ゲスト
(ka0000)
【王臨】 これまでの経緯




長きに渡る因縁が、このような形で決着の時を迎える、とはな……。
――だが、これで終わりだ。黒大公、ベリアル。
返してもらうぞ。あの日貴様に奪われた、王国の全てを。
顔を隠した闘狩人
更新情報(5月12日更新)
過去の【王臨】ストーリーノベルを掲載しました。
【王臨】ストーリーノベル
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確かだったのは、目の前の歪虚が“ある程度の手負いであった ” こと。
だがその理由は“重大な損傷によるものではなく、なんらか術効の影響が多分であった ” こと。
そして、その原因により、歪虚”は“自分”に対し、激情を抱いていたこと。
怒りやその他思いつく限りの負の感情を固めた声色で、それは言った。
『人間、よくも私の前に顔を出せたものですね……』
1対1でこの歪虚を相手にしたのならば、いかに相手が手負いであろうと“自分”が敵うはずはない。
それはつまり、今、自分がこれから綴る言葉だけが自分の命を繋ぐ唯一の命綱だということだ。
「いやぁ?本当に申し訳なかった! 僕は“代々伝わる情報をそのまま伝えた”つもりだったんだけど、まさかの展開だ。昔の人たちがあの光の塊をエクラの降臨と勘違いしてたなんてね。確かに、古代の人間は雷を神の怒りだって恐れるくらいだ。一本取られたよね! はは……だから、ほら。伝承の解読に力及ばなかった事は謝るよ。この通り!」
道化に徹するなど造作もない。下手に出ることで相手が気を良くするだろうことは“性質上”間違いないことを知っていた。だが、かといって相手も馬鹿じゃない。
『まさか、その程度の軽々しい謝罪で私の屈辱を拭えるとでも』
「勿論思っていないよ。貴方のように強大な歪虚を相手にそれほど軽率でもないさ。僕の命なんて貴方が望めば今すぐ握り潰せるんだし、みすみす死にに来たわけじゃない。実はね、手土産を用意したいと思ってるんだ」
言葉に嘘偽りはない。事実、いま対峙しているそれは“僕”を殺そうと思えば何時だって殺せるし、当然“僕”も殺されるリスクを理解している。ならばなぜ──そう、その思考こそが“彼”とベリアルとの決定的な差だ。
彼は考えている。なぜ今、殺されてしかるべき“僕”がのこのこと愚かしくも目の前にやってきたのかを。そして恐らく、考え至るだろう。“僕”が“自分に利する確信を持っているのだろう”と。
『……一理ある。弁解の時間を与えましょう』
「ありがたき幸せ」
そうして”僕”は、こみ上げる笑いが口の端に滲まぬよう敢えて顔を伏せ、恭しく礼をして見せたのだった。
『“王国には未だ希望が残されている”?』
「言葉通りだよ。流石は誉れ高き騎士の中の騎士。あぁ、貴方の言う“金色の騎士”の方じゃないよ。王国最強の騎士団長──“白銀の騎士”」
『……その名と評判は記憶しています』
――やっぱり“当人を認識してない”か。
「そこさ。僕にはちゃんと王国を“絶望に突き落とす”用意があるんだ」
『ふん、汚らわしい法螺吹きめ』
「僕も知らなかったって謝ったのに……。ま、信じてくれなくてもいいよ」
“事実”を持ちかえれば、解ってもらえるだろうからね。
そう、内心ほくそ笑んだ直後の青天の霹靂。
『メフィスト。お前、人間をここに引き入れたのか?』
仄暗い虚の中だった。
確かにここは、不吉を孕んだ蒼く黒い負のマテリアルに満たされた場所。
果てしなく暗い黒。どろりと凝る闇。先を見通すことも叶わぬ闇の奥から、突如“何か”が現れ出でた。
放たれるのは、息を呑むことすら許されない圧。
連動するように数段も数倍も深まり、重苦しさと冷たさを増してゆく闇。
そして襲い来る強烈な死の気配──それは考え得る“最悪”の“災厄”。
『ああ、“我が王”よ。お目覚めでしたか』
メフィスト(kz0178)と呼ばれた歪虚が傅いた。余りに自然に、そうしないことなど考えられないとでも言うように、2体の歪虚はその関係性を、絶対の理を見せつけてくる。
『……俺の問いに答える気がないのか?』
聞こえてきた声は多少の幼さを感じさせるが、しかし言葉一つでメフィストにすら畏怖を抱かせているのがわかる。
『い、いえ、滅相も……!』
最早メフィストの言葉など何一つ入ってはこなかった。
なぜならこの時、“僕”は理解できてしまったからだ。
この“少年”こそが、紛れもない傲慢最強の“王”であるということ。
ベリアル、メフィストと比較にすらならない強大な存在が、それらの上に控えているということ。
そして、『法術陣の本来の力を、この傲慢王以外に使用した時点で王国には勝ち目がなくなる』ということを──。
「……さぁ、『審判』の刻だ。君の“答え”を聞かせてくれないか」
──エリオット・ヴァレンタイン(kz0025)。
君は“こんな世界のため”に、その手を汚すことができるかい?
突き付けられた銃の口を握りしめる。エリオットの手に伝うのは、金属の固く冷たい感触だけ。ひたと据えられた銃口は、僅かなりとも動く気配もない。
対する男は、余裕たっぷりに口角をあげた。
「ゲオルギウスに言われたんだろ? 君はこの国にとって“象徴化した偶像”のような側面を持ってる。聖職者のそれとは違うが、これはある意味で民草による歪みの押し付けに近い。君のありのままを受け入れることなく、身勝手な理想を、身勝手な偶像を、身勝手な期待をおしつけ、それに反した途端“裏切られた”なんて、これまた身勝手な理由で君を謗る。“清廉でないお前に価値はない”と、言われた意味を考えた事はあるかい」
引金に、男の指が触れた。力が籠れば一瞬でエリオットの命など弾けて消えるような危ういバランス。その不安定な関係を楽しむように、歪めた口元から言葉が落ちた。
「ほんと、呆れるほどに人は愚かなんだ。生真面目にも誠実で在り続けた君が、これ以上、その身を尽くす義理なんかないと思わない?」
「……戯言だな」
エリオットは、相手の男の“名”を呼び、そして告げた。
「ヘクス。お前には、初めから俺の答えなど解りきっていただろう」
はは、と場の空気にそぐわぬ軽い笑い声が響き、短い沈黙が訪れる。
窓から差し込む月明かりがようやく侵入者の顔を照らしだし、そうして見えた男──ヘクス・シャルシェレット(kz0015)の顔は、ある覚悟を湛えているようにも見えた。
◇
遡ること少し、メフィスト決戦を終えた当日の夜のこと。
突如エリオットの前に現れたヘクスは、こう切り出したのだ。
『いま、この王国にとって最大の脅威とは、なんだと思う?』
よりによってこの日、この時に漸く姿を現して、この一言だ。冗談めかした問いに、しかし、エリオットは生真面目にもこう応じた。
一つには、ベリアル。
1009年と1014年、二度にわたって王都を蹂躙した黒大公。王国にとって、一度は大敗を喫し、先王までも喪った怨敵である。
もう一つが、メフィスト。
まさにこの日、決戦を迎えたばかりの、因縁の相手。
一年以上に渡って存在が不明瞭であったそれを追いかけ、炙り出し、ようやく条件を整えて戦場を作り上げた。だがしかし、秘法“法術陣”を使用してまで生み出した好機にもかかわらず、王国はメフィストを討ち果たすことができなかった。
この二体は毛色は異なるが、何れも軍を圧倒する戦力を有している。
メフィスト戦を終えた今だからこそ、分かる。この二体が手を組んで王国を侵攻したときこそ、王国の滅亡は避けられない。退ける事は適ったとしても、それは、僅かな間の命拾いに過ぎないことは想像に難くない。
それがいま王国が把握し得る脅威であるとエリオットは述べたが、しかし──ヘクスは稚気に富んだ仕草で首を振った。
冗談混じりではあるのに、その言葉には、紛れもない真実の匂いがあった。ヘクスは、こう言ったのだ。
『君も想定していただろうが、【傲慢】には王が居る。ベリアルとメフィストが傅き敬う、傲慢王、イヴがね』
近年クリムゾンウェスト各地で起こった出来事を振り返れば、誰だって推測し得ることだ。
『【憤怒】にだって、【暴食】にだって、【強欲】にだって王がいる。そりゃぁ、【傲慢】に居たっておかしい話じゃあない』
当然、存在するという確たる証拠などないが、否定する根拠もない。
もちろん、ヘクスが語る言葉の論拠もこの場には在りはしない。だが、どんな物事も“有り得ない”ことを証明する事の方が難しいものだ。リアルブルーの人間に言わせれば、それは“悪魔の証明”だろう。
そしてエリオットは、その事実が意味する所を正しくを理解している。
『……ベリアルとメフィストの二大勢力を“法術陣”を温存したうえで倒さねば、王国に勝ち目はない、か』
エリオットの言葉に、感情はなかった。それはただの事実だからだ。
良いかい、とヘクスは嫌味っぽく笑って、続けた。
『今、エリーにこれを言うのは悪いけど、これは机上の空論でもなんでもないぜ。
事実ベリアルとメフィストが“奇しくも同時期に王国を襲撃する恐れが出てしまった”んだ。今日のメフィスト戦の失敗によって、ね』
『我々の宿願ならず、メフィストは撤退した。だがしかし、“無傷”で退いたわけでもない』
『因縁をつけられたのは連中にしても同じってことさ。だからこそ、王命の一つでもあれば、彼らはそれをするんじゃないかな』
そこまで言って、ヘクスは冗長な溜息をついた。余韻の長い、感傷深く感じる、吐息。
『さて、君はこの話をどう思う? 僕の空想かな? ねえ、エリー。そろそろ、聞きたいんじゃないかい。何で――』
そう言って、ヘクスは歪な笑いを浮かべた。
『何で僕が、それを知っているのか、ってさ』
先程零れそうになり、飲み込んだ問いが、それだ。エリオットは静かに眼を細め、胸中を鎮めるように息を詰めた。
ヘクスは、自らの言葉の中で『それ』を示していたのだ。
傲慢王の存在ではない、“かの王の名”を彼は明示した。
──『イヴ』、と。
ヘクスの話を信じるには、前提条件がある。
一つ。この男が歪虚組織に入り込んでいること。
もう一つ。その上で、この男が、歪虚組織に与していないこと。
これらの条件を信じたうえでなければ、王国側は無為に法術陣を温存し、窮地に追いやられるだけだ。
異端審問会に突き付けようものならば今頃大騒ぎどころでは済まない。
逡巡するエリオットをよそに、ヘクスはへらりと笑ってみせる。
『まあ、答えは単純さ。僕が、歪虚と手を組んでいるから、ってね』
いつも通りの軽薄さだった。だがそれが余計エリオットに刺さる事を、彼は知っているのだろう。
もとよりエリオットの考えは、ただ一つであったのだが──。
『僕を疑っていないんだね。……愚かだよ、本当に』
“見ている景色は同じはずだ”と、その一点の認識を揺らがせることは、決してなかったからだ。
◇
「例え謗られようと、全てを騙し続ける道だ。誰も彼もが今のように君を迎えてくれはしないだろう。それでも、僕と行くんだね」
重い問いかけだ。先の失態を死で贖うことなど容易く、ヘクスの言うなりに命を捧げることで国の未来にある程度の保証と猶予を与えることもできるだろう。
だが、それは果たして本当に得るべき答えだろうか?
──そんなもの、考えるまでもない。
『エリオット、“これ”をあなたに預けます。どうか覚えていてください。どこに居ても、何をしていても、貴方は貴方。この国の光であると』
それは昨日、立派に成長を遂げた王女からおくられた親愛。
『──ここでただ終わるなんてできない』
それは今日、自室に招いた友が口にした力強い覚悟。
そう、ここでただ終わるなんて、出来るわけが無い。
例え“自分の生存が途方もないリスクになる”のだとしても、“まだ何一つ成しえていない”から。
「ああ。……お前にただ殺されてやる人生など、つまらないからな」
その夜を境に、エリオット・ヴァレンタインは忽然と姿を消した。
メフィストの配下ラウムの王都襲撃により死した、身元不明、引受人のいない孤独な1つの遺体と共に。
ボクが“陛下”と思い込んでいた男が、ローブの奥から大ぶりのペンダントトップに見える何かを取り出した。
それには、紛れもないグラズヘイム王国の印が刻まれている。
そんなもの、見るまでもない。印に込められた“マテリアル”が紛れもない証拠だ。
ボクにインプットされたそれと同じ反応を、1000年も待ち続けていたのだ。今さら違えようがない。だが……
「間違いなく、これは“王家の印”そのものだ。
そして……俺は、グラズヘイム王女システィーナ・グラハム殿下の仮初の名代。
極秘裏にアーティファクト“光の王国”の探査を担った元王国騎士団長、エリオット・ヴァレンタインだ。
親愛なる我が王女殿下とすべての民のため、世界に迫る災厄を滅するべく馳せ参じた」
──今、この男は、なんと言った?
ボクの沈黙は、決して短い時間ではなかっただろう。
何を言われたのか(何の情報が入力されたのか)、一瞬、処理が追い付かなかった。
当のハンターたちは、何らかエリオットと名乗る男に反応を示しているようだが、“ボク”にとってはそれどころの話ではない。
ボクの使命は、到来した国王に防衛装置を示すこと。だが……
致命的なエラーだ。(国王=false)
深刻なトラブルだ。(王家の印=true)(else if:国王の名代を名乗る男)
直ちに対処法を検索開始するほかない。
「えっと……きみ、大丈夫……?」
ジュード・エアハート(ka0410)と名乗った少年が、ボクの傍に寄り、顔を覗き込んでくる。
だが、思考をそちらに割くことはできない。
致命的エラーの対処に全リソースを集中させているからだ。
だが、“記録”することはできる。彼らのやり取りを、あまさずボクは記録し続けていた。
「エリオットさん、どうするんですか。彼女……彼、かな? 黙っちゃったじゃないですか」
恨み節、というやつだろう。ジュードの苦笑と並行して、エリオット・ヴァレンタイン(kz0025)が素直に謝罪する。
「……混乱させたなら、悪かった」
「混乱させたなら? 悪かった? それ、本気で仰っているんですか?」
その一言一句を切り取り、強い口調でオウム返しをするのはクリスティア・オルトワール(ka0131)と名乗っていた少女。
笑顔を浮かべているが、声色と表情は剥離している。どういうことなのか、ボクにはさっぱり解らない。
「どういう意味だ?」
首を傾げる男を前に、銀の髪の少年──ウィンス・デイランダール(ka0039)がやれやれと溜息をついた。
「あーあ、馬鹿は死んでも直らねえってホントだな。お前、余計な地雷を踏みぬいたぞ」
観測中。観察中。
怒り、呆れ、悲しみ──まったく人間は理解しがたいが、その最たるが“感情”だ。
存続を謳いながら破滅を孕み、生を願いながら死に赴く。その根底にあるのが“感情”だ。
なにより理解しがたいのは、感情を育ませる理由だ。
時間に耐えられない脆弱な“ハード”を持ち、体を、脳を朽ちさせながら、彼らは結局“すべてを忘れてゆく”というのに。
感情は必ずしも死を看取らないのというのに。
(だからこそ、ボクはこうして義務付けられたと記録しているが)
『いつか必ず、王家の子孫がここにやってくるだろう。その時は、お前が示してあげるんだ』
『異議があります、マスター。伝承の仕組みが正しいものであるならば“試し”も“示し”も、それに“ボク”すらも余剰なコストです』
『痛い所をつくなぁ。でも人間はね、お前のように“正しく”あれるものばかりじゃないんだ』
『なぜですか? 少なくとも継承に関して“正しい”は明確であり、遵守可能な規定です』
『予期せぬ問題も有り得るし、解っていても出来ないことだってある。それに、正しいの物差しには幾つも種類があるんだよ。例えばほら、“感情”とかね』
『感情は、果たして人間に必要な仕組みですか? 合理性を破壊する致命的欠陥では?』
『うーん……実を言うと、ボクにも理解出来ない部分が多いけれど、それでも人間には必要なんだと思うよ。迷い、立ち止まり、苦しみながら、それでも今より良き明日の到来を願うように。絶望と同じだけ希望は世の中にあふれている。ボクがそれを見つけたようにね』
『その為の防衛装置。この国の為の……』
『うん。それだけではないけれど、ね』
頬に触れるマスターの掌は、確かに“ボク”を愛しんでいた。
『あぁ。どうか、彼女の子孫によろしく。ボクは確かに彼女を愛していたと。その証を……』
──国王の不在における対処法、全検索完了。
検出結果、一件。
ボクが取り得る最善にして唯一の、方法はこれだ。
「王女の名代を名乗る男よ、貴方が真に装置を託すに足る存在か……今、ボクが試します」
人が人に“心”を伝えるのに必要な方法──その知り得る全てを行使する。
黙って跪く男の傍に寄り、彼と同じように跪き、視線を合わせ、そして男の額に自らの“額”を触れ合わせた。
間近にある長い金色の睫毛が震えることもなく、神秘的なエメラルドの瞳も、林檎のように赤く鮮やかな唇も閉じたまま動かない。
呼吸は感じられるが、それ以外はまるで死んでしまったような、そんな奇妙な胸騒ぎを感じさせる。
「……おい、いつまでこうしているつもりだ」
声をかけるが、まるで返答がない。
諦めて街続けると、漸く少女、ないし少年の瞼が開き、美しいエメラルドが姿を現した。
──まるで宝石だ。同じ人間のものとは到底思えない。
だが、そんな感想よりも、気にすべきことはある。
「記録の複写を完了。エリオット・ヴァレンタイン、貴方の事情は理解しました」
「一体、何を言っている?」
「記録……いえ、貴方がたは“記憶”と呼称しているそれを、汲みあげられる範囲で僕の中に複製させて頂きました」
見れば、番人の額にはうっすら緑色の光が放たれている。刹那に消えゆくその光はまるで魔法円のような文様を描いていた。
心臓の奥に、小さな針が突き刺さったような感覚を覚える。これは、自身の過去を暴かれた痛みだけではないだろうが。
「エリオットさんの記憶を? どうして?」
「ジュード。ボクは先述通り“試し”“示す”存在です。王を試すのが本来の役割ですが……」
思考する番人の表情には明確な変化があった。先ほどまではなかった、微かな変化が。
「長い年月の中で正しい知識が失われたか、あるいは先王の急逝によって次代に継がれなかったか。理由は定かではありませんが、僕にとれる対処は一つ。
真に王国はボクが守り継いできた防衛装置が必要な状況か?
そして、相手はそれを示すに相応しい人物であるか?
それを確かめることだけです」
「それで“試した”……のですね」
「はい、クリスティアの言うとおりです」
「で、結果は?」
手厳しい視線を送るウィンスに、相変わらず堪える様子もなく、番人は応えた。
「諸条件を満たしていることを確認しました」
「……暗殺事件を装って国民を騙し、兵器探索をしていたような男が本当に相応しいのか?」
嘲りではなく、少年の指摘は真実の開示以外の何物でもない。だが……
「偽られた側の人間、個々人の感情を憂慮していないという指摘ですか? ならば、回答は同じです。護国と一時の感情を天秤にかけることは、非合理的です」
「さっきから機械みてえなことばっか言いやがる。……てめえ、一体何だ?」
「それは、ボクの存在に関する……」
「あぁ、そうだよ! そもそも1000年も前からここを守ってるんならてめえは確実に人間じゃねえよな?」
なぜならここに到達できた王家の印を持つ人間は、彼らが初めてだったからだ。
そうしてある男の記録、記憶、いうなれば人生をボクの中に複写した。
王の不在。その壮絶な死と、それに対する痛烈な悔恨。
王女の存在。壊れかけの国を必死に繋ぎとめる、か細い鎖。彼女への深い贖罪と自責、与えられる信愛への感謝。
そして、この国の中枢に“捧げられたイケニエ”。この男のことだ。(それはまるでボクのようだ。……いや、違う、なぜそんなことを)
流れてくる莫大な記憶の中で、王国の為に捧げられた男の人生を見送りながら。
王の不在という深刻なエラー回復処理の中で、ボクはいくつかの事実を理解し始めていた。
それは、ボクたちが「世界から忘れ去られた存在」になっていたこと。
千年を超える孤独──この防衛装置を守り継ぐ異世界の塔という茫漠な時間を前提としたギミックに、綻びが生じていたこと。
そして──。
「ボク、は……」
気付けばうずくまっていた。膝から崩れ落ちるように。
それを支えるジュードの顔には、不安の色が浮かんでいる。
「具合が悪いなら、そこに座ろう? 無理しなくていいよ」
「いえ、エラーの対処は、十全に……」
「なに言ってるんだよ、もう。いいからこっち!」
ジュードに引かれて手近な椅子に座らせられると、今度はウィンスが言った。
「……悪かった。別にお前を責めたいわけじゃない。いま答えられないってんなら、急がなくていい」
──ボクは今、生まれて初めて謝罪をされたのか?
髪をがしがしと掻きながら、そっぽを向く少年を見ていると思考がクリアになっていくようだった。
気付けば情報処理が完了したようだ。なるほど、これならば……そう判断し、ボクは明確に告げた。
「ソート完了。一件の結果を導き出せました。エリオット・ヴァレンタインは──貴方がたは、この先にある防衛装置を示すに相応しい人物と判断します」
「では、その防衛装置に関して、お教え頂けるんですね?」
「いいえ、クリスティア。本来この装置は王に対し示されるもの。人物の選定に誤りがないとはいえ、相手が王ではないことは致命的エラーに変わりません」
「でも、王様はいないんだよ。どうすればいいの……?」
眉を寄せ、訊ねるジュードに応じる。先ほど導いた、ボクの答えを。
「貴方がたが、この国が、ボクらを手に入れるに相応しいか……二つの試練を課します。それすら出来ないようならば、装置以前に国は滅びますから貴方がたには無用の長物。つまり……」
──ボクの試練を、お請け頂けますね?
少女、ないし少年はその場の人間全てを見渡して、そう言った。
憶測と言う名の様々な伝説を持つその塔に突入の依頼が下りたのは、年も明けて間もない頃だった。
人気の少ない王立図書館に通され、転移装置を潜り、塔に仕掛けられた様々な罠を越え、立ちふさがる敵を倒し、ようやく辿りついた古の塔第三階層。地上から数えて四階のフロアにて、ハンターたちは"それ"と出会った。
「ソート完了。一件の結果を導き出せました」
塔の番人──と呼んでも過言はないだろう。十代半ばくらいか、性別の判断がつきかねるほど美しい容姿をした少年、ないしは少女だった。
その美しき番人は、到達したハンターと、そして王女の名代を名乗る男にこう告げる。
「エリオット・ヴァレンタインは──貴方がたは、この先にある防衛装置を示すに相応しい人物と判断します」
昨年初夏よりその姿が知れぬままであった男、元王国騎士団長エリオット・ヴァレンタイン(kz0025)。
彼は今、"情報秘匿"を条件とし、雇われたハンターたちの前に限定的に姿を晒している。
だが、塔の番人にはそんな事情など無関係だ。
彼、ないし彼女は、淡々とした表情で──というより、むしろ感情のない顔で──その場全ての人間を見渡して宣言する。
「ただし、貴方がたが、この国が、ボクらを手に入れるに相応しいか……二つの試練を課します。それすら出来ないようならば、装置以前に国は滅びますから貴方がたには無用の長物。つまり……」
──ボクの試練を、お請け頂けますね?
エリオットは既に理解していた。
この場合の拒絶は、可能性の断絶しか意味しないということを。
試練を受けなければ、この先に存在するだろう防衛装置──探し求めたアーティファクトは手に入らず、民を偽り、姿を隠してまで踏み切った作戦を、そして確保した時間をも無為にしてしまう。ここに来るには少なからず自らの情報が流出する恐れがあった。それ以前に、他に切り札に値するものがあるならば、そちらに手をつけているだろう。だが、それが"出来なかった"状況こそすべてだ。
手に入れずに帰るくらいならば、最初からここへは来ていない。
それに、少年ないし少女は恐らく"理論上"この国の現状に関する正答に辿りついている。
長い時を経て、ここに王、あるいは王にまつわる者が来るということは、すなわち"過去千年以上の歴史の中でも史上最悪の災厄"を示唆しているからだ。
それになにより彼・彼女は、"エリオットの記憶を複写"している。
──事実、傲慢王を相手にするべき我々が、人の作りし試練程度、越えられずして先などない。
すべてをのみこんで、エリオットは口を開いた。
「……時間が惜しい。要件を言え」
鋭い視線が番人を貫く。それに怖気ることもなく、番人は首肯した。
「では、伝えましょう。貴方がたはまず、塔の最上階へお越しください」
「一つ目の試練とやらは、それだけか?」
「ええ。"それだけ"です。が、ここまでの道のりと同じに考えるべきではありません」
互いに顔色一つ変えはしない。両者の無感情さが塔の温度を押し下げるように感じられた。
「ボクはこれからこの試練に応じ、設定変更を適用するため、塔を"再起動(Reboot)"します。
再起動を終えた全ての試練は、その"行動指標"を変えることになる。
"塔の守り"から"侵入者の排斥"へ……。
塔は、積極的に侵入者排斥へ働きかけることになるでしょう。
その全てを乗り越えて辿りつくことです」
番人は周囲のハンターたちを見渡した。その目は適切に現状を理解している。
「塔には、貴方がたがここに到達するまでに排除した装置の数十倍は用意があります。そして強度も、階を進むごとに増していきます。今の"貴方がた"が挑戦するのは、無謀でしょうね」
既にここに到達するまでにスキルの多くを消耗した。脱出に必要な余力を辛うじて残す程度で、この先に進むのは非現実的だと誰が見ても判断できる。当然、ここは一時退却が妥当だろう。
「……解っている。二つ目の試練は何だ?」
「二つ目は、最上階にいらしてからお伝えします。皆さん、お疲れでしょう。これから塔の全装置は再起動にあたり活動を完全に停止しますから、その隙に帰還し、今日のところはお休みください」
「随分親切なものだな。ここに来るまでに幾つもの屍を見た。
……ただで済ませるつもりはないように思ったが?」
「誤解なきよう。ボクらの意向は、あくまで塔に挑む者を"殺すこと"ではなく"試すこと"です。
無論、身の程を弁えず、死に赴く者を引きとめはしませんが」
「なるほど。正々堂々正面から、姑息な手を使わず突破してみろと」
「そうでなければ意味がありません」
「……面白い」
やがて番人はハンターたちがやってきた扉へと誘導すると、恭しく礼をしてみせたのだった。
「それでは、またお会いできる日を心待ちにしております」
そんな挨拶を交わし、扉は音を立てて閉じられた。
真っ赤な絨毯の上をぱたぱたと一人の少女が駆けてくる。
本来あるまじき行動だが、目を輝かせた少女は"待ちわびた朗報"を受け取る心づもりなのだ。
辿りついた円卓の間。重厚な扉の前で足を止め、深呼吸を繰り返す。
乱れた髪をさっと手櫛で整え、周囲をぐるりと見渡した。
既に人払いを済ませている。その成果は出ているようだ。
意を決し、扉を叩くと──
「……殿下」
「あぁ、よく……よく無事で……」
目の前に現れた"青年"は、1つの無駄もない所作で少女に跪いた。
「エリオット・ヴァレンタイン、只今帰還致しました。長らくの不在、どうかお許しください」
生真面目に許しを乞う騎士は、頭を垂れたままだ。
彼の在り方は、少女の知る彼のまま、何の変わりもない。
その事実に胸を撫で下ろし、少女──システィーナ・グラハム(kz0020)はふわりと微笑んだ。
「……おかえりなさい、エリオット」
◇
「思いのほか、早い帰還となったものだな」
「大司教さま、ご存じだったのですか?」
