ゲスト
(ka0000)
【幻想】これまでの経緯




……奴が言っていた終末……ついに、訪れたのか?
怠惰王が、ついに進軍を開始した……。
ここで食い止めなければ、辺境部族は……。
だが、どうすれば怠惰王を止められるのか……。
……頼む。どうか、手を貸して欲しい。怠惰王を止める為に。
オイマト族長:バタルトゥ・オイマト(kz0023)
更新情報(6月18日更新)
過去の【幻想】ストーリーノベルを掲載しました。
【幻想】ストーリーノベル」
●「楽観主義者はドーナツを見て、悲観主義者はその穴を見る」(1月18日更新)
願いは、叶えられた。
長きに渡って続いてきた確執。そして、戦い。
それらの日々は終わりを迎えた。
すべてはこの地位を手に入れる為。
そして――これから、始まる。
約束が果たされ、希望に満ちた祝福の日々が。
「どうしたんだ?」
『闇黒の魔人』青木 燕太郎(kz0166)は、振り返った。
先程まで眠っていたはずの怠惰王――オーロラが目を覚まして起き上がっている。
いつもなら眠い目を擦りながら辺りを見回しているはずだ。
元怠惰王ビックマー・ザ・ヘカトンケイルの姿を探す為に。
だが、起き上がったオーロラにその気配はまったくない。
「……行くの」
「行く?」
「ビックマーを殺した、あいつらを……」
オーロラにとって、ビックマーは最愛の存在だった。
ビックマーがいたから、今の自分がある。
もし、いなかったらと考えるだけでも恐ろしい。
そんな存在を――ハンターは、殺した。
オーロラの怒りは、部族会議とハンターへ向けられている。
その様子に青木は、力強く頷いた。
「分かった。俺も行く」
「……何故?」
オーロラの一言に、青木は満を持して答える。
この地位を手に入れるまで、青木は策を巡らして戦い続けたのだから。
「俺が、お前を守る騎士だからだ」
●
「……ん?」
辺境北部の森で斥候中だった部族の戦士達。
彼らが異変に気付いたのは、偶然だった。
先日の報告で、ゴヴニアがストーンゴーレムを引き連れて森に石路を作り上げた事は知っていた。
一体、何のための路なのか。ハンターが調査して一部の情報は判明しているものの、部族会議として警戒を続けていた。
そんな戦士達の目に入るのは、石路の傍らで繁る緑色に染まった森林が立ち枯れ、大量の枯葉が地面に降らせている。
よく見れば枯葉に紛れて動物達が死に絶えている。
視界に広がるのは、生物がその命を散らしていく光景。
そして死の世界は、徐々に戦士達へと近づいていた。
「なんだよ、これ……」
震えながらも後退る戦士。
だが、死の世界の歩みは確実に戦士達へ近づいていく。
「お、おい! あれ!」
傍らにいる戦士が、指差した。
そこには死の世界を歩く人影。
少女。
その横を歩くのは、漆黒の男。
二人は――ゆっくりと近づいてくる。
戦士達に死を運ぶ為に……。
「……うっ!」
突然苦しみ出す戦士達。
藻掻き苦しんでいたが、やがてそれも静まった。
地面に体を横たえる戦士達。
続いていた呼吸も、ついには引き取る。
「ゴヴニアの作った路か。まさに『デスロード』だな」
亡骸となった戦士の傍で、漆黒の男――青木は呟いた。
戦闘らしい戦闘もなく、相手を死に至らしめる。
強大な怠惰王の力。
オーロラはその力を振るいながら、ただ黙って前を見据えていた。
●
「怠惰王の進軍……いえ、進軍というのにも語弊がありますね」
ヴェルナー・ブロスフェルト(kz0032)は、パシュパティ砦の会議室で思い悩んでいた。
辺境北部で斥候していた部族の戦士達が次々と連絡を絶っていた為だ。
それも数人ではない。行方不明となった戦士を捜索する為に向かった戦士も皆連絡が取れなくなっていた。僅かばかり生還した戦士達によれば、青木らしき人物の傍らに少女が一人歩いていたというのだ。
怠惰王の侵攻開始。それも以前のように多数の巨人を連れてではなく、青木とたった二人での南下なのだ。
「怠惰王……。確か、オーロラと言ったか……」
部族会議首長のバタルトゥ・オイマト(kz0023)は、緊急招集を受けて会議の席上で敵の情報に耳を傾けていた。
怠惰王の侵攻は脅威そのものであった。
侵攻ルート上に存在した生物はすべて死に絶えていく。
それも異様な状態で――。
「話をまとめると怠惰の感染よりも強力って事だよね?」
ファリフ・スコール(kz0009)もこの事態を重く見ていた。
ファリフの言っている怠惰の感染とは、ビックマー侵攻時でも確認されている現象だ。
「そのようです。報告を集めたに過ぎませんが、倒れた者の多くは立つ事もできなくなった上、瞬きはおろか呼吸も止めてしまった。ここから類推するに強い怠惰を与えられる事により、生物にとって当然な生存活動を放棄したように見受けられます」
ヴェルナーは集めた報告からの推論を述べた。
死亡した者は生きる事を放棄したように見える。
木々が立ち枯れたのも、動物が死に絶えたのもすべては生きる事に怠惰を感じて呼吸さえも止めてしまった事に起因している。
「対怠惰の感染用結界は……?」
バタルトゥの問いにヴェルナーは頭を大きく振った。
「いえ。短時間ならば効果はあったようですが、壊れてしまったそうです」
部族会議が管理していた対怠惰の感染用結界も短時間で破損してしまったらしい。
こうなれば怠惰王を止める方法は、まったく思い付かない。
その間にも怠惰王と青木は南下を継続している。
時間と共に死の世界は近づく。
思案する三人だが、ここでファリフがある一言を呟いた。
「なんか……いよいよ終わりって感じがしてきちゃうね。ここまで絶望的だと」
「!」
その一言にヴェルナーは、ファリフに向かって振り返った。
怒られると思い、ファリフは思わず謝罪する。
「あ、ごめんね。落ち込んでいる場合じゃなかったね」
「ファリフさん、今何と?」
「え? いよいよ終わりって感じかなって」
「……終わり……終末。なるほど。これを狙っていたのですか。
『ニガヨモギという大きな星が落ちて、水の三分の一が苦くなり、その為多くの人が死ぬ』、ですか」
ヴェルナーは納得したように小さく頷いた。
理解できないバタルトゥはヴェルナーに問いかけた。
「ヴェルナー……説明を……」
「ふふ、説明も何もこの事態こそが『終末』です。ブラッドリーの言っていたアレです。
先程口にしたのはリアルブルーに伝わる終末の一節です。ブラッドリーが口にしたニガヨモギはこの状況に近いと思いませんか?」
歪虚ブラッドリー。
対ビックマー戦でも暗躍していた歪虚であるが、その際に終末について常に口にしていた。この事態が終末とするなら、これは狙って引き起こされた事になる。
「ビックマーを倒された事で現怠惰王であるオーロラは怒り立ち上がる。その能力を持って辺境の地を死の世界へと変貌させる。おそらく、これがブラッドリーの計画でしょう」
「そんな……。ヴェルナーさん、何か手はないの?」
ファリフは、困り顔でヴェルナーを頼った。
このままではファリフが過ごした大地も森も、湖も、すべてが怠惰の感染の強化版『ニガヨモギ』によって破壊されてしまう。
ファリフの困り顔を前に、ヴェルナーは隠し持っていたカードを切る決意をする。
「仕方ありません。この日の為に検討していた策を実行しましょう。難しいのですが……ファリフさんがいれば何とかなります」
「ボクが? なんで?」
「ふふ、あなたは気にしないで大丈夫です。
お二人は怠惰王と青木を足止めして下さい。それから救助者の対応も」
「お前は……?」
席を立って急ごうとするヴェルナーをバタルトゥが呼び止める。
「私は策を実行に移します。厄介な役割ですが……お二人とも、決して無理をしてはいけません。対怠惰の感染用結界があっても対応できるのはごく僅か。あなた方が死ねば、その時点で辺境は予言通りとなるでしょう」
●
辺境の森深く。
死が近付くこの森にある歪虚の姿があった。
「終末の到来。これこそ、待ちに待った時。真なる王に誘われ、悲しみも苦しみもない楽園『フロンティア』へと赴きましょう」
歓喜に震えるブラッドリー(kz0252)。
終末を予見し、終末到来の為にハンターや青木を支援してきた。その結果が、怒れる怠惰王と辺境に振り巻かれるニガヨモギである。
ニガヨモギを受ければ確かに哀しみも苦しみもなくなる。何せ、怠惰の感染で生命活動、生存本能を放棄して死に至るのだから。
だが、ブラッドリーの言葉は止まらない。
「審判……これは神が子に与えた試練。ですが、終末による世界の終焉が神に誘われてフロンティアへ赴く機会なのです。恐れてはいけない」 誰にも聞かれていない事を承知の上。機嫌が良くなれば饒舌にもなる。
だが、ブラッドリーは唐突に足を止める。
「おや、天使達は抗いますか。その抗いに価値などありません。
受け入れ、悔い改めなさい。その為に私も力を貸しましょう」
ブラッドリーは歩き始めた。
終末が広がる、かの地へと。
長きに渡って続いてきた確執。そして、戦い。
それらの日々は終わりを迎えた。
すべてはこの地位を手に入れる為。
そして――これから、始まる。
約束が果たされ、希望に満ちた祝福の日々が。

