ゲスト
(ka0000)
【羽冠】グランドシナリオ 城壁防衛 リプレイ


作戦2:城壁防衛 リプレイ
- ウィンス・デイランダール(ka0039)
- 岩井崎 旭(ka0234)
- ロジャック(ワイバーン)(ka0234unit002)
- 文月 弥勒(ka0300)
- 兜率天(R7エクスシア)(ka0300unit003)
- フォークス(ka0570)
- ガルガリン(ka0570unit005)
- ゲオルギウス・グラニフ・グランフェルト
- ヴァルナ=エリゴス(ka2651)
- アルト・ハーニー(ka0113)
- シン(ka4968)
- 八島 陽(ka1442)
- レイレリア・リナークシス(ka3872)
- ラィル・ファーディル・ラァドゥ(ka1929)
- 神楽(ka2032)
- アルマ・A・エインズワース(ka4901)
- エリ・ヲーヴェン(ka6159)
- システィーナ・グラハム(kz0020)
- キヅカ・リク(ka0038)
- カーミン・S・フィールズ(ka1559)
- クリスティア・オルトワール(ka0131)
- ジャック・J・グリーヴ(ka1305)
- ミケ(ユグディラ)(ka1305unit003)
- リリティア・オルベール(ka3054)
- 倶利伽羅(ワイバーン)(ka3054unit001)
- 紅薔薇(ka4766)
- 柏木 千春(ka3061)
- リリィ(リーリー)(ka3061unit001)
- 皐月=A=カヤマ(ka3534)
- 星野 ハナ(ka5852)
- 夜桜 奏音(ka5754)
- 巳蔓(ka7122)
- 天川 麗美(ka1355)
●混迷/歩廊
ラスヴェート・コヴヘイル・マーロウのマテリアルを伴う宣言は、歩廊上のほとんどの非覚醒者の目を釘付けにした。全周から急降下してくる敵騎兵も無論認識している。が、敵大将から目を離せないのだ。
迫る敵。響く怒声。正対する事も叶わず敵の槍が己の体を食い破り、突撃の勢いままに胸壁へ打ち付けられ、地へ墜ちる――、
「俺に強制してんじゃねえ、歪虚が!」
その運命に真っ先に抗ったのは、ウィンス・デイランダール(ka0039)だった。反逆者の咆哮に釣られるように、騎士――ではない者達が気炎を吐く。
「来やがったか、歪虚の大公! イスルダで討ち漏らしたのがここまで引きずる事になるとはな」
『ハ、喜劇のさなかにドンパチ! 楽しくなってきたネ』
岩井崎 旭(ka0234)、フォークス(ka0570)機ガルガリン。ウィンスを含めた二人と一機が敵騎兵と交錯しながら前へ出れば、舌打ち一つで騎士の前に立つのは文月 弥勒(ka0300)機兜卒天。高出力カーテンが友軍への敵突撃を緩和すると同時、三騎の敵が血を噴きながら上昇する。
が、敵の波は終らない。
五騎八騎と左右から襲い来る敵軍に、歩廊は悲鳴と怒声と断末魔に包まれる。
「つ、使える人は浄化をっ」
それ故、と言うべきか。四方八方から攻め立てられる状況で初めに浄化の光を放ったのは内気なルカ(ka0962)だった。そしてひとたび方向が定まれば止まらないのが騎士団と、ハンターという者達だ。
「浄化、護りの四陣!」
ゲオルギウス団長の号令一下、【強制】にかかっていない騎士が周囲を固めると、合わせてヴァルナ・エリゴス(ka2651)は最前線で龍槍を構える。足下のアッシュがにゃあと鳴けば、「うー!」というウサギの声と共に二ヶ所から紅の結界が立ち上った。
その結界に、弥勒機とフォークス機が並び立つ。
『俺が壁になる。落ち着け、そして王女に指示を出させてくれ』
二つの結界と二機による“壁”。それが次々に押し寄せる敵の波を受け止める。
そうして生まれた間隙を衝き、アルト・ハーニー(ka0113)とシン(ka4968)が歩廊に残された敵に攻めかかった。
「マーロウのおっさんに言いたい事はあるが、とりあえずは邪魔な敵を倒さないとだねぇ!」
「システィーナを、守るよ」
大地を破砕する鎚と邪炎剣、打撃と斬撃を同時に受け落馬する敵。しかし敵は転がるように胸壁まで退避、空へ飛び出さんと足を踏み出す――その背を、光線が貫いた。
「まぁ、とりあえず、歪虚は退けようか。覚醒者は外、非覚醒者は内に」
紅水晶の傍で、八島 陽(ka1442)。敵の一人と一頭は霧散する事なく地へ墜ちていく。
非覚醒者たる王女システィーナの認識が状況に追いついたのは、その時だった。
「まずは歪虚を何とか致しましょうか」
紅水晶の一歩外で火球を打ち上げたレイレリア・リナークシス(ka3872)に、王女の傍にいた面々は首肯して各自がその場を見回す。至近にいるハンターはレイレリア以外にルカ、ラィル・ファーディル・ラァドゥ(ka1929)、神楽(ka2032)、アルマ・A・エインズワース(ka4901)、エリ・ヲーヴェン(ka6159)。
少しすれば、今なお揉みあげるように突撃を繰り返す敵軍を往なして集う者もいるだろうが、最も重要な初手――主導権を奪われた現状でそれを期待し待つだけではまずい。
幸運だったのはルカがユキウサギ――雪璃を連れていた事か。結界がなければ、戦いながら王女と話さねばならなかった。
「歪虚を何とかする、と言えば……フフッ、王女様。あの旗、見えるかしら?」
さっきまで無表情で傍に立っていたエリの、唇を裂いたような笑顔に王女は後退って頷く。
「マーロウ家の紋……あの方も何か叫んでいましたね」
「そう! あは、あはははは! 歪虚の旗が、大公家の紋! これって“内通”じゃない? 黒の騎士長が審問かけられたとかって、アレと同じ! 内通“容疑”かけなさいよ?」
「……容疑ですか」
外の喧噪――マーロウの私兵もまた飛翔騎士と交戦している状況で内通はないように思えるが、こじつけて容疑をかける事はできる。極論すれば、そも宮廷闘争とは声を大にして言いがかりを押し通した者が勝つ泥沼だ。
エリはイェジドを王女に押し付け、さらに言い募る。
「容疑をかけながら手を差し伸べるのよ。審問免除と所領安堵をしてやるから協力しろってね!」
「悪い顔してるですねぇ……」
同小隊を組んでいるアルマが楽しげに茶々を入れる。が、止めない。
逆らっちゃダメなやつっす、と神楽が追従する笑みを浮かべ、
「このままぶつかりゃ下手すりゃ内戦っす。ぶつかるなとは言わねっすし、エリさんの案も物騒っすけど、ぶつかり方は考えた方がいいっすよ。まずこの場は共闘が得策っすかね」
「物騒? まさか! 抑止力よ。恫喝と懐柔で“仲良しさん”を増やして内外の敵に一枚岩の王国をアピールする。ねぇ? とーっても素敵な平和でしょ? あははは!」
大層爽やかな笑いに王女ドン引きである。
「い、一時共闘はぜひお願いします。内通容疑までは……できません」
王女は頬を引き攣らせ、歪虚に対する共闘だけを了承する。
――捕縛しようとしているわたくしが言える事ではないけれど。
罠にかけるのは、好きじゃない。けれどそんな自分の中途半端さに呆れ果てもする。そうして眉根を寄せた王女は、直後、目を丸くする事になった。
「では共闘の呼びかけをお願いします……っす」
「共闘もやけど、民に避難も呼びかけるならコレ渡しとくな。民あっての王。王女さんなら解っとるやろし、きっとどうにかしたいやろ」
「で、ではこちらを。今少し話しましたが、キヅカさんからお話があるそうです」
神楽とラィル、二人の男性からは花束よろしく魔導マイク、ルカからは通信機を同時に手渡されたのだ。同時にマイク二本と通信機を渡される日が来るとは誰も想像だにしない。
「えっ、ど、どうすれば……」
持て余して和む王女である。
だがそんな空気は、紅の空間が割れた瞬間に霧散した。
「時間はないようです。必ずやお守り致しますので、システィーナ様は真に望む未来を掴まれますよう」
再び打ち上げられたレイレリアの火球が七体の敵を巻き込み、“派手に”咲いた。
●大衆と煽動/第六城壁外
歪虚の襲来を目視し第七街区に出たキヅカ・リク(ka0038)は、人々の騒乱が激化している事を肌で感じた。
元々王女の応援だか大公への非難だかの為に王都まで押し掛けたような市民だ。行動的で、少々我慢が利かない人も多いだろう。そんな彼らが歪虚を前にすればどうなるか?
集団でパニックが伝染し、大事故が起こりかねない。その光景を幻視したリクは逸る心を抑え、交友のあるルカに通信を繋いだ。
「ルカさん、王女に指示を仰ぎたい。このままだと民衆に被害が出る」
上を見れば散開した敵騎兵が休む間もなく分隊単位で歩廊を攻めているのが判る。迎撃側は休めず攻撃側は順に休める、理想的な強襲だ。
――こっちにも敵を引き付けた方がよさそうだ……。
『はい。このまま引き篭もっているのも国の頂点としてまずいでしょうし……王女の意思をお伝えした方がいい、ですよね』
通信先の準備が整うまでの間にリクはGnomeに城門から突き出る形で壁を作らせる。簡易避難所にしたいと考えていると、別のGnomeが作業に加わった。見回せば手を振っているカーミン・S・フィールズ(ka1559)と目が合う。
「手伝うわ! 手は全然足りないけど、少しでも守らないとね」
「助かります。あとは王女に避難誘導をお願いできれば……」
リクが言うと僅かにカーミンの顔が強張ったのが解った。が、それを気にする間もなく通信機から王女の声が聞こえ、リクはそちらに集中する。
『お話があると伺いましたけれど、それはこの状況の打破に寄与するお話ですか?』
「はい。王女には市民への呼びかけをお願いしたい。僕のゴーレムの出力装置を通し、通信機からの声を増幅します」
『呼びかけるのは願ってもない事です。マイクを二本もお借りしましたし。……人々は、それ程に危険ですか』
肯定し、リクが市民の様子を窺う。
悲鳴を上げ蹲る人や城壁を指差し何か叫ぶ人、他人を押しのけ逃げ惑う人などが混在し、今にも雪崩を打って何かが起きそうな雰囲気を感じる。そう考えると避難所はどちらかと言うと勢いを削ぐ溜池の役割になるかもしれない。
『では可及的速やかに呼びかけましょう』
「その前に、一つ」
『何でしょう?』
「――マーロウは、歪虚から守るべき“国民”か?」
その声は、何故か自分で思うより低く感じた。
数秒の無音がひどく長い。
ざざ、と通信機が雑音交じりに少女の声を伝えてくる。
『……えぇ。思うところはあります。許せない事も。けれど……』
感情を消化できないのか、苦い物を飲み込んだような王女の返答は十分とは言えない。が、
「解った。それなら僕は、救うべき者達を救おう」 聖機剣マグダレーネを天に掲げ、リクは飛翔板を起動した。
『皆さま、見えますでしょうか? わたくしはシスティーナ・グラハムです。心優しい皆さま、この場は非常に危険な状況になっています。どうかまずはわたくしの話を聞き……』
拡大された王女の声が響き、“戸惑いと怒声が”民衆に広がる。
ガスティ――グリフォンに騎乗したクリスティア・オルトワール(ka0131)はその様子を睥睨し、首を捻って声をかけた。
「ジャック様、先程から妙ではありませんか?」
ちょうど眼下にいたジャック・J・グリーヴ(ka1305)は驚いたように身を震わせ、こちらを見上げる。
「な、な、何がだよ。俺様に妙な所は何一つねぇよ!?」
「…………いえ、民衆の話です」
「ア?」ジャックはややあって目を細める。「……あぁ、確かにおかしいな。こいつらはクソガキの政略結婚にブチギレた王女信者だろう。だったらクソガキのお優しい話聴いて喜ぶんじゃねぇか?」
「煽動者が騒ぎを意図して広めている可能性は?」
「ハ、胸糞悪ィ泉から急いで戻ってきたらコレか。ミケ!」
ジャックはユグディラを呼ぶと、何事か指示して人混みへ紛れ込ませた。そして自らは今城壁外で最も注目されているGnomeの方へ駆け出す。
「俺様は民と話す! クリスティアは……」
「上から怪しい者を探りましょう。余力があれば敵騎兵もどうにかしたいですが」
歩廊側に突撃する敵の方が圧倒的に多いが、二分隊――十数体は水鳥が魚を啄むようにこちらの人々を狙っている。いや、城門から離れながらキヅカリクが飛び上がり、一分隊を引き付け始めた。
クリスティアは残る一分隊に火球を放つと、退避しつつ眼下の群衆に目を向けた。
カーミン・“S”・フィールズにとって王侯貴族は簒奪者だ。
日々も実りも、名も奪われた。そしてそれが悲しい事だと思う事さえ、なかった。幸い、あるいは不幸にも“気付き”を得たが故にあれらを嫌う事ができたが、嫌う事すら奪われ続けている人は今なおいるだろう。
だから王女の声も、どうしても薄ら寒く聞こえる。
『……避難を、そしてどうかわたくしと心を共にして。静かに、落ち着いて戦士達を信じるのです』
「王女の意思を汲み避難する人は下がって。進んで王女の盾になりたい人は前にでも出てて」
反吐が出る。
信じてなどとのたまう王女に辟易し、しかしカーミンはその言葉を利用し人を守る。ゲー太――Gnomeに壁と法術地雷を交互に作らせ避難所を広げるが、この数では焼け石に水。通信によれば煽動者がいるらしく、それならそいつを捕えた方がまだ効果的かもしれない。
『……心優しい皆さまはわたくしの為に憤ってくれるかもしれない。けれどわたくしにとって――マーロウ卿もまた……国民……そして戦友である、筈です。そう、ですね?』
『然り。千年王国の臣たる者、穢れ如きに国を蹂躙される訳にゆきませぬ』
上空には乱戦が広がっている。キヅカリクが引き付け、クリスティアが横槍を入れているこちら側は余裕があるが、歩廊側はどうも攻め入る人数が少なく感じる。
ワイバーンや飛翔板越しに見えるのは岩井崎旭やラィル、リリティア・オルベール(ka3054)、紅薔薇(ka4766)だけ。ラスヴェートなる大公の息子は紅薔薇が抑えているようだが、全体としては守勢に傾きすぎていた。
カーミンはゲー太を城壁に寄せて機体に上るや、空を渡りランアウト、突撃後に上昇せんとしていた敵がこちらを見下ろした直後、逆にカーミンが“上から”斬り下ろした。
疾影士らしい動きに満足していると、横から別の敵が突っ込んでくる。身を捩って躱しながら刃を空間に置く斬撃。やったと笑顔を浮かべた瞬間、腹に鋭い痛みが走った。
矢が刺さっている。弓騎兵。急所を腕で塞ぎつつ地へ跳び空を仰げば、三条の光と一つの雷撃が敵を討ち、その間隙をワイバーンが衝いているのが見えた。
それなりに状況は動かせただろう。カーミンは転がりながら地に落ち矢を抜くと、人混みに紛れて一息ついた。
後は任せ、こちらは怪しい煽動者を探そう。
●空中戦/歩廊上空
歩廊からの魔法が敵軍を貫き、騎兵の波に穴が開く。
そこに見えた指揮官らしき者へ至る道。それを、見逃す、リリティアでは、ない。
「貴族も王も人も歪虚も政治も恋も! 全部まとめて面倒くさい!! だから、私は!」
主の鬱憤を感じたが如く、倶利伽羅は敵の合間をするすると抜ける。横合いから突っかかってくる敵はそのままに、軽い傷は放置して。後方に留まっていた敵騎を見据え、リリティアはぐっと鐙を踏みしめる。腰を捻り、両手で構えた神斬は上段へ。
敵が気付く。倶利伽羅が一度高度を取って突撃する。位置的に背後には回れない。だがもはやどうでもいい。そんな面倒事は一撃の下に断ち切ってしまえ!
