、トモネの心を乱し続けている。
トモネは自分自身を責め、悔いている。
端から見ればそのように見えるかもしれない。
「ユーキ、海岸線を中心に捜索を強化するのだ。ランカスター周辺に何らかの痕跡が……」
「総帥。既に手配済みです。ですが、未だに痕跡らしいものは発見されておりません」
焦るトモネの言葉を遮るように、ユーキは状況を報告する。
財団が各方面へ手を回して必死の捜索をしているのだが、子供達の姿はまったく発見できない。
しかし、ユーキにとってはそれ以上にトモネの身が心配であった。
「総帥……いえ、トモネ様。今ここで無理をされてはいけません。トモネ様が倒れられれば、財団に身を寄せる多くの者が困る事になります」
「…………」
「今は、信じてみては如何でしょうか。必ず見つけてくれる。その願いをきっと叶えてくれる、と」
「ハンターと、ラズモネ・シャングリラか」
トモネは同じ空の下で捜索を続ける船の名を口にした。
●

SC-H01
「シュレティンガー様に『ちょっと遊んでて』って言われた時はどーしようかと思ったけど……面白いのが見つかって良かった」
にんまりと笑うSC-H01。
主であるシュレティンガーに次の仕事を問うたら。
「君を生み出すのに成功した時点で結構役目は果たし終わってるんだよね」
なんて言われてしまったのだ。
悲しい。生まれた時点で用済みなんてあんまりだ。
そう訴えたら、主はカラカラと笑った。
「僕が生み出した子なら当然優秀でしょ? ちゃんと使うよ。でも次のお仕事まで時間あるからそれまでちょっと遊んでてよ」
そんなことを言われて連れて来られたのはリアルブルー。
SC-H01は人工的に生成された歪虚ではあったが、きちんと歪虚としての本能は持ち合わせていた。
歪虚の本能とは……同族を増やし、世界のマテリアルを喪失させ、無に還すこと。
暇を持て余した彼が何をするかと言えば、当然、本能に従うだけのこと――。
しかし、ただ闇雲に破壊して回るなんて効率が悪い。
シュレティンガー様の配下としては、もっと効果的に大規模に破壊しないと……。
そんな時、慈恵院明法の噂を聞き、SC-H01は迷わず彼にコンタクトを取った。
だって、面白そうだったから。
――正直、慈恵院の言っていることは半分も理解できなかったし、救済とかどうでも良かったけれど。
とにかくこの街を大規模に破壊すればいい、という話はとても魅力的だった。
そんな訳で、SC-H01は二つ返事で慈恵院に協力を申し出たと言う訳だ。
次の命まではまだ時間がある。
ただ寝て過ごすのもつまらないし。その間にちょっと遊んでいても問題ないだろう。
「さーて、どんな風に壊してやろうかな」
うふふ、と笑うSC-H01。その笑みはとても子供らしく……そして残忍だった。
●
欧州で勃発した強化人間との戦いは、回を重ねるごとに条件が悪化していると言えた。
丘での、少人数での小競り合いから始まって。
次は、市民に脅威を与えつつの、軍共同での多数での戦闘となった。
そしてついに今度は──無力な、覚悟もない市民が直接命を狙われかねない状況。
一度は抱いた決意に対し、誰もが一瞬、この囁きを聞くだろう。
──あの時とは状況が違う。
……と。
「ロンドン市民の生命は何をもってしても死守せよ! 諸君らが、非力と知りつつVOIDとの戦場に在り続けたのは何故か! 如何なる覚悟を持ってその身を強化人間へと変えた! 今こそその本懐を見せるときである!」
火急の事態に、軍歩兵部隊をロンドン市内へと展開させつつ、作戦司令官は通信にて命令を飛ばしていた。
「厳命する。避難させる市民の生命を何よりの優先事項とせよ。そのための障害となる要因は排除を躊躇うな。必要ならば、その阻害要因となりうる情報は、先の作戦に示した通りに忘却すること」
先の作戦。占拠されたランカスター市街奪還のための強化人間制圧。その際に命じた、アスガルドに関する全ての記録と記憶の破棄。
同じ指揮官。同じ命令。
「その上で、次に──諸君らもなるべく、生き残れ。そのためにも、必要なことを躊躇うな。何を相手取っているのか、そのことに気を病むな。そのために生じた結果と命は、命じられて前線に出る諸君らではなく、命じた私が負うべきものである!」
結局言っているのは、同じことだ。目の前の相手が何かは忘れて、必要ならば撃て。
同じ意味。
だが。
「……最後に。市民の命と諸君らの命、これらが切迫していないと判断される局面においては、各分隊長で臨機に対応せよ。何を信じ、何を頼るかは、現場の諸君らが見定めろ」
同じ意志、だろうか。
声が静かなものになっていくのは。心が凪いでいるのか、それとも自信の無さなのか、判断しきれていないことを士官は認めていた。
市民を護るために。その上なるべく部下を生き帰らせるために。果たしてこれが正しいのだろうか。
命令に柔軟性を持たせることは、余計な迷いを生じさせることでもある。
それでも。こちらに舵を切ってしまった以上、この道を行くしかない。
──己の信じる結果を為そうと奔走し、実際為してきたハンターたちの姿に、あの時とは違うのだと、また信じてしまったのだから。
「繰り返す! 本作戦で生じた結果、その責任と後始末については私が負うものである! 諸君らはただ奮戦せよ! 以上だ!」
さて。
この戦いにおいて、きっとこれが、最後の問いになるだろう。
──あの時とは状況が違う。
さあ、変わりゆく状況の中、あなたは。
それなら、と思うのだろうか。
それでも、と思うのだろうか。
●
大型潜水艦『エリュマントス』。
それが強化人間を運んでいた船の名前だ。
強力な火力を保持した移動要塞と言っても差し支えない。
かの船があったからこそ、沿岸からボートで沖へ逃れた強化人間達を回収する事ができていた。
だが、今はただの船ではない。
ロンドンを破壊する使者として、今はテムズ川を遡上している。
爆弾の導火線と同じだ。
テムズ川の上流にあるロンドンへ到達すれば、ロンドン市内は壊滅する。
それも強化人間達がロンドン市内を破壊する。
傲慢と憤怒に塗れた世界。
弱者は明日を生きる自由すらない。
真実は偽善に埋もれ、葬られようとしている。
声を上げなければならない。
弱者である強化人間達が、立ち上がらなければならない。
世界は、誤っている。
救済は成し遂げなければならない。
その使命を帯びた強化人間達が動く時だ。
地獄よ――弱者の声を聞け。
「行け。そして、自らの存在を刻みつけてくるがいい。我も最期まで見届けよう」
明法の言葉と共に、強化人間達は行動を開始する。
どのような結末を迎えようとも、それが強化人間達の運命。
選ばれたが故の悲劇に他ならない。
破壊へのカウントダウン。
すべては、もう動き始めてしまった。