青木 燕太郎

オーロラ
『闇黒の魔人』青木 燕太郎(kz0166)は、振り返った。
先程まで眠っていたはずの怠惰王――オーロラが目を覚まして起き上がっている。
いつもなら眠い目を擦りながら辺りを見回しているはずだ。
元怠惰王ビックマー・ザ・ヘカトンケイルの姿を探す為に。
だが、起き上がったオーロラにその気配はまったくない。
「……行くの」
「行く?」
「ビックマーを殺した、あいつらを……」
オーロラにとって、ビックマーは最愛の存在だった。
ビックマーがいたから、今の自分がある。
もし、いなかったらと考えるだけでも恐ろしい。
そんな存在を――ハンターは、殺した。
オーロラの怒りは、部族会議とハンターへ向けられている。
その様子に青木は、力強く頷いた。
「分かった。俺も行く」
「……何故?」
オーロラの一言に、青木は満を持して答える。
この地位を手に入れるまで、青木は策を巡らして戦い続けたのだから。
「俺が、お前を守る騎士だからだ」
●
「……ん?」
辺境北部の森で斥候中だった部族の戦士達。
彼らが異変に気付いたのは、偶然だった。
先日の報告で、ゴヴニアがストーンゴーレムを引き連れて森に石路を作り上げた事は知っていた。
一体、何のための路なのか。ハンターが調査して一部の情報は判明しているものの、部族会議として警戒を続けていた。
そんな戦士達の目に入るのは、石路の傍らで繁る緑色に染まった森林が立ち枯れ、大量の枯葉が地面に降らせている。
よく見れば枯葉に紛れて動物達が死に絶えている。
視界に広がるのは、生物がその命を散らしていく光景。
そして死の世界は、徐々に戦士達へと近づいていた。
「なんだよ、これ……」
震えながらも後退る戦士。
だが、死の世界の歩みは確実に戦士達へ近づいていく。
「お、おい! あれ!」
傍らにいる戦士が、指差した。
そこには死の世界を歩く人影。
少女。
その横を歩くのは、漆黒の男。
二人は――ゆっくりと近づいてくる。
戦士達に死を運ぶ為に……。
「……うっ!」
突然苦しみ出す戦士達。
藻掻き苦しんでいたが、やがてそれも静まった。
地面に体を横たえる戦士達。
続いていた呼吸も、ついには引き取る。
「ゴヴニアの作った路か。まさに『デスロード』だな」
亡骸となった戦士の傍で、漆黒の男――青木は呟いた。
戦闘らしい戦闘もなく、相手を死に至らしめる。
強大な怠惰王の力。
オーロラはその力を振るいながら、ただ黙って前を見据えていた。
●

ヴェルナー・ブロスフェルト

バタルトゥ・オイマト

ファリフ・スコール
ヴェルナー・ブロスフェルト(kz0032)は、パシュパティ砦の会議室で思い悩んでいた。
辺境北部で斥候していた部族の戦士達が次々と連絡を絶っていた為だ。
それも数人ではない。行方不明となった戦士を捜索する為に向かった戦士も皆連絡が取れなくなっていた。僅かばかり生還した戦士達によれば、青木らしき人物の傍らに少女が一人歩いていたというのだ。
怠惰王の侵攻開始。それも以前のように多数の巨人を連れてではなく、青木とたった二人での南下なのだ。
「怠惰王……。確か、オーロラと言ったか……」
部族会議首長のバタルトゥ・オイマト(kz0023)は、緊急招集を受けて会議の席上で敵の情報に耳を傾けていた。
怠惰王の侵攻は脅威そのものであった。
侵攻ルート上に存在した生物はすべて死に絶えていく。
それも異様な状態で――。
「話をまとめると怠惰の感染よりも強力って事だよね?」
ファリフ・スコール(kz0009)もこの事態を重く見ていた。
ファリフの言っている怠惰の感染とは、ビックマー侵攻時でも確認されている現象だ。
「そのようです。報告を集めたに過ぎませんが、倒れた者の多くは立つ事もできなくなった上、瞬きはおろか呼吸も止めてしまった。ここから類推するに強い怠惰を与えられる事により、生物にとって当然な生存活動を放棄したように見受けられます」
ヴェルナーは集めた報告からの推論を述べた。
死亡した者は生きる事を放棄したように見える。
木々が立ち枯れたのも、動物が死に絶えたのもすべては生きる事に怠惰を感じて呼吸さえも止めてしまった事に起因している。
「対怠惰の感染用結界は……?」
バタルトゥの問いにヴェルナーは頭を大きく振った。
「いえ。短時間ならば効果はあったようですが、壊れてしまったそうです」
部族会議が管理していた対怠惰の感染用結界も短時間で破損してしまったらしい。
こうなれば怠惰王を止める方法は、まったく思い付かない。
その間にも怠惰王と青木は南下を継続している。
時間と共に死の世界は近づく。
思案する三人だが、ここでファリフがある一言を呟いた。
「なんか……いよいよ終わりって感じがしてきちゃうね。ここまで絶望的だと」
「!」
その一言にヴェルナーは、ファリフに向かって振り返った。
怒られると思い、ファリフは思わず謝罪する。
「あ、ごめんね。落ち込んでいる場合じゃなかったね」
「ファリフさん、今何と?」
「え? いよいよ終わりって感じかなって」
「……終わり……終末。なるほど。これを狙っていたのですか。
『ニガヨモギという大きな星が落ちて、水の三分の一が苦くなり、その為多くの人が死ぬ』、ですか」
ヴェルナーは納得したように小さく頷いた。
理解できないバタルトゥはヴェルナーに問いかけた。
「ヴェルナー……説明を……」
「ふふ、説明も何もこの事態こそが『終末』です。ブラッドリーの言っていたアレです。
先程口にしたのはリアルブルーに伝わる終末の一節です。ブラッドリーが口にしたニガヨモギはこの状況に近いと思いませんか?」
歪虚ブラッドリー。
対ビックマー戦でも暗躍していた歪虚であるが、その際に終末について常に口にしていた。この事態が終末とするなら、これは狙って引き起こされた事になる。
「ビックマーを倒された事で現怠惰王であるオーロラは怒り立ち上がる。その能力を持って辺境の地を死の世界へと変貌させる。おそらく、これがブラッドリーの計画でしょう」
「そんな……。ヴェルナーさん、何か手はないの?」
ファリフは、困り顔でヴェルナーを頼った。
このままではファリフが過ごした大地も森も、湖も、すべてが怠惰の感染の強化版『ニガヨモギ』によって破壊されてしまう。
ファリフの困り顔を前に、ヴェルナーは隠し持っていたカードを切る決意をする。
「仕方ありません。この日の為に検討していた策を実行しましょう。難しいのですが……ファリフさんがいれば何とかなります」
「ボクが? なんで?」
「ふふ、あなたは気にしないで大丈夫です。
お二人は怠惰王と青木を足止めして下さい。それから救助者の対応も」
「お前は……?」
席を立って急ごうとするヴェルナーをバタルトゥが呼び止める。
「私は策を実行に移します。厄介な役割ですが……お二人とも、決して無理をしてはいけません。対怠惰の感染用結界があっても対応できるのはごく僅か。あなた方が死ねば、その時点で辺境は予言通りとなるでしょう」
●

ブラッドリー
死が近付くこの森にある歪虚の姿があった。
「終末の到来。これこそ、待ちに待った時。真なる王に誘われ、悲しみも苦しみもない楽園『フロンティア』へと赴きましょう」
歓喜に震えるブラッドリー(kz0252)。
終末を予見し、終末到来の為にハンターや青木を支援してきた。その結果が、怒れる怠惰王と辺境に振り巻かれるニガヨモギである。
ニガヨモギを受ければ確かに哀しみも苦しみもなくなる。何せ、怠惰の感染で生命活動、生存本能を放棄して死に至るのだから。
だが、ブラッドリーの言葉は止まらない。
「審判……これは神が子に与えた試練。ですが、終末による世界の終焉が神に誘われてフロンティアへ赴く機会なのです。恐れてはいけない」 誰にも聞かれていない事を承知の上。機嫌が良くなれば饒舌にもなる。
だが、ブラッドリーは唐突に足を止める。
「おや、天使達は抗いますか。その抗いに価値などありません。
受け入れ、悔い改めなさい。その為に私も力を貸しましょう」
ブラッドリーは歩き始めた。
終末が広がる、かの地へと。
(執筆:近藤豊)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●「地べたを見てるやつに一生いいことなんて起きない」(2月15日更新)

オーロラ

青木 燕太郎

ヴェルナー・ブロスフェルト

ブラッドリー
一度放たれれば、オーロラへ近づく事もままならない静かなる暴力。
それに触れれば気力を失い、立つどころか呼吸さえも止めてしまう。
生身で大気圏へ突入するかのような覚悟を持ったハンター達は、ニガヨモギに苦戦しながらも必死になって抵抗を続けている。
「いいか、よく聞け。お前等にオーロラは倒せない。
いや……誰にも触らせない。この俺がオーロラの盾となり、そして槍となる。
邪魔をする者は、全部俺が殺す」
闇黒の魔人、青木 燕太郎(kz0166)は周辺にいるハンターへはっきりと断言した。
怠惰王を守る。
それは、今までの青木からは想像できない言葉だ。
様々な歪虚と対峙してその力を吸収していった青木。仲間を必要とせず、すべてを自らの糧とするかのような振る舞い。卑劣な手段も辞さないヒールっぷり。一時は怠惰王すらも憎んでいる素振りを見せていたというのに……。
だが、オーロラに対してはそのような影は見られない。
そのような青木を前に、一人の男が歩み出る。
「まるで玩具を与えられた子供のようですね」
ヴェルナー・ブロスフェルト(kz0032)は、携帯用の結界を装備して青木と対峙する。
結界が有効となっている時間は僅か。
その上、元怠惰王ビックマーまでも吸収した高位歪虚の青木を前に挑発するかのような言動を取ってみせる。
「……たった一人で挑もうと言うのか? それは勇気とは言わん。ただの蛮勇だ。それに……」
青木は槍の切っ先をヴェルナーへ向けた。
怠惰の感染が広がる中、切っ先は鈍い光を放つ。
「俺がこの先へ行かせはしない。己の愚かさを呪いながらここで朽ち果てろ」
「ふふ、本当にあなたは嬉しそうです。
騎士……なるほど、ブラッドリーの言う通りですね」
「何……?」
「あなたをブラッドリー(kz0252)がそう呼んだ理由が分かります。
怠惰王オーロラを守る騎士。あなたはそんな騎士になれた現実を小躍りするかのようにはしゃいでいる」
挑発するようなヴェルナーの言い回し。
それは青木に対する侮辱以外の何物でもない。
「わざわざあの神父の話を持ち出して……貴様、何を企んでいる」
「さて。どうでしょう? 私としてはあなたとブラッドリーで共倒れしていただけるとありがたいのですがね」
「余程死にたいと見えるな……!」
青木の手から放たれる槍。
だが、ヴェルナーに到達する寸前で槍は止められる。
周辺に響く地響き。
「……なんだ?」
異変に気付いた青木が、ヴェルナーへの攻撃を一旦止めた。
その様子にヴェルナーは小さく頷いた。
「どうやら上手くやって戴けたようです。ああ、失礼をお詫びします。あなたの目を惹く為、敢えて挑発的な言葉を選んでみました。先程、そのような光景を目にしましたのでね。我ながら上手く真似出来たと思いますよ」
「……っ! まさか……!」
青木の声に怒気が籠もる。
その青木の背後から、一人の青年が姿を見せる。

