これからの夢 ~騎士アーリア~

マスター:天田洋介

シナリオ形態
シリーズ(続編)
難易度
やや易しい
オプション
参加費
1,800
参加制限
-
参加人数
4~10人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2018/06/16 22:00
完成日
2018/06/29 02:23

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

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オープニング

 グラズヘイム王国の南部に広がる伯爵地【ニュー・ウォルター】を覆っていた暗い闇は、振り払われた。
 黒伯爵を名乗っていた歪虚軍長アスタロトが率いる敵は壊滅状態。討伐が一段落し、少なくとも戦の状況からは脱したといえる。
 差し迫る危機は去ったものの、それでも懸案は残った。特に作物の被害は大きい。畑が荒らされただけでなく、灌漑の破壊がされてしまったのである。
 また超大型亀ヴァウランの存在は、領民の心を強く圧迫していたようだ。アスタロトに続いて討伐した今、ようやく明るい日々が戻ってきていた。

 マール城の執務室。領主であるアーリア・エルブン伯爵は、妹のるミリア・エルブンと今後を相談していた。
「城の備蓄を放出しますの?」
「そうだ。本来なら蓄えがあるはずだが、歪虚との戦いで底をついてしまった土地も多いはず。合わせて、春窮で困っている農民も多いことだろう。各地で雑魔が暴れたせいで、荒らされた畑も多いと聞き及ぶ。幸いなことにマテリアル鉱山での採掘事業は順調で、資金は潤沢だ。マール港からの貿易を利用すれば、当座は凌げるのではないか」
「わかりました、財政出動ですの。お金は流通してこそ価値を持ちますの。今は傷ついた領地を復興させなければ」
「それはそれとしてだ。士気をあげるため、また勝利を祝うための祭りを各地で開催したいのだが」
 アーリアの提案をミリアは笑顔で了承する。
 城塞都市マールのみならず、伯爵地全体でアスタロト討伐を祝う祭りを開くこととなった。必要な食材や資金は、すべて領主持ちである。
「折角の機会だ。城庭も開放して、宴の場としよう」
 立ちあがったアーリアが窓から城下を眺める。鬱屈した気分をすべて吹き飛ばして、新しい未来を目指したい。そうアーリアは考えていた。

リプレイ本文


 青空に打ちあげられた花火の音が響く。
 気の早い者達は、朝から瓶やカップを片手に赤ら顔だ。通りには屋台が並び、軽快な音楽と共に踊りが街のそこら中で披露されている。水路に浮かんだゴンドラに乗る人々は陽気に歌う。飾られた花々の傍には、破顔の領民達。祭りの日、城塞都市マールは賑やかであった。
 ニュー・ウォルターの様々なところで、同じように光景が繰り返されていることだろう。アーリア・エルブンの伯爵地【ニュー・ウォルター】は歓喜の直中にあった。
 マール城の庭には数十のテーブルが並べられていた。城庭の片隅に仮設された調理場から漂う美味しいそうなにおいは、堀の外で待つ一般の来客者達のところまで漂いだす。宴の準備が整ったところで開門となり、入場が始まった。

