●冬山にて
　グルグルと相手を威嚇するような低いうめき声が泡の混じったよだれのたれた口元から漏れる。
　十数頭に及ぶ狼の群れはすべて雑魔と化していた。
　そんな狼に付け狙われたのは雪山の山村で、これから厳しくなる冬に備えて薪になる枯れ木を探しに来た男性。
　どうやら狼たちが雑魔化する前に縄張りとしていた場所を知らないうちに荒らしてしまったために雑魔化した狼たちに取り囲まれてしまったようだ。
　雑魔化した影響か目に野生の狼が持つ動物的な知性の色はなく、口からは大量の泡交じりのよだれ。
　長距離を走ったわけではなさそうなのに荒すぎるほど荒い息。
「ひっ……」
　折角拾い集めた薪をすべて取り落とすと男性は一目散に村に向かって走り出した。
　イヌ科の動物は逃げる動物を追いかける習性があるという経験からくる知識は背を向けて逃げ出すことに一抹の不安を覚えさせたが向き合っていてもどうせ殺される。
　自分が殺されたら誰がこの危険な存在をハンターに討伐してもらう依頼を出すというのだ。
　村には足の弱い老人も長距離を歩けない女子供もいる。
　幸い追いかけてくる様子はなく、けれどそれが却って不気味でもあり男性は村へと向かいかけていた足をそのまま山を降りる道へとルート変更した。
　足弱な人の多い過疎化の進む山村の場所を万が一にでも狼に知られては大惨事になる。そう判断した結果だった。

「で、今回も正確な数は不明なんだけど十体位はいるみたいだし囲まれないようには注意した方がいいかもね。縄張りに寄っていくと向こうから寄ってくるから誘き出しとかは必要なさそうだ。
　攻撃手段は……雑魔とはいえ狼だからね、牙や爪で噛みついたり切り裂いたりかな。
　咆哮には相手の行動を一瞬封じさせる力があるみたいだね、出会い頭にそれを食らった男性が暫く動こうとしても動けなかったみたいだから。
　連続して食らうとちょっと厄介かもしれないからそれには注意して。
　リーダー格の狼……多分雑魔化する前の群れのボスだったんだろうね、そいつが指揮を執ってる。指揮と言っても狩りのようなものだけどね。
　罠を仕掛けたりする時間は正直ないと思う。どうか気を付けて討伐に向かってほしい」

●鋭い牙、そして爪
　今回は罠を仕掛ける時間は多分ない。その言葉を受けて狼の雑魔の討伐に向かった八人はまず、目撃者の男性の情報ととハンターオフィスにあった地図を合わせてどのあたりからどのあたりまでが狼だったころの雑魔たちの縄張りだったのか当たりをつけることから始めた。
「まさしく、『狩り』ッて感じがしてきたな」
　ティーア・ズィルバーン(ka0122)が今回は敵の数も多いし、強化した装備の具合を確かめるのにはちょうどよさそうだな、と縄張りだと思われる部分を赤く囲った写しをみて言葉を漏らす。
「狼型の雑魔ですか……珍しくはありませんが、数が多いですね」
　普通の狼の習性を考えるなら、追い込みをかけて狙ったところを襲う感じだろうか。
　また、持久力は高いだろうし早めに切り崩した方がいいだろう、そう上泉　澪(ka0518)が分析する。
「向こうの方が数は多いですし包囲も狙ってくるでしょうが、させないのが理想ですね。
　橋などがあれば一本に絞りこめるのでしょうけれど、そう都合よくいかないでしょうし。
　周りを囲われる前に一角を切り崩したり、包囲の一点を突破していきましょう。
　囲うということは集中していた戦力を薄く広げるということですし、こちらの戦力を集中させれば崩すことはやさしいと思われます。
　……まあ……集中しすぎて周りへの警戒を怠れば痛い目を見ますが」
　澪が橋がないか念のため地図を調べながら戦う上での指針を示せば他のハンターたちもうなずきを返した。
「狼型の雑魔、ですか。そう珍しいことでもないものですねえ……油断するつもりもありませんが」
　澪の指針に捕捉するようにマッシュ・アクラシス(ka0771)が包囲に対応するため、なるべく味方と隣り合わせ、背中合わせを意識したり、木々があれば障害物として、その近辺を利用し集中を避けることができれば楽かもしれない、と言葉を紡いだ。
「縄張りに固執するタイプなのか……あえて見逃すことでより多くの獲物を狙うタイプなのか……」
　現状、行動をしていないことから考えても前者の可能性が高いですが、と静刃＝II(ka2921)が唇に手を当て考え込む中、ヴィス＝XV(ka2326)が立ち上がった。
