• 王戦

【王戦】王都郊外。ただの勝利では足りない

マスター:馬車猪

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
  • relation
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2019/05/30 19:00
完成日
2019/06/02 15:56

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 王国の土地は豊かだ。
 作物も大量にとれ、当然ではあるが人口も多い。
 その首都も必然的に膨大な人口を抱えることになる。
「わー、人がいっぱいだぁ」
 王都イルダーナから……正確には王都およびその周辺地帯からの避難が始まった。
 王都内に留まる者や、王都内の安全な場所に向かった者の方がはるかに多い。
 今避難を始めたのは、傲慢勢力の襲撃に怯え先走って逃げ出した少数派の者達だ。
 少数派とはいえ母数が膨大なので、並の都市の全人口より多かった。
「夏と冬のイベントみたいですぅ」
 シスターコスプレの新人ハンターが虚ろな目をしている。
 人がつくる川の幅が100メートル近い。
 警邏や聖堂教会の人間が必死に呼びかけ誘導しているが、あちこちで人の流れが滞って小さな揉め事が頻発しているのが分かる。
「ハンター、来たぞ」
「あ、はーい。先に行きますねぇ」
 思い切りアクセルを踏む。
 リアルブルーでは教習所に通ったこともそもそもバイクに触れたこともなかったのに、今では大型の魔導バイクがコスプレシスターの移動手段だ。
「雑魔が2体だ。……糞っ、また出たのか。私は別方面へ向かう」
 膨大過ぎる足音と囁きが警邏の声を掻き消す。
 少しだけ混じった耳障りな音は、小学生低学年以下の子供の泣き声だろうか。
「これってR18Gですよねぇ」
 覚醒に伴い向上した身体能力で以て、暴れ馬なマイバイクを片手で操る。
 利き腕をママチャリ風前籠に伸ばして、異様に太くて重そうなショットガンを軽々持ち上げた。
「危ないですよー」
 転けた少年少女と必死に手当てしようとする親を10メートルほど通り過ぎて急停止。
 相変わらずの目つきのまま極太ショットガン(ただし長さ据え置き)を両手で構えて引き金を引く。
 泣き声が大きくなる。
 何もない場所に当たった散弾が土煙を発生させる。
 コスプレシスターは表情も変えずに撃ち尽くし、慣れた手つきで弾倉を入れ替えた。
「サブクラスをとれるような人達なら狙って当てられるんでしょうけどぉ」
 初夏の風が土煙を薄れさせ、中から人の一部に似た異形が這い出てくる。
 鉄製ガーゴイル像の、胸から上だろうか。
 一見金属に見えるのに肌は奇妙なほど生々しく、人間の体を邪悪な手段で加工したようにも見える。
 肩から伸びる翼が地面を打つ度に、喜びの感情のみに染まった顔面が踏み固められた地面に押しつけられた。
「凡人な私は凡人らしく戦いますよぉ」
 数打ちゃ当たる。
 骨まで響く反動が最高に気持ちよくて、化粧の上からでも分かるほど顔が赤くなる。
「まず1匹ぃ!」
 雑魔の頭蓋の右半分が壊れ、内臓にしか見えない物が零れて砕けた。
 コスプレシスターは無言で動いて子供の視線を遮り、注意を引きつけるため調子外れの笑い声をあげる。
「あのお姉ちゃん怖い……」
「駄目っ。目をつけられたらどうするのっ」
 生き残るため、誰もが頑張っていた。

