• 空蒼

【空蒼】鬼影

マスター:電気石八生

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2018/07/23 07:30
完成日
2018/08/01 10:27

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●報告
 秋葉原で先日起きた強化人間専用CAM“獅子鬼”暴走事件について。
 当該パイロットは重度の心神喪失状態にあることが認められた。
 現在、当該パイロットの自死衝動を抑制すると共に心身の回復をはかっての入院措置を実施しているが、その中での検査から、左右上肢(手)において不可解な運動神経及び知覚神経の破損が確認された。なお、暴走との関係性については不明である。
 また、当該パイロットの見せたCAMへの過度の執着は、過度のストレスから引き起こされた喪失感と推察されるが、他の症例に類似が見られないことから、それだけを根拠に結論づけることは差し控えたい。

「……という感じですね」
 担当医は安定剤を大量投与され、ベッドに縛りつけられたまま眠るパイロットから視線を外す。
「アンタの個人的意見っての、オフレコで聞かせてくんない?」
 引き締まった体をダークスーツで包んだ禿頭のアフリカンが口の端を歪めて問うた。
 担当医は辺りを見回し、たっぷりともったいつけて。
「洗脳って線はありそうな感じです。ただの経験則なんですけど、ちがうんですよね。これまで診てきた患者さんと、目が。信じ込んでるわけじゃなくて、信じ込みたい感じ?」
 弱った心に吹き込まれる甘い言葉。それにすがりつきたくなるのは強化人間ばかりではあるまい。あれほど「真のパーフェクション」とやらに拘ったのも、“獅子鬼”に武装を得させるための誘導だったのだとしたら? そもそも武装させることでなにをさせたかった? ただ暴れさせたいだけならもっと簡単なやりかたがあったはずだろうに。
 そんな疑問は口にすることなく、アフリカンはうなずいた。
「オッケー、精神医学で云うところの妄想とちがうってことよね。確証が取れるようなら申し送りしとく案件だけど」
「それも彼が回復してからになりますから。しばらくは僕とあなたの胸にしまっておく感じでしょうね」
 暴走する強化人間、その手足にくくりつけられた操糸の影――なにがどう繋がるものかはさておき、最悪を想定しておく必要はありそうだ。

●打診
 ノアーラ・クンタウの片隅に小さな看板を出すバー『二郎』。
 その店主であるゲモ・ママは今、超のけぞっていた。
「だーかーらっ! 大変なんだってばーっ!」
 客席側からカウンターにうつ伏せて伸び出し、ママの胸にしがみつくのは天王洲レヲナである。
「ちょ、だからってアタシに言われたって揺らされたってつままれたってぇぇぇえええ!」
 落ち着きなさいっ! レヲナの両腕をクリンチの要領で抱え込み、ふんすとひとひねり。
 腕を封じられ、ころりと仰向けにされたレヲナだったが、それでも両脚をばたつかせて「こんなことしてる場合じゃないからー!」、大騒ぎである。
「オッケー、ボーイ。クールになんなさい。アタシにちゃんと説明して。なにがどうなってんのか」
「……ドナテロ議長がいなくなった」
 びくり。眉根を跳ね上げたママだったが、漏れ出しかけた悲鳴を噛み殺す。
 地球統一連合議会議長ドナテロ・バガニーニと連絡がつかない状況にあることは知っていた。しかし、彼にもっとも近い――レヲナがドナテロによってその命を救われた戦災孤児であることは、知る人ぞ知る真実である――はずのレヲナの口から「いなくなった」と語られる衝撃は予想以上のインパクトがあった。
 それでも今は驚くより情報収集よね。
 先を促されたレヲナがまた語り出す。
「秋葉原支部に密告があったんだよ。議長の行き先を知ってる議員がいるって」
 密告ねぇ。
 オネェと男の娘ということで親睦を深めた仲ではあるが、ママは彼なりの情報網を使い、レヲナのある程度を知ることとなっていた。
 先のドナテロとレヲナの関係もそうだし、そのレヲナが相当な“使い手”であり、ドナテロの護衛を担っていたことも、だ。
 だからこそレヲナの言には信憑性がある。実際に密告を受けたにせよ、なんらかの形で探り当てたにせよ。
「で、アタシになにさせてぇわけ?」
 答を知りながら、ママはあえて問うた。
「統一連合が動いたらそれだけで騒ぎになっちゃうから……ハンターのみんなに協力してほしいんだよ」
 はい、アタシってば正解。ママは重いため息をつく。
 リアルブルーは今、地球統一連合議会・VOID・強化人間――三者の関係が何者かによって拡散され、大きく揺れている。そこにドナテロ失踪までもが加わってしまえば、なにが起きるかなど考えるまでもなかろう。
「その議員さんを押さえるだけでいいのね? っていうか、その後はアタシたちがクチバシ突っ込めることじゃねぇし?」
 先の秋葉原の事件についても知るところがあり、思うところがある。渦の中心に踏み込むような真似をする気はないが、「無知は罪」だと知っているからこそ、見ないふりもできやしない。
 そんなママが見ないふりをするのは、レヲナという存在が抱える真実だけ。
 レヲ蔵はアタシのこと、どこまで調べ上げてんのかしらねぇ? こんな場末にこんな事件持ち込んでくれたの、オンナ友だちだからじゃねぇでしょ?
 ともあれママはもう一度ため息をつき、レヲナをもう一回転させてカウンターを離れた。

●招集
「ってわけで、地球統一連合議会の甲斐ライ議員のことストーキングしてハグすんのが今回のお仕事よぉ~」
 ひととおりの説明をすませたママは、なんともやる気のない声で告げた。
「ただでさえリアルブルーはタイヘンだからねぇ。こっそり熱烈ハグ決めちまいな~。あとはレヲ蔵がなんかするから、アンタたちは見なかったふり、聞かなかったふりでカネだけもらってサヨウナラよ。」
 指定日時の甲斐議員の行動予定を示し、ママが皮肉な笑みを閃かせる。
「アタシ、ハンターって正義の子でいいと思ってんのよ。こういうドロっとしたとこに踏み込んじゃうと、足抜けなくなっちまうから! わかったわねぇ?」
 と、ママはパンパン。手を打って重苦しい空気を弾き飛ばして。
「コレも正義のためって信じましょ。妄想だって思い込んだらほんとになる。自分にとってだけは、ってのが苦しいとこだけどね」

