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【深棲】これまでの経緯


更新情報(9月5日更新)
過去の【深棲】ストーリーノベルを掲載しました。
【深棲】ストーリーノベル
各タイトルをクリックすると、下にノベルが展開されます。
●南海の異変
リスクに敏感な自由都市同盟の大商人の間で、南回りのルートを避ける動きが出始めたのは初夏の時期だった。海をゆく船が怪物を目撃した、襲撃を受けた、あるいは消息を絶った、と言う事例が増えつつあったのだ。それはやがて、南部の港湾都市ポルトワールと北部のヴァリオス間の海上輸送にも影響を与え始める。
「ゆゆしき事態である」
同盟は、7月に入ってすぐの定例評議会で異例の声明を発し、同盟海軍は戦闘警戒に入った。南方においても人類の敵、歪虚が活動を始めたのだ。
同時に同盟は王国、帝国へ支援を要請。状況を確認した両国も、官民両面において可能な行動を取り始める。戦力の提供こそ少ないながらも、同盟側からの避難民の受け入れや物資の提供など、その援助は多岐に渡った。
●港湾都市ポルトワール
「そこに現れたのが、タコとエビのあいのこみてぇな化け物だ。船よりでかい顔が海一杯に広がって……」
「爺さん、また話がでかくなってるぞ」
ほろ酔い加減の老水夫に、聞き手からの野次が飛ぶ。危険とあれば商機と見なすような中堅商人にとって、南の異変は稼ぎ時だった。危険に打ち勝ち戻った船乗りのお蔭で、ポルトワールの酒場は普段よりも賑わっている。奥のテーブルでは、海兵がひそひそと話をしていた。
「おい、その化け物なんだがな。どうも東の漁村にも出たってさ」
海軍の封鎖線も万全ではなく、小型のヴォイドは封鎖をかいくぐり、海岸を脅かしつつある。王国や帝国の援軍も向っているが、共に陸路。彼らの到着までの間は脆弱な同盟陸軍のみで対応せねばならない。
「北の辺境でもヴォイドが動き出してるってさ。王国の西は相変わらずだろうし、他国をあてにしすぎる訳にもいくまい」
空のジョッキへ目を落とし、上官らしき海兵はため息を吐いた。
「陸軍の奴らが少しは仕事してくれればいいんだがな」
「リゼリオにあるリアルブルーのでかぶつは、やはり動けないらしい。後はハンター……か」
●リゼリオ郊外、サルヴァトーレ・ロッソ
身動きの取れぬサルヴァトーレ・ロッソにおいても、事態は共有されていた。同盟南部各地での目撃情報から推測するに、97%の確度でリアルブルーで交戦していたVOIDと同様の種であるとの報告が上がっている。
「ただ、その行動は支離滅裂。この世界では、奴らは「狂気」のヴォイドと呼ばれてるらしいですヨ」
壁際のジョン・スミス (kz0004) の言葉に、ダニエル・ラーゲンベック艦長 (kz0024) は首をかしげた。リアルブルーでのVOIDは一糸乱れぬ行動を取り、さながら蟻の軍隊のようだった。外見だけ似た別種なのか、あるいは他の原因があるのか。理由はさておき。
「こっちの連中は大声では言わんが、恐らくこいつらはサルヴァトーレ・ロッソを追って来たんだろうな」
「あの時、まだ本艦は交戦中でしたからその可能性は高いと思います」
艦長の唸り声に、クリストファー・マーティン大尉 (kz0019) が同意する。彼は今回の件に対するCAMの出撃許可を求めにやってきていた。燃料入手の目途が立っていない現状、稼働は慎重を期すべきではあるが。
「止むを得ん。ただし偵察なんぞには使うなよ。動かすのは必要な時のみだ。まあ、判断は任せる」
「了解」
駆け出すマーティンを見送ってから、艦長はスミスへ目を向けた。
「こちらの持つVOIDの情報を現地の連中に提供しろ」
●迫る歪虚
昆虫か海老を思わせる甲殻の下から、多関節の触腕が伸びる。赤く発光する眼柄を振り回しながら、手負いの怪物は突進してきた。
「放て!」
海兵の魔導銃が一斉に弾丸を吐き出し、敵を抉る。数度、のたうってから歪虚は黒い塵に変じて崩れ去った。
「しぶてぇな……」
ベテラン海兵が唾を吐く。狂気の歪虚はその名の通り、狂ったように突貫してきた。彼らの辞書に後退の文字は、どうやらないらしい。単純な戦闘力もさることながら、特筆すべきはその耐久力。そして……。
「どうした、しゃっきりしろ!」
どやしつけられた新兵が、我に返った。異形の外見には独特の呪があるのか、目を奪われてしまうことが有るのだ。酷い時には狂気に囚われる事すらあるらしい。幸いにして、彼らはまだそこまでひどい目にはあっていないが。
「後から後から、どこから湧いてるんですかねえ」
「さあな。俺たちは任務を果たすまでだ。気を抜かずしっかり見張っておけ」
兵のぼやきに、指揮官は姿勢を崩さぬままで答える。交代艦が来るまであと半日。封鎖線を守らねばならない。同盟海軍は確かに精強であったが、海は広大だった。
「狂気の歪虚っていうのは、何百年か前に暴れたことが有るらしいのさ」
今回ほどの規模じゃないが、とクロウ (kz0008) は言う。聴衆は、酒場に集う出来上がった冒険者たちだった。最近めっきり海際の戦闘に駆り出されることが多くなったせいか、いい色に焼けた者も多い。
「その時と同じだとすれば、親玉がいて、そいつが子分を作り出している……っていう目算が立つ。つまり、その親玉を叩けば騒動は終結さ」
自信満々に冷えたジョッキを呷るクロウ。
「それが分らないから困ってるんじゃないの?」
ラキ (kz0002) が首をかしげた。酔っ払いに話が通じるかなあ、と篠原神薙はやや懐疑的だったが、クロウはジョッキの下の水溜まりに指を浸す。
「ふっふっふーん……」
鼻歌交じりに濡れた指を机の上で動かすクロウ。
「……地図?」
しばらく覗き込んでいたラキに、親指を立てて見せた。
「えーと、ここがリゼリオ?」
「そう。そして歪虚が目撃されてるのは、大体この辺だ。っていう辺りからして敵の中心はこの辺……」