「久々に一張羅を引っ張り出して正解だったな……」
 髪型を整えたロニ・カルディス(ka0551)は、パリッとしたフォーマルな装いだ。仲間を見つけて声をかけていく。
 立食用のテーブルには給仕達によって、次々と料理の皿が運ばれてくる。飲み物の多くは、氷入りの容器で冷やされていた。
 自然に集まったハンターの一同は、一つのテーブルを囲んだ。それぞれに飲み物を手にし、誰彼ともなく乾杯を叫んで呷った。
「まだ色々と問題は残っているだろうが、まずはこれでひと段落だな」
 ロニは地元マール産の赤葡萄酒を味わう。「今この時は、明日のために英気を養おうではないか」魚卵等でデコレーションされたクラッカーを肴にして、満面の笑みを浮かべた。
「本当に。やっと、ゆっくりできますね、よかったです」
 ミオレスカ(ka3496)が両手で包んだスープ入りカップを口へ近づけようとしたとき、よく知る二人が視界に入る。伯爵地を統べるアーリアとミリアのエルブン兄妹だ。
「アーリアさん、ミリアさん、お疲れ様でした。皆が元気になれる祭りは、いいものですね♪」
 カップを置いたミオレスカは、アーリア達と握手を交わす。
「ありがとう。このような日が訪れたのは、みなさんが力を貸してくれたおかげだ」
「領民達の笑顔は、何よりの宝ですの」
 アーリアとミリア、どちらも晴れやかな笑顔を浮かべていた。
「おめでとうございますなの、アーリア、ミリアさま。アーリアの意志とみんなの協力が、今日の結果に繋がったと思うの。これからのニュー・ウォルターの更なる発展を祈念するの」
 ディーナ・フェルミ(ka5843)が、テーブルの空いているスペースに二人を誘う。
「折角の機会だからな。他の依頼でも、あちらの三人とはよく一緒に戦っているのだ――」
 レイア・アローネ(ka4082)はロニ、ミオレスカ、ディーナが黒伯爵アスタロトとの戦いにおいて、どのような活躍をしたのかを訊ねる。
「アスタロトは配下も含めて、搦め手が得意な敵だった。三人とも冷静で、そのしつこさに惑わされることなく、一つずつ確実に突破してくれた印象がある」
「大亀だけでなく、そのような活躍をしていたとはな――」
 レイアとアーリアは、しばらく戦いの話で盛りあがった。
「何せまだまだ修行中の身。彼らは私よりベテラン故学ぶことも多い。次の戦いのときは、是非参加させてもらいたいものだ。前より役に立ってみせよう」
「レイア、そろそろにしないと、せっかくの料理が冷めてしまうぞ。ここからは俺が話し相手になろう。この瓶は、マール産の赤葡萄酒を蒸留して作られたブランデー。素晴らしい香りと味で、一人で楽しんでいてはもったいない。料理と一緒に味わってくれ」
 レイアは陽気なロニからカップを渡される。そして酒をなみなみと注がれた。
「!? これはガツンと効くな」
「そうだろう。こっちのもいいぞ。マイルドだが深い味わいだ」
 レイアはロニと酒を飲み比べる。
「よぉ、領主さん。ご無沙汰だな。そっちの妹さんは初めましてだな。俺は玄武坂光、しがない何でも屋さ」
 フレンドリーな玄武坂 光(ka4537)の挨拶を切っ掛けにして、アーリアとミリア、鳳凰院ひりょ(ka3744)との四人での雑談が始まった。
「皆様、兄様のこと、これからもよろしくお願いしますの。目を離すと何をしでかすかわからないところがありまして……」
「ミリア、それではまるで、私の保護者のようではないか」
 ミリアの一言にアーリアが大いに笑う。
「アーリアお疲れ様、だ」
「ここまでよく力を貸してくれた……」
 鳳凰院はアーリアともう一度乾杯をする。ホッと一息といった表情で、カップの中身を全部呑み干した。
「ほら、ひりょもまだまだいけるだろ。領主さんにも注がせてもらうぜ」
 大瓶を抱えた玄武坂光が、カップに注いでいく。
 城庭には楽団による音楽が流れている。宴はまだ始まったばかり。楽しい時間はこれからが本番であった。

