• 虚動

【虚動】ピノキオの死

マスター:湖欄黒江

シナリオ形態
イベント
難易度
やや難しい
オプション
参加費
500
参加制限
-
参加人数
1~25人
サポート
0~0人
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2015/01/09 15:00
完成日
2015/01/16 23:07

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング


 帝国第三師団長、カミラ・ゲーベル(kz0053)。
 エルヴィンバルト要塞の伝話室にて、帝都からの指令を受け取る。
 辺境を脱出し、帝国領を南西方面へ移動中の歪虚CAMが1機。詳細な移動経路は調査中だが、
 恐らくはサンクトケルテンベルクを迂回し、ヴィルヘルミネン街道とほぼ平行に移動。
 帝都に目もくれず、現在エルフハイム北部へ到達目前、というのは確からしい。
 それは良い――良くはないが理解はできた。分からないのは、
「あの男は何だ。あの荷物は」
『ですから、陛下直々の推薦を受けた助っ人でして……
 ジェームズ・サーボン中尉、元宙軍CAMパイロットとかで』

 伝話口に立つ伝令の声は、ここ数日の激務でくたびれ切っている。
 この男を責め立てても仕方ないのだが、はっきりさせておかねばならない大問題があった。
『特別措置としてサーボン中尉には魔導トラック1台と、
 対歪虚大型魔導狙撃砲「カスパール」試作1号機及び専用特殊錬金弾3発を支給。
 中尉はCAMの弱点に関して情報を持っており、目標破壊に確実を期すべく……』
「分かってる、武器の仕様書はもう読んだ。
 その錬金弾とやらだが、着弾時のマテリアル汚染に対する手当てがない。
 作戦通達の文書にも説明がないが、戦場になるのはそこいらの野っ原じゃないんだぞ。
 エルフハイムの監視と保護が任務の我々が、作戦上で魔法公害を蔓延させたのでは本末転倒だ。
 歪虚を片づけたとて、住処の玄関口を汚されたとなればエルフたちが黙っておるまい。
 緊急事態とはいえ、陛下は一体何をお考えなのか……」

『耳に挟んだ限りのことですが……魔導狙撃砲の提供、及び作戦立案には錬魔院院長が関与したそうで』
 ナサニエル・カロッサ(kz0028)。CAM稼働実験へ新型エンジンを提供した錬魔院だが、
 CAM強奪事件の収拾にかこつけて、この上更に己が権勢を増そうというのか。
『言うまでもなく、我々は魔法公害浄化の確固たる技術を持ち合わせません。
 帝国領における浄化術の第一人者となれば、当然エルフハイムということになります。
 剣機襲撃時の前例もあり、もっと言えば、どう破壊したところで、
 歪虚化CAMに充填された負のマテリアルは一定の汚染をもたらすものと考えられ……
 ねぐらが脅かされるとなれば、彼らもただ指を咥えて見ている筈がない、と』

 本音。エルフハイムを巻き込んで、連中にこちらの出した汚染ごとCAMを浄化させろ。
 新兵器投入による歪虚CAM事件の早期決着。汚染も問題なく浄化し、帝国、そして錬魔院は大いに面目を施す。
「私から連中を説得しろ、と。簡単に言ってくれる」
 言いつつ、カミラは今後の算段を立て始めた。
 納得の行った訳ではないが、いずれにしても歪虚CAMは撃破せねばならず、
 エルフハイム防衛と同時に遂行する為には、仕組まれたゲームに乗るより手がなさそうだった。


 第三師団長の命を受け、作戦領域へ向かう。
 錬魔院から預かったのは魔導トラックと無骨な新兵器、そして無口で無愛想な運転手1名。
 元パイロットというだけの便利屋風情に、まさしく僥倖と言うべき支援ではあったが、
(乗せられたな)
 ジェームズ・サーボン・"クリケット"中尉は揺れるトラックの荷台で、
 魔導砲と外付けの動力に仕様書で覚えた限りの調整を施す。
 対歪虚大型魔導狙撃砲『カスパール』。巨大な機関部から伸びた、3メートル超の砲身。
 CAM稼働実験に投入されたのと同型のエンジンを接続し、
 歪虚が纏った負のマテリアルの防御結界をも貫通する破壊力らしい。
 車載砲として改造されてはいるが、クリケットの目にはどうやら、
 本来CAMかそれに類似した歩行兵器への搭載を前提とするデザインに見えた。
 恐らく稼働実験成功後の、CAMの実地運用を見越した研究だったのだろう。

 亡友ジュゼッパの愛機が、歪虚に乗っ取られた後、帝国方面へ向かったと聞きつけたクリケットは、
 各国将校の列に紛れて、辺境の転移門から帝都へ飛んだ。
 幸運にも居合わせた皇帝ヴィルヘルミナへ歪虚CAM破壊作戦への参加を直訴――護衛に袋叩きにされかけた。
 帝国錬魔院の長とかいう男が『助け舟』を出す。
「親友の形見が歪虚に奪われ、人類の敵となるのを黙って見過ごせない、と。
 素晴らしい、感動した! 貴方のような熱血の志士を、帝国は歓迎する!
 どうですかねぇ陛下。ひいては、私にちょっとしたアイデアがあるんですが」

