ゲスト
(ka0000)
夜明け前の惨劇
マスター:小林 左右也
- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
- 1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/06/14 22:00
- 完成日
- 2018/06/27 08:54
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●幕開け
「よしよし、そろそろ出てきていいぞ」
ここは宿屋の一室。青年が持ち込んだ抱えるほどの大きさの革製の鞄には鍵が付いていた。
中からはカサコソと催促するような、堅い爪で引っかくような音がする。
「わかったよ、今開けてあげるよ」
首から下げた小さな鍵を取り出すと、鞄の小さな鍵穴に差し込む。回すとカチリと音を立て、鞄の鍵が開いた。
中から這い出てきたものは、胴体が大人の拳ほどの大きさの蜘蛛だった。血のように真っ赤な禍々しい色をしている。
「さあ、出ておいで。そして僕に見せておくれ」
その醜くも美しい姿を。ついでに、ささやかな悲劇の一幕を。
鞄の持ち主である青年は、くすくすと笑った。
●はじまった惨劇
宿屋が巨大蜘蛛に襲われているという知らせが入ったのは、まだ夜明け前であった。
依頼を受けたハンターたちは街の一角にある宿屋へと駆け付けた。まだ周囲は薄暗いものの、ようやく顔を見せた朝の光に浮かび上がったのは白い糸。ねばねばとべたつく白い糸で覆われた建物を目にして、ハンターたちは息を呑む。
難を逃れた者の話によると、巨大な蜘蛛型の雑魔が至る所に蜘蛛の糸をはりめぐらし、捕らえた人間を補食していたという話だ。
この騒ぎで1階2階の客と従業員は逃げ出したものの、3階にいた客3名と従業員1名が逃げ遅れたという。
室内から悲鳴が上がる。一刻の猶予もない。ハンターたちは、扉に張り巡らされた蜘蛛の糸を断ち切ると、一気に中へと突入した。
「よしよし、そろそろ出てきていいぞ」
ここは宿屋の一室。青年が持ち込んだ抱えるほどの大きさの革製の鞄には鍵が付いていた。
中からはカサコソと催促するような、堅い爪で引っかくような音がする。
「わかったよ、今開けてあげるよ」
首から下げた小さな鍵を取り出すと、鞄の小さな鍵穴に差し込む。回すとカチリと音を立て、鞄の鍵が開いた。
中から這い出てきたものは、胴体が大人の拳ほどの大きさの蜘蛛だった。血のように真っ赤な禍々しい色をしている。
「さあ、出ておいで。そして僕に見せておくれ」
その醜くも美しい姿を。ついでに、ささやかな悲劇の一幕を。
鞄の持ち主である青年は、くすくすと笑った。
●はじまった惨劇
宿屋が巨大蜘蛛に襲われているという知らせが入ったのは、まだ夜明け前であった。
依頼を受けたハンターたちは街の一角にある宿屋へと駆け付けた。まだ周囲は薄暗いものの、ようやく顔を見せた朝の光に浮かび上がったのは白い糸。ねばねばとべたつく白い糸で覆われた建物を目にして、ハンターたちは息を呑む。
難を逃れた者の話によると、巨大な蜘蛛型の雑魔が至る所に蜘蛛の糸をはりめぐらし、捕らえた人間を補食していたという話だ。
この騒ぎで1階2階の客と従業員は逃げ出したものの、3階にいた客3名と従業員1名が逃げ遅れたという。
室内から悲鳴が上がる。一刻の猶予もない。ハンターたちは、扉に張り巡らされた蜘蛛の糸を断ち切ると、一気に中へと突入した。
リプレイ本文
●惨劇の序章
悲鳴を聞いた気がした。夢だろうか?
目を開くと辺りはまだ暗い。夢でも見たのだろうと再び眠りに付こうとするが、妙な胸騒ぎがして寝付けそうにない。
枕元の照明を灯し、眼鏡を掛けた時だった。激しい足音と共に男の叫び声と共に、男性が部屋に飛び込んで来た。突然の出来事に驚きと恐怖で声が出ない。
しかし強盗かと思った男性は、がくがくと震えて怯えている様子だ。ドアが開くまいとしているかのように、背中を押し付けている。
この男性の顔に見覚えがあった。この宿の従業員であることに気が付いたのは、彼が「お客様」と口にした時だった。
「早く、ここから避難を……」
途中まで言い掛けた時、暴力的な力でドアが弾け飛んだ。男性は一気に女性の目の前まで飛んできた。床の上で苦痛に呻く男性を茫然と見下ろし、つい先ほどまで男性が立っていたドアに目を向けた。
一体、これは何?