●ロニ
「復興計画を立てている最中だと聞いたが、具体的はどのように?」
 ロニはアーリアの分までピザを取り分けて、小皿を彼の前に置く。
「運河は復旧中。完璧ではないが、船の航行にはかなり以前から支障ない。マール城塞内については水路が一部寸断されているが、補修に問題は起きていない。
 一番の問題は農業用の畑と灌漑だ。人が口にする穀物だけでなく、畜産用の飼料不足も悩まされている。今年に関しては外部からの大量輸入で賄えるだろう。そして農家と畜産家には秋までに補助金の支給と、免税を実施する予定だ。まあ、ほとんどがミリアの知恵なのだがな」
「ミリアはさすがだな。確かに、今このニュー・ウォルターは色々と疲弊している。だからこそ、この先の時代に向けた新しい土地を作ることができる。しかし財政はどうなのだ? ああ、すまん。俺が言及すべきことではないな」
「いや、構わない。幸いなことにマテリアル鉱石……そうだったな。ロニも知っているはずだ。ミヤサという女性探検家のおかげで、かなりの埋蔵量の鉱床が発見できた。そちらでの蓄えがそれなりにある。ミリアが招待状をだしていたので、おそらく彼女も城庭のどこかにいるのではないかな?」
「そうなのか。折角だ、会えればよいのだが。んっ、あれは……?」
 アーリアと話していたロニが、人波の向こうで見え隠れしていた後ろ姿が気になる。駆け寄ってみれば、ドレスを纏ったミヤサであった。
「お久しぶりだ。ミヤサ」
「えっ? ロニも来ていたのね。元気でなにより」
 再会を喜び合ったところで、ロニはアーリアが待つテーブルへとミヤサを連れていく。ロニは以前から今日までどうしていたかをミヤサに訊いてみた。
「サマト兄さんのところに厄介になって、また冒険を再開したの。最近は新種の作物探しが楽しくて。転移でブルーから持ちこまれた種子が見つかったり、交配して新しい種になっていたり。とても面白いのよ」
「今は植物ハンターをしているのか。ミヤサらしいな。一緒に行動していた頃も、オールスパイスを探したりしていたからな」
「ロニったら、お酒を注いでばかり。たまにはわたしにもさせてくれるないと」
 ミヤサがロニから瓶を取りあげて、彼とアーリアのカップに白葡萄酒を注いだ。嬉しさが込みあげてきて、ロニは何回したのか覚えていないほど、乾杯を繰り返す。
「活動の拠点は変わらずにサマト兄さんの村だから。何かあれば連絡して」
 そういってミヤサは、現れた女友達のところに戻っていく。アーリアとのやり取りが一段落すると、ロニはビールの子樽を抱えて各テーブルを回る。
(あれは?)
 ミリアの回りには身なりから裕福だとすぐわかる者達が取り囲んでいた。立ち去ろうとしている彼女だが、その度に引き留められているようである。
 ミリアと目が合って助けを求められたと感じたロニは動く。軽い挨拶をしながら近づいて、その場からミリアを連れだした。
「ロニ様、すみませんでした。ありがとうございますの」
「あいつらは何者なんだ?」
「悪い方々ではありません。ただあの……、ご子息の顔を覚えてもらおうと必死だったり、そういう感じで……」
「なるほど、領主の妹は大変だな。顔つなぎするとしても、あれでは逆効果だと思うのだが」
 城庭の一部である林の中で、ロニはミリアとしばし時間を潰す。ここのところの執務の大変さや、おいしかった料理の話等、他愛もない話題で盛りあがる。
「同じテーブルにいたときにいえばよかったのだが、アーリアに伝えてもらえるだろうか。また助けが必要になるならば、遠慮なく呼んでほしいと」
「わかりましたの。兄様に必ずお伝えしますの」
 大樹の裏からこっそりと覗いて、先程の裕福な者達がいなくなったのを確かめる。そしてロニとミリアは宴の場に戻っていった。