●ただの勝利では足りない
「すみませーん。実質飛行ユニット限定依頼です」
 オフィス職員が依頼への酸顔呼びかけている。
 非常に珍しい。
 飛行手段があれば有利にある依頼は結構あるが、飛行手段必須という依頼はまずないはずだ。
「転移の準備が整うままでこれを見て下さい。現地の情報が……」
 司書パルムが気を利かせて立体映像を用意してくれた。
 人の、波だ。
 避難中にしては落ち着いているとはいえ、軍隊や軍隊じみた整列や移動はできていない。地上ユニットで通り抜けるなら大変だ。
 波が動揺した。
 鉄色の異形が波に近づけば近づくほど波の速度が落ち形も崩れていく。
『通してくだ……んんっ、もう大丈夫よみんな!』
 アニメ声になった。
 原色を多用した装備の少女が人の波から抜け出し異形の前に立ち塞がる。
 機能面より見た目を優先したとしか思えないドレスアーマーは凜々しくも可愛らしく、青みを帯びた緑の長髪によく似合っていた。
『みんなは絶対、わたしが』
 両手で掴んだ大型の柄に力を込める。
 マテリアルにより2メートルを超える刃が形成され、ドレスでごまかされてはいるが力強い太さの腕でしっかりと支えられる。
『守るからっ!』
 歪虚へ駆け出し巨大な刃を振るう。
 閃光が横に伸び、元人間だった中身を晒させることなく数体まとめて焼き尽くす。
 見た目が派手なだけの、未強化の薙ぎ払いであった。
『やべぇぎりぎりじゃん……んんっ、警邏の人や聖堂戦士団の人の誘導に従ってね。大丈夫、女王様と騎士さん達が怖い歪虚をぜーんぶやっつけてくれるから!』
 振り返ってにこりと笑うと、どこからともなく拍手が始まりヒロインを演じるオートマトンを赤面させた。
「見終わりました?」
 職員が戻ってくる。
「彼女が……ソングライトさんが小芝居をしているのは彼女の趣味ではありません」
 ヒロイン・ソングライト。
 エバーグリーンでハンターに助けられた後も色々あったオートマトンではあるが、今では普通よりちょっと残念な感じのハンターだ。
「傲慢王が意図しているのかどうかは分かりませんが、視覚的精神攻撃の効果がある雑魔が避難民に襲撃を繰り返しています」
 鍛えたハンターなら怒りながら、あるいは耐えて倒し続けることができる。
 しかし戦いの経験がない非覚醒者なら、近くで戦いを見ることにも耐えられないかもしれない。
「現地には大量の避難民がいます。彼等の視界に入る前に雑魔を倒すか……」
 小芝居でも何でもして、士気を落とさない形で雑魔を滅ぼして欲しい。
 無茶な要求であることは分かってはいるが、そうしないと避難民が大勢死にかねないのだった。

●道
「2人ともここにいたか」
 女騎士が3人分の食事を運んで来た。
 固いパンとジュースの500mlペットボトルがそれぞれ1つ。
 戦闘を10近く繰り返した後食べるものとしてはかなり少ない。
「固いですぅ」
「無果汁苦手ー」
「食べながら聞け。隣の区域でも避難民が増え聖堂戦士団が引き抜かれた」
 コスプレシスターがよろめきオートマトンが咽せた。
「今後は休憩時間無しで動いて貰う。避難民が王都に戻るか……王都が陥落するまでだ。陥落したら私の指示を受けずにクリムゾンウェスト連合軍に合流しろ」
「負けてるんですぅ?」
「わ、私はっ」
 勢いよく立ち上がったオートマトンが、清潔なハンカチでパン屑だらけの口元を拭かれた。
「予想がつかない」
 ハンカチをポケットに突っ込み、女騎士がペットボトルを一息で飲み干す。
「だから最悪の展開も考えるしかない」
「道は守らなくていいんですぅ?」
 人間同士の視線がぶつかる。
 状況が分からずオートマトンが混乱する。
「陛下は避難民の安全を望まれる……と思う」
「了解。……できるだけ、どっちも切り捨てることにならないよう気を付けますぅ」
 ハンター到着の、1時間前の出来事だった。