ラキが示した『リゼリオ』からやや手前側、机から落っこちそうな辺りにフォークの先をさまよわせる。聴衆の注目を集める為の計算された間の後で、
「この辺に、何か思い当る物はないか? ラキ君」
意味深に問うクロウにうーん、と首をかしげるラキ。黙って料理を食べていた神薙が、ため息交じりに口をはさむ。
「今回のヴォイドが、地球からサルヴァトーレ・ロッソを追いかけてきたのなら、あの島にいるんじゃないかな」
「あ、ラッツィオ島!」
御明察、とばかりにクロウはニヤリと笑った。
●偵察行
狂気の歪虚がどこかに潜んでいるとしても、リゼリオ近海の波は穏やかだった。天候も悪くない。
「同盟の海軍は、やはりさすがですね」
潮風に吹かれながら、ヴィオラ・フルブライト(kz0007)は感嘆の声を漏らした。ラッツィオ島への偵察に使われる高速帆船は、優美な姿を朝日に照らされている。
「まったく。子供のころから、一度はこんな船に乗ってみたかったんだよな」
声のした方に目を向ければ、サルヴァトーレ・ロッソの軍服を纏った青年が照り返しに目を細めていた。
「あなたは?」
「クリストファー・マーティン(kz0019)大尉です。あなたはヴィオラ・フルブライトさんかな?」
会議の後で見かけた、と微笑を見せる青年に、嫌な印象は持たなかった。
「明日はお世話になる。……俺達のCAMがちゃんと動ければ、良かったんだけどな」
リアルブルー人が持つ鉄の巨人の噂は、彼女も聞いている。彼女はそれが実際に動いたところを見た訳では無いが、あの時にラッツィオ島へ向かったハンター達の中には肩を並べて戦った者もいたらしい。
「噂では、リアルブルーの貴重な力を使うとか。可能であれば、その力を使わずにすませたいですね」
正直に言えば、その鉄巨人が動くのを見てみたい気持ちはある。しかし、聖堂戦士団を率いてこの場にいる以上、並みの歪虚であれば容易に打ち払える自負もあった。かつて王国に苦杯を舐めさせたあの敵に匹敵するような怪物でもなくば、そこまでの苦戦はするまい。
――そう、思っていた。
●巨大なる「狂気」
でかい。大きい。黒い。
マストの上の見張りがそれを見た物の第一印象は、すぐに別の物に押しつぶされた。恐怖と、困惑。それに呑まれる前に、船長が転舵を指示する。
「東の浜を埋めてるだと? ありゃ、この船よりでかいぞ」
呆れたように言うクロウ(kz0008)の向こう側で、マーティンは天を仰いでいた。
(あの時の大型ヴォイドか……)
サルヴァトーレ・ロッソのマテリアル砲を正面から喰らった傷痕は、まだ癒えていないのだろう。小山の如き巨体の威圧感は以前ほどではない。しかし、今回はサルヴァトーレ・ロッソの支援も無く、帆船の一角に積み込んだCAMもわずかに10機。
「……あそこまで大きいとは、予想していませんでしたね」
「CAMで手元に飛び込めれば何とかなるかもしれない……。が、奴が飛んだら、それまでだ」
内心の動揺を表に見せないヴィオラの声に、マーティンは苦笑交じりに答えた。
「飛ばせなければいいのか? なら、こっちで何とかできるかもしれないぜ。ま、リゼリオに一度戻って対策会議だな」
ニヤリと笑みを浮かべたクロウが、大きく伸びをする。ヴィオラやマーティンと違い、夜型の彼にはやや厳しい時間帯だった。
●大物喰いの作戦
「うわ、凄い大きい弓だな」
「バリスタっていうんだって。こっちのはトレビ……トレビ……」
「トレビュシェット」
「そうそう、それ」
図面を見ながらのんきな会話をしている篠原神薙(kz0001)とラキ(kz0002)。やや鈍足な大型帆船は、巨大な攻城用の兵器、の材料を満載していた。ラッツィオ島には樹も多く、伐採して組み立てる方が船で何往復もするよりはやい、という事らしい。
「敵はあのサイズだから、そこまで精密なのはいらんしな」
というのは、図面を書いたクロウの談だ。
ヴィオラ達の偵察を経て、『狂気』討伐隊は作戦を修正していた。夜半に島の南部に上陸し、攻城兵器を組み立てて翌日に攻撃を仕掛ける、というものだ。大型弩弓や、太い縄を付けた大石などで拘束してしまえば、数十秒くらいは飛び立てないだろう。その間に、CAMを中核とする攻撃隊が切り込む。堅い外殻が残っていればどうしようもなかっただろうが、ごっそり左半身を吹き飛ばされた傷跡はまだ癒えておらず、ピンク色の生々しい肉が外から見て取れる状態だ。CAMであれば、その数十秒のうちに致命傷を与える事が出来る、とロッソの戦術コンピューターも判断していた。
「ま、あいつがある程度頭が良ければ、痛い目見る前にさっさと尻をまくるだろうがな」
高速帆船を見ても反応を示さなかった様子からすれば、『狂気』の歪虚は周辺が少しばかり騒々しい程度では逃げ出さないだろう。
「よーし、いってみよう!」
ラキの声に被るように、帆が大きな音を立てて風を孕んだ。
●海と狂気
それは痛みによる目覚めと、微睡を繰り返していた。思考は混濁し、意味のある計画も立てられない。
まともな生き物であれば、当に絶命していたであろう深い傷。半身を文字通り消失してなお、それは生きながらえていた。
本能に刻み込まれた破壊への欲求が、この世界にその個体を繋ぎとめている。
七眷属『狂気』、その個体は、この世界ではそう呼ばれていた。
「どうやら荒れてきましたな、リアルブルーの御人」
夜明けの光が差し始めた中、船長が何気なく言う。普段は商船であるらしいこの船は、CAMを二機座らせていてもさほどバランスに難を生じない程度には大きい。とはいえ、嵐でも来れば話は別だ。
「もう、乗り込んでおいた方がいいかな?」
問い返したクリストファー・マーティン(kz0019)に船長は首を振った。まだ焦るような荒れ方ではない、らしい。
「ま、船の事は私らに、雑魔どもはハンターさんに任せて。いざって時に動けなくならない様に、体を温めておいてくださいよ」