リプレイ本文

●追跡
 生地の厚いダークスーツを着込んだ偉丈夫が、黒セダンの後部座席に滑り込んだ。
 甲斐ライ。
 昨日までは、地球統一連合議会の片隅から胴間声で野次を飛ばすだけのモブ議員に過ぎなかったはずの彼だが、今日からはちがう。

「容疑者が動いた。追跡を開始するよ」
 魔導スマートフォンへ低く吹き込み、日高・明(ka0476)はレンタカーを発車させた。セオリーというほどのものでもないが、間に五台の車両を置いてゆっくり焦らず正確に、甲斐の車の進路をトレースする。
「怪しい議員を追跡なんてドラマみたいな展開に、まさか自分が関わるときが来るとはなぁ……」
 思わずため息をつく明に、後部座席からボルディア・コンフラムス(ka0796)が笑みを含めた声音を投げた。
「よくわかんねぇけど、ふん縛って転がしちまえばいいんじゃねぇか? 道の陰とかに追い込んでさ」
 その鍛え抜かれた体を常に鎧うはずのガミル・ジラク・アーマーはなく、得物たる魔斧「モレク」もまた手元にはない。どちらも狭い車内に収めきれないことは明白だったので、他のハンターのCAM同様、ゲモ・ママのトレーラーで運んでもらうことにしたのだ。
「リアルブルーの街はその陰が、ね」
 明に言われて辺りを見回してみれば、確かにクリムゾンウェストと比べて人の量、車両の数、路の複雑さ、すべてが圧倒的だった。
「……うっかり目ェ離したら、もう一回見つけられる気がしねぇな」
 と、幾度か左折と右折を重ねた明がかすかに眉をしかめた。
「細い路に入るね。そろそろ危ないかもしれない」
「よし」
 ボルディアが意識を背の高いビル群へと向けた。
 視界が彼女のものから、上空を何食わぬ顔で飛んでいるペットのカラスのものへと切り替わった。
「右に曲がるぜ。遅れんなよ」
 ファミリアズアイの有効距離は50メートル。多少の先行は問題ないが、車の速度を科考えれば、圏内をキープするには注意が必要だ。
「少し車間を詰める。ボルディアさん、一応頭だけ下げておいて」
 明はオートマのギアをマニュアルモードで操り、細かにスピードを調整。ボルディアの指示から道路状況を先読み、議員にできうる限り違和感を抱かせないように。なめらかな加速とエンジンブレーキを駆使しての減速で、じりじり距離を詰めていった。
 こうしてターゲットを車二台分挟んで追う形をつくった明はふと。
 不思議な気分だな。ハンターとしてリアルブルーで仕事なんて。
 迫り上がってくる感慨を振り切るように頭を振り、スマホを取り出した。
「こちら日高。そろそろ引き継ぐよ。準備はできてる?」


「キャリコだ。準備は整っている。出るぞ」
 ターゲットとは逆の方向へ曲がった明の車とすれちがい、キャリコ・ビューイ(ka5044)の繰る中型オンロードバイクが走り出す。
 街の状況を考えるなら小型のほうが取り回しはいいのだろうが、万が一ターゲットに加速されてしまうと追いつけなくなる危険性がある。それに彼は、独りではない。
「ついてきているか?」
 魔導スマートフォン越しにキャリコが訊ねると、一拍置いて桜崎 幸(ka7161)のふわりとした声音が返ってきた。
『大丈夫だよぉ。次の曲がり角で一回分かれて先回りするから、指示だけよろしくねぇ』

 通話がキープされていることを確かめ、幸は急遽用意してもらった中型オフロードバイクを加速させた。
 実は重魔導バイク「バビエーカ」を持ち込んでもいたのだが、クリムゾンウェストならぬリアルブルーの街中で、戦闘用ボディは目立ち過ぎる。
『ターゲットが左折する。回り込んでくれ』
 キャリコからの指示に了解を告げ、曲がっていくターゲットを見送って直進。この距離なら、フルフェイスのヘルメットで隠した顔に注意を向けられる心配はない。
 ――それにしてもあの議員さんが議長の行き先を知ってるって情報、どこからリークされたのかなぁ?

 ターゲットとの間に一台の車両を挟んで追跡するキャリコ。
 一般的な車両のサイドミラーとバックミラーがカバーする範囲は前もって確認してある。そういう意味では斜め後ろにつけたいところだが、それでは相手の右折左折に対応できなくなる。そして、多くの状況に急遽対応しうるこの距離を保ち続けることもまた、相手になんらかの印象を与える危険性が高い。
「次の角で交代できるか? 一度距離を離したい」
 幸へ告げたキャリコはターゲットの行く先に鋭い視線を投げた。
 この先から妙な金臭さが流れてくる――あいつがどこを目ざしているのか知らないが、着いた先でただ拘束させてくれはしないだろう。
 それは幾多の戦場を渡ってきたキャリコの予想ならぬ確信であった。

 赤信号で停車したターゲットを右方向から確認し、幸は右折してその後方へついた。
 キャリコが左折して離れていくのを見送る形で、ターゲットの後ろを追走する。距離を詰めすぎないよう、けして不審な挙動とならぬよう、慎重なアクセルワークで右折、直進、左折。
『こちらはキャリコだ。ターゲットの進行方向と状態について情報をくれ。タイミングを合わせて交代する』
 キャリコとスイッチして脇道に入り、またスイッチして追跡、それを幾度も繰り返す。
 ――まるで僕たちのこと引き回してるみたいだ。無意識なのか、それとも意図的なのか……誰かに指示されてるとか?
 頭をかるく振って疑念を追い出し、幸はまっすぐ前を向いた。
「ターゲットは港のほうに向かってるよぉ。後よろしくぅ」


