芍薬の花が咲く頃に、想い伝えて

マスター:ことね桃

シナリオ形態
イベント
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
1~25人
サポート
0~0人
報酬
無し
相談期間
5日
締切
2019/05/06 15:00
完成日
2019/05/19 15:54

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●巡る季節と共に生きる伴侶を求めて

 桜が散り、静かに風が吹く5月。
 バレンタインデーと同じくリアルブルーの影響を受けたのか、
 6月に入籍すると幸福な夫婦になれるという伝承がクリムゾンウェストににわかに流れ始めた。
 もっとも富豪や貴族など地位の高い者にとっては
 家同士の繋がりや招待客の都合の確認、会場の手配などの都合もある。
 そういう人間の多くはとうに許婚の関係を結んでいるのだからほぼ関係ないのだが、一般人にとっては話は別だ。
 男達は花束や指輪を手に恋人に愛を語らい、女達はその身を美しく彩って来るべき日を待つ。
 つまりはプロポーズの時期が来たということ。
 リアルブルーと異なるのは、6月中に役場まで届け出ればいいということ。
 互いに了承の上で戸籍上結ばれれば良いのだから、既に結婚を決めている者にとっては気楽なものだ。
 既に婚姻届けの予定日を仲間内に報告している者もいる。
 邪神だの黙示騎士だのと物騒な話題が出ていてもやはり皆――少しでも早く幸せになりたいのだろう。


●やっぱりやってくるビッグウェーブ

 そんなある日――気がつけばこのビッグウェーブに乗らんとばかりに、
 帝国の大通りでも王国直輸入のドレスやアクセサリーが並ぶようになった。
『へぇ、人間ってのは変わったもんだねェ。ツガイを作るのに時期を選ぶなんて。
 獣達は体の都合ってもんがあるから仕方ないけれど、人間はいつだって次の世代を作れるんだろ?』
 精霊ローザリンデ(kz0269)がドレスの裾を揺らしながらショーウィンドウを覗き込む。
 するとその後ろでまた買い物に付き合わされているフリーデリーケ・カレンベルク(kz0254)がため息をついた。
『そればかりは仕方あるまい、人間というものは何かとゲンを担ぎたがるものだ。
 戦でも勝利を掴むためと言っては特定の飾り物を身に着けたり、
 出陣前に神や精霊や祖先に祈りを捧げるとかする。こういう人生の節目なら尚更幸福を願うのだろうよ』
『ふうん……アンタもそういうことをしたりするのかい?』
『私は……そうだな、罪人になる前は出陣前に祖先に名誉を取り戻すことを誓っていた。
 もっともその後はカレンベルクの名を穢したからな、友と祖先に赦しを請うために戦っていたようなものだが』
『いーや、そういう後ろ暗い話じゃなくて。今はそういうのはあるのかい?』
『い、いや……それは……』
 顔を赤らめて斜め下に顔を逸らすフリーデ。きっと何かあるのだろうとローザはにんまりした。
『まぁ、いいさ。それにしてもドレスってのもいつの間にやら種類が増えたもんだね。
 アタシが封印される前はなんだっけ……ああ、プリンセスラインとかいう重そうなものばかり見ていたよ』
『おそらく王国以外にも同盟や辺境やリアルブルーの文化が流入したんだろう。
 最近は膝より上の丈のものもあるようだし……身体のラインに自信がある者にとっては楽しいだろうな』
 そう言ってフリーデがそわそわと落ち着かない様子で窓の中のドレスを見ている。
 いずれもサイズは一般的な女性のものであり、肩や腕が露出しているものも少なくない。
『なんだい? じっと見て……ああ、ドレスを着てみたいのかい?』
『……そんなわけないだろう、私が。あんな甘ったるい装束など興味はない。
 私は甲冑を纏い斧を構えてこその絶火の騎士。あのように浮かれた服など……着られるものか』
 突然むっとしたフリーデにローザが(あぁ、やっぱり)とほくそ笑んだ。
『まぁ、サイズの問題はあるだろうがね。でも東方から入ってきた着物はどうだろうね。
 値が張るけれど、身体に合わせて作ってもらえば一生もんだってさ。
 袖の丈を変えるだけで祝い事ならどこにでも着ていけるし体型もある程度補正できるから、
 下手に白のドレスを買うよりも使い勝手がいいみたいだよ』
『……だから私には関係ないといっただろう。これ以上からかうつもりなら荷物を置いて帰るぞ!?』
 半ば声を荒げて買い物袋を地面に置く素振りを見せるフリーデ。
 ローザは慌てて謝ると近くの酒場でドワーフ領産の極上純米酒を一杯奢ると約束し、
 何とかフリーデの機嫌を直すことに成功した。


●目の前にあるもの

 さて。あなたの前には一枚の紙がある。
 それはいわゆる婚姻届というものだ。
 こんな紙切れ一枚で生涯の伴侶が決まるというのも何か不思議な気がするが……。

 これをどうするかはあなた次第。
 大切な人に想いを告げ、二人で書類を書き込んでもいいし。
 今はまだ、と机の中にしまい込んでも構わない。
 もしくはこんな書類がなくても共にあれば、と捨ててしまってもいいだろう。

 ――とにもかくにも。
 結末が迫っているこの世界。
 どのような道を選べど、終わるその前にあなたは誰かに何かを伝える必要があるんじゃないか?
 後悔のないように……心のうちを吐き出すのもひとつの道ではないかと私は思う。
 ここにもうひとつ、レターセットも置いておこう。
 遠くに大切な誰かがいるとしたら文に気持ちをしたためてみてはどうだろうか。
                                 ――お節介な誰かより。