イクタサ
あのレベルの歪虚が現れても、ボクが何もしないと思った?」
茂みから姿を現したのは四大精霊の一人、イクタサ(kz0246)だ。
そのイクタサの背後には今まで存在していなかった巨大な木が立っている。
「……アフンルパル?」
振り返る青木。
イクタサはため息をついた後、面倒そうに話し始めた。
「ボクが作った空間、かな。この世界ではない場所。怠惰王はそこに……」
イクタサの言葉の途中で、青木の槍が放たれた。
切っ先はイクタサの体へ届く前に、突如地面から生えた樹木によって阻まれる。
「ボクは話している最中なんだけど」
「……オーロラを解放しろ。さもなくば殺す」
「すると思う? それにキミは強いのかもしれないけど、ボクも大精霊の一部。キミに負ける訳がないよ」
怒りを見せる青木だが、その脳裏は冷静だった。
イクタサの強さは眼前にしても良く分かる。さらにオーロラが封じられた事でニガヨモギの気配が消えた。こうなればハンター達が青木に刃を向けるのは間違いない。
ここで暴れるのは得策ではない。何より、このままではオーロラを取り返す事もできない。青木は苦渋の決断をする。
「次に会ったら……お前も殺してやる。首を洗って待っていろ」
「やれるものならどうぞ」
踵を返し、その場を立ち去る青木。
追跡を試みる者もいたが、ニガヨモギから部族会議の戦士達を救出する方を優先された。
●
「すまん、オーロラ。俺は……」
猛スピードで東へ進路を取る青木。
今のままでは大精霊やハンターに勝てない。
力が。力が足りない。もっと、強くならなければ――。
ブラッドリーから部族会議が策を講じている話は連絡を受けていた。
だが、彼自身を警戒していた事に加え、人間と精霊を甘く見過ぎていた。
その甘さが今回の事態を招いたのだ。
この事態を乗り越え、オーロラを救い出す為には『為すべき事』を為さなければ。
その為に――。
「そろそろ約束を果たしてもらうぞ……蓬生」
一方。
「女王を封じましたが……そうですか」
怠惰ゴヴニアは静かに事態を見守っていた。
ゴヴニアの見立てならば、オーロラが封じされていようとも必ず青木が奪い返す動きに出るはず。
もし、そうなるならば解放された時に、より優位に働くよう準備をしておく必要がある。
「路を築いたように、解放された女王の進むべき路も築かなければ」
ゴヴニアは再び暗躍すべく姿を消す。
来たるべき日は、そう遠くないと考えて。
●

