Rainbow Song

マスター:神宮寺飛鳥

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
  • relation
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
3~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2019/03/14 19:00
完成日
2019/03/31 20:50

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング


「妖精神マグダレーネ。お前に折り入って頼みがあるの」
 松葉杖をつき、少女は肩掛けの鞄に手を伸ばす。
 日に日に壊れていく肉体。だが、この手足が動く間に、何らかの結論を出したい。
「この代弁者の書によれば、本来この森の浄化システムはお前ありきのものだったそうよ」

 代弁者の書――。
 それは森都エルフハイムの図書館にて禁書として保存されていたもの。
 かつて長老でもあったジエルデ・エルフハイムが外部へと持ち出し、神森事件の際に部分的な翻訳を行ったという。
 浄化の器ことアイリスは、長らく図書館の管理に携わりながら、この代弁者の書を読み解く努力を続けてきた。
 それは育ての親、ジエルデの足跡を辿る旅でもあった。

「この森の浄化には問題がある。それは汚染を溜め込んだ巫女がやがて暴発して新しい“オルクス”が生まれてしまうこと。機導浄化術の進歩と負の想念が森の神……即ちお前、マグダレーネから取り除かれた事でこの問題は一端落ち着いたように見える。けど、本質的な解決には至っていない」
 なぜならば、マグダレーネが自分自身の能力を何も思い出していないからだ。
 神森事件後、森の聖域に現れた謎の精霊。
 名前も素性も誰にもわからないままだった彼女の正体を突き止めたのは、アイリスだった。
「浄化の巫女は、各地で穢れを引き受けた後、最期には浄化の力を持つあんた……妖精神に引き渡すことで、巫女を生かしていた。そのお前に穢れが溜まりすぎた結果……というか、エルフハイムの民が信仰を違えた結果、お前は暴走してしまった」
 そして巫女は救われず、自分で穢れをため込むしかなくなり、悪循環が始まる。
「だから、私達が生まれてしまった」
 アイリスは小さく息を着き、まだピンと来ていない精霊に願う。
「ねえ、思い出してよ。お前が元通りになったら、今度こそ森は救われる。あの子たちの……次の世代の巫女には、誰一人こんな想いはさせたくないの。浄化の器は、私で終わりにしなきゃ」
 マグダレーネは小首をかしげ、しばし思案する。
『正直……よくわからないわ。でも、自分がどうして子供達を呼んでいたのかは分かった気がする』
 夜な夜な子供達を呼び出していたのは、彼女らの“穢れ”を浄化するため。そう考えれば辻褄はあっている。
『ごめんなさい。それ以上は何も思い出せない。どうやって穢れを浄化すればいいのかも……』
 ためらいがちな口調なのは、非協力的だからではない。
 目の前の少女の状態について、マグダレーネには理解できてしまうからだ。
『今ならわかるけど……あなた、心と体がちぐはぐなのね。あなただけは、仮に穢れを祓っても助けられない』
「……だよね。それはわかってるから、遠慮しなくていいわ」
 浄化の器は元々長くない。それはとうにわかっていた事で、今更落ち込む理由など――。
『そうではなくて。あなたの身体にはまだ二つの魂があるの。そしてそれが真逆の事を願っているせいで、おかしくなっているのよ』
 意外な言葉に目を見開く。
 まだ――魂が二つある、だって?
『あなた達、どうしてそうなってしまったの? お互いがお互いを生かしたいと願ってる。でも、お互いがお互いにそれを受け入れようとしていない。まるで自分自身を否定しているみたい……』
「ちょ……ちょっと待って。まさか、ホリィって……私のもう一つの心って、消えてないの!?」
『消えるもなにも……正しくは同じものでしょう? 結局どちらに統合するのかという話なのだから……』
「それは……! ホリィは、私を優先して……っ!」
『でも、あなたはそれを受け入れなかったから』
 確かにそうだ。アイリスは自分自身を愛していない。
 ホリィは彼女にとって憧れの存在だった。自己否定の対極に存在する“光”だった。
 だから思うのだ。ホリィではなく、自分が消えればよかったと。
 そうすればこんなに辛い世界で生きていくことも、自分を彼女と誤解して笑いかけられることも、彼女の代わりに頑張る必要もなかったのに。
 自分一人で生きられない、痛みに耐えられない弱虫だったから、代理人格が必要だった。
 最初から、アイリスはホリィに強く依存していたのだ。
「それならそうと言ってよ……ホリィ……」
 自分の胸に手を当て、言葉を絞り出す。
「お前には絶対に能力を取り戻してもらうわ。その為に色々やるけど、最後まで付き合ってもらうから」
 少女の言葉に精霊は静かにうなずいた。どちらにせよ、それは彼女の為でもあったのだ。




