【操縁】緑の庭

マスター:風亜智疾

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
3~10人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2018/08/22 22:00
完成日
2018/11/05 15:05

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング


 道具は種類別に集めて、それぞれ確認しつつ箱の中へ。
 紙類は途中のものも含めて、大きめの別の箱へ。
 閉じる前に小さく手が震えたのは、見ないふり。
 目を細めて、そっと二つの箱を閉じる。
 動きの悪い足を一生懸命伸ばし、滅多に使われない収納へとその箱たちを仕舞った。
「…………」
 パタン。閉じる音。

■あつい
 照りつける日差しに、汗を拭いつつヴェロニカ・フェッロ(kz0147)は空を見上げた。
「暑いわね……」
 ここ数日色々あって、水やり以外の庭仕事が出来ないでいた彼女は、もうそろそろ限界だと早朝から庭に出ていたのだが。
 水と日差しがあれば育つ植物たちは、すくすくと。それはもうすくすくと自由に育っていた。
 否。育ち過ぎていた。
 育てていない筈のものまで育ってしまったものだから、もう大変。
 ただでさえ人より動きがゆっくりな彼女が、庭の隅々に手を入れるためには沢山の時間が必要になる。
 ましてヴェロニカは凝り性。
 何をするにしても、一度やり出したら最後まで終わらせないと気が済まないタイプなのだ。
 庭仕事然り、受けた仕事然り。
 ――後者は現在、お休みしているが。
 それはさておき。
 早朝から気づけば太陽はてっぺんに昇る時間になっていた。
 暑い日差しの中、帽子も忘れ、水分も摂らず、ひたすら日を受けつつ庭仕事をしていたらどうなるだろうか。

 ブラックアウトするその瞬間。ヴェロニカは思った。
 ――あ。これ絶対怒られるやつ。と……。

■緑の庭
 彼女の庭には、多種多様な草花や木が植わっている。
 基本はハーブとして利用できるものだが、それ以外にも普通の花も少しは育てられている。
 水やりのみで過ごした数日と、半日にも満たない手入れ。
 草花が育つ場所には、当然育てていない草花も育つ。
 つまり。まぁ要するに。
 彼女自慢の庭は、育ち過ぎて大変な事になったハーブ軍と、望まれていない雑草軍の戦場と化してしまったのだった。
「どうにか……どうにか、しなくっちゃ……」

リプレイ本文

■不安
 ヴェロニカ・フェッロ(kz0147)はベッドの上でひっくり返る。
 水分を取らないといけない、食事とまではいかなくても、何か食べないといけない。
 それらを理解はしても、動く気力が湧かなかった。
(ベッドにいたというだけでも良かったのよね……)
 庭で倒れ、なんとかたどり着けたのは奇跡。
 玄関で音がする。
(鍵、かけたっけ?)
 たぶん、かけていない。
 誰が来たのか、どのような人が来たのか、確かめないといけない。
 なんとか起き上がり、壁伝いに部屋の扉まではやってきたのだったが、動けない。声を出そうとしたが、喉がカラカラで咳が出た。

 鞍馬 真(ka5819)はディーノ・オルトリーニ(kz0148)が無事に目を覚ましたことを直接伝えたくてヴェロニカの家に訪れた。
 庭の様子でぎょっとしたが、夏だし、仕方がないし、手入れを手伝おうと思いながら、玄関で声をかける。
 しかし、静かだった。
 ノックをしてみても反応はない。
「外出をしている?」
 それはないだろう。現在のヴェロニカの置かれている状況を考えると、むやみに動くことはないと考えられる。
 庭から回って見てみるかと検討していた。

 レイレリア・リナークシス(ka3872)は朝食が終わったころだろう時間を見計らって来た。ヴェロニカが何かに熱中して体調を崩していないかの確認するための来訪。あとから来る友人たちやヴェロニカとで昼食や夕食について作ることを検討していた。そのため、材料の荷物が大量にあった。
「玄関に誰かいますわね?」
 真が庭に回ろうとしているところであったため、声をかけた。事情を互いに説明し、眉をしかめる。
「中で倒れているということもあるのでしょうか?」
「それは大変だね」
 耳を澄ますと咳が聞こえる。
 試しに玄関の扉が開くか試したら、何の問題もなく開いた。
 二人は顔を見合わせて、声をかけながら、咳が聞こえる方に急いだ。

