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【陶曲】終幕のチェックメイト「嫉妬王ラルヴァ討伐」リプレイ


▼【陶曲】グランドシナリオ「終幕のチェックメイト」(3/22?4/11)▼
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作戦1:「嫉妬王ラルヴァ討伐」リプレイ
- 嫉妬の王ラルヴァ
- アウレール・V・ブラオラント(ka2531)
- オルテンシア(ユグディラ)(ka2531unit002)
- アリア・セリウス(ka6424)
- 東條 奏多(ka6425)
- エアルドフリス(ka1856)
- ゲアラハ(イェジド)(ka1856unit001)
- ジュード・エアハート(ka0410)
- クリム(ユグディラ)(ka0410unit002)
- 岩井崎 旭(ka0234)
- リューリ・ハルマ(ka0502)
- イスト(ユグディラ)(ka0502unit002)
- エルバッハ・リオン(ka2434)
- ウルスラグナ(マスティマ)(ka2434unit004)
- キヅカ・リク(ka0038)
- 星野 ハナ(ka5852)
- セレス・フュラー(ka6276)
- アーサー・ホーガン(ka0471)
- ミグ・ロマイヤー(ka0665)
- ヤクト・バウ・PC(ダインスレイブ)(ka0665unit008)
- ラスティ(ka1400)
- スカラーV2(R7エクスシア)(ka1400unit003)
- 神代 誠一(ka2086)
- ベクトル(R7エクスシア)(ka2086unit001)
- リコ・ブジャルド(ka6450)
- トラバントII(R7エクスシア)(ka6450unit001)
- クレール・ディンセルフ(ka0586)
- 浅黄 小夜(ka3062)
- ヴィットリオ・フェリーニ(kz0099)
- ユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)
- オリーヴェ(イェジド)(ka0239unit001)
- アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)
- アシェ?ル(ka2983)
- 刻騎装着「シュヴァリエ-DM」(刻騎ゴーレム「ルクシュヴァリエ」)(ka2983unit007)
- 北谷王子 朝騎(ka5818)
- 八島 陽(ka1442)
- ジーナ・サルトリオ(kz0103)
- ディアナ・C・フェリックス(kz0105)
●
轟音と共に大地が裂ける。
超越体と化した巨大な人形――ラルヴァを中心に、蜘蛛の巣を描くかのようにひび割れた地面。
地上を駆けるハンターや歩兵が主体である同盟軍の兵士たちは、時に揺れや段差に足を取られ、時に躓いてあわや倒れかけながらもラルヴァのもとを目指す。
「当面の敵は我々が引き受ける! 足を取られた者は立て直しと、とにかく先へ歩むことに集中してくれ!」
アウレール・V・ブラオラント(ka2531)が後続の集団へ叫ぶと、その両サイドを2つの影――アリア・セリウス(ka6424)と東條 奏多(ka6425)が駆け抜けた。
後方からエアルドフリス(ka1856)が杖を振い、敵陣の足元から現れた黒い縄状のマテリアルが陶器人形たちの足元に絡みつく。
一方で地割れをものともしないアリアと奏多の身体は炎のようなマテリアル――アウレールの与えた「勇気」の加護で覆われている。
一歩先を行く奏多の刃が行く手を阻む陶器人形を切り裂き、その先に立ちはだかる硝子ゴーレムの脚を抉る。
そのすぐ後に続いたイェジドが一直線に硝子ゴーレムへと接近。
奏多が斬り漏らした人形を左右の手に携えた剣と槍で仕留め、3撃目。
斬撃の勢いが生んだ白銀の衝撃波が、ゴーレムを飲み込むように放たれた。
「流石に頑丈ね」
2人の攻撃を受けても、ゴーレムはその体表に多少のヒビが入った程度。
流石に片手間に倒せる相手ではないか……だが「性質」を考慮すると、集中攻撃のために接近することは避けたい。
「地上全員を加護で賄えるかと思ったが、見通しが甘かったか……猛省しよう」
「いや、こうして自由になれる身があることに変わりはない。今は我々が後ろの分も働くだけだ」
苦い表情のアウレールを、エアルドフリスがやんわりと励ます。
8割近いハンターが地上進軍を選び、それに追従するユニットや軍も含めればいくら守護者と言えど1人の身で加護をくまなく与えることはできない。
どうにもならない問題なら、エアルドフリスの言うように割り切るしかないだろう。
「マテリアルの糸とやらは張られていないようだな。隠す手の内ではないハズだが……」
「なーんかヤな感じだよね。ずっと見てると目がかすむし」
ジュード・エアハート(ka0410)が唇を尖らせて、遠方のラルヴァの姿を臨む。
目算ではまだこっちの射程の外。
となればおそらくあちらも射程の外なのだろうが……どっしり構えるその姿はまさしくキングの風格なのだろうが、あの飄々とした物言いを思い返せばたいした動きがないと状況は見ていて安心できたものではない。
「考えても仕方ねぇ。難しいことは分かるやつに任せるぜ!」
先陣のアリアたちの後に続くように岩井崎 旭(ka0234)のペガサスが上空を駆ける。
地上ではリューリ・ハルマ(ka0502)が巨大な魔斧を振り回し、開いた道を確保。
それを一気に飛び越えて、硝子ゴーレムへ槍を突き立てた。
突き刺さった切っ先をゴーレムはむんずと掴んで振りほどく。
硝子の散弾がペガサスの翼を掠めるが、彼はもう一撃、刃を翻す。
その一撃と共に、飛来した鋼の刃がゴーレムの身体を貫いた。
1本だけではない。
無数に飛来する数多の刃たちは1つ1つが意志を持つかのようにとり囲むと、翻弄されるゴーレムの四肢を次々と抉り取った。
最後の1本が分厚い胴部を貫通すると、敵の巨体は美しいガラスの破片となって砕け散る。
撃破を確認すると、刃たちは一斉に上空へと飛び上がる。
そして、地上を見下ろす2機――マスティマの翼へと帰還した。
「ブレスウィング全機、機体とコネクト。次の目標をセットします」
金色のマスティマ「ウルスラグナ」を駆るエルバッハ・リオン(ka2434)は、淡々とした様子でシステムに次のターゲットを指示する。
もう一方の機体「エストレリア・フーガ」を駆るキヅカ・リク(ka0038)もまた、忙しない視線の動きで優先目標の位置をチェックする。
「ちゃんとこっちの反応について来てくれる――いや、それよりさらに速いか。流石だな」
再びリリースされたブレイズウィングが進行方向後続の硝子ゴーレムに襲い掛かった。
誤差修正は演算システムが担ってくれる。
それでも乗り手としては機体に振り回されるわけにはいかない。
「使いこなしてみせる。そうでなきゃ、祈りの器になんかなれやしない」
力に溺れないためにも、そう自分を奮い立たせて。
「流石の存在感だねー……でも、そのくらいじゃなきゃ張り合いないよ!」
振り下ろした斧が陶器人形を砕いた傍ら、リューリは上空のマスティアを眩しそうに見上げる。
ただでさえ大精霊リアルブルーが駆る1機の猛威が記憶に新しい中だ。
「真っすぐ前に突っ走る! いっくぞー!」
気合いの一声と共に、斧の嵐が吹き荒れる。
「おととっ……危ない危ない」
地割れで転びかけた星野 ハナ(ka5852)は何とか耐えながら、取り繕うように笑顔を浮かべる。
地割れで転ぶという状況には流石に呪詛返しも本来の効果を最大限に発揮できず、仕方なく頑張って先を目指す彼女であったが、それはそれで彼女の目的には程よく合致する状況と言えるだろう。
「できるだけ『普通』を、『大勢の中の1人』を演じ切りますよぉ」
とにかく気配を消して「みんな」の中に紛れ込むのだ。
機会が来るまで目をつけられないことが、彼女にとって今は一番大切なのだから。
「目標地点まではあとどれくらいっ?」
ベースギターをかき鳴らしながら問いかけたセレス・フュラー(ka6276)へ、アーサー・ホーガン(ka0471)はざっと目測しながら答える。
「最低でもふた息……いや、さらにもうひと息だ。まだ距離がな」
「う?ん、了解! できるだけ持たせてみるよ」
セレスは手近な陶器人形を殴り倒すと、身をねじ込むように先を急いだ。
「目標に近づかねばならん者らは難儀じゃのう」
ダインスレイブ「ヤクト・バウ・PC」のコックピットでは、ミグ・ロマイヤー(ka0665)まだラルヴァへたどり着けない戦況をしげしげと見つめる。
「こっちはこっちのレンジで、派手にやらせてもらうぞ」
機体が射撃姿勢を取り、方針が遠方のラルヴァを捉える。
鼓膜が破れそうなほどの砲音と共に放たれた榴弾が着弾――視界を埋め尽くすほどの爆炎が遺跡を激しく揺るがした。
グランドスラム――爆薬マシマシの榴弾はラルヴァごと辺り一帯を飲み込んで、炎が晴れたころにはあちこちひび割れた陶器人形が死屍累々に散在しているのが見えた。
「歪虚王にもう勘弁してくれと言わせてみしょう、ホトトギス……ほれ、ぼーっとしてると次が飛ぶぞ」
カートリッジが排出され、特製回路に乗って次弾が装填される。
『クフフフ……なるほど、花火はきらいじゃあないよ』
当のラルヴァはまださほど意に介していない様子で、楽し気な笑い声を響かせた。
『とは言え、飛びの一手で軽く突かれたら動かないわけにもいかないねぇ。どれ……少し手を変えるとしようか』
4本の腕が軋むような音を立てながら振り上げられる。
直後、計20本の指の先からマテリアルの糸が放たれた。
ハンターらはそれぞれ僚機のイニシャライズフィールドや飛び交うポロウの結界の中で備える。
しかしそのすべてを無視し、伸びた糸が貫いたのは――後続で足並みを揃えて応戦する同盟軍の兵士たちだった。
「後続を狙い撃ちかよ……!? クソッ!」
エクスシア「スカラーV2」を駆るラスティ(ka1400)は、頭上を飛び越える糸に電磁加速砲の狙いを定める。
細く、ふわふわと漂うようになびく糸に狙いをつけるのは容易なことではない。
「ラスティ! 俺が応じるから、その間護ってくれ!」
「あ、ああ、分かった!」
入れ替わるように頭上へ意識を向けた神代 誠一(ka2086)。
ロックを解除したヴァイパーソードの刃が、蛇のようにしなやかに糸を薙ぐ。
糸はほつれるようにマテリアルの塵を散らしたが、その一撃だけでは断ち切るまでには達しなかった。