親切そうな船長に、マーティンは曖昧な笑みで答えた。船の男の飲む酒は強い。さほど強い方ではない彼が景気づけのつもりで飲んだら、ひっくり返る羽目になりそうだ。決行の予定時刻まで、あと2時間ほど。問題が無ければ、そろそろ丘から合図がある筈だった。
●戦闘開始!
夜明けと同時に、攻撃用の投石器と大型弩弓は最終組み立てを行っていた。ある程度職人の手を要する細かい作業はもう終わっており、危険なこの地に同行した勇敢な大工らは後退している。
「よぉし、支柱を立てろ! ここからは時間勝負だぜ」
クロウ(kz0008)の声に合わせて、カタパルトの支柱が立つ。錘が据えつけられ、大小の石が詰め込まれた。数人の覚醒者が力を合わせて、綱を引く。重力に反して宙吊りになった錘に、支柱が抗議の軋みをあげた。
「一番弩弓、準備良し」「二番弩弓、もう少し。……おっけ!」「カタパルトは一番、二番いける」
第一射の準備が整った事を聞き、クロウは大きく息を吸い込んだ。
「よぉし、ぶちかませ!」
大岩が、そして太矢が。宙を飛ぶ。
「抜剣! ……突撃!」
同刻、ふもとの森から沼地へと、戦士たちが踏み出した。
雑魔どもが慌ただしく向かってくるのを切り捨て、更に前へ。
見上げる程の巨体を視界に入れぬように、足元を見つめて進む者。己を鼓舞するように雄たけびをあげる者。
戦いはこうして始まった。
●狂気の目覚め
それは突然、目覚めた。何か異変が起きている。それが何なのか、と考える先から思考は拡散した。
痛み。何かが傷口に刺さっている。
身じろぎしようとして、それは自分の動きを何かが拘束している事に気づいた。
傷口に刺さったのは、一抱えもありそうな太矢。それの動きを邪魔していたのは、大岩に括られた網だった。
ほぼ同時に、周囲に知らぬ気配を感知する。人間の匂い。
それは本能の命じるまま、反撃を開始した。自らの触手と、それが支配している範囲の小型の個体を放つ。
獰猛な甲殻はすぐに人間を殺すだろう。あるいは、時間を掛けて殺すだろう。そしてそれは再び微睡に戻る。
――その目論見は、外れる事となる。
●大敵の滅び
視界を埋め尽くす巨大な異形が、崩れていく。硬質な外殻は細かな黒い塵のように変じ、ぬめった肉は溶けるようにその形を失った。歪虚の滅びは、後に死骸を残さない。その原則はここまで巨大な歪虚であっても同じだ。
『オォオォォォ―――』
声にならぬ悲鳴が、聞こえたような気がした。それまで無心に目の前の人間へ襲いかかっていた狂気の眷属が、身を竦める。そして――。
「逃げた!?」
「た、助かった……」
驚きの声をあげる者、助かったとばかりに腰砕けになる者。どうやら歪虚に巻き起こった恐慌は、狂気の眷属のみならず土着の雑魔すら巻き込んだらしい。
「……雨が、上がります」
見上げた空からは、黒雲がゆっくりと薄れていく。
●狂気の置き土産
「そのうち、ここには人が住むようにした方がいいな」
短い間に晴れた海岸で、クロウ(kz0008)は周囲を見回しながらそう言った。正のマテリアルは、自然の営みからゆっくりと生じる。しかし、前向きな感情や思いを持つ知的生物はより良い影響を及ぼす事が出来るのだ。
『そうですね、幸いな事に森も豊かですし、島の南には川もあるから飲み水も大丈夫そうですね。歪虚さえいなければすぐにでも人を呼べると思います』
ショップ店員のシルキー・アークライト (kz0013) が、遠距離通信の向こうから明るい声を返した。島の位置的に、リゼリオが起点となるだろう。その時を見越して早くも算盤を叩いているのかもしれない。
「ここにいましたか、クロウ。ちょっと見て欲しい物があります」
「おう、今行く」
通信を切ってから仮設テントを出る。大型歪虚がいた東の沼地まで、汚染状況を調べに行っていたヴィオラ・フルブライト(kz0007)が眉間にしわを寄せていた。
●残滓
「なんだこりゃ……?」
聖堂戦士団が慎重に張ったロープごしに「ソレ」を見たクロウ(kz0008)は首を傾げる。錬金術師組合の正博士として、またハンターとしても経験の深い彼も見た事が無い物体だった。
「クロウでも判らないとすると、これは……」
「火星探査隊の遺留品だと思う。形状とサイズからして、探査母艦の艦首かな……」
答えは、クリストファー・マーティン(kz0019)からもたらされた。クリムゾンウェスト人の二人に、彼らの世界の出来事を簡単に説明する。
「つまり、あのでかぶつは確実にそっちの世界から来た、ってことが分かった訳か」
なるほどな、と頷いて前に進もうとしたクロウを、聖堂戦士の一人が慌てて制止した。
「すみません、まだこの物体には高度の歪虚汚染が確認されており……」
「遺留品? ヴォイドが? 珍しいな」
歪虚は死骸を残さない。強いて言えば、本当に成りたての歪虚は死骸を晒す事もあるが、今回のケースはそれとも違う。
「もしも、この地を人が住まう場所とするならば、これを浄化する必要がありますね」
「あんたでもできないのか?」
ヴィオラ・フルブライト(kz0007)は少し考え込んだが、首を振った。彼女は一通りの浄化法術を心得ているが、これは儀式魔法の出番だ。大勢の意志を束ね、行使する為の儀式の技法は彼女の手に余る。
「……じゃあ、本職に頼むしかねぇか……。シルキーに頼んで、呼んできて貰うのが良さそうだな」
ぼりぼり、と頭を掻いてから、クロウはもう一度海岸の仮設拠点へ戻るべく踵を返した。
●祝祭の日
戦闘を終えたCAMは僅かでも燃料を節約するべく停止しており、海岸で駐機姿勢をとった10機の巨人近くには、物見高いハンター達が集まっている。
「ワオ、見ると聞くとは大違い、随分大きいネー」
そんな中に、巫女装束のリムネラ (kz0018) がいた。かつては大巫女の候補にも挙げられた彼女は、辺境聖地における儀式を一通り収めている。そんな話を覚えていたクロウに呼ばれて、高速船で島にやってきたのだ。
「やっては見るけど、ちょっと難しいカモ……」
