ゲスト
(ka0000)
雨上がりの迷宮
マスター:一要・香織
- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
- 1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/12/12 19:00
- 完成日
- 2018/12/19 21:17
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
ザーーザーザーザー、ザーザーザーー………………。
墨を垂らしたような雲は空一面に広がり、うねるようにその形を変えた。
地面を叩く雨は時折強く吹く風に煽られ、窓ガラスを濡らし、鮮やかな色彩の花が揺れる庭は厚い雲に光を絶たれ、昼間だと言うのに暗い。
それはグランツ領の領主屋敷で働く者達の気分をも重くさせ、皆どことなく沈んだ顔をしていた。
「随分長い事降りますね……」
書類仕事がひと段落し、淹れたての紅茶を口にしたレイナ・エルト・グランツ(kz0253) は、憂鬱そうに窓の外に視線を向けた。
「もう5日も降っておりますね」
絶え間ない雨音に溶け込むような低い声で、執事のジルが相槌を打つ。
領内の畑ではほとんどの収穫が終わっているものの、その他の心配はレイナの胸をどんより重くさせる。
「サイファーは大丈夫でしょうか?」
窓ガラスに張り付いていた葉っぱが雨に流され落ちていく様子を見ながら、レイナはポツリと呟く。
サイファーは今、南の川近くにある村に氾濫警戒の為に出向いている。
一度決壊すれば村をも飲みこむ濁流が襲い掛かってくる。そんな危険な場所で、避難の指示や決壊防止の為に動き回っていることだろう。
「川の治水工事も大分前に終わっておりますし、問題はないかと存じます」
「そうだと、良いのですが…………」
窓に向けていた視線を手元に戻すと、カップの中で揺れる紅茶に暗い顔の自分を見つけ、レイナは唇をキュッと結んだ。
(私が暗い表情をしていては、屋敷の皆に心配をかけてしまうわ)
小さく頭を振り、努めて明るい声を出した。
「ジル、次の書類を運んでくれるかしら? それから料理長に、今日は寒いので夕食に温かいシチューが食べたいと伝えて」
穏やかな笑みを浮かべたレイナにホッとしたジルは深く頭を下げ、
「承知いたしました」
不要になったティーポットやカップを乗せたトレイを手に部屋を後にした。
それから数日後―――。
燦々と輝く太陽は大地を暖かく包み込み、冬咲きの花の蕾を大きく膨らませ、大雨が嘘のように空気もカラリと爽やかで、澄み渡る空に己の心さえも澄んでいくようだった。
雨が止み、川の水嵩が減った頃サイファーは屋敷へと帰還した。
無事サイファーが戻った事を喜ぶレイナの顔には笑顔が浮かび、裏庭にシーツを干すメイドたちの表情も晴れやかになった。
いつもの様に執務室で仕事をするレイナの元に、サイファーが1枚の報告書を持って入ってくる。
「サガラの村からの報告なのですが、村近くの森の中にあった崖が、先日の雨で崩れたようです。周辺は狩場となっているそうなので危険がないか、整地の必要があるか調べいてほしいと要請がありました」
書類に視線を落としていたサイファーは顔を上げ、レイナを見る。
「まあ、崖崩れですか? 2次災害にならないよう調べておく必要がありますね」
翌日、森の中にはレイナとサイファー、そして部下の兵士2人の姿があった。
何日も降り続いた雨の勢いは相当なものだったのだろう。崖を崩し、森の中に小さな水路を作り上げていた。
僅かに湿り気の残る水路には枯草が溜まり、気付かず歩けば足を取られそうだ。
「随分と大きく崩れ落ちたのですね……」
自然の驚異を目の当たりにしレイナは眉を顰めた。
「はい。巻き込まれた人が居なくてよかったです」
頷いたサイファーは部下に周辺の様子を見てくるよう指示を出す。
「レイナ様も少し後ろへお下がりください。また崩れてくる危険もありますから」
サイファーに手で下がるよう指示されると、レイナは大人しくそれに従った。
レイナは森の入り口から崖まで続く獣道に視線を滑らせる。そしてその視界の中に僅かな違和感を覚え、その違和感の正体を確認するため、獣道を戻り始めた。
中程まで来た頃だろうか―――、土がむき出しの地面に、レイナよりも小さな足跡が幾つかついていた。
まだ僅かにぬかるんでいる所をみると新しいようだ。
しゃがみ込んだレイナの側にサイファーが駆け寄ってくる。
「レイナ様、勝手に居なくならないで下さい……」
少し呆れたような声で文句を言うサイファーに小さな声で謝ると、レイナは小さな足跡を指差し尋ねる。
「これ、子供の足跡だと思うのだけど、今日は誰か森に入ったのかしら?」
「いえ、先日崖崩れを発見して以降は森に入らないよう指示を出していますので、誰も入っては居ないと思うのですが……」
しかし地面に残る足跡を見詰めるサイファーの顔が段々と険しくなる。そこに……、
「隊長。よろしいですか?」
部下の兵士が息を弾ませ戻ってきた。
「どうした?」
その様子に眉を寄せたまま尋ねると、
「実は、正面より左手に、一部崖が崩れた場所があるのですが、その崖肌に亀裂が生じています」
「亀裂は大人1人が入れるくらいで、中は空洞……洞窟のようになっているのです」
レイナとサイファーは顔を見合わせ、その場所へと急ぎ向かった。
