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【哀像】これまでの経緯


更新情報(5月11日更新)
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【哀像】ストーリーノベル
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●浅い眠りからの覚醒(4月1日公開)
●猟犬(ヤークトフント)の顎
監獄都市、アネリブーベ。
巨大な支柱が其処彼処に埋まり、外壁は有刺鉄線に覆われたその名に恥じぬ監獄。
罪人が与えられた刑期をここで過ごす為、罪人が罪人相手に商売をし、罪人による罪人のための都市であり、帝国内で罪を犯せばこの都市へと放り込まれる。
「私に面会など、誰かと思えば、あなたか、フィクサー」
屈強な第十師団の職員達――彼らの首にも罪人の証したる首輪が付けられている。第十師団とはそういう師団だ――に連れられ入った面会室には1人の老紳士がいた。
「あぁ、久しいな。アダム・ヒース……いや、今はアダム・エンスリンだったか」
老紳士が目尻にしわを寄せ、口元で微笑んでみせるが、その瞳の奥は笑っていないことをアダムはよく知っている。
「えぇ、離婚しましたものでね。フィクサーは変わらずお元気そうだ」
「あぁ、無駄に長生きさせて貰っておるよ」
老紳士が片手を上げて合図をすると、男達は部屋から出て行く。
すっかり人払いの済んだ部屋でアダムはくつくつと嗤った。
「よろしいので? あなたを人質に私が逃亡を謀るかも知れませんよ」
「その時はわしを殺していいとサインしてきてある」
「また、無茶を通しましたね」
「そうでも無いと、我らの陛下の話は出来んだろう?」
老紳士の言葉にアダムは呆れたように眉を顰めると、背もたれにもたれ掛かった。
「あなたはまだあの男を信じているのか」
「わしが仕えると誓ったのは彼の陛下、ただ一人じゃよ」
「くっくっく。その言葉を今の師団員達が聞いたら反逆罪で捕まりますよ」
喉の奥で愉しげに嗤った後、アダムは身を起こすと机の上に肘をつき、両手を組んで顎を乗せ身を乗り出すようにして問うた。
「して? ブンドルフの腹心と言われたあなたが私に聞きたい事とは? フィクサーフランツ」
アダムの睨め付けるような視線を変わらぬ微笑でいなし、フランツ・フォルスター(kz132)は一つの数字を口にする。
アダムの瞳が僅かに見開かれる。
それをフランツは見逃さない。
「お主、関わっておったであろう? ペレット……と言うたか、あの歪虚と出会ったのもその時だろう?」
「フィクサー、あなたは……」
「さぁ、話して貰おう。わしが退いた後、何をしていたのかを。それとも……どうしても話せぬというのなら、お主はわしの問いに“首を振るだけでいい”。……さぁどうする?」
猛禽類を思わせる鋭い眼光に射抜かれ、アダムは思わず顎を浮かせ、生唾を飲み込んだ。
フランツ・フォルスター。覚醒者にもなれず、革命後は爵位も取り上げられ、今や名前だけの辺境伯となった、ただの老爺だ。
ただ、腐敗貴族のほうが歪虚よりも性質が悪い魑魅魍魎と化し跋扈していた革命前。
フランツは誰よりも『情報』の重要性に着目し、ありとあらゆる人脈にコネクション広げた。
そうしてただの人の身でありながら、諜報活動部隊『猟犬(ヤークトフント)』のトップに成り上がった。
彼の持つ情報を欲しがる者、恐れる者にその身を狙われるも一度の襲撃も成功したことが無く、返り討ちにした後、襲撃者はその足元から自滅していく道を転がり落ちて行った。
後に腐敗帝と呼ばれるブンドルフでさえ、フランツの持つ情報網惜しさに殺せず、自領への蟄居を命じるに留めた……と、当時はまことしやかに囁かれたものだ。
「……恐ろしい。なるほど、誰もあなたを殺せないわけだ」
アダムの言葉にフランツはほっほっと笑った。
「いやいや。寄る歳の波にはかなわんよ。だから、こうして直接わしが出向いたのじゃし」
その笑みは好々爺そのものであるにも関わらず……アダムは背筋に冷たいモノが落ちるのを感じた。
●バルトアンデルス騎士会皇威議事堂 第一会議室
エルフハイムと帝国による闘争が終息して約2ヶ月。
ようやく帝都は元の落ち着きを取り戻そうとしていた。
「結局尻尾切りにあった……という点に変わりはないな」
報告書に目を通した帝国皇帝ヴィルヘルミナ・ウランゲル(kz0021)が溜息混じりに机の上へと書類を投げた。
エルフハイム周辺の町村襲撃事件。これにも数カ所で剣機による介入が起こり、一部では反体制派であるヴルツァライヒの関与がみられた。
当然、帝国としては反体制派を放置するわけにも行かず、その黒幕を追い調査を進めている。
しかし、結果は芳しくない。
情報元を辿れば辿っただけ『ゴミ出しを守らない3軒隣の家が怪しい』だの『政治への悪態を吐いていた飲み屋の親父が関与している』だのという有象無象となり、それらを浚ったところで埃すら出てこない有様であった。
一方で、エルフハイムからほど近い町、ルフト剣機襲撃事件、ならびにその後、現在は軍が管理していた元貴族であるプロイス家の石砦籠城戦における主犯とみられるリンダ・プロイスの息子であるケヴィン・プロイスを逮捕、取り調べを行っていた。
しかし、ケヴィンは革命後、平民へと格下げされた元貴族達へ反旗の狼煙をとビラを作り配った事は認めたものの、ヴルツァライヒの幹部との接触は一切なかったと証言していた。
あの時暴動を計画し、集まっていた者達も元は近隣の住民で有り、ここ2年の大きな歪虚との戦いなどに不安を感じこの呼びかけに応じ賛同者となった者達ばかりだった。
「15年前には歪虚への対応が遅いって理由で皇帝を討ったくせに、今度は歪虚と戦をし過ぎって理由で反体制派に転がるんだから、まったく民草って言うのは自分勝手だよねぇ」
帝国軍第一師団・副師団長であるシグルド(kz0074)がその報告書をさらうと中指の背で叩いてみせる。
「いや、それだけが理由では無い。そもそもは腐敗した貴族連中が私腹を肥やして……」
「もちろん知ってますよ。だが、そんなことは民にはほとんど関係無い、そうじゃありません?」
帝国軍第一師団長のオズワルド(kz0027)が訂正を入れれば、両肩を竦めてシグルドは言う。
「まぁ、圧政に次ぐ圧政、重税に次ぐ重税、追加徴収と来れば一揆でも何でも当然でしょうけどね。逆に言えば民からすれば政さえちゃんとやってくれれば、多少私腹を肥やそうが多少あくどいことをやっていようが関係無い。そうでしょう? ですが、このルフトに集まった……300人? 500人? は主に北狄の時に軍の兵として作戦に参加した者の家族が半数を占めているって由々しき自体ですよ」
そう言いながらもシグルドの声は愉しげだ。
オズワルドにじろりと睨まれるがシグルドはどこ吹く風と無視を決め込む。
「で、エルフハイムとの戦いの前後で行方不明になった村人達は見つかったんですか?」
「……いや」
「民の不満への対応遅延が続く事が、反体制派の思うつぼって事です。ここで踏ん張らないと……歪虚だけじゃない、身内からこの国が食い破られますよ」
「……それは、副師団長としての発言か? それとも、旧皇帝の嫡子としての願望か?」
ヴィルヘルミナに問われてシグルドは微笑む。
「どちらに取って貰っても構いませんよ」
その時扉の外からこちらへと駆け寄ってくる大きな足音が聞こえた。
「陛下! 急報です!!」
「何事だ」
「帝国各地にて、剣機と思われるゾンビによる拉致誘拐事件が発生! 現在、ハンター達が応戦中との連絡が!!」
「何だって?!」
思わず席を立ったヴィルヘルミナと声を荒げたオズワルドの横で、シグルドだけが思案するように親指で唇をなぞり沈黙したのだった。
●微睡む闇の揺籠にて
……エルフ共があぁも簡単に折れてしまうとは予想外だったな。
……しかも、剣妃殿まで。
……それはこちらにとっては好都合だろう。お陰で、残るは愚者ばかりだ。
……迂闊な事は口にするものでは無い。どこで誰が聞いているとも知れぬ。
……何、問題はない。概ね、計画は順調だ。
……だが、まだ『目』が足りぬ。
……あぁ、まだ補充も必要だ。
……では、少し派手に行くか。
……そうだな。もうここまで来れば我々を止められるモノなど存在せぬ。
……では、準備しよう。
暗い、冥い、夜のような部屋。
ごぽり、と水中を気泡が動く音が響いた後、部屋は静寂の海に沈んだ。
監獄都市、アネリブーベ。
巨大な支柱が其処彼処に埋まり、外壁は有刺鉄線に覆われたその名に恥じぬ監獄。
罪人が与えられた刑期をここで過ごす為、罪人が罪人相手に商売をし、罪人による罪人のための都市であり、帝国内で罪を犯せばこの都市へと放り込まれる。
「私に面会など、誰かと思えば、あなたか、フィクサー」
屈強な第十師団の職員達――彼らの首にも罪人の証したる首輪が付けられている。第十師団とはそういう師団だ――に連れられ入った面会室には1人の老紳士がいた。
「あぁ、久しいな。アダム・ヒース……いや、今はアダム・エンスリンだったか」
老紳士が目尻にしわを寄せ、口元で微笑んでみせるが、その瞳の奥は笑っていないことをアダムはよく知っている。
「えぇ、離婚しましたものでね。フィクサーは変わらずお元気そうだ」
「あぁ、無駄に長生きさせて貰っておるよ」
老紳士が片手を上げて合図をすると、男達は部屋から出て行く。
すっかり人払いの済んだ部屋でアダムはくつくつと嗤った。
「よろしいので? あなたを人質に私が逃亡を謀るかも知れませんよ」
「その時はわしを殺していいとサインしてきてある」
「また、無茶を通しましたね」
「そうでも無いと、我らの陛下の話は出来んだろう?」
老紳士の言葉にアダムは呆れたように眉を顰めると、背もたれにもたれ掛かった。
「あなたはまだあの男を信じているのか」
「わしが仕えると誓ったのは彼の陛下、ただ一人じゃよ」
「くっくっく。その言葉を今の師団員達が聞いたら反逆罪で捕まりますよ」
喉の奥で愉しげに嗤った後、アダムは身を起こすと机の上に肘をつき、両手を組んで顎を乗せ身を乗り出すようにして問うた。
「して? ブンドルフの腹心と言われたあなたが私に聞きたい事とは? フィクサーフランツ」
アダムの睨め付けるような視線を変わらぬ微笑でいなし、フランツ・フォルスター(kz132)は一つの数字を口にする。
アダムの瞳が僅かに見開かれる。

