• 空蒼

【空蒼】鬼転

マスター:電気石八生

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2018/09/05 07:30
完成日
2018/09/09 21:17

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●死亡
 とある病院の精神科病棟、その最奥には自傷他害のおそれがある患者を隔離保護するための「保護室」がある。
 そこに保護されていたのは、秋葉原で試作型コンフェッサー“獅子鬼”をジャックし、破壊行動を行った強化人間。
 ――過去形だ。いや、一応は現在進行形で彼は病室に収容されてはいる。自身の焦燥に駆り立てられることも、誰を傷つけることもない骸として。
「ある意味これもパーフェクションってことなのかしらねぇ」
 ゲモ・ママ(kz0256)は苦い顔をそむけ、重いため息を吐き出した。
 強化人間の死因はこの部屋で唯一クッションで覆われていない便器への連続ヘッドバット。その必死は、監視員が部屋へ跳び込んでくるまでの数十秒で、彼の頭蓋を見事に打ち割ってみせたという。
「で、原因はわかってるの?」
 ママの問いに担当医はかぶりを振り、「治療自体はまだ手つかずでしたから」。
「もともとの自死衝動は抑制してたんですけど、追加でVOIDから指示が飛んできた可能性はありますね。強化人間とVOIDの関係性は僕が考えてた以上に深い感じですし」
 その実、両者の関係性はいたってシンプルなものだ。精霊ならぬVOIDと契約した者は負のマテリアルを得、覚醒者ならぬ強化人間となる。
「……例のイクシード・アプリの登場でリアルブルーはカオスのまっただ中よ。アンタももっとずっといそがしくなるわよね。アタシなんてただの下っ端だけどさ、できることありそうなら声かけて」
 余計なことを付け加えることなく、ママは担当医に背を向けた。
「そのとき、あなたが間に合ってくださるのを祈りますよ。ええ、感じじゃなくて、心の底から」
 担当医もまたイクシード・アプリや精霊到来といった異常事態への説明を求めず、それだけを返した。

●思索
 ママは夜の街の片隅に腰を下ろし、リアルブルーの有様を見るともなくながめやる。
 強化人間の死を悼まないわけではないが……彼が生きていれば知ることができただろう、天王洲レヲナ(kz0260)の演じる役どころを知れなかったことが実に痛い。
 先のドックでの戦い、ハンターからの報告と自身の目と耳で確かめたものを総合して考えれば、獅子鬼というCAMにはVOIDばかりでなく、レヲナも関与している。イクシード・アプリのおかげで強化人間の出自が知れた今、それは推論ではなく確論となった。
ただ。
 レヲ蔵があれに乗ってたんなら、通信で騒いでたレヲ蔵は誰ってハナシよねぇ?
 そこにいるはずのレヲナと、そこにいるはずのないレヲナ。
「情報がなさすぎだわ」
 その問題は後回し、獅子鬼のことを考えてみる。
 秋葉原で暴れた獅子鬼は、強化人間の危険性をアピールする目的があったのではないかと推察される。実際、それと前後して起こった暴走騒ぎがイクシード・アプリを世にばらまくこととなったのだから。
 では次に、人目がないドックで戦わせた理由は?
 ハンターによる獅子鬼撃破が報じられているから、大抵の人が知っている情報ではある。歴戦のハンター6人の連携がもたらした勝利――圧倒的な力を持つ試作機も、1体ではどうにもならず――
 なーんかこっちの数が少ねぇとか経験値低かったらやばかったみたいな記事だけど、エンタメ業界って苦戦がドラマとか思ってるとこあるしねぇ。ただでさえ地球統一連合議会議長ドナテロ・バガニーニ裏切り! ってネタが飛び交ってるし、わかりやすい敵が欲しいってのはわかるんだけどねぇ。
 と、ハナシがずれちゃったわ。
 あの戦いが試作機の試験ってだけじゃないとして、裏にいる誰かがなにしたいのかってことよ。
 現時点で考えられるのは獅子鬼の性能アピールくらいなものだが、それなら街で戦うほうが効果的だったろうに。こちらとしては、強化人間騒ぎに油を注ぐようなことにならなかっただけありがたいくらいなものだが……
 アタシたちがいちばん怖いの、強化人間への弾圧論が加速して暴走が激化することだったのよね。安直にイクシード・アプリへ手ぇ出す人たちも増えるから。
 ただ、リアルブルーに精霊が降臨したことで事情は大きく変わりつつある。
 VOID側がそれを予測していたのか、実際になにを企んでいるのかは知れないが、少なくとも精霊の登場はイクシード・アプリの拡散に大きな障害となるはずだ。
 なにかしかけてくるなら今しかねぇわよね。あー、でもそのなにかがなんなのか、レヲ蔵の役どころがどうなのか、結局はそこなのよねぇ。
 ドックでの戦いに絞って考えてみてもわからない。
 ドナテロの護衛を務めてきたレヲナは高い戦闘能力を持つ。試験パイロットにはうってつけだが、敗北確定の戦場で戦わせるよりも要人暗殺か自爆テロをさせるほうが効果的ではなかったのか?
「ハンターに苦戦させたかったくらいしか思いつかねぇわぁ」
 と、ここで考えることを中断し、ママは立ち上がる。
「レヲ蔵。アンタが操られてんのか自分であっちについてんのか知らないけど、ケリだけはつけねぇとよね」