■午前中
 神代 誠一(ka2086)はクィーロ・ヴェリル(ka4122)と浅緋 零(ka4710)ともにヴェロニカの家に訪れる。たまにはゆっくりと話すこともよいと考えていた。
 まず、目にしたのは荒れ果てた庭。
「これはまた……すごいことになってるね」
 クィーロの頬が一瞬ピクッと動く。
「何がどうしてどうするとこうなるのか……夏だからか」
 誠一はヴェロニカが手入れの余裕がなかったのが原因の一つだろうと推測する。その上、夏という植物の生命力が旺盛なことも大きな影響だ。
 零はなんとなく嫌な予感があり、玄関の扉のノブに手をかける。
「ヴェラ、おはよう……カギ、かかっていない……よ」
 恐る恐る開くと、どうやら、説教やら心配していたというような聞き覚えのある声がしている。
 声をかけてから三人は入っていく。
 居間らしい部屋で椅子に座るヴェロニカと、台所で何か作っているレイレリア、何とも言えない表情でやんわりと「無茶はしたらだめだよ」と真がたしなめていた。
「あ……おはよう……」
 ヴェロニカが誠一たちに気づく。
「ヴェラ、シンたちが来たから、カギを開けたの?」
 零が尋ねる。
「あ、えと……閉めるのを……忘れてたの……」
 ヴェロニカの視線が泳いでいる。
「顔色、悪いけど……朝食は、これから?」
「それが、昨日倒れた後、動けていなかったようです。そのため、今、簡単な食事を作っています」
 レイレリアが代わりに応える。
 零の表情がみるみる変わる。
「ヴェラ、どんな時……でも、戸締りと、体調管理は、絶対……だよ?」
 心配しているからこそ、厳しい声が出る。
「面倒くさかったり、慢心、しない……こと、だよ」
 ヴェロニカはうなずいた。
「……そうです。本当に、心配いたしました。無事で何よりです。どうか、ご自愛くださいませ」
 レイレリアが台所から念を押すように告げた。
「レイレリア、手伝う、こと、あるかな?」
 零は台所に向かった。
「無事だったということだし、僕たちは庭の手入れを手伝おうかな」
「たち?」
「せっかく来たんだし、誠一もする」
 クィーロの回答に誠一は天を仰ぎたい気分になる。
「ああ、私は手伝うよ」
 真は庭の状況を考えると挙手する。
「ヴェロニカさん、植えたハーブは何か教えてくれるかい? 僕も家庭菜園をしていたり、助けてくれた部族に教えてもらったから、それなりに知識はあるけど、きちんと聞いていたほうがよね」
 ヴェロニカは朝食前に出された冷えたハーブティーを飲んでいる。
「いいよ、私がするから……」
「ヴェラ、無茶は、だめ」
 零が首を横に振る。
「今、ヴェラがすることは、元気になること」
 零に諭され、ヴェロニカはしゅんとする。
「ヴェロニカさんに、日陰で見守ってもらうというのはどうだろう?」
 真は役割を付けることを提案する。
 しかし、それは多数決で否決される。
「まずは、朝食を、食べるの。そのあと、ゆっくりと、涼むことが、大切なの」
 零が告げると、レイレリアもうなずく。
「ということで……作業開始だな」
 誠一は庭の様子を見て、溜息が漏れる。しかし、ヴェロニカのためになるならば、やってあげたいことであった。

 鳳城 錬介(ka6053)はヴェロニカが狙われているということが心配で様子を見に来た。
 しかし、ふらりと立ち寄るにしても、午前では早すぎるか、どこかで時間をつぶして昼過ぎにやってくるべきか、悩みながら道を歩く。行ったり来たりしつつ、ヴェロニカの家にたどり着いた。
 家を見た瞬間、彼の決心が固まった。
「なんですか、この庭、荒れ放題じゃないですか! よく見ると、元はきれいな庭だったのがわかるだけに、これはひどい」
 通路と花壇を仕切るレンガや木が見える。それだけではなく、植物も考えられてまとめて植えられているのがわかる。手入れしきれないうちに植物が夏という時期で生え、育てるつもりがないたくましき植物も元気いっぱいに生えているのだ。
 彼女も心配だが、このような庭を放置しているのも心配だ。庭の手入れをするにはそれなりの準備も必要だと錬介は考えた。
「な、何とかしなければ」
 一旦、この場を離れ、着替えたり、必要なものを取りに戻った。先ほどまで悩んでいたときに比べて、真っ直ぐな足取りだった。

