• 血断

【血断】癒やしと幻獣

マスター:四月朔日さくら

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
  • relation
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~10人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2019/07/02 19:00
完成日
2019/07/10 04:55

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

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オープニング


 ――辺境、シンタチャシ。
 四大精霊の一人であるイクタサ(kz0246)は、そこにいる。
 しかしいま、そこは傷ついたものたちも数多くいた。
 人間ではない。幻獣である。
 彼らをいつも庇護してくれていたナーランギは、……もうない。彼が守ってくれていた幻獣の森は歪虚に襲われ、壊滅的な被害を受けたのだ。
 多くの幻獣が傷つき、血を流し、斃れていった。
 ツキウサギやモフロウ博士、そしてハンターたちに助けられて、多くの幻獣がこのシンタチャシに避難している、そんな状況なのだ。
 イクタサも、いつも通りの態度ではあるがそれを受け入れていた。とはいえ、失われてしまった命は、もう戻ることはない。幻獣の森から避難してきたものたちを多く受け入れはしたものの、それがあの場にいたほんの一握りだというのは、彼自身も知っていた。
 精霊と言え、その身にできることは限られている。いまのこの状況はまさにそれを示しているようだった。とはいえ、起きてしまったことを振り返り、悔やむのも彼らしくない。
 幻獣の森陥落の知らせは、当然ながら人間にも伝わっている。ハンターたちが手を尽くしてくれても、その要であったナーランギが斃れてしまっては手の打ちようがなかった。当然とも言える、その結末だった。

「全く、ボクの森もずいぶんなものだね」
 周囲に這々の体で横たわり、あるいはうずくまる幻獣たちを眺めてイクタサが息をつくと、ツキウサギ、モフロウ博士と言った大幻獣たちも近づいて、頭を寄せた。
 命からがら脱出してきた幻獣たちは、だれもかれもが肉体的にも精神的にも大きく疲弊している。突然の敵襲で、力の弱い彼らにはなすすべがなかったのだ。
「そうっスね……本当にみんな、ボロボロッス……」
 大幻獣と呼ばれてはいても、特別な能力があるわけではない。ツキウサギですら、同胞の無残な姿をいやでも思い出してしまう。……そして、最期を見ることが叶わなかった、ナーランギのことも。
「それでも、まだ生きているものがあるだけでもよかったホー……ハンターたちには本当に助けられてばかりだホー」
 モフロウ博士はそう慰めるが、その言葉が誰かを蘇らせるわけでもない。むしろ、モフロウ博士は自分に言い聞かせているのかもしれなかった。
「……でも、体も心も元気を取り戻すには、ずいぶん時間がかかりそうだホー……」
 幻獣はマテリアルを必要とする存在だ。怪我なども、ちょっとくらいのものならその周囲のマテリアルが自然と癒やしていく。
 しかし、それは普段の話だ。
 いまは緊急事態。
 場所柄、肉体に深い傷を負った幻獣たちを癒やすためのマテリアルは十分存在しているが、心の傷を癒やすのは簡単ではない。それに、身体の傷もひどいものが多すぎて、身体のほうが追いついていかないかもしれない。
「……そうだね。とはいえボクは場所を貸してるし、これ以上きみたちに手を貸す義理はないんだけどさ」
 イクタサはそう言って腕を組む。
「でも、ずっと結界があった幻獣の森ですらあんなことになったのに……他の場所の幻獣たちも……だいじょうぶッスかね……」
 ツキウサギがそういう――と、ふとある幻獣を思い出した。
「そういえばチューダは最近見かけてないっスね」
「きっとまたしょうもないことをしているホー……あの元気とマテリアルを分けてほしいものだホー」
 チューダの名前が出れば、モフロウ博士も複雑そうな思いをため息に乗せる。と、
「……正直、ボクの森をこれ以上あれこれされても困るけどさ……」
 そう、イクタサは言ってモフロウ博士に声をかけた。