●起動
 未だ復旧作業の進まぬ秋葉原。
 それでも人々はその地にあり、不便を愚痴りながらも日々を忙しく過ごしていた。
『それも今日で終わりだけどね』
 ビルの上から跳び降りてきたCAMがモニターアイをきらめかせ、人々を見やる。
 それはまごうことなき獅子鬼。ただし、秋葉原で暴走したものとは装甲が異なり、黒い。
 と、すくむ人々の内から声が漏れ出した。
「この前港でやられたってヤツじゃね?」
 そう、確かに“高機動型”ではあった。ただしそのボディの各部にはスラスターが増設、さらなる機動性を実現している。
『じゃあ始めようかーって、困ったなぁ。邪魔なのが来ちゃった』
 獅子鬼がそらぞらしく顔を振り向かせれば、そこへ駆け込んできたのは一台の大型トレーラーである。コンテナが開き、現われたものは。
 黒き獅子鬼――黒獅子と対をなす、白き装甲を赤のラインで飾った獅子鬼“白獅子”だった。
 暴力と恐怖を象徴する黒き獅子鬼が「邪魔」と言い放つ、まるで正義を移すかのような白き獅子鬼。しかも軽装甲の鋭利なフォルムはさながらロボットアニメの主人公機のようで。
 追い詰められた人々の目は思ってしまうのだ。十分な経験を積んだ覚醒者6人を苦戦させた高性能機が救いに来てくれた!
『でも。パイロットがいなくちゃどうにもならないよね? 強化人間が来る前に、みんな殺しちゃえば終わりだよ』
 ゆっくりと言い募り、黒獅子が人々へ踏み出す。
 獅子鬼が強化人間専用CAMであることはすでに周知の事実だ。そして強化人間になれる手段が、この場にいる人々すべての手の内にある。
 堰が切れるのは時間の問題だった。

リプレイ本文

●翻弄
「大変なのはいつものこととはいえ、めずらしく後手に回らずにすんだか――ギリギリだがな」
 黒き魔導型デュミナス“Jack・The・Ripper”を駆り、黒き試作改良型コンフェッサー“獅子鬼”――黒獅子へ向かうリカルド=フェアバーン(ka0356)が言葉を漏らす。
 あの黒獅子とかってののパイロット、えげつねぇ罠張りやがるな……正義感だけじゃなく、自分が特別ななにかになれるんじゃねぇかってヒーロー願望、見事に煽ってきやがる。ハンターやってると麻痺しちまうもんだが、なんでもねぇ一般人は抉られるよな。

 自身が特別な存在になりたいのか。それとも今自分ができることをやらなくてはならないと据えたのか。――彼らはどちらの気持ちで、あの白いのを目ざそうというんだろうな?
 イェジド“イレーネ”の背に伏せ、風のごとくにアスファルトをすべりゆくアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)は胸中でうそぶいた。
 後者ならば理解できるが、前者のような人間ならば……少なくとも私は肩を並べ、背を預けたくはないな。自身が手にした力に対し、責任を持つことはしないだろうから。
 どちらにせよ、人々を焚きつけ、駆り立てる黒い悪魔は目の前にいる。
 ならばその囁きを止めるため、退治るだけだ。

 桜崎 幸(ka7161)は、“ベルン”の名を与えた魔導アーマー「プラヴァー」の上から黒獅子――三度めにして初めて対するコンフェッサーを見据え、唇を噛んだ。
 黒獅子のパイロットは……ううん、ちゃんと確かめなくちゃ、だよねぇ。
 今回のことは誰かが仕組んだ茶番なんだろうけど、このままだとここにいる人たちだけじゃない、リアルブルーのいろんな人がアプリを使うように仕向けられちゃう。
 それだけはだめだ。だから絶対、やらせない。

 黒獅子へ向かった3組と連動し、一般人及び白きコンフェッサー“白獅子”への対応に回った3組は行動を開始していた。
「騙されるな、罠だ!」
 スマホを手にした人々に対し、鋭く引き締まった面より厳しく研ぎ澄まされた声音を発したのはメンカル(ka5338)。堂々たる体躯を備えたその姿には、人々の軽挙を留めるだけの圧があった。
「ハンターのメンカルだ。あの黒い機体に乗る強化人間は仲間が欲しくてわざとああ言って、おまえたちにアプリを使わせようとしている」
 白獅子の前に陣取り、マシンガン「コンステラ」を腰だめに構えたR7エクスシア“隠者の紫”の内より、黒獅子越しにイヴ(ka6763)が言葉を添える。
『あなたたちの中にはヒーローになれる人だっているかもしれない! でも、その方法はちがう!』
 メンカルはイヴの言葉が終わるまでの間に、空を周回するポロウ“エーギル”に惑わすホーの発動を指示。あらためて人々へ向きなおった。
「……他人の忠告を信じないのはおまえたちの勝手だが。少なくとも俺は、人類の敵となった者に容赦はしない。たとえVOIDに操られているだけの強化人間でもだ」
 酷薄に言い放つメンカル。もちろんこれは演技に過ぎず、本人は神経性の胃痛を感じていたりするのだが、顔立ちの精悍さが説得力をいや増し、人々をおののかせずにいられない。
「あぁ、隠れてアプリを使おうとしても無駄だ。アレは」
 親指の先で空にあるエーギルを差し。
「俺の“目”でな。どこでなにをしようと、確実に見抜く」
 と。黒獅子越しに撃ち込まれたイヴの銃弾が人々のまわりのアスファルトを削る。万一にも当てる気などない、威嚇射撃であったが。
『ぷぷ』
 黒獅子は吹き出し、機体を揺すって笑い出した。
『あははは、あはっ! そっか、強化人間って人類の敵なんだ。それはもう迫害されてもしょうがない! さっさと全部殺しちゃえ! そうだよね~』
 一度しゃべるのを止めた黒獅子は小首を傾げ。
『だ・か・ら♪ 覚醒者様は自分を犠牲にしてでも他のみんなを助けたい人のこと、容赦なく殺すんだぁ。撃ったもんね? まだなんにもしてないはずの人、あっさりとさぁ!』
 メンカルとイヴが胸中で舌を打つ。
 黒獅子の狙いが強化人間の量産にあることは知れていた。このお膳立てされた状況が人々を「やるしかないんだ」と追い込むためのものであることも――人々の暴走を事前に止めるべくふたりが刺した釘が、逆に暴走の呼び水にされようとしていることもだ。
『あのコンフェッサーの前塞いでるのも、みんなに抵抗させたくないからでしょ。まあ、僕的にはありがたいことなんだけどね』
 人々がメンカルを、そして隠者の紫を見た。疑念と不信と憤りを含めた目で。
 ハンターのポジショニング取りを妨害しなかったのはこのためか。メンカルとイヴはそれぞれに気づくが、時はすでに遅く――
 と。押し詰まった不穏を引き裂く、試作型スラスターライフルの連射音。
『特別な力なんて持ったって、責任ってやつにつきまとわれて酷い怪我するだけなんだがな』
 続く言葉を飲み下したリカルドは、かるい跳躍の中で自動的にガトリングを撃ち返してくる黒獅子に対し、両腕を畳んですくめた上体のガードを固めた。
 あんたらの気持ちはわかるね。なんだかんだで俺も弱者だからな。が、それを口にしていい場じゃねぇこともわかってるよ。ここじゃ俺も強者の側だ。なにを言っても嫌味に落ちる。
 こんなものを礼儀と呼ぶつもりはないが、守るべき仁義を守ることこそが人の道というものだろう。たとえリカルドが覚醒という力を有する、常識外の存在であってもだ。
 ガトリング弾の豪雨のただ中、Jackの上体を振らせてサイドステップ。ただしこれは、回避のためばかりの行動ではない。
 Jackが開けた道に飛び込んだのは、幸のベルンと、アルトの騎乗するイレーネである。
「僕は上に」
「了解した」
 幸がベルンのベイグランティアを起動、機体の各部に穿たれたスラスターよりマテリアルジェットを噴出し、跳んだ。
「イレーネ、行け!」
 相棒の背に指先をつき、アルトがふわりとその身を浮かせれば、足を速めたイレーネが黒獅子へまっすぐに駆け込んでいく。
 数瞬遅れて地へつま先をついたアルトは、顎先がアスファルトにこするほど低く上体を倒し込んだ。リカルド、幸、イレーネ、すべてから軸をずらすことで黒獅子の狙いを分散させるべく、歩のリズムを不規則に変えて黒獅子の目を惑わしながら右へ回り込む。
 それをサポートすべく、イレーネがウォークライ。咆哮を轟かせたが。
『うるっさいなぁ~。邪魔なのも1、2、3、いっぱい来てるし!』
 黒獅子はうへぇと声を歪ませただけで、動きを止めることはなかった。
「男らしく真っ向勝負しようよ!」
 黒獅子の文句を遮るように眼前まで跳んだ幸は、スペルスラスターで再加速したベルンに魔鎌「ヘクセクリンゲ」を振り上げさせ。
「女々しい真似なんかしてないでさ!」
 超重練成で膨らませた鎌刃を、思いきり振り下ろした。
『そう言われても僕、立派な男になりたいわけじゃないし~?』
 スラスターを噴かして右腕を加速、刃を受け止めた黒獅子がとぼけた返事をした。
 よけなかった。これ、僕たちが連動してるから? それとも、乗ってるのが天王洲さんじゃない? あの答じゃ正体はまだわからないけど……とにかく普通の人たちへ近づけないように引きつけなきゃ!
 幸が意を固める中、アルトとイレーネが黒獅子の足元を攻めたてる。