■草むしり開始
 クィーロはハーブを聞き、知らない名前については特徴も細かく聞いておいた。
 汚れてもいいように服を着替えたり、簡素な格好になる。
 クィーロ、誠一と真は外に出る。
「ん? とりあえず抜けばいいんだろ?」
 誠一は花壇の分け目を見つつ、草を引っこ抜く。
「待て! それは抜いてはいけないものだよ!」
 すでに、ぶちっと抜かれたそれは、根を残して抜かれている。
「根があればどうにかなる種類だけれども……適当に抜かない」
「いや、でも、図鑑だとその種類はこういうやつだろう?」
 誠一は抵抗を試みた。
「同じ名前に見えても、細かいところが違ったり、季節で見え方が違うんだよ」
 クィーロが説明する。
「え、えっとー……すまん、コツとかあるか?」
「指示したところ以外抜かないでくれるかな?」
 ピシリとクィーロが言う。
 真は二人を見て、笑うに笑えず、待機していた。
「では、どこから手を付けようか?」
 素直に指示を受ける真。二度手間三度手間は問題だし、ハーブの犠牲が増える危険は避けたかった。

 ルスティロ・イストワール(ka0252)はヴェロニカに色々あったことは知っており、暑さもあるし気になるためやってきた。
 涼しい午前中に顔を見て、帰るつもりだった。門のところで足が止まり、冷や汗が風に吹かれる。
「うん、なかなか野性味あふれる庭になっているね!」
 かろうじて通路はあるためそこを通って家に向かおうとした。
 屋内から見知ったハンターが出てくる。
「神代さん」
 声をかけられた誠一はルスティロに挨拶をする。誠一の格好からすると、庭いじりをするのだと分かった。
「何があったのか……と聞いてもいいかのかな」
「雑草がひどいから手入れをする、ということですね」
「なるほど、僕も手伝うかな……その前に、ヴェロニカさんにまず、挨拶だね」
 ヴェロニカに用があってきたのだから、それは優先したかった。
「では、後で手伝うね」
 ルスティロは家の中に入る。風が通っているためか、中は涼しく感じた。
「おはよう、ヴェロニカさん」
 ヴェロニカは青ざめた顔でルスティロを迎える。
「具合が悪いのかい?」
「えっと……」
 ヴェロニカは昨日のことをぽつりと語る。たぶん、誠一達にも語ったのだろう、どこか消え入りそうな雰囲気だ。
「無事でよかったよ。僕は外を手伝ってくるね。ハーブも植わっているみたいだけど……整えた方がいいね」
 ハーブも夏勢いをつける。それをどう使うかはヴェロニカ次第。ますは剪定していかないといけない。
「そうだ、手土産にお菓子ももってきたから、食べてね」
「ありがとう」
 ヴェロニカは包みを受け取る。昨日倒れたというのだけではない元気のなさをルスティロは感じた。

 クィーロはまず水を撒く指示を出す。
「土が軽く濡れているほうが雑草が抜けやすくなるからね。もちろん、生かさないといけないハーブも危険があるから気を付けてよ」
 手分けして適度に湿らせていく。
「クィーロ、レイも、手伝うよ?」
 零は一旦外に出てきた。台所の片づけはレイレリアがしている。
「こっちのジョウロを使ってこの辺の土を湿らせてほしい」
「うん、わかった、よ」
 零はジョウロの注ぎ口を地面に近いところに向けて水を撒いていく。
「なんか、学校の、花壇に……水やりしていたの、思い出す」
 零は思い出して、自然と表情がほころんだ。
「昼食や、熱中症対策に、ハーブももらえるの、あるかな?」
 手入れの状況によっては出ないかもしれないため、クィーロに問う。
「細かいことはヴェロニカさんに聞かないと駄目だけど、剪定も必要だしあると思うよ? まず、雑草抜きをするから、ヴェロニカさんにその間に聞いておけばいいよ」
「うん、そうだね。手伝いは、これで、今はいい? 雑草抜き、大変そう、なら、手伝うよ? せんせいの家に、比べたら……断然マシ、だよ。毎年、大掃除、大変、だもん」
「そうか……そうじ大変か……」
 零はうなずく。
 水やりを終えて戻ってくる誠一を二人は見つめてしまった。
「ん? なんで、こっちをじっと見ているんだ?」
 二人は首を横に振った。