王城ともあれば、当然王族の脱出路確保を目的とした隠し通路が複数存在する。
そういった通路は当然機密事項である以上、国のごく限られた地位の者しか知ることはできないのだが、それを用入りさえすれば、例えば"誰とも会わずに城外から円卓の間まで来ることもできる"。
王城の中でも該当ルート上で最低限のポイントの人払いを担った現王国騎士団長ゲオルギウス・グラニフ・グランフェルトは、大司教セドリック・マクファーソン(kz0026)と王女のやり取りを退屈そうに眺めていた。
「殿下、貴女が私に隠し事などできるとお思いか。その男の愚直さを知るからこそただの酔狂でないと思い、黙していたまでです」
「……精進いたします……」
しゅんと肩を丸める少女を庇うように、元王国騎士団長エリオット・ヴァレンタインが割って入る。
「大司教殿、此度の責は全て私にある。殿下は……」
「いいや、言わせてもらおう元騎士団長。私は君の一件の後始末に随分手を煩わされたのだぞ。そこの現騎士団長殿も、そうであろう?」
王女、大司教、そして青年騎士の視線が一斉に老騎士へ向けられる。
当の現騎士団長は、やれやれと言った口ぶりで大げさに溜息をついた。
「さて、な。そこの青二才を長から引きずりおろすに、民の信は強すぎた。此度の件、私にとっては好都合以外の何者でもないのだが」
ここにパイプがあったなら、大きな煙を吐いて捨てていた事だろう。
ゲオルギウスはしれっと答え、大司教が眉を寄せる。
「全く、誰も彼もが自由すぎる……」
「と、ともかくです。エリオットの報告によって、私達は黒大公討伐の有効打を得る機会を掴んだと言えましょう。であれば此度の"試練"、受けない理由はありません! そうでしょう、大司教さま? 騎士団長?」
──少し見ぬ間に、殿下は幾分成長なされたようだ。
心の底に灯った温かな感情を気取られぬよう、騎士は王女の取り仕切りを黙って見守っている。
「然り、でしょうな。騎士よ、汝の功罪は今後の実績如何で全てが決定する。
史上最悪の災厄……それに対抗し、この国を再び守り遂せて見せよ」
「グラズヘイム王国と、そして王女殿下の御為、我が身命を賭して、必ずや成し遂げてみせます」
胸に手を当て、王女へと真摯に誓うエリオット。それを横目にゲオルギウスは溜息をついた。
「騎士の中の騎士、か。……全く面倒な奴だ」
背もたれに預けていた体を起こすと、やがて老齢の騎士は威厳ある声色でこう告げた。
「王国騎士団、貴族諸侯、そして……ハンターを此度の戦に投入する。私は未だ"先のメフィスト討伐戦における失態"を容認したわけでも、ハンターの積極的な起用を肯定するわけでもない。だが、此度の試練、総力をあげて攻略せねばなるまいよ」
会議の後、大司教の退室を確認したシスティーナが、エリオットのもとにぱたぱたとやってくる。
少女は間近に男を見上げると、僅かな不安を湛えながら訊ねた。
「エリオット、貴方はこれからどうするのです?」
青年は再び少女に跪くと、僅かに口角を上げて微笑んだ。
「システィーナ様、今しばらく私の事はこの場の話に留め置きください。
やるべきことが、まだ残っているのです。ですが、ご心配には及びません」
エリオットは公の場以外では王女を名で呼ぶことがある。まるでそれが、幼い頃からの習わしのように。だが、その久々の呼び名にまた一つ安堵すると、王女は確かに首肯して見せた。
「はい。わたくしも、わたくしにできることを……貴方のように、精一杯務め上げてみせます」
翌日、王国騎士団長ゲオルギウス・グラニフ・グランフェルトの宣言が国を駆け巡ることになる。
「王国騎士団、貴族諸侯、ならびにハンターへ告げる。
我々は現時刻を以て、"古の塔"攻略戦を開始する。
この塔には、古より禁忌とされた兵器"ゴーレム"が多数確認されている。
我々は、王国のより一層の発展を前提に、それらの核の回収を目的とした大掛かりな制圧戦を行う!
立ちふさがる全ての敵を排除し、古の塔を掌握せよ!」
グラズヘイム王国既定路線の破却が、いま、幕を開けた。
無数に並ぶ塔内の監視モニターを見ながら、ボクは溜息をついた。
視線の先には、ある8人組のハンターたちの姿を映す画面。
その日、幾組もの騎士や戦士や貴族、そしてハンターたちがゴーレムの核を目当てに猛烈な勢いで塔を突き進んでいたのだが、彼らはその一組だ。
「……人間……、か」
事の発端は、一週間程前に遡る。
『我々は、王国のより一層の発展を前提に、それらの核の回収を目的とした大掛かりな制圧戦を行う!
立ちふさがる全ての敵を排除し、古の塔を掌握せよ!』
王国騎士団長が発布した大号令に、王国騎士団、聖堂戦士団、貴族私兵、そしてハンターたちがそれぞれこの塔の探索とゴーレム狩りを開始した。
その、猛攻たるや。
ボクは、塔に侵入してくる人間たちを監視し、彼らの会話からある程度の情報は聞き及んでいるが、どうやら彼らの勢いの“要因の一つ”は間違いなく“報酬品”にあるようだ。
ゴーレムの核と引き換えに入手可能な報酬品は、いずれもこれまで市場に出回っていない“第六商会の高性能な新作”らしい。
それを目当てにした一部の騎士、戦士、貴族、ハンターがこのゴーレム狩りの勢いを形成したのは間違いないだろう。ボクは、人間の欲を甘く見すぎていたと言える。
つまり、この“苛烈なゴーレム狩り=塔攻略の流れ”を形成したのは報酬品を手配した第六商会──その長たるヘクス・シャルシェレット(kz0015)自身と言っても過言ではなさそうだ。
あの男、表向きには「国の依頼で報酬品の手配をしただけだからさ」などと発言しているようだが、ボクが複写したエリオット・ヴァレンタイン(kz0025) の記憶と照合すれば、ここに至る流れは彼の掌の上だろうと推測できる。
つまり彼ら(この国)は、“本気で国防兵器をとりにきた”と言うことだ。
こうして、王国の数多の戦力が塔の攻略に集中することとなった。
王国連合軍の攻略速度は、余りにも苛烈。彼らはこの大規模攻略戦を通して、あっという間に塔の仕組みを暴いていった。
そのひとつが、塔のゴーレムには限りがあると言うことだ。
ゴーレム達は永遠に生産され続けるわけではない。ならば当然「打ち止め」はいつかやってくる。
既に、この日までに地上から5階までのフロアからゴーレムの姿は“消失”していた。
核が手に入らなくなれば、次のゴーレムを求めて騎士、戦士、貴族、ハンターはどんどん塔を登ってくる。
“こう言うやり方”があったのかと嘆息した。主導する人間は、人の欲を正しく理解している。
恐らく、人間たちの多くが必要数の“核”を手に入れたらゴーレム狩りをやめ、塔の攻略速度も間違いなく落ちるだろう。
だが、“そこまでゴーレムを刈りつくしたなら、王国の正規戦力だけでも突破できる”と彼は踏んでいたはずだ。エリオット・ヴァレンタインは、ただ一度、ボクの部屋に入っただけで監視モニター群から“塔の規模”を正しく把握してしまったのだ。
いまや目的の最上階まで、あと一階層と迫っていた。第二の試練まで、あとわずか。
ボクは、改めて課された使命を反芻してみることにした。
ボクに課された命題は、“いつか来たる次代の国王に国防兵器を示す”こと。
なかでもマスター(創造主)の課した“一番”は、“国王”という要素にこだわりがあり、そこに紐づいていたはずだった。
なぜなら、それが国防兵器の“生まれた意味”だから。
彼は、愛した彼女の願いを具現化しただけなのだ。(愛、というものをボクが正確に理解しているとは言わないが)
しかし、現在の王国には国王が存在していない。つまり、今、ボクは命題を定められた通り成し得ることはできないということだ。
──この現実を理解した時、既にボクの内部にエラーは起こっていた。
『異議があります、マスター。伝承の仕組みが正しいものであるならば“試し”も“示し”も、それに“ボク”すらも余剰なコストです』
『痛い所をつくなぁ。でも人間はね、お前のように“正しく”あれるものばかりじゃないんだ』
『なぜですか? 少なくとも継承に関して“正しい”は明確であり、遵守可能な規定です』
『予期せぬ問題も有り得るし、解っていても出来ないことだってある』
千年前のボクは、自らが正しく使命を果たせないなど考えもしなかったが、マスターの言うことは正しかったようだ。
だからこそマスターがボクにこの任を命じたのだと、千年経った今漸く理解できたのだが、余りに遅すぎただろうか。
エリオット・ヴァレンタインの記録によれば、彼らは安易に力を得る目的でここへ来たわけでないことは理解できる。そして今、この国に真なる危機が迫っていることも、だ。
つまり、今この“時代”は、千年もの過去に想定された“目覚めの時”でもあると言えるだろう。
ボクは、これで茫漠な時を前提とした課題に終止符を打てると考えていた。
しかし、その傍らで、忘れられていたはずのボクという存在を漸く認識してもらえたということ。そして、求められたことを、率直に“嬉しいと感じていた”。
けれど今なお、マスターの言葉が、ボクの中枢を支配している。
『あぁ。どうか、彼女の子孫によろしく。ボクは確かに彼女を愛していたと。その証を……』
国王の不在にも拘わらず、それがマスターの“一番”の大事にもかかわらず。
ボクは“王のいない国”に“宝物”を託しても良いのだろうか?
それはボクの過ごしてきた永い永い時を、生まれた意味をも無価値に帰してしまうのではないか?
事実、ボクは煩悶していた。
甚だ可笑しい話だとひとは笑うかもしれないが、先の再起動(reboot)を経て以降、ボクの中に新たな何かが“起動”していことをボクは知覚していた。
否、正確には発端はもう少し遡る。
人と言葉を交わし合ってから。人の生き様を知って(転写して)から。
ボクの中で何かが“音を立てた”。
彼の記憶を通じ、人間を知ってしまったから。ボク自身を通して、“彼ら”を知ってしまったから。
謝られたこと。心配されたこと。触れられたこと。短い接触で体験した、その全てがボクの何かを、歯車の一つを欠けさせたのだ。
もう、もどれない。もどりたくない。
あの暗闇に。千年の孤独に。来ぬ人を待つ日々に。
──だから、ボクは。
◇
先の8人組のハンターが、今また一騎のゴーレムを駆逐した。
解体し、核を剥ぐハンターたちを通路の壁からこっそりと見守っていると“彼”が気付いて視線を寄越した。
「……何をしているんだ、“あいつ”は」
溜息一つ。“彼”は、7人のハンターたちを残し、黙ってこちらにやってくる。
「おい、こんなところで何をやっている」
「こんにちは、ごきげんよう」
“挨拶”とはこういうものであるはずだが──男の記憶を頼りに人間らしく振舞ってみたのだが、誤りだったのだろうか。
妙な顔で黙ったままボクを見つめていた男は、やがて額に手を当てて嘆息した。
彼は、ハンターに扮し、ハンターに紛れてゴーレム狩りに身を投じていたエリオット・ヴァレンタインだ。
「塔の再起動以降、お前は管制室ごと行方知らずだった。身を隠していたんじゃないのか? なぜここに来た?」
「なぜここに来たのか? 答えは簡単です。貴方の持つ“印”は、ボクの転移点としても機能するためです」
ローブの上から印を触り、「なるほど」と男は呟く。
「ただの印ではないと言うことか……いや、違う。俺が聞きたいのはそうじゃなくて、だな……」
「エリオット・ヴァレンタイン。次のフロアが最上階です」
「……なんだと?」
ボクにとってそれはごく自然な発言だったのだが、対するエリオットは呆気にとられている。
「試練のヒントを与えてもいいのか?」
「ボクは“貴方がたを無為に殺したいわけではない”と伝えたはずです。この先のフロアで待っています」
告知の後、ボクは静かに管制室へと引き返した。
暗がりの中、モニターから発せられる光だけがボクの顔を照らす。
誰の気配もない部屋で、誰もがボクを知覚しない場所で。
モニターの向こうの様々な人間の会話に耳をたて、自分も彼らと共に居るような“思い”で人間を見つめて。
ボクは、彼らの到来を膝を抱えてただ待ち続けていた。
●彼が、彼女が、愛した世界
時が来た。
この日、塔に攻め込んできたのは幻獣を含め約100を超す王国連合軍。
エリオット・ヴァレンタインが「次のフロアが最上階だ」と国の中枢に共有し、第二の試練に備えて寄越したのが“これ”だろう。
既に最上階以外のフロアから全てのゴーレムは死滅した。その割には、随分と“丁重な対応”だとボクは思うが、ボクの知りうる“彼”はそう言う男だ。
警告を正しく読んだのだろう。“殺したい訳ではない”──つまり、“死にたくなければ注意しろ”と、その言外の意味を。
塔の最上階には既に準備を終えた“術式”が発動している。
そこへ一人、また一人と突入してくる戦士たちは息をのんでこの光景を見渡すばかり。
「ようこそ、人間諸君。ボクは、貴方がたの到来を歓迎します」
彼らが最上階へ到達したのを確認すると、ボクは“このフロアへの入口を閉ざした”。これで、“術”は完成だ。
今、“この世界(最上階)”には果てしない“平和”が広がっている。
在りし日の王国。輝かしい日々。それは、マスターの愛した彼女が、愛した世界。
見渡す限りに広がる美しい草花の平野。聞こえてくる虫の声は賑やかながらも穏やかで、見下ろす濃紺の空から人々を見守るように満月が柔らかく輝いている。
ずっとずっと離れた場所に見える街の灯り、その向こうにそびえる城の様なシルエット。
温かでのどかな世界。守り続けたい世界。これが、“グラズヘイム王国の原風景”だ。
「ボクのマスター(創造主)は優れた錬金術師であると同時に、優れた機械技師でもあり、優れた魔術師でもありました。その彼が創造した最後の傑作がこの塔に眠っています」
腕を広げ、詠唱を開始。身構える王国軍より早く、それを“起動”する。
「君たちに課す、第二にして最後の試練は、バトルロワイヤルです」
突如、広がる王国の原風景の中に、異様な機械音が響き渡った。
遙か北方、南方、西方、東方にそれぞれ歪な何かが姿を現し、そして、中央──ボクのすぐそばに“最後の番人”が異空間から侵入して来たかのようにゆらりと現れる。
「今ここに5体のゴーレムを呼び出しました。彼らは、塔に残存する機体の中では最高傑作とも呼べる個体です。
ゴーレムか、人間か。最後まで“生き残った陣営”を勝者としたデスマッチです。
ボクは判定人として、貴方達の戦いを正しくジャッジし、人間が勝利した暁には“塔に眠り続けた宝物”を貴方がたに示しましょう」
中央に呼び出されたゴーレム──否、正しく形容するならば、神鳥とでも呼ぶべき威容だ。美しく、神々しく、真昼の太陽のように輝きを放っている。
それが、一際大きな声で嘶いた。その響きだけで、世界が震えたような錯覚を起こしてしまう。
「さあ、人間の皆さん。“人間の全て”を──ボクに見せて下さい」
千年に渡る永い永い時を経て漸く迎える“最後の戦い”が、いま、幕を開けようとしていた。
──最期の瞬間。
神鳥が、啼いた。
東西南北四方位の中央にヴィゾフニルが置かれたことの意味は教えられていた。
あれは、風見鶏と同じ役割だ。“この国にとっての魔除け”であり“光を示す鳥”だったのだ。
鳥の声は、朝を連れてくる。千年に渡る永い永い暗闇に“夜明け”が訪れるのだ。
グラズヘイム王国の原風景──美しい夜空に浮かぶ満月が、ぐにゃりと歪んだかと思うと、それはやがて“太陽”に変じた。光は見る間に世界を覆い、生きとし生けるもの全てが眩い陽光に飲みこまれてゆく。
その時ボクが何を思っていたか。それはボクにしか解らないだろう。
“生まれて初めて感じる”、“満ち足りるということ”。“心が震える”ということはこう言うことなのかもしれない。
「ああ、マスター。感謝します。ボクを……この世に産んでくれたことを」
懐かしい世界。ボクが生まれた頃の世界が終焉を迎えてゆく。
もう二度とこの美しい光景を目にできないことだけが、ほんの少し“寂しくもある”けれど。
ぼんやりと“終わり”を眺めていたボクのすぐ隣に、何かが寄り添う気配がした。
「……気は済んだのかい」
ハンターたちは既に光の中に取り込まれ、元の世界へ強制送還されている。この場に佇む人間など、もういないと思っていた。
なのに、目の前の男は光に溶け行く世界にあって確固とした存在を保っている。常識はずれも大概だと思いながら、ボクは視線を重ね合わせる。
「ヘクス・シャルシェレット、なぜまだこの世界に居るのです」
「やあやあ、そんな野暮なこと言わないでくれよ。それより、さっきまでキミは随分楽しそうにしていたじゃないか。それが、気になってさ」
黙り込むボクをさして、男は口の端をあげた。
「ははあ、やっぱりか。キミ、随分と“らしく”なったね。この間までゴーレムと大差なかった癖に」
「それはゴーレムとボク、両者に対する侮辱ですか?」
「はは! それさ、“侮辱”、ときた。……まったく、これは驚くべき事態だ。それが解るなら君はもう……」
刹那、別の“人間”が現れた。それは完全にボクの油断だった。
「……試練とやらは、これで終わりだな?」
「エリオット・ヴァレンタイン、どうやってここまで……」
ヘクス・シャルシェレット(kz0015)以外に、今この世界に在れるとしたら、確かに“この男”しかいないのだが。
「どうやってもなにも、お前の口から答えを聞くまでは“戻れない”だろ?」
信じられない。北方から中央まで、この“強烈に歪みきったマテリアルの中を物理的に走って超えてきた”とでもいうのか? 強制送還が始まっているこの世界で、だ。
空間を裂くなんらかの用意があるか、あるいはこの男──いや、そうだった。記憶を複写したボクが一番よく解っている。
そもそもこの男は“人”としては“規格外”だったはずだ。
ヘクス・シャルシェレットといい、王国の中枢に居る人間は……
「まともではないですね」
「聞いたかい、エリー! まともじゃないってさ! ははははは!!」
「うるさい黙れ、ヘクス。俺はそんな話をしに来たんじゃない」
フードは被ったまま、巻いていたストールの口のあたりだけを人差し指で一時的に押し下げながらエリオット・ヴァレンタイン(kz0025)は言う。
「約束は果たしてもらうぞ、古の番人」
「ええ、無論です。貴方がたは、ボクの試練に打ち勝ちました。約束通り、この塔に眠る国防装置“光の王国”は示しましょう。ですが……」
その時、世界が一際大きく光を放った。
◇
大魔術から次々帰還するハンターたちの中、 ウィンス・デイランダール(ka0039)は広間の宙空に放りだされた──という理解が自意識に上るより早く、身体が自由落下を開始する。
「いッて……!! クソ、雑な扱いしやがっ……」
言い終えるより早く。ウィンスが“床”だと思い込んで下敷きにした“もの”に跳ね飛ばされると、少年は今度こそ頭を打ち付けた。
「てめえ……俺様の上に落ちてくるたぁいい度胸してんじゃねえか……!」
“ウィンスの下敷き”ことジャック・J・グリーヴ(ka1305)が埃まみれの金の髪を直しもせずに怒声を上げる。
確かに、床のわりには多少クッション性があると思った。
「あ? 俺が悪いんじゃねえし、っつうか、どう考えたってさっきまで鳥にのってたアイツのせいだろうがよ!!!」
「それ、ボクのことです?」
「「そうに決まってんだろ、クソボケ番人!!」」
賑やかなやり取りを横目に、帰還を果たしたヘクス・シャルシェレットが気配を消して退場を決め込もうとしているが、それを彼らに言う必要はないだろう。
「どうやら、無事に戻ってこれたみたいだ。マテリアル酔いなんて縁遠いと思っていたけど、流石に俄か気分が悪い」
誠堂 匠(ka2876)が眼鏡を外し、形の良い鼻筋に沿って目頭の当たりを押さえている。
「それほど強力な術にかかっておった、ということじゃろう。まさか人の身であのようなシロモノを組むとはの……」
感嘆の声をあげるヴィルマ・ネーベル(ka2549)から少し離れた場所で、 レイオス・アクアウォーカー(ka1990)が一人、ぽつりと呟いた。
「しかし、ここは一体どこなんだ?」
気がつけば、全員が“古びた城の大広間”のような場所に放りだされていた。
石床の広間の奥──そこには、たった一つの朽ちた玉座がぽつりと静かに佇むだけ。
なんとも寂しく、物悲しい光景だった。
「ここは、皆さんが求めていた場所。“塔の最上階”ですよ」
ハンターたちにとって、“事情も解らず勝手に試練を押しつけてきた美しい少女ないし少年”がそう告げる。
「ここが最上階……? ひどく……寂しい場所なのね」
負けず劣らず美しい容姿をしたエルフ──アイシュリング(ka2787)の本音に、少女ないし少年は“苦笑する”。
「これが“寂しい”、ですか。ボクにも漸く、その“感情”が理解できるようにはなりましたが」
「っていうか、お前は人間……ではないんだよな? どう見てもゴーレムじゃあなさそうだが……」
レイオスの問いに、少女ないし少年は頷く。
その時漸く合点がいった匠は、控え目に、けれど確信をもってそれを問い質した。
「“人としかみえない容姿を持ちながら人でなく”、“ゴーレムと異なって情緒があり”、“優れた錬金術師を親に持つ”。
貴方は──“ホムンクルス”ではないですか」
匠に予測できる最も確度の高い答えがそれだった。
「ええ、そうです。初めまして、眼鏡の青年。先のウンディーネ戦、貴方の活躍が勝敗を大きく左右したと見えます」
番人は事もなげに首肯して見せる。まったく、肩すかしも良いところだと匠は苦笑した。
「……誠堂 匠、です。と言うか、俺は、別に……」
謙遜でなく“自分が褒められることに忌避感を感じていた”匠は、多少その意識が前を向いたとはいえ未だ居心地の悪さに言葉をすぼめる。
「ま、確かに“前に会った時より人間らしい”な、お前。情緒が未発達ってのは、このことか……ん? ああ!? あんの微笑クソ野郎、どこ行きやがった……!?」
気付き、ウィンスが辺りを見渡す頃には既に微笑クソ野郎(ヘクス・シャルシェレット)の姿は忽然と消えていた。
「逃げ足速えな。ま、いいわ。それよりお前、言ってたろ? 戦いの前に、ほら、なんつったか……」
ガシガシと髪を掻きながらジャックが問うと、引き継ぐようにアイシュリングが問う。
「人間が勝利した暁には“塔に眠り続けた宝物”を貴方がたに示しましょう、と。──宝物って、何?」
「この国を……グラズヘイム王国を守るための装置です」
「国防装置じゃと? 一体それはどこにある?」
好奇心は隠さず、けれど冷静に訊ねるヴィルマに、 ホムンクルスは“微笑んで”両腕を広げた。
「ここに」
クリスティア・オルトワール(ka0131)が周囲を見渡す。先程から1ミリの変化もない物寂しげな光景だ。
石床の広間には、たった一つの朽ちた玉座が佇むだけ。理解出来ずにクリスティアが苦笑して尋ねる。
「あの、ですからそれは一体……」
何をさしているのか──その言葉が出るより早く。
「この“王の間”です。正確に言えば、この場所、全てが術式の構築に必要であり、より詳細に言えば制御装置と呼べるものがあの“玉座”と言えます」
「だから、“譲り渡す”ことが出来なかったのですね」
得心のいった表情で頷くクリスティアに代わり、匠がなおも問う。
「それは一体、どう言う理屈でこの国を守るんです?」
「正確に言えば、これは装置である以前に高度な魔術であり、それを“後世の人間”が扱えるよう便宜的に装置化しただけのものですが、理屈を述べると、まず原点となったのは第五元素と呼ばれ物理学において光の触媒になると考えられている、物質世界で言う……」
「待った! 悪ぃ、その先は訊いてもわかんねえわ。簡単に効果だけ知りてえ」
ジャックの制止がなくても、恐らく別のハンターが止めただろう。時間の浪費は何より変え難いロスだからだ。
「では問いましょう。王国にとっての“宝物”は、何だと思いますか?」
「宝って……豊かな自然とかか?」
シガレット=ウナギパイ(ka2884)の答えにホムンクルスが首を振る。
「いいえ。千年の昔、この国の王にとっての宝物は“国の民”、そして“国の為に戦う全ての人々”でした」
「その宝物が、装置になんらか関係があるのね?」
確かめるようなアイシュリングの言葉に迷いなく同意し、それは他意なく微笑んだ。
「現代人の貴方がたの為に解りよく言えば、“この国の宝を強力に加護する”などと言えばお分かりになりますか?」
「……今度は馬鹿にしてんのかてめえ……」
苛立つジャックをなだめつつ、シガレットが再び問う。
「ってことはよ、そいつは誰でも使えるのか?」
「いいえ、行使権は特定の人間のみが保持します。そして“この場の誰ひとり使うことはできません”
──ですからここから先は、“王”をこの場に連れてきて頂いてから、お話しましょう。
突如強力な魔術により空間ごと召し上げられたベリアル(kz0203)は、体躯に見合わぬ縮こまり方で必死に跪いていた。
彼の前に居たのは、“少年の様な姿をした歪虚”だった。
『今更哀れな羊を気取るか、黒大公ともあろうお前が』
『ブ、ブシ……』
ベリアルが完全に竦んでいる。圧倒的な力で王国を蹂躙し続けてきた、あのベリアルが、だ。
『メフィストから聞いたが。貴様、無策で家畜どもに戦を仕掛け、挙句無様に敗北したのだろう?』
『ぬぐ……あ、あれは、人間どもを遊んでやっただけのことで……!』
ベリアルが、視線を交わしていた相手の感情の変化に気付き、青ざめ、頭を低く低く下げる。
視線にもし温度があるのだとしたら、それはまごうことなき絶対零度。
並みの人間ならば硬直し、泡を吹いて震える以外、出来ることはなかっただろう。
『か、必ずや、この汚名雪いでご覧にいれ……』
『黙れ。その臭い口を閉じろ。“傲慢王イヴ様ともあろう方が、斯様に無様な部下を持つとは嘆かわしい”。そう言われた俺の気持ちがわかるか、ベリアル? どうやら、俺の名はお前に汚されたらしいな?』
『……まさか、まさかまさかまさかメフィストメェエエエ!!!』
刹那、少年は自らの数十倍はある巨体の頭を目がけて手を翳す。
『イ、イヴ様、お許しを、それだけは、それだけは………!!!』
『“最後の命令だ、ベリアル。お前のすべてを世界にぶちまけて死ね”』
──誰がその“強制”に逆らうことなど出来ただろう?
そして現在。
『メ゛ェ゛エ゛エ゛エ゛ェ゛ェ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛ェ゛ェ゛ェ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛!!!!』
およそ人知の及ばぬ思考をしていた黒大公ベリアルにも、確かに知性はあった。
大軍勢を率い、圧倒的な“力”を以てグラズヘイムを叩き潰すそのやり口は単純明快だが、純粋な暴力による蹂躙を彼は得意としていた。
だが、“これまでの踏み荒らし”と“今回のそれ”とは決定的に何かが違う。
咆哮には、これまでの彼には感じられない強烈な“憎悪”の如き負の感情が満ちていた。
怨嗟に曇った眼はぎょろりと冷たい羊の目をして、ただただ東へ、王都へ向かって一歩一歩を踏み出している。
その周囲をおぞましい数の羊たちと、そして僅かに混ざる“何か”が取り巻いていた。
もはやベリアルは、傲慢が傲慢として在った痕跡を失い、自らの力を余すことなく手当たり次第にぶちまけている。
本来“持てる力の3割で人間どもに勝利する”が傲慢の“許容ライン”だが、今の彼は8割、9割──否、もはやリミットの概念が壊れてしまっているように見えた。
“限界突破の強制”。
もし今ベリアルの口から怪光線が放たれたとしたならば、大陸弾道級の射程で王国の山々すら吹き飛ばすだろう。