 そうしてクリケットは、装備一式と共に第三師団へ引き渡された。
「対歪虚の最新兵器は、何もリアルブルーの専売特許じゃない。
 西方世界随一の技術を誇る我が錬魔院、その気鋭の発明を貴方に預けます。
 急な話だったもので弾丸の用意は3発だけ。しかし、貴方の情報と私の計算を合わせて考えれば2発命中で充分。
 歴戦のCAMパイロットにはお安い御用でしょ?
 あと最後に、これは運用上大したことじゃありませんが、動力の最大瞬間出力が若干足りてない。
 なので、砲を撃つのに必要なマテリアルの一部は、覚醒者たる貴方自身の身体から引き出して頂く。
 つまりあれです、無茶撃ちすると死ぬ。でも3発を間隔空けて撃つなら、
 ぎりぎり、たぶん、根性があれば耐えられると思いますよきっと。ではよろしく」

 捨て駒――上等じゃないか、やってやる。
 元の職場、世話になった屋台の親父には悪いが帰らない覚悟だ。
 LH044を、ジュゼッパを本当に忘れる為に、己が手でドンキィノーズを破壊する。
 

 決戦の地に選ばれたのは、エルフハイム北方の森林部周縁。
 最終的な進入路は監視班の報告待ちだが、いずれ平原の何処からか、ドンキィノーズは現れる筈だ。
 第三師団工兵隊が高さ5、6メートルの移動式の櫓を寄越し、壕を巡らし、
 土嚢を積んで堡塁を築き、迎撃拠点を建設するが、CAM相手には少々心許ない。
 拠点とその周辺はエルフの浄化結界とやらの範囲にかかっており、汚染を気にせず戦えるそうだが。

 狙撃位置を確認した後、トラックと共に周辺待機していたクリケット。
 夕闇迫る頃、車載短伝話にカミラから通信が入る。
『剣機リンドヴルム型の歪虚2体が防空圏を突破、そちらへ接近中だ。
 CAMを守りに来たらしい。第五師団のグリフォンは別口と当たって手一杯……
 千客万来だな。貴様の出番だ助っ人、CAMは近いぞ』

 拠点のあちこちに点る松明の火が、折からの風に揺らめいた。
 工兵隊が声もなく撤退し、ハンター各員と入れ替わる。
 クリケットもトラックを移動させ、自らは砲手台に就いた。
 暗がりの中で、宙軍時代の感覚が蘇っていく。CAMコクピットの振動、汗と反吐の匂い。
(やるしかねぇんだ)
 平原の彼方に、赤い陽を背負って現れるドミニオンの巨体。

 お節介なお喋りコオロギ。勝っても負けても、ピノキオの世話を焼くのは今夜限りだ。

リプレイ本文


「敵機補足(エネミー・タリホー)!」
 君島 防人(ka0181)が叫ぶ。魔導狙撃砲『カスパール』搭載トラック、
 その周辺に集まった、防人はじめ狙撃補助要員6名が準備を急いだ。
 野戦拠点に待機した他のハンターたちも、
 遂に現れた歪虚CAM・ドンキィノーズの威容を前に、各々武器を携え戦闘配置へ走る。
「この拠点はじき奴の30ミリの射程に入る。
 こちらからはもう射程内だが、虎の子の錬金弾は3発きり。
 ぎりぎりまで引きつけて撃つから、いざってときは最後の足止め頼む」
 狙撃砲の射手・クリケットは誰へともなく言うと、
 ざんばらの黒髪を邪魔にならぬよう後ろでまとめ、改めて砲手に就いた。

「邪魔になるような枝や葉はないな? 砲以外で光るものも」
 シャーリーン・クリオール(ka0184)が荷台に上がり、
 トラックを覆うカモフラージュ用の網の具合を確かめる。
 作業を手伝っていたアルビルダ=ティーチ(ka0026)も、
 振動で網の固定具がずれないよう最終確認をしながら、
「持ち込みの材料にしては、上手く木の感じを真似できたもんよね。
 後ろの森から採ってこれたら楽だったのに、こっちの世界も色々ややこしいなぁ」
「地元住民を敵に回して、良いことはないからな」
 答えるシャーリーンに、
「エルフにとって森は家、非常時とはいえよそ者――ゴメンね、
 に傷つけられるのを嫌がる奴も多いから。気遣い、助かるよ」
 同じくカモフラージュを手伝ったエリス・ブーリャ(ka3419)が言う。

「私からも、お礼申し上げさせて頂きます。
 私たちの故郷を守る為、ハンターや帝国軍、そして有志の皆様にお力添え頂けたことも……」
 堡塁に土嚢を積み終えたエルフィ・ウルリーケ(ka1116)が戻ってくる。
 マニュアル片手に狙撃砲の点検を行っていたラルス・コルネリウス(ka1111)が顔を上げ、
「親切だけじゃねーみたいだぜ、帝国軍さんの魂胆はよ。
 何だこの装填方法。自動式の装填装置……の造りかけって感じだな。
 良く分かんねー魔導エンジンまでついて、魔導銃の巨大版ってとこか。
 ホントに実験兵器押しつけられちまったみてーだな。大丈夫か?」
 問い詰められたクリケットは、髭をしごきながら、
「何ごとも保証できない。作戦上、俺も単なる駒のひとつだから……」
「頼りねーな、おい」
「やる気はあるぜ? ここに来てケツまくったりはしねぇよ」

 エリスとエルフィが、武器を抜いて堡塁とトラックの間に陣取った。
「私たちの村が後ろにあるんだ。こっちも絶対逃げない、だから」
 エリスの言葉に、クリケットの口がぐっと締まる。
 観測手の防人がその隣に立って、照準装置を調整した。
 アルビルダは霊闘士の能力を使い、強化された視力で防人の照準を手助けする。
「距離・方向確認。気象条件より軌道変化を計算。
 目標の挙動パターンより偏差予測。照準誤差修正を指示します」
「よろしく、君島――」
「最終階級は、軍曹でした」
「軍曹。皆もよろしく頼む」
 来る。悪さが過ぎて驢馬にされてしまったピノキオが。
 原作じゃ、お喋りコオロギは物語の途中でピノキオに叩き潰されてしまうんだったか――