「はいはいこちら無料宅配イヴクリーニング! って、宅配しないんだけどねー」
 白のライトバンの内でイヴ(ka6763)が応え、幸に示された次の交差点でターゲットを補足した。
「これがリアルブルー名物のジュウタイ? こんなに車がいっぱいあったら詰まるよねぇ」
 実際は渋滞というほどでもないのだが、クリムゾンウェストではまずありえない光景である。
「ちゃんと見えてるけど、くねくね曲がられたら怖いかも」
 そんなイヴへトランシーバー越しに応えたのはゾファル・G・初火(ka4407)だ。
『こういうのってスピードじゃないじゃん? 先読みして先回りだぜ!』
 ゾファルの“足”は、魔導駆動ではないただのママチャリ。いろいろと都合がつかなかったせいではあるのだが、ともあれ車両では実現できないルート取りが可能である。
『歩道とか爆走しても怒られねーしな!』
「怒られるし危ないから! ……大通りはわたしに任せて横道はよろしくね」
『了解じゃーん!』

 と、いうわけで。
 ゾファルは自転車道を思いきりのスピードで爆走する。
 季節は夏、しかも異常気象まっただ中ということもあり、彼女の軽装は意外なほど街に溶け込んでいた――ママチャリにしては少々速すぎることさえ除けば。
 さーて、どっちに曲がる? 港のほうに向かってるって幸ちゃん言ってたしな。
 考えるより勘に任せるタイプのゾファルだが、これは格闘戦と同じだ。仲間が明らかにしてくれた敵のパターンを読んで、さらにその先を読む!
「俺様ちゃん、左曲がりにヤマ張るぜ。逆突かれたらイヴッチ頼む!」

 連絡を受けたイヴもまた、ゾファルと同じ予測を立てていた。
 人はよほどの訓練を受けていない限り、パターンを裏切る行動などおいそれと取れはしないのだ。問題は、それすらも罠であるという可能性がぬぐえないことなのだが……
 あの人が歪虚と関係あるなんて思えないし、もし裏になにかいるんだとしてもこれまでどおり踏み越えるだけ。うん、ぜんぜん問題なし!
 勢いでアクセルを踏み込んでしまいそうになる足を引き戻し、イヴは先行するターゲットに続いてハンドルを左へ切った。
「左で当たり! このまま追走するよ!」

 通り一本を挟んでターゲットと併走するゾファル。
 これまでの読みは当たっている。彼女の感覚からすればアホみたいに設置されている信号と、ターゲットの頻繁な右折左折のおかげで、追跡も順調だ。
 俺様ちゃんの仕事は先読みだぜ!
 路地を行く人々をすり抜け、跳び出してきた猫を飛び越えて、ゾファルはターゲットの予想進路の先へと急ぐ。

『曲がってきたぜ! やっぱゴールってば港じゃん!?』
 互いの逆をカバーし、ターゲットを追い続けてきたゾファルから連絡が入った。
 ここからは港への一本道。自転車で追跡は難しい。
「ゾファルさんはママさんと合流して。イレギュラーがあったらすぐ連絡するから」
 イヤリング「エピキノニア」を通して仲間たちにも合流指示を飛ばし、イヴは急に通行量の減った道路を行くターゲットに目を据えた。
 ……ここから始まるんだって、なんだかそんな気がする。

●会合
「ターゲット、倉庫の前に停車。降りてくるよ」
 イヴは目をすがめてその人物を確認する。映像で何度も確かめたとおりの歩きかた……まちがいない。甲斐ライ議員だ。
「内に入った! ママさん!」
『もう着いてるわよぉ~。あと倉庫じゃねぇわ、整備ドックよぉ』
 コンテナの陰に停まっていたイヴの車に横づけされたのは、ママの運転するトレーラーだった。停車と同時に音もなくコンテナが開き、内に収められていたCAMや装備が露われる。
「キルシュ、いたずらとかしなかったぁ?」
 コンテナから跳び降りてきたユグティラを迎える幸。桜と白の毛で包まれた“キルシュ”はそっと目を逸らすばかり……
「それより議員を捕縛するのが任務なんだろう? CAMで乗り込んで大丈夫なのか?」
 コンテナに膝をつくガルガリンのコクピットハッチを開けながら、明がママに問う。
「アンタたちの尾行がうまくいったおかげで行き先も予想できたからねぇ。レヲ蔵に情報収集頼んどいたのよ。で、判明したわ」
 一度言葉を切ったママはキャリコ、ゾファル、イヴ、そして幸を見やり、重い声音を絞り出した。
「ドックの内に、“獅子鬼”がいる」
獅子鬼。強化人間専用機としてカスタマイズされた試作コンフェッサーであり、その俗称は頭部を鬣状に取り巻く放熱ワイヤーと、頭部に立つ角状アンテナからのものだ。
 そして、先日の秋葉原での騒動の主役でもある。
「そうか」
 その事件を解決したひとりであるキャリコが表情のない顔を上げ、静かに息をついた。
「再戦というわけだな」
 そして“Meteor”の名を与えたR7エクスシアのコクピットへ滑り込み、起動。
「こちらはいつでもいい。発進指示をくれ」
 ゾファルもまた愛機たるガルガリン、愛称“ガルちゃん”のエンジンを轟かせ、コンクリートの上に一歩を踏み出した。
『ライオン丸なんざ囲んで殴ってぶっ潰すだけじゃーん?』
 キルシュ同様、CAMと共にコンテナ内で主との再会を待っていたイェジド“ヴァーミリオン”。その背に完全武装を取り戻したボルディアが跨がり、肩へ担いだ「モレク」を示して口の端を吊り上げる。
「ここだったら好きにやらかしていいんだろ? 思いっきり行くぜ!」
「ボルちゃん頼もしいわぁ~。でもオンナノコなのよねぇ~」
 怪しいため息をつくママに、ボルディアはぞわり。この俺に、「ちゃん」!?
 主の動揺を悟ったヴァーミリオンがママへ牙を剥きかけるが。
「やめとけ、ヴァン。なんかあのママにゃ逆らっちゃいけねぇ感じする……」
 そこへ、斥候としてドックへ潜り込んでいた天王洲レヲナからの通信が割って入った。
『ターゲットがヘンな人と接触! ――反応パターン、え? これって怠惰!?』
 怠惰。それを聞いたイヴが、R7エクスシア“隠者の紫”の面をドックへ向ける。もしかして――
「とにかくみんな突入よぉ!」