 夢路 まよい(ka1328)はたまたまやってきた地域でヴェロニカの住まいがあることを思い出す。
「以前受けた護衛依頼ぶりなんだよね。あの時、絵本を私も読んだけど、とっても面白かったんだよ」
 噂によると、あの時に出会ったハンターは絵本に「おともだち」として登場させたという。
「つまり、私も出演させてくれたのかな?」
 その絵本を見る機会がなく、残念ながら確認できていない。しかし、たまたま今日家を訪問して、偶然出会えたら、思い出話でもしたいと思った。
 たぶん、ここだという家にたどり着いた。
「なんかすごいことになってる!?」
 草ぼうぼうの謎の状況。
「え、ええ? あれ、誰かいるのかな、草が動いている」
 聞いたことがある声のような気もしたためそちらに向かってみることにした。

 レイア・アローネ(ka4082)はこの近くに、春郷祭の際にあった「どうぶつカフェ」の絵本作家の家があるということを聞いていた。
「あの時は絵本の方は知らなかったが……」
 最近、彼女は本をよく読むようになった。そのため、ヴェロニカの絵本も読ませてもらったという。
「絵本というのは字だけではないため、パッと見たときに感じるモノもいい」
 線ひとつ、色一つとっても作家が考え決めて、物語に合わせて描いていく世界。絵が先か字が先か、レイアにはわからないが、見る者の心を揺さぶる。
「サイン……というのはぶしつけだろうか?」
 家に押し掛けた形にもなっているし、不安とどこか期待と、仲良くなりたいとかいろいろな思いが交錯していた。
「駄目だ、駄目だ。まずはヴェロニカ自身の気持ち……なんかえらいことになってる!?」
 レイアが庭の状況を見て、走る。庭の方で声がする。
 見覚えのある小柄な人影、その先には見知ったハンターの姿。
「鞍馬? まよい……この、庭はどういうことなんだ?」
 レイアの声で、先にいたまよいの質問がかき消えた。
「続々くるね。……簡単に説明すると、ヴェロニカさんが手入れをする余裕がなくて、放置された結果、このような状況になったんだ」
 真の答えに夏の威力を思い知らされる。
「その上、どうにかしようとして、ヴェロニカさんは倒れたんだ」
「なんだって」
「それは大変だね」
 レイアとまよいは驚いた。
「今は、だいぶ具合は良くなっているみたいだけど」
「そ、そうか……手伝えることがあったらするぞ?」
「うん、そうだね。あ、なんか、冷たいものでも作れるかな」
 レイアとまよいが提案する。
「庭の手入れを手伝ってくれるかな」
「これから、飲み物を、作る、から……手伝って」
 クィーロと零から提案があり、レイアとまよいはそれぞれ行動をとる。
(サインどころじゃないな)
 レイアは表情を引き締めた、雑草たちと戦うために。

「誠一? 君、ハーブ育ててるんだよね? 覚える気あるのかな? ハーブ舐めてる? ねぇ?」
 クィーロが横で作業をしていた誠一に般若のような形相で静かに怒る。
「うっせ、うちのモミーズは強い子なんだよ! 形違うし!」
 誠一、カモミールを育ているらしいが、抜いたらしい。
「さっきも言ったよね? カモミールでも種類は幾つかある。君の家の種類は違うから、葉の形状が――」
 説教と説明が続く。
「これは抜いていいのだな?」
 レイアはまじめに確認を取る。わからないのだからわかる人に聞くという基本動作。
「ああ、抜いていいよ。その先の、葉が連続している奴は駄目だからね。葉がいい匂いしているからわかると思うけど」
 クィーロに説明されレイアはうなずく。
「ハーブの手入れにたどり着くまでが大変だね」
 作業に加わったルスティロは一旦手を休め、周囲を見る。
「とはいえ、人数が増えたから、早いと思うよ」
「そうだね。日差しが強いころは避けたいね」
 真とルスティロは黙々と雑草を引っこ抜く。
 その間も誠一がクィーロに叱られる声が届いてきた。
「それは、雑草じゃなくてハーブ! さっきも教えただろう」
「雑草と同じ形状じゃないか!」
「違う! ここの形と、葉をこすると匂いがするんだ!」
「そうは言うが、ハーブが沢山あるんだから、ずっといい匂いしてるだろ……!」
 実際、知らないと分かりづらいのは事実だった。