「落とし穴、何とか間に合いましたね!」
 イルミ(ka0400)が元気一杯に言うが、
 拠点外縁に集まった前衛のハンターたちは皆、接近中のCAMに視線が釘づけだった。
 そんな中、目端の利く神楽(ka2032)だけが、
「イルミさんマジ助かったっす! ……あ、来た。で、でけーっす! アレとやるんすか?」
 ドミニオンMk.IV改修機『ドンキィノーズ』。
 あだ名の通り、驢馬を思わせる頭部の形状が特徴的だった。
 その灰色の機体は、仄かな燐光を放つ青い液体――
 剣妃オルクスの血液にまみれ、強烈な負のマテリアルの瘴気を放散していた。
 武装の30ミリライフルを右手で腰だめに構えたまま、地響きを立てて野戦拠点へ向かってくる。

 結樹 ハル(ka3796)が、水を張った塹壕に最後の板を渡し終えた。
「クリムゾンウェストでも使えるよう研究中、って話を聞いた矢先に歪虚化……、
 CAMも苦労するよな。けど、こうなったら戦争だ。俺たちの手でぶっ壊すしかない」
 こちらも作業を終えたばかりの夕鶴(ka3204)が、アックスブレードを抱えて塹壕を踏み越える。
「どれほどの性能だろうと、この先に進ませる訳にはいかない。全力で当たらせてもらおう」

「生身でCAMとやり合える日が来るなんてな!」
 バルディッシュを肩に担いだアーサー・ホーガン(ka0471)が、
 空いた手でエヴァンス・カルヴィ(ka0639)の背中を叩く。
「実験場が襲撃されたとき、俺らが守ったCAMの1機だと思うとちと複雑だけどな――
 どうだ、エリス!? ……ああ、うん、兎に角、落とし穴まで何とか誘導するからよ!」
 エヴァンスは魔導短伝話を使って、狙撃砲を守るエリスと連絡を取っていた。
 通信を終えて顔を上げた拍子、妙な匂いが拠点に漂い出したことに気づく。
「何か……どっかで腐ってねぇか?」
「剣機リンドヴルムの量産型。第五師団のグリフォン部隊を突破したって奴だね」
 Holmes(ka3813)が、パイプの先で夕空を指す。
 小さな影がふたつ、拠点上空を旋回していた。まだ高度があるが、
「CAMの侵攻に合わせて降りてくる気かな。ま、対空防御は別班に任せるとして……、
 一服したら始めよう。一服せずとも始めよう。何時でもどうぞ、ピノキオ君」

 歪虚CAMの胸部に描かれたピノキオのエンブレム。
 青い血に汚れされて、塹壕前へ整列するハンターたちへ虚ろな笑みを投げかける。


「こっちも来た、2体! 話通りだな」
 移動式櫓からラスティ(ka1400)が周囲へ知らせる。
「降下を始めた。並んで突っ込んでくるぜ、構えろ!」
 ライフルを手にするラスティ。同じ櫓に登った堂島 龍哉(ka3390)も、背負っていた大弓を下ろす。
 得物の『吼天』は、CAM支援に現れた量産型リンドヴルムの弱点である光の魔法が封じられている。
 同種の装備を持った仲間と連携し、CAM攻撃を妨害されぬよう敵を威嚇・誘導する狙いだ。
 拠点目がけて降下中の標的を見定め、弓を引く。
「そこを越えれば私の射程……私の支配地だ。貴様等如きに勝手は許さん!」

「対地と対空で攻撃がばらけないよう、2体同時に落とします!
 『吼天』とグリントボウ装備の射手は、分担して敵の翼を狙って下さい!」
 十 音子(ka0537)が、櫓とその周りに集まった対空迎撃班の音頭を取る。
 量産型リンドヴルムなら、つい先日辺境領で討伐依頼をこなしたばかり。
 敵の能力はある程度把握しているし、今回はこちらが有利な防衛戦だ。
「撃墜後は第三師団の火砲支援を受けつつ、各個撃破を目指します!
 くれぐれもこの場を抜かれぬよう、攻撃の手を緩めずお願いします!」

「……あぁ、分かっている。やる事はな」
 ヴェンツェル(ka3170)がバトルライフルのレバーを操作し、薬室に弾丸を送り込む。
 ライフルを構え、戦闘体勢に入るその動作は淀みないが、上空の敵を見上げる目はどこか虚ろだった。
 対して、lol U mad ?(ka3514)は目を輝かせる。グリントボウに矢をつがえ、
「CAM潰しに負けねぇくらい、こっちも盛り上げてやんないとな。
 龍哉と音子は右、オレとカーミンが左! ライフル持ちで駄目押し、そういう分担で行こーや」
「あら、便利そうな照準器ね。借りるわよ?」
 カーミン・S・フィールズ(ka1559)が隣から、lolの弓の前面に展開されたサークル状の幻影を覗き込む。
「喜んで。ベストカップル選出コンテスト、キミとボクとで一等獲ったらハネムーンに世界一周、
 新居はとりあえずリゼリオ辺り、うんとデカイのを一軒ってとこでどうだい? The World is Yours――」
「『世界を君に』か?」
 宮前 怜(ka3256)が言いつつ、カービン銃を抱えて通り過ぎた。
 リンドヴルムの進入ルートはこのままだと拠点外縁、塹壕の前後へ並んだ前衛の列に沿う形になる。
 飛行中の掃射で、CAMに対する障害物を一掃するつもりだろう。
 拠点上空を通過後Uターンして狙撃砲を狙う恐れもある。砲が1度発射されれば、トラックの偽装は無意味だ。
(敵航空戦力が拠点へ進入する、その鼻先を俺たちが叩く。
 前衛はCAMの火力に対応するのが精一杯だろう、万が一抜かせれば被害甚大だな)