 Meteorと隠者の紫が左右から目線を交わし、ハッチを一気に引き開けた。
 船舶を引き込む関係で凹型に造られたドック。その窪みのただ中に、甲斐議員はいる。
 その手前には人型の――しかし人ではありえない、やけに光を白く照り返す、透けた体の怠惰もだ。
「あら、ずいぶんにぎやかな子たちね。あなたが呼んだわけ?」
 通常であれば巨体を持つはずの怠惰に見上げられた議員は、見かけばかりは立派な顔をぶるぶる左右に振り回す。
「知らない! 私は言われたとおり指示に従って――」
「言いつけをちゃんと守れるのは美徳だけど、言われたことしかできないのはど・う・か・し・ら?」
『めんどくさがって歪み丸出しにしてるから通報されたんでしょ! ハンターは世界を歪虚から守るのがお仕事なんだから!』
 イヴが張った声音を突きつけた。議員と自分たちが無関係であることをことさらにアピールしたのは、もちろん議員の身を護るためだ。そして。
『反論あるなら聞くよ、ゴヴ姉さん!』
 怠惰は「一回会っただけなのによくわかるわねぇ」。そう、彼女の名はゴヴニア。鉱石の依代をもって世界に顕現するという歪虚である。
『素材とかしゃべりかたはあれだけど、見た目がおんなじだからね。今日はなに企んでるの?』
「企んでるのは……ふたつくらい? あたしがしかけたわけじゃないから企みでもないんだけど」
 そこにボルディアが太い声をかぶせて。
「いっこは獅子鬼とかってのだろ。おまえが操縦すんのか?」
 すぐに跳び出せるよう体を低く構え、牙を剥くヴァーミリオンにかまう様子もなく、ゴヴニアは硬そうな肩をすくめてみせた。
「そんなめんどくさいことしないわよ。あたしはパーフェクションとかに興味ないからね」
『みんなあんまりその怠惰としゃべっちゃだめだよ! すごい勢いで騙す系だから!』
 イヴの警告に「めんどくさいからだらだら騙すけど」、苦笑を返したゴヴニアが天井を仰いだ。
「ねえ。お客さんはせっかちぞろいみたいだし、そろそろ始めてくれる?」
 果たして、クレーンで釣られていたCAMがドックの床へ降り立ち、ゴヴニアと議員、そしてハンターたちを分断した。
 秋葉原で見たよりもずいぶんスレンダーな獅子鬼。その鬣はゴヴニアと同じく透けた素材で造られている。
 その姿を見上げた幸はいぶかしげに目を細めた。
 前と仕様がちがう? パーフェクションって言うには武装も剣とガトリング砲だけみたいだし……
 思考を巡らせながらもキルシュへ回復サポートを指示、オッケーサインを確認して、彼自身も他のハンターをサポートするべく後衛ポジションへつく。
 その間に、戦場から離れて凹の上へ腰かけていたゴヴニアへ声音を飛ばした。
「怠惰さんは戦わないの?」
「そっちがつっかけてこなきゃなにもしないわよ。あのCAMの鬣はあたしが造ってあげたものだから。実戦でどの程度機能するか見ておきたいだけ」
 訊かれれば答える。どのくらい嘘が混じっているかは不明だが、少なくとも言葉を弄するタイプじゃない。そして「次」があることを想定している。使い捨てなら実践データなど必要ないのだから。
 つまり今回の獅子鬼もまたパーフェクションじゃないってことだよねぇ。だとしたらこの怠惰さん、強化人間の暴走っていう状況に不完全な獅子鬼をはめ込んでどんな絵を完成させたいんだろう?
「ぽやっとして見えて頭使うタイプみたいだけど、想定からはあたしを抜いて考えるべきね。歪虚もいろいろなんだから。――ほら、あっちがいそがしくなってきたみたいよ?」
 戦場へ向かう幸は、ひとつだけはっきりした答を胸の奥に刻みつけた。
 ゴヴニアを抜いたとしても歪虚というワードは残る。この事件の裏には強力な歪虚が潜んでいて、強化人間を軸にした陰謀を巡らせているのだと。
 誰がなにをしようとしてるのか、まだわからないけど。今できることをしなくちゃ、だよねぇ。
 だって、ただ黙って見てるなんて、僕にはできないんだから。

●奥の手
『もー一回むしってやるじゃーん!』
 ガルちゃんが重く分厚い体を獅子鬼の前に立ちはだからせた。今日も変わらず真っ向勝負の喧嘩上等、ただしその両手は共に、斬艦刀「天翼」を掴んでいる。
 そのガルちゃんをブラインドにして、明のガルガリンがアグレッシブ・ファングを起動し、獅子鬼へ駆けた。
『どれほどの力を持っているのか、まずは試させてもらう!』
 アクティブスラスターを点火、加速して、グレートソード「テンペスト」の青緑を映した刃を突き出した。先制の刺突一閃が獅子鬼の喉元へ吸い込まれて――
 キィン! 甲高く硬い音があがり、ガルガリンがたたらを踏んだ。
 かわされた!? 明が振り向き終えるより速く、ガルガリンの厚い背を軽い衝撃が揺らす。
 単分子ブレードの鎬で明の刺突を流し、いなした獅子鬼が、ガルガリンの背を蹴ってガルちゃんへ跳んだのだ。
 獅子鬼はそのまま宙で一回転、踵落としを打ちつけんとしたが。
 ……見た目どおりの高機動型。ならば、こいつの出番だな。
 横合いに回り込んでいたMeteorが波動放射装置「ヴァグラルテ」を発射。マテリアルの波動を獅子鬼へ叩きつけた。
 不可視ならずとも見極めの困難な波動が、とっさに体をひねった獅子鬼の装甲、その塗装を泡立てさせると同時――獅子鬼の左手に装備されたガトリングマシンガンがオートカウンター攻撃を開始する。
『っ』
 マテリアルカーテンを張ったMeteorが鋭いサイドステップを刻み、弾をかわす。
 数の差を考えれば、いくら獅子鬼が高性能といっても短期戦で収めたいはず。ならばこちらもスキルを惜しむ必要はないだろう。
 執拗に追いかけてくる射撃にカーテンをあらかた削り落とされたMeteorだが、おかげで本体の損傷は軽微である。
 止められない攻撃力じゃない。十分に戦えるということだ。後は歪虚の企みがなんなのか、だな。