 おまえの思い通りには踊らない。
 キャリコ・ビューイ(ka5044)は自分を負って飛ぶポロウへ合図し、射角を確かめた。
 ポロウの隠れるホーに彼自身の隠の徒を重ねた隠密の効果は、順当に黒獅子の目をごまかしてくれていた。
 あとは合図を待つばかり、か。
 彼の役目はアプリ使用者を押さえたメンカルからの連絡を待ち、トレーラーの運転手を確保することなのだが……キャリコの研ぎ澄まされた視覚が捕らえたのは、空の運転席だった。
 どういうことだ? いるべきはずの運転手がいないとは。
 彼はビルの影にポロウを潜ませ、いつでも急降下射撃ができるよう備えさせながら疑問の式を解きにかかる。
 運転手はどこへ行った? 隠れるだけならいくらでも場所はあるが――強化人間でも親VOID派の者でも、隠れるよりも人々にアプリを使わせるための餌にするほうが効率的。それをしないのは他に目的があるのか?
 提示すらされていない問題の答え合わせを急いでもしかたない。なにが起きても対処できるよう、備えるだけだ。

●罠
『アキバにいるあなたたちは憶えてるはず! あの白いコンフェッサーは正義の使者なんかじゃない! あのとき暴れたアイツと同じやつだ!』
 イヴは焦りを抑えつけて紡ぐ。
 状況は一触即発。そこまで張り詰めさせてしまったのは、他ならぬ自分たちだ。しかしそれでも、被害を最小限に食い止めなければ。
 メンカルもまた、パリィグローブ「ディスターブ」とその身をもって流れ弾や破片から人々を守りながら言い聞かせる。
「ここはもう戦場だ。アプリを使わないと約束できるなら、俺たちがその命をかならず守る。考えろ――強化人間になればどのみち元の平穏には戻れない」
 ふたりの説得に、いくらかの人々がスマホをポケットに戻し始めた。
「今だったら逃げられるわよぉ! アタシがばっちりエスコートしたげるからぁ!」
 と、ビル影から手を伸べたゲモ・ママ(kz0256)が人々を招いた。いつもよりおどけた調子で大きく手を振って、急かす。
 場の空気が、少しずつ傾いていく。覚醒者に対する不信はあれど、白獅子は確かに先日の事件の主犯であり、強化人間となればただの人間には戻れないのだから……。

「ふっ」
 短く息吹いたアルトが左足で踏み込んだ。アスファルトを割るほど強い震脚が、その反動で押し上げられたマテリアルに鋭い螺旋を描かせ、彼女を瞬時に加速させる。
 残像の尾を引いて跳んだアルトの内より噴き上がるマテリアルの焔。灼熱に点火された彼女はさらに加速、置き去りにしてきたはずの残像を噴き散らして跳び、右に佩いた試作法術刀「華焔」を抜き打った。
 かくて紅焔の輝きが音もなく黒獅子の足元を行き過ぎた直後。
『うわ! シャレになんないんですけど!?』
 ただの一閃で脚部装甲を灼き裂かれた黒獅子が舌を打った。
 踏鳴からの飛花・焔。超加速に超加速を重ねて先の先を取る、アルトであればこそ為し得る超々速の攻めであった。
 ……聞いていたよりも遅い。あれだけ増設してきたスラスターも充分には使えていないようだ。
 黒獅子のオートカウンターを舞うがごときサイドステップでかわし、駆け込んできたイレーネの背を手がかりに方向転換、緩急をつけて黒獅子を惑わせる。
 続けて降り落ちるガトリング弾のただ中、はしらせた焔刃の先へと駆けるアルトは小さく息をついた。やはり、対応も挙動も遅い。
 違和感はともあれ、仲間が攻撃するための隙は充分にこじ開けた。敵が十全に機体の能力を発揮できないなら、このまま攻め切る。