『まこと天晴れな気迫! 老骨の死地に相応しい!!』
「皆、あなたみたいに正面きって戦ってくれればいいんですけどね!」
倶利伽羅が風を突き抜ける。引き絞られた敵の大身槍がぴくりと動く。
瞬間、二つの軌跡が交差した。
上段から下ろされた神斬が敵に届くより速く、槍はリリティアの胸甲を掠めていた。同時に柄を斜めに神斬を流さんとしている。
その技量にリリティアの胸が高鳴る。騎馬と騎竜が衝突し、投げ出されそうな衝撃が体を襲う。懸命に腿を締めて耐えるリリティア。敵と間近で向き合うと、相手がにやりと笑った気がした。
「蜘蛛ですら守勢に回した一撃を……」
『生きるつもりさえなければ守勢など考える必要もない』
敵の四肢からパッと朱が噴き出す。死中に活、もとい死中である事を求めるその意気に、リリティアは武を以て応えた。
敵が槍を引くより早く影となり、一閃すれば敵の鎧が割れ、二閃すれば体を袈裟に両断した。【懲罰】により返された傷はかなり深い。しかし加減しすぎては逃す気がしたのだ。それに周囲の敵に自分の武威を意識させる事は味方の損耗減少に繋がる。
『御館さ……うか……武運……』
指揮官らしき敵騎が霧消し、主を失った馬が襲い掛かってくる。リリティアは一刀で馬を主の下に送り、戦況を見回した。
できればラスヴェートを狙いたいが――雑兵がそれをさせてくれそうにない。
「やー、傲慢様とあろうお方が親子喧嘩のお手伝いとは、流石ですわ! お見それしましたぁ、ご立派やんなぁ?!」
王女にマイクを渡したラィルが飛翔板で空へ上がると、敵陣へ斬り込みながら挑発する。が、敵の動きに大きな乱れがない。多少こちらを狙う者が増えた気がしなくもないが、それは敵中に飛び込んだからとも言える。
――言葉程度では崩れん、か?
「敵が多い! 一緒にやるぞ!」
「了解や」
騎竜を駆る岩井崎旭が突っ込めば、ラィルはアクセルオーバーと手裏剣で追従すると同時に全周へ斬撃を見舞う。一撃の威力を落としてまで狙うのは強度を上げた毒のばら撒き。
移動する度に三、四体の馬に毒を流し込む。その策は要人護衛が多く長期戦となりそうな雰囲気漂うこの戦場で有効で、加えて敵陣攪乱による攻撃陣の側面支援効果が非常に大きくなっていた。
――それは同時に、多くの敵に狙われる事を意味する。
「ロジャック、ラィルを守れ!」
吼えるワイバーン。乱暴に魔斧モレクをぶん回す旭。飛竜の爪が騎兵を裂き、しかし敵は落馬しながら槍を投げてくる。ラィルは辛うじて回避するも、その隙に別の一騎に横合いから突っ込まれた。パリィグローブで受け――られない。脇から腿にかけて斬り下ろされ、朱を散らしながらラィルは飛翔板に転がる。
「ッ、お空は厳しいなぁ……!」
「無理するな! 歩廊に戻って回復してくれ」
「……戻れたら、やな」
旭と飛竜は空を飛び回り敵と互角以上に斬り結んでいるが、毒を散布した――それも騎馬の方にだ――ラィルを狙う敵は挑発時とは比べ物にならない程多い。囲まれつつある現状にラィルが顔を顰め、星剣をだらりと構える。
『あれを落とすぞ!』
「やれるもんならやってみい!」
気勢を上げて突撃してきた一騎と交錯、グローブで受けると同時にラィルは縦横に刃を放つ。狙うは変わらず騎馬。それに気付いた敵が激昂し、旭をも無視して飛び込んでくる。
――飛び降りたらどうにかなるやろか?
幾つもの槍に串刺しにされるよりいいかもしれない。
自嘲したその時、突如ラィルの体が光に包まれた。瞬く間に傷が癒えていく。見れば歩廊、王女の傍で聖杖を掲げた柏木 千春(ka3061)がこちらを見つめ――いや効果を確認するや、すぐさま周囲を見回している。
敵中に斬り込んだ筈がいつの間にか歩廊直上に追い込まれていた。それにも気付かなかった自分に苦笑し、ラィルは星剣を握り締める。
「回復役が空におらんのはキツイけど、これならまだやれそやな」
直後、歩廊から空へ一直線に白き息吹が突き抜けた。
●大公と軍旗/歩廊
ラスヴェートが攻め寄せた時、マーロウは取り繕う事もできない激情に囚われていた。【強制】などされる必要もなく愚息のみを睨め付けて、ただあれを消すという殺意だけに支配されていたのだ。それこそ王女などどうでもいい程に。
だから、皐月=A=カヤマ(ka3534)は今にも言わんとしていた言葉を飲み込み少しだけ安堵した。
「そりゃ敵を前にしてまでイロイロやる暇はないよな」
「大公も王女様やオレ達と同じヒト。敵じゃないよね」
ユキウサギのマルティーリョを伴い、八島陽。
二人が周りの見えていない大公の護衛に動こうとしたところ、敵初撃を往なしたウィンス、ヴァルナがそれに続く。もっともヴァルナは、
「獅子身中の虫とはいえ、今あの方に倒れられる訳にいきませんね。この後飼い殺しにできればいいのですが」
と国の為の打算に満ちた行動だが。しかしその考えは正しい。この場で大公に死なれて最も困るのは王女だ。故に不本意でも守らねばならないのだが、そんなヴァルナの険しい顔を見て皐月と陽はドン引きである。
ウィンス――というかイケメンにくっついてきていた星野 ハナ(ka5852)が相槌を打つ。
「聞いた限りどちらも国を守る覚悟を示せる方でしょうしぃ、それなら男性守る方が趣味ですねぇ。それにぃ、苛烈な方が好みですしぃ」
「……」
肉食系なハナにウィンスの方も引き気味だが、ともあれ五人と妖猫、兎、狼、騎鳥という個性豊かな面々は間断なく騎兵突撃に曝される中で30mを突っ切り、今にも飛び出しそうな大公の許へ辿り着いた。
大公私兵のうち覚醒者は善戦しているが、非覚醒者も多いせいで陣形の乱れが大きい。皐月がイェジドを歩廊に放ち、自由に敵を狩らせる一方で自らは私兵達の中に溶け込む。
「俺は地味にウザい感じの妨害に専念するから、後よろしくー」
「サボんなよ?」
「まぁ適当に敵進路に凍矢とか射っとくからさ」
ウィンスが舌打ちして皐月を送り出すと、早速大公に噛みついた。
「おい、大公様よ」
「ぬぅ!! 奴め、私から逃げよるかぁ!!」
「おいてめえ! 目ぇ醒ませよクソ爺ッ!!」
一喝された大公が剣呑な目をゆっくりとウィンスに向ける。
「……誰だ貴様は。ハンター、か?」
「ああ」
「今は貴様らに用はない。どこへなりと……いや、依頼しよう。今すぐあれをここに引き寄せろ」
ウィンスが目を細めた時、ヴァルナが声をかける。
「殿下の命により助力に参りました。千年王国が為、まずはあの穢れを滅ぼしましょう」
「王女殿下の命で、お前達が?」
ヴァルナが頷き、穏やかな歌を口ずさむ。同時に陽がマルに紅水晶を発現させ、大公に苦言を呈する。
「貴方が死んで歪虚化すれば大事な身内をきっと襲う。空のラスヴェートのように。だからまずは守りを固めた方がいいと思う。大公が健在な限り、奴は逃げないよ」
「……いいや、奴は逃げる。穢れに身をやつすような愚物故に」
結界の外では私兵が戦っている。ウィンスはそれらの技量を測りながら、大公を鼻で笑った。
「ハ、だったらその愚物に乗せられてるてめえはそれ以下か」
「貴様の安い挑発よりは上等であろう」
「あぁ!?」
話はまとまらない。あまりに説得人員が尖りすぎていた。ハナが面倒臭いとばかり風雷陣を放ち始めると、敵の波の激しさが増す。
数にして六体が四波。第一波、凍矢が一体を穿ち、風雷陣が三体を貫き、敵二体が結界を破る。説得する暇もなくなった一行が否応なく乱戦に巻き込まれた――瞬間。
『楽しそうだネ。“真摯な説得”は終わったカナ?』
足下に神楽とルカを伴い、フォークス機ガルガリンが重機関銃をばら撒きながら駆けつけた。
――説得の段にも辿り着けてなかったですけどねぇ。
ハナは虎視眈々と敵軍旗を狙う機会を待ちつつ、風雷陣を重ねる。新たに三体を貫き、フォークス機と皐月の移動阻害で敵の足並みを崩しているとはいえ、第三、四波が後に控えている。できれば早く護衛対象をまとめて戦力効率化を図りたいが……。
――歪虚ブッコロ優先の考え自体は共有してるのにぃ、気が合わないって感じですねぇ。
大公の身柄はフォークス機が加わった事で格段に安全になった。移動に細心の注意を払い、巨大なガルガリンでスクエアを必ず占有し――もっと言えば大公頭上のキューブにも存在する事で、確実に庇えるだろう。これならもう少し攻勢に出られる。
「嘗ての王とて歪虚となった。騎士風情が歪虚に堕ちるもむべなるかな! されどその旗は大公のもの! 返してもらうぞ、死人!!」
リーリーに騎乗して人混みから飛び出すや、歩廊上を左右に駆け回って敵耳目を引く。これまで使わなかった火炎符を宙に放てば、旗持ち――の二回り外の敵が燃え上がった。
敵が一斉にこちらを向く。同時に空を裂く一矢が降りかかってきた。手綱を引くも遅い。正確に脳天を狙ったそれが額冠を穿ち、額から頬を削っていく。応射が歩廊から敵陣へ。皐月とフォークス機か。弓騎兵はそちらに任せ、ハナは軍旗との距離を目算する。
逆に歩廊を見やれば、こちらはようやく王女側と集合しつつあるようだ。が、敵が素直に合流を許すか?
