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【RH】ハーメルンの笛吹き男・強化人間対応 リプレイ


▼【RH】グランドシナリオシナリオ「ハーメルンの笛吹き男」(5/17~6/07)▼
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作戦3:強化人間対応 リプレイ
- 央崎 遥華(ka5644)
- パトリシア=K=ポラリス(ka5996)
- 天王寺茜(ka4080)
- 十 音子(ka0537)
- 天竜寺 詩(ka0396)
- ディーナ・フェルミ(ka5843)
- ユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)
- マルカ・アニチキン(ka2542)
- トリプルJ(ka6653)
- デスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013)
- 深守・H・大樹(ka7084)
- フォークス(ka0570)
- 鍛島 霧絵(ka3074)
- 夢路 まよい(ka1328)
- 鞍馬 真(ka5819)
- 保・はじめ(ka5800)
- メアリ・ロイド(ka6633)
- ヒース・R・ウォーカー(ka0145)
- シェリル・マイヤーズ(ka0509)
- コーネリア・ミラ・スペンサー(ka4561)
- シレークス(ka0752)
- 万歳丸(ka5665)
- 門垣 源一郎(ka6320)
- 神楽(ka2032)
- ボルディア・コンフラムス(ka0796)
- エアルドフリス(ka1856)
- フェリア(ka2870)
- レイア・アローネ(ka4082)
心理学に、正常性バイアス、という言葉がある。
要は異常事態に対し都合の悪い情報を過小評価する心理の事だ。予期せぬ出来事に心を正常に保つため、「自分だけは大丈夫」と信じ込みたがる。
避難は混乱していた。市民は勿論、避難させろと指令を受けた警察も事態を正しく理解はしていない。とにかくロンドンから離れ、指示に従い移動しろと怒号を上げる警官に、逃げるより先にあれは何だ何が起きたと人々は説明を求めに来る。何故かそうしてる間に襲われないとは疑わずに。
街の混迷は停滞を形作っていた。今は、まだ。膨らみ続ける風船のようなものだが。破裂を秒読みしている。
「……ロンドンは守る。そして“彼ら”の未来も」
深呼吸一つ、央崎 遥華(ka5644)は言った。
「パティはムツカシ事わかんないケド、あの子達を止めテ街の人を守ればいいのネ?」
横で、パトリシア=K=ポラリス(ka5996)が告げる。状況を本当にわかっているのかと疑いたくなるようなのどかな……穏やかな、声が、ともすれば怒りが湧き上がりそうになる遥華を落ち着かせる。
ビッグベンを始点として、二人は駆けた。遥華は馬、パティはバイクで。
「テムズ川から極力離れて! 敵はそこから来ている!」
移動しながら避難する人々に呼びかける。武器を持った子供からは逃げろ、警官の指示に従って、等。まだどこか呆然とした調子の人々が、単騎で逆走する彼女らに珍し気に視線を送る。
別の場所。
「私たちは覚醒者です! 警察の皆さんは避難誘導を!」
天王寺茜(ka4080)も、声を上げながら魔導バイクで駆け抜ける。高らかに名乗りを上げるのは強化人間を知らず前に出ようとする警官たちを下がらせるためであり、それ以上に、
(……今は『敵』になることが、彼らのため)
それ以上に、凶刃を振るわんとする強化人間──少年少女──へのアピールだった。
「貴方たちの敵は、ここに居るわ!!」
叫びと共にバイクで吶喊し道行く人、当たるを幸いに襲い掛かろうとしていた強化人間たちを横から逆に襲撃する。電撃で動けなくした彼らを、茜は前と同じように手足を銃で撃ちぬいて無力化した。
(事態の打開は仲間が必ず……!)
信じて、今救える命のために。茜は、動けぬ彼らに止めは刺さず、止血だけの応急処置をして駆け抜けていく。
また違う場所で、人々が見上げる先に……ソリが舞っていた。これも目立つようにだろう、派手な布を堂々とはためかせて。駆るのは十 音子(ka0537)である。上空から標的を発見すると彼女は躊躇わず狙撃した。こちらに気を引いたのを確認するとさらに前進して狙撃する。
戦火があちこちで上がり始める。騒音に衝撃が混じり、やがて軍の進軍が始まり硝煙が漂う頃、ようやく人々は安寧の鈍感からたたき起こされる。つまり、パニックの始まりだが。
やれ巨大な剣を持った敵だ軍だハンターだサンタだと人々がてんやわんやと口に出す単語にまた一つ加わるものがあった。天使。天竜寺 詩(ka0396)の覚醒した姿だった。人々を安心させるためにあえてその姿を見せながら、彼女が目指すのは病院だった。
病院に向かうのはディーナ・フェルミ(ka5843)も同様だった。避難するにできない人を守るため、あるいは敵が戦略としてそこを狙ってくることを警戒してだろう。怪我人が居れば救助し、敵と遭遇すれば適宜スキルを使い分けて蹴散らしながら進んでいく。
「貴方達を傷つけたくないって人が沢山いるんだ。だからお願い、大人しくして」
病院に現れた強化人間たちに、詩は訴えかける。彼女は今までこの一連の騒動に関わったことは無かった。だが少年少女たちが心から望んでこんなことをしているわけでは無いと信じている。故に、なるべく殺さずに戦いたいと思っていた。
結果として、それは難しいことではなかった──警戒したほど、病院に現れる強化人間は多くなかったからだ。彼らは今回、意識的にどこかを狙う、というより、手近なところから手あたり次第に襲い掛かっているようだった。故に、『どこかで待ち構える』という方針は効率の面ではあまり機能しなかった。とはいえ、これは結果論だろう。誰かがやらねばならなかった。予想できた悲劇を見過ごすことになるよりは。音子から頼まれていた頼みごとを果たす時間もこれで出来た。
ユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)は避難場所として市民が集められていく場所の防衛に向かう。
「死にたく無いのなら退きなさい。それでも向かうなら、死を覚悟しなさい……」
基本的に殺害目的ではないが、完全に戦闘不能状態になるレベルに潰すつもりの威力ではあった。呼びかけに留まらない子供たちを、活人剣を用いて無力化していく。舞刀士の活人剣は無力化目的においてシンプルかつ最速の回答ではある。だが繊細な技故に確実に実行できる回数に限りがある。なるべくならば多数を巻き込んで使用したかったが、状況は受動的。単独行動では積極的に範囲攻撃を活かせる機会は限られた。
加速していく状況に、個人の力で為せることはあまりにも微々たるもの、ではあった。
「それなら……希望を持つより今を尽くす所存です……っ」
マルカ・アニチキン(ka2542)は叫ぶ。弱弱しい顔を仮面で覆い隠して。