話通り、崩れた岩が辺りに散らばり、その崩れた崖肌部分に亀裂が生じ隙間が出来上がっている。
ランタンに火を付けたサイファーが洞窟内へと体を滑り込ませた。
隙間から、明るい光が漏れだし、それがユラユラと揺れているのを見ると、サイファーが内部を確認していることが分かる。
「っ!!」
次の瞬間、洞窟内のサイファーが驚いたような声を上げ、直様戻ってきた。
「どうしたのです?」
心配になって声を掛けると、
「急ぎ村に戻りましょう。確認しなければいけません」
焦りを滲ませた声に、3人は黙って頷いた。
ハンターオフィス
「森の中で崖崩れが起こり、洞窟が出現したようなんですよぅ。それで、その洞窟に子供が入ってしまったみたいで、捜索の依頼なんですよぅ」
いやにねっとりと喋るローゼと名乗った受付の女性は、1枚の紙をカウンターの上に置いた。
「洞窟の深さははっきりとはわかっていないのですが、隊長さんが言うには、深そうだ……と」
「おいおい、いい加減だな」
カウンターに寄り掛かるハンターが苦笑いを浮かべた。
「出来たばかりですし、入り口部分だけ調べたみたいですからねぇ。ただ、村の男の子3人が行方不明になっているので、洞窟に入ったのは確実だと思うんですよぅ」
「じゃあ、依頼内容は洞窟内を捜索して、3人の子供を救出する事ね」
サラリと顔に掛かった髪を掻き上げた女ハンターが、受付の女性に視線を向ける。
「はぃ。洞窟内には、もしかしたら危険な生き物なんかも出るかもしれませんので注意してほしいのですよぅ」
「わかったわ」
紙と羽ペンを差し出した受付嬢は、少し妖しい笑みを浮かべ口を開く。
「捜索に必要なランタンとかロープとかは貸し出せるので、必要なら言ってくださいねぇ」
墨を垂らしたような雲は空一面に広がり、うねるようにその形を変えた。
地面を叩く雨は時折強く吹く風に煽られ、窓ガラスを濡らし、鮮やかな色彩の花が揺れる庭は厚い雲に光を絶たれ、昼間だと言うのに暗い。
それはグランツ領の領主屋敷で働く者達の気分をも重くさせ、皆どことなく沈んだ顔をしていた。
「随分長い事降りますね……」
書類仕事がひと段落し、淹れたての紅茶を口にしたレイナ・エルト・グランツ(kz0253) は、憂鬱そうに窓の外に視線を向けた。
「もう5日も降っておりますね」
絶え間ない雨音に溶け込むような低い声で、執事のジルが相槌を打つ。
領内の畑ではほとんどの収穫が終わっているものの、その他の心配はレイナの胸をどんより重くさせる。
「サイファーは大丈夫でしょうか?」
窓ガラスに張り付いていた葉っぱが雨に流され落ちていく様子を見ながら、レイナはポツリと呟く。
サイファーは今、南の川近くにある村に氾濫警戒の為に出向いている。
一度決壊すれば村をも飲みこむ濁流が襲い掛かってくる。そんな危険な場所で、避難の指示や決壊防止の為に動き回っていることだろう。
「川の治水工事も大分前に終わっておりますし、問題はないかと存じます」
「そうだと、良いのですが…………」
窓に向けていた視線を手元に戻すと、カップの中で揺れる紅茶に暗い顔の自分を見つけ、レイナは唇をキュッと結んだ。
(私が暗い表情をしていては、屋敷の皆に心配をかけてしまうわ)
小さく頭を振り、努めて明るい声を出した。
「ジル、次の書類を運んでくれるかしら? それから料理長に、今日は寒いので夕食に温かいシチューが食べたいと伝えて」
穏やかな笑みを浮かべたレイナにホッとしたジルは深く頭を下げ、
「承知いたしました」
不要になったティーポットやカップを乗せたトレイを手に部屋を後にした。
それから数日後―――。
燦々と輝く太陽は大地を暖かく包み込み、冬咲きの花の蕾を大きく膨らませ、大雨が嘘のように空気もカラリと爽やかで、澄み渡る空に己の心さえも澄んでいくようだった。
雨が止み、川の水嵩が減った頃サイファーは屋敷へと帰還した。
無事サイファーが戻った事を喜ぶレイナの顔には笑顔が浮かび、裏庭にシーツを干すメイドたちの表情も晴れやかになった。
いつもの様に執務室で仕事をするレイナの元に、サイファーが1枚の報告書を持って入ってくる。
「サガラの村からの報告なのですが、村近くの森の中にあった崖が、先日の雨で崩れたようです。周辺は狩場となっているそうなので危険がないか、整地の必要があるか調べいてほしいと要請がありました」
書類に視線を落としていたサイファーは顔を上げ、レイナを見る。
「まあ、崖崩れですか? 2次災害にならないよう調べておく必要がありますね」
翌日、森の中にはレイナとサイファー、そして部下の兵士2人の姿があった。
何日も降り続いた雨の勢いは相当なものだったのだろう。崖を崩し、森の中に小さな水路を作り上げていた。
僅かに湿り気の残る水路には枯草が溜まり、気付かず歩けば足を取られそうだ。
「随分と大きく崩れ落ちたのですね……」
自然の驚異を目の当たりにしレイナは眉を顰めた。
「はい。巻き込まれた人が居なくてよかったです」
頷いたサイファーは部下に周辺の様子を見てくるよう指示を出す。
「レイナ様も少し後ろへお下がりください。また崩れてくる危険もありますから」
サイファーに手で下がるよう指示されると、レイナは大人しくそれに従った。
レイナは森の入り口から崖まで続く獣道に視線を滑らせる。そしてその視界の中に僅かな違和感を覚え、その違和感の正体を確認するため、獣道を戻り始めた。