「え? シンタチャシに慰問……ですか?」
 新しい依頼の内容に、まだ年若いハンターオフィスの職員――ファナ・キジャンは目を丸くする。辺境出身と言うことでそれに関係のある依頼を担当することが多いのだが、その若さと経歴もあって、シンタチャシという場所は精霊イクタサの住んでいる不思議な森、と言うことくらいしか知らない。
「ああ。先だっての幻獣の森での戦闘で傷ついた幻獣たちを励ましてくれ、と言うことらしい。幻獣たちはずいぶん心も傷ついているようだから、音楽や踊り、料理といったもので気分がすこしでも慰められれば、だいぶ違うはずだ、と……こういったものは、気力に働きかけるからな。いや、それがむしろ、本当の狙いかもしれない」
 言ってみれば、サウンドテラピーとか、あるいは幻獣を同行してのアニマルテラピー。そんなものらしい。それによって心の傷を癒やしたり、あるいは幻獣たちの自己修復力などをあげてあげたり、そういう目的があるのでは――先輩職員はそう指摘した。
 ファナは目をニ三度しばたたいたが、なるほど、と頷いた。
「そう言うことなら、手を貸してくれる人もいると思います。いまは正念場、どんな命も大切なのは同じですから」
 その快活な返事に、先輩職員も満足そうに笑い返した。

リプレイ本文


 ナーランギが死に、命からがら逃げ延びた幻獣たちがシンタチャシに逃れている――それはハンターたちの中でもすぐに話題になった。
 そしてシンタチャシへの慰問が依頼となって登場すると、それに参加したい、という声はありがたくも数多く出たのである。
 とはいえ、それぞれの感情はまた複雑だ。
 多くの幻獣をユニットとしてと特に親しくしていたハンターもいれば、ナーランギとの思い出が印象的なハンターもいる。
 それでも、集まったハンターたちの気持ちはみな同じ。
 ――傷ついた幻獣たちを励ましたい――
 それがみなの、共通する思い。
 各自が自分にできる範囲の準備をして、シンタチャシに到着すると、見慣れた顔を探して彼らはきょろきょろと周囲を確認した。そして――
「ひどい……」
 その様子を確認した夢路 まよい(ka1328)は、思わずそんな言葉をつぶやく。彼女のポロウ、ソフォスもいつもより元気が少ないのは、きっと仲間が傷ついているのを目の当たりにしたからだろう。そして、そう思ったのはまよいだけではない。ユグディラのシトロンをつれている鞍馬 真(ka5819)もまた、周囲の状況を見回して、胸を痛めていた。自他共に認める幻獣好きの彼にしてみれば、見たくもない光景だろう。とはいえ、感傷に浸っている余裕もあまりない。
「弱いところを狙うのは確かに有効なのかもしれねぇけど、ろくなもんじゃねぇや」
 ユグディラのレイナをつれた歩夢(ka5975)も、うんざりというような声でそうつぶやく。
 なにしろ、傷ついた幻獣たちは森のあちらこちらでぐったりと休んでいる。シンタチャシはマテリアルの潤沢に存在する場所とは言え、薬も量を間違えれば毒になりかねない。マテリアルについてもそれは言えることで、幻獣の回復力よりも多いマテリアルを受けても、それをすべて回復のために使うには多すぎて、身体の回復を逆に阻害してしまったり、あるいは精神的なダメージの回復よりも身体が回復してしまったために、体力は戻ってもろくに動けないような幻獣も数多く、結果として幻獣たちはお世辞にも元気と言えない状態だった。
 幻獣の守護者たるナーランギがいたこともあってであろうか、幻獣の森にはあちこちから旅をしたり、あるいは主を失ったりしていき場を失ったはぐれ幻獣たちもいたのだろう。よくよく見れば辺境ではあまり見かけることのないユグディラやもふらなどと言った幻獣も、ユキウサギやポロウ、イェジドといったなじみの顔の合間に混じっていたりもしている。
「とりあえず怪我の具合を確認しないといけませんね」
 Uisca Amhran(ka0754)はもふらのモフカに少し荷物を預け、着ていた衣の袖をまとめて腕を動かしやすい姿になると、さっそく幻獣の傍にしゃがみ込んで様子を確認しはじめた。それをみて、周りにいたハンターたちもそっと幻獣たちに触れ、様子を確かめる。
 触れれば幻獣のぬくもりが伝わってくるものの、その毛並みなどにはどす黒い血がこびりついていたり、毛並みの下でもしっかり見える大きなあざがあったりと、状態がよくないことはすぐにわかるような有様だった。
 と、
「……どうにも騒がしいと思ったら、やっぱりハンターたちか」
 そうぶつくさ言いながら、精霊イクタサが姿を見せた。相変わらずの表情だが、イクタサは元々ツンとデレだとツンに極振りしているようなタイプ――らしいので、どのくらい迷惑がっているかはいまいちわかりかねる。すると彼の姿を確認したアルマ・A・エインズワース(ka4901)が、まるでタックルをするかのように飛びついた。
「わふーーっ!」
 という声をつけて。まあ、アルマからするとこのくらいは『いつものお約束』という奴なので、イクタサもあしらい方はわかっている。
「おひさしぶりです? そうでもないですー?」
 抱きついたままそう言いながらえへへー、と笑うアルマに、イェジドのコメットは少しあきれたようにくいくい、とうしろ髪をくわえて引っ張る。
「あ、コメット……しっぽは駄目です、いたいです……」
 少しばかり涙目になってコメットを見やると、コメットは
『わぉん』
 と、申し訳なさそうにひと吠え鳴いた。
「君のイェジドのほうがよっぽど優秀そうに見えるよね……」
 イクタサの言うことも何となくもっとも、という感じである。
「わふーっ」
 アルマはいつもの様子を崩さない。しかしそれが逆に緊張を解きほぐしてくれたのか、誰もの口元に小さな笑みが浮かんだ。
「ふふ。私は食べられれば、それでも落ち着けるって知ってるの。だから、幻獣さんたちの傷が癒えて穏やかになってもらえレ場って、そう思ってるの」
 そう言いながらナッツの袋を抱えているのはディーナ・フェルミ(ka5843)、相棒のユグディラはそのまま『ユグディラ』だ。
 もちろん、怪我の様子を確認して治療を施すのも忘れない。彼女も聖導士、回復のスキルは習得済みだ。とくに傷の深いものには優先的にリザレクション、それ以外でも傷のひどいものにを優先的にスキルを使って治療をしていく。