●ミオレスカ そしてレイア
 給仕によって次々と運ばれてくる数々の料理。
「お料理、どれもとてもおいしいです♪」
 それらを食べているうちに、ミオレスカは気がつく。どんとテーブルの中央に置かれた炙り肉の味を舌が覚えていた。
「ミリアさん、このお肉って……もしかしてシモフリのお肉ではありませんか?」
「さすがですの。巷で評判のお肉を取り寄せてみたのですが、如何でした?」
 ミオレスカはミリアの返答に「やはり」と呟いた。ミリアによれば飼育している牧場集落に連絡をとり、直接運んでもらったシモフリ肉のようだ。
(それならもしかして……)
 ミオレスカはテーブルを離れて、目をこらす。城庭はたくさんの来客者で溢れていたが、彷徨っているうちに聞き覚えのある声が耳に届く。「こない豪勢な宴に参加できて、万々歳や」と。
「その喋りはベッタさんですね。ガローアさんもいらっしゃるようで。お二人とも、お元気そうで何よりです!」
 ミオレスカが声をかけると、ベッタとガローアがふり向いて大きく口を開けた。二人とも持っていたフォークとナイフを落としそうになる驚きぶりであった。
「うひゃあ! ミオレスカはんやないか! そっちこそ元気そうでなによりや」
「お久しぶりです。そうか! 先程から領民の方々に、ハンターの武勇伝を聞かせてもらっていたんです。その中の一人が、ミオレスカさんだったんですね。射撃の女達人はミオレスカさん……なるほどね」
 ベッタとガローアは以前と変わりなかった。ただしベッタは結婚して、ガローアはまだ独り身のようだ。
「なあベッタ、やっぱりこの注文、受けてみてよかっただろ?」
「そうやな。部屋に籠もってばっかりなのも、考えものやな。やっぱ現場をみとかんと。そういえばミオレスカはん、アオタロウも元気にしとるで。あのときのシモフリは、おいらとガローアで飼っとるんや」
 ナガケ集落はシモフリの牧場として現在も拡大中。人もたくさん増えて、普段の二人は経営に集中しているのだという。
「少し待ってくださいね」
 ガローアは冷蔵荷馬車にアイスクリーム製造機を持ちこんでいた。手際よく作られたのは、シモフリ乳のソフトクリームである。
 城庭に設置された専用コーナーでも配られていた。子供達だけでなく大人にまで大好評を博している。
「この味、久しぶりですね。この自然な甘さがとてもいいです♪」
 アイスクリームを一口食べる度に、ミオレスカの脳裏にナガケ集落での思い出が浮かびあがった。ガローアとベッタはマールに数日滞在することのことで、宿の住所を教えてもらう。積もる話は後日ということになり、ミオレスカはアーリアの分ももらって、元のテーブルに戻った。
 アーリアとソフトクリームを食べながら、領内の今後が話題となる。
「灌漑設備は、大変ですね。特に村がひとつ沈んでいますし」
「ヴァウランの出現によって、地形だけでなく川の流れまで変わってしまったのが、かなりの痛手だ。着工こそしているが元通りにするには、どれほどかかるのかわからないな」