中程まで来た頃だろうか―――、土がむき出しの地面に、レイナよりも小さな足跡が幾つかついていた。
まだ僅かにぬかるんでいる所をみると新しいようだ。
しゃがみ込んだレイナの側にサイファーが駆け寄ってくる。
「レイナ様、勝手に居なくならないで下さい……」
少し呆れたような声で文句を言うサイファーに小さな声で謝ると、レイナは小さな足跡を指差し尋ねる。
「これ、子供の足跡だと思うのだけど、今日は誰か森に入ったのかしら?」
「いえ、先日崖崩れを発見して以降は森に入らないよう指示を出していますので、誰も入っては居ないと思うのですが……」
しかし地面に残る足跡を見詰めるサイファーの顔が段々と険しくなる。そこに……、
「隊長。よろしいですか?」
部下の兵士が息を弾ませ戻ってきた。
「どうした?」
その様子に眉を寄せたまま尋ねると、
「実は、正面より左手に、一部崖が崩れた場所があるのですが、その崖肌に亀裂が生じています」
「亀裂は大人1人が入れるくらいで、中は空洞……洞窟のようになっているのです」
レイナとサイファーは顔を見合わせ、その場所へと急ぎ向かった。
話通り、崩れた岩が辺りに散らばり、その崩れた崖肌部分に亀裂が生じ隙間が出来上がっている。
ランタンに火を付けたサイファーが洞窟内へと体を滑り込ませた。
隙間から、明るい光が漏れだし、それがユラユラと揺れているのを見ると、サイファーが内部を確認していることが分かる。
「っ!!」
次の瞬間、洞窟内のサイファーが驚いたような声を上げ、直様戻ってきた。
「どうしたのです?」
心配になって声を掛けると、
「急ぎ村に戻りましょう。確認しなければいけません」
焦りを滲ませた声に、3人は黙って頷いた。
ハンターオフィス
「森の中で崖崩れが起こり、洞窟が出現したようなんですよぅ。それで、その洞窟に子供が入ってしまったみたいで、捜索の依頼なんですよぅ」
いやにねっとりと喋るローゼと名乗った受付の女性は、1枚の紙をカウンターの上に置いた。
「洞窟の深さははっきりとはわかっていないのですが、隊長さんが言うには、深そうだ……と」
「おいおい、いい加減だな」
カウンターに寄り掛かるハンターが苦笑いを浮かべた。
「出来たばかりですし、入り口部分だけ調べたみたいですからねぇ。ただ、村の男の子3人が行方不明になっているので、洞窟に入ったのは確実だと思うんですよぅ」
「じゃあ、依頼内容は洞窟内を捜索して、3人の子供を救出する事ね」
サラリと顔に掛かった髪を掻き上げた女ハンターが、受付の女性に視線を向ける。
「はぃ。洞窟内には、もしかしたら危険な生き物なんかも出るかもしれませんので注意してほしいのですよぅ」
「わかったわ」
紙と羽ペンを差し出した受付嬢は、少し妖しい笑みを浮かべ口を開く。
「捜索に必要なランタンとかロープとかは貸し出せるので、必要なら言ってくださいねぇ」
リプレイ本文
「ハンターの皆さん、よろしくお願いいたします」
そう言って、依頼人の領主、レイナ・エルト・グランツは深く頭を下げた。
「任せて! 洞窟の中で迷った子供達に何かあったら大変だもん、冒険家として放っておく事は出来ないよ」
時音 ざくろ(ka1250)はそう言って微笑むと頼もしげに胸を張った。
「しかし、子供達が洞窟に入ってから随分と時間が経っているようだな。すぐに出発した方がいいだろう」
トリプルJ(ka6653)が咥えた煙草の煙を吐き出す。
「6時間以上経ってるってことはお腹もすいてるでしょうしぃ、擦り傷ぐらい作ってるかもしれませんしぃ、さっさと見つけてあげないとですぅ」
星野 ハナ(ka5852)も頷いた。
「兵士達には念のため、森の中をもう一度捜索させています。皆さんもどうぞ気を付けて。私はここで、子供達と皆さんの帰りをお待ちしています」
「わかりました。きっと見つけてくるのですよ! 心配しないで下さいね」
カティス・フィルム(ka2486)はレイナの肩をポンッと叩き元気づけると、オフィスを後にするハンター達に続いた。
その背中を見送り、レイナは祈るようにギュッと手を握りしめた。
森の中の洞窟は静かにハンター達を待ち構えていた。
湿り気を帯びた森の中の空気はひんやりとしていて、その洞窟を更に不気味な雰囲気にしている。
「子供ってのは好奇心旺盛だからね。時に想像もつかないようなことをするわけだよ」
少し呆れたような声で呟いたアレイダ・リイン(ka6437)は、小さく唇の端を持ち上げた。
「日が暮れると更に気温が下がりそうだねぇ。まぁ、北方に比べれば寒さは序の口だけど」
エンバディ(ka7328)は目を僅かに細めて洞窟内を見つめると魔箒のランタンに明かりを灯し、岩肌に生じた亀裂に身体を滑り込ませた。
屋敷で言うならエントランスと呼べるような、洞窟の入り口を潜ってすぐの空間は、ハンターが6人居ても窮屈さを感じないほどの広さがあった。
「うわぁーー、意外です。中は結構広いのですね」
大きく目を開いたカティスは驚いたように洞窟の内部を見回す。
「うん……。ああ、やっぱり未知の洞窟に潜るっていうのは、何度やっても胸がドキドキするね」
高揚した様に声を弾ませたざくろは、灯火の水晶球を取りだし、スターゲイザーの暗視で辺りを窺う。
洞窟を発見した際中に入ったサイファーの話通り、足跡であっただろう小さな窪みが地面に付いていた。
「地面の水分が多過ぎるせいで、足跡が消えかかっているねぇ」