――乱しておきたいですねぇ。
覚悟を決めたハナはリーリーに無茶を命ずる。飛べ。フライトだ。種族の壁を超えろ!
「死人はぁ! とっととぉ! 塵に帰れですぅ!」
果たしてハナは、空を飛んだ。間近にいた敵を追い越し、己が技量を信じて最大射程で火炎符を解き放つ。
敵軍旗は閃光の如き炎を発して呆気なく焼け落ちた。旗持ちが自らの保持していた旗の残骸を見上げ、ぽかんとしている。
束の間の沈黙が戦場を包む。そして、溢れる怒号。ハナは快哉を叫びながら歩廊へ戻るも、待機していた敵騎兵が四方から攻め立てる。五光陣で自分を中心として迎撃するが、稼いだ敵の憎悪が大きすぎた。
リーリーに癒しをもらい、墜落して歩廊へ逃げ落ちると、そこでは王女と大公の探るような掛け合いがなされていた。
「てめえんとこの軍旗つけた兵が攻めてきた。これで王女に死なれたら困るよな?」
「要は戦力分散を避けたいっす。敵大将を狙うにも足下の状況が不安だと仕留めきれないっすよ」
「でよ、“この胡散臭え群衆、何故かは知らねえがあんたが指示しやすい奴もいるんじゃねえのか?”」
ウィンスの通信機からはパツキン野郎――ジャック某が煽動者の可能性を知らせてくる。神楽を間に挟み、ウィンスは大公を“説得”する。
「“何故か”そんな奴がいるなら、群衆退かせろ!“誰の思惑か知らねえが”この場の国民を救う最善の選択だ」
「ラスヴェートに死を強制されて無駄死にされると勿体ないっすから、呼びかけてほしいっす!」
「……では呼びかけてみよう。“話が通じるかは解らんが”」
舎弟気質の神楽を挟むと意思疎通が楽になった。
大公は神楽に渡されたマイク越しに王女と話し、歩廊上の二集団は距離を縮めていく。その時には乾坤一擲のハナの軍旗炎上が敵陣に致命的な損害を与えており、合流は果たせそうだった――が。
ハナの狙いは、あまりにクリティカルすぎた。
二集団が辛うじて一つと言える程度にまとまった、次の瞬間。紅薔薇に押されていた筈のラスヴェートの声が、高らかと響き渡った。
『“我が敵に告げる。己が味方を討ち果たせ”』
広域【強制】。個人に狙い撃たれるよりはマシだとウィンスは安堵の息を吐きかけ、
『“重ねて告げる。先の我が命を絶対の意とせよ”』
二重の【強制】に、体が凍った。
二重など聞いた事がない。奴固有の能力か? 舌打ちする間もなくウィンスの脳裏が命令に埋め尽くされていく。
「…………上等……だ……ッ」
霞む視界の片隅に敵の一斉突撃が映る。踏み込んだ。体を捻り、腰を沈めながら斜め上へ蜻蛉切を突き出す。突撃に吹っ飛ばされた。だが渾身の刺突を喰らわせた敵三体は身が裂かれる凍結音と共に氷に貫かれ、一体が歩廊に墜落している。
ざまあみろ。
ウィンスが身を起こし、止めを刺すべく墜落した敵へ歩く。敵を見据え、槍を引き――そして、背中に熱を感じた。体が動かない。首を回して肩越しに振り返る。ホロウレイド騎士団二人の剣と、弓を構えた皐月の姿が、見えた。
●紅薔薇の誤算/歩廊上空
敵初撃をやり過ごし、紅薔薇が誰よりも早く飛翔板を起動できたのは、自分が王国にとって部外者であると胸に刻んでいたからだ。
東方の守り手たらんと己を律してきた生き様は今なお変わらず、故に他国において観戦武官的な立ち位置を心がける。最前線で刀は振るうが内政に干渉せず。それが武の一門としての矜持であり、故にこそ紅薔薇は最速の刃たり得たのだ。
『ほう! 私に向かってくるか、娘』
「一つ手合わせ願おうかのう! 他の者は忙しくての、お主等を相手にする暇がないのじゃ」
飛翔板で飛び込んだ紅薔薇を正面から受けるラスヴェート。敵の得物――矛槍は紅薔薇の刀より柄も刃も長い。刃で受けた敵がそこを支点に柄を回し脇腹を打つ。紅薔薇が衝撃を回転に変え、一気に体を回して薙いだ。
斬魔剣、終の型。邪を滅する斬撃が敵の鎧を掠め、しかし敵は墜落しない。馬が飛翔している。ならば馬を狙いたいが、長柄武器で延々と庇ってくる可能性がある。面倒になった。これでは掛かり切りになる。
交錯、馬首を転じて駆けて来た。
『ならば無理にでも相手してもらおう! あの! 親父殿にィ!』
「拗らせとるのう……。王国の未来は王女とこの国に住まう幾多の人々が決める事。妾やお主等歪虚が引っ掻き回してよいものではない!」
『王国など知った事か!』
腕に重い衝撃。一閃がぶつかり合い、追撃をかける間もなく敵は突き抜けている。紅薔薇の首からパッと血が噴き出した。敵の刃と【懲罰】、二つ重なった損耗は思いのほか大きい。
紅薔薇は馬首を巡らせみたび激突してきた敵を往なし、返す刃で馬を狙うも敵はやはり長柄で庇ってくる。ソリを敵へ向けながら眼下をちらと見やった。
Gnome――白には地上での法術地雷敷設を命じていた。これだけ離れた現状きちんと敷設できているかも不明で、ましてや再命令などできる筈もない。刻令術を信じ、一刻も早く敵を地に落とさねば。
四度目の交錯、矛槍を狙ったソードブレイカー。それは功を奏し、火花を散らして離脱した時に敵が唸ったのが聴こえた。これなら次で馬を狙える。そして五度目――その、寸前。
ラスヴェートに追従していながら戦闘に介入していなかった旗持ちが、突如として燃え上がった。
『……は?』
素早く首を振れば、敵に追われ歩廊に墜ちつつあるハナとリーリーの姿が見えた。女人らしからぬ獰猛な笑顔を浮かべて墜ちる彼女は大層勇ましく、武芸者として妙に親近感の湧くものだ。
しかし敵にとってはそれどころではない。
「くっく……なんと一大事か、軍の象徴が失われてしもうたぞ! どうするつもりじゃ、ラスヴェート? 遮二無二あやつを殺すかの?」
斬り込みながら紅薔薇が言う。刃はようやく騎馬へ届き、敵が墜落していく――が、あろう事かラスヴェートはそのさなかに二重【強制】を放った。
重ねて命じられた言葉が心の奥に響く。紅薔薇は自らの腕を斬魔の刃で斬りつけんとし、自分の肉体が意思通りに動く事に気付いてやめた。
――妾は偶然にも耐えきれたが、他の者は……?
歩廊――王女らとは離れた位置に墜ちたラスヴェートを追う傍らに友軍の状況を見やれば、そこには火球と雷蠢く混沌が広がっていた。
●二重強制/歩廊
「私達が王女様の護衛につく事で、騎士の方々を他に回す事は可能ですか?」
リーリーに騎乗した柏木千春とワイバーンの夜桜 奏音(ka5754)が歩廊に上ってきた時、状況は神楽らが大公の説得に行かんとするところだった。神楽、ルカ、フォークス機に代わって千春と奏音が王女の護衛につく形になるが、そこで千春はゲオルギウス団長に騎士を民衆側へ行かせる提案をする。
「可能だが自信でもあるのか……いや、君は確か黒の――ゴッドウォール。エリオットに聞いた覚えがある」
「……」
ともあれ信用されているなら何も言うまい。
騎士の再編と、歩廊低空を漂う奏音の浄龍樹陣が構築される間に千春は王女とスクエアを共有する。付近にはアルト、弥勒機、アルマ、シン、エリ、及びGnome一機とイェジド一頭。千春とリリィを含めても“占有スクエアを敷き詰めて守るにはやや少なく、普通に護衛する分にはやや多い”。
アルマと神楽のGnomeが法術地雷と壁を胸壁の隙間に作り“真横からの突撃を避け、敵強襲を頭上からのみに限定させる”のを千春は見ながら、人々に呼びかける王女の言葉を聴く。
アルマが自身と千春にアンチボディを付与すると、デルタレイを四方にばら撒き始める。敵分隊が距離を離し、同時に左右から突撃してくる。真正面に入ったアルトが身を屈めながら大上段から大槌を振り下ろすが、敵の勢いと相殺するように互いが弾かれる。が、宙で鎚を歩廊に突き立て無理矢理その場に留まると、ハンマーをぶん回して敵を吹っ飛ばす。
「有名な奴らに比べれば弱いけどな、システィーナ様を想う……もとい守る気持ちは負けないんだぞ、と!」
落馬した敵に止めを刺し、アルトは立ち続ける。一方でシンは、
「こちらの敵はボクが!」
【強制】対策で意識的に声を出しながら次元斬。敵突撃を往なすと同時に居合の二連撃を敵に放つも、二体目の敵突撃を正面から受けて飛ばされた。穴を埋めるように弥勒機が位置を微調整、カーテンを起動して足下の騎士達を守り――敵と衝突する。
鈍い金属音。だが崩れない。兜率天――エクスシアの重量と出力が、この狭い戦場を支える一つの柱となっている。
『……あれの……マーロウの孫はどう思ってんだろうな』
王女と大公の近くて遠い会話を聞き、ふと弥勒の声が漏れた。
それは千春も思い至っていなかった事。前衛のアルトやシン、空のラィルを回復しながら、千春は王女らの話に耳を傾ける。
避難の呼びかけや、大公もまた重要な国人の一人だという話をしているが、孫の話は出てこない。マイク越しの会話が一段落した頃、千春は背中の王女に声をかける。
「王女様」
「はい」
「……私は光のような解決策を示せる訳ではないですけれど」
肩越しに王女と視線を交す。
「貴女の“護りたい”があって、あのお爺さんの“護りたい”も、きっとあって。それは誰にも否定できない。しちゃいけない。そういう色々な“護りたい”が同じ方向に重なるといいですよね。そうなれば、きっと皆、もっと輝けるのかなって」
それは、何でもない日常の価値観。一般的な人がごく普通に思う、小さじ分の幸せ。
大公なら一笑に付し、大司教なら子を見る目で教会へ連れていくであろう、そんな言葉だった。ただ千春が大切にしたい思いは大体この言葉に内包されていて、だからこれ以上に難しい事を言う必要はなかった。
――そして、それはきっと、王女にとっても同じだった。
大公にも大司教にも通じない、でも王女に通じる。そんな思いを、あえてこの場で口にした人はいなかった。
「……そうですね。わたくしも、そう思います」
「大丈夫、システィーナ」怪我から復帰し、正面で剣を構えたシンが言う。「ボクらは君を支持するよ。君が好きだから。友達だから。だから、本当にやりたい事をやればいい」
「ありがとう、ございます。わたくし、地に足をつけなければならないと思っていましたけれど、そうじゃなくてもいいのですね」
告げる王女は、瞳を潤ませて笑っていた。千春が王女と目を合わせて微笑した――その時だった。
二重【強制】が、歩廊を覆ったのは。
『“我が敵に告げる。己が味方を討ち果たせ”』『“重ねて告げる。先の我が命を絶対の意とせよ”』
二重【強制】が騎士の、ハンターの心を侵食していく。
歩廊上低空で樹陣とアイデアルソングを展開しながら封印符の使いどころを探っていた奏音は、致命的な何かが自身に入り込むのを自覚した。
傲慢の能力に対抗できるだけの鍛錬と装備はしてきた。それなのにだ。もしかしたら、低空という目立つ場所で味方を支援し続けた為に敵の注目を浴びすぎ、敵を往なす事に集中しすぎた結果かもしれない。ただの奇跡的偶然の結果かもしれない。何にしろ一つ言えるのは“低空で味方を支援し続けた奏音が、風雷陣を使えるという事実は、危険すぎた”という事だ。
風雷陣。雷がアルマを、八島陽を、柏木千春を直撃する。ついで騎竜のボレアスが歩廊へ突っ込んだ。続けて風雷陣を展開しかけ、一発の火球が爆発――いやエリ・ヲーヴェンただ一人に火球が吸い込まれるではないか。
顔を歪めるエリ。次の火球を準備するレイレリア。奏音は風雷陣を放つ直前に我に返るが、既に【強制】されたレイレリアを止める術がない。
火球が増大する。光がアルマとレイレリアを繋ぐ。機導浄化術。この抵抗に失敗すれば歩廊に非覚醒者の死者が溢れ返る。樹陣を展開する奏音。迷いなく王女に覆い被さる千春。レイレリアが苦痛に顔を歪め、そして――火球を、飛翔騎士達へ、放り投げた……!
