ゲスト
(ka0000)
【王臨】王の帰還 「黒大公討伐」リプレイ


作戦2:黒大公討伐 リプレイ
- ベリアル(kz0203)
- 藤堂研司(ka0569)
- パリス(魔導型デュミナス)(ka0569unit002)
- セレスティア(ka2691)
- レイオス・アクアウォーカー(ka1990)
- ジルボ(ka1732)
- 神楽(ka2032)
- レイレリア・リナークシス(ka3872)
- デスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013)
- ジーナ(ka1643)
- 神代 誠一(ka2086)
- ミカ・コバライネン(ka0340)
- ジュード・エアハート(ka0410)
- ミオレスカ(ka3496)
- キヅカ・リク(ka0038)
- ウィンス・デイランダール(ka0039)
- ボルディア・コンフラムス(ka0796)
- ジャック・エルギン(ka1522)
- 八劒 颯(ka1804)
- Gustav(魔導アーマー量産型)(ka1804unit002)
- 小宮・千秋(ka6272)
- 南護 炎(ka6651)
- FLAME OF MIND(R7エクスシア)(ka6651unit001)
- 夢路 まよい(ka1328)
- トラオム(ユグディラ)(ka1328unit001)
- 久延毘 大二郎(ka1771)
- ヴィルマ・ネーベル(ka2549)
- ヴェルター(イェジド)(ka2549unit001)
- 柏木 千春(ka3061)
- リリィ(リーリー)(ka3061unit001)
- トリプルJ(ka6653)
- ラン・ヴィンダールヴ(ka0109)
- ジェフリー・ブラックバーン(kz0092)
- ダンテ・バルカザール(kz0153)
●変異する巨悪
騎士達は、兵士達は雄叫びの声と共に恐怖を塗り替える。巨悪何するものぞ。しかし意気軒高なる彼らをもってしても、未だに埋められぬほどに傲慢の歪虚は巨大である。
「メ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛」
叫びと共に体の至るところに開かれた目が極大の光量を発する。次の瞬間には列をなした騎士が吹き飛び、群がっていた多くの兵士達がわけもわからぬまま光に焼かれて絶命した。目から放たれる光線が発射されてから着弾までタイムラグはほとんどない。目の動きは常に落ち着かなく周囲を見渡す為、目標の予測も不可能。見てから避ける、動作を見て避けるなどの小手先の技もまるで通用しない。ベリアル (kz0203)が気まぐれに身震いするだけでそれだけの威力がある。
ハンター達はベリアルの猛攻に対してチームを三つに分けた。まずはその砲台となった異形の目を破壊する。光線が放たれる間隙を縫い、両側面よりハンター達の一斉射撃が始まった。
左側面はCAMが3機。藤堂研司(ka0569)のデュミナス「パリス」、セレスティア(ka2691)のR7エクスシア、レイオス・アクアウォーカー(ka1990)のR7エクスシア「トライアンフ」。更にジルボ(ka1732)、神楽(ka2032)、レイレリア・リナークシス(ka3872)が隙間を埋めるように布陣する。
右側面はCAMが2機。デスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013)のR7エクスシア「閻王の杯(プルートー)」、ジーナ(ka1643)のデュミナス、神代 誠一(ka2086)のR7エクスシア「ベクトル」。歩兵・騎兵にはミカ・コバライネン(ka0340)、ジュード・エアハート(ka0410)、ミオレスカ(ka3496)の3名が配置されている。
10を超える火線がベリアルの肉体表面に突き刺さるが、ダメージが入っているようには見えない。柔らかそうにみえる体毛は金属のような硬度があり銃弾や魔法を弾いてしまう。加護を受けた覚醒者であっても、ベリアルがこれまでにない難敵であることに変わらない。ベリアルは歩みの速度を変えぬまま、ハンター達の前を通り過ぎようとする。
デスドクロは火線を途切れさせぬまま、コクピットで不敵な笑みを浮かべていた。
「無様な死に損ないの割に粘るではないか」
右側面の目玉にプルートーの機関砲が掃射を加えていく。巨大な目玉は思った以上に機敏でよく動き、精密射撃をするには神経を使う。プルートーは精密射撃に見切りをつけ、辺り一帯を吹き飛ばす方法で目玉にダメージを与えていた。
彼のふてぶてしい態度は今に始まったことではないが、連続で同じ顔を見たジーナは溜息でもって彼の言葉を聞き流した。
「その無様な相手に良いようにやられているではないか……」
一方でジーナは高速演算による砲撃で狙撃することに特化した。少々外れてもベリアル本体のダメージとなるが、出来るならば少しでも妨害しなければならない。ベリアルは揺るがない。どの部位を狙っても未だに効果が無い様にも見える。絶望的な戦いには違いなかった。戦場には幾条もの光線が乱舞し、ハンター達に降り注ぐ。爆風が何度もハンターを煽るが、陣形は少々のことでは揺るがなかった。用意されたR7エクスシアはプルートーを除く全機がマテリアルカーテンを装備している。魔砲はいざ知らず、光線だけならば彼らの盾が大いに役にたった。また一つ、光線の直撃をマテリアルカーテンでうけとめて、レイオスは視界が揺らぐような感触を覚えた。
「強烈だな。ダンプカーどころの比じゃない」
光線は強力だ。一発一発がベテランの魔法使いの一撃にも匹敵する威力がある。加護無しで戦えばまともに戦線を維持できなかっただろう。
「ですが、今なら戦えます」
隣接するセレスティアがレイオスに合わせてライフルを放つ。歩みを進めるベリアルに変化は見られないが、肉を抉る手応えはある。光線の掃射に負けじと、ハンター達の応射も激しさを増していった。
後はいかにこの巨体にダメージを与えるか。この戦況にあっても藤堂は変わらずこの一点に腐心していた。
「ああ、くそ! 器用に動くやつ!」
デュミナス「パリス」の放った銃弾は目玉よりわずかに逸れて、目玉を動かす筋繊維に撃ち込まれた。出血から有効打とはわかるが、期待したような跳弾は望めそうになかった。
目玉を制御する近辺の筋肉には、骨の気配がない。肉なのか骨なのか、体毛の下は生物らしいまともな構造が残っている様子がない。
「それでも避けるってことは、そこが痛いんだな!?」
藤堂は諦めない。不屈の決意でもって火力を集中する。少しでもダメージを少しでも弱点の情報を。着弾の効果を観測しながら、少しずつ狙いを修正する。
彼らハンター達の両側面からの攻撃が完全に展開したタイミングを見計らい、中央に待機していたハンター達の本隊が動き出す。これこそが本命だ。本隊は足を止める事に専念するため、戦場に突撃する機会を見計らっていた。
「止めて見せる。絶対に!」
先頭切って突入するのはキヅカ・リク(ka0038)。彼に続きウィンス・デイランダール(ka0039)、ボルディア・コンフラムス(ka0796)、ジャック・エルギン(ka1522)、八劒 颯(ka1804)、小宮・千秋(ka6272)、南護 炎(ka6651)のR7エクスシア「FLAME OF MIND」が続いた。彼らの後列を守るのは夢路 まよい(ka1328)、久延毘 大二郎(ka1771)、ヴィルマ・ネーベル(ka2549)、以上4名の魔術師達。この中間を埋めるように聖導士の柏木 千春(ka3061)が陣取り、R7エクスシアを駆るトリプルJ(ka6653)は同じタイミングで後方へと回り込んだ。
砲台である目は強固であり、光線を弱める事は叶わなかったが、両側面に光線が分散したことで本隊が攻撃するだけの時間は稼ぐことができた。本隊はこの間隙を競うように切り開いていく。巨腕の範囲を掠めないよう、腕の外側より氷の矢を浴びせかけ、冷気で動きの鈍ったところに近接戦闘を得意とする者が突入した。
「オラオラ! 行くぜ行くぜ!!」
南護は用途の違う刀を使い分けてはベリアルを猛烈に攻め立てる。CAMの身長で足を狙うのは少々無理があったが、ベリアルの足を止めるにはこれで丁度良い。キヅカやウィンス、ラン・ヴィンダールヴ(ka0109)が足元を通りすぎるのを横目に、南護は直進する肉の塊を滅多切りにした。目玉の幾つかは足元に滑り込む者達を捉えていたが、南護が壁となって光線を受けることはなかった。とはいえベリアルもその状況を看過はしなかった。
「メ″ェ″ェ″ェ″ェ″ェ″!!」
吼えるベリアルは異様に長く太い2本の腕を水平に凪ぎ払う。たったそれだけの動作で南護の機体は真横に弾き飛ばされた。腕はそれだけでは収まらず腕を止めようとしたハンター達をもろともに凪ぎ払った。攻性防壁による迎撃を試みたキヅカや、竜巻き返しを準備していた小宮、後衛を守っていた八劔もこれに巻き込まれた。体の軽い生身二人はそれぞれ受け身をとってダメージを抑えたが、最初から足止めを試みた小宮はキヅカ以上に多大なダメージを受けた。