 ポジショニングを細かに移しつつ、リカルドはアルトに引き回される黒獅子へライフルを撃ち込んでいた。
 さすがに直撃までは許してもらえなかったが、彼の銃弾は黒獅子の関節保護装甲を着実に削り、さらにアルト、幸の攻めと相まって脚部装甲そのものを破壊しつつある。
 とはいえ、ここから被害をどれくらい抑えられるかだ。犠牲はあんまり出したくないところだが……
 ちらりとJackの髑髏面を人々、そしてメンカルのほうへ向ければ、状況が危険域にまで高まっているのが見えた。
 ……あっちはあっちでやばそうだが、俺自身は説得に向いていないというか、そういうタマじゃないからな。
 そもそもJackは近接格闘用にチューンナップされた機体だ。それをあえて遠距離支援に使っているのは説得の時間稼ぎをするがため。
 まあ、直接戦闘は手練れに任せておけるだけ楽でいいが、時間稼ぎもなかなかに難しいもんだ。
「とりあえず給料分は働かねえとな」
 コクピットの内で独り言ち、リカルドはライフルの薬室へ次弾を送り込んだ。

「そうやって覚醒者は正義面をして、力尽くで抑えつけるんですね」
 傾きかけた空気を押し戻したのは、固く強ばったアルトだった。
「地球を侵略しているのは覚醒者じゃないんですか? VOIDはそれを追ってきただけで……あなたがたのせいで地球統一連合議会は……甲斐さんは……」
 ダークスーツ姿の若い女が、見開いた両目をわななかせ、メンカルをにらみつけていた。
 メンカルは知らない。知りようがなかったのだ。彼女が先日、港で爆死した甲斐ライ議員の娘であることなど。
『メンカルさん、その人抑えて!!』
 同じく知りようのないイヴが、女の背に噴き上がるただならぬ気配に叫ぶ。
 メンカルとイヴはほぼ同時に、同じ答へたどり着いた。
 彼女から負のマテリアルは感じられない。ただの一般人だ。しかしその心は、おそらく最初からVOIDの側にある。つまりこれは、黒獅子のしかけた罠――
「っ!」
 袖口に隠していた投具「コウモリ」をメンカルが投じた。残る人々への見せしめにすることも考えたが、この状況では確実に最悪手となる。
「コウモリ」にスマホを持つ手を貫かれた女は、もんどりうって倒れ込んだ。
「パパ!!」
 アスファルトへ転がったスマホを探ろうとした女の手。メンカルがその甲をブーツの踵で踏みつけた、次の瞬間。
『ほらぁ! もたもたしてたらこわ~い覚醒者様に殺られちゃうよ!? 死にたくなかったら僕と契約して強化人間になってよぉ~!!』
 黒獅子が甲高い声をあげた。
 最速でアプリ起動を留めた、ただそれだけの行為が黒獅子の言葉によって無差別な暴力へとすり替わり、人々を追い詰めて――元より覚醒者への不信を募らせ、ヒーローという餌をあきらめきれずにいた幾人かが、恐怖と希望を込めた指でアプリを起動させる。
『だめーっ!』
 咄嗟にイヴが撃ち放した制圧射撃が数瞬遅れ、新たに生まれ出でた強化人間をすくませるに終わった。
 イヴはクイックリロードで弾数を取り戻したマシンガンを隠者の紫に構えなおさせ、唇を噛む。最初の一手から全部逆手に取られた! でも、黒獅子に乗ってるのはレヲナさんじゃない! だって!
『黒獅子に乗ってるの、VOIDだよ! 強化人間は強化人間と契約なんてできないんだから!』
 彼女は自らの言葉で思い至った。
 真実はひとつだけどひとつとは限らないって、そういうことか!
 レヲナさんがふたりいたら、この前のドックの不思議、全部説明できるんだ。ひとりはレヲナさんで、もうひとりはニセモノ。そのニセモノがレヲナさんと契約して、しかも擬態してるVOIDなら――

 イヴと同時、幸もまたそれに気づいていた。
 契約!? レヲナさんが強化人間と契約できるはずない! じゃあ黒獅子に乗ってるのはVOID!?
 その最中、イヴの声が響く。やっぱりそうだよね――
 ガトリングの斉射をベルンの腕で受けた幸は宙を踏んで体勢を保ち、黒獅子の攻撃が終わった瞬間を狙って巨大化させた魔鎌を振り込んだ。
『うるさいなぁ~』
 防御も回避も投げ出したかのように、黒獅子が鬣を裂いたベルンへオートカウンターを撃ち返す。
「っ」
 ガトリングをガードしたベルンの装甲を鬣の放熱が舐め、幸を炙る。しかし退けない。推定を確定に変えるまでは。
「――なんだかいろいろ仕組んでるみたいだけど、レヲナさんのふりしてるのもそのひとつ?」
『え~? 言ってる意味わかんないで~す』
 リカルドの射撃とアルトの斬撃の回避にかかった黒獅子のガトリングが両者の間をさまよい、弾を散らす。
 道が開いた! 幸は黒獅子のコクピットがある胸部へベルンを押しつけ、押し込みながら問うた。
「レヲナさんに擬態してるんだよね、シュレディンガー!」
『誰それ知らない人なんだけど~』
 へらへらと答える黒獅子の真意は、その装甲の奥に隠され、まるで見えはしなかった。