空に赤い花が咲き、爆音が辺りに轟く。
安堵する間もなく奏音はアイデアルソングを口ずさむ。耐えられなかった自分を責めるように、レイレリアの魔法が乱れ飛んだ。
●がんばる三人/第六城壁外
巳蔓(ka7122)にとって戦闘は想定内で、天川 麗美(ka1355)にとっては想定外だった。
城門を少し開き、キヅカリクとカーミンの作った避難所から人を王都内に入れながら、二人の少女は正反対の反応を示す。
戦う巳蔓と守る麗美。人が怪我をするのが嫌だという思いを同じくしている二人の行動がこれ程にきっちりと分かれたのは、彼女達自身にすら少し笑えた。
――状況は、少しも笑えないけれど。
「下がってください。皆さんの為、王女様の為、お願いします」
「何でこうなるのよぉ! 麗美ちゃん後ろでトリアージしてるだけで満足だったのに! あとはちょっとイスカの心配なんかしちゃって? 皆の無事を祈っちゃったりして? それで無事に再会できたらよかったのに!!」
二人の前には逃げ惑う民衆と“上空から墜ちてきた騎士や馬が”いる。
本来の相棒と組んでいる敵は、おそらくいない。墜落し、今なお存在している敵は相棒を失った人あるいは馬だけだ。それに損傷も激しい。強者であれば鎧袖一触に討伐できる敵だろう。
しかしそれでも、二人には少しばかり荷が重い。
「うぅ?!」
「盾には私がなります。あなたは彼らと一緒に退避を」
「うぅ?!! それができれば苦労しない……」
巳蔓の散弾銃が火を噴くと、馬一体が消え麗美は目を見開いた。
これならやれるんじゃ?
続けて巳蔓が撃った騎士はしかし、散弾を物ともせず巳蔓を殴り飛ばした。槍を失っていた事は不幸中の幸いか。巳蔓は転がって勢いを殺し、横に移動しながら引鉄を引く。
二体の騎士と二体の馬が各々別個に巳蔓を囲む。撃ち、側転で逃れてさらに撃つ。さらに一体の騎士が加わった。巳蔓が後退る。人々が悲鳴を上げて逃げる。馬の突進を奇跡的に回避し、馬の尻に散弾をぶち込んだ巳蔓だが、騎士二体は既に距離を縮めている。無理矢理銃把で篭手に覆われた拳を受けるも、残る一発が腹を抉った。
巳蔓は血反吐を吐いて吹っ飛び、しかしすぐさま立ち上がる。
その姿に、麗美は胸を打たれた。
手当だけに専念できれば最高だったが、今ではそれは不可能。勝てるかどうかは判らないが、できる事をやらない事だけは絶対にダメだとはっきり言える。
――教会のお仕事は葬式をする事じゃないですからぁ!
機導砲で騎士を貫く。麗美に振り返る敵。急いで距離を取りながらもう一発。騎士一体、馬一体が麗美に。巳蔓の方の敵もまた同数だ。分散できた。後は各個撃破すればと麗美が思った時、巳蔓の散弾が“麗美側の騎士を”消滅させた。
逃げ回って互いの敵を背中から撃つ。
それは満身創痍の敵相手だからこそできる事。だが今この時だけは、敵を完封する筋道だった。
互いが互いの動きを見ながら撃つ、撃つ、撃つ。一心に引鉄を引き続けていると、気付けば城門の内側にいた敵は全て消えていた。
巳蔓も麗美も地に倒れ伏し、荒い息をついている。だが、生きている。無論民衆もだ。
巳蔓の感情を映さない瞳と麗美の感情豊かなそれが合う。麗美がえへぇと微笑し、叫んだ。
「上の人ぉ、下の事も考えてくださいよぉ!!」
「聴いてくれ! お前ら!!」
ジャック・J・グリーヴは避難所の壁を作り終えたキヅカリクのGnomeに乗り、民衆に向けて跪いていた。
豪華な鎧に身を包んだ自分はきっと貴族だと見られる筈だ。その自分が頭を下げて本心を語る。それで民衆が落ち着きを取り戻し、退避できればと思ったのだ。
「お前ら一人一人が自分で考えて意思を持ち、ここに来てくれた事を嬉しく思う。しかしお前らは国の宝だ。今この状況で失うワケにはいかねぇ! 今ここが危ねぇのは解ると思う! だからこそ! お前の隣の奴に手を貸して、皆でこの中に退避してくれ」
人のざわめきが静まり、直後に誰かの怒号が木霊する。その声がした方へ急行するのはクリスティアであり、カーミンであり、ユグディラやユキウサギ。全てジャックの知り合いだ。
彼女らが迅速に煽動者をどうにかする事を信じ、一方で上空の飛翔騎士はキヅカリクに完全に任せる。戦闘の準備も一応はしてきたが、敵の注目がリクに集中しているこの場では任せた方がやりやすいだろう。
「お前が隣を、隣がもっと隣を、そしてこの俺がお前ら皆を! 必ず、守る。殿下もそう望んでる。俺の頭なら幾らでも下げよう。だからどうか、落ち着いて俺と殿下の話を聴いてくれ」
フォースリングで増幅したらしいリクの魔矢が次々に敵を穿つ。
ジャックがじっと人々の反応を待ちながら飛翔騎士の様子を窺っていると、何ヶ所かから上がっていた怒号はいつの間にか消えていた。
後に残っているのは、無辜というわけにはいかないけれど純朴で、“普通の”王国の民だけだ。
●ラスヴェート/歩廊外縁
王女と大公から離れた歩廊上に墜ちたラスヴェートは、愛馬が息絶えんとしている事を知り、自らの刃で介錯した。
騎馬が霧散する負の粒子を浴びながら、自らの許へやって来る者達を見上げる。
――飛べば逃れる事は……いや、できんな。
結局、親父殿の救済もできそうにない。老いさらばえた親父殿を引き込み、往年の肉体を取り戻した親父殿に感謝されたかったものだ。あの親父殿が自分に感謝する。その光景は思い浮かべただけで心が躍る。
――それももはや叶わぬ。なれば私はかの御方が為に戦おう。
ラスヴェートは矛槍を脇に構えると、着地しようとしていた人間へ姿勢低く肉薄した。
戦いの始まりに言葉はなかった。
着地際を狙って矛槍を払う敵。舞うように躱す紅薔薇。その背後、人竜一体となって突っ込む岩井崎旭とロジャック。旭の魔斧を捌き、柄を回して騎竜を打ち据える敵だが、追撃する事なく跳び退れば直後にリリティアの加減された神斬が空間を裂く。
「今度は首ごともらっていくぜ、ラスヴェート」
『やってみろ。“我が血に命ずる、死力を尽くし敵を討て!”』
「傲慢のくせに全力で人間の相手をするとは、恥ずかしくないのかのう」
『ふはっはははは! 一人に複数で当たるお前達程ではない!』
斬り込む紅薔薇の狙いは腰元、革袋。ここまで温存する以上は致命的な物か、戦闘に使えぬ搦め手の物か。どっちにしろ破壊しておくに越した事はない――が、紅薔薇の一閃は上から叩きつけた矛槍に強引に中断させられた。咄嗟に刀を引くも、その勢いすら利用した敵の前蹴りが紅薔薇の腹を強かに打ち抜く。
一瞬で吹っ飛び、何回転も転がっていく紅薔薇。その隙を衝いたロジャックの爪が敵の腹から腰を薙ぎ払う。革袋が解け、中から大きな石が落ちてくる。カツ、と掌大の割に軽い音を立て落ちたそれはしかし、何事もなく転がった。
その石に気を取られた瞬間、敵の【決闘】が発動する。対象は旭。それを察した旭は魔斧を大上段に構えるや、滑空するが如く懐に入り込んできた敵を蹴り上げ、その足でそのまま踏み込んだ。
「終わりだ! ラスヴェェェェェェト!!」
矛槍が旭の胸を穿つ。血潮が散る。精霊纏化、血の一滴一滴すら見えそうな世界の中で、旭は、脇に位置したリリティアが今にも攻撃せんとする殺気を漲らせ、ついで頭上から飛来した一本の手裏剣が敵の【決闘】による結界に弾かれたのを捉えた。
――そして、旭の一撃がラスヴェートを両断した。
石床にすらめり込む一撃は今の旭の全力全開。斧を引き抜きながら、ラスヴェートの終焉が【決闘】の末でよかったと、何となく思った。
たとえそれが、リリティアの殺気で【懲罰】を温存され、ラィルの手裏剣で「味方がいる」と旭の心が奮い立ったものだとしても。
「俺の勝ちだな」
『……ふ、は、は……首を……獲るのではなかっ……阿呆め……』
ラスヴェートが闇の粒子となり曇天の空へ消えていく。
旭はロジャックに騎乗してその跡を追うと、魔斧を突き上げ勝ち名乗りを上げた。
●王国の未来
残っていた飛翔騎士達は、旭の名乗りを聞き撤退していった。追撃はしない。飛行できる者が少なく、危険だったからだ。
鬨の声と民衆の歓声が幾重にも響き渡る中、歩廊で王女と大公は“歩み寄った”。
「考えでも変わったカナ? 首根っこを掴んで喜劇の続きでも観せてもらおうと思ったンだケド」
ガルガリンから降りたフォークスが貴族の面々を愉しげに見つめる。
王女や大公もそうだし、ウィンスやクローディオなんかもそうだ。貴族、あぁ何と高貴なる欲望の坩堝!