 怜が配置に就くと、いよいよリンドヴルムが迎撃班の射程内まで降下する。
「それじゃあロル、まずは腕を見せてよね。私たちハンターだもの、金より顔より、まず力が売りじゃない?」
「へへ、仰る通りで――OK Baby, Get Ready!」
 迎撃班の弓持ちが、一斉に矢を放った。
 リンドヴルムの2機編隊、右側1体が機銃で櫓を狙うが、
 空中で龍哉と音子の矢を受けて滑空姿勢が乱れた。外れた銃弾は櫓の足下の土を掘り返すばかり。
 もう1体の射撃が怜を襲った。怜はカービンを構えたまま前転し、敵照準を外してから膝射で応戦する。
「もう少しの筈だ!」
 櫓へ体当たりしようとする敵を、ラスティのライフルが張った弾幕でどうにか逸らす。
 龍哉が第2射を撃ち込むと、突撃も上昇もできなくなった敵はそのまま櫓の前へ着地した。
 ほぼ同時に、カーミンとlolの射撃がもう1体を撃墜。こちらも櫓付近の地面へ叩きつけられた。
 ラスティと龍哉は櫓を飛び降り、ヴェンツェルと怜の射撃が敵を抑えている間に距離を空ける。

 ラスティの足が地面についた瞬間、強烈な発砲音と爆音、振動が拠点全体に響き渡る。
 リンドヴルムの機銃でも迎撃班でもない。狙撃砲が発射されたか、そうでなければ――
 軍人上がりの音子とlol、元武器商で地球の現代兵器に精通した怜はすぐに勘づく。
 発射されたのはCAMの30ミリ。装弾は対小型・中型歪虚用の炸裂弾だ。


 ドンキィノーズは拠点外縁へ到達直前、露払いとばかりに、塹壕付近の前衛へライフルを点射し始めた。
 滑らかな運肢の合間に織り込まれた射撃は、ハンターたちの防備を圧倒する。
 最初の射撃3発が塹壕手前数メートルに着弾、
(逃げ切れない――!)
 破片がイルミを襲った。近くにいた夕鶴と共に、負傷とショックで倒れてしまう。

 耳を聾する砲音の中、神代 誠一(ka2086)が椿姫・T・ノーチェ(ka1225)に目配せした。
 この距離で一方的に撃たせては、接敵前に前衛が壊滅する。
 塹壕へ誘き寄せる前に何人かが先行、足下から敵の気を逸らさなければ。
(私たちでやるのね)
 椿姫は誠一とふたり、砲撃を掻い潜ってCAMへ接近した。
 一歩早く、アーサーも飛び出していた。エヴァンスはHolmesへ負傷者救助の合図を送りつつ彼に続く。

(あんなんに抜かれたら、たまったもんじゃねぇな)
 塹壕の後ろからフェルム・ニンバス(ka2974)が、彼らにファイアエンチャントの魔法を投げかけた。
 負傷者を後方へ運ぶHolmesと入れ違いに神楽も前進、
 魔導銃を発砲し、敵の到達タイミングを調整するべく攻撃を開始した。
 攻め気で敵を罠にかける作戦だったが、
 防御の為の塹壕を潰して丸ごと落とし穴に作り変えたのはリスキーだったか。
(ちょっとCAMのこと、舐めてたかもっす……)
 魔導銃の弾丸が、CAM脚部の装甲に点々と穴を空けていく。
 しかし何せ相手が大物、剣妃の加護もあり、歩兵の銃で与えられるダメージには限界があった。

 CAMの射撃。塹壕後ろに着弾し、フェルムとハルが巻き込まれた。
 慌てて伏せたフェルムの背中に、砲弾の破片と土が降り注ぐ。激痛をこらえて起き上がると、
「無事ですか!?」
「一応……死んじゃいないよ。あんたは」
 フェルムの隣で、ハルが顔を手で覆ってうずくまっている。身体の傷はフェルムよりましだったが、
「目をやられました。石か砲弾の欠片か、それほど大きくないと思うけど、刺さったらしくて」
「見せてみろよ! ……うん、潰れちゃいない」
 ハルの目は、治療を受ければ問題なく治るだろう。だが、この戦いを乗り切ることができるか――
「手足は無事です。術も使えます。敵の位置の見当がつけば、後方支援くらいは」
「分かった。敵が近づいたら教えてやるよ」


「よーく知ってるぜ、お前の事はよ」
 アーサーがCAMの側面に回り込み、膝の関節部を武器で打つ。
 歩行中の脚部を下から叩く以上、攻撃を弱点へ正確に命中させることは難しい。
 とはいえ、殴った手応えは予想以上に硬かった。CAM本来の防御力に加え、
 放出する負のマテリアルが一種の防御障壁を形成、機体の耐久性を向上させているらしい。
 エヴァンスの戦槍も装甲を削るが、脚部破壊にはまだ程遠い。
「例え、攻撃が直接効かずとも!」
 CAMを追いかけつつ、誠一も七節棍を振るう。敵の目を逸らすことができればそれで良い。
 椿姫が足首の装甲へナイフをねじ込む。踏み出す足をさっとかわしてから、なお追いすがる。