『あぁ、なんと無様。なんと……汚らしくも哀れな末路。ふふ……ふはははははッ!!』
その歪虚は、ベリアルを見て笑っていた。
貴族の様な美しい装飾の施されたジャケットを纏い、脚部には複数の蜘蛛が絡みつき、そして不気味な臀部の尾がゆっくりと動いて存在を主張している。
『ふ……それよりも、この国の人間どもは“私の慈悲”に生かされていることを忘れている様子』
くつくつ笑う歪虚、メフィスト(kz0178)の視線は、王国北西部──“アークエルス”に向けられていた。
『未だ希望を持とうと足掻くなど涙ぐましい努力。……ふ、クク……このメフィスト手ずからそれを摘み取るもまた一興、ですか』
──その日、二体の大型歪虚が、動き始めたのだった。
「“王”を呼べ? どういう意味だね」
多少の苛立ちを滲ませて、大司教セドリック・マクファーソン(kz0026)が問う。
「言葉通り……アーティファクトの起動には“王”が必要だと、そう言うことでしょう」
対する元騎士団長エリオット・ヴァレンタイン(kz0025)が悪びれるでもなく平然と答えるのでセドリックの眉に一層深く皺が刻まれてゆく。
「エリオット・ヴァレンタイン、貴様……中枢を離れて半年。よもやこの国の事情すら忘れたわけでは無かろうな」
まさか、と言って真顔でエリオットが首を振るものだから、見かねたヘクス・シャルシェレット(kz0015)が「まぁまぁ」と間に割り入った。
「もちろん塔の番人も“事情を知った上で”言ってるんだよ。なにせ、番人はエリー……エリオットの記憶を複写してる。この国の事情なんて“教えたくない事まで知られてる”んだ。下手は打たない方がいい……解るだろ?」
その発言を耳にした途端、奥に座す老爺から長い溜息が零れた。
「お前が意図して記憶を“売った”のでないことは聞き及んでいる。だが、相手が悪意ある存在ならばこの国は終わっていた。なぜ、番人と初めて出会った際“相手の行動を許した”? 貴様、あれを前にして跪いた、とまで報告に上がっているが」
「……それは」
「お、落ち着きましょうっ。……事情は、よく解りました」
言い淀むエリオットを庇い、「互いに責め合うのはやめませんか」とでも言うように王女システィーナ・グラハム(kz0020)が苦笑する。
「殿下、この者は“昨夏の代償”を払うため、どうしても塔の秘宝を手に入れねばならなかったのです。しかし、手に入れてみれば“王でなければ使えない”など……あれほど莫大な投資をしてようやく試練に打ち勝ったというのにこの始末!」
「いいえ、まだ諦めるのは早いと思いますよ、大司教。エリオットやヘクス様のお話を聞いていて、不思議に思いませんでしたか?」
その言葉に、セドリックは珍しく目を見開いた。
王女殿下のお手並み拝見とばかりに黙って先を促すと、少女は首肯する。
「塔の番人……流石にそろそろお名前がほしいですね。あ、いいえ。その番人さんは、今この国に王が不在と知りながら、王を呼んでいるわけですけれど……」
「それはつまり、殿下をすぐさま即位させよと?」
大司教の鋭い質問に、少女は自嘲するように、あるいは痛みを堪えるように眉根を歪める。
「わたくしに立派な王たる能力と実績があるとお思いですか?」
「十分だと思いますが、かように尋ねるようでは御心がまだ足りぬようですな」
「……、それで、その、お話を聞いていて、思ったのです。ひょっとしたら番人さんは、“わたくしを呼んでいる”のではないかと」
大司教、王国騎士団長、そして元王国騎士団長の視線が少女に集中した。
「番人さんのこれまでの言動、そしてエリオットの報告と彼の行動からの推察でしか有りませんけれど……エリオット、番人について、まだ“黙っている”ことがありませんか?」
少女のエメラルドの双眸に見つめられると、エリオットはどうにも弱い。
青年は、その身も心も、全てをこの国の王──アレクシウス・グラハムに捧げた。しかし約7年前、その主君を黒大公ベリアルの脅威から守り切れず、一人おめおめと帰還した過去がある。
そんな自分を、今なお慕ってくれている“陛下の忘れ形見”のシスティーナは、今の彼にとって“命に代えても守らねばならない大切な存在”であり“何があっても誠実である”と誓った相手だ。
「は。殿下の御推察通りです。番人は……システィーナ・グラハム殿下に“よく似た容姿”をしています」
金の髪、翠玉の瞳、そしてそれだけではなく。雰囲気も、身にまとう空気すらよく似ていて。
エリオットは番人と初めて出会った際、思わず“無条件で跪いてしまった”のだ。
「そうですか。わたくしが小さい頃、お父さまの書庫で読んだ古い古い日記を思い出しました」
くすりと笑い、システィーナは立ち上がる。
「さ、参りましょう。エリオット」
「承知いたしました」
「殿下! 古の塔は、ゴーレムの脅威が失せたといえど……」
しかし、大司教の制止は最後まで結ぶことはなかった。
「……いや、もはや何も言いますまい」
──“手に入れた秘宝が使い物にならなかった”と、諦めるには予算を投じ過ぎていた。
「殿下の出発より一手早く、こちらも動くとしよう。王国騎士団から防衛部隊を発足し、古の塔に派遣する」
「ゲオルギウス、ありがとうございます」
「折角ここまでの労を注ぎ込んで“手中に収めた古代兵器”だ。これを機に正式に国の管理下に置かねばなりますまい」
◇
「いやぁ、面白い事になってきたねえ」
はは、と笑い声をあげながらヘクス・シャルシェレットが王城を歩く。
その隣には、フードを被った男──未だ自身の存在を隠すエリオット・ヴァレンタインが居た。
「よく言う。お前を呼べと番人に言いつけられた時は、流石に少し肝が冷えた」
「へえ、僕のこと心配してくれたわけ?」
にやにや笑いで青年を見上げるヘクスを前に、重めの溜息を一つ。
「勘違いするな。順当に進んでいた試練が、お前にひっ掻きまわされることを危惧したんだ」
廊下の突き当たりまで来るとエリオットは立ち止まった。その先に、隠し通路があるのだ。
「俺はシスティーナ様の支度が済み次第、塔に向かう。お前は……」
「そうだねえ、“一度戻ろうかなって思ってるんだ”」
片や、ヘクスは立ち止まることなく。振り返り、愚直な青年と視線を交わらせる。
「いいかい、エリー。“時は来た”。黒大公進軍開始の報は、恐らく今日明日のうちに入るだろう。もう猶予はない」
その言葉の意図を理解して、エリオットは息をのんだ。
「キミがこの先、塔で“装置起動に失敗”したとしたら、あの“狂った羊”を止める術はないんだ」
「……だから、行くのか。お前が、危険を冒して保険になるために」
「はは、おかしなことを言うね。僕は歪虚の味方かもしれないのに? それよりキミの大任こそ問題だろ?」
挑発的な視線を送りつけられても、決してエリオットはその喧嘩を買うことはない。
「……お前が下手を打つとは思っていないが」
「うん」
「気をつけろ」
「はは、なんだいそれ? 馬鹿だな、キミは」
──死地に在るのはお互い様だ。
口にすることもなく、笑いながらヘクスは歩き出した。
決して振り返らず、ひらひらと手を振りながら──。
●千年前の約束
「……ようこそ、グラズヘイム王女システィーナ・グラハム。ボクは、貴女の到来を心から歓迎しています」
古の塔、最上階。
そこに跪く美しい少女、ないし少年を目の当たりにして、システィーナは感嘆の声を上げた。
「まぁ……」
王女自らも膝をついて番人の頬に触れると、相手はびくりと肩を震わせた。
どうやら、動揺しているようだ。
報告では、出会った当初“機械のように表情のない”存在だったと聞いていたが、そんな姿は想像も出来ない。
「本当に、わたくしにそっくりなのですね。むむ……ねえエリオット、わたくしたちを見てください」
王女は番人の顔をあげさせ、そこに自らの頬を寄せると二つの顔を並べてそう言うのだ。
青年は「はぁ」と曖昧に応じ、溜息を一つ。
「その……よく、似ていらっしゃいます」
システィーナはしたり顔で薄い胸を張り、その後、慌てて一礼して名乗る。
対して塔の番人は、といえば──情報量の多さに、混乱していた。
焦がれた“王”の血筋。そして、自らにまるで人間のように、親しくふるまう彼女の“温かさ”。その温かさは、番人の生まれたての心を優しく包む。まるで母の腕の中であるかのように。
「番人さん。貴方、わたくしを呼んだのではないですか?」
ふわりと微笑む王女。その問いに、現実に引き戻されたホムンクルスは冷静さを取り戻すと静かに首肯する。
「はい。……ボクは、貴女に会って確かめたかったのです」
「何を?」
「ボクの生まれた意味を、です」
理解出来ず、首を傾げるシスティーナに番人は尚も続けた。
「マスターと交わした千年前の約束を、果たさせて欲しいのです」
「わたくしでお役に立てるのでしたら。一体、どんな約束をされたのですか?」
「いつか“王の子孫”に会った際、伝えてほしいと。その言葉を──貴女に、託します」
王女殿下、どれほどの時を越えたとしても、ボクは貴女を愛しています。
例えこの身が朽ちたとしても、この心は不変。
貴女が死した世界でも、貴女が守りたいと願ったものを、ボクが代わりに守り続けましょう。
ボクらが初めて出会った、満月の夜の草原で、ボクはこの世界を見守り続けましょう。
ですから──どうか、お幸せに。この度の婚儀、誠におめでとうございました。
「……え?」
「マスターの死を、ボクは看取りました。彼は最後まで“ボクによく似た王女殿下を愛していた”。
結ばれることのない思いを“意味のない感情”だと貶めなくても良いように。“世界に有意義であったと証明するために”。
自らの生きたことに、芽生えた思いに意味がほしいと──彼は、この装置を作りました」
ホムンクルスに手をひかれ、王女は朽ちた広間を歩く。
その傍に一人の青年も寄り添いながら、三人は“何もかもが動かなくなった古の塔”をただ静かに歩く。
古い玉座は、張られた皮も裂け、肘掛の木も朽ちてしまっている。寂しい光景だ。
「殿下、この塔へ御自らお越し下さり、ありがとうございます。ボクの願いを叶えてくださり、ありがとうございます。……ボクは、この玉座を貴女に差し上げたいと願っています」
「どう言うことです? わたくしは、“王”ではなく……その、ここに来たことだって、貴方とお話をするためで……」
「当然、今の装置では王女といえど行使権はありません。ですが、王国に危機が迫っていることは先刻承知。ですから、ボクが“システムの書き換え”を行いましょう」
「……書き換え? 何をする気だ、この間の再起動とかいうあれか?」
「いいえ、エリオット・ヴァレンタイン。再起動とは異なる命令です。“再起動”はすべての使用者(ユーザー)が行えます。しかし“システムの書き換え”は“管理者(アドミニストレータ)にのみ許される特権的機能”です」
「よくわからんが……それは、王女殿下でも国防装置が使えるようになるための対応、ということか?」
「はい、その通りです。システムを書き換え、装置の行使権限を別の使用者(ユーザー)に追加で付与します。せいぜい“王の血筋への付与”が限界でしょうが、十分願いは叶います」
それはつまり──ベリアル(kz0203)に対抗する為、この装置をシスティーナが使えるようにできる、ということだろう。
エリオットが安堵の息をつき、システィーナは手放しにその話を喜んだ。 しかし、喜ぶ二人を見つめるホムンクルスの表情は、どこか物寂しげに見え、それが少女の心に引っかかる。
「あの……ならばどうして、“王”に強く拘ったのですか? マスターさんの願いだから、ですか?」
「はい、マスターの願いだからです。ですが、ボクは……ボクが生まれた意味を漸く知ることができたのです」
「……生まれた意味、ですか」
相手が人間でないとはいえ、先程から繰り返される“生まれた意味”という言葉に、システィーナは堪え難い何かを感じていた。
「はい、殿下。先ほど述べた通り“システムの書き換え”は“管理者権限”をもつ者のみが行うことが出来ます。ですが、ボクにその権限はありません」
「おい、先程の話は何だったんだ?」
「いいえ、エリオット・ヴァレンタイン。幸いなことに、ボクはマスターの寿命に対し“長く生きすぎた”。光の訪れをただ待つ千年もの間、彼の研究を引き継ぎ、“生きて”きました。そうして、マスターが完成させたはずの術式の綻びを知り得てしまったのです」
それが何なのか──急かすように問うことはしなかった。
“ホムンクルス”は、自らの言葉で、精一杯に、心の限りに、それを伝えようとしている。
「その脆弱性を突けば、ボクにも装置の内部を書き換えることが可能です。方法は、一つ。ボクの動力源と引き換えに、魔術式防護(プロテクト)を中和し、直接装置に“不正侵入(クラッキング)”することです」
システィーナは、訊き返さなかった。彼女ないし彼の言う、動力源の意味を。
ただ言葉もなく、手指の震えを押し隠すことで堪えていた。なぜなら──
「ああ、なんて喜ばしいことでしょう。なんて幸せなことでしょう。……ボクの千年には、意味があったのです」
──“自らの存在を賭して、この秘宝を託す”。
それを、彼女ないし彼は、“生まれた意味”だと“喜んでいる”からだ。
●蜘蛛の糸
「メフィスト様、ご報告を」
蜘蛛に似た異形の傍に、一人の人間が現れた。その姿は、王国騎士団員そのもの。──否、間違いなく、“それ”だろう。
騎士に目もくれず、歪虚は先を促す。
「ベリアルは、じき王国西部の砦──ハルトフォートに到達します。王国もその動きを察知し、騎士団を中心とした戦力に緊急招集がかけられました。現地戦力が先んじて足止めにかかり、増援到着からが本戦開始と言ったところでしょうか」
『……例の古の塔とやらの状況は。先の攻略戦、余りに唐突でしたが一体王国は何を得ようとしたのです』
「古の塔には、古代の秘宝が眠る、という伝説がありました。その伝説通り、塔の最終攻略戦において、上層部は“国防装置”と呼ばれるアーティファクトを入手したそうです」
『国防装置?』
「ええ、私も同僚から聞いた範囲ではありますが、“王”のみが行使できるものだそうで……玉座、などと聞きましたが、仔細は及ばず。そも“我が国”にはいまだ王は不在。当面使用できないでしょうが」
『“王のみが行使できる”……ふ、そうですか。ならば当面この国の役には立たぬでしょうが、ご苦労』
「……は?」
刹那、歪虚の尾が伸びたかと思えば、騎士の首がごとりと床に落ち、転がった。
『イヴ様は間違いなくアレの最期を“見届ける”はず。つまり、此度の戦はイヴ様の目に触れるところ……すなわち、私の力を披露するまたとない好機』
自分と同等の位を持っていたベリアルが狂化で全力を出すのだ。王国に必ずや痛手を与えるはず。
そう思い、メフィスト(kz0178)は機を伺っていたのだ。
『さて、どうしたものか。アークエルスを叩くか、それとも……“直接塔に攻め込む”か。少し、策を練るべきでしょうね』
例の人間も、ここのところ姿を見ていない。
そろそろ情報を回収する良い頃合いかもしれない──ひとり思索に耽るメフィストは、高慢な笑い声を響かせていた。
●
「メ、エ、エ、エ、エ、エ、エエエエエエエエ!!!!」
人、幻獣、機体に歪虚が入り交じる戦場の中で、一際高く、咆哮が響いた。傲慢を脱ぎ捨てた黒大公ベリアル(kz0203)が、怒りに猛り狂っている。
緒戦となる王国/ハンターの混成軍による黒大公軍迎撃戦は、上々の結果と言っていい。ベリアル自身の損耗はほぼ無いに等しいが、ベリアルに付き従う歪虚の軍勢に対して大きな打撃を与えた。
「ガーッハッハッハ! たかだか“黒”大公ごとき、“暗黒”にして“皇帝”のこのデスドクロ・ザ・ブラックホール様にかかれば小指一つでほらこの通りよ!」
【傲慢】も裸足で逃げ出す程のデスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013)の大笑を遠景に眺めて、Gnomeを操るミカ・コバライネン(ka0340)は苦笑を零す。
「……まあ、たしかに頑張ってたけど、結構地道な仕事ぶりだったろ……ん……?」
戦術的な勝利、と見て、戦闘開始前の溜飲を下げたミカであったが――視線の先で、ベリアルの巨体に異変が生じていた。体躯から噴出する黒煙の如き負のマテリアルは、瞬くうちに狂羊の身体を覆い尽くした。
「メ"、エ"、エ"……ッ!!!!」
声が、響く。
「いやー、随分殺したなぁ!」
「そーだねー、結構満足かもー」
CAMを繰る藤堂研司(ka0569)の快活な笑いが、無線を通して響く。愉快げに返事をしたラン・ヴィンダールヴ(ka0109)。ベリアルの変化に戦場がざわめく中でも動じていないようだ。
ふと、ランは気配を感じ、視線を転じた。
北西の方角に――ベリアルのそれに似た、黒々とした何か。
同じものをみて、柏木 千春(ka3061)は目を細めた。胸中に去来するのは、此処ではない、かつての戦場の気配だ。
「ジャックさん。あれ……」
すぐに、無線へと囁いた。その先で、ジャック・J・グリーヴ(ka1305)の表情が、怪訝に曇る。黄金の鎧が、主の怒りを示すように軋んだ。
「……胸糞悪ィ気配がしやがる」
●
『ベリアル軍の足は止めたが、戦況は未だ、読めん。単体で主攻足り得るベリアル自身を打ち取れるかどうか、だが』
ゲオルギウス・グラニフ・グランフェルトの報告を受けたエリオット・ヴァレンタイン(kz0025)は瞑目した。ベリアルがその実力を垣間見せた戦場に、エリオットは相対したことがある。
あの日、ベリアルの暴威を前に軍は崩れ、先王アレクシウスを喪った。
「急いだ方が良さそうですね」
「――すまない」
エリオットの様子を目にした“番人”は、王座に向かい合い、マテリアルを操作している。かの番人は、エリオットの記憶を知っているからこそ、彼の胸中を察したのだろう。故に、エリオットとしては詫びを言うしかない。
番人自身が、告げたのだ。自らの“命”――そう呼ぶべきだろう――を代償に、この魔術装置を作動させると。
ならば、この場に於いてエリオットに出来ることは、ただひとつしか無い。
「…………システィーナ様」
「ええ……往ってください、エリオット・ヴァレンタイン。ご武運を」
エリオットがシスティーナ・グラハム (kz0020)の前に跪くと、番人の作業を見守っていたシスティーナはすぐにそう応じた。即応と、言葉に滲んだ信頼に、少女の成長が見え、エリオットは暫し、言葉を呑んだ。
「……はい」
この場を離れ、彼女を一人残すことが心苦しい。
そして――少しばかり、惜しかった。システィーナ・グラハムの選択と、行動。そして、この場で示されるであろう『王位』を目にできないことが。
「……」
しかし、後ろ髪を引かれる想いを振り切って、歩を進める。
今は、往かねばならない。
黒大公ベリアル。その真なる爪牙が曝け出された上で、我々は勝たねばならないのだ。ただ座して待つわけには、いかなかった。
●
システィーナ・グラハムは、“王”ではない。
千年王国。グラズヘイム王国の“王”は、いまだ空位である。
「…………」
思わず、吐息が溢れた。広々とした空間に、静かに音が満ちる。そんなかすかな音でも反響するくらいに、“王の間”は静寂に包まれていた。
広く、朽ち果てた広間の奥には、古い玉座が据えられている。
枯れ萎んだように見える木製の肘掛けよりも、ところどころ破れた革よりも、そこに座す者もなくただそこにあったという事実が、茫漠な時間の流れを感じさせる。
その傍らに立つ、システィーナに良く似た“番人”は、台座に向かい何事かを呟き、時折、手を動かし、視線を巡らせている。
――“あなた”の主は、どのような人物だったのでしょう。
このような施設を遺した、大魔術師。
魔導ゴーレムに、ホムンクルスである番人に、国防装置とも言われる程の魔術。
歴史に名を残せるような人物だったはずなのに、この塔だけを遺して、消えた。
彼は本当に、“かつての王女殿下”を想って、この塔を遺したのだろう。
たとえば、この玉座もそうだ。ただ魔術の装置であればいいのならば、革張りも肘掛けもいらなかったはずだ。
けれど、彼はそうしなかった。たとえば、成人の男性――システィーナの父であるアレクシウス王にとっては少し窮屈であろう椅子であっても、せめて快適であるように、と。そんな願いが、にじみ出るようだった。
“彼”だって、そうだろう。
話の詳細はシスティーナにもわからなかった。けれど、王でなければ使えない国防装置をシスティーナでも扱えるように“システムの書き換え”を行わなくてはならない理由と、それを成すに至った気持ちは、わかる。
長い年月があらゆるものを洗い流してしまったこの部屋は、とても、寂しい。
――けれど。
想いで、溢れている。気を抜いてしまえば、涙がこぼれてしまいそうなほどに。
「殿下」
「……っ! は、はいっ」
不意に響いた“番人”の声に、慌てて顔を上げる。
「“書き換え”が終わりました。貴女はこの装置の使用者(ユーザー)として……」
「……どうか、しましたか?」
不意に言葉を切った番人に、システィーナは小首を傾げつつ、そう問い返すと、システィーナと同じ顔をした番人は、無表情を微かに曇らせた。
真っ直ぐに見つめ返され、沈黙が、落ちる。しばらくして、番人は躊躇いつつも、口を開いた。
「……何故、泣いているのですか?」
●
無作法を詫びたりしているうちに、番人が進めていた準備が真に完了していたらしい。頬を伝う涙を拭ったシスティーナは、番人に導かれるままに玉座に座った。
「大丈夫ですか?」
「は、はい。……すみません、ご心配をお掛けしました」
「……いえ」
苦笑とともにそう言うと、覗き込むようにシスティーナの表情を伺っていた番人は、視線を外した。
「この装置の発動には、貴女の血液が必要です。それがより多く供給される限りにおいて、その力は貴女の宝を守ることでしょう」
手にした小さな短刀をシスティーナに渡しながら、ただし、と、言い添える。
「今、この時だけに限ります。ボクが魔術式防護(プロテクト)を中和し不正侵入(クラッキング)をしたこの時だけしか、この装置は機能しません」
「……」
「では、始めます」
言葉と、同時。
番人の小さな身体が光を放つ。否、光へと転じていく。眩い光の中で、番人の四肢が、大気に溶けるように消えていく。光は奔流となって、システィーナの眼前に収束。そのまま、玉座の足元に据えられた紋章に飲み込まれていく。
「………………っ」
たまらず、システィーナは手を伸ばした。光に輪郭を蝕まれたように朧に霞む番人の顔を、その両手で包み込む。すぐに涙が溢れ、視界が揺らいだ。
「……何故、泣いているのですか、殿下」
「だって、あなたは……っ! あなた、達はっ!」
貰ってばかりだ。託されてばかりだ。
こんなに暖かで、優しい――システィーナではない誰かへの想い。
番人の“命”は、彼/彼女自身の“願い”でもあった。それを止めることもできないシスティーナの眼前で、番人は消えゆこうとしている。
報いるべき何者かは、誰一人として、いなくなってしまう。
「わたくしは、あなた達に……何一つ」
「でん、か……ああ、じかん、が、ない」
強引な介入、“命”の放出によって、強烈な負荷が掛かっているのだろう。もともと無表情ではあったが、ヒトのソレのように滑らかであった番人の動作が、言葉が、ぎこちなくなっていく。
「ボクに――ボクたちに」
それでも。
「いみ、を、くださり」
不協な響き。歪んだ声色。軋む身体で、システィーナの身体を包み返す。
「あり、がとう……ございました」
耳元で、囁くように、言う。軽くなった身体の、全体重を預けるようにして。
「…………こちらこそ、ありがとうございました。あなた達の想い、生まれた意味…………大切に、引き継がせていただきます。だから……っ」
システィーナもまた、涙をこらえて、番人の耳元に告げる。
「……」
番人の表情は、窺い知れなかった。
ただ――身体に掛かる僅かな重みが、消えた。
●
「………………っ」
叫び出したいくらいの激情を、涙を、システィーナは堪えた。
彼らが、戦っている。番人たちと、彼らの主の想いを無駄にしないためにも、すぐに煌々と光を放つ玉座に座り直して装置を起動しなくてはならない。
その時のことだった。
「きゃぁ…………っ!」
古の塔が、揺れた。耳をつんざく轟音と激しい振動が、システィーナの身体を揺らす。玉座に手をつき、態勢を整えると、すぐに玉座に座り込んだ。
「これは…………」
異常事態だ、とすぐに分かる。古の塔の所在は明らかではないが、少なくとも、ベリアル軍との戦場付近には無い。どれだけ戦闘が激しくなろうとも、攻撃の余波が届くような場所では無いのだ。
ならば、答えは一つ。
――古の塔が、何者かの襲撃を受けている。
「…………させません」
システィーナは決然と、告げた。
託されたのだ。永きに渡る想いと――感謝を。
だから。
「…………っ」
番人に預けられたナイフで、一息に、手首を掻き切った。強烈な痛みと共にどくどくと溢れる血液が、光燐を放つ紋様に注ぎこまれた瞬後――“それ”は、起こった。
●【王臨】ティザーノベル(12月12日公開)
●滅亡の既定路線
それは今年の……いつ頃の話だっただろうか。確かだったのは、目の前の歪虚が“ある程度の手負いであった ” こと。
だがその理由は“重大な損傷によるものではなく、なんらか術効の影響が多分であった ” こと。
そして、その原因により、歪虚”は“自分”に対し、激情を抱いていたこと。
怒りやその他思いつく限りの負の感情を固めた声色で、それは言った。
『人間、よくも私の前に顔を出せたものですね……』
1対1でこの歪虚を相手にしたのならば、いかに相手が手負いであろうと“自分”が敵うはずはない。
それはつまり、今、自分がこれから綴る言葉だけが自分の命を繋ぐ唯一の命綱だということだ。
「いやぁ?本当に申し訳なかった! 僕は“代々伝わる情報をそのまま伝えた”つもりだったんだけど、まさかの展開だ。昔の人たちがあの光の塊をエクラの降臨と勘違いしてたなんてね。確かに、古代の人間は雷を神の怒りだって恐れるくらいだ。一本取られたよね! はは……だから、ほら。伝承の解読に力及ばなかった事は謝るよ。この通り!」
道化に徹するなど造作もない。下手に出ることで相手が気を良くするだろうことは“性質上”間違いないことを知っていた。だが、かといって相手も馬鹿じゃない。
『まさか、その程度の軽々しい謝罪で私の屈辱を拭えるとでも』
「勿論思っていないよ。貴方のように強大な歪虚を相手にそれほど軽率でもないさ。僕の命なんて貴方が望めば今すぐ握り潰せるんだし、みすみす死にに来たわけじゃない。実はね、手土産を用意したいと思ってるんだ」
言葉に嘘偽りはない。事実、いま対峙しているそれは“僕”を殺そうと思えば何時だって殺せるし、当然“僕”も殺されるリスクを理解している。ならばなぜ──そう、その思考こそが“彼”とベリアルとの決定的な差だ。
彼は考えている。なぜ今、殺されてしかるべき“僕”がのこのこと愚かしくも目の前にやってきたのかを。そして恐らく、考え至るだろう。“僕”が“自分に利する確信を持っているのだろう”と。
『……一理ある。弁解の時間を与えましょう』
「ありがたき幸せ」
そうして”僕”は、こみ上げる笑いが口の端に滲まぬよう敢えて顔を伏せ、恭しく礼をして見せたのだった。
『“王国には未だ希望が残されている”?』
「言葉通りだよ。流石は誉れ高き騎士の中の騎士。あぁ、貴方の言う“金色の騎士”の方じゃないよ。王国最強の騎士団長──“白銀の騎士”」
『……その名と評判は記憶しています』
――やっぱり“当人を認識してない”か。

