【AP】の長耳倶楽部

マスター:石田まきば

シナリオ形態
イベント
難易度
普通
オプション
  • duplication
参加費
500
参加制限
-
参加人数
1~25人
サポート
0~0人
報酬
無し
相談期間
7日
締切
2019/04/09 07:30
完成日
2019/04/22 14:45

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●DEVELOPMENT ROOM

「これで……これで完成したのである!」
 完成したばかりの1号機を手に、ヴォールは興奮冷めやらぬ己をどうにか鎮めようと苦心していた。
 すぐに仲間達に自慢したい気持ちはある。しかしユレイテルに見つかればすぐに量産を指示されるのは目に見えていた。
「……流石の我も少し休息を貰いたいのであるな」
『では、1時間の休憩後に量産を始めて下さいね』
「!?!?!?」
 内線から響く無情な台詞。
「な……なぜ……ッ」
『貴方の素材の発注状況を見れば容易です』
 決済関連の書類をすべてチェックしているユレイテルなら余裕だろう。
『勿論追加素材の発注は済ませてありますよ』
「頼んでた素材が届いたんだが、どこに置けばいいんだ?」
 大きな箱を抱えてきたハジャが部屋へと入ってくる。タイミングがバッチリ過ぎて実に恐ろしい。
「そこの空きスペースで大丈夫だと思います」
 その後ろから滑り込んできたパウラも小さめの箱を運んでいる。足音らしい物音も立てずに、部屋の主の許可を待たずに運び込んでいる。
「……我、ひとまず寝るのである」
『ええ、今度の特別営業に間に合うよう、よろしくお願いしますね』
 寝袋に潜りこんだヴォールの背は、どこか煤けているように見えた。

●STAFF ROOM

「新規オプションはユニット達とのふれあいがキーワードとなります」
 ユレイテルが説明を始めている。
 その隣の椅子に座っているヴォールの隈がひどい。いつも通りと言えばそれまでだが、見るからに憔悴していた。

(((あれは触れちゃ駄目なやつだ)))

「兄さん、これでも飲んで元気出して?」
 シャイネが気遣って疲労回復効果のあるハーブブレンドの健康ドリンクを提供しているが、それを配合したのがフュネであるため、3割くらいの確率で独創的な味となる可能性がある。
 今回は見るからに3割の方だという気配がプンプンしている。むしろなんか変な香りだ。
「助かるのである……」
 正常な判断力が残っていないヴォールは一気飲みした!
「……貴方という人は」
 口直し用に常温の水を用意しながら、エクゼントがシャイネに向けて溜息を零す。
「? でも大丈夫そうだよ?」
 確かに肌艶は良くなったようだ。
「一気にぷりっぷりのお肌になったわね♪ フュネ~、同じのもう一度用意できるぅ?」
「いや、流石にあかん奴だと思いますよ?」
 味よりも効果重視でねだるオルクス。一応思いとどまらせようと声をかけるタングラムだが効果は薄そうだ。
「……申し訳ありませんわ。わたくし配合に熱中し過ぎてメモを取り忘れておりましたの」
 同じものを再現できないのだと俯くフュネにホッとしたのはタングラムだけではないはずだ。

「で、今度は何を開発したの」
「この前のVRゴーグルと似てますよね!」
 我関せずを貫いて新機材を突いていたアイリスが話を戻し、フクカンが告げる皆の認識を代表した言葉に全員の視線がテーブルの上にある機械へと戻った。
 以前はヒトが装着するためのゴーグル状をしていたが、今回はもっとサイズ調整の幅が大きくなっている……上に、マイクとスピーカーの両方がやたら頑丈に取り付けられている。ついでにコードも増えた。
「でも……なんでマネキン?」
 そう、現在この部屋に在るのはスタッフだけではなかった。老若男女に対応したと思われるいくつかの機械式マネキンが壁際に並んでいた。
「ユニット達の思考を読み取りヒトのわかる言語へと変換する『ユニットリンガル』と、ユニット達がヒトを疑似体験するための依代であるな」
 本来なら会話が不可能な彼等と円滑に会話するためのシステムには、いくつか声質も選べるよう工夫がされているので機械的な音声にはならないはずだ。
「依代は、個室に入ることができない大型の者達用に数量限定で用意したのである。これならマネキンにVRで外見情報を被せるだけなのでノイズがかなり減らせるのであるな。だが、強くヒト型のイメージを持っていなければやはりぼやけるであろうし……なにより、ヒト型での飲食は出来ないのであるな」
 ちなみに大型ユニットではなくても希望すればマネキンの利用は可能である。
「私の可愛い改造トラックが擬人化するだと!?」
 一人妄想にふけり始めたカミラの言葉は全員にスルーされた。


●DIRECT MAIL

【カラオケ倶楽部「森んちゅ」春季限定オプションのお知らせ】

 桜の香りと共に、年度の切り替わりが訪れておりますね!
 新たな環境に向かう方も居るのではないでしょうか?

 本日は「森んちゅ」から春季限定特別オプションの特別なご案内です♪

 お待たせしましたぁ!
 年末年始にもご好評をいただきました、VR体験が可能な新設備がまさかのヴァージョンアップ!
 共に戦場を駆ける相棒達と、ご一緒にお楽しみいただくことができるようになりました!
 お客様の望む風景の中で、楽しい時間をお過ごしいただけます!

 いつものカラオケルームとは違った雰囲気の中、
 思いきり喉を震わせるも良し、
 美味しいドリンク&フードに舌鼓を打つも良し、
 ほろ酔い気分で静かな時間を楽しむことだってできちゃいます!