「ジャ……ジョニー? あんたも交ざってきなヨ、金ぴか」
「俺様はジャックだ。で、てめぇはちっと黙っててくれ、愉快犯」
肩を竦めてフォークスは座り込む。“喜劇”をどうしても観たいらしい。
その座り方にルカはびくと震え、しかし両の拳を握って声を出した。
「王女。大公。失礼ながら、お二方の“護りたいもの”は何でしょう」
「みなの日常を」「栄えある千年王国を」
両者が同時に答える。レイレリアは僅かに眉をしかめ、訊く。
「マーロウ公、公の守りたい千年王国に民は含まれないのですか? 民がいてこその国ではありませんか?」
自身も貴族出身だけに、口を出さずにはいられない。
「そのような青臭い議論をするつもりはない」
「存じております。しかし私にも無視してはならない矜持がございます」
「そうか」
大公は鼻を鳴らして王女に向き直る。その表情は苦虫を噛み潰したように歪んでいて、けれど敵意は感じない。腰を曲げ、ひょうきんに割って入りながら神楽が言う。
「王女に理想を叶える力があるのが解ったすかね」
「……強襲を凌ぎ愚息を討伐したのはハンターではないか。殿下の力とは言えぬ」
「そ、そのハンターと王女以上に密接に繋がってる高位貴族は王国に多分いないっすから、王女の力も同然っす!」
「ふん。それで何が言いたい」
「協力するっす。穢れがなくとも犠牲に満ちた世が残ったら、きっと件の孫も喜ばんす」
神楽が言ってみると、マーロウは目を見開いて神楽を見た。――まるで、今の今までそんな事にも気付いていなかったかのように。
不意に大公の背後に忍び寄った狐面の男が、意趣返しの如く肩を叩いて驚かせる。
「ンな事も知ろうとしなかったのか、大公サンよ」
「文月弥勒、か」
「覚えていただき恐悦至極」
深呼吸した大公が、ゆっくりと息を吐き「あぁ」と首肯した。孫の事を考えていなかったと指摘されたのが余程衝撃的だったのか、大公は見るからに消沈している。弥勒は王女に目を向け、
「畏れ多くも王女殿下、褒章も何もいらないから話を聞いてほしい」
「そのように畏まらずとも聞きます」
「それでは……敵大将は何で強襲してきたと思う? 確かに厳しかったが、あの戦力で王都を落とせるとは思えない。ならこれは偵察なんじゃないか? そして次に来るとすれば――」
「歪虚王、ですね」
「そして大公の人脈、兵力は強力だ。いち領主の私兵が数はともかく練度で王国騎士団に比肩し得るなんて普通はあり得ない。この兵力なしで被害が増える事と、協力して被害を抑える事。どっちがいいかを教えてほしい」
狐面の奥にある瞳にはどこか期待と不安の入り混じった色があった。王女はそんな弥勒に「答えは決まっています」と微笑んでみせると、マーロウに話しかけた。
「マーロウ卿」
マーロウの顔色は悪い。もしかしたらエリ・ヲーヴェンの提案したような取引をされると思っているのかもしれない。
システィーナは大公の顔を見つめ、深く息を吸う。今回のやり口はどうしようもなく許せない。けれどその怒りを飲み込んで、告げた。
「歪虚王を討伐する為、わたくしに協力してください」
「……かしこまりました」
「貴族達の抑えもお願いします。卿への処罰が軽ければ貴族はわたくしを侮り、騒ぎ始めるでしょうから」
「蟄居でもしたい気分ですな」
「そしてわたくしは――女王として戴冠いたします」
雲の合間から差した光が歩廊を照らす。
その幻想的な光景の中で行われた宣言はマイクに乗らず、ただルカの持っていた蓄音石にだけ収められる事となった……。
ラスヴェート・コヴヘイル・マーロウのマテリアルを伴う宣言は、歩廊上のほとんどの非覚醒者の目を釘付けにした。全周から急降下してくる敵騎兵も無論認識している。が、敵大将から目を離せないのだ。
迫る敵。響く怒声。正対する事も叶わず敵の槍が己の体を食い破り、突撃の勢いままに胸壁へ打ち付けられ、地へ墜ちる――、
「俺に強制してんじゃねえ、歪虚が!」
その運命に真っ先に抗ったのは、ウィンス・デイランダール(ka0039)だった。反逆者の咆哮に釣られるように、騎士――ではない者達が気炎を吐く。
「来やがったか、歪虚の大公! イスルダで討ち漏らしたのがここまで引きずる事になるとはな」
『ハ、喜劇のさなかにドンパチ! 楽しくなってきたネ』
岩井崎 旭(ka0234)、フォークス(ka0570)機ガルガリン。ウィンスを含めた二人と一機が敵騎兵と交錯しながら前へ出れば、舌打ち一つで騎士の前に立つのは文月 弥勒(ka0300)機兜卒天。高出力カーテンが友軍への敵突撃を緩和すると同時、三騎の敵が血を噴きながら上昇する。
が、敵の波は終らない。
五騎八騎と左右から襲い来る敵軍に、歩廊は悲鳴と怒声と断末魔に包まれる。
「つ、使える人は浄化をっ」
それ故、と言うべきか。四方八方から攻め立てられる状況で初めに浄化の光を放ったのは内気なルカ(ka0962)だった。そしてひとたび方向が定まれば止まらないのが騎士団と、ハンターという者達だ。
「浄化、護りの四陣!」
ゲオルギウス団長の号令一下、【強制】にかかっていない騎士が周囲を固めると、合わせてヴァルナ・エリゴス(ka2651)は最前線で龍槍を構える。足下のアッシュがにゃあと鳴けば、「うー!」というウサギの声と共に二ヶ所から紅の結界が立ち上った。
その結界に、弥勒機とフォークス機が並び立つ。
『俺が壁になる。落ち着け、そして王女に指示を出させてくれ』
二つの結界と二機による“壁”。それが次々に押し寄せる敵の波を受け止める。
そうして生まれた間隙を衝き、アルト・ハーニー(ka0113)とシン(ka4968)が歩廊に残された敵に攻めかかった。
「マーロウのおっさんに言いたい事はあるが、とりあえずは邪魔な敵を倒さないとだねぇ!」
「システィーナを、守るよ」
大地を破砕する鎚と邪炎剣、打撃と斬撃を同時に受け落馬する敵。しかし敵は転がるように胸壁まで退避、空へ飛び出さんと足を踏み出す――その背を、光線が貫いた。
「まぁ、とりあえず、歪虚は退けようか。覚醒者は外、非覚醒者は内に」
紅水晶の傍で、八島 陽(ka1442)。敵の一人と一頭は霧散する事なく地へ墜ちていく。
非覚醒者たる王女システィーナの認識が状況に追いついたのは、その時だった。
「まずは歪虚を何とか致しましょうか」
紅水晶の一歩外で火球を打ち上げたレイレリア・リナークシス(ka3872)に、王女の傍にいた面々は首肯して各自がその場を見回す。至近にいるハンターはレイレリア以外にルカ、ラィル・ファーディル・ラァドゥ(ka1929)、神楽(ka2032)、アルマ・A・エインズワース(ka4901)、エリ・ヲーヴェン(ka6159)。
少しすれば、今なお揉みあげるように突撃を繰り返す敵軍を往なして集う者もいるだろうが、最も重要な初手――主導権を奪われた現状でそれを期待し待つだけではまずい。
幸運だったのはルカがユキウサギ――雪璃を連れていた事か。結界がなければ、戦いながら王女と話さねばならなかった。
「歪虚を何とかする、と言えば……フフッ、王女様。あの旗、見えるかしら?」
さっきまで無表情で傍に立っていたエリの、唇を裂いたような笑顔に王女は後退って頷く。
「マーロウ家の紋……あの方も何か叫んでいましたね」
「そう! あは、あはははは! 歪虚の旗が、大公家の紋! これって“内通”じゃない? 黒の騎士長が審問かけられたとかって、アレと同じ! 内通“容疑”かけなさいよ?」
「……容疑ですか」
外の喧噪――マーロウの私兵もまた飛翔騎士と交戦している状況で内通はないように思えるが、こじつけて容疑をかける事はできる。極論すれば、そも宮廷闘争とは声を大にして言いがかりを押し通した者が勝つ泥沼だ。
エリはイェジドを王女に押し付け、さらに言い募る。
「容疑をかけながら手を差し伸べるのよ。審問免除と所領安堵をしてやるから協力しろってね!」
「悪い顔してるですねぇ……」
同小隊を組んでいるアルマが楽しげに茶々を入れる。が、止めない。
逆らっちゃダメなやつっす、と神楽が追従する笑みを浮かべ、
「このままぶつかりゃ下手すりゃ内戦っす。ぶつかるなとは言わねっすし、エリさんの案も物騒っすけど、ぶつかり方は考えた方がいいっすよ。まずこの場は共闘が得策っすかね」
「物騒? まさか! 抑止力よ。恫喝と懐柔で“仲良しさん”を増やして内外の敵に一枚岩の王国をアピールする。ねぇ? とーっても素敵な平和でしょ? あははは!」
大層爽やかな笑いに王女ドン引きである。
「い、一時共闘はぜひお願いします。内通容疑までは……できません」
王女は頬を引き攣らせ、歪虚に対する共闘だけを了承する。
――捕縛しようとしているわたくしが言える事ではないけれど。
罠にかけるのは、好きじゃない。けれどそんな自分の中途半端さに呆れ果てもする。そうして眉根を寄せた王女は、直後、目を丸くする事になった。
「では共闘の呼びかけをお願いします……っす」
「共闘もやけど、民に避難も呼びかけるならコレ渡しとくな。民あっての王。王女さんなら解っとるやろし、きっとどうにかしたいやろ」
「で、ではこちらを。今少し話しましたが、キヅカさんからお話があるそうです」
神楽とラィル、二人の男性からは花束よろしく魔導マイク、ルカからは通信機を同時に手渡されたのだ。同時にマイク二本と通信機を渡される日が来るとは誰も想像だにしない。
「えっ、ど、どうすれば……」
持て余して和む王女である。
だがそんな空気は、紅の空間が割れた瞬間に霧散した。
「時間はないようです。必ずやお守り致しますので、システィーナ様は真に望む未来を掴まれますよう」
再び打ち上げられたレイレリアの火球が七体の敵を巻き込み、“派手に”咲いた。
●大衆と煽動/第六城壁外
歪虚の襲来を目視し第七街区に出たキヅカ・リク(ka0038)は、人々の騒乱が激化している事を肌で感じた。
元々王女の応援だか大公への非難だかの為に王都まで押し掛けたような市民だ。行動的で、少々我慢が利かない人も多いだろう。そんな彼らが歪虚を前にすればどうなるか?
集団でパニックが伝染し、大事故が起こりかねない。その光景を幻視したリクは逸る心を抑え、交友のあるルカに通信を繋いだ。
「ルカさん、王女に指示を仰ぎたい。このままだと民衆に被害が出る」
上を見れば散開した敵騎兵が休む間もなく分隊単位で歩廊を攻めているのが判る。迎撃側は休めず攻撃側は順に休める、理想的な強襲だ。
――こっちにも敵を引き付けた方がよさそうだ……。
『はい。このまま引き篭もっているのも国の頂点としてまずいでしょうし……王女の意思をお伝えした方がいい、ですよね』
通信先の準備が整うまでの間にリクはGnomeに城門から突き出る形で壁を作らせる。簡易避難所にしたいと考えていると、別のGnomeが作業に加わった。見回せば手を振っているカーミン・S・フィールズ(ka1559)と目が合う。
「手伝うわ! 手は全然足りないけど、少しでも守らないとね」
「助かります。あとは王女に避難誘導をお願いできれば……」
リクが言うと僅かにカーミンの顔が強張ったのが解った。が、それを気にする間もなく通信機から王女の声が聞こえ、リクはそちらに集中する。
『お話があると伺いましたけれど、それはこの状況の打破に寄与するお話ですか?』
「はい。王女には市民への呼びかけをお願いしたい。僕のゴーレムの出力装置を通し、通信機からの声を増幅します」
『呼びかけるのは願ってもない事です。マイクを二本もお借りしましたし。……人々は、それ程に危険ですか』
肯定し、リクが市民の様子を窺う。
悲鳴を上げ蹲る人や城壁を指差し何か叫ぶ人、他人を押しのけ逃げ惑う人などが混在し、今にも雪崩を打って何かが起きそうな雰囲気を感じる。そう考えると避難所はどちらかと言うと勢いを削ぐ溜池の役割になるかもしれない。
『では可及的速やかに呼びかけましょう』
「その前に、一つ」
『何でしょう?』
「――マーロウは、歪虚から守るべき“国民”か?」
その声は、何故か自分で思うより低く感じた。
数秒の無音がひどく長い。
ざざ、と通信機が雑音交じりに少女の声を伝えてくる。
『……えぇ。思うところはあります。許せない事も。けれど……』
感情を消化できないのか、苦い物を飲み込んだような王女の返答は十分とは言えない。が、
「解った。それなら僕は、救うべき者達を救おう」 聖機剣マグダレーネを天に掲げ、リクは飛翔板を起動した。
『皆さま、見えますでしょうか? わたくしはシスティーナ・グラハムです。心優しい皆さま、この場は非常に危険な状況になっています。どうかまずはわたくしの話を聞き……』
拡大された王女の声が響き、“戸惑いと怒声が”民衆に広がる。
ガスティ――グリフォンに騎乗したクリスティア・オルトワール(ka0131)はその様子を睥睨し、首を捻って声をかけた。
「ジャック様、先程から妙ではありませんか?」
ちょうど眼下にいたジャック・J・グリーヴ(ka1305)は驚いたように身を震わせ、こちらを見上げる。
「な、な、何がだよ。俺様に妙な所は何一つねぇよ!?」
「…………いえ、民衆の話です」
「ア?」ジャックはややあって目を細める。「……あぁ、確かにおかしいな。こいつらはクソガキの政略結婚にブチギレた王女信者だろう。だったらクソガキのお優しい話聴いて喜ぶんじゃねぇか?」
「煽動者が騒ぎを意図して広めている可能性は?」
「ハ、胸糞悪ィ泉から急いで戻ってきたらコレか。ミケ!」
ジャックはユグディラを呼ぶと、何事か指示して人混みへ紛れ込ませた。そして自らは今城壁外で最も注目されているGnomeの方へ駆け出す。
「俺様は民と話す! クリスティアは……」
「上から怪しい者を探りましょう。余力があれば敵騎兵もどうにかしたいですが」
歩廊側に突撃する敵の方が圧倒的に多いが、二分隊――十数体は水鳥が魚を啄むようにこちらの人々を狙っている。いや、城門から離れながらキヅカリクが飛び上がり、一分隊を引き付け始めた。
クリスティアは残る一分隊に火球を放つと、退避しつつ眼下の群衆に目を向けた。
カーミン・“S”・フィールズにとって王侯貴族は簒奪者だ。
日々も実りも、名も奪われた。そしてそれが悲しい事だと思う事さえ、なかった。幸い、あるいは不幸にも“気付き”を得たが故にあれらを嫌う事ができたが、嫌う事すら奪われ続けている人は今なおいるだろう。
だから王女の声も、どうしても薄ら寒く聞こえる。
『……避難を、そしてどうかわたくしと心を共にして。静かに、落ち着いて戦士達を信じるのです』
「王女の意思を汲み避難する人は下がって。進んで王女の盾になりたい人は前にでも出てて」
反吐が出る。
信じてなどとのたまう王女に辟易し、しかしカーミンはその言葉を利用し人を守る。ゲー太――Gnomeに壁と法術地雷を交互に作らせ避難所を広げるが、この数では焼け石に水。通信によれば煽動者がいるらしく、それならそいつを捕えた方がまだ効果的かもしれない。
『……心優しい皆さまはわたくしの為に憤ってくれるかもしれない。けれどわたくしにとって――マーロウ卿もまた……国民……そして戦友である、筈です。そう、ですね?』
『然り。千年王国の臣たる者、穢れ如きに国を蹂躙される訳にゆきませぬ』
上空には乱戦が広がっている。キヅカリクが引き付け、クリスティアが横槍を入れているこちら側は余裕があるが、歩廊側はどうも攻め入る人数が少なく感じる。
ワイバーンや飛翔板越しに見えるのは岩井崎旭やラィル、リリティア・オルベール(ka3054)、紅薔薇(ka4766)だけ。ラスヴェートなる大公の息子は紅薔薇が抑えているようだが、全体としては守勢に傾きすぎていた。
カーミンはゲー太を城壁に寄せて機体に上るや、空を渡りランアウト、突撃後に上昇せんとしていた敵がこちらを見下ろした直後、逆にカーミンが“上から”斬り下ろした。
疾影士らしい動きに満足していると、横から別の敵が突っ込んでくる。身を捩って躱しながら刃を空間に置く斬撃。やったと笑顔を浮かべた瞬間、腹に鋭い痛みが走った。
矢が刺さっている。弓騎兵。急所を腕で塞ぎつつ地へ跳び空を仰げば、三条の光と一つの雷撃が敵を討ち、その間隙をワイバーンが衝いているのが見えた。
それなりに状況は動かせただろう。カーミンは転がりながら地に落ち矢を抜くと、人混みに紛れて一息ついた。
後は任せ、こちらは怪しい煽動者を探そう。
●空中戦/歩廊上空
歩廊からの魔法が敵軍を貫き、騎兵の波に穴が開く。
そこに見えた指揮官らしき者へ至る道。それを、見逃す、リリティアでは、ない。
「貴族も王も人も歪虚も政治も恋も! 全部まとめて面倒くさい!! だから、私は!」
主の鬱憤を感じたが如く、倶利伽羅は敵の合間をするすると抜ける。横合いから突っかかってくる敵はそのままに、軽い傷は放置して。後方に留まっていた敵騎を見据え、リリティアはぐっと鐙を踏みしめる。腰を捻り、両手で構えた神斬は上段へ。
敵が気付く。倶利伽羅が一度高度を取って突撃する。位置的に背後には回れない。だがもはやどうでもいい。そんな面倒事は一撃の下に断ち切ってしまえ!