 敵と一般人の目が届かない中空にて待機するキャリコ。彼はポロウの背で眉をひそめ。
 契約を口にしたということは、VOID? だとすれば黒獅子のパイロットは天王洲ではないことになるが、この場にいないはずはない。あいつが獅子鬼に深く関わっている以上は。消えたトレーラーの運転手が天王洲だとすれば、行き先は――
「ひとつしかない」
 新式魔導銃「応報せよアルコル」を手に、キャリコは隠密を保ったままポロウを旋回させる。気づかせたくなかったのだ。他の誰でもない、白獅子に。
 パイロットが目ざす先など、コクピットしかないだろう。そして空いているコクピットはひとつきり。そう、レヲナは白獅子の中にいる。
 問題は、強化人間と化した一般人をどう使う気なのか……おそらくコクピットに乗せはしまい。先の秋葉原では、たとえ正気を損なっていたとはいえ軍人が乗り込み、それでも満足に動かせなかったのだから。
 俺はある意味信頼しているわけだ。ドックで見たあいつの腕を。
 キャリコはアプリを起動させようとした一般人のスマホへ魔導銃を撃ち込んだ。弾は正確にスマホの先をこすり、へし折った。
 届いたか。そうだ、今ならまだ届く。強化人間ではない、人間の手にならば。
 ……だとすれば届かないのか? 天王洲の手には、もう。
 VOIDの襲撃を機に消え失せ、仲間とのあたたかな時間によっていくらかを取り戻した感情。戦闘となればスイッチを消したがごとくに消え失せるはずのそれが、かすかに疼くのはなぜだろう。
 キャリコは答を求めることなく、今度こそ感情を消して戦闘へ集中する。
 今の俺は弾だ。飛ぶ先だけを見据えていればいい。

●影雄
 アプリを起動した者は6人――いや、キャリコの射撃が間に合ってくれたおかげで5人か。初手を違えなければどれくらい減らせた――今は感傷に苛まれているときではない、これ以上使用者を増やすわけにはいかん。
 突き上げる痛みの熱を冷めた表情の内に押し隠したメンカルは、漲る新たな力に喜悦するひとりの強化人間、その背後へすべりこんだ。
「そうか。おまえらは、そっちを選んだんだな」
 喉に「コウモリ」の闇羽をあてがい、一気に引き斬る。
 あれ? そう言いたかったのだろう強化人間は喉に開いた傷口からひゅうと高い音を漏らし、さらに裂かれた頸動脈から大量の血を噴いて崩れ落ちた。
「ならばその幻想と血の中で溺れ死ね」
 足元に転がるあの女のスマホを踵で蹴り潰し、息を飲む4人の強化人間と、25人の一般人とを、赤く染まった左の蛇眼で見やる。
「人類の敵となった者に容赦はしない……そう言ったはずだ。ひとつ付け加えるなら、捕縛する手間をかけるつもりもない。仕事は楽なほうがいいだろう?」
 ぎちり。口の端を吊り上げ、酷薄な笑みを刻んだ彼が左眼を伏せたそのとき。
 4人の強化人間が、その脚力をもって彼の脇を駆け抜けていった。
『あれぇ、思ったより少ないな~。でも、放っておくと僕が危ないし? 早く殺さなくちゃ』
 各部装甲を大きく損ないながら気にする様子もなく、黒獅子がスラスターを噴かして跳んだ。
『ちっ!』
 Jackのライフル弾がその横面へ突っ込んだが、鬣に絡め取られ、その一部を引きちぎるに留まった――はずだった。
『うわ~、やられた~』
 体勢を立てなおす体でスラスターを噴射して強化人間たちを跳び越え、ようやく降り立った黒獅子は、4人の進路を開けたばかりかその背後を守って立つ。
『失敗しちゃったな~。これじゃ白獅子に乗り込まれちゃうかな~。困ったな~。ってことで、強化人間くんたち、がんばって白獅子まで走ってね~』
 黒獅子の言葉尻を噛みちぎるかのごとく唸りをあげたイヴの制圧射撃が、固まって駆けていたふたりの強化人間を撃ち据えた。
 CAMの大口径弾は強化人間を差別も区別もせず、ただただ等しく引き裂き、粒の揃わぬミンチへと変えた。
「最少で留めるには、これしかないか」
 キャリコがうそぶき、先頭にいたひとりのこめかみを、雷さながらに湾曲したハウンドバレットの弾丸で撃ち抜き、頭部を爆ぜさせる。そして。
 ナイトカーテンでその身を隠したメンカルに気づかぬまま、最後尾にいた強化人間は延髄を断たれ、3歩走って倒れ臥した。
「そんなにいいものじゃないぞ。英雄なんて」
 悔いの業火を飲み下した彼の声を聞く者は、どこにもいなかった。