「ははっ、セーイチには指一本触れさせねーぞ!」
地面すれすれを飛翔する漆黒のエクスシア「トラバントII」が、迫る陶器人形をガトリングでハチの巣にする。
直後にスカラーのフィールドが切れ、トラバントを駆るリコ・ブジャルド(ka6450)は代わりに自らのフィールドを起動する。
「敵も流石に良いとこ突いてくるじゃねーの。さーて、どうしたもんかね」
不敵な笑みを浮かべるリコだったが、言葉そのものに嘘偽りはない。
「どうしたもこうしたも、自由に動ける俺らが何とかするしかないだろ」
「まぁ、そうなるよなー」
後続には「先へ進むので手一杯」の集団が大勢含まれる。
もちろん地割れの影響を受けにくい人間が、フォローのため意図的に足並みを揃えていることもあるだろう。
先を急がなければならない中で、運悪く地割れに足を取られてしまった者は、走る以外の事に手を回す余裕などないのだ。
『これまでずっと、ずっと、ずっと、キミたちの戦いを見ていたよ。特にハンターという駒は優秀だね。僕の糸でも通用しないかもしれない。『かもしれない』に手を割くのは好きじゃあなくてね。無駄な一手を取り返すのに、いったいどれだけの手が必要なものか……クフクフフフ』
ラルヴァの笑みがこぼれて、クレール・ディンセルフ(ka0586)が叫ぶ。
「卑怯だぞ――とか言ってる場合じゃないのは分かってるんだけど!」
急停車させた魔導チャリを反転させ、踵を返すクレール。
しかし、その進路を新たな地震と地割れが遮る。
突然の溝にタイヤを取られれば、わずかであれ立て直しに足を止められてしまう。
「ああ、もう、やっぱりいやらしい!」
その間に糸に括られた兵士たちは、次第に侵食する負マテリアルによって身体の自由を奪われていく。
やがてその瞳から生気が消えると、手にした武器を味方へ向けて振い始めた。
「糸をよう見て……それさえ切れば、正気に戻るはず」
「了解だ……!」
浅黄 小夜(ka3062)からの通信にヴィットリオ・フェリーニ(kz0099)が機体を駆る。
振われた斬機刀が糸を薙ぐが――やはりハンター達同様、1撃で断ち切るには至らない。
傀儡兵士は生身のまま足元に取りつき、機体の身動きすらも躊躇させる。
敵ならまだしも、味方を蹴散らし、踏み潰すわけにはいかない。
小夜も魔法で手を加え、糸の綻びを少しでも増やしていく。
「ちっ、チェスじゃ手駒のルールはねぇだろうがよ!」
悪態をつくアーサーだったが、これがチェスでも将棋でもないのは重々承知だ。
ユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)がイェジドを逆走させ、駆け抜けざまに「綻び」のある糸を断ち切って行った。
イェジドの急旋回の繰り返しで味方の合間を縫うように、1本1本、的確に。
「前線が対策を取っているのは当然……だからこれまでは『動かなかった』というわけね」
ラルヴァの不気味な不動はこの時のため。
対策を取っているだろう前線のハンター達は懐に放り込み、対策の甘い後続がテリトリーに入るのをひたすら待っていたのだ。
「そう考えれば、執拗な地割れも『ふるい』の意味を持つ……だが、足を止めるわけにもな」
同じように糸を断ち切ったアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)がポロウのパウルに、傍を離れて後続組に付くよう告げる。
相手が後ろに比重を置くならば、こちらの守りの比重も後ろへ傾けるだけだ。
だが事実として、文字通り後ろ髪を引かれる騒動に進軍の足は大きく鈍っている。
前線を担うハンター達も、このまま自分たちだけが先へ行くことはできない。
「あと少しなんです。ここで足踏みさせてなるもんですか……!」
アシェ?ル(ka2983)の意志がルクシュヴァリエの四肢を駆け巡り、宙を駆ける機体は槍を薙ぐように振るう。
同時に陶器人形が砕け、パラパラとマテリアルの輝きになって散っていく。
だが、しばらくするとボコリと地面の裂目から新たな人形がはい出るように現れる。
応じなければならないのは糸に括られた兵士たちだけではない。
そもそもの敵である人形たち、そしてラルヴァを討たなくてはならないのだ。
「こうなったら仕方ないでちゅね……ポロウたちの結界を組みなおす間、とにかく耐えるしかないでちゅ」
自らのポロウを駆りながら、北谷王子 朝騎(ka5818)は急ぎで結界の配置を確認する。
とはいえ、あえて選んだ地上からの視点ではだいたいの目算にはなってしまうが。
地割れに足を取られた者も一時的に抜け出すことを諦め、代わりに1手でも多く、糸や人形たちにダメージを与える。
一方で、いくつかの糸を切られながらもラルヴァが次を放ってくる様子はない。
何かしらの制約があるのか、それともこれもまた「駆け引き」のひとつなのか。
それとも駆け引きではないかと思わせることこそが思惑なのか。
「力で圧してくるような歪虚たちとは全然勝手が違う。まるで考えていることが分からない……いいや、考えるな! 目の前を見るんだ!」
思考の迷路に入ったら、それこそ思うつぼだ。
八島 陽(ka1442)は喝を入れるように自らの頬を張る。
可能性で身を亡ぼすのだけはゴメンだ。
結果として「目の前の状況をどうにかする」ということに変わりはないのなら、それを全力で、できるだけ早く解決することが、今の今できること。
●
序盤の攻防はラルヴァに取られながらも、全く前に進めていないわけではない。
先陣を切り露払いに力を注ぐ者が居れば、少しずつでも戦線を押し上げることはできる。
問題があるとすれば、進軍に遅れが出ている分、切り開いた道を維持する労力が必要であること。
それは覚醒者たちの持つスキルの残力や、蓄積されていくダメージとして戦況に圧し掛かり始める。
戦場のあちこちでは足元をちょろちょろ走り回るユグティラや、存在感のあるペガサスができる限りの治癒に奔走している。
しかし、当然ながらダメージの蓄積は彼らにも及ぶものである。
「フェテルはあっちを! 私はこっちに……行く!」
ユグティラに指さし指示をしながら、自らはリペアキットから抽出したエネルギーを射出する。
回復したリューリがお礼を述べて前線に復帰。大斧を振う。
決して万全ではない、数に限りもある、一時凌ぎ。
それでも、凌がなければならないとしたら今だ。
「……リク。マスティマの制圏にはすでに入っているのですよね?」
「合図さえあれば」
最前線を走るアリアは、一息だけ置いてから、手にした星神の槍を構える。
「往きましょう。状況を打開するには、それしかありません」
「了解」
短い返事と共に、通信機越しに短い通知を流す。
――各員、可能な限りマスティマの周囲に。
「行けますね」
「腹ならとっくに括ってるぜ」
アーサーが頷き返すと、アリアはふと高ぶりかけた気を静めて息を吐く。
呼気と共に口から零れるのは歌――静かに燃える覚悟を乗せた、マテリアルを纏う術歌。
2人の後方に陣取ったユーリもまた、アリマタヤに込められた星神の力を起動した。
「『王権』の理を持って命ずる――共に、切り開きましょう」
同時に彼女と、アーサーの星神器がまばゆい輝きを放つ。
それは戦場のどこにいても目を引くほど。
まるで水面の水平線に走る、暁の煌めきのようにも思えた。
「行くぜ……ダブル・アンフォルタスッッッ!!!」
アーサーが吠え、輝きは爆発的な速度と破壊力を持って、敵陣を一直線に走り抜けた。
陶器人形を貫き、ゴーレムを貫き。
眼前まで達した光の中でラルヴァは、笑みをたたえたまま前腕を差し伸べる。
「システムオールグリーン。行けます、リクさん」
エルバッハのゴーサインを受け、リクもディスプレイの「認可(グリーン)」を確認する。
「了解ッ! 頼む……跳べよぉぉぉおおお!!!」
マスティマの周囲の空間がマテリアルの輝きに包まれ、歪む。
イニシャライズフィールドではない。
重なり合った歪みの中、ハンター達が感じるのは強烈な閃光と、一瞬の浮遊感。
光の先に見えたのは、数十メートルの距離を飛び越えて頭上に君臨するラルヴァの姿であった。
突然懐に飛び込んで来たハンター達に、ラルヴァは上空へと退避を試みる。
しかしその頭上をシュヴァリエと2機のマスティマが掠め飛び、道を塞いだ。
「させませんっ!」
全身にマテリアル障壁を張った機体が、ラルヴァの巨体に真正面から体当たる。
そうして直上から抑え込むうちに、下から滑り込んだ旭が籠手を模したマテリアルで喉元を捉えた。
「掴んだ……ッ! 逃げられるだなんて思うなよ!」
転移の輝きの中、真っ先に飛び出してきた彼らの後から響く、大勢の気配。
「知っているだろう? か弱い人間(ポーン)が勇敢に城壁の先へ先へと踏み込めば、いずれは英雄となれることを」
輝きの中、意味深に口走るアウレール。
ラルヴァはすぐにその意図を察し、まるで喝采を与えるかのように声を弾ませた。
『ああぁ――プロモーション!』
ハンターの一団が、反旗を翻す。
真っ先に矢面に立ったアルトが、守護者の持つ「正義」の理を解放。
周囲を焼き尽くさんばかりのマテリアルの爆発が、敵の巨体を包み込む。
次いで駆け抜けた奏多が、辺りの有象無象を蹴散らしながら、宙へ伸びるラルヴァの右前腕を沿うように走り抜けた。
「正義」に焼かれたラルヴァに、刃は瞬く間に無数の切り傷を生んでいく。
追って、四方からの弾幕がラルヴァの腕や頭に着弾する。
ダメージの代わりにその身体を色とりどりの染液でまだらに染めあげた。
「頼む、効果があってよ……!」
トリガーを握りしめる陽が、意識をふっとラルヴァから身体を濡らす染液へを変える。
「注視」は細やかな敵の動きを負いきれないかもしれない。
だが一方で、時折ノイズが入ったように霞んだラルヴァに対する視界の不良は、いくらか軽減されたような気がする。
「不安な者はペイント部を狙え! 友軍が追いつくまでは、我々だけでこの場を押さえるぞ!」
「心得ています!」
ユーリの蒼姫刀が、雷電を伴って一閃。
穿つようなその一突きに、アウレールの刃も追撃。
傷を負った右前腕へと攻撃を集中する。
「とにもかくにも1本――話はそれからだ」
奏多はなおも駆け抜けながら、ラルヴァの喉元まで一気に駆け上がる。
多少無理をしてでもこの1本を破壊しなければ、危険を賭して転移した作も崩れてしまう。
彼が走り抜けた先に間髪おかずに貫くマテリアルライフルの光。
さらに放り込まれたグレネードが爆風で飲み込む。
「ここまで飛び込むと流石に手も震えてくるぜ」
これは恐怖?
それとも武者震い?