赤く丸い複数の目がこちらを見ている。剛毛に覆われたいくつもの太い脚。血で染めたような丸く赤い体。体がつかえているらしく、強引に中に入ろうと複数の脚が不快な音を立てて壁を、床を掻く。
このままでは、あの化け物に食われてしまう。
「そこのあなた、しっかりして」
震える声で、従業員の男性を叱咤する。彼女はそろりと立ち上がると、手近の花瓶を手に取った。
●突入
夜闇を切り裂くような悲鳴。一刻も早く行かなければ、残された人々の命は無い。
「迅速に片付けましょう」
Gacrux ( ka2726 )は、行く手を阻む糸を、一気に魔剣で糸を断ち切り扉を蹴破る。予想通り、内部も網の目のような糸が張り巡らされている。
アーク・フォーサイス ( ka6568 )は宿の状態に眉を潜めつつ紅蓮斬を振るう。
損なわれた命は戻ってこない。けれど。
「今は、まずやるべき事を……」
赤い軌跡が糸を断ち切ると、はらりと赤い炎に溶けて消える。
「躊躇ってる時間はなさそうだな」
全身を炎のようなオーラを纏ったアルト・ヴァレンティーニ ( ka3109 )は、禍炎剣を手にすると、赤い残滓をも蹴散らす速度で救助者の下へ向かっていた。
「蜘蛛より先に要救助者を見つけないとですね」
「はい。上に着いたら、すぐに救助者の位置を割り出しますね」
シール・ナイン ( ka6945 )も直剣モードのエルスを振るい、纏わりつく糸を切り裂きながら進む。その後を夜桜 奏音 ( ka5754 )が続く。
「ふえぇぇぇ……蜘蛛の巣に入るなんて。シロってば絶対絶対美味しくないのぉ……」
蜘蛛の巣と化した室内に、白樺 ( ka4596 )は涙目になる。しかし、再び上がった悲鳴に一瞬にして意識を切り替え、巣の中へと飛び込んだ。
呆れ返るほど細かに張り巡らされた糸。断ち切りながら3階を目指す。悲鳴が近い。同時に床や壁を削るような音がする。2階の踊り場まで進むと、張りつめた糸が激しくたわんでいるのがわかる。濃い血の匂い。すべての人間が逃げ出せたわけではなさそうだ。
何としてもこれ以上犠牲を増やすわけにはいかない。
不意に絶望に染まった悲鳴が響き渡る。
攻撃班のGacrux、アルト、アークがそれぞれの剣で糸を断ち切り、一気に3階へと駆け上がる。その後を救助班の奏音、白樺、シールが続く。
3階も他の階同様、白い糸が張り巡らされている。その糸は獲物を捕らえる他に、敵から自らを守るためにあるのだろう。網状の糸越しに、その赤い巨体を見つける。
蜘蛛は階段から2つ目の部屋に、強引に体をねじ込もうとしていた。悲鳴はその部屋の中から聞こえる。
蜘蛛を止めなければ! アルトは床を強く蹴る。次の瞬間、一気に蜘蛛の背に一撃、さらに一撃。黒い雲の体液が宙を舞う。
蜘蛛の関心がアルトに向いたようだ。部屋に入ろうともがいていた脚が止まったのは一瞬。蜘蛛は自分を襲った相手を捉えようと部屋から這い出てきた。そのタイミングを狙って、今度はアークが瞬脚で一気に蜘蛛との距離を詰める。
アークを己の敵と認識した蜘蛛は、赤いいくつもの目をこちらに向けるのと同時に、太く鋭い爪で襲い掛かる。しかし、アークは怯むことなく鞘から聖罰刃を抜き放つ。
蜘蛛の動きが止まるのと同時に、頬に激痛が走る。苦痛で細めた目の端に、ふと赤い炎が映る。蜘蛛の赤い目が、何かを探すかのように彷徨い……見つけた。
狙うのは 赤いマテリアルを纏ったGacrux。ソウルトーチに引き寄せられた蜘蛛が、唐突に移動を始める。同時にアークも床を蹴り、蜘蛛の進路から逃れた。
救助者の安否が気になったが、彼らのことは救助班の3人に託している。アルトとアークは小さく頷くと、新たな戦場となる2階へと向かった。
●救出
その部屋はひどい有様だった。ドアも無く、その周囲は散々に抉られていた。蜘蛛に投げつけたらしき花瓶や食器類の他に、椅子やテーブルも散乱していた。所々蜘蛛の糸も張り付いている。もう少し遅かったら危なかった。
