ゲスト
(ka0000)
【羽冠】グランドシナリオ 王都防衛 リプレイ


作戦1:王都防衛 リプレイ
- デスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013)
- セルゲン(ka6612)
- 琴吹 琉那(ka6082)
- 保・はじめ(ka5800)
- フワ ハヤテ(ka0004)
- クローディオ・シャール(ka0030)
- ジャック・エルギン(ka1522)
- シガレット=ウナギパイ(ka2884)
- エラ・“dJehuty”・ベル(ka3142)
- 瀬崎・統夜(ka5046)
- 狭霧 雷(ka5296)
- マッシュ・アクラシス(ka0771)
- 時音 ざくろ(ka1250)
- ミリア・ラスティソード(ka1287)
- 南護 炎(ka6651)
- フィーナ・マギ・フィルム(ka6617)
- レイオス・アクアウォーカー(ka1990)
- 十色 エニア(ka0370)
- リューリ・ハルマ(ka0502)
- セレス・フュラー(ka6276)
- アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)
- 星輝 Amhran(ka0724)
- Uisca Amhran(ka0754)
- 鳳城 錬介(ka6053)
●
突然の傲慢歪虚の襲撃。王都内のいたるところで大混乱が発生していた。
王都の中心から逃げる者、逆に王都に中心に向かって逃げる者。もはや、収拾がつかない事態となっていた。
「いかに迅速に事態を収拾できるかが肝だからな。使えるモンはそれこそ猫の手でも借りてぇ」
デスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013)がトランシーバー片手に言った。
ハンター達に課せられた役目は、傲慢歪虚の討伐や右往左往する市民の避難だ。
それは、一人では決して到達できない。王都内には数十万以上の人口があるのだから。
同行していたセルゲン(ka6612)が、市民をなんとか避難させようとしていた衛兵に声を掛けた。
「土地勘ある皆の力を貸してくれ。第二街区を避難誘導先にする」
「わ、分かりました。仲間に声を掛けてきます」
衛兵は慌てながら、二人からトランシーバーを受け取る。
使い方は……大丈夫だろう。見送りながらデスドクロは予備のトランシーバーを用意した。
「よし、次の衛兵探すぞ。衛兵の強みは数がいて独自に動けることと、何より土地勘があるってことだ」
「この広い王都守る衛兵に現場間の通信網が皆無とは考え辛ぇしな」
「衛兵なら、俺様達にゃ気付かねぇ隅の隅まで見て回ることもできんだろ」
まずは寸断してしまっている指揮系統を回復する必要がある。
それがどこの誰を起点とすべきか分からない以上、一時的にでも、誰かが、管制を試みる必要があった。
デスドクロとセルゲンは大混乱する城下町の中に飛び込んでいった。
大通りは人がごった返していた。
人だけではない。家財を満載した荷車や商人たちの馬車などもだ。
それが交差点に詰まると、その交差点だけではなく、隣接している交差点にも広がっていく。いわゆる、グリッドロック現象だ。
こうなると移動は困難になるが……。
「斥候は忍者の専門分野や。ンフ、燃えてきよったー♪」
ひゅん! と建物と建物の間を飛ぶ影が一つ。琴吹 琉那(ka6082)だった。
マテリアルを操り、壁に対して垂直に立っているのだ。こうなれば、混み合う通りを行く必要はない。
「黒幕らしき存在は見当たらんねぇ」
周囲を見渡すが視界の中に怪しい存在は見当たらない。
琉那は再び壁を蹴って駆け出した。
第二街区に至るまで、その道のりは簡単では無かった。
まず、ハンター達が居た第三街区そのものに周囲の街区から集まってきている者が多かったからだ。
これは、騎士団本部とハンターオフィスの支部が第三街区にあるからもでもある。
「第二街区を避難所とします」
衛兵や住民に呼び掛けているのは、保・はじめ(ka5800)だった。
騎士団や教会までは距離がある。路地を駆け抜ける機動力も、建物の間を飛び越えるスキルを持たなかった彼は、少なくとも、出来る事をやるしかない。
「法術陣になにかあったら……」
ギリっと噛みしめる。
王国の秘術ともいえる、法術陣を万が一でも傲慢歪虚に奪われるのではないかと思ったのだ。
そんな危機感を胸に押し込めながら、彼は声の限り、避難を呼びかけるのであった。
一早く聖堂協会に辿り着いたのは魔法で空を飛んでいたフワ ハヤテ(ka0004)だった。
教会の入り口では救いを求める住民に対し、司祭が何か告げている。そこを割って入った。
「この第二街区を避難所とする。協力を求めたい」
「な、なにを突然。そんな話、聞けるものか」
どうやら、何も知らされていないようだ。
「傲慢歪虚に襲撃されている。意地が悪いのは百も承知だが、いかんせん人手が足りない」
避難してくる人々の波は収まる気配が無かった。
青くなる司祭に対して、ハヤテは肩をポンと叩く。
「エクラに仕える者が罪なき民を無下にはしない……と信じている故なのさ……だから、巻き込まれる準備をしておいて欲しい」
爽やかな笑顔を見せて、ハヤテは魔法を唱え、再び空へと飛んだ。
要件は伝えた。確信犯にも近いが、ここに人々が押し寄せれば教会も動かない訳にはいかないだろうから。
「避難先は第二街区です。慌てずに移動を」
ママチャリに乗ったままクローディオ・シャール(ka0030)が拡声器で避難を呼び掛ける。
ある程度、人の流れが動き出せば、どこに行けばいいか分からない人々も自然とその方向へ向かうものだ。
その時、通りの一角から幾つもの悲鳴があがった。見れば、漆黒の人型――フルフェイスを被っている人型歪虚――が幾体か現れていた。
愛車ヴィクトリアのペダルに力を入れる。まだ、間に合うはず。犠牲者が出る前に!
傲慢兵士が振り下ろした剣が転倒した婦人の頭を砕くよりも早く、クローディオが盾で受け止める。
「私の目の前で、命の灯火を潰えさせはしない!」
敵の剣を弾き飛ばすと金銀に彩られた十字架の退魔銃を構えた。
軍馬が石畳を駆ける。刀身から赤い光を発するバスタードソードを突き出すジャック・エルギン(ka1522)。
突進の威力そのままを敵に向ける為だ。対して漆黒のケンタウロスのような傲慢騎士もランスを構えて迫る。
「歪虚は俺達に任せろ! 行くぜ!」
進路上の兵士や衛兵を叫んで下がらせると一気にトップスピードに入る。
傲慢騎士が持つランスの鋭い先端を、紙一重で避けると姿勢を保ちつつ、傲慢騎士に愛剣を突き刺した。
直後、負のマテリアルが刃となってジャックに襲い掛かってくる。傲慢特有の能力【懲罰】だ。
「効かないな」
剣で払い、鎧で受け止めて【懲罰】を凌ぐと手綱を手繰り、再び傲慢騎士へと軍馬の頭を向ける。
気合の掛け声と共にジャックは再び駆け出した。
ハンター達が王都内で避難誘導や傲慢歪虚との戦闘を繰り広げ出した頃、シガレット=ウナギパイ(ka2884)はフライングスレッドを駆って、王城へとやって来た。
普段ならば、空を飛んで王城に近づくなど自殺行為だが、咎める者すらいない状況は、それだけ王都内が混乱している証拠だろう。
「王都内のあちこちから傲慢歪虚が姿を現してるぜェ……って、黒の隊の――」
「……人違いだ」
シガレットの言葉を遮って答えたのは、正門を守る黒髪の青年だった。
きっと、青年には人には言えない事情があるのだろう。それは周囲を固める幾人の騎士も同様の顔をしていた。
――そういう事か。ニヤリと口元を緩めたシガレットは要件だけを伝えつつ、魔導スマホを投げ渡す。
「この状況、煌びやかな人型の傲慢歪虚と怪しい立札が元凶らしいぜェ」
「分かった。こちらでも見かけたら対処する」
軽く頭を下げた黒髪の青年に手を挙げて応え、シガレットはソリを浮かべた。戦場に戻る為に。
魔導バイクで路地を駆け抜けたエラ・“dJehuty”・ベル(ka3142)が騎士団本部に到着した。
騎士団長は不在で連絡が取れない。黒の隊の隊長は『謹慎中』である以上、独自に動くしかないが、如何せん、情報が少なく、騎士団本部に集まった騎士達は身動きが出来なかったようだ。
「ハンター達が王都内で活動を開始しています。騎士団にも協力を」
「承知した。我らでできる事があればな」
「まずは避難所を繋ぐように安全確保をお願いします」
エラの提案はシンプルであった。白の隊は拠点防衛。黒の隊は歪虚の討伐。
シンプルが故に、分かりやすい。年配の騎士は頷くと集まった騎士達に指示をしていく。
「道案内は頼めるのか?」
「当然です。その為に、仲間達が王都内で活動していますから」
通信機機能を持つイヤリングに手を触れながら、エラは自信満々に答えた。
騎士団が動きだした。衛兵も徐々にではあるが組織的な動きをしつつある。
それでも、油断は出来ない。先手を打たれている状態に変わりはないのだから。
瀬崎・統夜(ka5046)は通信機を手にしながら通りを走る。
「避難所が設置されている。そこへの誘導を頼む」
指揮系統から外れた兵士や衛兵に声を掛けているのだ。