 も・ち・ろ・ん!
 このダイレクトメールを受け取った貴方だけの、特別出血大サービス!
 当店のスタッフをご指名頂いて、いっしょにVR体験をすることもできるのです!
 スタッフの名前と、ご希望の役所をご注文シートにご記入いただければ、お客様のご要望に沿って誠心誠意お相手させていただきます!
 もちろん、守秘義務はばっちり! セキュリティ対策もばっちり!
 一度限りの特別な思い出を、是非一緒に作りましょう♪


●STAFF ONLY

カラオケ倶楽部「森んちゅ」メンバーリスト (※ 社外秘)

☆厨房担当
・カミラ
提供可能メニューを手早く仕上げるプロ。女王様と書いておかん。
・フュネ
盛付けの丁寧さに定評あり。お嬢様。

★機材担当
・ヴォール
新システムを開発する度にブラック勤務が続く犠牲者だが本人は幸せそう。尊大。
・アイリス
最近は上司(?)より本来の仕事をしている気がする。不思議系二重人格。

☆ドリンク担当
・タングラム
なんだかんだ言いながらも給仕はちゃんとできる。面倒くさがり。
・オルクス
色気担当だと最近言っているがあんまりナンパはされない。シスコン。

★ルーム担当
・シャイネ
清掃担当の筈が皿運び技術が向上し片手に三皿まで可能。フリーダム。
・エクゼント
迷惑な客をその外見で圧し勝つことがあるが本人は不服。似非ヤンキー。

☆配膳担当
・フクカン
時々ドリンク担当がヘルプに来るので最近は幸せ。ちょこまか。
・パウラ
何故か忍び足技術を取得している。天然。

★会計担当
・ユレイテル
精神的な過労が過ぎるとブラック営業マンになるが皆指摘できない。真面目時々ぶっ壊れ。
・ハジャ
もめ事をさらっと受け流せると同時に逃げ足もはやい。珈琲党。

リプレイ本文

●そんな僕らのパートナー

「へえぇ? ここですかぁ」
 森んちゅの入り口をくぐる星野 ハナ(ka5852)に、リーリーはぐいぐいと、文字通り引き連れられている。
「いらっしゃいませ! お連れ様は……」
「リーリーですよぉ」
 名前を伺うように首を傾げたフクカンに即答。まさかの名前なしである。
「どうしましたぁ? ……ああ、名前ですかぁ」
 その疑問、わかりますよぉとしたり顔で頷くハナ。
「道具、と言うかぁ、確かに私生きてないユニットには名前付けないんですけどぉ、何でかこの子にも名前つけてないんですよねぇ?」
 まさかの当人でも答えられない事案。本気で首を傾げているのである。
(うん。でもボク主からの名前は要らないかな)
 心配そうに見てくるフクカンに、大丈夫だよと頷いて見せる。配慮を持ったリーリー。
「綺麗で可愛くて美味しそうで回復まで出来るリーリーは猫……じゃなくてユグディラのあの子とは別の意味で別格なんですけどぉ……何ででしょぉ」
 さりげなく食料扱いしていることまで暴露された。
(……そういうところかな)
 名前をつけると愛着がわくとか、そんな理由じゃないかとリーリーは疑っている。
(主は魔導トラックには名前を付けてるの、ボクは知ってる)
 移動屋台として愛用しているからだと、わかってはいるのだけれど。

「今日はですねぇ、リーリーのままお食事処に連れてきてあげようと思いましてぇ」
 中型と判断されるその大きさは、確かに一般の店での飲食は難しい。だからVRやら何やらのオプションは要らないと告げるハナ。
「さっきも狭そうにしてましたけど……?」
 店内の天井は高くなっている方だが、入る際に身を屈めていたのは事実である。
(建物内の戦闘に連れてこられることはあるから、平気)
 軽く首を振って見せれば、ハナの笑顔が向けられる。
「あの子は超絶すれちゃってますけどぉ、リーリーは素直で良い子ですぅ」
 いい子いい子♪ わしわしと撫でてくる手は強引なように見えるけれど、結構悪くない。
「ユニットリンガル、オススメしましょうか……?」
 ついにはハナではなく、リーリーに向けて小声で営業してくるフクカン。大丈夫だと伝えるためにも、案内の手をそっと押し返しておいた。
(……主と居るからみんなすれちゃうんじゃないかなって思うけど)
 勿論、自分も例に漏れないと自覚がある。

 案内された室内でも、ハナのマイペースぶりは盛大に発揮されていく。
「結構種類が揃ってますねぇ。あっこれなんか、恋人と一緒に食べてみたいですぅ」
 カップル向けメニューを一通り眺めて、しっかり妄想なんてしている。その横でどうにかこうにか腰を落ち着けたリーリーは、器用に嘴でデバイスを運んでいる。
(飲み物は早めに頼むべきなんだと思うけど)
 細心の注意を払ってドリンクリストを開くアイコンに触れたところで、ハナが現実に帰ってきた。 
「ところでリーリーはグリフォン並みに肉食って聞きましたぁ。牛豚鳥、どれ食べますぅ」
 努力はむなしく、デバイスの表示は肉料理のリストへと変えられてしまった!
 思わず、ハナの頭を嘴で小突いていく。経験を積んでいる分頑丈だと知っているし、スキルでもないのだからとそれなりに遠慮はしない。
「いたたぁっ!? リーリーどうしたんですかぁ!?」
 良かれと思っているからこそ、そして完全に自分の身内だとみなしているからこそ。ハナの注意力は発揮されていない。
 会話ができる状態でもないから、意図が通じないことはわかっている。けれどやっぱり突っ込まずにはいられなくて、あと数度と思いながらつつく。
(鳥型に鳥肉勧める……そういうところかな)
 一緒に食事したいって配慮は嬉しいけれど、一歩……いや数歩足りないと思う。伝わらないなりに抗議は止めないリーリーは、なんだかんだでハナを主として認めているのである。