ファリフ・スコール

バタルトゥ・オイマト
あ、喉が乾いているなら言ってね。すぐに綺麗な水を準備してあげるから」
オーロラを封じてニガヨモギが消えた後、イクタサとヴェルナーの前にファリフ・スコール(kz0009)とバタルトゥ・オイマト(kz0023)が姿を見せた。
特にファリフを目にしたイクタサは早々に歩み寄ってファリフの身を案じる。
「う、うん。大丈夫だから。本当に、心配しなくていいからね」
「そう? 遠慮はいらないよ。疲れたなら言ってくれれば……」
二人のやり取りを目にしていたバタルトゥは、被害が少ない事に胸を撫で下ろしたようだ。
「安心した……」
「ええ。それもこれも皆さんとハンターのおかげです。イクタサさんがオーロラを封じてくれなかったらどうなっていたか」
ヴェルナーが脳裏で今日の出来事を振り返ってみても、肝を冷やす思いだ。
強引にイクタサを連れて現場へ赴き、イクタサにオーロラを封じて貰う。成功どころか、イクタサが拒否する可能性もある中でもぎ取った勝利。被害が最小限に抑えられた事は喜ぶべきだろう。
――だが。
「イクタサ、どうしたの!?」
突如周囲に響くファリフの声。
そこには片膝をつくイクタサの姿があった。
「ごめんね、ファリフ。ちょっとばかり力を使いすぎたみたいだ」
「……!」
口にはしないが、驚きで周囲の空気を一変させるバタルトゥ。
四大精霊との戦いはハンターの記憶にも残っている。あれだけ苦戦させられた相手だが、その相手のそこまで追い込んだ事実は衝撃的だ。
バタルトゥ同様、ヴェルナーもこの事態を重く受け止めていた。
「その様子。青木に言ったのはハッタリですね」
「……本当、キミは嫌な奴だね。そう。封印は一時的。いずれ封印は破れて怠惰王はこの地へ戻ってくるよ」
イクタサによればオーロラはアフンルパルへ封じたものの、増大し続ける力を完全に押さえ込む事はできなかった。
膨らみ続ける風船のようにいずれ破裂する事になる。
そうなれば――。
「ニガヨモギが……再び辺境の地に、溢れ出す……」
「そう。しかも封じられていたからね。濃縮された奴が広がるだろうね」
バタルトゥの言葉に、イクタサは付け加えた。
オーロラの再来は、辺境にとってまさに終焉を意味する。このイクタサの疲弊具合をみれば、もう一度封印する事は困難だろう。
苦悶を浮かべるイクタサにファリフは屈み込んで心配そうな顔を向ける。
「イクタサ、ボク達はどうすればいいの?」
「ボクの力で封じるのは難しいからね。そうだな……。
確か、古代文明の民がニガヨモギを封じる術を準備してたはずだよ。それを探してみるといいよ。ボクも助けてあげたいけど、ちょっと疲れちゃって……」
そのまま倒れ込むイクタサ。
古代文明の民が用意していた対策。チュプ大神殿を調査していたハンター達からも似た報告はあった。それを起動させれば、オーロラを倒す可能性も出てくる。
「……だが。その兵器は……何処に?」
「……分からない。忘れちゃった」
バタルトゥの問いにイクタサは即答する。
しかし、さらに言葉を付け加える。
「けど、キミ達は調べる術を持っているはずだよ。大精霊と深く結びついている今のキミ達なら、もっと深部をのぞけるはずだ」
イクタサの答え。
その答えで、ヴェルナーの脳裏に一つの単語が浮かび上がる。
「神霊樹。なるほど、過去を追体験して対策を調べれば良いのですね」
●
……。
…………。
…………――。
南欧の風は、いつにも増して暑さを運んでくる。
選挙の後に誕生した政権に対して、軍部はクーデターを画策。一斉蜂起をするまでに時間がかからなかった。
政府の要人を銃殺。政権与党の幹部を逮捕した。
その出来事を合図に、将軍はクーデターを宣言。労働者に蜂起を促し、国は戦火へ塗れていった。
軍事政権が樹立した後、政府軍はクーデターを起こした軍と労働者を抑えられず敗北を繰り返した。
国は血に染まり、死で埋め尽くされている。
さらに他国からの介入も開始され、多くの傭兵達がこの国へ訪れた。
それが――すべての、始まりだった。
「……ぐっ」
我ながら下手を打ったと思っている。
予定ルートを外れた輸送機は、クーデターを起こした軍事政権側の対空砲火を受けて落下。
墜落前に救難信号を打診していたが、自分を残し全員死亡。
何とか生き残ったものの、輸送機の破片で腹部が大きく損傷している。流れ出る血を前にしたが、墜落現場にいれば敵が現れる事が確実。体を無理矢理引き摺ってその場を離れるが、出血の激しさから意識が朦朧としてくる。
(ここで終わりか……)
傭兵だった自分に夢などはなかった。
ただ、生きる為に戦ってきた。それがすべてだし、それで十分だった。
だが、自分の死が間近に迫ると後悔も出てくる。
敵の銃弾を受けて死ぬにしても反撃一つ行えずに死を待つだけ。
せめて、軍事政権側の奴らを数人地獄へ連れて行ってやりたかった。
「あの……」
意識を失いかけた時に聞こえて来た声。
――誰だ? 敵か?
敵ならこんな声の掛け方はしないし、早々に銃の引き金を引いている。
――なら、誰が?
薄れる目に意識を集中して必死に焦点を合わせる。
そこにいたのは、一人の少女。
白い花を手にして倒れた自分を上から覗き込んでいる。
――白い天使? だとしたら、死の天使の間違いだ。
……自分にとってはお迎えだ。
「……もうお迎えか。随分と早いな……」
「お迎え? あなたは死にませんよ。今、教会へお連れします」
天使は必死になって俺の身体を引き摺った。
幼さも残る小さな身体が、俺の肩の下に入るように運んでいく。
薄れ行く意識。
俺は、そんな中で必死に足を動かした。
「眠ってはいけません。……そうだ、名前。お名前を教えて下さい」
天使からの懇願。
俺はうわごとのように自分の名前を呟いた。
「……エン、タロウ」
「エンタロウ? エンタロウですね。眠ってはダメ、エンタロウ……!」
天使から繰り返される自分の名前。
遠くなっていく声を聞きながら、俺の意識が深く落ちていった。
●「自分の生きる人生を愛せ、自分が愛する人生を生きろ」(3月15日更新)
「ダメだ! もうそこまで歪虚が!」
研究者の声が木霊する。
ベスタハの研究施設も敵に発見され、南へ逃れた幻獣王と連絡を取る事も叶わない。
孤立無援。
研究者を守る戦士達は既に倒れ、一人、また一人と研究者達は無念の死を迎えていた。
「大丈夫だ。お前は、絶対に壊させない。
ニガヨモギに対抗する兵器などではない。私が作り上げた最高傑作。
私からすれば、お前は息子だ」
ガラスケース越しに研究者の男はソレを見つめた。
歪虚に露見すれば破壊されるに違いない。まだこのケースから出た事もない子が、無残に破壊されるなど耐えられない。
「私はお前を護る。それが親の務めた」
研究者は別れ惜しそうに部屋を飛び出した。
決して破壊させはしない。
こんな時代じゃなかったら、こんな別れ方をしなかった。
いや、もっと自分に力があれば――。
(とう……さん……)
●
イクタサ(kz0246)によって次元の狭間へ封じられた怠惰王オーロラ。
『アフンルパル』と呼ばれる場所は、クリムゾンウェストから干渉するのは容易ではない。
だが、それは不可能な事ではない。
「さて、次の手は……」
歪虚ゴヴニアは、オーロラが封じられた地に現れた大樹の前にいた。
風で枝をなびかせながら、葉を揺らしている。
オーロラは確かに封じられたが、その強大な力は一時的。完全に押さえ込むなど不可能だった。言い換えれば、ちょっとした綻びを突いてやればオーロラを再びこの辺境の地へ呼び戻す事ができる。
「怠惰王の帰還までにこの地を彩ってやらねばなるまいよ。彼の一途なる騎士ならず、ビッグマーとの約定を果たすがために」
ゴヴニアは大樹を一瞥した。
大樹はゴヴニアの想いへ答えるように、再び風で葉を鳴らした。
●
「ハンターの皆さんが集めた情報によれば、鍵はベスタハです」
ヴェルナー・ブロスフェルト(kz0032)の言葉を聞いた部族会議大首長バタルトゥ・オイマト(kz0023)は、沈黙を守ったまま視線を向けた。
「……そうか」
「バタルトゥさん、そんな悲しそうな顔をしないで下さい。因縁がおありなのは分かりますが、今は辺境存亡の危機なのですから」
バタルトゥの表情を察したヴェルナーは励ますように声をかける。
ベスタハは、かつて怠惰の軍勢と辺境部族が激突した地。最終的に一族の裏切り者となったハイルタイが歪虚と結託。バタルトゥの父親を含め多数の死者を出す事になった。
後にベスタハの悲劇と呼ばれる事件が発生した、バタルトゥにとって辛い出来事があった場所であった。それはハイルタイを討伐した後でも変わらない。
「……そう、だな」
「え。今、バタルトゥの顔って悲しそうだったの? ボクにはいつもと同じだったけど」
パシュパティ砦に呼び出されていたファリフ・スコール(kz0009)は、驚きの表情でバタルトゥの顔を見つめていた。
普通の人間にはバタルトゥの表情は読み取れないが、部族会議補佐役のヴェルナーにはそれが分かるようだ。
「訴えかけるような目や顔の筋肉を見れば誰でも分かります。結構表情豊かなんですよ?」
「……ヴェルナー、続けてくれ」
話題を変えたいとばかりに、バタルトゥが次の情報を催促する。
その様子に何かを感じ取ったのか、ヴェルナーから軽い笑みが溢れ出す。
「ふふ、いいですよ。バタルトゥさんのお願いですから」
「…………」
「ハンターから寄せられた情報を元にベスタハを調査した結果、遺跡が発見されました。入り口が岩で塞がれていましたが、調査隊が岩を破壊。内部はチュプ大神殿のような構造だったと報告がありました」
本格的な調査は行われていないが、概ねこの遺跡に間違いない。
ヴェルナーはそう考えていた。
そして、ニガヨモギの対抗策となり得るオートマタがこの遺跡に眠っている。
「つまり、そのオートマタをボクらが迎えに行けばいいんだよね?」
「はい、そういう事になります」
ファリフの問いに、ヴェルナーは大きく頷いた。
当該のオートマタ確保こそ、部族会議の――否、辺境の明日を守る為に必要な事であった。
「バタルトゥさん、分かりましたか?」
「……ああ」
「ではベスタハに向けて出発……」
そう言い掛けたヴェルナーの元へ部族の戦士が駆け込んできた。
その時点でヴェルナーには次の言葉を察したようだ。
思わずため息が漏れ出す。
「補佐役、大変です。ベスタハの遺跡を調査していた先遣隊から敵襲撃の急報!」
「来ましたか。バタルトゥさん、急いだ方が良さそうです。おそらく青木も動き出す事でしょう」
青木 燕太郎。
オーロラに対して何らかの感情を抱いている事は、バタルトゥにも理解できていた。
一族の裏切り者から力を奪い、東方にまで姿を現して力を求め続ける魔人。
力を渇望し続ける歪虚を止めなければならない。
「……行くぞ。ベスタハへ……」
●
「……今更悪あがきか。全く諦めの悪い……」
青木 燕太郎(kz0166)はベスタハへと向かっていた。
敵の動きを探っていた青木の耳に飛び込んできたのは、ベスタハ地方の遺跡発掘。
普段から遺跡発掘をしていた事は知っている。だが、オーロラの侵攻の後でわざわざ遺跡を発掘する意味が分からない。
分からないが――青木にとってその発掘が良くない事なのはすぐに理解できた。
「何をしていようと構わない。だが、あそこで何らかの希望を見出そうとしているなら……」
青木は、槍を握り締めた。
ゴヴニアの行動も気にはなるが、今はあの仏頂面の男を相手にする方が先だ。
「……すべて叩き潰すだけだ」
青木は走り出す。
辺境を巡る者達が――ベスタハの遺跡へ向かう。物語は再び動き始めた。
●
「なあ、知ってるか? エンタロウの奴、ここ辞めて軍属するらしいぜ」
「え。何かあったのかよ」
「いやー。あいつ、何でも子持ちになるらしいぜ。結婚もまだなのにな……」
「はぁ!? あの堅物、オンナいたの!?」
「そーだったらおもしろかったんだけどなー。何でも戦地で出会った子を引き取るらしい」
「あ、何? そういうこと? それで何で軍属よ」
「しがない傭兵稼業なんざ、仕事で行くのは戦地の最前線ばっかだろ。子持ちになるのにそういうのはどうかって思ったんじゃね?」
「とはいえ、戦うしか能がない奴の行く先なんざ決まってるだろ」
「あー……。生真面目なあいつらしいわな」
「だろ? まあ、俺達はエンタロウの行く末を温かい目で見守ろうじゃないの」
「そういうセトもここ辞めんだろ? 随分仲のいいこって」
「うっせーな。俺も小さい弟育てなきゃなんねーのよ」
そんなことを話し合う男達。銀髪の男性がビールを呷ってニヤリと笑う。
「久しぶりだな。変わりはないか?」
「ええ。お陰様で。エンタロウは心配性ね。……わあ。ありがとう。毎回持ってきてくれなくてもいいのに」
白い百合を受け取る少女。赤みがかった長い金の髪を揺らして、花のような笑みを浮かべる。
――数か月前、この男は死の淵にいた。
任務にあたっていた際、敵の襲撃を受け、乗っていた輸送機が墜落。
死に体の身体を引き摺って墜落現場から脱出した先で、天使に出会って――。
――天使だと思った存在は、生きた人間だった。
目を開けると、身体には包帯が巻かれ、枕元に百合が置かれていて……自分が、生き延びたことを知った。
重傷を負っていた彼はすぐには動けず、暫く少女の世話になった。
彼女は赤子の頃に捨てられ、この荒れ果てた戦地の外れにある教会のシスターに拾われたらしい。
当然のようにシスターを志し、迷える人を救い、戦地で傷ついた人を助け、死にゆく者を慰める……そんな生活を送って来た。
聖職者と言う職業柄か、言動が随分大人びていたので最初気づかなかったが、話して行くうちに年端も行かぬ子供であることを知った。
学校にも行っていないこと。
読みたい本が沢山あること。
戦地の外れにある為孤立し易く、時々食べるものにも困ること――。
こんな生活は嫌ではないのか、と聞いた。
「この生活しか知りませんし、これも神がお与えになったものですから」
――シスターとしては百点満点の回答だ。
だが、子供としてはどうだろう――?
ここは戦地。死と隣り合わせの場所だ。
『天使』を必要としているのは理解する。
だが……神は人の心を救いはすれど、身を守ってくれはしない。
この清廉な命の恩人を、こんな地獄に置いておくのは、どうしても許せなくて……。
養女にならないかと持ちかけるのに、そんなに時間はかからなかった。
少女は最初は頑なに固辞していたが、何度も通って説得を続けて、ようやく頷いてくれた。
引っ越しをしたら学校に通えるようにしてやらなければ。
女の子に何が必要なのかよく分からないが、小さい弟がいる親友に聞けば分かるだろうか――。
――ともあれ、あの時助けられなければ俺は死んでいた。
彼女を嫁に出すまでの間、援助をするくらい安いものだろう。
「そうだわ。本、ありがとう。ここにいるとなかなか買えないから……」
「そのくらいお安い御用だ。何か欲しいものがあったら言ってくれ。揃えておこう」
「……もう十分、身に余るくらい貰っているわ。きっとエンタロウがあそこに倒れていたのも、神様のお導きね。感謝しなくては」
そう言い、白百合を胸に抱える少女。
白い百合は聖母マリアに捧げられたもの。
純潔を示す美しい花。
俺は――白い百合のような少女の未来を守りたい。
元々彼女に救われなければ尽きていた命だ。
貰ったものを返すだけの話。
男は願う。明日を。未来を。
――それが、果てしない旅路の始まりとも知らずに。
研究者の声が木霊する。
ベスタハの研究施設も敵に発見され、南へ逃れた幻獣王と連絡を取る事も叶わない。
孤立無援。
研究者を守る戦士達は既に倒れ、一人、また一人と研究者達は無念の死を迎えていた。
「大丈夫だ。お前は、絶対に壊させない。
ニガヨモギに対抗する兵器などではない。私が作り上げた最高傑作。
私からすれば、お前は息子だ」
ガラスケース越しに研究者の男はソレを見つめた。
歪虚に露見すれば破壊されるに違いない。まだこのケースから出た事もない子が、無残に破壊されるなど耐えられない。
「私はお前を護る。それが親の務めた」
研究者は別れ惜しそうに部屋を飛び出した。
決して破壊させはしない。
こんな時代じゃなかったら、こんな別れ方をしなかった。
いや、もっと自分に力があれば――。
(とう……さん……)
●