一人の人間が出来る事は限られている。だが、複数人に任せられれば規模は大きくなる。
幾人かの兵士に声を掛けた時だった。路地から傲慢兵士が数体、姿を現した。
「ここは任せて先に行け」
マテリアルを込めた銃弾を放ちつつ、前に出る統夜。
傲慢兵士はそれほど強くないが、非覚醒者には脅威に違いないからだ。
身動きが取れなくなった隙を、別の方向から銃撃が放たれる。
「手薄な所に来たと思ったら正解でしたね」
狭霧 雷(ka5296)が屋根の上に居た。
避難民で溢れかえる通りを避け、空を飛んでは、通信状況から手薄な場所を目標としていたのだ。
「こんな使い方も出来るんですよ」
手傷を負わせた傲慢兵士を幻影の腕で捕まえると、自分の所へと引き揚げる。
普段ならば近くに寄せるが、雷は屋根の縁に居る為、傲慢兵士は自分が立てる場所が無く、成す術もなく落下した。
まごつく傲慢兵士に追撃を与えつつ、統夜と雷は移動を始めた。
一か所だけに留まっている訳にはいかない。王都内には多数の傲慢歪虚が出現しているのだから。
街区を隔てる遠くの城壁を見つめて、マッシュ・アクラシス(ka0771)は軍馬の手綱を握る。
「向こうに興味はありましたが……」
最も外側の第六街区と第七街区を隔てる城壁でも、大きな争いになっている。
だが、彼は王都の防衛という役目を選択した。
壁の向こう側の事は、きっと大丈夫――。仲間達を信じるしかない。
「……まあ、駆け回るとしましょうか」
足で軍馬に合図を送る。仲間からの情報を元に、傲慢歪虚が出現した場所へと向かうのだ。
機動的に動き回り、各所で傲慢歪虚を遊撃する。
問題があるとすれば、到達するまでの距離だ。大通りは人が多い。その点、細い路地でも訓練された軍馬の足は有効なのだ。
細い路地と大通りが複雑に交差する街区では避難する人々が道を塞ぐ。
その為、なんらかの移動手段を確保しているハンターの方が、その行動はスムーズだった。
時音 ざくろ(ka1250)もその一人だ。機導師としての能力を存分に活かし、建物と建物の間を越える。
「これ以上は好きにさせない!」
建物から眼下に見える傲慢兵士共に機導術を叩き込んだ。
傲慢兵士共が一斉に【懲罰】を放つが、ざくろは冷静に盾を構え、意識を集中する。
「そんなものは、ざくろには通じないよ!」
彼は今迄、幾度となく強力な傲慢歪虚と戦ってきた。
この程度の敵は対策さえしていれば、脅威にはならない。
再び機導術を放ち、傲慢兵士共を粉砕すると、踵からマテリアルの光を放ちながら、次の建物へと飛び移った。
第二街区と第三街区を隔てる城壁の門の一つで、また一つ混乱が起こる。
傲慢歪虚が間近に出現したからだ。
「何をやっているんだろうね」
頬を膨らませるミリア・ラスティソード(ka1287)。
長大な槍を器用に振り回して勢いをつけつつ、出現した傲慢歪虚へと向かう。
彼女が不満そうに言うには理由がある。近くまで出張ってきた聖堂戦士団は第三街区に出ようとしなかったからだ。
「敵は目の前なんだぞ!」
南護 炎(ka6651)が怒りを露わにしつつ、聖罰刃を傲慢兵士に叩きつける。
二人が市民と傲慢歪虚の間に入る形になっているが、それでも、まだ、聖堂戦士団は動かない。
その理由は誰も口にはしないが、“政治的な事案”によるものだ。しかし、この状況で、どんな理由があるとも動かなくて良い訳がない。
「ほら、こっちだよ!」
傲慢兵士を貫いたまま、ミリアの槍が豪快に宙を回転し、別の歪虚へと穂先を突き落とした。
スペースが空いた空間に南護が体を滑り込ませると聖罰刃を高く挙げて門から様子を見ている聖堂戦士団に叫んだ。
「お前達は、いいのかそれで? 国民護らねぇで、何の為の聖堂戦士団だ!」
聖堂戦士団の団員らはお互いに顔を見合わせた。
“上”からは第二街区から出ないように言われている……だが、この状況を見て見ない振りもできない。
「ここで動かなけりゃ、国の為に戦ってきた人達の想いを無駄にする事に……踏みにじる事になるんだぞ!!」
「……ハンター達の言う通りだ。行くぞ! 我らの信徒を救うのだ!」
隊を率いていた長と思わる人物が南護の発破に応じる。
彼らは一斉に武器を掲げると、傲慢歪虚へと突撃を開始した。
王都の状況を確認しようと空高く舞い上がったフィーナ・マギ・フィルム(ka6617)は思わず息をのむ。
あちらこちらから煙が上がっていた。建物が崩壊する土煙であったり、火災による真っ黒な煙であったり、王都の被害は一目で甚大なものだ。
「しまった……」
空から傲慢歪虚の行方や避難する市民の流れを偵察しようとした彼女の発想は悪くない。
しかし、運が向いていなかった。あちらこちらで発生した煙は風に乗り視界の妨げになる。
さらに、王都を円形に取り囲む街区城壁も視線を遮っていたのだ。
「高度を下げないと……」
地上に近くなるほど、見える範囲は狭まる。同時に傲慢歪虚にも狙われやすくなる。
万が一でも落下すれば、即死は免れない。
その時、視界の中で傲慢騎士の動きが見えた。大通りを疾走していたからだ。すぐさま、付近のハンターに連絡した。
連絡を受け取ったのはレイオス・アクアウォーカー(ka1990)だった。
接触した黒の隊の隊員に第二街区へと向かう市民を任せ、彼自身は連絡が入った大通りへと駆ける。
「傲慢歪虚が害虫みたいに湧きやがるな。まとめて駆除してやる!」
走りながら闘旋剣を抜刀する。
彼のマテリアルに反応し、銀色に輝く刃を煌めかせ、傲慢騎士に斬りかかった。
間髪入れずに襲い掛かってくる【懲罰】を身体を捩じり避ける。
「傲慢の性格から広い通りを行くと予測したけど……まさか、な」
そもそも、機動力が高い傲慢騎士が、己に課せられた目的を達するに、その機動力を発揮できる場所を選ぶのは妥当な事だ。
自身のマテリアルを刃へと集束させるとレイオスは闘旋剣をなぎ払った。
「転移されたら、防壁も何もないよね?」
傲慢歪虚に少なからず因縁がある十色 エニア(ka0370)は王都内の混乱を目にしながら呟いた。
王都内に侵入を許したとなれば、後はしらみ潰しして討伐していくしかない。
「眠りに誘う雲よ……」
【強制】により暴徒と化している市民に対して魔法を使うエニア。
一時しのぎにしかならないが、何もしないよりかはマシだろう。それに、エニアには優先すべき事があった。
「どこかに居ると思うんだけどな?」
これだけの惨事を引き起こしている傲慢歪虚を探す為、エニアは家々の屋根を駆け出した。
屋根の先から跳躍し、そのまま魔法の力で混乱が続く王都の空に飛び上がったのだった。
●
路地の間をイヌワシが飛び駆け抜ける。
リューリ・ハルマ(ka0502)が連れてきたのだ。
「こっち側には居ないかなって、もう、そんなに先に行ったの、アルトちゃん」
意識を戻し、周囲を見渡すと親友の背が遠くに見える。
隣で地図に情報を書き込んでいるセレス・フュラー(ka6276)が言った。
「他のハンターから発見の連絡があったからね」
セレスら、【月待猫】は自分達や他のハンターから得られた情報を整理し、マッピングしていた。
これにより、どこで、誰が、何と戦っているのか、あるいは傲慢歪虚が出没したのか、確認できた。
そして、必要に応じた場所へと向かっては、敵を打ち倒していたのだ。
「本当に早いんだから」
「到着する頃には、また無双し終わってるかな」
リューリとセレスが宙を駆ける。
柔軟でかつ、優れた移動手段を確保しているのも【月待猫】が効率よく敵を倒している理由であった。
また、小隊で動くのは強敵や敵数が多い時も有効だ。他のハンター達よりも先んじて、既に幾体かの傲慢貴族を討伐している。
果たして二人が追いつく前に、アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)は単騎で傲慢騎士を仕留めていた。
塵となって消える歪虚を視界に残しながら辺りを見渡した。
(“我等に勝利を”……彼女達の想いを無駄にしてたまるか)
国の為に、人々の為に戦って逝った者達の為にも、王都を蹂躙される訳にはいかない。
胸に決意を秘めながら、追いついてきた仲間を迎える。
「次は?」
「ここから北西方向に強めの傲慢歪虚が出現しているみたい」
「それを討伐しらた、すぐに南下かな」
敵の出現位置を確認して【月待猫】の面々は建物の屋根へと駆け上がる。
「こちらの本拠地に戦力を分散して出現しても物量で潰されるぐらいはわかるだろう……」
風のように駆けるアルトの言葉に、隣を走るセレスが応えた。
「まさか、何かの陽動という事なのかな?」
「恐らくな……本命が別にある気がする」
何か目的を持っての王都襲撃に違いない。
やや遅れだしたリューリが首を傾げる。
「もし王女様が狙いだったら、外側の城壁なんだけどね」
「王女が目的じゃないって事だろう……となると、残る重要人物は……」
わざわざ振り返りながら告げたアルトの言葉を続けるようにセレスが呟く。
「謹慎中の騎士隊長か自宅療養中の例の大貴族?」
嫌な予感を感じつつ、彼女らは傲慢歪虚が出現した場所へと急ぐのであった。
幼い少女と甲虫歪虚の姿を探し、星輝 Amhran(ka0724)とUisca Amhran(ka0754)の二人も王都内を駆け回っていた。