『まこと天晴れな気迫! 老骨の死地に相応しい!!』
「皆、あなたみたいに正面きって戦ってくれればいいんですけどね!」
倶利伽羅が風を突き抜ける。引き絞られた敵の大身槍がぴくりと動く。
瞬間、二つの軌跡が交差した。
上段から下ろされた神斬が敵に届くより速く、槍はリリティアの胸甲を掠めていた。同時に柄を斜めに神斬を流さんとしている。
その技量にリリティアの胸が高鳴る。騎馬と騎竜が衝突し、投げ出されそうな衝撃が体を襲う。懸命に腿を締めて耐えるリリティア。敵と間近で向き合うと、相手がにやりと笑った気がした。
「蜘蛛ですら守勢に回した一撃を……」
『生きるつもりさえなければ守勢など考える必要もない』
敵の四肢からパッと朱が噴き出す。死中に活、もとい死中である事を求めるその意気に、リリティアは武を以て応えた。
敵が槍を引くより早く影となり、一閃すれば敵の鎧が割れ、二閃すれば体を袈裟に両断した。【懲罰】により返された傷はかなり深い。しかし加減しすぎては逃す気がしたのだ。それに周囲の敵に自分の武威を意識させる事は味方の損耗減少に繋がる。
『御館さ……うか……武運……』
指揮官らしき敵騎が霧消し、主を失った馬が襲い掛かってくる。リリティアは一刀で馬を主の下に送り、戦況を見回した。
できればラスヴェートを狙いたいが――雑兵がそれをさせてくれそうにない。
「やー、傲慢様とあろうお方が親子喧嘩のお手伝いとは、流石ですわ! お見それしましたぁ、ご立派やんなぁ?!」
王女にマイクを渡したラィルが飛翔板で空へ上がると、敵陣へ斬り込みながら挑発する。が、敵の動きに大きな乱れがない。多少こちらを狙う者が増えた気がしなくもないが、それは敵中に飛び込んだからとも言える。
――言葉程度では崩れん、か?
「敵が多い! 一緒にやるぞ!」
「了解や」
騎竜を駆る岩井崎旭が突っ込めば、ラィルはアクセルオーバーと手裏剣で追従すると同時に全周へ斬撃を見舞う。一撃の威力を落としてまで狙うのは強度を上げた毒のばら撒き。
移動する度に三、四体の馬に毒を流し込む。その策は要人護衛が多く長期戦となりそうな雰囲気漂うこの戦場で有効で、加えて敵陣攪乱による攻撃陣の側面支援効果が非常に大きくなっていた。
――それは同時に、多くの敵に狙われる事を意味する。
「ロジャック、ラィルを守れ!」
吼えるワイバーン。乱暴に魔斧モレクをぶん回す旭。飛竜の爪が騎兵を裂き、しかし敵は落馬しながら槍を投げてくる。ラィルは辛うじて回避するも、その隙に別の一騎に横合いから突っ込まれた。パリィグローブで受け――られない。脇から腿にかけて斬り下ろされ、朱を散らしながらラィルは飛翔板に転がる。
「ッ、お空は厳しいなぁ……!」
「無理するな! 歩廊に戻って回復してくれ」
「……戻れたら、やな」
旭と飛竜は空を飛び回り敵と互角以上に斬り結んでいるが、毒を散布した――それも騎馬の方にだ――ラィルを狙う敵は挑発時とは比べ物にならない程多い。囲まれつつある現状にラィルが顔を顰め、星剣をだらりと構える。
『あれを落とすぞ!』
「やれるもんならやってみい!」
気勢を上げて突撃してきた一騎と交錯、グローブで受けると同時にラィルは縦横に刃を放つ。狙うは変わらず騎馬。それに気付いた敵が激昂し、旭をも無視して飛び込んでくる。
――飛び降りたらどうにかなるやろか?
幾つもの槍に串刺しにされるよりいいかもしれない。
自嘲したその時、突如ラィルの体が光に包まれた。瞬く間に傷が癒えていく。見れば歩廊、王女の傍で聖杖を掲げた柏木 千春(ka3061)がこちらを見つめ――いや効果を確認するや、すぐさま周囲を見回している。
敵中に斬り込んだ筈がいつの間にか歩廊直上に追い込まれていた。それにも気付かなかった自分に苦笑し、ラィルは星剣を握り締める。
「回復役が空におらんのはキツイけど、これならまだやれそやな」
直後、歩廊から空へ一直線に白き息吹が突き抜けた。
●大公と軍旗/歩廊
ラスヴェートが攻め寄せた時、マーロウは取り繕う事もできない激情に囚われていた。【強制】などされる必要もなく愚息のみを睨め付けて、ただあれを消すという殺意だけに支配されていたのだ。それこそ王女などどうでもいい程に。
だから、皐月=A=カヤマ(ka3534)は今にも言わんとしていた言葉を飲み込み少しだけ安堵した。
「そりゃ敵を前にしてまでイロイロやる暇はないよな」
「大公も王女様やオレ達と同じヒト。敵じゃないよね」
ユキウサギのマルティーリョを伴い、八島陽。
二人が周りの見えていない大公の護衛に動こうとしたところ、敵初撃を往なしたウィンス、ヴァルナがそれに続く。もっともヴァルナは、
「獅子身中の虫とはいえ、今あの方に倒れられる訳にいきませんね。この後飼い殺しにできればいいのですが」
と国の為の打算に満ちた行動だが。しかしその考えは正しい。この場で大公に死なれて最も困るのは王女だ。故に不本意でも守らねばならないのだが、そんなヴァルナの険しい顔を見て皐月と陽はドン引きである。
ウィンス――というかイケメンにくっついてきていた星野 ハナ(ka5852)が相槌を打つ。
「聞いた限りどちらも国を守る覚悟を示せる方でしょうしぃ、それなら男性守る方が趣味ですねぇ。それにぃ、苛烈な方が好みですしぃ」
「……」
肉食系なハナにウィンスの方も引き気味だが、ともあれ五人と妖猫、兎、狼、騎鳥という個性豊かな面々は間断なく騎兵突撃に曝される中で30mを突っ切り、今にも飛び出しそうな大公の許へ辿り着いた。
大公私兵のうち覚醒者は善戦しているが、非覚醒者も多いせいで陣形の乱れが大きい。皐月がイェジドを歩廊に放ち、自由に敵を狩らせる一方で自らは私兵達の中に溶け込む。
「俺は地味にウザい感じの妨害に専念するから、後よろしくー」
「サボんなよ?」
「まぁ適当に敵進路に凍矢とか射っとくからさ」
ウィンスが舌打ちして皐月を送り出すと、早速大公に噛みついた。
「おい、大公様よ」
「ぬぅ!! 奴め、私から逃げよるかぁ!!」
「おいてめえ! 目ぇ醒ませよクソ爺ッ!!」
一喝された大公が剣呑な目をゆっくりとウィンスに向ける。
「……誰だ貴様は。ハンター、か?」
「ああ」
「今は貴様らに用はない。どこへなりと……いや、依頼しよう。今すぐあれをここに引き寄せろ」
ウィンスが目を細めた時、ヴァルナが声をかける。
「殿下の命により助力に参りました。千年王国が為、まずはあの穢れを滅ぼしましょう」
「王女殿下の命で、お前達が?」
ヴァルナが頷き、穏やかな歌を口ずさむ。同時に陽がマルに紅水晶を発現させ、大公に苦言を呈する。
「貴方が死んで歪虚化すれば大事な身内をきっと襲う。空のラスヴェートのように。だからまずは守りを固めた方がいいと思う。大公が健在な限り、奴は逃げないよ」
「……いいや、奴は逃げる。穢れに身をやつすような愚物故に」
結界の外では私兵が戦っている。ウィンスはそれらの技量を測りながら、大公を鼻で笑った。
「ハ、だったらその愚物に乗せられてるてめえはそれ以下か」
「貴様の安い挑発よりは上等であろう」
「あぁ!?」
話はまとまらない。あまりに説得人員が尖りすぎていた。ハナが面倒臭いとばかり風雷陣を放ち始めると、敵の波の激しさが増す。
数にして六体が四波。第一波、凍矢が一体を穿ち、風雷陣が三体を貫き、敵二体が結界を破る。説得する暇もなくなった一行が否応なく乱戦に巻き込まれた――瞬間。
『楽しそうだネ。“真摯な説得”は終わったカナ?』
足下に神楽とルカを伴い、フォークス機ガルガリンが重機関銃をばら撒きながら駆けつけた。
――説得の段にも辿り着けてなかったですけどねぇ。
ハナは虎視眈々と敵軍旗を狙う機会を待ちつつ、風雷陣を重ねる。新たに三体を貫き、フォークス機と皐月の移動阻害で敵の足並みを崩しているとはいえ、第三、四波が後に控えている。できれば早く護衛対象をまとめて戦力効率化を図りたいが……。
――歪虚ブッコロ優先の考え自体は共有してるのにぃ、気が合わないって感じですねぇ。
大公の身柄はフォークス機が加わった事で格段に安全になった。移動に細心の注意を払い、巨大なガルガリンでスクエアを必ず占有し――もっと言えば大公頭上のキューブにも存在する事で、確実に庇えるだろう。これならもう少し攻勢に出られる。
「嘗ての王とて歪虚となった。騎士風情が歪虚に堕ちるもむべなるかな! されどその旗は大公のもの! 返してもらうぞ、死人!!」
リーリーに騎乗して人混みから飛び出すや、歩廊上を左右に駆け回って敵耳目を引く。これまで使わなかった火炎符を宙に放てば、旗持ち――の二回り外の敵が燃え上がった。
敵が一斉にこちらを向く。同時に空を裂く一矢が降りかかってきた。手綱を引くも遅い。正確に脳天を狙ったそれが額冠を穿ち、額から頬を削っていく。応射が歩廊から敵陣へ。皐月とフォークス機か。弓騎兵はそちらに任せ、ハナは軍旗との距離を目算する。
逆に歩廊を見やれば、こちらはようやく王女側と集合しつつあるようだ。が、敵が素直に合流を許すか?
――乱しておきたいですねぇ。
覚悟を決めたハナはリーリーに無茶を命ずる。飛べ。フライトだ。種族の壁を超えろ!
