心を、想いを、幸せを

マスター:石田まきば

シナリオ形態
イベント
難易度
普通
オプション
参加費
500
参加制限
-
参加人数
1~25人
サポート
0~0人
報酬
無し
相談期間
5日
締切
2019/05/07 07:30
完成日
2019/05/20 15:16

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●株分け

 一面の……と呼ぶにはお粗末かもしれないが。鈴蘭の花畑を前に、ユレイテルは安堵の息を零した。
「今年は、それこそ言葉通りの行事に出来そうだな」
 毎日の世話をできるほど時間はとれなかったが、それでも週に1度は様子を見られるように日程を調整していた。ささやかな花壇程度の広さから、これだけ数を増やせたのは……手伝ってくれた彼女達、その存在は小さくないはずだ。

「売り物でもないものに、貴重な畑を使うというのか」
 その言葉は誰が言っただろうか。正直、小者過ぎて記憶には残していない。
「理由は書面でも伝えていたはずですが」
 確実に手渡したと、信頼できる部下からの報告もきているのだ。ただゴリ押しで、理由などどうでもよく、自分という若輩者の提案を否定したいだけだったのだろう。資料であるそれに目を通しても居ないかもしれない。事前の根回しを行うことで所要時間を減らす考えはやはり浅かったか。
「そんなもの、目を通すまでもない」
 その返答に呆れるが、しかし目の前の老体の同意が必要だというのが現実だ。
(なら、直接説得するまでだ)
 口を開く前に正面から見据えれば、僅かにたじろぐ様子が伺えた。この様子なら、自分の予想は当たっているのだろう。資料を見てもいないというなら、反論材料の用意もないはずだ。それならどうにだってやりようがある。
「確実に売れる……売れ筋の作物なら許可を出すと言うのですか」
 声に悔しそうな響きを滲ませ妥協案らしい言葉を選べば、形勢は戻ったと考えたらしい。
「シードルの増産を急いでいると聞いている。林檎畑なら外れないではないか」
「確かに、そうですね」
 間違ってはいないので肯定は帰しておく。しかし林檎樹を増やす計画とこれは全くの別物だ。そもそも林檎樹の作付面積は長期計画で行われており、今年も植樹が進んでいる。その上で別の計画という形で同じ作物を重複させる方が無駄だと何故わからないのだろう。
「思った成果が出ていないなら、より樹木を増やせば解決なのだろう?」
 収穫量が増えていない、そんな情報には目を通しているのか。だが甘いと感じる。実際の数字を見ていたら、それ以外の現実も見えていただろうに。
(かつては先達として尊敬をしていたが……)
 内心、残念だと思うばかりである。この瞬間、目の前の男は、ユレイテルにとってただの小者になり、記憶に強く残しておくことを止めたのだ。
(発言力は強いのが問題だ)
 しかし今はこの老体からの同意を得るのが先だ。彼本人への対処は後で構わない。
「なぜ収穫が増えないのか、その原因を突き止めるための調査隊は既に動いています」
「ならばこそ」
「しかし」
 その先を言わせないと言葉を被せる。正直聞く為の僅かな時間さえも勿体ないと感じ始めていた。
「その解決には時間がかかると、既にその初期報告が来ています。ならば他の品を育て、道を模索するのが賢明かと」
 返事は予想出来ている。なら商品作物をというのだろう。金の亡者ではないのかと、そんな疑いが脳裏をかすめる。
「商いには、何が必要かご存知でしょう。是非、答え合わせを……ご教授をお願いしたく」
「……いいだろう、言ってみなさい」
 持ち上げられたと気分が良くなったのか、男の勢いが弱まった。
「質の良さ、適正な価格……これは勿論、基本ですが」
「……そうだな」
 間があったことには言及しないでおく。
「私は、その上で信頼を。言い換えるなら知名度を重要視しています。……そうでしょう?」
「シードルをより……売ればいいではないか」
 多く、そう言いたかったのだろうか。先ほど増産が難しいと言ったことを思い出したのかもしれない。もしや高くとでも言いたかったのか。
「それは先達の皆々様が計画を進めておられますし、私も承知しています。その上で私の方でも同じように話を勧めるのは生意気と呼ばれても仕方ないでしょう」
「そんなことは」
「いいえ、私の事は私が重々承知しております」
 あくまでも自分は若輩だからと、遠慮するような仕草で視線を避けておく。今は、まだ。
「私は外にも縁を増やし、売り先である者達の考えも勉強しております。文化もより多様性が増している中、難しいものがありましたが……ひとつ、新しい道を見つけたのです」
 それこそが、鈴蘭渡しのイベントである。それは当時のユレイテルにとって建前と本音がうまく重なり、そして目的にもより近づけるに値するものだった。
「確かに手間も資金もかかります。しかしそれを補って余りある結果が得られると、そう判断できたのです」
 巫女達が摘んだだけでも十分にヒトの動員が見込めていた。それはそれだけ多くの存在にエルフハイムの名を強く印象付けていることと同じである。
「具体的には……このとおり」
 話す間に、放られていた書面を見つけ、該当の数字を示す。その数字は確かに、シードルなどの既存の品を売り出すだけでは到達できない数字で。
「それに、先達である貴方なら」
 ここで小者の視線に自らの決意を籠めた視線を合わせる。じっと見据えれば、相手の喉が大きく鳴った。
「エルフハイムの知名度は、どれだけ金を積んでも買えないと、ご存じでは?」

 巫女達の修行に影響が出ないように配慮するのは勿論当たり前のことだ。強く念を押すように繰り返しておく。
 命の大切さをより身近に感じる情操教教育でもあるのだと、いくつかのメリットを続け始めるころには。男の様子は反論を続けるものではなくなっていた。
 勿論監督も責任も自分だと、終始徹底した。資金はナデルから……そもそも、畑となる土地もナデルの管轄内だ、管理責任がユレイテルにある以上、それは至極当然の流れだった。
「……これで、いつか……」
 個人的な理由は確かにあるが、それを考慮に入れる以前に充分メリットを連ね、成果が見込めるのだ。言い分を通すのは、結果だけ見れば難しい事ではなかったのだ。
 ほんの少しの、願掛けを兼ねたから。はじめの花壇の準備は自分一人で行おうと、そう、思った。