リプレイ本文


 雑草の茂みが散弾で揺れた。
 人間なら一部が当たっただけでも絶命する威力があるのに、そこに潜んだ物を倒すには全く足りない。
「倒した?」
 決して油断はしなかった。
 いつでも逃げられるようエンジンはかけっぱなしで、見た目よりずっと重い戦闘用カソックを緩めず着こなしている。
 それでも足りない。
 鉄色の上半身が飛び出す。
 反応が遅れ回避は間に合わず、頑丈さが取り柄のショットガンを横にして受けた。
 治療痕がある前歯が銃身にくい込む。
 背後の数十メートルから、悲鳴と失望のため息が聞こえた気がした。
「苦戦しているじゃねぇか!」
 せせこましい感情など知らぬと、豪快でそれでいて高い技術を感じさせる歌が響く。
 その発生源は1羽の鳥。
 否。
 その背に立つ赤毛のハンターその人である。
「なにものですぅ?」
 銃身が喉元まで押し込まれている状態で、棒読みではあるが合いの手を入れる。
 ボルディア・コンフラムス(ka0796)は、新人ハンターの根性の座りっぷりに心底楽しげに破顔した。
「名乗るほどのモンじゃねぇが」
 電子楽器を弾きながら振り上げる。
 まさか、というつぶやきが新人から漏れる。
「みんな生き残ろうって踏ん張ってんだ。ぜってぇに誰も死なせやしねぇ!」
 全身の筋肉が美しく躍動する。
 楽器が鈍器として大きく振りかぶられ、激しい音をたてながら鉄色の異形に振り下ろされた。
 速く、正確で、巧い。
 インパクトの瞬間に歪んだ頭部を押してショットガンから引き離し、新人の安全を確保してから本気の力を出す。
「えぇー」
 一方からの力だけで雑魔が歪む。
 雑魔が1つだけの腕を振り回しても口を開閉させても何の役にも立たず、そのまま芝生じみた緑の野に打ち付けられ撃ち込まれる。
「俺を信じろ!」
 歓声が轟いた。
 圧倒的な武力の持ち主が歪虚を蹴散らす様を見て、追い込まれストレスに満ち満ちていた避難民が感情を爆発させた。
「いい受けだったぜ」
「精進しますぅ」
 互いに目を合わさず小声で声を交わす。
 戦いだけを考えるなら、敵の消滅の確認、周囲の警戒、簡易でも装備の点検を行うべきなのだが今はそれ以外に重要なことがある。
「騎士団も女王もこの国守ろうって気張ってんだ。国民であるお前らが気張んなくてどうすんだぁ!」
 盛り上がった観衆を熱い言葉で煽る。
 良くも悪くも保守的な王国民達は簡単に煽動に乗ってしまい、周囲の……100メートル離れた同規模の集団に迷惑がられるほど騒いでいた。
 その騒ぎに隠れてハンター達が雑魔の残骸を確認する。
「うわぁ、かんっぺきに潰れてますぅ」
「残っているってことは作られてから時間が経ってねぇな。傲慢どもも酷ぇ真似しやがる」
「あー、やっぱそういうことなんですかぁ」
 元から生気の薄いコスプレ娘の目からハイライトが消える。
「今のうちに経験値ためとけよ。っと次は……」
 素早く周囲を確認する。
 避難民は街道とその周辺に固まっている。
 周囲に広がる緑の絨毯にいるのは、少数の変わり者と、希に現れる極少数の異形のみ。
「ここは任せたぜ」
 ボルディアは飛行可能時間を温存するため、ポロウと一緒に走って行った。
「みなさーん、お祭り気分は後にしてくださいねぇ」
 傷ついた大型ショットガンはかなり威圧的で、浮ついていた空気が少し引き締まった。
「いつの間にか大仕事ですぅ」
 あれが噂に聞く守護者だろうか。
 基本的に安全な依頼と聞いていたのにと考えながら、軽くアクセルを踏んで一番近い雑魔を目指す。
 この速度でも雑魔が避難民の目には触れてしまうかなと、内心ため息をついていた。
「おい新人君、当たるなよ?」
 通信機経由で呼びかけられた。
「どこからで」
 新人が混乱する。
 砲声というには大きすぎ激しすぎる音が大気を振るわせる。
 おどろおどろしい火の玉を思わせる砲弾が弧を描き、ここからでは小さく見える雑魔の真上から直撃した。
 風が来る。
 大重量のバイクが揺れ、カソックの裾が激しくはためく。
「すぅっ!?」
 緑が消え、地面にクレーターが生じ、上昇気流で巻き上げられた土砂がキノコに似た形の雲を形作っていった。
「見物客への説明はそっちでなんとかせい。こっちは足が遅くてのぅ」
 大型砲を装備したダインスレイブがゆっくりと……平均的な男性の程度の速度で遠ざかっている。
「新人いじめ反対ですぅ」
「若い時の苦労は買ってでもしろというではないか。頼んだぞー」
 ミグ・ロマイヤー(ka0665)の朗らかな笑い声に、コスプレシスターの顔が痙攣に近い動きをした。
「よしよし、うまくやっとるではないか」
 ミグは満足そうだ。
 一部の映像がコクピット内で拡大され、清楚さと誠意を感じさせる少女の説得場面が映し出される。
 演技開始前と同一人物とは思えないロールプレイである。
「できれば次は音量下げて欲しいの」
 配給所からの通信だ。
「承知した。避難民にはミグから離れるように……」
「無理なの」
 ディーナ・フェルミ(ka5843)の声が沈痛に響く。
「暴動を予防するだけで精一杯なの。どうにかしてごまかしてなの」
「まあ、そうなるわなぁ」
 配給所方向の画像を拡大して肩をすくめる。
 ここだけで数千だ。
 東西と南に延びる人の列も数に加えると確実に万を超える。
「通常砲弾も準備しておいて正解じゃったわ」
 ダインスレイブ・ヤクト・バウ・PCの長所はグランドスラムのみではない。
 通常射撃攻撃の命中力と破壊力も非常に高い。
「いつ終わるか分からぬ防衛戦など悪夢じゃが」
 低速でも確実に接近し、1射で1体の雑魔を確実に滅ぼす。
 考えの浅い迷惑な観客が寄ってきたときには、フライトシステムで機体を浮かせて避けて次の敵を目指す。
「また強烈な奴が出て来たの」
 頭部が子供の要素を残した、何やらしゃっべているように見える雑魔が新たに現れる。
 戦闘用の動きからデモンストレーション用の動きに切り替える。
 見栄えはしても特に意味はない動作で砲を振り上げ、直射で十分なのにわざと弧を描かせて加速済み砲弾を目標手前に落とす。
「ミグの芸術的な爆煙裁きをとくとご覧あれ」
 父母へ助けを求める声も、それに混じる傲慢王への賛辞も、何もかもを吹き飛ばして避難民の精神を護り続けた。