フランツ・フォルスター
「お主、関わっておったであろう? ペレット……と言うたか、あの歪虚と出会ったのもその時だろう?」
「フィクサー、あなたは……」
「さぁ、話して貰おう。わしが退いた後、何をしていたのかを。それとも……どうしても話せぬというのなら、お主はわしの問いに“首を振るだけでいい”。……さぁどうする?」
猛禽類を思わせる鋭い眼光に射抜かれ、アダムは思わず顎を浮かせ、生唾を飲み込んだ。
フランツ・フォルスター。覚醒者にもなれず、革命後は爵位も取り上げられ、今や名前だけの辺境伯となった、ただの老爺だ。
ただ、腐敗貴族のほうが歪虚よりも性質が悪い魑魅魍魎と化し跋扈していた革命前。
フランツは誰よりも『情報』の重要性に着目し、ありとあらゆる人脈にコネクション広げた。
そうしてただの人の身でありながら、諜報活動部隊『猟犬(ヤークトフント)』のトップに成り上がった。
彼の持つ情報を欲しがる者、恐れる者にその身を狙われるも一度の襲撃も成功したことが無く、返り討ちにした後、襲撃者はその足元から自滅していく道を転がり落ちて行った。
後に腐敗帝と呼ばれるブンドルフでさえ、フランツの持つ情報網惜しさに殺せず、自領への蟄居を命じるに留めた……と、当時はまことしやかに囁かれたものだ。
「……恐ろしい。なるほど、誰もあなたを殺せないわけだ」
アダムの言葉にフランツはほっほっと笑った。
「いやいや。寄る歳の波にはかなわんよ。だから、こうして直接わしが出向いたのじゃし」
その笑みは好々爺そのものであるにも関わらず……アダムは背筋に冷たいモノが落ちるのを感じた。
●バルトアンデルス騎士会皇威議事堂 第一会議室
エルフハイムと帝国による闘争が終息して約2ヶ月。
ようやく帝都は元の落ち着きを取り戻そうとしていた。

ヴィルヘルミナ・ウランゲル
報告書に目を通した帝国皇帝ヴィルヘルミナ・ウランゲル(kz0021)が溜息混じりに机の上へと書類を投げた。
エルフハイム周辺の町村襲撃事件。これにも数カ所で剣機による介入が起こり、一部では反体制派であるヴルツァライヒの関与がみられた。
当然、帝国としては反体制派を放置するわけにも行かず、その黒幕を追い調査を進めている。
しかし、結果は芳しくない。
情報元を辿れば辿っただけ『ゴミ出しを守らない3軒隣の家が怪しい』だの『政治への悪態を吐いていた飲み屋の親父が関与している』だのという有象無象となり、それらを浚ったところで埃すら出てこない有様であった。
一方で、エルフハイムからほど近い町、ルフト剣機襲撃事件、ならびにその後、現在は軍が管理していた元貴族であるプロイス家の石砦籠城戦における主犯とみられるリンダ・プロイスの息子であるケヴィン・プロイスを逮捕、取り調べを行っていた。
しかし、ケヴィンは革命後、平民へと格下げされた元貴族達へ反旗の狼煙をとビラを作り配った事は認めたものの、ヴルツァライヒの幹部との接触は一切なかったと証言していた。
あの時暴動を計画し、集まっていた者達も元は近隣の住民で有り、ここ2年の大きな歪虚との戦いなどに不安を感じこの呼びかけに応じ賛同者となった者達ばかりだった。
「15年前には歪虚への対応が遅いって理由で皇帝を討ったくせに、今度は歪虚と戦をし過ぎって理由で反体制派に転がるんだから、まったく民草って言うのは自分勝手だよねぇ」
帝国軍第一師団・副師団長であるシグルド(kz0074)がその報告書をさらうと中指の背で叩いてみせる。
「いや、それだけが理由では無い。そもそもは腐敗した貴族連中が私腹を肥やして……」