 レイレリアが食器の片づけを終え、ヴェロニカに確認を取った。
「バジルとミントはありますでしょうか?」
「うん、あるよ?」
「少し頂いてもよろしいでしょうか? 作業の合間の食事やおやつに使えたらと思います」
 レイレリアにヴェロニカはうなずいた。
「こんにちはー。ヴェロニカ、お久しぶり」
 まよいの明るい声が入ってくる。水やりを終えた零と一緒に入ってきた。
「聞いたよ、倒れたって。起きて大丈夫?」
 まよいは感情豊かな目で問う。
「うん、そこは大丈夫」
「良かった。で、料理の手伝いをしようと思って。せっかくなら、色々お話したいし。絵本面白かったし!」
 まよいはにこにこと告げる。ヴェロニカの表情は一瞬動いたが、どこか遠くを見るような雰囲気に戻った。
「ヴェラ、ハーブ、使った料理、教えてもらえる、かな」
 零は問う。
「材料が、必要なら、買いにいかないと」
「私はバジルを用いたパスタを作ろうと思っていますの」
 零はレイレリアの言葉にうなずき、ヴェロニカにどういう案があるか問うように見つめる。
「サラダ、かな。肉や魚、スープだと合わなくなっちゃうし」
「サラダ? 野菜……だけ?」
「ううん。鶏肉に味付けをするの。それと、ドレッシングにハーブを使うの」
 材料はなくはないが、すべて足りるかは不明だ。そもそも、この家の食卓に人数がいること自体が珍しい。
「抜かりはありませんわ」
 レイレリアは材料を大量に持ち込んでいた。
「すごいね」
 まよいが褒めた。食材がたくさんあるというのはそれだけでわくわくする。
「じゃあ、ハーブ、取って、くる」
 零はヴェロニカがいないと分からないかと思ったが、位置とハーブの形状を教えてくれた。
「間違っても問題ないから。むしろ、雑草が抜かれるだけ」
 ヴェロニカは「気にしないでいいよ」と続けた。
「そう、だね。せんせい、みたいなこと、には……ならないね」
 庭で叱られる声が聞こえているから、つい心配になってしまう。

 適度なところで休憩をはさみつつ、庭の草むしりは続いたのだった。
 幸いなことに、午前中にハーブの手入れには移れた。
 なお、昼食はレイレリアの作ったバジルのパスタは勿論、零がヴェロニカに教わりながら作ったサラダも素晴らしい出来だった。食が進む。
 そして、午後の作業の前にしっかり休憩を取る。

■午後の作業
 準備万端でやってきた錬助介は庭の状況を見て、他に誰か来ていることを知った。
「出遅れてしまっていますか……」
 申し訳ない気持ちとともに、人がいる方に回り込む。
 誠一が気づき、なんとなく嬉しそうになる。
「午後の人手が増えたな」
「すみません、一旦来たんですが、あまりのひどさに準備をして、あまり早く来てもヴェロニカさんに悪いかと思いまして……」
 錬介の格好を見ればしっかりと考えてきたということは解かる。
「それと、これ、ヴェロニカさん、暑いですし、どうぞ食べてください」
 アイスが入った入れ物をテーブルに置く。
「ありがとう……でも、溶けちゃうよね? 錬介も汗だくだし、みんなの分もあるから、先に食べてしまおう?」
 ヴェロニカが提案した。食後ではあるが、ひんやりしたアイスは喉を、飲食で火照った体を冷やす。
 錬介も差し入れだし、どうするか悩むが、暑い中動くことを考えて食べておく。
「ハーブの収穫と、用途ごとでまとめる作業が待っているよ」
 クィーロが説明をしてくれる。
「収穫したものをどうまとめるかはヴェロニカさんに任せるとして」
「それがいいですね。俺はハーブがわからないので、指示を頂けると助かります」
 錬介にヴェロニカはうなずいた。
「さて、ひんやりしたところで、作業の再開だな」
 誠一がよっこらせと言いそうな動きで庭に向かって行った。
「せんせい、年寄り、ぽい」
 零が思わずつぶやいた。