しゃがみ込み、ランタンに照らされた地面を確認したエンバディは眉を顰めて呟いた。
「急がないと、この先の足跡も消えちゃうかもしれないね……」
ざくろも同じように眉を顰めた。
「うーん。それじゃ子供の匂い、追えそうですぅ?」
ハナが連れてきた狛犬は周囲の匂いを嗅ぎ、付いておいでと言わんばかりに尻尾を振った。
僅かに残る足跡をなぞるように、狛犬は細い道を進んで行く。
「しかしまあ、こんな洞窟に子供だけでよく入ろうとするもんだねぇ。私も子供の頃は狩猟生活で洞窟の中で寝泊まりしていたわけだけど、ここまで険しい所には入ったことないよ」
苦々しい笑みを浮かべ、アレイダは口を開く。
「洞窟で生活したことがあるのですか?」
再び驚いたような声を出したカティスが、アレイダに尋ねる。
「まぁね。幼少期は少し劣悪な環境下で育ったからね。……と、言ってもこんな洞窟じゃないよ」
昔を思いだし小さく息を吐きだしたアレイダは、振り払うように首を振った。
5日間休みなく降り注いだ雨は、崖の亀裂や僅かなヒビから浸み込み、洞窟内を水浸しにしていた。
子供たちの足跡が消えかかっているのもこのせいだ。
森の中より更に湿度が高く、水の中に居るような寒さが少しずつ体力を奪っていく。
皆の視線が数歩先を歩く狛犬と、地面に着いた心もとない足跡に注がれる中、突如――、
「キャーーッ!!」
隊列後方を歩いていたカティスが悲鳴を上げた。
「っ!!」
その悲鳴にハンター達は振り返り、各々武器を握りしめる。
「なに? なに? どうしたの?」
ざくろが目を瞬き、カティスに尋ねると、
「い、いま……何か首筋に……」
泣きそうに顔を歪めたカティスがそう言葉にした途端―――、同じ様な悲鳴を、今度はハナが上げた。
「ヤダ。なんなのよぉ……」
そう言ってハナが首筋を拭うと、手には水滴が。
ハンターの意思に従うように灯火の水晶球が天井を照らすと、つららのように飛び出した岩の先端には、今にも零れ落ちそうな雫がいくつもぶら下がっている。
「タイミング悪く当たっちまったみてぇだな」
トリプルJが堪えるようにクツクツと笑う。
「ビックリ……したのです」
「ホント。……これで気色悪い虫でも落ちて来てたら……発狂しちゃいますよねぇ」
ハナは冗談めかしてカティスにクスッと笑って見せた。
「いやいや……。その話もあながち無いとはいえないみたいだよ」
妙に静かな声でそう言ったのはアレイダ。その視線は、少し先の壁を見つめていた。
僅かに隆起した岩の影の部分が震えるようにゾワリと動きだし、その塊は岩の影から切り離れ、影ではない黒い物体が壁面を移動する。
「げぇ!」
「きゃあ!」
「うわぁ……」
それぞれに嫌忌の言葉を口にするハンター達。
皆の視線の先には、サッカーボール程の大きさの、足の長い蜘蛛がいた。身体の倍ほどに長い足は天鵞絨のような毛で覆われ、中心にある身体は小刻みに動いている。
「あんなのが落ちてきたら、ざくろでも悲鳴を上げるな……」
呟いたざくろの顔は引きつっている。
「なんて種類の蜘蛛でしょうね?」
エンバディは少し興味を持ったようにじっと蜘蛛を見つめると、
「種類は何だか知らないけど、無理! 無理無理! 精神衛生的に無理ですぅ!! 鳥肌が立ちますぅ!」
足元からゾワゾワと粟立つ肌に身体が震え、ハナは呪符を掴み取り蜘蛛を目掛けて投げつけると、閃光の如く弾けた光が蜘蛛を跡形もなく焼き尽した。
興奮に由るものなのか、恐怖による息苦しさだったのか、肩で息をしたハナはホッとしたように唇の端を持ち上げた。
暫らく歩くと地面は岩肌になり子供達の足跡は無くなった。それでも、此処までは一本道で子供達が通った事は間違いないだろう。
天井から垂れた水が所々に溜まる。その水溜りの中でハンター達の持つ光源に何かが鈍く反射する。
「なんだろうねぇ? 水の中に、何か落ちてるみたいだ」
エンバディは屈み込むと、水の中に指先を入れ中で煌めく何かを摘み上げた。
「ガラスの、破片かな?」
エンバディが摘んだ氷のように澄んだ欠片をざくろがマジマジと見つめる。
「見つかったばかりの洞窟だし、苔や汚れが付いてないところを見ると、子供たちが持っていたランタンか何かのガラスだろうねぇ」
エンバディもざくろの言葉に頷く。
「ここで、足を滑らせて転んでしまったのかな?」
「その可能性はありそうですねぇ」
ざくろが呟くと、エンバディは足元の岩肌に靴を滑らせる。確かに、水で濡れて滑りやすい。
「なら、子供達はこの近くにいるかもしれないね」
そう言って左へとカーブを描く道を進むざくろは、その先の二つに延びる道を前に足を止めた。
「別れ道ですねぇ。狛犬ちゃん、子供たちはどっちに行ったの?」
ハナが狛犬に話し掛けるが、狛犬は二方の道を行ったり来たりするばかり。
「どっちにも行った……、ということかな? それとも、どっちにも行ってない?」
アレイダは二つの暗がりの先を鋭く睨みつける。
「ここは二手に分かれてみるしかねぇな」
「そうだね」
トリプルJの言葉にざくろが頷いた。
ざくろ、アレイダ、エンバディが左の道へ。カティス、ハナ、トリプルJが右の道へと進む。
大人2人が並んで歩ける程の空間には、地面と壁の境目にポッカリと穴が空いていた。
光りの届かないその穴は、まるで不気味な怪物が口を開けているかのようだ。
「まさか、ここに落ちた……なんてことは、ないよねぇ?」
エンバディが眉を顰めてそう言うと、アレイダとざくろは顔を見合わせ穴に近付いた。