「そう言えば、チューダもいるんじゃないかしら。あの幻獣王のこととはいえ、さすがにこの様子を見たら泣いてしまうかもしれないでしょ? 放っておけないじゃない」
 そう言ってきょろきょろと周囲を見渡すユグディラ連れのマリィア・バルデス(ka5848)。果たしてチューダは、リゼリオからこっそりついてきたらしく、仲間が用意していた馬車の隅で見つかった。
「チューダ」
「チューダさん?」
 Uiscaやマリィアが声をかけると、ちゅーだは鼻水やらなんやら、顔をぐちゃぐちゃにしていた。正直、あまり綺麗ではない。
「幻獣たちが、みんなぼろぼろでありますな……」
 チューダはそう言うと、鼻をずずずーっとすすり上げた。
「幻獣の森が襲われたのよ……」
 マリィアがそう言うと、チューダもさすがに呆然としている――ように思われた、が。
「まさか……我輩のとっておきのクルミを歪虚が奪ったでありますか……!?」
 ……前言撤回。チューダはやはりチューダだった。いやそうじゃなくて、と説明しようとしても、チューダは見当違いな怒りを歪虚にぶつけている。これには励ましてやろうとしたマリィアも、思わず口元を押さえて笑いをこらえている。逆に元気をもらったようだ。
「……チューダは相変わらずのんきっスね」
「でも、チューダはそのくらいがいいんだホー。みんなが絶望に飲み込まれて暗いより、うんといいんだホー」
 その声を聞きつけたのか、こちらは戦闘のあともなんだかんだと動き回って満身創痍のツキウサギが現れた。後ろの方にはモフロウ博士もいる。
「ツキウサギ様! モフロウ博士も、無事でよかった」
 懐かしい姿に、変な方向に怒りの矛先を向けているチューダをすこしでもたしなめようと(?)ケーキをあげていたリアリュール(ka2003)が安堵したような声を上げた。まよいも、安心したように胸をなで下ろす。だいぶ疲れている様子ではあるが、それでも生きて動いている姿を見られるのは何よりも安心できる。
(……ナーランギは、ハンターズソサエティの方針投票の直前にお話ししたばっかりだったのに、こんなことになるなんて……)
 まよいはそうも思う。
 もし封印を選んだときの、幻獣たち『神秘』に対するリスクを語ってくれた賢者は、もういない。そして、あの時あの場にいたのは、まよいだけではない。
(……ナーランギさんとは、そう親しかったわけでもなく……数度あって話した程度、でしたけれど……)
 そのときの参加者の一人でもあった天央 観智(ka0896)は、今回唯一ユニットを同行しなかったハンターだ。
(……よい方でした。そういう意味では本当に、惜しい方をなくしました……邪神との対応で話したときがつい先日のよう、ですけれど……まさかあのあと、こんなことになるなんて……)
 いまから思うと、悔やんでも悔やみきれない。もしかしたらすべての依頼結果をつきあわせてみたら、この未来も予見できたのではないか。そこまで思い至ることはなくとも、いまの状態を悔いる条件は、すでに数多く揃っている。
 しかしそれでも、ハンターの選んだ道は邪神の『殲滅』。それは、言ってみれば血に塗れた道だ。その犠牲となったのが、幻獣の森であり、ナーランギである。
 これを予定調和という言葉でくくっていいのかどうか、それはハンターにはわからない。けれど、
(そうよ、せめて生き残ったこの子たちのためにも頑張らなくちゃ)
 まよいは頷いた。