現物を見た彼女は悲しそうな顔で言う。大巫女様なら、あるいは聖地でならば可能かもしれない、とも。この場所には正のマテリアルも少なく、儀式の力を高める為の術具もないのだ。
「……場所を変えればどうにかできる、というならば移動できるようにはなりませんか?」
「んー……そうですネ。祝祭の日にすれば、私でも何とかできると思いマス」
ヴィオラの問いに、リムネラは少し考えていたが、やがてゆっくりと頷く。祝祭の日、とは辺境では部族ごとにあった祭りの日。いわゆる晴れの日だ。部族をあげて祝い、その正のマテリアルを束ねて豊穣を祈願したり、災いを避けたりする。
「そういう事なら、祝勝会でもやるかね。リゼリオに戻ってからと思ってたが、ここでやって悪い事はあるまい?」
くい、と杯を呷る真似をして見せるクロウに、ヴィオラはため息を吐くが。
「ハイ……! 美味しい物や楽しい事は、大事なコト……少しでも増やしたいデスネ」
リムネラはにこやかに微笑み、頑張りマショウ、と頷きを返すのだった。
●宴の夜
「楽しかったねー」
「普段はこんな時間まで起きてないから、少し眠いや」
はしゃいだラキ (kz0002) の声を聞きながら、篠原 神薙 (kz0001) はごろんと寝転がった。目に映る、満天の星。リアルブルーの地上にいた頃のことは、あまり覚えていないが、こんなに綺麗では無かったような気がする。
「リムネラさんも、凄かったって。見に行けばよかったかな」
まだ遊び足りないようなラキの声に、生返事を返しながら、神薙はうとうととまどろみはじめていた。
「フー、疲れたネー」
「お疲れ。上手く行って良かったよ」
へちゃ、と突っ伏したリムネラ (kz0018) を、クロウ (kz0008) がねぎらう。クロウ自身も、ハンター達と一緒に灯台やら桟橋やらを作っていた為、ようやく一息ついた形だ。
「ま、特に灯台組は今からが本番だな」
砂浜に幾つか見える火には、まだ中身の尽きない鍋やら串やらが掛かっている。親切なハンター達が出来たてを配って回っており、リムネラの元へもすぐに皿と飲み物が届いた。
「灯台、少し見たかったデース」
「そういや、リムネラは明日にはもういないんだったか。相手が危険物とはいえ、大変だな」
一応の浄化が行われたとはいえ、狂気の歪虚の遺物はまだ負のマテリアルを纏っている。祭祀を執り行う為に、なるべく早く辺境に持っていきたいというリムネラの希望へ、他国からも異論は出なかった。ハンター達も、明日以降は徐々に引き上げ始める予定だ。立ち去ると言えば、もう一つ。
「お前さんとこのアレも、明日には出ていくんだったか?」
「その予定だ。海水を被ったりもしてるんで、整備がとにかく早く診せろーってね」
誰かの声真似をして見せるクリストファー・マーティン (kz0019) 。『リアルブルーのアルケミスト』も自分たちとあまり変わらないな、とクロウは苦笑した。
●家路
ラッツィオ島に日が昇る。木々の向こうから差し込む光に、多くの酔っ払いが忌々しげに顔をしかめ、健全な面々も眩しそうに目を細めた。朝は、旅立ちの時間だ。
「帰りましょう。私たちの務めを果たしに」
今回の戦いに多くを果たしたヴィオラ・フルブライト (kz0007) ら聖堂戦士団、そしてリムネラが出来たばかりの浮き桟橋から船に向かう。灯台への装置の設置が終わる午後には、クロウも引き上げる予定だった。入れ替わりに、やってくる者もいる。
「ここが新しい住処かー」
「まず、その住処を作る所からだけどな。ま、のんびり行こうや」
赤銅色の肌の海の男達や、その家族たち。綺麗に切り開かれた森と、その一角に積まれた材木の山は、彼らが有意義に使うだろう。昨日のうちについていた灯台守の一家が、家路に就くハンター達を手を振って見送る。
「次に来るときは、どんな場所になってるかな?」
楽しみだね、というラキ。神薙は、桟橋の上から島を振り返る。この世界に来て、ハンターになって。初めて「皆で手にした勝利の光景」を、彼は忘れないだろう。
●プロローグノベル(7月17日更新)
●南海の異変
リスクに敏感な自由都市同盟の大商人の間で、南回りのルートを避ける動きが出始めたのは初夏の時期だった。海をゆく船が怪物を目撃した、襲撃を受けた、あるいは消息を絶った、と言う事例が増えつつあったのだ。それはやがて、南部の港湾都市ポルトワールと北部のヴァリオス間の海上輸送にも影響を与え始める。
「ゆゆしき事態である」
同盟は、7月に入ってすぐの定例評議会で異例の声明を発し、同盟海軍は戦闘警戒に入った。南方においても人類の敵、歪虚が活動を始めたのだ。
同時に同盟は王国、帝国へ支援を要請。状況を確認した両国も、官民両面において可能な行動を取り始める。戦力の提供こそ少ないながらも、同盟側からの避難民の受け入れや物資の提供など、その援助は多岐に渡った。
●港湾都市ポルトワール
「そこに現れたのが、タコとエビのあいのこみてぇな化け物だ。船よりでかい顔が海一杯に広がって……」
「爺さん、また話がでかくなってるぞ」
ほろ酔い加減の老水夫に、聞き手からの野次が飛ぶ。危険とあれば商機と見なすような中堅商人にとって、南の異変は稼ぎ時だった。危険に打ち勝ち戻った船乗りのお蔭で、ポルトワールの酒場は普段よりも賑わっている。奥のテーブルでは、海兵がひそひそと話をしていた。
「おい、その化け物なんだがな。どうも東の漁村にも出たってさ」
海軍の封鎖線も万全ではなく、小型のヴォイドは封鎖をかいくぐり、海岸を脅かしつつある。王国や帝国の援軍も向っているが、共に陸路。彼らの到着までの間は脆弱な同盟陸軍のみで対応せねばならない。
「北の辺境でもヴォイドが動き出してるってさ。王国の西は相変わらずだろうし、他国をあてにしすぎる訳にもいくまい」
空のジョッキへ目を落とし、上官らしき海兵はため息を吐いた。
「陸軍の奴らが少しは仕事してくれればいいんだがな」
「リゼリオにあるリアルブルーのでかぶつは、やはり動けないらしい。後はハンター……か」