「もう大丈夫ですよ」
一声掛けてから中に入る。奏音の生命感知で中の人物が無事なのは確認済みではあるが、それでも不安になるほどの荒れようだ。
シールは優しく声を掛けながら、茫然と床に座り込む若い女性の側に膝を付く。その隣りには気を失った男性が横たわっている。
恐らく彼女ひとりで奮闘したのだろう。上品そうな女性からは想像が付かないが、その証拠に強く握り込んだ木片には、彼女自身の血がこびりついていた。
「遅くなってごめんなさい」
体に纏わりつく糸を切り離す。さほど深い傷はないが、傷の数のせいで出血が多い。
白樺は自分の服を切り裂くと、傷口を覆う。ヒールで傷を癒しながら、ニコッと笑いかける。
「大丈夫? えへへ、頑張って生きてくれてありがとなのっ♪ 今度はシロが頑張って護るから、絶対に一緒に帰ろうねっ♪」
女性の顔に、ようやく表情が戻ってきた。
「はい……」
涙で潤んだ声で囁く。握っていた木片が、からりと床に転がった。
「すぐに他の救助者の位置を割り出しますね」
宿泊客の女性と従業員の男性の無事を確認すると、奏音は再び生命感知の結界を展開する。残り2人の無事を祈りながら、その気配を辿る。
「廊下突き当りの部屋に、1人見つけました」
あと1人の気配は探れない。他の階へ逃げたのだろうか、それとも……まずは生存者を確実に救助することを優先するべきであろう。
白樺に女性と従業員の男性を託すと、突き当たりの部屋へ向かう。
糸を断ち切り、道を開くシールの後を、奏音が続く。
「今からドアを開けます。少し離れて待っていてください」
部屋の前にたどり着くや否や、勢いよくドアを蹴破った。そこにいるのは、不安げに立ち尽くす老婦人だった。
「お怪我はありませんか?」
シールが声を掛ける。老婦人の表情に安堵が浮かべると、しっかりと頷いた。
「はい、私は大丈夫です。ですが……」
「大丈夫、わたしたちが守りますから安心してください。さあ脱出しましょう」
老婦人を伴って部屋を出ようとした時だった。背後から、弱々しい声が呼び止める。
「置いていかないでください……」
シールと奏音が振り返る。しかし誰もいない。気のせいかと思ったが、老婦人がベッドを指差した。すると。
「ここ、です」
ベッドの下から這い出てきたのは、気の弱そうな青年だった。どういうことだろう。奏音とシールは顔を見合わせる。
「すみません、腰が娘は抜けてしまって。助けてください~」
2人のハンターを見上げ、情けない声と顔で懇願する。
「でも、さっきは……」
奏音が疑問を口にしようとした途端「お願いします! 早く助けてください!」と泣き声を上げてきた。
「もう、怖くて怖くて! トイレにも行きたいのに!」
「わ、わかりました!」
仕方がない。2人で青年をベッドの下から引きずり出すと、感極まった青年が奏音に抱き付いてきた。
「!!」
驚きのあまり声が出ない。代わりにシールが青年を引き剥がす。すると今度はシールの両手を取って、潤んだ瞳で訴えてきた。
「それからボク、高所恐怖症なんです!」
「はい?」
青年の不可解な叫びに、シールは思わず首を傾げた。
●新たな戦場
糸を断ち切りながら進むものの、ハンターたちの進路を阻むように赤黒い腹から新たな糸を次々に放つ。足場を確保しつつ、蜘蛛の背後をアルトとアークが追う。
救助班が階段を使う可能性を考え、できる限り奥へと導きたい。しかし不意に、蜘蛛の移動速度が上がり、鋭い爪がGacruxに襲い掛かる。
「っ!」
毛羽立った太い脚が肩を裂く寸前、Gacruxは寸でのところで身を翻す。立てて続けにアルトが散華で蜘蛛の動きを止め、再び長い槍で応戦する。
鎌状の顎が捕えるよりも、槍の刺突速度の方が早かった。深々と顎の中へ突き刺さる。
「……!」