リプレイ本文

●case1.星野 ハナ(ka5852)の場合

 ハナがいつも通り依頼を終えて帰宅した時、郵便受けに大きな茶封筒が挟まれていた。
(なんでしょうぅ、これぇ。ダイレクトメールにしては妙にシンプルですねぇ)
 なにしろ、封筒にはハナの住所と名前が書いてあるだけ。送り主の名は書かれていない。
 送り主がうっかり者なのか、それともただの悪戯か。
 とりあえずここでぼんやりしていても仕方ないと、彼女は自室でそれを開封した。
 茶封筒から零れ落ちたのは真っ白い紙と小綺麗な紙袋に入った何か。
 それを確認するなり彼女は眉を顰める。
「これは婚姻届と新品のレターセットですねぇ。
 でも婚姻届には何も書いてないですしぃ……手紙もなし、ですぅ」
 どう見てもラブレターにしてはやる気がなさすぎる。
 送り主がわからない以上、突き返すこともできないのだから困ったものだ。
 しかし新手の悪戯にしては手間がかかり過ぎている。
 一体送り主は何を考えてこんなことをしたのやら。
 だがポジティブなハナはそんなことを気にしない。
 テーブルに茶封筒を置くとまずは依頼で疲れた身体を労ることにした。
 今は5月、昼の陽光は日を重ねるごとに熱を孕む。だから今日はぬるめの湯で十分だ。
 早速身体を洗い湯船に身体を浸すと……ハナは先ほどの「婚姻届」を思い出す。
「……結婚かぁ。それはまぁ、私にだって気になる人はいますけどぉ。
 でも婚姻届なんて龍園じゃ絶対要らないものだと思いますぅ」
 何しろ龍園と西の国々との本格的な交流が始まったのはここ数年のことであり、行政の在り方も異なる。
 ましてや彼女の想い人は龍園でも守りの要となっている人物だ。
 もし結婚に漕ぎつけられたとしても龍園の習わしに則り、先方に嫁ぐ形となるだろう。
 それにレターセットだって使わない。
 オフィス経由で送るより、自分が直接転移門で龍園に行った方がよほど早いからだ。
(龍園はそれだけ遠いんですよねぇ……。でも隊長さんに私の気持ちを伝えたい。
 それに手紙なんかじゃ隊長さんの身体に触れることができませんものぉ。直接会わないと駄目なんですぅ!)
 そう気合を入れ直すハナは術士でありながら健康美に恵まれている。
 しかし彼女の想い人もまた、鎧を着ていてもわかるほど精悍で明るい生気に溢れていた。
(やっぱり筋肉は別腹ですよねぇ。男性がつい女性のお尻や胸に目で追いかけちゃうのと同じ。
 格好いい筋肉を見てつい、
 ぺろぺろはぁはぁくんかくんかしたいって思うのは恋愛とは別の生理的欲求だと思うんですぅ)
 となれば彼への感情は何なんだろう。恋、それともフェティッシュな欲望を含んだ憧れ?
「……衝動って怖いね☆」
 湯上りに茶目っ気たっぷりに呟き、ルームウェアに着替えるハナ。
 そしてミルクを飲みながらもう一度婚姻届をまじまじと見つめる。
「そういえばこっちの婚姻届もリアルブルーの日本と同じで氏名欄が2つだけなんですねぇ……」
 つまり伴侶は基本的に1人ということ。
「まぁ、それは問題じゃないですねぇ。こう見えても私、2人同時に追っかけたことはないんですぅ。
 きちんと振られるか諦めるか。他人にはわからなくても、自分の中ではきちんと折り合いをつけてきたんですぅ」
 だからきっかけはどうあれ「隊長さん」を追うことに迷いはない。
 今は龍園の護り手として懸命に戦う彼を追って、愛を囁いて。
 ……自分の丹精込めた料理で心を温め胃袋を掴んでみたい。
 例え自分の言葉があまりにもエキセントリックで彼がドン引きしたとしても。
 それでもいつかはあの大きな手をとって微笑みあいたい。
 それは衝動だけで片付く感情じゃないと思う。
 つまるところ筋肉は彼の中の魅力のひとつで、本当は……と願ってしまうのは我儘だろうか?
「……6月でなくても結婚したいですぅ」
 思わず漏れるため息。まずは彼に会わなければどうしようもない。
(そうだ、近いうちにオフィスで龍園からの依頼がないか確認しましょうぅ。
 そうしたらぁ、隊長さんに挨拶……できたらいいなぁ……)
 ぼふ、とベッドに身体を横たえるハナ。明日は何が待っているだろう。
(今は邪神との戦争で隊長さんも忙しいだろうから……もし困っていることがあるなら助けたいですぅ。
 ……私にできることは全部してあげたい……)
 うとうとしながら彼の無事を願うハナ。
 しかしその想いが脳に焼き付いたのか、夢で「隊長さん」の逞しい筋肉に存分に触れるという至福を味わった。
 勿論起床した瞬間に口元の涎に気づき、ハナが頬を染めたことは言うまでもない。


●case2.カーミン・S・フィールズ(ka1559)の場合

 カーミンは情報屋を兼業しているハンターである。
 今日も拠点としている酒場船で一通りの情報収集を終えて常宿に戻った時、
 卓上に一枚の紙を見かけるやすぐさま「何の情報かしら」と手に取った。
 だがそれは何も書かれていないただの婚姻届。
 彼女はしばし時が止まったように動きを止め……やがて脱力してため息ひとつ。
「これ、何……悪戯か何かなの?」
 カーミンはそれを雑紙用のボックスに放り込むと、代わりに引き出しから旧い結婚指輪を取り出した。
 それは彼女にとってかけがえのない母の形見。
 ――繊細なラインを描く小さな円環を見つめ、自分がハンターを志した理由を思い出す。
(私が幼い頃、パパの話をせがむと母はいつも困ったような顔をした。
 だからいつか私もパパの話を控えるようになった。
 だけど母が亡くなった後に、パパがどこかで生きていると聞いて……)
 どこにいるかわからない父の捜索を他人任せにすることはできなくて。
 だからハンターの道を選び、情報屋として父の情報を集め続けた。
 しかし今も噂レベルのぼんやりとした情報が多く、彼の行方はわからない。
「この番いの指輪なんて、もうパパの手にはないのかもしれない。きっと邪魔なのよ……指輪も、私も」
 無意識に発した呟きはあまりにも苦い。カーミンは指輪をいつもの引き出しに戻した。
 そして重い気持ちを断ち切るため、武器の手入れを始める。
 あらゆる戦況に対応するため集めた武器は数が多く、管理するだけで一苦労。
 それでも彼女は刃を丁寧に磨き、弓の弦をしっかりと引き締める。
「6月の花は紫陽花……花言葉は移り気、無常。それってパパと同じよね。あるいは、私も。
 でもきちんと手入れした武器と磨いた『武技』は裏切らない。信頼できるもの」
 その武技を学ぶ地・訓練所の主をカーミンは思い出した。
 いつもぶっきらぼうで、敵を屠ることを生き甲斐としている剣呑なスカーフェイス。
 でも先日の人魚の島では……彼の別の顔を垣間見た気がする。
 あの日、カーミンは海で命を落とした者達へ花束とフルートの音色を贈った。
 そこで普段は無表情な彼が穏やかに笛の音色に耳を傾けてくれて、ほんの少し会話もして。
 そして最後に……彼は不器用に「……そうか。なら、俺にもまだチャンスはあるということか?」と呟いた。
 それを思い出すたびに頬が熱くなり、心が騒めいて作業が覚束なくなる。
 カーミンは今回も仕方なく作業を中断し、武器を一旦壁に立てかけた。
(あなたは戦場で己を鍛え上げた生粋の武人。その力は絶対にあなた自身を裏切らない。
 でもそんなあなたの心には……どんな花を咲かせているの?)
 まずは落ち着かなければ。彼女が帰宅の道すがら購入した芍薬を花瓶に生けはじめた。
 やはり花は良い。生けている間、その可憐さを無心に愛でられる。
 そんな芍薬の花言葉は「はじらい」と「慎ましさ」。今の自分の心境に相応しいと思う。
 しかし赤い芍薬には「誠実」という言葉も含まれていることも知っている。
 ――その時、彼女は気づいた。紫陽花にも色によって別の言葉が秘められていることに。
「……そういえば、桃色の紫陽花は『元気な女性』、
 青い紫陽花は『辛抱強い愛情』という意味もあるんだっけ……」
 6月の花は紫陽花。戦場を駆ける彼には情熱的な赤も似合うけれど。
 普段は静謐でありながら全ての存在を見守る空のような青も似合いそうな気がする。
(ねえ、あの時の言葉の意味を教えてくれないのはあなたなりのはじらい? それともただの冗談なの?)
 考えを深めるほど、かぁっと頬が熱くなる。
 きっとあの瞬間、自分にとって彼は「特別」になってしまったのだろう。
(全く……厄介な相手よね。私にとってのシクラメンになっちゃったじゃないの……)
 シクラメンの花言葉は遠慮、気後れ、はにかみ。
 特別だからこそ、カーミンは今の関係が壊れないよう気後れするばかりだ。
 そんな中でもなんとか仕上げられた芍薬のアレンジを窓辺に飾る。
 大輪の芍薬がしっかりと纏まり、部屋を明るい雰囲気にしてくれるのが何とも嬉しい。
 ――その時、窓から見える風景は夕方ならではの淡い紫色に染まっていることにカーミンは気づいた。
 赤でも青でもない、曖昧だけど優しい色。無常の紫陽花の色だ。
「曖昧な優しさって一番困るんだから……パパの情報にしても、彼の言葉にしてもね」
 もっとも、腕利きの情報屋である自分にしてみれば思案する事項がひとつ増えただけのこと。
 明日もいつも通りの私でいくだけ。カーミンは何度も自分に言い聞かせ、カーテンを閉めた。