「これは……甘くみていたようですねー」
体が軽い分弾き飛ばされた際のダメージは軽度で済んだが、掴んだ後の衝撃が強烈で体力の半分以上を持っていかれた。一方でその後方の八劔は機体に指先が触れた程度だが、あと一歩前に進んでいたら南護の機体のように吹き飛ばされていただろう。質量に絶望的な差がある。小手先の技で止まる相手ではない。
「そう何度も受けきれませんわね」
八劔の背に汗が伝う。質量差と体格差による破壊力は理解していたが、ここまでとなると幾ら強固な魔導アーマーでも分が悪すぎる。先程の一撃はぎりぎり耐えたが、対応を誤れば守っているはずの魔術師達諸共吹き飛ばされかねない。これ以外の方策が無かったのも事実だ。
「もう少しの辛抱だ。最初の壁が揃ったら魔術師はそこに逃げ込んでくれ」
後方から電波に乗ってミカの声が届く。今回も彼はゴーレムを使って壁を作っていた。ゴーレム達は前哨戦の運用を踏まえ、味方の盾という需要に絞って壁を建設している。腕の攻撃を防ぐほどではないが、光線をかわすには十分な耐久度とサイズがある。無駄にはならないだろうという目算だが、使い始めるにはもう少し時間が必要だった。今回と前回で違うのは、ハンターが相互に支援する関係にありつつ各自が戦力として自立していること。八劔と南護が踏みとどまる間、魔術師も前線に深く踏み込んでいく。
「その図体なら、これも効くでしょ?」
夢路は八劔の機体を盾にしつつ、ダブルキャストによるグラビティフォールを放つ。両手でそれぞれ制御した魔術は、ベリアルを中心に展開され直撃。さしものベリアルでも足を止めざるをえなかった。歩く要塞のごときベリアルだが、体重に比して考えれば足は脆弱だ。多重に掛けられた重力の枷は足止めに十分な効果を発揮した。剛腕の射程を見極めきれず、突撃できない者もこれで敵の足元に滑り込むことができる。弓矢による攻撃が一段落したジャック・エルギンはこれを幸いにとベリアルの足元へと滑り込んだ。
「助かるぜ。これなら戦いやすい」
突撃前に目を潰そうと考えていたがジャックだがそう簡単には事は運ばなかった。戦法の修正を考えていたところにこの状況は渡りに船だ。
一方で夢路は命の危機を感じていた。それぞれに敵を探していたはずの7つの目の内3つが、夢路を凝視しているのである。
「目立ちすぎちゃったかな……」
この状況に気づいたのは回り込んでいたトリプルJ。R7エクスシアは夢路を凝視する胴体の目を狙って大鎌を振り下ろした。
「余所見してるんじゃねえぞ!」
ワイルドラッシュを併用した連続攻撃。しかし目玉の反応は揺るがない。夢路を狙うと決めた以上、他には見向きもしていない。代わりに別の目玉がトリプルJの機体を破壊光線で襲う。トリプルJはこの為に背中を向けているわけにもいかず、一歩下がることを余儀なくされた。
トリプルJは攻撃を逸らしたり注目を取ることは叶わなかったが、この時に作った時間で夢路は状況を判断する時間を確保することができた。さっさと魔術を使い切って逃げるか、あるいは残りの魔力を牽制に使うか。どちらにせよ破壊光線の射程は長く回避は困難。ならば腹を括ったほうが早い。夢路は再びダブルキャストを起動。グラビティフォールを解き放つ。同時に放たれたベリアルの破壊光線が夢路に直撃していた。
攻撃は全隊揃ったことでさらに苛烈さを増す。腕にも腹にも幾つも回復しきれない傷が増える。足を折ることは難しかったが、時間をかける事で最初に目玉を破壊することには成功した。右側面の目玉がひとつ完全に沈黙したが、それを喜んだのもしばらくの合間だけであった。目玉の跡は内側から盛り上がった肉に押し退けられ、盛り上がった肉が割けると新たな目玉が現れた。現れた目玉は何事も無かったかのように破壊された目玉にとってかわり、人類軍への攻撃を開始したのである
「あー、やっぱりか」
予想していたジルボは呆れ顔のまま、もう一度再生した目を狙った。直感による敵の行動予測を試みたジルボだが、敵の行動を予測するだけのデータがない。データが無ければ直感視は未来視にはならない。これはもはや逐一対処するしかないと覚悟した。
目玉は再生はしたがそれでも希望はある。目が復活した原理は不明だが、肉の変質を見るに再生したのではなく新しく作成されたらしいという点だ。この証拠に目を破壊した後の眼窩が残っている。彼の生命力を犠牲にしての復元である。ダメージは効いているのだ。再生も即座に行われるわけではない。
この変化を近くにいたジュードは詳細に観察することができた。同時に攻撃の何が有効で、何が効率的かもだ。光の属性武器は際立って有効でもないが、単純な火力は直撃さえすれば十分に通る。逆に言えば単純な火力以外に手が無い。右側面攻撃の班ではミオレスカがジュードと同じく騎馬の機動力を生かし、場所を変えながら目玉へ攻撃を行っていたが、制圧射撃など平面に対する攻撃は効果が今一つであった。ジュードも走りながら放った矢は角度が悪いと弾かれることさえあったが、威力の差ではなくどう狙うかで差が現れた。目にはどうも透明な硬質の膜が張られているようで、それさえ貫通すれば十分にダメージは入る。わかっていればスキルを扱う判断基準も明瞭になった。
「属性攻撃はどれも有効じゃないし、見た目ほど目玉も柔らかくない。集中攻撃に切り替えよう」
「了解した。まずは前面に近い目玉を破壊する」
ジュードの提案に神代が素早くこたえる。神代が指揮官というわけではないが、ある程度整理された通信網を確立していたため、ベリアルへの対処はそのほとんどが素早く処理された。これも前哨戦とは確実に変わった部分の一つである。ジュードのように見上げるように攻撃を放つ者、水平に撃つ者など、互いを射線に含めないような配慮もある。あとはこの苦しい序盤を切り抜ければ勝機にもなるだろう。
作戦の変更が行き渡ったのと同時ぐらいでミオレスカもジュードの元に帰還した。特に連携をとっているわけではないが、同じ方向性の仲間がいるおかげで双方に対する狙いが散り、結果的に損害がかなり軽減されていた。
「次は威力重視ですね」
「うん。なるべく重たい一撃を」
頷きあうとミオレスカは先行して馬を走らせる。同じ戦術だが固まって移動するわけにはいかず、こうして移動の時間をずらしている。
「俺達も行こう。ミルティ、もう少し頑張ってね」
ジュードの呼びかけにリーリー「ミルティ」は羽をぱたぱたと動かして答える。機動力と射程こそが戦術を支える要素である以上、ミルティの脚は生命線と言える。ミルティは被った砂埃を身震いして振り払うと、再び軽快にベリアルへと向けて疾走を始めた。
●変遷する勇者
全員が覚醒者であるハンター達は戦力としては大きいが、チームとして見た場合は脆弱である。これが幾つかの大規模戦闘を共に戦ったジェフリー・ブラックバーン (kz0092)の評価であった。故にジェフリーは展開した戦線のうち一つぐらいは崩れるだろうと考えていた。破壊力の凄まじいベリアル相手の戦場であれば、それぐらいは許容の範囲であり想定の範囲でもある。赤の隊は機動力によってそれを埋め、ベリアルの包囲網を万全とする。それがハンター合流後に考えていた行動予定であった。
「……驚いたな」
戦場にありながら、ジェフリーは一時狂騒を忘れていた。3つ全ての戦線が崩れていない。ほんの少し前まで、小さな連携しか取れなかったはずのハンター達が、それぞれに役割を果たしてチームとして動いている。補うべき場所がどこにもなかった。数多の強敵との戦いが、このような形でもハンター達を成長させていたのだ。
「呆けてる場合かよ。動けるやつはついてこい、ハンターの前衛を救援する!」
ダンテ・バルカザール (kz0153)は感慨も何もなく戦場の歪みを見抜き、即座に突撃を決め込んだ。ジェフリーもそれに続く。相互に連携し戦うハンター達ではあったが、完璧な布陣であっても消耗は避けられない。完璧であればあるほど前衛の維持に関わる損耗は酷くなる。千春やセレスティアの回復は戦線の維持に大きく貢献したが、それも早々に尽き果てた。支援を失い崩れかけていた戦線は王国軍の本格的な参戦により再び息を吹き返した。
この時点で夢路、ジャック・エルギン、南護、ミオレスカ、小宮などが戦線を離脱。戦闘不能となっている。全体の2割の戦闘不能は戦力として大きな欠落ではあったが、今のベリアル相手にその程度で済んだのであるから、損害が少ないものと賞賛されるべきところであった。
彼らの撤退により一部盾となる者を欠く状態ではあったが、代わってゴーレムの作る壁が場の維持に貢献した。
「やっぱ食らわないってのが大事っすよねー。当たらなければどうってことはないっす!」
神楽は壁の陰に隠れながら、呑気にそう嘯いた。それも半ば空元気である。なにせ、作った側からベリアルに弾き飛ばされていくのだ。何枚作っても足りはしない。勿論、無いよりは断然良いのだが。序盤と違うのは常に枚数が揃っていることである。逃げ込む場所が多ければそれだけ魔術師達の生存性が上がる。火力が上がれば前線の支援が整い、足止め班も十分に火力を発揮する。千春はこの段階でようやく回復に緩急をつけることができた。