 4人の戦術が功を奏したか、CAMは射撃の手を止めた。足も止まった。
 急停止からの足払いで、まとわりつく4人を蹴散らそうとする。
「危ないっ!」
 咄嗟に誠一を庇った椿姫が、背でCAMの蹴りを受けた。
 吹き飛ばされた椿姫の身体を受け止め、誠一も後ろに倒れる。
「椿姫さん!」
「拠点まで下がれ! ここでやられちまったら元も子も――」
 言いかけたエヴァンスも、再びの足払いを避け切れない。蹴り飛ばされた。
 土を掻いて立ち上がるが、手足の痺れと強烈な眩暈を覚え、回復するまで矢面は危険と判断。
 意識のない椿姫を抱えた誠一と共に、拠点へ一旦後退する。
「アーサー! お前も無茶すんなよ!」
「任せろや! ――おう、タイマンになっちまったな、驢馬頭」
 慎重に間合いを測りつつ、CAMの進路へ躍り出るアーサー。
 踏みつけを右にかわしたとき、左へ回り込む人影が見えた。
 身の丈を越す巨大な鋏のような武器を手に、CAMへ果敢に挑みかかるのは、
「折角の一騎打ちに乱入、申し訳ないが。
 さて、小さく古びた身体ではあるけれど、決して負けるつもりはないよ」
 負傷者救助を終えたHolmes。アーサーと即席のコンビを組んで、敵を落とし穴へじりじりと誘導していく。


「第1射、目標の右大腿へ」
 クリケットが砲に手をかける。CAMは塹壕手前に到達、
 リンドヴルムは迎撃班が2体とも撃墜した。狙撃に支障はない。
 エルフィとエリスが数歩ばかりトラックのほうへ下がった。
 狙撃砲発射時に射手の身体が消耗するマテリアル、その一部を肩代わりする為だ。
(魔法公害を引き起こす砲弾に、生命を削る大砲。
 できれば使いたくはない不吉な武器。それでも『今』このときを守れねば意味がありません)
 エルフィは祈るように両手を組んで、しゃがみ込んだ。
 エリスとラルスはクリケットへ身体強化の機導術を施す。

「仰角調整、0.3度――よし」
 じっと照準器を睨んでいた防人の指示で、砲の角度を僅かに調整する。照準が定まった。
「仰角よし。方位よし。撃てます」
「前衛の後退に合わせる。エリス」
 エリスが魔導短伝話で前衛へ連絡。少しの間を置いて、アーサーとHolmesがCAMから飛び退いた。
「全員耳ぃ塞げ! 点火用意――」
 自分も大急ぎで耳栓を押し込むと、クリケットは砲尾の拉縄を握り、力を込めて引き下ろした。
 瞬間、砲口から炎が上がり、大音響が耳栓を貫いて鼓膜を叩く。
 マテリアルを砲に吸われ、奇妙な怖気が背筋を一瞬走るが、クリケットはほとんど気づかない。
 それよりも、専用の台車でないトラックの車体が大きく揺れて、照準がぶれたのではないかと不安を覚える。
 が、その心配が言葉として浮かぶより早く、CAMの右脚部装甲が爆炎と共に吹き飛んだ。
 錬金弾がスペック通りの威力を発揮したなら、内部構造もずたずたにされている。
「弾着を観測。測距継続します。次弾装填急いで下さい」
 栓を抜いたばかりの右耳で、防人の声を聴いた。
「排莢よし! 冷却装置、正常に作動してる!」
 ラルスが排莢と砲の再点検を済ませると、シャーリーンが金属製のケースから、
 ワインボトルほどもある大きな砲弾を取り出して尾栓に押し込む。
「次弾装填よし!」
「振動による機関部の損傷がなければ、砲身の冷却完了と同時に発射可能だぜ」
「人間のほうはどうだ、体調に異変は」
 クリケットが尋ねると、エルフィが振り返って、
「少々耳鳴りがするくらいです。頭数を揃えたお蔭でしょうか」
 他の補助要員たちにも、任務に支障を来すほどの異変はなかった。

 1発目が無事命中し、CAMは止まらずとも大幅に弱体化した筈だ。移動力だけではない。
 二足歩行ゆえ接地面積が小さく不安定なCAMが射撃精度を確保するには、砲自体の工夫だけでなく、
 電子制御された各関節アクチュエーター、サスペンションの的確な動作による反動吸収が必要となる。
 銃を持たないほうの腕一本もがれても、搭載火器の命中率は激減する。
 その場合、損傷後の機体バランスを再計算しFCSにフィードバックすることである程度修正が可能なのだが、
 それでも完全な回復は不可能だし、下肢損傷となれば実戦ではほぼ無力化されたと言って良い。
 格闘戦においても上に同じか、それ以上のダメージだ。
 もっとも、歪虚にそんな理屈が通用するかどうかは――


「火砲支援を要請したい。座標は……」
 龍哉が伝話で第三師団砲兵隊へ砲撃要請を行う間、
 他の射手が弾幕を張り、2体のリンドヴルムを櫓の横で釘づけにしていた。
 これまでの射撃で既に敵は弱っているが、これが念押しの一撃。
 敵は機銃で応戦するものの、元の命中率が悪い上に銃身を損傷、距離さえ取れば然程脅威ではない。
 敵降下時に怜が負傷した他、櫓からの撤退中何発かが龍哉をかすめたが、
 ふたりとも戦闘継続に全く問題はない。迎撃班はほぼ無傷、勝てる勝負だ。