途中遭遇した傲慢兵士を粉砕しつつも、“立札”の存在も探す。
「同一の敵が複数出現するのは、あちらこちらに“立札”があるからじゃろうな」
「ミュールが王都内に居るのは確実だと思うのですが……」
通信機から入ってくる連絡は、傲慢貴族や騎士、兵士といった存在ばかりだ。
立札の情報は今のところ入ってこない。
「見つけ出したら、上手く情報を引き出そうと思ったのじゃが」
てっきり、敵の狙いは角折の歪虚に絡む事かと思ったが、そんな雰囲気は感じなかった。
傲慢歪虚は裏切者を許さない……では、王都に誰か“裏切者”が居るのだろうか。
「……いるの、一人。それも、恨みを買ってそうな人物がの」
「ヘクス卿の事ですか? キララ姉さま」
「そう考えるのが妥当じゃろう」
「……あっ!」
何かに気が付いて、Uiscaは思わず足を止めた。
もし、ヘクスが“傲慢歪虚に狙われている”と想定していたら……その準備を怠るとは思えない。ハンター達の報告書にあった『何かを邸に運び込んでいた』というのは――。
「まさか、屋敷自体を爆発させる気だったり……」
そんな事はさせない、させてはいけないとUiscaは思った。
こまめに連絡を取りながら、市民達の避難誘導を続けていた鳳城 錬介(ka6053)は、路地の奥に負のマテリアルを感じた。
敵だったら、排除する必要があるので、聖盾剣を構え慎重に路地を進む。
「……“立札”? まさか、これが……」
王国各地に出没していた同一の傲慢歪虚と絡む“立札”が彼の目の前に立っていた。
なるほど、ノセヤが言うように、神出鬼没であれば、防衛側は脅威としかいえない。
「即刻、破壊しないと」
近寄った時だった。“立札”が唐突に、幼い少女に姿を変えた。
「やっぱり、ここは止めておこうっと」
「君が“立札”の正体だったのか?」
屋根の上に瞬間移動した少女を見上げながら、錬介は尋ねた。
少女はクルクルっと回り、無邪気な笑顔を見せてきた。
「また会ったね、鬼のお兄さん。でも、ミュール急いでるから、バイバイ?」
質問に答えもせず、少女は消え去った。
セルゲンが騎士団からの指示や情報を衛兵に流す。
「第三街区の北側に傲慢騎士が出没。騎士団とハンターが向かっている」
「らしくなってきたな!」
傲慢兵士に銃弾を撃ち込みながらデスドクロがセルゲンの横にならんだ。
この混乱する戦場の事を言っているのか、各所との連絡を取るセルゲンの動きの事かは、デスドクロにしか分からない台詞であったが。
「そろそろ切れるだろう。かけ直すぞ」
機導師としての力をセルゲンの持つトランシーバーへと込める。
これで、やや離れた場所まで通信が届くようになるのだ。
「頼む……ッチ! こんな時に」
倒した傲慢兵士の後ろから、更に数体、傲慢兵士が出現した。
傲慢歪虚の特殊能力は対策を取っていないと面倒な事になる。セルゲンは先手を取った。
「これでどうだ!」
ドンっと立ち塞がると全身から放たれる生体マテリアルの光。
それは、傲慢兵士共を吹き飛ばした。
「さすがは、セルゲンだ」
吹き飛んだ傲慢兵士に対し銃を放つデスドクロ。
【懲罰】は飛んでこない。セルゲンの放った光は、スキルを使用させなくする力を持つからだ。
その間にセルゲンは通信機を通して衛兵に次の情報を入れる。他のハンターから流れてきた新情報だ。
「傲慢歪虚は“立札”から出現する。それは幼い少女に姿を変えるそうだ」
後手に回っていた王都防衛が反撃に転じる瞬間でもあった。
“立札”と幼い少女を探し、見つけてはハンターや騎士団に連絡する。
目途が立ち始めた事は衛兵の士気に関わる。衛兵の心情に余裕が出れば市民達も落ち着き始めた。
「怪我人を僕の周りに」
はじめの呼び掛けに大小、怪我をした人達が集められる。
マテリアルを集中した彼に、癒しの波動が発せられた。
覚醒者にとっては微々たる回復量だが、非覚醒者にとっては十分過ぎる程だ。
「怪我が回復したら入れ替わって下さい。なるべく、少しでも多くの人が助かるようにお願いします」
隊とはぐれた衛兵や積極的な市民が手伝う。
どこの救護所も大変な事になってる中、はじめの救護活動で多くの市民が救われるのであった。
●
炎の魔法を辛うじて避けた琴吹 琉那(ka6082)は屋根の上で姿勢を整えた。
「危ないやろ?」
手強そうな歪虚に対し、無理をしなかったのは賢明と言える。
付かず離れずで戦線を維持し、市民を守りながら、仲間の到着を待っていた。
「ふふーん。ここなら平気……」
安全だと思った距離を一気に傲慢貴族が瞬間移動してきた。
驚く琉那に対し、傲慢貴族が【強制】を放った。
「自害せよ」
傲慢歪虚の特殊能力である【強制】。抵抗に失敗すると命じられた通り行動を実行してしまう。
抵抗を試みるも、周囲を圧壊するような負のマテリアルに屈し、彼女は無造作に手裏剣で首を掻っ切った。
琉那にとって運が良かったのは、屋根の上だった事だった。脱力して屋根から落ちた先に、ミリアと南護が駆け付けたのだ。
「しっかりしろ」
すぐさま南護が止血をし、ミリアが回復魔法を唱えたので命に別状はないはずだ。
これが【強制】の怖い所だ。だが、同士討ちを命令されるよりかは、まだ、マシだったかもしれない。
体勢を整えた二人に空からフィーナが降りてきた。
「敵が増えている……」
「召喚できるのか」
南護は屋根の上にいる傲慢貴族を見た。
単体では不利を悟ったのだろう。幾体もの傲慢兵士を召喚していたのだ。
「歪虚共! こっちに来やがれ! まとめて相手してやるぜ。ボクが! いやボク達がな」
威勢よくミリアが槍先を向ける。
その言葉通り、傲慢兵士達が屋根から飛び降りてきた。
「何体いても同じ……」
スッと前に進み出たフィーナが指輪を掲げた。
放たれたのは幾本もの光の矢。それらが容赦なく傲慢兵士へと突き刺さる。
「数が居ればいいってものじゃない!」
南護が素早い斬撃を繰り出し、傲慢兵士を切り伏せた。
ミリアも槍を振り回し、敵を消滅させるが、ハンター達が戦っている間に再び傲慢貴族が傲慢兵士を召喚する。
「何度でも同じ事……」
フィーナが放った幾本もの光の矢。直後、負のマテリアルの刃が彼女を襲う。
それらを全て回避するのは無理だった。
「【懲罰】か!」
悔しそうに叫びながらもミリアが回復魔法を唱える援護する為、傲慢兵士の群れに突撃する南護。
強力な攻撃を放てば放つ程、【懲罰】の脅威は強くなるのだ。
「これは骨が折れそうだ……」
回復魔法を行使しながらミリアは呟いた。
時間差で出現した傲慢貴族を避難所から遠ざけるように後退しながら誘導するフワ。
「ひ弱なボクだけじゃ、勝てるものも勝てないからね!」
「一気に畳みかけるか」
ジャックの呼び掛けにざくろと統夜が頷く。
全員、傲慢歪虚出没の知らせを聞いて駆けつけてきたのだ。
「沢山の犠牲者が出た……絶対許せない」
真っ先にざくろがデルタレイを撃つ。
想定通り【懲罰】のカウンターがあったが、防具を固めたざくろには通じない。
その様子を確認し、ジャックと統夜が猛攻に出る。基本的に【懲罰】は立て続けに使えないからだ。
フェイントを差し込んだ斬撃を繰り出すジャック。
拳銃に最後に残った弾丸をマテリアルで包み撃つ統夜。
避ける事も敵わず攻撃を受ける傲慢貴族に、フワの魔法攻撃が突き刺さった。
「よし、これなら勝てるね」
フワが魔杖を構え直した。
傲慢貴族は難敵だが、連携を持てば倒せない相手ではない。
その時、統夜が建物の上の奇怪な物体に気が付いた。
「あれは……“立札”か?」
ハンター達が見つめるその中で、“立札”が負のマテリアルの光を放つ。
次の瞬間、“立札”が粉々に砕け散ると、その場に門のようなものが出現した。
「そうやって、傲慢歪虚が現れるって事かよ!」
「気を付けて」
ジャックの叫びにざくろが警戒を呼び掛ける。
門を通じて出てきたのは数体の傲慢騎士に、幾体もの傲慢兵士だった。
「やるしかない!」
マテリアルを練るフワ。熟練した魔術師は二つ同時に魔法を放つ事もできるという。
特別な指輪の力を借りて放った幾本もの光の矢が、新手の傲慢歪虚へと向かう。
「いけない!」
すぐにざくろがフワの前に割って入ろうとした。幾本にも放たれた光の矢と同じ数の【懲罰】が彼を襲ったのだ。
何本かは、ざくろが止めたが、全てを捌ききれるものではない。自身の強力な攻撃のカウンターを受け、フワは倒れこんだ。
「厄介な事を!」
追撃を仕掛けようとする傲慢歪虚に対し、統夜が天に向かって銃を放つ。
光の雨となって降り注ぎ、敵の動きを阻害させた。
「後方支援は任せた。俺が前に出る!」
倒れたフワへヒールを掛けるざくろに告げて、ジャックは愛剣を振り上げる。
傲慢歪虚との戦いは、なかなか一筋縄ではいなかいようだ。
「どうやら、“立札”の破壊は難しそうですか」
通信機を片手にエラが呟いた。
マッシュや黒の隊の隊員達と共に、第三街区内を転戦していたが、いつまで経っても第四街区から外側にはいけない状況だった。
というのも、第三街区の敵を一掃したと思っても、時間差で再び敵が出現してくるのだ。
「破壊する前に“門”になってしまうのであれば、手の打ちようがありません」
黒の隊を援護するように動くマッシュは視界内に見える“門”を見つめていた。
