聖導士学校――嵐の前の準備期間

マスター:馬車猪

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
  • relation
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2018/08/23 07:30
完成日
2018/08/27 23:32

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●楽園
 活きの良い群れが川を遡行していく。
 鮭ではない。
 鰻でもない。
 紺色のスクール水着を着た少年少女である。
「後輩は頑張るねぇ」
 川の岸では現役の聖堂戦士達が見守っている。
「水泳の訓練なんて私したことありませんよ。隊長はどうでした?」
「水を使う歪虚と戦ったことはあるねぇ」
 微かな煙が漂っている。
 大量に積まれた炭は赤々と熱を発し、鉄串に突き刺された食材を程よく熱している。
「いちばーん!」
 先頭の少女がクロールからバタフライに切り替え大声を出す。
 体格の優れた少年よりさらに速いのは、同学年の中で最もマテリアルを使いこなしているからだ。
「一等賞はこれだよぉ」
 奮発して買った肉を笑顔で差し出す部隊長。
 今月の食生活は悲惨なものになるが、かつて先輩に受けた恩を思えばこの程度なんでもない。
「えっ……ありがとうございます」
 少女は戸惑いを作り笑顔で隠す。
 炭による焼き加減は素晴らしいのだが肉の質が低い。
 学校の食堂で食べている肉と比べると2段階ほど落ちてしまう。
「しっかり食べないと大きくなれないぞぉ」
 そんな残酷な事実を、人の良い先達に告げる気にはなれなかった。
「どーもー、社員一同からの差し入れでーす」
 西に見える立派な建物から、真新しい魔導トラックが走ってくる。
 荷台にはクーラーボックスの山。
 中身は学校食堂基準で良い肉と、キンキンに冷えた各種ビールである。
「いや、我々は任務中で」
「隊長隊長、バーベキューしながらじゃ説得力ありませんて」
「うひょー! まじかよこの銘柄、貰っちゃっていいんですか! ありがとうございます、ありがとうございますっ!」
 隊長以外は一瞬で陥落し、隊長を丸め込んで荷下ろし作業を率先して手伝う。
 ルル農業法人と刺繍された作業着の女性が、微笑みながら少女に目配せ。
 少女は立って食べる割には上品な所作で1串完食し、クラスへの差し入れである大型クーラーボックスを肩に担いだ。
 中身は柑橘系飲料だ。
 蓋も開けていないのに、新鮮かつ刺激的な香りと暴力的な甘さが五感を刺激する。
「がんばってねー。休憩時間なら食べていいって先生から許可もらってるから」
「はい!」
 元気で無邪気な返事をした子供達が、大の大人にとっても過酷な訓練を楽しんでこなしていた。

●王宮の憂鬱
「財務諸表が提出されました。リアルブルー様式です」
「舐めやがって」
 新進気鋭というには経験も実績もありすぎる男が殺気をまき散らす。
 怯える新人官僚から書類を受け取りざっと目を通すと、予想の範囲のぴったり下限の数字が並んでいた。
 素直に解釈するなら苦労しながら真っ当な経営をしている私塾。
 実際に送り出した人材の質と量も参考にするなら、収入も支出も隠しまくった偽物の財務諸表だ。
「しかし、他の組織よりは余程協力的で」
 男の殺気か濃くなり新人が震え上がる。
 つい最近、グラズヘイム王国の政界で巨大な地殻変動が生じた。
 中央政府と拮抗していたマーロウ大公派が屈服し、システィーナ女王を頂点とする体制に移行した。
 少なくとも公式にはそういうことになっている。
「能の無い貴族と同じに考えるな。奴らは……」
 中央からの財政支援無しで軍備を整え歪虚と戦う聖堂教会強硬派であり、既得権益層と強烈な結びついた旧弊そのものだった。