アレイダの懐中電灯の直線的な光でも穴の底までは光が届かない。
「ダメだね……暗くて見えないよ」
アレイダが険しい声で呟き首を振る。
「ざくろなら、穴に入れると思う。ちょっと見てくる」
そう言ってスラリとした体躯を穴に滑り込ませた。随伴する灯火の水晶球の明かりが次第に遠ざかり、星の如く小さな光となった。それがゆらゆらと動き、そしてまた大きくなる。
ジェットブーツを使って戻ってきたざくろは穴から抜け出し、
「大丈夫。子供達は居なかったよ」
ホッとしたように小さな笑みを浮かべた。
「もし、先程の場所でランタンを落してたなら……明かりが無いなか歩いて穴に落ちなかったのは幸運だったねぇ」
エンバディも安心したように頬を緩めた。
「早いとこ、見つけてやらないとね」
再び3人は歩き出したが、その足は間もなく止まった。
道の先、大きくせり出した岩の影に、足を抱えて蹲まる子供の姿があったからだ。
小さな呼吸の音が洞窟内に反響する。酷く疲労し眠っているようだ。
駆け寄った3人は子供を揺すり起こす。
「大丈夫かい?」
「他の子供達はどこに居るのかな?」
そうアレイダが尋ねたように、ここには子供がひとりだけ。
「わぁぁぁぁ! た、助けに、来てくれたの?」
眩しさに目を瞬きハンターの姿を認識した男の子テオは、ボロボロと安堵の涙を流した。
「うん、助けに来たよ。もう大丈夫だから落ち着いて」
ざくろが背中をゆっくりと撫でると、テオは大きく息を吸い込み涙を拭いた。
「それで、他の子達はどうしたの?」
再びアレイダが尋ねると、
「逸れちゃったんだ……。ランタンが割れて真っ暗になって、その後ショーンとアレンが居なくなっちゃって」
その時の不安な気持ちを思い出したのか、テオは俯き唇を結んだ。
「あの道の先は二方に分かれたから、二人は違う方の道に行ったのかもしれないねぇ」
エンバディはそう呟くと、テオの傷だらけの腕や足の応急処置を始めた。
ざくろは寒さに震えるテオに毛布を掛けてやり、祝福の水筒に入れた温かい飲み物を差し出した。
「あ、お姉ちゃん、ありがとう」
「はわっ……ざくろ男! 男!」
ざくろは女性に間違われたことに顔を赤くして否定すると、テオはそんな必死なざくろの姿に小さな笑い声をあげた。
「さあ、お腹もふくれた事だし、出口まで歩けるかなぁ?」
エンバディが声を掛けるとテオはコクンと頷き、ハンター達はテオを囲むようにして来た道を戻り始めた。
分かれて直ぐ、道の先からキーキーという音が響いた。
小さな音がいくつも重なり、耳に刺さるような不協和音となってハンターを包む。
「嫌な音ですぅ」
ハナは両手で耳を塞ぎ、顔を歪める。
「音というか、鳴き声なのです?」
カティスも眉を顰めると、洞窟の天井にハンターの持つ光源を反射するいくつもの光が生じた。
「何だありゃ?」
その光を見上げたトリプルJの動きに合わせ、水晶球が天井を照らす―――。
「いやーーーーー!」
「はわっ!!」
「げぇ、マジか……」
照らし出された天井には埋め尽くすような数の蝙蝠がぶら下がっている。向けられた光に驚いたのか威嚇するように牙を剥きバサバサと飛び回り向かってくる。
「これも気持ちが、悪いんですぅ!」
ハナが怒ったように呪符を投げつけると、結界内に居た蝙蝠は弾ける閃光に焼かれ塵となる。
「我が力を纏いし矢よ、敵を射貫くのですよ―――マジックアロー!」
カティスが高らかに呪文を唱えると、指に嵌めた銀の指輪がキラリと輝き、生み出された5本の矢は飛び交う蝙蝠を串刺しにした。
「ナイスだ、カティス! だが俺はゲテモノ喰いじゃねぇから、こんな串焼き出されても頂けねぇがな!」
串刺しのまま足元に落ちる蝙蝠達にチラリと視線を送りながら、トリプルJはワイルドラッシュで向かってくる蝙蝠を叩き落とした。
時を移さず、ハンター達の足元には蝙蝠の山が出来上がった。
「逃げた蝙蝠も居たのです。子供達の方に行ってしまったかも知れないのですよ」
「そうだな、先へ進もうぜ」
カティスの呟きに頷いたトリプルJとハナは洞窟の奥へと足を向けた。
間もなく、道の先から子供のすすり泣くような声が聞こえた。その方向に光を当てると、蹲る2人の子供の姿が浮かび上がる。
「見つけたぜ!!」
トリプルJが嬉々とした声を上げた。
「大丈夫なのですか?」
ハンター達が駆け寄ると2人の子供、ショーンとアレンはホッとしたような顔をした後、大きな声で泣き出した。
周囲の安全を確認したトリプルJは二人にジュースを与える。
「とりあえず腹減ったろ? ジュース飲みながら聞けや」
「3人で洞窟に入ったって聞いたけど、もう1人はどうしたの?」
ハナの疑問に、ショーンは鼻をすすりながら答えた。
「途中で逸れちゃったんだ……」
「それは、ランタンが割れた後なのです?」
「うん、そのすぐ後だよ。いきなり蝙蝠が飛んできたから、ビックリしてランタンをぶつけちゃって」
「真っ暗になって、怖くて走り出したんだ。気がついたらテオが居なくて……」
「そうか。ここに入ったのはお前ら3人だけだよな? 他はいないな?」
トリプルJの低い声に、子供達は静かに頷いた。
「温かい、お茶が入ったのですよ。これを飲んだら、入り口に戻るのですよ」
お茶とパンを受け取りそれをあっという間にお腹に納めた子供達は、ハンター達に守られながら洞窟を後にした。
無事にハンターオフィスに戻ったハンターと子供達。
