• 落葉

【落葉】夢の腑

マスター:ゆくなが

シナリオ形態
ショート
難易度
易しい
オプション
  • relation
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
3~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2019/01/08 07:30
完成日
2019/01/20 18:11

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●死ぬにはいい日
 地平線から黄金の光が夜を払っていた。朝日に街の輪郭が黒く浮かび上がる。
 今日は死ぬにはいい日だ、なんて、不眠の騎士エミルは思った。
 事実、エミルは消滅が近いことを悟った。そもそも虚無から生まれたモノは、発生源である虚無が排除されてしまえば、タイムラグこそあれ消滅するほかないのだ。
 そんな奇跡のように与えられた時間を、エミルは罪と向き合って過ごしていた。
 正確には、伝承によって再現された『贋作』たる自分が、『本物』のエミル・ズィックが犯した罪にどう向き合えばいいか考えていた。

●これまで
 ことの発端はラズビルナムから発射されたソードオブジェクトが帝都近くの街に着弾したことである。
 ソードオブジェクトからは虚無が展開し、そこからは帝国の伝承、絶火の騎士『不眠の騎士エミル』と『殺人鬼デミアン』を元に再現されたモノが出現した。
 エミルは人々を守る存在として、デミアンは人を害する影として蘇ったのだ。
 すぐにハンターが駆けつけ、エミルと共闘し、影を排除。その後、異界に突入した。
 異界には、『本物』のエミル・ズィックの記憶が再現されていた。
 現れるのは数々の殺人現場だった。これはエミル・ズィックが殺人鬼デミアンだったことを示していた。
 エミル・ズィックとデミアンを同一人物とする伝承はない。だから、顕現したエミルは、本当は自分が殺人鬼であることを知らないのだ。
 ハンターの活躍によって、ソードオブジェクトは破壊された。
 ハンターオフィスで張り出された依頼の結果は、報告書としてオフィスに届けられ神霊樹ライブラリに保存される。これらの記録はハンターや協力国の要請によって開示されるもので、誰でも自由に閲覧できるものではない。なので、一般人はエミル=デミアンだということまだ、知らない。
 そして、ソードオブジェクト破壊後、エミルは帝国軍に保護されていた。

●これから
 エミルは、エミル・ズィック=デミアンの真実は誰にも話していなかった。話すのは恐ろしかった。それを考えると足元が崩れ去って奈落に落ちるかのような感覚がある。
 ただ、ひとりで黙し、罪とどう向き合ったらいいのか考えていた。考えても答えは出なくて、思考の袋小路に行き詰まるばかりだった。
 あるハンターに勧められたものの、アラベラ・クララ(kz0250)には会いに行っていない。エミル・ズィックの真実を知っている唯一の存在……自分の知らない一面を知られているというのは居心地が悪く、気持ちの悪いことに思えた。また、アラベラが真実を話さなかった理由が不明なのも、その気持ちを加速させていた。
 でも、曙光を浴びて、エミルは随分吹っ切れた気分になった。
 そして、考えるのは過去のことではなく、未来についてだった。
 短い時間だったけれど、一緒に戦ったハンターのことが思い出される。
 彼らは今を生きる人間だ。これからの未来をつくるのは彼らなのだ。
──自分は、過去の残影だ。そんなモノはきっと、大人しく消滅してしまうのが良いのだ。
 エミルは思う。
 夢を見るのは心地いいことだけれど、いつかは目を覚まして立ち上がらなければならない。
 自分は夢だ。人々の伝承という夢であったし──、きっと『本物』のエミルがかくありたかったという存在が自分なのだ。
 エミルは、異界の中で、『本物』が『贋作』のエミルを睨んだ時の瞳を思い出す。
 そこには、自分の罪が暴かれていない安堵と、犯してしまった罪への嫌悪がこもっていた。
「……頼みたいことがあるのだが」
 エミルは自分を監視していた軍人に声をかけた。
 頼んだことは2つ。
 異界で見たことを元に、エミル・ズィックの罪を暴くこと。
 そして、ハンターとアラベラに会いたい、ということだった。