●新たな形

「「「乾杯!」」」
 其々が手に持ったグラスがぶつかり合う音が、三人の重なる声と同じように高らかに響く。
「ユメリア、ようこそ『アカカブ』へ!」
 高瀬 未悠(ka3199)の告げる社名は俗称だ、正式には暁光株式会社だが社員は皆略称で親しんでいる。
「これからよろしくね。ユメリアちゃん」
 既に面識を持っていたので自己紹介は簡潔に。キヅカ・リク(ka0038)が軽い握手を求めればユメリア(ka7010)も笑みを浮かべ答える。
「未悠、今日はそれだけじゃないだろ?」
「そうだったわね! リクと私は昇給おめでとう!」
「先輩もキヅカさんもおめでとうございます! 勿論歓迎会も、嬉しいですっ」
「ははは、合同にしちゃったけどね。……で、未悠は本当にそれだけかな?」
「なっ何の事かしら!?」
 ビクッと身体を震わせる様子がおかしくて笑うリクに、不思議そうに首を傾げるユメリア。
「……結構噂になってるけど?」
 ニヤニヤとからかいの笑顔付きで追撃され、未悠の頬に赤みが増していく。まだ酒も少し入れただけなのに、だ。
「えっ!? でもその、そんなぁ~……♪」
 長年の片思いに気付いていた周囲が、その進展にも気付かないわけもないのである。通常業務の合間にこっそりと視線を合わせては頬を染める未悠の様子を当の恋人も楽しんでいるだとか、社内では知らぬ者はいない。本人と新人以外。
「まさか噂になってる双頭が知り合いとはね」
 今期入社で凄い美人が入り、人事担当全会一致で受付配属になったというのもホットな話題だ。
(その二人と同時にカラオケに行く僕は……普通のサラリなんだけどな?)
 上司に一途だと知られ過ぎて狙いにくく、本人も好意に気付かない綺麗系の未悠と期待の新人清楚系のユメリア。社内はともかくこうして外部で三人揃う様子は両手に花であったりする。
 そんなリクだが、趣味で鍛えた喉から発せられる魅惑ボイスの営業トークにより、ほうぼうの取引先にファンが存在する。未悠の情報部では周知なのだが、当人は気付いていない。
「高瀬先輩には、他にもお祝いごとが?」
 学生時代から憧れだった。その未悠と同じ会社に就職できたことだけで満足するつもりなんてない。リクの呟きに気付かないまま、ユメリアは瞳を輝かせて未悠の方へと前のめり。
「気になりますっ! たくさん、お話ししたい事だってあるのに……!」
 同じ部署が良かったと少しだけ思うけれど、人事部の決定に異論はない。まずは期待された場所で自分に出来る仕事を全うするのが最初の目標だ。
「何が聞きたいの?」
 可愛い後輩の視線に我に返った未悠が優しい笑みで先を促す。
「教えられる事なら何でも聞いてちょうだい!」

 ♪~
 幸せな顔を見つけるとなんでか嬉しい
 目標とか数字ばかり考えてる日々
 潤いが欲しくなってくる
 恋ってどんなだったっけ
 目覚めたら薄れる夢のように
 ベッドに転がればこの気持ちも飛んでいく?

 憧れの視線を見つけたらむず痒い
 鏡の中で見つけてた記憶が追ってくる
 奥深く封じ込めたはずだけど
 恋ってどんなだったかな
 優しいだけじゃいられないんだ
 まだ早いなんてもう抑えつけてはいられない!

 不器用なままでも受け入れてくれる君に
 大好きだと伝えるから
 教えて君の視線に籠もる熱
 どんな小さな声でも聞き逃さない
 ~♪

「さあ、今夜も飲んで歌うわよ~♪」
 そう言いながら未悠が入力したのは、数日前に「キャノン」の動画リストに増えた一曲『not love』である。問答無用で歌わせる上、自分は後輩とのおしゃべりに興じるというキャノンファンが聞いたら羨望通り越して炎上の可能性すらある。
(思い切り歌えるからいいけどね?)
 小さく苦笑を零しながらも歌い上げるリク。合間に未悠の飲酒ペースを管理する、空いたグラスに水を注ぐくらいわけもないのだ。
(頃合いを見て『芽吹』でも入れるかな)
 ずっと歌い通しは喉にも悪い。最近の未悠の十八番ナンバーを思い浮かべて、デバイスを引き寄せた。

 ♪~
 時々危なっかしいけど 頼りにだってしてるから
 もしかして君もそう思ってる?
 似た者同士だって言ったらどんな顔をするのかな
 my spring 君の望む道が花開くと信じてる
 競うように私も前に進めるよ

 慣れないことにも向き合って 大人しくなんていられない
 小さなことにも心痛める様子に
 弱いところも認めてくれる優しい君だと知ってるよ
 my spring 君の頑張りを知ってるよ
 その視線があるから胸を張れる

 これまでを思うとどうしても 今が本当に幸せ
 時間が大事なんて言わないけど
 私の心をあたためてくれる貴方が笑顔を向けてくれるから
 my spring 小さなことでもこぼれてしまうの
 いつだって私の笑顔は100%
 ~♪

「実りのある話が聞けたみたいだね?」
 メモ帳を抱きしめるように持ったユメリアはまだどこか夢見心地に見える。微笑ましさを感じながら声をかければ、我に返ってから照れた笑み。
「ありがとうございます、時間をとらせてくださって」
 深々と頭を下げようとするのを慌てて押しとどめるリク。
「先輩は、学生の時もすごく輝いてました。……仕事だけじゃなくて、恋まで。前よりも、もっと素敵な女性になってて……」
 お酒を重ねながら私的なことまで聞いてしまった。その様子が幸せそうで、ついもっともっと教えてほしくて。将来の子供の数まで聞いてしまった。時折失敗談も混ざっていたけど、それもまた先輩の人間らしい魅力だと思うし、新たな一面が知れて嬉しかった。
(はしゃぎすぎてしまいました)
 落ち着こうとテーブルの上に視線を巡らせて、目についたのはスイートポテト。
「……『踏み出してからでも遅くない』ですか」
 でてきた紙片を大事に握りしめる。
 今出来るのは、歌うこと。ユメリアは迷いなく『ルウト』を選曲するのだった。

 ♪~
 声を聞く度言葉を受けとめる度
 心が想いが気遣いが 私の経験になっていく
 周りへの視線は穏やかなのに
 幾度も振り返る貴方の足は止まらない
 当たり前だと笑むその手が望むのは 誰のSmile?