シグルド

オズワルド
帝国軍第一師団長のオズワルド(kz0027)が訂正を入れれば、両肩を竦めてシグルドは言う。
「まぁ、圧政に次ぐ圧政、重税に次ぐ重税、追加徴収と来れば一揆でも何でも当然でしょうけどね。逆に言えば民からすれば政さえちゃんとやってくれれば、多少私腹を肥やそうが多少あくどいことをやっていようが関係無い。そうでしょう? ですが、このルフトに集まった……300人? 500人? は主に北狄の時に軍の兵として作戦に参加した者の家族が半数を占めているって由々しき自体ですよ」
そう言いながらもシグルドの声は愉しげだ。
オズワルドにじろりと睨まれるがシグルドはどこ吹く風と無視を決め込む。
「で、エルフハイムとの戦いの前後で行方不明になった村人達は見つかったんですか?」
「……いや」
「民の不満への対応遅延が続く事が、反体制派の思うつぼって事です。ここで踏ん張らないと……歪虚だけじゃない、身内からこの国が食い破られますよ」
「……それは、副師団長としての発言か? それとも、旧皇帝の嫡子としての願望か?」
ヴィルヘルミナに問われてシグルドは微笑む。
「どちらに取って貰っても構いませんよ」
その時扉の外からこちらへと駆け寄ってくる大きな足音が聞こえた。
「陛下! 急報です!!」
「何事だ」
「帝国各地にて、剣機と思われるゾンビによる拉致誘拐事件が発生! 現在、ハンター達が応戦中との連絡が!!」
「何だって?!」
思わず席を立ったヴィルヘルミナと声を荒げたオズワルドの横で、シグルドだけが思案するように親指で唇をなぞり沈黙したのだった。
●微睡む闇の揺籠にて
……エルフ共があぁも簡単に折れてしまうとは予想外だったな。
……しかも、剣妃殿まで。
……それはこちらにとっては好都合だろう。お陰で、残るは愚者ばかりだ。
……迂闊な事は口にするものでは無い。どこで誰が聞いているとも知れぬ。
……何、問題はない。概ね、計画は順調だ。
……だが、まだ『目』が足りぬ。
……あぁ、まだ補充も必要だ。
……では、少し派手に行くか。
……そうだな。もうここまで来れば我々を止められるモノなど存在せぬ。
……では、準備しよう。
暗い、冥い、夜のような部屋。
ごぽり、と水中を気泡が動く音が響いた後、部屋は静寂の海に沈んだ。
●開かれた札と伏せられたままの札(4月20日公開)
●Long ago……
死にたくない。
死にたくない、死にたくない、死にたくない。
まだやりたいことがある。まだ知りたいことがある。まだ作りたいものがある。
いやだ、いやだ、死にたくない。
巻きこまれるだけの人生なんていやだ。
何一つとして遺せないまま死ぬなんていやだ。
だれか、助けて。
だれか、だれか、だれか、だれかだれかだれかだれかだれか――!!
「フフフ。いいわよぉ。その願い、叶えてあげるわぁ」
●負の遺産
「『ヘカトンケイレスシステム』……?」
聞き慣れない言葉にヴィルヘルミナ・ウランゲル(kz0021)が幽かに首を傾げた。
「えぇ。元々は旧帝国錬魔院で秘密裏に行われていた計画の1つですね。……そうでしょう?」
シグルド(kz0074)が問いかける視線の先では、ナサニエル・カロッサ(kz0028)がゆるりと首を横に振った。
「私も噂でしか知りません……えぇ、本当ですよ? 旧皇帝政権下で行われたとされる禁忌の研究。つまり、歪虚、歪虚由来技術の軍事利用。特に兵士の死体を再利用したゾンビ兵団は腐敗帝が最も執着した研究の1つと言われてはいましたが……まさか、本当にあったとは。いやぁ、驚きますねぇ」
ははは、と笑うナサニエルを冷ややかに見つめた後、ヴィルヘルミナはシグルドへと視線を移す。
「しかし、貴様のところには余程優秀な諜報員がいるのだな」
「嫌味ですか? 言ったでしょう。『匿名からのタレコミ』ですってば」
実際のところ、自分の密偵ではなく『猟犬(ヤークトフント)』からの使いという旧貴族の男が持ち込んできたデータが情報源であるため、自分の手柄でもなんでもない。
シグルド自身、最初にこのデータを見た時は突拍子も無いゴシップだと思ったのだ。
しかし、その背景。細部にわたる情報ソースと内部告発でもなければあり得ない関係者一覧。
(まさか『猟犬』がまだ生きていたとはね……)
シグルド自身、幼少の頃に聞きかじった程度。ほぼ伝説と言っていい諜報機関からの情報提供は剣機よる同時多発攻撃により混乱した帝都にとって喉から手が出るほど欲しい内容だった。
これにより『猟犬』に大きな借りが1つ出来てしまった形になったが致し方ない。
旧貴族の男の身元は割れている。いざとなればこちらからコンタクトを取ることも可能になったのだ。
(“借り”ではなく“縁がつながった”と思えば悪くない。大事にさせてもらおう)
シグルドは乾いた唇をひと舐めして、ナサニエルへと視線で話しの続きを促す。
「その……歪虚ペレットが作り出したと思しきスライムを、昨年の5月にハンターに依頼してうちの職員が捕まえてましてね。まぁ、色々実験したりしてたんですけど」
しれっとしたナサニエルの言葉に片手を上げてヴィルヘルミナが待ったをかける。
「待て、聞いていないぞ」
「今言いました」
「貴様! あれほど歪虚を使った研究はするなと……!」
派手な音を立てて椅子から立ち上がったヴィルヘルミナの前にシグルドが立ち、まぁまぁと宥める。
シグルド越しにヴィルヘルミナは軋むほどに奥歯を噛み締め、ナサニエルを睨み付ける。
「だって、興味あるじゃないですか。わざわざ剣機が危険を冒してまで帝都の下水道まで獲りに来るようなスライムですよ? ……でね、ほら、スライムって分裂して増えるでしょう? でも通常に放置していてもあのスライムは決して分裂しないんです。ある条件下でようやく分裂に成功しました。するとね、面白いことが解ったんですよ」
「面白い?」
片眉を撥ね上げたヴィルヘルミナの微妙な表情を見てナサニエルは思わず頬を緩ませた。
「スライムってゼリー状でしょう? あれ、90%以上が水分なんです。で、スライムは基本的に乾燥に弱い種が多いんですが、これは非常に乾燥に強い。ほぼ限りなく水分を抜ききっても“生きて”いたんです。そして、スライムの中には分裂した個と個の間でテレパシーと言いますか……特殊な信号を送り合う種がいます」
「……後頚部に黒い石が埋められている剣機ゾンビの目撃情報がこの1年で増えていたがそれはまさか……」
顎に手を置き、思案していたシグルドが顔を上げナサニエルを見る。その視線を真っ直ぐに受け止めてナサニエルはゆっくりと頷いた。
「……残念ながら私は本物を見たことがないんです。砕くと消えるし、ゾンビを殺しても消えてしまうらしいので。だから正確な事は言えませんが、恐らく、このスライムを結晶化した物を埋め込んだのではないかと思うんですよね」
ヴィルヘルミナの歪虚も殺せそうな凶悪な視線をにこやかに受け止めて、ナサニエルは人差し指を立てた。
「つまり、歪虚ペレットがどれほど無力で弱い歪虚だとしても、その血が剣機側にある限り、このゾンビは増え続けるでしょう」
『ヘカトンケイレスシステム計画』――高性能送受信機による双方向通信により、多数のゾンビを端末化し並列処理することで、“一つの意思によって統一された軍隊”を作り、かつその指揮の遠隔化を可能するゾンビを生み出す。
そんな馬鹿げた計画が歪虚により続けられていたことも胸糞の悪い話しだが、ナサニエルにとって“剣機博士”と思しき人物の方が問題だった。
「…………」
あの計画に携わっていたとされるのは2人。
そのどちらも故人であるはずだった。少なくとも、1人は――
ナサニエルは白衣の裾を翻しながら騎士会皇威議事堂の長い廊下を1人歩き去って行った。
●女傑の微笑
「それは本当か、ユーディト」
ヴィルヘルミナの声が喜色を帯びる。
『剣機博士の研究所と思しき施設のある島が見つかった』
ナサニエルが去った後、会議室へとふらりと朗報を持ってやってきたのはユーディト・グナイゼナウ(kz0084)その人だった。
見た目こそ60代の華奢な可愛らしい老女だが、元は海賊上がりでその操船技術と海上戦術、海賊とのコネを買われて第四師団団長に就任したという異色の経歴の持ち主でもある。
「まぁ、転んでもただじゃ起きないってね」
第四師団の師団都市ベルトルードはこの度の剣機達の猛攻を受けた。
幸いにして商港側はたまたま居合わせたハンター達の活躍により被害を抑えることが出来ていたため、民間へのダメージは少ない。
しかし、軍港の方はほぼ壊滅状態で、リゼリオへ輸送予定だった魔導アーマーやCAMなどの動力部やこれらの装備品などが大量に奪われるという大きな損害を出していた。
「元々西方海域には霧が立ちこめる場所があってね。リゼリオ行くには通る必要がない暗黒海域だし、今までは無視してたところなんだよ。だけど、この前……ほら、何だっけ? あのでっかいタコみたいな」
「グラン・アルキトゥスのことですか?」
シグルドの返答に、「そう、それだよ、それ。そのグラン何とか」とユーディトは頷いて笑う。
グラン・アルキトゥスがいなくなり、海はだいぶ穏やかさを取り戻してきた。
人魚や魚人たちの協力を得つつ、少しずつ歪虚を減らし、海域を広げるべく第四師団は日々海上に出ては戦っている。
今回はちょいと面倒な海竜の巣を討伐すべく第四師団の総力を持って事に当たっている間に剣機どもに襲われたのだ。
ユーディトは穏やかに話してはいるが、その腸は煮えくり返っている。
「あれがいなくなったお陰で、だいぶ海はマシになってきたんだけどね、あそこだけ霧が晴れなくて。で、うちが襲われただろう? ちょうどその頃リンドヴルムがその霧の中に入っていったのを人魚達が見たっていうのさ。で、ちょっとあの子達に無理言って探って貰ったらね……あったのよ、島が」
ベルドルードから南島へおおよそ100km進んだところにその小さな島はあった。
その周囲50kmは濃霧に覆われているが、島そのものには霧はかかっていない。
剣機博士の研究所と思われる建物は、真四角の石造りの建物らしい。
もっとも、内部まで見られたわけではない為、地下に伸びている可能性は高い。
「だから、外から大砲どんだけ打ち込んでも響かない可能性があるわけよ」
ユーディトは表面上つまらなさそうに言っているが、これはかなり苛立っているのを抑えている声である。
「ねぇ、ルミナちゃん。……いいえ、陛下。私に1つ案があるのだけれど、聞いて下さる?」
茶目っ気たっぷりに笑う62歳の老女。
「あぁ、もちろんだとも」
そんな老女に笑顔を返しつつ、その脳裏ではどう攻め込むかを最近学んだばかりの軍略と先人達の記録からフル回転で構築している皇帝陛下。
そんな強かな女性2人を前にシグルドはすっかり冷めた紅茶を音も立てずに飲みきったのだった。
●微睡む闇の揺籠にて
……船が近付いて来ているな。
……グラン・アルキトゥスが討たれ、負のマテリアルが低下したからな
……見つかるのも時間の問題だとは思っておったが、早かったな
……まぁいい。『計画』は最終段階だろう?
……お陰様で部品は集まった。
……あぁ、後は我らが姫君に“ご協力”いただくだけだ。
……さぁ、我らの悲願達成まであともう少しだ……
……もう誰にも邪魔などさせんさ。
暗い、冥い、夜のような部屋。
ごぽり、と水中を気泡が動く音が響いた後、部屋は静寂の海に沈んだ。
死にたくない。
死にたくない、死にたくない、死にたくない。
まだやりたいことがある。まだ知りたいことがある。まだ作りたいものがある。
いやだ、いやだ、死にたくない。
巻きこまれるだけの人生なんていやだ。
何一つとして遺せないまま死ぬなんていやだ。
だれか、助けて。
だれか、だれか、だれか、だれかだれかだれかだれかだれか――!!
「フフフ。いいわよぉ。その願い、叶えてあげるわぁ」
●負の遺産
「『ヘカトンケイレスシステム』……?」