“門”から出現した新手の傲慢歪虚に対し、黒の隊の騎士達は果敢に攻めるが、傲慢歪虚特有の能力を警戒し、決定打に欠けてしまう。
「……これまでの目撃状況を考えるに“門”自体は長くは保たないはず」
冷静に分析したエラは、戦う仲間達をフォローする為、機導術を行使する。
浄化デバイスによる結界だ。少なくとも、この結界内であれば、【懲罰】や【強制】に対抗できるはず。
「ならば、私は前衛を支援してきます」
マッシュが獲物を掲げながら最前線に出る。
周囲の味方を鼓舞するスキルを使うつもりなのだ。それも抵抗力や防御力を上げるので、傲慢能力に対する力となる。
頭上に光り輝く三角形の機導術を作りながらエラは思った。
(明らかに時間稼ぎを取られている……通信網を構築しつつ、機動防御が出来れば……)
しかし、今から機動防御を行う編制を行うのは現実的ではないだろう。
後は、各自が奮戦するしかない。
大通りの安全確保に専念していたレイオス・アクアウォーカー(ka1990)は迫ってくる傲慢兵士をマテリアルで強化した闘旋剣で一気に薙ぎ払った。
跳ね返ってくる【懲罰】を避け、あるいは、受けて凌ぐ。それでも無傷という訳にはいかない。
「ここで止まっている場合ではないのに」
攻撃の手を緩めると、傲慢貴族が新たな傲慢兵士を召喚する。
しかし、回復しないと長期戦は難しい。その時、レイオスの後ろから錬介の声が響いた。
「回復は俺に任せて下さい」
王都内でバラバラに活動していたハンター達だが、強敵には呼び掛けに応じて集まっていた。
だが、元々、打ち合わせしていた訳ではないので、偶然の組み合わせとなってしまう。
それは戦力の分配という意味でいうとハンター達の詰めが甘かった所かもしれないが、少なくとも、この大通りでは良い結果になっていた。
「俺の方も、まだ余裕はあるぜェ」
シガレットが魔杖を肩に乗せながら言った。
二人の聖導士が持つ回復魔法は、【懲罰】対策には極めて有効だ。
カウンターでダメージを受けたとしても、それが一撃必殺でない限り、ハンターは何度でも立ち上がる事ができるからだ。
「傲慢貴族が厄介なら、先に倒しますか」
そう言ったのは、雷だった。
ザっと前に出ると、幻影の腕を傲慢貴族に伸ばした。強敵用に訓練された能力は、傲慢貴族の高い抵抗力を突破する。
「引き寄せて、移動を封じます!」
敵が慌てるかどうか分からないが、置き去りとなった傲慢兵士共が追いすがろうとする。
だが、それらに闇刃が突如として襲い掛かった。
その闇刃が突き刺さると身動きが取れなくなるのだ。
「分断できれば各個撃破できるはずだぜェ」
傲慢兵士の動きを止めたのはシガレットが放った魔法だった。
これで心置きなくレイオスは傲慢貴族に剣を振るう事ができる。
マテリアルを練り、闘旋剣に集中させるとレイオスは力の限り、傲慢貴族に突き出した。
【懲罰】によるカウンターはあり得るだろう。だが、錬介がいつでも回復魔法を使える準備をしている以上、脅威ではない。
「カウンターを上回る回復ができれば怖くないですし、敵の攻撃は俺の方で受け止めます!」
巨大な聖盾剣を構えて錬介が自身の周囲にマテリアルを展開した。
結界の一種だ。攻撃のベクトルを強引に捻じ曲げて使用者に引き寄せる事ができる。そして、錬介の堅い護りを貫くのは至難の業だ。
「次に行かないといけないから、さっさと片付ける!」
レイオスは立て続けに剣を振るい、傲慢貴族の反撃を強引に押し切った。
だが、彼の言う通り、これで終わった訳では無い。回復魔法を受けると、彼らは次の標的を求め、走り出したのであった。
●
王都内を飛び回ってミュールを探してエニアは、漸く、それらしき人物も第三街区で見つけた。
安全が確保された場所にも傲慢歪虚が出没しているという情報を知り、念の為、見に来たら発見したのだ。
「……気を付けるのじゃぞ」
通信機から聞こえてくる仲間に大丈夫と伝え、エニアは大鎌を握り締める。
勿論、死ぬつもりはない。ここに仲間達が来るまで時間稼ぎに徹すればいいのだから。
「この先は行き止まりだよ」
少女と甲虫歪虚の後ろから、わざと声を掛けた。
「折角の攻撃のチャンスを無駄にするとはな」
「教えてくれてありがとう……えと、お兄さん? お姉さん?」
振り返った甲虫歪虚と少女がそれぞれ口を開く。
少女は笑みを浮かべたままだが、甲虫歪虚は巨大な剣を担いで進み出てきた。
「偉大なるイヴ様に最も近い我らの前だ。死を以て挨拶としろ」
「え? いきなり!?」
絶大な負のマテリアルがエニアを襲う。
抵抗空しく、エニアは鎌先を自身の胸に突き刺した。溢れ出る鮮血に我に返った時は、時すでに遅かった。
視界が揺らめき、崩れる落ちる――所で、何者かによって支えられた。
「危機一髪だったようだな」
エニアを救ったのはクローディオだった。
回復魔法を唱えながら、静かにエニアを地面に降ろす。
(高位の傲慢歪虚の襲撃といえば、メフィストの件が記憶に新しいが……)
油断なく幼い少女と甲虫歪虚を見つめる。
発せられる負のマテリアルは正しく、高位と呼べるものだ。
(あの時の狙いは、シャルシェレット卿だったな。もしや、今回も……?)
そこまで考えて合点がいった。
時間稼ぎのような傲慢歪虚の出現は、王都を蹂躙するだけではなく、ヘクスの居場所を探す為でもあったのだろう。
十字架の形をした魔導銃を胸元に当てる。
「王国騎士団『黒の隊』の騎士、クローディオだ」
「我らと戦う意思を持つのならば、容赦はしない」
大剣を構えた甲虫歪虚。
お互いに出方を探って対峙する二人の間にUiscaと星輝が割って入った。
「間に合って……ないようじゃな」
「ご、ごめん……」
地面に倒れているエニアを星輝は、戦闘に影響のない所へと引っ張る。
一方、Uiscaは抵抗力を上げる歌と踊りを刻みながら、幼い少女に視線を向けた。
「貴方は迫害された混血児……なのですか?」
その言葉にこれまで笑顔だった少女は、突然、真顔になった。
それも一瞬の事。すぐに満面の笑みを浮かべる。
「お姉ちゃんの名前、教えてくれる?」
「イスカだよ。ミュールさん」
「ありがとう……イスカお姉ちゃんはイヴ様の所に連れてってあげるよ。ミュールに酷い事言った罪を、絶望で償って貰うから!」
「そんな事させんぞ!」
手裏剣を投げて牽制する星輝。
なんで、自分の妹は傲慢歪虚に連れられるフラグが立ってしまうのかと心の中で呟きながら。
少女を狙った手裏剣は甲虫歪虚が大剣で弾いた。
「どうやら時間が迫って来ているようだな……貴様なら知っているだろう。ヘクスはどこだ」
甲虫歪虚から放たれた負のマテリアルがUiscaを襲う。
頭をフラフラさせながら、Uiscaはスッと指先を“向けた”。
「今日は忙しいから見逃してあげるけど、そのうち、絶対に連れて行くからね!」
幼い少女はそう言い放つと、Uiscaが向けた方角に向かって歩き出した甲虫歪虚の肩に飛び乗った。
その姿を見送りながらクローディオは思った。そっちは、ヘクスの館ではない――と。
避難が完了し、人気の無くなった通りを進むミュールの前に立ち塞がっていたのは【月待猫】の面々だった。
ハンター達が互いの位置を確認していた意味はあった。Uiscaが機転を利かせ、わざと【強制】に掛かった振りをして、彼女達がいる方向に誘導したのだ。
「地道に地図と睨めっこしていた意味があったみたい」
セレスが苦笑を浮かべる。
位置情報を整理していた意味があったというものだ。
「気を付けてね、アルトちゃん。なにか凄く強そうだよ」
発せられる負のマテリアルを感じ、リューリが警戒する。
それはミュールも同様だった。通りの中央に立つアルトを強敵と見抜いたようだ。
「なるほど。ヘクスを守るハンターという訳か」
変に誤解されているようだが、ハンター達にとっては好都合だ。
アルトは剛刀を真っ直ぐに構えた。
「私の相手をするなら軍将レベルを連れて来い」
「粋がるなよ、人間」
刹那、アルトと甲虫歪虚の刃が打ち合う。
純粋な力では歪虚の方が上回っていただろう。だが、技という点ではアルトが優れていた。
「ならば、人間同士で殺し合え!」
甲虫歪虚が【強制】を放つ。
周囲に広がる負のマテリアル。
「無駄だよ。少なくとも、あたし達には通じない」
アイデアル・ソングで仲間達を支援するセレスのおかげもあり、甲虫歪虚の【強制】は通じなかった。
その間にもアルトの猛攻は続く。カウンターとして放たれた【懲罰】にも、アルトは抵抗してみせた。
こうなると力量の差がハッキリしてくる。アルトは確実に甲虫歪虚よりも強い。
「全く、相手にならないね」
「まさか、これほどとは……」
驚く甲虫歪虚にセレスが淡々に言い放つ。
「ほら、後ろからも来たよ」
Uiscaと星輝、そして、自転車に乗ったクローディオが追いついてきたのだ。
甲虫歪虚は覚悟を決めたようだ。大剣を最上段に構え――アルトに突撃した。
「心意気は認めてあげるよ」
すれ違いざま、刀を振り抜いたアルトの台詞と共に、甲虫歪虚が地面に倒れた。
歪虚が塵となって消えていく中、付近のベランダに瞬間移動して様子を見ていた幼い少女に、アルトは剣先を向ける。甲虫歪虚と戦って、アルトは分かった。発せられる負のマテリアルが大きいのは少女だと。