イクタサ

オーロラ

ヴェルナー・ブロスフェルト

バタルトゥ・オイマト

ファリフ・スコール
『アフンルパル』と呼ばれる場所は、クリムゾンウェストから干渉するのは容易ではない。
だが、それは不可能な事ではない。
「さて、次の手は……」
歪虚ゴヴニアは、オーロラが封じられた地に現れた大樹の前にいた。
風で枝をなびかせながら、葉を揺らしている。
オーロラは確かに封じられたが、その強大な力は一時的。完全に押さえ込むなど不可能だった。言い換えれば、ちょっとした綻びを突いてやればオーロラを再びこの辺境の地へ呼び戻す事ができる。
「怠惰王の帰還までにこの地を彩ってやらねばなるまいよ。彼の一途なる騎士ならず、ビッグマーとの約定を果たすがために」
ゴヴニアは大樹を一瞥した。
大樹はゴヴニアの想いへ答えるように、再び風で葉を鳴らした。
●
「ハンターの皆さんが集めた情報によれば、鍵はベスタハです」
ヴェルナー・ブロスフェルト(kz0032)の言葉を聞いた部族会議大首長バタルトゥ・オイマト(kz0023)は、沈黙を守ったまま視線を向けた。
「……そうか」
「バタルトゥさん、そんな悲しそうな顔をしないで下さい。因縁がおありなのは分かりますが、今は辺境存亡の危機なのですから」
バタルトゥの表情を察したヴェルナーは励ますように声をかける。
ベスタハは、かつて怠惰の軍勢と辺境部族が激突した地。最終的に一族の裏切り者となったハイルタイが歪虚と結託。バタルトゥの父親を含め多数の死者を出す事になった。
後にベスタハの悲劇と呼ばれる事件が発生した、バタルトゥにとって辛い出来事があった場所であった。それはハイルタイを討伐した後でも変わらない。
「……そう、だな」
「え。今、バタルトゥの顔って悲しそうだったの? ボクにはいつもと同じだったけど」
パシュパティ砦に呼び出されていたファリフ・スコール(kz0009)は、驚きの表情でバタルトゥの顔を見つめていた。
普通の人間にはバタルトゥの表情は読み取れないが、部族会議補佐役のヴェルナーにはそれが分かるようだ。
「訴えかけるような目や顔の筋肉を見れば誰でも分かります。結構表情豊かなんですよ?」
「……ヴェルナー、続けてくれ」
話題を変えたいとばかりに、バタルトゥが次の情報を催促する。
その様子に何かを感じ取ったのか、ヴェルナーから軽い笑みが溢れ出す。
「ふふ、いいですよ。バタルトゥさんのお願いですから」
「…………」
「ハンターから寄せられた情報を元にベスタハを調査した結果、遺跡が発見されました。入り口が岩で塞がれていましたが、調査隊が岩を破壊。内部はチュプ大神殿のような構造だったと報告がありました」
本格的な調査は行われていないが、概ねこの遺跡に間違いない。
ヴェルナーはそう考えていた。
そして、ニガヨモギの対抗策となり得るオートマタがこの遺跡に眠っている。
「つまり、そのオートマタをボクらが迎えに行けばいいんだよね?」
「はい、そういう事になります」
ファリフの問いに、ヴェルナーは大きく頷いた。
当該のオートマタ確保こそ、部族会議の――否、辺境の明日を守る為に必要な事であった。
「バタルトゥさん、分かりましたか?」
「……ああ」
「ではベスタハに向けて出発……」
そう言い掛けたヴェルナーの元へ部族の戦士が駆け込んできた。
その時点でヴェルナーには次の言葉を察したようだ。
思わずため息が漏れ出す。
「補佐役、大変です。ベスタハの遺跡を調査していた先遣隊から敵襲撃の急報!」
「来ましたか。バタルトゥさん、急いだ方が良さそうです。おそらく青木も動き出す事でしょう」
青木 燕太郎。
オーロラに対して何らかの感情を抱いている事は、バタルトゥにも理解できていた。
一族の裏切り者から力を奪い、東方にまで姿を現して力を求め続ける魔人。
力を渇望し続ける歪虚を止めなければならない。
「……行くぞ。ベスタハへ……」
●

青木 燕太郎
青木 燕太郎(kz0166)はベスタハへと向かっていた。
敵の動きを探っていた青木の耳に飛び込んできたのは、ベスタハ地方の遺跡発掘。
普段から遺跡発掘をしていた事は知っている。だが、オーロラの侵攻の後でわざわざ遺跡を発掘する意味が分からない。
分からないが――青木にとってその発掘が良くない事なのはすぐに理解できた。
「何をしていようと構わない。だが、あそこで何らかの希望を見出そうとしているなら……」
青木は、槍を握り締めた。
ゴヴニアの行動も気にはなるが、今はあの仏頂面の男を相手にする方が先だ。
「……すべて叩き潰すだけだ」
青木は走り出す。
辺境を巡る者達が――ベスタハの遺跡へ向かう。物語は再び動き始めた。
●
「なあ、知ってるか? エンタロウの奴、ここ辞めて軍属するらしいぜ」
「え。何かあったのかよ」
「いやー。あいつ、何でも子持ちになるらしいぜ。結婚もまだなのにな……」
「はぁ!? あの堅物、オンナいたの!?」
「そーだったらおもしろかったんだけどなー。何でも戦地で出会った子を引き取るらしい」
「あ、何? そういうこと? それで何で軍属よ」
「しがない傭兵稼業なんざ、仕事で行くのは戦地の最前線ばっかだろ。子持ちになるのにそういうのはどうかって思ったんじゃね?」
「とはいえ、戦うしか能がない奴の行く先なんざ決まってるだろ」
「あー……。生真面目なあいつらしいわな」
「だろ? まあ、俺達はエンタロウの行く末を温かい目で見守ろうじゃないの」
「そういうセトもここ辞めんだろ? 随分仲のいいこって」
「うっせーな。俺も小さい弟育てなきゃなんねーのよ」
そんなことを話し合う男達。銀髪の男性がビールを呷ってニヤリと笑う。
「久しぶりだな。変わりはないか?」
「ええ。お陰様で。エンタロウは心配性ね。……わあ。ありがとう。毎回持ってきてくれなくてもいいのに」
白い百合を受け取る少女。赤みがかった長い金の髪を揺らして、花のような笑みを浮かべる。
――数か月前、この男は死の淵にいた。
任務にあたっていた際、敵の襲撃を受け、乗っていた輸送機が墜落。
死に体の身体を引き摺って墜落現場から脱出した先で、天使に出会って――。
――天使だと思った存在は、生きた人間だった。
目を開けると、身体には包帯が巻かれ、枕元に百合が置かれていて……自分が、生き延びたことを知った。
重傷を負っていた彼はすぐには動けず、暫く少女の世話になった。
彼女は赤子の頃に捨てられ、この荒れ果てた戦地の外れにある教会のシスターに拾われたらしい。
当然のようにシスターを志し、迷える人を救い、戦地で傷ついた人を助け、死にゆく者を慰める……そんな生活を送って来た。
聖職者と言う職業柄か、言動が随分大人びていたので最初気づかなかったが、話して行くうちに年端も行かぬ子供であることを知った。
学校にも行っていないこと。
読みたい本が沢山あること。
戦地の外れにある為孤立し易く、時々食べるものにも困ること――。
こんな生活は嫌ではないのか、と聞いた。
「この生活しか知りませんし、これも神がお与えになったものですから」
――シスターとしては百点満点の回答だ。
だが、子供としてはどうだろう――?
ここは戦地。死と隣り合わせの場所だ。
『天使』を必要としているのは理解する。
だが……神は人の心を救いはすれど、身を守ってくれはしない。
この清廉な命の恩人を、こんな地獄に置いておくのは、どうしても許せなくて……。
養女にならないかと持ちかけるのに、そんなに時間はかからなかった。
少女は最初は頑なに固辞していたが、何度も通って説得を続けて、ようやく頷いてくれた。
引っ越しをしたら学校に通えるようにしてやらなければ。
女の子に何が必要なのかよく分からないが、小さい弟がいる親友に聞けば分かるだろうか――。
――ともあれ、あの時助けられなければ俺は死んでいた。
彼女を嫁に出すまでの間、援助をするくらい安いものだろう。
「そうだわ。本、ありがとう。ここにいるとなかなか買えないから……」
「そのくらいお安い御用だ。何か欲しいものがあったら言ってくれ。揃えておこう」
「……もう十分、身に余るくらい貰っているわ。きっとエンタロウがあそこに倒れていたのも、神様のお導きね。感謝しなくては」
そう言い、白百合を胸に抱える少女。
白い百合は聖母マリアに捧げられたもの。
純潔を示す美しい花。
俺は――白い百合のような少女の未来を守りたい。
元々彼女に救われなければ尽きていた命だ。
貰ったものを返すだけの話。
男は願う。明日を。未来を。
――それが、果てしない旅路の始まりとも知らずに。
●「人生の唯一の意義は、人のために生きることである」(4月10日更新)