「マールの水路、素晴らしいです。ここのみなさんの土木技術には、目を見張るものがあります。きっと前よりもよくなるのでは。どうしても水浸しになってしまったところは、これを機に蓮根畑はどうでしょう?」
「なるほど。そういう手もあるのか」
「金魚の養殖もおもしろそうですね」
「食べられる魚の養殖は難しいだろうか? 観賞用もいいのだが、どれだけ重要があるのか今一わからないのでな」
 ミオレスカとアーリアの展望は、どんどんと膨らんでいく。やがて一段落したところで、レイアがテーブルにやってくる。
「だいぶ白熱していたようだな。二人とも喉が渇いたのではないか?」
 レイアはミオレスカとアーリアに冷たい飲み物を提供する。一息ついたところで、レイアは別依頼でのミオレスカやロニ、ディーナたちのことを語りだす。
「ミオレスカに助けられたこともあるのだ。そして連携のとり方が、非常に素晴らしい。おそらくアーリアも、目にしたことがあるのではないか?」
「そ、そういうことを目の前でいわれると、とても恥ずかしいです……」
「これはすまないことをした。我ながら宴の席で無粋だったかも知れん」
「あの、嬉しいというかなんというか……。そ、そうです! レイアさん、このチーズどうですか? シモフリって動物の乳から作られていて、とてもおいしいんです♪ アーリアさんも如何です?」
 レイアに誉められたミオレスカは顔を赤くしながら、ナガケ集落産のチーズを勧める。
「ほんのとした甘味の風味がとてもいいな。酒の肴にぴったりだ」
「これほどのチーズとは……。本日だけの味で終わらせるには、もったいない」
 レイアとアーリアは、シモフリのチーズを気に入ってくれたようである。ミオレスカはガローアとベッタを思い浮かべながら、心の中で助かりましたと呟いた。
「つかぬことをお聞きするのだが、復興の邪魔をするような輩はいるのだろうか?」
 レイアはニュー・ウォルターの今後に懸案はないかをアーリアに訊ねる。
「これから先、大事はもう起きなければよいとは思っている。ただ歪虚がいる世、まったくないとは言い切れない。端切れが悪くてすまないが」
「そうか。また次の戦いがあるのなれば、参加させてもらいたいものだ。この前の私より役に立ってみせよう」
 アーリアとレイア達は誓いの乾杯を交わした。
「盛りあがっているようだな」
「楽しそうなの」
 そこにロニとディーナが現れて、レイアはあらためて仲間達との武勇伝をアーリアに語って聞かせた。
「む……さっきから剣の話しかしていないな……。済まない。だが、からかうことは、ないだろう……。私だってもう少し話題に富んだ方がいいとは思っている……」
 むくれたレイアは、カップに注がれた酒を一飲みする。
「ただ……並びたい相手がいるのでな……。ヤツに追いつく為には止まってはいられない。だから困った時はいつでも呼んでくれ!」
 そういってレイアは、自らの胸をどんと叩いた。
「私はアスタロトによって荒れてしまったニュー・ウォルターを、早く復興させたいです。お手伝いします」
 ミオレスカはアーリアを見つめてから城庭を眺める。来客者のほとんどがこの地に住む人々だ。どの顔からも喜びが溢れていた。

