ゲスト
(ka0000)
【幻痛】これまでの経緯




怠惰王の侵攻……つまり、敵は本腰を入れて侵攻を開始した。
以前の暗い記憶を呼び戻すには充分な展開だ……。
しかし、俺達は以前の俺達ではない。……十分過ぎる力と信頼できる絆を手に入れたはずだ。
今こそ……怠惰王に引導を渡す。……準備は良いか。これより、辺境から怠惰を駆逐する……。
オイマト族長:バタルトゥ・オイマト(kz0023)
更新情報(10月10日更新)
過去の【幻痛】ストーリーノベルを掲載しました。
【幻痛】ストーリーノベル
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辺境某所。
怠惰の歪虚が徘徊する森林の中で、神父姿の歪虚が大きく夜空を見上げていた。
その顔に浮かぶは、狂気交じりの異様な笑顔であった。
「間もなく訪れる。終末の時。
天使に誘われた騎士は、最後にして最大の障害へと挑みます。騎士は私達を先導して終末を迎えていただかなければなりません」
ブラッドリー(kz0252)には、確信の持てる予感があった。
それは予言と称しても良い物――この辺境の地に訪れる大きな変革。
その変革は終末へと続く大きな流れ。その流れが、新たなる世をもたらす。
「騎士を、そして天使を手助けするために私がすべき事は……」
ブラッドリーは踵を返す。
珠とメダイのデザインの十字架が静かに揺れる。
今は亡き友――コーリアス(kz0245)を彷彿とさせる装身具。友は、この変革までも予言していたのだろうか。
「見ていますか、私の友よ。間もなく、間もなく終末。今、あなたは何を考えているのか」
静かに歩み出すブラッドリー。
その目には、もう成すべき事以外見えていない。
● 「ったく、何やってやがるんだよ」
怠惰王ビックマー・ザ・ヘカトンケイルは不機嫌であった。
危険視していたチュプ大神殿の破壊には失敗。さらにハンター達に大神殿の秘密まで握られようとしている状況だ。
もし、あの大神殿の機能を利用されればビックマーにとって厄介極まりない。
部下の度重なる失敗に、イライラは頂点へ達しようとしていた。
「あの、ビックマー様? ここは一つ落ち着いて考えてみては……」
必死で宥めようとするトーチカ・J・ラロッカ。
度重なる失敗を繰り返したのはトーチカなのであるが、ビックマーにとってはそんな事はどうでも良い。トーチカを責めた所で何の解決にもならない。むしろ、トーチカをアテにした事がそもそもの間違いだった。
問題は、今の状況をどうするかなのだ。
「うるせぇ! しかし、奴らが何か仕掛けてくるならどうすれば……」
「お前が自ら出向けばいいんじゃないのか?」
ビックマーの根城に姿を見せたのは漆黒の魔人――青木 燕太郎(kz0166)。
不敵な笑みを浮かべる燕太郎を前に、ビックマーは上から睨み付ける。
正直、燕太郎にビックマーは信を置いていない。他の歪虚の力を吸収しながら強化していった燕太郎。ビックマーの命令には従うが、トーチカのような従順さはまったく見受けられない。
「どういう事だ?」
「聞いたままだ。
お前はまさに動く城。巨人達を引き連れて自ら総攻撃を仕掛ければいいだろう。
奴らが大神殿で何をしようとしているのかは知らんが、さっさと敵の拠点を叩き潰して心をへし折ればいいだけだ。……違うか?」
「…………」
ビックマーを前にしても燕太郎は、まったく物怖じする気配がない。
それだけ力を蓄えている証左なのか。
「ヒュー! やっぱり使えない馬鹿とはひと味違うのねぇ。
本気出して戦力をぶつけて一気に終わらせようって事だろ。渋い、渋いねぇ」
ビックマーはその巨体を揺り動かす。
燕太郎の言う通り、敵が何を企んでいようとも怠惰側が総攻撃を仕掛けて敵の拠点を陥落させればいい。
迷う必要はない。ビックマーの巨体で、ハンターだろうが何だろうか踏み潰せば良いのだから。
「……ビックマー。何処か行くの?」
ビックマーの影からそっと顔を覗かせる少女――オーロラ。
ビックマーが贔屓にしている少女であり、未だ謎の多き存在だ。
そんなオーロラに対してビックマーは、はっきりと言い放つ。
「ああ。だが、心配するな。ちょっとした散歩みたいなもんだ」
「危なく、ない……?」
「大丈夫だ。お前に仇為すかもしれない連中を片付けてくるだけだ」
高笑いをするビックマーの横で、状況を理解できないオーロラは首を傾げた。
しかし、オーロラは安心していた。
ビックマーがいれば何の心配もない。きっと問題を片付けて帰ってきてくれる。自分はただここで眠りながらビックマーの帰りを待っていればいいのだ。
(…………?)
ふとオーロラは視線に気付いた。
ビックマーの前に立つ黒いコートの男がこちらを見つめている。
――誰だっけ? 思い出せない。
寝ぼけたままの頭をフル回転させても思い出せない。
だが、それ以上考えるのも面倒となったオーロラは、よく分からないまま、男に向かって微笑みかける。
オーロラにとっては深い意味のない微笑み。
されど、相手にとってはそうとは限らない――。
●
数日後――パシュパティ砦
「……思ったより少ない……緊急の招集だったからな」
辺境部族会議首長バタルトゥ・オイマト(kz0023)は、部族会議の要人へ緊急招集をかけた。
あまりに急過ぎる呼び出しの為、応じられたのは僅か数名。
それでもバタルトゥは緊急の議題を掲げる他無かった。
それは、他ならぬ辺境の窮地が訪れているからであった。
「ごめん。遅れちゃったね」
息を切らせながら部屋に飛び込んできたファリフ・スコール(kz0009)。
連合軍の仕事を進めてきたファリフだが、突然の招集を受けて意味も分からずやってきた。
ファリフが唯一分かっている事。
それはこの辺境がピンチだという事だけだ。
「……構わない。来てくれたならば、それでいい。……ヴェルナー、始めてくれ」
「分かりました」
部族会議首長補佐のヴェルナー・ブロスフェルト(kz0032)は、短時間でまとめた報告書に視線を落とす。
この報告書は今から数時間前に斥候からの報告をまとめたものだ。
速報的な内容だが、今は少しでも早く『このニュース』を関係者へ伝えなければならない。
「怠惰の軍勢が侵攻を再開しました。それも今度は大規模です。敵はビャスラグ山北部から山沿いに南下しています。おそらくノアーラ・クンタウを破壊するつもりでしょう」
「!」
ファリフの顔色が変わった。
かつて辺境では怠惰の侵攻によってかなりの被害を受けていた。ハンターの協力もあって怠惰はその戦線を大きく退いていたが、ここに来て侵攻を再開したようだ。
「大規模な侵攻か」
「はい。マギア砦の襲撃から南下した戦いとは比べ物になりません」
「ちょっと待って。なんでそんな簡単に大規模って分かったの? その報告って数時間前の物なんだよね」
バタルトゥとヴェルナーの会話にファリフは口を挟んだ。
記憶ではヴェルナーの報告は斥候から数時間前に届けられたものだ。だとしたなら、そんな短時間に大規模な侵攻だとどうして分かったのだろうか。
その問いに対する答えを、ヴェルナーはため息交じりに答えた。