どちらにせよ、操縦桿に伝わる手の震えをごまかすように、自らに言い聞かせるラスティ。
「だーいじょうぶ。万が一のときは死ぬ気で骨ぐらい拾ってやるよ」
「そこで『最期まで一緒だ』って、感傷に浸らないのがお前らしいよ」
ライフルのカートリッジをパージするリコ機からの通信に思わず笑いもこぼれる。
震えてたってトリガーは引ける。
力いっぱい、握りしめるだけなんだ。
巨腕がゴウと音を立てて振われ、咄嗟に散開する3機。
だが、転移の関係で十分な距離は確保できておらず、ガツンと激しい衝撃が機体を揺らす。
「掠めてこれか……持ってくれよ」
モニターのダメージ表示を苦い顔で流し見て、誠一はグレネードの次弾を放る。
「まだ壊れないの……!?」
リューリはガツンガツンと力いっぱい大斧を叩きつけながら、流石に焦りをにじませて叫ぶ。
ひび割れ、欠けや穴すら開いた腕は、確かにダメージが通っていることだけは見て取れる。
だがまだ砕けない。
上空から飛来する無数のブレイズウイングが、針のむしろにするように突き刺さっていく。
「退くという選択はない。なら砕けるまで切るだけだ」
彼女の傍を走り抜けたアルトが、奏多同様に腕に沿って一直線、刃を振う。
ひとつ刃を通すたびに飛び散る陶器の破片。
それに合わせるように、遠距離からの砲撃音がこだまする。
転移に入りきれず止む終えず分断された一団からだ。
マスティマの短距離転移「プライマルシフト」は2機分を合わせれば相当の効果範囲をカバーできた――が、それでも同盟軍やユニット、転移先の状況を考えれば一団すべてをそっくり跳ばすことはできない。
結果としてハンターを中心とした一握りだけとなり、残された友軍はアリアたちの作ったアンフォルタスの道を駆け抜けている。
それでも大きく後れを取った進軍のディスアドバンテージを、一部でも取り返せている。
それに近づかなければ攻撃ができないインファイターとは別に、望んで残る側を選んだ者たちもいる。
これはそういった者たちの長距離放火だ。
「弾だけならまだまだあるからのぅ。それに、そもそもこれ以上は近づけぬ」
ミグのヤクト・バウから放られた榴弾がラルヴァを爆炎で包む。
射程の関係でもう一歩も前へは出られないが――砲手とはそういうもの。
遠方に1機取り残される形で、辺りを陶器人形に囲まれながらもトリガーを引き続ける。
なに、持てばいい。
こうなったら残弾が残る方が恥というもの。
それ以外のハンターや同盟軍は進軍を続けている。
「もともと、最悪一歩も歩けなくなっても戦えるように準備してきたんだからね!」
弓を番えるジュードは、ラルヴァへサジタリウスの矢を放つ。
「正義」の切れた敵に矢によるダメージは僅かなもの。
それでも、少しでも装甲を削り取ることに意味がある。
襲い掛かる周辺の敵はまだ射程の届かないハンターと軍が請け負う。
この状況であれば手あたり次第に倒す必要はない。
小夜のエクスシアから放たれたブリザードが陶器人形の足を止め、軍歩兵の集中攻撃で邪魔になる個体だけを厳選し撃破する。
その間にハンターと特機隊が硝子ゴーレムの相手をすることで、対応の形ができつつあった。
前線隊の急接近がラルヴァの計算を狂わせたのか、新たな糸もまだ放たれる様子がない。
進軍するなら今だ。
「流石に頑丈だが、集中できるようになればな」
大股で駆け寄るゴーレムをエアルドフリスの黒縄が縛る。
撃破時の破片の飛散は厄介だが、まずは何よりも近づけなければいい。
縛り付けられた敵をジーナ・サルトリオ(kz0103)のエクスシアから放たれたマテリアルライフルが射抜くと、立て続けに足元をセレスの拳が掬う。
アルトや奏多も猛威を振るう、アサルトディスタンスによる接離一体の攻撃。
「ゲームは互い安全に、楽しくやらなきゃ。分かる? 『互いに』だから」
ゴーレムから放たれた硝子の散弾をひらひらと回避しながら、聞いているのか分からない相手に言い放つ。
ほんとはラルヴァに一番言ってやりたいけれど、まだ距離が遠い。
そうして意識を引きつけている間に、砲撃ともいうべきCAM用スナイパーライフルの銃弾がゴーレムを射抜くと、巨体はステンドグラスのように色とりどりの輝きを放って砕け散った。
「良い腕じゃないか。同盟に掛かりっきりなのが惜しいくらいだ」
エアルドフリスの言葉に、コックピットのディアナ・C・フェリックス(kz0105)はため息交じり、ラルヴァの姿を遠巻きに応える。
「あんなのが居たんじゃ、かかりきりにもなるわ」
「それはごもっとも」
「いい加減、俺の故郷で遊ぶの止めてもらうんだからね!」
ジュードがプリプリ怒りながら先を急ぐと、それを見たエアルドフリスも彼の、そしてディアナの気持ちを理解できた。
「俺にとっても第二の故郷のようなものだ。我が物顔にさせておくつもりはない」
自分たちの故郷は、自分たちの手で取り戻す――そのために手に入れた力なのだから。
「いい加減に、砕けろでちゅ」
ジャンプでラルヴァの腕を避けたポロウ。
その背で朝騎が符を放つ。
生まれた5本の稲妻が、ラルヴァの全身をくまなく撃ち貫いた。
ダメージの蓄積された右前腕はその一撃で真っ黒な消し炭と化し、ついにぼろりと崩れ落ちたのだ。
● 『流石はアメンスィ。良き駒、良き駒』
クフクフと笑みをこぼしながら、ラルヴァを中心に放たれる地響き。
地割れが戦場を襲うが、直下のハンター達はまだ「勇気」に守られ直接的な被害はない。
代わりに効果範囲から外れた上空の3機を重力波が襲うこともあったが、こちらはマスティマの強力なイニシャライズフィールドで耐え抜いている。
『話は聞いていたけれど、本当に良い玩具だね。ボクも欲しいなぁ』
「玩具呼ばわりする相手に渡せるような代物ではないんですよ、これ」
重力波を真っ向から受け止めながら、ウルスラグナがブレイズウィングをリリースする。
巨体を大きく回り込んで飛翔する翼刃が、左後腕を幾重にも切り裂いた。
「これで……砕けなさい!」
ユーリの刀が追って突きこまれ、ひび割れが一斉に腕全体へと走る。
次の瞬間、2本目の腕が砕け散った。
「ようやく2本……だが、これで2本だ」
アーサーは額に伝った汗に構う余裕もなく、だが挑戦的にラルヴァを見上げる。
「正義」の付加があった1本目に比べ、2本目は当然ながらさらに時間を掛けることになった。
途中で後続班が合流できたことは幸いであったが、それでもここまで、ハンターらも少なくないダメージを負っている。
『だがまだ2本ある。君たちと同じだよ』
「はっ、強がりでなきゃいいがな……!」
アーサーの貫徹の矢が左前腕を貫き、装甲を削り取る。
流石にラルヴァも回避らしい動作で腕を振ったが、避けられはしない。
『そうだね。沢山の駒も集まって選べる手は増えた。さぁ、どうしよう、どうしよう。楽しいねぇ。ここが一番、楽しいところだ』
「そういうのは、1人で勝手に楽しんでなさい! だぁぁいせぇぇぇつだぁぁぁん!」
クレールの超重錬成が腕に突き刺さり、巨大化した刃ががっちりと食い込む。
そのまま一気にマテリアルを解放し、刃に魂を込める。
「そぉぉぉりゃぁぁぁぁぁあああああ!!!」
「うおわぁぁぁぁぁ!?」
無理やりラルヴァを地面に投げ落とし、真下にいた旭はギリギリのところで退避する。
地響きを立てて落下した巨体に、濛々と視界が覆われるほどの土埃が舞った。
「げほっ、げほっ、ど、どうだ……」
せき込みながら埃の中に目を凝らす。
動くのは巨影が、それとも。
真っ先に飛び出してきたのは――あのマテリアル糸だ。
まるで生き物のようにゆらゆらと宙を揺らめく10本の光の糸。
やがて目標を見定めたかのように、先端が戦場に散る。
しかし、前衛はまだぎりぎり「勇気」の効果内。
後続隊もポロウの結界だ。
その中でラルヴァが選ぶ手は――10本の糸が、それぞれ辺りの陶器人形へと繋がれた。
『こういう局面はね、細やかな采配が必要なのさ。ねぇ、そうだろう?』
埃が晴れていく中で、強力な負のマテリアルに包まれた陶器人形が跳ねた。
それまでのどこかぎくしゃくとした、ロボットのような動きとは全く違う。
人でもない、獣のようなしなやかな跳躍。
小夜が咄嗟にカバーに入ると、エクスシアの腕を人形が蹴りつける。
バガンッ――と思わず耳を塞ぎたくなるような音が響き、機体の姿勢バランスごと崩された腕は、装甲がごっそり弾け飛ぶほどにひしゃげていた。
「これ……今までと全然……!?」
慌てて距離を取ろうとすると、側面から別の人形が飛び掛かる。
咄嗟にエアルドフリスの雷撃が間を割って飛んで、人形はとんぼ返りで退避、距離を取った。
「頭の悪い動きだな……いや、良い意味で。我々にとっては、最悪な意味でだが」
糸に揺られて四方八方に散った人形たちは、2?3体ずつ徒党を組んでハンターらを様々な方向から攻め立てる。
連携――というには精錬され過ぎた動き。
おそらく全て、ラルヴァの支配下として文字通り手足のように動いているのだ。
「これ……強いっ!」
3体の人形に右へ左へ翻弄されるセレス。
それまで人形やゴーレムに力を注いでいたから分かる、圧倒的な力の差。
死角からの拳が背中にめり込むように強打して、圧迫された肺からの乾いた息が噴き出す。
「孤立するな! そして真っ向から相手にする必要もない」
エアルドフリスは騎乗したイェジドのゲアハラと共に身体ごと割って入り、迫る人形ごと、頭の先から伸びる糸をライトニングボルトで焼く。
先ほどと同じように、1撃で焼ききれるような強度ではない。
人形のまるで達人のような槍の一閃を、ゲアハラが身を翻して回避すると、そのまま鋭い牙で喉元へと喰らいつく。
その隙にもう一撃を放ち、ようやく糸はプツリと途切れ消え去った。
もとの様子に戻った人形へもとどめを刺したいところだったが、囲む別の人形が飛び掛かるとセレスを庇うように退避を余儀なくされた。
「無視できる相手ではないか……!」
3本目の腕へと掛かっていた奏多は、地表を滑るように転身し目標を一時的に強化人形へと向ける。
むろん、切り伏せるつもりはない。
糸だけを狙うつもりだが、人形の動きは奏多のそれに追いすがるする。
振った刃を首の振りで回避すると、そのまま並走して彼の後を追う。
「振り切れないか……!」
身構えた瞬間、進行方向から飛び込んで来たユーリがすれ違いざまに太刀一閃。糸を切断。
人形はそれまでの自分の速さに耐え切れず、地面に激しく激突した。
別の人形が彼女めがけて蹴りを放つと、アリマタヤで受け止める。
反動で身体ごと大きく弾かれ、全身が悲鳴をあげるように軋む。
「この程度のことで!!」
歯を食いしばって耐えると、衝撃をエネルギーと変えて刃に乗せ、人形の頭部ごと糸を切り払った。
肩で息をしながら、鬼気迫る目つきで周囲を警戒する。
が、それ以上に迫る強化人形はいないようで、すぐに視線をラルヴァへと戻す。
「一刻も早く、腕を――」
奏多も頷き、すぐに駆け出す。
「打ち手でありキング……奴を落とせば、ゲームは終わる」