幼い少女は追いついてきたハンター達やセレスとリューリ、そして、アルトと順に視線を向けてから、跳ねるように建物の屋上に瞬間移動した。
「そのミュールは、ミュールの四半分ほどの力を持っているのに、あっという間に倒しちゃうなんて、凄いね!」
パチパチと無邪気に手を叩く。
どうやら、甲虫歪虚は、この少女の分体であったようだ。
「蜘蛛の尻拭いは“ついで”だったから、もう、行くね。まだ、やらないといけない事、いーぱっい、あるから!」
満面の笑みを浮かべながら、ミュールは唐突に消え去ったのだった。
突然の傲慢歪虚の襲撃。王都内のいたるところで大混乱が発生していた。
王都の中心から逃げる者、逆に王都に中心に向かって逃げる者。もはや、収拾がつかない事態となっていた。
「いかに迅速に事態を収拾できるかが肝だからな。使えるモンはそれこそ猫の手でも借りてぇ」
デスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013)がトランシーバー片手に言った。
ハンター達に課せられた役目は、傲慢歪虚の討伐や右往左往する市民の避難だ。
それは、一人では決して到達できない。王都内には数十万以上の人口があるのだから。
同行していたセルゲン(ka6612)が、市民をなんとか避難させようとしていた衛兵に声を掛けた。
「土地勘ある皆の力を貸してくれ。第二街区を避難誘導先にする」
「わ、分かりました。仲間に声を掛けてきます」
衛兵は慌てながら、二人からトランシーバーを受け取る。
使い方は……大丈夫だろう。見送りながらデスドクロは予備のトランシーバーを用意した。
「よし、次の衛兵探すぞ。衛兵の強みは数がいて独自に動けることと、何より土地勘があるってことだ」
「この広い王都守る衛兵に現場間の通信網が皆無とは考え辛ぇしな」
「衛兵なら、俺様達にゃ気付かねぇ隅の隅まで見て回ることもできんだろ」
まずは寸断してしまっている指揮系統を回復する必要がある。
それがどこの誰を起点とすべきか分からない以上、一時的にでも、誰かが、管制を試みる必要があった。
デスドクロとセルゲンは大混乱する城下町の中に飛び込んでいった。
大通りは人がごった返していた。
人だけではない。家財を満載した荷車や商人たちの馬車などもだ。
それが交差点に詰まると、その交差点だけではなく、隣接している交差点にも広がっていく。いわゆる、グリッドロック現象だ。
こうなると移動は困難になるが……。
「斥候は忍者の専門分野や。ンフ、燃えてきよったー♪」
ひゅん! と建物と建物の間を飛ぶ影が一つ。琴吹 琉那(ka6082)だった。
マテリアルを操り、壁に対して垂直に立っているのだ。こうなれば、混み合う通りを行く必要はない。
「黒幕らしき存在は見当たらんねぇ」
周囲を見渡すが視界の中に怪しい存在は見当たらない。
琉那は再び壁を蹴って駆け出した。
第二街区に至るまで、その道のりは簡単では無かった。
まず、ハンター達が居た第三街区そのものに周囲の街区から集まってきている者が多かったからだ。
これは、騎士団本部とハンターオフィスの支部が第三街区にあるからもでもある。
「第二街区を避難所とします」
衛兵や住民に呼び掛けているのは、保・はじめ(ka5800)だった。
騎士団や教会までは距離がある。路地を駆け抜ける機動力も、建物の間を飛び越えるスキルを持たなかった彼は、少なくとも、出来る事をやるしかない。
「法術陣になにかあったら……」
ギリっと噛みしめる。
王国の秘術ともいえる、法術陣を万が一でも傲慢歪虚に奪われるのではないかと思ったのだ。
そんな危機感を胸に押し込めながら、彼は声の限り、避難を呼びかけるのであった。
一早く聖堂協会に辿り着いたのは魔法で空を飛んでいたフワ ハヤテ(ka0004)だった。
教会の入り口では救いを求める住民に対し、司祭が何か告げている。そこを割って入った。
「この第二街区を避難所とする。協力を求めたい」
「な、なにを突然。そんな話、聞けるものか」
どうやら、何も知らされていないようだ。
「傲慢歪虚に襲撃されている。意地が悪いのは百も承知だが、いかんせん人手が足りない」
避難してくる人々の波は収まる気配が無かった。
青くなる司祭に対して、ハヤテは肩をポンと叩く。
「エクラに仕える者が罪なき民を無下にはしない……と信じている故なのさ……だから、巻き込まれる準備をしておいて欲しい」
爽やかな笑顔を見せて、ハヤテは魔法を唱え、再び空へと飛んだ。
要件は伝えた。確信犯にも近いが、ここに人々が押し寄せれば教会も動かない訳にはいかないだろうから。
「避難先は第二街区です。慌てずに移動を」
ママチャリに乗ったままクローディオ・シャール(ka0030)が拡声器で避難を呼び掛ける。
ある程度、人の流れが動き出せば、どこに行けばいいか分からない人々も自然とその方向へ向かうものだ。
その時、通りの一角から幾つもの悲鳴があがった。見れば、漆黒の人型――フルフェイスを被っている人型歪虚――が幾体か現れていた。
愛車ヴィクトリアのペダルに力を入れる。まだ、間に合うはず。犠牲者が出る前に!
傲慢兵士が振り下ろした剣が転倒した婦人の頭を砕くよりも早く、クローディオが盾で受け止める。
「私の目の前で、命の灯火を潰えさせはしない!」
敵の剣を弾き飛ばすと金銀に彩られた十字架の退魔銃を構えた。
軍馬が石畳を駆ける。刀身から赤い光を発するバスタードソードを突き出すジャック・エルギン(ka1522)。
突進の威力そのままを敵に向ける為だ。対して漆黒のケンタウロスのような傲慢騎士もランスを構えて迫る。
「歪虚は俺達に任せろ! 行くぜ!」
進路上の兵士や衛兵を叫んで下がらせると一気にトップスピードに入る。
傲慢騎士が持つランスの鋭い先端を、紙一重で避けると姿勢を保ちつつ、傲慢騎士に愛剣を突き刺した。
直後、負のマテリアルが刃となってジャックに襲い掛かってくる。傲慢特有の能力【懲罰】だ。
「効かないな」
剣で払い、鎧で受け止めて【懲罰】を凌ぐと手綱を手繰り、再び傲慢騎士へと軍馬の頭を向ける。
気合の掛け声と共にジャックは再び駆け出した。
ハンター達が王都内で避難誘導や傲慢歪虚との戦闘を繰り広げ出した頃、シガレット=ウナギパイ(ka2884)はフライングスレッドを駆って、王城へとやって来た。
普段ならば、空を飛んで王城に近づくなど自殺行為だが、咎める者すらいない状況は、それだけ王都内が混乱している証拠だろう。
「王都内のあちこちから傲慢歪虚が姿を現してるぜェ……って、黒の隊の――」
「……人違いだ」
シガレットの言葉を遮って答えたのは、正門を守る黒髪の青年だった。
きっと、青年には人には言えない事情があるのだろう。それは周囲を固める幾人の騎士も同様の顔をしていた。
――そういう事か。ニヤリと口元を緩めたシガレットは要件だけを伝えつつ、魔導スマホを投げ渡す。
「この状況、煌びやかな人型の傲慢歪虚と怪しい立札が元凶らしいぜェ」
「分かった。こちらでも見かけたら対処する」
軽く頭を下げた黒髪の青年に手を挙げて応え、シガレットはソリを浮かべた。戦場に戻る為に。
魔導バイクで路地を駆け抜けたエラ・“dJehuty”・ベル(ka3142)が騎士団本部に到着した。
騎士団長は不在で連絡が取れない。黒の隊の隊長は『謹慎中』である以上、独自に動くしかないが、如何せん、情報が少なく、騎士団本部に集まった騎士達は身動きが出来なかったようだ。
「ハンター達が王都内で活動を開始しています。騎士団にも協力を」
「承知した。我らでできる事があればな」
「まずは避難所を繋ぐように安全確保をお願いします」
エラの提案はシンプルであった。白の隊は拠点防衛。黒の隊は歪虚の討伐。
シンプルが故に、分かりやすい。年配の騎士は頷くと集まった騎士達に指示をしていく。
「道案内は頼めるのか?」
「当然です。その為に、仲間達が王都内で活動していますから」
通信機機能を持つイヤリングに手を触れながら、エラは自信満々に答えた。
騎士団が動きだした。衛兵も徐々にではあるが組織的な動きをしつつある。
それでも、油断は出来ない。先手を打たれている状態に変わりはないのだから。
瀬崎・統夜(ka5046)は通信機を手にしながら通りを走る。
「避難所が設置されている。そこへの誘導を頼む」
指揮系統から外れた兵士や衛兵に声を掛けているのだ。
一人の人間が出来る事は限られている。だが、複数人に任せられれば規模は大きくなる。
幾人かの兵士に声を掛けた時だった。路地から傲慢兵士が数体、姿を現した。
「ここは任せて先に行け」
マテリアルを込めた銃弾を放ちつつ、前に出る統夜。
傲慢兵士はそれほど強くないが、非覚醒者には脅威に違いないからだ。
身動きが取れなくなった隙を、別の方向から銃撃が放たれる。
「手薄な所に来たと思ったら正解でしたね」
狭霧 雷(ka5296)が屋根の上に居た。
避難民で溢れかえる通りを避け、空を飛んでは、通信状況から手薄な場所を目標としていたのだ。
「こんな使い方も出来るんですよ」
手傷を負わせた傲慢兵士を幻影の腕で捕まえると、自分の所へと引き揚げる。
普段ならば近くに寄せるが、雷は屋根の縁に居る為、傲慢兵士は自分が立てる場所が無く、成す術もなく落下した。