奇跡が起こって誰かが何とかしてくれるなどと思ってはいけない。僅かしか意味が無くても。僅かでも意味があるなら。出来ることを止める理由にはならなかった。
強化人間を止めるため、多くのハンターたちが傷つきながら戦うなら、マルカは彼らを、癒しながら街を走り抜けていく。
ロンドン。その異名が思い出されることは今は無いだろう。霧が出る季節ではない。吸った息は湿り気どころか埃っぽく、舌に残る味は血と火薬の物だった。かつての故郷であるからこそ、己が知るものとはあまりにも別物になりすぎて。
……誘導され進んでいく街の人たちの流れに、遥華は焦燥を覚えないわけでは無かった。状況はまだあまりに愚鈍に思えた。……己を含めて。遭遇した強化人間にブリザードを打ち込んで動きを止める。冷気で動きを鈍らせる子供たちはしかし足掻くのをやめず、やがて再び動けるようになればまた動き出すのだろうと思った。手足を狙い無力化を図る。だが命を取らずに無力化を図るというのはやはり殺すより時間のかかる方法ではあった。
「パティはネ、」
遥華の背に、パティは話しかけた。変わらぬ口調で。
「ハルとロンドンでショッピングする約束を楽しみにしてるんダヨ」
言葉に、遥華はもう一度心を落ち着ける。
(平穏になったらまた里帰りで戻るんだ。だから――)
決意を固め直す。苦しくとも止まらぬように、鈍らぬように。
(人も街も、壊させてなるものか)
●
「アンタ達も人を守りたくて戦っているんだろうが、これは歪虚との戦争だ。戦闘は俺たち覚醒者に任せて、アンタらは逃げ遅れてる市民を助けちゃくれないか? もちろん署にそう報告して、指示を仰いでもらって構わない」
軍も出てきて戦火はいよいよ激化していく状況の中、対応に戸惑う警官たちにトリプルJ(ka6653)は丁寧な物腰で呼びかける。
ハンター、という事はすぐに理解されたのだろう。信頼と共に縋るような眼を向ける警官に、Jはこの事態を歪虚が誘拐した人間を使って攻めてきたと説明した。
「俺達はなるべく殺さず家に返してやれるように戦ってる。アンタ達に市民の避難誘導して貰えれば、俺達も助かる」
最後まで丁寧に、そして同じ目線で語るJの言葉に、対応した警官たちは戸惑いと怯えを隠せないながらも頷いた。要請の通り、警察無線での警戒の呼び掛けは実行してもらえる。……警官と市民の状況は、これで少しはましになるだろうか。それから、強化人間たちへの理解も……。そこまでは、分からない。混迷としたこの状況で何が後に残るかは。
今は出来ることはやったと、Jはそのまま戦闘音がする方を探しては急行する。
避難対策としての行動は音子も実行していた。自信もソリによる飛行とファミリアアイで情報を収集する傍ら、軍に以下のようなことを要請している。
市へ道路渋滞監視所と河川警備所の協力要請、事態発信の仔細・避難案内と情報収集用のSNSのアカウントの作成。
……返事は、努力はする、という頼りないものではあったが。とにかく状況が激しすぎる。自軍の指揮もしながらリアルタイムの状況を、市民に拡散しても問題ないという内容と精度を確認しつつ発信、というのは。
病院へ向かった仲間に、上記のアカウントを、有名人患者が居れば拡散してもらえるよう頼んでほしい、とも言付けてはあったが、期待したほどこれらの情報の更新頻度は高くはなかった。
情報。そう、広大なロンドンの街を闇雲に走り回って当たるを幸いとして戦闘をしていて、それだけで間に合う事態ではなかった。巻き込まれる市民を少しでも減らすためには可能な限り行動を効率化する必要があり、そのためには情報がいる。
デスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013)は魔導二輪で川沿いにつけると、エリュマントス襲来の影響で乗り捨てられた水上移動手段を拝借して河川上を走っていた。
敵もある程度出たとこ勝負で暴れていると見なして──実際の所今回の場合その見立ては正しかった──川沿いにある施設、特に避難の要となる、シティ空港、橋、メインストリートを双眼鏡で確認、被害を受けている箇所があれば情報を飛ばす。
深守・H・大樹(ka7084)はトラウィス(ka7073)をサイドカーに乗せて同行させて街を駆け抜けていた。大樹は事前に周辺地図の貸与を申請し人が集まる場所や催事などはあらかじめ確認し記入してあった。リアルタイムの情報はトラウィスがファミリアズアイでイヌワシを飛ばし確認する。己の身体と移動、そして情報の書き込みは大樹任せ。そういう役割分担だ。トラウィスの言葉を元に大樹はハンターの展開状況、市民・警官の離脱状況やトラック進行ルートなど整理する。そして、情報の錯綜にも気を使いながら発信する。
彼らはそうして、逃げ遅れが追い詰められ易い路地中心に進行しつつ情報収集を行っていた。
フォークス(ka0570)は壁歩きで高所に駆け上がると、高台からら戦域の哨戒・監視をしていた。
主に見張るのはの武装トラックや敵集団だ。……特にトラックの場合は進行方向から行き先を予測出来ないか試みる──病院、学校、避難所など人の集まり易そうな場所かどうか。結論としては見たところ、何かを目指しているというよりは暴れる場所を求めて爆走しているという風であったが。つまりそれらが『適切な場所』──避難民の集団など──にかち合う前に対処しなければという事だろう。
彼女はおおよその進行方向を報告すると、他ハンターに急行を請う。あえて、移動するトラックに手出しはしなかった。進行方向が変わったり停止したりするとかえって連絡したハンターが先回りできなくなる。
鍛島 霧絵(ka3074)もまた、フォークスと似たような事を念頭に別の場所で武装トラックの監視を実施している。得た情報はトランシーバーの機能が付いたイヤリングを通じて仲間へと伝えていた。情報を伝えつつ手が開けやすい分、彼女自身も仲間の位置を把握しながら時に制圧射撃での足止めに回る。情報収集のために上がった屋上で、彼女はまたも接近しようとする強化人間の武器を撃って攻撃を妨害する。出来るだけ殺さない……が。
(市民の安全が最優先。……最優先よ)
言い聞かせる必要は感じていた。このままでは、いつかその覚悟は迫られるだろうと感じながら。
こうしてハンターたちが収集した情報は夢路 まよい(ka1328)が中心となって整頓・拡散していた。トランシーバー、魔導短伝話の両方で通達するのは勿論、伝言ゲームで情報を分散させるため情報網に参加する人間の配置のアドバイス、同時通話で混乱しないための発言タイミングなどの統制を実施していた。ルールを浸透させた後は、自分自身も飛行して情報の収集にあたる。
状況は動き続ける。情報は重要だがそれ故に伝えるべきことはキリがないほどに絶え間ない。それらを統制し行き渡らせるこの働きは今回、どんな行動をとる人間にとっても重要なものだった。
●
ただ破壊を求めて爆走する武装トラック、その前輪タイヤにマテリアルの輝きを帯びた矢が突き刺さる。
バランスと共に制御を失ったそれは激しく揺れながら横手の建物に激突して黒煙を上げながら停止した。
あちこちに身体をぶつけたらしい強化人間たちが、怒りとそれから、互いを気遣う声を掛け合いながらバラバラとトラックから降りてくる。