ヴィルヘルミナ・ウランゲル

シグルド

ナサニエル・カロッサ
「えぇ。元々は旧帝国錬魔院で秘密裏に行われていた計画の1つですね。……そうでしょう?」
シグルド(kz0074)が問いかける視線の先では、ナサニエル・カロッサ(kz0028)がゆるりと首を横に振った。
「私も噂でしか知りません……えぇ、本当ですよ? 旧皇帝政権下で行われたとされる禁忌の研究。つまり、歪虚、歪虚由来技術の軍事利用。特に兵士の死体を再利用したゾンビ兵団は腐敗帝が最も執着した研究の1つと言われてはいましたが……まさか、本当にあったとは。いやぁ、驚きますねぇ」
ははは、と笑うナサニエルを冷ややかに見つめた後、ヴィルヘルミナはシグルドへと視線を移す。
「しかし、貴様のところには余程優秀な諜報員がいるのだな」
「嫌味ですか? 言ったでしょう。『匿名からのタレコミ』ですってば」
実際のところ、自分の密偵ではなく『猟犬(ヤークトフント)』からの使いという旧貴族の男が持ち込んできたデータが情報源であるため、自分の手柄でもなんでもない。
シグルド自身、最初にこのデータを見た時は突拍子も無いゴシップだと思ったのだ。
しかし、その背景。細部にわたる情報ソースと内部告発でもなければあり得ない関係者一覧。
(まさか『猟犬』がまだ生きていたとはね……)
シグルド自身、幼少の頃に聞きかじった程度。ほぼ伝説と言っていい諜報機関からの情報提供は剣機よる同時多発攻撃により混乱した帝都にとって喉から手が出るほど欲しい内容だった。
これにより『猟犬』に大きな借りが1つ出来てしまった形になったが致し方ない。
旧貴族の男の身元は割れている。いざとなればこちらからコンタクトを取ることも可能になったのだ。
(“借り”ではなく“縁がつながった”と思えば悪くない。大事にさせてもらおう)
シグルドは乾いた唇をひと舐めして、ナサニエルへと視線で話しの続きを促す。
「その……歪虚ペレットが作り出したと思しきスライムを、昨年の5月にハンターに依頼してうちの職員が捕まえてましてね。まぁ、色々実験したりしてたんですけど」
しれっとしたナサニエルの言葉に片手を上げてヴィルヘルミナが待ったをかける。
「待て、聞いていないぞ」
「今言いました」
「貴様! あれほど歪虚を使った研究はするなと……!」
派手な音を立てて椅子から立ち上がったヴィルヘルミナの前にシグルドが立ち、まぁまぁと宥める。
シグルド越しにヴィルヘルミナは軋むほどに奥歯を噛み締め、ナサニエルを睨み付ける。
「だって、興味あるじゃないですか。わざわざ剣機が危険を冒してまで帝都の下水道まで獲りに来るようなスライムですよ? ……でね、ほら、スライムって分裂して増えるでしょう? でも通常に放置していてもあのスライムは決して分裂しないんです。ある条件下でようやく分裂に成功しました。するとね、面白いことが解ったんですよ」
「面白い?」
片眉を撥ね上げたヴィルヘルミナの微妙な表情を見てナサニエルは思わず頬を緩ませた。
「スライムってゼリー状でしょう? あれ、90%以上が水分なんです。で、スライムは基本的に乾燥に弱い種が多いんですが、これは非常に乾燥に強い。ほぼ限りなく水分を抜ききっても“生きて”いたんです。そして、スライムの中には分裂した個と個の間でテレパシーと言いますか……特殊な信号を送り合う種がいます」
「……後頚部に黒い石が埋められている剣機ゾンビの目撃情報がこの1年で増えていたがそれはまさか……」
顎に手を置き、思案していたシグルドが顔を上げナサニエルを見る。その視線を真っ直ぐに受け止めてナサニエルはゆっくりと頷いた。
「……残念ながら私は本物を見たことがないんです。砕くと消えるし、ゾンビを殺しても消えてしまうらしいので。だから正確な事は言えませんが、恐らく、このスライムを結晶化した物を埋め込んだのではないかと思うんですよね」
ヴィルヘルミナの歪虚も殺せそうな凶悪な視線をにこやかに受け止めて、ナサニエルは人差し指を立てた。
「つまり、歪虚ペレットがどれほど無力で弱い歪虚だとしても、その血が剣機側にある限り、このゾンビは増え続けるでしょう」
『ヘカトンケイレスシステム計画』――高性能送受信機による双方向通信により、多数のゾンビを端末化し並列処理することで、“一つの意思によって統一された軍隊”を作り、かつその指揮の遠隔化を可能するゾンビを生み出す。
そんな馬鹿げた計画が歪虚により続けられていたことも胸糞の悪い話しだが、ナサニエルにとって“剣機博士”と思しき人物の方が問題だった。
「…………」
あの計画に携わっていたとされるのは2人。
そのどちらも故人であるはずだった。少なくとも、1人は――
ナサニエルは白衣の裾を翻しながら騎士会皇威議事堂の長い廊下を1人歩き去って行った。
●女傑の微笑
「それは本当か、ユーディト」
ヴィルヘルミナの声が喜色を帯びる。
『剣機博士の研究所と思しき施設のある島が見つかった』
ナサニエルが去った後、会議室へとふらりと朗報を持ってやってきたのはユーディト・グナイゼナウ(kz0084)その人だった。
見た目こそ60代の華奢な可愛らしい老女だが、元は海賊上がりでその操船技術と海上戦術、海賊とのコネを買われて第四師団団長に就任したという異色の経歴の持ち主でもある。
「まぁ、転んでもただじゃ起きないってね」