 30秒すら数えきらぬうちに終わった惨劇を呆然とながめるばかりの一般人。
 イヴは彼らに隠者の紫のモニターアイを向け。
『白獅子は罠だ! 証拠は黒獅子! アイツは強化人間と契約するって言っただけじゃない、強化人間を守って立った!』
 隠者の紫の指先は黒獅子の背をまっすぐに差した。
『今VOIDの企みに乗って強化人間になったらもう、自分だけが勝手に死ぬだけじゃすまないんだよ! 他の人をいっぱい犠牲にする! だからわたしたちは何度だって同じことするよ! リアルブルーの人たちを少しでもたくさん助けたいから!』
 隠者の紫の背――マテリアルエンハンサーが輝き、一対の光翼を成した。このブラストハイロゥは彼女の決意だ。誰ひとり白獅子まで届かせない。本当の悲劇の幕を開けさせたりしない。
「イヴ、一度白獅子から離れろ! 天王洲が搭乗している可能性がある!」
 ポロウの先手を打つホーで白獅子の様子を探るキャリコがイヴに警告を飛ばし。
「ママ! 一般人を誘導して下がれ! 迷っている者もとにかく逃げろ!」
 メンカルがママに、未だ呆けたままの一般人を託す。
『あ~、みんな死んじゃった。ニューエントリーもいなさそうかな?』
 ひしゃげたミサイルランチャーごと肩をすくめてみせた黒獅子に、幸が鎌刃ごとベルンの機体を打ちつけた。
 合金と合金が打ち合い、こすれ合う甲高い悲鳴が響き、黒獅子はベルンを抱えたままばたばたと後じさるが、1,2,3,4歩、なんとか踏みとどまる。
『実は結構熱血系? めんどくさいなぁ~』
 幸は応えない。じりじりと鬣の放熱に炙られながら、噛み締めていた奥歯をさらに強く、割れるほどの力で噛み締めた。
 僕は誰にも死んで欲しくないよ。それはかなわなかったけど……これ以上、誰も死なせたくないから!
 単体攻撃で鬣に熱暴走を起こさせるほどのダメージを与えられる可能性は低い。しかし、剥き出しにされた弱点である以上、無視することもできないはず。黒獅子に人々を煽る余裕を与えないよう、引きつける!
『しつこいと嫌われちゃうよ?』
 幸と連動して足首へのブロッキングを試みるイレーネを、自らの脚部装甲をパージして蹴り払い、黒獅子はスラスターを噴かす――
「節操なく幾度も現われるおまえほどではないだろうがな」
 言い放ったのは、空渡でベルンの影に身を潜めていたアルト。彼女はベルンとスイッチして黒獅子の眼前を塞ぎ、そして唐突に消え失せた。
『え?』
 同時に、黒獅子の右足がなにかを引っかけたように止まり、上体が大きくのけぞった。
 タネはシンプル。アルトは剥き出しになった黒獅子の足首関節へ刻令式鞭「カラマル」を絡めて自らの体を引き落とし、エンタングルを発動させたのだ。黒獅子の視界を一度塞いだのは、見て取らせて回避させないため。
 果たして黒獅子は、ベルンとイレーネの攻撃で半ば崩れていた体勢をさらに大きく崩し……
『止まった的なら外さねえよ』
 Jackのライフル弾を膝関節に食らって、がくり。オートカウンターのガトリング弾をあらぬ方向へばらまきながら、まっすぐに尻を落とした。

「ほらぁ! アンタたちは明日に向かってゴーよぉ!」
 その隙にママが人々を急き立てる。
 メンカルは惑わすホーを発動させたエーギルに人々の先導を指示し、自らは殿について黒獅子の追い撃ちを防ぐ。
「今さらなにを言ったところで信じられないかもしれないが、俺たちは同胞たる人々を守るためにここへ来た。それだけは、なにがあっても違えない」
 自分たちのために傷つくメンカルの姿に、意を決した人々の一部が足を速め、他の者たちもそれに続いた。
 全員が英雄願望に取り憑かれていたわけではない……非常事態に目を曇らせることなくそれを読んでさえいれば、5人を喪うこともなかったのかもしれんな。
 メンカルはナイトカーテンで自らを隠し、ディスターブを装着した手に苦い思いを乗せて握り締めた。

 よかった。これならもう、誰もアプリ使ったりしないよね。
 安堵の息をつくイヴ。キャリコの警告を忘れたわけでも無視したわけでもなかったが、一般人の強化人間化が抑えられないうちにここを離れるわけにはいかなかった。
 隠者の紫から光翼を消し、今度こそ白獅子から離れる。体を巡らせ、マシンガンの銃口を白獅子へ向けようとした、その瞬間。
 完全な沈黙を保っていた白獅子が肩のランチャーを起こし、隠者の紫へミサイルを叩きつけた。

●白獅子
『っ!』
 爆炎と衝撃に突き飛ばされた隠者の紫がアスファルトに転がった。
 その胸を躙った白獅子がハンターたちを睥睨し、ガトリングを突きつける。
『あなた、レヲナさんだよね!?』
 踏みつけられたまま、イヴが上方にある白獅子のコクピットへ問う。
 しかし答は返らず、白獅子はガトリングの斉射を開始した。

『あっはは! 僕たち全員、余計な心配しなくてよくなったし、派手にやろっかぁ!』
 捕らえられたままの黒獅子が呼応し、アルトへガトリングを向ける。
「くっ!」
 カラマルから華焔へ持ち替えたアルトはその切っ先を舞わせ、斬り飛ばし、はじき、いなし、空を駆けて射線を外す。しかし厄介なのは黒獅子ならぬ白獅子の援護射撃だ。小さくかけ続けている上下左右へのフェイントを読み、彼女の次の一歩が踏む空間を弾幕で潰してくるのだから。
 つまりはあちらが本命というわけか!

 白獅子の左腕が、横合いから撃ち込まれた大口径弾で弾かれ、その射線をずらされた。
 オートカウンターが発動しない。撃っている間に“通し”を制限されたくないか。
 と。肩口から発射されたミサイルが、隠の徒を解除していたキャリコの至近距離へ降り落ち、その体を爆炎で包み込む。
 顔をかばって無言で耐え抜いたキャリコは再び穏の徒を発動させ、ビル影へと転がり込んだ。息を整え、ダメージをチェック。援護してくれていたポロウも翼を地にこすりつけ、鎮火を終えている。幸いにして、どちらも行動に支障はないようだ。
 ……あのドックで獅子鬼のパイロットがつぶやいたという言葉を思い起こせば、同一人物があの白獅子のパイロット、つまりは天王洲レヲナであることは明白だ。できれば当たっていてほしくなかった正解だが、予想していればこそ惑うことなく狙いを定めることができた。
 そしてパイロットが誰だろうと敵は敵。黒いほうは味方に任せて、こっちは俺たちでやる。
 ポロウに援護の継続をを指示し、キャリコは次の機を撃ち抜くために駆ける。

