カランコエ

マスター:瑞木雫

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
3~4人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2018/05/19 07:30
完成日
2018/06/01 00:45

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出? もっと見る

オープニング

 “安心しろ? お兄ちゃんがいつまでも、お前の事を守ってやるからさ”

( その眩しい笑顔が私の心を照らし、導いてくれていた。どんなに苦しい時も、悲しい時も、貴方が居てくれるから怖くない。そんな私がいつだって望んでいたのは一つ。貴方と……、ただ、幸せに暮らしたいだけだった。 )



「いやぁ、本当、なかなかの別嬪だよなぁ」
「だろ? こいつにはこれからしっかり働いて貰わねぇとな」
 ニヤけた面をした男達の視線を感じながら、娘は恐怖で震えていた。
 娘は美人だった。
 柔らかい金髪に、色白の肌。
 涙で濡れた蒼い瞳も美しい。
 娘は今、悪党に捕まっていた。
 手は縄で縛られ、口にはテープが貼られている。
 そして男達と共に馬車に乗っているが、行先は分からない。
 ……想像するのも恐ろしい。
 そんな娘を救ってくれる者は、もう居なかった。
 親は幼い頃に亡くなり、兄はこの男達に殺されたからだ。
 …いや。
 正確には、兄が生きているか死んでいるかはこの時、娘には分からなかった。
 それは或る日のことである。
 兄と娘二人で暮らす家に男達が突然押し寄せた日。
 兄は妹である娘を守る為必死に抵抗し、刺されてしまった。
 そして兄は倒れると、動かなくなってしまった。
 娘は兄に駆け寄ろうとしたが、その時間さえ与えられず――。
 連れ去られ、今に至った。
 それが数日前のこと。

「……」
 娘は幸せだった日を想いだし、遠くを見つめながら片目から一筋の涙を流した。
 兄との生活は貧乏で、その日暮らしだったけれど。
 楽しかった。
 兄との数えきれない思い出が、走馬燈のように蘇り、胸を温める。
 けれど今は自分を守る為に刺されてしまった罪悪感と苦しみが、何よりも勝っていた。


 ごめんね。
 ごめんね。


 娘は何度も心の中で謝り、どうか“生きていて”と願う。
 そして、娘はもう1つの願いを、心の中で呟いた。


(……会いたい……)


 ――娘は辛くなって、ぎゅっと目を瞑った。
 ――すると。



 馬車は突然揺れて、娘は何かに掴まれた瞬間、身を投げ出された。
 何が起こったのっだろうか。
 手を縄で縛られていた為受け身を取る事が出来ず、後頭部を強く打ち付け、視界がぐらついた。
 そんな、意識が朦朧とする中で、娘が見たモノは――
 どこかへと逃げ行く馬。
 恐怖に怯えて叫ぶ男達。
 おどろおどろしい見た目をした人型の何か…。
 決して美しいとはいえない植物を纏うソレが、男達を恨むように叩きつけ、襲った瞬間。
 そして歪虚であろうソレが放つ風に乗った花びらが、なんと綺麗なことか。
 白、黄色、ピンク、オレンジ。
 鮮やかな色の風が男達を苦しめ、切り刻み、そのまま男たちの息の根を止めた。
 娘はその光景を目の当たりにしながら、不思議と逃げようとする気さえ起らなかった。
 ただ、懸命に目を凝らして。
 近くの森へと去っていく歪虚を見つめ続け、力尽き、意識を手放したのだった。



(おにい……ちゃん…………)