青木 燕太郎
古い石造りの城。
老朽化が激しく一部の外壁は崩れ落ちている。
それに絡まる蔦のような植物。時折白い花を咲かせているが、良く見れば蔦には棘がある。
「……眠れる森の、か」
「其の言の葉、何ぞ意味あってのものか?」
独り言を傍らにいたゴヴニアに聞かれた青木は、顔を背ける。
ゴヴニアに言い訳するのも面倒な青木は沈黙で回答を示そうとしていた。
対して黄鉄の依代へ宿りし怠惰もまた、訊くは面倒とばかりに肩をすくめ。
「さて。此処は思うたより騒がしい」
「……どういうことだ」
「此れなる四大精霊が作り出した次元の狭間、怠惰王の気を大量に押し詰められたがゆえに在るべき様を見失い、化け始めておる」
ゴヴニアが言うには、四大精霊のイクタサ(kz0246)が作り出した空間に怠惰王オーロラのニガヨモギが充満する事で、作り出された空間そのものに変化が見られ始めた。早い話、何が起こるか誰にも予想できない状況と言えるのだ。
「つまり、この城も空間が変化した結果という訳か」
「怠惰王の心より生み出されし“有様”よ。自身にも知れぬ思いの底にて求めし事象を、この場が察して現出させた。幻ならぬ実として。言わば、怠惰王の間とでもなろうかよ」
「……何でも良い。オーロラはこの中か」
城に向かって歩み始める青木。
そこへゴヴニアが背後から呼び止める。
「急くな。怠惰王の間へ踏み入る口は唯ひとつ。其処をさえ塞がば、彼の王守りて八面六臂を演ずる面倒は要らぬ」 ゴヴニアの提案は、入り口でハンター達を待ち伏せして入る瞬間から攻撃を仕掛けるというものだ。ハンターもまさか入った直後から青木の槍が飛んでくるとは思っていない。
「汝(なれ)の力は図抜けておるよ。攻め手においては怠惰王をも遙かに凌ぐ。其の力もて為すべきは何事か、易く知れよう? 我も汝も、願うは怠惰王の息災なのだから」
「……それもそうだな」
青木は踵を返して入り口近くへと歩いていく。
(やはりか)
ゴヴニアは青木の背中を見つめながら、予測を確信へ変えた。
現状、恐らくオーロラに次ぐ力を持っているこの男は明らかに変調を来している。
怠惰の王を吸収したことで、怠惰の属性が強く出始めたか。それとも他の要因か……。
まあ、どちらでもいい。
ハッキリと分かるのは、適当な理由を付ければ青木を追い払う事も難しくないということだ。
(オーロラとの縁結びし者はすでに汝ばかりならず。なればこそオーロラの末を定むるはオーロラ其の人と、より多くの縁者によらねばならぬ)
此は巣立ちの儀となろうか。果たして飛び立つはオーロラか、闇黒か。
胸中にてつぶやくゴヴニアは青木を残し、城の内部を目指して進み始めた。
「……っ」
青木は壁に手をつくと、苦し気にため息をつく。
――右腕が熱を持っている。身体の中に溜めこんだ力が出口を探しているかのように疼いている。
ゴヴニアには体よくハンターの相手をする、などと言ったが……あいつのことだ。もう気づかれているかもしれない。
先日、東方から怠惰の本陣に戻ってきた青木は、そこで蓬生の遺した言葉の意味を知った。
本陣は、歴代の王が根城にしていたからか、負のマテリアルが豊富で……歪虚にとっては、とても良い環境だったのだ。
傷を癒すのにもうってつけだし、永い時をかければ力を蓄えることも出来る。
歴代の王達の遺した残滓によって、青木の身体も大分落ち着いたが――それでも。彼自身に抗えない変化が起き始めていた。
以前、ハンター達に『怠惰らしくない』と指摘された時に、『面倒なことは御免だから動いている』と言い訳をしたが――あれは事実ではなかった。
自分の身にある『怠惰』を超える程の『強さ』への欲求と衝動があって、それらを抑え込むことが出来ていた。
……ハンターの言う通り、『怠惰らしからぬ動き』が正解だったのだ。
――だが、ビックマーを吸収してからというもの、力は増すのと同時に『怠惰』の支配も強くなり……今まで抑え込んでいた怠惰特有の倦怠感が襲ってくるようになった。
――何より、考えるのが、面倒くさい。
以前は出来ていた策謀が、上手く出来ない。
まあ、ビックマーの力があれば、ハンター達を力技でねじ伏せることも難しくはない。
然したる問題ではない、筈だったのだが……。
問題がもう1つ。
記憶を取り戻してからというもの、身体が言うことをきかないことがある。
何故かは分からない。
時々ではあるのだが、ハンターと戦っている時にそれが起きるのは困る。
何とか対策を考えなければ……。
……ああ、くそ。――この空間にいると、自分を保っているのが難しい。
青木は身体を引きずるようにして、城の外へと向かい――。
――エ………ロウ。
彼の後ろを、ふわりと1匹の銀の蝶が舞った。
●