「これで怪我人が減ってくれたらいいのですけど」
千春は祈りを口にしてみるが、減ることはないのだと頭では理解していた。千春は前哨戦と状況が大きく変わり、単一機能ばかりを使い続ける状態となっていた。即ち回復のスキルのみである。前衛としての強固さのおかげでどの戦場にも飛び込んでいける、どんな状況の仲間も救助できるという強みはあったが、いくら回復しても怪我人は絶えることがない。彼女のおかげで救われた命はハンターに限らないが、何をするにもスケールが違いすぎて常識的な対応が通用しないのだ。表面的にだけでも、神楽のように楽観的になれたらと羨ましく思うところはあった。
神楽はこの時、作業が済んだところから塹壕となる穴の作成を命じていた。魔砲の対策である。もしもの場合も逃げ込む場所があれば、少しは生き残る者も出てくるだろうという目算だ。穴を眺めていた八劔はそれでも不安を残せない様子ではあった。
「クレーターになるような爆発が直撃しなければ問題なさそうですわね」
「その未来予想図、聞きたくなかったっす」
神楽はがっくり肩を落としながら、その話の半分ぐらいは事実になるのだろうなという予感もしていた。なにせ手を振り回すだけでCAMがいともたやすく破壊されたのだ。魔砲が腕の破壊力や光線の破壊力以下ということはあり得ない。
この時変わらぬ調子でドリルによる電撃をお見舞いしようとする八劔だったが、壁の列の完成まで前線で仲間を守り続けた八劔は愛機のGustavを放棄していた。今は道の脇でスクラップ同然の姿をさらしている。Gustavの献身的な防御がなければ魔術師の戦列も維持できなかっただろう。凄まじいまでの損傷だが、名誉の負傷である。
大きな損害を被りながらも後衛の備えは万全だ。まだ戦える。後列で狙撃に徹するミカも落ち着き払って戦域を俯瞰していた。
「なに。最悪足場が悪くなるだけでもいい。ここまで止まらなければそこで蹴躓く。その穴が無駄になることはあっても、最悪邪魔になることだけはないさ」
彼のゴーレムは穴を掘り終えて次は道に掘り出した土で山を作っている。材料不足でいつも作っている壁ほどの強度はないが、単なる砂山でも固めておけば光線の一回ぐらいは防ぐし、ベリアル相手に目隠しにもなる。ミカの作業は効率性もさることながら、これら余剰の物を便利に使いまわすことに優れていた。
「ま、必要にならないほうが助かるけど」
彼の準備は全てが味方の弱点を補う為の物ではあったが、同時に進行方向に建設する都合上すべてが後手。必要な状況は即ち、ベリアルに対して作戦が上手くいかず押し負けた場合である。もしも悪路と化した街道でベリアルを転倒させることがかなっても、その状況を生かすほど戦力が残っているかはわからない。
そして何より今回の闘いは時間との勝負でもある。敵の射程はいかほどだろうか。事実上無限に等しいと仮定した場合、ベリアルを粉砕するタイムリミットは、地平線から砦が顔を出した時だ。その距離にはまだ遠いが、魔砲が少しでも湾曲した軌道をとればその計算も無に帰す。であれば最善を尽くす必要があることには変わりがない。ミカは詮無い思考を止め、祈るように前線の推移を見守っていた。未だ持って、戦況は混迷している。
ベリアルに対するダメージはこの状況に置いても見えづらいままではあったが、確実に蓄積はしていた。ベリアルによる攻撃の精度や威力自体は変わらないままであったが、序盤の戦闘で近接戦闘を得意とするハンターが足元に滑りこめたことは大きく意味があった。ウィンスとラン、ボルディアの3人は初期に足元に滑り込んでから、この時まで変わらずベリアルの脚を破壊し続けていた。優秀な戦士である彼らにすれば、度重なる砲撃で動きの鈍った蹴りなど脅威ではない。光線は未だに脅威ではあるが、後衛ならいざ知らず前衛の彼らを止めるほどではない。
「うおおおおおお!」
「あはははははははは!」
「おらおらおらおら!」
三者三様に雄たけびを上げながら、渾身の力で得物をベリアルの足に打ち付ける。ウィンスは必殺の槍を右へ左へ。速度はベルセルクの2人に敵わないが、その分一発一発を確実に。唸りをあげて槍が真横に振るわれると、スキルによって出来た冷気が帯となり、きらきらと彼の槍の軌跡を彩った。切り裂かれた肉から零れ落ちる血は、凍り付いて砕け散る。ランは祖霊の憑依により槍の間合いを広くとった。ベルセルクらしい速度はこれで一部が封印されたものの、攻撃に対する反応速度は尋常でなく上がった。ランは光線かわしながら、それでも攻撃を途切れさせることはなかった。ボルディアは2人に比べれば荒々しいの一言だ。斧を高速で何度も叩き付け、がりがりとベリアルの肉を削る。肉は削ったそばから盛り上がり回復するが、それを容易に上回る速度であった。目の前以外が見えていないような連撃ではあったが、彼女への攻撃はイェジド「ヴァーミリオン」が危機回避を担うことで解決している。
破壊力に優れた3人を足元に滑り込ませた事は作戦の成功に大きく貢献する。序盤の夢路の活躍もさることながら、後半はレイレリアを筆頭にヴィルマと久延毘の貢献も大きい。射程の都合も半分はあるのだが、魔術師達がブリザードやアイスボルトによって腕への集中攻撃を行ったことで、腕の動きが大幅に鈍って前衛への脅威度を著しく減じる結果となった。最初はレイレリアのみが行った行動ではあったが、有効と見るやヴィルマと久延毘もそれに倣うことにした。足や本体へ直接攻撃することも必要なのだが、魔術師は前線に出るには脆弱だ。反撃を食らわないように手を尽くす必要がある。味方を巻き込まないように柔軟な対応をするためには猶更前に出る必要があり条件は厳しくなる。
ルーティンによる交互の攻撃を準備したりと色々画策はしていたが、レイレリアの行動により前衛が足狙いだけに集約できるようになり、且つ必要な防壁の枚数が大幅に減じる事になった。結果として前衛は遮る物無く大暴れ。木の幹のような足に対して思う存分力を振るうことができた。3人は息つく暇もない連撃で片足の肉を容赦なく抉り取り、全身にベリアルの血を浴びていた。
「どうだ。こんだけ殴れば少しは………少しは……」
ウィンスは目の前に迫る肉塊に一瞬我を失った。彼の相棒であるイェジドがウィンスの後ろ首当たりをくわえて一瞬で離脱する。他の2名も事態に気づいた相棒の脚で危機を脱した。 足が折れたのではない。ベリアルが突如として膝を折り、肉の壁が下に潜り込むハンターを押し潰さんと迫ってきたのだ。3人は済んでのところで圧死を免れるが、わけがわからぬまま肉の塊を見上げた。
ベリアルの意図はすぐに判明する。座り込んだベリアルは、再び光線と腕で周囲を攻撃し始めたのだ。通常ならこんな戦法は取りようもないのだが、今のベリアルには砲台となる目と、異様に伸びた手がある。戦うには十分だ。特に足の下という比較的安全な地帯を追い出され、近接戦闘をするメンバーは軒並み撤退を強いられた。巨大な質量をかわすので精一杯だ。
状況は悪化したが同時に状況の進展を現す結果でもあった。足狙いが一定の成果を上げ、それを阻止するためにそれ以外に方法が無かったのだろう。ベリアルがハンターを立ち止まっても排除すべき障害と認めた証でもある。そう判断したからにはベリアルは最後の手段を使う。ベリアルは未だ勢いの衰えない人類軍を睥睨しながら、顎を限界まで大きく開いた。もはや、顔の造形は面影が無い。顔が完全に裂けてしまっている。
「!!」
空気が変質した。歴戦の勇士ですら怖気を震うような、底なしの悪意。マテリアルの変質はそれ以上に顕著だ。赤い光がベリアルに吸い寄せられ、そこかしこから吹きあがっている。
「メ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛!!」
魔砲だ。ベリアルはハンター達の居る王国軍中央に向けて、魔砲の照準を合わせた。無尽蔵の悪意に気づかない戦士は居ない。凝集するマテリアルは以前の比ではない。部隊まるごと消し飛ばし、平地をクレーターに変えてもまだ余る。例え直撃を免れても、着弾の衝撃波で部隊は瓦解するだろう。
「撃たせてはダメだ!!」
我に返った神代の言葉が終わるか終わらぬかのうちに、ハンター達の攻撃が一斉に魔砲の発射口である顔へと集中する。彼らのみならず王国軍の遠距離攻撃可能な兵士全てが攻撃を合わせていた。弓、魔法、銃弾、ありとあらゆる手段で顔を打ち据えようとした。加護を得たハンターの火力なら妨害も可能と思われたが、ベリアルも既にその事実を受け入れている。魔砲の使用にあたり無策ではなかった。ベリアルは肉と肉の間に顔を沈み込ませ、両の巨腕で顔を覆って防御の姿勢を取った。両肩と背中の盛り上がった肉は側面や後方からの攻撃を完全に塞ぎ、正面からの攻撃は腕で2重にガードする。この時完全に守りの姿勢となっただけではなく、防御の姿勢を取りながらも目玉は周囲へ的確に迎撃の破壊光線を放っている。