「それで、私に相談を持ち掛けたと」
 帝都バルトアンデルスに置かれた錬金術師組合のオフィスに、ハイデマリー・アルムホルム正博士の研究室はあった。
 アポも取らずに突然現れたアイリスは、代弁者の書を含む必要そうな資料を鞄に納め、ここまで一人でやって来た。
「身体の具合も悪いんだから、ハジャでも迎えによこせばよかったのに」
「これは私の我儘だし……頼みごとをする時は、誠意を伝えなきゃいけないかなと……」
 見るからに萎縮した様子のアイリスを、ハイデマリーは困ったように見つめていた。
 この浄化の器と呼ばれる少女との縁は、実は神森事件の後に一度途切れている。
 それは正博士として機導浄化術を進歩させ、エルフハイムを救うことを優先した結果でもあるが、心のどこかで直接会うことを避けていたのも事実だ。
 ハイデマリーは少なからず“ホリィ”に肩入れしていた。
 彼女のささやかな幸せを壊した、このアイリスという人格と対面を避けた程度には。
「私の願いは二つ。どうにかしてマグダレーネの記憶を取り戻すこと。それから……この体からアイリスを消して、ホリィを蘇らせること」
「……本気なの?」
「自暴自棄になったわけじゃなくて、論理的にその方がいいと思う。あの子の能力がまだ森都には必要だもの。それに、皆もそれを望んでる。あなたも含めてね」
 買ったばかりのソファに身体を深く預け、ハイデマリーは足を組み替える。
「一度検討させて頂戴。その上で、恐らくこの件にはソサエティの神霊樹ネットワークが必要になるから、タングラムにも連絡しておくわ」

 こうして準備が始まって数日後。準備は意外な程すんなりと進んだ。
「以前ジエルデに聞いたんだけど……もしかしたらあんたは眠っている間、もう一つの人格と繋がってるのかもしれないそうよ」
 帝都のハンターズオフィスに協力を要請し、神霊樹ライブラリに接続した特殊なベッドを用意。
 そこにアイリスを眠らせ、まずは彼女の中にまだホリィという存在が残っているのかどうかを確かめる実験が行われることになった。
「ハンターのようにマテリアルと高い親和性があるのなら、精霊の残滓としてのホリィを感じ取れるかもしれない」
 アイリスはこの実験を快く受け入れた。
 奇妙な実験はハンターを交え、雨の降る静かな夜に実行された。