●アラベラ、思う
 エミルの要望はアラベラに伝えられた。
 だが、アラベラは会いにいくべきか迷っていた。
 そもそも、アラベラはエミルが軍に保護・監視されているのを知っていたのだ。けれど、自分から会いにいく勇気はなかった。
『本物』のエミルが何を望んでいたのか、結局わからない。アラベラがエミル・ズィック=デミアンの真実を語らなかったのは、エミルに頼まれたからではなくアラベラが勝手にしたことだ。
 殺人衝動を抑えて、善良な騎士であろうとしたエミル・ズィックの努力を無下にすることは、できなかった。
 真実を知って以来、エミル・ズィックはアラベラを避けていた。当然のことだと思う。
 デミアンことエミル・ズィックに襲われるまで、アラベラは彼のことを騎士の模範からはみ出ないつまらない人間だと思っていた。
 でも、違った。彼は彼なりに自分の欲求に抗い、なりたい自分なろうと──善良な人間であろうと戦っていたのだ。
 あの日から、アラベラは彼のことが好きになった。それは恋愛感情ではないけれど、好きと呼ぶに相応しい感情だった。
 真実を秘めたまま、アラベラは戦場で死に、エミル・ズィックもその後戦場で死んだ。
 アラベラは、エミルに会いに行くべきではない理由を並べた。
 今、軍に保護されているエミルは『本物』ではない。だから、会う必要はないと思う。『贋作』が『本物』の罪を暴くべきではないと思う。エミル・ズィックにとって真実を知るアラベラは邪魔な存在だったと思う。恐らくだが、アラベラが死ぬことで彼はホッとしたのだと思う。
 何かができるわけでもない。
 過去が変わるわけでもない。
 でも──、それ以上に、会いたいという思いがあった。 

●あなたにエミルは語りかける
「やあ、よく来てくれたね」
「大丈夫。私は結局贋作だから、人殺しの欲求なんて持ってない」
「仮に私が暴れても、そこにいる監視役の軍人の彼が止めてくれるさ」
「まあ、それ以上に君は強いのだろうけれど……」
「それはいいとして、」
「今は君の話しが聞きたいんだ」
「『今』の世界を生きる君たちの話しを、ね」
「とは言っても、何もとっかかりがないと話しづらいだろう」
「私の……『本物』の私の犯した罪への糾弾でも良い」
「今になって、罪を暴くことを了承した私の弱さへの批判でも良い」
「君が考える殺人についての話でも良い」
「或いは、君の未来の展望の話でも良い」
「この先の未来をつくる君たちの口から話を聞きたいんだ」
「消滅する運命の私が、それも伝承の産物たる私が、この後に及んで何かしても、無駄かもしれない」
「でも、いつか消えるものの足掻きが否定されてしまうのなら、いつか死んでしまう君の人生だって、無意味なものになってしまうのではないかな」
「……いや、そんな説教じみた話じゃつまらないね」
「私は君の話しを聞こう」
「問われれば答えよう」
「もう直ぐ消える夢に、少しだけ付き合ってくれまいか」

リプレイ本文

●Uisca Amhran(ka0754)
「アラベラさんがエミルさんの事を教えてくれないから、彼を連れてきちゃいました」
 てへぺろ、とUisca。
「アラベラさんは、エミルさんのイメージを守ろうとして話なかったんですよね。それなら本当に本人がそれを望んでいるか聞いてみては?」
「Uiscaだったら、死後自分がどう語られるか気になりますか?」
 アラベラ・クララ(kz0250)は目立ちたがりという性質上、他人の目をよく気にしてもいる。だからこそ、そういった事が気になるのだ。
「私なら死後どう語られても気にしないですけど……。アラベラさんは、『本当のことを喋ってしまった時にこそ、彼の伝承は潰えてしまう』と言っていましたけど、例えデミアンさんの事があってもエミルさんの行った英雄的な行為がなくなったりしません。だって多くの人を救ったのは確かなんですからっ」
 悪行が事実なら、善行も事実だ。
 続いていたずらっぽい微笑みをUiscaは浮かべた。
「アラベラさんが彼に好きって伝えれば確実に目立てますよっ。伝説の英雄エミルさんに告白する英霊アラベラさん……これは明日の帝国のトップニュース、かも」
「──なんと」
 それは思いつかなかった、という表情のアラベラであった。