ユーディト・グナイゼナウ
幸いにして商港側はたまたま居合わせたハンター達の活躍により被害を抑えることが出来ていたため、民間へのダメージは少ない。
しかし、軍港の方はほぼ壊滅状態で、リゼリオへ輸送予定だった魔導アーマーやCAMなどの動力部やこれらの装備品などが大量に奪われるという大きな損害を出していた。
「元々西方海域には霧が立ちこめる場所があってね。リゼリオ行くには通る必要がない暗黒海域だし、今までは無視してたところなんだよ。だけど、この前……ほら、何だっけ? あのでっかいタコみたいな」
「グラン・アルキトゥスのことですか?」
シグルドの返答に、「そう、それだよ、それ。そのグラン何とか」とユーディトは頷いて笑う。
グラン・アルキトゥスがいなくなり、海はだいぶ穏やかさを取り戻してきた。
人魚や魚人たちの協力を得つつ、少しずつ歪虚を減らし、海域を広げるべく第四師団は日々海上に出ては戦っている。
今回はちょいと面倒な海竜の巣を討伐すべく第四師団の総力を持って事に当たっている間に剣機どもに襲われたのだ。
ユーディトは穏やかに話してはいるが、その腸は煮えくり返っている。
「あれがいなくなったお陰で、だいぶ海はマシになってきたんだけどね、あそこだけ霧が晴れなくて。で、うちが襲われただろう? ちょうどその頃リンドヴルムがその霧の中に入っていったのを人魚達が見たっていうのさ。で、ちょっとあの子達に無理言って探って貰ったらね……あったのよ、島が」
ベルドルードから南島へおおよそ100km進んだところにその小さな島はあった。
その周囲50kmは濃霧に覆われているが、島そのものには霧はかかっていない。
剣機博士の研究所と思われる建物は、真四角の石造りの建物らしい。
もっとも、内部まで見られたわけではない為、地下に伸びている可能性は高い。
「だから、外から大砲どんだけ打ち込んでも響かない可能性があるわけよ」
ユーディトは表面上つまらなさそうに言っているが、これはかなり苛立っているのを抑えている声である。
「ねぇ、ルミナちゃん。……いいえ、陛下。私に1つ案があるのだけれど、聞いて下さる?」
茶目っ気たっぷりに笑う62歳の老女。
「あぁ、もちろんだとも」
そんな老女に笑顔を返しつつ、その脳裏ではどう攻め込むかを最近学んだばかりの軍略と先人達の記録からフル回転で構築している皇帝陛下。
そんな強かな女性2人を前にシグルドはすっかり冷めた紅茶を音も立てずに飲みきったのだった。
●微睡む闇の揺籠にて
……船が近付いて来ているな。
……グラン・アルキトゥスが討たれ、負のマテリアルが低下したからな
……見つかるのも時間の問題だとは思っておったが、早かったな
……まぁいい。『計画』は最終段階だろう?
……お陰様で部品は集まった。
……あぁ、後は我らが姫君に“ご協力”いただくだけだ。
……さぁ、我らの悲願達成まであともう少しだ……
……もう誰にも邪魔などさせんさ。
暗い、冥い、夜のような部屋。
ごぽり、と水中を気泡が動く音が響いた後、部屋は静寂の海に沈んだ。
●新たなる剣機の誕生(5月11日公開)
●微睡む闇の揺り籠の崩壊
『ふははははははは!!』
機械音声による高笑いが施設中に響き渡ると同時に、地下にあるはずの剣機の研究所が大きく揺れる。
――いや、この島そのものが揺れているのだ。
イズン・コスロヴァ(kz0144)がスペルランチャー『縛裁』を放ち、装置そのものを止めようと試みるが、一足遅かった。
「っ! このままではこの施設そのものが崩壊します! 皆さん、外へ!!」
満身創痍の一同は慌てて外へと走る。
一方、研究所の外で揺れを体験していたナサニエル・カロッサ(kz0028)は眉間にしわを寄せ、研究所のある方向を見る。
「……拙いですねぇ。これは」
イズンに預けた『縛裁』は万が一の保険だった。
剣機博士が“彼女”でないことは十中八九わかっていた。……いや、希望も含まれていたのは否定しない。
だが、なによりこの“剣機”という物の在り方が彼女らしくない。
彼女ならもっと違う方法で……死を冒涜するような方法ではなく、死を利用しただろう。
だから、イズンに『縛裁』を預けた。
“シュタイン博士”なる者が彼女で無ければ有効だろうと踏んだのだ。
そして彼女で無いなら、自分が出る幕でも無い。見届けるだけでいい。
だが、この地響きと揺れの規模は想定外にも程がある。
「一端退却しましょう。この揺れ方は尋常じゃありませんしねぇ」
ナサニエルの声に一同は頷くと船へと走る。
「ななな、なんなのさぁ?!?」
砂浜に四つん這いになりながら揺れに耐えるブリジッタ・ビットマン(kz0119)は悲鳴を上げる。
研究所の方を見えれば、ハンター達が次から次へと外へと出てくるのが見える。
その奥、木々の間から飛び立つのはリンドヴルムの群れ。
そして、山が現れた。
いや、山のように見えるそれは、巨大な頭。
周囲の木々を踏みつけ、薙ぎ倒し、その巨神が身体を起こそうともがくたびに地響きが起こり、島が揺れた。
「あ、あんなのが出てくるとか聞いてないだわさ?!? 撤退、撤退ーーっ!!」
揺れに足を縺れさせ転びながら、ブリジッタは全員をメアヴァイパーへと撤退するよう声を張る。
振り返り、再度巨神を見る。
その装甲、体中を多う鎧は、幾つも貼り付けられたCAMや魔導アーマーの装甲板。
その間から見えるのはユニット用のライフルやソード各種。
「くぅ……あたしらから奪ったヤツがフル活用されているのよさ。くやしいのよさーっ!!」
ブリジッタの叫びは地響きと打ち寄せては引いていく波の間に溶けて消えた。
●ヘカトンケイレスとアルゴス
島の崩壊と共に現れたのは全身を装甲に覆われた巨神だった。
メアヴァイパーへと逃げ込んだハンター達は、戦力を整える意見でも一部のガレオン船を情報収集用に残して西方大陸本土へと撤退。
そして速やかにその情報は帝国の師団クラスに共有され、対策本部がベルトルードに置かれた。
「……つまり、剣機博士そのものはもう死んだとみて間違いないと?」
「はい」
その対策会議でイズンは自分が見てきたものを伝える。
六賢者との戦い。その奥にあった水槽漬けの脳みそと“シュタイン博士”を名乗る機械音声。
既にヘカトンケイレスシステムは完了し、『アルゴス』は完成したという博士の言葉と共に一斉に施設そのものが揺れはじめた事。
システムダウンを狙ってナサニエルから預かった『縛裁』を放ったが一手遅かった事。
現れた巨神こそが剣機博士の研究の集大成である『剣機・アルゴス』であると言う事。