リプレイ本文


 ホリィと呼ばれる少女がリゼリオ砂浜に座っていたのは、そこが彼女にとっての居場所だったからだ。
「ホリィ……」
 膝を抱えた小さな背中にエイル・メヌエット(ka2807)が思いがけず呟く。
 シュネー・シュヴァルツ(ka0352)はその横顔と背中を交互に見比べながら、第一声を熟考していた。
(ホリィさんがホリィさんじゃなくてアイリスさんが想像するホリィさんという可能性も残している……? なんだか猫が入った箱みたいな話ですね……)
 こういう場合、どう呼びかけるのが適切なのか。
 そんな二人の悩みを飛び越え、オキクルミ(ka1947)が前に出る。
「おはよう。ボクの事分かるかな?結局あれから殆どお話できなかったし始めましての方が適切だったかも?」
 少女が振り返り、三人を見る。そして首を傾げた。
「どうしてここに……?」
「あー、逆にどの辺まで覚えてるかな?」
「オルクスを倒したところまで。つい、さっきの事だよ」
「さっき、かぁ。そういう感じなんだね」
 オキクルミは振り返り、二人を手招きする。
 砂を踏みしめながら、シュネーは抱きかかえた猫を差し出した。
「お久しぶりです、ホリィさん」
「グッドイブニング」
「あ、なんかもう本物っぽいですね……」
 無表情に猫を頭に載せ、ぐっと親指を立てる。アイリスはこんな事はしない。
(まあ……以前からアイリスさんの中にはホリィさんがいると感じていましたから、不思議はないですけど)
 あえて自分の心を誤魔化すのでなければ、彼女がホリィであることは間違いないと感じる。
(だからこそ、難しい……)
「やっぱり……ホリィなのね。あなたが眠りについてから、ずっと……とても苦しかった」
「……ごめんなさい。それは、わかっていたんだけど」
 元々下がっている眉尻を更に下げ、頭を下げるホリィ。エイルは首を横に振り、その肩に手を置く。
「怒っているわけではないのよ。沢山考えて、選んだ事だったんでしょう? それでも、寂しかった……それだけの事だもの」
「今日は話をしにきたんだ。ゆっくりしたいところだけど、あんまり時間もない……。君にとっては辛い話だろうけど、聞いてくれるかな?」
 オキクルミの問いかけに、少女は迷いなく頷いた。