●丘精霊のもとで
「とまあそんな感じで評判悪いですよ」
 極彩色パラソルの下で、ハンターズソサエティーの職員が世間話の形で重要情報を流している。
「ルル様の護衛と学校運営を万全にしてくれる人でないと手の内を明かせません」
 カソックというには豪華な衣装を纏った司祭が物憂げに返す。
 化粧を変えたせいか、少女らしい甘さは薄くなっていた。
「中央官僚がハンターへの丸投げを認めるとは思えません。セドリック様なら丸投げ無しでも可能でしょうが」
 この地を直接治めながら国全体を動かすのは大司教にして名宰相でも不可能だ。
「失脚するときは事前に連絡入れてくださいね?」
 職員が言うと、イコニアは力なく笑って息を吐いた。
「リアルブルー出張中に失脚したら無理ですよ」
 イコニアは世界規模で名を知られるほどには貴重ではなく、法術補助の衣装や装備を実力で勝ち取る程度には強いので便利に使われている。
 北の端から異世界まで、出張回数はかなり多かった。
 ギターの音が空気を震わせる。
 貧乏旅行の途中にしか見えないエルフ達が、それだけは整備が行き届いた楽器で魂を燃やす演奏をしている。
 はふう、と。
 10~12歳児の生徒の中で1人だけ8歳程度にしか見えない少女が欠伸をした。
 そのままふよふよと浮き上がり、丁度良い加減に焼けた肉塊に向け漂っていく。
 かん、と鐘が鳴る。
 精霊音楽祭への参加資格が与えられなかった合図であった。
 なお、再挑戦に回数制限はない。
 ミュージシャン志望のエルフは農業法人でのバイトを続けながら、精霊の趣味を聞き出し難関を突破するつもりだった。

●丘精霊
 数百年にも及ぶ祭祀の不足が解消され、今はルルと呼ばれている地域密着型精霊に力が流れ込む。
 ハンター単独では扱いきれないマテリアルも伴っているが全く足りない。
 苗木を通し、地面に落ちた種や枝を通し、負マテリアルを退ける祝福を与えているので自己の回復にはほとんどまわせない。
 祭祀は司祭や司教が執り行うものだけではない。
 学びも、農耕も、人の行い全てが祭祀になり得た。

●依頼票
 臨時教師または歪虚討伐
 またはそれに関連する何か


●地図(1文字縦2km横2km)
 abcdefghijkl
あ平平未未農川平□平平川川 
い□平平学薬川川川川川川平 平=平地。低木や放棄された畑があります。かなり安全
う□平畑畑畑畑□□平平平平 学=平地。学校が建っています。工事中。緑豊か。北に向かって街道有
え平平平平平平木木墓■■■ 薬=平地。中規模植物園あり。猫が食事と引換に鳥狩中
お平□□□果果林□□■■■ 農=農業法人の敷地。宿舎、各種倉庫、パン生産設備有
か□□□□□丘林□□■■○ 畑=冬小麦と各種野菜の畑があります
き□□□□湿湿□□□■■■ 開=平地。開拓が完了しました
く■■□□□林□□□■■■ 果=緩い丘陵。果樹園。柑橘系。休憩所有
け○■■□□□□■■■■■ 丘=平地。丘有り。精霊のおうち
こ■■■■■□■■■■◎■ 湿=湿った盆地。安全。精霊の遊び場
さ■■■■■○■■■■■■ 川=平地。川があります。水量は並
し■■■■■■■■■■■■ 未=平地。開拓完了。今年から冬小麦を植えます
す■■■■■■■■■■■■
せ■◎■■■■■■◎◎■■
そ■■■■■■■■◎◎■■


□=平地。負のマテリアルによる軽度汚染
■=未探索地域
◎=深刻な歪虚出現地点
○=歪虚出現地点

gあ=聖堂戦士団が掃討と浄化を完了
fく=丘精霊の希望で植林が行われました

リプレイ本文

●司祭と精霊
 相手を気遣う気持ちも過ぎれば毒である。
 いっちゃやだー
 もっとあそぶのー
 あぶないのだめだよぅ
 膨大な情報が脳に叩き込まれ、百戦錬磨のハンター達も痛みを感じてしまう。
「ご武運を」
 聖堂教会司祭が神妙に頭を下げる横で、涙目上目遣いのカソック幼女が1人。
 地域密着型精霊にして最近ちょっとだけ格が上がった気がする精霊ルルである。
 精霊と人間。
 天然な精霊と強硬な聖職者。
 価値観も立場も何もかも違う1人と1柱は、全く同じ感情をハンターへ向けていた。