想

ヴェルナー・ブロスフェルト

ファリフ・スコール

バタルトゥ・オイマト
オートマトンの想は不安げな言葉を口にする。
その感情は瞳にも表れている。
「ふふ、心配はありません。私以外にも部族会議やハンターの皆さんも作戦に参加します。みんな、想さんの力に期待しているのです」
「そうでしょうか……」
部族会議大首長補佐役のヴェルナー・ブロスフェルト(kz0032)の言葉にも想の心は晴れない。
二人のやり取りを見ていたスコール族の族長であるファリフ・スコール(kz0009)は小声で話し掛けてきた。
「ヴェルナーさん、想ってこんなに心配性なんですか?」
「はい。ややネガティブな思考が強いようです。やれば出来る子なのですが……」
この数日、ヴェルナーは想と共に過ごしてきたが、能力自体が低い訳では無いのだ。
ただ、自分に自信がないのだろうか。気弱な発言が多い。
「……そろそろ……作戦開始の時間だ」
部族会議大首長バタルトゥ・オイマト(kz0023)が、姿を見せた。
間もなく作戦開始の時間。部族会議とハンター達は四大精霊の一人イクタサが形成した次元の狭間『アフンルパル』内部へ突入。想が入り口でホナを共鳴させてニガヨモギを無効化している隙に怠惰王オーロラを撃破する作戦である。
「そうですね。想がニガヨモギを無効化している間にバタルトゥさんとハンターの皆さんで怠惰王の撃破を狙うのですが、厄介な情報が先程入りました」
ヴェルナーからの報告。
それは結界を押し通る形でアフンルパルへ歪虚が入り込んだらしいのだ。
「ヴェルナーさん、それってどんな歪虚ですか? イクタサが形成したならかなり強い敵だと思うのですが」
「ふふ、ファリフさんは賢いですね。その通り。敵は強力な個体です。そんな事ができる存在は、この辺境でも限られています」
「……まさか」
バタルトゥの脳裏に過る一つの影。
闇黒の魔人を異名とし、災厄の十三魔ハイルタイや元怠惰王ビックマー・ザ・ヘカトンケイルの力を吸収。今や、強大な力を持つ歪虚の影である。
「ええ、さすがはバタルトゥさん。その予想通りです。入り込んだのは青木 燕太郎です」
「…………」
「ふふ。予想が的中したのに難しい顔をしていますね?」
「……喜ばしい事態ではないだろう」
「本当に毎回良く分かりますね」
微妙なバタルトゥの表情を毎回読み取るヴェルナー。
ファリフは毎度の事ながら驚かされる。
「ファリフさんと私は外で敵の侵攻を食い止めます。バタルトゥさんはアフンルパル突入後は充分に注意して下さい」
「マスター」
作戦を説明するヴェルナーの背後から、再び想が声をかけてきた。
その顔色はやはり暗いままである。
「やはり、俺にそんな大役は……」
「大丈夫ですよ」
肩に手を置いて微笑みかけるヴェルナー。
想にしてみれば、今の辺境だけではない。想を産み出した古代文明の民の期待と思いを背負っている。大きすぎる思いは、時に心を押し潰す事もある。
そんな想にヴェルナーは、いつもと変わらない笑顔を向ける。
「心配なら隣に目を向けなさい。あなたの隣には必ずあなたを助けてくれる人がいます。多くの目を恐れるなら、隣の人の為に戦えばいいのです」
● ……。
…………。
…………――。
――そこは、まさに地獄だった。
白百合のような少女がいる教会が、テロ組織の襲撃を受けたという報せを受けて駆け付けた男は、変わり果てたその様子にただただ言葉を失った。
……傭兵を生業としてきた。こんな光景はいくらでも見ている。
だが、これは――。
シスター達は抵抗することもなく撃たれたのだろう。折り重なるように倒れている。
崩れた建物の下敷きになっている者もいた。
派閥や思想に囚われず、傷ついた人を救済する支援団体や教会は、こういったテロ組織からも一目置かれ、手出しをしないことが殆どだ。
……とはいえ、それは『絶対』ではない。
時々こうやって、無差別に殺戮する集団も現れる。
――戦地の危険性をよく知っていた筈だったのに。
……ここをこのままにはしておけない、と。
瓦礫を片づけ、シスター達の遺体を埋葬したが――何故か、男の養女となるはずだった少女を見つけることが出来なかった。
連れ去られたのか、それとも……あの時の自分のように。死に体で逃げ出したのか――。
「あの子を探してやらねば……。テロ組織がいるなら壊滅を……」
「エンタロウ、落ち着け。残念だが、この状況じゃ生存は難しい」
「必ず迎えに行くと約束したんだ!」
「……お前のせいじゃねえよ。不幸な事故だ」
ああ、そうだ。戦地では掃いて捨てる程良くある話だ。
だからこそ、俺はあの子を、この地獄から連れ出したかったというのに。
もっと早く保護してやるべきだった。
近くにいて守ってやるべきだった。
……あの子が一体何をした?
ただ人々の幸福を願いながら、ささやかに毎日を送っていただけだというのに。
誰よりも慎ましく敬虔深く生きて来た結果がこれだ。
彼女がどんなに祈ったとて、神はあの子を救わなかった――!
力が欲しい。
大切なものを守る為の力が。
知恵も、膂力も――俺には、何もかもが足りない。
……ああ。亡骸でもいい。あの子を探してやらねば。
きっと、寂しがっているだろうから……。
ふらりと荒野を歩き出す男。
――男の苦難の旅路は、ここから始まる。
●「本当の世界は想像よりもはるかに小さい」(5月9日更新)
それは、かつて女王と呼ばれていた。
次元の狭間『アフンルパル』ではハンターと交戦して数名のハンターを重体に追い込んだ事でも知られている。さらに軍団を統率し、号令の下に攻撃させる事で頂点に君臨していた。
そんな女王は、今――。
「――……!」
トンボのような羽根は千切れ、腕の先にあるカマはへし折られている。
そして、インセクトクイーンの胴体に深々と突き刺さる牙。
顎に力が入る度、インセクトクイーンの体に激痛が走る。
藻掻いても、抗ってもその牙は決して抜ける事はない。
クイーンの視界には虫軍団の亡骸が無数に転がっている。突如クイーンの前に現れた『それ』は、何の予告もなく襲い掛かってきた。
いつものように虫軍団に号令を発して無法者を葬るつもりだった。
そう、いつもならばこれで終わりだ。
だが、その無法者はクイーンの想像を遙かに超えていた。虫を喰らい度に体躯を巨大化させ、暴力の元にクイーンを蹂躙する。気付けばクイーンの腸は『それ』に貪られていた。
クイーンもここで終わるとは考えていなかっただろう。
意識が事切れる瞬間、クイーンは『それ』と視線が合う。
『それ』の鋭い眼光の奥には、破壊。そして――憎悪。
すべてを喰らい尽くすまで終わらない。飢餓と絶望が渦巻いていた。
クイーンは、本能で戦いた。
『それ』に関わってはいけなかった。『それ』に出会えば、すべてが喰らい尽くされる。そして『それ』は強くなる。
走り出してしまった。もう止められない――。
弱肉強食の世界。否、これはその程度の物ではない。もっと恐ろしい何かだ。
クイーンがその事に気付くのは、あまりにも遅すぎた。
●
「それは本当ザマスか?」
ラズモネ・シャングリラ艦長、森山恭子(kz0216)はブリッジを訪れたヴェルナー・ブロスフェルト(kz0032)へ聞き返した。
ヴェルナーが携えてきた情報は二つ。
一つは巨大な歪虚がラズモネ・シャングリラのドックがあるホープに向かって進軍中である事だ。
斥候の話ではマギア砦北に現れた巨大歪虚はホープに向かって真っ直ぐに南下している最中であるという。既に現地ハンターが攻撃を仕掛けているが、巨大歪虚は一切を無視してホープを目指しているという。
「ええ。その巨大歪虚はこの地の破壊を目論んでいると思われます。ここはリアルブルーの技術も揃っていますからね。ここで暴れれば多くの者が姿を見せると考えているのでしょう」
これはあくまでもヴェルナーの推測だ。
だが、歪虚側と和平交渉である中で勃発したこの襲撃をどう考えるか。それに巨大歪虚がホープで暴れる意味は? そこで暴れれば世界を敵に回すのと等しい。何故そんな危険を冒してまでここへ向かうのだろうか。
「すべてを憎む歪虚、ザマスか」
「私はそう考えます。情報では既に歪虚を多数喰らって負のマテリアルを吸収し続けています。最早、あれは新しい王と称しても差し支えないでしょう」
――新しい王。
先日、ハンターが文字通り命を賭して撃破に至った怠惰王オーロラ。その功績は計り知れない。
だが、辺境の地の平和が取りもどされた訳ではない。
その事がヴェルナーの持参した次なる情報へと繋がる。
「その巨大歪虚であるがとある筋からの情報によれば、あれは青木燕太郎です」
「……なんだと?」
山岳猟団団長の八重樫 敦(kz0056)は聞き返した。
青木燕太郎(kz0166)といえば、闇黒の魔人として知られる。槍の使い手であり、数多の歪虚を吸収して力を蓄えていった歪虚だ。先日のオーロラ討伐戦でも姿を見せ、オーロラに合流しようとする青木は目の前でオーロラを撃破されるに至った。
「怠惰王撃破以後、姿を消していました。ですが、先の戦いから青木が吸収し続けた力が制御できていませんでした。それらしい状況をハンターが報告しています」
「吸収した力を制御できず暴走したという訳か」
「おそらくそのような所でしょう。そして、青木はすべての破壊を目論んでいます。人も歪虚も、すべてを」
歪虚を吸収し、人と戦い続けた青木。
その裏にはオーロラを護ろうとする強い意志があった。
しかし、オーロラを失った今、青木に何が残ったのか。
目標を失い、残されたのは膨大な力。それはオーロラを奪ったすべてを破壊するために使われ始めた。
ここでジェイミー・ドリスキル(kz0231)が口を挟んだ。
「ちょっと待て。そのとある情報って何処からの情報だ?」
「ええ。それが今回、少々困った話で……」
ヴェルナーがそう言い掛けた瞬間、ブリッジのオペレーターが声を上げる。
「艦長。緊急通信です」
「こちらへ回すザマス」
オペレーターが回線をブリッジ全体へ音声を繋げる。
そこから流れる声は予想外の存在であった。
「天使達。息災のようですね」
「……お前は!?」
八重樫が思わず息を飲んだ。
この声を八重樫は知っている。
それは先日の戦闘で八重樫を重傷に追い込んだ忌むべき存在。
「とある筋とはブラッドリーです。人と歪虚の間に和平交渉が行われている状態であり、ブラッドリーに交戦の意思はありません」
「マジかよ。そりゃとんだサプライズだ。今日誕生日の奴はラッキーだったな」
ドリスキルは嫌味を込めた台詞を告げる。
情報元が歪虚だとは予想していなかった。だが、考えてみれば歪虚側にとっても今の青木は厄介な存在だ。人へ突き付けた選択を前に破壊を繰り返し、同胞である歪虚を喰らい続ける。
青木は人にも歪虚にも邪魔な存在となっていた。
「私達は今こそ近衛騎兵となり、小さな鍵の小部屋を覗いた新妻を救い出さなければなりません。青髯はオルレアンの乙女を失い、狂気に身を委ねています」
「は? 何ザマス?」
「青髯か。グリム童話だ。見掛けによらずロマンチストな奴だ。だが、それじゃ女は口説けねぇぞ」
恭子の疑問へドリスキルが答える。
オルレアン包囲戦でジャンヌ・ダルクと共に戦い、ジャンヌを失って心が荒み錬金術に没頭。少年への陵辱や虐殺を行ったジル・ド・レをモデルにしたと言われる話だ。ブラッドリー(kz0252)は青木を青髯と呼称しているようだ。
「じゃあ、今回の戦いには歪虚が協力してくれるザマスか?」
「私は天使達を楽園へ導く為にいます。青髯は楽園へ向かう為の障害。必ず排除しなければなりません。既に辺境の地で私に青髯撃破を打診した者も援軍へ訪れる事でしょう」
ブラッドリーは、断言する。
青木は――青髯は止めなければならない。この和平交渉で『正しい判断』を下す為にも、青髯はここで討ち滅ぼす必要がある。
「既に連合軍にも救援を要請。巨人も防衛作戦に参加します」
「大事になりそうだな」
「はい。それに私もあるツテを使わせていただきました」
八重樫の呟きにヴェルナーが悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「バタルトゥさんが目を覚まさない為、現地で指揮官となる方を召還しました。巨人に迎撃指示まで出せる有能な指揮官……『東のたぬき』なら無事こなせるでしょう」
●
「イェルズさん、お久しぶりです」
呼ばれて振り返るイェルズ・オイマト(kz0143)。ハンターらしい恰好をしたレギ(kz0229)の姿に口角を上げる。
「レギ、来てくれたんだ」
「はい! 一大事だって聞きましたしね。その後、バタルトゥさんはどうですか?」
レギの問いに目を伏せて首を振るイェルズ。
先日行われた怠惰王との戦い。アフンルパルの中で倒れていたところを救出されたバタルトゥ・オイマト(kz0023)は、その後も目覚めることなく意識不明の状態が続いている。
友人の様子に、レギは励ますように続ける。
「じゃあ、尚の事お手伝いしないとですね。僕、一度バタルトゥさんにはお世話になったことがありますし」
「えっ。そうだっけ?」
「ええ。イェルズさん救出の時に同行させて貰いました」
「うわあ……。何か申し訳ない話聞いちゃったな……」
「そんな風に思わなくていいですよ。今回の件だって、たまたま進軍ルートが被ったからっていうのはありますけど……そうじゃなかったとしても、皆協力したと思いますよ。森山艦長やラズモネ・シャングリラのクルー達も、イェルズさんの助けになるならって張り切ってましたし」
「……そうなんだ。有り難い話だね」
「そうそう。森山艦長が『イェルズちゃんのお兄様ならわたくしのお兄様と同義ザマス!』ってすごい気合入れてました」
「……族長が聞いたら微妙な顔しそうなんだけど」
笑い合うレギとイェルズ。
こうして色々な人が協力してくれるのも、イェルズがリアルブルーに武者修行に行ったからこそ。彼自身の行動から作られた縁だ。
「きちんと倒して、バタルトゥさんに報告しましょうね」
「うん。ありがとう」
レギの言葉に頷くイェルズ。
ここできちんと青木に引導を渡して、バタルトゥが起きた時に報告したい……。
イェルズは仲間達に感謝しながら、改めて決意を固めた。
●
タマラナイ。ガマン、デキナイ。――コロス。
スベテ、モウ、ナニモ、イラナイ。ナンデモイイ。
ケッシテ、ユルサナイ……。オマエモ、ジブンモ。
テッテイテキニ、コワシ、ツブシ、クラッテヤル。
次元の狭間『アフンルパル』ではハンターと交戦して数名のハンターを重体に追い込んだ事でも知られている。さらに軍団を統率し、号令の下に攻撃させる事で頂点に君臨していた。
そんな女王は、今――。
「――……!」
トンボのような羽根は千切れ、腕の先にあるカマはへし折られている。
そして、インセクトクイーンの胴体に深々と突き刺さる牙。
顎に力が入る度、インセクトクイーンの体に激痛が走る。
藻掻いても、抗ってもその牙は決して抜ける事はない。
クイーンの視界には虫軍団の亡骸が無数に転がっている。突如クイーンの前に現れた『それ』は、何の予告もなく襲い掛かってきた。
いつものように虫軍団に号令を発して無法者を葬るつもりだった。
そう、いつもならばこれで終わりだ。
だが、その無法者はクイーンの想像を遙かに超えていた。虫を喰らい度に体躯を巨大化させ、暴力の元にクイーンを蹂躙する。気付けばクイーンの腸は『それ』に貪られていた。
クイーンもここで終わるとは考えていなかっただろう。
意識が事切れる瞬間、クイーンは『それ』と視線が合う。
『それ』の鋭い眼光の奥には、破壊。そして――憎悪。
すべてを喰らい尽くすまで終わらない。飢餓と絶望が渦巻いていた。
クイーンは、本能で戦いた。
『それ』に関わってはいけなかった。『それ』に出会えば、すべてが喰らい尽くされる。そして『それ』は強くなる。
走り出してしまった。もう止められない――。
弱肉強食の世界。否、これはその程度の物ではない。もっと恐ろしい何かだ。
クイーンがその事に気付くのは、あまりにも遅すぎた。
●