ジョン・スミス

ダニエル・ラーゲンベック

クリストファー・マーティン
身動きの取れぬサルヴァトーレ・ロッソにおいても、事態は共有されていた。同盟南部各地での目撃情報から推測するに、97%の確度でリアルブルーで交戦していたVOIDと同様の種であるとの報告が上がっている。
「ただ、その行動は支離滅裂。この世界では、奴らは「狂気」のヴォイドと呼ばれてるらしいですヨ」
壁際のジョン・スミス (kz0004) の言葉に、ダニエル・ラーゲンベック艦長 (kz0024) は首をかしげた。リアルブルーでのVOIDは一糸乱れぬ行動を取り、さながら蟻の軍隊のようだった。外見だけ似た別種なのか、あるいは他の原因があるのか。理由はさておき。
「こっちの連中は大声では言わんが、恐らくこいつらはサルヴァトーレ・ロッソを追って来たんだろうな」
「あの時、まだ本艦は交戦中でしたからその可能性は高いと思います」
艦長の唸り声に、クリストファー・マーティン大尉 (kz0019) が同意する。彼は今回の件に対するCAMの出撃許可を求めにやってきていた。燃料入手の目途が立っていない現状、稼働は慎重を期すべきではあるが。
「止むを得ん。ただし偵察なんぞには使うなよ。動かすのは必要な時のみだ。まあ、判断は任せる」
「了解」
駆け出すマーティンを見送ってから、艦長はスミスへ目を向けた。
「こちらの持つVOIDの情報を現地の連中に提供しろ」
●迫る歪虚
昆虫か海老を思わせる甲殻の下から、多関節の触腕が伸びる。赤く発光する眼柄を振り回しながら、手負いの怪物は突進してきた。
「放て!」
海兵の魔導銃が一斉に弾丸を吐き出し、敵を抉る。数度、のたうってから歪虚は黒い塵に変じて崩れ去った。
「しぶてぇな……」
ベテラン海兵が唾を吐く。狂気の歪虚はその名の通り、狂ったように突貫してきた。彼らの辞書に後退の文字は、どうやらないらしい。単純な戦闘力もさることながら、特筆すべきはその耐久力。そして……。
「どうした、しゃっきりしろ!」
どやしつけられた新兵が、我に返った。異形の外見には独特の呪があるのか、目を奪われてしまうことが有るのだ。酷い時には狂気に囚われる事すらあるらしい。幸いにして、彼らはまだそこまでひどい目にはあっていないが。
「後から後から、どこから湧いてるんですかねえ」
「さあな。俺たちは任務を果たすまでだ。気を抜かずしっかり見張っておけ」
兵のぼやきに、指揮官は姿勢を崩さぬままで答える。交代艦が来るまであと半日。封鎖線を守らねばならない。同盟海軍は確かに精強であったが、海は広大だった。
●あの島、再び ~ラッツィオ島~(7月25日更新)