●鳳凰院 玄武坂光
 鳳凰院とアーリアは酒を傾ける。これまでの経緯を踏まえた上で、復興についても語り合った。
「――その通りだ。地道にやらなければいけない分だけ、より大変だともいえるな」
「ある意味これからも戦いだな。各地の復興もあるし。ここまで騒動につき合ってきた者として見届けたい。要請してくれたなら駆けつけよう」
 アーリアと鳳凰院のやり取りがあまりに白熱していたので、給仕達が運ぶのを躊躇していた。それを知った玄武坂光が、代わりに大皿を抱えてテーブルに現れる。
「調理場を覗いたら、うまそうなご馳走が出来上がったばかりだったんでな。さあ、熱いうちに、たらふく食うっちまおうぜ」
 玄武坂光が運んできた料理は、シモフリ肉の赤葡萄酒煮込みだ。メインデッシュの肉を切り分けるのは主の仕事ということで、ここはアーリアにやってもらう。
「おー、美味そうだ」
 頬張った玄武坂光が笑みを浮かべる。とろけるような柔らかい肉質。そして溢れでる肉汁が口いっぱいに広がった。
(しかし、光の奴は良く食べるな)
 鳳凰院は玄武坂光の大食漢に唖然としつつも、自らも食べて「美味い」と呟いた。そのとき、いつも戦いの最中で力を貸してくれた女の子にも食べさせてあげたいと、思い馳せる。
(おかげでこうして決着がつき、今俺はここにいる……)
 鳳凰院は心の中で感謝した。
「ひりょから話は少し聞いてるが、あのでかぶつ、ヴァウランだったっけ? そいつをCAMを使わずに、自分達の手で倒しきったそうだな。それを聞いたとき、たいしたもんだ、って思ったぜ」
 肉を食らう手を止めて、玄武坂光は喋る。
「手元にない力を望むよりも手元にある力をうまく利用して、なんとかしちまったってことだからな。俺はこの案件に一度だけ関わったわけだが、結構ぎりぎりの戦いも多かったみたいだな。親玉のこととかさ」
「作戦を立案したのは確かに私だ。しかしハンターの力が得られなかったから、どうなっていたことか……」
 玄武坂光の言葉に、アーリアは感慨深い表情を浮かべた。
「光のいう通り、かなり危険な局面もあったが、なんとか皆で切り抜けた。仲間あってのことだな」
 鳳凰院は話している間に、ある人物のことを思いだす。
「戦いの激しさに、諸処の事情に疎くなっていたので知りたいのだが、バーンズは今、どうしている? 彼は特に何事もなく過ごされているのか?」
「あの元騎士のバーンズか。アスタロトの討伐が果たされてすぐに、彼自身の要望で保護を解消した。それなりの支度金を渡したので、当面は困らないだろう。外の世界を見てくるといっていたよ」
「それはよかった。一時、アスタロトに命を狙われていたからな。まぁ、もっと大事が起きて、アスタロトもバーンズどころではなかったかもしれないが、な」
「作戦とは直接関係なかったが、ロランナ・ベヒ、そしてドネアだった頃のアスタロトのことをいろいろと教えてもらった……。知らないことも多かったよ。過激な正義は、悪になり得るということも」
 アスタロトとの決着まで、かなりの年月を要した。その間に関わった人物も多い。鳳凰院は幾人かのその後も、アーリアに教えてもらう。
「そういえば、あの親玉、じゃなくてアスタロト。アーリア、あんたの兄さんだったか、すまねぇ……。さっきのあのいい方はねぇよな」
「いや、かつての兄だったとしても、奴は紛うことなき敵だ。時を経ると人は変わるときがある。ましてやアスタロトとなって、人であることを止めたのだから、気にする必要はない」
 下げた玄武坂光の頭を、アーリアはあげさせる。
「そういってもらえると。しかし一見無理そうな戦いでも、活路を見出せば何とかなる場合もあるってことは、大収穫だな。俺の今後にも活かせそうな考え方だ。俺もひりょも実は、同じ事件を今追っていてな――」
 玄武坂光はアーリアにあらましを語って聞かせた。
「――俺はまだハンターとしちゃ新人をやっと卒業したくらいのもんだ。上を目指さねぇとって思うが、やれることを見出して、その役目を精一杯こなす大切さを実感してな。ヴァウランの件で多くのことは出来なかったが、それでも出来ることはやったつもりでいる。この経験を基にどんどん精進していってみるぜ! ま、俺自身の豊富だな、こりゃ」
 玄武坂光の最後の一言に、アーリアと鳳凰院が笑みを浮かべる。
「んっ? ここにあった冷製パスタはどこに?」
「それなら俺が食べたぞ」
 テーブルに目をこらしていた鳳凰院に、玄武坂光が平らげた後の皿を指さす。
「しっかり食べて休んで、必要な時に万全の状態で動けるようにしておくのはハンターとして必須のことだが、それにしても食べ過ぎじゃ……」
「まあ、そういうな。ちょっと待ってくれよ。まだ食べ足りないから、ひりょの分もふくめて、調理場から持ってくるからよ」
 鳳凰院はあきれ顔を浮かべてから、がくりと肩を落とす。玄武坂光は首を傾げ、アーリアは大いに笑う。
「一見絶望的な局面でも決して諦めないことの大事さを、俺はこの一連の騒動の中で学んだ気がする。さっきも話したように、俺は今一つの事件を追っている。どうしても支えたい存在がいるからな。俺はこれからも誰かの笑顔を守る為に戦い続けるよ、アーリア」
 鳳凰院はアーリアに決意を伝えてからテーブルを離れる。
(共に最初から戦い続けてきたミオ。危険な戦いにおいて傷を癒してもらったり局面を支えてくれたロニやディーナ……。他にもその時々力を貸してくれた者達がいる)
 そして城庭にばらけていた仲間の元に出向き、さりげなく感謝の意を伝えていくのだった。