そこに立ちはだかるのは、矢を放った鞍馬 真(ka5819)だった。
彼が放つ気配に、降りてきた複数の強化人間たちはそれぞれに武器を構え真を包囲する。真はまず冷静に、周囲を見回した。強化人間たちではない、その更に周域──逃げる市民の気配は、ここにはない。上手く味方や軍が誘導してくれたのか、それとも幸運だったのか。
ならばと彼は少年少女たちを無力化すべく行動を開始した。複数人を一度に相手取ることになれば当然、一人を丁寧に打ちのめす間、他の手合いの刃は銃弾は彼の身に打ち込まれていく。彼はそれらもすべて微笑んで受け止めて……傷つきながらも、全員、叩きのめした。
別の場所では、トラックは突如出現した泥濘にタイヤを空転させられる形で停車させられた。保・はじめ(ka5800)の地縛符によるものである。同じく降車して戦闘を続けようとする強化人間たちを、続けて符から放たれる五色の光が襲い掛かる。目を眩まされながら、身体をあちこちにぶつけつつももがきなおも暴れようとする。構わずはじめはもう一撃を打ち込んだ。
戦場で武家の義務を果たすためだけに生かされてきた彼にとって、年齢や自由意志の有無は手心を加える理由にはならない。
「悲しんでくれる誰かがいるような、意味のある死を残せる貴方達が少し羨ましくあります」
呟き、少年たちが完全に動かなくなるまで彼はそれを続けた。
これら魔導トラックが、完全にテロ目的で投入されているのではないか、という懸念を抱いていたのがメアリ・ロイド(ka6633)だ。気になるのは「ブロート」という名だ。過去に、同じ名前の魔導エンジンがあって、それは──「起動したが最後、停止できず高熱を帯びた挙げ句、大爆発する」というものだった。
ハンターたちが構築した情報網からトラックの位置が判明次第急行すると、制圧射撃でトラックを停止、激辛弾を用いて中から子供達を追い出し、無力化するとエンジンを中心にくまなく調べ爆発物や罠を確認する。
……結果として、特に危険なものは発見されなかった。これまでにも同名のトラックはこの戦いに投入されてきたが、エンジンが上記のような暴走をしたという報告はない。今回も、このトラックは少なくとも自爆特攻目的ではないようだ。
……このトラックは。
厭らしい点は、罠が見つかりさえすれば全てのトラックに対し警告を発すべきだが、このトラックについて見つからなくても他が安全だという情報は流せないという事だろう。舌打ちしたい心地で、メアリは次の対策を打つべく走る。
●
……ただ戦力で言うならば。町に放たれた強化人間たちを圧倒できるだけの戦力は、ハンターたちにはあった。
それが勝利条件ではないことは、この場に居る全員が分かり切っていることだろう。
今回最も許してはいけないことは何か。そのために必要なものは何か。
初動においては、その答えは『速さ』だ。……そのためには、何が必要か。何を決意すべきか。
ヒース・R・ウォーカー(ka0145)は。
この一連の作戦において、変わらず、その決意を抱き続けていた、抱き続けることのできたハンターの一人だ。
「流れる血を少なくするために。行こうか、シェリー」
同行するシェリル・マイヤーズ(ka0509)へ語る様に、謳うように告げる。
「うん……。この手が届く限り……」
変わらぬ意志を胸に、二人はロンドンの街を駆ける。
「さぁ、殺し合おう。それしか出来ないんだからさぁ」
相対する強化人間を擦れ違いざまにヒースは斬り捨てる。躊躇うことなく。
自爆を警戒し離脱するヒースに重なるように影に居たシェリルが飛び出すと。突き出す刃が真っ直ぐに狙うのは人体にとって致命となるその位置だった。
(間に合え……一人でも多くの命に!)
それが二人の決断だった。疾く、速く。一人でも早く始末することが、一人でも多くの市民を救うことに繋がる──そして、なるべく苦しめずに、済む。そう信じて。
斬り続けた。時に逃げ遅れた市民を、前に出る警官を庇いながら。
倒れる少年たちから雨のように噴き出る血潮は、すべて彼らが浴びた。背を向けて必死で走る市民に一滴もかけることなく、何も見せることなく。
シェリルは、血に濡れた刃に、先ほどの戦いで折れた愛刀の魂を思い出し目的を見定め続けて。
「……ただいま、ボクの街」
業を背負いながら、それでもヒースはそう口にした。
今は異界に生きる身。それでも、この国、この街は彼にとって故郷だった。
コーネリア・ミラ・スペンサー(ka4561)も、必要な時には躊躇いなくその決意が出来るハンターの一人だった。
「甘いな。人間同士の戦争に身を投じてきた私を何だと思っている?」
呟き一つ。市民の群れに突撃しようとしていた強化人間を強弾が貫き、息の根を止めた。
これまでは足を撃って怯ませたり、投げ飛ばしてから締め落としていたりと制圧に終始していた彼女が、無辜の民の危機を察知した瞬間の切り替えは──鮮やか過ぎる程に早かった。
そして……前とは違う覚悟を掲げるのが、シレークス(ka0752)だった。
「光よ、我らを導き、そして……憐れみたまえです」
唱える聖句は、同じ。だが。
剛力から振り下ろされる一撃が、道路を粉砕する。歩みを止めた子供たちに、そのままの勢いで彼女は襲い掛かる。
無力化を図ろうと。軍を拘束に用いようという動きでは、無かった。
覚悟を決めた軍人と共に。彼らが動きを止めたその隙に、全力の一撃を彼女はお見舞いする。
──一般市民に、ただの一人も死者を出してはいけない。
それを、それだけを彼女は今回、目指すべき目標として掲げた。
それが果たせなければ、どれだけ綺麗事や理想を掲げても、怨嗟と憎悪が子供らを灼いてしまう、と。
「こっちは任せやがれです」
なおも援護射撃をしようとした軍を、彼女は制した。殺させないという意図ではない、もっと人員が必要になる場所に彼等が移動できるように、と。
誘導や護送は、やはり数と慣れがある軍と警察に分があるとみて。
……そうして声をかけた軍人の中には、前回の彼女と決別した部隊もあっただろう。だが今回は。兵士たちは頷いて、彼女の意志を、指示を理解して、動く。
今回はやるべきことが多かったせいだろう、軍との協調を意識して動けるものは少なかった。故にこそ彼女がこうして軍を守り、その働きを補助した意味は小さくない。
──今度こそ、その分の業を、彼女はその背に負う事に、なったが。
それでも彼女は進む。聖句を唱えることをやめることなく。
●
願いが、骨を砕く。
覚悟が、血を流す。
それでもまだ街には悲鳴が、怒号が、破壊が、死が、あちこちで巻き起こる。
まだ速さが足りないと。
まだ犠牲が足りないと。
「地獄、ねェ」
万歳丸(ka5665)が呟いた。
(強化人間にも操られるやつとそうでないヤツがいる……【殺生石】でも此処にこさえるつもりか?)
思いながら、彼も通信網の情報を元に機動戦を実行している──自転車で。
「未来の大英雄様だぜ、ガキの生命を奪るつもりはねェ……が」
子供たちを主に打撲で無力化しながら、彼は子供たちの武装を解除して……そして、引きづる形で連れまわす。
(ガキ共にとっては俺ァ「憎ィ化物」でガキは「大事な仲間」……どうだ?)