「げっ!?」
「おいコラ、今わたしの顔見てなんつった?」
「なんで来るのよ! ハイデマリーのバカ! 話が違うわ!」
「バカはお前だこのバカ娘がっ! 待てっ! 逃げるんじゃねぇ!!」
 アイリスとソフィア =リリィホルム(ka2383)が追いかけっこをしている場所がエルフハイムの聖域であることに、ジェールトヴァ(ka3098)は思わず笑みを零す。
(なんだかんだと、ここが彼女の原風景……帰るべき場所、ということだね)
 良い思い出ばかりではないだろう。それでも、今の彼女にとってここは檻ではない。自由に走り回れる場所なのだ。
「その様子じゃ、ボク達が来た理由はわかってるんだろぉ?」
 ソフィアに羽交い絞めにされたアイリスにヒース・R・ウォーカー(ka0145)が苦笑する。
「そりゃね。でも言っておくけど、私は考えを変えないわよ」
「結構。こっちも言いたいことを言わせてもらうので、しばしご清聴を」
 ヒースは一礼し語り出す。
「正直に言うとね、ボクはホリィよりお前の方が好きなんだ」
「……そうなのか?」
「ああ、親愛的な意味でだよ。友に対して抱く愛情的な意味だから勘違いしない様に。ボクは浮気はしない主義なんでねぇ」
 ソフィアの微妙な視線をかわし、
「……お前が消えたらボクの心は傷つく。いや、正確にはお前との思い出やお前への思いが鎖となって一生ボクの心を縛り続ける。鎖はもう十分すぎる、罪と十字架も背負い続けているんでねぇ。これ以上縛られたくも、背負いたくもない」
「そりゃご愁傷様って思うけど、あんた達はそれくらい耐えられるでしょ」
「確かに、ハンターはそうだろうね。でもアイリスさん、きみを慕っている若い巫女たちはどうかな?」
 ジェールトヴァの言葉にアイリスの表情が曇る。
「ねぇ、アイリスさんは自分を苦しめた森都の将来を、真剣に考えているよね。この場所に君の心が在ることがそのいい証拠だ」
 ここは今や呪いの檻ではなく、正しい意味で聖域だ。若い巫女らも気軽に訪れているし、そこでアイリスは後輩に巫女の在り方を教えた。
「カリンさんの死が名誉だと言った子には、死ぬのは名誉じゃないと、かつて叱っていたよね。知識だけでなく、生き方や考え方も、教えてあげてきたんだね。それは子供にとって幸せなことだよ。でもきみは、自分自身の手で子供達からそれを奪おうとしているんだ。きみという大切な物を」
 その点はアイリスにとっても大きな迷いなのだろう。明らかに狼狽している。
 何もかもを割り切れたわけではない。そこまでこの子は、大人ではないのだ。
「……私だって、ただ消えたいわけじゃないわ。色々考えたのよ。でも、どちらか選べと言われたら、辛くてもより良い方を選ばなきゃ。生きるってそういうことでしょ?」
「そうだね。きみは間違ってない。時間がないから、焦っていたんだよね。でも、本当に正しい道はひとつだけではないから……少しだけ立ち止まって考えてみようよ」
「……わかったわ」
 ようやく逃げずに話を聞く形となり、ソフィアは安堵の息を吐いた。
「何時だか、お前はボクに『正義の味方』になると言ったねぇ。知っているか、正義の味方の条件のひとつが諦めない事だそうだ。まあ、ボクは色んなことを諦めてここにいるんだが」
「ダメじゃん」
「ダメだねぇ」
 ヒースは肩を竦めて笑う。
「正義の味方に憧れた事もあった。だけどそれすらも諦めて、見捨てて、失って、大人のフリした無様な道化にしかなれなかった。お前は、ボクみたいになるな。生きる事を諦めるな。ホリィに生きて欲しいなら、ホリィと共に生きて見せろ。お前たちの想いで、力で、森都を救って見せろ。足りないならボクが、ボクらが手伝う」
「あんたに何が出来るのよ」
「それはこれから考えるさぁ。だから、ちゃんと話をしよう」
 腕を組み、何かを考え込むアイリス。
 少なくとも彼女は“前”だけを見ている。自分自身の事すら顧みずに、未来を求めている。その感情は明らかに“勇気”だ。
「はあ……どうしてお前はそんなに頑固になっちまったんだ」
 ソフィアはアイリスの前に立ち、その両肩に手を置く。
「いつか宿題、って言ったよな。覚えてるか?」
「うん」
「わたしはいろんなことがしたいから生きてる。名刀を作る夢もまだ半ば。職人・技術者としても腕を磨きたいし、成り行きで世界も護らなきゃだし……何より、いつかの日の出みたいな綺麗な物をお前達に沢山見せてやりたい」
 少女の眼差しが真っすぐに自分を映している。純粋で、勇敢な眼差しだ。
「アイリス、お前は今の自分が好きか?」
「わからない……でも、後悔はしたくない」
「私は……お前に自分の事も好きになって、ホリィと共に生きる事を考えて欲しいんだ」
「出来ることならそうしたいよ。でも、多分ダメなの。お願いママ……わかってよ」
 思わず息を呑んだ。宝石のような眼差しに射抜かれて、言葉にならない。
「ダメだ……ダメだ、ダメだ! わたしは諦めないぞ!」
「ママ……!」
「互いが互いを生かそうとして、自分は消える? わたしの、娘が、そんな小さい事言うな! 頼むよ……アイリスもホリィも、自分から消えるなんて、言わないでくれよ。どうしてこうなっちまうんだ……あんまりじゃねぇか……」
 アイリスは強い。
 迷いながらも苦しみながらも、正しい選択をしようと、後悔しないで生きようと足掻いている。
 それが分かってしまうからこそ、余計に辛かった。この子はきっと、自分の手の届かない所にも簡単に飛んで行ってしまう。
「お前は弱くて良かったんだ……。何も覚悟しなくて良かったんだ。綺麗な物だけ見ていて欲しかったのに……なんでそんなに強くなっちゃうんだよ」
「だって……私は、ママの子供だから」
 少女はソフィアの腕の中に遠慮がちに飛び込み、目を閉じる。
「お願いママ……他の人にはわかってもらえなくてもいい。でも、ママにだけは応援して欲しいの。お願い……私の気持ちを信じてよ」
「ア、アイリス……」
 なんでガキってやつはこうも思い通りに行かないのだろう。気が遠くなりそうだ。
(邪神に焼き払われてる方がいくらかマシだぜ……)
「アイリスさんの覚悟の程はよくわかったよ。でも、現実的に今アイリスさんが消えてホリィさんが出てきた場合を考えてみようよ」
 助け舟を出すように、ジェールトヴァが声をかける。
「ホリィさんは、今度はアイリスさんを蘇らせることを優先するんじゃないかな? 彼女は森都の子供たちを守ってくれるだろうか?」
「それは……」
 厳しい言い方をすれば、ホリィはかなり利己的な存在だ。
 世界全体より、他の誰かより、アイリスを救おうとした。アレはそういう存在だ。
「アイリスさんが此処で積み重ねてきた結果は、子供たちに伝わっているんだよ。途中で投げ出してはいけないよ。かつての森都にとって必要だったのはホリィさんだったかもしれないけれど、今の森都にとって必要なのはきっと、アイリスさんなのだと思うから」
「おじいさん……でも……」
「ヒースさんが言っているように、どちらかが消えるのではなく、1つになれないものかな?」
「ボクの想いをお前に押し付ける形になると分かっている。それでもどうか、生きてくれ、アイリス」
 ヒースの言葉にアイリスは溜息を零す。
「わかったわ。確かに、森都の今後は考えなきゃいけないし。でも、考え直すだけよ。いい方法をちゃんと見つけてね?」
「ああ。無様な道化には似合わない話だけど……もう一度、諦めずにやってみるよぉ」
 片膝を着き、差し伸べる手。少女はそれを取り、わずかに柔らかく目を細めた。