「やあ。先日は共に戦ったね」
 不眠の騎士エミルは、Uiscaの事を覚えていた。
「エミルさん。本日はよろしくお願いしますね」
 お辞儀して、Uiscaは椅子へ腰掛ける。
「私が思った事を言わせていただきますね」
 Uiscaはそう前置きした。
「貴方は本物のエミルさんが望んだ『なりかった』エミルさんです。だから胸を張って! 貴方が自分の存在を否定してしまっては、エミルさんの努力が無駄になってしまいます。それに、貴方が本物の殺人鬼ならそんなに悩まないですよ」
 常識も良識もない人間なら、ここまで悩まないのだ。
「貴方を生み出したクリピクロウズさんは弱き者を救おうとしていました。それなら貴方も『弱き者』なのではないか……と。クリピクロウズさんが望んだ通り、救われてもいいんじゃないですか……? 『貴方』には、その資格があると思います」

●愛梨(ka5827)
「あたしは愛梨。よろしくね」
 愛梨はそう挨拶した。
「……私の友達の話を聞いてくれるかしら?」
 それは、ある『友達』のことだった。
「彼は龍だったの」

 誇り高くて、人間を好きでいてくれた。
 私はそんな彼を好ましく思ったの。
……でもね、彼は、友達想いだった事につけこまれて、人に裏切られたと信じ込まされて、歪虚に落ちてしまった。
 彼は彼が大好きだった人をその手で殺してしまったの。
 人をたくさん殺めてしまったこと、それは罪だと思う。
 でも、人を愛してくれた彼がいた事を私は覚えてる。
 私は彼を救いたい。
 罪を受け入れた上で、私はそれでも、彼を救いたい。
 人を殺めてしまった事も彼なら、人を大好きで人の為に戦った彼も、彼の本当だって私は思うから。

「彼の在り方は私にとって、人と龍との関係の理想だったの」
『友達』を想い、語る愛梨の姿がエミルにはとても眩しく映った。
「私の望みは、人も龍も手を取り合って生きていける事。その為に何ができるのか、考えて考えて考えて……できることをしたいと思う。それが私の未来への展望だよ。なんだかあやふやでなんの参考にもならなかったかもしれないけど……」
「そんな事ないよ」
 エミルは愛梨の様な優しい人がいるのなら、未来も悪いものじゃないと思った。

●時音 ざくろ(ka1250)
 エミルの秘密をなぜ話さなかったのか、ざくろはアラベラに問いかけた。
「それを非難するとかそういうつもりじゃなくて、只どうしてだったのかなって思って……」
「エミルの頑張った軌跡を汚したくない、というところでしょうか……」
「だったら、もう一度会いに行ってみないかな? 今という時に現れたあの人に……2人とも色々思う事は一杯だけど、上手く言葉にならなくて、でも一生懸命伝えたい何かはあって……」
 ざくろは、頭のなかでこんがらがった言葉をほぐしながら、わたわたと手を振り喋る。
「ざくろは、何かモヤモヤしたままお別れなんてしたくないもん。だから、アラベラにもモヤモヤは残して欲しくないよ」
 と、最後には力強くそう言った。

