聖導士学校――麦を苛む不協和音(物理)

マスター:馬車猪

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
  • relation
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2018/07/04 09:00
完成日
2018/07/08 20:21

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 初夏の風が吹く。
 実った麦の穂が重々しく揺れる様は、黄金色の海原のようだ。
 か細く単調なハンドベルの音が、途切れ途切れに麦を撫でていた。

「やったぁ!」
「豊作よ豊作っ」
「これならゴーレムちゃんを買い足せる!」
「でも聞いていたほどじゃないよ? 去年はもっと……」
 はしゃぐ女性社員を横目でちらちら見ながら、技術面担当の男性社員が話し込んでいる。
「今年は常識的な作柄だな」
「精霊様の加護も善し悪しだ。無から有を作る訳じゃないから肥料の計算が」
 強い胃薬を口に放り込み水筒の水を煽る。
「設備投資を多めにしても1人当たりの給料は去年の倍か」
「俺は最低限食える額を残して投資にまわすね」
「ここが危険地帯ということを忘れるな」
「分かってる。だがな」
 麦の海の端で、7つの三角頭が巨大な農具を振るっている。
 刈り取られた麦が大きな麻袋を満たす。
 その場に放置された袋は、鎧を着れば騎士にも見える男達に担がれ倉庫へ運ばれていく。
「賭けるなら今だろう。こんなチャンス人生に1度あるだけで奇跡だ」
 覚醒者の新規就農者がいた。
 歪虚出没地帯とはいえ広大な肥えた土地を借りられた。
 農業用の刻令ゴーレムが採算がとれる価格で購入できるようになった。
 これらの条件が揃い、そこへ農業技術者として参加できたことは特大の幸運だ。
「ゴーレムを増やして農地を広げるべきだ。貯蓄も婚活も大金持ちになってからでいい」
 ここにいるのは食い詰め者の開拓者ではない。
 危険地帯での機械化農業に挑戦し、成功を収め大成功を掴みつつある農業法人の精鋭だった。
「地主の教会への上納金も増やそう」
「これ以上収入が増えると面倒が増えるからか。さすが貴族出身」
「妾腹の5男なんてほぼデメリットしかねーよ。社長への説得には顔出せ。面積当たりで増やすからな」
 心身に疲労がたまっていても目は精力的に輝いている。
 後の世には立志伝の一幕として語られそうな状況、だった。
 がらごろ
 がらごろ
 がちゃーん
 強烈な不協和音が社員達の思考を乱し、それに留まらずゴーレムの進路を歪めて収穫を妨害する。
 耳を押さえて発生源を探す。
 こちらに向け走って来る魔導トラックから、調子外れの鼻歌と、それ以上に調子外れのハンドベル演奏が聞こえて来ていた。
「差し入れ持って来たぞぉっ」
 社長が車と鼻歌を止め荷台から荷物を取り出す。
 焼き立てパンの香り漂う段ボールの上で、4歳児に見える精霊がハンドベルを振るっていた。
「ねえ」
「しっ、せめて演奏が終わってからにしなさい」
「終わりそうにないんだけど」
「社長! 我が社を代表して言っちゃってください!」
 本人も音痴である元王国騎士の社長は、事態を全く理解できず精霊を肩車していた。

●ルル音楽祭(仮)に向けて
 聖導士としての知識と技術と助祭をこなせる教養を2年で叩き込む。
 言うだけなら簡単だが実際にやると過酷な教育内容になる。
 しかも入学者の2割以上が文盲なので、覚醒者でも潰れる寸前まで追い詰められる密度だ。
「ようやく落ち着いてきましたな」
「医療課程はいつも通りですけどね」
 二年制なのは士官学校じみた聖導士課程で、医療課程は4年での卒業を予定している。
 後者は医学部相当なので過酷さは前者と変わらない。
「ところで例の件、どうします?」
「聞くまでもないでしょう」
 教師陣がにやりと笑って楽器をとりだす。
「有史以来、精霊に捧げられた演奏は星の数ほどありますが」
 弦楽器が艶のある音を紡ぐ。
「実際に耳に入れていただけた演奏はどの程度あるのやら」
 音楽祭で優勝しても賞金は出ないし、歴史もないので知名度向上にも繋がらない。
 だが、実体化した精霊へ聞かせて喜ばせたなら、子孫に語り継ぐレベルの自慢話にできる。
「曲はどれにします?」
「古エルフの曲はエルフに任せましょう」
「あのー、生徒には音楽指導してあげないんですか?」
 現在は雑用担当職員、元はこの地方で暗躍していた細作がたずねてみると、呆れたような目で見つめられた。
「これ以上詰め込むのは虐待だよ」
「今でもリアルブルー基準では虐待だからね。みんなハンターみたいに頑丈じゃないんだから」
 ハンドベルが演奏に加わる。
 音程が徐々に狂って、採点中だった教師のペン先がずれた。