これ以上、プレイヤー気取りのヤツに遅れは取らない。
「ラスティ、セーイチ! 少しでも時間を稼ぐぜ!」
リコの言葉に、3人のエクスシアが一斉にエンジェルハイロウを起動する。
3対の翼が前線のハンターを囲むように戦場を遮るが、1辺はどうやっても塞げない。
いや、それでいい。
無理やりどこかを突破されるよりは、口を開けておいた方が対処は容易だ。
エルバッハがブレイズウィングをリリースし、戦場に散らばる糸を一斉に追い立てる。
上空の視点からであれば糸の行方は容易に察知でき、各地へブレイズを走らせるのも容易である。
「私とリクさんで、できる限り糸を対処します。皆さんはラルヴァを――」
強化人形の対処に意識を奪われている間にラルヴァは再び浮遊し、態勢を立て直す。
それに気づいてリューリがすぐさまファントムハンドで動きを縛り、牽制する。
「ここから逃がすことだけは、しないから……!」
既に体力も限界――だが、優先すべきことは分かっている。
アシェールのシュヴァリエもマテリアルバーストこそとっくに使い果たしたものの、ラルヴァの上空を決して離れず魔法で応戦を続けている。
疲労にダメージが蓄積してボロボロになっていく仲間を見下ろし、できることならすぐにでも駆けつけて、力を貸したい。
でも、ここを離れることはできない。
情に流されて倒せなかった――それだけは、絶対に避けなければならない相手なのだ。
非情になる。
それがどんなに苦しいことであろうとも。
『だいぶ糸が切れてきたね。ここからは出し惜しみはなしだよ』
半数以上の糸を切られ、ラルヴァは再びマテリアルを指先から発する。
『……うん?』
が、すぐにラルヴァはその首をかしげる。
切断されフリーとなった指から放たれた糸であったが、2つある腕の内、片方からだけ放たれない。
ちらりと横目に眺めると、腕のアチコチに大量の札のようなものが張り付いているのが見えた。
「粋を殺すのもすべてこのため……これで大願、成就ですよぅ!」
乱戦の雑踏の中、印を切るハナがラルヴァを見上げる。
黒曜封印――敵の術を封じるその一手を、最も必要であろうタイミングに撃つために。
「い、今の内にぃ! ちゃちゃっとやっちゃってくださいぃ!」
どこか震えるハナの声。
その他大勢に身をやつしていた彼女は、護衛のひとりも付けていない。
術の行使中、一切の身動きを取れない黒曜封印を発動する間、彼女は戦場で何もできない案山子となるのだ。
「そんな無茶な!?」
陽がすぐにカバーに回ろうとするが、ハナはブルブルと首を振る。
「無茶でも、やっちゃったし、できちゃったら、やるしかないんですぅ! 私のためを思うなら、はやくぅ!」
上空の彼からは、既に彼女のもとへ強化人形たちが飛び掛かるのが見える。
残り僅かな人形たちが集中するなら、確かに好機は今しかない。
「あ……ああ、もう!」
ポロウが旋回し、陽の放った機導砲が封印された腕に突き刺さる。
そうしてできた傷を、押し開くようにクレールの刃が突き立つ。
「やってやりますよ……! だぁぁいせぇぇぇつだぁぁぁん!!」
再びの剛力。
しかし、ラルヴァは腕の一振りで真っ向からそれを耐えきる。
「だけどダメージが入ってるなら――」
間髪入れず、ジュードが放った支援射撃。
矢はクレールが大きく作った裂目を的確に射抜き、そこからミシミシと無数の亀裂が走る。
「お願い、砕けて……!」
間髪入れずにもう一射。
マテリアルを纏った矢は腕を貫通し、急旋回。
逆方向からもう一度、射抜く。
再び矢が貫通すると同時に、3本目の腕がついに砕け散った。
「よーし、あと1本だぜ!」
リコのトラバントがマテリアルライフルの最後のカートリッジを放つ。
ビームは残る1本の腕ごとラルヴァの本体を焼き、ここ一番の狼煙となった。
同時に、他戦域からの通信が駆け巡る。
――クラーレ・クラーラを撃破。
その一報は、勢いを後押しするのに十分すぎるものだった。
「そうですか。自慢の大駒ももう取られてしまったようですね、ラルヴァ」
『クラーレが……そうか。なるほど、彼がねぇ』
エルバッハの言葉に、ラルヴァは僅かに声のトーンを下げる。
『残念だ……ああ、残念だよ。残念だ、残念だ、残念だ、残念だ。そうか、またひとり、友達がいなくなってしまった』
ハンター達の攻撃は、残る1本の腕と本体へと集中する。
ラルヴァは相変わらず効いているのかいないのか、よく分からない反応のまま、どこか悲し気にうなだれていた。
「そんなに大事なら、初めから人間なんかにちょっかいをかけないで、友達通しで永遠に遊び続けてたら良かったんでちゅ。人間の力、甘く見過ぎでちゅよ」
「その失意を、いったい何度お前たち嫉妬に味わわされた? 俺も、同盟の人々も、その身勝手な遊びに――」
誠一の胸の内にふつふつと熱が湧き、操縦桿を握る手に汗がにじむ。
「誠一の言う通りだ……だから、終わらせてやるよ。今、ここで……!」
ラスティが放ったデルタレイが、ラルヴァの身体めがけて斉射される。
『終わる……? いいや違う。それは違う』
集中攻撃の爆発・噴煙の中、ラルヴァは頭を振る。
『違うよ、君たち。違う、違う。そうじゃあない。勘違い、勘違い、勘違い、勘違いだ』
「何が勘違いだというんだ……! こちらはもう、チェックを掛けているのだぞ!」
吠えるアウレールに、ラルヴァは誰を見るでもない視線を遠い彼方に向けて投げかける。
『手詰まりで投了しなければならないのはね、キングでは目の前の駒に勝てないからだ。だが、本当はそうじゃない。“負けないからこそ王”なんだ』
その言葉にハンターの――いや、戦場の誰しもが背筋がゾクリと冷え上がる。
『僕はね、負けてはいけないんだよ。負けないことがこの僕の、唯一守るべき絶対のルールだ。そして今、僕が勝たなければならない相手は――』
彼の瞳の中に、彼女の姿が映ったような気がする。
同時にグラリと、足元が大きな音を立てながら揺れた。
「なんだ……!?」
上空のコックピットで、リクは思わず息を呑む。
本来、地に足のつかないこの状況で揺れなど感じるはずがない。
だが分かる。
地面が、壁が、天井が、世界のありとあらゆるものが揺れている。
今までの地割れがそれこそお遊びにも感じる。
言葉で表せば――災害。
300年前、アメンスィとの戦いのさ中にラルヴァが起こしたという震災。
この大地の裂目を作った、星をも引き裂く大地の胎動。
幾重にも深い亀裂が地表を走り、人を、生き物を、機械を飲み込んでいく。
剥がれ落ちた分厚い岩盤が、頭上からありとあらゆるものを押しつぶす。
歪虚も人も見境がない。
すべてを瞬く間に、無慈悲に、不条理に飲み込むからこその“災害”。
戦場が岩に埋まる――
●
「……あ、あれ……?」
その戦場で、真っ先に我に返ったのは小夜だった。
薄暗いコックピットの中を見渡すと、モニターが機体各部の損傷をレッドアラートで告げている。
だが、あれだけの落盤に巻き込まれて、思ったよりも――
「だい、じょうぶみたいだね……よかった」
「えっ……」
通信機から漏れた掠れた言葉に、状況をはっきりと理解する。
1機のエクスシアが、落石から自分の機体を庇うように覆いかぶさっているのを。
「お、お姉はん、なんで……!?」
戸惑い、叫ぶ小夜に、エクスシアの主・ジーナは掠れた声で語る。
「小夜ちゃんの方が、軍のみんなを上手にまとめられてたから……」
きっと、指揮系統もめちゃくちゃになってる。
うまくまとめて、負傷者の救助をさせてあげて、と彼女は言う。
大きな地割れ、そして落盤により、戦場は軍人はもちろん、多くのハンターが動けず、気を失った状況にある。
一刻も早く、動ける人手が必要だ。
「で、でも……」
「それに、軍人の仕事は市民を護ること……ハンターも覚醒者も関係ない。市民を守る。そが私の、ライトスタッフ――」
「お姉はん!?」
「……大丈夫。傷は深いが、意識を失っただけだ」
叫んだ小夜の言葉に返事をしたのはヴィオだった。
「ジーナは回収した。ディアナはまだ動けるそうだ。俺も機体を失ったがな……負傷者の救助にあたる。小夜も――頼む」
荒い息遣いから察するに、ヴィオの負傷も浅いわけではなさそう。
小夜は零れかけた涙が頬を伝う前に、それを飲み込んで、深く頷く。
「任せて……ください」
決意を込めて、すぐに生きている軍の回線を探す。
一方、リクは上空から地上へ向けて声を投げかけ続けていた。
「応答してくれ! 誰でもいい!」
大きな岩盤の直撃を受け、自分の機体も満身創痍。
それでも動けるなら、やらなければならないことがある。
分厚い岩に埋もれ、上からでは人も、ラルヴァすらもどこにいるのかハッキリと視認できない状況だ。
だがやがてかすかな声がレシーバーから零れて、思わず縋りつくように耳を澄ました。
「くたばっていられるか、と言ったんだ……クソッ」
岩を押しのけ、アウレールがはい出てくる。
またガラガラと大きな音を立てて動ける機体が。
他にも何人か、岩の隙間から這い出るようにその姿を現した。
「ラルヴァも……この下か?」
旭が辺りの惨状を見渡しながら、最後に足元を見下ろす。
次の瞬間、轟音と共に大量の岩が吹きあがり、辺りに飛び散り、その中から巨大なラルヴァの姿がゆっくりと宙へ浮き上がった。
自らも落盤の影響を受けているのか、残る1本の腕もその身体も至るところにダメージが見受けられる。
それでも彼は――笑っていた。
『クフ……クフフフ……さあ、これが王の一手だ。切り返して見せて欲しいね』
「一手? 何を……ただの自暴自棄じゃないか」
とっくに臨戦状態を取り終えたアルトが、岩場を踏み台に飛び上がった。
すぐにリクのマスティマが敵の頭上を押さえ、それ以上の上昇を制限する。
閃いた刃をラルヴァは初めて手の甲で「受け止める」と、“別の腕”で彼女を薙ぎ払った。
「何……!?」
咄嗟に取ったものの、直撃を受け止めることとなったアルト。
ラルヴァはまるでハンターらを迎え入れるように2本の腕を大きく広げる。
『さぁ、これで“まだ2本”だよ』
どこかから現れた2本目の腕――それは、ダメージを受けている元の腕よりもさらにボロボロで、すぐにでも砕けてしまいそうなもの。
修復か――そう言えば、嫉妬の歪虚には多くの使用例があった。
カラカラと、岩の隙間から陶器人形が這い出して来る。
ラルヴァはすぐさまマテリアルの糸を発し、それらを全て強化支配下へと置いた。
「やってやる……やるしかないんだ!」
ラスティのスカラーが片足を失った機体で加速砲を担ぎ、トリガーを引く。
ボロボロの腕を狙った一撃。
が、ラルヴァは陶器人形を盾にしてそれを防ぐ。
「ブレイズウィングッ!!」
すぐさまリクがブレイズウイングをリリースし、壁になった人形の糸を断つ。
強化を失った人形を飛び越えて旭がラルヴァの懐へ飛び込むと、今度は別の人形が彼の横っ面を蹴り飛ばした。
「まだまだぁぁぁぁあああ!!!」
全身の骨という骨が悲鳴をあげる。
それでもすぐに起き上がり、乱気流のごとき渾身の2段切りを修復したての腕へと振るった。