「死人はぁ! とっととぉ! 塵に帰れですぅ!」
果たしてハナは、空を飛んだ。間近にいた敵を追い越し、己が技量を信じて最大射程で火炎符を解き放つ。
敵軍旗は閃光の如き炎を発して呆気なく焼け落ちた。旗持ちが自らの保持していた旗の残骸を見上げ、ぽかんとしている。
束の間の沈黙が戦場を包む。そして、溢れる怒号。ハナは快哉を叫びながら歩廊へ戻るも、待機していた敵騎兵が四方から攻め立てる。五光陣で自分を中心として迎撃するが、稼いだ敵の憎悪が大きすぎた。
リーリーに癒しをもらい、墜落して歩廊へ逃げ落ちると、そこでは王女と大公の探るような掛け合いがなされていた。
「てめえんとこの軍旗つけた兵が攻めてきた。これで王女に死なれたら困るよな?」
「要は戦力分散を避けたいっす。敵大将を狙うにも足下の状況が不安だと仕留めきれないっすよ」
「でよ、“この胡散臭え群衆、何故かは知らねえがあんたが指示しやすい奴もいるんじゃねえのか?”」
ウィンスの通信機からはパツキン野郎――ジャック某が煽動者の可能性を知らせてくる。神楽を間に挟み、ウィンスは大公を“説得”する。
「“何故か”そんな奴がいるなら、群衆退かせろ!“誰の思惑か知らねえが”この場の国民を救う最善の選択だ」
「ラスヴェートに死を強制されて無駄死にされると勿体ないっすから、呼びかけてほしいっす!」
「……では呼びかけてみよう。“話が通じるかは解らんが”」
舎弟気質の神楽を挟むと意思疎通が楽になった。
大公は神楽に渡されたマイク越しに王女と話し、歩廊上の二集団は距離を縮めていく。その時には乾坤一擲のハナの軍旗炎上が敵陣に致命的な損害を与えており、合流は果たせそうだった――が。
ハナの狙いは、あまりにクリティカルすぎた。
二集団が辛うじて一つと言える程度にまとまった、次の瞬間。紅薔薇に押されていた筈のラスヴェートの声が、高らかと響き渡った。
『“我が敵に告げる。己が味方を討ち果たせ”』
広域【強制】。個人に狙い撃たれるよりはマシだとウィンスは安堵の息を吐きかけ、
『“重ねて告げる。先の我が命を絶対の意とせよ”』
二重の【強制】に、体が凍った。
二重など聞いた事がない。奴固有の能力か? 舌打ちする間もなくウィンスの脳裏が命令に埋め尽くされていく。
「…………上等……だ……ッ」
霞む視界の片隅に敵の一斉突撃が映る。踏み込んだ。体を捻り、腰を沈めながら斜め上へ蜻蛉切を突き出す。突撃に吹っ飛ばされた。だが渾身の刺突を喰らわせた敵三体は身が裂かれる凍結音と共に氷に貫かれ、一体が歩廊に墜落している。
ざまあみろ。
ウィンスが身を起こし、止めを刺すべく墜落した敵へ歩く。敵を見据え、槍を引き――そして、背中に熱を感じた。体が動かない。首を回して肩越しに振り返る。ホロウレイド騎士団二人の剣と、弓を構えた皐月の姿が、見えた。
●紅薔薇の誤算/歩廊上空
敵初撃をやり過ごし、紅薔薇が誰よりも早く飛翔板を起動できたのは、自分が王国にとって部外者であると胸に刻んでいたからだ。
東方の守り手たらんと己を律してきた生き様は今なお変わらず、故に他国において観戦武官的な立ち位置を心がける。最前線で刀は振るうが内政に干渉せず。それが武の一門としての矜持であり、故にこそ紅薔薇は最速の刃たり得たのだ。
『ほう! 私に向かってくるか、娘』
「一つ手合わせ願おうかのう! 他の者は忙しくての、お主等を相手にする暇がないのじゃ」
飛翔板で飛び込んだ紅薔薇を正面から受けるラスヴェート。敵の得物――矛槍は紅薔薇の刀より柄も刃も長い。刃で受けた敵がそこを支点に柄を回し脇腹を打つ。紅薔薇が衝撃を回転に変え、一気に体を回して薙いだ。
斬魔剣、終の型。邪を滅する斬撃が敵の鎧を掠め、しかし敵は墜落しない。馬が飛翔している。ならば馬を狙いたいが、長柄武器で延々と庇ってくる可能性がある。面倒になった。これでは掛かり切りになる。
交錯、馬首を転じて駆けて来た。
『ならば無理にでも相手してもらおう! あの! 親父殿にィ!』
「拗らせとるのう……。王国の未来は王女とこの国に住まう幾多の人々が決める事。妾やお主等歪虚が引っ掻き回してよいものではない!」
『王国など知った事か!』
腕に重い衝撃。一閃がぶつかり合い、追撃をかける間もなく敵は突き抜けている。紅薔薇の首からパッと血が噴き出した。敵の刃と【懲罰】、二つ重なった損耗は思いのほか大きい。
紅薔薇は馬首を巡らせみたび激突してきた敵を往なし、返す刃で馬を狙うも敵はやはり長柄で庇ってくる。ソリを敵へ向けながら眼下をちらと見やった。
Gnome――白には地上での法術地雷敷設を命じていた。これだけ離れた現状きちんと敷設できているかも不明で、ましてや再命令などできる筈もない。刻令術を信じ、一刻も早く敵を地に落とさねば。
四度目の交錯、矛槍を狙ったソードブレイカー。それは功を奏し、火花を散らして離脱した時に敵が唸ったのが聴こえた。これなら次で馬を狙える。そして五度目――その、寸前。
ラスヴェートに追従していながら戦闘に介入していなかった旗持ちが、突如として燃え上がった。
『……は?』
素早く首を振れば、敵に追われ歩廊に墜ちつつあるハナとリーリーの姿が見えた。女人らしからぬ獰猛な笑顔を浮かべて墜ちる彼女は大層勇ましく、武芸者として妙に親近感の湧くものだ。
しかし敵にとってはそれどころではない。
「くっく……なんと一大事か、軍の象徴が失われてしもうたぞ! どうするつもりじゃ、ラスヴェート? 遮二無二あやつを殺すかの?」
斬り込みながら紅薔薇が言う。刃はようやく騎馬へ届き、敵が墜落していく――が、あろう事かラスヴェートはそのさなかに二重【強制】を放った。
重ねて命じられた言葉が心の奥に響く。紅薔薇は自らの腕を斬魔の刃で斬りつけんとし、自分の肉体が意思通りに動く事に気付いてやめた。
――妾は偶然にも耐えきれたが、他の者は……?
歩廊――王女らとは離れた位置に墜ちたラスヴェートを追う傍らに友軍の状況を見やれば、そこには火球と雷蠢く混沌が広がっていた。
●二重強制/歩廊
「私達が王女様の護衛につく事で、騎士の方々を他に回す事は可能ですか?」
リーリーに騎乗した柏木千春とワイバーンの夜桜 奏音(ka5754)が歩廊に上ってきた時、状況は神楽らが大公の説得に行かんとするところだった。神楽、ルカ、フォークス機に代わって千春と奏音が王女の護衛につく形になるが、そこで千春はゲオルギウス団長に騎士を民衆側へ行かせる提案をする。
「可能だが自信でもあるのか……いや、君は確か黒の――ゴッドウォール。エリオットに聞いた覚えがある」
「……」
ともあれ信用されているなら何も言うまい。
騎士の再編と、歩廊低空を漂う奏音の浄龍樹陣が構築される間に千春は王女とスクエアを共有する。付近にはアルト、弥勒機、アルマ、シン、エリ、及びGnome一機とイェジド一頭。千春とリリィを含めても“占有スクエアを敷き詰めて守るにはやや少なく、普通に護衛する分にはやや多い”。
アルマと神楽のGnomeが法術地雷と壁を胸壁の隙間に作り“真横からの突撃を避け、敵強襲を頭上からのみに限定させる”のを千春は見ながら、人々に呼びかける王女の言葉を聴く。
アルマが自身と千春にアンチボディを付与すると、デルタレイを四方にばら撒き始める。敵分隊が距離を離し、同時に左右から突撃してくる。真正面に入ったアルトが身を屈めながら大上段から大槌を振り下ろすが、敵の勢いと相殺するように互いが弾かれる。が、宙で鎚を歩廊に突き立て無理矢理その場に留まると、ハンマーをぶん回して敵を吹っ飛ばす。
「有名な奴らに比べれば弱いけどな、システィーナ様を想う……もとい守る気持ちは負けないんだぞ、と!」
落馬した敵に止めを刺し、アルトは立ち続ける。一方でシンは、
「こちらの敵はボクが!」
【強制】対策で意識的に声を出しながら次元斬。敵突撃を往なすと同時に居合の二連撃を敵に放つも、二体目の敵突撃を正面から受けて飛ばされた。穴を埋めるように弥勒機が位置を微調整、カーテンを起動して足下の騎士達を守り――敵と衝突する。
鈍い金属音。だが崩れない。兜率天――エクスシアの重量と出力が、この狭い戦場を支える一つの柱となっている。
『……あれの……マーロウの孫はどう思ってんだろうな』
王女と大公の近くて遠い会話を聞き、ふと弥勒の声が漏れた。
それは千春も思い至っていなかった事。前衛のアルトやシン、空のラィルを回復しながら、千春は王女らの話に耳を傾ける。
避難の呼びかけや、大公もまた重要な国人の一人だという話をしているが、孫の話は出てこない。マイク越しの会話が一段落した頃、千春は背中の王女に声をかける。
「王女様」
「はい」
「……私は光のような解決策を示せる訳ではないですけれど」
肩越しに王女と視線を交す。
「貴女の“護りたい”があって、あのお爺さんの“護りたい”も、きっとあって。それは誰にも否定できない。しちゃいけない。そういう色々な“護りたい”が同じ方向に重なるといいですよね。そうなれば、きっと皆、もっと輝けるのかなって」
それは、何でもない日常の価値観。一般的な人がごく普通に思う、小さじ分の幸せ。
大公なら一笑に付し、大司教なら子を見る目で教会へ連れていくであろう、そんな言葉だった。ただ千春が大切にしたい思いは大体この言葉に内包されていて、だからこれ以上に難しい事を言う必要はなかった。
――そして、それはきっと、王女にとっても同じだった。
大公にも大司教にも通じない、でも王女に通じる。そんな思いを、あえてこの場で口にした人はいなかった。
「……そうですね。わたくしも、そう思います」
「大丈夫、システィーナ」怪我から復帰し、正面で剣を構えたシンが言う。「ボクらは君を支持するよ。君が好きだから。友達だから。だから、本当にやりたい事をやればいい」
「ありがとう、ございます。わたくし、地に足をつけなければならないと思っていましたけれど、そうじゃなくてもいいのですね」
告げる王女は、瞳を潤ませて笑っていた。千春が王女と目を合わせて微笑した――その時だった。
二重【強制】が、歩廊を覆ったのは。
『“我が敵に告げる。己が味方を討ち果たせ”』『“重ねて告げる。先の我が命を絶対の意とせよ”』
二重【強制】が騎士の、ハンターの心を侵食していく。
歩廊上低空で樹陣とアイデアルソングを展開しながら封印符の使いどころを探っていた奏音は、致命的な何かが自身に入り込むのを自覚した。
傲慢の能力に対抗できるだけの鍛錬と装備はしてきた。それなのにだ。もしかしたら、低空という目立つ場所で味方を支援し続けた為に敵の注目を浴びすぎ、敵を往なす事に集中しすぎた結果かもしれない。ただの奇跡的偶然の結果かもしれない。何にしろ一つ言えるのは“低空で味方を支援し続けた奏音が、風雷陣を使えるという事実は、危険すぎた”という事だ。
風雷陣。雷がアルマを、八島陽を、柏木千春を直撃する。ついで騎竜のボレアスが歩廊へ突っ込んだ。続けて風雷陣を展開しかけ、一発の火球が爆発――いやエリ・ヲーヴェンただ一人に火球が吸い込まれるではないか。
顔を歪めるエリ。次の火球を準備するレイレリア。奏音は風雷陣を放つ直前に我に返るが、既に【強制】されたレイレリアを止める術がない。
火球が増大する。光がアルマとレイレリアを繋ぐ。機導浄化術。この抵抗に失敗すれば歩廊に非覚醒者の死者が溢れ返る。樹陣を展開する奏音。迷いなく王女に覆い被さる千春。レイレリアが苦痛に顔を歪め、そして――火球を、飛翔騎士達へ、放り投げた……!