●case3.Gacrux(ka2726)の場合

 ここはとある教会。
 Gacruxがシスターに「今、お邪魔しても?」と尋ねると、「どうぞ、ごゆっくり」と礼拝堂に案内された。
 今日はミサが行われないこともあり、室内は温かな光に満たされているものの無人で静まり返っている。
(……物思いに耽るには良い環境だな、ありがたい)
 そこで彼はまず作法として内陣の前で跪くと手を組み、祈りを捧げた。
 ――どうかこれからここで願うことを許してほしいと。
(俺はかつて独りでした。しかしとある歪虚の言葉に救われました)
 彼の脳裏に浮かぶはかつて共に邪神へ抗った仇花の騎士の、どこか寂しげな笑顔。
 身体こそ歪虚でもその心はあくまでもヒトであり、明るく優しく最後まで清廉な心の女性だった。
 しかし邪神に抵抗したがゆえに今、彼女はこの世に存在しない。
 彼女が抱えていた哀しみを最後まで打ち消すことができなかったことがただただ悔やまれる。
 だが彼はその懺悔に終わらず、祈りを続けた。
(今は彼女をもとに造られた歪虚クリュティエが黙示騎士として、俺達の前に現れています。
 しかし彼女は無暗な戦を望まないと言っていました。
 あの歪虚の想いと悲しみをクリュティエが抱えているのなら……彼女への恩を俺はまだ捨てられません)
 今でも鮮烈に思い出せる、クリュティエとの邂逅の瞬間。
 グラウンド・ゼロを散策する彼女に出会い、語り合ったことを噛みしめるように思い出す。
(……あの日、クリュティエは俺の気持ちを受け止めてくれました。
 おかしなことです、人間の俺は想いを受け止める術すら知らなかったのに……。
 歪虚のクリュティエは俺を否定しませんでした。俺はあの歪虚から、大切なことを教わった気がしました)
 そこまで独白し、彼は顔を上げた。
 礼拝堂に射しこむ陽光に思わず目を細めるも――
 ステンドグラスの中で微笑む神と天使たちが表情ひとつ変えずに彼を見下ろしている。
(ああ、そうだ。これ以上は詮無きこと。
 これからの答えを見出すには交渉にしろ戦闘にしろ俺達が真摯に立ち向かうしかないのだな)
 そう気づいた彼は苦笑すると組んだ指先をほどき、一礼して退がる。
 そして礼拝用の椅子に座り、静かに想いを馳せた。
(クリュティエ、貴女が口もとを仮面で覆っているのは
 邪神が統べる永遠の世界が悲しいものだと知っているからではないか。
 俺はそんな貴女が傷つき、苦しむ姿を見たくない。
 邪神の負債を自分の中に抱えて、ひとりで背負い続けて……本当は辛いんだろう?
 もう、荷を降ろしていいんだ。解決策を求めるなら、協同し探せばいい)
 それは神頼みではなく、彼の純粋な願い。
 先日再会した時に彼女は自分自身を「邪神の目的を果たすために遣わされたモノ」と称していたが、
 あれだけの寛容な心を持つ存在が邪神の道具にされてたまるものかと彼は強く思う。
(クリュティエは戦の種を断つために戦うと言っていた。
 それなら……せめて彼女を邪神から引き離したい。
 何らかの希望を彼女に与えることができることができれば……きっと理解できるはずなんだ。
 クリュティエの望みはできる限り犠牲少なく俺達を仲間とすることなのだから。
 この世界の仲間として共にある道さえ見つければ……)
 とはいえ、もう邪神と直接刃を交わすまでさほど時間がない。
 それまでにどれだけクリュティエと言葉を交わす機会があるのだろう。
 そして頑なな心を解く手段を見つけられるのか?
 しかし悲観するのも時間の無駄だと彼は椅子から立ち上がった。まだ自分にできることがあると信じて。
 そしてGacruxは神ではなく、どこかで今も苦悩しているであろうクリュティエに向けて祈りを捧げた。
(クリュティエ……貴女は俺の気持ちを利用しなかった。だから俺はまだ、貴女を信じていたい)
 その時、背後から軋む音がした。礼拝に老夫婦が訪れたのだ。
 これ以上ここで想いに耽るのも野暮だろうと彼は軽く会釈し、外に出る。
 ――5月の空は高い。まだこの世界に未来があると信じたくなる明るさに満ちている。
(必ず救済の道はあるはず。貴女は貴女自身の本心を見つめて、新しい道を見出すべきなんだ。
 いつかその仮面を外し、全ての想いと願いを吐露して。
 あの哀しみが全て昇華される日を俺は貴女とともに迎えたいんだ。……どうか)
 眩しい光を避けるように、帽子を被り直すGacrux。
 彼は教会を振り返ることなく、街の雑踏へと姿を消した。


●case4.リアリュール(ka2003)の場合

「リアリュール、コノオ茶トッテモ綺麗ナノネ。野菊ガ広ガッテ良イ香リガスルノ!」
 硝子のカップにふうふうと息を吹きかけて、にっこり笑う花の精霊フィー・フローレ(kz0255)。
 リアリュールはその笑みに安堵し、自分用のカップに口をつけた。
 ここは帝国の自然公園。
 先ほどまで花の植え込みや枝の剪定を行ったふたりは公園のベンチでティータイムを楽しんでいる。
 リアリュールが用意した野菊茶は香り高く、すっきりした味。
 しかも作業で体の火照ったふたりにとって、体を冷やす効果のある野菊茶は何とも心地が良い。
 だがこの公園は昔と異なり、今は数えられる程度の精霊しか住んでいない。
 もっとも自然精霊は生まれた地に強い想いを持つため、世界の危機となれば帰郷は当然といえた。
(邪神との戦いが迫っている……精霊様方も故郷を護るために頑張っておられるのね。
 皆様がご無事であれば良いのだけれど)
 その寂しげな瞳にフィーは何かを感じたのだろう、
 カップをベンチにことりと置くと、リアリュールの膝に抱き着いた。
「あら、どうなさいました?」
「ウフフ、リアリュールニナデナデシテモライタイノ!
 今日ハオ日サマノオカゲデトッテモフワフワナノヨ!」
「それは光栄です、フィー様」
 柔らかなフィーの毛を撫でると、ふわりと花の香りが漂う。
 フィーは目を細めて「モット、オネガイ」と甘え始めた。その姿にリアリュールも微笑む。
(ハンターになって恋という意味で心動かされることはなかったけれど、
 思いがけずかわいい精霊様のご縁を戴けたのが光栄ね)
 なでなで。ふわふわ。もふもふ。
 太陽の光をたっぷり浴びたフィーは洗いたての子犬のよう。
 そしてここまで心を許すようになったことにリアリュールは穏やかな喜びを感じていた。
 かつてのフィーは歪虚だけでなく人間にも恐れを抱いていたが、
 リアリュールをはじめ多くの友達ができたことで笑顔を取り戻し、今は人間と未来を歩み始めている。
 その背中を押す力のひとつになれたのなら……それは自分の中の誇りのひとつになるだろう。
 だがフィーが突然目をぱっちりと開くとリアリュールの膝に両手をのせ、小さく肩を震わせた。
「ネ、アノネ、アノネ……怖イ子ガコノ世界ニ来ルッテホントナノ?」
「……! それはどこで聞かれたのです?」
「コノ前、軍人サンガコソコソシテタノ聞イタノ。リアリュールモ怖イ子退治ニ行ッチャウノ?」
「それは……」
「アノ子、スゴク強イッテ。私モ皆ヲ守リタイノニ……役立タズデ……」
 フィーの体は歪虚の攻撃をまともに受けるだけで消滅しかねないほど脆い。
 そのため前線に出ることを周囲から案じられ、後方支援に専念するしかないのがコンプレックスになっている。
 そんなフィーをリアリュールが抱きしめた。
「大丈夫ですよ、フィー様。
 今までたくさんの悪い子や怖い子が現れましたけれど、皆で力を合わせて討伐してきました。
 私も必ず帰ってきますから。
 その時はこの公園にたくさんのお花を植えて、帰ってきた精霊様やお友達を驚かせましょう?」
「ン……」
「それにフィー様は皆から愛されているんです。
 それなのにすぐに動揺なさっては皆が心配してしまいます。
 もっと自信を持って。フィー様の力は治癒の力だけではないのですから」
「……治癒ジャナイ力?」
 首を傾げるフィーのカップにリアリュールが花茶を注ぎ足す。
 すると再び優しい香りが漂った。
「ええ。フィー様のお花のように静かに薫って存在を感じさせてくれるだけで、
 緊張したり不安だったりした心がほぐれるのです。
 金縛りが解けて、自然に力が抜けて前に進めるような。だからフィー様には笑って私達を見守ってほしいです」
 その言葉にフィーがポロポロと涙を零す。
「アリガト……リアリュール。私、皆ヲ応援スル。元気ニ……笑ッテ」
「私も、例え躓いても花雫を手にフィー様方を思い浮かべます。
 私の心の中に住んでいるフィー様は安らぎをくださる。
 ですからその安らぎをもっと多くの方に……それは皆を支える勇気にもなりましょう」
「ウン……ウン……!」
 リアリュールの胸に輝くのはかつてフィーが精霊達と力をあわせて作ったペンダント。
 ずっと忘れずに、心はいつも傍に――。それを見てフィーは何度も頷いた。
「私達もフィー様にお返しができたらと思っているのですから、決して死ぬことはありません。
 だから信じて、笑っていて」
「約束ダヨ。リアリュール達ガ会イニ来テクレルノ、ズット待ッテルカラ!
 ソレニオ返シナンテイラナイノ……ダッテ私達、モウオ友達ナンダモノ。ソウデショ?」
 そう言って小さな小さな小指を差し出すフィー。その瞳にもう涙はない。
「……それはそうでしたね。それでは改めてお約束しますよ。ゆーびきーりげんまん……」
 小指を絡め合うとふたりは揃って無邪気な笑顔を浮かべる。私達はずっと大切な友達だよ、と。