「斥候からの報告では100メートルは超える熊が目撃されています」
「……あ、ビックマー」
ファリフの脳裏に浮かぶ以前の戦闘。
そこでは100メートルを超える体長の熊――怠惰王ビックマー・ザ・ヘカトンケイルが北伐した連合軍を蹴散らす姿が蘇っていた。
あの侵攻で辺境部族は大きな被害を被っていた。
「……そうだ。あの怠惰王が動き出した」
「あんな大きな相手、今から準備して止める策はあるの?」
ビックマーの侵攻を前にバタルトゥはいつものように冷静な対応。
彼の性質を知っているが故に、ファリフはどこにぶつければわからない感情を自身に閉じ込めるようにぐっと、こぶしを握り締める。
ファリフは怒り混じりの空色の瞳をバタルトゥとヴェルナーへぶつける。
このままでは辺境の地はまた蹂躙されてしまうという不安と焦燥。
熱り立つファリフを前に、ヴェルナーはいつもの穏やかな笑顔を向ける。
「大丈夫です。既に手は打ってあります」
「え?」
「既に準備を進めています。まず、怠惰の感染にはこれを用います」
ヴェルナーが机に広げたのは、何かの設計図のようだ。
ファリフが首を傾げる横で、バタルトゥはヴェルナーへ問いかける。
「これは?」
「ロックワンを倒す際に使った結界の改良型です。イクタサさんから情報をいただきました。辺境ドワーフ達も短時間での製作を頑張ってくれました」
ヴェルナーが準備していた物の一つは怠惰の感染を無効化させる結界であった。
これを用いれば怠惰の感染を無効化してビックマー周辺でも怠惰の感染を受けずに行動ができるらしい。
四大精霊の一人イクタサ(kz0246)からヴェルナーが聞き出した情報。それを元に辺境ドワーフが製作してくれたのだ。
「これを迎撃ポイントに複数仕掛ければ迎撃も可能です。
それからファリフさんは、トリシュヴァーナさんとチュプ大神殿へ向かって下さい」
「大神殿?」
ヴェルナーの説明によれば、チュプ大神殿で発見された『ラメトク』を用いれば、大幻獣を一時的に巨大化させる事ができるという。
歪虚に強い恨みを持つ大幻獣『トリシュヴァーナ』ならば、巨大化してビックマーと互角以上に戦いを繰り広げられるだろう。
「そっか! それがあればビックマーを倒せるんだね」
「はい。ですが、トリシュヴァーナさんを巨大化させる時間を稼がなければなりません。
……そこで」
ヴェルナーは辺境の地図を指し示した。
そこはビャスラグ山の山麓。森から少し拓けた平地であった。
「ここでハンターと共に防衛ラインを構築します。ハンターへ足止めを打診。さらにヨアキム(kz0011)さんが以前開発したロックワンバスターを投入します」
ロックワンバスター。
大型グランドワーム『ロックワン』を一撃で葬り去った大砲。
辺境ドワーフが開発した大砲でビックマーに挑もうというのだ。
「……それで奴にダメージを与えられるのか」
「いいえ。ダメージは最初から計算に入れていません」
バタルトゥの問いにヴェルナーは首を横に振った。
「この戦いはあくまでも時間稼ぎです。本命はあくまでも巨大化したトリシュヴァーナさん。巨大化させるまで、可能な限り足止めさせなければなりません」
時間稼ぎ。
言うのか簡単だが、成し遂げるのは難しい。
相手は100メートルを超える体長の熊。さらに配下の巨人もアサルトライフルなどの近代兵器を装備している。それらを相手に時間を浪費させるというのは、文字通り体を張った戦いになる。
危険を承知で、体を張る他無い。
「簡単に言ってくれるな……」
「無理は承知です。この為、ノアーラ・クンタウ常駐の師団や小型幻獣が操縦する『ピリカ』も今は待機を命じました。最大戦力を投入するのはもう少し後の方がよろしいかと。
それから本作戦名ですが『ベアーレヤクト』は如何でしょう? 子熊狩り……ふふ、分かりやすくて私好みなんです」
立案したヴェルナーも無理は承知だ。
しかし、今は準備を進めてきたこの作戦で対抗する。
もう二度と、ノアーラ・クンタウが無様な姿を晒さない為に。
●
「本当は反則なんだけどな」
イクタサは、疲労感を感じていた。
しばらく前からヴェルナーが毎日のように現れて怠惰の感染への対抗策を訪ねてきていた。ファリフが訪ねてくれるならともかく、ヴェルナーに絡まれるだけでも気が休まらない。
最初は無視をしていたが、最終的に根負けをして怠惰の感染を無効化するマテリアル結晶の存在を教える事にしたのだ。
「協力しないとこの小屋に居着く勢いだったから、仕方ないか。
でも、ファリフ。ボクが助けられるのはここまでだからね」
今も何処かで必死に頑張っているファリフの身を案じるイクタサ。
イクタサは過剰に人間へ手を貸すのは好まない。あまり目立つレベルで手助けをすれば、今度はより厄介な敵が動き出す恐れもある。
イクタサのできる事は、これが限界。
あとは人の手で対抗するべきなのだ。
「あの結晶はかなり貴重だったはずだけど。それを複数見つけてくるなんて。
ファリフ、もしかしたら王を倒せるかもしれないよ?」
イクタサは、そっと呟く。
辺境の地を巡る人と歪虚の戦いは、新たなる局面を迎えようとしていた。
世界には様々な馬鹿がいる。
一つの事にただ専念する実直な馬鹿もいるが、一番厄介なのは来ないで欲しい時に出しゃばって事態を混乱させる天性の馬鹿である。
「そのサークルにトリシュヴァーナを立たせてくれるかい?」
大巫女ディエナ(kz0219)は、チュプ大神殿にてラメトクの発動を準備していた。
ラメトクは幻獣を強化するシステムであり、マテリアルの保有量が増加する事で幻獣の体躯は大きくなる。
このシステムを利用して大幻獣一体対して大量のマテリアルを流入させ、怠惰王ビックマー・ザ・ヘカトンケイルに対峙できるサイズに変える。
これが、ヴェルナー・ブロスフェルト(kz0032)が準備していた切り札である。
「分かった。トリシュヴァーナは大丈夫なの?」
大巫女の指示にファリフ・スコール(kz0009)は心配そうだ。
四大精霊の一人、イクタサ(kz0246)によればラメトクの貯蓄しているマテリアルを一体の大幻獣に流し込んだ事は一度もない。言い換えれば、何が起こるか予想も付かないのだ。
ファリフが心配するのも無理はない。
しかし――。
「案ずるな、ファリフ。倒れた眷属達が、我に味方をしてくれる」
「トリシュヴァーナ……」
トリシュヴァーナは力強く踏み出した。
眷属を率いた者として、威風堂々と指示されたサークルへと進ませる。
トリシュヴァーナは歪虚に眷属達を殺されていた。
今はファリフの祖霊であるフェンリルも、元はと言えばトリシュヴァーナの配下だった。だからこそ、トリシュヴァーナは眷属達への想いと共に歪虚への強い怨みがある。
「ファリフ、部屋を出るよ。トリシュヴァーナが巨大化すれば、この部屋は崩れるだろうからね」
予定ではトリシュヴァーナの体長はビックマーと同サイズになる。そうなれば、チュプ大神殿の一部は崩落するだろう。
「うん。頑張ってね、トリシュヴァーナ」
「それじゃ、いくよ」
大巫女は、ヴェルナーから事前に聞いていたラメトクの起動開始した。
サークルの周囲が青白く光り始める。
●
ファリフ達が到着する数分前。
ラメトクの周囲に不穏な影があった。