●南東
「ひょっとして」
 砲声が響く。
 単発式のカノン砲が狙撃銃として扱われ、目の無い不気味な鴉型歪虚を見事に粉砕する。
 歪虚の数は減っているようには見えない。
 後方からの増援により数が維持されている。
 射程内に入ったときには確実に打ち落としてはいる。
 しかしこの歪虚は基本的に射程外にいるため、滅ぼしきることができない。
「歪虚が増えたのを知っていた?」
 遠方からの偵察しかされていなった土地で、黒と金のエクスシアが一定の速度で歩いていた。
 操縦席では、エルバッハ・リオン(ka2434)の顔がHMDに淡く照らされている。
 気配の変化を感じる。
 一瞬後れてHMDに反映され、そのときにはカノン砲ごと機体の向きを変え終わっている。
「そこまで性格が悪いとは思えませんし」
 発砲。
 当たらない。
 腐っても飛行可能な歪虚だ。エルバッハ機より回避性能は劣るが無視できない確率で攻撃を避ける。
 外れたのを好機とでも勘違いしたらしく、目無し鴉の一団が降下を始める。
 2発目と3発目は命中。
 目無し烏は9割以上の戦力を保ったまま7Rウィザードへ迫った。
 エルバッハの眉間にうっすら皺がよる。
 マテリアルソードを魔術媒体にして火球を機外に生じさせる。
 爆発が群れを飲み込む。
 羽も骨も残さず焼き尽くされたのが9割弱。
 残りの半分はウィザードに躱され地面の染みと化し、最後の2羽が黒系統の装甲へぶつかり血煙と化す。
「最低でも2割増し。簡易の調査であれば無視できる程度ですが」
 報告書用の文面はすぐにできたがPDAに入力する暇はない。
「闇鳥、全高7メートル3体を確認。過去のエルフ村から現れたと推測」
 機体は小破状態にもなっていない。
 スキルも9割以上残っている。
 あの3体にも確実に勝てる。
 だが、敵の増援が延々現れる状態で勝ち続け安全地帯までたどりつくのは厳しいだろう。
「世評と違って地味ですよね」
 歪虚から土地を奪い返す最前線。
 精霊が住まい、巨大な財がうまれる新天地。
 それらの評価は嘘ではないが正確でもない。
 エルバッハは機体を反転させ走らせる。
 闇鳥が距離を保って追って来る。
 目無し烏が増援と合流して数を増やし、エルバッハが数時間掛けて掃討を行った土地を再占領した。
「今は3進2退。時間が十分あるなら理想の展開なのですけどね」
 高速タイピングでPDAへの入力を完了。
 総数300を超える敵の位置と速度を把握した上で機体ごと振り返る。
 距離の調節に失敗した、横回りの分CAMより巨大な闇色の鳥が、カノン砲の射程内で前のめりに駆けているところだった。
「戦闘可能時間は1分」
 それ以上戦えば有力な増援が現れたり、個々では弱くても足止めは可能な雑魔が退路を断ってくる可能性がある。
 エルバッハは淡々と砲撃を実行および継続。
 飛び散る闇色の羽の大部分は負マテリアルで構成されていて、半ばは地面に落ちて戻り、半ばは太陽の光に晒され溶けていく。
 撃破は1体のみ。
 残る2体は、最後まで強い殺意を見せずに後退し地平線の向こうへ消えていった。

●南西
 銀のイェジドが機嫌よさげに尻尾を振る。
 おやつのレアステーキは肉質がよいだけでなく味付けもイェジド向けで大満足である。
 イツキ・ウィオラス(ka6512)は最後の確認を終えた。
 地球連合軍用PDAより大型で高性能の、本格的な観測装置をエイルの鞍にしっかりと固定する。
 これがあれば調査に意識を向けなくても調査ができる。
 敵地に侵入し生き延びて戻ってくれば、次の調査あるいは討伐のための情報が装置の中から手に入るはずだ。
「期待には応えないとね、エイル」
 イェジドはこくりとうなずき、自然に分解される包み紙を穴に入れて土をかけた。
 南西に目を向ける。
 何の異常もない荒野に見えるのは錯覚だ。
 グラズヘイム王国本土としては最悪に近い濃度の負マテリアルが漂い、通信機どころか視覚まで妨害して奥を隠している。
 ――先の事は、判らない。
 人と国と歪虚が絡まり合った問題の解答なんて見当もつかない。
 だから進むのだ。ただひたすらに前へ。
「其れが、私に――私たちに、出来る事」
 鞍の重みを誇らしく感じ、イェジドの気配が濃く鋭くなる。
「さあ、往こう。エイル!」
 イツキとエイルは銀色の風となりかつての地獄へ突入した。
 内側での妨害は予想以上だ。
 槍が酷く重い。
 足場であり防御を任せたエイルを信頼し、イツキは文字通りの全力で槍を振り抜く、
 羽と肉に見えていた負マテリアルが横へ弾け、細見の闇鳥がエイルに突き放され後ろへ消えていく。
 数枚目の無色の幕を突き抜ける。
 腐りきれず乾いてしまった臓腑の臭いがエルフとイェジドの鋭敏な感覚を逆撫でする。
 それは錯覚だ。
 かつてこの地にあったエルフは滅び、残っているのは骨の欠片程度。
 先程の臭いは負マテリアルに染みついた嘆きと憎悪だ。
 イツキがエルフでなければ、手心無しの負マテリアルに当てられ騎乗すら難しくなっていたかもしれない。
「この進路も」
 有力な歪虚群や特に濃い負マテリアルを避けかつての集落を目指しても、避けようのない位置に大柄な闇鳥複数が配置されいる。
 即座に側面をとり、突撃から人騎同時攻撃を仕掛る。
 何度も繰り返してきた連携も呼吸も完璧だ。
「其の悪夢を、断ち切る!」
 闇鳥の一角が倒れ、エイルを足止めするにも追撃するにも数が足りなくなる。
「ここまでです」
 イツキ達は踵を返す。
 闇鳥の本拠は、負の気配を増しつつあるように感じられた。
 高空。
 非覚醒者にはごま粒にしか見えない距離を、1体のワイバーンが南へ向かっていた。