●case5.白樺(ka4596)の場合

 白樺が珍しく男性めいた格好で街を往く。
 彼が纏っているのはシフォンブラウスにパンツを合わせ、
 レースアップブーツを組み合わせた大人っぽいコーディネート。
 長い髪をうなじで纏めるリボンの色は――あのひとの瞳と同じ、紫。
「シロ、ちょっとは王子様みたいかな?」
 ショーウィンドウの前でくるっと一回転。
 ゆるくウェーブがかったハニーブロンドがふわりと浮けば、まるでその様は妖精の王子様。
 そんな彼は一軒の家にたどり着くと、ドアをノックした。
 玄関から戦友の澪(ka6002)と、その奥から濡羽 香墨(ka6760)が顔を出す。
「……白樺? ちょっとびっくり。いつもと感じ、違う」
 きょとんとした澪。白樺がふふっと笑う。
「うん、今日はちょっとね。それよりふたりにいつものお礼がしたいの。良かったらお部屋に飾って!」
 両手に抱えた花束をそれぞれに手渡す白樺。
 澪に愛らしいベルフラワーに花言葉「感謝」を綴ったカードを添えて。
 香墨に鮮やかなローダンセに花言葉「変わらぬ思い」「終わりのない友情」を綴ったカードを添えて。
「白樺……ありがと。嬉しい。これからも、よろしく」
 普段表情が控えめな香墨が微笑んで、花束を優しく抱きしめる。
 澪も「可愛い……ありがとう」と微笑んだ。すると白樺が慌てて首を横に振る。
「ううん。だっていつも澪の刀に守ってもらっているし、
 香墨が傍にいてくれるおかげで協力して皆を支えられるんだもん。
 シロはいつもふたりにありがとうって改めて言いたかったの!
 だから喜んでもらえて嬉しいの。……それじゃ、またね!」
 可愛らしい笑みを浮かべ、ぺこっと一礼すると帝都の大通りに向かう。
 ――今日は待ち人がいる忙しい日だ。
 時計台を見てまだ時間に余裕があると思いきや、そのひとは花嫁のようなドレス姿でベンチに座っている。
「ごめん、ローザ。待たせちゃって……」
『いいや、アタシも今来たところでね。
 それよりも今日は男っぷりが上がっているじゃないか、何があったんだい?』
 見た目にそぐわぬ男勝りな口調。
 可憐な白樺とはある意味対にある気質の精霊ローザリンデ(kz0269)は立ち上がるなり、彼を抱きしめた。
「え、だって。それは……ローザとのデートだもの。
 シロは可愛いけど男の子なんだから、恰好よくなることもあるんだよ?」
『そうか、それは嬉しいね。
 可愛い顔もちょっと大人びた顔も白樺の顔なんだね。もっと白樺の色んな顔を見たくなるよ』
 その時、鮮やかな蒼と紫のリボンが彩る髪飾りが彼女の髪に飾られていることに白樺が気づいた。
「あ、プレゼント……着けてくれてるの嬉しいの♪」
『ああ、これはあたしの宝物さ。それにこのリボン、白樺が結ってくれたんだろう?』
 それはローザの誕生日に手紙とともに贈ったもの。
 蒼は白樺の左の瞳、紫はローザの瞳の色。それが優しく絡みあい、銀の薔薇に夜明けの色を彩っている。
「うん。少し大変だったけど、シロ頑張ったの」
『ありがとね、今まで様々な供物を与えられてきたけれど……
 こればかりはマテリアルなんかに変えられない。ずっとあたしを護ってくれるアミュレットだよ』
 ローザの笑顔に白樺が微笑み返す。
(だって「離れていても貴女を護れますように」という想いを込めたんだもの。だから……)
 互いに想いがあふれ心が温かくなるのを感じたその時、白樺が華奢な手でローザの手を包み込んだ。
 何しろ光の精霊であるローザが顕現していられるのは基本的に夕方まで。
 限られた時間でデートを楽しむしかない。
「それじゃ、そろそろ約束の時間だしお出かけしよっ♪」
『ああ、白樺のお気に入りの店をたくさん教えておくれよ』
 ――そうしてふたりは大通りをそぞろ歩く。
 白樺が時折訪ねる服飾店のショーウィンドウ。
 そこには様々なドレスが並び、ガラスに飾られたリボンに
「Happy June Bridal」と可愛らしい文字で綴られていた。
(ジューンブライド……ドレス、綺麗だろうなぁ……)
 白樺が心の中でふいに呟く。
 可憐で華奢な彼がドレスを纏えばきっと誰もが振り返る美少女に見えるだろう。
 しかし彼が想像したのはローザの姿だった。
(早く大きくなりたい……。でも、シロは人間だから精霊のローザとは流れる時間が違うの。
 だから少しでも長く傍に居られるようにゆっくり大人になるの。
 少し待たせちゃうかもしれないけど……必ず幸せにするから)
 無意識にローザの手をしっかと握る白樺。
 ローザは彼が真剣なまなざしをショーウィンドウに向けていることに気づくと
『大丈夫、アタシは待つのが得意なんだ。
 だってあの森で数百年……白樺たちが助けてくれるまで祈っていたんだからね』と呟いた。