「今回の依頼は、同盟の……この辺りにある森へ潜んでいると想われる歪虚を退治してもらう内容のものです」
 ハンターオフィスの女性職員は地図を使ってその場所を示しながら、ハンター達に説明を続ける。
「この森は、希少な鳥が生息している森で、その鳥たちを守っている愛護団体からの要請となります。対象の歪虚は、180㎝程の人型に近く、植物のようで、しかし何とも形容しがたく、おどろおどろしい見た目をしているようです。風を巻き起こし、攻撃対象を花びらで切り刻む様子も確認されています。鳥達が歪虚の影響を受ける前に――早急な退治を、お願い致します」
 女性職員は言い終えると、眺めていた資料を机に置き、そして少し憂いを帯びた表情をみせた。
「……そして、もう一つお願いしたい事があります。それは、今回の依頼の情報提供者――セリさんという方の事です」
 ハンター達は首を傾げた。
「セリさんは今、今回の歪虚に遭遇した際、怪我をし、ポルトワールの病院で入院しています」
 そして女性職員は眉を潜め、辛そうに続ける。
「彼女はダウンタウンの出身で、お兄さんと二人で生活をしていたそうですが……。ある日悪党に襲われ、お兄さんは刺され、セリさんは誘拐されてしまいました。そして後日、悪党たちにどこかへ連れていかれるところで――歪虚に襲われました。そしてセリさんは、その歪虚をお兄さんの成れの果てだと思っています」
「……。」
 ハンター達は沈黙した。
「刺された場所――セリさんとお兄さんが住んでいた家には、血痕は残っていましたが、お兄さんのお身体はありませんでした。生きていて、どこかへ向かわれた可能性もあります。ですが、彼の目撃情報は今のところありません。歪虚がお兄さんである証拠はありませんが、……そう思ってしまう気持ちも、私にはわかるような気がします」
 女性職員は、セリの心情を想いながら話を続ける。
「セリさんは今、とても苦しんで、想い悩んでいます。誘拐された心の傷もありますし、本当はお兄さんだと思っている歪虚が退治されるのだって、とても辛い筈です。けれど、彼女は歪虚の脅威を理解していたからこそ、私達に情報を提供してくれたのでしょうね……」
 女性職員は想う。
 セリの心の傷は深い。
 彼女の心の傷を癒す事は、とても難しいだろう。
 けれど誰かが触れなければ、彼女は孤独なのだ。
「セリさんは歪虚の情報を提供してくれた時点で、歪虚は倒されるものだと覚悟している筈です。なので説得して欲しいというものではなく、セリさんの心の傷を少しだけでも、できれば取り除いてあげてほしいのです。お願いできますでしょうか」
 女性職員はハンター達に頼んだ。

