ゲスト
(ka0000)
【幻想】白と黒「想護衛」リプレイ


▼【幻想】グランドシナリオ「白と黒」(4/10?4/26)▼
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作戦3:「想護衛」リプレイ
- 想
- 北谷王子 朝騎(ka5818)
- メアリ・ロイド(ka6633)
- サンダルフォン(R7エクスシア)(ka6633unit001)
- フィロ(ka6966)
- 神楽(ka2032)
- ピアレーチェ・ヴィヴァーチェ(ka4804)
- ウルミラ(ka6896)
- ルナ・レンフィールド(ka1565)
- ユリアン(ka1664)
- ラファル(グリフォン)(ka1664unit003)
- アニス・エリダヌス(ka2491)
- シリウス(イェジド)(ka2491unit002)
- ヴァイス(ka0364)
- グレン(イェジド)(ka0364unit001)
- 保・はじめ(ka5800)
- エラ・“dJehuty”・ベル(ka3142)
- カイン・A・A・マッコール(ka5336)
- ツィスカ・V・アルトホーフェン(ka5835)
- 鞍馬 真(ka5819)
- カートゥル(ワイバーン)(ka5819unit005)
- 東條 奏多(ka6425)
- ユメリア(ka7010)
- 誠堂 匠(ka2876)
- サクラ・エルフリード(ka2598)
- イツキ・ウィオラス(ka6512)
- エイル(イェジド)(ka6512unit001)
- ルベーノ・バルバライン(ka6752)
- ミグ・ロマイヤー(ka0665)
- ヤクト・バウ・PC(ダインスレイブ)(ka0665unit008)
- エルバッハ・リオン(ka2434)
- ウルスラグナ(マスティマ)(ka2434unit004)
- 八劒 颯(ka1804)
- Gustav(魔導アーマー量産型)(ka1804unit002)
- ミリア・ラスティソード(ka1287)
- 南護 炎(ka6651)
- 鹿東 悠(ka0725)
- 破軍(刻騎ゴーレム「ルクシュヴァリエ」)(ka0725unit004)
- ユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)
出陣する前に、想に何名かの人が話しかけにきていた。
「朝騎は大好きなルルしゃんと子供達の未来の為に戦ってまちゅ。人が人を想う気持ちは絆となり力になりまちゅ。想さんの名前もそこからきたんじゃないでちゅか?」
そう語りかけるのは北谷王子 朝騎(ka5818)だ。その言葉に、想はしかし表情をやや曇らせる。絆。想のそれは全て、自分を置いて遠い過去に消えてしまった。
彼女はそんな彼に、御守りだとターコイズスターを付けてやりながら、最後に言う。
「怠惰歪虚に打ち勝つにはヤル気が1番でちゅよ」
そう言うと去っていく彼女の言葉に続くように話しかけてきたのはメアリ・ロイド(ka6633)だ。
「貴方の想いが力になる、良い名です」
メアリは言う。そしてその名を残したのは。
「自分に自信がないなら、貴方につまった製作者の技術や想いを信じて。そこに自信を持てばいい」
居なくなっても、居たことが無かったことになるわけでは無い。全部消えてなんかない、残された、託されたものはあるのだ。
「多少性格がネガティブなのも思慮深く慎重な長所ですよ」
自己評価が低かった、自分にもその感情には覚えがある故のメアリの言葉だったが、想の表情はそれだけでは晴れない。長所と言われてもやはり、活かせた経験があって初めて認められるものだろう。
……だからまだこれでいいとも言える。その時が来たら思い出してくれれば。そう願い。
「失敗したら、とか託された想いが重たいなら、ここにいる皆に一緒に持ってもらえば良い。皆の目的や想いは同じ、だから信じて。そのために私達がいるんだ。できるかじゃなく、成し遂げてみせるという気持ちが大事」
メアリの励ましに、想は曖昧に、だが厚意は理解した様子で弱く微笑して頷いた。
次に近づいてきたのはフィロ(ka6966)。
「初めまして、想様。私は神霊樹ネットワークで過去のニガヨモギを体験したオートマトンのフィロと申します。貴方にお会いできて、光栄です」
一礼すると、彼女は語り始めた。
「神霊樹ネットワークは過去の記録を基に構築された『あったかもしれない』仮想世界です。私はそこで想様の代わりにホナを使用し、器不足のため5分ほどで爆散しました」
彼女の話は驚くべき、そして、今の想がはっきりと興味を持つ話だ。表情が変わるのに頷き、フィロは続ける。
「研究者の方々は言っておられました。貴方のボディは大感染に抵抗しうる結界を作る特別性、自分達は最後まで貴方の調整に費やすと。あの方々は不完全な状態で貴方を起動し失うことを、世界を救う手だてを失うことを何よりも恐れたのです。自分達の命よりも、貴方と言う存在を残すことに命を懸けたのです」
「……」
「私が、私達が貴方を守ります。どうか貴方は、この世界とあの方々の想いをお守り下さい。そして、この世界を守りきったら。共に神霊樹ネットワークに接続して、あの方々にそっと会いに行きませんか」
「俺を……調整した人たち……とう、さん……」
見に行ける? 会いに行ける?
それは、まだこの時代に居場所を見つけられていない想の心を今すぐに揺らすことのできる唯一のアプローチではあった。過去に縋るのは後ろ向きと思う者も居るかもしれないが……言っておこう。この段階で彼の支えになれたのは、彼がはっきり望むことが出来たのは確かに、彼女のこの提案だった。
そうして、ついに一行はアフンルパルへと突入する。
敵の接近が確認されると、真っ先に想へと近づいていったのは神楽(ka2032)だった。
「過去と今の人々の期待なんて一人で背負えるもんじゃねーっすよね。だから手伝うっすよ」
そう言うと神楽は祖霊の力を呼び出し、想へと同調させる。力が満ちていくのを感じ、想は目を見開く。
「少しは楽になったっすか? 俺一人だとこの程度っすけどこれからもっと沢山の人が助けてくれるっすよ」
そう言って神楽はトランシーバーを想に渡そうとするが、
「あ、通信機でしたらマスターからちゃんと」
想がそう返して己の手持ちを示すと、神楽は安心したように微笑む。
「辛い時は叫ぶといいっす。俺達がお前を助けるっす」
「ありがとうございま……」
言いかけた想と神楽の間に。一瞬で壁がそびえたつ。
「……は?」
今話していた相手の姿が突如見えなくなり、ポカンとする想。
神楽は落ち着いている。それはそうだ。これは神楽のゴーレムが作成している壁なのだから。
「やろう、想くん☆」
同じく声をかけるのはピアレーチェ・ヴィヴァーチェ(ka4804)だ。二人は互いのGnomeに協力させ、瞬く間に想の四方を壁で囲っていく。
「忘れるなっす。お前は1人じゃないっす。何かあったら呼ぶんすよ?」
そうして、完全に囲われてその姿が見えなくなると同時に、神楽のその声がした。
「えっ? はっ?」
想はこの時、一抹の不満を覚えた。
ハンター達が自分を護る為に築いた土壁。それは想が心配であるが故に作り上げた物だ。
だが、無機質な土壁はどこか不安を掻き立てる。
本当に自分はこの中にいれば良いのか。
気付けば自分自身へ同じ問いかけを何度も行っていた。
そんな中。剣戟の響きが。砲火の轟きが。あたりに上がり始めた。
●
大群の中に、一行は突入していく。
最前線をくる蟻を迎撃したのは上空からの炎の吐息だった。ウルミラ(ka6896)の騎乗するワイバーン、プラーナからのものだ。
防御陣形を取る蟻たちを範囲攻撃で一斉に削ろうと、トランシーバーで敵分布や位置情報を味方と共有しながら、敵の密集する地を上空から通り抜けて崩しにかかる。
龍槍を握りしめ、プラーナの手綱を取る。奮い立たせるものは自らの龍騎士としての在り方、そして龍槍を持つ者としての矜持。
彼女には龍園を守ったハンター達への恩義で自らもハンターとなった経緯がある。
そんな彼女だから知っている。一人の力は小さいと。出来ること等限られていると──そして小さき力ならば合わせればいい。我等にはそれを活かす知恵があり経験があると。
今、一人の力の小ささに震える想に届けと、彼女は空を馳せる。
そう……力は、合わせればいいのだ。
「ユリアンさん、護って下さいね」
ルナ・レンフィールド(ka1565)はそう言って共に出陣するユリアン(ka1664)に微笑した。
共に並び立つ二人。その上空に、ルナのペガサス、アポロとユリアンのグリフォン、ラファル。
アポロが翼を羽ばたかせると、彼らと周囲に居る者に衝撃から守る魔力の防壁を構築する。
ルナが歌声を紡ぎ出すと、奏でる旋律が赤い光となり溢れ出し、周囲の敵を包むように広がる。 英雄の歌、その光は密集する蟻たちの防御力を削り取った。
ユリアンの呼び掛けと共にラファルが急降下する。纏う風の魔法が接地と共に解き放たれ、周囲の敵を斬り刻みながら吹き飛ばす。巻き込まれないように一手送らせてから、ユリアンは防御陣形の崩れた蟻たちに斬り込んでいった。その身の周囲を、羽根を象ったマテリアルが舞っている。風の如き動きで駆け抜けたその軌道に居た敵をすべて切り刻む、その後には漆蒼色の光を帯びた軌跡が残った。
ルナもその近くで、味方を巻き込まぬよう注意しながら冷気の嵐を巻き起こす。ばら撒くような範囲で放たれるそれは、攻撃よりも多くの敵の動きを阻害することを意図したものだろう。
二人と二匹で戦いながら、ユリアンは思う。縁は様々な糸で繋がっている……と。
想を目覚めさせた一人はユリアンが師と仰ぐハンターだった。そして彼も、直接話はしなかったが、過去に戻り彼を調整した研究者の姿を見ている。
知っているからこそ、確信に近い気持ちで、想う。あの時、想を眠らせ残したのは、それでも未来は在ると信じてだと。
揺れる気持ちもきっと、人の心を知って貰いたいと願ったであろう事で、自信はこれから付くもの。
成功させたいと願えば皆全力で手を貸すから……自分たちを見ていて欲しい、と思った。