「我輩、知ってたであります。みんなで影に隠れてサプライズを準備してるって事を」
影は丸々と太った体を、柱の陰に隠した。
自分をのけ者にして、何かをやろうとしている。
王としての勘がそう告げていた。
パーティに呼ばれないなんて、許せない。
こうなれば、無理矢理乱入してパーティへ介入すると決意していた。
「なんか分からないでありますが、東方から来たプリチーな犬が我輩の座を脅かしているであります。
王である以上、負けられないであります」
妙なプライドに囚われながら、闘志を燃やす影。
ここから、ファリフ達は馬鹿の真骨頂を目撃する事になる。
●
「ファリフ、もうちょっと下がりな」
地上で巨大化したトリシュヴァーナを待つファリフは、大巫女からそう言葉をかけられた。
部屋の位置関係から考えれば、アルナス湖の北から地面を割って出て来るはずだ。巨大化を確認次第、トリシュヴァーナとファリフはビックマー退治へ向かう手筈となっている。
「う、うん」
「心配かい。なに、大丈夫さ。
それより巨大化は時間限定なんだ。少しの時間も惜しいはずだ。戦いに行く準備を怠るじゃないよ」
「大丈夫。準備は……」
そうファリフが言い掛けた瞬間、激しく地面が揺れる。
間もなくトリシュヴァーナが巨大化して出て来るはず。ファリフの手にも力が入る。
だが、ここで予想外の事態が起こる。
ファリフの立つ地面が大きく崩れ始める。
「え?」
ファリフはバランスを崩す。
次の瞬間、大地が割れて大きな穴が広がる。そして、引き込まれるようにファリフの足が穴へ落ちていく。
「ファリフ!」
手を差し伸べる大巫女。
だが、ファリフを救ったのは別の存在であった。
「無事か?」
「トリシュヴァーナ!?」
ファリフの服を口で噛んで落下を止めたのは、トリシュヴァーナであった。
今から地面より出て来るのはトリシュヴァーナであるはずだが、当のトリシュヴァーナは小さいままである。
大巫女は近寄って声をかけてくる。
「どういう事だい?」
「手違いがあったようだ」
トリシュヴァーナの言葉に反応するように、地面から顔を出してきたのはーー。
「わっ、我輩……デッカくなっちゃったであります!」
幻獣王チューダ(kz0173)。
ラメトクの影響で巨大なサイズへと変貌していた。
●
「うわーん! ちっともお腹がいっぱいにならないであります!」
谷のような巨大な口を開きながら、寝そべって手足をバタつかせるチューダ。動く度に地響きが周囲へ伝わる。
「胃のサイズだって変わってるんだ。桃一つで腹いっぱいになる訳ないだろう!」
大巫女は苛ついていた。
ヴェルナーの発案から、ハンターや辺境巫女がこの日の為に準備してきたのである。しかし、チューダの暴走一発でそれが無駄になってしまったのだ。
チューダによって引き起こされた辺境の危機は何度目であろうか。
「トリシュヴァーナ、どうすればいいかな?」
「こうなれば、チューダに戦ってもらう他ない。聞けば、ビックマーの持つ負のマテリアルをチューダの持つ正のマテリアルと相殺すればサイズは小さくなるそうだ」
トリシュヴァーナは、事前に聞いていた話をファリフへ話した。
ビックマーの体が巨大なのは、膨大な負のマテリアルを持つからである。
ならば、ラメトクによって注がれたチューダの持つ正のマテリアルをぶつける事で相殺。ビックマーのサイズを小さくする事は可能だ。
本来なら、このままトリシュヴァーナがビックマーを撃破する手筈だったのだが、起こってしまったものは仕方ない。
「そっか。でも、どうやってチューダをビックマーと戦わせるの?」
「ああ、それなら簡単だ」
ファリフの疑問に大巫女は胸を張って答えた。
「おい、馬鹿の王。聞こえてるかい?」
「馬鹿とは酷いであります! 幻獣王であります!」
「あんた、最近もふらって奴の登場に危機感を抱いてるそうじゃないか」
「うっ……」
「ここで自分の存在をアピールしないとマズいんじゃないかい?
それにさ。今、聖地近くでビックマーの奴がきてるんだよ。覚えているかい? あのデッカい熊のぬいぐるみを」
「なんですと!? 歪虚側でもプリチーの座を狙って刺客を送り込んできたでありますか!」
「そうそう。いいのかい? このままだと、あんたは幻獣王じゃなくて肥満だけが特徴のブサイク大ネズミってポジションだよ」
「くっ! ビックマーめ。やらせはせん、やらせはせんであります!」
立ち上がるチューダ。
地響きをさせながら、進路を西へ取り始めた。
「これでいいね。ファリフ、後は頼んだよ」
大巫女はそう言ってファリフを送り出した。
●
数刻後。
チューダはビックマーと遭遇していた。
聖地前に展開された第二防衛ラインを前に巨大な二匹は、ついに出会ったのである。
「あーあー、ビックマーとはお前でありますな?」
「……ん? なんだ、お前。
ああ、そうか。大神殿の力を使ったのか。ヒュー! 渋い、渋いねぇ。
俺を止める為にここまでやるたぁ、頭が下がるぜ」
ビックマーは、直感していた。
目の前の巨大子豚が人間達の切り札だと。
これを力でねじ伏せれば、人間達の切り札は消える。ならば、正面からこれを打ち倒すべきだ。
何より、自分よりも愛らしさを推すキャラクターを放置するのは流儀に反する。
「プリチーな王の座は、渡さないであります」
「ますますいいねぇ。いいぜ、かかってきな。男は背中とゲンコツで語るもんだ」
身構える二体。
端から見れば愛らしさ全開の光景だが、これでも辺境の未来を賭けた戦いなのである。
●
巨大化チューダの登場には、人間側にも動揺が走った。
「チューダさん、ですか。これは予定外ですが……まだ作戦は継続可能です。以前使った策だからこそ、敵の進軍を躊躇させられます」
ヴェルナーは各方面へ指示を出す。
ビックマーをチューダが足止めしている間にも武装巨人は進軍をするはずだ。
それを読んだヴェルナーは敢えてケリド川の後方に第二防衛ラインの本陣を敷いた。
「対岸の別働隊は敵の用意したであろう船舶を破壊して下さい」
ヴェルナーは素早く行動を指示する。
巨人が南下するのであれば、小舟を用意しているはず。それを破壊することで、巨人は水の中に入らざるを得ない展開を作り出す。
巨人ならケリド川に入っても胸が浸かる程度。しかし、これは攻撃する絶好の機会。本陣より一斉に射撃を加える。
武装巨人であれば、銃器は水よりも上に持ち上げる。射撃には格好の的である。
ここで巨人は強行的に前進をするかと思われるが、巨人達には負の記憶がある。
ナナミ河撃滅戦。
マギア砦を破壊した巨人の大軍はナナミ河を渡って進軍するが、川を渡った途端にナナミ河が氾濫。退路を失ったところで南北から挟撃されて大打撃を受けた事がある。
ヴェルナーはその記憶が巨人にある事から、巨人達の進軍は躊躇すると読んだのだ。
「あとは、テルルさん達が敵の背後に回り込めば包囲は完成します」
「任せとけ。俺っちのカマキリでビシッと決めてやるからよ」
ヴェルナーの期待を受け、テルル(kz0218)は羽を上に持ち上げて答えた。
ナナミ河の時と異なり、川が増水している訳では無い。巨人がその事に気付けば後戻りも可能だ。