「この時期のガキンチョには他人が何を言っても聞く耳を持たないだろうし、お説教は家族にお任せしよう。私も一応教師だけど、学問を教える以外のことはからっきしなんでね」
気を揉んで帰りを待っていたレイナに、アレイダは冗談めかして囁いた。
「探検して秘密基地作りたい気持ちは分かるが、秘密にしたいならきちんと飯時までには帰らにゃならねえ。それができなきゃ遭難だ。みんな心配してたんだ、素直に怒られてこいや、な」
トリプルJは3人の子供達の背中を押して、レイナ同様心配しながら待っていた親の元へと行かせた。
「多分怒られるのと泣かれるのと半々じゃないでしょうかぁ」
その子供達の背中を見ながら、ハナは苦々しげに笑った。
「みなさん、本当にありがとうございました。洞窟の探検はどうでしたか? 私も一度入ってみたいと考えているのですが、その時は是非護衛をお願い致しますね」
そう楽しげに言ったレイナだが、ハンターは全員、レイナにはお勧めできないと言わんばかりに引きつった笑みを浮かべたのだった。
そう言って、依頼人の領主、レイナ・エルト・グランツは深く頭を下げた。
「任せて! 洞窟の中で迷った子供達に何かあったら大変だもん、冒険家として放っておく事は出来ないよ」
時音 ざくろ(ka1250)はそう言って微笑むと頼もしげに胸を張った。
「しかし、子供達が洞窟に入ってから随分と時間が経っているようだな。すぐに出発した方がいいだろう」
トリプルJ(ka6653)が咥えた煙草の煙を吐き出す。
「6時間以上経ってるってことはお腹もすいてるでしょうしぃ、擦り傷ぐらい作ってるかもしれませんしぃ、さっさと見つけてあげないとですぅ」
星野 ハナ(ka5852)も頷いた。
「兵士達には念のため、森の中をもう一度捜索させています。皆さんもどうぞ気を付けて。私はここで、子供達と皆さんの帰りをお待ちしています」
「わかりました。きっと見つけてくるのですよ! 心配しないで下さいね」
カティス・フィルム(ka2486)はレイナの肩をポンッと叩き元気づけると、オフィスを後にするハンター達に続いた。
その背中を見送り、レイナは祈るようにギュッと手を握りしめた。
森の中の洞窟は静かにハンター達を待ち構えていた。
湿り気を帯びた森の中の空気はひんやりとしていて、その洞窟を更に不気味な雰囲気にしている。
「子供ってのは好奇心旺盛だからね。時に想像もつかないようなことをするわけだよ」
少し呆れたような声で呟いたアレイダ・リイン(ka6437)は、小さく唇の端を持ち上げた。
「日が暮れると更に気温が下がりそうだねぇ。まぁ、北方に比べれば寒さは序の口だけど」
エンバディ(ka7328)は目を僅かに細めて洞窟内を見つめると魔箒のランタンに明かりを灯し、岩肌に生じた亀裂に身体を滑り込ませた。
屋敷で言うならエントランスと呼べるような、洞窟の入り口を潜ってすぐの空間は、ハンターが6人居ても窮屈さを感じないほどの広さがあった。
「うわぁーー、意外です。中は結構広いのですね」
大きく目を開いたカティスは驚いたように洞窟の内部を見回す。
「うん……。ああ、やっぱり未知の洞窟に潜るっていうのは、何度やっても胸がドキドキするね」
高揚した様に声を弾ませたざくろは、灯火の水晶球を取りだし、スターゲイザーの暗視で辺りを窺う。
洞窟を発見した際中に入ったサイファーの話通り、足跡であっただろう小さな窪みが地面に付いていた。
「地面の水分が多過ぎるせいで、足跡が消えかかっているねぇ」
しゃがみ込み、ランタンに照らされた地面を確認したエンバディは眉を顰めて呟いた。
「急がないと、この先の足跡も消えちゃうかもしれないね……」
ざくろも同じように眉を顰めた。
「うーん。それじゃ子供の匂い、追えそうですぅ?」
ハナが連れてきた狛犬は周囲の匂いを嗅ぎ、付いておいでと言わんばかりに尻尾を振った。
僅かに残る足跡をなぞるように、狛犬は細い道を進んで行く。
「しかしまあ、こんな洞窟に子供だけでよく入ろうとするもんだねぇ。私も子供の頃は狩猟生活で洞窟の中で寝泊まりしていたわけだけど、ここまで険しい所には入ったことないよ」
苦々しい笑みを浮かべ、アレイダは口を開く。
「洞窟で生活したことがあるのですか?」
再び驚いたような声を出したカティスが、アレイダに尋ねる。
「まぁね。幼少期は少し劣悪な環境下で育ったからね。……と、言ってもこんな洞窟じゃないよ」
昔を思いだし小さく息を吐きだしたアレイダは、振り払うように首を振った。
5日間休みなく降り注いだ雨は、崖の亀裂や僅かなヒビから浸み込み、洞窟内を水浸しにしていた。
子供たちの足跡が消えかかっているのもこのせいだ。
森の中より更に湿度が高く、水の中に居るような寒さが少しずつ体力を奪っていく。
皆の視線が数歩先を歩く狛犬と、地面に着いた心もとない足跡に注がれる中、突如――、
「キャーーッ!!」
隊列後方を歩いていたカティスが悲鳴を上げた。
「っ!!」
その悲鳴にハンター達は振り返り、各々武器を握りしめる。
「なに? なに? どうしたの?」
ざくろが目を瞬き、カティスに尋ねると、
「い、いま……何か首筋に……」
泣きそうに顔を歪めたカティスがそう言葉にした途端―――、同じ様な悲鳴を、今度はハナが上げた。
「ヤダ。なんなのよぉ……」
そう言ってハナが首筋を拭うと、手には水滴が。
ハンターの意思に従うように灯火の水晶球が天井を照らすと、つららのように飛び出した岩の先端には、今にも零れ落ちそうな雫がいくつもぶら下がっている。