●スズラン配り

「「幸せのお裾分けに、スズランはいかがですか?」」
 鈴蘭の花籠を持つ巫女達の声が響く。街にも慣れた彼女達は楽しそうに、笑顔を振りまいている。
 ミュゲの日を詩う声が穏やかに彼女達の背を押している。偶然行きあったらしい通行人が説明を請うても、余裕をもって対応できている。
「うちに協力を頼んでくるとはな?」
 挨拶に来た長老にチラリと視線を向け、笑いながら告げるのは師団長。その手には絞り袋、今も均一に生地を絞り出し続けている。
「祭りとして昇華していただき、感謝する」
 丁寧に礼をした長老が、台の交換作業を手伝う。権力者らしくない動きの二人だ。なにせここは屋台の調理スペース、結構狭い。
「民を盛り上げるというのも大事だからな。便乗するには丁度いい」
「……本当、感謝する」

リプレイ本文

 花畑でバーニャが摘んだ鈴蘭を、ソナ(ka1352)が編み上げる。首飾りと腕輪は常に香りに包まれているように感じさせてくれる。
「これも配る分?」
 差し出された一輪に首を傾げて籠を見れば、既にいっぱいになっている。背伸びに気付いて頭を寄せればそっと、銀の流れの中に鈴蘭が咲いた。
「ありがとう、バーニャ。……似合ってる?」
 褒め言葉のかわりだと軽いステップ。バーニャから香りがふわり、広がっていく。
「幸せな気分ね。街でも、この気持ちを分けていけたら、すてき」

『東方茶屋・ミュゲの日に大事な人とスズラン型のお菓子でお茶を』
 そんな謳い文句を大きく掲げた看板の前で、星野 ハナ(ka5852)はニマニマと笑みを浮かべている。
「うふふふふ、東方とミュゲのマリアージュですよぅ」
 これは間違いなく流行る!
「出店日和ですし、この子も喜んでますぅ」
 魔導エンジンのあたりをつるりと撫でる。東方茶屋兼業トラックの動力源であるそこは、日差しを反射してきらりと輝いた。

「今日はありがとう」
「えっ……」
「お手伝いしてくれるのは、都さんですよね」
 感謝の言葉を贈られて戸惑う巫女達に、志鷹 都(ka1140)の笑みが深くなる。
 理由は胸の内に留めて、少女達の髪に髪飾りを贈り、飴を手に握らせていく。
(枯れない鈴蘭を、途切れない幸せを、貴女達に……)

 渡された花籠の中、一輪ずつに丁寧に、手製の香りを添わせていくユメリア(ka7010)。鈴蘭の香りを主体に、その上でより素敵な組み合わせになるように、菫の香りを重ねている。
(どうか、幸せになりますように)
 籠の中に溢れる清浄なマテリアルにエルフハイムの空気を感じ取りながらも渡すつもりの相手を想い祈りを込める。
(私の世界がこんなに彩りに満ちているのは……縁の、皆さんのおかげだから)

 ベル(ka1896)は笑顔そのままに、視線をあちこちに巡らせている。
「両手に花だねっ♪」
 右手の先のイルム=ローレ・エーレ(ka5113)が進むべき場所を知っているから、エスコートを任せておけば大丈夫。
「しかもお揃いニャスよ♪」
 その向こう側から顔を覗かせるミア(ka7035)が、結われた髪に咲く白い小花が見える様少しだけ腰を落としてみせる。
 光の反射に視線を向けた白藤(ka3768)はベルの左手側で。見覚えのある尖晶石に気付いて、目を細めた。

 フィエルテの裾が忙しなく揺れている。そこかしこで感じとれる鈴蘭の香りに、シトロンは鞍馬 真(ka5819)のシャツの端をくいと引いた。
「ミュゲの日なんだって。気になる人にミュゲ……つまり、鈴蘭を渡して、幸せを願う日なんだよ」
 視線をなるべく近くなるようにしゃがみ込んで伝えれば、少しの間。
「え、待って、シトロン?」
 急に手を引き駆け出す彼女に驚いて、姿勢が崩れた。

「そう言う風習もあったわね」
 故郷、とはいえ隣国を示す花という印象が先にあるせいだろう。マリィア・バルデス(ka5848)はぼんやりと鈴蘭の渡る様子を眺めている。
 手には先ほど受け取った一輪。そっと顔を寄せて、瑞々しい香りを楽しんでみる。
「花はなんでも嬉しいものね。いい匂い」
 その上祭として賑やかに過ごせている。その楽しさもあって、常に穏やかな笑みを浮かべていた。

(そっか……今日、ミュゲの日だったんだ)
 なんて素敵な偶然だろう? そこかしこを鈴蘭に彩られた街の様子に見とれた時音 ざくろ(ka1250)は、知らずその場に立ち止まって溜息を零す。
「今日はミュゲの日か。見事なスズランだな」
 ざくろの視線の先に気付いた白山 菊理(ka4305)の言葉が、立ち止まった夫に首を傾げた皆の疑問を解消する。
「ミュゲの日なぁ……たまにはいいんじゃないかね」
 同じく蒼界の行事として知識のあったソティス=アストライア(ka6538)が頷いている。
「……変なことが起きないのであればだが」
 少しだけ声を潜めているが、それは聞き逃してもらえるわけがない。
「それってフラグ?」
 顔を覗き込んでくるアルラウネ(ka4841)の言葉にびくりと身を震わせる。
「な、なな……そんなつもりは!」
「そうかしら~?」
 追及を続けようとするアルラウネの視線から逃れようと、ソティスはざくろの隣に向かう。
「……おいざくろ、見惚れるのはいいがくれぐれも気をつけろよ?」
「えっ!?」
 びくっと肩をはねさせている様子に、アルラウネはもう一度首を傾げた。
(ミュゲの日って知ってのことだと思ったら)
 あの様子だと偶然の産物らしい。
(ほんと、予想外で面白いわね)
 そんなところも微笑ましくて、好ましいところだと思っている。
「もう見事としか言いようがないな」
 自分も一員ではあるのだが。つい肩をすくめて吐息が零れてしまう菊理。この状況にも慣れてしまったからだろうと、分かっている。
(それで、居心地が良いのだから必然なのかもしれないな)