 それから白樺はローザに気に入りの店を案内し、互いに「好きなもの」を教えあった。
 初めて見るものや、実は互いに惹かれていたもの、まさかと思えるようなものまで。
 今まで知らなかった恋人の側面を知ることは嬉しいもの。
 ローザは白樺の好きな菓子を購入すると、いつもの自然公園でふたりでそれを分かち合う。
 そこで白樺が菓子をローザが食べやすいように供物として捧げると、
 菓子が光の粒子となって彼女の体に吸収されていった。
『マテリアルっていうのは不思議なもんだね。
 白樺に貰ったものは何でも強い力になっている気がするよ』
「シロだってローザと一緒にお食事するの好きだよ?
 だってお日さまのいい匂いがしてね、
 シロのお話をいっぱい楽しそうに聞いて、いっぱい色んなことを話してくれて。
 心がぽかぽかするんだもの。だから今日、幸せをくれたお礼に……これ、受け取って!」
 ローザが菓子店にいる間にこっそり白樺が向かいの花屋で購入していた花束を差し出す。
 白、赤、桃色の芍薬に空色のリボンを結んだ鮮やかなブーケ。
 まるでそれは花嫁に渡されるような豪奢なものだった。
「もうちょっとだけ……待っててね?」
 それはとっても意味深な一言。だからこそローザは。
『ああ、それまで必ず待ってるよ。白樺、アンタは律儀な男だからね。……信じてる』
 その答えに返事をするように、白樺はローザの髪に柔らかなキスをした。


●case6.澪と濡羽 香墨の場合

 先ほど白樺から受け取った花束を花瓶に生けつつ、
 澪は親友の香墨に最近起こった不思議な出来事を話し始めた。
「3日前。郵便受けに大きな封筒が入っていたの。それが、これ」
 香墨の前に広げられているのは、いわゆる婚姻届。香墨も首を傾げ、同じものを鞄から取り出す。
「私のところにも。同じものが。届いた。……でも。送り主の名前。書いてないし。悪戯……だと思う」
「そうだよね。最初は私、何も言えなかった」
 ベルフラワーとローダンセを揃いの花瓶に生けて、出窓に飾る澪。
 しかし彼女の表情はどこか複雑で、書類の扱いに困っているようだ。
「私も香墨も成人前だし。いきなり貰ってもね」
「うん……」
 淹れたての緑茶に口をつけ、香墨が俯く。
 今日はいつものように遊びにきただけで、互いに口数が少ない身ながらも――
 傍にいるだけで何となく楽しくて幸せを感じられたはずなのだ。
 それなのに紙切れ一枚でここまで悩むことになるとは思ってもみなかった。
 何しろ香墨は過去に差別主義者から「鬼だから」と暴力を振るわれ、
 歪虚どころかヒトにも嫌悪を示すほど世間を憎んでいた。
 それゆえに結婚とは一生涯縁のないものと思っていたのだ。それなのに……。
 その切ない表情に気づいたのか、澪は3段の重箱を机に置く。
「ね。この書類のこと、気になるけど。
 もうそろそろお昼だし。今日はたくさん作ったから。遠慮なく食べていって」
「ん。ありがと、澪」
 重箱の中身は澪が香墨の好物を揃えた一方で、彼女のために栄養バランスも考えた手作り弁当。
「お茶の他にお味噌汁も用意した。香墨にはまず栄養をつけて元気でいてほしいし。ね」
 そんなふたりは料理を前に手を合わせ、黙々と箸を動かす。
 特に会話を交わさずとも食事が幸福な瞬間に感じられるのは気のおけない友だからなのだろう。
 しかし澪は山菜入りの味噌汁を啜りながら、ちらりと香墨を見た。
(……気になる相手。ずっと一緒と願う相手。そう思える人はいる……。
 けど、こう形に残すのは考えてなかった……)
 机の脇に置かれた婚姻届の存在がどうしても気になる。
 わざわざ籍を入れずとも、ルームメイトという道がある。でももし本当に祝福されるのなら。
(香墨は、どうなんだろう……?)
 目の前の香墨は「……ん、菜の花のおひたし。おいしい」と小鉢をつついてる様子。
 澪と相棒のユグディラにしか見せない無邪気さだ。
(教えてほしい。香墨の。本当の気持ち)
 もう長いこと共に戦ってきたし、共に遊びに興じたこともある。そして長き別れに涙した時期もあった。
 ようやく帰ってきてくれた香墨とは既に「親友」という言葉で落ち着く関係ではないと澪は思う。
 その時――香墨が茶を一服し、少し間を置いてから口を開いた。
「……澪。格好いいこととか。すごいこととか。あんまり言えないけれど」
「うん」
「澪とはずっと。いっしょにいたい。護りたいし。支えてほしい」
「……!」
 思わず箸をぽろっと机に落とす澪。慌てて拾うと頬を真っ赤に染めた。
「……わ、私もっ! ……香墨と、一緒に、いたい……」
 普段はクールな澪が頬をこれでもかというほど上気させる。
 頭から湯気が出ているのではないかと思うほどくらくらする中で、ようやく言葉を紡ぐことができた。
 そこに香墨が畳みかけるように。
「……変かもしれないけれど。丁度、こんなのも。あるみたいだし」
 澪の前につい、と出す2枚の婚姻届。
 今はまだ提出できないけれど、ふたりの名前を書いておくのは問題ないはずと香墨が言う。
「あと……これはひとつのお守り。
 どちらが欠けても。結婚できないから。だから。ふたりで書き合って。互いに持つの」
「互いに?」
「そう。どんな苦しい戦いが待っていても。これを見る度に。
 ふたりで必ず生き残らなくちゃって。思うでしょ。平和になった世界なら。温かい家庭を築けるはず」
 そう提案する香墨の顔に迷いはなかった。
 ただ目の前の最愛のパートナーが傍で静かに微笑んでくれるだけで自分には過ぎるほどの幸せだと思う。
「……私も、そうしたい……香墨と……!」
 澪のこみあげてくる気持ちが温かい涙になって、何度ハンカチで抑えても流れだしてくる。
 こんなに泣いたのは半年前の別れの日以来だ。
 早速空になった重箱を下げると、ふたりは一筆一筆丁寧に名前を記す。
 そして雑貨屋で綺麗な封筒を購入すると、記入済みの婚姻届を入れて交換した。
「これで私達……親友じゃなくて、婚約者になったね」
「……ん。ちょっと変わった関係かもしれないけど。きっとそれが私達の幸せ」
 香墨がほのかに笑う。澪はそんな優しくて不器用な恋人を例え何があろうと支え、守り抜こうと決心した。