「やっぱり、私は消えるべきだと思う」
 一通り、現状を共有した結果。それがホリィの答えだった。
「それは……アイリスさんを守るため、ですか? アイリスさんを救うことが、ホリィさんが消えることとイコールと考えている?」
 シュネーの問いかけにホリィは頷く。
「知っているよね。そもそも私がアイリスの中にいること自体が彼女を傷つけているって。だからすべてを終えて消えようと思った。なのに……私は消えなかった。アイリスがそれを望まなかったから」
「アイリスさんが望まないなら、そういうことじゃないですか……? アイリスさんを救うことが、ホリィさんを救うことでもあるんです。二人で話し合って欲しい、です」
「そうだよ。ちゃんと話し合うべきだよ。“何故、どうして”をアイリス君に伝えてあげて」
 オキクルミの言葉に、ホリィはおずおずと目を逸らす。
「正直に言うと……怖い。私はあの子を、すごく傷つけたから……」
「だとしても、話さなくていいの? ハイデマリー君は主導権の問題だって言ってたけど大事なのはそういう事じゃないです。一番大切なのは納得なの! 今のままで君たちは二人とも納得できるの!?」
 らしくないほどホリィはうろたえていた。
 どうしたらいいのかわからない。覚悟が決まらない。逃げ出したい……そんな様子だ。
「大切なものが欠けるのは、苦しいのよ。きっと、アイリスも苦しんでいるんじゃないかな」
 エイルは腰を落とし、ホリィの瞳を覗き込む。
「きっと何か方法があるはずよ。アイリスと共存することだって出来るわ」
 悲しげな表情。未来に怯えて立ちすくんでいる。あの頃とは大違いだ。
 ヴェール越しの無表情を覚えている。
 何もない空っぽの器に名前を付けた日を……あなたを愛情で満たしたいと願ったことを覚えている。
「私は……何かを救えたと思ってた。でも、そうじゃなかった。何もできてなかった。それがすごく苦しくて、悲しくて……」
 爪を立てるように胸元を掴み、ホリィは大粒の涙を零す。
「情けなくて……悔しくて……消えてしまいたくなる……」
「ホリィ……」
「ジエルデにお願いされたのに……。アイリスを守ってあげたいのに……なんにも……なんにもできない……っ」
 当たり前のことだ。この子はまだ、ほんの子供だ。
 それなのに消えたいと願い、生きることと向き合い、生きたいと願いならも、大切な物を守ろうと戦ったのだ。
「私も沢山を失って……何が正しかったのかは今も分からない。過去には戻れないし、やり直すこともできない。きっと許されることもないんだと思う」
 目を瞑り――ままならない全てを飲み込んで。
「それでも、今私達はここにいるわ。あなた達に出会えてよかった。ありがとう……ホリィ」
 そう言ってホリィの身体を抱きしめる。
 夢や幻ではない。懐かしい感覚が、何よりも記憶が、彼女を本物だと証明した。
「本当に……おかしいよ。どうして? ねぇ、どうしてこんな事になるの?」
 あの戦いの中で、どれだけ彼女が頑張ったのか、オキクルミは知っていた。
 本来、エルフハイムのツケを払う責任などホリィにもアイリスにもないのに。
「キミたちはすごく頑張ってたのに……報われてしかるべきなのに……」
 ホリィもエイルも、オキクルミも泣いていた。そんな中、シュネーだけはどこか遠くから自分を見ていた。
(私の中ではアイリスさんはホリィさんでもあるんですよね……)
 どちらかが消える、という話なのだろうか。本当にそういうことなのだろうか。
(改めてホリィさんと話してわかった。ホリィさんの中にも、アイリスさんっぽさはあるんだ……)
「たくさんの人達がキミたちの事を心配してる。みんなキミたちの事を思って、心配してるんだ。だから難しいかもしれないけど、消えてしまおうなんて思わないで。キミたち二人が並んで笑える。そんな未来を作りたいんだ」
(二人並んで……)
 オキクルミの言葉にシュネーは目を閉じる。
 どうしても、同じ顔の二人が並んで立っている姿が、イメージできなかった。
(私、ホリィさんやアイリスさんにとって何かになれたのかな……)
 出来るのなら、どちらもずっと覚えている事だけはしたい。
(多分、私は――貴女の友達になりたかったから)
「またね、ホリィ。約束よ。覚えていてね……あなたを、愛してるってこと」
 エイルの言葉に、ホリィは黙り込んだ。
 約束はできない。約束できるほど、今は確かなものではなかったから――。