 聖堂教会が用意した大鍋の前には長大な列がのび、それ以上の列が仮設トイレの前に生じている。
 どちらも小さな町の需要を満たすほどの数がある。
 が、避難民の総数は小さな街の人口を軽々超えているので足りていない。
「ディーナ様!」
 様呼ばわりにももう慣れた。
 単に訂正する時間が惜しいだけともいう。
「ピュリフィケーションを使うから負マテリアルに当てられた人を集めるの。10メートル四方に収まらない分は別にするの」
「しかし患者の体調が」
「致命傷になりそうなら言って。そうで無いなら後回し。少しでも節約しないと必要な人まで行き渡らないの」
 ディーナの本領は癒やしにある。
 治癒や浄化の法術が得意となのは当然で、その運用にも熟練している。
「ディーナ様!」
 また来た。
「ちゃんと無線を使うの。怪我人? だったらユグディラの近くまで連れてくの」
 そろそろ休憩したいの、というユグディラからの視線に気付かないふりをする。
「ディーナ様」
 周辺の警戒に当たっているメーガンからの通信だ。
「メーガンさんまで様言うななの。いけそう? なら予定通りでいくの」
 助祭や司祭を酷使しながら王国騎士を誘導する。
「アンプに回線繋いで」
 リアルブルーで見たことのある機材と比べると原始的だが多分王国では最新式に近い。
 配給所から見える、非常に元気に走る馬と騎士を確認してから、雑魔に接近された避難民に声を届ける。
「聖堂戦士メーガンは、みんなが呼べば現れる! さあみんな、声を合わせて!」
 高みから聖職者を導く守護者ではなく、可愛らしい声の司会のおねーさんとして振る舞う。
「メーガン、メーガンメーガン、メーガン!」
 東に1キロの地点でメーガンの名が連呼される。
「騎士メーガンと雑魔、接触しました」
「雑魔の消滅を確認」
 司祭達からの報告を小さな音で聞き、ディーナは戦場にいるときのような表情でテンポ良く声を出す。
「行け行けメーガン、僕らのヒーロー、悪い奴らをぶっ飛ばせー」
 普段の聖歌で鍛えているので、リズムも音量も素晴らしい応援ソングだ。
 現地では、黙っていれば威厳のある女騎士が必死に聖堂戦士役をこなしている。
「ディーナ様、次はどこに行けば良いのでしょうか」
「だから様付けするななの政治的にめんどくさいことになるの。配給所近くなら聖堂教会から指示を受けて、それ以外は勘で」
「了解。勘で行きます」
「前半忘れてるの。回りの人がパニックを起こして走り出そうとしたら将棋倒しで大惨事なの。一緒に頑張ろうなの、メーガンさん」
「了解です!」
 気合いの入った嘶きと雄叫びが、非常に遠くから聞こえた気がした。
 メーガンが聖堂戦士ならツィスカ・V・アルトホーフェン(ka5835)は騎士だ。
 剣を構えての突撃しかできないメーガンとは異なり、王国では見慣れぬ、帝国では既に広まっている魔導銃を使い立射で当てる。
 その隣ではポロウが翼を広げて愛想を振りまき、元人間の雑魔の死骸に避難民の目が向かないようしていた。
「これが王国騎士」
 ちらりとメーガンを見る。
 分厚い鎧を身に纏い、馬を変えながら長時間走り続けているのに疲労の気配がない。
 特大の剣を軽々振るう様はまさしく王国の武の象徴だ。
 剣は滅多に当たらず雑魔から馬を守るためにしか使われないのと、雑魔を倒すのが馬の蹄という部分に目を瞑ればだが。
「メーガン殿、貴方は……」
 本当に王国騎士なのかというという問いを口にするのを我慢する。
 メーガンは全く気づかずに大きな鉄弓を構え、新たに出現した雑魔に向け矢を放つ。
 速い。
 当たれば五体が揃った状態でも致命傷になり得る威力だ。
「援護します」
 今や観客と化した避難民の心を守るため、雑魔の7メートル上を通過した矢の代わりに銃撃で仕留めた。
「感謝します」
 目はいいらしい。
 ツィスカは比喩でなく頭痛に耐えながら、ポロウに乗ってメーガンと並走することにした。
 可愛らしい幻獣と凜々しい女騎士の組み合わせは実に映える。
 少なくとも、体力しか取り柄のないメーガンと馬よりはずっといい。
「なるほど」
 武具も馬具も使い込まれた上で良く整備されている。
 その草臥れ方からは、人を庇って歪虚と戦う様子が容易に想像できた。
 だが絶望的に足りない部分が多い。
「見つけました。あっちです」
 方角についての表現を忘れているので指で指す。
 馬を走らせ剣を突き出すが、剣の扱いが新兵よりまし程度なのでとにかくよく外す。
 そこだけ見ればただの無能。が、本人もそれを理解していて躊躇無く人に頼る。
「お願いします」
 ツィスカは無言で構えて狙って引き金を引き、哀れっぽく動く口と喉を打ち砕く。
 メーガンの目に嫉妬の色は無い。
 ツィスカへの賞賛と安全が確保できたことへの安堵だけがあった。
「なんて使い勝手の悪い……」
 凡人未満の要素が半分以上だ。
 宮中の警護や政治的な案件を任すのは不可能。他にも任せられない任務は多数だろう。
「?」
「いえ、良い師に恵まれたのですね」
 敵を探す技術と恐れず立ち向かう勇気と戦い続ける体力だけは足りている。
 上官が扱いを間違えなければ、王国騎士の名を汚さない程度の活躍はできる。
「ここは任せます。あなたは避難民の流れに沿って警戒を続けてください」
 ポロウを飛ばす。
 飛んでも飛んでも続く列は、王国が亡国寸前で踏みとどまっている現状を強く感じさせる。
「本番は日が落ちてから。体力は温存します」
 ポロウに言い聞かせ、這って前に進む異形を確実に滅ぼしていった。