●植樹
 9個の外付け装甲。
 9個の無限軌道。
 9つの臼砲。
 国軍に所属している訳でもなく、ハンターズソサエティーに所属している訳でもない戦力としては、異様なほど強力な一団が農作業に従事している。
「多くない?」
 メイム(ka2290)が小首を傾げた。
 体のゴーレムがあると依頼票には書かれていたのにここだけで9体。多すぎる。
「金を集められるだけ集めて買いましたからねぇ。会社がこけると全員揃って……まあ大変ですよ」
 学者風の男に気負いはない。
「無茶するなー」
「不作でも2年持ち堪える余裕は残してます。頼りにしてますよ」
 メイムと会話しながらなのにゴーレムへの指示は完璧だ。
 異様な速度で……メイムと共に死線をくぐり抜けて来たのーむたんを上回る速度で土を耕し調節し木を植えていく。
 農業専用に調整されたゴーレムの力であった。
 なお、その分戦闘力は最低で砲はお守り状態である。
「Cモードwall侵攻を阻め~」
 忍び寄ってきたスケルトンをのーむたんが食い止めメイムが片付ける。
 農業法人ご一行は、戦闘が終わるまで気付きもしなかった。
「最初に植えた祝福の苗木が木になっている事について専門家のご意見は?」
「考えるだけ時間の無駄です」
 社員は真面目な顔で言い切った。
「私も農学者の端くれです。余暇の全てを研究にあてたりもしましたが」
 目が澄んでいる。
 イコニアとは別方向の信仰心を感じる。
「精霊様は凄いんです」
 そっちにいっちゃったかー、と内心嘆息するメイム。
「失礼、信仰心が口から溢れました。実務に必要な話に戻します。……ルル様の行動は予測できないのですよ。問題があればそのたびに対応していくしかありません」
 荷台に積まれた苗木の横にある、通常ではあり得ない種類と量の肥料を指し示す。
 急成長した祝福された木が貪った栄養を土に補給するための品々だ。
「農業に関することでしたら我々も力になります。ですので」
 歪虚や政治についてはなんとかしてくれということらしい。
「大規模儀式の代替するとイコニアさんに約束したし。あたしが出来る掃討と浄化で頑張らないと」
 メイムは言葉の意味に気付かないふりをして警戒を続ける。
 なすべきことは非常に多く、手分けと優先順位の設定が大変だった。
 そこから7キロ南方の危険地帯でも植樹が行われている。
「なあゴーレムは?」
「私の全財産をこんな場所に連れて来れるかぁ!」
 黙っていればナイスミドルな壮年が歯を剥き出しにして背負子を下ろす。
 清らかな気配を放つ苗木……というには少々大きな木が括り付けられている。
 ボルディア・コンフラムス(ka0796)が指示を出す前に、十代になったばかりの子供がアサルトライフルを構える。
「そっち!」
「右、じゃなくて南西からも来てる!」
 10人がかりによる弾幕である。
 所詮は突撃銃なのでフルオートはできないし弾幕も晴れない。それでも数ヶ月密度の濃い訓練を積んだ覚醒者が撃てばかなりの確率で当たる。
 少なくとも、リアルブルーの軍人が見れば目を剥く程度には当たるのだ。
 目無し鳥十数羽からなる襲撃隊が、ぽろぽろと落ちて地面で砕け散る。
「安心しろ。この程度ならお前等で十分切り抜けられる。自信持て! 腹に力を入れて目を見開け!」
 ボルディアが前に立てば飛行雑魔程度簡単に防げる。
 だがそれでは生徒の経験に繋がらない。
 必要以上に指示を出したくなるのを堪え、飛び出そうとする紅のイェジドを抑え、我慢の時間をひたすら過ごす。
「あっ」
 ボルディアの慌て声。
 苗木護衛中の社員が慌てて振り返る。
 生徒達は激しく動揺して、鳥の形に殺意を詰め込んだ雑魔の接近を許す。
「畜生ずるいぞ」
 全長2メートル半が一閃。
 生徒を貫くはずだった目無し鳥数羽が全て消し飛んだ。
 ボルディアの視線は、百数十メートル南で戦うドラグーンへ向いていた。