 誰もがそう思っていた矢先、リンドヴルム2体が射撃戦を放棄。捨て身の突撃にかかった。
(くそっ、これでは砲撃が当たらない!)
 龍哉が唸る。別陣地から放たれた榴弾が指定座標へ着弾するが、敵は2体とも効果範囲を離脱してしまっていた。
「死に物狂いねぇ、そんながっついちゃ女に嫌われるわよ? ま、私は相手してあげるけど」
 カーミンが駆け出す。至近距離でリンドヴルムを足止めする気だ。
 一気に懐に飛び込むと、2体が振り払った尾を易々と回避、
 敵の真下から拳銃を撃って、更に背後へと回り込んだ。敵がつられて振り返る。
「私たちの射撃で各個撃破します、続いて!」
 音子の矢が、リンドヴルムの片割れの首を背後から射抜いた。
 他も呼応し、まずは1体に狙いを絞って集中攻撃を仕掛ける。
 中でもラスティのライフルの3点バーストが脊髄に命中、
 転倒したリンドヴルムは撃たれるがままになり、やがて身動きを止める。

「この角度であれば、直接狙うよりもむしろ――」
 独り言を呟いて、ヴェンツェルが残り1体を撃つ。
 弾丸は脚の装甲に弾かれたかと思えば、跳ね上がって頭部を下側から貫いた。
 怜も跳弾を操る。装甲や機銃の残骸にぶつけて跳ね返らせ、防御の弱い箇所へ弾を送り込んだ。
「カワイコちゃんに目が行って、後ろがお留守だぜ? ちょっとはこっち向きなよ、Baby!」
「ショータイムだ、塵も残さず燃え尽きろ!」
 lolと龍哉の矢が背中を見舞い、崩れ落ちるリンドヴルム。
 ヴェンツェルのバトルライフルが、身動きできなくなった敵の頭部を連射で打ち砕く。
「――やっと、終わった。ひとまずは」
 銃を下ろして、頭を巡らし、他2班の様子をうかがう。
 CAMは塹壕に左足を埋め、右足でその先へ踏ん張り、大股を開いた不自然な姿勢でもがいていた。
 リンドヴルム2体を排除し、もう邪魔者はいない。歪虚CAM破壊作戦は佳境に入った。


「ケケケ、ざまーっす! とっとと止めを刺せっす!」
 落とし穴作戦が成功し、神楽がはしゃぐ。
 CAMは狙撃砲で右脚を破壊された後、バランスを崩して左足で塹壕の渡し板を踏み抜いた。
 足がちょうど塹壕の幅に嵌ってしまい、右脚で踏ん張って引き抜こうにも駆動部が破損してパワーが足りない。
 その周囲を近接戦担当が取り囲み、一気呵成に攻勢をかけた。
「その状態では、銃もこちらを狙えまい。先程の借りを返させてもらうぞ!」
 自己回復した夕鶴が、今度こそアックスブレードでCAMに挑みかかる。イルミもデリンジャーを撃つ。
「装甲の隙間に入れば、ちょっとは効く筈です!」
 至近距離からの連射。あるいは弾が通らずとも、敵の注意を分散させればそれだけで味方の助けになる。
 CAMは腕を振るってハンターたちを捕まえようとするが、
 姿勢が崩れたままでは彼らの素早い動きに対応できない。

(これならいっそ、腕までよじ登れるかな?)
 意識を取り戻した椿姫も攻撃に加わる。
 彼女の手を誠一が握り、渾身の力で放り投げる。タイミングを合わせて椿姫が跳躍。
 手を合わせたまま、誠一の頭上で椿姫が逆さまになる。
 即座に誠一が手を離せば、椿姫は空中前転を決めつつ、ちょうど振り回されたCAMの右腕に届いた。
(さすが神代さん、タイミングばっちりね)
 30ミリライフルにしがみつき、デリンジャーでマニピュレーターを撃った。
 指までは頑丈な装甲で覆えない。手を破壊すれば銃を落とすだろうし、ナイフも使えなくなる。
 地上では誠一が七節棍で右脚を攻撃。
 アーサーとHolmes、復帰したエヴァンスも交えて脚部の完全破壊を目指す。

 ただ闇雲に腕を振るい、されるがままのCAM。
 突然、機体にはびこる剣妃の血が生き物のように這い動き、焼け焦げた右大腿に集合していく。
「……何かがおかしい、降りて下さい!」
 誠一が、腕へ取りついて銃撃を続けていた椿姫へ警告する。
「機能修復かい? これだから歪虚って奴は――」
 Holmesも敵から離れようとした瞬間、CAMが塹壕から左足を引き抜いた。
 右脚の機能が回復したようだ。両足でまともに地面を踏みしめ、走り出す。誠一が追った。
「抜かせる訳には!」
 CAMから狙撃砲まで、そう距離がない。30ミリもある。ここで逃がせば作戦失敗は必至。
 前衛が一斉に駆け出す。CAMが止まる。
 機体本来の稼働限界を越えた制動に、全身の関節が甲高く悲鳴を上げた。

 前進のフェイントから、足下への30ミリ砲撃。
 炸裂弾の破片が脚部へ跳ね返るのも構わず、前面180度以内の前衛へ見境なくライフルを発射した。
 飛び降りたばかりの椿姫の姿が土煙に掻き消され、そちらへ走ろうとした誠一も至近弾の爆発に呑まれる。
「何が起こってるんだ!?」
 後方待機していたハルが叫ぶ。その手をフェルムが取って、どこかへ向けた。
「兎に角、前に向かって撃て!」
 フェルムの怒声。ハルは取られた手から機導砲を放つ。
 フェルムも魔法・アースバレットを撃ち、CAMの気を逸らそうとした。
 ふたりの攻撃はCAMの脚に命中――敵のライフルがこちらに向く。撃たれる。
 凄まじい爆音と一瞬の発火、吹き上がる黒土に、フェルムの視界も遮られた。