 頷きあう度視線を交わす度
 心が想いが気遣いが私の理想となっていく
 先を行く貴女を追いかける
 背中だけじゃない笑顔が足を速めてく
 自然に伸ばされた手に綻ぶのは 誰のSmile?

 for my Dear,I'll be charging Fullpower
 for my Dear,I'm still immature,but……
 ~♪

 機嫌よく聞いていた未悠も籤入りを一口。目を通して小さく肩を落とす。
「もうっ、運勢を占うわけじゃないのぉー?」
 最近の自分を思えば、大吉、むしろ超大吉でもおかしくないというのに。随分と酒も回った未悠が引き当てた籤には『足元に注意』なんて簡素な一言。
「こうなったらヴルストも頼むわよ! 私は絶好調だってことを照明してみせるんだから!」
 勿論ジョッキの追加も忘れていない。
「せ、先輩……そんなに飲んで大丈夫ですか?」
「ユメリアちゃん、こうなった未悠は止められないから、好きにさせてやって」
 世話は慣れてるからと続けば、頷くユメリア。
「少しでもお手伝いできるように、私は抑えておきます」
「大丈夫だよ?」
「いえ……あまり強くないのも分かってますし」
 先輩の世話をしたい、そんな意思の籠もる瞳に気付いて、今度はリクが頷いた。

「じゃあ、後は任せてくれていいんだよ」
 選択肢を与えているようで、実際は決定事項。
 終始ずっと嬉しそうに過ごしていた未悠は予想通り今日もつぶれた。だからいつも通り、おぶって家まで送り届けるつもりだったのだけれど。
(いやいやこれは予想外……いや、そうかな?)
 思い浮かぶのは悪友とも呼ぶべき同僚ハジャの顔。あいつ最近情報部に転属になったんだっけ?
 有無を言わさぬ微笑みに反対するなんて無駄なことはしない。素直に未悠を引き渡す先はシグルドだ。
「今後は事前に連絡しておいてくれるかな」
 素直に連絡先も交換して、見送るフリをしつつも早々に視線を逸らしておいた。


●ジジ様といっしょ

(早う行かぬか!)
 背を押してくるコシチェイの勢いに負けそうになりながら。マルカ・アニチキン(ka2542)が指定された部屋へと入る。
(さっさと付けぬか! ワシの分もあるのだぞ!)
 既に用意されているゴーグルの前に行儀よく座り込むコシチェイにの様子に首を傾げるマルカ。
「それは、私……ヒト用ですよ?」
 幻獣達の分は別室だと受付で案内を受けた時も、隣に居たから聞いていると思っていた。
(なんだと!)
「ぬぁ!?」
 案内のエクゼントが、今度は背を押され始めた。

 少しずつ、マテリアルがマネキンの周囲を覆い始める。そろそろ姿を見せてくれるだろうか。
「ご迷惑をおかけしてないといいのですが……」
 あまりの興奮ぶりに、少しばかり不安になっているマルカは今、ゴーグルを起動させたうえでマネキンの前に立っている。今日はコシチェイの慰安のつもりで連れてきたのだ。出来る限り彼の希望に沿うように世話をするつもりでいた。戦闘では頼りになるが、年齢を重ねている存在なのだ。日頃の態度から大人しいタイプだなんて誤解はしていないけれど。
(イェジド孝行なんてのも、悪くないですよね)
 渋る様子を見せることはあっても、いつも助けてくれる存在なのだから。
「おい、何をのんびり寛いでおる! 早速行くぞ!」
 脳裏にヒト型コシチェイを思い描いているうちに目を瞑っていたらしい。おもわず背がピンと張ような声に慌てて目を開ける。
「ひゅぁっ!?」
 顔が近すぎて、驚きのあまり跳び上がった。長い白髪は全て丁寧に後ろに撫でつけ、皺も凛々しいジジ様。スーツに似た服は姿勢をよりピンと演出しているが、見慣れた毛並みと同じ銀の毛皮を羽織っているせいか、ものすごく葉巻が似合いそうである。
「……格好いい、です……ね?」
「ククッ……当然じゃ」
 微かに付随した疑問符には気付かず、褒め言葉として受け取るあたり自分でも満足の行く外見だということだろう。
「まずは隣の部屋じゃ! 先ほどキヅカの背が見えたからな!」
 共に過ごす者の中に見知ったグリフォンが居るはずだと鼻息荒く扉へと手をかける。
「キャノン神……じゃなくて、キヅカさんが?」
「常なら空に逃げられてしまうが、今ならワシと対等じゃろうに」
 目的は同伴しているかもしれないユニットの方らしい。迷わずドアを開けるコシチェイ。
 カチャ
「……」
「コシチェイ?」
「どうして出られぬのじゃ?」
「VR、室内限定だそうですから……」

「これでは普段と変わらぬではないか」
「私は、お話が出来て嬉しいですよ」
「……ワシとしてもやぶさかではないが」
「ありがとうございます……」
 ヒト型で何がしたかったのか、尋ねてもよいだろうかと様子を伺う。それで思い出したのか、コシチェイの鋭さを伴う視線がマルカを見据える。
「今もそうじゃが、もう少しはっきりとした方が良い」
 互いに利があると、共に過ごすことを認めた身ではあるが、普段は目に余ると伝えたかったらしい。
「常に覚醒しておればいいのじゃ」
 ケケケッ! 茶化すように嗤うので、言葉通りの本心ではないと分かる。
(むしろ、分かるように言ってくれている……?)
 今の言葉を反芻すれば、もう少し見えてくるものがある。覚醒している間は、目に余らない……素直に認められる部分だと、そういうことだろうか。
「ありがとう、ございます?」
「ワシは褒めてなんぞいないが? 妙なことをいうのじゃな、ヒーヒッヒ!」
 腹を抱える仕草がわざとらしくて、マルカは推測を確信に変える。文句にも聞こえるが、気遣ってもらえているのだと感じて。
「楽しそうでなによりです……」
 笑って過ごしてもらえるなら、ここに来た甲斐があるというもの。
 始めは驚いてしまったが、中身はいつも通りのコシチェイ。
(あとで、毛づくろいをするとしましょう……)
 いつも以上に、丁寧に。