 獅子鬼はガルちゃんの張り出した肩部装甲を手がかりに胸部へ膝を打ちつけてよろめかせ、空いたスペースへ着地した。
『スラスターなしであの機動か!』
 ガルガリンを引き起こし、「テンペスト」を構えさせた明が眉根を引き絞る。
 データにあるコンフェッサーよりも確かに性能は高い。機体を軽くし、機動力をさらにいや増してもいる。しかしそれもすべて、内のパイロットの能力があってこそだ。
 ここでレヲナからの通信が入った。
『この前より装甲が薄いから動きいいってこと、忘れないでね!』
 それを聞いたイヴは隠者の紫の内でぽつり。
「って、今も全速じゃないってことだよね」
 それにあの鬣だ。
 先の秋葉原では激しく赤熱していた鬣は、かすかに空気を靄めかせる程度で、涼やかな透明を保っていた。
 イヴは「熱伝導よすぎるのもつまんないわねー」などと言いながらチャーチワーデン(吸い口の長い喫煙用のパイプ)をふかすゴヴニア、次いで「ひいいいいい」、頭を抱えて壁際へ貼りつく議員に視線をはしらせ、彼をカバーする形で隠者の紫を滑り込ませた。そして。
『とにかくそこにいて! 妙に動かれるとカバーできなくなっちゃう!』
 獅子鬼が立ち上がるタイミングを狙ってエイミングを撃ち込んだ。
 一度開始された挙動を途中で止めることは難しい。だから、ここなら!
 が、獅子鬼は瞬時にイヴへと撃ち返したガトリングの反動で体をスピンさせ、射線をずらしながらスウェーバック。胸部装甲をわずかに削らせたばかりで立ち上がった。
 そこへ。
「――ちょこまかよく動くみてぇだけどなぁ」
 ヴァーミリオンを駆り、ボルディアが戦場をまっすぐ貫いて獅子鬼へと迫る。
 彼女は味方が獅子鬼の挙動を止めてくれるそのときを待っていたのだ。この一撃を全力で打ち込むがために。
 グオオオオおおおおおおおお!! ヴァーミリオンの咆吼をボルディアの咆吼が継ぎ、ドックを揺るがせた。
「完っ全に止まっちまったおまえが! 俺の炎から逃げられんのか!?」
 彼女の右腕から沸き出した幻龍どもが、獅子鬼の足首へ顎を突き立て、絡みついていく。そして龍は互いに縒り合ってさらに太く、強い縛めを為すが。
 完全に拘束されるよりも速く、獅子鬼は足を引き抜いて跳んでいた。着地した瞬間、足首にヂリっ、耳障りな音がはしる。
 ガトリング弾の豪雨を「モレク」の腹で受け、その場を駆け抜けたボルディアは、ヴァーミリオンに大きく弧を描かせて反転させた。
 ち、腕が痺れてんな。豆鉄砲じゃねぇってことかよ。それに一回で大量にばらまいてきやがる。ヴァンの足でもよけきれねぇ。でもよ。
 よけらんねぇなら耐えちまえばいいだけだろ!? なあ!!
 と。
 ハンターたちを、ゆるやかに染み入るような旋律が包み込んだ。
 キルシュのリュート「水霊の囁き」が奏でる、「森の午睡の前奏曲」の調べである。
「回復と援護は僕たちに任せてよぉ」
 銃剣付き自動拳銃「DAGGER」を構え、幸がハンターたちを促した。

『こっちだ!』
 獅子鬼を軸にし、明のガルガリンは小刻みなアクティブスラスターで右回りを描く。
 狙いは射程の長いガトリングを引きつけると同時、獅子鬼を観察。隙を突いて渾身斬を打ち込み、目を引く。足を使わせて消耗させる。
 せっかくだからな、せいぜい欲張らせてもらうさ!