まごつく傲慢兵士に追撃を与えつつ、統夜と雷は移動を始めた。
一か所だけに留まっている訳にはいかない。王都内には多数の傲慢歪虚が出現しているのだから。
街区を隔てる遠くの城壁を見つめて、マッシュ・アクラシス(ka0771)は軍馬の手綱を握る。
「向こうに興味はありましたが……」
最も外側の第六街区と第七街区を隔てる城壁でも、大きな争いになっている。
だが、彼は王都の防衛という役目を選択した。
壁の向こう側の事は、きっと大丈夫――。仲間達を信じるしかない。
「……まあ、駆け回るとしましょうか」
足で軍馬に合図を送る。仲間からの情報を元に、傲慢歪虚が出現した場所へと向かうのだ。
機動的に動き回り、各所で傲慢歪虚を遊撃する。
問題があるとすれば、到達するまでの距離だ。大通りは人が多い。その点、細い路地でも訓練された軍馬の足は有効なのだ。
細い路地と大通りが複雑に交差する街区では避難する人々が道を塞ぐ。
その為、なんらかの移動手段を確保しているハンターの方が、その行動はスムーズだった。
時音 ざくろ(ka1250)もその一人だ。機導師としての能力を存分に活かし、建物と建物の間を越える。
「これ以上は好きにさせない!」
建物から眼下に見える傲慢兵士共に機導術を叩き込んだ。
傲慢兵士共が一斉に【懲罰】を放つが、ざくろは冷静に盾を構え、意識を集中する。
「そんなものは、ざくろには通じないよ!」
彼は今迄、幾度となく強力な傲慢歪虚と戦ってきた。
この程度の敵は対策さえしていれば、脅威にはならない。
再び機導術を放ち、傲慢兵士共を粉砕すると、踵からマテリアルの光を放ちながら、次の建物へと飛び移った。
第二街区と第三街区を隔てる城壁の門の一つで、また一つ混乱が起こる。
傲慢歪虚が間近に出現したからだ。
「何をやっているんだろうね」
頬を膨らませるミリア・ラスティソード(ka1287)。
長大な槍を器用に振り回して勢いをつけつつ、出現した傲慢歪虚へと向かう。
彼女が不満そうに言うには理由がある。近くまで出張ってきた聖堂戦士団は第三街区に出ようとしなかったからだ。
「敵は目の前なんだぞ!」
南護 炎(ka6651)が怒りを露わにしつつ、聖罰刃を傲慢兵士に叩きつける。
二人が市民と傲慢歪虚の間に入る形になっているが、それでも、まだ、聖堂戦士団は動かない。
その理由は誰も口にはしないが、“政治的な事案”によるものだ。しかし、この状況で、どんな理由があるとも動かなくて良い訳がない。
「ほら、こっちだよ!」
傲慢兵士を貫いたまま、ミリアの槍が豪快に宙を回転し、別の歪虚へと穂先を突き落とした。
スペースが空いた空間に南護が体を滑り込ませると聖罰刃を高く挙げて門から様子を見ている聖堂戦士団に叫んだ。
「お前達は、いいのかそれで? 国民護らねぇで、何の為の聖堂戦士団だ!」
聖堂戦士団の団員らはお互いに顔を見合わせた。
“上”からは第二街区から出ないように言われている……だが、この状況を見て見ない振りもできない。
「ここで動かなけりゃ、国の為に戦ってきた人達の想いを無駄にする事に……踏みにじる事になるんだぞ!!」
「……ハンター達の言う通りだ。行くぞ! 我らの信徒を救うのだ!」
隊を率いていた長と思わる人物が南護の発破に応じる。
彼らは一斉に武器を掲げると、傲慢歪虚へと突撃を開始した。
王都の状況を確認しようと空高く舞い上がったフィーナ・マギ・フィルム(ka6617)は思わず息をのむ。
あちらこちらから煙が上がっていた。建物が崩壊する土煙であったり、火災による真っ黒な煙であったり、王都の被害は一目で甚大なものだ。
「しまった……」
空から傲慢歪虚の行方や避難する市民の流れを偵察しようとした彼女の発想は悪くない。
しかし、運が向いていなかった。あちらこちらで発生した煙は風に乗り視界の妨げになる。
さらに、王都を円形に取り囲む街区城壁も視線を遮っていたのだ。
「高度を下げないと……」
地上に近くなるほど、見える範囲は狭まる。同時に傲慢歪虚にも狙われやすくなる。
万が一でも落下すれば、即死は免れない。
その時、視界の中で傲慢騎士の動きが見えた。大通りを疾走していたからだ。すぐさま、付近のハンターに連絡した。
連絡を受け取ったのはレイオス・アクアウォーカー(ka1990)だった。
接触した黒の隊の隊員に第二街区へと向かう市民を任せ、彼自身は連絡が入った大通りへと駆ける。
「傲慢歪虚が害虫みたいに湧きやがるな。まとめて駆除してやる!」
走りながら闘旋剣を抜刀する。
彼のマテリアルに反応し、銀色に輝く刃を煌めかせ、傲慢騎士に斬りかかった。
間髪入れずに襲い掛かってくる【懲罰】を身体を捩じり避ける。
「傲慢の性格から広い通りを行くと予測したけど……まさか、な」
そもそも、機動力が高い傲慢騎士が、己に課せられた目的を達するに、その機動力を発揮できる場所を選ぶのは妥当な事だ。
自身のマテリアルを刃へと集束させるとレイオスは闘旋剣をなぎ払った。
「転移されたら、防壁も何もないよね?」
傲慢歪虚に少なからず因縁がある十色 エニア(ka0370)は王都内の混乱を目にしながら呟いた。
王都内に侵入を許したとなれば、後はしらみ潰しして討伐していくしかない。
「眠りに誘う雲よ……」
【強制】により暴徒と化している市民に対して魔法を使うエニア。
一時しのぎにしかならないが、何もしないよりかはマシだろう。それに、エニアには優先すべき事があった。
「どこかに居ると思うんだけどな?」
これだけの惨事を引き起こしている傲慢歪虚を探す為、エニアは家々の屋根を駆け出した。
屋根の先から跳躍し、そのまま魔法の力で混乱が続く王都の空に飛び上がったのだった。
●
路地の間をイヌワシが飛び駆け抜ける。
リューリ・ハルマ(ka0502)が連れてきたのだ。
「こっち側には居ないかなって、もう、そんなに先に行ったの、アルトちゃん」
意識を戻し、周囲を見渡すと親友の背が遠くに見える。
隣で地図に情報を書き込んでいるセレス・フュラー(ka6276)が言った。
「他のハンターから発見の連絡があったからね」
セレスら、【月待猫】は自分達や他のハンターから得られた情報を整理し、マッピングしていた。
これにより、どこで、誰が、何と戦っているのか、あるいは傲慢歪虚が出没したのか、確認できた。
そして、必要に応じた場所へと向かっては、敵を打ち倒していたのだ。
「本当に早いんだから」
「到着する頃には、また無双し終わってるかな」
リューリとセレスが宙を駆ける。
柔軟でかつ、優れた移動手段を確保しているのも【月待猫】が効率よく敵を倒している理由であった。
また、小隊で動くのは強敵や敵数が多い時も有効だ。他のハンター達よりも先んじて、既に幾体かの傲慢貴族を討伐している。
果たして二人が追いつく前に、アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)は単騎で傲慢騎士を仕留めていた。
塵となって消える歪虚を視界に残しながら辺りを見渡した。
(“我等に勝利を”……彼女達の想いを無駄にしてたまるか)
国の為に、人々の為に戦って逝った者達の為にも、王都を蹂躙される訳にはいかない。
胸に決意を秘めながら、追いついてきた仲間を迎える。
「次は?」
「ここから北西方向に強めの傲慢歪虚が出現しているみたい」
「それを討伐しらた、すぐに南下かな」
敵の出現位置を確認して【月待猫】の面々は建物の屋根へと駆け上がる。
「こちらの本拠地に戦力を分散して出現しても物量で潰されるぐらいはわかるだろう……」
風のように駆けるアルトの言葉に、隣を走るセレスが応えた。
「まさか、何かの陽動という事なのかな?」
「恐らくな……本命が別にある気がする」
何か目的を持っての王都襲撃に違いない。
やや遅れだしたリューリが首を傾げる。
「もし王女様が狙いだったら、外側の城壁なんだけどね」
「王女が目的じゃないって事だろう……となると、残る重要人物は……」
わざわざ振り返りながら告げたアルトの言葉を続けるようにセレスが呟く。
「謹慎中の騎士隊長か自宅療養中の例の大貴族?」
嫌な予感を感じつつ、彼女らは傲慢歪虚が出現した場所へと急ぐのであった。
幼い少女と甲虫歪虚の姿を探し、星輝 Amhran(ka0724)とUisca Amhran(ka0754)の二人も王都内を駆け回っていた。
途中遭遇した傲慢兵士を粉砕しつつも、“立札”の存在も探す。
「同一の敵が複数出現するのは、あちらこちらに“立札”があるからじゃろうな」
「ミュールが王都内に居るのは確実だと思うのですが……」
通信機から入ってくる連絡は、傲慢貴族や騎士、兵士といった存在ばかりだ。
立札の情報は今のところ入ってこない。
「見つけ出したら、上手く情報を引き出そうと思ったのじゃが」
てっきり、敵の狙いは角折の歪虚に絡む事かと思ったが、そんな雰囲気は感じなかった。
傲慢歪虚は裏切者を許さない……では、王都に誰か“裏切者”が居るのだろうか。
「……いるの、一人。それも、恨みを買ってそうな人物がの」
「ヘクス卿の事ですか? キララ姉さま」
「そう考えるのが妥当じゃろう」
「……あっ!」
何かに気が付いて、Uiscaは思わず足を止めた。