「タイミング悪く当たっちまったみてぇだな」
トリプルJが堪えるようにクツクツと笑う。
「ビックリ……したのです」
「ホント。……これで気色悪い虫でも落ちて来てたら……発狂しちゃいますよねぇ」
ハナは冗談めかしてカティスにクスッと笑って見せた。
「いやいや……。その話もあながち無いとはいえないみたいだよ」
妙に静かな声でそう言ったのはアレイダ。その視線は、少し先の壁を見つめていた。
僅かに隆起した岩の影の部分が震えるようにゾワリと動きだし、その塊は岩の影から切り離れ、影ではない黒い物体が壁面を移動する。
「げぇ!」
「きゃあ!」
「うわぁ……」
それぞれに嫌忌の言葉を口にするハンター達。
皆の視線の先には、サッカーボール程の大きさの、足の長い蜘蛛がいた。身体の倍ほどに長い足は天鵞絨のような毛で覆われ、中心にある身体は小刻みに動いている。
「あんなのが落ちてきたら、ざくろでも悲鳴を上げるな……」
呟いたざくろの顔は引きつっている。
「なんて種類の蜘蛛でしょうね?」
エンバディは少し興味を持ったようにじっと蜘蛛を見つめると、
「種類は何だか知らないけど、無理! 無理無理! 精神衛生的に無理ですぅ!! 鳥肌が立ちますぅ!」
足元からゾワゾワと粟立つ肌に身体が震え、ハナは呪符を掴み取り蜘蛛を目掛けて投げつけると、閃光の如く弾けた光が蜘蛛を跡形もなく焼き尽した。
興奮に由るものなのか、恐怖による息苦しさだったのか、肩で息をしたハナはホッとしたように唇の端を持ち上げた。
暫らく歩くと地面は岩肌になり子供達の足跡は無くなった。それでも、此処までは一本道で子供達が通った事は間違いないだろう。
天井から垂れた水が所々に溜まる。その水溜りの中でハンター達の持つ光源に何かが鈍く反射する。
「なんだろうねぇ? 水の中に、何か落ちてるみたいだ」
エンバディは屈み込むと、水の中に指先を入れ中で煌めく何かを摘み上げた。
「ガラスの、破片かな?」
エンバディが摘んだ氷のように澄んだ欠片をざくろがマジマジと見つめる。
「見つかったばかりの洞窟だし、苔や汚れが付いてないところを見ると、子供たちが持っていたランタンか何かのガラスだろうねぇ」
エンバディもざくろの言葉に頷く。
「ここで、足を滑らせて転んでしまったのかな?」
「その可能性はありそうですねぇ」
ざくろが呟くと、エンバディは足元の岩肌に靴を滑らせる。確かに、水で濡れて滑りやすい。
「なら、子供達はこの近くにいるかもしれないね」
そう言って左へとカーブを描く道を進むざくろは、その先の二つに延びる道を前に足を止めた。
「別れ道ですねぇ。狛犬ちゃん、子供たちはどっちに行ったの?」
ハナが狛犬に話し掛けるが、狛犬は二方の道を行ったり来たりするばかり。
「どっちにも行った……、ということかな? それとも、どっちにも行ってない?」
アレイダは二つの暗がりの先を鋭く睨みつける。
「ここは二手に分かれてみるしかねぇな」
「そうだね」
トリプルJの言葉にざくろが頷いた。
ざくろ、アレイダ、エンバディが左の道へ。カティス、ハナ、トリプルJが右の道へと進む。
大人2人が並んで歩ける程の空間には、地面と壁の境目にポッカリと穴が空いていた。
光りの届かないその穴は、まるで不気味な怪物が口を開けているかのようだ。
「まさか、ここに落ちた……なんてことは、ないよねぇ?」
エンバディが眉を顰めてそう言うと、アレイダとざくろは顔を見合わせ穴に近付いた。
アレイダの懐中電灯の直線的な光でも穴の底までは光が届かない。
「ダメだね……暗くて見えないよ」
アレイダが険しい声で呟き首を振る。
「ざくろなら、穴に入れると思う。ちょっと見てくる」
そう言ってスラリとした体躯を穴に滑り込ませた。随伴する灯火の水晶球の明かりが次第に遠ざかり、星の如く小さな光となった。それがゆらゆらと動き、そしてまた大きくなる。
ジェットブーツを使って戻ってきたざくろは穴から抜け出し、
「大丈夫。子供達は居なかったよ」
ホッとしたように小さな笑みを浮かべた。
「もし、先程の場所でランタンを落してたなら……明かりが無いなか歩いて穴に落ちなかったのは幸運だったねぇ」
エンバディも安心したように頬を緩めた。
「早いとこ、見つけてやらないとね」
再び3人は歩き出したが、その足は間もなく止まった。
道の先、大きくせり出した岩の影に、足を抱えて蹲まる子供の姿があったからだ。
小さな呼吸の音が洞窟内に反響する。酷く疲労し眠っているようだ。
駆け寄った3人は子供を揺すり起こす。
「大丈夫かい?」
「他の子供達はどこに居るのかな?」
そうアレイダが尋ねたように、ここには子供がひとりだけ。
「わぁぁぁぁ! た、助けに、来てくれたの?」
眩しさに目を瞬きハンターの姿を認識した男の子テオは、ボロボロと安堵の涙を流した。
「うん、助けに来たよ。もう大丈夫だから落ち着いて」
ざくろが背中をゆっくりと撫でると、テオは大きく息を吸い込み涙を拭いた。
「それで、他の子達はどうしたの?」
再びアレイダが尋ねると、
「逸れちゃったんだ……。ランタンが割れて真っ暗になって、その後ショーンとアレンが居なくなっちゃって」
その時の不安な気持ちを思い出したのか、テオは俯き唇を結んだ。
「あの道の先は二方に分かれたから、二人は違う方の道に行ったのかもしれないねぇ」