 CAMは弾切れのライフルを無造作に投げ捨て、コンバットナイフを抜く。
 下半身の装甲は炸裂弾で自傷しずたずただが、それでもなお歩くことができた。
 驢馬の頭を左右に振って見下ろせば、クレーターのような陥没だらけの地上には動く者とて――
「やってくれるじゃねぇか」
「今度こそ……死んだかと思ったっす」
 アーサーと神楽。何とかライフル乱射をやり過ごしたが、全身傷だらけの上、
 度重なる砲音と爆発音のせいで耳が聴こえず、足もふらつく。それでも、
「足下がお留守だぜ!」
 狙撃砲に気づいて突撃せんとするCAMの足首へ、アーサーがバルディッシュを突き立てる。
 神楽も魔導銃で反対側の足を撃つ。ぼろぼろの装甲を破り、足首の関節にふたりの攻撃が達した。
 もつれかけた足で、CAMがアーサーを蹴り飛ばす。踏み込んで、拠点の奥へ、奥へ。
 狙撃砲はもう目の前だ。


「冷却完了!」
 ラルスが怒鳴る。クリケットが、
「第2射、目標胸部コクピットへ」
 コクピットには重要な電子機器が詰まっており、後ろへ抜ければエンジンがある。
 無論、どちらも歪虚化CAMには不要である可能性が高い。だが、

(胸部は機体の中心でありながら、コクピットの空間確保の必要性から、自ずと防御力に限界が生じる。
 そりゃ、普通はコクピットで爆発が起こればパイロット死亡、自動的に戦闘不能だ。
 だがパイロット要らずの歪虚化CAMにとっても、こいつは痛手になる。
 爆発はやわな電子回路やシートをぶち抜いて両肩部、腹部、腰部にダメージを与えるからだ。
 それでも敵は動けるかも知れない。LH044で負った『胸の古傷』、
 応急修理された弱い部分から爆発の威力が抜けちまうってこともある。
 あるいは手足をぶっちぎろうと的の小さい関節部を直接狙って、
 それで外しちまえばもっとどうしようもない。だから、賭けるぜ)

「コクピットのエンブレム――ピノキオの辺りに照準してくれ」
「アイサー!」
 まずは防人が目視でエンブレムを探すが、敵砲撃の爆風で拠点中の松明が消え、光源が足りない。
 跳ねた土で機体が汚れているせいもあって、胸部のどこにあるのか――
「ハッチ右、少し下! 赤いコーションレターの横に」
 アルビルダが照準を助ける。見つかった。仰俯角調整。
 こちらへ前進中の敵の動きに対応する為、敢えてぴったりとは合わせない。
「点火用意!」
 耳栓をし、掌の汗をズボンで拭ってから、クリケットは縄を指に絡ませる。
 前衛はCAMの火力でほぼ壊滅。しかし、落とし穴と囮のお蔭で時間は稼げた。
 足首や膝関節の損傷もあり、CAMの歩行速度自体落ちている。
 この1発を外せば、それも全て無駄になるが。
「ざけんじゃねー、このポンコツがよぉー、ぜってー通さねぇかんな!」
 息巻くエリスと、エルフィも堡塁に立つ。CAMに対する最後の壁。
「いざとなれば、私たちが白兵で止めを刺す」
 次の手はほぼないと考えたシャーリーン、それにラルスも銃を取る。

 CAMがコンバットナイフを閃かせる。堡塁まであと数歩。
 ドンキィノーズ、ジュゼッパ・コローディ。
 LH044では葬式も出してやれなかったから、これが遅ればせの弔砲という訳だ。
 友情とか友情でないものとか、まとめてひっくるめて、お前に捧げる。


「決着、ついたかな」
「敵があくまでCAMとして戦う気なら、恐らくは」
 ラスティに音子が答えた。駆けつけた対空迎撃班の目前で、CAMがくずおれる。
 狙撃砲第2射は胸部に命中、装甲を貫通後炸裂した。
 コクピットハッチが跳ね飛び、接合部の破損した両肩ががきん、と怒り肩になった。
 着弾の衝撃を踏みこたえようとするCAMだったが、
 両腕がまともに振れず、足も踏ん張りが効かない。そのまま仰向けに倒れた。

 剣妃の血が右脚部から移動、全身の機能回復を試みるも、
 破損部位が多過ぎて効力が分散し、とても立ち上がらせることはできない。
 もがくCAMを前に、冷却開始した狙撃砲が白煙を上げる。
 例え起き上がれたとしても、第3射用意に追いつかない。怜が呟く。
「勝負ありだ」
 不意に、森から吹く柔らかな風が、その場の覚醒者全員の背をそっと叩いた。

 土まみれの顔をこすって、どうにか身体を起こしたイルミ。
 その目の前を、蛍火のような光の粒の群れがふわりと舞う。幻覚でないとすれば、
「マテリアルの光……儀式魔術だ!」
 イルミの声に、夕鶴も武器を杖代わりに立って、
「エルフの業か。そういえば、心なしか怪我の痛みも楽になったような気がする……」
 倒れていた前衛たちがそれぞれに身を起こし、宙を見上げる。
 今日この場の戦いは終わったのだと、誰もが悟った。