ハンター達にも焦りの色が広がっていった。
「なんでも良い。試せるものは全て試せ。出なければ皆死んでしまうぞ!!」
唯一楽しそうに笑ったのはデスドクロ。彼の言葉通り、ハンター達は持てる火力と持てるスキルの全てを顔への掃射へと向けた。一発でも火線が通れば、凝集するマテリアルを暴発させれば。半ば祈るように繰り出される攻撃は、全てがベリアルの肉に阻まれた。その間にもマテリアルは収束し、元の造形を引き裂くようにして開いた大口から、漏れ出た赤い光が禍々しい黒へと変色していく。魔砲に備えてベリアルの体にとりついていたキヅカに冷たい影が忍び寄る。
「……止められるのは俺だけか?」
事前の話し合いの情報も含めて、キヅカは俯瞰的に戦場を見ていた。何人かは魔砲の攻撃を塞ぐ手段を模索していた事を知っている。だが知る範囲で実現可能な者は居ない。
セレスティアとレイオスは近づけない。強引な突貫でしか道を開けないが、腕の一撃に機体が耐えられない。神楽は攻撃を潜り抜けて近づいているが、彼の位置と距離からのファントムハンドでは十分な成果は得られないだろう。顔の位置を変えるにはそれこそ、直上からファントムハンドを使うしかない。
ここに至って動けるのはキヅカのみ。この距離から腕の間に滑り込み、開いた顎に攻性防壁でもって体当たりをすれば、頭を跳ね上げるか口を閉じさせるか、どちらかは可能だろう。そして確信があった。暴発した光に巻き込まれた自分は死ぬだろうと。
(確実に死ぬな、これは)
だが全員死ぬよりは自分1人が犠牲になればーーー。
「俺に任せろ!!」
キヅカが死という状況判断に立ち止まった時、側を駆け抜けていったのはボルディアを乗せたイェジド「ヴァーミリオン」だ。ヴァーミリオンは軽快にベリアルの巨体を駆け上がっていく。目玉を避け、腕の死角を潜り、背面から頭部後方へ。 ヴァーミリオンは仲間の火線を避け、時に目玉からの光線を受けながらも、ありったけの気力を振り絞って乗り手を目的地まで到達させた。動き続けるベリアル相手ならばこうは行かなかったが、座り込んで砲台と化したベリアル相手ならばイェジドの脚でも十分駆け上がることができた。これ以上に前に進めないと悟ったヴァーミリオンは、大きく吼えて乗り手の前に進ませる。
「黒大公様よぉ、いい加減無様晒してんじゃねえよ!」
背中から駆け上ったボルディアは、ベリアルの背後からその頭をファントムハンドで鷲掴みにする。巨体を動かす膂力を秘めたスキルである。体の全てでは無理だが、頭だけなら十分に動かすことができる。ベリアルの頭は強引に引き上げられた。直後、夜空に禍々しい赤の閃光が走った。強烈な負のマテリアルは周囲の粒子を浴びるだけでもダメージを受ける。攻撃は完全にコースを外れ、天高く打ち上げられというのに、それでもなお強力な余波だけでハンター達の動きは止まった。すべてのマテリアルが解き放たれた後、ベリアルの背中につかまったままのボルディアは疲労を押しのけて笑みを浮かばた。
「ザマァみやがれ」
不敵に笑うボルディアに、ベリアルの腕が素早く掴みかかった。しがみついたまま体力を使ったヴァーミリオンはその手をよけきれない。右腕はヴァーミリオンごとボルディアを掴みあげた。
「!!」
「メ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛!!!!」
指と指の隙間から凄絶な怒りに燃える瞳と視線が合う。怪力が1人と1匹を締め上げ始めた。踏ん張ってはいるが、耐えきれずに骨と骨がぶつかり軋む音がする。
「きたねえ手を離せ!」
「いまさらみっともないよ!」
イェジドに跨るウィンスと、リーリーを駆るランが同時にその腕を切りつけた。
比較的低い位置をウィンスの大氷河が腕の半ばまで切り開き、ボルディアを握る指をリーリーと共に跳びあがったランが切断する。
力が緩み、手から滑り落ちたボルディアが自由落下に入ったところを、ハイパーブーストで飛び込んだ藤堂のパリスが拾い上げる。救助された二人は千春の持つ最後のフルリカバリーでぎりぎり命をつなぎとめることが出来た。
邪魔者を殺せなかった怒りと指と腕の痛みにわななき、再び殺意を充満させるベリアルであったが、怒りが次の標的に向かう前に、再度人類軍の総攻撃が開始されていた。
その後のベリアルの動きは精彩を欠いていた。腕の振り上げは雑になり、必中のはずの光線を外すこともしばしば。目の再生も遅れ、遂には動かないままの目が現れ始めた。火力が落ちれば人類側の火線は更に苛烈になり、腕だけではまともな反撃が出来なくなった。
魔砲の準備はことごとくを阻止された。腕の防御がなければハンター達の火力に耐えられない。腕を防御に回せば砲台の目玉を失った体は完全に無防備になる。ベリアルは手詰まりに陥っていた。
苦しいのはハンター側も同じだ。魔砲を封じるために全力射撃を行った後である。まずは魔術師達から限界を迎えようとしていた。
「貴方の命脈、ここで断たせてもらう。悪く思うなよ」
久延毘は光線が弱まったのを見計らい更に前に出て、使用の時期を逃していた範囲攻撃のありったけをベリアルにぶつけていた。
同時にヴィルマとレイレリアも同じように列を進めるが、3人とも自身の体に鞭打っての前進であった。
「……ヴィルマさん。魔術はあと何回使えますか?」
ヴィルマは並んでアイスボルトを使うレイレリアの顔を見る。疲労で青ざめた顔で、彼女の魔力が既に空に近いことは見た目にもすぐわかった。
「そうじゃな……。あと4発と言ったところかのう」
射程の長いアイスボルト、広範囲に破壊を巻き起こすブリザード。この編成の魔術師は多かったが、どの場合でも使い切れば無力になる。氷結の特性に寄った彼女の魔法はヴィルマよりも長期戦に弱い。最後の一回を使い切り、レイレリアは肩で息をして回復に努めていた。
「そなたは休んでおれ。ここから先は――」
ヴィルマの言葉を遮って、側でかちりと金属質な音がした。知っている音だが、あまり予想していなかった音でもある。
「魔力が残っているなら足止めはお任せしますね」
まだ息の荒いレイレリアの手には白いリボルバーが握られていた。素っ気ない色合いの金属は、魔術師である彼女にはまるで似合っていない……ように、ヴィルマには思えた。なるほど、確かに銃ならば魔術師の得意とする戦闘の距離を変えずに敵にダメージを与えることができるだろう。だがしかし、魔術師としてはそれでよかったのかどうか。
ヴィルマの煩悶を知ってか知らずか、レイレリアは気軽な風情で拳銃片手に前線へ飛び出ていく。
「科学も捨てたものではないということだね」
久延毘の訳知り顔にむっとした表情を返したヴィルマだが、魔術に必要なリソースが尽きてしまうのは二人とも変わらない。
接近戦に不得手な魔術師が杖で殴り合うわけにもいかないだろう。
「……出番じゃぞ、ヴェルター。好きに暴れるがよい」
イェジド「ヴェルダー」は犬のような鳴き声で相棒に答えると、レイレリアを追って前線へと駆けていった。ヴィルマは憮然とした表情のまま鞍に掴まり、ヴェルダーの暴れるままに任せた。
変化は緩やかに、そして明瞭に訪れる。立ち上がったベリアルは再び膝をついた。立ち上がる力を失って、腕で体を支えている。砲台である全ての目は沈黙し、流れ出る体液は止まる気配がない。押し寄せる破滅を振り払うように、巨腕は必死に振り回す。儚い抵抗だ。死神の手を振り払うことはもうできない。哀れな肉の塊となり果てたこの末路は、八年もの間、王国の人々の心に恐怖を植え付けてくれた仇敵に相応しい終焉だ。
前線でCAMに乗る者は視点が高いせいで、彼の無様な足掻きをしかと見届ける事となった。連絡の要としてやや後方に控える神代からは、ベリアルの末路が良く見えていた。
(無様とも、哀れとも思わない。お前に順番が回ってきたんだ)
このヴォイドが踏み潰してきた数多の命、尊厳と未来。血を吐く思いで拳を握りしめ、いつかこの瞬間に辿り着くことを念じていた。神代はライフルの照準をベリアルの頭に。もはや防ぐ物はどこにもない。ベリアルは半ばまで焼け爛れた顔のままで、それでも必死に生に縋り付いている。
こうでなくてはならない。ベリアルに踏み潰された者達は皆、必死に生を繋ごうとしていたのだから。地獄に連れていくならばこれ以上の感情は無いだろう。
「これで終わりです」
引き金を引く。神代機ベクトルのマテリアルライフルの光がベリアルの頭を正面から撃ちぬいた。光が収まった後にベリアルの頭は無く、ぽっかりと空虚な穴が残る。それが最後の一撃となった。全ての命を使い果たし、ベリアルの体は崩壊を始めた。肉は自重で割け、体液は霧となり、そのどちらもが地面に撒き散らされた段階で黒い灰となる。最後には何も残さず、風に吹かれて飛び散っていった。質量の大きなベリアルの崩壊は時間が掛かった。水溜まりを叩くような、肉をこねるような音がいつまでも続き、最後には黒大公ベリアルは跡形も残さず消え去っていた。誰もが無言のまま、消滅の瞬間をじっと眺めていた。