●『Garden』

 色彩豊かな花々の連なりは、よく見れば季節感がない。けれど景観を損なわないように、夢幻過ぎず適度な現実感を伴って広がっている。
 乱す心配が不要な場所だからこそ、安堵して。鞍馬 真(ka5819)はいつものようにカートゥルに触れる。
(花冠を作って飾るくらいしか、できなかったけど)
 花のクッションに埋もれる、そんな願望が満たされる機会に笑みが抑えられない。
「ちょっとだけ、ここで待っててくれる?」
 言いながら少し離れる。彼女の身体が全て収まるように、両の手で四角を作る。何をやっているのかと尋ねるように首を傾げる彼女のその仕草に答えるように頷いて。
「やっぱり、綺麗だ」
 美人なカートゥルには花が似合う。ともに花を見に出かける度、いつも燻るように胸の内にあった感情がやっと収まる所を見つけた。
『カートゥルが居れば、もっと綺麗だと思うのに』
 彼女の体を覆うほどの花束を用意すれば近い事は出来る。けれどしなかった。なぜなら真は、生き生きと自然の中で彼女が笑う様子が、見たかったのだから。
 角度を変えて、メインとなる花を変えて。幾度も手の中に花と彼女を収める。その度に照れたように身をよじるそんな仕草も可愛らしくて、つい声が漏れる。
「やっとなんだよ? もう一か所……う、ん?」
 けれど拗ねたような声が聞こえて。すぐに駆け寄った。
「……そうだったね、ごめん。そのままのカートゥルが一番、美人だって思ってるよ」
 腕を広げて身を寄せる。焦らすような間にもう一度謝罪を告げれば、カートゥルの顔が近寄り、頬を摺り寄せて来た。

「「あ~あ~あ~♪」」
 音階にあわせて声を重ねる。どこまでも伸びるように広がるバリトンにソプラノが寄り添う。
「うん……いつも合わせていたからかな、音程は完璧だね」
 余韻を確かめてから目を開けて、合図を出せばメロディが流れ出す。

 ♪~
 ◆一目見たその時 空(そら)を感じた
 ほんの気紛れ あの時はそう思っていたけど
 今なら胸を張って隣り在って居られる
 共に駆けぬけてきた時間 どれも大切な一頁

 ◇声を重ねれば手が届かなくても知れるから
 足をとめる僅かな時間だけでも勿忘草を心に描いて

 ◇聞こえた声の中に 空(くう)を感じた
 日々過ごす中 足りないものがあったとしても
 飾らないままで互いを補ってきたから
 共に積み重ねてきた時間 どれも愛しい一頁

 ◆温もりを重ねれば言葉が無くても届くから
 身体寄せて眠る時間は霓裳蘭の香りと共に

 失くしちゃいけないいつもの約束
 大事には共に 駆けるなら空へ
 ~♪

 ソロパートでは歌い手が聞き手に視線を向けて。聞き手は歌い手の身体を抱きしめながらその視線を受けとめる。
 声を重ね合う時は、互いの瞳が笑みを形作る。重なる声がそよ風になって、やさしく周囲の花々を揺らす。
 気付いたのは歌の途中。歌に想いがこもるほど、花は揺れる……笑顔が広がっていくように。
 だから、どれだけ互いを想っているか、競うように、よりいっそう心を込める。

「……ああ、楽しかった。ずっと、きみと一緒に歌いたいと思っていたんだ」
 歌声を幾度も重ねて、気付けば夕陽が幾重もの花弁を染めている。
 声に、歌詞に、音楽に想いを込めたから、会話らしい会話はしない。いつも言葉は交わせないけれど、不便だと感じたことはないのだから。
 今も同意の意思が伝わってくる。真の襟足がそっと引かれて、カートゥルの身体にゆっくりと倒れ込む。
 それだけで自然にいつもの体勢。寄り添えば互いの隙間がなくなったように落ち着ける。
「まだ時間はあるんだっけ? じゃあ、もう少し、ゆっくりしようか」
 夕陽に染まる鱗を撫でる。いつもとは違うけれど、これも空の色。
「全身で照れてるようにも見えるよね。……どんな色でも、カートゥルなら綺麗だよ」


●気になる止まらぬ☆フルバースト

「では……このあたりの、軽食を……」
 メニューを開いて数分後。天央 観智(ka0896)が注文をしようとデバイスに手を伸ばせば、カイラリティが目を輝かせて傍に寄ってくる。
「ご主人、今日は何食べるのです?」
 折角だから始めから会話ができるようにしようと、既にユニットリンガルもVRインターフェースも適応済みだ。
 カイラリティにはいつもなら入れないヒト向けの部屋、しかもリアルブルーに当たり前にあった設備を体験させられる。そしてなにより会話をしてみたかった観智はその時間が長くなる方が良いに決まっていたのだから。
 その思惑はカイラリティにとっても喜ばしい結果となっているらしい。戸惑いは始めのうちだけだった。さっきまで室内の様子に興奮したようにウロウロとしていたのがその証拠だ。
「今日はあなたとお話しに来ましたからね、話しながらでも食べやすいものにしますよ」
 そうして示すのはチップスやピザだ。
「……」
 指を追って視線を追うその様子は、外見で選んだ通り好奇心旺盛なドラグーンの子供そのもの。特別に追加された蒼鱗の尻尾がそわそわと揺れている。
「? どうしました?」
「これ、僕も食べれますか?」
「幻獣向けのメニューは別にあるみたいですよ?」
 春季限定ページを示し、ワイバーン向けの料理を見せてみる。
「あのね、ご主人。僕、ご主人と同じのがいいんですけど、駄目ですか?」
「そうです、ね……」
 元々、別室(ユニット待機用大部屋)に居るカイラリティ本体の為の食べ物も頼むつもりでいた。しかし意識はこちらにあるわけで。マネキンでは食べられないというのは予め聞いているのだけれど。
「……ちょっと、頼んでみましょうか」
 駄目元ではあるけれど。注文とは別に、スタッフ呼び出し用のボタンを押すことにした。