 真の声にも止まらず向かった先は、一番近くの巫女。その籠の中の鈴蘭をめがけていて。
 目の前でぴょんぴょんとねだるシトロンの様子に微笑む巫女が直に一輪差し出ししてくれる。丁寧なお辞儀と一緒に受け取って、再び真に向き直る。
「きみは、私の幸せを願ってくれるんだね」
 掲げるように、捧げるように。小さな彼女からの贈り物を笑顔で受け取って。
「ありがとう。今日は一日、幸せを飾って過ごそうか」
 黒髪に映える、一輪の鈴蘭。
 想いが伝わったことが嬉しくて、似合っていると伝えたくて。脚にぎゅっと抱きつくシトロンの尻尾は元気良く揺れるのだ。

 鈴蘭配りの場所を、広場を、そして今の居場所を。それぞれを確認したルナ・レンフィールド(ka1565)はSuiteを改めて抱きしめる。
 思いついたメロディは行進曲のアレンジ。すぐに構え弾き始める。
 人通りが多いわけでもない街角から、ルナの音が始まっていく。
 ステップを踏みながら目指すのは、ここから一番近い場所に居るだろう、巫女の姿。

「なるほど、これは良いものです。さて、花言葉はなんでしたか……?」
 アデリシア=R=エルミナゥ(ka0746)の首が傾げられる合間にも皆の歩みは前に進んでいる。
(恋人達に限らず、家族や、友人どうし、いっそ初対面の相手にも贈っている、いえ、この場合は配っているということでしょうか)
 遅れぬように気をつけながら、周囲のやり取りから情報を得、推測してみようと意識を広げていく。
「ただ見物するのもいいが、楽しんでこそだろう」
 店に入るってはどうだろうと提案するのはソティス。
「そうね~、髪飾りを皆にプレゼントしてみたいわ」
 誰が付けても似合うと思うと続けるのはアルラウネ。何より試着やら何やら、選ぶ時間も楽しみたいと思っている。
「そういうのは……だいぶ慣れたつもりだが、まだ不安があるな」
「大丈夫よ~、私も手伝うし! 人数居るんだから絶対良い出会いがあるって」
 わずかに肩を落とす菊理にアルラウネが笑顔を向ける。
「……え、はい。私も勿論お付き合いしますよ」
 思考を鈴蘭に向けていたから遅れたのは少しだけ。考えにふけることはあっても、皆の会話をアデリシアが聞き洩らすわけがない。
(知らずに贈るのもそれはそれで一興といったところですか)

 香りを辿った先、視界に映り込むのは鈴蘭と少女達。
「ありゃあエルフハイムの、巫女?」
 時節を思う暇もなかったかと顧みながら、エアルドフリス(ka1856)は巫女達へと近づく。ジュード・エアハート(ka0410)の笑顔が脳裏に浮かぶのだから、分けて貰うという選択肢しかありえない。

「えへへ、今年もエアさんにあげよー♪」
 目当ての鈴蘭を手に入れて、すぐに恋人の下へと踵を返したその瞬間に目を見張る。今まさに鈴蘭を受け取っているエアが微笑んでいる!
(嫉妬なんてしないんだからね!)
 脳内で言い聞かせるあたりジュードの愛はお……おきい。駆け寄る軽い足音に気付いたエアがジュードに視線を移し、笑みが深くなる。
「いやはや、考える事は同じか」
「この後時間ある? ならお茶しに行こうよ!」
 互いに同じことを考えていたのだと、その確信がジュードを満面の笑顔にしていた。

 単調なリズムになんて留まっていられない。長さを、大きさを、時には拍子さえも変えて。転調も駆使しながら弾き続けるルナの曲は一貫して明るく賑やかな空気を保っている。
 もう何人目になるだろう、鈴蘭を配る姿を見つけて近寄れば、花を差し出してくれる親友。鈴蘭と笑顔を交わして。
「今度はエステルちゃんとのセッションだね」
 歌声にあわせて、メロディを自然に変えて。出会う度に、音は少しずつ変わっていく。

 幸福の鈴を揺らして 清かな香りを振りまいて
 隣のあなたも遠くのあの人も花を手に笑顔の一日を

 幸福の鐘を目指して 曇りない空を仰いで
 笑いあう日々に想い籠めて歩めば花はやさしく綻ぶから

 エステル・クレティエ(ka3783)の歌声にあわせて身を揺らすのは巫女達。鈴蘭を配る彼女達には皆、髪や胸元に鈴蘭が揺れている。都手製の一輪飾りは文字通り鈴のように花が触れあって小さな音を奏でているし、ルカ(ka0962)がコサージュとして仕上げるために添えたリボンが動きをより優美に見せている。ひとつひとつはささやかなものかもしれないけれど、欠片が集まって大きな幸せになるように、ここでは確かなリズムとなって優しい音色を作り上げている。
 歌声を後押しされていることへの感謝と、自身の声が確かに皆と重なっている一体感。祈りも込められているから、常よりも清浄なマテリアルの中でクレティエは喉を震わせる。

 受け取った鈴蘭を小さな三つの花束へと変身させていく。春の花弁のように淡い桃色の包装紙はこの為に購入しておいたものだ。
「イルム、こっち向いてぇな?」
 振り返れば白藤が、似た色の布で包んだ一輪を胸ポケットに飾ってくれる。
「姫騎士みたいで、麗しいやろ?」
 笑うその手には二人分の花冠が残っていて。
「やあ、これは素敵な演出だ。お返しは、ボクからのはじめの一束でいいかな?」