●調査隊
「久々のフィールドワークじゃ。武者震いがするのう!」
 名の知られた考古学者が建物から出ようとして両脇から捕獲された。
「駄目です。聖堂教会から許可が出ていません」
「リアルブルーの学者先生を危険地帯に連れ込んだら大問題なんで勘弁して下さい」
 研究施設の中に連れ戻し、腰を低く頭を下げて出て行く警備員が2人。
 聖堂教会と王国からそれぞれ派遣されてきた覚醒者である。
「先生もう諦めましょうよ。人間の国にあるエルフの遺跡なんて特級の危険物ですよ。政治的にも物理的にも」
「馬鹿者! 祟りや現地政府の武力が怖くて考古学者なんて出来るか! 助手君、深淵の声はしっかり鍛えておけよ!」
「いや数百年前の情報なんて普通読み取れませんから。諦めて御用学者しましょうよ給料いいんですから」
 調査隊は、まだ出発できていない。

●祝福された只の木
 軽度とは言え負マテリアルで汚染された土地に若い木が生えている。
 いつ雑魔に襲われてもおかしくないはずなのに、近くでは歪虚が発生せず歪虚が近づいて来ることもない。
 苗木の頃は精霊に祝福を受け、大地に根付いた後は精霊の代理として負マテリアルへ抵抗していた。


●地図
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あ平平開開農川荒荒□ □=未探索地域。縦2km横2km
い荒平平学薬川川川川 平=平地。低木や放棄された畑があります。かなり安全
う荒平畑畑畑畑荒荒平 学=平地。学校が建っています。工事中。緑豊か。北に向かって街道有
え平平平平平平木木墓 薬=平地。中規模植物園あり。猫が食事と引換に鳥狩中
お平荒荒荒果果林荒□ 農=農業法人の敷地。宿舎、各種倉庫、パン生産設備有
か荒荒荒荒荒丘林荒□ 畑=冬小麦と各種野菜の畑があります
き荒荒荒荒湿湿荒荒□ 開=平地。開拓が完了しました
く□□荒荒荒※荒□□ 果=緩い丘陵。果樹園。柑橘系。休憩所有
け□□□荒荒荒荒□□ 丘=平地。丘有り。精霊のおうち
こ□□□□□荒□□□ 湿=湿った盆地。安全。精霊の遊び場
さ□□□□□?□□□ 川=平地。川があります。水量は並
し□□□□□□□□□ 荒=平地。負のマテリアルによる軽度汚染

 墓=平地。長い間放置された墓があります。いくつか真新しい木が植えられています
 木=平地。東西に延びる細い道。道沿いに、祝福された木が植えられています
 林=平地。非常にまばらに、祝福された木が植えられています。急速に緑が広がっています
 ※=平地。浄化済。放置すると元に戻ります
 ?=荒野。岩?が多い