そこへ、大きく回り込んで近づいたアリアが剣と槍の2刃を振うと、腕はあっけなく砕け散る。
「あまり余力はないようね」
強化人形が彼女を襲うが、アウレールが間に滑り込んで盾剣でカバー。
よろめきながらも、返しの連撃で糸を断つ。
「こうなったらな……最後に立っていた者が勝者だ。なあ、ピグマリオの王よ!」
放たれた衝撃波はラルヴァの巨大な頭部を襲い、頭蓋部に大きな風穴を空ける。
ガラガラと音を立てて装甲が崩れると、中の闇のような空洞が露となった。
地面から新たな人形がカラカラと現れる。
「させるかよッ!」
旭が「知恵」の理を解放する。
ラルヴァの懐――だが今しかない。
放たれたマテリアルがラルヴァの身を蝕み、封印の術を施す。
ハナがそうしたように、ほんの一瞬でも糸を封じるために。
「飛び込めッ!」
アルトが2度目の「正義」を放つ。
閃光がラルヴァと共に人形たちをも焼き尽くす。
これで最後、次はない。
ハンター達は一斉にラルヴァへと飛び掛かる。
狙うのは本体である頭部。
だが、術を封じられたラルヴァは先にアルトにそうしたように残る1本の腕でそれらを受け止める。
そうして腕は――まだ砕けない。
流石に攻撃の手が足りない。
「ここまで来て届かないのかよ……!?」
旭は歯を食いしばる。
こうなれば自分にできるのは、その身を賭しても術を行使し続けることだけ。
「それでも、やるしかないんだろ!?」
ラスティが半ば祈るように、一心不乱にトリガーを引き続ける。
乱れ撃つ加速砲はじわりじわり、微々たるものでも敵の装甲を綻ばせていく。
「俺は強くなんかないさ……だけど1人じゃない。まだ、1人じゃない!」
届け、届け、届け。
もう誰も策なんてない。
撃ち続けるしかない。
あの腕さえ抜ければ――
身構えようとしたラルヴァの腕が、ぐんと、何かに引っ張られるように止まる。
『おや……?』
腕から伸びるのは1本のワイヤーブレード。
その先を握りしめるエクスシアのコックピットの中で、誠一は静けさを纏ったままレバーを力強く引く。
だがラルヴァが軽く腕を振ると、逆に機体の方が引きずり出されてしまう。
『その程度の力では勝負にもならないよ、ねぇ?』
ラルヴァはその腕で引きずり出したエクスシアを掴むと、握りつぶすように力を込める。
メキメキと機体の各所が悲鳴をあげる。
『だけど、指し手に待ったをかけるのは感心できないね……そればかりは、ねぇ』
フレームが歪み、コックピットもひしゃげていく中、それでも誠一は静かに――それでいて勝ち誇ったように笑みを浮かべた。
「ようやく……“俺”を見たな」
『……なんだって?』
「ようやく俺たちを駒でなく、差し手だと認めたなと言ったんだ」
――チェックメイト。
圧壊寸前のコックピットで、誠一はモニターの先に一筋の光を見る。
それがどれだけ信頼できるものであるかを知っているから、彼は安心して意識を手放した。
「――希望よ、月光の刃となり奔れ」
ラルヴァの真下、天に向かって放った白銀の斬撃が巨体を貫いて淡く輝く。
ミシリ――その体表に、細い亀裂が走る。
「私が、私と仲間たちに誓ったの――もう、冬はおしまいよ」
アリアは振りぬいた刃を胸元に抱くように寄せた。
冬は終わった。
同盟は未来へ――希望へと旅立たなければならないのだ。
街の人もハンターも関係なく、かつて同盟の絆が紡いだのは「希望の帆」なのだから。
亀裂が亀裂を呼び、ぽろりぽろりと、ラルヴァの身体が崩れはじめる。
まるでジグソーパズルが解けるように、その身体は破片となって大地に砕け散った。
轟音と共に大地が裂ける。
超越体と化した巨大な人形――ラルヴァを中心に、蜘蛛の巣を描くかのようにひび割れた地面。
地上を駆けるハンターや歩兵が主体である同盟軍の兵士たちは、時に揺れや段差に足を取られ、時に躓いてあわや倒れかけながらもラルヴァのもとを目指す。
「当面の敵は我々が引き受ける! 足を取られた者は立て直しと、とにかく先へ歩むことに集中してくれ!」
アウレール・V・ブラオラント(ka2531)が後続の集団へ叫ぶと、その両サイドを2つの影――アリア・セリウス(ka6424)と東條 奏多(ka6425)が駆け抜けた。
後方からエアルドフリス(ka1856)が杖を振い、敵陣の足元から現れた黒い縄状のマテリアルが陶器人形たちの足元に絡みつく。
一方で地割れをものともしないアリアと奏多の身体は炎のようなマテリアル――アウレールの与えた「勇気」の加護で覆われている。
一歩先を行く奏多の刃が行く手を阻む陶器人形を切り裂き、その先に立ちはだかる硝子ゴーレムの脚を抉る。
そのすぐ後に続いたイェジドが一直線に硝子ゴーレムへと接近。
奏多が斬り漏らした人形を左右の手に携えた剣と槍で仕留め、3撃目。
斬撃の勢いが生んだ白銀の衝撃波が、ゴーレムを飲み込むように放たれた。
「流石に頑丈ね」
2人の攻撃を受けても、ゴーレムはその体表に多少のヒビが入った程度。
流石に片手間に倒せる相手ではないか……だが「性質」を考慮すると、集中攻撃のために接近することは避けたい。
「地上全員を加護で賄えるかと思ったが、見通しが甘かったか……猛省しよう」
「いや、こうして自由になれる身があることに変わりはない。今は我々が後ろの分も働くだけだ」
苦い表情のアウレールを、エアルドフリスがやんわりと励ます。
8割近いハンターが地上進軍を選び、それに追従するユニットや軍も含めればいくら守護者と言えど1人の身で加護をくまなく与えることはできない。
どうにもならない問題なら、エアルドフリスの言うように割り切るしかないだろう。
「マテリアルの糸とやらは張られていないようだな。隠す手の内ではないハズだが……」
「なーんかヤな感じだよね。ずっと見てると目がかすむし」
ジュード・エアハート(ka0410)が唇を尖らせて、遠方のラルヴァの姿を臨む。
目算ではまだこっちの射程の外。
となればおそらくあちらも射程の外なのだろうが……どっしり構えるその姿はまさしくキングの風格なのだろうが、あの飄々とした物言いを思い返せばたいした動きがないと状況は見ていて安心できたものではない。
「考えても仕方ねぇ。難しいことは分かるやつに任せるぜ!」
先陣のアリアたちの後に続くように岩井崎 旭(ka0234)のペガサスが上空を駆ける。
地上ではリューリ・ハルマ(ka0502)が巨大な魔斧を振り回し、開いた道を確保。
それを一気に飛び越えて、硝子ゴーレムへ槍を突き立てた。
突き刺さった切っ先をゴーレムはむんずと掴んで振りほどく。
硝子の散弾がペガサスの翼を掠めるが、彼はもう一撃、刃を翻す。
その一撃と共に、飛来した鋼の刃がゴーレムの身体を貫いた。
1本だけではない。
無数に飛来する数多の刃たちは1つ1つが意志を持つかのようにとり囲むと、翻弄されるゴーレムの四肢を次々と抉り取った。
最後の1本が分厚い胴部を貫通すると、敵の巨体は美しいガラスの破片となって砕け散る。
撃破を確認すると、刃たちは一斉に上空へと飛び上がる。
そして、地上を見下ろす2機――マスティマの翼へと帰還した。
「ブレスウィング全機、機体とコネクト。次の目標をセットします」
金色のマスティマ「ウルスラグナ」を駆るエルバッハ・リオン(ka2434)は、淡々とした様子でシステムに次のターゲットを指示する。
もう一方の機体「エストレリア・フーガ」を駆るキヅカ・リク(ka0038)もまた、忙しない視線の動きで優先目標の位置をチェックする。
「ちゃんとこっちの反応について来てくれる――いや、それよりさらに速いか。流石だな」
再びリリースされたブレイズウィングが進行方向後続の硝子ゴーレムに襲い掛かった。
誤差修正は演算システムが担ってくれる。
それでも乗り手としては機体に振り回されるわけにはいかない。
「使いこなしてみせる。そうでなきゃ、祈りの器になんかなれやしない」
力に溺れないためにも、そう自分を奮い立たせて。
「流石の存在感だねー……でも、そのくらいじゃなきゃ張り合いないよ!」
振り下ろした斧が陶器人形を砕いた傍ら、リューリは上空のマスティアを眩しそうに見上げる。
ただでさえ大精霊リアルブルーが駆る1機の猛威が記憶に新しい中だ。
「真っすぐ前に突っ走る! いっくぞー!」
気合いの一声と共に、斧の嵐が吹き荒れる。
「おととっ……危ない危ない」
地割れで転びかけた星野 ハナ(ka5852)は何とか耐えながら、取り繕うように笑顔を浮かべる。
地割れで転ぶという状況には流石に呪詛返しも本来の効果を最大限に発揮できず、仕方なく頑張って先を目指す彼女であったが、それはそれで彼女の目的には程よく合致する状況と言えるだろう。
「できるだけ『普通』を、『大勢の中の1人』を演じ切りますよぉ」
とにかく気配を消して「みんな」の中に紛れ込むのだ。
機会が来るまで目をつけられないことが、彼女にとって今は一番大切なのだから。
「目標地点まではあとどれくらいっ?」
ベースギターをかき鳴らしながら問いかけたセレス・フュラー(ka6276)へ、アーサー・ホーガン(ka0471)はざっと目測しながら答える。
「最低でもふた息……いや、さらにもうひと息だ。まだ距離がな」
「う?ん、了解! できるだけ持たせてみるよ」
セレスは手近な陶器人形を殴り倒すと、身をねじ込むように先を急いだ。
「目標に近づかねばならん者らは難儀じゃのう」
ダインスレイブ「ヤクト・バウ・PC」のコックピットでは、ミグ・ロマイヤー(ka0665)まだラルヴァへたどり着けない戦況をしげしげと見つめる。
「こっちはこっちのレンジで、派手にやらせてもらうぞ」
機体が射撃姿勢を取り、方針が遠方のラルヴァを捉える。
鼓膜が破れそうなほどの砲音と共に放たれた榴弾が着弾――視界を埋め尽くすほどの爆炎が遺跡を激しく揺るがした。
グランドスラム――爆薬マシマシの榴弾はラルヴァごと辺り一帯を飲み込んで、炎が晴れたころにはあちこちひび割れた陶器人形が死屍累々に散在しているのが見えた。
「歪虚王にもう勘弁してくれと言わせてみしょう、ホトトギス……ほれ、ぼーっとしてると次が飛ぶぞ」
カートリッジが排出され、特製回路に乗って次弾が装填される。
『クフフフ……なるほど、花火はきらいじゃあないよ』
当のラルヴァはまださほど意に介していない様子で、楽し気な笑い声を響かせた。
『とは言え、飛びの一手で軽く突かれたら動かないわけにもいかないねぇ。どれ……少し手を変えるとしようか』
4本の腕が軋むような音を立てながら振り上げられる。
直後、計20本の指の先からマテリアルの糸が放たれた。
ハンターらはそれぞれ僚機のイニシャライズフィールドや飛び交うポロウの結界の中で備える。
しかしそのすべてを無視し、伸びた糸が貫いたのは――後続で足並みを揃えて応戦する同盟軍の兵士たちだった。
「後続を狙い撃ちかよ……!? クソッ!」
エクスシア「スカラーV2」を駆るラスティ(ka1400)は、頭上を飛び越える糸に電磁加速砲の狙いを定める。