 籠の中の鈴蘭を、一つ一つじっくりと見つめるベル。
「いっちばんきれーなのおくりたいもん……!」
 そうして選んだ鈴蘭を一人ずつに渡したら抱きついて、だいすきの気持ちを全身で示す。
 幸せを贈れて安堵の笑顔のベルとミアに、頭上から香る鈴蘭。
「よう似合っとるで、お姫様達♪」
 白藤の隣からは、イルムも差し出してくれている。
「お姫様と言ったら花束に決まっているからね♪」
「二人ともありがとニャス!」
 お礼のお辞儀をするミアと共に笑顔を向ける。ミュゲのドレスが翻った瞬間、ベルの脳裏に記憶がよぎった。
(ミュゲのひ、ベル、まえもしってた)
 大事な一輪だけは鮮やかだけれど、それ以外はぼやけてしまっている。
(だれにもらったのか、もうおもいだせない……)
 大切だったのだと思うから、それが悔しくて胸の中に影がさす。
「あ、あれ……?」
 瞼が熱い。頬に当たる風が冷たい。胸の中はあたたかくて、でも隙間風が入り込んでくるようで。ちょっとだけ……
「……シラフジ?」
 滲んだ視界の中、温もりに包まれる。抱きしめられたのだと気付いてやっと、涙が出ているのだと分かった。

(うちは、傍におるよ)
 誰かの大切な人になれるとは思っていない白藤だけれど、傍で温もりを与えることはできる。言葉にするには照れくささもある。涙をぬぐったベルの腕が背に回ったのを確かめてから、ゆっくりと、もう一度手を繋ぐ。
(笑顔にするんはうちらや)
 此処に居ない誰かは今、呼んでなんていないのだ。

 繋ぎ目の部品にさりげない鈴蘭の形が添っている幅広の腕輪。燻した銀のカフスはシンプルな透かし彫。丸く磨かれた石で花をあしらった落ち着いた色のバレッタ。
「素敵なお祝いです♪」
 エステル・ソル(ka3983)は目を輝かせながら贈り物を選び取っていく。
 練り香水のテイスティングは勿論鈴蘭の香りを。洗い立ての石鹸の香りに近いと感じるくらい淡いものを。
 タイピンの繊細なチェーンに連なる白銀の花は風に揺れる花そのもの。
「どの色が、なんて決めきれませんね~?」
 男性でも使える文様仕立てのスカーフは色違いも含めて、何枚も。

 マリィアが思い浮かべるのは武骨な腕。そこにどんなささやかなものであっても、鈴蘭が寄り添えると思えなかった。
「つけてくれないわね」
 出来るだけ飾り気を減らしたミサンガであっても、持つことを恥ずかしがっていた想い人。渡したその時を思い出しながら、ポケットに手を忍ばせる。
 自分ではまだ身に着ける勇気がない片割れのミサンガの感触を指先で確かめて、やはり花の飾りはやめておこうと決めた。

 香ばしく甘い香りを漂わせるハミングバード・キッチン、その中でシャーリーン・クリオール(ka0184)は微笑みを零す。
「丁度いい焼き上がりさね」
 艶のある焼き色は勿論だけれど。切り分けたあとどの一切れにもそれとわかるよう、クッキー生地に丁寧に刻み込んだ鈴蘭模様は崩れず鮮明に仕上がっている。

 鈴蘭の白を虹色に輝くリボンで示したかわりに、飴の中に閉じ込めたエディブルフラワーは彩りも豊かだ。
「花も飴もとても儚いものです」
 巫女達の声に誘われた人々に、都は鈴蘭と、手製のスティックキャンディを配っていく。
「けれど、いえだからこそ。どちらもささやかな幸せを齎してくれます」
 そんな幸せを喜ぶ姿は、きっと、また別の誰かの幸せに繋がっていくのです。大事に相手の手をとって、二つを渡す都の微笑みは穏やかに相手の心を解していく。

「鈴蘭のお菓子とか小物を見にレッツらゴーニャス!」
 明るいミアの声がみなを引っ張り、着いた出張所に並ぶ品々は予想していたよりも数が多い。
 頷きながらアクセサリーを手に取るイルムは時折三人へと視線を向ける。翅を休める小さな蝶の彫り込みがある鈴蘭のピアス。耳を澄ましてやっと聞こえる程度の小さな音が鳴る鈴欄が連なる髪飾り。鈴蘭のブレスレットには、別売りの柘榴のチャームを足して。
「目移りしそうやなぁ」
 白藤が視線を巡らせる先に見つけた花冠は生花ではなかった。なにをどうやったのか、元の形を保ったままドライフラワーとなったそれに視線が吸い寄せられてしまうのを、小さく首を振って別の場所へ向かう。
「でも、ぴったりのが見つかったらそれだけ嬉しくなるニャスね!」
 エメラルドグリーンの缶を三つ選び抜いたミアの尻尾が楽しげに揺れている。鈴蘭模様は勿論だけれど、夫々に妖精、狼、星と別のモチーフが組み合わせられていて、目にした瞬間一目ぼれしたのだ。
「この中に、これ……入れてもいいニャス?」
 会計時にそっと、別の店で買っていた品を取り出すミア。店番のエルフは頷いて、緩衝材の中にひとつまみ、サービスのポプリを仕込んでいた。

「というわけで、改めて……手元に残る“お花”と、食べられる甘い“お花”ニャスよ♪」
 ミアの選んだ缶の中には、薄紅色のプチマドレーヌ。花弁を模した形と、とけるような口当たりを皆に楽しんでほしかったのだ。
「『再び幸せが訪れる』という言葉が鈴蘭にはあるのだけれど。二度目を待たずに幸せを貰ってしまったみたいだ」
 アクセサリーを取り出すイルム。
「皆に直接飾る栄誉をもらってもいいかな」
「しあわせたくさん……ベル、わがままになってない?」
「もっと我侭になってもいいくらいだよ」
 我慢や、頑張りや、悲しいこと。何かの土台があって幸せが得られるなんて誰も決めていないのだから。
(友達や仲間になら、尚のこと。笑顔で幸せになってほしいじゃないか)
 カランッコロン♪
(わすれない。だいすきなみんなが。そばにいておしえてくれた、しあわせないちにち)

 部屋で待つ子達にも何かお土産を。そういって覗いた雑貨屋で見つけたのは鈴蘭の髪飾り。まさに今真の髪に飾られた一輪に特に似たものを選んでお買い上げ。
「少し、そのまま動かないで……ほら、できた」
 真の黒髪にある一輪と同じ場所に、お返しだよと付ける。
「うん。とても似合っているよ」
 お揃いにしてみたんだ。言いながら頭を撫でればもっともっととすり寄ってくるシトロン。
 屈んだままの真の首に抱きついて。大好きな真の匂いに更によろこびが募ったのか、尻尾もいっそう激しさを増している。
「しばらく抱っこで行こうか? お土産、一緒に選ぼうね」