目論見は、当たっていた。
「き、っさま!」
叫び、遭遇した強化人間は彼の姿を認めるなり最優先で襲い掛かってきた。「化け物に捕らえられた仲間」を「救おうと」
万歳丸はそれらを迎撃しながら、その情報を流す。
……同様の検証を、門垣 源一郎(ka6320)も実施していた。
警察の避難誘導に対して迎撃する形で強化人間を相手取っていた彼は、無力化した強化人間をはっきりと『盾』にする形で新手に向けて掲げて見せる。
もはや洗脳だけとは言えない憎悪が、源一郎に向けられる。構えた大剣の切っ先が怒りで震えていた。
「憎んでもらって構わん。それとも、もうそんな余剰も残っていないのか?」
挑発するように源一郎が告げる。
「構わ……ないで、斬って! 私、たちの、自由……」
拘束されている少女が苦しげに呻く。
「うぉぉおおおお!」
対峙する少年が絶叫を上げた。
「皆! 来てくれ! こいつは……こいつだけは絶対に!」
叫び、涙を零しながら少年は源一郎に突撃していく。源一郎は目を細めた。それはただ「結果」を冷静に分析するように。
そして。
「……以上が強化人間の行動傾向だ。計画は有効と判断する」
冷静に、どこかへと源一郎は報告を流した。
──何かが、動き始めていた。
●
「お前らが明法と同じ口先だけの綺麗事でガキを道具にするクズじゃないならどんな手を使っても1秒でも早く実行するっす。遅れた分だけ死人が増えるっすよ」
神楽(ka2032)のその連絡は、作戦が開始して早いうちから財団へと行われていた。
「……この状況で連絡して来た意図は事態が進行しているさなかに責任者を出せとか腹いせの罵り合いとかそういう事がしたいってことなのかしら」
取り次いだ職員の第一声は冷ややかだった。
「1秒でも早く実行するっすって言ったの聞こえたっすか? 口先だけって認めるってことすかそれは」
「いいえ。貴方と同じでそれでも言ってやりたかったってだけ。私に理性がもう少し足りなければそうしてやりたかったってね……トモネ総帥の状態を知っている身としては」
女性の声は挑発に我を忘れた様子ではなかった。そうまでして発破をかけられなければこちらが何もする気がないほど責任も痛切も感じていないと思ったかという響きを感じ取って。それでも神楽は自身の怒りに納得したわけでは無かった。無かったが。
「……分かったっす。話をさっさと進めるためにはどうすりゃいいっすか? とりあえず土下座するっすか?」
それでも、自分の言ったとおりだ。遅れた分だけ死人が増える。だからただ話を進めるために神楽はそう切り返した。
初めからそう下手に出ていれば。どうなったかは分からない。取り次いだ相手によっては侮られ後回しにされたかもしれない。結局賭けでしかなかった。黒に乗せるか赤に乗せるか、その類の。
「こっちも分かってる。言っとくけど貴方は賭けに勝ったわよ。私は貴方の挑発に乗らざるを得ない。数人の仲間と独断でね。さっきの言葉、トモネ総帥に聞こえるところで言ってほしくないから」
嘆息交じりに女性は答えると、用件を促した。神楽は手短に用件を伝える。その手にはメアリから借り受けたアスガルドの写真があった。
神楽の要請は端的に言うと財団を通じてのTV局への協力要請だった。ロンドン市内に限定して、テレビ放映を流す。大通りにある大型のヴィジョンなどが主たる狙いだろう。
メアリから提供された写真と共に呼びかけられたのは二種類だ。避難民に向けた『当写真の子供に近づかずテムズから離れろ』と、子供たちに向けられた『アスガルドの子供達、写真がきちんと見えますか? 貴方達は歪虚に操られています。すぐに解けるので少しだけ戦闘を止め退避してください』というもの。
後者の反応は……望む結果が得られたとは言い難い。ハンターたちとの思い出の写真に、一瞬苦し気な顔と共に手を止めたものは居た。……一度限りだ。これが自分たちの為すべきことだと突き動かされていた。あの頃が懐かしい、どうしてこうなったんだという想いが去来するのは……ただ、苦々しさを彼らの胸に与えるそれだけに終わった。
ただそれよりも重要なのは。
それでも、財団を通じてTV局への要請を取り付けることに成功した、という事だ。
勿論、それを通達し、交渉し、そして実行へと移されるためにはそれなりの時間は必要だった。これまでのハンターたちの戦いは、苦悩は、決断は、そのために必要だった。
そうして、ハンターたちに拘束される強化人間たちが積み上げられる中、もう一つの計画が進行していた。
「やあ。ようやく準備も整いそうかね」
どさりと。また、捕えた強化人間を落すように下ろして、エアルドフリス(ka1856)がボルディア・コンフラムス(ka0796)に告げた。
これまでは、二人行動して他のハンターと同じように暴れる子供たちの無力化、拘束に回っていた。
異なるのは、軍などにも要請して捕縛した強化人間たちを一か所に運搬していたこと。
そうして集められた子供たちは、志鷹 都(ka1140)が救急セットを用いて治療を施している。だが、子供たちを集めたのは彼女に治療させ折角無力化した子供たちがそのままショック死することを防ぐため、ではない。
軍のトラックが、TV局から借りてきたという放送機材を運び込んでくる。
そして。
「なん……だよ、これ……」
街角のテレヴィジョンをたまたま見上げた少年が、呆然とした声を上げた。
ハンターが、自分たちにとって『忌むべき存在』が、自分たちの仲間を捕えて集めている光景を目の当たりにして。
……仲間たちの誰もかれもが、意識を失い青褪めているか、苦痛に脂汗を浮かべ呻いている。
これらの光景は、避難が完了したと見做される地区から順次、ロンドンの各所へと映し出されていた。
ただ流すに任せるだけではない。作戦に協力すべく、フェリア(ka2870)とレイア・アローネ(ka4082)が動いていた。
ボルディアの作戦が開始すると、フェリアがマジックフライトで高所から強化人間の位置を把握しレイアに伝える。
レイアは『ソウルトーチ』を使用し子供たちの注目を集めようと試みる。
だが。
「くっ、うまく惹き付けられないか」
レイアの狙い通りに子供達の目を惹くことはできなかった。
ソウルトーチはマテリアルを感知するタイプの敵には有効だが、子供達のように視覚で認識する相手では効果を発揮しない。
それでもここで諦める訳にはいかない。
レイアは子供達の前に出て挑発。僅かな人数ではあったが、子供達を映像が流れる場所へと誘導する事ができた。
以前の戦いでは、己の無力さを思い知ったばかりだ。それでも、何もしなければ変わることは有り得ないと。
例え力及ばずとしても戦う覚悟で──否。
(いや、今度こそ救って見せる……!)
レイアは走り抜ける。
少年たちの瞳が驚愕と怒りに染まる。
「なんだよ……なんだよこれ! お前も……お前らの仕業なのか!」
罵倒を受けながらそれでもレイアは駆け抜け、意識を集め続けた。
戦闘地域が、収束しつつあった。
子供たちは誘導され、一カ所に集まっていく。
状況はまよいが制御する通信網によって通達され、ハンターたちも順次集まっていく。
広大な地域での殲滅戦として始まった戦闘は、局地での総力戦へと形を変えつつあり。
──そうなれば、ハンター対強化人間では結果は見えたようなものだった。
「返せ! 俺たちの仲間を返せよぉぉぉ!」
「諦めない……私たちは、絶対に諦めないんだから……! こんな非道から、皆を救って見せる……!」
「駄目だ……来るな。逃げろ……くそ、畜生ぉぉぉぉぉ!」
ハンターたちは。
子供たちを。
投げ飛ばす。
骨を砕く。
手足を撃ち抜く。
締め落とす。
子供たちは、諦めずに立ち向かう。
さながら、火星で初めて、VOIDとの絶望的な戦いにその身を賭した地球人たちのように。
絶望的な力量差の中で諦めることなく。諦めることを赦されずに。
捕えられた子供たちは、絶叫しながら仲間の窮地にもがいた。
大樹などは粘着テープで両手両足の親指を固めるという拘束方法を行っていた。そうした、抜けにくいやり方を考慮されたやり方ももちろんあったが、これまでに報告された通り、半ば狂ったような少年たちは手足を引きちぎってでも逃れようとばかりに暴れだす。
それを……他でもない、治療にあたっていた都が、冷静に頸動脈を締めて失神させ直す。
絶望。怨嗟。
それを味わっているのが強化人間たちで、与えているのがハンターたち。
……そう、ハンターたちだ。
その四肢を砕くのもその恨みを浴びるのもその命運を握るのもその命を狙われるのも。
ハンターたちだ。
ハンターたちだけ。
そうなった。
市民が巻き込まれることもない。軍人が命を懸けることもない。
だから。