アニス・エリダヌス(ka2491)は前進してくる蟻の最前線で敵を食い止めている。地に向けて手を翳すと魔法陣が浮かび上がり、そこから多数の樹木の根が出現、槍のように蟻を刺しその場に縫い留めていく。最前列の行軍を止められた蟻たちは暫く渋滞を起こし動きをまごつかせた。その彼女には今二体のイェジドが寄り添っている。一匹は彼女の連れるシリウス。そしてもう一体はヴァイス(ka0364)が連れてきたグレンだ。二匹は彼女の行動を掩護するように、彼女の術の範囲外、あるいは運よく束縛から逃れた蟻たちを阻みさらに前進を食い止めては、彼女を護りながら、敵を攻撃する。
前線に出て密集する蟻たちと必死の攻防を繰り広げるアニス。共にやって来たヴァイスはと言えば、想がいる場所の近くで突破に備えて待ち構えている。
遠く離れながらも背に確かな存在を感じて、アニスは思う。自分と彼の今いる場所。人には、「その時、その場で、その人にしかできないこと」が必ずあるのだと。
……こんなわたしに何ができるんだろう。そう思うときは彼女にもある。……過去、思った人を亡くし、暴走し、故郷の人々や、仲間たちにも迷惑をかけた、そんな経験を持つ彼女だ。だが……今は、彼女だからいい、と言ってくれる人が居る。
人……人間やエルフ、ドワーフ、ドラグーン、オートマトン。種族の違いなどは些事なのだ。
自分なんかがではなく、自分だからこそ。そう、今なら思う。
想いをインカムで伝えながら、彼女は戦い続ける。
保・はじめ(ka5800)はペガサス、ペスに騎乗し、空中で情報を収集しながらの対地攻撃を仕掛ける。彼が主に標的とするのはやはり蟻。彼の周囲に生まれたマテリアル結晶の宝石が輝くと、人魚の精霊が顕現する。密集するのが厄介ならばと、生み出した水流が敵を弾き飛ばし散らしていく。
(辺境の明日が掛かっているとなれば、座視してはいられません)
色々と、縁が出来てしまっているんですよと、半ばあきらめたような心境ではじめは内心で独りごちる。
例えば、長年森で孤独に暮らしてきた転移者の女性だったり、その地を守る精霊や周辺で暮らす幻獣達だったり、あるいは人と亜人が共生する村だったり。
彼にとって、この戦いは義務では無かった。
失くしたくないと望むから、繋がりを守るために戦うのだと。
はじめのように前線に出たものが報告する情報はエラ・“dJehuty”・ベル(ka3142)が統制している。必要なところに再分配しながら、一行はそれぞれに敵を攻撃していく。
その中で、地味ながら重要な活躍をしていたのがカイン・A・A・マッコール(ka5336)だ。
(どこもかしこも戦闘ばっかりだな、こういった、数の多いやつ相手の乱戦なら僕は専門家だ)
意気込みは他の者と比べて淡々としていたが、その冷静さが正しい行動を導いたのかもしれない。
R7エクスシア「-無銘-」に搭乗し、情報を得ながら彼が行っていたのは味方の攻撃の支援を重点に置いた戦闘──味方の砲撃や範囲攻撃で弱りつつも討ち漏らした敵の狙撃、だ。
過去の報告書にも記されていたが、序盤の蟻の対処に必要なのは「頭数を減らしていくこと」。範囲攻撃をばら撒くのはダメージ効率は良いが今回の場合防御陣形を考えると必ずしも効果が高いとは言えないのだ。だからこうした「止め役」がセットでいてばら撒きの意味が生まれる。
ツィスカ・V・アルトホーフェン(ka5835)はだから、その前の依頼に参加していた経験を十全に生かしていたといえるだろう。彼女もやはり討ち漏らしの止め、をしっかり意識していた。そうして、こういう場合、デルタレイをはじめとする「対象指定複数攻撃」は光る。貫通性能のある攻撃も持ち合わせ、占有の影響をある程度減らせるのもポイントが高い。
(想さんがこの作戦の要、ですか……でしたら私も期待させて貰います。貴方の為すべきと思った事に。ですから貴方も私達の力に、期待して下さい……私としても、負けていられませんから)
止めだけではない、連れるポロウにフォローさせながら、状況に応じてファイアスローワーと機導砲を使い分けてダメージを重ねつつ、彼女も想いを馳せる。
(別の場所で戦われている、あの方のお力になる為にも、期待に応える為にも……!)
やはり、誰かのための想い、を力にして。
前の経験を生かして、というならば鞍馬 真(ka5819)もだ。彼はワイバーン、カートゥルに騎乗しカマキリにその狙いを定めて戦場を自在に飛び回っていた。
高い機動力を持ち、それが蟻の生む占有を攻防に利用してくる。狙いにくい、狙えたとしても避けてくるこのカマキリは、ただ範囲攻撃に巻き込んだだけでも一筋縄では捉えきれない。それを踏まえ、蟻に邪魔されぬよう上空からの急襲という形でカマキリに近づくと、避ける身構えをさせないノーモーションからの一撃……それでも避けてのける個体には、更にその攻撃の影から放たれる追撃が襲い掛かる。ついでとばかりに蟻も巻き込んでいく刺突が、カマキリを捕らえていく。
的確な技能の選択と一人で作戦を完結させるゆえの身軽さ、そして飛竜の機動力。カマキリについて言えば、最も討伐数を上げていたのはこの真だ。
真もツィスカも、経験者の強みと言えるが、しかし様々な事態に対応するハンターにとって、経験をしっかり活かせるのはやはり資質と言えるだろう。
だが、だからこそ。東條 奏多(ka6425)の活躍は特筆せねばならない。先ず蟻だ。味方の範囲直線攻撃と十字を切る形での攻撃。「仲間と攻撃を一部重ねる」事により、「早く頭数を減らす」「ダメージを拡散して稼ぐ」両方を実現させている。カマキリについては、蟻の壁に身を潜めていることをきちんと意識し密かに攻め上がる敵も討ち漏らさず、他の味方と敵を挟み撃ちにする形で回避力への考慮もなされている。連れるポロウ、てばさきに命じていた行動やその他用意していたスキルなども、もうはっきり言うが、彼が準備していた行動、その全てが簡潔で分かりやすいながらもこの戦場に於いて全て重要かつ要点を抑えたものだった。
かくして圧し潰すほどのとも言えた敵の数を、それでも実感できる程度に減らしていく一行。
だが無論、女王もそれを座して見るばかりではない。
女王が片手を掲げると、蟻たちがまさに一糸乱れぬという程の整列を見せ、次の瞬間猛烈な勢いで突進してくる──女王の命令の元わが身を顧みぬ蟻たちの死の行軍!
まだ序盤、敵の密集度はまだ高い……だが、アニスの目論見通り、移動を止められた蟻の場所で突進に乱れが出ていた。また、ピアレーチェがこれに備えて慈愛の祈りを捧げ、一部の蟻の闘争心を削ぐことで威力を減じることに成功している。
そして、想を護るため、と複数の者が持ち合わせつつも使用を躊躇う中、その術を使ったのは奏多だった──光が広がり、一帯を蹂躙しつくす筈だった蟻の暴走の破壊力、それが奏多の元へと収束していく。想を護ることはもちろん重要だが、この攻撃は序盤が最も破壊力が高い。それで前衛が壊滅させられては元も子もないだろう。そうして一人傷付く彼を、ユメリア(ka7010)がすかさず回復する。
一見すると容易く凌いでみせたように見えるこれに、女王からは少なからず驚きを感じた。ならば、という風にトンボの羽が閃く。巻き起こる暴風が、正負のマテリアルで混沌とする空間に混ざり、かき混ぜるような複雑な旋風を巻き起こす。
この時、一行はエラによって前線と想が居る位置が同時に巻き込まれぬよう位置を調整されていた。今回女王が狙いを付けたのは……やはり、神楽たちが敷いた壁を面倒に思ったのか、前線に位置する者だった。
一気にハンターたちが後方に吹き戻されれば、敵に一気に前進する隙を与えてしまう──が。強烈なこの風に耐える者が居た。
ルクシュヴァリエ、水鏡に搭乗している誠堂 匠(ka2876)は、風の動きをパターンとしてその機体が持つ学習プログラムによってマテリアルの流れを合わせ、踏みとどまる。ツィスカや奏多といったポロウを連れた者たち、及びその近くに居る者たちは、その幻影の結界によって守られていた。
厄介極まりないこの技だが、「魔法スキル」「ダメージを伴う」「抵抗が出来る」などの性質を踏まえれば対処法は複数に渡って存在した。今回は前衛に入ったため備えに終わったが、例えばメアリのR7エクスシア、サンダルフォンの展開するイニシャライズオーバーしかり、だ。
……勿論、それでも弾き飛ばされてしまう者は居る。女王もさすがというか、この隙に乗じて敵を上手く動かしてくる。だが、そうなることも織り込み済みで準備していた者たちもいた。この機に備えていたアニスとヴァイス、そしてエラはVolcaniusの七竃に命じて、すかさず乱れた隊列をフォローできる位置に移動する。
サクラ・エルフリード(ka2598)が、こちらの陣営の守りの薄くなった部分から敵陣に切り込み迎撃を開始する。
「それ以上は近づかせませんよ……。こちらは通行止めなのです……」
魔導型デュミナスのスラスターで一気に近づくと、突出した一体に機銃槍を突き立てる。
想の近くに一度っていたイツキ・ウィオラス(ka6512)も、ここは前衛の援護に出るべきと前進する。イェジドのエイルに騎乗し、群れる蟻の、その蟻の影から飛び出してくるカマキリの一撃を、銀の狼が鮮やかな足取りで避けると、攻撃をするのは蛇節槍「ネレイデス」を構えたイツキ自身。
群れ来る敵に槍から練り上げられたマテリアルが放出され、纏めて貫いていく。儚く、冷たく煌く星の輝き、必滅の蒼。
(生まれた意味、存在する意味──知らないから、求める。知りたいから、戸惑う)
六花の様な煌きが咲いては砕ける、その残滓を見つめながら、イツキは己の心を研ぎ澄ませる。
心を支えるものが其処に無くとも、命を支えたものは軌跡に刻まれる。
迷い怯える事が有ろうとも、奮い立つ意志が有るならば──
(命の先に、夢の先に。必ず、道は拓けるものだと信じています)
想うイツキに、彼女の相棒のステップをもってしても避けきれなかった、蟻の影からのカマキリの一撃……!
それを、ネレイデスでイツキは受け止めると、込めたマテリアルでカマキリの身体ごとはじき返す。移動と回避をエイルが、攻撃と防御をイツキが担当するコンビネーションで、一体と成した一騎は自陣を自在に防衛する。
それでも近づいていくる敵に、フィロがコンフェッサーで作り出したバルーンで時間を稼ぎながら、機爪での一撃を繰り出し攻撃。彼女自身の動きを再現する機体の一撃にはマテリアルの気が練られ、一気に送り込むことで蟻の固い外殻を浸透してダメージを与える。
敵の脅威にさらされつつも落ち着いて行動し、それぞれが出来ることを為して耐え凌ぐ戦場に、ユメリアは思う。
生きることの命題。答はその人にしか無く、彼女に答えることは出来ない。だが。
(悩んでいいのです。答えを見つけて。それまでの時間は私が作る!)