エンバディはそう呟くと、テオの傷だらけの腕や足の応急処置を始めた。
ざくろは寒さに震えるテオに毛布を掛けてやり、祝福の水筒に入れた温かい飲み物を差し出した。
「あ、お姉ちゃん、ありがとう」
「はわっ……ざくろ男! 男!」
ざくろは女性に間違われたことに顔を赤くして否定すると、テオはそんな必死なざくろの姿に小さな笑い声をあげた。
「さあ、お腹もふくれた事だし、出口まで歩けるかなぁ?」
エンバディが声を掛けるとテオはコクンと頷き、ハンター達はテオを囲むようにして来た道を戻り始めた。
分かれて直ぐ、道の先からキーキーという音が響いた。
小さな音がいくつも重なり、耳に刺さるような不協和音となってハンターを包む。
「嫌な音ですぅ」
ハナは両手で耳を塞ぎ、顔を歪める。
「音というか、鳴き声なのです?」
カティスも眉を顰めると、洞窟の天井にハンターの持つ光源を反射するいくつもの光が生じた。
「何だありゃ?」
その光を見上げたトリプルJの動きに合わせ、水晶球が天井を照らす―――。
「いやーーーーー!」
「はわっ!!」
「げぇ、マジか……」
照らし出された天井には埋め尽くすような数の蝙蝠がぶら下がっている。向けられた光に驚いたのか威嚇するように牙を剥きバサバサと飛び回り向かってくる。
「これも気持ちが、悪いんですぅ!」
ハナが怒ったように呪符を投げつけると、結界内に居た蝙蝠は弾ける閃光に焼かれ塵となる。
「我が力を纏いし矢よ、敵を射貫くのですよ―――マジックアロー!」
カティスが高らかに呪文を唱えると、指に嵌めた銀の指輪がキラリと輝き、生み出された5本の矢は飛び交う蝙蝠を串刺しにした。
「ナイスだ、カティス! だが俺はゲテモノ喰いじゃねぇから、こんな串焼き出されても頂けねぇがな!」
串刺しのまま足元に落ちる蝙蝠達にチラリと視線を送りながら、トリプルJはワイルドラッシュで向かってくる蝙蝠を叩き落とした。
時を移さず、ハンター達の足元には蝙蝠の山が出来上がった。
「逃げた蝙蝠も居たのです。子供達の方に行ってしまったかも知れないのですよ」
「そうだな、先へ進もうぜ」
カティスの呟きに頷いたトリプルJとハナは洞窟の奥へと足を向けた。
間もなく、道の先から子供のすすり泣くような声が聞こえた。その方向に光を当てると、蹲る2人の子供の姿が浮かび上がる。
「見つけたぜ!!」
トリプルJが嬉々とした声を上げた。
「大丈夫なのですか?」
ハンター達が駆け寄ると2人の子供、ショーンとアレンはホッとしたような顔をした後、大きな声で泣き出した。
周囲の安全を確認したトリプルJは二人にジュースを与える。
「とりあえず腹減ったろ? ジュース飲みながら聞けや」
「3人で洞窟に入ったって聞いたけど、もう1人はどうしたの?」
ハナの疑問に、ショーンは鼻をすすりながら答えた。
「途中で逸れちゃったんだ……」
「それは、ランタンが割れた後なのです?」
「うん、そのすぐ後だよ。いきなり蝙蝠が飛んできたから、ビックリしてランタンをぶつけちゃって」
「真っ暗になって、怖くて走り出したんだ。気がついたらテオが居なくて……」
「そうか。ここに入ったのはお前ら3人だけだよな? 他はいないな?」
トリプルJの低い声に、子供達は静かに頷いた。
「温かい、お茶が入ったのですよ。これを飲んだら、入り口に戻るのですよ」
お茶とパンを受け取りそれをあっという間にお腹に納めた子供達は、ハンター達に守られながら洞窟を後にした。
無事にハンターオフィスに戻ったハンターと子供達。
「この時期のガキンチョには他人が何を言っても聞く耳を持たないだろうし、お説教は家族にお任せしよう。私も一応教師だけど、学問を教える以外のことはからっきしなんでね」
気を揉んで帰りを待っていたレイナに、アレイダは冗談めかして囁いた。
「探検して秘密基地作りたい気持ちは分かるが、秘密にしたいならきちんと飯時までには帰らにゃならねえ。それができなきゃ遭難だ。みんな心配してたんだ、素直に怒られてこいや、な」
トリプルJは3人の子供達の背中を押して、レイナ同様心配しながら待っていた親の元へと行かせた。
「多分怒られるのと泣かれるのと半々じゃないでしょうかぁ」
その子供達の背中を見ながら、ハナは苦々しげに笑った。
「みなさん、本当にありがとうございました。洞窟の探検はどうでしたか? 私も一度入ってみたいと考えているのですが、その時は是非護衛をお願い致しますね」
そう楽しげに言ったレイナだが、ハンターは全員、レイナにはお勧めできないと言わんばかりに引きつった笑みを浮かべたのだった。
依頼結果
依頼成功度 | 成功 |
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面白かった! | 4人 |
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依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 エンバディ(ka7328) ドラグーン|31才|男性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2018/12/11 23:06:19 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/12/09 22:09:28 |