●case7.百鬼 一夏(ka7308)の場合

 ある朝、一夏のもとに故郷の母からの手紙が届いた。
「大きな封筒……なんだろ、写真か絵でも入っているのかな」
 紅く大きな瞳をぱちくりとさせたものの、とりあえず丁寧に開封する。
 すると一枚の書類と一筆箋にさらりと書かれた母の手紙が机に舞い落ちた。
「書類? 何か申請し忘れたことあったっけ……って、えええっ!? これ婚姻届じゃないっ!」
 年頃とはいえ、まだときめくほどの相手に巡り合えていない一夏である。
 正直わけがわからないと、手紙をまず読むことにした。
【ハンターはイケメンが多いそうね、貴女を好いてくれる貴重な人がいたら必ずゲットしてくるのよ! 母より】
「大きなお世話っ!!」
 ――だんっ!!!
 そこで思わず力いっぱい机を叩く一夏。うっかり覚醒などしていようものなら机が粉砕されたに違いない。
 そしてこんなことのためにわざわざ役場を訪ね手紙を書いたのかと思うと、そのお節介ぶりに頭が痛くなる。
(お母さん……私、恋人なんていたことないの知ってるでしょ?
 だから手紙に「貴女を好いてくれる貴重な人」とか失礼な書き方するんだよね?
 ……うん、そういう性格だってことはわかってる、何も考えないんだもんね)
 とりあえず冷静にならなければと一夏は息を整えつつ、封筒に一旦それを全て戻して机の奥にしまい込んだ。
 しかし――それでももやっとする感情は残るもので。
 折角天気もいいことだし体を動かそうと、一夏はせっせと布団一式を干しながら心の中で叫んだ。
(正直、お母さんって何も考えてないよね! 私のお母さんだからね! 勢いだけで生きてるよね! 知ってた!)
 そして綿を打ち直し始める。近所迷惑にならないよう、軽くぽふぽふと。
「……それは私だって結婚というものに憧れはあるけど。この間先輩が結婚したところだし、意識はしているけど」
 シーツが風でゆったりと揺れる。打ち直しが終わった一夏はそれをぼんやりと眺めながら縁側に腰をかけた。
「でもね、お母さん……恋って急いで見つけるものでもないよ。きっと」
 布団がたっぷりの日光を受けてゆっくり膨らむように、恋もじっくり想いを育むものなんじゃないかなと一夏は思う。
 もちろん一目惚れというものがあるのは知っているけれど、そればかりは巡り合わせだ。
「それにこれから戦いも激しくなるだろうし……そうなったら恋人探しどころじゃなくなるもの」
 今は依頼を受けながら体を鍛えることで精一杯の一夏。
 実力は中堅どころに至ったが、自身が目指す「誇れる憧れのヒーロー」になるまでの道程はまだ遠い。
「お母さん、私は今は恋よりも里を助けてくれた先輩を目指したいんだ。
 歪虚を倒すだけではなくて、人の心も助けられる。そんなハンターになりたい」
 一夏がにわかに頭の宝冠を外し、柔らかな布で磨き始める。
 打ち直しで小さな埃がうっすらと着いてしまったのだ。
 この冠はかつて気弱だった一夏に先輩ハンターが「勇気を出せるように」と贈ってくれた宝物。
 自分の行く先を示してくれる灯火なのだから無碍にできるわけがない。
 ――まずは自分が先輩のような一人前のヒーローになってから。
 そうして多くの戦場を駆けるうちに何かしらの縁があるかもしれない。
(……戦場でのドラマティックな出会いがこれからあるかもしれないし。
 それに戦友から信頼できるパートナーにっていう道もあるかもだし。本当は胸きゅんな恋をしてみたいけどね)
 そこで十分に埃を払った冠を被り直すと、大きく伸びをして祈る。
(これから戦いが厳しくなるのはわかってる。……だから、窮地で私を助けてくれる王子様! ふってこい!)
 もっとも彼女の覚醒時の姿は角と牙が大きくなり、爪が鋭く伸びて身体に紋様が浮き上がる雄々しいものだ。
 どうか格好良い女性やギャップが大きい女性がタイプの素敵な王子様がふってきますように。
 そんなことを考えながら、一夏は今日も元気いっぱいにトレーニングを開始した。


●case8.アルマ・A・エインズワース(ka4901)の場合

「フリーデさん、わふーっ!!」
『うおおおっ、またこれかーっ!!』
 ここはコロッセオ・シングスピラの一室。夕闇が藍色に染まりつつある頃。
 先日物置から引っ越したばかりのフリーデリーケ・カレンベルク(kz0254)の部屋に突撃する(といっても彼は紳士なのでドアのノックはした)アルマは驚くフリーデにいつもの流れでキャッチされると軽々と担がれ、ソファにぽふんと座らされた。
 キッチンから冷たい珈琲を2つのグラスに注ぎ、机に並べるフリーデ。
 その瞳は明らかに動揺している。
 何しろ新しい家具で荷ほどきしていないものがいくつもあるのだ。
 恋人にごたついた部屋を見られるのは何とも恥ずかしい。
『な、何だいきなり。これから依頼でも?』
 一旦グラスを傾けてから赤面したまま問うフリーデ。冷静な素振りでも恥じらいは隠せない。
「んーん、今回は毎度のごとく突発デートなのです。
 フリーデさん、今日はもうお出かけにならないと軍人さんから聞いたので!」
『なっ! ……その、デートといってもだな……私はその、この通りの格好だし。
 酒場は安い店しか知らんし、娯楽もさほど詳しくないぞ?』
 遠慮がちにいつもの黒い革鎧を叩くフリーデ。だがアルマは珈琲をこくんと飲むとにっこり笑った。
「僕、フリーデさんとだったら特別な事がなくても楽しいです!」
『む、むぅ……』
 腕を組み、顔を顰めるフリーデ。これは本当に困っている様子ではない。
 単に自分の感情に素直になれない時に彼女が無意識にとる仕草だ。それをアルマは知っている。
「大丈夫ですー。今日はフリーデさんがよくご存じの場所に行くだけですから!」
『そうなのか?』
「ええ、ここから近いのでちょっとお散歩する感じで。今日は少しは息抜きしませんと!」
『わかった……そうだな、お前も働きづめだもんな。たまにはゆっくりするのも悪くない』
 そう言って空のグラスを洗うフリーデ。
 少しずつ人間らしい生活に馴染む様が微笑ましく、アルマはその背を優しく見守っていた。

 そしてアルマが案内した先は――アルマとフリーデの出逢いの地・コロッセオ裏の自然公園だった。
『……? ここでいいのか? 今は精霊達も多くが眠っているし、花もよく見えんが』
「今だからいいんです。だってここ、夜は静かで――そして僕らの始まりの場所じゃないですか」
『……そうか、そうだったな』
 あの日、フリーデは自分が傷つけた精霊達に謝罪に向かったが、
 警護役の軍人達に「あなたが来るたびに精霊達が怯える」と公園の入場を拒まれていた。
 その時軍人達におどけ半分で交渉し、フリーデが公園に入れるよう取り計らったのがアルマとその友人。
 あの日彼と出逢わなければ、きっと今もフリーデは精霊達との禍根が残されたままだっただろう。
『お前のおかげで人間とも精霊ともわかり合うことができた。深く感謝しているよ。……ありがとう』
「いいえー。あの時僕もお友達になりましょうって突撃しましたし。
 僕の突然のお願いに応えてくれたフリーデさんにありがとうなのです!」
 淡い街灯に照らされたアルマの顔は相変わらず無邪気だ。
 そんな彼が外套の胸ポケットに手をしのばせると、天鵞絨で覆われた小箱と封筒が現れる。
『なんだ、それは』
「わふふ……これ、あげるですっ」
 手渡された小箱を開けてみると、清らかな光を放つダイヤモンドの指輪がひとつ。
 封筒を開けてみれば――そこにはアルマのサインが記入済みの婚姻届が入っていた。
『……! これは……どういうことなんだ? 私には、その……わからない』
「わぅ? もちろん僕、そういうつもりですけど」
『だって、私は精霊で……それに戦うしか能がなくて……お前に選んでもらえる価値などない……』
 するとアルマの声のトーンが落ち着き、青い瞳がまっすぐにフリーデの黒瞳を見つめた。
「まだそんなこと言ってるです? 僕はフリーデさんの全てが好きなんです。
 いつだって一生懸命で、可愛くて、優しくて。一緒にいる幸せは考えられないほどあるんですよ?」
『……』
「それにどんな言葉を並べても足りないって思ったから。こっちの方が僕らしいですよね」
 ふふっと笑い、目を細めるアルマ。フリーデは肩を震わせ、目を潤ませた。
『……本当に私なんかでいいのか?』
「わふーっ、『私なんか』は禁止です! だからフリーデさんでないと駄目なんですってば。
 僕と、結婚してください! 一緒に、もっと幸せになりましょう?」
『でも、精霊だぞ?』
「精霊との前例がないなら僕らが第一号になればいいです。それに僕、次男ですから婿入りもできますし」
 さらりととんでもないことを言ってのけるアルマ。
 そこでフリーデがようやく本心から笑った。目尻から涙が零れていく。
『ははっ! そこまで考えていたとは……これはお前を認めざるを得ないな、我が伴侶として。
 いずれエインズワースの姓を頂戴せねばなるまいよ。6月に役場に行かねばな、ふたり揃って』
 そう言ってアルマに抱き着くフリーデ。大きな肩にアルマが抱かれ、微笑む。
「ん……これからもよろしくお願いしますね、フリーデさん」
『ああ、こちらこそ。フリーデリーケ・K・エインズワース……お前とともに長き旅路を往こう』
 宵闇に寄り添うふたりの影。街灯の下でようやく2人は――大人のキスを初めて交わした。