●依頼票
 臨時教師または歪虚討伐
 またはそれに関連する何か

リプレイ本文

●平行線
「何故自分だけ蹴飛ばされるのか本当は気にしているのではありませんか?」
「嫌われるのは慣れていますから」
 ソナ(ka1352)に向ける顔は組織人としての顔だ。
「イコニアさんの気配が、ルル様の記憶にあった人と時々一致するのもずっとひっかかっていますし……そのためにも教会の説得をお願いできますか」
 肯定的な答えは返ってこない。
 プラモデルでブンドド中の幼女が、本人的には不意打ちのつもりの蹴りをイコニアへ繰り出す。
 ペンだこのある指が柔らかく受け止め、倒れないよう元の位置に戻す。
「楽しんでいるところにこんな話をするのも気が引けますが」
 フィーナ・マギ・フィルム(ka6617)が用件を口にするより速く幼女が飛びついてきた。
「難しい問題ですからね」
 精霊とエルフと人間のやりとりを眺めながら、エステル(ka5826)が小さく息を吐く。
 聖堂教会の修道士が関わったエルフ虐殺事件の調査。
 10年で話が具体化すれば奇跡と評される難問だ。
「バッサリと現実的な話をしてしまいますね。神霊樹ネットワークのライブラリにアクセスの申請をハンターオフィスできないものでしょうか?」
 ソナとイコニアの議論が止まる。
「それは」
「コネがないわけじゃないですけど、いやでも理屈の上では」
「イコちゃんはソサエティーとずぶずぶの関係だしいけると思うよ? ほら遊んでないでもう1回!」
 宵待 サクラ(ka5561)が一瞬顔をだした後すぐに生徒の指導に戻る。
 しんれいじゅ?
 くものうえのはなしでちゅ
 相変わらずテレパシーの出力が強すぎて健康に悪そうだ。
 生徒が直接浴びれば数日の療養が必要で、イコニアも顔には出していないが耐えている。
 近くにいる覚醒者の中で、エステルだけが平然としていた。
「気晴らしは十分されましたよね?」
 エステルの背後で、刻令ゴーレムが練習用ステージの設営を終えた。
 楽譜を広げ、きちんと整備されたハンドベルを精霊に手渡しする。
 まだあそびたいー
 おかしたべたいー
 まだおはなししたいでちゅよ?
 3つ重なり合っているのに混じあっていない。
 高度な技術ではあるのだが、発言内容は見た目年齢以下だ。
 そんな精霊を見つめフィーナが安堵に近い息を吐く。
 最近は負担をかける展開が多かったので、丘精霊ルルがくつろいでいるのを見るのはほっとする。
 だから、過去のエルフについてたずねるのを今更ためらってしまう。
「正直、ルル様の目を離すと存在そのものを消費してしまいそうなので……。似て欲しくない箇所ほど似るものですね」
 丘精霊ルルと聖堂教会司祭イコニアは、根本から違う存在なのに行動方針が似ている。
 どちらも、目的のため己を消費することを特別なことと考えていない。
「神霊樹ネットワークの現状と関連情報についてはここから読み取ってください」
 しゃがみ込んでルルと視線あわせ、銀の髪を片手でかき上げ白い額を示す。
 対イコニアとは違っておそるおそる了解を得てから、丘精霊がエステルの額に小さな手を当てた。

●数百年前
 農民とは筋肉の付き方が異なる男が、太股を矢で射貫かれその場に倒れた。
 暴力に酔っていた暴徒から連携が失われ、必死に逃げているエルフの家族との距離が徐々に離れていく。
「こちらです!」
 馬上で弓を構えているのはソナだ。
 額が小さな掌の形に神々しく輝いている。
 ソナに導かれ古代のエルフの家族が南へ向かう。
 人間との勢力争いは急激に激しさを増している。
 最初の切っ掛けは両者にあったのかもしれないが、今一方的に追い詰められているのはエルフだ。
 白と黒が混じった毛並みのイェジドが南から走ってくる。
 幻獣の増援にエルフの瞳が明るくなるが、実際は何の影響も与えられないのをソナはよく理解している。
 ここは、神霊樹に蓄積された情報をもとに再現された場所なのだ。
 荒い息のイェジドの背中で顔色の酷く悪いフィーナがぐったりとしている。
「フィーナさん、お水を」
 手で謝絶して、フィーナは指を使ったハンドサインでソナを呼び寄せる。
「メモが残らないかもしれないので全部記憶した。……人口の偏りと闇鳥型出現位置と頻度の偏りが一致している」
 ソナの息が詰まる。
 圧倒的に強い覚醒者2人の増援に沸き立つエルフの中で、肝心の2人だけがひたすら暗い。
「お墓の、あった場所は」
「最初に奪われた村と聞いた。当時は一定のルールがあり慰霊も行われていたらしい」
 戦場で無残にうち捨てられた遺骸を思い出しため息が出る。
「それをしていたのは……」
 フィーナがこくりとうなずく。
「イコニアさんの前世でしょうか」
 名前も顔も年齢も違うが雰囲気が酷似している。
 人心掌握力も扇動術も年齢の分イコニアを上回り、この地のエルフを全滅に追い込む最悪の黒幕だった。