森山恭子

ヴェルナー・ブロスフェルト

八重樫 敦

青木 燕太郎

ジェイミー・ドリスキル

ブラッドリー
ラズモネ・シャングリラ艦長、森山恭子(kz0216)はブリッジを訪れたヴェルナー・ブロスフェルト(kz0032)へ聞き返した。
ヴェルナーが携えてきた情報は二つ。
一つは巨大な歪虚がラズモネ・シャングリラのドックがあるホープに向かって進軍中である事だ。
斥候の話ではマギア砦北に現れた巨大歪虚はホープに向かって真っ直ぐに南下している最中であるという。既に現地ハンターが攻撃を仕掛けているが、巨大歪虚は一切を無視してホープを目指しているという。
「ええ。その巨大歪虚はこの地の破壊を目論んでいると思われます。ここはリアルブルーの技術も揃っていますからね。ここで暴れれば多くの者が姿を見せると考えているのでしょう」
これはあくまでもヴェルナーの推測だ。
だが、歪虚側と和平交渉である中で勃発したこの襲撃をどう考えるか。それに巨大歪虚がホープで暴れる意味は? そこで暴れれば世界を敵に回すのと等しい。何故そんな危険を冒してまでここへ向かうのだろうか。
「すべてを憎む歪虚、ザマスか」
「私はそう考えます。情報では既に歪虚を多数喰らって負のマテリアルを吸収し続けています。最早、あれは新しい王と称しても差し支えないでしょう」
――新しい王。
先日、ハンターが文字通り命を賭して撃破に至った怠惰王オーロラ。その功績は計り知れない。
だが、辺境の地の平和が取りもどされた訳ではない。
その事がヴェルナーの持参した次なる情報へと繋がる。
「その巨大歪虚であるがとある筋からの情報によれば、あれは青木燕太郎です」
「……なんだと?」
山岳猟団団長の八重樫 敦(kz0056)は聞き返した。
青木燕太郎(kz0166)といえば、闇黒の魔人として知られる。槍の使い手であり、数多の歪虚を吸収して力を蓄えていった歪虚だ。先日のオーロラ討伐戦でも姿を見せ、オーロラに合流しようとする青木は目の前でオーロラを撃破されるに至った。
「怠惰王撃破以後、姿を消していました。ですが、先の戦いから青木が吸収し続けた力が制御できていませんでした。それらしい状況をハンターが報告しています」
「吸収した力を制御できず暴走したという訳か」
「おそらくそのような所でしょう。そして、青木はすべての破壊を目論んでいます。人も歪虚も、すべてを」
歪虚を吸収し、人と戦い続けた青木。
その裏にはオーロラを護ろうとする強い意志があった。
しかし、オーロラを失った今、青木に何が残ったのか。
目標を失い、残されたのは膨大な力。それはオーロラを奪ったすべてを破壊するために使われ始めた。
ここでジェイミー・ドリスキル(kz0231)が口を挟んだ。
「ちょっと待て。そのとある情報って何処からの情報だ?」
「ええ。それが今回、少々困った話で……」
ヴェルナーがそう言い掛けた瞬間、ブリッジのオペレーターが声を上げる。
「艦長。緊急通信です」
「こちらへ回すザマス」
オペレーターが回線をブリッジ全体へ音声を繋げる。
そこから流れる声は予想外の存在であった。
「天使達。息災のようですね」
「……お前は!?」
八重樫が思わず息を飲んだ。
この声を八重樫は知っている。
それは先日の戦闘で八重樫を重傷に追い込んだ忌むべき存在。
「とある筋とはブラッドリーです。人と歪虚の間に和平交渉が行われている状態であり、ブラッドリーに交戦の意思はありません」
「マジかよ。そりゃとんだサプライズだ。今日誕生日の奴はラッキーだったな」
ドリスキルは嫌味を込めた台詞を告げる。
情報元が歪虚だとは予想していなかった。だが、考えてみれば歪虚側にとっても今の青木は厄介な存在だ。人へ突き付けた選択を前に破壊を繰り返し、同胞である歪虚を喰らい続ける。
青木は人にも歪虚にも邪魔な存在となっていた。
「私達は今こそ近衛騎兵となり、小さな鍵の小部屋を覗いた新妻を救い出さなければなりません。青髯はオルレアンの乙女を失い、狂気に身を委ねています」
「は? 何ザマス?」
「青髯か。グリム童話だ。見掛けによらずロマンチストな奴だ。だが、それじゃ女は口説けねぇぞ」
恭子の疑問へドリスキルが答える。
オルレアン包囲戦でジャンヌ・ダルクと共に戦い、ジャンヌを失って心が荒み錬金術に没頭。少年への陵辱や虐殺を行ったジル・ド・レをモデルにしたと言われる話だ。ブラッドリー(kz0252)は青木を青髯と呼称しているようだ。
「じゃあ、今回の戦いには歪虚が協力してくれるザマスか?」
「私は天使達を楽園へ導く為にいます。青髯は楽園へ向かう為の障害。必ず排除しなければなりません。既に辺境の地で私に青髯撃破を打診した者も援軍へ訪れる事でしょう」
ブラッドリーは、断言する。
青木は――青髯は止めなければならない。この和平交渉で『正しい判断』を下す為にも、青髯はここで討ち滅ぼす必要がある。
「既に連合軍にも救援を要請。巨人も防衛作戦に参加します」
「大事になりそうだな」
「はい。それに私もあるツテを使わせていただきました」
八重樫の呟きにヴェルナーが悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「バタルトゥさんが目を覚まさない為、現地で指揮官となる方を召還しました。巨人に迎撃指示まで出せる有能な指揮官……『東のたぬき』なら無事こなせるでしょう」
●

イェルズ・オイマト

レギ
呼ばれて振り返るイェルズ・オイマト(kz0143)。ハンターらしい恰好をしたレギ(kz0229)の姿に口角を上げる。
「レギ、来てくれたんだ」
「はい! 一大事だって聞きましたしね。その後、バタルトゥさんはどうですか?」
レギの問いに目を伏せて首を振るイェルズ。
先日行われた怠惰王との戦い。アフンルパルの中で倒れていたところを救出されたバタルトゥ・オイマト(kz0023)は、その後も目覚めることなく意識不明の状態が続いている。
友人の様子に、レギは励ますように続ける。
「じゃあ、尚の事お手伝いしないとですね。僕、一度バタルトゥさんにはお世話になったことがありますし」
「えっ。そうだっけ?」
「ええ。イェルズさん救出の時に同行させて貰いました」
「うわあ……。何か申し訳ない話聞いちゃったな……」
「そんな風に思わなくていいですよ。今回の件だって、たまたま進軍ルートが被ったからっていうのはありますけど……そうじゃなかったとしても、皆協力したと思いますよ。森山艦長やラズモネ・シャングリラのクルー達も、イェルズさんの助けになるならって張り切ってましたし」
「……そうなんだ。有り難い話だね」
「そうそう。森山艦長が『イェルズちゃんのお兄様ならわたくしのお兄様と同義ザマス!』ってすごい気合入れてました」
「……族長が聞いたら微妙な顔しそうなんだけど」
笑い合うレギとイェルズ。
こうして色々な人が協力してくれるのも、イェルズがリアルブルーに武者修行に行ったからこそ。彼自身の行動から作られた縁だ。
「きちんと倒して、バタルトゥさんに報告しましょうね」
「うん。ありがとう」
レギの言葉に頷くイェルズ。
ここできちんと青木に引導を渡して、バタルトゥが起きた時に報告したい……。
イェルズは仲間達に感謝しながら、改めて決意を固めた。
●
タマラナイ。ガマン、デキナイ。――コロス。
スベテ、モウ、ナニモ、イラナイ。ナンデモイイ。
ケッシテ、ユルサナイ……。オマエモ、ジブンモ。
テッテイテキニ、コワシ、ツブシ、クラッテヤル。