 空色の風が闇色のブレスと正面からぶつかる。
 青い鱗が数枚砕けて散る。
 一瞬遅れて、牙の如き動きで刃が大型の闇に突き刺さる。
 CAMより頭数個背の高い鳥が痛みに震え、眼窩から噴き出す炎が濃さを増した。
「クウ、増援の警戒をお願い」
 ユウ(ka6891)がワイバーンから飛び降りる。
 飛び降りる動作で血色の刃を引き抜き、殺意の目を向ける闇鳥を観察する。
 エルフの同僚から聞いた情報より殺意が強い気がする。
「ルル様がいたら護衛お願いね」
 青空色のワイバーンが北へ戻りながら静かにうなずく。
 炎の奥に大事なものが汚されたとでも言いたげな色が浮かび、闇鳥の肺にあたる部分が大きく膨れあがる。
 無意味な大技。
 致命的な隙。
 無意識に首を刎ねようとする自分の腕を意識してずらし、ユウは真横へ地面とすれすれに跳んだ。
 はるか南から極細のブレスが来る。
 丁度ユウに到達するタイミングで至近の闇鳥がブレスを解放。
 回避しづらい広範囲ブレスと長射程高威力ブレスが同時にドラグーンを襲う。
 蒼白の鱗で美しく覆われた腕が地面を強く打つ。
 ベクトルが急激に変化し、ブレスとブレスのわずかな隙間をユウの体がすりぬける。
 ユウが闇鳥の周囲をするりと回る。
 敵に喰らい付く龍の牙の如く、複数回振るわれた刃が分厚い負マテリアルを抉る。
「4連続攻撃!」
「5回だ」
 観客の中で、ボルディアだけがユウの動きを認識できていた。
「お前等前に出るな。苗木とそこの元王国騎士……じゃなくておっさんの護衛が最優先だ。植え終わったらおっさんの護衛は終了だぞ? 撤収準備急げ」
 幅10メートルの巨体が崩れて負マテリアルに戻っていく。
 ユウが油断無く南に向き直ると、同じサイズの闇鳥が小柄な個体に導かれ撤退を開始していた
「おい! 俺たちは侵略者じゃねぇ。お前等の眠りを妨げちまったのは、悪ぃと思ってっけどな」
 ボルディアの声が轟く。
 圧倒的な身体能力がオペラ歌手じみた音量で以て意思を届ける。
 通常の闇鳥は反応らしい反応を示さない。
 小柄な闇鳥が理解した上で無視しているのが、なんとなく感じられる。
「お前等の望みはなんだ?」
 距離は離れ、もう声も届いていない。
 そんな生者と死者をやりとりを、フィーナ・マギ・フィルム(ka6617)が無言で眺めていた。
 上空。
 意味のある音は全く聞こえない。
 遮るもののない風がワイバーンを翻弄し音もかき消しているからだ。
 風と同じくらい寒さも厳しいが対策は万全だ。
 白い肌も長い耳も、振り返るのに苦労するほど分厚い防寒装備に覆われている。
「生徒の無事離脱を確認」
 ユウとは別方向にいた闇鳥が追跡を諦めた。
 ボルディアが生徒の側から1分でも離れていたら、生徒の半分が死んでいたかもしれない。
 全員が丘にまで戻るのを見届けてから、フィーナは再度南を目指す。
 何も見えない。
 丘以北と他領の北端の間が負マテリアルで覆われ見通せない。
 見えない地上とは異なり高空には何もない。
 激戦を覚悟していたのに目無し鴉の姿すらなく、時間と体力を使うだけで南隣の領地に入れてしまう。
 隣領の警備は呆れるほどに緩かった。
 北の脅威に気付かず、見た目は小娘のフィーナを気遣い暖かいお湯で歓迎してくれもした。
 ほぼ無人地帯に左遷されたとはいえ覚醒者だ。
 歪虚に至近距離まで近づかれたら、死ぬかもしれないが死ぬ前には確実に気付く。
 つまり、歪虚の意識が学校にのみ向いている。
 フィーナはもう一度だけ隣領に向かい、歪虚の活動範囲には決して近づけずに学校まで戻る。
「無事で何よりです。お帰りなさ……」
 イコニアが立ち上がり、防寒具を脱いだフィーナの顔を見て目を見開く。
「増援を呼びましょうか」
「多分必要ない」
 撮ってきた写真を限界まで拡大して印刷しても、不自然なほど自然な荒野しか映っていなかった。