(なきたいなら、いっぱいないて)
(わらいたいなら、いっぱいわらって)
(はなしたいなら、いっぱいしゃべって……)
 リアリュールはそう思いながら、幻獣たちに優しく接する。彼女のユグディラ・ティオーは料理もできるし音楽も好きだが少し恥ずかしがり屋なのがチョッピリ玉に瑕な幻獣だ。
(嘆くことも思い出を語ることも癒やしになるし、それがもし辛くても、笑うことも知らぬ間に気持ちの発散になるものだもの、ね)
 リアリュールは思いながら、ティオーに怪我をした幻獣でも食べられそうな料理を作れるだけ作ってもらう。料理をふるまおうとするのは主にこのコンビだが歩夢はそれをレイナと手伝っているし、できあいのものを用意しているディーナのようなタイプもいる。
 腹が減っては戦はできぬ、という言葉もある。
 肉体のダメージがすこしでも回復したら、次に必要なものは栄養だ。
 ディーナは言う。
「食べることは活力になるの。身体に栄養を与えれば、心も少しだけ上向くの。ちょっとだけでも、ちょっとずつでも、元気になってほしいの、ね?」
「そうだぞ、腹が減っては何とやら、っていうだろ?」
 歩夢も、ディーナの横にちょんとやってきて、皿に盛りつけたあたたかな食事をおいてやる。
 幻獣たちと目線を合わせるようにしてそう言えば、そうさしだせば、幻獣たちも食べることを拒絶はしない。
 だって、彼らもわかっているから。
 戦いはすでに終わったが、これから待っているのは『生きる』という、これも一つの戦いなのだと。散っていった多くの命を思いながら、人間も幻獣も、茨の道を歩いて行かねばならないのだ。
 この長い戦いを本当の意味で終わらせる、そのために。
「……うん。これからもっとひどい戦いが待っているのだとしても、目をそらさないで立ち向かうわ、私」
 マリィアはそう胸に誓った。