もし、ヘクスが“傲慢歪虚に狙われている”と想定していたら……その準備を怠るとは思えない。ハンター達の報告書にあった『何かを邸に運び込んでいた』というのは――。
「まさか、屋敷自体を爆発させる気だったり……」
そんな事はさせない、させてはいけないとUiscaは思った。
こまめに連絡を取りながら、市民達の避難誘導を続けていた鳳城 錬介(ka6053)は、路地の奥に負のマテリアルを感じた。
敵だったら、排除する必要があるので、聖盾剣を構え慎重に路地を進む。
「……“立札”? まさか、これが……」
王国各地に出没していた同一の傲慢歪虚と絡む“立札”が彼の目の前に立っていた。
なるほど、ノセヤが言うように、神出鬼没であれば、防衛側は脅威としかいえない。
「即刻、破壊しないと」
近寄った時だった。“立札”が唐突に、幼い少女に姿を変えた。
「やっぱり、ここは止めておこうっと」
「君が“立札”の正体だったのか?」
屋根の上に瞬間移動した少女を見上げながら、錬介は尋ねた。
少女はクルクルっと回り、無邪気な笑顔を見せてきた。
「また会ったね、鬼のお兄さん。でも、ミュール急いでるから、バイバイ?」
質問に答えもせず、少女は消え去った。
セルゲンが騎士団からの指示や情報を衛兵に流す。
「第三街区の北側に傲慢騎士が出没。騎士団とハンターが向かっている」
「らしくなってきたな!」
傲慢兵士に銃弾を撃ち込みながらデスドクロがセルゲンの横にならんだ。
この混乱する戦場の事を言っているのか、各所との連絡を取るセルゲンの動きの事かは、デスドクロにしか分からない台詞であったが。
「そろそろ切れるだろう。かけ直すぞ」
機導師としての力をセルゲンの持つトランシーバーへと込める。
これで、やや離れた場所まで通信が届くようになるのだ。
「頼む……ッチ! こんな時に」
倒した傲慢兵士の後ろから、更に数体、傲慢兵士が出現した。
傲慢歪虚の特殊能力は対策を取っていないと面倒な事になる。セルゲンは先手を取った。
「これでどうだ!」
ドンっと立ち塞がると全身から放たれる生体マテリアルの光。
それは、傲慢兵士共を吹き飛ばした。
「さすがは、セルゲンだ」
吹き飛んだ傲慢兵士に対し銃を放つデスドクロ。
【懲罰】は飛んでこない。セルゲンの放った光は、スキルを使用させなくする力を持つからだ。
その間にセルゲンは通信機を通して衛兵に次の情報を入れる。他のハンターから流れてきた新情報だ。
「傲慢歪虚は“立札”から出現する。それは幼い少女に姿を変えるそうだ」
後手に回っていた王都防衛が反撃に転じる瞬間でもあった。
“立札”と幼い少女を探し、見つけてはハンターや騎士団に連絡する。
目途が立ち始めた事は衛兵の士気に関わる。衛兵の心情に余裕が出れば市民達も落ち着き始めた。
「怪我人を僕の周りに」
はじめの呼び掛けに大小、怪我をした人達が集められる。
マテリアルを集中した彼に、癒しの波動が発せられた。
覚醒者にとっては微々たる回復量だが、非覚醒者にとっては十分過ぎる程だ。
「怪我が回復したら入れ替わって下さい。なるべく、少しでも多くの人が助かるようにお願いします」
隊とはぐれた衛兵や積極的な市民が手伝う。
どこの救護所も大変な事になってる中、はじめの救護活動で多くの市民が救われるのであった。
●
炎の魔法を辛うじて避けた琴吹 琉那(ka6082)は屋根の上で姿勢を整えた。
「危ないやろ?」
手強そうな歪虚に対し、無理をしなかったのは賢明と言える。
付かず離れずで戦線を維持し、市民を守りながら、仲間の到着を待っていた。
「ふふーん。ここなら平気……」
安全だと思った距離を一気に傲慢貴族が瞬間移動してきた。
驚く琉那に対し、傲慢貴族が【強制】を放った。
「自害せよ」
傲慢歪虚の特殊能力である【強制】。抵抗に失敗すると命じられた通り行動を実行してしまう。
抵抗を試みるも、周囲を圧壊するような負のマテリアルに屈し、彼女は無造作に手裏剣で首を掻っ切った。
琉那にとって運が良かったのは、屋根の上だった事だった。脱力して屋根から落ちた先に、ミリアと南護が駆け付けたのだ。
「しっかりしろ」
すぐさま南護が止血をし、ミリアが回復魔法を唱えたので命に別状はないはずだ。
これが【強制】の怖い所だ。だが、同士討ちを命令されるよりかは、まだ、マシだったかもしれない。
体勢を整えた二人に空からフィーナが降りてきた。
「敵が増えている……」
「召喚できるのか」
南護は屋根の上にいる傲慢貴族を見た。
単体では不利を悟ったのだろう。幾体もの傲慢兵士を召喚していたのだ。
「歪虚共! こっちに来やがれ! まとめて相手してやるぜ。ボクが! いやボク達がな」
威勢よくミリアが槍先を向ける。
その言葉通り、傲慢兵士達が屋根から飛び降りてきた。
「何体いても同じ……」
スッと前に進み出たフィーナが指輪を掲げた。
放たれたのは幾本もの光の矢。それらが容赦なく傲慢兵士へと突き刺さる。
「数が居ればいいってものじゃない!」
南護が素早い斬撃を繰り出し、傲慢兵士を切り伏せた。
ミリアも槍を振り回し、敵を消滅させるが、ハンター達が戦っている間に再び傲慢貴族が傲慢兵士を召喚する。
「何度でも同じ事……」
フィーナが放った幾本もの光の矢。直後、負のマテリアルの刃が彼女を襲う。
それらを全て回避するのは無理だった。
「【懲罰】か!」
悔しそうに叫びながらもミリアが回復魔法を唱える援護する為、傲慢兵士の群れに突撃する南護。
強力な攻撃を放てば放つ程、【懲罰】の脅威は強くなるのだ。
「これは骨が折れそうだ……」
回復魔法を行使しながらミリアは呟いた。
時間差で出現した傲慢貴族を避難所から遠ざけるように後退しながら誘導するフワ。
「ひ弱なボクだけじゃ、勝てるものも勝てないからね!」
「一気に畳みかけるか」
ジャックの呼び掛けにざくろと統夜が頷く。
全員、傲慢歪虚出没の知らせを聞いて駆けつけてきたのだ。
「沢山の犠牲者が出た……絶対許せない」
真っ先にざくろがデルタレイを撃つ。
想定通り【懲罰】のカウンターがあったが、防具を固めたざくろには通じない。
その様子を確認し、ジャックと統夜が猛攻に出る。基本的に【懲罰】は立て続けに使えないからだ。
フェイントを差し込んだ斬撃を繰り出すジャック。
拳銃に最後に残った弾丸をマテリアルで包み撃つ統夜。
避ける事も敵わず攻撃を受ける傲慢貴族に、フワの魔法攻撃が突き刺さった。
「よし、これなら勝てるね」
フワが魔杖を構え直した。
傲慢貴族は難敵だが、連携を持てば倒せない相手ではない。
その時、統夜が建物の上の奇怪な物体に気が付いた。
「あれは……“立札”か?」
ハンター達が見つめるその中で、“立札”が負のマテリアルの光を放つ。
次の瞬間、“立札”が粉々に砕け散ると、その場に門のようなものが出現した。
「そうやって、傲慢歪虚が現れるって事かよ!」
「気を付けて」
ジャックの叫びにざくろが警戒を呼び掛ける。
門を通じて出てきたのは数体の傲慢騎士に、幾体もの傲慢兵士だった。
「やるしかない!」
マテリアルを練るフワ。熟練した魔術師は二つ同時に魔法を放つ事もできるという。
特別な指輪の力を借りて放った幾本もの光の矢が、新手の傲慢歪虚へと向かう。
「いけない!」
すぐにざくろがフワの前に割って入ろうとした。幾本にも放たれた光の矢と同じ数の【懲罰】が彼を襲ったのだ。
何本かは、ざくろが止めたが、全てを捌ききれるものではない。自身の強力な攻撃のカウンターを受け、フワは倒れこんだ。
「厄介な事を!」
追撃を仕掛けようとする傲慢歪虚に対し、統夜が天に向かって銃を放つ。
光の雨となって降り注ぎ、敵の動きを阻害させた。
「後方支援は任せた。俺が前に出る!」
倒れたフワへヒールを掛けるざくろに告げて、ジャックは愛剣を振り上げる。
傲慢歪虚との戦いは、なかなか一筋縄ではいなかいようだ。
「どうやら、“立札”の破壊は難しそうですか」
通信機を片手にエラが呟いた。
マッシュや黒の隊の隊員達と共に、第三街区内を転戦していたが、いつまで経っても第四街区から外側にはいけない状況だった。
というのも、第三街区の敵を一掃したと思っても、時間差で再び敵が出現してくるのだ。
「破壊する前に“門”になってしまうのであれば、手の打ちようがありません」
黒の隊を援護するように動くマッシュは視界内に見える“門”を見つめていた。
“門”から出現した新手の傲慢歪虚に対し、黒の隊の騎士達は果敢に攻めるが、傲慢歪虚特有の能力を警戒し、決定打に欠けてしまう。
「……これまでの目撃状況を考えるに“門”自体は長くは保たないはず」
冷静に分析したエラは、戦う仲間達をフォローする為、機導術を行使する。
浄化デバイスによる結界だ。少なくとも、この結界内であれば、【懲罰】や【強制】に対抗できるはず。
「ならば、私は前衛を支援してきます」
マッシュが獲物を掲げながら最前線に出る。
周囲の味方を鼓舞するスキルを使うつもりなのだ。それも抵抗力や防御力を上げるので、傲慢能力に対する力となる。
頭上に光り輝く三角形の機導術を作りながらエラは思った。
(明らかに時間稼ぎを取られている……通信網を構築しつつ、機動防御が出来れば……)
しかし、今から機動防御を行う編制を行うのは現実的ではないだろう。