 白獅子の援護を受け、アルトと幸から距離を開けるために跳んだ黒獅子。
 ――ここが働きどころってやつだろうよ。
 その着地点へゆるりとJackを割り込ませたリカルドが不敵に笑む。
『邪魔だってば!』
 振り込まれた単分子ブレードを斬機刀「建御雷」の鍔元で受け、全力でひねった。
 未だ宙にある黒獅子はスラスターで姿勢を保とうとするが、保ちきれずに地へ足をついた。装甲を失い、膝を撃ち抜かれた右足を。
 あんたはその機体に助けられてはいるが、機体の力をまるで引き出せちゃいない。だから簡単に押し込まれちまうのさ。
 がくりと崩れ落ちる黒獅子から飛び退いたJackが、次の瞬間にはアクティブスラスターを噴かして前進。加速に乗せて白刃を振り下ろした。
 ランチャーを断ち、さらに鬣をかぶった右肩関節へと食い込んだ刃を見やり、黒獅子はやれやれ。
『それくらいじゃ、まだまだ負けてあげらんないかなぁ』
 左手をJackの胸に押し当て、後方へガトリングを撃ち放った。
 超振動がJackと内のリカルドを揺すり、鬣の熱と共に激しい貫通ダメージを与えるが。
 吐き出した血に飾られたリカルドの笑みは消えず。
『決定打に、ならなくて、いいんだよ』
 剣を放したJackの両手が黒獅子の左腕を掴み、関節を固めて引き寄せる。体勢は不自由分だが、かまわない。髑髏の額を黒いヘッドカバーへ打ちつけ、打ちつけ、打ちつけた。
『暴力反対なんだけど!』
 視界を揺らされてわめく黒獅子。その意識は今、完全にJackへと固定されている。そうだ、そのまま俺を見てろ。
 剣ではない、この一見無意味な頭突きこそがリカルドの決定打だった。黒獅子の意識を上に固定し、下への警戒を怠らせるための。
 その意図を正確に汲み取ったアルトはあえて空渡を使わず、地を駆けることを選んだ。スキルを重ねて加速した彼女を阻むものはなく、ゆえに彼女は完全なる抜刀の構えを保って踏み込んだのだ。
『ちぃ!』
足元まで駆け込まれ、ようやく気づいた黒獅子は、焦る左腕でガトリングを陽炎噴き上げしアルトへ向けて撃ち放つが――グォオオオオオオオ! 響き渡るイレーネのウォークライ。黒獅子の射撃を止めることはできずとも、その集中を妨げ、弾道を乱すには充分だ。
 イレーネのサポートを受け、アルトは左へ揺らぎ、右へはしり、後ろへ流れて前へすべりゆく自在のステッピング。その残像と長く伸び出した赤髪とが軌跡を折り重ね、そして。
 新たな弾雨がアスファルトへ届くよりも迅く。
 アルトが黒獅子をすり抜け、焔刃を鞘へ収めた。
 果たして。黒獅子のかろうじて無事を保っていたはずの左脚が膝からずれ落ち、爆ぜる。
 それを為した技の名は散華。まごうことなき必殺剣でありながらもアルトにとっては唱えてみせるまでもない剣技がひとつであった。
「……担った以上は完遂する。沈め」
 リカルドの稼いでくれた時間とアルトの言葉を継いだのは幸だ。
「今ならわかるよ。あなたは僕たちに強化人間、殺させたかったんだよね。覚醒者とリアルブルーの人を仲違いさせるために。結局、僕たちはそれを止められなかったけど」
 Jackをカーテンにして、ベルンの琥珀色の機体が大きく弧を描きながらローラーダッシュ。
 QSエンジンがひときわ高く唸り、スペルスラスターを起動したベルンが放り出されるように黒獅子へと突っ込んだ。
「それでも僕たちは守るよ。みんなを――かなうなら天王洲さんも」
 最後の超重錬成を魔鎌へ注ぎ込み、その柄に機体の重さをすべて乗せて、黒獅子のコクピットハッチへ突きたてる。
『へぇ、僕が本人かもだけど?』
 幸は応えない。迷わない。揺らがない。これまでの言動と、なによりも白獅子の存在が、そうではないことをはっきりと示していたから。
「答え合わせ、させてもらうよ」
 鎌刃に抉られたハッチが弾け飛んだ。
「うわ~、やばいやばい。白獅子くん助けて~」

 黒獅子のパイロットの声に、白獅子が顔を上げた。スラスターの出力を高め、跳ぶがためにその両脚をかるく曲げる。
『行かせない!』
 アスファルトに穿たれた穴を塹壕代わり、マシンガンをバースト射撃していた隠者の紫が、穴の縁に手をかけてその機体をヘッドスライディングさせた。
 弾みをつけるため硬直していた白獅子はそのまま右脚を抱え込まれ、わずかにバランスを崩す。
『邪魔だよ』
 かがみこんだ白獅子の左手が隠者の紫の背を押しつけ、“通し”た。
 コクピットの内を跳ね回る衝撃。シェイクされた胃の血管が切れ、胃液と血とがイヴの食道を突き上げるが。
 イヴは無理矢理に飲み下し、叫ぶ。
『わたしはドナテロ議長を助けたいっ!!』
 それは賭けだった。
 強化人間が契約主であるVOIDに操られているケースはすでに確認されている。そして白獅子に乗っているのがレヲナで、黒獅子に乗っているVOIDが契約主なら……黒獅子が命令を下せない今、揺さぶれるかもしれない。
 レヲナにはドナテロ・バガニーニへの深い情がある。先日、ママの元へ助けを求めにきたレヲナは本気だった。そうでなければ海千山千のママに見破られないはずがない。
 VOID側にいる理由なんてわかんないけど! それがあなたの本心だなんて信じない! こっち側に戻ってきて!
『――レヲナさん!!』
 その声が、白獅子の機体をかすかに揺らがせて。
『僕は』
 すべてを言い切ることなく、スラスターの噴射で強引に隠者の紫の拘束から脚を引き抜き、黒獅子へと跳んだ。

 エーギルから伝えられた白獅子の跳躍。
 一般人の護衛を務めてきたメンカルは、ママに「後は頼む」と言い置き、走り出した。
 あの白獅子は危険だ。そして今、直接止めるのは難しい。ならば。
「最後まで悪役を全うするよりあるまい」