 幻獣たちは話すことができない。
 大幻獣ともなればまた変わってくるが、普通の幻獣は人間の行動に対して言葉を返すことはない。
 それでも、行動の意図はわかってくれる。気持ちを汲んでくれる。
 ここに来てくれた人間たちは、自分たちの姿を見て傷ついている。身体でなく、心が。
 そして自分たち幻獣を一生懸命励まそうとしてくれている。
 なくなった幻獣たちを悼んでくれている。
 そういう細やかで優しい気持ちは、人間でもエルフでも、幻獣でも変わりはしないのだ。
 そういうハンターたちの気持ちが伝わっていることもあって、彼らはハンターからの看病や食事などの支援を拒むことはなかった。
 さしのべられた手は温かく、やさしい。
 身体の回復と心の回復が、一気に起こるわけではないけれど、それでも手厚い看護を受け、美味しい食べ物をもらえるだけで、気持ちもずいぶんと柔らかくなった気がした。
 血やほこりでどろどろになった身体を清潔なタオルで拭いてもらえば、身体もずいぶん軽くなった気がする。
 スキルで、あるいは物理的な治療で、傷を癒やしてもらえば、動きの鈍くなっていた手足が少し楽になるし、消えそうになかったあざも色味が少し薄くなったなんてものもいる。腹部などにあざができているようなものは特に体内のダメージが大きいことが多いから、それが楽になるというのはずいぶん違うのだ。
 幻獣たちは治療をしてもらえば頭をぺこりと下げるし、食事をもらえばそれもまた頭を小さく下げる。
 言葉を操れなくても、態度で気持ちを示すことはできる、
 幻獣たちはまさにそれをやっている。
 怪我の軽かった幻獣のいくらかは料理の手伝いをしてくれたり(無論そう言うことに向いている幻獣が、であるが)、あるいは近くで花を摘んでそれをハンターたちに見せるようにして感謝の意を示したりもした。
 ハンターたちとて、そんな心遣いがわからないわけではない。火の番をしてくれるイェジドや、簡易食器を用意してくれるユキウサギなどににこやかに礼を言い、足元に置かれた小さな花をありがたく嬉しそうに受け取る。
 もちろん、これだけのことで幻獣たちの心が癒やされたとは言いがたい。なので、演奏上手なユグディラたちとともに訪れたハンターは、食事の準備が一段落ついたところを見計らって楽器を誰からともなくぽろんとかき鳴らす。
 ――音楽は心のケアに繋がると言い出したのは誰なのだろう。
 それは今となってはもはやわからないが、それでも音楽や踊りといったものが精神的な励ましになることは気づけばみなが知っている。
 勿論、優先的に行うのは見目にも傷ついている肉体のダメージの回復だ。しかし、心のダメージというのは目に見えないものだけあってどのくらい回復したかを把握するのは難しい。
 それでも、ハンターやそのユニットたちの演奏に合わせて声を上げたり、手をたたいたり、しっぽを振ったりする姿を見れば、それがいやがられていないことはすぐにわかる。わいわいと賑やかな雰囲気を出すために、鈴などの打楽器も用いながら演奏をしていけば、即興ながらも心がどこか弾むメロディが生まれていく。
 寂しそうにしている幻獣たちの姿は、いまこの瞬間はない。つかの間とは言え、ハンターたちの心づくしが幻獣たちの悲しみを取り除いていったのだ。
「……みんなが嬉しそうなの、俺たちも嬉しいっス」
「そうだホー。やっぱり元気の源は、心からの笑顔だホー」
 ツキウサギもモフロウ博士も、そう言ってハンターたちに礼を言う。
「……また、シンタチャシに戻ってきちゃったわね」
 リアリュールがそう嘆息をつくも、
「でもここなら、きっとすぐには攻められないホー。逃げる場所があっただけでも、めっけものだホー」
 モフロウ博士はそう言ってお茶目に鳴いた。
「そう言えば、私のポロウ……ソフォスのしゃべっていることの意味とかわかる? ソフォス、私がみてもあんまり何考えてるかわかんないんだけど、同族同士ならコミュニケーションもとれてるのかな、って。もっとも、あんまり鳴かないから、考えてることをしゃべってるのかもよくわかんないんだけどね」
 まよいはそんなことを言って、少し首をかしげる。
「なるほどホー。でも、君のポロウはとても頑張ってるホー? 人間の気持ちはちゃんと伝わってるから、安心するんだホー」
 モフロウ博士は、感謝をするようにそう嬉しそうに言った。
 そしてそんな一方でまたハンターたちも少し元気を取り戻した幻獣たちを優しくもふもふともふり、自分たちがアニマルセラピーを受けつつ相手の心も優しく癒やしていく、言ってみれば逆アニマルセラピー。いや、相互アニマルセラピーとでも言うべきか。
 一般的なアニマルセラピーと言えば人間が心的な傷を負ったときに動物とふれあうことで心を癒やしていくものだが、幻獣もまた優しく触れられることで心を癒やされたりするらしい。あくまで「らしい」だが。でも確かに、どこぞの幻獣王はもふもふされればされるほど、満足げにふんぞり返っているから、そう言うものなのかもしれない。
 Uiscaのもふら、モフカも転がったりなんなりで、周りの賑やかしにはもってこいだ。元々もふらという幻獣自体は戦闘向きと言うよりもこういう癒やしの場に向いている嫌いのある幻獣だったが、それを意図せずして発揮している、といっていいだろう。
 その主たるUiscaも、
「皆さんとこうしていると、私も元気が出てくるのです」
 そう優しく微笑んで、またもふもふもふもふ。アルマもいい年の男性とは思えないくらいにコメットと一緒に幻獣をもふりまくり、幼い幻獣がいれば一緒に遊んであげる。確かに、あの惨状で親しい家族とはぐれてしまった幻獣の子どももいるので、こういう気分転換は絶好の機会とも言える。それに、幼子が元気を取り戻せばおとなたちも笑顔を浮かべるかもしれない。それは人間でも勿論だが、幻獣だって同じようなものだ。家族、血族、いやそれ以外でも、さまざまな絆が存在していて、それをやってのけるアルマは、大人物であるのかもしれない。コメットも、アルマのもふもふ攻撃(?)には慣れっこなので、体格のよい幻獣たちに寄り添ってそっとすり寄ってみせてみたりしたり。
 体格がよいからといって傷ついていないわけがない。それは大幻獣とても同様に違いないはずで。
「なんだかくすぐったいっス~」
 ツキウサギはそんなことをいいながらももふられ、そしてすり寄られ。モフロウ博士も同様に。
 そんな様子を見ながら、真はシトロンのリュート似合わせて歌を披露した。はじめは静かな曲だが、だんだんと様子を見ながらテンポのよい曲に変調していく。悲しみを誘いやすい短調の曲は控えめに、楽しげな曲を次から次へと。続けて歩夢も似たような、けれど異なる歌をギターを弾きながら披露し、レイナはリュートをぽろぽろとかき鳴らす。二重奏は優しく森を包み込む、まるで絶望を追い払おうと言うかのごとく。