 エミルと会って、まず、ざくろは今の世界の置かれた状況を説明した。暗くなるような話だけれど、ざくろの顔は希望に輝いている。
「邪神をやっつけて、みんなが平和に暮らせるようにしたい……そして、ざくろはこの広い世界を一杯冒険するんだ!」
 ざくろは希望に瞳を輝かせていた。
「それに、ざくろは思うんだ。罪を暴くことを了承した事は決して弱い事じゃないって。そう決めたエミルは真っ直ぐな人なんだって、感じたんだ」
「真っ直ぐか……ちょっと、照れるね」
「それも紛れもなくエミルなんだって思うから」

●Gacrux(ka2726)
「俺はGacruxと言います」
 Gacruxはエミルがイレギュラーと聞きつけ、カレンデュラ(kz0262)に繋がる情報をと思い面会へやって来たが、いざエミルを前にしてみると、その今にも消え入りそうな姿に、調査をすることは気が咎められた。
「……俺は嘗て、イレギュラーとしてこの世界にいた騎士と会い、ともに戦ったことがあります」
 監視がいる手前、カレンデュラの立場が悪くなることは言わない様にする。
「彼女は願いを抱いたまま、消滅しました」
 Gacruxの記憶の中で、カレンデュラが泣いていた。幻覚を見ることもあった。カレンデュラの複製に手を掛けようとする度に、彼女を傷つけている気分になった。
『どうしてわかってくれないの?』
 彼女にそう言われている様な気がした。
(俺は……カレンデュラの願いを今でも叶えてやりたいと望む)
(彼女の為にと考えても、今となっては彼女の思いも分からないが……)
「貴方もまた、貴方を想う人がいて、その人が力になりたいと望んでいるかもしれない。誰にも告げられない願いがあるのなら、その者に託して下さい。貴方が会いたい人は誰ですか」
「今強く思うよ。私はやはり、アラベラと会うべきなんだって」

「会えば、嘗ての彼を偲べるでしょう……例え容姿が変わっても、そう簡単に別人だとは割り切れないようです」
 Gacruxは、アラベラに言った。
「彼はエミルの理想の姿……大切だった事に変わりはないと俺は思いますよ。故人の大切なものに触れる事は、生前の彼と繋がる事と同じではないでしょうか」
「今日はあの時代と地続きで……今存在する彼も、その延長線上にあるのですね」
「──悔いはないように」

●星野 ハナ(ka5852)
「こんにちはぁ、未来の英霊さまに会いに来ましたぁ。符術師の星野ハナと言いますぅ」
「英霊なんて良いモノじゃないけれど……よろしく頼むよ」
 エミルの反応に、思うところありつつも、ハナはまずあることをきくことにした。
「エミルさんの好きな物ってなんですぅ? アラベラさんが来る時に持って来て貰おうと思いましてぇ」
「でも、私は『贋作』だし……」
 その言葉を、ハナがガンッと机を叩く音が遮った。
「……今現在歪虚だからって生命に疎くなっちゃってませんかぁ? 殺人衝動押さえられない、押さえたいからって大軍に1人で特攻するってぇ、普通はできないことですよぅ? 生きてた時の貴方はぁ、それを成し遂げたくらい善でありたい騎士でありたいと渇望してたんですぅ。殺人衝動を昇華して自分の中から追い出し善の騎士として生きる貴方はエミルとデミアンの理想なんですぅ」
 ハナは続ける。
「贋作って貶める言い方良くないですぅ。貴方は自分が自分の理想だって分かってますぅ?」
 そして、強固に言い放つ。
「貴方が思うとおりぃ、真実を公開するのは良いことだと思いますぅ。貴方という分かたれた善の体現が善を渇望するエミルさんの中に戻ればぁ、エミルさんはきっと英霊として戻って来られると思いますぅ。私が生きてる内にお会いできると良いですけどぉ」
 それはゼロではない可能性だ。
「殺された方そのご家族にはもう時間が経ちすぎて会えないですぅ。だからこそ次は英霊として戻って生きて下さいぃ」