細く、ふわふわと漂うようになびく糸に狙いをつけるのは容易なことではない。
「ラスティ! 俺が応じるから、その間護ってくれ!」
「あ、ああ、分かった!」
入れ替わるように頭上へ意識を向けた神代 誠一(ka2086)。
ロックを解除したヴァイパーソードの刃が、蛇のようにしなやかに糸を薙ぐ。
糸はほつれるようにマテリアルの塵を散らしたが、その一撃だけでは断ち切るまでには達しなかった。
「ははっ、セーイチには指一本触れさせねーぞ!」
地面すれすれを飛翔する漆黒のエクスシア「トラバントII」が、迫る陶器人形をガトリングでハチの巣にする。
直後にスカラーのフィールドが切れ、トラバントを駆るリコ・ブジャルド(ka6450)は代わりに自らのフィールドを起動する。
「敵も流石に良いとこ突いてくるじゃねーの。さーて、どうしたもんかね」
不敵な笑みを浮かべるリコだったが、言葉そのものに嘘偽りはない。
「どうしたもこうしたも、自由に動ける俺らが何とかするしかないだろ」
「まぁ、そうなるよなー」
後続には「先へ進むので手一杯」の集団が大勢含まれる。
もちろん地割れの影響を受けにくい人間が、フォローのため意図的に足並みを揃えていることもあるだろう。
先を急がなければならない中で、運悪く地割れに足を取られてしまった者は、走る以外の事に手を回す余裕などないのだ。
『これまでずっと、ずっと、ずっと、キミたちの戦いを見ていたよ。特にハンターという駒は優秀だね。僕の糸でも通用しないかもしれない。『かもしれない』に手を割くのは好きじゃあなくてね。無駄な一手を取り返すのに、いったいどれだけの手が必要なものか……クフクフフフ』
ラルヴァの笑みがこぼれて、クレール・ディンセルフ(ka0586)が叫ぶ。
「卑怯だぞ――とか言ってる場合じゃないのは分かってるんだけど!」
急停車させた魔導チャリを反転させ、踵を返すクレール。
しかし、その進路を新たな地震と地割れが遮る。
突然の溝にタイヤを取られれば、わずかであれ立て直しに足を止められてしまう。
「ああ、もう、やっぱりいやらしい!」
その間に糸に括られた兵士たちは、次第に侵食する負マテリアルによって身体の自由を奪われていく。
やがてその瞳から生気が消えると、手にした武器を味方へ向けて振い始めた。
「糸をよう見て……それさえ切れば、正気に戻るはず」
「了解だ……!」
浅黄 小夜(ka3062)からの通信にヴィットリオ・フェリーニ(kz0099)が機体を駆る。
振われた斬機刀が糸を薙ぐが――やはりハンター達同様、1撃で断ち切るには至らない。
傀儡兵士は生身のまま足元に取りつき、機体の身動きすらも躊躇させる。
敵ならまだしも、味方を蹴散らし、踏み潰すわけにはいかない。
小夜も魔法で手を加え、糸の綻びを少しでも増やしていく。
「ちっ、チェスじゃ手駒のルールはねぇだろうがよ!」
悪態をつくアーサーだったが、これがチェスでも将棋でもないのは重々承知だ。
ユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)がイェジドを逆走させ、駆け抜けざまに「綻び」のある糸を断ち切って行った。
イェジドの急旋回の繰り返しで味方の合間を縫うように、1本1本、的確に。
「前線が対策を取っているのは当然……だからこれまでは『動かなかった』というわけね」
ラルヴァの不気味な不動はこの時のため。
対策を取っているだろう前線のハンター達は懐に放り込み、対策の甘い後続がテリトリーに入るのをひたすら待っていたのだ。
「そう考えれば、執拗な地割れも『ふるい』の意味を持つ……だが、足を止めるわけにもな」
同じように糸を断ち切ったアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)がポロウのパウルに、傍を離れて後続組に付くよう告げる。
相手が後ろに比重を置くならば、こちらの守りの比重も後ろへ傾けるだけだ。
だが事実として、文字通り後ろ髪を引かれる騒動に進軍の足は大きく鈍っている。
前線を担うハンター達も、このまま自分たちだけが先へ行くことはできない。
「あと少しなんです。ここで足踏みさせてなるもんですか……!」
アシェ?ル(ka2983)の意志がルクシュヴァリエの四肢を駆け巡り、宙を駆ける機体は槍を薙ぐように振るう。
同時に陶器人形が砕け、パラパラとマテリアルの輝きになって散っていく。
だが、しばらくするとボコリと地面の裂目から新たな人形がはい出るように現れる。
応じなければならないのは糸に括られた兵士たちだけではない。
そもそもの敵である人形たち、そしてラルヴァを討たなくてはならないのだ。
「こうなったら仕方ないでちゅね……ポロウたちの結界を組みなおす間、とにかく耐えるしかないでちゅ」
自らのポロウを駆りながら、北谷王子 朝騎(ka5818)は急ぎで結界の配置を確認する。
とはいえ、あえて選んだ地上からの視点ではだいたいの目算にはなってしまうが。
地割れに足を取られた者も一時的に抜け出すことを諦め、代わりに1手でも多く、糸や人形たちにダメージを与える。
一方で、いくつかの糸を切られながらもラルヴァが次を放ってくる様子はない。
何かしらの制約があるのか、それともこれもまた「駆け引き」のひとつなのか。
それとも駆け引きではないかと思わせることこそが思惑なのか。
「力で圧してくるような歪虚たちとは全然勝手が違う。まるで考えていることが分からない……いいや、考えるな! 目の前を見るんだ!」
思考の迷路に入ったら、それこそ思うつぼだ。
八島 陽(ka1442)は喝を入れるように自らの頬を張る。
可能性で身を亡ぼすのだけはゴメンだ。
結果として「目の前の状況をどうにかする」ということに変わりはないのなら、それを全力で、できるだけ早く解決することが、今の今できること。
●
序盤の攻防はラルヴァに取られながらも、全く前に進めていないわけではない。
先陣を切り露払いに力を注ぐ者が居れば、少しずつでも戦線を押し上げることはできる。
問題があるとすれば、進軍に遅れが出ている分、切り開いた道を維持する労力が必要であること。
それは覚醒者たちの持つスキルの残力や、蓄積されていくダメージとして戦況に圧し掛かり始める。
戦場のあちこちでは足元をちょろちょろ走り回るユグティラや、存在感のあるペガサスができる限りの治癒に奔走している。
しかし、当然ながらダメージの蓄積は彼らにも及ぶものである。
「フェテルはあっちを! 私はこっちに……行く!」
ユグティラに指さし指示をしながら、自らはリペアキットから抽出したエネルギーを射出する。
回復したリューリがお礼を述べて前線に復帰。大斧を振う。
決して万全ではない、数に限りもある、一時凌ぎ。
それでも、凌がなければならないとしたら今だ。
「……リク。マスティマの制圏にはすでに入っているのですよね?」
「合図さえあれば」
最前線を走るアリアは、一息だけ置いてから、手にした星神の槍を構える。
「往きましょう。状況を打開するには、それしかありません」
「了解」
短い返事と共に、通信機越しに短い通知を流す。
――各員、可能な限りマスティマの周囲に。
「行けますね」
「腹ならとっくに括ってるぜ」
アーサーが頷き返すと、アリアはふと高ぶりかけた気を静めて息を吐く。
呼気と共に口から零れるのは歌――静かに燃える覚悟を乗せた、マテリアルを纏う術歌。
2人の後方に陣取ったユーリもまた、アリマタヤに込められた星神の力を起動した。
「『王権』の理を持って命ずる――共に、切り開きましょう」
同時に彼女と、アーサーの星神器がまばゆい輝きを放つ。
それは戦場のどこにいても目を引くほど。
まるで水面の水平線に走る、暁の煌めきのようにも思えた。
「行くぜ……ダブル・アンフォルタスッッッ!!!」
アーサーが吠え、輝きは爆発的な速度と破壊力を持って、敵陣を一直線に走り抜けた。
陶器人形を貫き、ゴーレムを貫き。
眼前まで達した光の中でラルヴァは、笑みをたたえたまま前腕を差し伸べる。
「システムオールグリーン。行けます、リクさん」
エルバッハのゴーサインを受け、リクもディスプレイの「認可(グリーン)」を確認する。
「了解ッ! 頼む……跳べよぉぉぉおおお!!!」
マスティマの周囲の空間がマテリアルの輝きに包まれ、歪む。
イニシャライズフィールドではない。
重なり合った歪みの中、ハンター達が感じるのは強烈な閃光と、一瞬の浮遊感。
光の先に見えたのは、数十メートルの距離を飛び越えて頭上に君臨するラルヴァの姿であった。
突然懐に飛び込んで来たハンター達に、ラルヴァは上空へと退避を試みる。
しかしその頭上をシュヴァリエと2機のマスティマが掠め飛び、道を塞いだ。
「させませんっ!」
全身にマテリアル障壁を張った機体が、ラルヴァの巨体に真正面から体当たる。
そうして直上から抑え込むうちに、下から滑り込んだ旭が籠手を模したマテリアルで喉元を捉えた。
「掴んだ……ッ! 逃げられるだなんて思うなよ!」
転移の輝きの中、真っ先に飛び出してきた彼らの後から響く、大勢の気配。
「知っているだろう? か弱い人間(ポーン)が勇敢に城壁の先へ先へと踏み込めば、いずれは英雄となれることを」
輝きの中、意味深に口走るアウレール。
ラルヴァはすぐにその意図を察し、まるで喝采を与えるかのように声を弾ませた。
『ああぁ――プロモーション!』
ハンターの一団が、反旗を翻す。
真っ先に矢面に立ったアルトが、守護者の持つ「正義」の理を解放。
周囲を焼き尽くさんばかりのマテリアルの爆発が、敵の巨体を包み込む。
次いで駆け抜けた奏多が、辺りの有象無象を蹴散らしながら、宙へ伸びるラルヴァの右前腕を沿うように走り抜けた。
「正義」に焼かれたラルヴァに、刃は瞬く間に無数の切り傷を生んでいく。
追って、四方からの弾幕がラルヴァの腕や頭に着弾する。
ダメージの代わりにその身体を色とりどりの染液でまだらに染めあげた。
「頼む、効果があってよ……!」
トリガーを握りしめる陽が、意識をふっとラルヴァから身体を濡らす染液へを変える。
「注視」は細やかな敵の動きを負いきれないかもしれない。
だが一方で、時折ノイズが入ったように霞んだラルヴァに対する視界の不良は、いくらか軽減されたような気がする。
「不安な者はペイント部を狙え! 友軍が追いつくまでは、我々だけでこの場を押さえるぞ!」
「心得ています!」
ユーリの蒼姫刀が、雷電を伴って一閃。
穿つようなその一突きに、アウレールの刃も追撃。
傷を負った右前腕へと攻撃を集中する。
「とにもかくにも1本――話はそれからだ」
奏多はなおも駆け抜けながら、ラルヴァの喉元まで一気に駆け上がる。
多少無理をしてでもこの1本を破壊しなければ、危険を賭して転移した作も崩れてしまう。
彼が走り抜けた先に間髪おかずに貫くマテリアルライフルの光。
さらに放り込まれたグレネードが爆風で飲み込む。
「ここまで飛び込むと流石に手も震えてくるぜ」
これは恐怖?
それとも武者震い?