●二重の真
 白獅子が着地したその瞬間、膝関節を後方から狙い撃ったキャリコは滑空してきたポロウの脚につかまって舞い上がった。
 エーギルからのサインで、メンカルが黒獅子へ向かったことは承知していた。その行動をできうる限りサポートするために、白獅子の目を少しでも散らしたいところだ。
 オートカウンターがないとわかっていればこそだが、次はどこを攻める?
 メンカルと連動し、すぐに姿を現わすだろう黒獅子のパイロットへ向かうことも考えたが、イヴひとりで白獅子を抑えるのは不可能。かといってCAMならぬ生身でなにができるか。
 オートカウンターが使えないのは黒獅子も同じだ。ならば、白と黒の目を同時に奪うことはできる。
 アルコルのグリップを握る手に力を込め、キャリコは足を下ろすべきポジションを鋭い視線で探る。

「やっぱり強化人間用じゃうまく使えないねぇ~」
 幸の魔鎌が噴き飛したハッチの内より、声の主が現われる。
 ヘッドマウントディスプレイはつけていない。ゆえに、その青味がかった髪は誰の目にもはっきりと見えた。
「正解だったみたいだね、シュレディンガー」
 シュレディンガーは口の端をにやにやと上向け、幸に肩をすくめてみせた。
「賞品は用意してないからさぁ、おめでとうってだけ言っとくよ。はいおめでと~」
 ぱちぱちぱち。その拍手が、白獅子の撃ち出したミサイルの爆音にかき消される。
 爆炎と衝撃をベルンの背で受け止めてこらえ、幸はシュレディンガーへ鎌刃を薙がせた。
「天王洲さんの契約主があなたなら――その軛を断ち斬らせてもらうよ!」
 ふわりと刃を跳び越えたシュレディンガーは黒獅子の頭部装甲に手をかけ、その上へと立った。
「断ち斬られると痛いしやめとくよ。ま、白獅子くんも断ち斬られるとすっごく痛がると思うし、やめといてあげて」
「どういうこと――!?」
 ここで跳び込んできた白獅子がベルンを蹴り飛ばす。
「うわっ」
 転がされるベルン。幸は陥没したアスファルト穴の縁へ最大出力で回転する足底部ローラーを突き立て、魔鎌の石突を頼りに跳ね起きた。
「こんなところで倒れてられない! まだなんにも、終わってないんだから!」
 そうだ。すべてを終わらせるために俺たちはここに来た。
 幸の声が響く中、爆煙に紛れてシュレディンガーへ近づいていたメンカルがコウモリを投じた。今日の彼は悪役。不意討つことなどためらいはしない。
 が。
 スラスターで急加速した白獅子のブレードが割って入り、投具を弾く。そしてその間にシュレディンガーを左手ですくいあげた。
「やっぱりちゃんと見てないとダメだねぇ。ちょっと離れるとすぐ緩んじゃうし」
 白獅子を追ってきたイヴ、そして幸は、シュレディンガーのつぶやきに思わず顔を上げた。確信はない。しかし、この言葉はきっと“繋がる”はず。

 このまま行かせはしない。
 キャリコが天へ向けたアルコルより8発の弾を撃ち出した。弾はマテリアルの光をまとい、雨のごとくに降りそそぐ。
 このリトリビューション、上に跳んではかわせないと見た白獅子はスラスターで機体を左に滑らせたが。
「はっ!」
 空を踏んで跳んだアルトがその先を塞ぐ。
 ここから逆噴射しても、遠心力のすべてを殺しきれはしない。硬直する白獅子の左手に足をかけ、アルトは華焔をシュレディンガーへ突き込んだ。
 と。白獅子はガトリングを撃ち放った。機体を無理矢理に傾けて左腕を引き、代わりに胸を突き出して華焔を受け止める。
 まさか、この体勢からだと!? しかし!
 期せずしてカウンターとなったアルトの一閃が、軽装甲を裂いてコクピットを露出させる。
「あれは……なんだ?」
 追撃を忘れ、口の端を歪めるリカルド。
 果たして彼とハンターたちが見たものは。
 体中に食い込んだ銀糸で白獅子と繋がれ、水晶製と思しき透明なヘッドマウントディスプレイの内で虚ろな半眼を空に向けるレヲナの姿だった。
「なにしてんのさ。レヲナくんが死んじゃったら困るじゃないか~。あ、自分のパーフェクションなとこ、お友だちに見せたかったのかな? まぁ、お説教はいいや。やんなきゃいけないことは大体できたし、逃げるよ~」
 無言のままスラスターを噴かし、白獅子は戦場を離脱する。
 衝撃に押し詰められたハンターたちを置き去り、高く――遠く――

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  • ……オマエはダレだ?
    リカルド=フェアバーン(ka0356
    人間(蒼)|32才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    ジャック・ザ・リッパー
    Jack・The・Ripper(ka0356unit001
    ユニット|CAM
  • 茨の王
    アルト・ヴァレンティーニ(ka3109
    人間(紅)|21才|女性|疾影士
  • ユニットアイコン
    イェジド
    イレーネ(ka3109unit001
    ユニット|幻獣
  • 自在の弾丸
    キャリコ・ビューイ(ka5044
    人間(紅)|18才|男性|猟撃士
  • ユニットアイコン
    ポロウ
    ポロウ(ka5044unit005
    ユニット|幻獣
  • 胃痛領主
    メンカル(ka5338
    人間(紅)|26才|男性|疾影士
  • ユニットアイコン
    エーギル
    エーギル(ka5338unit003
    ユニット|幻獣
  • きざはしの一歩
    イヴ(ka6763
    エルフ|21才|女性|猟撃士
  • ユニットアイコン
    ハーミットパープル
    隠者の紫(ka6763unit001
    ユニット|CAM
  • 香子蘭の君
    桜崎 幸(ka7161
    人間(蒼)|16才|男性|機導師
  • ユニットアイコン
    ベルン
    ベルン(ka7161unit001
    ユニット|魔導アーマー

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マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 質問卓
イヴ(ka6763
エルフ|21才|女性|猟撃士(イェーガー)
最終発言
2018/09/01 17:58:45
アイコン 相談卓!
イヴ(ka6763
エルフ|21才|女性|猟撃士(イェーガー)
最終発言
2018/09/04 20:09:00
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2018/08/31 20:05:40