そこをテルル率いる古代魔導アーマー『ピリカ』に乗った幻獣部隊が回り込んでケリド川対岸に布陣。戻る巨人達に攻撃を仕掛ける。
頃合いを見てハンター達が前進して巨人達を殲滅する作戦だ。
「チューダさんが残された時間でどこまで戦えるか。それが今回の作戦の鍵であり、次の最終防衛ラインへ繋がります。
ふふ、チューダさんの頑張りにすべてを託すのは心配ではありますね」
他人事のように微笑むヴェルナー。
ビックマー討伐作戦『ベアーレヤクト』は、大きな作戦変更はあったが、着実に進んでいた。
「……何度も言わせるな。ついて来るなと言っている。お前には耳がついていないのか?」
『闇黒の魔人』青木 燕太郎(kz0166)は、苛つきを隠す事無く睨み付けた。
いつもは群れる事無く、孤高に己の目的を果たしてきた青木。だが、今日はその背後から妙な歪虚がついてくるのだ。
「その怒り。実に素晴らしい。ですが、その怒りを向けるのは私ではありませんよ?」
神父姿の歪虚ブラッドリー(kz0252)は、青木を前にまったく怯える素振りもない。
むしろ、青木が怒れば怒る程嬉しそうな顔を見せている。
青木からすればうざったい上に気味が悪い相手だ。
「何言っている」
「あなたは運命に従い、為すべき事を為すのです。怒りを槍に変えて支配の頂点にいる偽善者を打ち倒すのです」
「……は?」
「とぼけなくても良いのです。すべて分かっています。あなたが、今から為そうとしている事」
青木はブラッドリーから顔を背けた。
まさかブラッドリーに企みがバレているのか?
もし、ブラッドリーがそっち側ならば既にアイツに教えているはずだ。だが、動き出した素振りはない。おそらくブラッドリーは気付いていて黙っているのだ。
もっとも、この狂人の発言が真実であれば、だが。
「何のことを言っているのか分からんな」
「運命は騎士であるあなたに味方するでしょう。
そして私は、終末へ導く騎士であるあなたを助けます。終末の訪れし地である遙かなる楽園『フロンティア』へ皆と共に参りましょう」
「…………」
ブラッドリーが何を言っているのかは分からない。
だが、味方につくというならば『利用』させてもらおう。
アイツを倒せば、俺は――。
「勝手にしろ。邪魔をすれば殺す」
青木はブラッドリーを無視するかのように黙って歩き始めた。
●
「慌てる事はない。まだ時間はある。順番に進むんだ」
要塞『ノアーラ・クンタウ』から街の人々が避難を開始する。
辺境帝国軍の審問部隊『ベヨネッテ・シュナイダー』のメイ・リー・スーも本来の職務とは異なり、街の人々の避難誘導に駆り出されていた。
無理もない。
このノアーラ・クンタウを怠惰王ビックマーが目指しているのだ。
辺境帝国軍や部族会議もビックマーに対抗するべく準備を進めてはいるが、万一の場合に備えての措置だ。市民も怠惰王が迫っていると知った当初は慌てていたが、辺境帝国軍の説明と指示を受けて順調に避難を開始していた。
「避難は順調そうですね」
「ヴェルナー様」
メイの背後から声をかけたのは、ノアーラ・クンタウ要塞管理者であるヴェルナー・ブロスフェルト(kz0032)である。
部族会議大首長の補佐役である彼だが、ここでは帝国軍人の立場として市民の避難を指示していた。
「本当にあのビックマーがこの街の破壊を目論んでいるのでしょうか?」
「おそらく当初は怠惰王としてその力を誇示するべく、このノアーラ・クンタウを破壊するつもりだったのでしょう。ですが、今やその目的は変わっているでしょうね」
目的の変貌。
既に古代兵器ラメトクを使って巨大化した幻獣王チューダ(kz0173)との戦いで、ビックマーのサイズは大幅に減少。今や四分の一程度のサイズとなってしまっている。普通に考えればここで撤退すると思われるが、ビックマーは未だに進軍を止めようとしない。
「意地、ですか?」
「そうです。ふふ、メイさんの理解が早くて助かります」
メイに笑顔で答えるヴェルナー。
「ビックマーは部族会議の力を前に、危機感を覚えたのでしょう。このまま放置してはダメだと。怠惰王として当初の目標を達成しなければ、後々禍根となる。
そう考えたのではないでしょうか」
「ヴェルナー様!」
ヴェルナーの元へ走り込んできたのは、キュジィ・アビトゥーア(kz0078)。
普段はドワーフ王ヨアキムの執事を務めているが、今日は市民誘導要員として駆り出されていた。
「い、いらっしゃいました。あの方が」
「あの方?」
メイは首を傾げる。
避難が続くノアーラ・クンタウで来る人間は帝国軍人ぐらいだろう。
だが、あの方と呼ばれる存在が来るとメイは聞いていない。
考えを巡らせるメイの横でヴェルナーはいつもと変わらぬ笑顔を浮かべていた。
「早かったですね。さぞ楽しみだったのでしょう」
●
特別展望室。
要塞ノアーラ・クンタウより辺境の地を一望できる展望室は、帝国内でも要人にのみ開放される部屋である。
普段は壮大な辺境の風景を楽しむ場所であるが、今回は対ビックマーの戦いを見守る最高のVIP席となっていた。
「第一師団を増援として向かわせた。帝国ドワーフ達にも砲撃の準備をさせている。
だが、これはあくまでもこの要塞防衛の為だ。部族会議を助ける為ではない。それで良いな?」
「構いません、陛下」
ヴェルナーが傅いた先にある豪華な椅子に座るのは、ゾンネンシュトラール帝国皇帝ヴィルヘルミナ・ウランゲル(kz0021)。
ビックマーとの戦いがあると聞いていたが、ヴェルナーから要塞の防衛要請を受けて自ら出向いたという訳だ。
「防衛要請か。あくまでもビックマーを倒すのは辺境の民というのだな」
「はい。部族会議は、かつて蛇の戦士シバ(kz0048)が辺境の将来を憂いて国家形成を目指した組織です。言い換えれば、この辺境の地に国家が誕生するのです。
ですが、国を成すのであれば相応の責任が生じます。
辺境の地を攻める怠惰を辺境の民自身で追い払う……自分の国を自分の手で守れずして、国を称せるのでしょうか」
シバが想い描いた未来では、この辺境の地に国が誕生している。
王国にも帝国にも同盟にも負けない、強く逞しい国家。
辺境の民が他国と渡り合えるだけの国。
今は亡きシバが残した想いは、若き辺境の戦士達へと受け継がれている。
いずれ、部族会議は国家体制の地盤となるだろう。
だからこそ、ビックマーは帝国の手を借りずに部族会議の名の下に討ち果たさなければならない。その力を諸国に示し、辺境の独立を掲げるのだ。
「変わったな、ヴェルナー。かつては辺境を帝国に編入しようとしたと記憶しているが」
「それは編入しなければ、歪虚にこの地を蹂躙されると考えたからです。ですが、部族会議は怠惰王を追い詰めるまでに力を付けました。いずれ私がこの地を離れて帝都へ戻る事になっても、彼らは自分達の足で立ち上がる事ができるでしょう」
「そうだな。連合軍に名を連ねる部族会議だ。この程度の逆境を自らの手で押し返せずに国とは名乗れぬ。
ここから見せて貰おう。部族会議の団結と強さを」
ヴィルヘルミナは笑みを浮かべる。
辺境の未来を賭けた怠惰王ビックマーとの最終決戦は――間もなく幕が上がる。
●プロローグ「終末に鳴り響くラッパ」(7月23日更新)