●ディーナ
 テーブルの片隅に、『ニュー・ウォルター』と書かれた札が立てられている。ここにはミリアの肝いりにより、地元ならではの調理法、または地元食材で作られた料理のみが提供されていた。
「運河を通じて海から遡上してくる魚がかなりいるのだ。城塞内の水路はほぼ真水だが、港の付近は汽水故に驚くような海の魚が釣れたりする。このスープの平目もそうで、海で獲れたものとは一味違う」
「こちらはマール名物の鰻のシチュー料理なの。どうぞ召し上がれ♪」
 アーリアとミリアによる料理解説を聞きながら、ディーナはすべてを制覇すべく食を進めていく。
「身がたっぷりで、どちらも美味しいの。こんな機会は滅多にないの。だから喉元まで食べるの、もぐもぐ」
 懲りすぎず、なるべく食材の持ち味を引きだす調理法が施されている。調味料の使い方もよい塩梅なので、万人に好まれる味付けだ。
「ニュー・ウォルターは水運も発達してるし、領主もアーリアだし、よい街だと思うの。私はタスカービレを本拠地にすることにしたけど、ハンター稼業は今まで通り続けていくつもりなの。依頼があれば飛んでくるの」
「そのタスカービレは、どんなところですの?」
 ディーナが話題にしたタスカービレに、ミリアが興味を示す。
「私も気になるな。復興のヒントになるかも知れないし。よかったら聞かせてもらえないだろうか?」
 アーリアからも頼まれて、ディーナは話しだす。
「タスカービレは田舎の温泉村なの。村興しの最中で、みんなで頑張ってるの。名物は温泉宿と地元産のチクワと白ワインなの。猪も出るから、捕まえた時はボタン鍋なの。鄙びた温泉でリラックス、が目玉だから、例え有名になってもここみたいな都市にはなれないけど、それもタスカービレの味だと思うの」
 ディーナは木の実と一緒に、大葉で包んで蒸し焼きにされた肉を頬張る。普段は牛肉を使うが、今回は特別にシモフリの肉が使われているという。
「なるほど。そういえばシモフリ肉の業者にハンターのことを話したら、ディーナのことも知っていた。よろしくと伝えて欲しいと。
 シモフリにはオークの実のような油脂たっぷりの、木の実を食べさせているらしい。それだけでは足りないので、玉蜀黍もあげているようだが。それにより良質な脂身が全身に行き渡るらしい。おっと、余計なお世話だったら聞き流して欲しい」
「うううん。面白い話だったの。やっぱり食べ物は人に訴えかけるの……わかったの、村に戻ったらイノブタ生産とイノブタ鍋、もっとみんなに掛け合ってみるの」
 アーリア達との料理談義は楽しく、瞬く間に時間は過ぎていく。腹八分目になったところで一休みしたディーナは、楽団のところへ向かう。そして演奏の合間に指揮者へと相談を持ちかけた。
 一区切りついたところで演奏されたのは、ディーナがリクエストしたエクラを称える歌や大地の豊かさを尊ぶ聖歌である。ディーナは心を込めて唄った。
 最初は賑やかだった城庭もやがて、歌を聴こうと静まっていく。酔客が騒動を起こしそうなら聖歌にサルヴェイションを含めようと考えていたが、それは杞憂に終わる。
「お姉ちゃん、この歌、俺が作ったんだけどさ。唄ってくれないかな?」
 一人の少年がディーナの元へ駆け寄って、一枚の紙を渡す。それはマールに住む者なら誰でも知る民謡の替え歌だ。詩の内容は、アスタロト、そしてヴァウランを討伐するまでの英雄譚。つまり寓意を含む歌『バラッド』である。
「わかったの。頑張ってみるの」
 気恥ずかしさもあったが、ディーナは歌いあげる。最後の七番を歌い終わったとき、喝采の拍手が城庭に響き渡った。


 日が暮れて篝火が焚かれる頃、アーリアからハンター一同に感謝の勲章授与が行われる。領民達の歓声、そして拍手は長く鳴りやまなかった。
 祭りは一晩中続けられる。多くの参加者が寝入ったのは朝方だ。
 昼過ぎ、アーリアが目を覚ましたとき、ニュー・ウォルターは新しい一歩を踏みだしていた。

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参加者一覧

  • 支援巧者
    ロニ・カルディス(ka0551
    ドワーフ|20才|男性|聖導士
  • 師岬の未来をつなぐ
    ミオレスカ(ka3496
    エルフ|18才|女性|猟撃士
  • うら若き総帥の比翼
    ひりょ・ムーンリーフ(ka3744
    人間(蒼)|18才|男性|闘狩人
  • 乙女の護り
    レイア・アローネ(ka4082
    人間(紅)|24才|女性|闘狩人
  • 『俺達』が進む道
    玄武坂 光(ka4537
    人間(紅)|20才|男性|霊闘士
  • 灯光に託す鎮魂歌
    ディーナ・フェルミ(ka5843
    人間(紅)|18才|女性|聖導士

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ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2018/06/16 19:44:01