クロウ

ラキ
今回ほどの規模じゃないが、とクロウ (kz0008) は言う。聴衆は、酒場に集う出来上がった冒険者たちだった。最近めっきり海際の戦闘に駆り出されることが多くなったせいか、いい色に焼けた者も多い。
「その時と同じだとすれば、親玉がいて、そいつが子分を作り出している……っていう目算が立つ。つまり、その親玉を叩けば騒動は終結さ」
自信満々に冷えたジョッキを呷るクロウ。
「それが分らないから困ってるんじゃないの?」
ラキ (kz0002) が首をかしげた。酔っ払いに話が通じるかなあ、と篠原神薙はやや懐疑的だったが、クロウはジョッキの下の水溜まりに指を浸す。
「ふっふっふーん……」
鼻歌交じりに濡れた指を机の上で動かすクロウ。
「……地図?」
しばらく覗き込んでいたラキに、親指を立てて見せた。
「えーと、ここがリゼリオ?」
「そう。そして歪虚が目撃されてるのは、大体この辺だ。っていう辺りからして敵の中心はこの辺……」
ラキが示した『リゼリオ』からやや手前側、机から落っこちそうな辺りにフォークの先をさまよわせる。聴衆の注目を集める為の計算された間の後で、
「この辺に、何か思い当る物はないか? ラキ君」
意味深に問うクロウにうーん、と首をかしげるラキ。黙って料理を食べていた神薙が、ため息交じりに口をはさむ。
「今回のヴォイドが、地球からサルヴァトーレ・ロッソを追いかけてきたのなら、あの島にいるんじゃないかな」
「あ、ラッツィオ島!」
御明察、とばかりにクロウはニヤリと笑った。
●第1フェーズオープニング(8月5日更新)
●偵察行
狂気の歪虚がどこかに潜んでいるとしても、リゼリオ近海の波は穏やかだった。天候も悪くない。
「同盟の海軍は、やはりさすがですね」

ヴィオラ・フルブライト

クリストファー・マーティン
「まったく。子供のころから、一度はこんな船に乗ってみたかったんだよな」
声のした方に目を向ければ、サルヴァトーレ・ロッソの軍服を纏った青年が照り返しに目を細めていた。
「あなたは?」
「クリストファー・マーティン(kz0019)大尉です。あなたはヴィオラ・フルブライトさんかな?」
会議の後で見かけた、と微笑を見せる青年に、嫌な印象は持たなかった。
「明日はお世話になる。……俺達のCAMがちゃんと動ければ、良かったんだけどな」
リアルブルー人が持つ鉄の巨人の噂は、彼女も聞いている。彼女はそれが実際に動いたところを見た訳では無いが、あの時にラッツィオ島へ向かったハンター達の中には肩を並べて戦った者もいたらしい。
「噂では、リアルブルーの貴重な力を使うとか。可能であれば、その力を使わずにすませたいですね」
正直に言えば、その鉄巨人が動くのを見てみたい気持ちはある。しかし、聖堂戦士団を率いてこの場にいる以上、並みの歪虚であれば容易に打ち払える自負もあった。かつて王国に苦杯を舐めさせたあの敵に匹敵するような怪物でもなくば、そこまでの苦戦はするまい。
――そう、思っていた。
●巨大なる「狂気」
でかい。大きい。黒い。
マストの上の見張りがそれを見た物の第一印象は、すぐに別の物に押しつぶされた。恐怖と、困惑。それに呑まれる前に、船長が転舵を指示する。

クロウ
呆れたように言うクロウ(kz0008)の向こう側で、マーティンは天を仰いでいた。
(あの時の大型ヴォイドか……)
サルヴァトーレ・ロッソのマテリアル砲を正面から喰らった傷痕は、まだ癒えていないのだろう。小山の如き巨体の威圧感は以前ほどではない。しかし、今回はサルヴァトーレ・ロッソの支援も無く、帆船の一角に積み込んだCAMもわずかに10機。
「……あそこまで大きいとは、予想していませんでしたね」
「CAMで手元に飛び込めれば何とかなるかもしれない……。が、奴が飛んだら、それまでだ」
内心の動揺を表に見せないヴィオラの声に、マーティンは苦笑交じりに答えた。
「飛ばせなければいいのか? なら、こっちで何とかできるかもしれないぜ。ま、リゼリオに一度戻って対策会議だな」
ニヤリと笑みを浮かべたクロウが、大きく伸びをする。ヴィオラやマーティンと違い、夜型の彼にはやや厳しい時間帯だった。
●大物喰いの作戦
「うわ、凄い大きい弓だな」
「バリスタっていうんだって。こっちのはトレビ……トレビ……」
「トレビュシェット」
「そうそう、それ」

篠原神薙

ラキ
「敵はあのサイズだから、そこまで精密なのはいらんしな」
というのは、図面を書いたクロウの談だ。
ヴィオラ達の偵察を経て、『狂気』討伐隊は作戦を修正していた。夜半に島の南部に上陸し、攻城兵器を組み立てて翌日に攻撃を仕掛ける、というものだ。大型弩弓や、太い縄を付けた大石などで拘束してしまえば、数十秒くらいは飛び立てないだろう。その間に、CAMを中核とする攻撃隊が切り込む。堅い外殻が残っていればどうしようもなかっただろうが、ごっそり左半身を吹き飛ばされた傷跡はまだ癒えておらず、ピンク色の生々しい肉が外から見て取れる状態だ。CAMであれば、その数十秒のうちに致命傷を与える事が出来る、とロッソの戦術コンピューターも判断していた。
「ま、あいつがある程度頭が良ければ、痛い目見る前にさっさと尻をまくるだろうがな」
高速帆船を見ても反応を示さなかった様子からすれば、『狂気』の歪虚は周辺が少しばかり騒々しい程度では逃げ出さないだろう。
「よーし、いってみよう!」
ラキの声に被るように、帆が大きな音を立てて風を孕んだ。
●第2フェーズオープニング(8月14日更新)
●海と狂気
それは痛みによる目覚めと、微睡を繰り返していた。思考は混濁し、意味のある計画も立てられない。
まともな生き物であれば、当に絶命していたであろう深い傷。半身を文字通り消失してなお、それは生きながらえていた。
本能に刻み込まれた破壊への欲求が、この世界にその個体を繋ぎとめている。
七眷属『狂気』、その個体は、この世界ではそう呼ばれていた。