「なんだ、備えは無駄になったな」
ミカは使うことのなかった穴だらけの道に視線を移しつつ、無意識に懐に手を伸ばす。それからしばらくポケットを漁ってから、タバコをおいてきた事を思い出した。誰も動けない中、ベリアルの消滅と無関係にゴーレム達は変わりなく壁や穴を作っている。ミカは苦笑しながら「作業中止」とだけ指令を出した。
時は動き出す。勝利を確信した誰かが鬨の声を上げ、釣られるように騎士達が、兵士達が、ハンター達が歓喜の声をあげた。人の間を波打つように叫び声が広がっていく。若い騎士や兵士の中には涙ぐむ者もいた。失った誇りを取り戻したのだと。悪夢を退けたのだと。
黒大公ベリアルは滅びた。八年に及ぶ災禍の清算を、王国は遂に果たしたのである。
騎士達は、兵士達は雄叫びの声と共に恐怖を塗り替える。巨悪何するものぞ。しかし意気軒高なる彼らをもってしても、未だに埋められぬほどに傲慢の歪虚は巨大である。
「メ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛」
叫びと共に体の至るところに開かれた目が極大の光量を発する。次の瞬間には列をなした騎士が吹き飛び、群がっていた多くの兵士達がわけもわからぬまま光に焼かれて絶命した。目から放たれる光線が発射されてから着弾までタイムラグはほとんどない。目の動きは常に落ち着かなく周囲を見渡す為、目標の予測も不可能。見てから避ける、動作を見て避けるなどの小手先の技もまるで通用しない。ベリアル (kz0203)が気まぐれに身震いするだけでそれだけの威力がある。
ハンター達はベリアルの猛攻に対してチームを三つに分けた。まずはその砲台となった異形の目を破壊する。光線が放たれる間隙を縫い、両側面よりハンター達の一斉射撃が始まった。
左側面はCAMが3機。藤堂研司(ka0569)のデュミナス「パリス」、セレスティア(ka2691)のR7エクスシア、レイオス・アクアウォーカー(ka1990)のR7エクスシア「トライアンフ」。更にジルボ(ka1732)、神楽(ka2032)、レイレリア・リナークシス(ka3872)が隙間を埋めるように布陣する。
右側面はCAMが2機。デスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013)のR7エクスシア「閻王の杯(プルートー)」、ジーナ(ka1643)のデュミナス、神代 誠一(ka2086)のR7エクスシア「ベクトル」。歩兵・騎兵にはミカ・コバライネン(ka0340)、ジュード・エアハート(ka0410)、ミオレスカ(ka3496)の3名が配置されている。
10を超える火線がベリアルの肉体表面に突き刺さるが、ダメージが入っているようには見えない。柔らかそうにみえる体毛は金属のような硬度があり銃弾や魔法を弾いてしまう。加護を受けた覚醒者であっても、ベリアルがこれまでにない難敵であることに変わらない。ベリアルは歩みの速度を変えぬまま、ハンター達の前を通り過ぎようとする。
デスドクロは火線を途切れさせぬまま、コクピットで不敵な笑みを浮かべていた。
「無様な死に損ないの割に粘るではないか」
右側面の目玉にプルートーの機関砲が掃射を加えていく。巨大な目玉は思った以上に機敏でよく動き、精密射撃をするには神経を使う。プルートーは精密射撃に見切りをつけ、辺り一帯を吹き飛ばす方法で目玉にダメージを与えていた。
彼のふてぶてしい態度は今に始まったことではないが、連続で同じ顔を見たジーナは溜息でもって彼の言葉を聞き流した。
「その無様な相手に良いようにやられているではないか……」
一方でジーナは高速演算による砲撃で狙撃することに特化した。少々外れてもベリアル本体のダメージとなるが、出来るならば少しでも妨害しなければならない。ベリアルは揺るがない。どの部位を狙っても未だに効果が無い様にも見える。絶望的な戦いには違いなかった。戦場には幾条もの光線が乱舞し、ハンター達に降り注ぐ。爆風が何度もハンターを煽るが、陣形は少々のことでは揺るがなかった。用意されたR7エクスシアはプルートーを除く全機がマテリアルカーテンを装備している。魔砲はいざ知らず、光線だけならば彼らの盾が大いに役にたった。また一つ、光線の直撃をマテリアルカーテンでうけとめて、レイオスは視界が揺らぐような感触を覚えた。
「強烈だな。ダンプカーどころの比じゃない」
光線は強力だ。一発一発がベテランの魔法使いの一撃にも匹敵する威力がある。加護無しで戦えばまともに戦線を維持できなかっただろう。
「ですが、今なら戦えます」
隣接するセレスティアがレイオスに合わせてライフルを放つ。歩みを進めるベリアルに変化は見られないが、肉を抉る手応えはある。光線の掃射に負けじと、ハンター達の応射も激しさを増していった。
後はいかにこの巨体にダメージを与えるか。この戦況にあっても藤堂は変わらずこの一点に腐心していた。
「ああ、くそ! 器用に動くやつ!」
デュミナス「パリス」の放った銃弾は目玉よりわずかに逸れて、目玉を動かす筋繊維に撃ち込まれた。出血から有効打とはわかるが、期待したような跳弾は望めそうになかった。
目玉を制御する近辺の筋肉には、骨の気配がない。肉なのか骨なのか、体毛の下は生物らしいまともな構造が残っている様子がない。
「それでも避けるってことは、そこが痛いんだな!?」
藤堂は諦めない。不屈の決意でもって火力を集中する。少しでもダメージを少しでも弱点の情報を。着弾の効果を観測しながら、少しずつ狙いを修正する。
彼らハンター達の両側面からの攻撃が完全に展開したタイミングを見計らい、中央に待機していたハンター達の本隊が動き出す。これこそが本命だ。本隊は足を止める事に専念するため、戦場に突撃する機会を見計らっていた。
「止めて見せる。絶対に!」
先頭切って突入するのはキヅカ・リク(ka0038)。彼に続きウィンス・デイランダール(ka0039)、ボルディア・コンフラムス(ka0796)、ジャック・エルギン(ka1522)、八劒 颯(ka1804)、小宮・千秋(ka6272)、南護 炎(ka6651)のR7エクスシア「FLAME OF MIND」が続いた。彼らの後列を守るのは夢路 まよい(ka1328)、久延毘 大二郎(ka1771)、ヴィルマ・ネーベル(ka2549)、以上4名の魔術師達。この中間を埋めるように聖導士の柏木 千春(ka3061)が陣取り、R7エクスシアを駆るトリプルJ(ka6653)は同じタイミングで後方へと回り込んだ。
砲台である目は強固であり、光線を弱める事は叶わなかったが、両側面に光線が分散したことで本隊が攻撃するだけの時間は稼ぐことができた。本隊はこの間隙を競うように切り開いていく。巨腕の範囲を掠めないよう、腕の外側より氷の矢を浴びせかけ、冷気で動きの鈍ったところに近接戦闘を得意とする者が突入した。
「オラオラ! 行くぜ行くぜ!!」
南護は用途の違う刀を使い分けてはベリアルを猛烈に攻め立てる。CAMの身長で足を狙うのは少々無理があったが、ベリアルの足を止めるにはこれで丁度良い。キヅカやウィンス、ラン・ヴィンダールヴ(ka0109)が足元を通りすぎるのを横目に、南護は直進する肉の塊を滅多切りにした。目玉の幾つかは足元に滑り込む者達を捉えていたが、南護が壁となって光線を受けることはなかった。とはいえベリアルもその状況を看過はしなかった。
「メ″ェ″ェ″ェ″ェ″ェ″!!」
吼えるベリアルは異様に長く太い2本の腕を水平に凪ぎ払う。たったそれだけの動作で南護の機体は真横に弾き飛ばされた。腕はそれだけでは収まらず腕を止めようとしたハンター達をもろともに凪ぎ払った。攻性防壁による迎撃を試みたキヅカや、竜巻き返しを準備していた小宮、後衛を守っていた八劔もこれに巻き込まれた。体の軽い生身二人はそれぞれ受け身をとってダメージを抑えたが、最初から足止めを試みた小宮はキヅカ以上に多大なダメージを受けた。
「これは……甘くみていたようですねー」
体が軽い分弾き飛ばされた際のダメージは軽度で済んだが、掴んだ後の衝撃が強烈で体力の半分以上を持っていかれた。一方でその後方の八劔は機体に指先が触れた程度だが、あと一歩前に進んでいたら南護の機体のように吹き飛ばされていただろう。質量に絶望的な差がある。小手先の技で止まる相手ではない。
「そう何度も受けきれませんわね」
八劔の背に汗が伝う。質量差と体格差による破壊力は理解していたが、ここまでとなると幾ら強固な魔導アーマーでも分が悪すぎる。先程の一撃はぎりぎり耐えたが、対応を誤れば守っているはずの魔術師達諸共吹き飛ばされかねない。これ以外の方策が無かったのも事実だ。
「もう少しの辛抱だ。最初の壁が揃ったら魔術師はそこに逃げ込んでくれ」