どちらにせよ、操縦桿に伝わる手の震えをごまかすように、自らに言い聞かせるラスティ。
「だーいじょうぶ。万が一のときは死ぬ気で骨ぐらい拾ってやるよ」
「そこで『最期まで一緒だ』って、感傷に浸らないのがお前らしいよ」
ライフルのカートリッジをパージするリコ機からの通信に思わず笑いもこぼれる。
震えてたってトリガーは引ける。
力いっぱい、握りしめるだけなんだ。
巨腕がゴウと音を立てて振われ、咄嗟に散開する3機。
だが、転移の関係で十分な距離は確保できておらず、ガツンと激しい衝撃が機体を揺らす。
「掠めてこれか……持ってくれよ」
モニターのダメージ表示を苦い顔で流し見て、誠一はグレネードの次弾を放る。
「まだ壊れないの……!?」
リューリはガツンガツンと力いっぱい大斧を叩きつけながら、流石に焦りをにじませて叫ぶ。
ひび割れ、欠けや穴すら開いた腕は、確かにダメージが通っていることだけは見て取れる。
だがまだ砕けない。
上空から飛来する無数のブレイズウイングが、針のむしろにするように突き刺さっていく。
「退くという選択はない。なら砕けるまで切るだけだ」
彼女の傍を走り抜けたアルトが、奏多同様に腕に沿って一直線、刃を振う。
ひとつ刃を通すたびに飛び散る陶器の破片。
それに合わせるように、遠距離からの砲撃音がこだまする。
転移に入りきれず止む終えず分断された一団からだ。
マスティマの短距離転移「プライマルシフト」は2機分を合わせれば相当の効果範囲をカバーできた――が、それでも同盟軍やユニット、転移先の状況を考えれば一団すべてをそっくり跳ばすことはできない。
結果としてハンターを中心とした一握りだけとなり、残された友軍はアリアたちの作ったアンフォルタスの道を駆け抜けている。
それでも大きく後れを取った進軍のディスアドバンテージを、一部でも取り返せている。
それに近づかなければ攻撃ができないインファイターとは別に、望んで残る側を選んだ者たちもいる。
これはそういった者たちの長距離放火だ。
「弾だけならまだまだあるからのぅ。それに、そもそもこれ以上は近づけぬ」
ミグのヤクト・バウから放られた榴弾がラルヴァを爆炎で包む。
射程の関係でもう一歩も前へは出られないが――砲手とはそういうもの。
遠方に1機取り残される形で、辺りを陶器人形に囲まれながらもトリガーを引き続ける。
なに、持てばいい。
こうなったら残弾が残る方が恥というもの。
それ以外のハンターや同盟軍は進軍を続けている。
「もともと、最悪一歩も歩けなくなっても戦えるように準備してきたんだからね!」
弓を番えるジュードは、ラルヴァへサジタリウスの矢を放つ。
「正義」の切れた敵に矢によるダメージは僅かなもの。
それでも、少しでも装甲を削り取ることに意味がある。
襲い掛かる周辺の敵はまだ射程の届かないハンターと軍が請け負う。
この状況であれば手あたり次第に倒す必要はない。
小夜のエクスシアから放たれたブリザードが陶器人形の足を止め、軍歩兵の集中攻撃で邪魔になる個体だけを厳選し撃破する。
その間にハンターと特機隊が硝子ゴーレムの相手をすることで、対応の形ができつつあった。
前線隊の急接近がラルヴァの計算を狂わせたのか、新たな糸もまだ放たれる様子がない。
進軍するなら今だ。
「流石に頑丈だが、集中できるようになればな」
大股で駆け寄るゴーレムをエアルドフリスの黒縄が縛る。
撃破時の破片の飛散は厄介だが、まずは何よりも近づけなければいい。
縛り付けられた敵をジーナ・サルトリオ(kz0103)のエクスシアから放たれたマテリアルライフルが射抜くと、立て続けに足元をセレスの拳が掬う。
アルトや奏多も猛威を振るう、アサルトディスタンスによる接離一体の攻撃。
「ゲームは互い安全に、楽しくやらなきゃ。分かる? 『互いに』だから」
ゴーレムから放たれた硝子の散弾をひらひらと回避しながら、聞いているのか分からない相手に言い放つ。
ほんとはラルヴァに一番言ってやりたいけれど、まだ距離が遠い。
そうして意識を引きつけている間に、砲撃ともいうべきCAM用スナイパーライフルの銃弾がゴーレムを射抜くと、巨体はステンドグラスのように色とりどりの輝きを放って砕け散った。
「良い腕じゃないか。同盟に掛かりっきりなのが惜しいくらいだ」
エアルドフリスの言葉に、コックピットのディアナ・C・フェリックス(kz0105)はため息交じり、ラルヴァの姿を遠巻きに応える。
「あんなのが居たんじゃ、かかりきりにもなるわ」
「それはごもっとも」
「いい加減、俺の故郷で遊ぶの止めてもらうんだからね!」
ジュードがプリプリ怒りながら先を急ぐと、それを見たエアルドフリスも彼の、そしてディアナの気持ちを理解できた。
「俺にとっても第二の故郷のようなものだ。我が物顔にさせておくつもりはない」
自分たちの故郷は、自分たちの手で取り戻す――そのために手に入れた力なのだから。
「いい加減に、砕けろでちゅ」
ジャンプでラルヴァの腕を避けたポロウ。
その背で朝騎が符を放つ。
生まれた5本の稲妻が、ラルヴァの全身をくまなく撃ち貫いた。
ダメージの蓄積された右前腕はその一撃で真っ黒な消し炭と化し、ついにぼろりと崩れ落ちたのだ。
● 『流石はアメンスィ。良き駒、良き駒』
クフクフと笑みをこぼしながら、ラルヴァを中心に放たれる地響き。
地割れが戦場を襲うが、直下のハンター達はまだ「勇気」に守られ直接的な被害はない。
代わりに効果範囲から外れた上空の3機を重力波が襲うこともあったが、こちらはマスティマの強力なイニシャライズフィールドで耐え抜いている。
『話は聞いていたけれど、本当に良い玩具だね。ボクも欲しいなぁ』
「玩具呼ばわりする相手に渡せるような代物ではないんですよ、これ」
重力波を真っ向から受け止めながら、ウルスラグナがブレイズウィングをリリースする。
巨体を大きく回り込んで飛翔する翼刃が、左後腕を幾重にも切り裂いた。
「これで……砕けなさい!」
ユーリの刀が追って突きこまれ、ひび割れが一斉に腕全体へと走る。
次の瞬間、2本目の腕が砕け散った。
「ようやく2本……だが、これで2本だ」
アーサーは額に伝った汗に構う余裕もなく、だが挑戦的にラルヴァを見上げる。
「正義」の付加があった1本目に比べ、2本目は当然ながらさらに時間を掛けることになった。
途中で後続班が合流できたことは幸いであったが、それでもここまで、ハンターらも少なくないダメージを負っている。
『だがまだ2本ある。君たちと同じだよ』
「はっ、強がりでなきゃいいがな……!」
アーサーの貫徹の矢が左前腕を貫き、装甲を削り取る。
流石にラルヴァも回避らしい動作で腕を振ったが、避けられはしない。
『そうだね。沢山の駒も集まって選べる手は増えた。さぁ、どうしよう、どうしよう。楽しいねぇ。ここが一番、楽しいところだ』
「そういうのは、1人で勝手に楽しんでなさい! だぁぁいせぇぇぇつだぁぁぁん!」
クレールの超重錬成が腕に突き刺さり、巨大化した刃ががっちりと食い込む。
そのまま一気にマテリアルを解放し、刃に魂を込める。
「そぉぉぉりゃぁぁぁぁぁあああああ!!!」
「うおわぁぁぁぁぁ!?」
無理やりラルヴァを地面に投げ落とし、真下にいた旭はギリギリのところで退避する。
地響きを立てて落下した巨体に、濛々と視界が覆われるほどの土埃が舞った。
「げほっ、げほっ、ど、どうだ……」
せき込みながら埃の中に目を凝らす。
動くのは巨影が、それとも。
真っ先に飛び出してきたのは――あのマテリアル糸だ。
まるで生き物のようにゆらゆらと宙を揺らめく10本の光の糸。
やがて目標を見定めたかのように、先端が戦場に散る。
しかし、前衛はまだぎりぎり「勇気」の効果内。
後続隊もポロウの結界だ。
その中でラルヴァが選ぶ手は――10本の糸が、それぞれ辺りの陶器人形へと繋がれた。
『こういう局面はね、細やかな采配が必要なのさ。ねぇ、そうだろう?』
埃が晴れていく中で、強力な負のマテリアルに包まれた陶器人形が跳ねた。
それまでのどこかぎくしゃくとした、ロボットのような動きとは全く違う。
人でもない、獣のようなしなやかな跳躍。
小夜が咄嗟にカバーに入ると、エクスシアの腕を人形が蹴りつける。
バガンッ――と思わず耳を塞ぎたくなるような音が響き、機体の姿勢バランスごと崩された腕は、装甲がごっそり弾け飛ぶほどにひしゃげていた。
「これ……今までと全然……!?」
慌てて距離を取ろうとすると、側面から別の人形が飛び掛かる。
咄嗟にエアルドフリスの雷撃が間を割って飛んで、人形はとんぼ返りで退避、距離を取った。
「頭の悪い動きだな……いや、良い意味で。我々にとっては、最悪な意味でだが」
糸に揺られて四方八方に散った人形たちは、2?3体ずつ徒党を組んでハンターらを様々な方向から攻め立てる。
連携――というには精錬され過ぎた動き。
おそらく全て、ラルヴァの支配下として文字通り手足のように動いているのだ。
「これ……強いっ!」
3体の人形に右へ左へ翻弄されるセレス。
それまで人形やゴーレムに力を注いでいたから分かる、圧倒的な力の差。
死角からの拳が背中にめり込むように強打して、圧迫された肺からの乾いた息が噴き出す。
「孤立するな! そして真っ向から相手にする必要もない」
エアルドフリスは騎乗したイェジドのゲアハラと共に身体ごと割って入り、迫る人形ごと、頭の先から伸びる糸をライトニングボルトで焼く。
先ほどと同じように、1撃で焼ききれるような強度ではない。
人形のまるで達人のような槍の一閃を、ゲアハラが身を翻して回避すると、そのまま鋭い牙で喉元へと喰らいつく。
その隙にもう一撃を放ち、ようやく糸はプツリと途切れ消え去った。
もとの様子に戻った人形へもとどめを刺したいところだったが、囲む別の人形が飛び掛かるとセレスを庇うように退避を余儀なくされた。
「無視できる相手ではないか……!」
3本目の腕へと掛かっていた奏多は、地表を滑るように転身し目標を一時的に強化人形へと向ける。
むろん、切り伏せるつもりはない。
糸だけを狙うつもりだが、人形の動きは奏多のそれに追いすがるする。
振った刃を首の振りで回避すると、そのまま並走して彼の後を追う。
「振り切れないか……!」
身構えた瞬間、進行方向から飛び込んで来たユーリがすれ違いざまに太刀一閃。糸を切断。
人形はそれまでの自分の速さに耐え切れず、地面に激しく激突した。
別の人形が彼女めがけて蹴りを放つと、アリマタヤで受け止める。
反動で身体ごと大きく弾かれ、全身が悲鳴をあげるように軋む。
「この程度のことで!!」
歯を食いしばって耐えると、衝撃をエネルギーと変えて刃に乗せ、人形の頭部ごと糸を切り払った。
肩で息をしながら、鬼気迫る目つきで周囲を警戒する。
が、それ以上に迫る強化人形はいないようで、すぐに視線をラルヴァへと戻す。
「一刻も早く、腕を――」
奏多も頷き、すぐに駆け出す。
「打ち手でありキング……奴を落とせば、ゲームは終わる」
これ以上、プレイヤー気取りのヤツに遅れは取らない。
「ラスティ、セーイチ! 少しでも時間を稼ぐぜ!」
リコの言葉に、3人のエクスシアが一斉にエンジェルハイロウを起動する。
3対の翼が前線のハンターを囲むように戦場を遮るが、1辺はどうやっても塞げない。
いや、それでいい。
無理やりどこかを突破されるよりは、口を開けておいた方が対処は容易だ。
エルバッハがブレイズウィングをリリースし、戦場に散らばる糸を一斉に追い立てる。
上空の視点からであれば糸の行方は容易に察知でき、各地へブレイズを走らせるのも容易である。
「私とリクさんで、できる限り糸を対処します。皆さんはラルヴァを――」
強化人形の対処に意識を奪われている間にラルヴァは再び浮遊し、態勢を立て直す。
それに気づいてリューリがすぐさまファントムハンドで動きを縛り、牽制する。
「ここから逃がすことだけは、しないから……!」
既に体力も限界――だが、優先すべきことは分かっている。
アシェールのシュヴァリエもマテリアルバーストこそとっくに使い果たしたものの、ラルヴァの上空を決して離れず魔法で応戦を続けている。
疲労にダメージが蓄積してボロボロになっていく仲間を見下ろし、できることならすぐにでも駆けつけて、力を貸したい。
でも、ここを離れることはできない。
情に流されて倒せなかった――それだけは、絶対に避けなければならない相手なのだ。
非情になる。
それがどんなに苦しいことであろうとも。
『だいぶ糸が切れてきたね。ここからは出し惜しみはなしだよ』
半数以上の糸を切られ、ラルヴァは再びマテリアルを指先から発する。
『……うん?』
が、すぐにラルヴァはその首をかしげる。
切断されフリーとなった指から放たれた糸であったが、2つある腕の内、片方からだけ放たれない。