「なんにせよ討伐するまでだ。さてはて、楽しませてくれるのか。静刃、後ろか横は任せた」
「えぇ、任せて、ヴィス。あなたの後ろには私がいます」
「作戦も決まったし、一刻を争う事態のようだ。とにかく、早く現場に駆け付けよう」
　サントール・アスカ(ka2820)の言葉に一同が頷きを返し、借りていたオフィスの会議室を片付けると地図を片手に現場へと急行したのだった。

　雪の降り積もった山道を登っていくシェリア・プラティーン(ka1801)が腕で体を抱き込む。
「一面の白銀、綺麗……ですけど少々寒いですわね……。
　雪で足元がよくありませんわ。皆様、お気を付けあそばせ」
　奇襲を受けないように物陰や木の上にも注意しながら進むシェリアにティーアがからかうように声を投げかける。
「よぅ、嬢ちゃん。寒そうだけど大丈夫か？」
　後ろからシェリアの頭を撫でるようにしてかけられた声にシェリアが表情を若干険しくして振り返る。
「心配はご無用ですわ！　それからお嬢ちゃんは止めてくださいと以前も言いましてよ？」
　徐々に心を許し始めてはいるものの基本的にツンツンした態度を取ってしまうシェリアの心を見透かしたようにティーアが軽い口調で悪い悪い、と謝る。
「そろそろ地図上では縄張りの予測地域に入りますね。皆さん、ご注意を」
　澪が愛用の大太刀「鬼霧雨」に手をかけながら周囲に気を配る。
　気を引き締め直した一同が奇襲の際立てられるわずかな音も聞き漏らすまいと無言になって縄張りの予想区域を進むこと数分。
　前方から大量のよだれをたらしながら牙をむき出しにして威嚇のうめきをあげる狼たちが現れた。
「さぁて……それじゃ、銀獣の狩りを始めるとしますか」
　ティーアの言葉をきっかけにしたように飛びかかってくる一体を避けざまにカウンターを入れるようにして「ラブリュス」を狼の足めがけて横薙ぎに払うティーア。
　左右対称の両刃を備えた斧頭を持つ戦闘用の斧、斧頭の側面に刻まれた牛を図案化した文様が一瞬狼の雑魔の身体に潜り込んだ。
「気休め程度にはなりましてよ！」
　シェリアが仲間にレジストをかけながら叫ぶ。光が全身を覆い、抵抗力が高められた。
「囲まれる前に数を削いでおきたいところですね」
　そうすれば囲み自体が小さくなるか、目の粗い網のようにまばらな包囲網しか作り出せなくなりますから突破が容易くなります。
　澪は雑魔が不利を悟って逃げ出すときに機動力で逃げ切られないように足を集中的に狙う。
　鍔に鬼の透かし彫りの施された大太刀は繊細な霧雨が降った後のように刃全体を煙らせて見える。
　その刀身を血で赤く染めながら大太刀は一体一体確実に機動力を削いでいくのだった。
「数だけは多いようで」
　獲物の長さを考えれば雑魔の爪より澪の刀の方が早く届く。
　そして群れにむやみに突っ込んでも数で押されるだけだ。
　飛びかかってくる狼たちを的確に迎撃しながら動きを観察して出方をうかがう。
　目に動物的な知性の色はなかったが、やみくもに突撃しても機動力を削がれるだけだと本能的に察知したらしい雑魔たちが動きを止めた。
　澪は威嚇行動を行い雑魔たちを威嚇すると萎縮した狼たちはその恐れを振り払うかのように突っ込んできた。
　――もっとも、それは彼女にとっては好都合だったのだが。
　守りの構えを用いつつ、盾による防御と隙を見ての反撃で確実にダメージを蓄積させる戦法をとったマッシュは戦闘中ではあったが指揮個体の確認を怠らない。
　群れのボスであれば積極的に前に出てくるタイプではないかもしれないが辛抱強くリーダー格を探す。
　リーダー格を倒した後は指揮をする存在がいなくなることから足並みに乱れができると予想されるためだ。
　唸り声で指揮を執っていると思われる個体を発見すると、マッシュは前衛に声をかけて一気に畳みかけるようにその個体めがけて踏み込みを使った近接戦闘を挑んだ。
　そんなマッシュに向かいリーダー格の雑魔が咆哮をあげて動きを阻害する。
　マッシュをフォローするようにシェリアが前に出て爪による攻撃を盾で防ぎ、ゼロ距離で輝く光の弾を撃ちだし、衝撃によるダメージをリーダー格の狼に与える。
　犬が痛みを訴えるような、けれどそれよりは低い鳴き声を上げて倒れ伏した指揮個体が完全に動かなくなったことを確認し、シェリアはその事実に怯んだ他の狼を剣で切り刻んだ。