メフィスト
『ふん、汚らわしい法螺吹きめ』
「僕も知らなかったって謝ったのに……。ま、信じてくれなくてもいいよ」
“事実”を持ちかえれば、解ってもらえるだろうからね。
そう、内心ほくそ笑んだ直後の青天の霹靂。
『メフィスト。お前、人間をここに引き入れたのか?』
仄暗い虚の中だった。
確かにここは、不吉を孕んだ蒼く黒い負のマテリアルに満たされた場所。
果てしなく暗い黒。どろりと凝る闇。先を見通すことも叶わぬ闇の奥から、突如“何か”が現れ出でた。
放たれるのは、息を呑むことすら許されない圧。
連動するように数段も数倍も深まり、重苦しさと冷たさを増してゆく闇。
そして襲い来る強烈な死の気配──それは考え得る“最悪”の“災厄”。
『ああ、“我が王”よ。お目覚めでしたか』
メフィスト(kz0178)と呼ばれた歪虚が傅いた。余りに自然に、そうしないことなど考えられないとでも言うように、2体の歪虚はその関係性を、絶対の理を見せつけてくる。
『……俺の問いに答える気がないのか?』
聞こえてきた声は多少の幼さを感じさせるが、しかし言葉一つでメフィストにすら畏怖を抱かせているのがわかる。
『い、いえ、滅相も……!』
最早メフィストの言葉など何一つ入ってはこなかった。
なぜならこの時、“僕”は理解できてしまったからだ。
この“少年”こそが、紛れもない傲慢最強の“王”であるということ。
ベリアル、メフィストと比較にすらならない強大な存在が、それらの上に控えているということ。
そして、『法術陣の本来の力を、この傲慢王以外に使用した時点で王国には勝ち目がなくなる』ということを──。
●そして物語は1016年初夏、王国騎士団長暗殺事件当夜へ