「浄化結界が発動しました。並みの歪虚では、その形態を維持することすらできません」
 エルフィの言う通り、CAMの機体を這っていた青い血が、光を放ち蒸散していく。
 量産型リンドヴルムの残骸も瞬く間に風化し、後に残されたのは単なる壊れた機械。
 ラルスが尾栓を開け、狙撃砲に装填された3発目を外へ出した。
 クリケットは無言で砲を降り、擱座したCAMへ近づこうとして途中で止まる。
 もう、こいつにかける言葉なんかない。全部終わった。俺の兵隊仕事も本当にこれっきりで――
「私たちは今日を生き延びた。これで、明日からまた誰かを守れる」
 アルビルダの言葉に、思わず振り返った。
 彼女の隣に立つ防人が、何も言わずにクリケットへ敬礼を飛ばす。シャーリーンも。
「訣別は、これでできたかい」
 ふたりは敬礼を解いて、ラルス、アルビルダと共にトラックから降りる。

 傷の痛みを忘れて勝利に歓声を上げる前衛に、迎撃班が加わった。
 狙撃砲のハンターたちも合流し、歪虚CAM破壊作戦の最後のハイライトとなる。
 クリケットはCAMを挟んでそれを見つめながら、ぼんやり考えた。
(結局、実験場から何台逃げ出した? その内こうして片づいたのは何機だ?
 この世界のヴォイドども、これでまた強くなったりするのかな。
 ……『明日から』か。勘弁してくれ、俺ぁもう疲れた)
 頭を掻けば数日分のフケが飛ぶ。まずは風呂か。
 それより先に、第三師団に礼を言わなくちゃ。ハンター連中にも。
 で、明日からどうする。LH044の生き残りの俺に課せられた、本当の仕事は。

 クリケットは目を閉じ、ふっと笑う。
(――全く、人生どうしたってなるようにしかならないもんだって。なぁ、ジュゼッパ)

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MVP一覧

  • 渇望の瞳
    アルビルダ=ティーチka0026
  • 歴戦の教官
    君島 防人ka0181
  • 蒼き世界の守護者
    アーサー・ホーガンka0471

  • 十 音子ka0537
  • 勝利をもぎ取る強運
    ラルス・コルネリウスka1111
  • 花言葉の使い手
    カーミン・S・フィールズka1559
  • 大悪党
    神楽ka2032

重体一覧

参加者一覧

  • 渇望の瞳
    アルビルダ=ティーチ(ka0026
    人間(蒼)|17才|女性|霊闘士
  • 歴戦の教官
    君島 防人(ka0181
    人間(蒼)|25才|男性|猟撃士
  • 幸せの青き羽音
    シャーリーン・クリオール(ka0184
    人間(蒼)|22才|女性|猟撃士
  • 遙けき蒼空に心乗せて
    ユキヤ・S・ディールス(ka0382
    人間(蒼)|16才|男性|聖導士
  • ライジング・サン
    イルミ(ka0400
    人間(紅)|15才|女性|霊闘士
  • 蒼き世界の守護者
    アーサー・ホーガン(ka0471
    人間(蒼)|27才|男性|闘狩人

  • 十 音子(ka0537
    人間(蒼)|23才|女性|猟撃士
  • 赤髪の勇士
    エヴァンス・カルヴィ(ka0639
    人間(紅)|29才|男性|闘狩人
  • 勝利をもぎ取る強運
    ラルス・コルネリウス(ka1111
    人間(紅)|20才|男性|機導師
  • 愛しき羊に愛の手を
    エルフィ・ウルリーケ(ka1116
    エルフ|19才|女性|霊闘士

  • 椿姫・T・ノーチェ(ka1225
    人間(蒼)|30才|女性|疾影士
  • all-rounder
    ラスティ(ka1400
    人間(蒼)|20才|男性|機導師
  • 花言葉の使い手
    カーミン・S・フィールズ(ka1559
    人間(紅)|18才|女性|疾影士
  • グリム・リーパー
    ジェーン・ノーワース(ka2004
    人間(蒼)|15才|女性|疾影士
  • 大悪党
    神楽(ka2032
    人間(蒼)|15才|男性|霊闘士
  • その力は未来ある誰かの為
    神代 誠一(ka2086
    人間(蒼)|32才|男性|疾影士
  • 好奇心の一手
    フェルム・ニンバス(ka2974
    人間(紅)|14才|男性|魔術師

  • ヴェンツェル(ka3170
    人間(紅)|26才|男性|猟撃士
  • 質実にして勇猛
    夕鶴(ka3204
    人間(紅)|18才|女性|闘狩人
  • 奈落への案内人
    宮前 怜(ka3256
    人間(蒼)|32才|男性|猟撃士

  • 堂島 龍哉(ka3390
    人間(蒼)|28才|男性|猟撃士
  • 混沌系アイドル
    エリス・ブーリャ(ka3419
    エルフ|17才|女性|機導師
  • Two Hand
    lol U mad ?(ka3514
    人間(蒼)|19才|男性|猟撃士
  • ブリーダー
    結樹 ハル(ka3796
    人間(蒼)|16才|男性|機導師
  • 唯一つ、その名を
    Holmes(ka3813
    ドワーフ|8才|女性|霊闘士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン B.対空迎撃
ラスティ(ka1400
人間(リアルブルー)|20才|男性|機導師(アルケミスト)
最終発言
2015/01/09 08:15:32
アイコン 総合作戦相談卓
ラスティ(ka1400
人間(リアルブルー)|20才|男性|機導師(アルケミスト)
最終発言
2015/01/09 09:24:48
アイコン C:狙撃補助
ラスティ(ka1400
人間(リアルブルー)|20才|男性|機導師(アルケミスト)
最終発言
2015/01/09 00:35:56
アイコン A:歪虚CAM足止め
ラスティ(ka1400
人間(リアルブルー)|20才|男性|機導師(アルケミスト)
最終発言
2015/01/09 03:09:41
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/01/07 00:18:58