リプレイ本文

(定番は果物だし、気を落ち着けるのは香や茶だが…。植物歪虚の事件の後で、植物を持っていくのはな…)
 藤堂研司(ka0569)は此処に来るまで、セリの事をずっと精一杯考えていた。お見舞いの樹脂香も、歪虚を連想させないものをと考えて、ポルトワール中を探して選んだものだ。
「素敵な香り…」
「良かった! 俺もこれが一番落ち着く香りだなと思って買ったので、気に入って貰えて嬉しいです」
 研司が微笑みを浮かべると、セリの緊張は解れ、微笑みを返す。
 彼の気遣いが込められた香りには、深い安らぎがあり、セリをどこか懐かしい気持ちにさせていく。まるで、兄と共に過ごした日々の匂いのように。
「俺からはこれを。眠る前にこれを入れて飲むといい」
「とても美味しそう…今夜いただきます、ね」
 カイン・シュミート(ka6967)が渡したのは、カモミールティーと蓮華の蜂蜜。蓮華の花の香りと、蕩けるような甘みがセリの心と体を温めて――悪夢に魘されぬよう、優しい夢へと誘うだろう。
「私からは…これを…」
「もしかしてこれ、チョコレートクッキーですか?」
 浅黄 小夜(ka3062)はお見舞いの前に、セリの好きなものを知らないかと病院に事前に窺っていた。その時、セリの好物を知る看護師が居て、情報を得る事ができていたのだ。
(辛い時でも…美味しいもの…甘いものが…少しでも、癒してくれますよぉに…。それが…「幸せの味」やって…教えて貰ったから…)
 小夜はそう願い、そう想いを込めていた。
 クッキーはセリにとって、日常にあった幸せの味。
「凄く大好きで……。いつも、お兄ちゃんと分け合って食べていたんです」
 馴染みと親しみのある甘さが、セリの心を癒し、表情を緩ませる。
「俺にも妹がいてね。いくつになっても可愛いものが好きだし、抱きしめられるものがあるといいと思ったんだ。良かったら」
 ユリアン(ka1664)はセリに、子狐のぬいぐるみを渡した。
 首に巻かれたスカーフは青。
 淡く明るい茶色のもふもふした毛が、セリの胸をときめかせて。
「わぁ。可愛い……」
 ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。
「昔、兄からもくれた事がありました。私が小さい頃に両親が亡くなって、お兄ちゃんは働きに出かける事が多くなった時のことです。お兄ちゃんがお仕事するのは私の為だったけれど…寂しかった――そんな私を気遣って、留守の間も、一人で寂しくないようにってくれたのが…ぬいぐるみだったんです」
 セリはユリアンに兄を重ねて、胸が温まる。
「皆さん、ありがとうございます」
「喜んでくれたなら良かった。…セリの兄ちゃんは、いい兄ちゃんだな」
 カインが目を細めて言うと、セリは小さく頷く。
「はい。お日様のように眩しくて、温かい人でした。お兄ちゃんはいつも私を自慢だと言ってくれていたけれど……。でも私は、自慢できるような子じゃ全然なくて。いつも、頼りなかった私を引っ張ってくれて、助けられてばかりでした。あの時の…――ように…」
 セリの脳裏に浮かんでいたのは、森へと去っていってしまった歪虚のことだった。
「大丈夫ですか? セリさん、顔色が…」
「……大丈夫、です」
 研司が心配そうに問うと、セリは俯いた。
「変な事を言ってますよね。本当は助けられたのではなく、運が良かっただけなのかもしれません。…でも、ただの偶然だとは、やっぱり思えなくて」
「…いいや。俺も、偶然だとは思わない。少なくともセリさんを助けたいと強く願ったお兄さんの想いが、歪虚から襲われる事を回避させた――そう信じても良いんじゃないかな。今ここで命が零れずセリさんが生きている。それはお兄さんにとって何よりの救いだと思う きっと。人には、命に代えてもと願う時があるんだ…」
 ユリアンの言葉が心に沁みた。
 優しくて大好きな兄。
 ずっと愛してくれていた兄。
 歪虚となってでも自分を助けてくれただろうと思えば思う程、苦しくて辛い。
 でも――。
 セリは決心したような表情で、ハンター達を見つめる。
「今から、“お兄ちゃん”を倒しに行くんですよね」
 沈黙が流れる。
 カインはセリの様子を窺い見た。
 すると、彼女は無理をして気丈に振舞い、訊ねているのだと分かるだろう。
 しかし、覚悟を決めている目をしている事も分かるだろう。
 小夜もセリの覚悟に応えたいと思い、真っすぐ逸らさずに見つめて言った。
「……はい」
 するとセリは息を深く吸い込んで。
 深々と頭を下げ、ハンター達一人一人に改めて願う。
「兄を…宜しく、お願い致します」
 覚悟はもう決めた――そんな彼女を見て。
 研司も、セリの覚悟を受け止めながら心の中で呟く。
(やっぱり…セリさんは強い人だ)
 不幸を幸に転ずる迄は難しいかもしれない。
 けれど、前を向く手伝いだけでもしたい。
 そう心から思った。
 そして小夜はセリの手を包み込んで、紡ぐ。
「ですが、セリさん…。お別れ…決めたとしても…きっと、そないに簡単には…出来へんと…思うから…。心の、整理の為に…必要な事を…お手伝い出来れば…と…。今は、辛くても…もし、私やったら…ホンマにお別れなんやて…解る何かを…欲しいと思ったから…」
 小夜の言葉を聴いたセリの瞳は潤んでいた。
 研司も、ユリアンも、カインも、セリと目が合うと頷いた。
 皆、彼女を救いたいと思っていたのだ。
 少しでも傷が、癒えるように。
 だからこそセリは心を許し、皆の想いに、甘える事ができた。
「出来るなら。何か、形に残るものが、欲しい、です。あとはどうしようもない事だと分かっているのですが、叶うならあの歪虚が兄なのか…違うのか…確証が、欲しい…」
「確証…、」
 小夜は悩んだ。
 歪虚が兄であるかの確証を得ることは実のところ難しい。
 けれど共通する“特徴”があれば、同一の存在である可能性は高いだろうか。
 そう考えた小夜は、セリに問うた。
「分かりました…。…セリさんのお兄さんの、特徴を…お聞きしても…宜しいですか」
「はい。オレンジの髪に…蒼色の瞳、褐色の肌。歪虚は…私が見た限りでは兄とは全く異なる外見です。でも…、一目で兄だと思ったのは…なぜでしょう…。なぜかとても、懐かしい気持ちになったんです…」
 声が段々と震えるセリの背を、ぽんぽんと叩くカイン。
「他に、伝言は?」
「…伝、言」
 セリが真っ先に浮かんだ言葉は、自責の念を込めた“ごめんなさい”だった。
 けれどその言葉はきっと、兄が望んでいないことは分かっている。
 だからこそ、迷う。
 そんな想いを察したカインは、提案した。
「お兄ちゃんありがとうって言われたら、喜ばないお兄ちゃんはいないぜ、と弟を持つ兄貴として言っとく」
「…、…」
 するとセリの目から、ぽたぽたと大粒の涙が零れて。
「“助けてくれて、ありがとう”――と…。伝えてください」
「あぁ。必ず伝える。…必ず」
 カインはセリと固く約束を交わした。
 そして、出発の時――
 ユリアンは、セリの髪飾りであるリボンを譲って貰えないかと頼んだ。
 その代わりにと渡したフリルリボンは、セリによく似合っている。
「…お兄さんの名前を聞いても?」
「はい。兄の名は、セオです…」
 ユリアンはその名を、脳裏に刻んで覚えた。
 そして研司はこの部屋を後にする前に、セリに話す。
「俺の故郷には、生霊って概念があります」
「生霊…?」
「はい。生きてる人が別の場所にいるのに、その人の強い想いだけが霊みたいに別の場所に出ることですが…。一方、負のマテリアルはこういう霊に憑いて歪虚化するって例を見たことがあります。だから、お兄さんが生きておられるということと、お兄さんのような歪虚が貴女を助けたと見られること…。この二つは、矛盾せず両立できるんじゃないかな、と」
「では…、お兄ちゃんは生きている可能性もあるという事ですか…?」
「――はい!」
 研司は力強く頷いた。
 歪虚は本当にお兄さんかもしれない。
 けれど彼女の身には色んな事が起きたばかりで、受け入れるのは相当辛く、酷な筈。
 そんな中で縋って前を向けるなら、悪くは無い――そう思うから。
 その想いは、セリの心に希望の光を齎す。
「だったら、いいな…。生きて…帰って来て欲しい……」
「そうですね。だからこそ、お兄さんが戻ってきた時に安心できるように、今はとにかく身体と心を休めていてください。きっとお兄さんは、セリさんの元気な姿を見たいと想いますよっ」
 セリは研司の言葉に希望を貰って。
「早く治せるよう、頑張ります」
 ――と。
 仄かに、微笑みを浮かべるのだった。