だから。
涙を、どうしてという言葉を飲み込んで。ハンターたちは淡々と事を為す。
これが世界の、彼らの明日のためだと言い聞かせながら。
『こちら──地区、全市民の退避を確認しました!』
『こちら、全負傷者の収容が完了しました!』
『該当地区の包囲に加わります……ハンターが作った輪から、強化人間たちを取りこぼすな!』
応えるように。
いつしか。請わずとも、軍からの情報は次々にハンターたちへともたらされていった。
互いに情報を交換し、取りこぼしがあれば撃退し、この期に及んで強化人間たちの逃走を赦すなどないように協力し合う。
縮まっていく包囲網。
凄絶な光景。その決着を、軍はただ見守るだけでハンターに委ねた。
アスガルドの子供たちの、強化人間のこれからがどうなるかは不透明だ。
この戦いは果たして、どのように記録されることだろう。
それでもその場にいた多くの者が、目を見開いてこの戦いの結末を迎えようとしていた。
──克明に記憶しようとばかりに。
そうして。
全ての音が消えた。
子供たちはこれまでと同じように、すべて、意識を失い、昏睡に陥って。
この戦いは、集結した。
要は異常事態に対し都合の悪い情報を過小評価する心理の事だ。予期せぬ出来事に心を正常に保つため、「自分だけは大丈夫」と信じ込みたがる。
避難は混乱していた。市民は勿論、避難させろと指令を受けた警察も事態を正しく理解はしていない。とにかくロンドンから離れ、指示に従い移動しろと怒号を上げる警官に、逃げるより先にあれは何だ何が起きたと人々は説明を求めに来る。何故かそうしてる間に襲われないとは疑わずに。
街の混迷は停滞を形作っていた。今は、まだ。膨らみ続ける風船のようなものだが。破裂を秒読みしている。
「……ロンドンは守る。そして“彼ら”の未来も」
深呼吸一つ、央崎 遥華(ka5644)は言った。
「パティはムツカシ事わかんないケド、あの子達を止めテ街の人を守ればいいのネ?」
横で、パトリシア=K=ポラリス(ka5996)が告げる。状況を本当にわかっているのかと疑いたくなるようなのどかな……穏やかな、声が、ともすれば怒りが湧き上がりそうになる遥華を落ち着かせる。
ビッグベンを始点として、二人は駆けた。遥華は馬、パティはバイクで。
「テムズ川から極力離れて! 敵はそこから来ている!」
移動しながら避難する人々に呼びかける。武器を持った子供からは逃げろ、警官の指示に従って、等。まだどこか呆然とした調子の人々が、単騎で逆走する彼女らに珍し気に視線を送る。
別の場所。
「私たちは覚醒者です! 警察の皆さんは避難誘導を!」
天王寺茜(ka4080)も、声を上げながら魔導バイクで駆け抜ける。高らかに名乗りを上げるのは強化人間を知らず前に出ようとする警官たちを下がらせるためであり、それ以上に、
(……今は『敵』になることが、彼らのため)
それ以上に、凶刃を振るわんとする強化人間──少年少女──へのアピールだった。
「貴方たちの敵は、ここに居るわ!!」
叫びと共にバイクで吶喊し道行く人、当たるを幸いに襲い掛かろうとしていた強化人間たちを横から逆に襲撃する。電撃で動けなくした彼らを、茜は前と同じように手足を銃で撃ちぬいて無力化した。
(事態の打開は仲間が必ず……!)
信じて、今救える命のために。茜は、動けぬ彼らに止めは刺さず、止血だけの応急処置をして駆け抜けていく。
また違う場所で、人々が見上げる先に……ソリが舞っていた。これも目立つようにだろう、派手な布を堂々とはためかせて。駆るのは十 音子(ka0537)である。上空から標的を発見すると彼女は躊躇わず狙撃した。こちらに気を引いたのを確認するとさらに前進して狙撃する。
戦火があちこちで上がり始める。騒音に衝撃が混じり、やがて軍の進軍が始まり硝煙が漂う頃、ようやく人々は安寧の鈍感からたたき起こされる。つまり、パニックの始まりだが。
やれ巨大な剣を持った敵だ軍だハンターだサンタだと人々がてんやわんやと口に出す単語にまた一つ加わるものがあった。天使。天竜寺 詩(ka0396)の覚醒した姿だった。人々を安心させるためにあえてその姿を見せながら、彼女が目指すのは病院だった。
病院に向かうのはディーナ・フェルミ(ka5843)も同様だった。避難するにできない人を守るため、あるいは敵が戦略としてそこを狙ってくることを警戒してだろう。怪我人が居れば救助し、敵と遭遇すれば適宜スキルを使い分けて蹴散らしながら進んでいく。
「貴方達を傷つけたくないって人が沢山いるんだ。だからお願い、大人しくして」
病院に現れた強化人間たちに、詩は訴えかける。彼女は今までこの一連の騒動に関わったことは無かった。だが少年少女たちが心から望んでこんなことをしているわけでは無いと信じている。故に、なるべく殺さずに戦いたいと思っていた。
結果として、それは難しいことではなかった──警戒したほど、病院に現れる強化人間は多くなかったからだ。彼らは今回、意識的にどこかを狙う、というより、手近なところから手あたり次第に襲い掛かっているようだった。故に、『どこかで待ち構える』という方針は効率の面ではあまり機能しなかった。とはいえ、これは結果論だろう。誰かがやらねばならなかった。予想できた悲劇を見過ごすことになるよりは。音子から頼まれていた頼みごとを果たす時間もこれで出来た。
ユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)は避難場所として市民が集められていく場所の防衛に向かう。
「死にたく無いのなら退きなさい。それでも向かうなら、死を覚悟しなさい……」
基本的に殺害目的ではないが、完全に戦闘不能状態になるレベルに潰すつもりの威力ではあった。呼びかけに留まらない子供たちを、活人剣を用いて無力化していく。舞刀士の活人剣は無力化目的においてシンプルかつ最速の回答ではある。だが繊細な技故に確実に実行できる回数に限りがある。なるべくならば多数を巻き込んで使用したかったが、状況は受動的。単独行動では積極的に範囲攻撃を活かせる機会は限られた。
加速していく状況に、個人の力で為せることはあまりにも微々たるもの、ではあった。
「それなら……希望を持つより今を尽くす所存です……っ」
マルカ・アニチキン(ka2542)は叫ぶ。弱弱しい顔を仮面で覆い隠して。
奇跡が起こって誰かが何とかしてくれるなどと思ってはいけない。僅かしか意味が無くても。僅かでも意味があるなら。出来ることを止める理由にはならなかった。
強化人間を止めるため、多くのハンターたちが傷つきながら戦うなら、マルカは彼らを、癒しながら街を走り抜けていく。
ロンドン。その異名が思い出されることは今は無いだろう。霧が出る季節ではない。吸った息は湿り気どころか埃っぽく、舌に残る味は血と火薬の物だった。かつての故郷であるからこそ、己が知るものとはあまりにも別物になりすぎて。
……誘導され進んでいく街の人たちの流れに、遥華は焦燥を覚えないわけでは無かった。状況はまだあまりに愚鈍に思えた。……己を含めて。遭遇した強化人間にブリザードを打ち込んで動きを止める。冷気で動きを鈍らせる子供たちはしかし足掻くのをやめず、やがて再び動けるようになればまた動き出すのだろうと思った。手足を狙い無力化を図る。だが命を取らずに無力化を図るというのはやはり殺すより時間のかかる方法ではあった。
「パティはネ、」
遥華の背に、パティは話しかけた。変わらぬ口調で。
「ハルとロンドンでショッピングする約束を楽しみにしてるんダヨ」
言葉に、遥華はもう一度心を落ち着ける。
(平穏になったらまた里帰りで戻るんだ。だから――)
決意を固め直す。苦しくとも止まらぬように、鈍らぬように。
(人も街も、壊させてなるものか)
●
「アンタ達も人を守りたくて戦っているんだろうが、これは歪虚との戦争だ。戦闘は俺たち覚醒者に任せて、アンタらは逃げ遅れてる市民を助けちゃくれないか? もちろん署にそう報告して、指示を仰いでもらって構わない」
軍も出てきて戦火はいよいよ激化していく状況の中、対応に戸惑う警官たちにトリプルJ(ka6653)は丁寧な物腰で呼びかける。
ハンター、という事はすぐに理解されたのだろう。信頼と共に縋るような眼を向ける警官に、Jはこの事態を歪虚が誘拐した人間を使って攻めてきたと説明した。
「俺達はなるべく殺さず家に返してやれるように戦ってる。アンタ達に市民の避難誘導して貰えれば、俺達も助かる」