●古エルフ遺跡発掘調査事前会議
「考古学や民俗学の権威が、調査中に事故にあうとはよく聞く話よね」
「怖いのう。不審死と書いて暗殺と読む奴じゃろそれ」
 一見物静かな美少女と好々爺が穏やかな雰囲気で言葉を交わしている。
「先生ここ王宮! スポンサーのおうち! 発言をオブラートに包んで3重くらい!」
 深淵の声を使える格の霊闘士である助手が、必死の表情で自制を求めるが誰も聞いていない。
 警備中の騎士も、政治的なあれこれに巻き込まれるのを恐れて聞こえないふりをしている。
「無用の危険をさけるための工夫はすべきだ思わない?」
 発掘と研究を定期的に聖堂教会に……まだ話の分かるイコニアに確認させ、引き替えに学者の身の安全を保証させる。
 教会の面子を立てつつ実利を確保する、現実的な落とし所だった。
「この地で生きるようとする人が、知りたい事がある。力を貸せば、教授の知恵を貸して頂けるかしら?」
 アリア・セリウス(ka6424)が微笑む。
 護衛もサポートもするから暴走しないでねということだ。
 もっとも、これで止まるような人間ならそもそもここには来ていない。
「やだ」
「やだじゃねぇよこの糞元教授! ときどきヤベェ目つきの聖職者や官僚がじっと見てるの分かってんのかよ!」
「誤解です! 最初は穏便な要請で、軽度の圧力からだんだん強めて実力行使は最後の最後、命を奪うなんて問題案件1000件のうち1つか2つだけですっ」
 本人は弁解のつもりだ。
「あんた粛清部隊かっ!?」
「死ぬまでにこのレベルの問題案件100件手がけることはないと思いますっ」
 言えば言うほどぼろを出す聖堂教会過激派幹部である。
「お届け物です」
 蜜蝋の印で封印され分厚い大型封筒が王国騎士によって届けられる。
 助けを求める同僚の視線を無視し、妙に爽やかな顔で小会議室から出て行った。
「儂宛てか?」
「私宛ですか?」
「どちらも違うわ」
 宛名はアリアだ。
 異様に疲れを感じさせる字なのが気にはなるが、アリアが準備だけはしていたこの封筒で送って来るだけの理由はあるのだろう。
 中身はコピー用紙の束だった。
 精神的体力的な疲労でソナとフィーナの2人の字が乱れている。
「面白いことになっているみたい」
 激情の炎が青い瞳にちらりと現れ隠された。
 数百年前の、直接見てきたような調査の結果が記されている。
「見せてくれていいんじゃよ?」
「あの地に関わった、総ての人と、想いが決めること」
 強すぎる武器は抜かずいまま、圧倒的に有利な立場になったアリアが微笑む。
「望む未来が同じなら私も互いを繋ぐ事は出来る。望む未来が同じなら」
「素晴らしいのぅ」
「素晴らしいですね」
 古狸と若狸が感情を隠して微笑みあい、騎士達が恐怖に体を震わせた。