クリストファー・マーティン
夜明けの光が差し始めた中、船長が何気なく言う。普段は商船であるらしいこの船は、CAMを二機座らせていてもさほどバランスに難を生じない程度には大きい。とはいえ、嵐でも来れば話は別だ。
「もう、乗り込んでおいた方がいいかな?」
問い返したクリストファー・マーティン(kz0019)に船長は首を振った。まだ焦るような荒れ方ではない、らしい。
「ま、船の事は私らに、雑魔どもはハンターさんに任せて。いざって時に動けなくならない様に、体を温めておいてくださいよ」
親切そうな船長に、マーティンは曖昧な笑みで答えた。船の男の飲む酒は強い。さほど強い方ではない彼が景気づけのつもりで飲んだら、ひっくり返る羽目になりそうだ。決行の予定時刻まで、あと2時間ほど。問題が無ければ、そろそろ丘から合図がある筈だった。

クロウ
夜明けと同時に、攻撃用の投石器と大型弩弓は最終組み立てを行っていた。ある程度職人の手を要する細かい作業はもう終わっており、危険なこの地に同行した勇敢な大工らは後退している。
「よぉし、支柱を立てろ! ここからは時間勝負だぜ」
クロウ(kz0008)の声に合わせて、カタパルトの支柱が立つ。錘が据えつけられ、大小の石が詰め込まれた。数人の覚醒者が力を合わせて、綱を引く。重力に反して宙吊りになった錘に、支柱が抗議の軋みをあげた。
「一番弩弓、準備良し」「二番弩弓、もう少し。……おっけ!」「カタパルトは一番、二番いける」
第一射の準備が整った事を聞き、クロウは大きく息を吸い込んだ。
「よぉし、ぶちかませ!」
大岩が、そして太矢が。宙を飛ぶ。
「抜剣! ……突撃!」
同刻、ふもとの森から沼地へと、戦士たちが踏み出した。
雑魔どもが慌ただしく向かってくるのを切り捨て、更に前へ。
見上げる程の巨体を視界に入れぬように、足元を見つめて進む者。己を鼓舞するように雄たけびをあげる者。
戦いはこうして始まった。
●狂気の目覚め
それは突然、目覚めた。何か異変が起きている。それが何なのか、と考える先から思考は拡散した。
痛み。何かが傷口に刺さっている。
身じろぎしようとして、それは自分の動きを何かが拘束している事に気づいた。
傷口に刺さったのは、一抱えもありそうな太矢。それの動きを邪魔していたのは、大岩に括られた網だった。
ほぼ同時に、周囲に知らぬ気配を感知する。人間の匂い。
それは本能の命じるまま、反撃を開始した。自らの触手と、それが支配している範囲の小型の個体を放つ。
獰猛な甲殻はすぐに人間を殺すだろう。あるいは、時間を掛けて殺すだろう。そしてそれは再び微睡に戻る。
――その目論見は、外れる事となる。
●第2フェーズエンディング(8月27日更新)
●大敵の滅び
視界を埋め尽くす巨大な異形が、崩れていく。硬質な外殻は細かな黒い塵のように変じ、ぬめった肉は溶けるようにその形を失った。歪虚の滅びは、後に死骸を残さない。その原則はここまで巨大な歪虚であっても同じだ。
『オォオォォォ―――』

クロウ

シルキー・アークライト

ヴィオラ・フルブライト
「逃げた!?」
「た、助かった……」
驚きの声をあげる者、助かったとばかりに腰砕けになる者。どうやら歪虚に巻き起こった恐慌は、狂気の眷属のみならず土着の雑魔すら巻き込んだらしい。
「……雨が、上がります」
見上げた空からは、黒雲がゆっくりと薄れていく。
●狂気の置き土産
「そのうち、ここには人が住むようにした方がいいな」
短い間に晴れた海岸で、クロウ(kz0008)は周囲を見回しながらそう言った。正のマテリアルは、自然の営みからゆっくりと生じる。しかし、前向きな感情や思いを持つ知的生物はより良い影響を及ぼす事が出来るのだ。
『そうですね、幸いな事に森も豊かですし、島の南には川もあるから飲み水も大丈夫そうですね。歪虚さえいなければすぐにでも人を呼べると思います』
ショップ店員のシルキー・アークライト (kz0013) が、遠距離通信の向こうから明るい声を返した。島の位置的に、リゼリオが起点となるだろう。その時を見越して早くも算盤を叩いているのかもしれない。
「ここにいましたか、クロウ。ちょっと見て欲しい物があります」
「おう、今行く」
通信を切ってから仮設テントを出る。大型歪虚がいた東の沼地まで、汚染状況を調べに行っていたヴィオラ・フルブライト(kz0007)が眉間にしわを寄せていた。
●第3フェーズオープニング(8月28日更新)