 鈴蘭を配る皆を飾った後、次点でルカが渡したいと思う相手は、他と比べて荷が多いように見える者達。荷物の邪魔にならないよう、問いかけてから髪や胸ポケットにコサージュを付けていく。
(この街だけに限らずに。もっと広く、遠くに。優しい想いと幸せが届きますように……)

「よろしければ、記念撮影のお手伝いもしていますよ」
 鈴蘭の影に入れてある魔導カメラを示す都に、是非と笑顔が返った。

「折角の模様が分かれてしまっているのが勿体ないです」
 ユメリアの齎す褒め言葉でもあり、惜しむ言葉でもあるそれに感謝を告げてから。
「皆で分けて食べる、そうやって幸せを分かち合うのさ」
 並び合う二切れを指し示して、くすくす笑うシャーリーン。前は繋がって一つの模様だったと分かるその線を、触れないギリギリの場所でそっとなぞる。
「ほら、幸せの欠片って感じがするだろう?」
 元々は同じ幸せ、つまり一台分ごと。模様が繋がった状態となるように籠に詰めていく。それを、二人分。
「これは是非、皆に配る足しにしてほしいな」
 香りに釣られ受け取った高瀬 未悠(ka3199)の声に少しばかり残念そうな色が混じる。
「今すぐ食べたい! ところだけど……取り置きってお願いできるかしら」
「それは構わないけれど。休憩時間をお楽しみに、だ」

 芋と豆のパテを葉物野菜で包んだスープ煮も、互いの小皿に半分こ。サラダを食べる間にきっと食べやすい温度になってくれるはず。じっくり焼き上げた根菜のステーキは口の中にやさしい甘味も広げてくれる。
 隣のテーブルに届けられたメレンゲ焼き、その香りにバーニャの耳がピンと立つ。
「お食事が終わるころに届けてもらえるから」
 ソナの声に耳が、ぴくり。

 口の中でほろりととけるメレンゲ焼きは林檎の蜜をしっかりと吸い込んでいる。焼きたてだからこそ強く感じられる甘さにジュードの頬が緩む。
(勝たにゃあならん)
 この笑顔を守りたい、その意思は固まっている。恋人の幸せそうな様子はかけがえのないものだ。なのにエアはまだその先を決めていない。
 これまでずっと先送りにしていたが、決戦が迫っている今、ついに決めなければならないと感じている……宿命と恋人のどちらを選ぶか。
(バレているだろうが)
 迷いの中にいる自分には触れずにいてくれた恋人を見ながら珈琲を一口。
(……待てよ、ジュードの希望を俺は聞いたか?)
 自分だけで決める事ではないと、それが自分の悪い癖だと思考を止める。
 以前なら相手の希望を聞かずに決めて宿命を選んでいただろう男は、答えを聞いてから悩んでも遅くないと、そう考えている時点で随分と宿命という鎖を緩めている。

 幸せを示す包みが腕いっぱいになるころに、ソルの鼻腔を擽る甘い香り。
「ふぁ。林檎のにおいです~♪」
 誘われるままに辿り着いた金槌亭でメレンゲ焼きを頬張れば、いつも可愛がっている子達の喜ぶ顔も見たくなる。
(皆で食べられるお菓子は、持てるだけいっぱい買わなくちゃです)

 カウンターの端。盃を片手に、故郷のお祭りを思い出す。
(戻れたら……休みを合わせて出かけてみたいわ)
 自然に腕を組む関係になったなら。揃いの飾りも当たり前に身に着けられるだろうか?
 未来とヴルストを肴に、マリィアの休日はゆっくりと過ぎていった。

 食べ終わっても香る蜜の出どころを探れば、食べる時に口からはみ出した分がバーニャの口の周りで光っている。
(甘いのが良いみたいね)
 嬉しそうに鼻をひくつかせる様子に、微笑みが浮かぶのを止められない。
「いっぱい楽しめたかな。べとべとのままじゃ、お外に行けないよ?」
 慌ててナプキンで拭う様子にくすりと笑みを零してから、会計のために鈴蘭の籠を持ちあげる。
「美味しかったそのお礼に、一緒におすそ分けもしようね」

「戦いが終わって、全てが元通りになったら……ジュードは、どうしたい?」
 考え込む様子もかっこいいと見とれていたから、改めて言葉を呼び出すためにジュードは顎に指をあてた。
(店は続けたいな、でも、もう少し大きなことが出来たら楽しそうだよね)
 でもきっと、聞きたいのはそれじゃない筈。それが分かっているからジュードは脳内絵図を広げる。
 エアさんがいつ来ても良いように部屋は整えておくし、着替えは一式を数組、食事だってすぐに対応できるように備えて……
(あれ、今とあんまり変わんない?)
 なんだ、簡単じゃないか。
「商いしながら、エアさんが帰ってくるのを待ってるよ」
 たとえ、長い旅に出ても。貴方という幸せが再び訪れる場所で在りたい。

 幾つもの店を巡り、各々で満足の行く買い物を終えたあと。ようやく出会えた鈴蘭配りの巫女。その少女に差し出された鈴蘭に手を伸ばしながら、躊躇いがちに口を開くのはざくろ。
「あの……あと3つ、貰ってもいいかな」
 すぐ傍の妻達に気付かれない程度に、けれど巫女に言外で伝わるようにと視線を向けるその頬は、照れくさいのか赤く染まっている。
「ありがとう! 勿論、幸せをこの先も続けていきたいからね」