 陽動は明に任せ、直接打撃力の高いボルディアとゾファルのサポートに回るイヴは獅子鬼を見やり。
 ――鬣の放熱性、上がってる! さすがはゴヴ姉さん、なのかな? とにかく鬣が熱くないんだったらコクピットも熱くならないし、議員さんも蒸し焼きになったりしないよね!
 いざとなれば天井を撃ち抜いて鬣の放熱に対処するつもりだったイヴは予定変更、ゾファルに声音を飛ばす。
『ゾファルさん、多分大丈夫だから思いっきり接近戦で!』
 ゾファルはガルちゃんの内で顔をしかめた。
「今日も無茶言うじゃん!」
 しかし。
『でもま、言われるまでもねーし!?』
 二刀を振るう場合、一刀で受け、一刀で攻めるのがセオリーだ。しかしゾファルはちがう。ピーキーに強化した機体を全力稼働させて攻め抜くがため、両手に刃を取る。
『ざくっと毛刈りじゃーん!!』
 鬣狙いで大きく横薙いだ左の斬艦刀。
 対して獅子鬼は最小限のバックステップでこれをかわしにかかったが。
『やらせないよ!』
 隠者の紫のMライフル「イースクラW」が牽制射撃で回避を阻害。
 かくてブレードによる斬り返しを止められた獅子鬼は、体勢を崩しながらもオートカウンターのガトリングをガルちゃんへ撃ち込んでいく。
『苦し紛れじゃガルちゃんぶち抜けねーじゃん!?』
 ガルちゃんは装甲が削られるのもかまわず、刃を振り抜いた反動に乗せて体を引き戻し、獅子鬼の足首へ右の斬艦刀を叩きつけた。
 獅子鬼の左脚部装甲がへこみ、押しつけられた足首がショートする。
 逆側からそれを見たヴァーミリオンが壁を蹴って跳び、背の主をベストポジションへ。
「おおおおお!!」
 顕現した犬の耳と尾の先から燃え立つマテリアルの軌跡を引いて、ボルディアが幻炎まといし「モレク」を獅子鬼の左足首へフルスイングで叩きつけ、反動で弾んだ重刃を通り抜けざま、もう一度叩き込んだ。炎獣の顎が食らいつくがごとき、“砕火”の連撃である。
 裂けた脚部装甲からギ、ビ、ヂヂ……濁った音を垂れ流す獅子鬼。
『気をつけて! 反撃来るよ!』
 レヲナの声音を合図にしたかのごとく、獅子鬼は右足一本でバックステップ二回、反撃のガトリングを浴びせながらハンターの包囲陣から抜け出した。
「デケェ図体してるくせしてチョコマカ逃げ回ってンじゃねぇ! テメェそれでもタマついてんのかぁ!?」
『ったくよー、マジ逃げてばっかじゃねーか臆病もん。あれぇー、痛ぇのが怖ぇーのかー? どこのお嬢ちゃんだよ、ぷぷー』
 ボルディアの憤りとゾファルの挑発に、ぴくり。獅子鬼の肩が跳ねる。
 ――獅子鬼、今のふたりの言葉を気にしてる?
 ふと違和感を覚える幸だったが、戦場を打ち鳴らす合金の響きに引き戻された。
「休む間を与えず、まずは左足を獲る。続いてくれ」
 高機動を生かして横へ回り込んだキャリコが「ヴァグラルテ」の波動を放ち、獅子鬼の不意を突く。
 当然、これもかわされるだろうな。
 キャリコの思考を追いかけるかのように獅子鬼が波動の下へと潜り込み、ガトリングを打ち返してきた。見えづらい攻撃へとっさに対するためには、その効果が及ばない位置へ向かうよりない。
 だからこそ、あえて鬣狙いで撃ち込んだのだ。獅子鬼の損傷した足をさらに酷使させるため。
 残念だったな。今の俺は次へ繋ぐための糸だ。
 キャリコに繋がれた糸の先にいたものは、明。
 その自重をもって加速させたガルガリンをまっすぐ獅子鬼へ突っ込ませ、大上段に構えた「テンペスト」を、渾身でもって斬り下ろす。
 獅子鬼は――よけなかった。
 ガルガリンの刃を右肩に食い込ませ、無造作に突き出した左手をその腹へと押し当てて。後方へ向けてガトリングを連射した。
 激しく揺すられるガルガリンのコクピット内、体をくの字に曲げた明が吐血。
「っ、はぁっ!」
 超高速振動により、CAMばかりでなくパイロットにまでダメージを及ぼす衝撃を成す。古武術で云うところの“通し”を再現した、獅子鬼の奥の手であった。
『鬣の替わりがあれかよ!』
 明をカバーすべくゾファルがガルちゃんを斬り込ませる。
「日高さん、一度下がって!」
 幸のヒールに包まれ、レッドアウトしかけていた明の視界が明瞭を取り戻した。
『……ありがとう!』
 しかし明はガルガリンを下げず、ゾファルと連動して獅子鬼を追う。自分で負った責任を、こんなことで投げ出すわけにはいかないのだから。
 続けて通信で各員に通達。
「今の攻撃はカウンターだから、オートカウンターと同時には使えないはずだ。僕がしかける間に攻撃を!」
 未知の攻撃を受けながら、明は機導師として磨きあげてきた目でその本質を見届けていた。敵は万能ではない。だからこそ、すべてを都合よく行えるはずもない。
 削り合いなら数で勝るこっちが有利。ここから僕は、仲間の傷を少しでも減らすために動く!

 ボルディアの肉体を伝って流れ落ちる鮮血。それはしたたり落ちる寸前燃え上がり、傷を癒やす不屈の浄火と化す。
 ヤロウ、引き撃ちしやがったよなぁ? クソダセェ真似しやがってよ。
「待ってやがれよ……装甲引っぺがして引きずり出してブン殴ってやる!」

 ハンターたちが戦いを繰り広げる中、ママはドック内にいるはずのレヲナの姿を探していた。
「レヲ蔵聞こえる!? アンタどこにいんのよ!?」
 唐突にトランシーバーがレヲナと繋がった。
『大丈夫、任務は順調だから!』
「アンタ――」
 ママは再び沈黙したトランシーバーを握り締め、唇を噛んだ。
 なんの任務が順調だってのよ。議長の探索? それとも、別のなにか?
 確かに折々でハンターに通信を入れ、サポートはしているようだが、ママから姿を隠す理由にはなるまい。
 確かめなきゃよねぇ。ママはアフロを揺らし、戦場の縁をなぞってドックの奥を目ざす。

●結実
 右足を軸にしてステップワーク、獅子鬼がガトリングを巡らせて。ドックを構築するコンクリートや合金に弾が弾け、激しく火花を撒き散らした。
 ぎにゃ~!? シッポに火を点けられたキルシュがあわあわぱたぱた、シッポを叩いて消化する。焦りながらも「水霊の囁き」を投げ出さないのは、さすがユグディラといったところ。
「キルシュ、リラックスだよぉ!」
 ダメージコントロールとボルティアの支援射撃を並行する幸が声をかけ、視線を異音放つ獅子鬼の左足へと引き戻す。
 あと少しだから。もう少しがんばろう、キルシュ。