蜘蛛は槍を振り払おうと体を激しく震わせ、今度は床や壁へと体をぶつけ擦りつける。そのたびに、衝撃で建物全体が大きく揺らいだ。
ハンターたちは踏みとどまったが、背後から「うわあっ」と情けない悲鳴が上がる。3人が一斉に振り返ると、救助された青年がへっぴり腰で階段の手すりに縋る姿だった。
「お願いですから静かに」
先頭の奏音が青年を制するものの、震えてばかりで何を言っても無駄だった。階段の手すりにしがみついたまま、一歩も動こうとしない。
「この人も一緒に」
「窓から降ろせばよかったの」
シールと白樺も、ついため息を吐きたくなるのも無理はない。
青年と老婦人は窓からの脱出を拒んだ。高所恐怖症だと宣言したのは、このためだったようだ。
老婦人は仕方がないとしても、青年は何をしようにも「怖い」の一点張りである。
「とにかく、雑魔を刺激しないように」
「あ、あれが雑魔なんですか?!」
奏音が注意しようとした矢先だった。不用意に青年が上げた大声で、嫌でも蜘蛛の注意を引く。
赤い目がこちらを睨む――気のせいであって欲しい。しかし、蜘蛛の糸が救助班に向かって放たれた時、標的になったことを悟る。
「食い止めます!」
奏音は青年と老婦人を背に庇い、地縛符を放つ。不可視の結界に踏み込んだ蜘蛛が、罠にはまったかのように自由にならない脚でもがく。
「私達が背中を守りますのでまっすぐに逃げてください!」
魔導拳銃剣を構えてシールが叫ぶ。救助者を託されたのだと気付いた白樺は小さく頷くと、青い顔をした青年と老婦人を力づける。
「皆が守ってくれているから、もう大丈夫なの。さ、お外に行こう? シロが一緒だから安心してなのっ♪」
「でも……」
この期に及んで愚図る青年の態度に、ぷちっと何かが切れた。
「シロが護るって言ったら絶対大丈夫なの。気持ち悪い蜘蛛なんて追い払っちゃうんだから!」
●蜘蛛の最期と、意外な結末
「さっさと終わらせようか」
奏音の地縛符が効いているうちに力を削いでしまいたい。
アークは瞬脚で蜘蛛に間合いを詰めるや否や、紅蓮斬で蜘蛛の脚をぶった切る。その脚を蹴り飛ばし、もう一本を叩き切る。苦悶のあまり暴れる蜘蛛の脚をすり抜け、さらにもう一本。確実に蜘蛛の動きを封じていく。
「確かに。こんなところに長居は無用だ」
アルトは重たげな剛刀を構え、走る。何度も何度も、蜘蛛の本体を切り裂いていく。高速の剣が黒い血の華を生み、白い糸をどす黒く染め上げていく。
脚を失い、赤い体は黒い体液で濡れそぼっている。もう瀕死の状態にも関わらず、蜘蛛は鎌状の歯をガチガチと鳴らして威嚇を続ける。雑魔といえども、その姿は哀れであった。
「これで終いです」
機械槍を構えたGacruxは、大きく跳躍する。真っ直ぐに蜘蛛の頭部に突き立てる。蜘蛛の頭を貫通し、床に磔の状態になる。最後の足掻きか、Gacruxを振り落とそうと必死に残された脚で床を掻き、腹から糸を吐き出した。
アルトはそれらの糸を一閃すると、糸を吐き出す腹をざっくりと切り裂いた。途端、どろっとした白い液体があふれ出る。
それが止めになったのだろう。蜘蛛は激しく痙攣すると、静かに動きを止めた。
他にも雑魔が潜んでいないか、残された客や従業員がいないか。ひと通り確認をしてから、ハンターたちは宿を出た。
「一体何が原因だったんでしょうね」
シールは首を傾げる。宿を確認したが、どこにでもあるごく普通の宿屋だ。雑魔が発生する原因は結局変わらずじまいである。
「宿に雑魔が自然発生するとは考えにくい」
アークの意見に、同意するようにシールは頷く。
「悪意のある誰かが呼び寄せたか、放ったか……」
アークが独り言のように呟いた時だった。
「お疲れ!」
救助者と共に待機していた白樺が、ハンターたちのもとに駆け寄った。すると。
「あーれー? もう終わっちゃったの?」
その背後で、くすくすと笑い声と、からかうような物言い。
笑い声の主は、助け出した青年だった。