 妻達一人ひとりの前に立って、鈴蘭を差し出すざくろ。
「ざくろ、皆と一緒に過ごすだけでも幸せだけど」
 アデリシアを抱き寄せて口付ける。互いの手に有った鈴蘭は、熱を交わす間にゆっくりと交換していく。
「こうして幸せを形にして、皆と交わせるのも嬉しいし」
「あら、ナニを? なんてね~……ンッ」
 妖艶に微笑むアルラウネの、その視線にざくろの頬の熱が増したのは勘違いではないようだ。口付けながらアルラウネの手はざくろの髪を辿り鈴蘭を飾る。同じように返そうとしたざくろの手を誘導して胸元に付けさせた。
「花と一緒に、触れあう幸せだって」
 受け入れた後の短い時間。自分からも鈴蘭を贈りながら、ソティスは耳元に囁く。
「……公衆の面前だ。続きは帰ってから、な?」
 屋内でしか感じとれないはずの身体の熱に、つい言葉が零れ落ちた。鈴蘭を受け取るその瞬間、柘榴の笑顔に頬が染まるのは止められない。
「皆、一緒にいてくれて、幸せを分け合ってくれて、ありがとう」
 キスを受け入れながら、菊理も皆の幸せを祈る。一番大きく祈りの向けるのは、やはり夫であるざくろだ。
(妻がたくさん居る分大変だろうから、な)
 その中でも平等に接しようと尽してくれる、その温もりを確かに胸の内にしまいみながら、菊理は感謝の気持ちもしっかりと、鈴蘭に籠めた。

 焼き上がりを待つ間、客が途切れた頃合い。シャーリーンは小さなボウルで材料を混ぜ合わせていく。特別に用意した氷も使いながら、口当たりが特別滑らかに仕上がるように、丁寧に泡立てるのはそれだけ気持ちを込めるからだ。
 二つの型に注ぎ込むその時も、泡とは別、余計な空気が入らないように気をつけて。まだ残してある氷に直接触れないよう、二つの型をしまい込めば、あとは時間を待つばかり。

 抱き上げられている分手が空いているからだろう、そこに在ることを確かめるように何度も髪飾りに触れるシトロンを見る真の目は優しく細められたまま。
「皆へのお土産は、私達の分も合わせてお揃いにしてもいいかもね」
 大判のハンカチーフなら、使い勝手もいいかな? 体格に合わせて違う大きさにしてもいいかもしれない。
「お菓子だと同じものは難しいかもしれないけど。種類を揃えれば一緒に食べられるよね。シトロン、気になる匂いはある?」
 まずは自分達の好む味を探しに行こうか。

「いらっしゃいませぇ、スズラン型のお菓子はいかがですかぁ」
 まずは客の意識を向けることから。緋毛氈の鮮やかさと、大きな日傘をさしかけた長椅子は東方らしさの演出だと視覚に充分うったえている。ならば必要なのは今この場所にある理由だ。ミュゲの日に合わせた品揃えだということを、ハナはしっかりとアピールしていく。
「干菓子なら日持ちもしますからねぇ、しばらくは今日の思い出に鈴蘭の模様を楽しんで、あとでゆっくり食べるなんてことも出来ますよぉ」
 単品ではなく薄茶霰、つまり霰とニッキが入った甘いグリーンティーに添える品だ。今日この日になるまで、何度も何度も型に詰めては外し、干しては包み……充分な量を揃えるために過ごした日々を思えば、是非完売を狙いたいところなのだ。

「待っていたよ、2人とも」
 言いながらシャーリーンが差し出すクレメ・ダンジェは二人のため特別に用意された一品。
「この純白は、2人が持つ護る気持ちの象徴。その気持ちに見合うよう仕上げたんだ、きっと幸せを呼びこんでくれるさ」
 さあ、召し上がれ?
 ミラ用のスプーンにも一匙掬い上げて。一緒に最初のひとくちを、ぱくり。
(美味しい……!)
 口に入れた途端甘さが広がる。ひんやりと優しい口当たりをどう例えればいいのだろう?
「宝石みたいです」
「それよ! 流石ユメリアっ」
 隣で呟くユメリアの言葉があまりにもしっくりきて、未悠は何度も頷いた。

 旅立ちの朝に 焼きたてのパンが門出を祝う
 窓辺におりたつ青い鳥が 出発の時を待っている
 サンドイッチに期待と願いをめいっぱい詰め込んで
 幸せの香りが 連れてくるのは道標

 迎えてくれた腕の中 ただいまの声が響く
 鳥籠の中に舞い落ちた青い羽根 当たり前の日常を示してる
 大好きな皆と一緒に囲む夕食は笑顔めいっぱい溢れてる
 幸せの味が 教えてくれた愛情

 お礼にと歌いあげた未悠とユメリアの歌声はシャーリーンに捧げられたもの。
「気付けば家の中に在ったのだったっけ」
 物語の中に入ってしまったみたいだ。
 思い出すのは蒼界の童話。確かにモチーフとしても好んでいるし、なにより自分自身、幸せを届けられる存在、身近な幸せに気付かせる切欠を齎す存在でありたいと想ってきた。
 未悠もそれも汲んでくれたのだろう。
(誰かを幸せにできれば、その笑顔を見られれば、あたしは幸せになれる)
 その信念とも呼ぶべき想いは揺らがない。けれどこうして、正面から。強く幸せを願われるとどこか心の奥がこそばゆい。勿論、嬉しいという気持ちが一番だ。
 歌は呼び水となり、ハミングバード・キッチンが齎す甘い香りに気をひかれる人が増えているようで。
「青い鳥が運ぶ幸せの欠片、また新たに焼き上がったよ!」
 オーブンの合図に背を押されて、より一層励もうと声をあげた。

 焼き菓子のようなバターの香りとはまた違う、とろりとした甘い香りは二種類。口当たりもさらりとやさしい漉し餡のお汁粉と、みたらし団子のタレである。
 汁粉に入れるお餅と、三個一串の団子の内一つに鈴蘭の焼き印が入っているので、勿論これらもミュゲのお菓子だ。餅そのものが白いのも馴染みやすさを増している。
「笹の葉がたぁくさん、用意できればもっとよかったんですけどねぇ」
 干菓子用の木型の発注と、焼き鏝の自作までが限界だった。主に準備期間という制限の都合なので仕方ないのだけれど。
(でもぉ、そういった見極めができるのも、女子力の見せ所ですからねぇ)
 そう思うハナは勿論声に出すことはしない。何より接客業なのだ、笑顔が一番☆
「出来ることはしましたからねぇ。さあ、張り切って続けますよぉ!」
 もう何度目になるのだろうか。息をしっかりと吸い込んで、声を張り上げる。
「幸せを贈る特別な日に、いつもと違うやさしい甘さのお菓子はいかがですかぁ! うちの商品を頼んでもらえるなら、休憩も出来ますよぉ☆」