 太陽が頂点を越えた。
 もう初夏なのに、温度が奇妙なほど下がって風まで出てくる。
「おかあさん、あれ何?」
 元気な子供が親に尋ねる。
 いつの間にか出ていた霧の奥から、小さな影と異形の足音がひたひたと迫る。
「助けに来たぜ!」
 空から元気な声が降ってくる。
 ワイバーンの翼が風を切る音が、疲れた耳に微かに届いた。
「薙ぎ払う! 光るからすこし目ぇ、閉じてろ!!」
 ワイバーンが蓄えたマテリアルを下向きに放つ。
 無数の光線が一度広がって、地表の2つの箇所に集中して下半身のみの雑魔を焼き貫く。
「酷いな」
 オウガ(ka2124)はワイバーンの背から飛び降り小さくつぶやいた。
 全部位が鉄色だった午前の雑魔とは異なり、肌色が半分ほどを占めていて嫌悪感を強烈に刺激する。
「もう大丈夫だ」
 子供に向かって明るく笑う。
 後ろ手に持った魔斧で残骸を凹みに押し込む。
 家族の中で母親だけが気付き、必死に奥歯を噛んで悲鳴を堪えた。
「そっちに教会の人間が来てるから暖かい飲み物を貰うといい」
 オウガは一家を見送り、雑魔の気配がないことを確認しても気は抜かない。
「ただ勝てばいいってわけじゃねえんだな」
 左右と後ろから視線を感じる。
 避難民を守るハンターへの、期待と不安と焦りが入り交じった刺々しい視線だ。
「ん。南だな」
 聖堂教会からの通信が届いた。
 避難民の恐怖が原因の誤報も多いが、本物の目撃情報も含まれていてしかもその割が徐々に増えている。
「飛ばなくていいぜ」
 翼を畳んだまま地を駆けるワイバーンが、背に乗るオウガをちらりと振り返った。
「向こう側に呼ばれたら飛翔の翼必須だからな」
 人が多いのだ。
 小柄な馬なら通れる程度の隙間はあるが、ワイバーンで突っ込めば大惨事確実な場所が数百メートル以上延々続いている。
「へぇ、強そうじゃん」
 小振りの四肢がついた似非ガーゴイルが、子供達だけの集団目指して走っていた。
「やらせるかよ、歪虚程度にさぁ!」
 オウガが高らかに吼える。
 咆哮を上げる巨大なレッドドラゴンの幻影が重なり、もとより真紅の毛が炎のように輝き揺れる。
 ワイバーンが地面を蹴った。
 飛翔する時間も惜しんで猛烈に加速。
 荷車踏んで跳び、呆然と見上げる老人の頭上を通過し、子供達から4メートル、歪虚から10メートルの距離で急停止した。
「後は俺に任せなぁ!!」
 斧を頭上に振り上げ啖呵をきる。
 そうしている間も足は止まらず、鞍を蹴って跳び子供の後ろへ着地、斧を振り上げたまま子供達の間をすり抜けた。
「大人しくあの世に行ってろ!」
 歪虚の肩から胸が砕けて後ろに転がる。
 倒れたまま薄い霧に紛れて近くの子供を狙おうとして、幻の腕が己の体に絡みついているのに気付く。
「おぅ、坊主……にかわいこちゃん達。すぐ終わるからな」
 二度と霧から出すつもりはない。
 祖霊の姿を纏って龍を思わせる姿となり、中途半端に人間に近い足と腕を斬り飛ばし、最後に頭と心臓を斧で潰して止めを刺した。