「呆気なかったなあ。ハンターってやっぱり強いんだね。もっと強い子を用意すればよかったかなあ」
さっきまで怯えていた気配などみじんも残っていない。青年の変わりように、ハンターたちは思わず目を瞠る。
「あんた、何者だ?」
剣呑な気配を纏ったGacruxが、剣を携え青年に詰め寄った。
「歪虚……契約者か?」
アルトは青年を睨みながら、再び剛刀に手を掛ける。
「怖いなー。大丈夫、戦う気はないから安心してよ」
詰め寄る2人に恐れをなした……とは思えない。どこか余裕を残した様子で後ずさると、一気に宿の屋根へと跳躍した。とても人の身のこなしではない。
「正確には堕落者って呼ばれているかな? まあ、そんなことはどうでもいいよ」
呆気にとられるハンターたちの前で、青年はニコリと笑う。
「あの蜘蛛さあ、手塩に掛けて育てたんだけどなあ……呆気なくやられちゃったね。なんかさ、物足りなくてごめんね?」
じゃあね、と手を振ると、青年は屋根の端まで歩いていくと、ぽんっと飛び降りた。
青年が屋根から落ちてであろう場所を探す。案の定というべきか、青年の姿はどこにもなかった。
気が付けば夜が明け、残された星も消えようとしていた。
悲鳴を聞いた気がした。夢だろうか?
目を開くと辺りはまだ暗い。夢でも見たのだろうと再び眠りに付こうとするが、妙な胸騒ぎがして寝付けそうにない。
枕元の照明を灯し、眼鏡を掛けた時だった。激しい足音と共に男の叫び声と共に、男性が部屋に飛び込んで来た。突然の出来事に驚きと恐怖で声が出ない。
しかし強盗かと思った男性は、がくがくと震えて怯えている様子だ。ドアが開くまいとしているかのように、背中を押し付けている。
この男性の顔に見覚えがあった。この宿の従業員であることに気が付いたのは、彼が「お客様」と口にした時だった。
「早く、ここから避難を……」
途中まで言い掛けた時、暴力的な力でドアが弾け飛んだ。男性は一気に女性の目の前まで飛んできた。床の上で苦痛に呻く男性を茫然と見下ろし、つい先ほどまで男性が立っていたドアに目を向けた。
一体、これは何?
赤く丸い複数の目がこちらを見ている。剛毛に覆われたいくつもの太い脚。血で染めたような丸く赤い体。体がつかえているらしく、強引に中に入ろうと複数の脚が不快な音を立てて壁を、床を掻く。
このままでは、あの化け物に食われてしまう。
「そこのあなた、しっかりして」
震える声で、従業員の男性を叱咤する。彼女はそろりと立ち上がると、手近の花瓶を手に取った。
●突入
夜闇を切り裂くような悲鳴。一刻も早く行かなければ、残された人々の命は無い。
「迅速に片付けましょう」
Gacrux ( ka2726 )は、行く手を阻む糸を、一気に魔剣で糸を断ち切り扉を蹴破る。予想通り、内部も網の目のような糸が張り巡らされている。
アーク・フォーサイス ( ka6568 )は宿の状態に眉を潜めつつ紅蓮斬を振るう。
損なわれた命は戻ってこない。けれど。
「今は、まずやるべき事を……」
赤い軌跡が糸を断ち切ると、はらりと赤い炎に溶けて消える。
「躊躇ってる時間はなさそうだな」
全身を炎のようなオーラを纏ったアルト・ヴァレンティーニ ( ka3109 )は、禍炎剣を手にすると、赤い残滓をも蹴散らす速度で救助者の下へ向かっていた。
「蜘蛛より先に要救助者を見つけないとですね」
「はい。上に着いたら、すぐに救助者の位置を割り出しますね」
シール・ナイン ( ka6945 )も直剣モードのエルスを振るい、纏わりつく糸を切り裂きながら進む。その後を夜桜 奏音 ( ka5754 )が続く。
「ふえぇぇぇ……蜘蛛の巣に入るなんて。シロってば絶対絶対美味しくないのぉ……」
蜘蛛の巣と化した室内に、白樺 ( ka4596 )は涙目になる。しかし、再び上がった悲鳴に一瞬にして意識を切り替え、巣の中へと飛び込んだ。