ブラッドリー

コーリアス

ビックマー・
ザ・ヘカトンケイル

トーチカ・J・ラロッカ

青木 燕太郎
怠惰の歪虚が徘徊する森林の中で、神父姿の歪虚が大きく夜空を見上げていた。
その顔に浮かぶは、狂気交じりの異様な笑顔であった。
「間もなく訪れる。終末の時。
天使に誘われた騎士は、最後にして最大の障害へと挑みます。騎士は私達を先導して終末を迎えていただかなければなりません」
ブラッドリー(kz0252)には、確信の持てる予感があった。
それは予言と称しても良い物――この辺境の地に訪れる大きな変革。
その変革は終末へと続く大きな流れ。その流れが、新たなる世をもたらす。
「騎士を、そして天使を手助けするために私がすべき事は……」
ブラッドリーは踵を返す。
珠とメダイのデザインの十字架が静かに揺れる。
今は亡き友――コーリアス(kz0245)を彷彿とさせる装身具。友は、この変革までも予言していたのだろうか。
「見ていますか、私の友よ。間もなく、間もなく終末。今、あなたは何を考えているのか」
静かに歩み出すブラッドリー。
その目には、もう成すべき事以外見えていない。
● 「ったく、何やってやがるんだよ」
怠惰王ビックマー・ザ・ヘカトンケイルは不機嫌であった。
危険視していたチュプ大神殿の破壊には失敗。さらにハンター達に大神殿の秘密まで握られようとしている状況だ。
もし、あの大神殿の機能を利用されればビックマーにとって厄介極まりない。
部下の度重なる失敗に、イライラは頂点へ達しようとしていた。
「あの、ビックマー様? ここは一つ落ち着いて考えてみては……」
必死で宥めようとするトーチカ・J・ラロッカ。
度重なる失敗を繰り返したのはトーチカなのであるが、ビックマーにとってはそんな事はどうでも良い。トーチカを責めた所で何の解決にもならない。むしろ、トーチカをアテにした事がそもそもの間違いだった。
問題は、今の状況をどうするかなのだ。
「うるせぇ! しかし、奴らが何か仕掛けてくるならどうすれば……」
「お前が自ら出向けばいいんじゃないのか?」
ビックマーの根城に姿を見せたのは漆黒の魔人――青木 燕太郎(kz0166)。
不敵な笑みを浮かべる燕太郎を前に、ビックマーは上から睨み付ける。
正直、燕太郎にビックマーは信を置いていない。他の歪虚の力を吸収しながら強化していった燕太郎。ビックマーの命令には従うが、トーチカのような従順さはまったく見受けられない。
「どういう事だ?」
「聞いたままだ。
お前はまさに動く城。巨人達を引き連れて自ら総攻撃を仕掛ければいいだろう。
奴らが大神殿で何をしようとしているのかは知らんが、さっさと敵の拠点を叩き潰して心をへし折ればいいだけだ。……違うか?」
「…………」
ビックマーを前にしても燕太郎は、まったく物怖じする気配がない。
それだけ力を蓄えている証左なのか。
「ヒュー! やっぱり使えない馬鹿とはひと味違うのねぇ。
本気出して戦力をぶつけて一気に終わらせようって事だろ。渋い、渋いねぇ」
ビックマーはその巨体を揺り動かす。
燕太郎の言う通り、敵が何を企んでいようとも怠惰側が総攻撃を仕掛けて敵の拠点を陥落させればいい。
迷う必要はない。ビックマーの巨体で、ハンターだろうが何だろうか踏み潰せば良いのだから。
「……ビックマー。何処か行くの?」
ビックマーの影からそっと顔を覗かせる少女――オーロラ。
ビックマーが贔屓にしている少女であり、未だ謎の多き存在だ。
そんなオーロラに対してビックマーは、はっきりと言い放つ。
「ああ。だが、心配するな。ちょっとした散歩みたいなもんだ」
「危なく、ない……?」
「大丈夫だ。お前に仇為すかもしれない連中を片付けてくるだけだ」
高笑いをするビックマーの横で、状況を理解できないオーロラは首を傾げた。
しかし、オーロラは安心していた。
ビックマーがいれば何の心配もない。きっと問題を片付けて帰ってきてくれる。自分はただここで眠りながらビックマーの帰りを待っていればいいのだ。
(…………?)
ふとオーロラは視線に気付いた。
ビックマーの前に立つ黒いコートの男がこちらを見つめている。
――誰だっけ? 思い出せない。
寝ぼけたままの頭をフル回転させても思い出せない。
だが、それ以上考えるのも面倒となったオーロラは、よく分からないまま、男に向かって微笑みかける。
オーロラにとっては深い意味のない微笑み。
されど、相手にとってはそうとは限らない――。
●