エリオット・ヴァレンタイン

ヘクス・シャルシェレット
──エリオット・ヴァレンタイン(kz0025)。
君は“こんな世界のため”に、その手を汚すことができるかい?
突き付けられた銃の口を握りしめる。エリオットの手に伝うのは、金属の固く冷たい感触だけ。ひたと据えられた銃口は、僅かなりとも動く気配もない。
対する男は、余裕たっぷりに口角をあげた。
「ゲオルギウスに言われたんだろ? 君はこの国にとって“象徴化した偶像”のような側面を持ってる。聖職者のそれとは違うが、これはある意味で民草による歪みの押し付けに近い。君のありのままを受け入れることなく、身勝手な理想を、身勝手な偶像を、身勝手な期待をおしつけ、それに反した途端“裏切られた”なんて、これまた身勝手な理由で君を謗る。“清廉でないお前に価値はない”と、言われた意味を考えた事はあるかい」
引金に、男の指が触れた。力が籠れば一瞬でエリオットの命など弾けて消えるような危ういバランス。その不安定な関係を楽しむように、歪めた口元から言葉が落ちた。
「ほんと、呆れるほどに人は愚かなんだ。生真面目にも誠実で在り続けた君が、これ以上、その身を尽くす義理なんかないと思わない?」
「……戯言だな」
エリオットは、相手の男の“名”を呼び、そして告げた。
「ヘクス。お前には、初めから俺の答えなど解りきっていただろう」
はは、と場の空気にそぐわぬ軽い笑い声が響き、短い沈黙が訪れる。
窓から差し込む月明かりがようやく侵入者の顔を照らしだし、そうして見えた男──ヘクス・シャルシェレット(kz0015)の顔は、ある覚悟を湛えているようにも見えた。
◇
遡ること少し、メフィスト決戦を終えた当日の夜のこと。
突如エリオットの前に現れたヘクスは、こう切り出したのだ。
『いま、この王国にとって最大の脅威とは、なんだと思う?』
よりによってこの日、この時に漸く姿を現して、この一言だ。冗談めかした問いに、しかし、エリオットは生真面目にもこう応じた。
一つには、ベリアル。
1009年と1014年、二度にわたって王都を蹂躙した黒大公。王国にとって、一度は大敗を喫し、先王までも喪った怨敵である。
もう一つが、メフィスト。
まさにこの日、決戦を迎えたばかりの、因縁の相手。
一年以上に渡って存在が不明瞭であったそれを追いかけ、炙り出し、ようやく条件を整えて戦場を作り上げた。だがしかし、秘法“法術陣”を使用してまで生み出した好機にもかかわらず、王国はメフィストを討ち果たすことができなかった。
この二体は毛色は異なるが、何れも軍を圧倒する戦力を有している。
メフィスト戦を終えた今だからこそ、分かる。この二体が手を組んで王国を侵攻したときこそ、王国の滅亡は避けられない。退ける事は適ったとしても、それは、僅かな間の命拾いに過ぎないことは想像に難くない。
それがいま王国が把握し得る脅威であるとエリオットは述べたが、しかし──ヘクスは稚気に富んだ仕草で首を振った。
冗談混じりではあるのに、その言葉には、紛れもない真実の匂いがあった。ヘクスは、こう言ったのだ。
『君も想定していただろうが、【傲慢】には王が居る。ベリアルとメフィストが傅き敬う、傲慢王、イヴがね』
近年クリムゾンウェスト各地で起こった出来事を振り返れば、誰だって推測し得ることだ。
『【憤怒】にだって、【暴食】にだって、【強欲】にだって王がいる。そりゃぁ、【傲慢】に居たっておかしい話じゃあない』
当然、存在するという確たる証拠などないが、否定する根拠もない。
もちろん、ヘクスが語る言葉の論拠もこの場には在りはしない。だが、どんな物事も“有り得ない”ことを証明する事の方が難しいものだ。リアルブルーの人間に言わせれば、それは“悪魔の証明”だろう。
そしてエリオットは、その事実が意味する所を正しくを理解している。
『……ベリアルとメフィストの二大勢力を“法術陣”を温存したうえで倒さねば、王国に勝ち目はない、か』
エリオットの言葉に、感情はなかった。それはただの事実だからだ。
良いかい、とヘクスは嫌味っぽく笑って、続けた。
『今、エリーにこれを言うのは悪いけど、これは机上の空論でもなんでもないぜ。
事実ベリアルとメフィストが“奇しくも同時期に王国を襲撃する恐れが出てしまった”んだ。今日のメフィスト戦の失敗によって、ね』
『我々の宿願ならず、メフィストは撤退した。だがしかし、“無傷”で退いたわけでもない』
『因縁をつけられたのは連中にしても同じってことさ。だからこそ、王命の一つでもあれば、彼らはそれをするんじゃないかな』
そこまで言って、ヘクスは冗長な溜息をついた。余韻の長い、感傷深く感じる、吐息。
『さて、君はこの話をどう思う? 僕の空想かな? ねえ、エリー。そろそろ、聞きたいんじゃないかい。何で――』
そう言って、ヘクスは歪な笑いを浮かべた。
『何で僕が、それを知っているのか、ってさ』
先程零れそうになり、飲み込んだ問いが、それだ。エリオットは静かに眼を細め、胸中を鎮めるように息を詰めた。
ヘクスは、自らの言葉の中で『それ』を示していたのだ。
傲慢王の存在ではない、“かの王の名”を彼は明示した。
──『イヴ』、と。
ヘクスの話を信じるには、前提条件がある。
一つ。この男が歪虚組織に入り込んでいること。
もう一つ。その上で、この男が、歪虚組織に与していないこと。
これらの条件を信じたうえでなければ、王国側は無為に法術陣を温存し、窮地に追いやられるだけだ。
異端審問会に突き付けようものならば今頃大騒ぎどころでは済まない。
逡巡するエリオットをよそに、ヘクスはへらりと笑ってみせる。
『まあ、答えは単純さ。僕が、歪虚と手を組んでいるから、ってね』
いつも通りの軽薄さだった。だがそれが余計エリオットに刺さる事を、彼は知っているのだろう。
もとよりエリオットの考えは、ただ一つであったのだが──。
『僕を疑っていないんだね。……愚かだよ、本当に』
“見ている景色は同じはずだ”と、その一点の認識を揺らがせることは、決してなかったからだ。
◇
「例え謗られようと、全てを騙し続ける道だ。誰も彼もが今のように君を迎えてくれはしないだろう。それでも、僕と行くんだね」
重い問いかけだ。先の失態を死で贖うことなど容易く、ヘクスの言うなりに命を捧げることで国の未来にある程度の保証と猶予を与えることもできるだろう。
だが、それは果たして本当に得るべき答えだろうか?
──そんなもの、考えるまでもない。
『エリオット、“これ”をあなたに預けます。どうか覚えていてください。どこに居ても、何をしていても、貴方は貴方。この国の光であると』
それは昨日、立派に成長を遂げた王女からおくられた親愛。
『──ここでただ終わるなんてできない』
それは今日、自室に招いた友が口にした力強い覚悟。
そう、ここでただ終わるなんて、出来るわけが無い。
例え“自分の生存が途方もないリスクになる”のだとしても、“まだ何一つ成しえていない”から。
「ああ。……お前にただ殺されてやる人生など、つまらないからな」
その夜を境に、エリオット・ヴァレンタインは忽然と姿を消した。
メフィストの配下ラウムの王都襲撃により死した、身元不明、引受人のいない孤独な1つの遺体と共に。
●【王臨】ストーリーノベル(1月24日公開)
●システムエラー/side:???
ハンターと名乗った者たちの奥。ボクが“陛下”と思い込んでいた男が、ローブの奥から大ぶりのペンダントトップに見える何かを取り出した。
それには、紛れもないグラズヘイム王国の印が刻まれている。
そんなもの、見るまでもない。印に込められた“マテリアル”が紛れもない証拠だ。
ボクにインプットされたそれと同じ反応を、1000年も待ち続けていたのだ。今さら違えようがない。だが……
「間違いなく、これは“王家の印”そのものだ。
そして……俺は、グラズヘイム王女システィーナ・グラハム殿下の仮初の名代。
極秘裏にアーティファクト“光の王国”の探査を担った元王国騎士団長、エリオット・ヴァレンタインだ。
親愛なる我が王女殿下とすべての民のため、世界に迫る災厄を滅するべく馳せ参じた」
──今、この男は、なんと言った?
ボクの沈黙は、決して短い時間ではなかっただろう。
何を言われたのか(何の情報が入力されたのか)、一瞬、処理が追い付かなかった。
当のハンターたちは、何らかエリオットと名乗る男に反応を示しているようだが、“ボク”にとってはそれどころの話ではない。
ボクの使命は、到来した国王に防衛装置を示すこと。だが……
致命的なエラーだ。(国王=false)
深刻なトラブルだ。(王家の印=true)(else if:国王の名代を名乗る男)
直ちに対処法を検索開始するほかない。

ジュード・エアハート

エリオット・ヴァレンタイン

クリスティア・オルトワール

ウィンス・デイランダール
ジュード・エアハート(ka0410)と名乗った少年が、ボクの傍に寄り、顔を覗き込んでくる。
だが、思考をそちらに割くことはできない。
致命的エラーの対処に全リソースを集中させているからだ。
だが、“記録”することはできる。彼らのやり取りを、あまさずボクは記録し続けていた。
「エリオットさん、どうするんですか。彼女……彼、かな? 黙っちゃったじゃないですか」
恨み節、というやつだろう。ジュードの苦笑と並行して、エリオット・ヴァレンタイン(kz0025)が素直に謝罪する。
「……混乱させたなら、悪かった」
「混乱させたなら? 悪かった? それ、本気で仰っているんですか?」
その一言一句を切り取り、強い口調でオウム返しをするのはクリスティア・オルトワール(ka0131)と名乗っていた少女。
笑顔を浮かべているが、声色と表情は剥離している。どういうことなのか、ボクにはさっぱり解らない。
「どういう意味だ?」
首を傾げる男を前に、銀の髪の少年──ウィンス・デイランダール(ka0039)がやれやれと溜息をついた。
「あーあ、馬鹿は死んでも直らねえってホントだな。お前、余計な地雷を踏みぬいたぞ」
観測中。観察中。
怒り、呆れ、悲しみ──まったく人間は理解しがたいが、その最たるが“感情”だ。
存続を謳いながら破滅を孕み、生を願いながら死に赴く。その根底にあるのが“感情”だ。
なにより理解しがたいのは、感情を育ませる理由だ。
時間に耐えられない脆弱な“ハード”を持ち、体を、脳を朽ちさせながら、彼らは結局“すべてを忘れてゆく”というのに。
感情は必ずしも死を看取らないのというのに。
(だからこそ、ボクはこうして義務付けられたと記録しているが)
『いつか必ず、王家の子孫がここにやってくるだろう。その時は、お前が示してあげるんだ』
『異議があります、マスター。伝承の仕組みが正しいものであるならば“試し”も“示し”も、それに“ボク”すらも余剰なコストです』
『痛い所をつくなぁ。でも人間はね、お前のように“正しく”あれるものばかりじゃないんだ』
『なぜですか? 少なくとも継承に関して“正しい”は明確であり、遵守可能な規定です』
『予期せぬ問題も有り得るし、解っていても出来ないことだってある。それに、正しいの物差しには幾つも種類があるんだよ。例えばほら、“感情”とかね』
『感情は、果たして人間に必要な仕組みですか? 合理性を破壊する致命的欠陥では?』
『うーん……実を言うと、ボクにも理解出来ない部分が多いけれど、それでも人間には必要なんだと思うよ。迷い、立ち止まり、苦しみながら、それでも今より良き明日の到来を願うように。絶望と同じだけ希望は世の中にあふれている。ボクがそれを見つけたようにね』
『その為の防衛装置。この国の為の……』
『うん。それだけではないけれど、ね』
頬に触れるマスターの掌は、確かに“ボク”を愛しんでいた。
『あぁ。どうか、彼女の子孫によろしく。ボクは確かに彼女を愛していたと。その証を……』
──国王の不在における対処法、全検索完了。
検出結果、一件。
ボクが取り得る最善にして唯一の、方法はこれだ。
「王女の名代を名乗る男よ、貴方が真に装置を託すに足る存在か……今、ボクが試します」
人が人に“心”を伝えるのに必要な方法──その知り得る全てを行使する。
黙って跪く男の傍に寄り、彼と同じように跪き、視線を合わせ、そして男の額に自らの“額”を触れ合わせた。
●継承/side:名代を名乗る男
10代半ば程度に見える少女、あるいは少年──未だどちらの性別とも判別がつかない美しい番人は、俺の額に自分の額を合わせたと思いきや突然“活動停止”してしまった。間近にある長い金色の睫毛が震えることもなく、神秘的なエメラルドの瞳も、林檎のように赤く鮮やかな唇も閉じたまま動かない。
呼吸は感じられるが、それ以外はまるで死んでしまったような、そんな奇妙な胸騒ぎを感じさせる。
「……おい、いつまでこうしているつもりだ」
声をかけるが、まるで返答がない。
諦めて街続けると、漸く少女、ないし少年の瞼が開き、美しいエメラルドが姿を現した。
──まるで宝石だ。同じ人間のものとは到底思えない。
だが、そんな感想よりも、気にすべきことはある。
「記録の複写を完了。エリオット・ヴァレンタイン、貴方の事情は理解しました」
「一体、何を言っている?」
「記録……いえ、貴方がたは“記憶”と呼称しているそれを、汲みあげられる範囲で僕の中に複製させて頂きました」
見れば、番人の額にはうっすら緑色の光が放たれている。刹那に消えゆくその光はまるで魔法円のような文様を描いていた。
心臓の奥に、小さな針が突き刺さったような感覚を覚える。これは、自身の過去を暴かれた痛みだけではないだろうが。
「エリオットさんの記憶を? どうして?」
「ジュード。ボクは先述通り“試し”“示す”存在です。王を試すのが本来の役割ですが……」
思考する番人の表情には明確な変化があった。先ほどまではなかった、微かな変化が。
「長い年月の中で正しい知識が失われたか、あるいは先王の急逝によって次代に継がれなかったか。理由は定かではありませんが、僕にとれる対処は一つ。
真に王国はボクが守り継いできた防衛装置が必要な状況か?
そして、相手はそれを示すに相応しい人物であるか?
それを確かめることだけです」
「それで“試した”……のですね」
「はい、クリスティアの言うとおりです」
「で、結果は?」
手厳しい視線を送るウィンスに、相変わらず堪える様子もなく、番人は応えた。
「諸条件を満たしていることを確認しました」
「……暗殺事件を装って国民を騙し、兵器探索をしていたような男が本当に相応しいのか?」
嘲りではなく、少年の指摘は真実の開示以外の何物でもない。だが……
「偽られた側の人間、個々人の感情を憂慮していないという指摘ですか? ならば、回答は同じです。護国と一時の感情を天秤にかけることは、非合理的です」
「さっきから機械みてえなことばっか言いやがる。……てめえ、一体何だ?」
「それは、ボクの存在に関する……」
「あぁ、そうだよ! そもそも1000年も前からここを守ってるんならてめえは確実に人間じゃねえよな?」
●試練/Side:気付き芽生えた何者か
誰かの記録を複写するのは、これが初めての行為だった。なぜならここに到達できた王家の印を持つ人間は、彼らが初めてだったからだ。
そうしてある男の記録、記憶、いうなれば人生をボクの中に複写した。
王の不在。その壮絶な死と、それに対する痛烈な悔恨。
王女の存在。壊れかけの国を必死に繋ぎとめる、か細い鎖。彼女への深い贖罪と自責、与えられる信愛への感謝。
そして、この国の中枢に“捧げられたイケニエ”。この男のことだ。(それはまるでボクのようだ。……いや、違う、なぜそんなことを)
流れてくる莫大な記憶の中で、王国の為に捧げられた男の人生を見送りながら。
王の不在という深刻なエラー回復処理の中で、ボクはいくつかの事実を理解し始めていた。
それは、ボクたちが「世界から忘れ去られた存在」になっていたこと。
千年を超える孤独──この防衛装置を守り継ぐ異世界の塔という茫漠な時間を前提としたギミックに、綻びが生じていたこと。
そして──。
「ボク、は……」
気付けばうずくまっていた。膝から崩れ落ちるように。
それを支えるジュードの顔には、不安の色が浮かんでいる。
「具合が悪いなら、そこに座ろう? 無理しなくていいよ」
「いえ、エラーの対処は、十全に……」
「なに言ってるんだよ、もう。いいからこっち!」
ジュードに引かれて手近な椅子に座らせられると、今度はウィンスが言った。
「……悪かった。別にお前を責めたいわけじゃない。いま答えられないってんなら、急がなくていい」
──ボクは今、生まれて初めて謝罪をされたのか?
髪をがしがしと掻きながら、そっぽを向く少年を見ていると思考がクリアになっていくようだった。
気付けば情報処理が完了したようだ。なるほど、これならば……そう判断し、ボクは明確に告げた。
「ソート完了。一件の結果を導き出せました。エリオット・ヴァレンタインは──貴方がたは、この先にある防衛装置を示すに相応しい人物と判断します」
「では、その防衛装置に関して、お教え頂けるんですね?」
「いいえ、クリスティア。本来この装置は王に対し示されるもの。人物の選定に誤りがないとはいえ、相手が王ではないことは致命的エラーに変わりません」
「でも、王様はいないんだよ。どうすればいいの……?」
眉を寄せ、訊ねるジュードに応じる。先ほど導いた、ボクの答えを。
「貴方がたが、この国が、ボクらを手に入れるに相応しいか……二つの試練を課します。それすら出来ないようならば、装置以前に国は滅びますから貴方がたには無用の長物。つまり……」
──ボクの試練を、お請け頂けますね?
少女、ないし少年はその場の人間全てを見渡して、そう言った。
(執筆:藤山なないろ)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●既定路線を破却せよ(2月3日公開)
●オペレーティングシステム:連続性の破却と、設定変更の適用
グラズヘイム王国に遙か昔から伝わる"古の塔"。憶測と言う名の様々な伝説を持つその塔に突入の依頼が下りたのは、年も明けて間もない頃だった。
人気の少ない王立図書館に通され、転移装置を潜り、塔に仕掛けられた様々な罠を越え、立ちふさがる敵を倒し、ようやく辿りついた古の塔第三階層。地上から数えて四階のフロアにて、ハンターたちは"それ"と出会った。
「ソート完了。一件の結果を導き出せました」
塔の番人──と呼んでも過言はないだろう。十代半ばくらいか、性別の判断がつきかねるほど美しい容姿をした少年、ないしは少女だった。
その美しき番人は、到達したハンターと、そして王女の名代を名乗る男にこう告げる。
「エリオット・ヴァレンタインは──貴方がたは、この先にある防衛装置を示すに相応しい人物と判断します」