●精霊の丘
 エステルがリュートの演奏を止めた瞬間、本人としてはこっそりのつもりで丘精霊が逃げ出した。
「なんとなく、あそこがあるからこそルル様がここにいて歪虚が来るのではという気もするのですが」
 あの墓じみた場所は、エルフが最初に虐殺された場所であり、ある修道士が処刑された場所でもあった。
 歪虚、丘精霊、イコニアを巻き込む因縁の起点であり、おそらく最初に手当てする必要がある土地だ。
 エステルがコンテスト1位入賞のクッキーを取り出すと、丘精霊ルルが再度実体化して図書館のドアに外からぶつかる。
 ゴーレムの気配が近づきドアが外から開けられる。
 涙目の幼女が、両手で額を押さえて手涙目になっていた。
「なるべく外で演奏しないようにしませんか」
 クッキーを渡してあげると痛みを忘れて笑顔になる。
 椅子へ飛び乗りクッキーにかじりつく。
「ルル様がお読みの漫画でもあるとは思うのですが、主人公が何か練習するときみたいに隠してやったほうが、みんなをより驚かせれますよ」
 精霊の動きが止まる。
 パソコンに伸びていた指が引き戻され、真剣さを増した表情でハンドベルを構える……前にエステルによって指と口周りを綺麗にされる。
 これ以後音楽祭まで、精霊の丘滞在時間が増えることになる。
「おはよう!」
 精霊の丘から見て北にある校舎で、素晴らしく短い朝礼が始まった。
 一瞬で服装と姿勢の検査が行われる。
 不合格時の罰則は、リアルブルーの士官学校と比べるとかなり甘いが比較出来る時点で十分厳しい。
「数日風邪で寝込んでいた子もいるから改めて説明するね。毎朝丘まで行ってルル様のお社の清掃をして戻ってくるのが日課に加わりました!」
 経験者の目が絶望に染まる。
「理由はルル様がこの地の浄化に力を使いすぎてるので、みんなでルル様に協力しようってことです」
 目が輝いているのは未経験者だけだ。
「君達の歌が上手くなると、もれなくルル様の音痴が直る可能性があります。ついでに君達が将来サルヴェイジョンを使う時に必要な聖歌を上手く歌えるようになって一石三鳥だね」
 以上で朝礼終わり、丘に向かって出発!
 みっちり実った広大な麦畑や、緑の果実が小さく実った果樹園の農道をランニングである。
 人の気配が薄いが見応えがある。
 ただし片道約10キロ、途中で2キロの歪虚出現地帯という過酷なコースだ。
 覚醒が許されているとはいえ革鎧に小型メイス装備なので、2年生もかなり苦しそうだ。
 なお、サクラは覚醒せず大量の医薬品を運びつつ、平然とした顔で最後尾から走って監督している。
「はい到着、小休止ねー」
 汗だくの生徒達が、舗装された丘に座り込んで荒い息をつく。
 サクラが吸収に適した水を配っていると、いつの間にか丘精霊が現れへそくりらしいお菓子を配り始めた。
「相変わらずきつい授業でちゅね」
 北谷王子 朝騎(ka5818)が振り返る。
 ランニング中先導していた朝騎は、自分自身より重そうな幻獣を抱えたまま走ってきたのに息も乱していない。
「距離があるから腹式呼吸の前に腹筋を鍛える方が先かなって……あはは」
「理にかなっているでちゅ」
「うん、もうすこし負荷をかけてもよさそうだよね」
 生徒から声にならない悲鳴があがった。
「それじゃ私一度学校に戻って車持ってくるから。練習見てあげてね」
「任せるでちゅ」
 朝騎の瞳がきらりと光る。
「犬のおまわりさんは保護期間中でちゅ」
 何のことか分からないが熱唱中である。
 ルルがテンション上がりまくる熱唱中なのである。
 調子に乗って音痴を発揮しまくりノーダメージBS攻撃を連打していた。
「ちょっと失礼するでちゅよー」
 丘精霊の額に手を当てる。
 心身の疲れが溶けて行くような、癒やしの力が強烈だ。
 要するに、生徒達と盛り上がって増した分の力がそのまま外へ流れている。
「GOでちゅ」
 このためだけに連れてこられたもふらが、自ら眠ることで周囲の眠りを誘う。
 騒ぎ疲れた精霊と疲れ果てた生徒があっさりと効果を受け、安らかな寝息が丘を覆った。
「あー、こうなっちゃったか」
 戻って来たサクラが肩をすくめる。
「まずかったでちゅか?」
「ううん全く問題ないよ。気分転換に好きな歌を思い切り歌うのもアリだしね。歌うのが楽しいって知らないとこれからつまらない事ばかりになっちゃいそうだから」
 サクラは魔導トラックから降り、特大樽2つを日陰へ移動させる。
 よく冷えた香ばしいお茶の香りが漂い、精霊と生徒がむくりと身を起こす。
「お茶は掃除が済んでからだよ」
 生徒の健康に留意はしても甘くはしない。
 魅力的な餌をつり下げられた子供達が、いつも以上の速度で社や通路の掃除をしては、雑さを指摘されてやり直しを命じられる。
「結局2コマ使っちゃうか。帰りは先生……は危険か、サイさんと教官達にトラックを持って来てもらうとして」
 枝振りのよい桜に歩み寄り、2杯目のお茶を備える。
 1杯目はルルが受け取ったが生徒による掃除がおわるまで我慢している。
「ルル様と仲良くこの地と子供達を見守ってね」
 風もないのに葉が揺れた気がした。