「恐らく、現在の“剣機博士”の地位にいるのが、あの巨神、アルゴスであると思われます」
「その歪虚が例の“お姫様”ですか」
「あぁ。一応俺達の血を与えたんで、会話ぐらいは出来るが、油断して取り込まれたりしないでくれよ」
ナサニエルの問いに劉 厳靖(ka4574)が応え、白い包帯が痛々しい浅黄 小夜(ka3062)が頷く。
メアヴァイパーのとある個室。
ベッドの上に腰掛けた状態の歪虚ペレットが不安そうに揺れる瞳でナサニエルを見た。
穢れを知らぬ少女のような愛らしい容姿をしているがその本性は魔性。魅了の術に特化しており、その術にかかれば彼女のために命を賭す奴隷と成り得る。
「まずは、初めまして。私はナサニエルと言います。早速ですが、あの巨神について教えてもらえますかねぇ?」
びくりと身体を跳ねさせたペレットはイヤイヤをする子どものように頭を振って俯く。
「……思い出すの、つらいんやったら……かんにんなぁ。……でも、私達は知りたい。あなたがアダムはんから離れて、どうやって暮らしていたのか」
小夜が真剣な眼差しでペレットを見て語る。するとペレットもまた顔を上げて小夜を見た。
「アダム……生きているの……?」
「生きてはるよ。きっと……心配してると思う」
小夜の言葉にペレットは泣きそうな顔になりながら、アダムの名を呟いた。
「俺達にはお前さんの情報が必要なんだ。教えてくれないか。ありゃ一体なんなんだ」
劉の言葉にペレットは膝元のスカートを握り締めるとぽつりぽつりと言葉を零した。
「私も……全部を知っているわけじゃない。シュタインはいつもとても難しい言葉を使っていたから……」
そう断ってペレットはゆっくりと記憶を辿るように語り始めた。
「……なるほどねぇ。ヘカトンケイルシステムは手段に過ぎず、本来の目的はアルゴスシステムの方にあった、と」
ぽつりぽつりとしゃべるペレットから、根気強く話しを聞いていたナサニエルは顎に手を置いてふむふむと頷く。
「たくさん、見て、学習させるんだってシュタインは言ってた。ハンターの強さを“食べさせる”んだって」
「今まであの黒い石で命令を受けて動いて居ると思っていたが……フィードバックもしていたってことか」
劉がやっかいだな、と呟く。
「ところで、ヘカトンだのアルゴスだのというその命名はシュタイン博士がされたのかな?」
「……知らないけれど……そうなのではないかしら?」
ナサニエルの唐突な質問に、困惑気味ながらペレットが頷くと、ナサニエルは満足そうに笑った。
ヘカトンケイレスとアルゴス。その2つの名はリアルブルーに伝わる神話に由来があった。
そしてその神話から命名したのであれば、“シュタイン博士”はリアルブルー人の可能性が高い。
つまり、“彼女”が剣機博士であった可能性は限りなくゼロに近い。
「しかし、あんなデカイ化け物とどうやって戦えばいいんだ? 弱点とかあるならまだしも」
「……無いわけじゃ無いわ」
「あぁ、やっぱりそうだよな……って、えぇ!? あるのかよ? 弱点?」
劉が驚いてペレットを見る。
「どうしてもここが改善出来ないって言っていたことがあるから……」
「……なるほどぉ。では、ついでにそれも教えてくれませんかねぇ?」
上機嫌を隠さずナサニエルが微笑むと、ある取引が交わされたのだった。
●雷を放て
「雷?」
ヒース・R・ウォーカー(ka0145)がナサニエルの言葉に怪訝そうに片眉を撥ね上げた。
「えぇ。リアルブルーの精密機械などは静電気などに弱い事が多いですからねぇ。不思議ではありません」
「なるほどそういうもんかねぇ」
ヒースがいまいちピンとこない、という顔で腕を組む。
「海中戦は明らかにこちらに分がありませんからねぇ。巨神を沿岸に引き付けて討つ必要があります。ベルトルードの軍港は先日の襲撃で結構ダメージ受けてますから、あそこを戦場にして他への被害はなるべく抑えたいところですねぇ」
「ようやく瓦礫を退けたところだって言うのに……まぁ仕方が無いねぇ」
ユーディト・グナイゼナウ(kz0084)が面白くなさそうに溜息を吐いた。
「しかし、雷、となると僕には出番が無いな」
全身に包帯をまいた状態でカイン・マッコール(ka5336)が淡々と告げる。
「そんなことは無いですよぅ。単に“雷は効きやすい”というだけで、それ以外の攻撃だって当たれば倒せます」
ナサニエルがひらりと手を上下に振って笑う。
「敵の大きさはおおよそ身長30m。全身をCAM等の装甲で作った全身鎧で固めていることからも防御力は相当に高いだろうと予測されるな。さらに周囲には取り巻きのエルトヌス型が多数……これが唐突に現れなくて良かった、というところだろうか」
白山 菊理(ka4305)が資料を淡々と読み上げると、落ちてきた横の髪を耳に掛けた。
島とこのベルトルードまではおおよそ100km離れており、今の所アルゴスは一日におおよそ20km程度しか動いていない。
お陰でベルトルード含む沿岸部近隣の町村には避難勧告を出し、対策を取ることが出来た。
「……しかし、なんでこいつらは真っ直ぐこっちに向かってくるんだ?」
首を傾げたカインに、あぁとナサニエルが応えた。
「それは、母体がこっちにいるからですよぉ」
「母体?」
今度は菊理が首を傾げるが、カインは合点がいったというように頷いた。
「ペレットか」
「ご名答ですよぅ」
「これからその歪虚はどうするんだ?」
「とりあえず、今回は色々情報貰いましたからねぇ。なるべく殺さない方向ですが、どうしようも無くなったら殺しますよ」
菊理の問いにあっさりとナサニエルが告げる。
「……逆に今回生かしてどうするつもりだい?」
ヒースの瞳が鋭く細められ、ナサニエルを捕らえる。
「色々情報引き出すために取引しちゃったんですよねぇ。それにほら、旧錬魔院の例の実験についてもまだ聞きたい事がありますし。でも、話しを聞く限りどうにもペレットを取り込むことでアルゴスは完全体になる……っぽいので、アレに取られるくらいなら殺しますよぉ、えぇ。歪虚ですし」
あっさりと言うナサニエルに、ヒースが掛ける言葉を失い、ユーディトはカラカラと笑った。
「あぁ、そうかい。じゃぁ、あたしの海を荒らす馬鹿者共をとっとと片付けようじゃぁないの。さぁ、あたしゃ何をすりゃいいのかしら、院長殿? 何か作戦があるんだよねぇ?」
「もちろんですとも」
ナサニエルは口元を歪めて笑みを作ると、その作戦を口にしたのだった。
『ふははははははは!!』