 オートソルジャーが付属品に見えた。
 本体は全長6メートルを越えるスラスターライフルだ。
 1連射10発という、リアルブルー基準では控えめな砲撃が100メートル先のガーゴイルもどきを粉砕した。
「凄い」
「でもちょっと怖くない?」
 避難初日なのでまだ余裕のある男女が騒いでいる。
 機械らしい見た目の自律型機動兵器に馴染みがないのだ。
 ルクシュヴァリエのような騎士らしい姿でもないので、頼り甲斐は感じても忌避感も同時に抱いてしまう。
「驚いたな」
 避難民のいない方角へ1キロ近く離れた場所で、カイン・A・A・マッコール(ka5336)が困惑に近い表情を浮かべていた。
「僕より巧くやっている」
 困惑の表情は棘だらけの兜で隠されている。
 鎧の隙間から噴き出す黒いオーラは悪い意味でも迫力満点で、子供が直視すれば泣き出すこともできずに倒れるかもしれない。
「連れてきた方が……いや」
 体格の良い馬を雑魔に向かって走らせる。
 人の体と心を残した雑魔が、傲慢王への崇拝と人への悪意を撒き散らしながらカインを威嚇する。
「間に合わないな」
 血色の刃をそっと構え、スキルを使わずとにかく目立たないよう斜め下へ突き出す。
 人間じみた皮膚に切っ先がめり込み、馬の速度と重さが伝わり首から腰までを斜めに断った。
 カインはこの1時間で9体目だ。
 オートマトン・レドリックスは先程のが2体目で、3体めの位置をカインが伝えたのにほとんど近づけていない。
 速度差があり過ぎるのだ。
「あれは……メーガンさんか」
 レドリックスが向かっていた個体に女騎士が向かっている。
「オートソルジャー、銃撃つ、てきとめる、まっすぐいく、たまあたる、あぶない、よこ、まわる、こうげきする、やっつける」
 オフィスでメーガンの残念さについて散々警告されたので、ひょっとしなくても怒られそうな、分かり易すぎる説明を通信で送る。
 そして、メーガンからの反応は予想を越えていた。
「カイン殿、何を言われてるかさっぱり分からん!」
 知性だけでなく記憶力も足りていなかった。
「メーガンさん、非戦闘員に誤射しないから気にせず戦って、なの」
「なるほど」
 ディーナの発言も、多分後ろ半分しか理解していない。
 それでも戦闘力は十分だ。
 上半身だけの体を腹筋の力で跳ねさせた雑魔を、馬を守るために振るった鉄塊で押し潰した。
「まあ……いいか」
 レドリックスに元の場所へ戻るよう通信を送ってから次の獲物を探す。
「こちらカイン、僕から……」
 方向と距離を伝える。
 馬を走らせればすぐの距離ではあるが、途中に避難民が密集している場所がある。
 密集地帯は左右に続いているので短時間で向かうのは無理だ。
「任せておけ」
 ルベーノ・バルバライン(ka6752)ともう1人は騒がしく向かっていた。
「ろくな経緯で身につけた力じゃないが」
 カインは馬の足を止め魔導銃を両手で構える。
 草陰から少女の顔と歪虚の表情を持つ雑魔が現れる。
「後ろの誰かを助けることが出来るなら、存分に奮えばいい」
 重い鎧を身につけ強靱な体力を持つカインの上半身がわずかに揺れる。
 反動に見合った威力を持つ銃弾が、犠牲者の残骸を親類が目にする前に砕くのだった。