後方から電波に乗ってミカの声が届く。今回も彼はゴーレムを使って壁を作っていた。ゴーレム達は前哨戦の運用を踏まえ、味方の盾という需要に絞って壁を建設している。腕の攻撃を防ぐほどではないが、光線をかわすには十分な耐久度とサイズがある。無駄にはならないだろうという目算だが、使い始めるにはもう少し時間が必要だった。今回と前回で違うのは、ハンターが相互に支援する関係にありつつ各自が戦力として自立していること。八劔と南護が踏みとどまる間、魔術師も前線に深く踏み込んでいく。
「その図体なら、これも効くでしょ?」
夢路は八劔の機体を盾にしつつ、ダブルキャストによるグラビティフォールを放つ。両手でそれぞれ制御した魔術は、ベリアルを中心に展開され直撃。さしものベリアルでも足を止めざるをえなかった。歩く要塞のごときベリアルだが、体重に比して考えれば足は脆弱だ。多重に掛けられた重力の枷は足止めに十分な効果を発揮した。剛腕の射程を見極めきれず、突撃できない者もこれで敵の足元に滑り込むことができる。弓矢による攻撃が一段落したジャック・エルギンはこれを幸いにとベリアルの足元へと滑り込んだ。
「助かるぜ。これなら戦いやすい」
突撃前に目を潰そうと考えていたがジャックだがそう簡単には事は運ばなかった。戦法の修正を考えていたところにこの状況は渡りに船だ。
一方で夢路は命の危機を感じていた。それぞれに敵を探していたはずの7つの目の内3つが、夢路を凝視しているのである。
「目立ちすぎちゃったかな……」
この状況に気づいたのは回り込んでいたトリプルJ。R7エクスシアは夢路を凝視する胴体の目を狙って大鎌を振り下ろした。
「余所見してるんじゃねえぞ!」
ワイルドラッシュを併用した連続攻撃。しかし目玉の反応は揺るがない。夢路を狙うと決めた以上、他には見向きもしていない。代わりに別の目玉がトリプルJの機体を破壊光線で襲う。トリプルJはこの為に背中を向けているわけにもいかず、一歩下がることを余儀なくされた。
トリプルJは攻撃を逸らしたり注目を取ることは叶わなかったが、この時に作った時間で夢路は状況を判断する時間を確保することができた。さっさと魔術を使い切って逃げるか、あるいは残りの魔力を牽制に使うか。どちらにせよ破壊光線の射程は長く回避は困難。ならば腹を括ったほうが早い。夢路は再びダブルキャストを起動。グラビティフォールを解き放つ。同時に放たれたベリアルの破壊光線が夢路に直撃していた。
攻撃は全隊揃ったことでさらに苛烈さを増す。腕にも腹にも幾つも回復しきれない傷が増える。足を折ることは難しかったが、時間をかける事で最初に目玉を破壊することには成功した。右側面の目玉がひとつ完全に沈黙したが、それを喜んだのもしばらくの合間だけであった。目玉の跡は内側から盛り上がった肉に押し退けられ、盛り上がった肉が割けると新たな目玉が現れた。現れた目玉は何事も無かったかのように破壊された目玉にとってかわり、人類軍への攻撃を開始したのである
「あー、やっぱりか」
予想していたジルボは呆れ顔のまま、もう一度再生した目を狙った。直感による敵の行動予測を試みたジルボだが、敵の行動を予測するだけのデータがない。データが無ければ直感視は未来視にはならない。これはもはや逐一対処するしかないと覚悟した。
目玉は再生はしたがそれでも希望はある。目が復活した原理は不明だが、肉の変質を見るに再生したのではなく新しく作成されたらしいという点だ。この証拠に目を破壊した後の眼窩が残っている。彼の生命力を犠牲にしての復元である。ダメージは効いているのだ。再生も即座に行われるわけではない。
この変化を近くにいたジュードは詳細に観察することができた。同時に攻撃の何が有効で、何が効率的かもだ。光の属性武器は際立って有効でもないが、単純な火力は直撃さえすれば十分に通る。逆に言えば単純な火力以外に手が無い。右側面攻撃の班ではミオレスカがジュードと同じく騎馬の機動力を生かし、場所を変えながら目玉へ攻撃を行っていたが、制圧射撃など平面に対する攻撃は効果が今一つであった。ジュードも走りながら放った矢は角度が悪いと弾かれることさえあったが、威力の差ではなくどう狙うかで差が現れた。目にはどうも透明な硬質の膜が張られているようで、それさえ貫通すれば十分にダメージは入る。わかっていればスキルを扱う判断基準も明瞭になった。
「属性攻撃はどれも有効じゃないし、見た目ほど目玉も柔らかくない。集中攻撃に切り替えよう」
「了解した。まずは前面に近い目玉を破壊する」
ジュードの提案に神代が素早くこたえる。神代が指揮官というわけではないが、ある程度整理された通信網を確立していたため、ベリアルへの対処はそのほとんどが素早く処理された。これも前哨戦とは確実に変わった部分の一つである。ジュードのように見上げるように攻撃を放つ者、水平に撃つ者など、互いを射線に含めないような配慮もある。あとはこの苦しい序盤を切り抜ければ勝機にもなるだろう。
作戦の変更が行き渡ったのと同時ぐらいでミオレスカもジュードの元に帰還した。特に連携をとっているわけではないが、同じ方向性の仲間がいるおかげで双方に対する狙いが散り、結果的に損害がかなり軽減されていた。
「次は威力重視ですね」
「うん。なるべく重たい一撃を」
頷きあうとミオレスカは先行して馬を走らせる。同じ戦術だが固まって移動するわけにはいかず、こうして移動の時間をずらしている。
「俺達も行こう。ミルティ、もう少し頑張ってね」
ジュードの呼びかけにリーリー「ミルティ」は羽をぱたぱたと動かして答える。機動力と射程こそが戦術を支える要素である以上、ミルティの脚は生命線と言える。ミルティは被った砂埃を身震いして振り払うと、再び軽快にベリアルへと向けて疾走を始めた。
●変遷する勇者
全員が覚醒者であるハンター達は戦力としては大きいが、チームとして見た場合は脆弱である。これが幾つかの大規模戦闘を共に戦ったジェフリー・ブラックバーン (kz0092)の評価であった。故にジェフリーは展開した戦線のうち一つぐらいは崩れるだろうと考えていた。破壊力の凄まじいベリアル相手の戦場であれば、それぐらいは許容の範囲であり想定の範囲でもある。赤の隊は機動力によってそれを埋め、ベリアルの包囲網を万全とする。それがハンター合流後に考えていた行動予定であった。
「……驚いたな」
戦場にありながら、ジェフリーは一時狂騒を忘れていた。3つ全ての戦線が崩れていない。ほんの少し前まで、小さな連携しか取れなかったはずのハンター達が、それぞれに役割を果たしてチームとして動いている。補うべき場所がどこにもなかった。数多の強敵との戦いが、このような形でもハンター達を成長させていたのだ。
「呆けてる場合かよ。動けるやつはついてこい、ハンターの前衛を救援する!」
ダンテ・バルカザール (kz0153)は感慨も何もなく戦場の歪みを見抜き、即座に突撃を決め込んだ。ジェフリーもそれに続く。相互に連携し戦うハンター達ではあったが、完璧な布陣であっても消耗は避けられない。完璧であればあるほど前衛の維持に関わる損耗は酷くなる。千春やセレスティアの回復は戦線の維持に大きく貢献したが、それも早々に尽き果てた。支援を失い崩れかけていた戦線は王国軍の本格的な参戦により再び息を吹き返した。
この時点で夢路、ジャック・エルギン、南護、ミオレスカ、小宮などが戦線を離脱。戦闘不能となっている。全体の2割の戦闘不能は戦力として大きな欠落ではあったが、今のベリアル相手にその程度で済んだのであるから、損害が少ないものと賞賛されるべきところであった。
彼らの撤退により一部盾となる者を欠く状態ではあったが、代わってゴーレムの作る壁が場の維持に貢献した。
「やっぱ食らわないってのが大事っすよねー。当たらなければどうってことはないっす!」
神楽は壁の陰に隠れながら、呑気にそう嘯いた。それも半ば空元気である。なにせ、作った側からベリアルに弾き飛ばされていくのだ。何枚作っても足りはしない。勿論、無いよりは断然良いのだが。序盤と違うのは常に枚数が揃っていることである。逃げ込む場所が多ければそれだけ魔術師達の生存性が上がる。火力が上がれば前線の支援が整い、足止め班も十分に火力を発揮する。千春はこの段階でようやく回復に緩急をつけることができた。
「これで怪我人が減ってくれたらいいのですけど」
千春は祈りを口にしてみるが、減ることはないのだと頭では理解していた。千春は前哨戦と状況が大きく変わり、単一機能ばかりを使い続ける状態となっていた。即ち回復のスキルのみである。前衛としての強固さのおかげでどの戦場にも飛び込んでいける、どんな状況の仲間も救助できるという強みはあったが、いくら回復しても怪我人は絶えることがない。彼女のおかげで救われた命はハンターに限らないが、何をするにもスケールが違いすぎて常識的な対応が通用しないのだ。表面的にだけでも、神楽のように楽観的になれたらと羨ましく思うところはあった。
神楽はこの時、作業が済んだところから塹壕となる穴の作成を命じていた。魔砲の対策である。もしもの場合も逃げ込む場所があれば、少しは生き残る者も出てくるだろうという目算だ。穴を眺めていた八劔はそれでも不安を残せない様子ではあった。