イズン・コスロヴァ

ナサニエル・カロッサ
――いや、この島そのものが揺れているのだ。
イズン・コスロヴァ(kz0144)がスペルランチャー『縛裁』を放ち、装置そのものを止めようと試みるが、一足遅かった。
「っ! このままではこの施設そのものが崩壊します! 皆さん、外へ!!」
満身創痍の一同は慌てて外へと走る。
一方、研究所の外で揺れを体験していたナサニエル・カロッサ(kz0028)は眉間にしわを寄せ、研究所のある方向を見る。
「……拙いですねぇ。これは」
イズンに預けた『縛裁』は万が一の保険だった。
剣機博士が“彼女”でないことは十中八九わかっていた。……いや、希望も含まれていたのは否定しない。
だが、なによりこの“剣機”という物の在り方が彼女らしくない。
彼女ならもっと違う方法で……死を冒涜するような方法ではなく、死を利用しただろう。
だから、イズンに『縛裁』を預けた。
“シュタイン博士”なる者が彼女で無ければ有効だろうと踏んだのだ。
そして彼女で無いなら、自分が出る幕でも無い。見届けるだけでいい。
だが、この地響きと揺れの規模は想定外にも程がある。
「一端退却しましょう。この揺れ方は尋常じゃありませんしねぇ」
ナサニエルの声に一同は頷くと船へと走る。

ブリジッタ・ビットマン
砂浜に四つん這いになりながら揺れに耐えるブリジッタ・ビットマン(kz0119)は悲鳴を上げる。
研究所の方を見えれば、ハンター達が次から次へと外へと出てくるのが見える。
その奥、木々の間から飛び立つのはリンドヴルムの群れ。
そして、山が現れた。
いや、山のように見えるそれは、巨大な頭。
周囲の木々を踏みつけ、薙ぎ倒し、その巨神が身体を起こそうともがくたびに地響きが起こり、島が揺れた。
「あ、あんなのが出てくるとか聞いてないだわさ?!? 撤退、撤退ーーっ!!」
揺れに足を縺れさせ転びながら、ブリジッタは全員をメアヴァイパーへと撤退するよう声を張る。
振り返り、再度巨神を見る。
その装甲、体中を多う鎧は、幾つも貼り付けられたCAMや魔導アーマーの装甲板。
その間から見えるのはユニット用のライフルやソード各種。
「くぅ……あたしらから奪ったヤツがフル活用されているのよさ。くやしいのよさーっ!!」
ブリジッタの叫びは地響きと打ち寄せては引いていく波の間に溶けて消えた。
●ヘカトンケイレスとアルゴス
島の崩壊と共に現れたのは全身を装甲に覆われた巨神だった。
メアヴァイパーへと逃げ込んだハンター達は、戦力を整える意見でも一部のガレオン船を情報収集用に残して西方大陸本土へと撤退。
そして速やかにその情報は帝国の師団クラスに共有され、対策本部がベルトルードに置かれた。
「……つまり、剣機博士そのものはもう死んだとみて間違いないと?」
「はい」
その対策会議でイズンは自分が見てきたものを伝える。
六賢者との戦い。その奥にあった水槽漬けの脳みそと“シュタイン博士”を名乗る機械音声。
既にヘカトンケイレスシステムは完了し、『アルゴス』は完成したという博士の言葉と共に一斉に施設そのものが揺れはじめた事。
システムダウンを狙ってナサニエルから預かった『縛裁』を放ったが一手遅かった事。
現れた巨神こそが剣機博士の研究の集大成である『剣機・アルゴス』であると言う事。
「恐らく、現在の“剣機博士”の地位にいるのが、あの巨神、アルゴスであると思われます」
「その歪虚が例の“お姫様”ですか」
「あぁ。一応俺達の血を与えたんで、会話ぐらいは出来るが、油断して取り込まれたりしないでくれよ」
ナサニエルの問いに劉 厳靖(ka4574)が応え、白い包帯が痛々しい浅黄 小夜(ka3062)が頷く。