 オートソルジャーの駆動音がドラムの如く響き。
 夜間戦闘用のライトが司会者用スーツ姿のルベーノを照らし出す。
 すらりとした長身で、絞り込まれた筋肉はスーツの上からでも分かるほどだ。
 しかしライトは彼から外れ、美々しいステージ衣装兼実用品に集中した。
「歪虚は私達が倒しますっ。みんなっ、少しだけ我慢して!」
 青みがかった緑の髪と、眩しいのに目には痛くない光刃が印象に残る。
 ちょっと手足が太いというか頑丈な印象だが、ドレスアーマーが巧くこまかしていた。
「ヒロインの一の僕、歌って踊れる筋肉とは俺のこと!」
 ルベーノの動きはキレキレだ。
 移動速度は瞬間移動じみていて、それでいてオートマトンを目立たせる動きまでしている。
「さあヒロインを称える歌を聞けー!」
 子供向けアニメ風応援歌である。
 子供だましでは断じてなく、鍛えられた肺と喉から紡がれる歌は物語のヒーローを応援するための歌だ。
「がんばれー」
「おねーちゃーん!」
 家を出てからこれまで笑顔がなかった子供達が応援している。
 ヒロインを名乗る彼女は顔を真っ赤にしたまま精一杯の笑顔を浮かべ、ウィンクした。
「ありがとっ。力を貰ったよ!」
 刃の光が強くなる。
 オートソルジャーは、雑魔の顔が避難民の目に触れないよう巧みに照明を操っている。
 バックダンサーらしくくるくる回ることまでしているので、さすがに攻撃にまでは手が回らない。
「たぁっ!」
 地道に鍛えた技と体力で、過去に見たフィクションの無駄だが華麗な剣技をトレースする。
 悲劇をもたらすため利用された遺骸が、追い詰められた民を勇気づけるための刃によって焼却された。
「本日のエンターテイナー 、ヒロイン・ソーングライトー!」
 無駄に華麗な動作で緑の髪を振り勝利のポーズ。
「助演、オートソルジャー!」
 彼女の相棒の如く背後に控える戦闘機械がくるりと回る。
「みなさん拍手をー!」
 そしてノリノリのルベーノの宣言で、1つの戦闘が終わるのだった。
「だから撫でるな! ちくしょー、妙に撫で慣れてるのが腹立つーっ」
 控え室という名の空倉庫で、オートマトンが地団太を踏んでいる。
「お前も随分ヒロイン稼業に馴染んだようだな。さすが一千年の長きに亘りサブカルを睡眠学習した英傑、サブカルの女王だけのことはある! 正に皆の夢と希望のかたまりだな」
 頭を撫でながら猫パンチを躱すという、技術的には極めて高度な技を披露している。
「避難民の士気が落ちていないのはお前のおかげだ、よくやった。まあお前の望む方向性とは多少違ったかもしれんが、この勝利と安全にお前が多大な貢献をしたことは間違いない」
「ぬぁー」
 パンチが止まる。照れ過ぎて首元まで赤くなっている。
 どれほどの技術と資材が投じられたか分からない水準で人間に近い。
「まあお前は俺が苦手だろうが、俺はお前のような相手は好きなのでな、諦めろ」
「私の心を弄んで楽しいかこの筋肉ーっ!!」
 罵声なのに甘い響きの、味わい深い声であった。