我想う故に我在り。
如何なる過去も、あらゆる未来も、変容する。
より強い英雄も賢者も「今」いなければ何もなせない。
──今を想え、あなたはここにいる。
●
神楽はその間、想の四方に設置した壁、その敵寄りの一つに腰掛け、Gnomeに指示を続けていた。彼らの陣地にさらに壁が、敵の移動のみを阻害する罠が設置されていく。
そうして……。
「そんな、不安な顔しなくても大丈夫っすよ。皆前線で大活劇中っす」
壁の中でずっと俯いたままの想に、神楽は話しかけた。
「……はあ」
返事は、虚ろだ。想は不安の視線を神楽へと向けている。
「神楽殿。……そこ、降りた方が良くねえですかい?」
そこに声をかけたのは、想の近くで戦う一人、チィ=ズヴォーだった。
「いや、そしたら独りになる想が心配っすよ」
「……手前どもから見たら。神楽殿は想殿を、意思確認もせずいきなり幽閉した初対面の人間でさあ。それがそこに居座ってたら、逃げる気じゃねえか監視してるみてえじゃねえですかね?」
この言葉に、神楽は流石にむっとした顔を浮かべた。
「これは想を守るためっすよ。女王のあの技から、確実に想を動かさせないのはこうするのが一番っすよ」
その筈だ。実際そのことに、ここに居るハンターたちに異論は出ていない。……そしてチィはそのことに、心底不思議そうな顔で辺りを見回し……思った。最前線や敵陣に切り込んだものには開幕からずっと余裕はない。振り向く暇もなく、Gnomeの性能を良く知らないものは、気付いていないんじゃないのか。そう思っても。
「手前ども一人の感覚で作戦を壊すことは出来ねえでさあね……それにそうでさあね、今のは言葉が過ぎたかもしれねえでさあ。ただ、手前どもは自由を尊び風を奉じる部族として。そんな、ろくに動けねえ、風も感じられねえところに誰かが入れられてるってのは、どうにも気持ち悪いんでさあ」
「……」
言われて、神楽は想が居る空間を見る。高さ3m、2m四方の壁の中。両腕を広げればもうあと僅かしかない。携えてきたライフルを構えることすら儘ならないような。
……確かに、少し可哀想かも知れないが。それでも、ニガヨモギを抑える彼を女王の手に落とさないために、これが確実な方法なのだ。
大丈夫、彼が孤独や不安を感じないように、しっかり声もかけ味方だと示した。自分だけじゃない、トランシーバーからは代わる代わる仲間からの声が届いている。対策も取った──
だが、想はやはり、今は俯いている。やや青ざめて見えるのは、壁の影……なのか。
そうだと思うが。
何となく神楽は、一度壁から降りることにした。
●
防衛戦は順調、いや順調以上と言えた。想の周辺、自陣を護る者はトンボ返しの厄介さをよく理解しており、ただ個々の抵抗策に留まらない全体への対応が取れていた。
遊撃班はその攻撃力にとどまらず一撃離脱を意識していた者が多いのが光る。多数の巨人の銃口が狙いを定めるこの戦場に於いて巧みに狙われることを避けながら撃破を稼いでいる。
無数にも思えた敵が、気付けば意識できるほどに減っていた。そう──一部が最前線を離れても、おそらく押し負けることは無いだろうと判断できる程度に。
ここで一部の者に違う動きが生まれた。
「たくさんの敵がいるなら纏めて薙ぎ払いましょうか……。クイーンへの道、開きます……」
サクラが魔導型デュミナスからクリスマスツリーを発射する。戦場においては頭が悪いとしか言いようがない兵器がど派手な花火を上げるが、要するにこれから行われることへの景気づけなのだろう。
ルクシュヴァリエに搭乗したルベーノ・バルバライン(ka6752)が戦線を割り始めた。
機体に発生させたマテリアル障壁により密集する蟻をものともせず弾き飛ばしながら突破していく。
ミグ・ロマイヤー(ka0665)もここでダインスレイブ、ヤクト・バウ・PCからの砲撃を本格化する。
小山のごとき砲撃機へと変貌を遂げたミグのダインスレイブ、ミグ特製のグランドスラム製造装置にミグ回路を製造することで、超巨大ライフルグレネードの増産を可能とした特別機だ。ゆえに火力は折り紙付き。
「ふははは、ここから先は一歩も通さぬでな、心してかかってくるがいいわ」
宣言の通り、ミグは支援砲撃でルベーノや、その他敵本陣に向けて前進を開始した味方に近づく虫たちを蹴散らしていく。
そう──女王を攻略しようというのだ。
しかし。まず、仲間の到達に先立ち女王の横を目指すルベーノは他の女王を目標とする仲間たちから突出する形となり……そして、女王を護衛する巨人たちのアサルトライフルの一斉射撃の的となった。
防御力生命力に優れた機体ではあるが、続く激戦に修復が追い付いていない。既に半分ほど損傷を追っていた機体がどんどん穿たれていく。
示されていた通り。巨人は中衛で迎撃態勢を取っていたのだ。女王に近づくのに必要なのは占有を突破する力だけでは無く、この巨人たちの弾幕をどうするかという問題があった。
その事に気付いていた奏多──本当に、彼はこの戦場に於いてあらゆる敵のあらゆる点において見落としがないのは改めて称賛に値する──がルベーノの移動に合わせて中央突破を図り、牽制の攻撃を放つが、彼一人では……。
……これまでの戦いで。巨人を優先して処理していたハンターは、いない。敢えて言うならエラが、女王突入役の邪魔になりそうな敵を間引くと意識していたが、巨人が位置していたのは中衛で、彼女が準備していたのは全て射撃攻撃。蟻が占有を作るこの戦場で、射線の問題がある。蟻より巨体の巨人は蟻の群れからその姿を露出させてはいるが、逆に言えば半身が隠れているため影響を無視しきれるわけでは無い。ままならないことも多々あった。
ゆえに、突入班が意識していたタイミング──ある程度、敵が減ったら。その際に、有意に減っていたのは蟻とカマキリで、巨人はあまり減らされていなかったのだ。
いや、実際、防衛を行っているものについては彼らが見定めた優先順位は正しい。特定の一人を護る、という観点に於いて、最も厄介なのはやはり「占有を抜けてくる」カマキリであろう。そのカマキリに好きにさせないためには、蟻の数は一刻も早く減っているのが良い。巨人の銃撃は痛くはあるが、性質で言えばただの射撃ではあるので、正面からの戦いであれば対処方法については一番取りやすい。
だから、巨人をどうにかせねばならないならそう……「女王に攻め込む場合」となる。この時に巨人を減らすか、あるいは突入者は弾幕に対する何らかの対抗策を講じておく必要があった。
突入班に、その準備は、無い。
ただ、突入時はだからルベーノが囮になる形でその射撃を一身に引き受けた。まだ女王には届ききらない、その位置で集中砲火を受けながらも前進する彼に続く形で、女王に向かう者たちが次々突撃していく。
敵陣を突破しながら集結する、女王を標的に見定めた一行。その中の一機にエルバッハ・リオン(ka2434)のマスティマ、ウルスラグナがあった。空間転移能力が発動し、女王を狙う者たちは敵陣を飛び越えその背後へと一気に到達する!
この時集中砲火で傷付きながらも前進を続けていたルベーノのルクシュヴァリエは女王の横に辿り着こうとしていた。だがそこに、鍛えらえた大剣を構える巨人が立ちふさがる。ここで倒れてはとルベーノは構えを取る。精神を没入させ完全に己の肉体として操る機体が、ルベーノが行うそれと全く同じ動きで敵の意識を奪う強力な一撃を巨人に見舞い、倒れさせる。そうしてルベーノは集中攻撃を受けた後に巨人と虫たちに囲まれるという状況から奮戦を見せたが、しかし女王にその一撃を届かせることは無く戦線離脱となった。
背後に現れた一行に女王が振り向く。進撃する方向とは逆を向かされた女王は、暫く細かい指揮を執ることは出来ないだろう。
そして各自が女王に猛攻を開始した。
ミグが援護すべくその大火力で女王周囲の敵を薙ぎ払う援護射撃を放つと、
「はやてにおまかせですの!」
魔導アーマー量産型、Gustavに騎乗した八劒 颯(ka1804)がアーマードリル「轟旋」で攻撃。
「びりびり電撃どりる!」
刺し穿つだけがドリルではない。当てやすさを意識し回転する側面で殴りつける。さらに、露出するコックピットから颯自身の機導術で命中の瞬間ドリルの力を解放すると、蟻の甲殻に護られる女王の胴が削られる耳障りな音が響いた。
南護 炎(ka6651)はルクシュヴァリエ、FightWithDreamを繰りミリア・ラスティソード(ka1287)と共に攻撃。
「想、今まさに3つの世界の人達が俺たちの勝利を信じて待っている。お前もプレッシャーに潰されそうだろうが、俺だってそうだ。けど、逃げるわけにはいかない! その信頼に答えようぜ!」
熱い叫びと共に、マテリアルを一極集中させた斬艦刀「雲山」が、炎の力を受けてさらに光の刃を為し輝く。
「おいあんまり突っ走るな、もうちょっと落ち着けあまり離れるな」
ミリアはそんなふうに話しかけて炎に寄り添いながら、タイミングを合わせ神速の突きを放つ。……なおこの一撃には根性と気合を込めたかったようだが、技としてはセットされていなかったので刺突以外は気持ちの問題に終わった。炎も実はマテリアルカーテンが準備できていない。連日の激戦の影響が彼らを蝕み、決定打とはいかなかった。
エルバッハは女王の頭上に向かいながらブレイズウイングで攻撃、三発までは女王に使用し連続攻撃で確実に当てに行くと、残りは周囲の敵を討ち払うのに使用する。
朝騎は飛行やトンボ返しを使用不能にすることを目論み、羽根を狙って攻撃しようとした。……だが、明確に戦闘中であると意識した敵に対して特定部位を狙うというのは、やはり適切な技を用いねば簡単なことでは無いのだ。敵だって行動のために動き回っているし、ただ狙おうとして狙えば知能ある敵にはそれを看過され逆に回避が楽になる。ましてや、五色光符陣。範囲攻撃ならなおさら、特定の敵の特定箇所を狙いすませるようなものではないだろう。これは、ただの女王とその周囲を焼く攻撃に終わった。
鹿東 悠(ka0725)はルクシュヴァリエ、破軍を駆り、ルベーノと同様エルバッハの転移能力では無くその突破力を生かして防御陣に穴を穿ち、背後に回り込んだ友軍を囮に懐に飛び込もうとした。だが、ルベーノのお陰で砲火からは免れたものの、これも女王を守護していた大剣持ち巨人の妨害を受ける。挟撃からの致命傷を狙った目論見は察知され、一撃で勝負を狙うのはこれで難しくなった。