「クレーターになるような爆発が直撃しなければ問題なさそうですわね」
「その未来予想図、聞きたくなかったっす」
神楽はがっくり肩を落としながら、その話の半分ぐらいは事実になるのだろうなという予感もしていた。なにせ手を振り回すだけでCAMがいともたやすく破壊されたのだ。魔砲が腕の破壊力や光線の破壊力以下ということはあり得ない。
この時変わらぬ調子でドリルによる電撃をお見舞いしようとする八劔だったが、壁の列の完成まで前線で仲間を守り続けた八劔は愛機のGustavを放棄していた。今は道の脇でスクラップ同然の姿をさらしている。Gustavの献身的な防御がなければ魔術師の戦列も維持できなかっただろう。凄まじいまでの損傷だが、名誉の負傷である。
大きな損害を被りながらも後衛の備えは万全だ。まだ戦える。後列で狙撃に徹するミカも落ち着き払って戦域を俯瞰していた。
「なに。最悪足場が悪くなるだけでもいい。ここまで止まらなければそこで蹴躓く。その穴が無駄になることはあっても、最悪邪魔になることだけはないさ」
彼のゴーレムは穴を掘り終えて次は道に掘り出した土で山を作っている。材料不足でいつも作っている壁ほどの強度はないが、単なる砂山でも固めておけば光線の一回ぐらいは防ぐし、ベリアル相手に目隠しにもなる。ミカの作業は効率性もさることながら、これら余剰の物を便利に使いまわすことに優れていた。
「ま、必要にならないほうが助かるけど」
彼の準備は全てが味方の弱点を補う為の物ではあったが、同時に進行方向に建設する都合上すべてが後手。必要な状況は即ち、ベリアルに対して作戦が上手くいかず押し負けた場合である。もしも悪路と化した街道でベリアルを転倒させることがかなっても、その状況を生かすほど戦力が残っているかはわからない。
そして何より今回の闘いは時間との勝負でもある。敵の射程はいかほどだろうか。事実上無限に等しいと仮定した場合、ベリアルを粉砕するタイムリミットは、地平線から砦が顔を出した時だ。その距離にはまだ遠いが、魔砲が少しでも湾曲した軌道をとればその計算も無に帰す。であれば最善を尽くす必要があることには変わりがない。ミカは詮無い思考を止め、祈るように前線の推移を見守っていた。未だ持って、戦況は混迷している。
ベリアルに対するダメージはこの状況に置いても見えづらいままではあったが、確実に蓄積はしていた。ベリアルによる攻撃の精度や威力自体は変わらないままであったが、序盤の戦闘で近接戦闘を得意とするハンターが足元に滑りこめたことは大きく意味があった。ウィンスとラン、ボルディアの3人は初期に足元に滑り込んでから、この時まで変わらずベリアルの脚を破壊し続けていた。優秀な戦士である彼らにすれば、度重なる砲撃で動きの鈍った蹴りなど脅威ではない。光線は未だに脅威ではあるが、後衛ならいざ知らず前衛の彼らを止めるほどではない。
「うおおおおおお!」
「あはははははははは!」
「おらおらおらおら!」
三者三様に雄たけびを上げながら、渾身の力で得物をベリアルの足に打ち付ける。ウィンスは必殺の槍を右へ左へ。速度はベルセルクの2人に敵わないが、その分一発一発を確実に。唸りをあげて槍が真横に振るわれると、スキルによって出来た冷気が帯となり、きらきらと彼の槍の軌跡を彩った。切り裂かれた肉から零れ落ちる血は、凍り付いて砕け散る。ランは祖霊の憑依により槍の間合いを広くとった。ベルセルクらしい速度はこれで一部が封印されたものの、攻撃に対する反応速度は尋常でなく上がった。ランは光線かわしながら、それでも攻撃を途切れさせることはなかった。ボルディアは2人に比べれば荒々しいの一言だ。斧を高速で何度も叩き付け、がりがりとベリアルの肉を削る。肉は削ったそばから盛り上がり回復するが、それを容易に上回る速度であった。目の前以外が見えていないような連撃ではあったが、彼女への攻撃はイェジド「ヴァーミリオン」が危機回避を担うことで解決している。
破壊力に優れた3人を足元に滑り込ませた事は作戦の成功に大きく貢献する。序盤の夢路の活躍もさることながら、後半はレイレリアを筆頭にヴィルマと久延毘の貢献も大きい。射程の都合も半分はあるのだが、魔術師達がブリザードやアイスボルトによって腕への集中攻撃を行ったことで、腕の動きが大幅に鈍って前衛への脅威度を著しく減じる結果となった。最初はレイレリアのみが行った行動ではあったが、有効と見るやヴィルマと久延毘もそれに倣うことにした。足や本体へ直接攻撃することも必要なのだが、魔術師は前線に出るには脆弱だ。反撃を食らわないように手を尽くす必要がある。味方を巻き込まないように柔軟な対応をするためには猶更前に出る必要があり条件は厳しくなる。
ルーティンによる交互の攻撃を準備したりと色々画策はしていたが、レイレリアの行動により前衛が足狙いだけに集約できるようになり、且つ必要な防壁の枚数が大幅に減じる事になった。結果として前衛は遮る物無く大暴れ。木の幹のような足に対して思う存分力を振るうことができた。3人は息つく暇もない連撃で片足の肉を容赦なく抉り取り、全身にベリアルの血を浴びていた。
「どうだ。こんだけ殴れば少しは………少しは……」
ウィンスは目の前に迫る肉塊に一瞬我を失った。彼の相棒であるイェジドがウィンスの後ろ首当たりをくわえて一瞬で離脱する。他の2名も事態に気づいた相棒の脚で危機を脱した。 足が折れたのではない。ベリアルが突如として膝を折り、肉の壁が下に潜り込むハンターを押し潰さんと迫ってきたのだ。3人は済んでのところで圧死を免れるが、わけがわからぬまま肉の塊を見上げた。
ベリアルの意図はすぐに判明する。座り込んだベリアルは、再び光線と腕で周囲を攻撃し始めたのだ。通常ならこんな戦法は取りようもないのだが、今のベリアルには砲台となる目と、異様に伸びた手がある。戦うには十分だ。特に足の下という比較的安全な地帯を追い出され、近接戦闘をするメンバーは軒並み撤退を強いられた。巨大な質量をかわすので精一杯だ。
状況は悪化したが同時に状況の進展を現す結果でもあった。足狙いが一定の成果を上げ、それを阻止するためにそれ以外に方法が無かったのだろう。ベリアルがハンターを立ち止まっても排除すべき障害と認めた証でもある。そう判断したからにはベリアルは最後の手段を使う。ベリアルは未だ勢いの衰えない人類軍を睥睨しながら、顎を限界まで大きく開いた。もはや、顔の造形は面影が無い。顔が完全に裂けてしまっている。
「!!」
空気が変質した。歴戦の勇士ですら怖気を震うような、底なしの悪意。マテリアルの変質はそれ以上に顕著だ。赤い光がベリアルに吸い寄せられ、そこかしこから吹きあがっている。
「メ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛!!」
魔砲だ。ベリアルはハンター達の居る王国軍中央に向けて、魔砲の照準を合わせた。無尽蔵の悪意に気づかない戦士は居ない。凝集するマテリアルは以前の比ではない。部隊まるごと消し飛ばし、平地をクレーターに変えてもまだ余る。例え直撃を免れても、着弾の衝撃波で部隊は瓦解するだろう。
「撃たせてはダメだ!!」
我に返った神代の言葉が終わるか終わらぬかのうちに、ハンター達の攻撃が一斉に魔砲の発射口である顔へと集中する。彼らのみならず王国軍の遠距離攻撃可能な兵士全てが攻撃を合わせていた。弓、魔法、銃弾、ありとあらゆる手段で顔を打ち据えようとした。加護を得たハンターの火力なら妨害も可能と思われたが、ベリアルも既にその事実を受け入れている。魔砲の使用にあたり無策ではなかった。ベリアルは肉と肉の間に顔を沈み込ませ、両の巨腕で顔を覆って防御の姿勢を取った。両肩と背中の盛り上がった肉は側面や後方からの攻撃を完全に塞ぎ、正面からの攻撃は腕で2重にガードする。この時完全に守りの姿勢となっただけではなく、防御の姿勢を取りながらも目玉は周囲へ的確に迎撃の破壊光線を放っている。
ハンター達にも焦りの色が広がっていった。
「なんでも良い。試せるものは全て試せ。出なければ皆死んでしまうぞ!!」
唯一楽しそうに笑ったのはデスドクロ。彼の言葉通り、ハンター達は持てる火力と持てるスキルの全てを顔への掃射へと向けた。一発でも火線が通れば、凝集するマテリアルを暴発させれば。半ば祈るように繰り出される攻撃は、全てがベリアルの肉に阻まれた。その間にもマテリアルは収束し、元の造形を引き裂くようにして開いた大口から、漏れ出た赤い光が禍々しい黒へと変色していく。魔砲に備えてベリアルの体にとりついていたキヅカに冷たい影が忍び寄る。
「……止められるのは俺だけか?」
事前の話し合いの情報も含めて、キヅカは俯瞰的に戦場を見ていた。何人かは魔砲の攻撃を塞ぐ手段を模索していた事を知っている。だが知る範囲で実現可能な者は居ない。