「巡礼陣か」
 人と土地を空から見下ろし、鞍馬 真(ka5819)は知的好奇心が刺激されていることに気付く。
 街道に沿って正マテリアルが流れている。
 規模は凄まじく巨大で、地平線の向こうにまで広がっているのが直感的に分かる。
「王国の切り札って奴かな。避難民を狙うのは間接的に巡礼陣を壊すためってことかも、って悪趣味な見た目だなあ」
 それでも双眼鏡から目を離さない。
「カートゥル、あそこに。翼はこれまで通り温存して」
 若きワイバーンは軽くうなずき、滑空に近い飛行で街道に沿い高度を下げる。
 その安定した飛行を見た地上で安堵が広がる。
 ハンターが慌てていないなら歪虚に対して優勢なのだと考えているのだ。
「そういう訳ではないんだけどね」
 瞳が一瞬だけ金に輝き落ち着いた蒼に戻る。
 カートゥルが滑らかに着地した後、常人離れしたマテリアルの一部を使って炎のようなオーラを纏う。
「ここは私に任せろ」
 逃げろとは言えない。
 避難民の数が多すぎ将棋倒しが発生しかねない。
 だから真は、強く尊い守護者としての演技を……実際は中身も伴っているが……徹底する。
「ありがたやありがたや」
 世界を繋ぎとめた伝承の名を冠する機械仕掛けの杖が、真の手にしっくりと収まり金の燐光を発している。
 真の力は真自身のものだが、やはり大精霊の存在感は非常に大きい。
 もっとも、一部の見る目がある者達にとっては徒歩なのに馬に似た速度で走る真の方が頼もしいが。
「明日明後日までなら守り切るけど」
 数時間前より負の気配が濃い。
 街道から離れるほど変化が顕著で、出現する歪虚の強さもその頻度も上昇している。
「それ以上続くなら援軍が欲しいね」
 蒼いオーラが星神器「カ・ディンギル」を包む。
 避難民からの歓声が歪虚の口から吐き出される呪詛を押し潰す。物理的な圧迫を伴う期待の視線が真に集中する。
 真は杖を剣として構え、わざと落とした速度で踏み込む。
 蒼い光が呪詛ごと切り裂いて、歪められた崇拝も微かな残滓も純粋な力で焼き清める。
「皆さんの協力に感謝します。でもあまり大きな声を出さないであげてください。助けを求める人の声がよく聞こえる方が、すぐに助けに向かえますから」
 魔導拡声機を手に余裕のある堂々とした態度で語りかける。
 子供に優しく微笑むと、男女を問わず何故か赤面された。
「鞍馬さん今大丈夫?」
「ディーナさんか。敵襲かい?」
 余裕のある表情を意識して保って、小声で通信機越しに答える。
「今のところ順調なの。コスプレな人が休憩終わったから交代してなの」
「うん、カートゥルの分もお願いできるかな?」
 数日戦い抜ける実力と気合いはあるけれども、戦い抜いた後に疲労や栄養失調で垂れるのは馬鹿馬鹿しい。
「大鍋で準備してくれてるから安心するの」
「それは……心強いと言うべきなんだろうね」
 食事を用意しているのは聖堂教会だ。
 膨大な物資を運び込んではいてもこの数の避難民に飽食させるのには足らないはずだ。
 その状況でハンターと幻獣を優遇するのは、優遇する分以上の働きを求めているからだろう。
「1つ倒してから食べに向かうよ」
「武運を祈るなの」
 通信が終わったときには走り出している。
 翼を使わなくても速いカートゥルと合流し、街道から離れた場所にいる異形を速度を落とさず切って捨てる。
 使ったのは魔導剣。
 使わないのはスキル。
 避難民の目を誤魔化す必要がないなら覚醒状態でなくても一太刀で倒せる。
「決着がつくまでは守ってみせるさ」
 真は王都の方角を一瞥し、長期戦を戦い抜く覚悟を改めて決めた。

依頼結果

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MVP一覧


  • 鞍馬 真ka5819
  • 灯光に託す鎮魂歌
    ディーナ・フェルミka5843

重体一覧

参加者一覧

  • 伝説の砲撃機乗り
    ミグ・ロマイヤー(ka0665
    ドワーフ|13才|女性|機導師
  • ユニットアイコン
    ヤクトバウプラネットカノーネ
    ヤクト・バウ・PC(ka0665unit008
    ユニット|CAM
  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムス(ka0796
    人間(紅)|23才|女性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    ポロウ
    ポロウ(ka0796unit008
    ユニット|幻獣
  • 援励の竜
    オウガ(ka2124
    人間(紅)|14才|男性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    ワイバーン
    ワイバーン(ka2124unit005
    ユニット|幻獣
  • イコニアの夫
    カイン・A・A・カーナボン(ka5336
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    レドリックス
    レドリックス(ka5336unit019
    ユニット|自動兵器

  • 鞍馬 真(ka5819
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    カートゥル
    カートゥル(ka5819unit005
    ユニット|幻獣
  • アウレールの太陽
    ツィスカ・V・A=ブラオラント(ka5835
    人間(紅)|20才|女性|機導師
  • ユニットアイコン
    ポロウ
    ポロウ(ka5835unit001
    ユニット|幻獣
  • 灯光に託す鎮魂歌
    ディーナ・フェルミ(ka5843
    人間(紅)|18才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    ユグディラ
    ユグディラ(ka5843unit003
    ユニット|幻獣
  • 我が辞書に躊躇の文字なし
    ルベーノ・バルバライン(ka6752
    人間(紅)|26才|男性|格闘士
  • ユニットアイコン
    オートソルジャー
    オートソルジャー(ka6752unit006
    ユニット|自動兵器

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
カイン・A・A・カーナボン(ka5336
人間(クリムゾンウェスト)|18才|男性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2019/05/30 07:48:31
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2019/05/27 07:11:14