バタルトゥ・オイマト

ファリフ・スコール

ヴェルナー・ブロスフェルト
「……思ったより少ない……緊急の招集だったからな」
辺境部族会議首長バタルトゥ・オイマト(kz0023)は、部族会議の要人へ緊急招集をかけた。
あまりに急過ぎる呼び出しの為、応じられたのは僅か数名。
それでもバタルトゥは緊急の議題を掲げる他無かった。
それは、他ならぬ辺境の窮地が訪れているからであった。
「ごめん。遅れちゃったね」
息を切らせながら部屋に飛び込んできたファリフ・スコール(kz0009)。
連合軍の仕事を進めてきたファリフだが、突然の招集を受けて意味も分からずやってきた。
ファリフが唯一分かっている事。
それはこの辺境がピンチだという事だけだ。
「……構わない。来てくれたならば、それでいい。……ヴェルナー、始めてくれ」
「分かりました」
部族会議首長補佐のヴェルナー・ブロスフェルト(kz0032)は、短時間でまとめた報告書に視線を落とす。
この報告書は今から数時間前に斥候からの報告をまとめたものだ。
速報的な内容だが、今は少しでも早く『このニュース』を関係者へ伝えなければならない。
「怠惰の軍勢が侵攻を再開しました。それも今度は大規模です。敵はビャスラグ山北部から山沿いに南下しています。おそらくノアーラ・クンタウを破壊するつもりでしょう」
「!」
ファリフの顔色が変わった。
かつて辺境では怠惰の侵攻によってかなりの被害を受けていた。ハンターの協力もあって怠惰はその戦線を大きく退いていたが、ここに来て侵攻を再開したようだ。
「大規模な侵攻か」
「はい。マギア砦の襲撃から南下した戦いとは比べ物になりません」
「ちょっと待って。なんでそんな簡単に大規模って分かったの? その報告って数時間前の物なんだよね」
バタルトゥとヴェルナーの会話にファリフは口を挟んだ。
記憶ではヴェルナーの報告は斥候から数時間前に届けられたものだ。だとしたなら、そんな短時間に大規模な侵攻だとどうして分かったのだろうか。
その問いに対する答えを、ヴェルナーはため息交じりに答えた。
「斥候からの報告では100メートルは超える熊が目撃されています」
「……あ、ビックマー」
ファリフの脳裏に浮かぶ以前の戦闘。
そこでは100メートルを超える体長の熊――怠惰王ビックマー・ザ・ヘカトンケイルが北伐した連合軍を蹴散らす姿が蘇っていた。
あの侵攻で辺境部族は大きな被害を被っていた。
「……そうだ。あの怠惰王が動き出した」
「あんな大きな相手、今から準備して止める策はあるの?」
ビックマーの侵攻を前にバタルトゥはいつものように冷静な対応。
彼の性質を知っているが故に、ファリフはどこにぶつければわからない感情を自身に閉じ込めるようにぐっと、こぶしを握り締める。
ファリフは怒り混じりの空色の瞳をバタルトゥとヴェルナーへぶつける。
このままでは辺境の地はまた蹂躙されてしまうという不安と焦燥。
熱り立つファリフを前に、ヴェルナーはいつもの穏やかな笑顔を向ける。
「大丈夫です。既に手は打ってあります」
「え?」
「既に準備を進めています。まず、怠惰の感染にはこれを用います」
ヴェルナーが机に広げたのは、何かの設計図のようだ。
ファリフが首を傾げる横で、バタルトゥはヴェルナーへ問いかける。
「これは?」
「ロックワンを倒す際に使った結界の改良型です。イクタサさんから情報をいただきました。辺境ドワーフ達も短時間での製作を頑張ってくれました」
ヴェルナーが準備していた物の一つは怠惰の感染を無効化させる結界であった。
これを用いれば怠惰の感染を無効化してビックマー周辺でも怠惰の感染を受けずに行動ができるらしい。
四大精霊の一人イクタサ(kz0246)からヴェルナーが聞き出した情報。それを元に辺境ドワーフが製作してくれたのだ。
「これを迎撃ポイントに複数仕掛ければ迎撃も可能です。
それからファリフさんは、トリシュヴァーナさんとチュプ大神殿へ向かって下さい」
「大神殿?」
ヴェルナーの説明によれば、チュプ大神殿で発見された『ラメトク』を用いれば、大幻獣を一時的に巨大化させる事ができるという。
歪虚に強い恨みを持つ大幻獣『トリシュヴァーナ』ならば、巨大化してビックマーと互角以上に戦いを繰り広げられるだろう。
「そっか! それがあればビックマーを倒せるんだね」
「はい。ですが、トリシュヴァーナさんを巨大化させる時間を稼がなければなりません。
……そこで」
ヴェルナーは辺境の地図を指し示した。
そこはビャスラグ山の山麓。森から少し拓けた平地であった。
「ここでハンターと共に防衛ラインを構築します。ハンターへ足止めを打診。さらにヨアキム(kz0011)さんが以前開発したロックワンバスターを投入します」
ロックワンバスター。
大型グランドワーム『ロックワン』を一撃で葬り去った大砲。
辺境ドワーフが開発した大砲でビックマーに挑もうというのだ。
「……それで奴にダメージを与えられるのか」
「いいえ。ダメージは最初から計算に入れていません」
バタルトゥの問いにヴェルナーは首を横に振った。
「この戦いはあくまでも時間稼ぎです。本命はあくまでも巨大化したトリシュヴァーナさん。巨大化させるまで、可能な限り足止めさせなければなりません」
時間稼ぎ。
言うのか簡単だが、成し遂げるのは難しい。
相手は100メートルを超える体長の熊。さらに配下の巨人もアサルトライフルなどの近代兵器を装備している。それらを相手に時間を浪費させるというのは、文字通り体を張った戦いになる。
危険を承知で、体を張る他無い。
「簡単に言ってくれるな……」
「無理は承知です。この為、ノアーラ・クンタウ常駐の師団や小型幻獣が操縦する『ピリカ』も今は待機を命じました。最大戦力を投入するのはもう少し後の方がよろしいかと。
それから本作戦名ですが『ベアーレヤクト』は如何でしょう? 子熊狩り……ふふ、分かりやすくて私好みなんです」
立案したヴェルナーも無理は承知だ。
しかし、今は準備を進めてきたこの作戦で対抗する。
もう二度と、ノアーラ・クンタウが無様な姿を晒さない為に。
●

イクタサ
イクタサは、疲労感を感じていた。
しばらく前からヴェルナーが毎日のように現れて怠惰の感染への対抗策を訪ねてきていた。ファリフが訪ねてくれるならともかく、ヴェルナーに絡まれるだけでも気が休まらない。
最初は無視をしていたが、最終的に根負けをして怠惰の感染を無効化するマテリアル結晶の存在を教える事にしたのだ。
「協力しないとこの小屋に居着く勢いだったから、仕方ないか。
でも、ファリフ。ボクが助けられるのはここまでだからね」
今も何処かで必死に頑張っているファリフの身を案じるイクタサ。
イクタサは過剰に人間へ手を貸すのは好まない。あまり目立つレベルで手助けをすれば、今度はより厄介な敵が動き出す恐れもある。
イクタサのできる事は、これが限界。
あとは人の手で対抗するべきなのだ。
「あの結晶はかなり貴重だったはずだけど。それを複数見つけてくるなんて。
ファリフ、もしかしたら王を倒せるかもしれないよ?」
イクタサは、そっと呟く。
辺境の地を巡る人と歪虚の戦いは、新たなる局面を迎えようとしていた。
(執筆:近藤豊)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●「馬鹿が来たりて笛を吹く」(8月21日更新)