●人と精霊
「ただ今帰還しました」
 ユウを出迎えたのは鮮やかな色彩と爽やかな香りだ。
 紅茶の透き通る色と淡い白のカップ。
 重厚なケーキは綺麗に切られて可愛らしい皿に並び。
 清潔なテーブルクロスの上には龍の彫刻がなされたフォークが几帳面な角度で並んでいる。
「あの」
 口内に唾がわき出す。
 意識を覚醒させる香りと甘みが戦闘の疲れを自覚させる。
「どうぞ」
 司祭は穏やかに微笑み、友人を労りの席に導いた。
 ユウは崩さないよう気をつけて切り口に運ぶ。
 甘いだけでなく練り込まれた果物もはっきり分かる。
 別のケーキを買ったのだろうか?
「農業法人の冷蔵庫をお借りしました。温度計があると調節が楽で腕が鈍ってしまいそうです」
 パティシエを抱えるほど大きくない貴族家のうまれなので、美味しいくもてなすため技術も当然に身につけている。
「ありがとうございます」
「はい。でも危険に身をさらしているのはユウさん達ですから。お土産にケーキも頂きましたし、このくらいはさせてください」
 言葉と声だけ聞けば完璧な淑女だ。
 しかし、血の気の薄い顔には隠しきれない緊張が浮かび、うっすら汗もかいている。
 突き刺さるどころか貫通するような視線が、指を咥えた精霊から放たれているのだ。
「駄目ですよルル様」
 ユウは物怖じしない。
「出張の連続で疲れているイコニアさんのために持って来たんです。ルル様のはまた今度、ね?」
 中小精霊は肩を落とす。見守っていた校長以下教師陣が無言でガッツポーズをとる。
 精霊に人間の礼儀を押しつけるほど傲慢ではないけれど、知識の足りないものを放置するほど薄情ではない。
 今も甘やかそうとする農業法人社員を抑え、ユウに感謝と期待の視線を向けていた。
「なんでしょうこの緊張感」
 イツキの手にはジャーキーがある。
 味も薄く低待遇のようにも見えるが実は重量あたりの値段はケーキ以上だ。
 千切ると猫とユグディラが寄ってきて、イツキをもふもふしながら奪い合う。
 スポンサーと精霊の目があるので爪と打撃は自主規制中である。
 今回は老練な猫がユグディラを下してジャーキーを勝ち取った。
「ちょっと暑い……」
 猫は聞いちゃいない。
 イツキから奪いはしないが遠慮もせず、次のジャーキー争奪戦に備えてもこもこしている。
 猫好き垂涎の熱さであった。
「ルルさん体調はどう? 植林はありがとうね、一先ずの憂いが収まったよ♪」
 メイムが精霊を構っている。
「他の苗木ももしかして祝福追加してる? 嬉しいけど無理はしないでね」
 精霊は肉体的には元気そうだ。
 肌が艶々しているだけでなく、なんだかふっくらしている。
「今回はこれもプレゼント、みんなと一緒に泳ぐときっと楽しいよ。全裸のまま湿地で遊ぶとまた注意されるし」
 普段使いのスク水は現在選択中だ。
 メイムがワンピース水着を渡さなければ、大きな問題が発生していたかもしれない。
「本当に無理しちゃだめだよ?」
 エステル(ka5826)のユグディラが高速で首を上下に振っている。
 農業法人が大量の肥料を持ち込み、教壇に立てるレベルの専門家3人が昼夜を問わず土を調整したからこの程度の消耗で済んでいる。
 緑の爆発的成長をルルのみの力で行っていたなら、今頃最期の別れをしていたはずだ。
「ちったぁ足下を見ろこの馬鹿」
 川の中央で水しぶきが上がる。
 ワンピース水着の幼女がボルディアによりつまみ上げられ、口と鼻から盛大に水を吐き出しぐったりする。
「下流まで流されて無事でいられるのかよ。悪いところばかりイコニアに似やがって」
 実体化を解けば風に吹かれて海まで飛ばされそうで、黙って説教されることしかできない。
「まあ頑張りは認めてやるよ」
 視線を向けもせず斧を後ろへ。
 スケルトンに劣る存在感しかない雑魔が、自己の死に気づけぬまま滅んだ。