「美味しいですね、ご主人!」
 観智の前にあるピザとほぼ同じ見た目のピザが、カイラリティ(本体)の前にも並ぶことになった。
「よかったですね」
「ほら、これがすっごく気に入ったんですっ! ご主人も食べてください!」
 はやくはやくと急かしながら、観智のピザをとり口元に差し出してくる。
「ありがとうございます……うん、美味しい」
「よかった! ご主人、いつも僕に美味しいご飯をくれるでしょう。僕ね、お返しがしたかったんです」
 美味しいって思って声をあげると、いつも目元が優しいのです!
「そう、でしたか……?」
「そうですよ!」
 また一つ、今度はチップスを食べて、その軽い食感に目が輝いている。
「これも食べてください! はい!」
 まず自分で食べて、美味しいからと観智にも食べさせる。ずっとその繰り返し。でもそれがあまりにも楽しそうで、観智は止めずに様子を眺めたり、口を動かしたり……お互い、結構忙しい。
「あのっ! ……美味しいですか?」
「美味しいですよ?」
 もじもじしながら様子を伺ってくる様子は、やはりまだ若い個体だからなのだろう。ワイバーン姿でも感情が読める方だと思っていたが、こうしてヒト型になると、やはりその感情変化は顕著に出てくる。何より言葉という伝達手段があることが一番大きい。
「そうですよね!」
 少しだけ迷った様子を見せたけれど、言葉が続く。
「一緒にね、同じものを食べたら。絶対、すっごく楽しいって思ってたんです!」
 だから今が嬉しくて、どうしてもにやけてしまうということらしい。
(対話は大切だなと……それも、開発者さんのおかげですよね。是非とも、このユニットリンガルを広めてもらいたいものです)
 後で、フクカンさんに伝言をお願いしようと、強く思う。そうでなくても、今日この短い時間だけでも。カイラリティが普段どんな思考をしているのか。片鱗が見えるだけでも随分と大きな収穫だ。
(前以上に、やり取りがスムーズにできるのではないでしょうか?)
 とても喜ばしい事だ。無意識に笑みが浮かんだ。


●穏やかな時間

 届けられたメニューは野菜中心。野菜入りパンケーキの原っぱに、ジュレ寄せペリーの花が咲く。スティックサラダは木陰の演出。スタッフが勝手に気をきかせたようで、彩り豊かな人参がメインで使われている様子。
「驚きました。こんなに種類があったんですね」
「食べていい?」
 耳をピンと立てて、テーブルの上に並んだ料理に視線は釘づけのバーニャ。その様子にソナ(ka1352)はくすりと微笑んで、そっと皿をバーニャの方に押しだす。
「いいよ。でも、慌てないようにね」
 料理は逃げないから。のどに詰まらせたりしないよう、気をつけてね。言いながらフレッシュハーブティーを一口。レモンの香りが通り抜けていくようだ。
「大丈夫! やりたいこと、たくさんあるのっ」
 だからまずは全部、味見なの。そういって、一口ずつ食べ始める。
「私も少しずつ貰おうかな」
 どんな味が好きなのかって、より深く知れると思うから。

 ♪~
 森の奥には小さな広場
 みんな見守る大きな樹
 夜も遅くにからころころり
 淡く輝く木の実のランタン

 出歩く悪い子おばけが来るよ 寝床でぐっすり明日になあれ

 森の外から聴こえる音色
 みんな隠れる大きな樹
 遠くに聞こえるからころころり
 仲間の気配と震える鳴子

 ひとり歩きは少し寂しい 旅に出るには勇気が足りない

 森の中には小さな舞台
 みんな集まる大きな樹
 昼になったらからころころり
 合図にあわせてダンスが始まる

 旅立つ君の幸せ願い みんなの輪の中笑顔溢れて
 いつか再びからころころり 飛び出す未来でまた会おう
 ~♪

 はじめはリンダ―ルの音色に乗せて。『ホッピングマーチ』……その曲名を示すとおりに常に繰り広げられるバーニャのステップに合わせれば、トントゥの鈴音が刻むリズムが自然に曲を彩る。室内に供えられた合いの手用の打楽器は、バーニャのお供にうってつけ。
「小さいのが沢山!」
 どんな音が出せるのか、鈴がたくさん連なったタンバリンの角度を幾度も変えて試し打ち。でもステップはメロディに乗ったまま、止まらない。
「わたしにも、後で使わせて、ね?」
 ゴールドに持ち替えて、誘うように優しいリズム重ねる。
「交換だね! それってもっと楽しそう!」

 ソナが歌って、バーニャが引き継ぐ。歌が終わりに近づけば、声も重ねる。
 再び持ち替えたホライズンがメロディをなぞり、テンポが次第にゆっくりになっていく。一番の終わりに差し掛かったところで、ターンにあわせてフィエルテが翻った。
(いつか……わたしも、バーニャと別れないといけないよね)
 歌いながら、胸のうちで将来を想う。別れはきっと旅立ちで。自分はそれを笑って送り出せるだろうか。
(ううん。一度、一緒に行ってもいいかもしれない。育った場所を見てみたいし……)
 里に送り届けて、それから自分が戻るなら。違う形にできるだろうか。
 気分を変えようと、無意識で。ソナが輪唱を仕掛ければ、バーニャの耳がぴくり。目を合わせて微笑んで、次はバーニャが声を追いかける番。