最後まで丁寧に、そして同じ目線で語るJの言葉に、対応した警官たちは戸惑いと怯えを隠せないながらも頷いた。要請の通り、警察無線での警戒の呼び掛けは実行してもらえる。……警官と市民の状況は、これで少しはましになるだろうか。それから、強化人間たちへの理解も……。そこまでは、分からない。混迷としたこの状況で何が後に残るかは。
今は出来ることはやったと、Jはそのまま戦闘音がする方を探しては急行する。
避難対策としての行動は音子も実行していた。自信もソリによる飛行とファミリアアイで情報を収集する傍ら、軍に以下のようなことを要請している。
市へ道路渋滞監視所と河川警備所の協力要請、事態発信の仔細・避難案内と情報収集用のSNSのアカウントの作成。
……返事は、努力はする、という頼りないものではあったが。とにかく状況が激しすぎる。自軍の指揮もしながらリアルタイムの状況を、市民に拡散しても問題ないという内容と精度を確認しつつ発信、というのは。
病院へ向かった仲間に、上記のアカウントを、有名人患者が居れば拡散してもらえるよう頼んでほしい、とも言付けてはあったが、期待したほどこれらの情報の更新頻度は高くはなかった。
情報。そう、広大なロンドンの街を闇雲に走り回って当たるを幸いとして戦闘をしていて、それだけで間に合う事態ではなかった。巻き込まれる市民を少しでも減らすためには可能な限り行動を効率化する必要があり、そのためには情報がいる。
デスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013)は魔導二輪で川沿いにつけると、エリュマントス襲来の影響で乗り捨てられた水上移動手段を拝借して河川上を走っていた。
敵もある程度出たとこ勝負で暴れていると見なして──実際の所今回の場合その見立ては正しかった──川沿いにある施設、特に避難の要となる、シティ空港、橋、メインストリートを双眼鏡で確認、被害を受けている箇所があれば情報を飛ばす。
深守・H・大樹(ka7084)はトラウィス(ka7073)をサイドカーに乗せて同行させて街を駆け抜けていた。大樹は事前に周辺地図の貸与を申請し人が集まる場所や催事などはあらかじめ確認し記入してあった。リアルタイムの情報はトラウィスがファミリアズアイでイヌワシを飛ばし確認する。己の身体と移動、そして情報の書き込みは大樹任せ。そういう役割分担だ。トラウィスの言葉を元に大樹はハンターの展開状況、市民・警官の離脱状況やトラック進行ルートなど整理する。そして、情報の錯綜にも気を使いながら発信する。
彼らはそうして、逃げ遅れが追い詰められ易い路地中心に進行しつつ情報収集を行っていた。
フォークス(ka0570)は壁歩きで高所に駆け上がると、高台からら戦域の哨戒・監視をしていた。
主に見張るのはの武装トラックや敵集団だ。……特にトラックの場合は進行方向から行き先を予測出来ないか試みる──病院、学校、避難所など人の集まり易そうな場所かどうか。結論としては見たところ、何かを目指しているというよりは暴れる場所を求めて爆走しているという風であったが。つまりそれらが『適切な場所』──避難民の集団など──にかち合う前に対処しなければという事だろう。
彼女はおおよその進行方向を報告すると、他ハンターに急行を請う。あえて、移動するトラックに手出しはしなかった。進行方向が変わったり停止したりするとかえって連絡したハンターが先回りできなくなる。
鍛島 霧絵(ka3074)もまた、フォークスと似たような事を念頭に別の場所で武装トラックの監視を実施している。得た情報はトランシーバーの機能が付いたイヤリングを通じて仲間へと伝えていた。情報を伝えつつ手が開けやすい分、彼女自身も仲間の位置を把握しながら時に制圧射撃での足止めに回る。情報収集のために上がった屋上で、彼女はまたも接近しようとする強化人間の武器を撃って攻撃を妨害する。出来るだけ殺さない……が。
(市民の安全が最優先。……最優先よ)
言い聞かせる必要は感じていた。このままでは、いつかその覚悟は迫られるだろうと感じながら。
こうしてハンターたちが収集した情報は夢路 まよい(ka1328)が中心となって整頓・拡散していた。トランシーバー、魔導短伝話の両方で通達するのは勿論、伝言ゲームで情報を分散させるため情報網に参加する人間の配置のアドバイス、同時通話で混乱しないための発言タイミングなどの統制を実施していた。ルールを浸透させた後は、自分自身も飛行して情報の収集にあたる。
状況は動き続ける。情報は重要だがそれ故に伝えるべきことはキリがないほどに絶え間ない。それらを統制し行き渡らせるこの働きは今回、どんな行動をとる人間にとっても重要なものだった。
●
ただ破壊を求めて爆走する武装トラック、その前輪タイヤにマテリアルの輝きを帯びた矢が突き刺さる。
バランスと共に制御を失ったそれは激しく揺れながら横手の建物に激突して黒煙を上げながら停止した。
あちこちに身体をぶつけたらしい強化人間たちが、怒りとそれから、互いを気遣う声を掛け合いながらバラバラとトラックから降りてくる。
そこに立ちはだかるのは、矢を放った鞍馬 真(ka5819)だった。
彼が放つ気配に、降りてきた複数の強化人間たちはそれぞれに武器を構え真を包囲する。真はまず冷静に、周囲を見回した。強化人間たちではない、その更に周域──逃げる市民の気配は、ここにはない。上手く味方や軍が誘導してくれたのか、それとも幸運だったのか。
ならばと彼は少年少女たちを無力化すべく行動を開始した。複数人を一度に相手取ることになれば当然、一人を丁寧に打ちのめす間、他の手合いの刃は銃弾は彼の身に打ち込まれていく。彼はそれらもすべて微笑んで受け止めて……傷つきながらも、全員、叩きのめした。
別の場所では、トラックは突如出現した泥濘にタイヤを空転させられる形で停車させられた。保・はじめ(ka5800)の地縛符によるものである。同じく降車して戦闘を続けようとする強化人間たちを、続けて符から放たれる五色の光が襲い掛かる。目を眩まされながら、身体をあちこちにぶつけつつももがきなおも暴れようとする。構わずはじめはもう一撃を打ち込んだ。
戦場で武家の義務を果たすためだけに生かされてきた彼にとって、年齢や自由意志の有無は手心を加える理由にはならない。
「悲しんでくれる誰かがいるような、意味のある死を残せる貴方達が少し羨ましくあります」
呟き、少年たちが完全に動かなくなるまで彼はそれを続けた。
これら魔導トラックが、完全にテロ目的で投入されているのではないか、という懸念を抱いていたのがメアリ・ロイド(ka6633)だ。気になるのは「ブロート」という名だ。過去に、同じ名前の魔導エンジンがあって、それは──「起動したが最後、停止できず高熱を帯びた挙げ句、大爆発する」というものだった。
ハンターたちが構築した情報網からトラックの位置が判明次第急行すると、制圧射撃でトラックを停止、激辛弾を用いて中から子供達を追い出し、無力化するとエンジンを中心にくまなく調べ爆発物や罠を確認する。
……結果として、特に危険なものは発見されなかった。これまでにも同名のトラックはこの戦いに投入されてきたが、エンジンが上記のような暴走をしたという報告はない。今回も、このトラックは少なくとも自爆特攻目的ではないようだ。
……このトラックは。
厭らしい点は、罠が見つかりさえすれば全てのトラックに対し警告を発すべきだが、このトラックについて見つからなくても他が安全だという情報は流せないという事だろう。舌打ちしたい心地で、メアリは次の対策を打つべく走る。
●
……ただ戦力で言うならば。町に放たれた強化人間たちを圧倒できるだけの戦力は、ハンターたちにはあった。
それが勝利条件ではないことは、この場に居る全員が分かり切っていることだろう。
今回最も許してはいけないことは何か。そのために必要なものは何か。
初動においては、その答えは『速さ』だ。……そのためには、何が必要か。何を決意すべきか。
ヒース・R・ウォーカー(ka0145)は。
この一連の作戦において、変わらず、その決意を抱き続けていた、抱き続けることのできたハンターの一人だ。
「流れる血を少なくするために。行こうか、シェリー」
同行するシェリル・マイヤーズ(ka0509)へ語る様に、謳うように告げる。
「うん……。この手が届く限り……」
変わらぬ意志を胸に、二人はロンドンの街を駆ける。
「さぁ、殺し合おう。それしか出来ないんだからさぁ」
相対する強化人間を擦れ違いざまにヒースは斬り捨てる。躊躇うことなく。
自爆を警戒し離脱するヒースに重なるように影に居たシェリルが飛び出すと。突き出す刃が真っ直ぐに狙うのは人体にとって致命となるその位置だった。
(間に合え……一人でも多くの命に!)