 ハナはアラベラに、エミルからきいた好きな物の情報を伝える。
「花? それがエミルの好きものなのですか?」
「はいぃ。エミルさん言ってましたよぉ。『庭園に咲く花が好きだった。花を美しいと思う自分や、花を美しく育てようとする人間の心を感じると、悪いことばかりじゃないと思えるから』ってぇ。結構ロマンチストなんですねぇ」

●東條 奏多(ka6425)
「まずは礼を言いたい。あんたが一緒に戦ってくれたから、被害は大きく減らせた。ありがとう」
 過日の戦いの話を奏多はして、本題に移る。
「結局、エミルは今一番何がしたいんだ?」
 奏多がエミルを正面から見据える。
 奏多にとって、エミルもデミアンも昔の話で、自分には関係のないことで、実感なんてない。だからこそ、目の前の人間を見て、話したいと思ったのだ。
「赦されたいのなら、俺が赦す。やりたいことがあるなら、何でも協力する。だから、笑ってほしい。そんな顔で、別れなんて言わないでほしい」
 奏多の言う通りだ。エミルだって、笑って、別れたい。
「私の願いをきいてくれるだろうか」
「それは、一体どんな?」
「未来に生きる人々が、幸せであってほしい」
 自己弁護なのかもしれない。それでも願わずにはいられない。
「私が私の罪を暴く事が、誰かの幸福に繋がってほしいと思うんだ」
 今いるエミルも、かつて生きたエミルも、そんな未来に続く道に斃れたというのなら、その人生は無駄ではなかったと言える気がするから。
「ふむ……随分大きな願いだな?」
「君1人に託そうなんて思っていないよ。でも、聴いて欲しかったんだ」
 エミルの表情は柔らかいものになっていた。

「で、あんたはどうなんだ?」
 奏多はアラベラの元へやってきた。
「エミルの事をどう思っていて、何をしたいのか、教えてほしい。結局こんな半端なままでエミルが消えるのは嫌だし、それにあんたのそういう顔も、あまり見たくないから」
「顔に出るとは、妾もまだまだですね……」
 アラベラは髪をかきあげてからこたえる。
「妾は、あの人に『あなたは間違っていない』と伝えたい」

●沙織(ka5977)
「はじめまして。私は綺導・沙織っていいます」
 沙織は、ぺこりとお辞儀をした。
「人を殺すのは、悪い事です」
 エミルが覚悟していた言葉であった。胸が騒つかないと言ったら嘘になる。
「でも、それを押し殺して人の為に生きていたと言うのは、それはとてもすごい事だと思います」
 が、続けて沙織はそう言ったのだ。
「私はリアルブルーの出身なんです。そこには、性善説と性悪説っていうのがあります」
 2つの説について、沙織は自分の解釈を説明する。
「私はこの性悪説の方が好きなんです」
「人を悪とするのに?」
「はい。人は本来悪い事をする生き物。だからがんばって善い人になろうっていうのが本義だからです」

 はじめから良いだけの人なんていない。
 悪い気持ちや弱い気持ちを誰だって持っていて、でもそれじゃ悲しいし寂しいから、頑張ってよい人になろうとするんです。
 だから悪い事をしたいとかじゃなく、衝動でそうしてしまう人が、それを我慢して抑えて、良い人であろうとしたのははじめからそうであるよりも、素敵だと思うんです。
 それはそうなりたいっていう自分だから。

「あなたはきっと、死んでしまったあなたが、本当はそうなりたかった、望んだ姿だと思います。そこに、本物も偽者もないです。あなたはエミルさんです。私はそう、思います」
 それは、エミルが自分を肯定するに足る言葉だった。