 サクラ・エルフリード(ka2598)も、ユグディラのヤエとともに必死に動いていた。とはいえ生来の恥ずかしがり屋はすぐに治るわけでもなく、羞恥心を必死に押さえながらの活動だ。ヤエはユグディラの中でもおそらく小柄なこともあって普段はサクラの頭の上にいるのだが、今回ばかりはそうも言っていられない。小柄だからこそ小回りのきくヤエに、サクラも、他のハンターたちも、ずいぶんと助けられている。
 そう、ヤエも頑張っているのだから、サクラが恥ずかしがっている場合ではない。
 本当は料理も用意したかったのだが、何故かヤエに全力で止められ――じつはサクラは料理だけはいくら頑張っても苦手のままなのだ――買って持ってきている、という訳なのだが。
(それにしても料理をヤエにまで止められるとは思わなかったです……まあ、よさげなものを準備できたのでそれで我慢しましょう)
 ほんのり甘い香りのするナッツの詰め合わせや、口当たりのよい菓子の類いなどを抱えて配りながら、そんなことを思う。
 そしてそれが一段落したら、彼女も歌を披露する。
「こんな曲でも、すこしでもお役に立てるのなら頑張りましょう……ヤエも、宜しくお願いしますね」
 エクラ教徒であるサクラは普段は聖歌を主に歌うが、今回は相手が幻獣と言うこともあってだろうか、それにこだわらない、元気になりそうな曲や安心感を得られそうな曲を披露していく。勿論、自分の曲以外の時は伴奏の手伝いや合いの手を入れたりして、楽しませる工夫を忘れない。表情に明確には表れないが、幻獣たちに囲まれてこなすこの状況を、嬉しそうに感じているのは間違いない。ヤエも、主同様に表情があまりはっきりしたタイプではないが、一応気にはしている様子……のようである。
 そして耳を澄まして聞いてくれている幻獣たちの姿に、彼女も癒やされるのだ。状況が状況だけに大きくは言えないところもあるが、もふもふいっぱいでとてももふもふな気分にさせられる。それが嬉しいのだ。
 チューダもいつの間にかご飯をたらふく食べ、音楽にキャッキャと手をたたいている。さっきの怒りもどこかに行ってしまったようで、そのあたりはいつものチューダだなと思わせて、それがまた安心感を与えてくれる。
 そういう意味で、チューダは変わらないというのがここまで安心感を与えてくれるというのが、不思議と愉快な気分にさせてくれた。


 一段落ついたシンタチャシの片隅に、小さな石積みの塔らしきものがいつの間にか設置されていることに、イクタサは気がついた。
 もう森の幻獣たちは心地よい疲れに包まれて眠っている。
 その中で、ハンターたちはその墓らしき石塔に集っていた。
 ――それは、せめてもの、ナーランギへの手向け。
 ナーランギの遺体は動かすことはできなかったが、そこは確かに彼の想いを継ぐものたちがこしらえた、悼みの塔。