(風の様に一刻も早く駆け付けたいと思ったのだろうか)
(真実はわからない けど)
(偶然でもセリさんを助けたモノがこの先、人や動物を傷つける前に 終わらせよう)
 ユリアンは想いを胸に秘めながら、風吹く森の中に佇む歪虚を見つめながら走る。
 この時初めて歪虚と対面したハンター達は、そのおどろおどろしい見目を不気味に感じたことだろう。
 人型ではあるが、セリから聞いた兄の特徴からは、遠くかけ離れている事も情報通りだ。 
 しかし不思議と、歪虚から哀愁のようなものを感じられた。
 そして当てもなく彷徨いながら――操る風に舞う花弁は――まるで兄の想いを語る花言葉を持つ花、カランコエ。
 その花言葉を知るカインは、眉を潜めながら悲しげに呟く。
「カランコエは、相手の幸せを祈る花だ。そこまでセリを想える兄ちゃんが悪い兄ちゃんの訳ないだろ…」
 歪虚は、まっすぐ歩きだした。どうやら彼は、近付く自分達を“敵”だと判断したらしい。
 すると歪虚の身体から数本の蔓が伸び始める。
 その蔓がハンター達を襲う――その前に、羽根が数多に舞う中を吹き抜ける風のようにユリアンが翔け、新緑光を帯びた風にその背を押され――精霊刀で見事に断ち切った。
 しかし直後、突風が吹く。
「っく…!」
 ユリアンは咄嗟に受け身を取るが、その風と共に舞う花弁が身を切り刻んだ。
 しかし遮ったのは、研司。
「っさせねぇッッ!」
 全身全霊の矢を瞬時に撃ち抜く“EEE”で突風を力業で妨害し、ユリアンを援護する。
「大丈夫かっ」
 同時にカインは、獅子と時計草をモチーフにした白銀の装飾が施された純白の魔導銃から流入するマテリアルで、ユリアンの動きを補佐させる。
「ありがとう。俺は大丈夫」
 ユリアンは、相手の風から逃れると歪虚を視た。
(視た所…セオさんの特徴はやっぱり見当たらない。でも…もしかしたら――、)
 そして再び瞬脚で接近し、茎を狙った。
 何度も何度も抉り、削るように。
 その様子を見ていた小夜は、彼の行動の意図を読む。
(ユリアンのおにいはん……もしかして、確かめようと…してはる…?)
 外観では見えない隠された場所に、確証と繋がるものがあるとしたら――。
 その下に、あるものは――。

 ガリッッ!