それが二人の決断だった。疾く、速く。一人でも早く始末することが、一人でも多くの市民を救うことに繋がる──そして、なるべく苦しめずに、済む。そう信じて。
斬り続けた。時に逃げ遅れた市民を、前に出る警官を庇いながら。
倒れる少年たちから雨のように噴き出る血潮は、すべて彼らが浴びた。背を向けて必死で走る市民に一滴もかけることなく、何も見せることなく。
シェリルは、血に濡れた刃に、先ほどの戦いで折れた愛刀の魂を思い出し目的を見定め続けて。
「……ただいま、ボクの街」
業を背負いながら、それでもヒースはそう口にした。
今は異界に生きる身。それでも、この国、この街は彼にとって故郷だった。
コーネリア・ミラ・スペンサー(ka4561)も、必要な時には躊躇いなくその決意が出来るハンターの一人だった。
「甘いな。人間同士の戦争に身を投じてきた私を何だと思っている?」
呟き一つ。市民の群れに突撃しようとしていた強化人間を強弾が貫き、息の根を止めた。
これまでは足を撃って怯ませたり、投げ飛ばしてから締め落としていたりと制圧に終始していた彼女が、無辜の民の危機を察知した瞬間の切り替えは──鮮やか過ぎる程に早かった。
そして……前とは違う覚悟を掲げるのが、シレークス(ka0752)だった。
「光よ、我らを導き、そして……憐れみたまえです」
唱える聖句は、同じ。だが。
剛力から振り下ろされる一撃が、道路を粉砕する。歩みを止めた子供たちに、そのままの勢いで彼女は襲い掛かる。
無力化を図ろうと。軍を拘束に用いようという動きでは、無かった。
覚悟を決めた軍人と共に。彼らが動きを止めたその隙に、全力の一撃を彼女はお見舞いする。
──一般市民に、ただの一人も死者を出してはいけない。
それを、それだけを彼女は今回、目指すべき目標として掲げた。
それが果たせなければ、どれだけ綺麗事や理想を掲げても、怨嗟と憎悪が子供らを灼いてしまう、と。
「こっちは任せやがれです」
なおも援護射撃をしようとした軍を、彼女は制した。殺させないという意図ではない、もっと人員が必要になる場所に彼等が移動できるように、と。
誘導や護送は、やはり数と慣れがある軍と警察に分があるとみて。
……そうして声をかけた軍人の中には、前回の彼女と決別した部隊もあっただろう。だが今回は。兵士たちは頷いて、彼女の意志を、指示を理解して、動く。
今回はやるべきことが多かったせいだろう、軍との協調を意識して動けるものは少なかった。故にこそ彼女がこうして軍を守り、その働きを補助した意味は小さくない。
──今度こそ、その分の業を、彼女はその背に負う事に、なったが。
それでも彼女は進む。聖句を唱えることをやめることなく。
●
願いが、骨を砕く。
覚悟が、血を流す。
それでもまだ街には悲鳴が、怒号が、破壊が、死が、あちこちで巻き起こる。
まだ速さが足りないと。
まだ犠牲が足りないと。
「地獄、ねェ」
万歳丸(ka5665)が呟いた。
(強化人間にも操られるやつとそうでないヤツがいる……【殺生石】でも此処にこさえるつもりか?)
思いながら、彼も通信網の情報を元に機動戦を実行している──自転車で。
「未来の大英雄様だぜ、ガキの生命を奪るつもりはねェ……が」
子供たちを主に打撲で無力化しながら、彼は子供たちの武装を解除して……そして、引きづる形で連れまわす。
(ガキ共にとっては俺ァ「憎ィ化物」でガキは「大事な仲間」……どうだ?)
目論見は、当たっていた。
「き、っさま!」
叫び、遭遇した強化人間は彼の姿を認めるなり最優先で襲い掛かってきた。「化け物に捕らえられた仲間」を「救おうと」
万歳丸はそれらを迎撃しながら、その情報を流す。
……同様の検証を、門垣 源一郎(ka6320)も実施していた。
警察の避難誘導に対して迎撃する形で強化人間を相手取っていた彼は、無力化した強化人間をはっきりと『盾』にする形で新手に向けて掲げて見せる。
もはや洗脳だけとは言えない憎悪が、源一郎に向けられる。構えた大剣の切っ先が怒りで震えていた。
「憎んでもらって構わん。それとも、もうそんな余剰も残っていないのか?」
挑発するように源一郎が告げる。
「構わ……ないで、斬って! 私、たちの、自由……」
拘束されている少女が苦しげに呻く。
「うぉぉおおおお!」
対峙する少年が絶叫を上げた。
「皆! 来てくれ! こいつは……こいつだけは絶対に!」
叫び、涙を零しながら少年は源一郎に突撃していく。源一郎は目を細めた。それはただ「結果」を冷静に分析するように。
そして。
「……以上が強化人間の行動傾向だ。計画は有効と判断する」
冷静に、どこかへと源一郎は報告を流した。
──何かが、動き始めていた。
●
「お前らが明法と同じ口先だけの綺麗事でガキを道具にするクズじゃないならどんな手を使っても1秒でも早く実行するっす。遅れた分だけ死人が増えるっすよ」
神楽(ka2032)のその連絡は、作戦が開始して早いうちから財団へと行われていた。
「……この状況で連絡して来た意図は事態が進行しているさなかに責任者を出せとか腹いせの罵り合いとかそういう事がしたいってことなのかしら」
取り次いだ職員の第一声は冷ややかだった。
「1秒でも早く実行するっすって言ったの聞こえたっすか? 口先だけって認めるってことすかそれは」
「いいえ。貴方と同じでそれでも言ってやりたかったってだけ。私に理性がもう少し足りなければそうしてやりたかったってね……トモネ総帥の状態を知っている身としては」
女性の声は挑発に我を忘れた様子ではなかった。そうまでして発破をかけられなければこちらが何もする気がないほど責任も痛切も感じていないと思ったかという響きを感じ取って。それでも神楽は自身の怒りに納得したわけでは無かった。無かったが。
「……分かったっす。話をさっさと進めるためにはどうすりゃいいっすか? とりあえず土下座するっすか?」
それでも、自分の言ったとおりだ。遅れた分だけ死人が増える。だからただ話を進めるために神楽はそう切り返した。
初めからそう下手に出ていれば。どうなったかは分からない。取り次いだ相手によっては侮られ後回しにされたかもしれない。結局賭けでしかなかった。黒に乗せるか赤に乗せるか、その類の。
「こっちも分かってる。言っとくけど貴方は賭けに勝ったわよ。私は貴方の挑発に乗らざるを得ない。数人の仲間と独断でね。さっきの言葉、トモネ総帥に聞こえるところで言ってほしくないから」
嘆息交じりに女性は答えると、用件を促した。神楽は手短に用件を伝える。その手にはメアリから借り受けたアスガルドの写真があった。
神楽の要請は端的に言うと財団を通じてのTV局への協力要請だった。ロンドン市内に限定して、テレビ放映を流す。大通りにある大型のヴィジョンなどが主たる狙いだろう。