●駄目な方のエルフ
「エルフの方々がいらしているのですか……ぜひともお話をお聞きに行きたいですね」
 人材リストの確認を続けながら、エステル(ka5826)が楽しげに微笑む。
 ほとんど軍閥幹部なイコニアよりずっと聖職者らしい聖導士だ。
 なお、王立学校神学科への紹介状が複数の司教から送られてきいて、エステルは受け取るたびに謝絶の手間をかけさせられている。
 卒業即司教とはいえ通うための時間を捻出できない。
 ハンターを止めればなんとかなるかもしれないが、高位覚醒者であるエステルが止めればハンターズソサエティーと聖堂教会の間で紛争勃発不可避であるし他にやるべきことがある。
 そんなエステルがいる建物を見上げ、エルフの若者達が酷い顔色をしていた。
「エルフとしての意見を聞きたいってどうすりゃいいんだよ」
 ルル農業法人で生活費を稼ぐ、自称新人ミュージシャンである。
 森への帰省は年一回にも満たず、草木の世話の仕方も伝統的なエルフ音楽もほとんど頭から消えている。
「し、しつれいします!」
 その日何を言ったか何を言われたか、緊張のしすぎで覚えていない。
 ただ、これ以降聖堂教会が関わる音楽イベントに、新進気鋭のエルフ達がよく現れるようになった。
 未来のミュージシャンを送り出したエステルは、扉を閉じてから苦笑を浮かべる。
「森から直接呼ぶしかないのかもしれませんね。しかし、私は助祭ですらないのですが」
「えっ」
 ここの卒業生である現助祭の少女が思わず大きな声を出す。
「すみません、エステル様のことをすっかり」
 司祭か司教候補だと思っていた。
 実際、その地位に相応しい業績がある。
「戻ったぜー。イコニアは戻ってるか?」
 重厚な扉を軽々開けてボルディアが顔を出す。
「いるのは署名入りの白紙書類くらいですね」
「野郎手抜きを覚えやがって」
 装備を外し、渡されたタオルで体を拭い、仮眠ベッドにも使われるソファーに体を投げ出す
「面倒な敵だよ。この地を滅ぼした人物の末裔が何の因果か植民をする。まぁそりゃ腹も立つし納得はいかねぇよな」
 ボルディアの言葉を聞き、契約書の束を運んで来たフィーナが一瞬固まった。
「……何かあったか?」
 あったのは前回だ。
 ライブラリ内。殺戮の実質的な首謀者が、この地の人間に焼かれる姿が目に目に焼き付いている。
 己の死を当然こととして受け入れたあの修道士は、輪廻転生が実在するなら確実にイコニア本人、存在しなくてもコピー元といかそういうレベルで近い。
「言う気になったら言ってくれ。おーしガキ共を揉んでくるかー」
 大重量の鎧と斧を軽々と持ち上げ、ボルディアは川岸のBBQ会場へ走って戻って行った。
「フィーナさん?」
「仕事を進める。時間に余裕がない」
 彼女達は実質的にこの地を動かしている。
 この地で閲覧を許されない情報はなく、ほとんどのことをイコニアや校長の許可無しで動かせる。
「戦闘教官の補充は無理ですか」
「不可能ではないが現実的ではない」
 最低限必要な質が高いので、時間か金か両方がかかりすぎる。
「情報流出がなさそうなのは楽」
「全員農業法人への就職ですか。給料と退職金が物納?」
 第六商会から刻令ゴーレムが輸送中だ。
 農業法人の倉庫へ搬入された後は、貸与という形で開墾に従事する予定になっている。
「この時点でいくつか法例に触れている気が」
「今更。ここは軍閥と解釈可能。危ない橋を渡っている」
「以前はもう少し真っ当な仕事だった気がするのですけど」
 2人だけのせいではないが、2人を含むハンターが積み重ねた結果として、大きな影響力を持つ組織を複数誕生させてしまった。
「聖堂戦士団の説得は……最終的な契約まで済んだのですか」
 戦闘教官への就任承諾書や情報の取り扱いについての契約書まで、必要な書類に必要な署名が全て揃っている。
「無意識にイコニアさんを基準に考えたのがしっぱ……」
 細いおなかがくるると鳴る。
 肉の香りが胃袋から逆流する。
「んっ、んっ。私の話、10分の1も聞いていなかった」
 聖堂戦士団の隊長以下全員に熱烈に歓迎され、たらふく食わされ呑まされた。
 無能故の行動ではない。
 学校の現状に感動し、フィーナの業績を知りテンションが上がりすぎ、善意で歓迎し過ぎてしまっただけだ。
「ただ今戻りました」
 ふらりと現れた司祭は、いつもは色白な顔をほんのり桜色に染めている。
「弱いものでも飲み過ぎは毒ですよ」
「ふふ。だってみんな元気で、うれしくて、エステルさーん」
 抱きつこうとするイコニアを手の動きだけでいなす。
 高位の聖導士の多くがそうであるように、エステルは武術の面でも強者だ。
「例の件はどうなりました?」
「れいの?」
 蕩けていた緑の目に理性の光が復活する。
 目配せ。
 用事を作って逃げようとした助祭がエステル達に捕獲される。
「マティ助祭には及びませんが、そこそこ使える人材を確保することに成功しました」
 己の失脚後ばかりを見つめていた彼女はエステルに叱られ、現状を改善する方向にも力を入れ始めた。
「助祭は貴族の家系に産まれていたら聖堂教会行きが許されないレベルで優秀ですから」
「言い訳?」
「はい」
 イコニアは恥ずかしげに微笑みこほんと咳払い。
「確保できた人材は出版部門と運輸部門に配置しました。直接的には楽になりませんが、学校の資金繰りも好転しますし色々やりやすくなるはずです」
 ハンターもイコニアも、この地をよくするために必要な手を打っている。
 その結果として力がより大きくなり、王国中央からの目は非常に厳しかった。