●進撃
 イコニアとルルに見送られ、エルバッハ・リオン(ka2434)は歪虚多発地帯へ侵攻を開始した。
 砲声が1分に2~4回響く。
 カノン砲の温度も上がりっぱなしで正直一度整備を依頼したい。
 HMDに新たな表示が現れる。
 今度は上空の雑魔が……目のない鴉にも見える飛行型歪虚が現れたようだ。
 広大かつ平坦な荒野に潜んでいるつもりのスケルトンと合計して、40近い歪虚がセンサーに捉えられていた。
「少ないですね」
 上空から目無し烏3桁が自爆体当たりを仕掛けてきたり、スケルトンを鼻息ひとつで吹き飛ばせる強歪虚が現れたりもしない。
 いつもと比較すると凪いでいるかのようだ。
 機体越しに五感を使い、攻撃する歪虚の順番を入れ替えていく。
 砲撃で数を削る。集団として接近してきたスケルトンをファイアーボールで吹き飛ばす。
 1~2体生き残りが出たりもするが、その程度の数ではエルバッハの黒い機体をひっかくこともできず近接武器で砕かれる。
 目覚まし時計風のアラームが鳴る。
 ルル農業法人から渡されたパックにストローを差し込み吸い込んだ。
 作戦開始から2時間が経過している。
 2キロメートル四方の地形を詳細に確認し一定規模以上の歪虚戦力を排除するというのは大変な仕事だ。
 眼球が忙しなく動き情報を読み取る。
 地上では少しずつスケルトンが増え、南と南西から少数ずつ移動してきた目無し烏も距離1キロほどの地点に隠れて集合している。
「砂糖が多い」
 お子様とルルには大好評だったらしいが、エルバッハにとってはいまいちだった。
 敵戦力が集まった方向へわざと背中を向けて近くのスケルトンを処理していると、雲で日が陰った瞬間に目無し鴉の群れが飛び上がった。
 距離があっという間に詰まる。
 カノン砲は逆側に向いたままだ。
 我が身と引き替えに勝利を得ようと歪虚が壮絶な笑みを浮かべ、火球が引き起こした爆発と衝撃により大部分が粉微塵になった。
「罠?」
 以前はもっと容赦のない攻撃だった気がする。
 エルバッハが強くなった分、楽になっているのは確かだ。
 同時に、歪虚の執念や妙に薄いのも事実であった。
 HMDに警告が複数表示される。
 練度の高い目無し鴉部隊がエルバッハ以外に向かい飛んでいた。
「こちらアリア。一旦高度を下げて迎撃を行うわ」
 学校に帰還後上空からの調査に従事していたアリアとそのワイバーンが、直接迎撃には向かわず高度を下げる。
 目無し鴉が限界まで速度を絞り出す。
 歪虚としては弱くても、質量と速度と高度は人間を殺すのに十分な武器になるはずだった。
「教授用の撮影は無駄になるかしら」
 白いワイバーンは翼で揚力を維持して足で向きを調節する。
 次々飛来する目無し鴉を危なげ無く躱す。
 迎撃はしなくても固い地面が歪虚を血煙に変える。
 今から救援に向かっても間に合わないし必要でもないので、エルバッハは淡々と調査と掃討を継続する。
「情勢の変化は正直、不安ではありますが」
 大公派は衰えた。
 権威は女王に集中したとはいえ実際に政治を動かしているのは大司教以下だ。
 学校の後ろ盾である聖堂教会過激派との相性は非常に悪い。
「今は気にしても仕方ないですね」
 今後どうなるかは分からない。
 ただ、歪虚討伐や生徒教育で成果をあげればあげるほど学校が生き残り易くなるのは確実だ。
 一度掃討を完了すれば現地の戦力だけでも維持できるようになる。
 心身をすり減らすようにして夕刻まで戦い、エルバッハは広大な土地の確保に成功した。