……そう、巨人である。女王に近づくにあたり、彼らはそれらへの対策を事前には行っていなかった──いや、今も。女王戦に当たり、彼らが意識して準備してきたのは同じ虫同士連携すると思っていた周辺の蟻やカマキリたち。
そして、背後を取ろうが、アサルトライフルを構える巨人たちがそれに即応するのは難しいことでは無く……射撃攻撃への具体的な対応策が、無い。炎とミリア、悠以外は互いの位置取りを意識してもおらず。女王に対し攻撃に意識を割き、後衛や生身の者の防衛を取っていなかった彼らは、各個に集中砲火を受ける事になる。真っ先にその標的となったのは朝騎。高火力の範囲攻撃で女王に直接攻撃し、かつ生身で一人で立っているのだから。そしてGnomeのbindは接近は防げても射撃は防げない。
あっさり沈んだ朝騎を見た一行に出来ることは短期決戦を仕掛けることくらいだ。だが……朝騎を──呪詛返しを失ったのは、全体に対するBS対抗手段を失ったという事でもあった。
トンボの羽が閃く。
「ミリア──!」
咄嗟に機体の学習プログラムで吹き飛ばしを防いだ炎は、しかしなすすべもなく引き離されていくミリアに悲鳴を上げる。
ミリアと必ず生きて帰る──願いを踏みにじるように、彼女が集中砲火に晒されていく。回復も追いつかない速度で。
機体にBS対抗能力がある悠と炎以外は、思うような位置が取れず、翻弄され、そして巨人に包囲されていく。
そして、耐え抜いた悠と炎は即ち……たった二人で女王の傍に立っているという事だった。女王がその腕の鎌を振り上げる──強力無比な、十回のランダム対象攻撃。それが、たった二体に振り分けられるのだ。
●
敵を殲滅していた分、こちらも重大な戦力を逸した。状況はふりだしに戻った……だけではない。
ハンターたちの消耗もそうだが、女王が己を狙うものが大したことは無い、これで歯向かう気力も削がれただろうと判断したのか、巨人の半数を前線に押し上げてきたのだ。神楽とピアレーチェが構築した防壁が、アサルトライフルの弾雨に晒されると見る見る間に脆くされていく。
射撃で防壁を崩し中央突破を図る気か。敵が攻め込んでくる際のパターンをいくつか予想して待ち構えていた匠は、敵を薙ぎ払っていた前線からいち早く戻ってくると壁を護る様に中央に布陣、再び二体のGnomeが防壁を張り直すのを護衛しながら応戦する。
(この戦場は多くから作り上げられたものと聞いている……各々が決着を着けられるように、この場は保たせてみせる)
浴びせられる銃弾を、向かい来る巨人の大剣を受け止めながら匠は堪えて見せる。我慢の戦いの開始だった──ただ、巨人が本気で攻め込んで来たら、正直wallの耐久力はかなり心許ない。既に示された通りトンボ返しに、しかも瞬間で対応できる方法は幾らもあったのだから、頼りない防壁に短くはない時間をかけるよりはその間敵を減らしていた方が良かったかもしれない。
とまれ、匠の先読みと監視のお陰で守勢に回る初動はかなり迅速に動けたのは事実だ。情報を共有すると、エラが素早く状況を判断し遊撃に出ていた皆を呼び戻す。
カインの機体から冷たい、刺すような気配が強烈に発せられたのはこの時だ。純粋な、研ぎ澄まされた殺意。命令に盲従し前進していた蟻たちが注目するほどの。危険と判断されたカインに、敵が一斉に集りだす!
カインはそれの猛攻を、盾を構え、その厚みの部分を意識して防御に集中することで耐え凌ぐ。
……本来、これは危険なのだ。注目を浴びるスキル、しかも効果時間が持続してしまうものを下手に使用すれば雑魚とはいえ数の暴力を甘く見た報いを受けることになる。が、カインがそれに陥らなかったのは、周囲に仲間がいることを確認し、きちんと守りを固めたこと。そして。
ユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)の星神器「アリマタヤ」が彼女の心を、そして彼女自身のマテリアルを纏い蒼白い雷光を纏い輝く。掲げられしその輝きが示すは王権。その力を分け隔てなく広める力ナイツ・オブ・ラウンド──!
「私が貴方を守るのは、貴方がこの戦いにおいて重要な役割を担っているから…確かにそれもある。だけどね、私が守る本当の理由は貴方も含めた共に戦う仲間達と、この戦いに勝って一緒に帰る事よ」
その力を解放しながら、ユーリは想に向かって声を上げる。
「怖いなら私に命を預けなさい、何が何でも絶対に守り切ってみせる。今この時は、私は貴方の『刃』となってあげる。だから……貴方は貴方の出来る事を為しなさいっ」
力強い言葉のだけあって。
雑魚を急いで一掃しなければいけない、というこの局面で。「一カ所に集める」ソウルトーチと「周囲の仲間を強化する」ナイツ・オブ・ラウンドが素晴らしいシナジーを生み出す!
ユーリは背後の想に向けて声を上げた。
ユーリの力は彼女の伴うワイバーン、ブリッツにも。猛スピードで突進する飛竜の衝撃波が敵を薙ぎ散らしていく。
星神器の力はやはりすさまじいの一言に尽きるのだが、ここはやはりこの場で注視をやってのけるカインの肝があっての事だろう。
(思考を止めるな殺せ殺せ殺せ殺せ)
巨人の射撃に対しても冷静な盾捌きと足元への射撃で対処。カマキリは避ける敵が向かってきたのをこれ幸いにと反撃で屠っていく。この場面での一番の功労者は間違いなく彼だが──だからこそ注記はしておく。生半可に真似をしようとしない方がいい。
別の一角では、ルナが先んじて戻らせていたアポロに光の結界を張らせて護らせていた。行く手を阻まれ混乱する蟻。だが射線は防げない。邪魔なのはあのペガサスかと、女王は巨人に命じて銃を構えさせ──
「ラファル、頼む!」
させまいとユリアンが叫ぶと、ユリアンとルナを運んでいたラファルが巨人とアポロの射線上に割り込み、風の結界を発生させる。
メアリもサンダルフォンからブラストハイロゥを展開、巨人が前進してきたため想を囲む壁を捉えることになった、その射撃を妨害し彼と周囲の味方を護る。
それでも広い戦場に大量の敵、本気で突撃してくれば漏れるように侵入してくる敵はヴァイスがガウスジェイルを展開、想を囲む壁は勿論、傷付く仲間の攻撃を優先して引き受け、ただでさえ数に劣る戦いでこれ以上のこちらの戦力低下を食い止めて見せた。
そして……劣勢時と言えばやはり。いざという時の真の星神器が放つ強力な防御結界がある。
味方の数を減らし、そこに敵が防御に振り分けていた戦力を攻勢に回し押し上げてきてなお、防衛側に回っていた者たちにはそれを凌ぐだけの実力と作戦はあった。備えていたことが上手く噛みあい効果を高め合ったのもあり、一度は押し込まれてギリギリの状況を迎えたものの、何とか踏ん張って押し返すだけの芽は生まれつつあった。
そう……このまま行けば耐えられた……筈だったのだが。
●
これまで、様々な者が想に声をかけていた。だが、それに対して、想からハッキリとした応答は無かった。その裏では想の中で様々な葛藤があった。
――ハンター達は想を護ろうとした。
想を危険な物から遠ざける為に四方を壁に取り囲み、寂しくないようにトランシーバーを渡して声をかけた。
それは親心でもあり、心配であるが故の行動だ。
彼らに悪気は無いことは分かるのだ。自分がここで求められている役割は、対ニガヨモギの結界を維持すること。その為に動きに制限を受ける自分を、敵の能力から確実に護るためにこの方法を取ったのだろうと。
だが、それは想自身には針のムシロであった。
大切にされている事が本当に良かったのか。
本来であれば今命をかけて戦っている彼らを護る事が自分の役目ではなかったのか。
ハンター達は言う。
成すべきことを為せ。
本当に成すべきは、命を張って戦うハンターと共に戦う事。
だが、勇気も自信もない想はその一言を彼らに告げられない。
――そうだ。
全部、自分が悪い。
自分が能力もスペックも低いから、ハンター達が傷付いていく。
「いや……だ。また俺だけ取り残されて……俺だけ残すために皆死んでいくのか……?」
ハンター達の親心であった壁が、想の心を揺さぶった。
敵の攻撃から身を護る壁は、敵の視界から想を隠す。
それは同時にハンター達が頑張って戦う姿を想に見せられない。トランシーバーから流れる音声だけが外界との繋がり。
蘇ってくる『戦うこともなくずっと遺跡に取り残されていた』状況。
それは自信のない想の脳裏に、ありもしない想像を掻き立てさせる。
「なんで、あんなに自信のあった皆さんが窮地に陥るんですか……!?」
あんなに自分を力強い声で励ましていた彼らがどうして。見えない。だから、想像するしかない。自己評価の低い彼が。独りで。
「まさか、俺はニガヨモギの封印に失敗したのか……!?」
重ねた失態はそうして、最悪の相乗効果をもたらして。
──不安と孤独がもたらした妄想は、彼の精神が限界を迎えたことで現実になった。
●
ニガヨモギの感染を防ぐ結界が、綻びる。
前線で、減った人数でそれでも覚悟と工夫で持ちこたえていた一行に、虚脱感が襲い掛かる。
あちこちで上がる悲鳴。
それを認めた女王は、何かを考えるように小首をかしげる仕草を見せて……そして、閃いたような顔をすると。
残っていた蟻が、一斉猛進を開始した。
「──っ! 我は城塞。災厄を排すっ!」
エラがとっさに魔法を発動させる。行軍が生み出す圧倒的衝撃が彼女の元に圧縮して封じられ、彼女一人を叩きのめす。ふらつき……そして持ちこたえようとする膝の力が入らない。
(まず……い)
現状のヤバさを、彼女は即座に理解した。
想の力は完全に壊れたわけでは無いらしい。精神と共に不安定になっただけで、漏れ出たニガヨモギはまだ即座に命を奪われるようなものではない。それでも。
ただ生命力を奪われるだけではない、気力も削ぐこの虚脱感が。
死にはしなくとも、膝を着いたその瞬間、立ち上がる意志をへし折られる。
そして。
蟻は構わず、またも進軍する。何故なら。ニガヨモギが完全化すれば、これら雑魔もすぐに死ぬのだ。……だったらそれまでに使い潰しといた方が有効活用よね? 女王としては、そういう判断なのだろう。
「防げっ! 何としてでもっ!」
エラが檄を飛ばす。ラストテリトリーを持つ者たちが順番にそれに対応し耐え、それ以外の者たちは巨人に撃たれカマキリに刻まれるのを一旦無視して傷付く蟻を兎に角攻撃する。
だが、ラストテリトリーを使用できるものが倒れ、その上に蟻の行進が全員に降りかかったら……?