ディエナ

ヴェルナー・ブロスフェルト

ファリフ・スコール

イクタサ

チューダ
一つの事にただ専念する実直な馬鹿もいるが、一番厄介なのは来ないで欲しい時に出しゃばって事態を混乱させる天性の馬鹿である。
「そのサークルにトリシュヴァーナを立たせてくれるかい?」
大巫女ディエナ(kz0219)は、チュプ大神殿にてラメトクの発動を準備していた。
ラメトクは幻獣を強化するシステムであり、マテリアルの保有量が増加する事で幻獣の体躯は大きくなる。
このシステムを利用して大幻獣一体対して大量のマテリアルを流入させ、怠惰王ビックマー・ザ・ヘカトンケイルに対峙できるサイズに変える。
これが、ヴェルナー・ブロスフェルト(kz0032)が準備していた切り札である。
「分かった。トリシュヴァーナは大丈夫なの?」
大巫女の指示にファリフ・スコール(kz0009)は心配そうだ。
四大精霊の一人、イクタサ(kz0246)によればラメトクの貯蓄しているマテリアルを一体の大幻獣に流し込んだ事は一度もない。言い換えれば、何が起こるか予想も付かないのだ。
ファリフが心配するのも無理はない。
しかし――。
「案ずるな、ファリフ。倒れた眷属達が、我に味方をしてくれる」
「トリシュヴァーナ……」
トリシュヴァーナは力強く踏み出した。
眷属を率いた者として、威風堂々と指示されたサークルへと進ませる。
トリシュヴァーナは歪虚に眷属達を殺されていた。
今はファリフの祖霊であるフェンリルも、元はと言えばトリシュヴァーナの配下だった。だからこそ、トリシュヴァーナは眷属達への想いと共に歪虚への強い怨みがある。
「ファリフ、部屋を出るよ。トリシュヴァーナが巨大化すれば、この部屋は崩れるだろうからね」
予定ではトリシュヴァーナの体長はビックマーと同サイズになる。そうなれば、チュプ大神殿の一部は崩落するだろう。
「うん。頑張ってね、トリシュヴァーナ」
「それじゃ、いくよ」
大巫女は、ヴェルナーから事前に聞いていたラメトクの起動開始した。
サークルの周囲が青白く光り始める。
●
ファリフ達が到着する数分前。
ラメトクの周囲に不穏な影があった。
「我輩、知ってたであります。みんなで影に隠れてサプライズを準備してるって事を」
影は丸々と太った体を、柱の陰に隠した。
自分をのけ者にして、何かをやろうとしている。
王としての勘がそう告げていた。
パーティに呼ばれないなんて、許せない。
こうなれば、無理矢理乱入してパーティへ介入すると決意していた。
「なんか分からないでありますが、東方から来たプリチーな犬が我輩の座を脅かしているであります。
王である以上、負けられないであります」
妙なプライドに囚われながら、闘志を燃やす影。
ここから、ファリフ達は馬鹿の真骨頂を目撃する事になる。
●
「ファリフ、もうちょっと下がりな」
地上で巨大化したトリシュヴァーナを待つファリフは、大巫女からそう言葉をかけられた。
部屋の位置関係から考えれば、アルナス湖の北から地面を割って出て来るはずだ。巨大化を確認次第、トリシュヴァーナとファリフはビックマー退治へ向かう手筈となっている。
「う、うん」
「心配かい。なに、大丈夫さ。
それより巨大化は時間限定なんだ。少しの時間も惜しいはずだ。戦いに行く準備を怠るじゃないよ」
「大丈夫。準備は……」
そうファリフが言い掛けた瞬間、激しく地面が揺れる。
間もなくトリシュヴァーナが巨大化して出て来るはず。ファリフの手にも力が入る。
だが、ここで予想外の事態が起こる。
ファリフの立つ地面が大きく崩れ始める。
「え?」
ファリフはバランスを崩す。
次の瞬間、大地が割れて大きな穴が広がる。そして、引き込まれるようにファリフの足が穴へ落ちていく。
「ファリフ!」
手を差し伸べる大巫女。
だが、ファリフを救ったのは別の存在であった。
「無事か?」
「トリシュヴァーナ!?」
ファリフの服を口で噛んで落下を止めたのは、トリシュヴァーナであった。
今から地面より出て来るのはトリシュヴァーナであるはずだが、当のトリシュヴァーナは小さいままである。
大巫女は近寄って声をかけてくる。
「どういう事だい?」
「手違いがあったようだ」
トリシュヴァーナの言葉に反応するように、地面から顔を出してきたのはーー。
「わっ、我輩……デッカくなっちゃったであります!」
幻獣王チューダ(kz0173)。
ラメトクの影響で巨大なサイズへと変貌していた。
●
「うわーん! ちっともお腹がいっぱいにならないであります!」
谷のような巨大な口を開きながら、寝そべって手足をバタつかせるチューダ。動く度に地響きが周囲へ伝わる。
「胃のサイズだって変わってるんだ。桃一つで腹いっぱいになる訳ないだろう!」
大巫女は苛ついていた。
ヴェルナーの発案から、ハンターや辺境巫女がこの日の為に準備してきたのである。しかし、チューダの暴走一発でそれが無駄になってしまったのだ。
チューダによって引き起こされた辺境の危機は何度目であろうか。
「トリシュヴァーナ、どうすればいいかな?」
「こうなれば、チューダに戦ってもらう他ない。聞けば、ビックマーの持つ負のマテリアルをチューダの持つ正のマテリアルと相殺すればサイズは小さくなるそうだ」
トリシュヴァーナは、事前に聞いていた話をファリフへ話した。
ビックマーの体が巨大なのは、膨大な負のマテリアルを持つからである。
ならば、ラメトクによって注がれたチューダの持つ正のマテリアルをぶつける事で相殺。ビックマーのサイズを小さくする事は可能だ。
本来なら、このままトリシュヴァーナがビックマーを撃破する手筈だったのだが、起こってしまったものは仕方ない。
「そっか。でも、どうやってチューダをビックマーと戦わせるの?」
「ああ、それなら簡単だ」
ファリフの疑問に大巫女は胸を張って答えた。
「おい、馬鹿の王。聞こえてるかい?」
「馬鹿とは酷いであります! 幻獣王であります!」
「あんた、最近もふらって奴の登場に危機感を抱いてるそうじゃないか」
「うっ……」
「ここで自分の存在をアピールしないとマズいんじゃないかい?
それにさ。今、聖地近くでビックマーの奴がきてるんだよ。覚えているかい? あのデッカい熊のぬいぐるみを」
「なんですと!? 歪虚側でもプリチーの座を狙って刺客を送り込んできたでありますか!」
「そうそう。いいのかい? このままだと、あんたは幻獣王じゃなくて肥満だけが特徴のブサイク大ネズミってポジションだよ」
「くっ! ビックマーめ。やらせはせん、やらせはせんであります!」
立ち上がるチューダ。
地響きをさせながら、進路を西へ取り始めた。
「これでいいね。ファリフ、後は頼んだよ」
大巫女はそう言ってファリフを送り出した。
●

ビックマー・
ザ・ヘカトンケイル
チューダはビックマーと遭遇していた。
聖地前に展開された第二防衛ラインを前に巨大な二匹は、ついに出会ったのである。
「あーあー、ビックマーとはお前でありますな?」
「……ん? なんだ、お前。
ああ、そうか。大神殿の力を使ったのか。ヒュー! 渋い、渋いねぇ。
俺を止める為にここまでやるたぁ、頭が下がるぜ」
ビックマーは、直感していた。
目の前の巨大子豚が人間達の切り札だと。
これを力でねじ伏せれば、人間達の切り札は消える。ならば、正面からこれを打ち倒すべきだ。
何より、自分よりも愛らしさを推すキャラクターを放置するのは流儀に反する。
「プリチーな王の座は、渡さないであります」
「ますますいいねぇ。いいぜ、かかってきな。男は背中とゲンコツで語るもんだ」
身構える二体。
端から見れば愛らしさ全開の光景だが、これでも辺境の未来を賭けた戦いなのである。
●
巨大化チューダの登場には、人間側にも動揺が走った。
「チューダさん、ですか。これは予定外ですが……まだ作戦は継続可能です。以前使った策だからこそ、敵の進軍を躊躇させられます」
ヴェルナーは各方面へ指示を出す。
ビックマーをチューダが足止めしている間にも武装巨人は進軍をするはずだ。
それを読んだヴェルナーは敢えてケリド川の後方に第二防衛ラインの本陣を敷いた。
「対岸の別働隊は敵の用意したであろう船舶を破壊して下さい」
ヴェルナーは素早く行動を指示する。
巨人が南下するのであれば、小舟を用意しているはず。それを破壊することで、巨人は水の中に入らざるを得ない展開を作り出す。
巨人ならケリド川に入っても胸が浸かる程度。しかし、これは攻撃する絶好の機会。本陣より一斉に射撃を加える。
武装巨人であれば、銃器は水よりも上に持ち上げる。射撃には格好の的である。
ここで巨人は強行的に前進をするかと思われるが、巨人達には負の記憶がある。
ナナミ河撃滅戦。
マギア砦を破壊した巨人の大軍はナナミ河を渡って進軍するが、川を渡った途端にナナミ河が氾濫。退路を失ったところで南北から挟撃されて大打撃を受けた事がある。
ヴェルナーはその記憶が巨人にある事から、巨人達の進軍は躊躇すると読んだのだ。

テルル
「任せとけ。俺っちのカマキリでビシッと決めてやるからよ」
ヴェルナーの期待を受け、テルル(kz0218)は羽を上に持ち上げて答えた。
ナナミ河の時と異なり、川が増水している訳では無い。巨人がその事に気付けば後戻りも可能だ。
そこをテルル率いる古代魔導アーマー『ピリカ』に乗った幻獣部隊が回り込んでケリド川対岸に布陣。戻る巨人達に攻撃を仕掛ける。
頃合いを見てハンター達が前進して巨人達を殲滅する作戦だ。
「チューダさんが残された時間でどこまで戦えるか。それが今回の作戦の鍵であり、次の最終防衛ラインへ繋がります。
ふふ、チューダさんの頑張りにすべてを託すのは心配ではありますね」
他人事のように微笑むヴェルナー。
ビックマー討伐作戦『ベアーレヤクト』は、大きな作戦変更はあったが、着実に進んでいた。
(執筆:近藤豊)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●「Aller Anfang ist schwer.」(9月20日更新)