 獅子鬼の“通し”がゾファルを突き上げた。
 こみ上げる胃液を無理矢理に飲み下した直後に鼓膜の血管が爆ぜ、どろりと血があふれ出る。
「うーがー! 聞こえねぇじゃん!!」
 頭を大きく振って詰まった血を追い出せば、キルシュの調べが傷を癒やし、聴覚が戻ってきた。
『悪ぃ、助かったぜ!』
 演奏しながらぺこーっと頭を下げるキルシュ。
 その支援に報いるべく、ゾファルはガルちゃんを前進させる。
 対する獅子鬼はブレードを突き出し、無防備なガルちゃんの腹部を貫いた。
 コクピットの中で計器がいくつか吹っ飛び、熱気が噴き上げるが、口の端を吊り上げたゾファルはさらにガルちゃんを前へ。
 捕まえたじゃん!? あー、捕まった? なんでもいーや。とにかくこれでよけらんねぇだろ!
 守りを捨てた攻めっ攻めの構えで獅子鬼を固定し、間合を潰したゾファルが吼える。
『今度こそ逃さねーっての!』
 カウンター狙いで押しつけられた獅子鬼の左手を肘で叩き落とし、左の斬艦刀の鍔元を獅子鬼の右肩に突き立てて思いきり体重をかけた。
 ギギギ――ガルちゃんの重量でもって肩に大きな傷を刻まれた獅子鬼は体を巡らし、ダメージ軽減を図ると同時にオートカウンター。
 横殴りに叩きつけてくるガトリング弾をまともに喰らいながらも、ガルちゃんはうつむいた状態で腰を据え、『行っけぇーっ!!』。
『了解』
 その背を蹴って後方へ回り込んだMeteorが、鬣に覆われた獅子鬼の後頭部へ「ヴァグラウテ」を撃つ。
 とっさに左へずれた獅子鬼だが、もう一歩を踏み出すことはできず、マジックエンハンサーを乗せた一条で鬣をいくらか引きちぎられた。
 同時にオートカウンターが起動し、旋回するMeteorを追う。
 そうだ、そのまま追ってこい。
 マテリアルのマントを突き破ったガトリング弾が薄い装甲を傷つける甲高い濁音を聞きながら、キャリコは冷徹な視線で獅子鬼を見据えた。
 下へ潜らず、避けきれもしなかった。左足のダメージはそれだけ深刻だ。
 結論を出すにはまだ早いだろうが、いずれにせよ先日のミッションと同じだ。最優先事項は獅子鬼の足を奪うこと。
 ――“通し”を制限し、獅子鬼の意識を上へ向けさせる。
 獅子鬼を誘うようにMeteorの肩を揺らし、キャリコは仲間の位置と次の射撃ポイントとを確かめた。

 獅子鬼の左足は二歩めを踏み出せず、止まっている。
 この機を絶対に生かす!
 明はこれまで近接戦闘に徹し、獅子鬼の足を消耗させてきたがゆえ深く傷ついたガルガリンのアクティブスラスターを全開、獅子鬼の左へ跳ぶ。着地と同時、その重量と勢いに耐えきれず、右膝ががくりと曲がり――
「っ!」
「フォローするよぉ」
 バニラの香りまとう幸のヒールがガルガリンの膝を包み込んだ。
 ここまで命がけで踏ん張ってきた日高さんを途中で倒れさせたりしないから。絶対、送り届ける。
 幸にしても無傷ではない。しかし、自分よりも誰かを救うことこそが彼の一分だから。ためらうことなく仲間のために己を尽くす。
 果たしてガルガリンは踏みとどまり、深く曲げられた右脚で弾みをつけて、今度こそ踏み込んだ。
 僕は独りじゃない。それが獅子鬼、きみとの決定的な差だ!
『全力で打ち込む!』
 八相よりも高く掲げた、示現流に云う“蜻蛉”さながらの構えから「テンペスト」を斬り下ろした。
『一対多だとカウンターの制限が痛いね。改良要請しなきゃ』
 これまで無言を貫いてきた獅子鬼、その内にあるパイロットのつぶやき。それは形ばかりの回避に合わせて撃ち放されたガトリングの騒音にかき消されて。
 ――僕より若い、男子の声か女子の声かわからない声!?
 遅れて届いた明の渾身斬が獅子鬼の頭部に食い込み、メインカメラのひとつを断ち割った。
 視界の半ばを奪われ、大きく体勢を崩す獅子鬼。
 その左足へヴァーミリオンが食らいつき、激しくがぶる。背にボルディアの姿はない。なぜなら彼女は、自らの脚で駆けていたからだ。
 すいぶんやらかしてくれた礼だ。全力でお返ししてやるぜ!
 右足で紅蓮のオーラを噴き上げる体を轟と踏み止め、膂力、前進力、慣性力、反動力、そして遠心力を束ねた圧倒的な“力”で「モレク」を右スイング。
 右足を下げて回避にかかる獅子鬼。その足元へイヴの牽制射撃が爆ぜ、後退を阻んだ。
『だからやらせないって言ったでしょ!』
 一秒にも遠く及ばない、間。
 しかし十分だった。ボルディアの一閃が届くには。
「こいつで!!」
 跳び退いたヴァーミリオンが刻んだ牙痕へ炎撃を打ち込み、並のハンターなら体がねじ切れるだろう勢いで引き抜いた魔斧を左スイングさせ。
「終わりだぁっ!!」
 残された装甲ごと、獅子鬼の左足首を断ち斬った。

●閃桃
 ギヂギヂと各部をショートさせ、それでも右脚一本で後退する獅子鬼。
 銃口ではそれを追い、視線はだるそうに足をぶらつかせて座すゴヴニアへ向けたイヴは必死で考える。
 ゴヴ姉さんの企みふたつ……鬣の観察がひとつで、じゃああとひとつはなに!?
 先ほどの光景からしても、議員は餌だ。しかしその餌にかまう様子はなく、こちらの力量を測ろうという熱意も感じられない。まるでもう、すべてが終わっているかのように。
 なにか見落としてる感じする。多分、ものすごく基本的なこと。