あ、詰んだかもしれない、これ。
こんな時にも冷静に判断すると、投げ出したくなる気力を振り絞って彼女はヴェルナーと連絡を取った。ここは駄目だ、大至急救助隊は手配できないかと。アフンルパルの入り口に近いここは、奇跡的に外と連絡を取ることが出来た。
あとは想を出してやらないと──声掛けは無用だった。壁の中から叫びが上がるや否や、チィが流石にもう我慢できないと破壊していたからだ。側面の壁を破壊された想は今、目の前の壁に向かい虚ろな目でブツブツと呟き続けていた。
一行はそれでも、攻撃に、無力感に抵抗を続け……一人、一人とその膝を折っていく。
「朝騎は大好きなルルしゃんと子供達の未来の為に戦ってまちゅ。人が人を想う気持ちは絆となり力になりまちゅ。想さんの名前もそこからきたんじゃないでちゅか?」
そう語りかけるのは北谷王子 朝騎(ka5818)だ。その言葉に、想はしかし表情をやや曇らせる。絆。想のそれは全て、自分を置いて遠い過去に消えてしまった。
彼女はそんな彼に、御守りだとターコイズスターを付けてやりながら、最後に言う。
「怠惰歪虚に打ち勝つにはヤル気が1番でちゅよ」
そう言うと去っていく彼女の言葉に続くように話しかけてきたのはメアリ・ロイド(ka6633)だ。
「貴方の想いが力になる、良い名です」
メアリは言う。そしてその名を残したのは。
「自分に自信がないなら、貴方につまった製作者の技術や想いを信じて。そこに自信を持てばいい」
居なくなっても、居たことが無かったことになるわけでは無い。全部消えてなんかない、残された、託されたものはあるのだ。
「多少性格がネガティブなのも思慮深く慎重な長所ですよ」
自己評価が低かった、自分にもその感情には覚えがある故のメアリの言葉だったが、想の表情はそれだけでは晴れない。長所と言われてもやはり、活かせた経験があって初めて認められるものだろう。
……だからまだこれでいいとも言える。その時が来たら思い出してくれれば。そう願い。
「失敗したら、とか託された想いが重たいなら、ここにいる皆に一緒に持ってもらえば良い。皆の目的や想いは同じ、だから信じて。そのために私達がいるんだ。できるかじゃなく、成し遂げてみせるという気持ちが大事」
メアリの励ましに、想は曖昧に、だが厚意は理解した様子で弱く微笑して頷いた。
次に近づいてきたのはフィロ(ka6966)。
「初めまして、想様。私は神霊樹ネットワークで過去のニガヨモギを体験したオートマトンのフィロと申します。貴方にお会いできて、光栄です」
一礼すると、彼女は語り始めた。
「神霊樹ネットワークは過去の記録を基に構築された『あったかもしれない』仮想世界です。私はそこで想様の代わりにホナを使用し、器不足のため5分ほどで爆散しました」
彼女の話は驚くべき、そして、今の想がはっきりと興味を持つ話だ。表情が変わるのに頷き、フィロは続ける。
「研究者の方々は言っておられました。貴方のボディは大感染に抵抗しうる結界を作る特別性、自分達は最後まで貴方の調整に費やすと。あの方々は不完全な状態で貴方を起動し失うことを、世界を救う手だてを失うことを何よりも恐れたのです。自分達の命よりも、貴方と言う存在を残すことに命を懸けたのです」
「……」
「私が、私達が貴方を守ります。どうか貴方は、この世界とあの方々の想いをお守り下さい。そして、この世界を守りきったら。共に神霊樹ネットワークに接続して、あの方々にそっと会いに行きませんか」
「俺を……調整した人たち……とう、さん……」
見に行ける? 会いに行ける?
それは、まだこの時代に居場所を見つけられていない想の心を今すぐに揺らすことのできる唯一のアプローチではあった。過去に縋るのは後ろ向きと思う者も居るかもしれないが……言っておこう。この段階で彼の支えになれたのは、彼がはっきり望むことが出来たのは確かに、彼女のこの提案だった。
そうして、ついに一行はアフンルパルへと突入する。
敵の接近が確認されると、真っ先に想へと近づいていったのは神楽(ka2032)だった。
「過去と今の人々の期待なんて一人で背負えるもんじゃねーっすよね。だから手伝うっすよ」
そう言うと神楽は祖霊の力を呼び出し、想へと同調させる。力が満ちていくのを感じ、想は目を見開く。
「少しは楽になったっすか? 俺一人だとこの程度っすけどこれからもっと沢山の人が助けてくれるっすよ」
そう言って神楽はトランシーバーを想に渡そうとするが、
「あ、通信機でしたらマスターからちゃんと」
想がそう返して己の手持ちを示すと、神楽は安心したように微笑む。
「辛い時は叫ぶといいっす。俺達がお前を助けるっす」
「ありがとうございま……」
言いかけた想と神楽の間に。一瞬で壁がそびえたつ。
「……は?」
今話していた相手の姿が突如見えなくなり、ポカンとする想。
神楽は落ち着いている。それはそうだ。これは神楽のゴーレムが作成している壁なのだから。
「やろう、想くん☆」
同じく声をかけるのはピアレーチェ・ヴィヴァーチェ(ka4804)だ。二人は互いのGnomeに協力させ、瞬く間に想の四方を壁で囲っていく。
「忘れるなっす。お前は1人じゃないっす。何かあったら呼ぶんすよ?」
そうして、完全に囲われてその姿が見えなくなると同時に、神楽のその声がした。
「えっ? はっ?」
想はこの時、一抹の不満を覚えた。
ハンター達が自分を護る為に築いた土壁。それは想が心配であるが故に作り上げた物だ。
だが、無機質な土壁はどこか不安を掻き立てる。
本当に自分はこの中にいれば良いのか。
気付けば自分自身へ同じ問いかけを何度も行っていた。
そんな中。剣戟の響きが。砲火の轟きが。あたりに上がり始めた。
●
大群の中に、一行は突入していく。
最前線をくる蟻を迎撃したのは上空からの炎の吐息だった。ウルミラ(ka6896)の騎乗するワイバーン、プラーナからのものだ。
防御陣形を取る蟻たちを範囲攻撃で一斉に削ろうと、トランシーバーで敵分布や位置情報を味方と共有しながら、敵の密集する地を上空から通り抜けて崩しにかかる。
龍槍を握りしめ、プラーナの手綱を取る。奮い立たせるものは自らの龍騎士としての在り方、そして龍槍を持つ者としての矜持。
彼女には龍園を守ったハンター達への恩義で自らもハンターとなった経緯がある。
そんな彼女だから知っている。一人の力は小さいと。出来ること等限られていると──そして小さき力ならば合わせればいい。我等にはそれを活かす知恵があり経験があると。
今、一人の力の小ささに震える想に届けと、彼女は空を馳せる。
そう……力は、合わせればいいのだ。
「ユリアンさん、護って下さいね」
ルナ・レンフィールド(ka1565)はそう言って共に出陣するユリアン(ka1664)に微笑した。
共に並び立つ二人。その上空に、ルナのペガサス、アポロとユリアンのグリフォン、ラファル。
アポロが翼を羽ばたかせると、彼らと周囲に居る者に衝撃から守る魔力の防壁を構築する。
ルナが歌声を紡ぎ出すと、奏でる旋律が赤い光となり溢れ出し、周囲の敵を包むように広がる。 英雄の歌、その光は密集する蟻たちの防御力を削り取った。
ユリアンの呼び掛けと共にラファルが急降下する。纏う風の魔法が接地と共に解き放たれ、周囲の敵を斬り刻みながら吹き飛ばす。巻き込まれないように一手送らせてから、ユリアンは防御陣形の崩れた蟻たちに斬り込んでいった。その身の周囲を、羽根を象ったマテリアルが舞っている。風の如き動きで駆け抜けたその軌道に居た敵をすべて切り刻む、その後には漆蒼色の光を帯びた軌跡が残った。
ルナもその近くで、味方を巻き込まぬよう注意しながら冷気の嵐を巻き起こす。ばら撒くような範囲で放たれるそれは、攻撃よりも多くの敵の動きを阻害することを意図したものだろう。
二人と二匹で戦いながら、ユリアンは思う。縁は様々な糸で繋がっている……と。
想を目覚めさせた一人はユリアンが師と仰ぐハンターだった。そして彼も、直接話はしなかったが、過去に戻り彼を調整した研究者の姿を見ている。
知っているからこそ、確信に近い気持ちで、想う。あの時、想を眠らせ残したのは、それでも未来は在ると信じてだと。
揺れる気持ちもきっと、人の心を知って貰いたいと願ったであろう事で、自信はこれから付くもの。
成功させたいと願えば皆全力で手を貸すから……自分たちを見ていて欲しい、と思った。
アニス・エリダヌス(ka2491)は前進してくる蟻の最前線で敵を食い止めている。地に向けて手を翳すと魔法陣が浮かび上がり、そこから多数の樹木の根が出現、槍のように蟻を刺しその場に縫い留めていく。最前列の行軍を止められた蟻たちは暫く渋滞を起こし動きをまごつかせた。その彼女には今二体のイェジドが寄り添っている。一匹は彼女の連れるシリウス。そしてもう一体はヴァイス(ka0364)が連れてきたグレンだ。二匹は彼女の行動を掩護するように、彼女の術の範囲外、あるいは運よく束縛から逃れた蟻たちを阻みさらに前進を食い止めては、彼女を護りながら、敵を攻撃する。
前線に出て密集する蟻たちと必死の攻防を繰り広げるアニス。共にやって来たヴァイスはと言えば、想がいる場所の近くで突破に備えて待ち構えている。
遠く離れながらも背に確かな存在を感じて、アニスは思う。自分と彼の今いる場所。人には、「その時、その場で、その人にしかできないこと」が必ずあるのだと。
……こんなわたしに何ができるんだろう。そう思うときは彼女にもある。……過去、思った人を亡くし、暴走し、故郷の人々や、仲間たちにも迷惑をかけた、そんな経験を持つ彼女だ。だが……今は、彼女だからいい、と言ってくれる人が居る。
人……人間やエルフ、ドワーフ、ドラグーン、オートマトン。種族の違いなどは些事なのだ。
自分なんかがではなく、自分だからこそ。そう、今なら思う。
想いをインカムで伝えながら、彼女は戦い続ける。
保・はじめ(ka5800)はペガサス、ペスに騎乗し、空中で情報を収集しながらの対地攻撃を仕掛ける。彼が主に標的とするのはやはり蟻。彼の周囲に生まれたマテリアル結晶の宝石が輝くと、人魚の精霊が顕現する。密集するのが厄介ならばと、生み出した水流が敵を弾き飛ばし散らしていく。
(辺境の明日が掛かっているとなれば、座視してはいられません)
色々と、縁が出来てしまっているんですよと、半ばあきらめたような心境ではじめは内心で独りごちる。
例えば、長年森で孤独に暮らしてきた転移者の女性だったり、その地を守る精霊や周辺で暮らす幻獣達だったり、あるいは人と亜人が共生する村だったり。
彼にとって、この戦いは義務では無かった。
失くしたくないと望むから、繋がりを守るために戦うのだと。
はじめのように前線に出たものが報告する情報はエラ・“dJehuty”・ベル(ka3142)が統制している。必要なところに再分配しながら、一行はそれぞれに敵を攻撃していく。
その中で、地味ながら重要な活躍をしていたのがカイン・A・A・マッコール(ka5336)だ。
(どこもかしこも戦闘ばっかりだな、こういった、数の多いやつ相手の乱戦なら僕は専門家だ)
意気込みは他の者と比べて淡々としていたが、その冷静さが正しい行動を導いたのかもしれない。
R7エクスシア「-無銘-」に搭乗し、情報を得ながら彼が行っていたのは味方の攻撃の支援を重点に置いた戦闘──味方の砲撃や範囲攻撃で弱りつつも討ち漏らした敵の狙撃、だ。
過去の報告書にも記されていたが、序盤の蟻の対処に必要なのは「頭数を減らしていくこと」。範囲攻撃をばら撒くのはダメージ効率は良いが今回の場合防御陣形を考えると必ずしも効果が高いとは言えないのだ。だからこうした「止め役」がセットでいてばら撒きの意味が生まれる。
ツィスカ・V・アルトホーフェン(ka5835)はだから、その前の依頼に参加していた経験を十全に生かしていたといえるだろう。彼女もやはり討ち漏らしの止め、をしっかり意識していた。そうして、こういう場合、デルタレイをはじめとする「対象指定複数攻撃」は光る。貫通性能のある攻撃も持ち合わせ、占有の影響をある程度減らせるのもポイントが高い。
(想さんがこの作戦の要、ですか……でしたら私も期待させて貰います。貴方の為すべきと思った事に。ですから貴方も私達の力に、期待して下さい……私としても、負けていられませんから)
止めだけではない、連れるポロウにフォローさせながら、状況に応じてファイアスローワーと機導砲を使い分けてダメージを重ねつつ、彼女も想いを馳せる。
(別の場所で戦われている、あの方のお力になる為にも、期待に応える為にも……!)