「ティーアさん、相変わらず戦いが楽しそうですわね！」
　マッシュが動けるようになってからはティーアとコンビを組んでの攻撃に移り、フォローしている相手に向かって声をかける。
　シェリアが敵の攻撃を防ぎ、その間にティーアが攻める基本形を保ちながらティーアは薄く笑った。
「刺激としては戦いほどスリルに満ちたものはないからな」
　日常に退屈を感じ、刺激を求めるためにハンターの道を選んだティーアにとっては戦いで向き合う敵との命を賭けたやり取りも退屈さを紛らわせるスパイスなのかもしれない。
「静刃、合わせるぞ！」
「了解、ヴィス」
　死角をカバーしつつ斧で攻撃し攻撃範囲を広めていたヴィスは敵の動きに乱れが出てきたことを確認して双剣に持ち替えた。
　爪や牙から遠ざかるために斧を使い、足や首を狙い動けなくして、爪は優先的に切り落とすように動いていたが、リーダー格を失い雑魔たちが混乱している今は手数で攻められる双剣の方が向いていると判断してのことだった。
　ランアウトで背後を取るようにした後、双剣でスラッシュエッジを用いてより精度の高い、確実な一撃を繰り出して仕留めていく。
　静刃はそんなヴィスに群がり死角に回り込もうとする狼に対して先に踏み込んでマテリアルを武器を込めた激しい打撃により威力を増した打撃を与えフォローする。
　守りを捨て、攻撃を重視した構えを取りながらヴィスが包囲されないよう踏込と強打を使い分けながら各個撃破していく静刃。
　他の仲間と足並みをあわせて戦いながら、突出しないことに注意を払いつつ機動力を生かして遊撃に回っていたサントール。
　移動しながら敵の注意を引き、マルチステップで直撃しそうな攻撃をかわしていく。
　牙による反撃には細心の注意を払いつつ拳によるボクシングスタイルのパンチや、足を掴んで折るなどの攻撃を繰り出していく。
　咆哮を聞くと動きが取れなくなることから仲間とはつかず離れず、孤立したところを集中攻撃を受けないように注意する。
「咆哮はやっぱり厄介だな……目つぶしならぬ喉つぶしといこうか」
　格闘戦の際に、拳を守りつつ打撃力をあげるための格闘武器「ハンドサポーター」を装備した拳で喉に一撃を叩き込むと雑魔の喉から形容しがたい悲鳴のような音が漏れた。
　えづく狼に咆哮を封じるには有用だと判断したサントールは残っている狼にも同様の技を放つ。
　狼に斬りかかった際、止めを受ける代わりに最後の反撃を狼から受けたヴィスは体に毒素が侵入したことを認識しながらも攻撃の手は止めなかった。
　動き回れば毒が回るのも早くなるが致死量というほどの多さではない、と冷静に頭が毒の量をはじき出す。
　ならば戦闘後に傷口を洗って血止めを軽く行い、村などに急いで向かって治療を受けた方が結果的には被害が少ないと判断してのことだった。
　心配そうにヴィスの様子を見ながら、彼女を早く治療するためにもと静刃も全力を振るって討伐にあたる。
　早い段階で統率を失った狼たちは徐々に数を減らしていき、包囲される心配がなくなったことで迎撃を主体としていたメンバーが積極的な攻撃に移ったこともあって、程なく戦闘は終了した。
「大丈夫ですか、ヴィス？　すみません、援護が間に合いませんでした」
　静刃がヴィスに駆け寄り傷の応急手当てを始めると、それを邪魔しないように彼女にもたれかかりながらヴィスが緩く笑う。
「疲れたぜ……でもちったぁ楽しめたよなぁ」
「ふぅ……狩った狩った……とはいえ、雑魔化しちまってるから肉が手に入るわけじゃねぇんだよな」
　歪虚に汚染された肉体だ、口にするのは避けた方がいいだろう。
　ティーアが少し残念そうに狼の死骸を眺めているとシェリアが声をかけた。
「お肉でしたらウチにたくさんありますわ。お腹が減ったのならば、た……食べに来ても……よろしくてよ？」
「んじゃ、手当とオフィスへの報告が済んだらお邪魔すっかねぇ」
　汚れを拭ったあとシェリアの髪をわしゃわしゃと撫でようとするとシェリアから「髪が乱れるからやめてくださいませ」と拒絶の声が上がる。
　それぞれがお互いの安否を確認し、とりあえず報告もかねて目撃者の男性が住んでいるという村に寄って手当をし直した後、ハンターオフィスに報告に向かおう、ということで話はまとまり七人は近隣の村へと足を向けたのだった。
　踏み荒らされた雪も、明日には降り積もり直した雪で激しい戦闘の痕跡をすっかり隠してしまうことだろう。