 渡された鈴蘭の数は多く、花輪のようにルナの髪に並ぶ。花の数は、それだけルナがたくさんの幸せの欠片に出会った証。
 別に分けて貰った鈴蘭は腰に下げた籠に。花を贈るときはハミングでメロディを補って曲を繋げていく。
 未悠の歌が響きわたり、ユメリアの歌が追いかけていく。伴奏とコーラスで支えながら、ルナの音が更に街中に広がっていく。

 微笑みのそばに想いを見つけた
 いつかやさしく綻ぶその時を楽しみに
 願いましょう この熱が伝わるように
 願いましょう 声に温もりに乗せて

 花開いた隣で手に入れた未来
 足は止めずに前を見つめ抱きしめて
 祈りましょう ずっと続きますように
 祈りましょう 風よこの愛を誘って

 歌うことや、声を重ねること。それがこんなに楽しくて、喜びにあふれていることを未悠に教えてくれたのは親友達。一人ひとりの姿を見つめ、これまでの幸せな音楽を思い浮かべながら未悠は歌い続けている。
(彼女達の未来が幸せで溢れますように)
 誰かの幸せを想う祈りが、歌にのって広がればいいと願っている。 
 鈴蘭のコサージュを揺らしベルを鳴らすミラの尻尾がリズムに合わせて揺れるのを追ってみれば、丁度自転車が郊外へと向かっていて。
 とてもとても、見覚えがある。連れが居るようだと目を凝らせば、表情がやわらかくなっていると分かる。
(……幸せになるのよ、リク)
 直接は届けられない言葉の代わりに、想いを歌に込める。未悠が幸せを願う大切な人達の中に、勿論彼も入っているから。

 銀嶺のフレームが心地よいはずの日差しを照り返す。
(これ、結構……)
 鈴蘭を配る顔馴染みの巫女に挨拶ついでに、見晴らしの良い丘の場所を聞いた。彼女達に貰った花は籠に入れて、折角だから行こうと思った。
 一人だったらそんな提案しなかった。一人だったらこんな激坂さっさと諦めてる。
「頑張って下さいまし」
 少しでも負担を減らそうと、キヅカ・リク(ka0038)の腰に腕を回し身を寄せる金鹿(ka5959)の存在は大きい。
(とても、近いですわ……)
 逞しい筋肉の躍動、特に背に籠もる熱。いつも遠くに望んでいた危うさの片鱗を感じとりながら、目を眇める。
 信頼しているけれど、だからこそ止められない。いつか灼き尽くしてしまいそうな命の灯に必要なのは、より強く灼えるため共に戦う補助なのかもしれない。けれど金鹿は強風を遮ることができるランプこそ、リクに必要だと思う。
「……私が、なれたらいいのに」
 帰るべき理由であり、その場所に。
「鞠ちゃん、なんて?」
「聞き間違いではございませんの?」
「えー気になうぁっ!?」
 振り向けないかわりに声量をと大きく口をあけたリクが体勢を崩しかけ……立て直す。
「……口、開けない方がよろしいかと」
 想いは向かい風に消えず、金鹿の胸の内に灯り続けている。

「……髪、結っても?」
 久しぶりの師団長は無造作に髪をくくっている。
(飾りたい……)
 幸いにもリボンは余っていて、ついルカの口をついて出た願望にカミラが頷く。鈴蘭をリボンと共に灰の髪に編み込んで、落ちないようにヘアピンも使って整えた。
「手伝いだけでもありがたいのだが……なんだ、気恥ずかしいな?」
 焼き菓子の詰め合わせを、ささやかな礼にと差し出された。

「着いたから言っちゃうけど、坂舐めてた!」
 声に達成感が滲むのは止められない。エスコートが終わるまではと脚の悲鳴をやり過ごしながら金鹿を降ろせばくすくすと笑い声。
「応援があったからいいけどね」
 休憩優先とばかりに寝転ぶリクの身体を草花の絨毯が受け止める。
「お行儀が悪いですわ。せめて頭の下くらい、何か」
「じゃあ鞠ちゃんが膝枕してくれんの?」
「なっ」
「ほら、お互い身軽なまま来ちゃったし?」
「……だ」
「え、なに?」
「駄目とは、言っておりませんわ」
「マジで?」
「気が変わる前にお早く!」
「それじゃ、失礼シマス……ぷっ、くく……!」
「それこそ失礼ではありませんの?」
「いや……だってさぁ」
 見下ろした金鹿は、言葉を止めるしかなかった。
「こうやって……素直に笑えたの、久しぶりだった」
「……キヅカさんはいつも、忙しなさすぎるのですわ」
「仕方なくない?」
「『適度な』休息は必要ですわ」
「……ありがと」
 言いながら差し出される鈴蘭。
「鞠と会えて、良かったよ」
 短くなっただけなのに、名を呼ぶ、その響きに甘さが乗ったように聞こえる。願望が呼んだ錯覚だと自身に言い聞かせながら、金鹿も鈴蘭を贈る。
「奇遇ですわね」

 家へと戻るにはまだ早い時間。子ども達に出会えば籠の中の鈴蘭を渡していく。
 鈴蘭の精になったように振舞うバーニャの姿は特に、小さな子達が集まってくる。
(今度は、あの店にしましょうか)
 目を離さないように気をつけながら、ソナはバーニャと楽しめそうなお菓子を少しずつ、買い求めていく。
 鈴蘭が減ってできた、籠の隙間に入れる為だ。既にハナの干菓子や師団の焼き菓子、シャーリーンのガトー・バスクが入っている。

 帰りがけに渡された鈴蘭からは瑞々しい青さと、落ち着いた甘い香りが漂って。
「いい香り……そうです」
 来た道を逆に辿り、ソルは香水店へと戻っていく。レディへの道標となるだろう、小瓶を求めて。

「……自覚はあるんけど」
 帰り際。忘れ物との言い訳で売り場に戻った白藤は、脳裏に残っていた花冠と、もう一つ。小さな花束を手に入れた。
(臆病やな)