セレスティアとレイオスは近づけない。強引な突貫でしか道を開けないが、腕の一撃に機体が耐えられない。神楽は攻撃を潜り抜けて近づいているが、彼の位置と距離からのファントムハンドでは十分な成果は得られないだろう。顔の位置を変えるにはそれこそ、直上からファントムハンドを使うしかない。
ここに至って動けるのはキヅカのみ。この距離から腕の間に滑り込み、開いた顎に攻性防壁でもって体当たりをすれば、頭を跳ね上げるか口を閉じさせるか、どちらかは可能だろう。そして確信があった。暴発した光に巻き込まれた自分は死ぬだろうと。
(確実に死ぬな、これは)
だが全員死ぬよりは自分1人が犠牲になればーーー。
「俺に任せろ!!」
キヅカが死という状況判断に立ち止まった時、側を駆け抜けていったのはボルディアを乗せたイェジド「ヴァーミリオン」だ。ヴァーミリオンは軽快にベリアルの巨体を駆け上がっていく。目玉を避け、腕の死角を潜り、背面から頭部後方へ。 ヴァーミリオンは仲間の火線を避け、時に目玉からの光線を受けながらも、ありったけの気力を振り絞って乗り手を目的地まで到達させた。動き続けるベリアル相手ならばこうは行かなかったが、座り込んで砲台と化したベリアル相手ならばイェジドの脚でも十分駆け上がることができた。これ以上に前に進めないと悟ったヴァーミリオンは、大きく吼えて乗り手の前に進ませる。
「黒大公様よぉ、いい加減無様晒してんじゃねえよ!」
背中から駆け上ったボルディアは、ベリアルの背後からその頭をファントムハンドで鷲掴みにする。巨体を動かす膂力を秘めたスキルである。体の全てでは無理だが、頭だけなら十分に動かすことができる。ベリアルの頭は強引に引き上げられた。直後、夜空に禍々しい赤の閃光が走った。強烈な負のマテリアルは周囲の粒子を浴びるだけでもダメージを受ける。攻撃は完全にコースを外れ、天高く打ち上げられというのに、それでもなお強力な余波だけでハンター達の動きは止まった。すべてのマテリアルが解き放たれた後、ベリアルの背中につかまったままのボルディアは疲労を押しのけて笑みを浮かばた。
「ザマァみやがれ」
不敵に笑うボルディアに、ベリアルの腕が素早く掴みかかった。しがみついたまま体力を使ったヴァーミリオンはその手をよけきれない。右腕はヴァーミリオンごとボルディアを掴みあげた。
「!!」
「メ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛!!!!」
指と指の隙間から凄絶な怒りに燃える瞳と視線が合う。怪力が1人と1匹を締め上げ始めた。踏ん張ってはいるが、耐えきれずに骨と骨がぶつかり軋む音がする。
「きたねえ手を離せ!」
「いまさらみっともないよ!」
イェジドに跨るウィンスと、リーリーを駆るランが同時にその腕を切りつけた。
比較的低い位置をウィンスの大氷河が腕の半ばまで切り開き、ボルディアを握る指をリーリーと共に跳びあがったランが切断する。
力が緩み、手から滑り落ちたボルディアが自由落下に入ったところを、ハイパーブーストで飛び込んだ藤堂のパリスが拾い上げる。救助された二人は千春の持つ最後のフルリカバリーでぎりぎり命をつなぎとめることが出来た。
邪魔者を殺せなかった怒りと指と腕の痛みにわななき、再び殺意を充満させるベリアルであったが、怒りが次の標的に向かう前に、再度人類軍の総攻撃が開始されていた。
その後のベリアルの動きは精彩を欠いていた。腕の振り上げは雑になり、必中のはずの光線を外すこともしばしば。目の再生も遅れ、遂には動かないままの目が現れ始めた。火力が落ちれば人類側の火線は更に苛烈になり、腕だけではまともな反撃が出来なくなった。
魔砲の準備はことごとくを阻止された。腕の防御がなければハンター達の火力に耐えられない。腕を防御に回せば砲台の目玉を失った体は完全に無防備になる。ベリアルは手詰まりに陥っていた。
苦しいのはハンター側も同じだ。魔砲を封じるために全力射撃を行った後である。まずは魔術師達から限界を迎えようとしていた。
「貴方の命脈、ここで断たせてもらう。悪く思うなよ」
久延毘は光線が弱まったのを見計らい更に前に出て、使用の時期を逃していた範囲攻撃のありったけをベリアルにぶつけていた。
同時にヴィルマとレイレリアも同じように列を進めるが、3人とも自身の体に鞭打っての前進であった。
「……ヴィルマさん。魔術はあと何回使えますか?」
ヴィルマは並んでアイスボルトを使うレイレリアの顔を見る。疲労で青ざめた顔で、彼女の魔力が既に空に近いことは見た目にもすぐわかった。
「そうじゃな……。あと4発と言ったところかのう」
射程の長いアイスボルト、広範囲に破壊を巻き起こすブリザード。この編成の魔術師は多かったが、どの場合でも使い切れば無力になる。氷結の特性に寄った彼女の魔法はヴィルマよりも長期戦に弱い。最後の一回を使い切り、レイレリアは肩で息をして回復に努めていた。
「そなたは休んでおれ。ここから先は――」
ヴィルマの言葉を遮って、側でかちりと金属質な音がした。知っている音だが、あまり予想していなかった音でもある。
「魔力が残っているなら足止めはお任せしますね」
まだ息の荒いレイレリアの手には白いリボルバーが握られていた。素っ気ない色合いの金属は、魔術師である彼女にはまるで似合っていない……ように、ヴィルマには思えた。なるほど、確かに銃ならば魔術師の得意とする戦闘の距離を変えずに敵にダメージを与えることができるだろう。だがしかし、魔術師としてはそれでよかったのかどうか。
ヴィルマの煩悶を知ってか知らずか、レイレリアは気軽な風情で拳銃片手に前線へ飛び出ていく。
「科学も捨てたものではないということだね」
久延毘の訳知り顔にむっとした表情を返したヴィルマだが、魔術に必要なリソースが尽きてしまうのは二人とも変わらない。
接近戦に不得手な魔術師が杖で殴り合うわけにもいかないだろう。
「……出番じゃぞ、ヴェルター。好きに暴れるがよい」
イェジド「ヴェルダー」は犬のような鳴き声で相棒に答えると、レイレリアを追って前線へと駆けていった。ヴィルマは憮然とした表情のまま鞍に掴まり、ヴェルダーの暴れるままに任せた。
変化は緩やかに、そして明瞭に訪れる。立ち上がったベリアルは再び膝をついた。立ち上がる力を失って、腕で体を支えている。砲台である全ての目は沈黙し、流れ出る体液は止まる気配がない。押し寄せる破滅を振り払うように、巨腕は必死に振り回す。儚い抵抗だ。死神の手を振り払うことはもうできない。哀れな肉の塊となり果てたこの末路は、八年もの間、王国の人々の心に恐怖を植え付けてくれた仇敵に相応しい終焉だ。
前線でCAMに乗る者は視点が高いせいで、彼の無様な足掻きをしかと見届ける事となった。連絡の要としてやや後方に控える神代からは、ベリアルの末路が良く見えていた。
(無様とも、哀れとも思わない。お前に順番が回ってきたんだ)
このヴォイドが踏み潰してきた数多の命、尊厳と未来。血を吐く思いで拳を握りしめ、いつかこの瞬間に辿り着くことを念じていた。神代はライフルの照準をベリアルの頭に。もはや防ぐ物はどこにもない。ベリアルは半ばまで焼け爛れた顔のままで、それでも必死に生に縋り付いている。
こうでなくてはならない。ベリアルに踏み潰された者達は皆、必死に生を繋ごうとしていたのだから。地獄に連れていくならばこれ以上の感情は無いだろう。
「これで終わりです」
引き金を引く。神代機ベクトルのマテリアルライフルの光がベリアルの頭を正面から撃ちぬいた。光が収まった後にベリアルの頭は無く、ぽっかりと空虚な穴が残る。それが最後の一撃となった。全ての命を使い果たし、ベリアルの体は崩壊を始めた。肉は自重で割け、体液は霧となり、そのどちらもが地面に撒き散らされた段階で黒い灰となる。最後には何も残さず、風に吹かれて飛び散っていった。質量の大きなベリアルの崩壊は時間が掛かった。水溜まりを叩くような、肉をこねるような音がいつまでも続き、最後には黒大公ベリアルは跡形も残さず消え去っていた。誰もが無言のまま、消滅の瞬間をじっと眺めていた。
「なんだ、備えは無駄になったな」
ミカは使うことのなかった穴だらけの道に視線を移しつつ、無意識に懐に手を伸ばす。それからしばらくポケットを漁ってから、タバコをおいてきた事を思い出した。誰も動けない中、ベリアルの消滅と無関係にゴーレム達は変わりなく壁や穴を作っている。ミカは苦笑しながら「作業中止」とだけ指令を出した。
時は動き出す。勝利を確信した誰かが鬨の声を上げ、釣られるように騎士達が、兵士達が、ハンター達が歓喜の声をあげた。人の間を波打つように叫び声が広がっていく。若い騎士や兵士の中には涙ぐむ者もいた。失った誇りを取り戻したのだと。悪夢を退けたのだと。
黒大公ベリアルは滅びた。八年に及ぶ災禍の清算を、王国は遂に果たしたのである。
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鹿野やいと | 2人 |
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