 ♪~
 広場の外は光少なく
 音を頼りに一直線
 坂を転がりからころころり
 勢い任せで止まらぬ旅路

 聞こえるうちは前だけ向こう 風よ届けて僕の歌声

 ボール遊びの輪の中どすん
 挨拶間違い勘違い
 跳ねて道草からころころり
 触れあう一時気紛れダンス

 森のあの子はどうしてるかな 里だけでなく森も僕の家

 歌声聞き惚れ樹の洞すやり
 温もり分けあいひとやすみ
 きっともうすぐからころころり
 宵に迷うははじめの言葉

 里の家族と旅の友 みんなが全部僕の大切
 仲間と歌おうからころころり 僕の幸せ抱きしめて
 ~♪

 歌声に、小さな不安が混ざらないように細心の注意を払っていたけれど、どこか声音に混ざっていたのかもしれない。
 バーニャの幼い、けれどはっきりとした歌声が心に届く。
「喉乾いちゃったー! ソナちゃんのって、なぁに?」
 空っぽのコップを置いて、物欲しげに近づいてくる。
「今は、同じものが飲みたい気分なの!」


●文字通りの母の愛を

「歌うための部屋って言うのも、不思議な感じだね」
 デバイスに並ぶ曲名リストを眺めながら、深守・H・大樹(ka7084)は何の気なしに呟く。
「流すだけにするってのだと……勿体ないかなあ?」
 歌った方がいいのかなと首を傾げれば、艶やかなブルネットを乱さずに座る淑女が、その青い瞳を閃かせる。
「大樹、たまにはのんびりでよろしいではありませんか」
 そのフランマの姿勢は凛として美しい。けれど格式ばったもののようには感じず、この部屋に馴染んでいるように見える。
「どのような樹木とてきちんと休んでおります。今日のあなたはお休みでよいのです」
 育ち続けることだけが樹のすべてではないと諭す。その口調も視線も、優しい響きを帯びている。
「そう、だね……ありがとう」
 家族に見せる気の抜けた笑みを浮かべれば、より青の瞳が緩んだ。

「フランマとこうして話せるの不思議だよね」
「大樹の言葉はいつも聞いていますけれど……新鮮ですわね」
 明確に、意思が伝えられること。伝わっているというその実感は計り知れないものがある。喜びと、そんな言葉では収まらない感情を噛みしめるフランマの視界に、どこか手を迷わせる大樹が映る。
「お行儀が悪いですわ」
 頼んだメニューは随分と前に届けられていて。けれど大樹は食べ進めているわけではなかった。
「僕だけで悪いなって思っちゃって」
「わたくしに構わずいただいてください。温くなったり、冷めたりは勿体ないとも思いますの」
 そこは優しい子だからなのだろうと思う。
(大樹は最近考え込む時間が増えました)
 気にかけているからこそ、よくわかる。遠慮もそうだけれど、胸の内になにかがあるのだろう。
 元々、記憶がない事を気にしているのは聞いているから、知っていた。変化があったのなら、気にはする。けれど本人は誰にも心配をかけないようにしているのだろうから。見守り、傍に在る身としては……
(わたくし達はあなたが好きで信じているから。あなたの答えを待っております)
 感じとれることはある。もしかしたらの話ではあるけれど、失くしていた何か、記憶を取り戻したのかもしれないと、そうとれるような小さな仕草にも気付いているから。

「ありがとう、おかあさん」
 軽食の事だけではない。
 かりそめのヒト型になっても、その瞳の輝きはグリフォンの時と同じ。養父母と似ているようで違う接し方をしてくれる、もう一人の母親なのだと今、改めて確信を得た気がしていた。
 母のようだと前から思っていたけれど、今日この店に来ても、フランマがどんな姿になるのか全く想像が出来ていなかった。
 実際に相対してみれば、鏡を見る時に見かける自分の顔と面影が似ているのだ。それはきっとフランマが母として在ろうと、寄り添おうとしてくれている、その想いの現れ。本当の母親という存在が居るのか、その記憶もやはり曖昧だけれど。居るならきっと、こんな風に接してくれるのだろうと、そんな想像ができたから。
(それに……きっと、気付いて心配してくれているんだよね)
 少しずつだが、大樹の記憶の欠片は集まっている。切欠は日常の積み重ねであったり、時に戦いのせいであったりもした。衝撃が強いものもあった。前を向くための言葉もあった。次第に形作られていく恩人の姿を、より強く思い出せないかと願う事もある。
 今までの欠片を繋ぎ合わせて自分なりに推測もしているが、確信が得られないまま内心では不安定になる自覚もある。
(でもね。僕は、大丈夫だよ)
 今の自分になる前と違って、ひとりじゃないと知っているから。
「な……なんですか、改まって」
 焦っているのか……いや、照れているのだろう。青の目元に淡い紅がはしる。
「言ってみたくなったんだ」
 喜んでくれるなら、普段から呼んでみようかな?


●ブラック(一部)に目を瞑る暗黙のルール

 一応ノックはしてみるが、既に形式美と化している。
(知っていたのじゃけど!)
 返事を待つのは時間の無駄だ。だからヴィルマ・レーヴェシュタイン(ka2549)はさっさと開発室のドアを開けた。
「ヴォール! そろそろ休憩時間じゃろう?」
 足音を抑える必要を感じずに近寄れば、手元に随分と集中しているようで。
「キリが悪いのである」
 すぐ横から覗き込む気配を鬱陶しく感じたようで眉間に皺が寄っているが。反応は返ってきた。
 まだ手の動きは止まらない。確かに今中断するのはよくないのだろう。ヴィルマはそのまま作業を見続けることにする。
「店の機械をいじってるそなたは生き生きとしておるのぅ……」
 仕組みなどには詳しくはないが。のめり込める何かがあるのは善い事だと思う。
「世が世なら、なんとなーくヴォールはマッドサイエンティストになっておったりするかもじゃし……そうならずに良かったのじゃ」
「クックックッ……何を姦しく囀るかと思えば。余計なお世話であるな」
 しみじみと溢せば返ってくるのは先ほどよりも長台詞。作業に区切りがついたらしい。
「終わったならさっさと教えるのじゃ! まったく、食いっぱぐれてもいいのかのう?」
「……倒れたら面倒が増えるのである」
 仕方ないと溜息をつくヴォールの腕を引き歩きだす。ヴィルマはアルバイトの身だが、仕事に慣れたころにはヴォールの食生活(休憩時間の管理)を押し付けられていた。
「だったらもっと自分から動けばいいのじゃ!」