 昼食の後片付け、庭の作業が始まったとき、真はヴェロニカに声をかけるような、独り言のように言葉を口にした。ヴェロニカの心にかつて踏み込んだことがあり、それが彼女に悪影響があったらと不安があったのだ。
「言ってなかったかもしれないけど、私にはこっちに転移してくる前の記憶がないんだ」
 ヴェロニカははじかれたように、真を見上げた。
「なによりも大切だったはずの、家族や友達、故郷、すべて忘れてしまった。忘れる程度の思いしかなかったのかな……またいつか、忘れてしまうのかな。そう思うと、今の私の思いすら偽物みたいに感じてね」
「でも、あなたは、私の心配事を埋めようとしてくれた」
 それも否定するのかという問いかけ。
「過去を覚えている人、覚えて居なくても、受け入れて前に進める人。時々、発作みたいに嫉妬を覚えるよ。汚い人間だと、自分でも思う。でも、ヒトはきれいな感情ばかりを持てるわけじゃないよね……ごめん、くだらない話だったよね」
 真はヴェロニカに微笑むを向けた後、外に出た。
 ヴェロニカは目を伏せた後、台所に目を向ける。そこには温かさが見えた。
「ヴェロニカさま、おやつの準備ですわ」
 目が合ったレイレリアが告げる。
「ヴェロニカ、無茶は駄目だけど、作れそうなら作る?」
 まよいがクッキー生地を伸ばす際の打ち粉が舞ったらしく、頬の一部が白い。
「昼ご飯のとき、教えて、もらった、から……疲れてる? それか、ルーチェ係、かな」
 降ってきた粉がかかったのか、猫のルーチェが白くなっていた。
「そこに入り込んでいたのね」
 ヴェロニカはゆっくり立ち上がり、猫を回収に向かう。
「レイが、ルーチェ係でも、いい?」
 ねこじゃらしを出しながら零が提案する。
「アイシングクッキーにしようと思いますの。せっかく遊んでくださったコノハズクも、こうして作ってみたいと思いまして……どうぶつカフェはなもり……の、ちょっとした出張版ですね?」
 レイレリアが春郷祭の出し物のことを思い出して微笑む。
「面白そうだね。ルーチェはレイになれているから」
 ヴェロニカが台所に入った。

 おやつにはクッキーやレモネードが供される。
 そのあと、庭の作業も終わりに近い。
「あとはこれをまとめるだけだよ」
 クィーロは種類分けされたこんもりとした山を指す。
「次はどうするんだ? この程度では音は上げないぞ?」
「乾燥させるんですよね? どうするんですか?」
 レイアと錬介が元気よく告げる。
 誠一は休憩がほしいと願っているのがうかがえる。真とルスティロはそれなりの余力を持っていそうだ。
「この辺りのは軽く洗ってよく拭いてほしいの。乾いたところを束ねて乾すの。花がついているものは、これは、こういうふうにまとめて――」
 ヴェロニカがいくつか説明したため、それに沿って分担して作業をしていく。
「引っこ抜くのは体力勝負だけど、これは頭を使う作業だね」
 クィーロも束ねる作業に移る。
「いや、雑草抜きも頭を使うだろう? まったく、みんな大した知識量だよ」
「確かに使うね……」
 誠一に真が同意した。植物を知っていれば無意識の作業だろうが、知らないと頭を使う。
「まあ……こればかりは慣れだから。あんまり気を落とさないで」
「いやいや。むしろ、次こそはちゃんとやってやると気合いを入れていたところさ」
 ルスティロはヴェロニカの回りに誰もいなくなったところで、声をかける。
「近頃は、何か描いているかい?」
 ヴェロニカは唇を結んだ。それが答え。
「この前届いた絵ハガキも、可愛らしくて温かな絵だったね。見ていて温かくなる作品が、僕はとても好きだから……」
 あなたの絵をまた見たい、と胸の内で続ける。
「僕も、それから、あの喫茶店で楽しんでくれた人たちも、そう思っていると思う」
 レイレリアが作ったクッキーもそうである。あのイベントが起点となっているものだから。
「僕も、色々と見てきたものを、自分なりに物語に落とし込んで書いてはいるんだけど、楽しいこと、面白いことばかりではないから……ね。だからこそ、ヴェロニカさんの描くようなものが大切だし、守りたいと、改めて思う」
 にこりと微笑むと作業の方に移動する。
(あの存在が彼女の作品に影を落とすなら、やっぱり容赦はできないよね……それはそれで、自分勝手な考えなんだよねぇ、カーバンクル)
 契約している精霊に語り掛けるようにルスティロは心の内で語った。