●case9.フィロ(ka6966)の場合

(婚姻届にレターセット、ですか。どなたが送ってくださったのでしょう?
 私の住所と名前が書いてあることから何らかのご縁のある方と思いますが)
 家に突然届けられた茶封筒を手にフィロが小首を傾げる。
 今のところ結婚というものを考えたことはない。
 ――しかし想いのあるひと達へ文を綴ることは悪くないことだと彼女は思った。
 転移門を使えば会えるといえど、形に残すことでいつでも感謝や応援したいという気持ちを
 相手に繰り返し読んでもらえるかもしれない。
「そうですね……私にも大事に思う方々がおりました」
 フィロは送りつけられたものではなく、気に入りのレターセットを手にすると早速ペンをはしらせる。
 まずはムーンリーフ財団のトモネに。
(トモネ様にお仕えして、子供達の未来を拓くお手伝いをしたいと思いました。諦めなければ未来は繋がると)
 アスガルドの子供達が少しずつでも笑顔を取り戻し、幸せであってほしいと。
 その想いはいつだって変わらないとトモネに綴る。
 次は知己の精霊に。
(あなた様の太陽のような明るさを眩しく思いました。
 自分が精霊ではないことが残念でしたが、だからこそお会いするご縁に恵まれたのだと思いました)
 フィロの本来の魂はエバーグリーンに存在した精霊だが、今は機械のボディに封じられている。
 だからこそ土地や物に縛られずハンターとして彼と出会えた。
 数奇な運命だが、それもまた仕合せというものなのだろう。
 そして次は――と3通目の封筒を手にとった時、フィロの手が止まった。
(……先ほどのトモネ様へのお手紙。
 誰かが諦めなければ信じ続ければ、未来はきっと拓けると想いを込めました。
 でも……今の私は世界の真実を知って、足を止めてしまっています)
 ――たとえ邪神戦争に勝利できたとしても、彼女の生まれ故郷たるエバーグリーンは滅ぶ。
 そこはもとより歪虚との戦いで人類が滅んだ世界であり、
 負のマテリアル汚染も大きく進行しているため過去の姿を取り戻すことはできない。
 それでも……フィロにとっては失った記憶の欠片が眠っているかもしれない大切な地だ。
(おそらくは戦争の尖兵として大精霊を信仰する命全てが死に絶え、大精霊も滅び……世界も消えるのでしょう)
 だからフィロは過去を捨てる覚悟で拳を振るうしかない。
(……私は生まれ故郷を滅ぼす走狗。それはどうあがいても変わらぬ事実なのでしょうね)
 その事実に胸が痛む。しかし自分に本来の記憶が取り戻されていたとしたら――もっと辛かったに違いない。
 ガードマン兼用のメイド型オートマトンのフィロ。
 エバーグリーンが豊かな世界だった頃はきっと多くの要人を護り、メイドとして様々な家庭で働いて。
 その時代にたくさんの出逢いがあったに違いない。
 おそらくは宝石のように輝く思い出もあったのではないかと思う。
 一旦ペンを置いて、その切なさに息を吐く。
「出逢い」……その言葉に、あるオートマトンの存在を思い出した。
 ここ数カ月の辺境の戦いのために開発されたオートマトンのことを。
 彼は優れた能力に恵まれながらも、硝子のように繊細な心を持っている青年だった。
 その優しさを自身に向けられない悲壮を背負いながら、今どうしているのだろうか。
 フィロはペンをもう一度握ると、彼に願いを込めた。
(あなた様はエバーグリーンの滅びを寂しいと、あの世界に報いたいと仰ってくださいました。
 そのことが私にとって……嬉しくありました)
 かつて彼にエバーグリーンの大精霊の力を引き継いでほしいと願ったフィロ。
 しかしそのために必要な器は彼女の想像より大きく、実現不可能だと知った瞬間フィロは悲しみを覚えた。
 けれどそれまで心を塞ぎこむようにしていた彼がエバーグリーンを想ってくれた時。
 それは私ひとりではないのだと、ともにあの世界に報いたいと思ってくれた存在がいるのだと。
 ……救われた気がした。
 だから今度は同郷の友として、会いたい。
「もし貴方がお困りの時、私がお役に立てるのであれば是非ご用命ください。どうぞ」
 それはほんの少し不器用だけれど、いつか彼の心の扉を開けられるかもしれない言葉の鍵。
 いずれ迎える滅びの日の痛みを分かち合い、悼んで、それでもともに前に進みたい。
(例えあの世界が滅んでも……貴方の未来は繋がりますように)
 どうか想いが届くようにとペンに含んだ色は深い緑。
 今すぐには無理でも、彼が再び立ち上がる日が来たら……その時に渡しましょう。
 フィロはレターラックに3通の手紙を差し込むと、まずはトモネと精霊へ挨拶がてら手紙を渡そうと思った。
 彼女たちの好きな菓子や飲み物を手土産にして。