●エルフと司祭
 依頼をうけたときとは別種の重苦しさに満ち満ちていた。
 機密文書が無造作に転がっている執務室で、フィーナが無意識に自分の額に触れた。
 よんだー?
 ぶじでよかったでしゅ
 なにかあったらコピーもとをおとりにしてにげるのすいしょー
 蜂蜜の匂いがする精霊が唐突に宙に現れ、何でもないと言うフィーナの言葉を聞いて唐突に消えた。
 ソナとフィーナの額にあったルルの手形はかなり薄れている。
 ライブラリへの鍵として作用したため力を使い切ったのだ。
 おそらく学校から帰る頃には完全に消える。
「歪虚発生止まず、その分、精霊様や土地へのダメージも深まるばかり。調査が打開策になればと思っていたのですが」
 ソナの声に力がない。
 膨大な時間と労力をかけても得られるとは限らない調査結果が、手元にも頭の中にもある。
「遅くなりました」
 裏表両方の帳簿をつけ終えたイコニアが入室する。
「エステルさんを見習って現実的な話をしますね。私も学校も聖堂教会もハンターの行動を掣肘できません」
 倫理故ではない。
「ソナさんもフィーナさんも対歪虚の貴重な戦力ですから」
「公開した場合は?」
「私が蜥蜴の尻尾になります。学校をできる限り残すのならそれが一番確実です」
 危険地帯へ左遷されるなら望むところですしと、心から言い切った。
「イコニアさん、あなたは」
 地域密着型小精霊と神霊樹では、蓄えた情報の精度も量も桁が違う。
 今のイコニアはあの修道士の生まれ変わりにしか見えなかった。
「この案件を解決する指令は王国が。その為の調査を考古学者さんが。そしてその浄化の為の戦力は私達ハンターと聖堂教会が。こういうシナリオなら参加した誰もが名声を得られる」
「10年前なら可能だったと思います。マスコミが登場した現在ではリスクを計算できません」
 フィーナの提案に、イコニアは心底残念そうな顔で首を横に振る。
「ルル様に本当に好かれて……いえ、フィーナさんが本当にルル様のことを想っていたからルル様が応えたのだと思いますよ」
 ちょと羨ましいですとつぶやき椅子に座る。
 冊子を開いて目を通し、重い息を吐いた。
「実家にもこういうのがいくつかあるんですが、やっぱり読むと気が滅入りますね」
「他に手はない?」
「時間を稼いで状況の好転を待つのがよくある手なんですけど、情報の保存と拡散のコストが激減してるのでリスクを予測できないというか」
「そう」
 フィーナは目を閉じる。
 外部を巻き込むか、放置して戦闘に徹するか、いっそハンターとイコニアだけで慰霊や浄化をしてしまうか。
 とりうる手段はいくつもあるが、メリットもデメリットもそれぞれあって即断は難しかった。

●第2の惨劇跡
 丘の南側の斜面で、イツキ・ウィオラス(ka6512)が武者震いをした。
 熱い血が勢いよく体の中を流れている。
 スキルを使っていないのに思考が加速し、一度に記憶できる量も処理できる情報量も数割上がっている気がする。
「私とエイルだけだからできる」
 フィーナのソナから預かった地図を最後に確認し、相棒の背に乗った。
「行こうエイル! ルル様やイコニアさんの為に!」
 位置エネルギーも速度に加えてひたすら南へ。
 学校周辺とは桁の違う濃度の負マテリアルが漂っている。
 空からは大量の目無し鳥が飛来する。
 地面を割って巨大な鳥形歩行歪虚が現れ強烈なブレスをまき散らす。
 イツキに届く攻撃はない。
 まるで配置が最初から分かっているように、歪虚部隊と強歪虚がない場所を通ってより汚染の酷い場所へと入り込む。
「エイル、温存止め」
 イェジドの動きに切れが増す。
 はるか南から飛来する、極太の闇ブレスを大きく跳んで回避。
 直前までいた場所を含む場所に、直系10メートルのクレーターが新しくうまれた。
「変わったものはない……けど」
 包囲の薄い箇所にウォークライを浴びせ、突撃と青龍翔咬波を組み合わせて突破。
 汚染が酷くなる前は石製の何かが見えていた場所へ近づく。
「本当に何もない?」
 歪虚を警戒しながらでは全神経を目的地に向けることはできず、イツキはさらに近づくかどうかの判断を迫られる。
 イェジドは歩みは止めないもののそれ以上近づこうとはせず、鼻を詰まらせたような音を立てた。
 イツキが軽く目を見開く。
 マテリアルと霊的なものに焦点をあわせるつもりでそこを見た。
「っ」
 エルフとして生き物として、神経を逆撫でする存在が渦を巻いている。
 流れの中に時折見える何かは、ひょっとしたら融け崩れた顔面だろうか。
「道理で」
 強力な歪虚である闇鳥をあれだけ滅ぼしても汚染が減らない理由が分かった。
 マテリアルのまま固体になりかねない密度の負マテリアルが、古のエルフの悲憤と共にたまりにたまっているからだ。
「参っ……たなぁ」
 浄化の術が効きそうだ。
 イコニアに伝えたなら、嬉嬉としてとして突撃して大規模浄化術を使うだろう。
 その過程でで命を落とすか再起不能になるのが、容易に想像できてしまう。
「悩むのは後っ」
 指示を出すより速くエイルが斜め後ろへ跳ぶ。
 すらりとした闇色の鳥が着地し、恨み辛みだけでなく理性も感じられる瞳を現在のエルフへ向ける。
「其の悪夢を、断ち切ります!」
 即断する。
 戦力的に格上の懐へ飛び込み、人獣一体の苛烈な突きと蹴りを連続して叩き込む。
 理性が逆に足かせになり、新たな歪虚は有効な反撃をする前に大地に転がされる。
「今!」
 ウォークライ1つを残して北へ駆け出す。
 イツキの耳をみたせいか、追撃は丘の結界に弾かれる程度の数しかなかった。