エリオット・ヴァレンタイン
彼は今、"情報秘匿"を条件とし、雇われたハンターたちの前に限定的に姿を晒している。
だが、塔の番人にはそんな事情など無関係だ。
彼、ないし彼女は、淡々とした表情で──というより、むしろ感情のない顔で──その場全ての人間を見渡して宣言する。
「ただし、貴方がたが、この国が、ボクらを手に入れるに相応しいか……二つの試練を課します。それすら出来ないようならば、装置以前に国は滅びますから貴方がたには無用の長物。つまり……」
──ボクの試練を、お請け頂けますね?
エリオットは既に理解していた。
この場合の拒絶は、可能性の断絶しか意味しないということを。
試練を受けなければ、この先に存在するだろう防衛装置──探し求めたアーティファクトは手に入らず、民を偽り、姿を隠してまで踏み切った作戦を、そして確保した時間をも無為にしてしまう。ここに来るには少なからず自らの情報が流出する恐れがあった。それ以前に、他に切り札に値するものがあるならば、そちらに手をつけているだろう。だが、それが"出来なかった"状況こそすべてだ。
手に入れずに帰るくらいならば、最初からここへは来ていない。
それに、少年ないし少女は恐らく"理論上"この国の現状に関する正答に辿りついている。
長い時を経て、ここに王、あるいは王にまつわる者が来るということは、すなわち"過去千年以上の歴史の中でも史上最悪の災厄"を示唆しているからだ。
それになにより彼・彼女は、"エリオットの記憶を複写"している。
──事実、傲慢王を相手にするべき我々が、人の作りし試練程度、越えられずして先などない。
すべてをのみこんで、エリオットは口を開いた。
「……時間が惜しい。要件を言え」
鋭い視線が番人を貫く。それに怖気ることもなく、番人は首肯した。
「では、伝えましょう。貴方がたはまず、塔の最上階へお越しください」
「一つ目の試練とやらは、それだけか?」
「ええ。"それだけ"です。が、ここまでの道のりと同じに考えるべきではありません」
互いに顔色一つ変えはしない。両者の無感情さが塔の温度を押し下げるように感じられた。
「ボクはこれからこの試練に応じ、設定変更を適用するため、塔を"再起動(Reboot)"します。
再起動を終えた全ての試練は、その"行動指標"を変えることになる。
"塔の守り"から"侵入者の排斥"へ……。
塔は、積極的に侵入者排斥へ働きかけることになるでしょう。
その全てを乗り越えて辿りつくことです」
番人は周囲のハンターたちを見渡した。その目は適切に現状を理解している。
「塔には、貴方がたがここに到達するまでに排除した装置の数十倍は用意があります。そして強度も、階を進むごとに増していきます。今の"貴方がた"が挑戦するのは、無謀でしょうね」
既にここに到達するまでにスキルの多くを消耗した。脱出に必要な余力を辛うじて残す程度で、この先に進むのは非現実的だと誰が見ても判断できる。当然、ここは一時退却が妥当だろう。
「……解っている。二つ目の試練は何だ?」
「二つ目は、最上階にいらしてからお伝えします。皆さん、お疲れでしょう。これから塔の全装置は再起動にあたり活動を完全に停止しますから、その隙に帰還し、今日のところはお休みください」
「随分親切なものだな。ここに来るまでに幾つもの屍を見た。
……ただで済ませるつもりはないように思ったが?」
「誤解なきよう。ボクらの意向は、あくまで塔に挑む者を"殺すこと"ではなく"試すこと"です。
無論、身の程を弁えず、死に赴く者を引きとめはしませんが」
「なるほど。正々堂々正面から、姑息な手を使わず突破してみろと」
「そうでなければ意味がありません」
「……面白い」
やがて番人はハンターたちがやってきた扉へと誘導すると、恭しく礼をしてみせたのだった。
「それでは、またお会いできる日を心待ちにしております」
そんな挨拶を交わし、扉は音を立てて閉じられた。
●古の塔攻略戦、開始
グラズヘイム王城。真っ赤な絨毯の上をぱたぱたと一人の少女が駆けてくる。
本来あるまじき行動だが、目を輝かせた少女は"待ちわびた朗報"を受け取る心づもりなのだ。
辿りついた円卓の間。重厚な扉の前で足を止め、深呼吸を繰り返す。
乱れた髪をさっと手櫛で整え、周囲をぐるりと見渡した。
既に人払いを済ませている。その成果は出ているようだ。
意を決し、扉を叩くと──

システィーナ・グラハム

セドリック・マクファーソン

ゲオルギウス・グラニフ・
グランフェルト
「あぁ、よく……よく無事で……」
目の前に現れた"青年"は、1つの無駄もない所作で少女に跪いた。
「エリオット・ヴァレンタイン、只今帰還致しました。長らくの不在、どうかお許しください」
生真面目に許しを乞う騎士は、頭を垂れたままだ。
彼の在り方は、少女の知る彼のまま、何の変わりもない。
その事実に胸を撫で下ろし、少女──システィーナ・グラハム(kz0020)はふわりと微笑んだ。
「……おかえりなさい、エリオット」
◇
「思いのほか、早い帰還となったものだな」
「大司教さま、ご存じだったのですか?」
王城ともあれば、当然王族の脱出路確保を目的とした隠し通路が複数存在する。
そういった通路は当然機密事項である以上、国のごく限られた地位の者しか知ることはできないのだが、それを用入りさえすれば、例えば"誰とも会わずに城外から円卓の間まで来ることもできる"。
王城の中でも該当ルート上で最低限のポイントの人払いを担った現王国騎士団長ゲオルギウス・グラニフ・グランフェルトは、大司教セドリック・マクファーソン(kz0026)と王女のやり取りを退屈そうに眺めていた。
「殿下、貴女が私に隠し事などできるとお思いか。その男の愚直さを知るからこそただの酔狂でないと思い、黙していたまでです」
「……精進いたします……」
しゅんと肩を丸める少女を庇うように、元王国騎士団長エリオット・ヴァレンタインが割って入る。
「大司教殿、此度の責は全て私にある。殿下は……」
「いいや、言わせてもらおう元騎士団長。私は君の一件の後始末に随分手を煩わされたのだぞ。そこの現騎士団長殿も、そうであろう?」
王女、大司教、そして青年騎士の視線が一斉に老騎士へ向けられる。
当の現騎士団長は、やれやれと言った口ぶりで大げさに溜息をついた。
「さて、な。そこの青二才を長から引きずりおろすに、民の信は強すぎた。此度の件、私にとっては好都合以外の何者でもないのだが」
ここにパイプがあったなら、大きな煙を吐いて捨てていた事だろう。
ゲオルギウスはしれっと答え、大司教が眉を寄せる。
「全く、誰も彼もが自由すぎる……」
「と、ともかくです。エリオットの報告によって、私達は黒大公討伐の有効打を得る機会を掴んだと言えましょう。であれば此度の"試練"、受けない理由はありません! そうでしょう、大司教さま? 騎士団長?」
──少し見ぬ間に、殿下は幾分成長なされたようだ。
心の底に灯った温かな感情を気取られぬよう、騎士は王女の取り仕切りを黙って見守っている。
「然り、でしょうな。騎士よ、汝の功罪は今後の実績如何で全てが決定する。
史上最悪の災厄……それに対抗し、この国を再び守り遂せて見せよ」
「グラズヘイム王国と、そして王女殿下の御為、我が身命を賭して、必ずや成し遂げてみせます」
胸に手を当て、王女へと真摯に誓うエリオット。それを横目にゲオルギウスは溜息をついた。
「騎士の中の騎士、か。……全く面倒な奴だ」
背もたれに預けていた体を起こすと、やがて老齢の騎士は威厳ある声色でこう告げた。
「王国騎士団、貴族諸侯、そして……ハンターを此度の戦に投入する。私は未だ"先のメフィスト討伐戦における失態"を容認したわけでも、ハンターの積極的な起用を肯定するわけでもない。だが、此度の試練、総力をあげて攻略せねばなるまいよ」
会議の後、大司教の退室を確認したシスティーナが、エリオットのもとにぱたぱたとやってくる。
少女は間近に男を見上げると、僅かな不安を湛えながら訊ねた。
「エリオット、貴方はこれからどうするのです?」
青年は再び少女に跪くと、僅かに口角を上げて微笑んだ。
「システィーナ様、今しばらく私の事はこの場の話に留め置きください。
やるべきことが、まだ残っているのです。ですが、ご心配には及びません」
エリオットは公の場以外では王女を名で呼ぶことがある。まるでそれが、幼い頃からの習わしのように。だが、その久々の呼び名にまた一つ安堵すると、王女は確かに首肯して見せた。
「はい。わたくしも、わたくしにできることを……貴方のように、精一杯務め上げてみせます」
翌日、王国騎士団長ゲオルギウス・グラニフ・グランフェルトの宣言が国を駆け巡ることになる。
「王国騎士団、貴族諸侯、ならびにハンターへ告げる。
我々は現時刻を以て、"古の塔"攻略戦を開始する。
この塔には、古より禁忌とされた兵器"ゴーレム"が多数確認されている。
我々は、王国のより一層の発展を前提に、それらの核の回収を目的とした大掛かりな制圧戦を行う!
立ちふさがる全ての敵を排除し、古の塔を掌握せよ!」
グラズヘイム王国既定路線の破却が、いま、幕を開けた。
(執筆:藤山なないろ)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●ボクが世界に生まれた意味は(2月24日公開)
無数に並ぶ塔内の監視モニターを見ながら、ボクは溜息をついた。
視線の先には、ある8人組のハンターたちの姿を映す画面。
その日、幾組もの騎士や戦士や貴族、そしてハンターたちがゴーレムの核を目当てに猛烈な勢いで塔を突き進んでいたのだが、彼らはその一組だ。
「……人間……、か」
事の発端は、一週間程前に遡る。
『我々は、王国のより一層の発展を前提に、それらの核の回収を目的とした大掛かりな制圧戦を行う!
立ちふさがる全ての敵を排除し、古の塔を掌握せよ!』
王国騎士団長が発布した大号令に、王国騎士団、聖堂戦士団、貴族私兵、そしてハンターたちがそれぞれこの塔の探索とゴーレム狩りを開始した。
その、猛攻たるや。
ボクは、塔に侵入してくる人間たちを監視し、彼らの会話からある程度の情報は聞き及んでいるが、どうやら彼らの勢いの“要因の一つ”は間違いなく“報酬品”にあるようだ。
ゴーレムの核と引き換えに入手可能な報酬品は、いずれもこれまで市場に出回っていない“第六商会の高性能な新作”らしい。
それを目当てにした一部の騎士、戦士、貴族、ハンターがこのゴーレム狩りの勢いを形成したのは間違いないだろう。ボクは、人間の欲を甘く見すぎていたと言える。

ヘクス・シャルシェレット

エリオット・ヴァレンタイン
あの男、表向きには「国の依頼で報酬品の手配をしただけだからさ」などと発言しているようだが、ボクが複写したエリオット・ヴァレンタイン(kz0025) の記憶と照合すれば、ここに至る流れは彼の掌の上だろうと推測できる。
つまり彼ら(この国)は、“本気で国防兵器をとりにきた”と言うことだ。
こうして、王国の数多の戦力が塔の攻略に集中することとなった。
王国連合軍の攻略速度は、余りにも苛烈。彼らはこの大規模攻略戦を通して、あっという間に塔の仕組みを暴いていった。
そのひとつが、塔のゴーレムには限りがあると言うことだ。
ゴーレム達は永遠に生産され続けるわけではない。ならば当然「打ち止め」はいつかやってくる。
既に、この日までに地上から5階までのフロアからゴーレムの姿は“消失”していた。
核が手に入らなくなれば、次のゴーレムを求めて騎士、戦士、貴族、ハンターはどんどん塔を登ってくる。
“こう言うやり方”があったのかと嘆息した。主導する人間は、人の欲を正しく理解している。
恐らく、人間たちの多くが必要数の“核”を手に入れたらゴーレム狩りをやめ、塔の攻略速度も間違いなく落ちるだろう。
だが、“そこまでゴーレムを刈りつくしたなら、王国の正規戦力だけでも突破できる”と彼は踏んでいたはずだ。エリオット・ヴァレンタインは、ただ一度、ボクの部屋に入っただけで監視モニター群から“塔の規模”を正しく把握してしまったのだ。
いまや目的の最上階まで、あと一階層と迫っていた。第二の試練まで、あとわずか。
ボクは、改めて課された使命を反芻してみることにした。
ボクに課された命題は、“いつか来たる次代の国王に国防兵器を示す”こと。
なかでもマスター(創造主)の課した“一番”は、“国王”という要素にこだわりがあり、そこに紐づいていたはずだった。
なぜなら、それが国防兵器の“生まれた意味”だから。
彼は、愛した彼女の願いを具現化しただけなのだ。(愛、というものをボクが正確に理解しているとは言わないが)
しかし、現在の王国には国王が存在していない。つまり、今、ボクは命題を定められた通り成し得ることはできないということだ。
──この現実を理解した時、既にボクの内部にエラーは起こっていた。
『異議があります、マスター。伝承の仕組みが正しいものであるならば“試し”も“示し”も、それに“ボク”すらも余剰なコストです』
『痛い所をつくなぁ。でも人間はね、お前のように“正しく”あれるものばかりじゃないんだ』
『なぜですか? 少なくとも継承に関して“正しい”は明確であり、遵守可能な規定です』
『予期せぬ問題も有り得るし、解っていても出来ないことだってある』
千年前のボクは、自らが正しく使命を果たせないなど考えもしなかったが、マスターの言うことは正しかったようだ。
だからこそマスターがボクにこの任を命じたのだと、千年経った今漸く理解できたのだが、余りに遅すぎただろうか。
エリオット・ヴァレンタインの記録によれば、彼らは安易に力を得る目的でここへ来たわけでないことは理解できる。そして今、この国に真なる危機が迫っていることも、だ。
つまり、今この“時代”は、千年もの過去に想定された“目覚めの時”でもあると言えるだろう。
ボクは、これで茫漠な時を前提とした課題に終止符を打てると考えていた。
しかし、その傍らで、忘れられていたはずのボクという存在を漸く認識してもらえたということ。そして、求められたことを、率直に“嬉しいと感じていた”。
けれど今なお、マスターの言葉が、ボクの中枢を支配している。
『あぁ。どうか、彼女の子孫によろしく。ボクは確かに彼女を愛していたと。その証を……』
国王の不在にも拘わらず、それがマスターの“一番”の大事にもかかわらず。
ボクは“王のいない国”に“宝物”を託しても良いのだろうか?
それはボクの過ごしてきた永い永い時を、生まれた意味をも無価値に帰してしまうのではないか?
事実、ボクは煩悶していた。
甚だ可笑しい話だとひとは笑うかもしれないが、先の再起動(reboot)を経て以降、ボクの中に新たな何かが“起動”していことをボクは知覚していた。
否、正確には発端はもう少し遡る。
人と言葉を交わし合ってから。人の生き様を知って(転写して)から。
ボクの中で何かが“音を立てた”。
彼の記憶を通じ、人間を知ってしまったから。ボク自身を通して、“彼ら”を知ってしまったから。
謝られたこと。心配されたこと。触れられたこと。短い接触で体験した、その全てがボクの何かを、歯車の一つを欠けさせたのだ。
もう、もどれない。もどりたくない。
あの暗闇に。千年の孤独に。来ぬ人を待つ日々に。
──だから、ボクは。
◇
先の8人組のハンターが、今また一騎のゴーレムを駆逐した。
解体し、核を剥ぐハンターたちを通路の壁からこっそりと見守っていると“彼”が気付いて視線を寄越した。
「……何をしているんだ、“あいつ”は」
溜息一つ。“彼”は、7人のハンターたちを残し、黙ってこちらにやってくる。
「おい、こんなところで何をやっている」
「こんにちは、ごきげんよう」
“挨拶”とはこういうものであるはずだが──男の記憶を頼りに人間らしく振舞ってみたのだが、誤りだったのだろうか。
妙な顔で黙ったままボクを見つめていた男は、やがて額に手を当てて嘆息した。
彼は、ハンターに扮し、ハンターに紛れてゴーレム狩りに身を投じていたエリオット・ヴァレンタインだ。
「塔の再起動以降、お前は管制室ごと行方知らずだった。身を隠していたんじゃないのか? なぜここに来た?」
「なぜここに来たのか? 答えは簡単です。貴方の持つ“印”は、ボクの転移点としても機能するためです」
ローブの上から印を触り、「なるほど」と男は呟く。
「ただの印ではないと言うことか……いや、違う。俺が聞きたいのはそうじゃなくて、だな……」
「エリオット・ヴァレンタイン。次のフロアが最上階です」
「……なんだと?」
ボクにとってそれはごく自然な発言だったのだが、対するエリオットは呆気にとられている。
「試練のヒントを与えてもいいのか?」
「ボクは“貴方がたを無為に殺したいわけではない”と伝えたはずです。この先のフロアで待っています」
告知の後、ボクは静かに管制室へと引き返した。
暗がりの中、モニターから発せられる光だけがボクの顔を照らす。
誰の気配もない部屋で、誰もがボクを知覚しない場所で。
モニターの向こうの様々な人間の会話に耳をたて、自分も彼らと共に居るような“思い”で人間を見つめて。
ボクは、彼らの到来を膝を抱えてただ待ち続けていた。
●彼が、彼女が、愛した世界
時が来た。
この日、塔に攻め込んできたのは幻獣を含め約100を超す王国連合軍。
エリオット・ヴァレンタインが「次のフロアが最上階だ」と国の中枢に共有し、第二の試練に備えて寄越したのが“これ”だろう。
既に最上階以外のフロアから全てのゴーレムは死滅した。その割には、随分と“丁重な対応”だとボクは思うが、ボクの知りうる“彼”はそう言う男だ。
警告を正しく読んだのだろう。“殺したい訳ではない”──つまり、“死にたくなければ注意しろ”と、その言外の意味を。
塔の最上階には既に準備を終えた“術式”が発動している。
そこへ一人、また一人と突入してくる戦士たちは息をのんでこの光景を見渡すばかり。
「ようこそ、人間諸君。ボクは、貴方がたの到来を歓迎します」
彼らが最上階へ到達したのを確認すると、ボクは“このフロアへの入口を閉ざした”。これで、“術”は完成だ。
今、“この世界(最上階)”には果てしない“平和”が広がっている。
在りし日の王国。輝かしい日々。それは、マスターの愛した彼女が、愛した世界。
見渡す限りに広がる美しい草花の平野。聞こえてくる虫の声は賑やかながらも穏やかで、見下ろす濃紺の空から人々を見守るように満月が柔らかく輝いている。
ずっとずっと離れた場所に見える街の灯り、その向こうにそびえる城の様なシルエット。
温かでのどかな世界。守り続けたい世界。これが、“グラズヘイム王国の原風景”だ。
「ボクのマスター(創造主)は優れた錬金術師であると同時に、優れた機械技師でもあり、優れた魔術師でもありました。その彼が創造した最後の傑作がこの塔に眠っています」
腕を広げ、詠唱を開始。身構える王国軍より早く、それを“起動”する。
「君たちに課す、第二にして最後の試練は、バトルロワイヤルです」
突如、広がる王国の原風景の中に、異様な機械音が響き渡った。
遙か北方、南方、西方、東方にそれぞれ歪な何かが姿を現し、そして、中央──ボクのすぐそばに“最後の番人”が異空間から侵入して来たかのようにゆらりと現れる。
「今ここに5体のゴーレムを呼び出しました。彼らは、塔に残存する機体の中では最高傑作とも呼べる個体です。
ゴーレムか、人間か。最後まで“生き残った陣営”を勝者としたデスマッチです。
ボクは判定人として、貴方達の戦いを正しくジャッジし、人間が勝利した暁には“塔に眠り続けた宝物”を貴方がたに示しましょう」
中央に呼び出されたゴーレム──否、正しく形容するならば、神鳥とでも呼ぶべき威容だ。美しく、神々しく、真昼の太陽のように輝きを放っている。
それが、一際大きな声で嘶いた。その響きだけで、世界が震えたような錯覚を起こしてしまう。
「さあ、人間の皆さん。“人間の全て”を──ボクに見せて下さい」
千年に渡る永い永い時を経て漸く迎える“最後の戦い”が、いま、幕を開けようとしていた。
(執筆:藤山なないろ)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●what a wonderful world(3月17日公開)
──最期の瞬間。
神鳥が、啼いた。
東西南北四方位の中央にヴィゾフニルが置かれたことの意味は教えられていた。
あれは、風見鶏と同じ役割だ。“この国にとっての魔除け”であり“光を示す鳥”だったのだ。
鳥の声は、朝を連れてくる。千年に渡る永い永い暗闇に“夜明け”が訪れるのだ。
グラズヘイム王国の原風景──美しい夜空に浮かぶ満月が、ぐにゃりと歪んだかと思うと、それはやがて“太陽”に変じた。光は見る間に世界を覆い、生きとし生けるもの全てが眩い陽光に飲みこまれてゆく。
その時ボクが何を思っていたか。それはボクにしか解らないだろう。
“生まれて初めて感じる”、“満ち足りるということ”。“心が震える”ということはこう言うことなのかもしれない。
「ああ、マスター。感謝します。ボクを……この世に産んでくれたことを」
懐かしい世界。ボクが生まれた頃の世界が終焉を迎えてゆく。
もう二度とこの美しい光景を目にできないことだけが、ほんの少し“寂しくもある”けれど。
ぼんやりと“終わり”を眺めていたボクのすぐ隣に、何かが寄り添う気配がした。
「……気は済んだのかい」
ハンターたちは既に光の中に取り込まれ、元の世界へ強制送還されている。この場に佇む人間など、もういないと思っていた。
なのに、目の前の男は光に溶け行く世界にあって確固とした存在を保っている。常識はずれも大概だと思いながら、ボクは視線を重ね合わせる。
「ヘクス・シャルシェレット、なぜまだこの世界に居るのです」