ちらりと横目に眺めると、腕のアチコチに大量の札のようなものが張り付いているのが見えた。
「粋を殺すのもすべてこのため……これで大願、成就ですよぅ!」
乱戦の雑踏の中、印を切るハナがラルヴァを見上げる。
黒曜封印――敵の術を封じるその一手を、最も必要であろうタイミングに撃つために。
「い、今の内にぃ! ちゃちゃっとやっちゃってくださいぃ!」
どこか震えるハナの声。
その他大勢に身をやつしていた彼女は、護衛のひとりも付けていない。
術の行使中、一切の身動きを取れない黒曜封印を発動する間、彼女は戦場で何もできない案山子となるのだ。
「そんな無茶な!?」
陽がすぐにカバーに回ろうとするが、ハナはブルブルと首を振る。
「無茶でも、やっちゃったし、できちゃったら、やるしかないんですぅ! 私のためを思うなら、はやくぅ!」
上空の彼からは、既に彼女のもとへ強化人形たちが飛び掛かるのが見える。
残り僅かな人形たちが集中するなら、確かに好機は今しかない。
「あ……ああ、もう!」
ポロウが旋回し、陽の放った機導砲が封印された腕に突き刺さる。
そうしてできた傷を、押し開くようにクレールの刃が突き立つ。
「やってやりますよ……! だぁぁいせぇぇぇつだぁぁぁん!!」
再びの剛力。
しかし、ラルヴァは腕の一振りで真っ向からそれを耐えきる。
「だけどダメージが入ってるなら――」
間髪入れず、ジュードが放った支援射撃。
矢はクレールが大きく作った裂目を的確に射抜き、そこからミシミシと無数の亀裂が走る。
「お願い、砕けて……!」
間髪入れずにもう一射。
マテリアルを纏った矢は腕を貫通し、急旋回。
逆方向からもう一度、射抜く。
再び矢が貫通すると同時に、3本目の腕がついに砕け散った。
「よーし、あと1本だぜ!」
リコのトラバントがマテリアルライフルの最後のカートリッジを放つ。
ビームは残る1本の腕ごとラルヴァの本体を焼き、ここ一番の狼煙となった。
同時に、他戦域からの通信が駆け巡る。
――クラーレ・クラーラを撃破。
その一報は、勢いを後押しするのに十分すぎるものだった。
「そうですか。自慢の大駒ももう取られてしまったようですね、ラルヴァ」
『クラーレが……そうか。なるほど、彼がねぇ』
エルバッハの言葉に、ラルヴァは僅かに声のトーンを下げる。
『残念だ……ああ、残念だよ。残念だ、残念だ、残念だ、残念だ。そうか、またひとり、友達がいなくなってしまった』
ハンター達の攻撃は、残る1本の腕と本体へと集中する。
ラルヴァは相変わらず効いているのかいないのか、よく分からない反応のまま、どこか悲し気にうなだれていた。
「そんなに大事なら、初めから人間なんかにちょっかいをかけないで、友達通しで永遠に遊び続けてたら良かったんでちゅ。人間の力、甘く見過ぎでちゅよ」
「その失意を、いったい何度お前たち嫉妬に味わわされた? 俺も、同盟の人々も、その身勝手な遊びに――」
誠一の胸の内にふつふつと熱が湧き、操縦桿を握る手に汗がにじむ。
「誠一の言う通りだ……だから、終わらせてやるよ。今、ここで……!」
ラスティが放ったデルタレイが、ラルヴァの身体めがけて斉射される。
『終わる……? いいや違う。それは違う』
集中攻撃の爆発・噴煙の中、ラルヴァは頭を振る。
『違うよ、君たち。違う、違う。そうじゃあない。勘違い、勘違い、勘違い、勘違いだ』
「何が勘違いだというんだ……! こちらはもう、チェックを掛けているのだぞ!」
吠えるアウレールに、ラルヴァは誰を見るでもない視線を遠い彼方に向けて投げかける。
『手詰まりで投了しなければならないのはね、キングでは目の前の駒に勝てないからだ。だが、本当はそうじゃない。“負けないからこそ王”なんだ』
その言葉にハンターの――いや、戦場の誰しもが背筋がゾクリと冷え上がる。
『僕はね、負けてはいけないんだよ。負けないことがこの僕の、唯一守るべき絶対のルールだ。そして今、僕が勝たなければならない相手は――』
彼の瞳の中に、彼女の姿が映ったような気がする。
同時にグラリと、足元が大きな音を立てながら揺れた。
「なんだ……!?」
上空のコックピットで、リクは思わず息を呑む。
本来、地に足のつかないこの状況で揺れなど感じるはずがない。
だが分かる。
地面が、壁が、天井が、世界のありとあらゆるものが揺れている。
今までの地割れがそれこそお遊びにも感じる。
言葉で表せば――災害。
300年前、アメンスィとの戦いのさ中にラルヴァが起こしたという震災。
この大地の裂目を作った、星をも引き裂く大地の胎動。
幾重にも深い亀裂が地表を走り、人を、生き物を、機械を飲み込んでいく。
剥がれ落ちた分厚い岩盤が、頭上からありとあらゆるものを押しつぶす。
歪虚も人も見境がない。
すべてを瞬く間に、無慈悲に、不条理に飲み込むからこその“災害”。
戦場が岩に埋まる――
●
「……あ、あれ……?」
その戦場で、真っ先に我に返ったのは小夜だった。
薄暗いコックピットの中を見渡すと、モニターが機体各部の損傷をレッドアラートで告げている。
だが、あれだけの落盤に巻き込まれて、思ったよりも――
「だい、じょうぶみたいだね……よかった」
「えっ……」
通信機から漏れた掠れた言葉に、状況をはっきりと理解する。
1機のエクスシアが、落石から自分の機体を庇うように覆いかぶさっているのを。
「お、お姉はん、なんで……!?」
戸惑い、叫ぶ小夜に、エクスシアの主・ジーナは掠れた声で語る。
「小夜ちゃんの方が、軍のみんなを上手にまとめられてたから……」
きっと、指揮系統もめちゃくちゃになってる。
うまくまとめて、負傷者の救助をさせてあげて、と彼女は言う。
大きな地割れ、そして落盤により、戦場は軍人はもちろん、多くのハンターが動けず、気を失った状況にある。
一刻も早く、動ける人手が必要だ。
「で、でも……」
「それに、軍人の仕事は市民を護ること……ハンターも覚醒者も関係ない。市民を守る。そが私の、ライトスタッフ――」
「お姉はん!?」
「……大丈夫。傷は深いが、意識を失っただけだ」
叫んだ小夜の言葉に返事をしたのはヴィオだった。
「ジーナは回収した。ディアナはまだ動けるそうだ。俺も機体を失ったがな……負傷者の救助にあたる。小夜も――頼む」
荒い息遣いから察するに、ヴィオの負傷も浅いわけではなさそう。
小夜は零れかけた涙が頬を伝う前に、それを飲み込んで、深く頷く。
「任せて……ください」
決意を込めて、すぐに生きている軍の回線を探す。
一方、リクは上空から地上へ向けて声を投げかけ続けていた。
「応答してくれ! 誰でもいい!」
大きな岩盤の直撃を受け、自分の機体も満身創痍。
それでも動けるなら、やらなければならないことがある。
分厚い岩に埋もれ、上からでは人も、ラルヴァすらもどこにいるのかハッキリと視認できない状況だ。
だがやがてかすかな声がレシーバーから零れて、思わず縋りつくように耳を澄ました。
「くたばっていられるか、と言ったんだ……クソッ」
岩を押しのけ、アウレールがはい出てくる。
またガラガラと大きな音を立てて動ける機体が。
他にも何人か、岩の隙間から這い出るようにその姿を現した。
「ラルヴァも……この下か?」
旭が辺りの惨状を見渡しながら、最後に足元を見下ろす。
次の瞬間、轟音と共に大量の岩が吹きあがり、辺りに飛び散り、その中から巨大なラルヴァの姿がゆっくりと宙へ浮き上がった。
自らも落盤の影響を受けているのか、残る1本の腕もその身体も至るところにダメージが見受けられる。
それでも彼は――笑っていた。
『クフ……クフフフ……さあ、これが王の一手だ。切り返して見せて欲しいね』
「一手? 何を……ただの自暴自棄じゃないか」
とっくに臨戦状態を取り終えたアルトが、岩場を踏み台に飛び上がった。
すぐにリクのマスティマが敵の頭上を押さえ、それ以上の上昇を制限する。
閃いた刃をラルヴァは初めて手の甲で「受け止める」と、“別の腕”で彼女を薙ぎ払った。
「何……!?」
咄嗟に取ったものの、直撃を受け止めることとなったアルト。
ラルヴァはまるでハンターらを迎え入れるように2本の腕を大きく広げる。
『さぁ、これで“まだ2本”だよ』
どこかから現れた2本目の腕――それは、ダメージを受けている元の腕よりもさらにボロボロで、すぐにでも砕けてしまいそうなもの。
修復か――そう言えば、嫉妬の歪虚には多くの使用例があった。
カラカラと、岩の隙間から陶器人形が這い出して来る。
ラルヴァはすぐさまマテリアルの糸を発し、それらを全て強化支配下へと置いた。
「やってやる……やるしかないんだ!」
ラスティのスカラーが片足を失った機体で加速砲を担ぎ、トリガーを引く。
ボロボロの腕を狙った一撃。
が、ラルヴァは陶器人形を盾にしてそれを防ぐ。
「ブレイズウィングッ!!」
すぐさまリクがブレイズウイングをリリースし、壁になった人形の糸を断つ。
強化を失った人形を飛び越えて旭がラルヴァの懐へ飛び込むと、今度は別の人形が彼の横っ面を蹴り飛ばした。
「まだまだぁぁぁぁあああ!!!」
全身の骨という骨が悲鳴をあげる。
それでもすぐに起き上がり、乱気流のごとき渾身の2段切りを修復したての腕へと振るった。
そこへ、大きく回り込んで近づいたアリアが剣と槍の2刃を振うと、腕はあっけなく砕け散る。
「あまり余力はないようね」
強化人形が彼女を襲うが、アウレールが間に滑り込んで盾剣でカバー。
よろめきながらも、返しの連撃で糸を断つ。
「こうなったらな……最後に立っていた者が勝者だ。なあ、ピグマリオの王よ!」
放たれた衝撃波はラルヴァの巨大な頭部を襲い、頭蓋部に大きな風穴を空ける。
ガラガラと音を立てて装甲が崩れると、中の闇のような空洞が露となった。
地面から新たな人形がカラカラと現れる。
「させるかよッ!」
旭が「知恵」の理を解放する。
ラルヴァの懐――だが今しかない。
放たれたマテリアルがラルヴァの身を蝕み、封印の術を施す。
ハナがそうしたように、ほんの一瞬でも糸を封じるために。
「飛び込めッ!」
アルトが2度目の「正義」を放つ。
閃光がラルヴァと共に人形たちをも焼き尽くす。
これで最後、次はない。
ハンター達は一斉にラルヴァへと飛び掛かる。
狙うのは本体である頭部。
だが、術を封じられたラルヴァは先にアルトにそうしたように残る1本の腕でそれらを受け止める。
そうして腕は――まだ砕けない。
流石に攻撃の手が足りない。
「ここまで来て届かないのかよ……!?」
旭は歯を食いしばる。
こうなれば自分にできるのは、その身を賭しても術を行使し続けることだけ。
「それでも、やるしかないんだろ!?」
ラスティが半ば祈るように、一心不乱にトリガーを引き続ける。
乱れ撃つ加速砲はじわりじわり、微々たるものでも敵の装甲を綻ばせていく。
「俺は強くなんかないさ……だけど1人じゃない。まだ、1人じゃない!」
届け、届け、届け。
もう誰も策なんてない。
撃ち続けるしかない。
あの腕さえ抜ければ――
身構えようとしたラルヴァの腕が、ぐんと、何かに引っ張られるように止まる。
『おや……?』
腕から伸びるのは1本のワイヤーブレード。
その先を握りしめるエクスシアのコックピットの中で、誠一は静けさを纏ったままレバーを力強く引く。
だがラルヴァが軽く腕を振ると、逆に機体の方が引きずり出されてしまう。
『その程度の力では勝負にもならないよ、ねぇ?』
ラルヴァはその腕で引きずり出したエクスシアを掴むと、握りつぶすように力を込める。
メキメキと機体の各所が悲鳴をあげる。
『だけど、指し手に待ったをかけるのは感心できないね……そればかりは、ねぇ』
フレームが歪み、コックピットもひしゃげていく中、それでも誠一は静かに――それでいて勝ち誇ったように笑みを浮かべた。
「ようやく……“俺”を見たな」
『……なんだって?』
「ようやく俺たちを駒でなく、差し手だと認めたなと言ったんだ」
――チェックメイト。
圧壊寸前のコックピットで、誠一はモニターの先に一筋の光を見る。
それがどれだけ信頼できるものであるかを知っているから、彼は安心して意識を手放した。
「――希望よ、月光の刃となり奔れ」
ラルヴァの真下、天に向かって放った白銀の斬撃が巨体を貫いて淡く輝く。
ミシリ――その体表に、細い亀裂が走る。
「私が、私と仲間たちに誓ったの――もう、冬はおしまいよ」
アリアは振りぬいた刃を胸元に抱くように寄せた。
冬は終わった。
同盟は未来へ――希望へと旅立たなければならないのだ。
街の人もハンターも関係なく、かつて同盟の絆が紡いだのは「希望の帆」なのだから。
亀裂が亀裂を呼び、ぽろりぽろりと、ラルヴァの身体が崩れはじめる。
まるでジグソーパズルが解けるように、その身体は破片となって大地に砕け散った。
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