依頼結果

依頼成功度大成功
面白かった! 7
ポイントがありませんので、拍手できません

現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!

MVP一覧

  • 聖堂教会司祭
    エステルka5826
  • 丘精霊の絆
    フィーナ・マギ・フィルムka6617
  • 無垢なる守護者
    ユウka6891

重体一覧

参加者一覧

  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムス(ka0796
    人間(紅)|23才|女性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    イェジド
    ヴァーミリオン(ka0796unit001
    ユニット|幻獣
  • タホ郷に新たな血を
    メイム(ka2290
    エルフ|15才|女性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    ノームタン
    のーむたん(ka2290unit005
    ユニット|ゴーレム
  • ルル大学魔術師学部教授
    エルバッハ・リオン(ka2434
    エルフ|12才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    ウィザード
    ウィザード(ka2434unit003
    ユニット|CAM
  • イコニアの騎士
    宵待 サクラ(ka5561
    人間(蒼)|17才|女性|疾影士
  • 聖堂教会司祭
    エステル(ka5826
    人間(紅)|17才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    ミーナ
    ミーナ(ka5826unit001
    ユニット|幻獣
  • 闇を貫く
    イツキ・ウィオラス(ka6512
    エルフ|16才|女性|格闘士
  • ユニットアイコン
    エイル
    エイル(ka6512unit001
    ユニット|幻獣
  • 丘精霊の絆
    フィーナ・マギ・フィルム(ka6617
    エルフ|20才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    シュヴァルツェ
    Schwarze(ka6617unit002
    ユニット|幻獣
  • 無垢なる守護者
    ユウ(ka6891
    ドラグーン|21才|女性|疾影士
  • ユニットアイコン
    クウ
    クウ(ka6891unit002
    ユニット|幻獣

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 質問卓
ボルディア・コンフラムス(ka0796
人間(クリムゾンウェスト)|23才|女性|霊闘士(ベルセルク)
最終発言
2018/08/20 22:22:58
アイコン 相談卓
ボルディア・コンフラムス(ka0796
人間(クリムゾンウェスト)|23才|女性|霊闘士(ベルセルク)
最終発言
2018/08/23 07:34:19
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2018/08/19 17:36:39