ヘクス・シャルシェレット
黙り込むボクをさして、男は口の端をあげた。
「ははあ、やっぱりか。キミ、随分と“らしく”なったね。この間までゴーレムと大差なかった癖に」
「それはゴーレムとボク、両者に対する侮辱ですか?」
「はは! それさ、“侮辱”、ときた。……まったく、これは驚くべき事態だ。それが解るなら君はもう……」
刹那、別の“人間”が現れた。それは完全にボクの油断だった。
「……試練とやらは、これで終わりだな?」
「エリオット・ヴァレンタイン、どうやってここまで……」
ヘクス・シャルシェレット(kz0015)以外に、今この世界に在れるとしたら、確かに“この男”しかいないのだが。
「どうやってもなにも、お前の口から答えを聞くまでは“戻れない”だろ?」
信じられない。北方から中央まで、この“強烈に歪みきったマテリアルの中を物理的に走って超えてきた”とでもいうのか? 強制送還が始まっているこの世界で、だ。
空間を裂くなんらかの用意があるか、あるいはこの男──いや、そうだった。記憶を複写したボクが一番よく解っている。
そもそもこの男は“人”としては“規格外”だったはずだ。

エリオット・ヴァレンタイン
「まともではないですね」
「聞いたかい、エリー! まともじゃないってさ! ははははは!!」
「うるさい黙れ、ヘクス。俺はそんな話をしに来たんじゃない」
フードは被ったまま、巻いていたストールの口のあたりだけを人差し指で一時的に押し下げながらエリオット・ヴァレンタイン(kz0025)は言う。
「約束は果たしてもらうぞ、古の番人」
「ええ、無論です。貴方がたは、ボクの試練に打ち勝ちました。約束通り、この塔に眠る国防装置“光の王国”は示しましょう。ですが……」
その時、世界が一際大きく光を放った。
◇

ウィンス・デイランダール

ジャック・J・グリーヴ

誠堂 匠

ヴィルマ・ネーベル

レイオス・アクアウォーカー

アイシュリング
「いッて……!! クソ、雑な扱いしやがっ……」
言い終えるより早く。ウィンスが“床”だと思い込んで下敷きにした“もの”に跳ね飛ばされると、少年は今度こそ頭を打ち付けた。
「てめえ……俺様の上に落ちてくるたぁいい度胸してんじゃねえか……!」
“ウィンスの下敷き”ことジャック・J・グリーヴ(ka1305)が埃まみれの金の髪を直しもせずに怒声を上げる。
確かに、床のわりには多少クッション性があると思った。
「あ? 俺が悪いんじゃねえし、っつうか、どう考えたってさっきまで鳥にのってたアイツのせいだろうがよ!!!」
「それ、ボクのことです?」
「「そうに決まってんだろ、クソボケ番人!!」」
賑やかなやり取りを横目に、帰還を果たしたヘクス・シャルシェレットが気配を消して退場を決め込もうとしているが、それを彼らに言う必要はないだろう。
「どうやら、無事に戻ってこれたみたいだ。マテリアル酔いなんて縁遠いと思っていたけど、流石に俄か気分が悪い」
誠堂 匠(ka2876)が眼鏡を外し、形の良い鼻筋に沿って目頭の当たりを押さえている。
「それほど強力な術にかかっておった、ということじゃろう。まさか人の身であのようなシロモノを組むとはの……」
感嘆の声をあげるヴィルマ・ネーベル(ka2549)から少し離れた場所で、 レイオス・アクアウォーカー(ka1990)が一人、ぽつりと呟いた。
「しかし、ここは一体どこなんだ?」
気がつけば、全員が“古びた城の大広間”のような場所に放りだされていた。
石床の広間の奥──そこには、たった一つの朽ちた玉座がぽつりと静かに佇むだけ。
なんとも寂しく、物悲しい光景だった。
「ここは、皆さんが求めていた場所。“塔の最上階”ですよ」
ハンターたちにとって、“事情も解らず勝手に試練を押しつけてきた美しい少女ないし少年”がそう告げる。
「ここが最上階……? ひどく……寂しい場所なのね」
負けず劣らず美しい容姿をしたエルフ──アイシュリング(ka2787)の本音に、少女ないし少年は“苦笑する”。
「これが“寂しい”、ですか。ボクにも漸く、その“感情”が理解できるようにはなりましたが」
「っていうか、お前は人間……ではないんだよな? どう見てもゴーレムじゃあなさそうだが……」
レイオスの問いに、少女ないし少年は頷く。
その時漸く合点がいった匠は、控え目に、けれど確信をもってそれを問い質した。
「“人としかみえない容姿を持ちながら人でなく”、“ゴーレムと異なって情緒があり”、“優れた錬金術師を親に持つ”。
貴方は──“ホムンクルス”ではないですか」
匠に予測できる最も確度の高い答えがそれだった。
「ええ、そうです。初めまして、眼鏡の青年。先のウンディーネ戦、貴方の活躍が勝敗を大きく左右したと見えます」
番人は事もなげに首肯して見せる。まったく、肩すかしも良いところだと匠は苦笑した。
「……誠堂 匠、です。と言うか、俺は、別に……」
謙遜でなく“自分が褒められることに忌避感を感じていた”匠は、多少その意識が前を向いたとはいえ未だ居心地の悪さに言葉をすぼめる。
「ま、確かに“前に会った時より人間らしい”な、お前。情緒が未発達ってのは、このことか……ん? ああ!? あんの微笑クソ野郎、どこ行きやがった……!?」
気付き、ウィンスが辺りを見渡す頃には既に微笑クソ野郎(ヘクス・シャルシェレット)の姿は忽然と消えていた。
「逃げ足速えな。ま、いいわ。それよりお前、言ってたろ? 戦いの前に、ほら、なんつったか……」
ガシガシと髪を掻きながらジャックが問うと、引き継ぐようにアイシュリングが問う。
「人間が勝利した暁には“塔に眠り続けた宝物”を貴方がたに示しましょう、と。──宝物って、何?」
「この国を……グラズヘイム王国を守るための装置です」
「国防装置じゃと? 一体それはどこにある?」
好奇心は隠さず、けれど冷静に訊ねるヴィルマに、 ホムンクルスは“微笑んで”両腕を広げた。
「ここに」
クリスティア・オルトワール(ka0131)が周囲を見渡す。先程から1ミリの変化もない物寂しげな光景だ。
石床の広間には、たった一つの朽ちた玉座が佇むだけ。理解出来ずにクリスティアが苦笑して尋ねる。
「あの、ですからそれは一体……」

クリスティア・オルトワール

シガレット=ウナギパイ
「この“王の間”です。正確に言えば、この場所、全てが術式の構築に必要であり、より詳細に言えば制御装置と呼べるものがあの“玉座”と言えます」
「だから、“譲り渡す”ことが出来なかったのですね」
得心のいった表情で頷くクリスティアに代わり、匠がなおも問う。
「それは一体、どう言う理屈でこの国を守るんです?」
「正確に言えば、これは装置である以前に高度な魔術であり、それを“後世の人間”が扱えるよう便宜的に装置化しただけのものですが、理屈を述べると、まず原点となったのは第五元素と呼ばれ物理学において光の触媒になると考えられている、物質世界で言う……」
「待った! 悪ぃ、その先は訊いてもわかんねえわ。簡単に効果だけ知りてえ」
ジャックの制止がなくても、恐らく別のハンターが止めただろう。時間の浪費は何より変え難いロスだからだ。
「では問いましょう。王国にとっての“宝物”は、何だと思いますか?」
「宝って……豊かな自然とかか?」
シガレット=ウナギパイ(ka2884)の答えにホムンクルスが首を振る。
「いいえ。千年の昔、この国の王にとっての宝物は“国の民”、そして“国の為に戦う全ての人々”でした」
「その宝物が、装置になんらか関係があるのね?」
確かめるようなアイシュリングの言葉に迷いなく同意し、それは他意なく微笑んだ。
「現代人の貴方がたの為に解りよく言えば、“この国の宝を強力に加護する”などと言えばお分かりになりますか?」
「……今度は馬鹿にしてんのかてめえ……」
苛立つジャックをなだめつつ、シガレットが再び問う。
「ってことはよ、そいつは誰でも使えるのか?」
「いいえ、行使権は特定の人間のみが保持します。そして“この場の誰ひとり使うことはできません”
──ですからここから先は、“王”をこの場に連れてきて頂いてから、お話しましょう。
●黒き羊のトランプル
時は昨年末頃に遡る。
ベリアル
彼の前に居たのは、“少年の様な姿をした歪虚”だった。
『今更哀れな羊を気取るか、黒大公ともあろうお前が』
『ブ、ブシ……』
ベリアルが完全に竦んでいる。圧倒的な力で王国を蹂躙し続けてきた、あのベリアルが、だ。
『メフィストから聞いたが。貴様、無策で家畜どもに戦を仕掛け、挙句無様に敗北したのだろう?』
『ぬぐ……あ、あれは、人間どもを遊んでやっただけのことで……!』
ベリアルが、視線を交わしていた相手の感情の変化に気付き、青ざめ、頭を低く低く下げる。
視線にもし温度があるのだとしたら、それはまごうことなき絶対零度。
並みの人間ならば硬直し、泡を吹いて震える以外、出来ることはなかっただろう。
『か、必ずや、この汚名雪いでご覧にいれ……』
『黙れ。その臭い口を閉じろ。“傲慢王イヴ様ともあろう方が、斯様に無様な部下を持つとは嘆かわしい”。そう言われた俺の気持ちがわかるか、ベリアル? どうやら、俺の名はお前に汚されたらしいな?』
『……まさか、まさかまさかまさかメフィストメェエエエ!!!』
刹那、少年は自らの数十倍はある巨体の頭を目がけて手を翳す。
『イ、イヴ様、お許しを、それだけは、それだけは………!!!』
『“最後の命令だ、ベリアル。お前のすべてを世界にぶちまけて死ね”』
──誰がその“強制”に逆らうことなど出来ただろう?
そして現在。
『メ゛ェ゛エ゛エ゛エ゛ェ゛ェ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛ェ゛ェ゛ェ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛!!!!』
およそ人知の及ばぬ思考をしていた黒大公ベリアルにも、確かに知性はあった。
大軍勢を率い、圧倒的な“力”を以てグラズヘイムを叩き潰すそのやり口は単純明快だが、純粋な暴力による蹂躙を彼は得意としていた。
だが、“これまでの踏み荒らし”と“今回のそれ”とは決定的に何かが違う。
咆哮には、これまでの彼には感じられない強烈な“憎悪”の如き負の感情が満ちていた。
怨嗟に曇った眼はぎょろりと冷たい羊の目をして、ただただ東へ、王都へ向かって一歩一歩を踏み出している。
その周囲をおぞましい数の羊たちと、そして僅かに混ざる“何か”が取り巻いていた。
もはやベリアルは、傲慢が傲慢として在った痕跡を失い、自らの力を余すことなく手当たり次第にぶちまけている。
本来“持てる力の3割で人間どもに勝利する”が傲慢の“許容ライン”だが、今の彼は8割、9割──否、もはやリミットの概念が壊れてしまっているように見えた。
“限界突破の強制”。
もし今ベリアルの口から怪光線が放たれたとしたならば、大陸弾道級の射程で王国の山々すら吹き飛ばすだろう。

メフィスト
その歪虚は、ベリアルを見て笑っていた。
貴族の様な美しい装飾の施されたジャケットを纏い、脚部には複数の蜘蛛が絡みつき、そして不気味な臀部の尾がゆっくりと動いて存在を主張している。
『ふ……それよりも、この国の人間どもは“私の慈悲”に生かされていることを忘れている様子』
くつくつ笑う歪虚、メフィスト(kz0178)の視線は、王国北西部──“アークエルス”に向けられていた。
『未だ希望を持とうと足掻くなど涙ぐましい努力。……ふ、クク……このメフィスト手ずからそれを摘み取るもまた一興、ですか』
──その日、二体の大型歪虚が、動き始めたのだった。
(執筆:藤山なないろ)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●番人の意図(3月21日公開)
「“王”を呼べ? どういう意味だね」