メアリから提供された写真と共に呼びかけられたのは二種類だ。避難民に向けた『当写真の子供に近づかずテムズから離れろ』と、子供たちに向けられた『アスガルドの子供達、写真がきちんと見えますか? 貴方達は歪虚に操られています。すぐに解けるので少しだけ戦闘を止め退避してください』というもの。
後者の反応は……望む結果が得られたとは言い難い。ハンターたちとの思い出の写真に、一瞬苦し気な顔と共に手を止めたものは居た。……一度限りだ。これが自分たちの為すべきことだと突き動かされていた。あの頃が懐かしい、どうしてこうなったんだという想いが去来するのは……ただ、苦々しさを彼らの胸に与えるそれだけに終わった。
ただそれよりも重要なのは。
それでも、財団を通じてTV局への要請を取り付けることに成功した、という事だ。
勿論、それを通達し、交渉し、そして実行へと移されるためにはそれなりの時間は必要だった。これまでのハンターたちの戦いは、苦悩は、決断は、そのために必要だった。
そうして、ハンターたちに拘束される強化人間たちが積み上げられる中、もう一つの計画が進行していた。
「やあ。ようやく準備も整いそうかね」
どさりと。また、捕えた強化人間を落すように下ろして、エアルドフリス(ka1856)がボルディア・コンフラムス(ka0796)に告げた。
これまでは、二人行動して他のハンターと同じように暴れる子供たちの無力化、拘束に回っていた。
異なるのは、軍などにも要請して捕縛した強化人間たちを一か所に運搬していたこと。
そうして集められた子供たちは、志鷹 都(ka1140)が救急セットを用いて治療を施している。だが、子供たちを集めたのは彼女に治療させ折角無力化した子供たちがそのままショック死することを防ぐため、ではない。
軍のトラックが、TV局から借りてきたという放送機材を運び込んでくる。
そして。
「なん……だよ、これ……」
街角のテレヴィジョンをたまたま見上げた少年が、呆然とした声を上げた。
ハンターが、自分たちにとって『忌むべき存在』が、自分たちの仲間を捕えて集めている光景を目の当たりにして。
……仲間たちの誰もかれもが、意識を失い青褪めているか、苦痛に脂汗を浮かべ呻いている。
これらの光景は、避難が完了したと見做される地区から順次、ロンドンの各所へと映し出されていた。
ただ流すに任せるだけではない。作戦に協力すべく、フェリア(ka2870)とレイア・アローネ(ka4082)が動いていた。
ボルディアの作戦が開始すると、フェリアがマジックフライトで高所から強化人間の位置を把握しレイアに伝える。
レイアは『ソウルトーチ』を使用し子供たちの注目を集めようと試みる。
だが。
「くっ、うまく惹き付けられないか」
レイアの狙い通りに子供達の目を惹くことはできなかった。
ソウルトーチはマテリアルを感知するタイプの敵には有効だが、子供達のように視覚で認識する相手では効果を発揮しない。
それでもここで諦める訳にはいかない。
レイアは子供達の前に出て挑発。僅かな人数ではあったが、子供達を映像が流れる場所へと誘導する事ができた。
以前の戦いでは、己の無力さを思い知ったばかりだ。それでも、何もしなければ変わることは有り得ないと。
例え力及ばずとしても戦う覚悟で──否。
(いや、今度こそ救って見せる……!)
レイアは走り抜ける。
少年たちの瞳が驚愕と怒りに染まる。
「なんだよ……なんだよこれ! お前も……お前らの仕業なのか!」
罵倒を受けながらそれでもレイアは駆け抜け、意識を集め続けた。
戦闘地域が、収束しつつあった。
子供たちは誘導され、一カ所に集まっていく。
状況はまよいが制御する通信網によって通達され、ハンターたちも順次集まっていく。
広大な地域での殲滅戦として始まった戦闘は、局地での総力戦へと形を変えつつあり。
──そうなれば、ハンター対強化人間では結果は見えたようなものだった。
「返せ! 俺たちの仲間を返せよぉぉぉ!」
「諦めない……私たちは、絶対に諦めないんだから……! こんな非道から、皆を救って見せる……!」
「駄目だ……来るな。逃げろ……くそ、畜生ぉぉぉぉぉ!」
ハンターたちは。
子供たちを。
投げ飛ばす。
骨を砕く。
手足を撃ち抜く。
締め落とす。
子供たちは、諦めずに立ち向かう。
さながら、火星で初めて、VOIDとの絶望的な戦いにその身を賭した地球人たちのように。
絶望的な力量差の中で諦めることなく。諦めることを赦されずに。
捕えられた子供たちは、絶叫しながら仲間の窮地にもがいた。
大樹などは粘着テープで両手両足の親指を固めるという拘束方法を行っていた。そうした、抜けにくいやり方を考慮されたやり方ももちろんあったが、これまでに報告された通り、半ば狂ったような少年たちは手足を引きちぎってでも逃れようとばかりに暴れだす。
それを……他でもない、治療にあたっていた都が、冷静に頸動脈を締めて失神させ直す。
絶望。怨嗟。
それを味わっているのが強化人間たちで、与えているのがハンターたち。
……そう、ハンターたちだ。
その四肢を砕くのもその恨みを浴びるのもその命運を握るのもその命を狙われるのも。
ハンターたちだ。
ハンターたちだけ。
そうなった。
市民が巻き込まれることもない。軍人が命を懸けることもない。
だから。
だから。
涙を、どうしてという言葉を飲み込んで。ハンターたちは淡々と事を為す。
これが世界の、彼らの明日のためだと言い聞かせながら。
『こちら──地区、全市民の退避を確認しました!』
『こちら、全負傷者の収容が完了しました!』
『該当地区の包囲に加わります……ハンターが作った輪から、強化人間たちを取りこぼすな!』
応えるように。
いつしか。請わずとも、軍からの情報は次々にハンターたちへともたらされていった。
互いに情報を交換し、取りこぼしがあれば撃退し、この期に及んで強化人間たちの逃走を赦すなどないように協力し合う。
縮まっていく包囲網。
凄絶な光景。その決着を、軍はただ見守るだけでハンターに委ねた。
アスガルドの子供たちの、強化人間のこれからがどうなるかは不透明だ。
この戦いは果たして、どのように記録されることだろう。
それでもその場にいた多くの者が、目を見開いてこの戦いの結末を迎えようとしていた。
──克明に記憶しようとばかりに。
そうして。
全ての音が消えた。
子供たちはこれまでと同じように、すべて、意識を失い、昏睡に陥って。
この戦いは、集結した。
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