●case10.ユメリア(ka7010)の場合

「……言えるわけもない」
 ユメリアは広げた書類に伏した瞳から涙を零した。
 書類に印刷された字は「婚姻届」。
 それは何者かがユメリアに送ったものだが、悪戯にしてはあまりにも残酷だった。
 何故ならユメリアが愛してやまず、
 いつしか自分でも心に歯止めをかけられなくなった相手が自分と同性で。
 ――しかも運命の人と先日結ばれたばかりだったのだから。
 あの祝福の記憶がよみがえるたび、胸がずきんと痛くなる。
「彼女の強さを支えたいし、彼女が運命の人と添い遂げることを祝福したい。
 私の幸せは彼女がくれたもので、私が強くなろうと思えたのも彼女がいてくれたからこそ……でも」
 ユメリアは怖いのだ。彼女に会った時、自分の心の箍が外れる瞬間が。
「きっと……この想いを口にしたら、今までの関係も壊れて儚く消えてしまうでしょう。
 ……だから言えないんです。この場所にお呼びすることもできない……」
 愛する歌で心を慰めようと、震える手でリュートを鳴らす。
 だが、いつも優しい音を奏でる吟遊詩人の相棒は彼女の掻き乱された心を表すように歪んだ音を放った。
 ああ、今の自分はここまで堕ちたのか。
 ユメリアがリュートを手放す。
 吟遊詩人は歌い手だけではなく、演奏者であり伝承者であり音楽の作り手でもある。
 今の状態では――彼女に祝福の歌を捧げることもできやしない。
「本当に彼女の幸せに寄与するのなら、こんな想いを断ち切らないと……」
 ユメリアは羽ペンを握ると婚姻届に愛する女性の名を書き、隣に自分の名前を書いた。
(貴女は私の掛け替えのない友であり、敬愛するハンター。
 この敬意と友情は決して切り捨てられない。これからも貴女を慕う友人として傍に居させてもらいたいのです)
 そして彼女をイメージする薔薇の香水を書類に吹きかける。
 心地よい薫り高さに彼女の幸せな笑顔を思い出し――ユメリアは再び涙を零した。
(でも……貴女のことを本当に、本当に、愛しておりました。
 できることなら貴女に友としてではなく、伴侶として手を取り合い、最期までともに歩んでいきたかった)
 書き終えた書類を確認し、それを手にキッチンに向けて歩み出すユメリア。
 涙が床に落ちるのも構わずに。
(貴女はおそらく気づいてくださらなかったでしょうけれど、バレンタインデーに捧げた歌の通り……
 貴女を護るためならこの命を使うことさえ惜しくないと思っていたのです。それは今も同じこと。
 でも……いいえ、それは言っても仕方のないことですね)
 薔薇の香気が少しずつ薄れ始める。
 自分の想いもそうなればいいと思いながら、ユメリアはとうとう竈の前に立った。
(……今の貴女の笑顔を本当の意味で護れるのはあの方だけなのですよね?
 それならば私は友として願うばかりです。どうかおふたりの未来に穏やかな幸福と栄光が満ちますよう。
 ……さようなら、私の我儘な愛)
 想いの籠った婚姻届を4つ折りにし、竈に火種として差し込むユメリア。
 そして薬缶に水を満たすと竈に火を灯した。
 静かに燃えていく純白の紙。薬缶が蒸気を放つ頃にはそれが何だったかもわからない真っ白な灰になっているだろう。
「……この香りが消えて燃え尽きる時には……私の迷いも……散るかしら」
 それっきり振り向くことなく居間に戻り、再びリュートに触れるユメリア。
 そして歌い始めたのは故郷に伝わる子守唄だった。
(私の中の我儘な子、お眠りなさい。目を瞑って、明日の幸せを信じて。
 目を覚ます頃には……素晴らしい友との日常が待っているはずですから、ね?)
 今度の音は歪まず、まっすぐな柔らかい音色が心に滲むように響き渡る。
 もう少しでいつもの演奏もできるようになるだろう。
(心が落ち着く頃にはお湯も沸いているでしょう。そうしたらとっておきの茶葉で一息入れましょうか)
 何はともあれこれでほんの僅かでも前に進むことができたはず。
 彼女のためにも良き友人であらねばと、ユメリアは笑みを作った。
 それはひどく儚く――そしてあまりにも可憐、だった。


●case11.マリィア・バルデス(ka5848)の場合

 マリィアがある街を散策していた時、役場の前で職員がせっせと書類を配って歩いていた。
 どうやらジューンブライドブームはこの地にも訪れたらしい。
 さほど広くない役場の中に申請希望者が一斉に訪れたので、その対応の一環だという。
 ちら、と覗き込んだマリィアにもその紙は突き出されて――。
「……なんとなくで受け取ってしまったけれど。どうしようかしら、これ」
 自室でびらびら振り回す。
 相手がクリムゾンウェスト出身者ならともかく、彼女の想い人は自分と同じリアルブルーの軍人だ。
 もし結婚するなら全てが終わった後にリアルブルーで行うべきだろう。
「というよりも私と彼の宗教って……同じなのかしら?」
 リアルブルーの宗教は千差万別。マリィアが信仰している宗派ひとつにも様々な思想が存在している。
「もっとも、戒律が厳しいところでさえなければ何とかなりそうな気もするのよね。
 彼って私ほど宗教を気にしなさそうだもの」
 そう言ってマリィアは折り目のないその紙に丁寧に折り筋をつけ始めた。
 昔の記憶が定かなら、きっといいものができるはずだ。
(命を懸けた軍務というのは確かに存在して、彼は見事にそれをやりおおせた。
 私はまだそんな場面に遭遇したことがない)
 彼の人は強化人間という過酷な道に足を踏み入れ、一度は暴走しハンターの敵となった。
 それでも彼はマリィアの声を聴き取り、仲間達に救われ、人の心を取り戻している。
 今はラズモネ・シャングリラで軍務に就いているはずだ。
 彼がどうか今も無事であるようにと祈りながら、マリィアは紙を折り続ける。
(命を懸けるべき軍務で命を惜しんで失敗し、何十年も悔やんで死ぬ夢を何度も見た。
 だからいつも死ぬべき時に死なねばと暗示のように繰り返した……)
 元軍人ゆえにハンターとしての力を得る前から戦場の現実を知っているマリィア。
 普通の人間だった頃から身近に死を意識してきた彼女が死を恐れることを誰が責めることができようか。
 それでもなお彼女は自分を厳しく戒め、生きてきた。
 ハンターとなって、知己を得てもなお――彼と巡り合い、心を交わすまで。
(でも……今は彼のようにやり遂げて戻って来たいと思うようになった。
 それは私の中の大きな変化。あの人が私にくれた大切な志)
 紙を折るごとに右腕のミサンガが涼しげに輝く。
 それは彼にプレゼントしたものと対になっている、マリィアの手作り品。
(そういえばミサンガ……今も彼は着けてくれているかしら。今度会ったらハグと同時に確認しなくちゃ)
 普段クールな表情で隠している、年上好みの甘えん坊な部分がひょっこり顔を出す。
 そして女性らしい世話好きな面も。
(それに私だってあの人のためにしたいことがたくさんある。たくさん喜ばせたいし、笑わせたい。
 ……だから邪神戦争で死ぬわけにはいかないわ。必ず生きてミッションコンプリートするのよ。
 彼があの苦しみに立ち向かったことに比べれば、それぐらいどうということはないわ)
 彼女はいつもの勝気な笑みを浮かべ、最期に折り紙の先端部を綺麗に折り込んだ。
 これで「よく飛ぶ紙飛行機」の完成だ。
「邪神戦争が終わったら……逃さないわよ。覚悟して待ってなさい」
 窓を開き、折り方と共に教わったしなやかな動作で飛行機を風に乗せる。
 すると飛行機はゆるやかに上昇し、青空の中に姿を消した。
(私も捨てたものではないわね。うろ覚えであれだけ飛ばせるんだもの。
 きっとこれからも上手くいく。そうなるように頑張る。だから全てが終わったその時には……)
 どうかあの人のいる空へ――想いよ、届け。

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    人間(紅)|18才|女性|疾影士
  • よき羊飼い
    リアリュール(ka2003
    エルフ|17才|女性|猟撃士
  • 見極めし黒曜の瞳
    Gacrux(ka2726
    人間(紅)|25才|男性|闘狩人
  • 曙光とともに煌めく白花
    白樺(ka4596
    人間(紅)|18才|男性|聖導士
  • フリーデリーケの旦那様
    アルマ・A・エインズワース(ka4901
    エルフ|26才|男性|機導師
  • ベゴニアを君に
    マリィア・バルデス(ka5848
    人間(蒼)|24才|女性|猟撃士
  • 命無き者塵に還るべし
    星野 ハナ(ka5852
    人間(蒼)|24才|女性|符術師
  • 比翼連理―瞳―
    澪(ka6002
    鬼|12才|女性|舞刀士
  • 比翼連理―翼―
    濡羽 香墨(ka6760
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  • ルル大学防諜部門長
    フィロ(ka6966
    オートマトン|24才|女性|格闘士
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ミリア・クロスフィールド(kz0012
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2019/05/04 17:37:22