■夕食
 結局、夕食も全員取ることになる。ヴェロニカが体調悪そうならば、そうではなかっただろうが、ゆっくりと過ごし、栄養を取ったことで血色もよくなっている。雰囲気的には良い様子だった。
「採取されたハーブも使って作りましたわ」
「新鮮なの、たくさん、あったから」
 レイレリアと零が皿を並べる。ただ、作業の結果、ハーブの匂いがあちこちにあふれており、どれが料理か一瞬わからないほど匂いがあふれかえっている。
 それは決して悪いものではなく、すっきりと頭のさえる爽やかなものである。
「乾すところは壮観だね」
 手伝いを終えたまよいが窓辺や日陰になるところを見て感嘆の声をあげる。
「そうだな……あの庭がこうなるとは」
「確かに……」
 レイアに言われ、まよいは庭を見た。荒れていたのが嘘のような状況。
(あ、結局、サインを……でも、やはり図々しく思われるだろうか……)
 各種手伝いを黙々とこなしていたレイアは当初の目的を思い出し、身もだえた。
「まとめるのも大変なんですね。形も考えないといけないし。意外と枝があると難しいですね」
「結局、食料の干しものを作るの手間と同じだね」
 クィーロが教えてくれたことから、錬介は自分が知っている干しものの経路をちょっと考えてみた。
「フレッシュで飲めるのには限りがあるし、干したほうが保存はきくんだよな」
 誠一が自身の家のカモミールのことを考えた。
「干物なんかだと、乾すと栄養や味が良くなるということは、ハーブもフレッシュと乾したのでは違うということかな」
 真がふと言うと、ヴェロニカがうなずき、解説してくれた。
「ハーブは奥が深いということだね」
 ルスティロは洗った手だけでなく、服からもハーブの匂いがすることに気づく。自分が香っているのか、料理からの匂いかわからないくらいハーブの匂いが充満している、
「みんな、ありがとう。おなかすいたよね?」
 ヴェロニカは夕食を勧める。
「これは、ヴェラに……教わって、作ったんだよ」
 零がいうとヴェロニカははにかんだ笑みを見せた。

 楽しい時間はあっという間に過ぎる。
 帰路につくというハンターもいる。
「ヴェロニカ、突然お邪魔してしまって、夕食までごちそうになってしまった」
「ううん、庭をきれいにしてくれたから。それに、料理は私はあまりしていないよ」
 レイアにヴェロニカは素直に答えた。
「そうか……庭はひどい状況だった……君の手は絵本を描くためにあるんだ。無茶なことになるまえに、整えるか……頼ってほしい」
「そうだね。あれはすごかった。それに、ヴェロニカも倒れちゃったら駄目だよ」
 まよいも帰り支度をしている。
「お話しできて嬉しかったよ。新しい絵本が見たいし、ヴェロニカとお話もしたいな」
「ありがとう」
 二人を見送る。
 続いて、真と錬介、ルスティロがやってくる。
「朝からいたし、そろそろ帰るよ」
 真はヴェロニカがとりあえず、自身で歩き、見送りもできるようになっているので安堵する。
「朝は……ごめんなさい」
「大事に至らなくて良かったよ」
 真は苦笑する。
「誠一さんたちもいるし、先に俺も帰ります。長い時間、お邪魔しました」
 錬介は丁寧にお辞儀をした。
「花火をするらしいから残るのも面白そうではあるんだよね……」
 ルスティロは少し悩んでいるようだった。ヴェロニカも「いてもいいよ」と告げている。
「今日はお暇するよ。また今度」
 三人は手を振り、立ち去った。