空に赤い花が咲き、爆音が辺りに轟く。
安堵する間もなく奏音はアイデアルソングを口ずさむ。耐えられなかった自分を責めるように、レイレリアの魔法が乱れ飛んだ。
●がんばる三人/第六城壁外
巳蔓(ka7122)にとって戦闘は想定内で、天川 麗美(ka1355)にとっては想定外だった。
城門を少し開き、キヅカリクとカーミンの作った避難所から人を王都内に入れながら、二人の少女は正反対の反応を示す。
戦う巳蔓と守る麗美。人が怪我をするのが嫌だという思いを同じくしている二人の行動がこれ程にきっちりと分かれたのは、彼女達自身にすら少し笑えた。
――状況は、少しも笑えないけれど。
「下がってください。皆さんの為、王女様の為、お願いします」
「何でこうなるのよぉ! 麗美ちゃん後ろでトリアージしてるだけで満足だったのに! あとはちょっとイスカの心配なんかしちゃって? 皆の無事を祈っちゃったりして? それで無事に再会できたらよかったのに!!」
二人の前には逃げ惑う民衆と“上空から墜ちてきた騎士や馬が”いる。
本来の相棒と組んでいる敵は、おそらくいない。墜落し、今なお存在している敵は相棒を失った人あるいは馬だけだ。それに損傷も激しい。強者であれば鎧袖一触に討伐できる敵だろう。
しかしそれでも、二人には少しばかり荷が重い。
「うぅ?!」
「盾には私がなります。あなたは彼らと一緒に退避を」
「うぅ?!! それができれば苦労しない……」
巳蔓の散弾銃が火を噴くと、馬一体が消え麗美は目を見開いた。
これならやれるんじゃ?
続けて巳蔓が撃った騎士はしかし、散弾を物ともせず巳蔓を殴り飛ばした。槍を失っていた事は不幸中の幸いか。巳蔓は転がって勢いを殺し、横に移動しながら引鉄を引く。
二体の騎士と二体の馬が各々別個に巳蔓を囲む。撃ち、側転で逃れてさらに撃つ。さらに一体の騎士が加わった。巳蔓が後退る。人々が悲鳴を上げて逃げる。馬の突進を奇跡的に回避し、馬の尻に散弾をぶち込んだ巳蔓だが、騎士二体は既に距離を縮めている。無理矢理銃把で篭手に覆われた拳を受けるも、残る一発が腹を抉った。
巳蔓は血反吐を吐いて吹っ飛び、しかしすぐさま立ち上がる。
その姿に、麗美は胸を打たれた。
手当だけに専念できれば最高だったが、今ではそれは不可能。勝てるかどうかは判らないが、できる事をやらない事だけは絶対にダメだとはっきり言える。
――教会のお仕事は葬式をする事じゃないですからぁ!
機導砲で騎士を貫く。麗美に振り返る敵。急いで距離を取りながらもう一発。騎士一体、馬一体が麗美に。巳蔓の方の敵もまた同数だ。分散できた。後は各個撃破すればと麗美が思った時、巳蔓の散弾が“麗美側の騎士を”消滅させた。
逃げ回って互いの敵を背中から撃つ。
それは満身創痍の敵相手だからこそできる事。だが今この時だけは、敵を完封する筋道だった。
互いが互いの動きを見ながら撃つ、撃つ、撃つ。一心に引鉄を引き続けていると、気付けば城門の内側にいた敵は全て消えていた。
巳蔓も麗美も地に倒れ伏し、荒い息をついている。だが、生きている。無論民衆もだ。
巳蔓の感情を映さない瞳と麗美の感情豊かなそれが合う。麗美がえへぇと微笑し、叫んだ。
「上の人ぉ、下の事も考えてくださいよぉ!!」
「聴いてくれ! お前ら!!」
ジャック・J・グリーヴは避難所の壁を作り終えたキヅカリクのGnomeに乗り、民衆に向けて跪いていた。
豪華な鎧に身を包んだ自分はきっと貴族だと見られる筈だ。その自分が頭を下げて本心を語る。それで民衆が落ち着きを取り戻し、退避できればと思ったのだ。
「お前ら一人一人が自分で考えて意思を持ち、ここに来てくれた事を嬉しく思う。しかしお前らは国の宝だ。今この状況で失うワケにはいかねぇ! 今ここが危ねぇのは解ると思う! だからこそ! お前の隣の奴に手を貸して、皆でこの中に退避してくれ」
人のざわめきが静まり、直後に誰かの怒号が木霊する。その声がした方へ急行するのはクリスティアであり、カーミンであり、ユグディラやユキウサギ。全てジャックの知り合いだ。
彼女らが迅速に煽動者をどうにかする事を信じ、一方で上空の飛翔騎士はキヅカリクに完全に任せる。戦闘の準備も一応はしてきたが、敵の注目がリクに集中しているこの場では任せた方がやりやすいだろう。
「お前が隣を、隣がもっと隣を、そしてこの俺がお前ら皆を! 必ず、守る。殿下もそう望んでる。俺の頭なら幾らでも下げよう。だからどうか、落ち着いて俺と殿下の話を聴いてくれ」
フォースリングで増幅したらしいリクの魔矢が次々に敵を穿つ。
ジャックがじっと人々の反応を待ちながら飛翔騎士の様子を窺っていると、何ヶ所かから上がっていた怒号はいつの間にか消えていた。
後に残っているのは、無辜というわけにはいかないけれど純朴で、“普通の”王国の民だけだ。
●ラスヴェート/歩廊外縁
王女と大公から離れた歩廊上に墜ちたラスヴェートは、愛馬が息絶えんとしている事を知り、自らの刃で介錯した。
騎馬が霧散する負の粒子を浴びながら、自らの許へやって来る者達を見上げる。
――飛べば逃れる事は……いや、できんな。
結局、親父殿の救済もできそうにない。老いさらばえた親父殿を引き込み、往年の肉体を取り戻した親父殿に感謝されたかったものだ。あの親父殿が自分に感謝する。その光景は思い浮かべただけで心が躍る。
――それももはや叶わぬ。なれば私はかの御方が為に戦おう。
ラスヴェートは矛槍を脇に構えると、着地しようとしていた人間へ姿勢低く肉薄した。
戦いの始まりに言葉はなかった。
着地際を狙って矛槍を払う敵。舞うように躱す紅薔薇。その背後、人竜一体となって突っ込む岩井崎旭とロジャック。旭の魔斧を捌き、柄を回して騎竜を打ち据える敵だが、追撃する事なく跳び退れば直後にリリティアの加減された神斬が空間を裂く。
「今度は首ごともらっていくぜ、ラスヴェート」
『やってみろ。“我が血に命ずる、死力を尽くし敵を討て!”』
「傲慢のくせに全力で人間の相手をするとは、恥ずかしくないのかのう」
『ふはっはははは! 一人に複数で当たるお前達程ではない!』
斬り込む紅薔薇の狙いは腰元、革袋。ここまで温存する以上は致命的な物か、戦闘に使えぬ搦め手の物か。どっちにしろ破壊しておくに越した事はない――が、紅薔薇の一閃は上から叩きつけた矛槍に強引に中断させられた。咄嗟に刀を引くも、その勢いすら利用した敵の前蹴りが紅薔薇の腹を強かに打ち抜く。
一瞬で吹っ飛び、何回転も転がっていく紅薔薇。その隙を衝いたロジャックの爪が敵の腹から腰を薙ぎ払う。革袋が解け、中から大きな石が落ちてくる。カツ、と掌大の割に軽い音を立て落ちたそれはしかし、何事もなく転がった。
その石に気を取られた瞬間、敵の【決闘】が発動する。対象は旭。それを察した旭は魔斧を大上段に構えるや、滑空するが如く懐に入り込んできた敵を蹴り上げ、その足でそのまま踏み込んだ。
「終わりだ! ラスヴェェェェェェト!!」
矛槍が旭の胸を穿つ。血潮が散る。精霊纏化、血の一滴一滴すら見えそうな世界の中で、旭は、脇に位置したリリティアが今にも攻撃せんとする殺気を漲らせ、ついで頭上から飛来した一本の手裏剣が敵の【決闘】による結界に弾かれたのを捉えた。
――そして、旭の一撃がラスヴェートを両断した。
石床にすらめり込む一撃は今の旭の全力全開。斧を引き抜きながら、ラスヴェートの終焉が【決闘】の末でよかったと、何となく思った。
たとえそれが、リリティアの殺気で【懲罰】を温存され、ラィルの手裏剣で「味方がいる」と旭の心が奮い立ったものだとしても。
「俺の勝ちだな」
『……ふ、は、は……首を……獲るのではなかっ……阿呆め……』
ラスヴェートが闇の粒子となり曇天の空へ消えていく。
旭はロジャックに騎乗してその跡を追うと、魔斧を突き上げ勝ち名乗りを上げた。
●王国の未来
残っていた飛翔騎士達は、旭の名乗りを聞き撤退していった。追撃はしない。飛行できる者が少なく、危険だったからだ。
鬨の声と民衆の歓声が幾重にも響き渡る中、歩廊で王女と大公は“歩み寄った”。
「考えでも変わったカナ? 首根っこを掴んで喜劇の続きでも観せてもらおうと思ったンだケド」
ガルガリンから降りたフォークスが貴族の面々を愉しげに見つめる。
王女や大公もそうだし、ウィンスやクローディオなんかもそうだ。貴族、あぁ何と高貴なる欲望の坩堝!
「ジャ……ジョニー? あんたも交ざってきなヨ、金ぴか」
「俺様はジャックだ。で、てめぇはちっと黙っててくれ、愉快犯」
肩を竦めてフォークスは座り込む。“喜劇”をどうしても観たいらしい。
その座り方にルカはびくと震え、しかし両の拳を握って声を出した。
「王女。大公。失礼ながら、お二方の“護りたいもの”は何でしょう」
「みなの日常を」「栄えある千年王国を」
両者が同時に答える。レイレリアは僅かに眉をしかめ、訊く。
「マーロウ公、公の守りたい千年王国に民は含まれないのですか? 民がいてこその国ではありませんか?」
自身も貴族出身だけに、口を出さずにはいられない。
「そのような青臭い議論をするつもりはない」
「存じております。しかし私にも無視してはならない矜持がございます」
「そうか」
大公は鼻を鳴らして王女に向き直る。その表情は苦虫を噛み潰したように歪んでいて、けれど敵意は感じない。腰を曲げ、ひょうきんに割って入りながら神楽が言う。
「王女に理想を叶える力があるのが解ったすかね」
「……強襲を凌ぎ愚息を討伐したのはハンターではないか。殿下の力とは言えぬ」
「そ、そのハンターと王女以上に密接に繋がってる高位貴族は王国に多分いないっすから、王女の力も同然っす!」
「ふん。それで何が言いたい」
「協力するっす。穢れがなくとも犠牲に満ちた世が残ったら、きっと件の孫も喜ばんす」
神楽が言ってみると、マーロウは目を見開いて神楽を見た。――まるで、今の今までそんな事にも気付いていなかったかのように。
不意に大公の背後に忍び寄った狐面の男が、意趣返しの如く肩を叩いて驚かせる。
「ンな事も知ろうとしなかったのか、大公サンよ」
「文月弥勒、か」
「覚えていただき恐悦至極」
深呼吸した大公が、ゆっくりと息を吐き「あぁ」と首肯した。孫の事を考えていなかったと指摘されたのが余程衝撃的だったのか、大公は見るからに消沈している。弥勒は王女に目を向け、
「畏れ多くも王女殿下、褒章も何もいらないから話を聞いてほしい」
「そのように畏まらずとも聞きます」
「それでは……敵大将は何で強襲してきたと思う? 確かに厳しかったが、あの戦力で王都を落とせるとは思えない。ならこれは偵察なんじゃないか? そして次に来るとすれば――」
「歪虚王、ですね」
「そして大公の人脈、兵力は強力だ。いち領主の私兵が数はともかく練度で王国騎士団に比肩し得るなんて普通はあり得ない。この兵力なしで被害が増える事と、協力して被害を抑える事。どっちがいいかを教えてほしい」
狐面の奥にある瞳にはどこか期待と不安の入り混じった色があった。王女はそんな弥勒に「答えは決まっています」と微笑んでみせると、マーロウに話しかけた。
「マーロウ卿」
マーロウの顔色は悪い。もしかしたらエリ・ヲーヴェンの提案したような取引をされると思っているのかもしれない。
システィーナは大公の顔を見つめ、深く息を吸う。今回のやり口はどうしようもなく許せない。けれどその怒りを飲み込んで、告げた。
「歪虚王を討伐する為、わたくしに協力してください」
「……かしこまりました」
「貴族達の抑えもお願いします。卿への処罰が軽ければ貴族はわたくしを侮り、騒ぎ始めるでしょうから」
「蟄居でもしたい気分ですな」
「そしてわたくしは――女王として戴冠いたします」
雲の合間から差した光が歩廊を照らす。
その幻想的な光景の中で行われた宣言はマイクに乗らず、ただルカの持っていた蓄音石にだけ収められる事となった……。
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