「なんとかならないか。オートマトンとか、精霊化とか、ゴーレムとかでよ」
 現実世界には雨が降っていた。
 ハンターはハイデマリーに色々と案を出し、その方法を検討することになった。
 だが、ホリィの存在は不確かな部分も多い。
「調べて見ましょう。マグダレーネにも、話を聞いてみないとね」
 ハンターより一足先に目覚めたアイリスは姿を消していた。
 書置きには、「自分も方法を探してみる」と記されていた。

依頼結果

依頼成功度成功
面白かった! 6
ポイントがありませんので、拍手できません

現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!

MVP一覧

重体一覧

参加者一覧

  • 真水の蝙蝠
    ヒース・R・ウォーカー(ka0145
    人間(蒼)|23才|男性|疾影士
  • 癒しへの導き手
    シュネー・シュヴァルツ(ka0352
    人間(蒼)|18才|女性|疾影士
  • 答の継承者
    オキクルミ(ka1947
    エルフ|16才|女性|霊闘士
  • 大工房
    ソフィア =リリィホルム(ka2383
    ドワーフ|14才|女性|機導師
  • 愛にすべてを
    エイル・メヌエット(ka2807
    人間(紅)|23才|女性|聖導士
  • 大いなる導き
    ジェールトヴァ(ka3098
    エルフ|70才|男性|聖導士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2019/03/09 14:15:44
アイコン 相談所
ヒース・R・ウォーカー(ka0145
人間(リアルブルー)|23才|男性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2019/03/12 00:03:30