 片付けの後、人が減る。ヴェロニカは見送ると、どこか寂寥感が漂う。
 そばに、零がいた。
 零は袋に入れて持ってきた一冊の本を手渡す。
「これね、町でね、人気の恋愛小説、なんだよ」
 ヴェロニカは袋を開けて覗き込む。きれいな想定の本である。
「主人公がね、頑張り屋さんで、表情が、くるくる、変わって……ちょっと抜けてる、女の子、なの……」
 ヴェロニカは袋から取り出し、パラパラとページを繰る。
「面白かった、から……良かったら、ヴェラも、読んでみて」
 零は真剣な表情で見つめる。ヴェロニカはうなずく。
「感想、聞かせて、ね?」
「うん、教えるよ」
「レイは、ヴェラの、味方……だから、ね?」
 ヴェロニカはきょとんとする。
「今さらな、こと、だね」
 零は笑った。つられるようにヴェロニカが笑う。

「準備は整ったぞ。打ち上げ花火と手持ち花火があるんだ」
 誠一が誘いに来た。
 ヴェロニカは立ち上がる。朝のようなふらつきもない。一日、ゆっくりして、美味しいものを食べたおかげだ。
「行こう」
 零に促されヴェロニカはゆっくり歩む。
「今日は俺も絵を描こうと思って」
 誠一が屈託なく笑う。
「夜空にな。キャンバスだけが舞台ではないだろう? 頑張ろう」
 ヴェロニカは何か言いたげにうなずいた。何に対しての「頑張ろう」かは推測しかできない。ただ、誠一が見守ってくれていることは今日一日を通じても理解している。
 庭はきれいに整っている。草むしりで生じた、草やハーブの匂いが夜の風に巻き上げられている。
「きれいになったね、ありがとう」
「誠一、これに火をつければいいかな?」
 クィーロの確認の後、空に上がる花火。
「アルバも一緒にどう?」
 誠一に勧められる花火。
 恐る恐る手を伸ばすヴェロニカ。
「私もご一緒してよろしいですか?」
 レイレリアが声をかけると、零も手持ち花火を握りしめる。
 煙や今日一日一緒だった仲間を見て、誠一は教え子たちを見つめるような気持になる。
(暗い夜空には光の絵の具。迷子のアルバも出てくるように……消えたって何度でもともすから……。森の仲間たちも大声で誘い、わいわいとできたら嬉しい。やっぱ、こういうのは大勢じゃないと)
 ただの夏の一日でなく、心に残ってほしいと願う。
(どーせ、俺のは図形だけどな)
 すねる誠一は次々に花火を打ち上げた。

代筆:狐野径

依頼結果

依頼成功度大成功
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MVP一覧

  • 差し出されし手を掴む風翼
    クィーロ・ヴェリルka4122
  • やさしき作り手
    浅緋 零ka4710

重体一覧

参加者一覧

  • 英雄を語り継ぐもの
    ルスティロ・イストワール(ka0252
    エルフ|20才|男性|霊闘士
  • 夢路に誘う青き魔女
    夢路 まよい(ka1328
    人間(蒼)|15才|女性|魔術師
  • その力は未来ある誰かの為
    神代 誠一(ka2086
    人間(蒼)|32才|男性|疾影士
  • 六水晶の魔術師
    レイレリア・リナークシス(ka3872
    人間(紅)|20才|女性|魔術師
  • 乙女の護り
    レイア・アローネ(ka4082
    人間(紅)|24才|女性|闘狩人
  • 差し出されし手を掴む風翼
    クィーロ・ヴェリル(ka4122
    人間(蒼)|25才|男性|闘狩人
  • やさしき作り手
    浅緋 零(ka4710
    人間(蒼)|15才|女性|猟撃士

  • 鞍馬 真(ka5819
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人
  • 流浪の聖人
    鳳城 錬介(ka6053
    鬼|19才|男性|聖導士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2018/08/22 14:28:35
アイコン 相談卓
神代 誠一(ka2086
人間(リアルブルー)|32才|男性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2018/08/22 14:47:27