後は、各自が奮戦するしかない。
大通りの安全確保に専念していたレイオス・アクアウォーカー(ka1990)は迫ってくる傲慢兵士をマテリアルで強化した闘旋剣で一気に薙ぎ払った。
跳ね返ってくる【懲罰】を避け、あるいは、受けて凌ぐ。それでも無傷という訳にはいかない。
「ここで止まっている場合ではないのに」
攻撃の手を緩めると、傲慢貴族が新たな傲慢兵士を召喚する。
しかし、回復しないと長期戦は難しい。その時、レイオスの後ろから錬介の声が響いた。
「回復は俺に任せて下さい」
王都内でバラバラに活動していたハンター達だが、強敵には呼び掛けに応じて集まっていた。
だが、元々、打ち合わせしていた訳ではないので、偶然の組み合わせとなってしまう。
それは戦力の分配という意味でいうとハンター達の詰めが甘かった所かもしれないが、少なくとも、この大通りでは良い結果になっていた。
「俺の方も、まだ余裕はあるぜェ」
シガレットが魔杖を肩に乗せながら言った。
二人の聖導士が持つ回復魔法は、【懲罰】対策には極めて有効だ。
カウンターでダメージを受けたとしても、それが一撃必殺でない限り、ハンターは何度でも立ち上がる事ができるからだ。
「傲慢貴族が厄介なら、先に倒しますか」
そう言ったのは、雷だった。
ザっと前に出ると、幻影の腕を傲慢貴族に伸ばした。強敵用に訓練された能力は、傲慢貴族の高い抵抗力を突破する。
「引き寄せて、移動を封じます!」
敵が慌てるかどうか分からないが、置き去りとなった傲慢兵士共が追いすがろうとする。
だが、それらに闇刃が突如として襲い掛かった。
その闇刃が突き刺さると身動きが取れなくなるのだ。
「分断できれば各個撃破できるはずだぜェ」
傲慢兵士の動きを止めたのはシガレットが放った魔法だった。
これで心置きなくレイオスは傲慢貴族に剣を振るう事ができる。
マテリアルを練り、闘旋剣に集中させるとレイオスは力の限り、傲慢貴族に突き出した。
【懲罰】によるカウンターはあり得るだろう。だが、錬介がいつでも回復魔法を使える準備をしている以上、脅威ではない。
「カウンターを上回る回復ができれば怖くないですし、敵の攻撃は俺の方で受け止めます!」
巨大な聖盾剣を構えて錬介が自身の周囲にマテリアルを展開した。
結界の一種だ。攻撃のベクトルを強引に捻じ曲げて使用者に引き寄せる事ができる。そして、錬介の堅い護りを貫くのは至難の業だ。
「次に行かないといけないから、さっさと片付ける!」
レイオスは立て続けに剣を振るい、傲慢貴族の反撃を強引に押し切った。
だが、彼の言う通り、これで終わった訳では無い。回復魔法を受けると、彼らは次の標的を求め、走り出したのであった。
●
王都内を飛び回ってミュールを探してエニアは、漸く、それらしき人物も第三街区で見つけた。
安全が確保された場所にも傲慢歪虚が出没しているという情報を知り、念の為、見に来たら発見したのだ。
「……気を付けるのじゃぞ」
通信機から聞こえてくる仲間に大丈夫と伝え、エニアは大鎌を握り締める。
勿論、死ぬつもりはない。ここに仲間達が来るまで時間稼ぎに徹すればいいのだから。
「この先は行き止まりだよ」
少女と甲虫歪虚の後ろから、わざと声を掛けた。
「折角の攻撃のチャンスを無駄にするとはな」
「教えてくれてありがとう……えと、お兄さん? お姉さん?」
振り返った甲虫歪虚と少女がそれぞれ口を開く。
少女は笑みを浮かべたままだが、甲虫歪虚は巨大な剣を担いで進み出てきた。
「偉大なるイヴ様に最も近い我らの前だ。死を以て挨拶としろ」
「え? いきなり!?」
絶大な負のマテリアルがエニアを襲う。
抵抗空しく、エニアは鎌先を自身の胸に突き刺した。溢れ出る鮮血に我に返った時は、時すでに遅かった。
視界が揺らめき、崩れる落ちる――所で、何者かによって支えられた。
「危機一髪だったようだな」
エニアを救ったのはクローディオだった。
回復魔法を唱えながら、静かにエニアを地面に降ろす。
(高位の傲慢歪虚の襲撃といえば、メフィストの件が記憶に新しいが……)
油断なく幼い少女と甲虫歪虚を見つめる。
発せられる負のマテリアルは正しく、高位と呼べるものだ。
(あの時の狙いは、シャルシェレット卿だったな。もしや、今回も……?)
そこまで考えて合点がいった。
時間稼ぎのような傲慢歪虚の出現は、王都を蹂躙するだけではなく、ヘクスの居場所を探す為でもあったのだろう。
十字架の形をした魔導銃を胸元に当てる。
「王国騎士団『黒の隊』の騎士、クローディオだ」
「我らと戦う意思を持つのならば、容赦はしない」
大剣を構えた甲虫歪虚。
お互いに出方を探って対峙する二人の間にUiscaと星輝が割って入った。
「間に合って……ないようじゃな」
「ご、ごめん……」
地面に倒れているエニアを星輝は、戦闘に影響のない所へと引っ張る。
一方、Uiscaは抵抗力を上げる歌と踊りを刻みながら、幼い少女に視線を向けた。
「貴方は迫害された混血児……なのですか?」
その言葉にこれまで笑顔だった少女は、突然、真顔になった。
それも一瞬の事。すぐに満面の笑みを浮かべる。
「お姉ちゃんの名前、教えてくれる?」
「イスカだよ。ミュールさん」
「ありがとう……イスカお姉ちゃんはイヴ様の所に連れてってあげるよ。ミュールに酷い事言った罪を、絶望で償って貰うから!」
「そんな事させんぞ!」
手裏剣を投げて牽制する星輝。
なんで、自分の妹は傲慢歪虚に連れられるフラグが立ってしまうのかと心の中で呟きながら。
少女を狙った手裏剣は甲虫歪虚が大剣で弾いた。
「どうやら時間が迫って来ているようだな……貴様なら知っているだろう。ヘクスはどこだ」
甲虫歪虚から放たれた負のマテリアルがUiscaを襲う。
頭をフラフラさせながら、Uiscaはスッと指先を“向けた”。
「今日は忙しいから見逃してあげるけど、そのうち、絶対に連れて行くからね!」
幼い少女はそう言い放つと、Uiscaが向けた方角に向かって歩き出した甲虫歪虚の肩に飛び乗った。
その姿を見送りながらクローディオは思った。そっちは、ヘクスの館ではない――と。
避難が完了し、人気の無くなった通りを進むミュールの前に立ち塞がっていたのは【月待猫】の面々だった。
ハンター達が互いの位置を確認していた意味はあった。Uiscaが機転を利かせ、わざと【強制】に掛かった振りをして、彼女達がいる方向に誘導したのだ。
「地道に地図と睨めっこしていた意味があったみたい」
セレスが苦笑を浮かべる。
位置情報を整理していた意味があったというものだ。
「気を付けてね、アルトちゃん。なにか凄く強そうだよ」
発せられる負のマテリアルを感じ、リューリが警戒する。
それはミュールも同様だった。通りの中央に立つアルトを強敵と見抜いたようだ。
「なるほど。ヘクスを守るハンターという訳か」
変に誤解されているようだが、ハンター達にとっては好都合だ。
アルトは剛刀を真っ直ぐに構えた。
「私の相手をするなら軍将レベルを連れて来い」
「粋がるなよ、人間」
刹那、アルトと甲虫歪虚の刃が打ち合う。
純粋な力では歪虚の方が上回っていただろう。だが、技という点ではアルトが優れていた。
「ならば、人間同士で殺し合え!」
甲虫歪虚が【強制】を放つ。
周囲に広がる負のマテリアル。
「無駄だよ。少なくとも、あたし達には通じない」
アイデアル・ソングで仲間達を支援するセレスのおかげもあり、甲虫歪虚の【強制】は通じなかった。
その間にもアルトの猛攻は続く。カウンターとして放たれた【懲罰】にも、アルトは抵抗してみせた。
こうなると力量の差がハッキリしてくる。アルトは確実に甲虫歪虚よりも強い。
「全く、相手にならないね」
「まさか、これほどとは……」
驚く甲虫歪虚にセレスが淡々に言い放つ。
「ほら、後ろからも来たよ」
Uiscaと星輝、そして、自転車に乗ったクローディオが追いついてきたのだ。
甲虫歪虚は覚悟を決めたようだ。大剣を最上段に構え――アルトに突撃した。
「心意気は認めてあげるよ」
すれ違いざま、刀を振り抜いたアルトの台詞と共に、甲虫歪虚が地面に倒れた。
歪虚が塵となって消えていく中、付近のベランダに瞬間移動して様子を見ていた幼い少女に、アルトは剣先を向ける。甲虫歪虚と戦って、アルトは分かった。発せられる負のマテリアルが大きいのは少女だと。
幼い少女は追いついてきたハンター達やセレスとリューリ、そして、アルトと順に視線を向けてから、跳ねるように建物の屋上に瞬間移動した。
「そのミュールは、ミュールの四半分ほどの力を持っているのに、あっという間に倒しちゃうなんて、凄いね!」
パチパチと無邪気に手を叩く。
どうやら、甲虫歪虚は、この少女の分体であったようだ。
「蜘蛛の尻拭いは“ついで”だったから、もう、行くね。まだ、やらないといけない事、いーぱっい、あるから!」
満面の笑みを浮かべながら、ミュールは唐突に消え去ったのだった。
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赤山優牙 | 23人 |
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