やはり、誰かのための想い、を力にして。
前の経験を生かして、というならば鞍馬 真(ka5819)もだ。彼はワイバーン、カートゥルに騎乗しカマキリにその狙いを定めて戦場を自在に飛び回っていた。
高い機動力を持ち、それが蟻の生む占有を攻防に利用してくる。狙いにくい、狙えたとしても避けてくるこのカマキリは、ただ範囲攻撃に巻き込んだだけでも一筋縄では捉えきれない。それを踏まえ、蟻に邪魔されぬよう上空からの急襲という形でカマキリに近づくと、避ける身構えをさせないノーモーションからの一撃……それでも避けてのける個体には、更にその攻撃の影から放たれる追撃が襲い掛かる。ついでとばかりに蟻も巻き込んでいく刺突が、カマキリを捕らえていく。
的確な技能の選択と一人で作戦を完結させるゆえの身軽さ、そして飛竜の機動力。カマキリについて言えば、最も討伐数を上げていたのはこの真だ。
真もツィスカも、経験者の強みと言えるが、しかし様々な事態に対応するハンターにとって、経験をしっかり活かせるのはやはり資質と言えるだろう。
だが、だからこそ。東條 奏多(ka6425)の活躍は特筆せねばならない。先ず蟻だ。味方の範囲直線攻撃と十字を切る形での攻撃。「仲間と攻撃を一部重ねる」事により、「早く頭数を減らす」「ダメージを拡散して稼ぐ」両方を実現させている。カマキリについては、蟻の壁に身を潜めていることをきちんと意識し密かに攻め上がる敵も討ち漏らさず、他の味方と敵を挟み撃ちにする形で回避力への考慮もなされている。連れるポロウ、てばさきに命じていた行動やその他用意していたスキルなども、もうはっきり言うが、彼が準備していた行動、その全てが簡潔で分かりやすいながらもこの戦場に於いて全て重要かつ要点を抑えたものだった。
かくして圧し潰すほどのとも言えた敵の数を、それでも実感できる程度に減らしていく一行。
だが無論、女王もそれを座して見るばかりではない。
女王が片手を掲げると、蟻たちがまさに一糸乱れぬという程の整列を見せ、次の瞬間猛烈な勢いで突進してくる──女王の命令の元わが身を顧みぬ蟻たちの死の行軍!
まだ序盤、敵の密集度はまだ高い……だが、アニスの目論見通り、移動を止められた蟻の場所で突進に乱れが出ていた。また、ピアレーチェがこれに備えて慈愛の祈りを捧げ、一部の蟻の闘争心を削ぐことで威力を減じることに成功している。
そして、想を護るため、と複数の者が持ち合わせつつも使用を躊躇う中、その術を使ったのは奏多だった──光が広がり、一帯を蹂躙しつくす筈だった蟻の暴走の破壊力、それが奏多の元へと収束していく。想を護ることはもちろん重要だが、この攻撃は序盤が最も破壊力が高い。それで前衛が壊滅させられては元も子もないだろう。そうして一人傷付く彼を、ユメリア(ka7010)がすかさず回復する。
一見すると容易く凌いでみせたように見えるこれに、女王からは少なからず驚きを感じた。ならば、という風にトンボの羽が閃く。巻き起こる暴風が、正負のマテリアルで混沌とする空間に混ざり、かき混ぜるような複雑な旋風を巻き起こす。
この時、一行はエラによって前線と想が居る位置が同時に巻き込まれぬよう位置を調整されていた。今回女王が狙いを付けたのは……やはり、神楽たちが敷いた壁を面倒に思ったのか、前線に位置する者だった。
一気にハンターたちが後方に吹き戻されれば、敵に一気に前進する隙を与えてしまう──が。強烈なこの風に耐える者が居た。
ルクシュヴァリエ、水鏡に搭乗している誠堂 匠(ka2876)は、風の動きをパターンとしてその機体が持つ学習プログラムによってマテリアルの流れを合わせ、踏みとどまる。ツィスカや奏多といったポロウを連れた者たち、及びその近くに居る者たちは、その幻影の結界によって守られていた。
厄介極まりないこの技だが、「魔法スキル」「ダメージを伴う」「抵抗が出来る」などの性質を踏まえれば対処法は複数に渡って存在した。今回は前衛に入ったため備えに終わったが、例えばメアリのR7エクスシア、サンダルフォンの展開するイニシャライズオーバーしかり、だ。
……勿論、それでも弾き飛ばされてしまう者は居る。女王もさすがというか、この隙に乗じて敵を上手く動かしてくる。だが、そうなることも織り込み済みで準備していた者たちもいた。この機に備えていたアニスとヴァイス、そしてエラはVolcaniusの七竃に命じて、すかさず乱れた隊列をフォローできる位置に移動する。
サクラ・エルフリード(ka2598)が、こちらの陣営の守りの薄くなった部分から敵陣に切り込み迎撃を開始する。
「それ以上は近づかせませんよ……。こちらは通行止めなのです……」
魔導型デュミナスのスラスターで一気に近づくと、突出した一体に機銃槍を突き立てる。
想の近くに一度っていたイツキ・ウィオラス(ka6512)も、ここは前衛の援護に出るべきと前進する。イェジドのエイルに騎乗し、群れる蟻の、その蟻の影から飛び出してくるカマキリの一撃を、銀の狼が鮮やかな足取りで避けると、攻撃をするのは蛇節槍「ネレイデス」を構えたイツキ自身。
群れ来る敵に槍から練り上げられたマテリアルが放出され、纏めて貫いていく。儚く、冷たく煌く星の輝き、必滅の蒼。
(生まれた意味、存在する意味──知らないから、求める。知りたいから、戸惑う)
六花の様な煌きが咲いては砕ける、その残滓を見つめながら、イツキは己の心を研ぎ澄ませる。
心を支えるものが其処に無くとも、命を支えたものは軌跡に刻まれる。
迷い怯える事が有ろうとも、奮い立つ意志が有るならば──
(命の先に、夢の先に。必ず、道は拓けるものだと信じています)
想うイツキに、彼女の相棒のステップをもってしても避けきれなかった、蟻の影からのカマキリの一撃……!
それを、ネレイデスでイツキは受け止めると、込めたマテリアルでカマキリの身体ごとはじき返す。移動と回避をエイルが、攻撃と防御をイツキが担当するコンビネーションで、一体と成した一騎は自陣を自在に防衛する。
それでも近づいていくる敵に、フィロがコンフェッサーで作り出したバルーンで時間を稼ぎながら、機爪での一撃を繰り出し攻撃。彼女自身の動きを再現する機体の一撃にはマテリアルの気が練られ、一気に送り込むことで蟻の固い外殻を浸透してダメージを与える。
敵の脅威にさらされつつも落ち着いて行動し、それぞれが出来ることを為して耐え凌ぐ戦場に、ユメリアは思う。
生きることの命題。答はその人にしか無く、彼女に答えることは出来ない。だが。
(悩んでいいのです。答えを見つけて。それまでの時間は私が作る!)