●夏に向けて
 非常に暑い。
 空調が効いているのに汗が止まらず、生徒が着込んだ給食着は汗まみれだ。
「これで出来上がりではないでちゅよ」
 塩飴を型から出しても朝騎の作業は止まらない。
 これからが本番とでもいう勢いで型を洗い始める。
 学校の調理室と比べると何もかもが大きな調理場で、もふらも白い三角頭巾を被って一所懸命に鍋を洗っていた。
「これからの季節は暑くなりまちゅからね。熱中症対策でちゅよ。作り方覚えて下ちゃいね」
 家庭的を通り越して熟練職人じみた手つきに圧倒され、調理実習中の生徒が無言でこくこくうなずく。
 手伝おうとしても邪魔にしかならない。
 目を見開き、手順と個々の作業を必死に脳みそに刻み込んでいた。
 真面目な目つきのまま朝騎が目配せ。
 もふらは綺麗になった鍋を乾かすための場所に置き、ルル農業法人の調理場責任者と話し合っていたイコニアへ忍び寄る。
「ひゃっ!?」
「見事でちゅ。朝騎の信頼できる真の相棒として認めまちゅ」
 スカートを押さえて耳を赤くしている司祭と、頭を踏まれて死んだふりをしているもふら。
 ちなみに、初心に帰って白の絹であった。
「イコニアさんアレの発注終わったでちゅか?」
「質の割にすごく安かったです。また何か企んでますね」
 疑問ではなく確信している口調だ。
 依頼したのは水泳の授業に使う水着。
 生徒は急激に成長しているので、余裕をもって3桁発注したのに妙に安かった。
「そんなこととないでちゅ。旧スク水のファンが多いだけでちゅよ」
 今年の夏は華やかになりそうだ。

依頼結果

依頼成功度大成功
面白かった! 8
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MVP一覧

  • エルフ式療法士
    ソナka1352
  • 聖堂教会司祭
    エステルka5826
  • 丘精霊の絆
    フィーナ・マギ・フィルムka6617

重体一覧

参加者一覧

  • エルフ式療法士
    ソナ(ka1352
    エルフ|19才|女性|聖導士
  • ルル大学魔術師学部教授
    エルバッハ・リオン(ka2434
    エルフ|12才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    ウィザード
    ウィザード(ka2434unit003
    ユニット|CAM
  • イコニアの騎士
    宵待 サクラ(ka5561
    人間(蒼)|17才|女性|疾影士
  • ユニットアイコン
    魔導トラック
    魔導トラック(ka5561unit004
    ユニット|車両
  • 丘精霊の配偶者
    北谷王子 朝騎(ka5818
    人間(蒼)|16才|女性|符術師
  • ユニットアイコン
    もふら
    もふら(ka5818unit014
    ユニット|幻獣
  • 聖堂教会司祭
    エステル(ka5826
    人間(紅)|17才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    コクレイゴーレム「ヴォルカヌス」
    刻令ゴーレム「Volcanius」(ka5826unit004
    ユニット|ゴーレム
  • 紅の月を慈しむ乙女
    アリア・セリウス(ka6424
    人間(紅)|18才|女性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    リタ
    リタ(ka6424unit005
    ユニット|幻獣
  • 闇を貫く
    イツキ・ウィオラス(ka6512
    エルフ|16才|女性|格闘士
  • ユニットアイコン
    エイル
    エイル(ka6512unit001
    ユニット|幻獣
  • 丘精霊の絆
    フィーナ・マギ・フィルム(ka6617
    エルフ|20才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    ヴォルフ
    волхв(ka6617unit001
    ユニット|幻獣

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2018/07/01 18:23:57
アイコン 相談卓
北谷王子 朝騎(ka5818
人間(リアルブルー)|16才|女性|符術師(カードマスター)
最終発言
2018/06/30 20:07:05
アイコン 質問卓
北谷王子 朝騎(ka5818
人間(リアルブルー)|16才|女性|符術師(カードマスター)
最終発言
2018/07/01 18:32:12