「……面白いね。そう言うものに心を託すなんてさ」
 イクタサはそう言いながら、ハンターたちに近づく。
 観智やまよい、そしてUiscaには疑問があった。
 それは、ナーランギ亡き後の「後継者」――。
「ナーランギは、元々六大龍だったのよね。それなら、新しい龍が誕生したときに、せめてちゃんとお世話してあげられるといいな、って思うんだけれど」
 まよいがトレードマークの帽子をぎゅっと握り、わずかに目を伏せる。
「そう、なんですよね……世界のシステム的に、やめられるものなのかは知りませんけれど……大精霊が認可した、というなら別ですけれど、そうでないのなら、称するのをやめただけ……と見るべきでしょうか? もし居られた、として……その方は、ナーランギさんとは別人なんでしょうけれど……ナーランギさんの記憶と力を継承した、後継者さんが……どこかにいても、おかしくはないん……ですよね? 未熟なうちに害されてはたまりませんから……可能性があるのなら、探して保護をしないと……ですけれど……」
 観智がゆっくりと、しかししっかりと、イクタサに問いかけるように語る。そして、Uiscaは更に言った。
「イクタサさん、改めてありがとうございます。……先日預けていた卵の様子はどうですか? 多くの幻獣さんを失ってしまったいま、この新しい命は希望の象徴のような気がして……」
 あの時胸に抱いたあたたかな卵。それを思い出しながら、問いかける。
「……君たちは本当に疑問ばかりぶつけてくるね。ボクに答えられることなんてたかがしれてるしさ、期待なんかしないでほしいんだよね。それにナーランギの後継にしても、まだまだ時間がかかると思うからね、焦っていたって何もはじまらないと思うけどね?」
 イクタサはそう、面倒くさげに言って、そして押し黙る。
 いまはまだ、確かにその兆しはないだろう。しかし、時間が経てば、いずれそういう存在も現れる、かもしれない――
 それはまだ、希望的な観測でしかない。けれど、それを信じたくなる、そういう気持ちになってしまう。それは悔恨の気持ちも大きいだろう。だが、彼らは信じているのだろう。
 いつかナーランギを継ぐものがきっと現れると。

 時間はあっという間に過ぎ、ハンターたちはまた街に戻ることになった。
 幻獣たちもだいぶ回復し、彼らが街に戻ることを知ると悲しげにするものも数多くいた。それでも、彼らは手を振ってくれた。
 人のぬくもりが、彼らを癒やしてくれたから――。

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参加者一覧

  • 緑龍の巫女
    Uisca=S=Amhran(ka0754
    エルフ|17才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    モフカ
    モフカ(ka0754unit004
    ユニット|幻獣
  • 止まらぬ探求者
    天央 観智(ka0896
    人間(蒼)|25才|男性|魔術師
  • 夢路に誘う青き魔女
    夢路 まよい(ka1328
    人間(蒼)|15才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    ソフォス
    ソフォス(ka1328unit003
    ユニット|幻獣
  • よき羊飼い
    リアリュール(ka2003
    エルフ|17才|女性|猟撃士
  • ユニットアイコン
    ティオー
    ティオー(ka2003unit001
    ユニット|幻獣
  • 星を傾く者
    サクラ・エルフリード(ka2598
    人間(紅)|15才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    ヤエ
    ヤエ(ka2598unit004
    ユニット|幻獣
  • フリーデリーケの旦那様
    アルマ・A・エインズワース(ka4901
    エルフ|26才|男性|機導師
  • ユニットアイコン
    コメット
    コメット(ka4901unit001
    ユニット|幻獣

  • 鞍馬 真(ka5819
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    シトロン
    シトロン(ka5819unit004
    ユニット|幻獣
  • 灯光に託す鎮魂歌
    ディーナ・フェルミ(ka5843
    人間(紅)|18才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    ユグディラ
    ユグディラ(ka5843unit003
    ユニット|幻獣
  • ベゴニアを君に
    マリィア・バルデス(ka5848
    人間(蒼)|24才|女性|猟撃士
  • ユニットアイコン
    ユグディラ
    ユグディラ(ka5848unit004
    ユニット|幻獣
  • 真実を照らし出す光
    歩夢(ka5975
    人間(紅)|20才|男性|符術師
  • ユニットアイコン
    レイナ
    レイナ(ka5975unit003
    ユニット|幻獣

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2019/06/29 09:12:04
アイコン 【相談卓】幻獣を癒そう!
Uisca=S=Amhran(ka0754
エルフ|17才|女性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2019/06/30 16:22:42