セドリック・マクファーソン

エリオット・ヴァレンタイン

ヘクス・シャルシェレット

システィーナ・グラハム
「言葉通り……アーティファクトの起動には“王”が必要だと、そう言うことでしょう」
対する元騎士団長エリオット・ヴァレンタイン(kz0025)が悪びれるでもなく平然と答えるのでセドリックの眉に一層深く皺が刻まれてゆく。
「エリオット・ヴァレンタイン、貴様……中枢を離れて半年。よもやこの国の事情すら忘れたわけでは無かろうな」
まさか、と言って真顔でエリオットが首を振るものだから、見かねたヘクス・シャルシェレット(kz0015)が「まぁまぁ」と間に割り入った。
「もちろん塔の番人も“事情を知った上で”言ってるんだよ。なにせ、番人はエリー……エリオットの記憶を複写してる。この国の事情なんて“教えたくない事まで知られてる”んだ。下手は打たない方がいい……解るだろ?」
その発言を耳にした途端、奥に座す老爺から長い溜息が零れた。
「お前が意図して記憶を“売った”のでないことは聞き及んでいる。だが、相手が悪意ある存在ならばこの国は終わっていた。なぜ、番人と初めて出会った際“相手の行動を許した”? 貴様、あれを前にして跪いた、とまで報告に上がっているが」
「……それは」
「お、落ち着きましょうっ。……事情は、よく解りました」
言い淀むエリオットを庇い、「互いに責め合うのはやめませんか」とでも言うように王女システィーナ・グラハム(kz0020)が苦笑する。
「殿下、この者は“昨夏の代償”を払うため、どうしても塔の秘宝を手に入れねばならなかったのです。しかし、手に入れてみれば“王でなければ使えない”など……あれほど莫大な投資をしてようやく試練に打ち勝ったというのにこの始末!」
「いいえ、まだ諦めるのは早いと思いますよ、大司教。エリオットやヘクス様のお話を聞いていて、不思議に思いませんでしたか?」
その言葉に、セドリックは珍しく目を見開いた。
王女殿下のお手並み拝見とばかりに黙って先を促すと、少女は首肯する。
「塔の番人……流石にそろそろお名前がほしいですね。あ、いいえ。その番人さんは、今この国に王が不在と知りながら、王を呼んでいるわけですけれど……」
「それはつまり、殿下をすぐさま即位させよと?」
大司教の鋭い質問に、少女は自嘲するように、あるいは痛みを堪えるように眉根を歪める。
「わたくしに立派な王たる能力と実績があるとお思いですか?」
「十分だと思いますが、かように尋ねるようでは御心がまだ足りぬようですな」
「……、それで、その、お話を聞いていて、思ったのです。ひょっとしたら番人さんは、“わたくしを呼んでいる”のではないかと」
大司教、王国騎士団長、そして元王国騎士団長の視線が少女に集中した。
「番人さんのこれまでの言動、そしてエリオットの報告と彼の行動からの推察でしか有りませんけれど……エリオット、番人について、まだ“黙っている”ことがありませんか?」
少女のエメラルドの双眸に見つめられると、エリオットはどうにも弱い。
青年は、その身も心も、全てをこの国の王──アレクシウス・グラハムに捧げた。しかし約7年前、その主君を黒大公ベリアルの脅威から守り切れず、一人おめおめと帰還した過去がある。
そんな自分を、今なお慕ってくれている“陛下の忘れ形見”のシスティーナは、今の彼にとって“命に代えても守らねばならない大切な存在”であり“何があっても誠実である”と誓った相手だ。
「は。殿下の御推察通りです。番人は……システィーナ・グラハム殿下に“よく似た容姿”をしています」
金の髪、翠玉の瞳、そしてそれだけではなく。雰囲気も、身にまとう空気すらよく似ていて。
エリオットは番人と初めて出会った際、思わず“無条件で跪いてしまった”のだ。
「そうですか。わたくしが小さい頃、お父さまの書庫で読んだ古い古い日記を思い出しました」
くすりと笑い、システィーナは立ち上がる。
「さ、参りましょう。エリオット」
「承知いたしました」
「殿下! 古の塔は、ゴーレムの脅威が失せたといえど……」
しかし、大司教の制止は最後まで結ぶことはなかった。
「……いや、もはや何も言いますまい」
──“手に入れた秘宝が使い物にならなかった”と、諦めるには予算を投じ過ぎていた。
「殿下の出発より一手早く、こちらも動くとしよう。王国騎士団から防衛部隊を発足し、古の塔に派遣する」
「ゲオルギウス、ありがとうございます」
「折角ここまでの労を注ぎ込んで“手中に収めた古代兵器”だ。これを機に正式に国の管理下に置かねばなりますまい」
◇
「いやぁ、面白い事になってきたねえ」
はは、と笑い声をあげながらヘクス・シャルシェレットが王城を歩く。
その隣には、フードを被った男──未だ自身の存在を隠すエリオット・ヴァレンタインが居た。
「よく言う。お前を呼べと番人に言いつけられた時は、流石に少し肝が冷えた」
「へえ、僕のこと心配してくれたわけ?」
にやにや笑いで青年を見上げるヘクスを前に、重めの溜息を一つ。
「勘違いするな。順当に進んでいた試練が、お前にひっ掻きまわされることを危惧したんだ」
廊下の突き当たりまで来るとエリオットは立ち止まった。その先に、隠し通路があるのだ。
「俺はシスティーナ様の支度が済み次第、塔に向かう。お前は……」
「そうだねえ、“一度戻ろうかなって思ってるんだ”」
片や、ヘクスは立ち止まることなく。振り返り、愚直な青年と視線を交わらせる。
「いいかい、エリー。“時は来た”。黒大公進軍開始の報は、恐らく今日明日のうちに入るだろう。もう猶予はない」
その言葉の意図を理解して、エリオットは息をのんだ。
「キミがこの先、塔で“装置起動に失敗”したとしたら、あの“狂った羊”を止める術はないんだ」
「……だから、行くのか。お前が、危険を冒して保険になるために」
「はは、おかしなことを言うね。僕は歪虚の味方かもしれないのに? それよりキミの大任こそ問題だろ?」
挑発的な視線を送りつけられても、決してエリオットはその喧嘩を買うことはない。
「……お前が下手を打つとは思っていないが」
「うん」
「気をつけろ」
「はは、なんだいそれ? 馬鹿だな、キミは」
──死地に在るのはお互い様だ。
口にすることもなく、笑いながらヘクスは歩き出した。
決して振り返らず、ひらひらと手を振りながら──。
●千年前の約束
「……ようこそ、グラズヘイム王女システィーナ・グラハム。ボクは、貴女の到来を心から歓迎しています」
古の塔、最上階。
そこに跪く美しい少女、ないし少年を目の当たりにして、システィーナは感嘆の声を上げた。
「まぁ……」
王女自らも膝をついて番人の頬に触れると、相手はびくりと肩を震わせた。
どうやら、動揺しているようだ。
報告では、出会った当初“機械のように表情のない”存在だったと聞いていたが、そんな姿は想像も出来ない。
「本当に、わたくしにそっくりなのですね。むむ……ねえエリオット、わたくしたちを見てください」
王女は番人の顔をあげさせ、そこに自らの頬を寄せると二つの顔を並べてそう言うのだ。
青年は「はぁ」と曖昧に応じ、溜息を一つ。
「その……よく、似ていらっしゃいます」
システィーナはしたり顔で薄い胸を張り、その後、慌てて一礼して名乗る。
対して塔の番人は、といえば──情報量の多さに、混乱していた。
焦がれた“王”の血筋。そして、自らにまるで人間のように、親しくふるまう彼女の“温かさ”。その温かさは、番人の生まれたての心を優しく包む。まるで母の腕の中であるかのように。
「番人さん。貴方、わたくしを呼んだのではないですか?」
ふわりと微笑む王女。その問いに、現実に引き戻されたホムンクルスは冷静さを取り戻すと静かに首肯する。
「はい。……ボクは、貴女に会って確かめたかったのです」
「何を?」
「ボクの生まれた意味を、です」
理解出来ず、首を傾げるシスティーナに番人は尚も続けた。
「マスターと交わした千年前の約束を、果たさせて欲しいのです」
「わたくしでお役に立てるのでしたら。一体、どんな約束をされたのですか?」
「いつか“王の子孫”に会った際、伝えてほしいと。その言葉を──貴女に、託します」
王女殿下、どれほどの時を越えたとしても、ボクは貴女を愛しています。
例えこの身が朽ちたとしても、この心は不変。
貴女が死した世界でも、貴女が守りたいと願ったものを、ボクが代わりに守り続けましょう。
ボクらが初めて出会った、満月の夜の草原で、ボクはこの世界を見守り続けましょう。
ですから──どうか、お幸せに。この度の婚儀、誠におめでとうございました。
「……え?」
「マスターの死を、ボクは看取りました。彼は最後まで“ボクによく似た王女殿下を愛していた”。
結ばれることのない思いを“意味のない感情”だと貶めなくても良いように。“世界に有意義であったと証明するために”。
自らの生きたことに、芽生えた思いに意味がほしいと──彼は、この装置を作りました」
ホムンクルスに手をひかれ、王女は朽ちた広間を歩く。
その傍に一人の青年も寄り添いながら、三人は“何もかもが動かなくなった古の塔”をただ静かに歩く。
古い玉座は、張られた皮も裂け、肘掛の木も朽ちてしまっている。寂しい光景だ。
「殿下、この塔へ御自らお越し下さり、ありがとうございます。ボクの願いを叶えてくださり、ありがとうございます。……ボクは、この玉座を貴女に差し上げたいと願っています」
「どう言うことです? わたくしは、“王”ではなく……その、ここに来たことだって、貴方とお話をするためで……」
「当然、今の装置では王女といえど行使権はありません。ですが、王国に危機が迫っていることは先刻承知。ですから、ボクが“システムの書き換え”を行いましょう」
「……書き換え? 何をする気だ、この間の再起動とかいうあれか?」
「いいえ、エリオット・ヴァレンタイン。再起動とは異なる命令です。“再起動”はすべての使用者(ユーザー)が行えます。しかし“システムの書き換え”は“管理者(アドミニストレータ)にのみ許される特権的機能”です」
「よくわからんが……それは、王女殿下でも国防装置が使えるようになるための対応、ということか?」
「はい、その通りです。システムを書き換え、装置の行使権限を別の使用者(ユーザー)に追加で付与します。せいぜい“王の血筋への付与”が限界でしょうが、十分願いは叶います」

ベリアル
エリオットが安堵の息をつき、システィーナは手放しにその話を喜んだ。 しかし、喜ぶ二人を見つめるホムンクルスの表情は、どこか物寂しげに見え、それが少女の心に引っかかる。
「あの……ならばどうして、“王”に強く拘ったのですか? マスターさんの願いだから、ですか?」
「はい、マスターの願いだからです。ですが、ボクは……ボクが生まれた意味を漸く知ることができたのです」
「……生まれた意味、ですか」
相手が人間でないとはいえ、先程から繰り返される“生まれた意味”という言葉に、システィーナは堪え難い何かを感じていた。
「はい、殿下。先ほど述べた通り“システムの書き換え”は“管理者権限”をもつ者のみが行うことが出来ます。ですが、ボクにその権限はありません」
「おい、先程の話は何だったんだ?」
「いいえ、エリオット・ヴァレンタイン。幸いなことに、ボクはマスターの寿命に対し“長く生きすぎた”。光の訪れをただ待つ千年もの間、彼の研究を引き継ぎ、“生きて”きました。そうして、マスターが完成させたはずの術式の綻びを知り得てしまったのです」
それが何なのか──急かすように問うことはしなかった。
“ホムンクルス”は、自らの言葉で、精一杯に、心の限りに、それを伝えようとしている。
「その脆弱性を突けば、ボクにも装置の内部を書き換えることが可能です。方法は、一つ。ボクの動力源と引き換えに、魔術式防護(プロテクト)を中和し、直接装置に“不正侵入(クラッキング)”することです」
システィーナは、訊き返さなかった。彼女ないし彼の言う、動力源の意味を。
ただ言葉もなく、手指の震えを押し隠すことで堪えていた。なぜなら──
「ああ、なんて喜ばしいことでしょう。なんて幸せなことでしょう。……ボクの千年には、意味があったのです」
──“自らの存在を賭して、この秘宝を託す”。
それを、彼女ないし彼は、“生まれた意味”だと“喜んでいる”からだ。
●蜘蛛の糸
「メフィスト様、ご報告を」

メフィスト
騎士に目もくれず、歪虚は先を促す。
「ベリアルは、じき王国西部の砦──ハルトフォートに到達します。王国もその動きを察知し、騎士団を中心とした戦力に緊急招集がかけられました。現地戦力が先んじて足止めにかかり、増援到着からが本戦開始と言ったところでしょうか」
『……例の古の塔とやらの状況は。先の攻略戦、余りに唐突でしたが一体王国は何を得ようとしたのです』
「古の塔には、古代の秘宝が眠る、という伝説がありました。その伝説通り、塔の最終攻略戦において、上層部は“国防装置”と呼ばれるアーティファクトを入手したそうです」
『国防装置?』
「ええ、私も同僚から聞いた範囲ではありますが、“王”のみが行使できるものだそうで……玉座、などと聞きましたが、仔細は及ばず。そも“我が国”にはいまだ王は不在。当面使用できないでしょうが」
『“王のみが行使できる”……ふ、そうですか。ならば当面この国の役には立たぬでしょうが、ご苦労』
「……は?」
刹那、歪虚の尾が伸びたかと思えば、騎士の首がごとりと床に落ち、転がった。
『イヴ様は間違いなくアレの最期を“見届ける”はず。つまり、此度の戦はイヴ様の目に触れるところ……すなわち、私の力を披露するまたとない好機』
自分と同等の位を持っていたベリアルが狂化で全力を出すのだ。王国に必ずや痛手を与えるはず。
そう思い、メフィスト(kz0178)は機を伺っていたのだ。
『さて、どうしたものか。アークエルスを叩くか、それとも……“直接塔に攻め込む”か。少し、策を練るべきでしょうね』
例の人間も、ここのところ姿を見ていない。
そろそろ情報を回収する良い頃合いかもしれない──ひとり思索に耽るメフィストは、高慢な笑い声を響かせていた。
(執筆:藤山なないろ)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●これがボクらの生きた意味(4月14日公開)

ベリアル

デスドクロ・ザ・ブラックホール

ミカ・コバライネン

藤堂研司

ラン・ヴィンダールヴ

柏木 千春

ジャック・J・グリーヴ

エリオット・ヴァレンタイン

システィーナ・グラハム
「メ、エ、エ、エ、エ、エ、エエエエエエエエ!!!!」
人、幻獣、機体に歪虚が入り交じる戦場の中で、一際高く、咆哮が響いた。傲慢を脱ぎ捨てた黒大公ベリアル(kz0203)が、怒りに猛り狂っている。
緒戦となる王国/ハンターの混成軍による黒大公軍迎撃戦は、上々の結果と言っていい。ベリアル自身の損耗はほぼ無いに等しいが、ベリアルに付き従う歪虚の軍勢に対して大きな打撃を与えた。
「ガーッハッハッハ! たかだか“黒”大公ごとき、“暗黒”にして“皇帝”のこのデスドクロ・ザ・ブラックホール様にかかれば小指一つでほらこの通りよ!」
【傲慢】も裸足で逃げ出す程のデスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013)の大笑を遠景に眺めて、Gnomeを操るミカ・コバライネン(ka0340)は苦笑を零す。
「……まあ、たしかに頑張ってたけど、結構地道な仕事ぶりだったろ……ん……?」
戦術的な勝利、と見て、戦闘開始前の溜飲を下げたミカであったが――視線の先で、ベリアルの巨体に異変が生じていた。体躯から噴出する黒煙の如き負のマテリアルは、瞬くうちに狂羊の身体を覆い尽くした。
「メ"、エ"、エ"……ッ!!!!」
声が、響く。
「いやー、随分殺したなぁ!」
「そーだねー、結構満足かもー」
CAMを繰る藤堂研司(ka0569)の快活な笑いが、無線を通して響く。愉快げに返事をしたラン・ヴィンダールヴ(ka0109)。ベリアルの変化に戦場がざわめく中でも動じていないようだ。
ふと、ランは気配を感じ、視線を転じた。
北西の方角に――ベリアルのそれに似た、黒々とした何か。
同じものをみて、柏木 千春(ka3061)は目を細めた。胸中に去来するのは、此処ではない、かつての戦場の気配だ。
「ジャックさん。あれ……」
すぐに、無線へと囁いた。その先で、ジャック・J・グリーヴ(ka1305)の表情が、怪訝に曇る。黄金の鎧が、主の怒りを示すように軋んだ。
「……胸糞悪ィ気配がしやがる」
●
『ベリアル軍の足は止めたが、戦況は未だ、読めん。単体で主攻足り得るベリアル自身を打ち取れるかどうか、だが』
ゲオルギウス・グラニフ・グランフェルトの報告を受けたエリオット・ヴァレンタイン(kz0025)は瞑目した。ベリアルがその実力を垣間見せた戦場に、エリオットは相対したことがある。
あの日、ベリアルの暴威を前に軍は崩れ、先王アレクシウスを喪った。
「急いだ方が良さそうですね」
「――すまない」
エリオットの様子を目にした“番人”は、王座に向かい合い、マテリアルを操作している。かの番人は、エリオットの記憶を知っているからこそ、彼の胸中を察したのだろう。故に、エリオットとしては詫びを言うしかない。
番人自身が、告げたのだ。自らの“命”――そう呼ぶべきだろう――を代償に、この魔術装置を作動させると。
ならば、この場に於いてエリオットに出来ることは、ただひとつしか無い。
「…………システィーナ様」
「ええ……往ってください、エリオット・ヴァレンタイン。ご武運を」
エリオットがシスティーナ・グラハム (kz0020)の前に跪くと、番人の作業を見守っていたシスティーナはすぐにそう応じた。即応と、言葉に滲んだ信頼に、少女の成長が見え、エリオットは暫し、言葉を呑んだ。
「……はい」
この場を離れ、彼女を一人残すことが心苦しい。
そして――少しばかり、惜しかった。システィーナ・グラハムの選択と、行動。そして、この場で示されるであろう『王位』を目にできないことが。
「……」
しかし、後ろ髪を引かれる想いを振り切って、歩を進める。
今は、往かねばならない。
黒大公ベリアル。その真なる爪牙が曝け出された上で、我々は勝たねばならないのだ。ただ座して待つわけには、いかなかった。
●
システィーナ・グラハムは、“王”ではない。
千年王国。グラズヘイム王国の“王”は、いまだ空位である。
「…………」
思わず、吐息が溢れた。広々とした空間に、静かに音が満ちる。そんなかすかな音でも反響するくらいに、“王の間”は静寂に包まれていた。
広く、朽ち果てた広間の奥には、古い玉座が据えられている。
枯れ萎んだように見える木製の肘掛けよりも、ところどころ破れた革よりも、そこに座す者もなくただそこにあったという事実が、茫漠な時間の流れを感じさせる。
その傍らに立つ、システィーナに良く似た“番人”は、台座に向かい何事かを呟き、時折、手を動かし、視線を巡らせている。
――“あなた”の主は、どのような人物だったのでしょう。
このような施設を遺した、大魔術師。
魔導ゴーレムに、ホムンクルスである番人に、国防装置とも言われる程の魔術。
歴史に名を残せるような人物だったはずなのに、この塔だけを遺して、消えた。
彼は本当に、“かつての王女殿下”を想って、この塔を遺したのだろう。
たとえば、この玉座もそうだ。ただ魔術の装置であればいいのならば、革張りも肘掛けもいらなかったはずだ。
けれど、彼はそうしなかった。たとえば、成人の男性――システィーナの父であるアレクシウス王にとっては少し窮屈であろう椅子であっても、せめて快適であるように、と。そんな願いが、にじみ出るようだった。
“彼”だって、そうだろう。
話の詳細はシスティーナにもわからなかった。けれど、王でなければ使えない国防装置をシスティーナでも扱えるように“システムの書き換え”を行わなくてはならない理由と、それを成すに至った気持ちは、わかる。
長い年月があらゆるものを洗い流してしまったこの部屋は、とても、寂しい。
――けれど。
想いで、溢れている。気を抜いてしまえば、涙がこぼれてしまいそうなほどに。
「殿下」
「……っ! は、はいっ」
不意に響いた“番人”の声に、慌てて顔を上げる。
「“書き換え”が終わりました。貴女はこの装置の使用者(ユーザー)として……」
「……どうか、しましたか?」
不意に言葉を切った番人に、システィーナは小首を傾げつつ、そう問い返すと、システィーナと同じ顔をした番人は、無表情を微かに曇らせた。
真っ直ぐに見つめ返され、沈黙が、落ちる。しばらくして、番人は躊躇いつつも、口を開いた。
「……何故、泣いているのですか?」
●
無作法を詫びたりしているうちに、番人が進めていた準備が真に完了していたらしい。頬を伝う涙を拭ったシスティーナは、番人に導かれるままに玉座に座った。
「大丈夫ですか?」
「は、はい。……すみません、ご心配をお掛けしました」
「……いえ」
苦笑とともにそう言うと、覗き込むようにシスティーナの表情を伺っていた番人は、視線を外した。
「この装置の発動には、貴女の血液が必要です。それがより多く供給される限りにおいて、その力は貴女の宝を守ることでしょう」
手にした小さな短刀をシスティーナに渡しながら、ただし、と、言い添える。
「今、この時だけに限ります。ボクが魔術式防護(プロテクト)を中和し不正侵入(クラッキング)をしたこの時だけしか、この装置は機能しません」
「……」
「では、始めます」
言葉と、同時。
番人の小さな身体が光を放つ。否、光へと転じていく。眩い光の中で、番人の四肢が、大気に溶けるように消えていく。光は奔流となって、システィーナの眼前に収束。そのまま、玉座の足元に据えられた紋章に飲み込まれていく。
「………………っ」
たまらず、システィーナは手を伸ばした。光に輪郭を蝕まれたように朧に霞む番人の顔を、その両手で包み込む。すぐに涙が溢れ、視界が揺らいだ。
「……何故、泣いているのですか、殿下」
「だって、あなたは……っ! あなた、達はっ!」
貰ってばかりだ。託されてばかりだ。
こんなに暖かで、優しい――システィーナではない誰かへの想い。
番人の“命”は、彼/彼女自身の“願い”でもあった。それを止めることもできないシスティーナの眼前で、番人は消えゆこうとしている。
報いるべき何者かは、誰一人として、いなくなってしまう。
「わたくしは、あなた達に……何一つ」
「でん、か……ああ、じかん、が、ない」
強引な介入、“命”の放出によって、強烈な負荷が掛かっているのだろう。もともと無表情ではあったが、ヒトのソレのように滑らかであった番人の動作が、言葉が、ぎこちなくなっていく。
「ボクに――ボクたちに」
それでも。
「いみ、を、くださり」
不協な響き。歪んだ声色。軋む身体で、システィーナの身体を包み返す。
「あり、がとう……ございました」
耳元で、囁くように、言う。軽くなった身体の、全体重を預けるようにして。
「…………こちらこそ、ありがとうございました。あなた達の想い、生まれた意味…………大切に、引き継がせていただきます。だから……っ」
システィーナもまた、涙をこらえて、番人の耳元に告げる。
「……」
番人の表情は、窺い知れなかった。
ただ――身体に掛かる僅かな重みが、消えた。
●
「………………っ」
叫び出したいくらいの激情を、涙を、システィーナは堪えた。
彼らが、戦っている。番人たちと、彼らの主の想いを無駄にしないためにも、すぐに煌々と光を放つ玉座に座り直して装置を起動しなくてはならない。
その時のことだった。
「きゃぁ…………っ!」
古の塔が、揺れた。耳をつんざく轟音と激しい振動が、システィーナの身体を揺らす。玉座に手をつき、態勢を整えると、すぐに玉座に座り込んだ。
「これは…………」
異常事態だ、とすぐに分かる。古の塔の所在は明らかではないが、少なくとも、ベリアル軍との戦場付近には無い。どれだけ戦闘が激しくなろうとも、攻撃の余波が届くような場所では無いのだ。
ならば、答えは一つ。
――古の塔が、何者かの襲撃を受けている。
「…………させません」
システィーナは決然と、告げた。
託されたのだ。永きに渡る想いと――感謝を。
だから。
「…………っ」
番人に預けられたナイフで、一息に、手首を掻き切った。強烈な痛みと共にどくどくと溢れる血液が、光燐を放つ紋様に注ぎこまれた瞬後――“それ”は、起こった。
(執筆:ムジカ・トラス)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)