呆れ返るほど細かに張り巡らされた糸。断ち切りながら3階を目指す。悲鳴が近い。同時に床や壁を削るような音がする。2階の踊り場まで進むと、張りつめた糸が激しくたわんでいるのがわかる。濃い血の匂い。すべての人間が逃げ出せたわけではなさそうだ。
何としてもこれ以上犠牲を増やすわけにはいかない。
不意に絶望に染まった悲鳴が響き渡る。
攻撃班のGacrux、アルト、アークがそれぞれの剣で糸を断ち切り、一気に3階へと駆け上がる。その後を救助班の奏音、白樺、シールが続く。
3階も他の階同様、白い糸が張り巡らされている。その糸は獲物を捕らえる他に、敵から自らを守るためにあるのだろう。網状の糸越しに、その赤い巨体を見つける。
蜘蛛は階段から2つ目の部屋に、強引に体をねじ込もうとしていた。悲鳴はその部屋の中から聞こえる。
蜘蛛を止めなければ! アルトは床を強く蹴る。次の瞬間、一気に蜘蛛の背に一撃、さらに一撃。黒い雲の体液が宙を舞う。
蜘蛛の関心がアルトに向いたようだ。部屋に入ろうともがいていた脚が止まったのは一瞬。蜘蛛は自分を襲った相手を捉えようと部屋から這い出てきた。そのタイミングを狙って、今度はアークが瞬脚で一気に蜘蛛との距離を詰める。
アークを己の敵と認識した蜘蛛は、赤いいくつもの目をこちらに向けるのと同時に、太く鋭い爪で襲い掛かる。しかし、アークは怯むことなく鞘から聖罰刃を抜き放つ。
蜘蛛の動きが止まるのと同時に、頬に激痛が走る。苦痛で細めた目の端に、ふと赤い炎が映る。蜘蛛の赤い目が、何かを探すかのように彷徨い……見つけた。
狙うのは 赤いマテリアルを纏ったGacrux。ソウルトーチに引き寄せられた蜘蛛が、唐突に移動を始める。同時にアークも床を蹴り、蜘蛛の進路から逃れた。
救助者の安否が気になったが、彼らのことは救助班の3人に託している。アルトとアークは小さく頷くと、新たな戦場となる2階へと向かった。
●救出
その部屋はひどい有様だった。ドアも無く、その周囲は散々に抉られていた。蜘蛛に投げつけたらしき花瓶や食器類の他に、椅子やテーブルも散乱していた。所々蜘蛛の糸も張り付いている。もう少し遅かったら危なかった。
「もう大丈夫ですよ」
一声掛けてから中に入る。奏音の生命感知で中の人物が無事なのは確認済みではあるが、それでも不安になるほどの荒れようだ。
シールは優しく声を掛けながら、茫然と床に座り込む若い女性の側に膝を付く。その隣りには気を失った男性が横たわっている。
恐らく彼女ひとりで奮闘したのだろう。上品そうな女性からは想像が付かないが、その証拠に強く握り込んだ木片には、彼女自身の血がこびりついていた。
「遅くなってごめんなさい」
体に纏わりつく糸を切り離す。さほど深い傷はないが、傷の数のせいで出血が多い。
白樺は自分の服を切り裂くと、傷口を覆う。ヒールで傷を癒しながら、ニコッと笑いかける。
「大丈夫? えへへ、頑張って生きてくれてありがとなのっ♪ 今度はシロが頑張って護るから、絶対に一緒に帰ろうねっ♪」
女性の顔に、ようやく表情が戻ってきた。
「はい……」
涙で潤んだ声で囁く。握っていた木片が、からりと床に転がった。
「すぐに他の救助者の位置を割り出しますね」
宿泊客の女性と従業員の男性の無事を確認すると、奏音は再び生命感知の結界を展開する。残り2人の無事を祈りながら、その気配を辿る。
「廊下突き当りの部屋に、1人見つけました」
あと1人の気配は探れない。他の階へ逃げたのだろうか、それとも……まずは生存者を確実に救助することを優先するべきであろう。
白樺に女性と従業員の男性を託すと、突き当たりの部屋へ向かう。
糸を断ち切り、道を開くシールの後を、奏音が続く。
「今からドアを開けます。少し離れて待っていてください」
部屋の前にたどり着くや否や、勢いよくドアを蹴破った。そこにいるのは、不安げに立ち尽くす老婦人だった。
「お怪我はありませんか?」