●リーベ・ヴァチン(ka7144)
「はじめまして。……ところで、お茶がいただけるかな?」
 しばらくして茶が運ばれてきた。
「贋作か……ではそのことについて話すか」
 これは私個人の意見だけれど、とリーベは続ける。
「私からすればくだらんことだ。この世界、ありとあらゆる物は作られてるものだろうが」
 リーベという生命も、両親が家庭を作らなければ存在しなかった。茶碗も、茶も、この部屋にあるもの全てが生み出されたものだ。
「あらゆる存在は生み出されているもの。そして自我を持った時点で何者からも独立した本物だ。誰も彼も贋作ではない。あなたが独立した意思を持った時点で実際に生きた者とは違う。再び伝承からエミルが再現されたとしても今のあなたにはなりえまい」
 贋作というのは訂正してもらおうか、とにっこりリーベが笑う。
「その伝承が都合のいい嘘であったとしてもあなたが罪として背負うものではなかろう。それらは明日に生きる誰かが問題解決に動く。そうして世界は動く」
 すでにエミルが新たに背負えるものはないのだろう。
「が、あなたという存在が何もなかったようになるのはいやだな」
 リーベは魔導スマートフォンと手帳と羽ペンを取り出した。
「彼がいた証を取っておきたいんだ。構わないかな?」
 リーベは監視役に確認する。問題ないとの返答だった。
「あまり洒落たことはできないよ?」
「あなたらしくしていればいい。あなたはあなただけのもの。短い間でも悔いなく生きて欲しい」

 リーベはアラベラに、面会時の事をきかせた。
「あなた自身が前に進む為に会われたら? 本人に言うと思うから言うのを躊躇うなら夢と思えばいい」
「そうですね。妾も腹をくくりましょう」
 アラベラはリーベに礼を言って、歩き出した。
「……しかし、思ったより小柄だ。私がでかいとも言うが」
 リーベはアラベラの背中を見て、そんな事を思った。


 最後の面会者が入ってきた。
「久しぶりですね、エミル」
 アラベラである。胸には花束を抱えている。
「妾はあなたの事を話しませんでした。でも、あなたが決めた事に口出しはしません」
「ありがとう。……今日いろいろ話していて、わかったんだ。デミアンとしての所業はエミルの全てではないって。それに、今の事は今生きている人間に任せよう。……アラベラ、どうしてエミルの事を黙っていたんだい?」
「あなたが必死に守ろうとしたあなたを、妾も守りたかったのです」
 花束をアラベラはエミルに差し出した。
「あなたが好きです。あなたの全ては、間違ってなんかいない」
 アラベラにとってはそれだけで、行動に移すには充分だったのだ。
 エミルは花束を受け取った。
「最後に頼みがある。エミルが殺してしまった人の墓で祈ってほしい。ごめんなさい、と」
「……わかりました」
「あのね、アラベラ」
 花の香りがエミルを包んでいた。
「私の人生は、悪くないものだったよ」
 真っ赤な夕映えの中に、不眠の騎士エミルは消滅した。
 最後に彼が浮かべたのは、晴れやかな笑顔であった。

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参加者一覧

  • 緑龍の巫女
    Uisca=S=Amhran(ka0754
    エルフ|17才|女性|聖導士
  • 神秘を掴む冒険家
    時音 ざくろ(ka1250
    人間(蒼)|18才|男性|機導師
  • 見極めし黒曜の瞳
    Gacrux(ka2726
    人間(紅)|25才|男性|闘狩人
  • アヴィドの友達
    愛梨(ka5827
    人間(紅)|18才|女性|符術師
  • 命無き者塵に還るべし
    星野 ハナ(ka5852
    人間(蒼)|24才|女性|符術師
  • 戦場に咲く白い花
    沙織(ka5977
    人間(蒼)|15才|女性|機導師
  • 背負う全てを未来へ
    東條 奏多(ka6425
    人間(蒼)|18才|男性|疾影士
  • 負けない強さを
    リーベ・ヴァチン(ka7144
    ドラグーン|22才|女性|闘狩人

サポート一覧

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依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2019/01/08 06:22:55
アイコン 相談卓
Uisca=S=Amhran(ka0754
エルフ|17才|女性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2019/01/08 06:24:50