我想う故に我在り。
如何なる過去も、あらゆる未来も、変容する。
より強い英雄も賢者も「今」いなければ何もなせない。
──今を想え、あなたはここにいる。
●
神楽はその間、想の四方に設置した壁、その敵寄りの一つに腰掛け、Gnomeに指示を続けていた。彼らの陣地にさらに壁が、敵の移動のみを阻害する罠が設置されていく。
そうして……。
「そんな、不安な顔しなくても大丈夫っすよ。皆前線で大活劇中っす」
壁の中でずっと俯いたままの想に、神楽は話しかけた。
「……はあ」
返事は、虚ろだ。想は不安の視線を神楽へと向けている。
「神楽殿。……そこ、降りた方が良くねえですかい?」
そこに声をかけたのは、想の近くで戦う一人、チィ=ズヴォーだった。
「いや、そしたら独りになる想が心配っすよ」
「……手前どもから見たら。神楽殿は想殿を、意思確認もせずいきなり幽閉した初対面の人間でさあ。それがそこに居座ってたら、逃げる気じゃねえか監視してるみてえじゃねえですかね?」
この言葉に、神楽は流石にむっとした顔を浮かべた。
「これは想を守るためっすよ。女王のあの技から、確実に想を動かさせないのはこうするのが一番っすよ」
その筈だ。実際そのことに、ここに居るハンターたちに異論は出ていない。……そしてチィはそのことに、心底不思議そうな顔で辺りを見回し……思った。最前線や敵陣に切り込んだものには開幕からずっと余裕はない。振り向く暇もなく、Gnomeの性能を良く知らないものは、気付いていないんじゃないのか。そう思っても。
「手前ども一人の感覚で作戦を壊すことは出来ねえでさあね……それにそうでさあね、今のは言葉が過ぎたかもしれねえでさあ。ただ、手前どもは自由を尊び風を奉じる部族として。そんな、ろくに動けねえ、風も感じられねえところに誰かが入れられてるってのは、どうにも気持ち悪いんでさあ」
「……」
言われて、神楽は想が居る空間を見る。高さ3m、2m四方の壁の中。両腕を広げればもうあと僅かしかない。携えてきたライフルを構えることすら儘ならないような。
……確かに、少し可哀想かも知れないが。それでも、ニガヨモギを抑える彼を女王の手に落とさないために、これが確実な方法なのだ。
大丈夫、彼が孤独や不安を感じないように、しっかり声もかけ味方だと示した。自分だけじゃない、トランシーバーからは代わる代わる仲間からの声が届いている。対策も取った──
だが、想はやはり、今は俯いている。やや青ざめて見えるのは、壁の影……なのか。
そうだと思うが。
何となく神楽は、一度壁から降りることにした。
●
防衛戦は順調、いや順調以上と言えた。想の周辺、自陣を護る者はトンボ返しの厄介さをよく理解しており、ただ個々の抵抗策に留まらない全体への対応が取れていた。
遊撃班はその攻撃力にとどまらず一撃離脱を意識していた者が多いのが光る。多数の巨人の銃口が狙いを定めるこの戦場に於いて巧みに狙われることを避けながら撃破を稼いでいる。
無数にも思えた敵が、気付けば意識できるほどに減っていた。そう──一部が最前線を離れても、おそらく押し負けることは無いだろうと判断できる程度に。
ここで一部の者に違う動きが生まれた。
「たくさんの敵がいるなら纏めて薙ぎ払いましょうか……。クイーンへの道、開きます……」
サクラが魔導型デュミナスからクリスマスツリーを発射する。戦場においては頭が悪いとしか言いようがない兵器がど派手な花火を上げるが、要するにこれから行われることへの景気づけなのだろう。
ルクシュヴァリエに搭乗したルベーノ・バルバライン(ka6752)が戦線を割り始めた。
機体に発生させたマテリアル障壁により密集する蟻をものともせず弾き飛ばしながら突破していく。
ミグ・ロマイヤー(ka0665)もここでダインスレイブ、ヤクト・バウ・PCからの砲撃を本格化する。
小山のごとき砲撃機へと変貌を遂げたミグのダインスレイブ、ミグ特製のグランドスラム製造装置にミグ回路を製造することで、超巨大ライフルグレネードの増産を可能とした特別機だ。ゆえに火力は折り紙付き。
「ふははは、ここから先は一歩も通さぬでな、心してかかってくるがいいわ」
宣言の通り、ミグは支援砲撃でルベーノや、その他敵本陣に向けて前進を開始した味方に近づく虫たちを蹴散らしていく。
そう──女王を攻略しようというのだ。
しかし。まず、仲間の到達に先立ち女王の横を目指すルベーノは他の女王を目標とする仲間たちから突出する形となり……そして、女王を護衛する巨人たちのアサルトライフルの一斉射撃の的となった。
防御力生命力に優れた機体ではあるが、続く激戦に修復が追い付いていない。既に半分ほど損傷を追っていた機体がどんどん穿たれていく。
示されていた通り。巨人は中衛で迎撃態勢を取っていたのだ。女王に近づくのに必要なのは占有を突破する力だけでは無く、この巨人たちの弾幕をどうするかという問題があった。
その事に気付いていた奏多──本当に、彼はこの戦場に於いてあらゆる敵のあらゆる点において見落としがないのは改めて称賛に値する──がルベーノの移動に合わせて中央突破を図り、牽制の攻撃を放つが、彼一人では……。
……これまでの戦いで。巨人を優先して処理していたハンターは、いない。敢えて言うならエラが、女王突入役の邪魔になりそうな敵を間引くと意識していたが、巨人が位置していたのは中衛で、彼女が準備していたのは全て射撃攻撃。蟻が占有を作るこの戦場で、射線の問題がある。蟻より巨体の巨人は蟻の群れからその姿を露出させてはいるが、逆に言えば半身が隠れているため影響を無視しきれるわけでは無い。ままならないことも多々あった。
ゆえに、突入班が意識していたタイミング──ある程度、敵が減ったら。その際に、有意に減っていたのは蟻とカマキリで、巨人はあまり減らされていなかったのだ。
いや、実際、防衛を行っているものについては彼らが見定めた優先順位は正しい。特定の一人を護る、という観点に於いて、最も厄介なのはやはり「占有を抜けてくる」カマキリであろう。そのカマキリに好きにさせないためには、蟻の数は一刻も早く減っているのが良い。巨人の銃撃は痛くはあるが、性質で言えばただの射撃ではあるので、正面からの戦いであれば対処方法については一番取りやすい。
だから、巨人をどうにかせねばならないならそう……「女王に攻め込む場合」となる。この時に巨人を減らすか、あるいは突入者は弾幕に対する何らかの対抗策を講じておく必要があった。
突入班に、その準備は、無い。
ただ、突入時はだからルベーノが囮になる形でその射撃を一身に引き受けた。まだ女王には届ききらない、その位置で集中砲火を受けながらも前進する彼に続く形で、女王に向かう者たちが次々突撃していく。
敵陣を突破しながら集結する、女王を標的に見定めた一行。その中の一機にエルバッハ・リオン(ka2434)のマスティマ、ウルスラグナがあった。空間転移能力が発動し、女王を狙う者たちは敵陣を飛び越えその背後へと一気に到達する!
この時集中砲火で傷付きながらも前進を続けていたルベーノのルクシュヴァリエは女王の横に辿り着こうとしていた。だがそこに、鍛えらえた大剣を構える巨人が立ちふさがる。ここで倒れてはとルベーノは構えを取る。精神を没入させ完全に己の肉体として操る機体が、ルベーノが行うそれと全く同じ動きで敵の意識を奪う強力な一撃を巨人に見舞い、倒れさせる。そうしてルベーノは集中攻撃を受けた後に巨人と虫たちに囲まれるという状況から奮戦を見せたが、しかし女王にその一撃を届かせることは無く戦線離脱となった。
背後に現れた一行に女王が振り向く。進撃する方向とは逆を向かされた女王は、暫く細かい指揮を執ることは出来ないだろう。
そして各自が女王に猛攻を開始した。
ミグが援護すべくその大火力で女王周囲の敵を薙ぎ払う援護射撃を放つと、
「はやてにおまかせですの!」
魔導アーマー量産型、Gustavに騎乗した八劒 颯(ka1804)がアーマードリル「轟旋」で攻撃。
「びりびり電撃どりる!」
刺し穿つだけがドリルではない。当てやすさを意識し回転する側面で殴りつける。さらに、露出するコックピットから颯自身の機導術で命中の瞬間ドリルの力を解放すると、蟻の甲殻に護られる女王の胴が削られる耳障りな音が響いた。
南護 炎(ka6651)はルクシュヴァリエ、FightWithDreamを繰りミリア・ラスティソード(ka1287)と共に攻撃。
「想、今まさに3つの世界の人達が俺たちの勝利を信じて待っている。お前もプレッシャーに潰されそうだろうが、俺だってそうだ。けど、逃げるわけにはいかない! その信頼に答えようぜ!」
熱い叫びと共に、マテリアルを一極集中させた斬艦刀「雲山」が、炎の力を受けてさらに光の刃を為し輝く。
「おいあんまり突っ走るな、もうちょっと落ち着けあまり離れるな」
ミリアはそんなふうに話しかけて炎に寄り添いながら、タイミングを合わせ神速の突きを放つ。……なおこの一撃には根性と気合を込めたかったようだが、技としてはセットされていなかったので刺突以外は気持ちの問題に終わった。炎も実はマテリアルカーテンが準備できていない。連日の激戦の影響が彼らを蝕み、決定打とはいかなかった。
エルバッハは女王の頭上に向かいながらブレイズウイングで攻撃、三発までは女王に使用し連続攻撃で確実に当てに行くと、残りは周囲の敵を討ち払うのに使用する。
朝騎は飛行やトンボ返しを使用不能にすることを目論み、羽根を狙って攻撃しようとした。……だが、明確に戦闘中であると意識した敵に対して特定部位を狙うというのは、やはり適切な技を用いねば簡単なことでは無いのだ。敵だって行動のために動き回っているし、ただ狙おうとして狙えば知能ある敵にはそれを看過され逆に回避が楽になる。ましてや、五色光符陣。範囲攻撃ならなおさら、特定の敵の特定箇所を狙いすませるようなものではないだろう。これは、ただの女王とその周囲を焼く攻撃に終わった。
鹿東 悠(ka0725)はルクシュヴァリエ、破軍を駆り、ルベーノと同様エルバッハの転移能力では無くその突破力を生かして防御陣に穴を穿ち、背後に回り込んだ友軍を囮に懐に飛び込もうとした。だが、ルベーノのお陰で砲火からは免れたものの、これも女王を守護していた大剣持ち巨人の妨害を受ける。挟撃からの致命傷を狙った目論見は察知され、一撃で勝負を狙うのはこれで難しくなった。
……そう、巨人である。女王に近づくにあたり、彼らはそれらへの対策を事前には行っていなかった──いや、今も。女王戦に当たり、彼らが意識して準備してきたのは同じ虫同士連携すると思っていた周辺の蟻やカマキリたち。
そして、背後を取ろうが、アサルトライフルを構える巨人たちがそれに即応するのは難しいことでは無く……射撃攻撃への具体的な対応策が、無い。炎とミリア、悠以外は互いの位置取りを意識してもおらず。女王に対し攻撃に意識を割き、後衛や生身の者の防衛を取っていなかった彼らは、各個に集中砲火を受ける事になる。真っ先にその標的となったのは朝騎。高火力の範囲攻撃で女王に直接攻撃し、かつ生身で一人で立っているのだから。そしてGnomeのbindは接近は防げても射撃は防げない。
あっさり沈んだ朝騎を見た一行に出来ることは短期決戦を仕掛けることくらいだ。だが……朝騎を──呪詛返しを失ったのは、全体に対するBS対抗手段を失ったという事でもあった。
トンボの羽が閃く。
「ミリア──!」
咄嗟に機体の学習プログラムで吹き飛ばしを防いだ炎は、しかしなすすべもなく引き離されていくミリアに悲鳴を上げる。
ミリアと必ず生きて帰る──願いを踏みにじるように、彼女が集中砲火に晒されていく。回復も追いつかない速度で。
機体にBS対抗能力がある悠と炎以外は、思うような位置が取れず、翻弄され、そして巨人に包囲されていく。
そして、耐え抜いた悠と炎は即ち……たった二人で女王の傍に立っているという事だった。女王がその腕の鎌を振り上げる──強力無比な、十回のランダム対象攻撃。それが、たった二体に振り分けられるのだ。
●
敵を殲滅していた分、こちらも重大な戦力を逸した。状況はふりだしに戻った……だけではない。
ハンターたちの消耗もそうだが、女王が己を狙うものが大したことは無い、これで歯向かう気力も削がれただろうと判断したのか、巨人の半数を前線に押し上げてきたのだ。神楽とピアレーチェが構築した防壁が、アサルトライフルの弾雨に晒されると見る見る間に脆くされていく。
射撃で防壁を崩し中央突破を図る気か。敵が攻め込んでくる際のパターンをいくつか予想して待ち構えていた匠は、敵を薙ぎ払っていた前線からいち早く戻ってくると壁を護る様に中央に布陣、再び二体のGnomeが防壁を張り直すのを護衛しながら応戦する。
(この戦場は多くから作り上げられたものと聞いている……各々が決着を着けられるように、この場は保たせてみせる)
浴びせられる銃弾を、向かい来る巨人の大剣を受け止めながら匠は堪えて見せる。我慢の戦いの開始だった──ただ、巨人が本気で攻め込んで来たら、正直wallの耐久力はかなり心許ない。既に示された通りトンボ返しに、しかも瞬間で対応できる方法は幾らもあったのだから、頼りない防壁に短くはない時間をかけるよりはその間敵を減らしていた方が良かったかもしれない。
とまれ、匠の先読みと監視のお陰で守勢に回る初動はかなり迅速に動けたのは事実だ。情報を共有すると、エラが素早く状況を判断し遊撃に出ていた皆を呼び戻す。
カインの機体から冷たい、刺すような気配が強烈に発せられたのはこの時だ。純粋な、研ぎ澄まされた殺意。命令に盲従し前進していた蟻たちが注目するほどの。危険と判断されたカインに、敵が一斉に集りだす!