シールが声を掛ける。老婦人の表情に安堵が浮かべると、しっかりと頷いた。
「はい、私は大丈夫です。ですが……」
「大丈夫、わたしたちが守りますから安心してください。さあ脱出しましょう」
老婦人を伴って部屋を出ようとした時だった。背後から、弱々しい声が呼び止める。
「置いていかないでください……」
シールと奏音が振り返る。しかし誰もいない。気のせいかと思ったが、老婦人がベッドを指差した。すると。
「ここ、です」
ベッドの下から這い出てきたのは、気の弱そうな青年だった。どういうことだろう。奏音とシールは顔を見合わせる。
「すみません、腰が娘は抜けてしまって。助けてください~」
2人のハンターを見上げ、情けない声と顔で懇願する。
「でも、さっきは……」
奏音が疑問を口にしようとした途端「お願いします! 早く助けてください!」と泣き声を上げてきた。
「もう、怖くて怖くて! トイレにも行きたいのに!」
「わ、わかりました!」
仕方がない。2人で青年をベッドの下から引きずり出すと、感極まった青年が奏音に抱き付いてきた。
「!!」
驚きのあまり声が出ない。代わりにシールが青年を引き剥がす。すると今度はシールの両手を取って、潤んだ瞳で訴えてきた。
「それからボク、高所恐怖症なんです!」
「はい?」
青年の不可解な叫びに、シールは思わず首を傾げた。
●新たな戦場
糸を断ち切りながら進むものの、ハンターたちの進路を阻むように赤黒い腹から新たな糸を次々に放つ。足場を確保しつつ、蜘蛛の背後をアルトとアークが追う。
救助班が階段を使う可能性を考え、できる限り奥へと導きたい。しかし不意に、蜘蛛の移動速度が上がり、鋭い爪がGacruxに襲い掛かる。
「っ!」
毛羽立った太い脚が肩を裂く寸前、Gacruxは寸でのところで身を翻す。立てて続けにアルトが散華で蜘蛛の動きを止め、再び長い槍で応戦する。
鎌状の顎が捕えるよりも、槍の刺突速度の方が早かった。深々と顎の中へ突き刺さる。
「……!」
蜘蛛は槍を振り払おうと体を激しく震わせ、今度は床や壁へと体をぶつけ擦りつける。そのたびに、衝撃で建物全体が大きく揺らいだ。
ハンターたちは踏みとどまったが、背後から「うわあっ」と情けない悲鳴が上がる。3人が一斉に振り返ると、救助された青年がへっぴり腰で階段の手すりに縋る姿だった。
「お願いですから静かに」
先頭の奏音が青年を制するものの、震えてばかりで何を言っても無駄だった。階段の手すりにしがみついたまま、一歩も動こうとしない。
「この人も一緒に」
「窓から降ろせばよかったの」
シールと白樺も、ついため息を吐きたくなるのも無理はない。
青年と老婦人は窓からの脱出を拒んだ。高所恐怖症だと宣言したのは、このためだったようだ。
老婦人は仕方がないとしても、青年は何をしようにも「怖い」の一点張りである。
「とにかく、雑魔を刺激しないように」
「あ、あれが雑魔なんですか?!」
奏音が注意しようとした矢先だった。不用意に青年が上げた大声で、嫌でも蜘蛛の注意を引く。
赤い目がこちらを睨む――気のせいであって欲しい。しかし、蜘蛛の糸が救助班に向かって放たれた時、標的になったことを悟る。
「食い止めます!」
奏音は青年と老婦人を背に庇い、地縛符を放つ。不可視の結界に踏み込んだ蜘蛛が、罠にはまったかのように自由にならない脚でもがく。
「私達が背中を守りますのでまっすぐに逃げてください!」
魔導拳銃剣を構えてシールが叫ぶ。救助者を託されたのだと気付いた白樺は小さく頷くと、青い顔をした青年と老婦人を力づける。
「皆が守ってくれているから、もう大丈夫なの。さ、お外に行こう? シロが一緒だから安心してなのっ♪」
「でも……」
この期に及んで愚図る青年の態度に、ぷちっと何かが切れた。
「シロが護るって言ったら絶対大丈夫なの。気持ち悪い蜘蛛なんて追い払っちゃうんだから!」
●蜘蛛の最期と、意外な結末