クロウ

クリストファー・マーティン

ヴィオラ・フルブライト

リムネラ
「なんだこりゃ……?」
聖堂戦士団が慎重に張ったロープごしに「ソレ」を見たクロウ(kz0008)は首を傾げる。錬金術師組合の正博士として、またハンターとしても経験の深い彼も見た事が無い物体だった。
「クロウでも判らないとすると、これは……」
「火星探査隊の遺留品だと思う。形状とサイズからして、探査母艦の艦首かな……」
答えは、クリストファー・マーティン(kz0019)からもたらされた。クリムゾンウェスト人の二人に、彼らの世界の出来事を簡単に説明する。
「つまり、あのでかぶつは確実にそっちの世界から来た、ってことが分かった訳か」
なるほどな、と頷いて前に進もうとしたクロウを、聖堂戦士の一人が慌てて制止した。
「すみません、まだこの物体には高度の歪虚汚染が確認されており……」
「遺留品? ヴォイドが? 珍しいな」
歪虚は死骸を残さない。強いて言えば、本当に成りたての歪虚は死骸を晒す事もあるが、今回のケースはそれとも違う。
「もしも、この地を人が住まう場所とするならば、これを浄化する必要がありますね」
「あんたでもできないのか?」
ヴィオラ・フルブライト(kz0007)は少し考え込んだが、首を振った。彼女は一通りの浄化法術を心得ているが、これは儀式魔法の出番だ。大勢の意志を束ね、行使する為の儀式の技法は彼女の手に余る。
「……じゃあ、本職に頼むしかねぇか……。シルキーに頼んで、呼んできて貰うのが良さそうだな」
ぼりぼり、と頭を掻いてから、クロウはもう一度海岸の仮設拠点へ戻るべく踵を返した。
●祝祭の日
戦闘を終えたCAMは僅かでも燃料を節約するべく停止しており、海岸で駐機姿勢をとった10機の巨人近くには、物見高いハンター達が集まっている。
「ワオ、見ると聞くとは大違い、随分大きいネー」
そんな中に、巫女装束のリムネラ (kz0018) がいた。かつては大巫女の候補にも挙げられた彼女は、辺境聖地における儀式を一通り収めている。そんな話を覚えていたクロウに呼ばれて、高速船で島にやってきたのだ。
「やっては見るけど、ちょっと難しいカモ……」
現物を見た彼女は悲しそうな顔で言う。大巫女様なら、あるいは聖地でならば可能かもしれない、とも。この場所には正のマテリアルも少なく、儀式の力を高める為の術具もないのだ。
「……場所を変えればどうにかできる、というならば移動できるようにはなりませんか?」
「んー……そうですネ。祝祭の日にすれば、私でも何とかできると思いマス」
ヴィオラの問いに、リムネラは少し考えていたが、やがてゆっくりと頷く。祝祭の日、とは辺境では部族ごとにあった祭りの日。いわゆる晴れの日だ。部族をあげて祝い、その正のマテリアルを束ねて豊穣を祈願したり、災いを避けたりする。
「そういう事なら、祝勝会でもやるかね。リゼリオに戻ってからと思ってたが、ここでやって悪い事はあるまい?」
くい、と杯を呷る真似をして見せるクロウに、ヴィオラはため息を吐くが。
「ハイ……! 美味しい物や楽しい事は、大事なコト……少しでも増やしたいデスネ」
リムネラはにこやかに微笑み、頑張りマショウ、と頷きを返すのだった。
●エピローグ(9月5日更新)

ラキ

篠原 神薙

リムネラ

クロウ

クリストファー・マーティン

ヴィオラ・フルブライト
「楽しかったねー」
「普段はこんな時間まで起きてないから、少し眠いや」
はしゃいだラキ (kz0002) の声を聞きながら、篠原 神薙 (kz0001) はごろんと寝転がった。目に映る、満天の星。リアルブルーの地上にいた頃のことは、あまり覚えていないが、こんなに綺麗では無かったような気がする。
「リムネラさんも、凄かったって。見に行けばよかったかな」
まだ遊び足りないようなラキの声に、生返事を返しながら、神薙はうとうととまどろみはじめていた。
「フー、疲れたネー」
「お疲れ。上手く行って良かったよ」
へちゃ、と突っ伏したリムネラ (kz0018) を、クロウ (kz0008) がねぎらう。クロウ自身も、ハンター達と一緒に灯台やら桟橋やらを作っていた為、ようやく一息ついた形だ。
「ま、特に灯台組は今からが本番だな」
砂浜に幾つか見える火には、まだ中身の尽きない鍋やら串やらが掛かっている。親切なハンター達が出来たてを配って回っており、リムネラの元へもすぐに皿と飲み物が届いた。
「灯台、少し見たかったデース」
「そういや、リムネラは明日にはもういないんだったか。相手が危険物とはいえ、大変だな」
一応の浄化が行われたとはいえ、狂気の歪虚の遺物はまだ負のマテリアルを纏っている。祭祀を執り行う為に、なるべく早く辺境に持っていきたいというリムネラの希望へ、他国からも異論は出なかった。ハンター達も、明日以降は徐々に引き上げ始める予定だ。立ち去ると言えば、もう一つ。
「お前さんとこのアレも、明日には出ていくんだったか?」
「その予定だ。海水を被ったりもしてるんで、整備がとにかく早く診せろーってね」
誰かの声真似をして見せるクリストファー・マーティン (kz0019) 。『リアルブルーのアルケミスト』も自分たちとあまり変わらないな、とクロウは苦笑した。
●家路
ラッツィオ島に日が昇る。木々の向こうから差し込む光に、多くの酔っ払いが忌々しげに顔をしかめ、健全な面々も眩しそうに目を細めた。朝は、旅立ちの時間だ。
「帰りましょう。私たちの務めを果たしに」
今回の戦いに多くを果たしたヴィオラ・フルブライト (kz0007) ら聖堂戦士団、そしてリムネラが出来たばかりの浮き桟橋から船に向かう。灯台への装置の設置が終わる午後には、クロウも引き上げる予定だった。入れ替わりに、やってくる者もいる。
「ここが新しい住処かー」
「まず、その住処を作る所からだけどな。ま、のんびり行こうや」
赤銅色の肌の海の男達や、その家族たち。綺麗に切り開かれた森と、その一角に積まれた材木の山は、彼らが有意義に使うだろう。昨日のうちについていた灯台守の一家が、家路に就くハンター達を手を振って見送る。
「次に来るときは、どんな場所になってるかな?」
楽しみだね、というラキ。神薙は、桟橋の上から島を振り返る。この世界に来て、ハンターになって。初めて「皆で手にした勝利の光景」を、彼は忘れないだろう。