カインはそれの猛攻を、盾を構え、その厚みの部分を意識して防御に集中することで耐え凌ぐ。
……本来、これは危険なのだ。注目を浴びるスキル、しかも効果時間が持続してしまうものを下手に使用すれば雑魚とはいえ数の暴力を甘く見た報いを受けることになる。が、カインがそれに陥らなかったのは、周囲に仲間がいることを確認し、きちんと守りを固めたこと。そして。
ユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)の星神器「アリマタヤ」が彼女の心を、そして彼女自身のマテリアルを纏い蒼白い雷光を纏い輝く。掲げられしその輝きが示すは王権。その力を分け隔てなく広める力ナイツ・オブ・ラウンド──!
「私が貴方を守るのは、貴方がこの戦いにおいて重要な役割を担っているから…確かにそれもある。だけどね、私が守る本当の理由は貴方も含めた共に戦う仲間達と、この戦いに勝って一緒に帰る事よ」
その力を解放しながら、ユーリは想に向かって声を上げる。
「怖いなら私に命を預けなさい、何が何でも絶対に守り切ってみせる。今この時は、私は貴方の『刃』となってあげる。だから……貴方は貴方の出来る事を為しなさいっ」
力強い言葉のだけあって。
雑魚を急いで一掃しなければいけない、というこの局面で。「一カ所に集める」ソウルトーチと「周囲の仲間を強化する」ナイツ・オブ・ラウンドが素晴らしいシナジーを生み出す!
ユーリは背後の想に向けて声を上げた。
ユーリの力は彼女の伴うワイバーン、ブリッツにも。猛スピードで突進する飛竜の衝撃波が敵を薙ぎ散らしていく。
星神器の力はやはりすさまじいの一言に尽きるのだが、ここはやはりこの場で注視をやってのけるカインの肝があっての事だろう。
(思考を止めるな殺せ殺せ殺せ殺せ)
巨人の射撃に対しても冷静な盾捌きと足元への射撃で対処。カマキリは避ける敵が向かってきたのをこれ幸いにと反撃で屠っていく。この場面での一番の功労者は間違いなく彼だが──だからこそ注記はしておく。生半可に真似をしようとしない方がいい。
別の一角では、ルナが先んじて戻らせていたアポロに光の結界を張らせて護らせていた。行く手を阻まれ混乱する蟻。だが射線は防げない。邪魔なのはあのペガサスかと、女王は巨人に命じて銃を構えさせ──
「ラファル、頼む!」
させまいとユリアンが叫ぶと、ユリアンとルナを運んでいたラファルが巨人とアポロの射線上に割り込み、風の結界を発生させる。
メアリもサンダルフォンからブラストハイロゥを展開、巨人が前進してきたため想を囲む壁を捉えることになった、その射撃を妨害し彼と周囲の味方を護る。
それでも広い戦場に大量の敵、本気で突撃してくれば漏れるように侵入してくる敵はヴァイスがガウスジェイルを展開、想を囲む壁は勿論、傷付く仲間の攻撃を優先して引き受け、ただでさえ数に劣る戦いでこれ以上のこちらの戦力低下を食い止めて見せた。
そして……劣勢時と言えばやはり。いざという時の真の星神器が放つ強力な防御結界がある。
味方の数を減らし、そこに敵が防御に振り分けていた戦力を攻勢に回し押し上げてきてなお、防衛側に回っていた者たちにはそれを凌ぐだけの実力と作戦はあった。備えていたことが上手く噛みあい効果を高め合ったのもあり、一度は押し込まれてギリギリの状況を迎えたものの、何とか踏ん張って押し返すだけの芽は生まれつつあった。
そう……このまま行けば耐えられた……筈だったのだが。
●
これまで、様々な者が想に声をかけていた。だが、それに対して、想からハッキリとした応答は無かった。その裏では想の中で様々な葛藤があった。
――ハンター達は想を護ろうとした。
想を危険な物から遠ざける為に四方を壁に取り囲み、寂しくないようにトランシーバーを渡して声をかけた。
それは親心でもあり、心配であるが故の行動だ。
彼らに悪気は無いことは分かるのだ。自分がここで求められている役割は、対ニガヨモギの結界を維持すること。その為に動きに制限を受ける自分を、敵の能力から確実に護るためにこの方法を取ったのだろうと。
だが、それは想自身には針のムシロであった。
大切にされている事が本当に良かったのか。
本来であれば今命をかけて戦っている彼らを護る事が自分の役目ではなかったのか。
ハンター達は言う。
成すべきことを為せ。
本当に成すべきは、命を張って戦うハンターと共に戦う事。
だが、勇気も自信もない想はその一言を彼らに告げられない。
――そうだ。
全部、自分が悪い。
自分が能力もスペックも低いから、ハンター達が傷付いていく。
「いや……だ。また俺だけ取り残されて……俺だけ残すために皆死んでいくのか……?」
ハンター達の親心であった壁が、想の心を揺さぶった。
敵の攻撃から身を護る壁は、敵の視界から想を隠す。
それは同時にハンター達が頑張って戦う姿を想に見せられない。トランシーバーから流れる音声だけが外界との繋がり。
蘇ってくる『戦うこともなくずっと遺跡に取り残されていた』状況。
それは自信のない想の脳裏に、ありもしない想像を掻き立てさせる。
「なんで、あんなに自信のあった皆さんが窮地に陥るんですか……!?」
あんなに自分を力強い声で励ましていた彼らがどうして。見えない。だから、想像するしかない。自己評価の低い彼が。独りで。
「まさか、俺はニガヨモギの封印に失敗したのか……!?」
重ねた失態はそうして、最悪の相乗効果をもたらして。
──不安と孤独がもたらした妄想は、彼の精神が限界を迎えたことで現実になった。
●
ニガヨモギの感染を防ぐ結界が、綻びる。
前線で、減った人数でそれでも覚悟と工夫で持ちこたえていた一行に、虚脱感が襲い掛かる。
あちこちで上がる悲鳴。
それを認めた女王は、何かを考えるように小首をかしげる仕草を見せて……そして、閃いたような顔をすると。
残っていた蟻が、一斉猛進を開始した。
「──っ! 我は城塞。災厄を排すっ!」
エラがとっさに魔法を発動させる。行軍が生み出す圧倒的衝撃が彼女の元に圧縮して封じられ、彼女一人を叩きのめす。ふらつき……そして持ちこたえようとする膝の力が入らない。
(まず……い)
現状のヤバさを、彼女は即座に理解した。
想の力は完全に壊れたわけでは無いらしい。精神と共に不安定になっただけで、漏れ出たニガヨモギはまだ即座に命を奪われるようなものではない。それでも。
ただ生命力を奪われるだけではない、気力も削ぐこの虚脱感が。
死にはしなくとも、膝を着いたその瞬間、立ち上がる意志をへし折られる。
そして。
蟻は構わず、またも進軍する。何故なら。ニガヨモギが完全化すれば、これら雑魔もすぐに死ぬのだ。……だったらそれまでに使い潰しといた方が有効活用よね? 女王としては、そういう判断なのだろう。
「防げっ! 何としてでもっ!」
エラが檄を飛ばす。ラストテリトリーを持つ者たちが順番にそれに対応し耐え、それ以外の者たちは巨人に撃たれカマキリに刻まれるのを一旦無視して傷付く蟻を兎に角攻撃する。
だが、ラストテリトリーを使用できるものが倒れ、その上に蟻の行進が全員に降りかかったら……?
あ、詰んだかもしれない、これ。
こんな時にも冷静に判断すると、投げ出したくなる気力を振り絞って彼女はヴェルナーと連絡を取った。ここは駄目だ、大至急救助隊は手配できないかと。アフンルパルの入り口に近いここは、奇跡的に外と連絡を取ることが出来た。
あとは想を出してやらないと──声掛けは無用だった。壁の中から叫びが上がるや否や、チィが流石にもう我慢できないと破壊していたからだ。側面の壁を破壊された想は今、目の前の壁に向かい虚ろな目でブツブツと呟き続けていた。
一行はそれでも、攻撃に、無力感に抵抗を続け……一人、一人とその膝を折っていく。
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