 スタッフ専用の休憩スペースは、賄専用スペースと、カウンターを越しに隣接している。客用のメニューを運び出すカウンターは反対側となるように動線管理もされていて、やたら職場環境面におけるクオリティの向上が意識された作りとなっている。
 そんな厨房の一角で、今日も賄の女神ことシャーリーン・クリオール(ka0184)は腕を振るっている。

【メインプレート】
 旨味を凝縮した鶏のパテは食べやすく包んでスティックパイに、これは休憩時間でなくても軽く摘めるよう、切らさぬように気をつかっている。お供に添えるのはプックリと膨らんだポム・スフレ。軽い食感で手は伸ばしやすいのに、揚げた芋だからこそ想像よりも腹にたまる。

「今日のメニューも楽しみじゃの」
「ヴィルマ殿が一番か。毎度世話係もご苦労様だ」
 顔を出したヴィルマに微笑んで、すぐに出すからと続ける。嬉しそうに座るヴィルマとは正反対に、憮然とした態度のヴォールは一言も発しない。それでも同行者と同じ卓を囲む当たり、効率化を気にかけているのだろう。
(気を許しているようにも見えるが、実際はどうだろうな)
 尋ねても正確な答えは得られないだろうから、思うだけに留めておくシャーリーン。
(……ジャンクなものの方が好きそうだね)
 プレートの片方のスフレにはチリペッパーを使った特製辛うまスパイスを使用する。あえて『目をつぶって』振りかけたのはちょっとした悪戯心だ。
(焦った顔が見てみたいなんて、思っていないぞ?)
 素知らぬ顔で出しておいた。なお、他の皆に出す分はパプリカとハーブのミックススパイスだと補足しておく。

【セレクタブルスイーツ】
 作り置きに向かないピュイ・ダムールはもちろん休憩に入ったスタッフの食事進度を見て組みあげるのだが、だからこそ焼き上げたばかりのキャラメリゼ部分が味覚の扉を勢いよく開いてくれる。舌に残る余韻に浸る合間に届けられるオレンジの香り高さは、例え満腹に近くてもクレープ・シュゼットの皿を待ち遠しく感じてしまうだろう。
 頼めば勿論同じ皿に盛り合わせてもくれるけれど(もちろんアイス付きだ)、女神のオススメはどちらも出来たてを楽しむ一品ずつのゆっくりとしたコースである。

「ぶっふぉ!?!?!?」
「ちょっヴォール汚なっ!?」
 ヴィルマの避難が厨房に響いてくるが、誰もいない方に顔を背けて噴いたのだから、被害は一名だけで済んでいる。
「大丈夫ですか?」
 シャイネとフクカンがさっと片付けている。
「助かったよ二人とも。にしても……今日はそれほど凝った材料は使っていないのだけどね」
 嗜好にあうだろうと好意でやったことなので、シャーリーンは動じない。例え盛付け終わったプレートの完成系を見ていて、どれほどの辛味成分があると気付いていたとしても、である。
(皆は女神だと言っているがおかしいのである……我にはどう考えてもあたりが厳しいのである……)
 口の中が大炎上しているヴォールは涙目で睨むしかない。
「これを食べれば緩和されると思うのさね」
 さあ今日のスイーツを召し上がれ。言葉に添えられるのは、勿論女神の微笑みである。

「さいっこうなのじゃ……♪」
 至福の時間を味わう目の前に、未だ眉間の皺が取れない男の顔。折角のスイーツタイムが台無しである。
「ぐぬぅ」
「何を拗ねておるのかえ、ヴォール。頑張っているのじゃから今度我おすすめの林檎をお裾分けしようと思っているのじゃよ。それともシードルが良いかえ?」
「何ならシードルとジャムで特製シャーベットでも作ろうかね」
「美味しそうじゃな!? ……女神?」
 期待の眼差しで見上げてくるヴィルマに、もちろんと頷くシャーリーン。
「……別に林檎は好物ではないのである」
「いっそ賄い用で発注してしまえばいいんじゃないかい?」
 開発者の抗議は、楽し気に提案する弟の声にかき消された。

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  • 白き流星
    鬼塚 陸(ka0038
    人間(蒼)|22才|男性|機導師
  • 幸せの青き羽音
    シャーリーン・クリオール(ka0184
    人間(蒼)|22才|女性|猟撃士
  • 止まらぬ探求者
    天央 観智(ka0896
    人間(蒼)|25才|男性|魔術師
  • ユニットアイコン
    カイラリティ
    カイラリティ(ka0896unit009
    ユニット|幻獣
  • エルフ式療法士
    ソナ(ka1352
    エルフ|19才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    ユキウサギ
    バーニャ(ka1352unit001
    ユニット|幻獣
  • ジルボ伝道師
    マルカ・アニチキン(ka2542
    人間(紅)|20才|女性|魔術師
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    コシチェイ
    コシチェイ(ka2542unit001
    ユニット|幻獣
  • 其の霧に、籠め給ひしは
    ヴィルマ・レーヴェシュタイン(ka2549
    人間(紅)|23才|女性|魔術師
  • シグルドと共に
    未悠(ka3199
    人間(蒼)|21才|女性|霊闘士

  • 鞍馬 真(ka5819
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人
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    カートゥル
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  • 命無き者塵に還るべし
    星野 ハナ(ka5852
    人間(蒼)|24才|女性|符術師
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    ユニット|幻獣
  • 重なる道に輝きを
    ユメリア(ka7010
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ミリア・クロスフィールド(kz0012
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2019/04/05 12:02:02