「さっさと終わらせようか」
奏音の地縛符が効いているうちに力を削いでしまいたい。
アークは瞬脚で蜘蛛に間合いを詰めるや否や、紅蓮斬で蜘蛛の脚をぶった切る。その脚を蹴り飛ばし、もう一本を叩き切る。苦悶のあまり暴れる蜘蛛の脚をすり抜け、さらにもう一本。確実に蜘蛛の動きを封じていく。
「確かに。こんなところに長居は無用だ」
アルトは重たげな剛刀を構え、走る。何度も何度も、蜘蛛の本体を切り裂いていく。高速の剣が黒い血の華を生み、白い糸をどす黒く染め上げていく。
脚を失い、赤い体は黒い体液で濡れそぼっている。もう瀕死の状態にも関わらず、蜘蛛は鎌状の歯をガチガチと鳴らして威嚇を続ける。雑魔といえども、その姿は哀れであった。
「これで終いです」
機械槍を構えたGacruxは、大きく跳躍する。真っ直ぐに蜘蛛の頭部に突き立てる。蜘蛛の頭を貫通し、床に磔の状態になる。最後の足掻きか、Gacruxを振り落とそうと必死に残された脚で床を掻き、腹から糸を吐き出した。
アルトはそれらの糸を一閃すると、糸を吐き出す腹をざっくりと切り裂いた。途端、どろっとした白い液体があふれ出る。
それが止めになったのだろう。蜘蛛は激しく痙攣すると、静かに動きを止めた。
他にも雑魔が潜んでいないか、残された客や従業員がいないか。ひと通り確認をしてから、ハンターたちは宿を出た。
「一体何が原因だったんでしょうね」
シールは首を傾げる。宿を確認したが、どこにでもあるごく普通の宿屋だ。雑魔が発生する原因は結局変わらずじまいである。
「宿に雑魔が自然発生するとは考えにくい」
アークの意見に、同意するようにシールは頷く。
「悪意のある誰かが呼び寄せたか、放ったか……」
アークが独り言のように呟いた時だった。
「お疲れ!」
救助者と共に待機していた白樺が、ハンターたちのもとに駆け寄った。すると。
「あーれー? もう終わっちゃったの?」
その背後で、くすくすと笑い声と、からかうような物言い。
笑い声の主は、助け出した青年だった。
「呆気なかったなあ。ハンターってやっぱり強いんだね。もっと強い子を用意すればよかったかなあ」
さっきまで怯えていた気配などみじんも残っていない。青年の変わりように、ハンターたちは思わず目を瞠る。
「あんた、何者だ?」
剣呑な気配を纏ったGacruxが、剣を携え青年に詰め寄った。
「歪虚……契約者か?」
アルトは青年を睨みながら、再び剛刀に手を掛ける。
「怖いなー。大丈夫、戦う気はないから安心してよ」
詰め寄る2人に恐れをなした……とは思えない。どこか余裕を残した様子で後ずさると、一気に宿の屋根へと跳躍した。とても人の身のこなしではない。
「正確には堕落者って呼ばれているかな? まあ、そんなことはどうでもいいよ」
呆気にとられるハンターたちの前で、青年はニコリと笑う。
「あの蜘蛛さあ、手塩に掛けて育てたんだけどなあ……呆気なくやられちゃったね。なんかさ、物足りなくてごめんね?」
じゃあね、と手を振ると、青年は屋根の端まで歩いていくと、ぽんっと飛び降りた。
青年が屋根から落ちてであろう場所を探す。案の定というべきか、青年の姿はどこにもなかった。
気が付けば夜が明け、残された星も消えようとしていた。
依頼結果
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依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/06/12 01:12:29 |
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相談卓 アーク・フォーサイス(ka6568) 人間(クリムゾンウェスト)|17才|男性|舞刀士(ソードダンサー) |
最終発言 2018/06/13 23:12:40 |