「イルムさんも。また何時か遊びに行きましょう?」
 未悠やユメリアの居る場所へも足を運べた。歌声を重ねながら鈴蘭を贈り合った戻りがけに出会えた友人にも、ちいさな約束を添えることができた。
 やり残したことはなかっただろうか?
「お土産、買っていこうかな?」
 ひとまずは兄の分を。林檎味のお菓子を視界の端に捉えて、クレティエは思考を巡らせる。日持ちがするようなら故郷にも……そういえば。
(今もあるのかな)
 思い出すのはスズランパン。慌ただしい時期だけれど、時間が取れたら一度顔を出しに行くのもいいかもしれない。

 ユメリアの青銀に鈴蘭をそっと差し入れてから、梳くように触れた髪にキスを贈る。香りを楽しむのと同じほどの、瞬きの合間。
「貴女の幸せは私の幸せだわ。大好きよ、ユメリア」
 言葉では表しきれない程の想いを伝えるために選んだ行為は、ユメリアの心のダムを強く震わせる。
「未悠、さ……」
 声がうまく出せないというのに、頬ばかり濡れていく。すぐ傍にある未悠の手、その指先にキスを返してから、別にしておいたブーケを握りこませる。
(あなたと一緒なら、幸せは毎日訪れます)
 だから、特別なあなたのためだけに。気品ある薔薇も合わせ調香した、祝福の証を。
「返しきれる気がしないわ?」
 でもね、これはってものを見つけてあるの。嬉しそうにブーケを抱きしめる未悠が取り出すのは、鈴蘭の花を象った香水瓶。

 往路と違い、背にかかる金鹿の温もりにも多くの意識を割ける。
(久しぶりの感覚……これって、さぁ)
 負う側と追う側。自覚はともかく、どちらが先なのだろうか。

 巫女達の持つ籠の中身もずいぶんと減っているらしい。丁度よかったと思いながらソナは一人に話しかける。
「皆様にも幸福が訪れますように……ね、バーニャ」
 籠の中に残った一輪を差し出したバーニャに、巫女が一輪を贈りかえしてくれる。
(家で飾って……長く楽しむために、押し花にするのもいいかもしれません)

 受け取った鈴蘭を潰さぬよう、大事に抱えるアデリシア。
(あとでコサージュにでもしてみましょう)
 今日の記念にもなるのだから。材料はきっと、この後の買い物でも揃えられるだろう。
 しかし彼女達の夫はざくろである。勿論、口付けだけで終わらなかった。
 拠点に帰ってからの、最後のサプライズ。
 四人の妻達全員の目をかいくぐるのは本当に難しかったけれど、どうにか機会をつくっていたざくろ。家族全員でお揃いにしようと選んだのは鈴蘭の花の小さなチャーム。
 皆で幸せに。愛情溢れるその言葉に全員で盛り上がったのは言うまでもないのである。

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参加者一覧

  • 白き流星
    鬼塚 陸(ka0038
    人間(蒼)|22才|男性|機導師
  • 幸せの青き羽音
    シャーリーン・クリオール(ka0184
    人間(蒼)|22才|女性|猟撃士
  • ユニットアイコン
    ハミングバード・キッチン
    ハミングバード・キッチン(ka0184unit002
    ユニット|車両
  • 空を引き裂く射手
    ジュード・エアハート(ka0410
    人間(紅)|18才|男性|猟撃士
  • 戦神の加護
    アデリシア・R・時音(ka0746
    人間(紅)|26才|女性|聖導士

  • ルカ(ka0962
    人間(蒼)|17才|女性|聖導士
  • 母のように
    都(ka1140
    人間(紅)|24才|女性|聖導士
  • 神秘を掴む冒険家
    時音 ざくろ(ka1250
    人間(蒼)|18才|男性|機導師
  • エルフ式療法士
    ソナ(ka1352
    エルフ|19才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    ユキウサギ
    バーニャ(ka1352unit001
    ユニット|幻獣
  • 光森の奏者
    ルナ・レンフィールド(ka1565
    人間(紅)|16才|女性|魔術師
  • 赤き大地の放浪者
    エアルドフリス(ka1856
    人間(紅)|30才|男性|魔術師
  • えがおのまほうつかい
    ベル(ka1896
    エルフ|18才|女性|魔術師
  • シグルドと共に
    未悠(ka3199
    人間(蒼)|21才|女性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    ユグディラ
    ミラ(ka3199unit002
    ユニット|幻獣
  • 天鵞絨ノ空木
    白藤(ka3768
    人間(蒼)|28才|女性|猟撃士
  • 星の音を奏でる者
    エステル・クレティエ(ka3783
    人間(紅)|17才|女性|魔術師
  • 部族なき部族
    エステル・ソル(ka3983
    人間(紅)|16才|女性|魔術師
  • 黒髪の機導師
    白山 菊理(ka4305
    人間(蒼)|20才|女性|機導師
  • 甘えん坊な奥さん
    アルラウネ(ka4841
    エルフ|24才|女性|舞刀士
  • 凛然奏する蒼礼の色
    イルム=ローレ・エーレ(ka5113
    人間(紅)|24才|女性|舞刀士

  • 鞍馬 真(ka5819
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    シトロン
    シトロン(ka5819unit004
    ユニット|幻獣
  • ベゴニアを君に
    マリィア・バルデス(ka5848
    人間(蒼)|24才|女性|猟撃士
  • 命無き者塵に還るべし
    星野 ハナ(ka5852
    人間(蒼)|24才|女性|符術師
  • ユニットアイコン
    トウホウチャヤケンギョウ
    東方茶屋兼業トラック(ka5852unit001
    ユニット|車両
  • 舞い護る、金炎の蝶
    鬼塚 小毬(ka5959
    人間(紅)|20才|女性|符術師
  • 白狼は焔と戯る
    ソティス=アストライア(ka6538
    人間(蒼)|17才|女性|魔術師
  • 重なる道に輝きを
    ユメリア(ka7010
    エルフ|20才|女性|聖導士
  • 天鵞絨ノ風船唐綿
    ミア(ka7035
    鬼|22才|女性|格闘士

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ミリア・クロスフィールド(kz0012
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2019/05/07 01:43:09