青木 燕太郎

ブラッドリー
『闇黒の魔人』青木 燕太郎(kz0166)は、苛つきを隠す事無く睨み付けた。
いつもは群れる事無く、孤高に己の目的を果たしてきた青木。だが、今日はその背後から妙な歪虚がついてくるのだ。
「その怒り。実に素晴らしい。ですが、その怒りを向けるのは私ではありませんよ?」
神父姿の歪虚ブラッドリー(kz0252)は、青木を前にまったく怯える素振りもない。
むしろ、青木が怒れば怒る程嬉しそうな顔を見せている。
青木からすればうざったい上に気味が悪い相手だ。
「何言っている」
「あなたは運命に従い、為すべき事を為すのです。怒りを槍に変えて支配の頂点にいる偽善者を打ち倒すのです」
「……は?」
「とぼけなくても良いのです。すべて分かっています。あなたが、今から為そうとしている事」
青木はブラッドリーから顔を背けた。
まさかブラッドリーに企みがバレているのか?
もし、ブラッドリーがそっち側ならば既にアイツに教えているはずだ。だが、動き出した素振りはない。おそらくブラッドリーは気付いていて黙っているのだ。
もっとも、この狂人の発言が真実であれば、だが。
「何のことを言っているのか分からんな」
「運命は騎士であるあなたに味方するでしょう。
そして私は、終末へ導く騎士であるあなたを助けます。終末の訪れし地である遙かなる楽園『フロンティア』へ皆と共に参りましょう」
「…………」
ブラッドリーが何を言っているのかは分からない。
だが、味方につくというならば『利用』させてもらおう。
アイツを倒せば、俺は――。
「勝手にしろ。邪魔をすれば殺す」
青木はブラッドリーを無視するかのように黙って歩き始めた。
●

ビックマー・
ザ・ヘカトンケイル

ヴェルナー・ブロスフェルト

チューダ

キュジィ・アビトゥーア
要塞『ノアーラ・クンタウ』から街の人々が避難を開始する。
辺境帝国軍の審問部隊『ベヨネッテ・シュナイダー』のメイ・リー・スーも本来の職務とは異なり、街の人々の避難誘導に駆り出されていた。
無理もない。
このノアーラ・クンタウを怠惰王ビックマーが目指しているのだ。
辺境帝国軍や部族会議もビックマーに対抗するべく準備を進めてはいるが、万一の場合に備えての措置だ。市民も怠惰王が迫っていると知った当初は慌てていたが、辺境帝国軍の説明と指示を受けて順調に避難を開始していた。
「避難は順調そうですね」
「ヴェルナー様」
メイの背後から声をかけたのは、ノアーラ・クンタウ要塞管理者であるヴェルナー・ブロスフェルト(kz0032)である。
部族会議大首長の補佐役である彼だが、ここでは帝国軍人の立場として市民の避難を指示していた。
「本当にあのビックマーがこの街の破壊を目論んでいるのでしょうか?」
「おそらく当初は怠惰王としてその力を誇示するべく、このノアーラ・クンタウを破壊するつもりだったのでしょう。ですが、今やその目的は変わっているでしょうね」
目的の変貌。
既に古代兵器ラメトクを使って巨大化した幻獣王チューダ(kz0173)との戦いで、ビックマーのサイズは大幅に減少。今や四分の一程度のサイズとなってしまっている。普通に考えればここで撤退すると思われるが、ビックマーは未だに進軍を止めようとしない。
「意地、ですか?」
「そうです。ふふ、メイさんの理解が早くて助かります」
メイに笑顔で答えるヴェルナー。
「ビックマーは部族会議の力を前に、危機感を覚えたのでしょう。このまま放置してはダメだと。怠惰王として当初の目標を達成しなければ、後々禍根となる。
そう考えたのではないでしょうか」
「ヴェルナー様!」
ヴェルナーの元へ走り込んできたのは、キュジィ・アビトゥーア(kz0078)。
普段はドワーフ王ヨアキムの執事を務めているが、今日は市民誘導要員として駆り出されていた。
「い、いらっしゃいました。あの方が」
「あの方?」
メイは首を傾げる。
避難が続くノアーラ・クンタウで来る人間は帝国軍人ぐらいだろう。
だが、あの方と呼ばれる存在が来るとメイは聞いていない。
考えを巡らせるメイの横でヴェルナーはいつもと変わらぬ笑顔を浮かべていた。
「早かったですね。さぞ楽しみだったのでしょう」
●

ヴィルヘルミナ・ウランゲル

シバ
要塞ノアーラ・クンタウより辺境の地を一望できる展望室は、帝国内でも要人にのみ開放される部屋である。
普段は壮大な辺境の風景を楽しむ場所であるが、今回は対ビックマーの戦いを見守る最高のVIP席となっていた。
「第一師団を増援として向かわせた。帝国ドワーフ達にも砲撃の準備をさせている。
だが、これはあくまでもこの要塞防衛の為だ。部族会議を助ける為ではない。それで良いな?」
「構いません、陛下」
ヴェルナーが傅いた先にある豪華な椅子に座るのは、ゾンネンシュトラール帝国皇帝ヴィルヘルミナ・ウランゲル(kz0021)。
ビックマーとの戦いがあると聞いていたが、ヴェルナーから要塞の防衛要請を受けて自ら出向いたという訳だ。
「防衛要請か。あくまでもビックマーを倒すのは辺境の民というのだな」
「はい。部族会議は、かつて蛇の戦士シバ(kz0048)が辺境の将来を憂いて国家形成を目指した組織です。言い換えれば、この辺境の地に国家が誕生するのです。
ですが、国を成すのであれば相応の責任が生じます。
辺境の地を攻める怠惰を辺境の民自身で追い払う……自分の国を自分の手で守れずして、国を称せるのでしょうか」
シバが想い描いた未来では、この辺境の地に国が誕生している。
王国にも帝国にも同盟にも負けない、強く逞しい国家。
辺境の民が他国と渡り合えるだけの国。
今は亡きシバが残した想いは、若き辺境の戦士達へと受け継がれている。
いずれ、部族会議は国家体制の地盤となるだろう。
だからこそ、ビックマーは帝国の手を借りずに部族会議の名の下に討ち果たさなければならない。その力を諸国に示し、辺境の独立を掲げるのだ。
「変わったな、ヴェルナー。かつては辺境を帝国に編入しようとしたと記憶しているが」
「それは編入しなければ、歪虚にこの地を蹂躙されると考えたからです。ですが、部族会議は怠惰王を追い詰めるまでに力を付けました。いずれ私がこの地を離れて帝都へ戻る事になっても、彼らは自分達の足で立ち上がる事ができるでしょう」
「そうだな。連合軍に名を連ねる部族会議だ。この程度の逆境を自らの手で押し返せずに国とは名乗れぬ。
ここから見せて貰おう。部族会議の団結と強さを」
ヴィルヘルミナは笑みを浮かべる。
辺境の未来を賭けた怠惰王ビックマーとの最終決戦は――間もなく幕が上がる。
(執筆:近藤豊)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)