 と、木が捲れるような音がした。
 ユリアンが茎を削り切ったのだ。
 小夜は覗き見ると驚く――そこには、人の顔が埋まっていた。
 恐らく青年と思われる顔立ち。
 しかし肌は褐色というよりも、全てが木で造られているかのような質感。
 そして、まるで眠っているように目を瞑っている。
「っっ、人の顔が…!」
「もしかして…セリの兄ちゃんの顔、なのか?」
 研司も、カインも、驚いていた。
 だが考える間もなく、強風が4人を弾くように吹き飛ばす。
「…ッ」
 しかしその時、小夜は風の援護でユリアンを助けた。
 そのおかげでなんとか避ける事が出来たユリアンは、歪虚に駆け寄り胸部を精霊刀で深く、突き刺した。
 更に小夜の生みだした燃える炎の矢が歪虚を射抜き、カインの光が対象を貫く。
 そして研司はマテリアルを込めながら矢を複数同時につがえ、弓を強く引き絞る。
「すまない、あんたは本当にお兄さんかもしれない…。でも、歪虚なんだッ! 歪虚は人にとって良いものじゃねぇ…!! だからこれでッ…――終わりだぁぁぁぁ!!!」
 複数の矢は風の中を突き破って、そのまま歪虚を射抜く。
 すると、歪虚は力尽きるように膝から落ちた。
 だが風は更に吹き荒れて。
 ユリアンが大事に持っていたセリのリボンを、攫ってしまった。
(しまった――!)
 ユリアンは咄嗟に手を伸ばす。
 だがその手より早く、リボンを掴んだのは――。

























 “お兄ちゃん、大好き”

( その温かい笑顔が僕の心を支え、生かしてくれていた。君が居たからこそ、僕は頑張れた。君と共に過ごせて、幸せだった。けれど、この時間が永遠でない事を僕は知っているんだ。いつか君は、もっと広い世界を歩む為に、僕の元から離れるだろう。その時僕は、喜んで祝福する。でも、忘れないで。遠く離れても、君が辛い時は必ず、風より速く駆け付けてやる。だって僕は、君のお兄ちゃんだから―― )

























 リボンを掴んでいたのは一本の蔓――、
 歪虚から伸ばされていた蔓だった。
 ユリアンはその光景を目の当たりにし様々な感情が込み上げるが、ぐっと抑え、穏やかに呼び掛ける。
「“セオ”さん… セリさんは 無事だよ」
 すると――
 閉じていた目が、微かに開く。
 その時、小夜は気付いた。
 綺麗な蒼色。
 セリの瞳の色と、とてもよく似ていると…。
 カインは悟った。
 リボンを掴んだのは最期の力だった、と。
 その証拠に、歪虚の身体は薄らと光を帯びて消え始めていた。風に舞う花も淡い光を帯びて消えていく。
「セリから、伝言。“助けてくれて、ありがとう”――だってよ。…良かったな」
 カインは伝えた。
 この場所に、蓮華の種を蒔くつもりでいる事を。
「蓮華も幸せを願う意味なんだぜ?」
 そして“心が和らぐ”という意味を秘めることも。
「『お前』が兄ちゃんの結末でも、そうでなくても、いい夢見ろよ。セリは『お前』も幸せじゃないと幸せだと思わない。そんな子だから、ずっと自慢なんだろ?」

 苦しみを和らげ癒しを
 困難な今を乗り越え 幸福を

「妹を信じ続けてくれよ、お兄ちゃん」
 安らかに眠れるよう、カインが祈りの言葉を紡ぐと――
 蔓は静かに降りてきて、
 そして託すように、リボンを差し出した。
「…任せて」
 ユリアンはリボンを受け取り、彼に心の中で伝えた。
 報酬の一部はセリの療養に当て、心も体もしっかり休んで貰う事。
 いつか彼女が訪れた時の印となるよう木に結んでいく事を。
 すると風の声が森に流れ、光と共に消滅していく。
 だが完全に消えゆく寸前に、研司は視えた。
 歪虚が安堵するように目を細めたのを――。




 小夜は切なくて堪らなかった。
(…いつか、私も…さよならを言う事になった時…ちゃんと言える自分に…なれるかな…。…なれるよぉに、なりたいな…)
 すると――、
 ひらり。
 小夜の掌に落ちるオレンジ色の花弁。
 この花弁は、歪虚の落とし物か、森の贈り物か。
 どちらのものか分からなかったが、届けよう。

 彼が愛した、妹の元へ―――。

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MVP一覧

  • 抱き留める腕
    ユリアン・クレティエka1664

重体一覧

参加者一覧

  • 龍盟の戦士
    藤堂研司(ka0569
    人間(蒼)|26才|男性|猟撃士
  • 抱き留める腕
    ユリアン・クレティエ(ka1664
    人間(紅)|21才|男性|疾影士
  • きら星ノスタルジア
    浅黄 小夜(ka3062
    人間(蒼)|16才|女性|魔術師
  • 離苦を越え、連なりし環
    カイン・シュミート(ka6967
    ドラグーン|22才|男性|機導師

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
藤堂研司(ka0569
人間(リアルブルー)|26才|男性|猟撃士(イェーガー)
最終発言
2018/05/18 23:40:42
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2018/05/14 22:14:09