 獅子鬼の後退に合わせ、キャリコもまた動いていた。
 おまえが奥の手を使うなら、俺はあくまで繋ぎに徹するだけだ。
 かくて射出されたショットクロー「スカロプス」の爪が小刻みにバックステップを刻んでいた獅子鬼の右足を捕らえ、引き倒す。
 もんどり打って倒れ行く獅子鬼が、狙いを定めぬまま左腕を振り回し、ガトリング弾をばらまいた。
『往生際悪ぃじゃーん!!』
 獅子鬼へタックルをかまし、組み敷いておきながらその左腕をV1アームロックで固めたガルちゃん。
 明がすぐにその逆から抑えつけ。獅子鬼の動きは完全に奪われた。
『議員ちゃんも覚悟決めな! 俺様ちゃんたちに後つけられるとか、あんた誰かに売られてるってことじゃん?』
 ゾファルの言葉にびくり! 脂汗を流してすくみあがる議員。
 と。
 獅子鬼の胸部装甲が爆ぜ飛び、黒煙が噴き出した。
『あー! パイロットが逃げちゃうよ!』
 レヲナの悲鳴が響き。
「最後までダセェ真似してくれんじゃねぇよ!」
 とっさに煙幕の内へ飛び込んだボルディアが次の瞬間、ガルちゃんたちもろとも轟音に飲まれ、大きく吹き飛ばされた。
『自爆!? 回復担当の人お願い! ボクはパイロットのこと追っかけるから!』
「わかったよぉ!」
 レヲナの通信に応えた幸がキルシュと共に救援へ向かう中、やれやれとゴヴニアは立ち上がる。
「あなた売られたらしいわよ? 困ったわねー」
『ゴヴ姉さん、議員さんのことどうする気?』
 隠者の紫にかぶりを振ってみせ、ゴヴニアが艶然と笑んだ。
「あたしはなにも。だって見てただけだし。これから起きることも、見てるだけ」
「ちがうんだ! 私はちゃんとやったんだ! こんなのぼくのせいじゃないんだ! ぜんぶあいつらがわるいんだぁああああああ!」
 議員が自らの服を引きちぎるように脱ぎちらす。ジャケットを、シャツを、下着までもを。
 イヴは隠者の紫から跳び出し、議員へ駆ける。なにがどうなっているのかなんてわからない。でも、このままじゃだめだ!
「あの坊やに配慮してたのはあなただけ。それはほめてあげる。でも、ありがちな罠に気づけなかったから、ご褒美の坊やはあげられない」
 議員の体がぶくりと膨れ上がり、爆ぜた。体内にしこまれていたのだろうマテリアル兵器を起爆されて。
 床に叩きつけられ、バウンドしてもう一度叩きつけられたイヴに背中越し、ゴヴニアが声音を投げた。
「参加賞代わりにひとつだけヒントをあげる。真実はひとつだけど、たってひとつとは限らない」

 ボルディアは吹き飛ばされる直前、ハッチから跳び降りてきたパイロットへ手を伸ばしていた。首根っこを掴めれば最高だったのだが、煙幕で視界を塞がれ、箇所を選んでいる暇などなかったから闇雲にだ。
 うまく掴めたと思いきや、それは容易く引きちぎれ、手に残されたのはわずかなものでしかなかったが……
「髪の毛だよな。ピンク色って、なんだよこれ」
 おそらくヘルメットの端からはみ出していた髪先なのだろう。
 ともあれ彼女はそれを握り込んだまま体を起こす。怪我は負っていたが、これなら緊急に回復する必要もあるまい。

『自爆!? 回復担当の人お願い! ボクはパイロットのこと追っかけるから!』
 爆心から装甲一枚分の距離を取っていた明とゾファルは聞いていた。レヲナの通信の奥でつぶやくパイロットのつぶやきを。
「撤収するよ。報告は後で」
 色のない声音。しかしそれはあまりにも似ていたのだ。たった今通信機が語ったはずの、レヲナの声に。
 そして周囲警戒をキャリコに任せて回復に回った幸は、ゾファルと明が見合わせる疑念の表情を前に思考する。
 議長の行方を知っているのは、本当にあの議員だけなんだろうか?


「ごめーん、撒かれた! 空飛ばれちゃったらどうにもなんないよねー」
「アタシがいたらもうちょっとやりようもあったのに。まずは相談なさいよ、ったく」
 ママに小突かれ、ハンターたちへレザーグラブに覆われた両手を合わせたレヲナ。
 そのおどけた面を、桃色のツインテールがふわりと飾った。

依頼結果

依頼成功度成功
面白かった! 12
ポイントがありませんので、拍手できません

現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!

MVP一覧

  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムスka0796
  • きざはしの一歩
    イヴka6763

重体一覧

参加者一覧

  • 挺身者
    日高・明(ka0476
    人間(蒼)|17才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    ガルガリン
    ガルガリン(ka0476unit004
    ユニット|CAM
  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムス(ka0796
    人間(紅)|23才|女性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    イェジド
    ヴァーミリオン(ka0796unit001
    ユニット|幻獣
  • ゾファル怠極拳
    ゾファル・G・初火(ka4407
    人間(蒼)|16才|女性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    アサルトガルチャン
    ガルちゃん・改(ka4407unit004
    ユニット|CAM
  • 自在の弾丸
    キャリコ・ビューイ(ka5044
    人間(紅)|18才|男性|猟撃士
  • ユニットアイコン
    メテオール
    Meteor(ka5044unit002
    ユニット|CAM
  • きざはしの一歩
    イヴ(ka6763
    エルフ|21才|女性|猟撃士
  • ユニットアイコン
    ハーミットパープル
    隠者の紫(ka6763unit001
    ユニット|CAM
  • 香子蘭の君
    桜崎 幸(ka7161
    人間(蒼)|16才|男性|機導師
  • ユニットアイコン
    キルシュ
    キルシュ(ka7161unit002
    ユニット|幻獣

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
桜崎 幸(ka7161
人間(リアルブルー)|16才|男性|機導師(アルケミスト)
最終発言
2018/07/22 18:47:25
アイコン 質問卓
ボルディア・コンフラムス(ka0796
人間(クリムゾンウェスト)|23才|女性|霊闘士(ベルセルク)
最終発言
2018/07/21 18:47:58
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2018/07/21 09:31:27