劉 厳靖

浅黄 小夜
ベッドの上に腰掛けた状態の歪虚ペレットが不安そうに揺れる瞳でナサニエルを見た。
穢れを知らぬ少女のような愛らしい容姿をしているがその本性は魔性。魅了の術に特化しており、その術にかかれば彼女のために命を賭す奴隷と成り得る。
「まずは、初めまして。私はナサニエルと言います。早速ですが、あの巨神について教えてもらえますかねぇ?」
びくりと身体を跳ねさせたペレットはイヤイヤをする子どものように頭を振って俯く。
「……思い出すの、つらいんやったら……かんにんなぁ。……でも、私達は知りたい。あなたがアダムはんから離れて、どうやって暮らしていたのか」
小夜が真剣な眼差しでペレットを見て語る。するとペレットもまた顔を上げて小夜を見た。
「アダム……生きているの……?」
「生きてはるよ。きっと……心配してると思う」
小夜の言葉にペレットは泣きそうな顔になりながら、アダムの名を呟いた。
「俺達にはお前さんの情報が必要なんだ。教えてくれないか。ありゃ一体なんなんだ」
劉の言葉にペレットは膝元のスカートを握り締めるとぽつりぽつりと言葉を零した。
「私も……全部を知っているわけじゃない。シュタインはいつもとても難しい言葉を使っていたから……」
そう断ってペレットはゆっくりと記憶を辿るように語り始めた。
「……なるほどねぇ。ヘカトンケイルシステムは手段に過ぎず、本来の目的はアルゴスシステムの方にあった、と」
ぽつりぽつりとしゃべるペレットから、根気強く話しを聞いていたナサニエルは顎に手を置いてふむふむと頷く。
「たくさん、見て、学習させるんだってシュタインは言ってた。ハンターの強さを“食べさせる”んだって」
「今まであの黒い石で命令を受けて動いて居ると思っていたが……フィードバックもしていたってことか」
劉がやっかいだな、と呟く。
「ところで、ヘカトンだのアルゴスだのというその命名はシュタイン博士がされたのかな?」
「……知らないけれど……そうなのではないかしら?」
ナサニエルの唐突な質問に、困惑気味ながらペレットが頷くと、ナサニエルは満足そうに笑った。
ヘカトンケイレスとアルゴス。その2つの名はリアルブルーに伝わる神話に由来があった。
そしてその神話から命名したのであれば、“シュタイン博士”はリアルブルー人の可能性が高い。
つまり、“彼女”が剣機博士であった可能性は限りなくゼロに近い。
「しかし、あんなデカイ化け物とどうやって戦えばいいんだ? 弱点とかあるならまだしも」
「……無いわけじゃ無いわ」
「あぁ、やっぱりそうだよな……って、えぇ!? あるのかよ? 弱点?」
劉が驚いてペレットを見る。
「どうしてもここが改善出来ないって言っていたことがあるから……」
「……なるほどぉ。では、ついでにそれも教えてくれませんかねぇ?」
上機嫌を隠さずナサニエルが微笑むと、ある取引が交わされたのだった。
●雷を放て
「雷?」
ヒース・R・ウォーカー(ka0145)がナサニエルの言葉に怪訝そうに片眉を撥ね上げた。
「えぇ。リアルブルーの精密機械などは静電気などに弱い事が多いですからねぇ。不思議ではありません」
「なるほどそういうもんかねぇ」
ヒースがいまいちピンとこない、という顔で腕を組む。

ヒース・R・ウォーカー

ユーディト・グナイゼナウ

カイン・マッコール

白山 菊理
「ようやく瓦礫を退けたところだって言うのに……まぁ仕方が無いねぇ」
ユーディト・グナイゼナウ(kz0084)が面白くなさそうに溜息を吐いた。
「しかし、雷、となると僕には出番が無いな」
全身に包帯をまいた状態でカイン・マッコール(ka5336)が淡々と告げる。
「そんなことは無いですよぅ。単に“雷は効きやすい”というだけで、それ以外の攻撃だって当たれば倒せます」
ナサニエルがひらりと手を上下に振って笑う。
「敵の大きさはおおよそ身長30m。全身をCAM等の装甲で作った全身鎧で固めていることからも防御力は相当に高いだろうと予測されるな。さらに周囲には取り巻きのエルトヌス型が多数……これが唐突に現れなくて良かった、というところだろうか」
白山 菊理(ka4305)が資料を淡々と読み上げると、落ちてきた横の髪を耳に掛けた。
島とこのベルトルードまではおおよそ100km離れており、今の所アルゴスは一日におおよそ20km程度しか動いていない。
お陰でベルトルード含む沿岸部近隣の町村には避難勧告を出し、対策を取ることが出来た。
「……しかし、なんでこいつらは真っ直ぐこっちに向かってくるんだ?」
首を傾げたカインに、あぁとナサニエルが応えた。
「それは、母体がこっちにいるからですよぉ」
「母体?」
今度は菊理が首を傾げるが、カインは合点がいったというように頷いた。
「ペレットか」
「ご名答ですよぅ」
「これからその歪虚はどうするんだ?」
「とりあえず、今回は色々情報貰いましたからねぇ。なるべく殺さない方向ですが、どうしようも無くなったら殺しますよ」
菊理の問いにあっさりとナサニエルが告げる。
「……逆に今回生かしてどうするつもりだい?」
ヒースの瞳が鋭く細められ、ナサニエルを捕らえる。
「色々情報引き出すために取引しちゃったんですよねぇ。それにほら、旧錬魔院の例の実験についてもまだ聞きたい事がありますし。でも、話しを聞く限りどうにもペレットを取り込むことでアルゴスは完全体になる……っぽいので、アレに取られるくらいなら殺しますよぉ、えぇ。歪虚ですし」
あっさりと言うナサニエルに、ヒースが掛ける言葉を失い、ユーディトはカラカラと笑った。
「あぁ、そうかい。じゃぁ、あたしの海を荒らす馬鹿者共をとっとと片付けようじゃぁないの。さぁ、あたしゃ何をすりゃいいのかしら、院長殿? 何か作戦があるんだよねぇ?」
「もちろんですとも」
ナサニエルは口元を歪めて笑みを作ると、その作戦を口にしたのだった。