• 東幕

【東幕】ふるさとの明日の空を想うこと

マスター:紺堂 カヤ

シナリオ形態
イベント
難易度
やや易しい
オプション
参加費
500
参加制限
-
参加人数
1~25人
サポート
0~0人
報酬
無し
相談期間
5日
締切
2019/08/03 09:00
完成日
2019/08/13 22:08

このシナリオは3日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 エトファリカ連邦国・天ノ都。史郎(kz0242)は『友人』と向き合っているところだった。
「……そうか。それが、お前の答え、か」
 そう呟いたのは、スメラギだ。史郎の『友人』である。
「うん。俺は、『帝の配下』にはならない。スーさんの力になりたいとは思う。だけど、俺にとってそれは配下となってすべきことではないと思う。俺は俺の立場で、この国のためにできることをするよ」
「そうか」
 史郎の真剣なまなざしを、スメラギはしっかりと受け取った。
「……俺とスーさんは、これからも『友だち』だ。悪いけど」
「悪くはねえだろ」
 史郎が少しだけ眉を下げると、スメラギはさっぱりと笑った。
「むしろ、ちょっとホッとしてるくらいだ。自分から配下になれと言っておいてなんだよ、ってところではあるが。……俺様は友人をひとり、失わずに済んだわけだ」
 スメラギの笑顔に、史郎も笑顔を返した。



 配下になってほしい、とスメラギから言われて以来、史郎は随分と考えてきた。それに答えを出せたのは、詩天の子どもたちやハンターたちのおかげだが、出した答えをスメラギに伝えることができ、ようやく、史郎は一息つけそうな気持ちになっていた。
「ま、そうのんびりもしてられないんだけどさ」
 この世の情勢は不安定かつ危機的だ。東方の民の不安は日々膨れ上がっているが、さりとて生活は日々続く。歩みをとめないためにも、史郎は商人としての仕事を、滞りなくこなし続けなければならないと思っていた。
「本当に、それだけでいいのか?」
 史郎にそう問いかけた者がいた。白髪交じりでありながら、歳を感じさせない壮健さを持つ男である。
「急になんだよ。というか、今まで一体どこにいたんだい?」
「ま、いろいろとな」
 カカカ、と笑うのは、史郎の養父である。商人としての仕事も……それ以外の仕事も、史郎にみっちり仕込んできたのは彼であった。
「なーんか、深堀したら怖そうだな、訊かないでおくよ。で? それだけでいいのか、っていうのは?」
「お前の未来のことさ」
「未来?」
「この仕事、続けていくだけで、満足かい? わざわざ、帝の誘いを断ったんだ、何か他に考えがあるんだと思っていたんだが……、まさか何もないってわけじゃないだろうな?」
 年老いても眼光の鋭さは衰えない。史郎は養父の迫力に内心で冷や汗をかきつつ苦笑した。
「単に続けていくだけ、ってつもりはないよ。未来、って言うならさ、やっぱ、これからを生きる奴らを大切にしたいって思うしな」
 史郎は、子どもたちのことを思い浮かべた。身寄りをなくした幼い子らが、自分たちで生きていくのを手助けしているのである。それを見透かしたように、養父がびしりと指を史郎の顔の前につきつけた。
「それさ」
「え?」
「お前、自分と同じような境遇の子どもたちに同情して支援してやっているだろう」
「同情、って」
 史郎はどきりとした。養父の言う通り、史郎には血縁者がいない。赤ん坊の頃に捨てられていたのを、この養父が拾って育ててくれたのだ。
「それが悪いとは言わないさ。立派な行いだ。続けていくがいいさ。だが……、お前、忘れておるだろう」
「何をだよ」
「お前だってまだ、子どもの範疇なのだぞ」
「子ども、って」
 史郎のことを一度だって子ども扱いしたことのない養父がそんなことを言うとは思わず、史郎は両目を見開いた。いつだって甘やかすことなく、一日でも早くひとりで生きて行けるよう、厳しく仕込んでくれたのだ。史郎はそれに感謝をしている。
「まだまだ学ぶこともたくさんあるだろうし、やりたいことをもっと増やしてもいいんじゃねえかということさ。自分の未来のための、な」
「ああ、なるほどね」
 確かに、と史郎は頷いた。学ぶべきことは、山ほどある。
「ちょっと、じっくり考えてみてもいいんじゃねえか?」
 養父はそう言ってから、悪戯っぽくニヤリとした。
「若いんだからよ、恋だっていっぱいした方がいいしな」
「恋、ねえ……」
 史郎もニヤリとした。
「色恋沙汰は、いい金になるからね」
「お前なあ」
 養父が呆れかえる。育て方を間違えたか、などとぼやくのを、史郎は笑って眺めた。



 養父とそんな会話をした、数日後に。史郎は、仕入れ手続きや新たな商談のために詩天の市街地を忙しく走り回っていた。ひと段落ついたところで、ふと周囲を見回すと、ずいぶんと賑わっている店が、目に入った。
「へえ。甘味屋か。こんなところにあったとは知らなかった。あの繁盛の秘密を勉強がてら、ちょっと休憩するかな」
 史郎は珍しく寄り道をすることにして、店へと足を向けた。
「……甘いものを食べながら、未来についてでも考えますかね」
 養父の言葉を思いだし、なんとなくくすぐったくなって、史郎はひとりでくすくすと笑うのだった。

リプレイ本文

 ふるさとは、遠くにあってこそ想うものだという考え方が、あるらしい。だが、史郎( kz0242 )は遠く遠くにある自分のふるさとであるらしい地のことを想うことはほとんどない。記憶がカケラもない、ということもあるだろうが、史郎にとってのふるさととはやはり、このエトファリカ連邦だからだ。
「遠くのものを想う、なんて夢みがちなこと、俺には似合わないしなあ」
 史郎は苦笑しながらそう呟いて、ああでも養父は夢をみろ、みたいな意味のことを言ったんだっけ、と思ったりした。
 店先から、いらっしゃいませー、と元気な声が聞こえてくる。あの明るい接客も、この店が繁盛している理由のひとつなんだろうな、などと史郎が観察していると、入ってきたのは見知った顔だった。
「ああ、やはり、貴方でしたか」
すらりと微笑むのは、ハンス・ラインフェルト ( ka6750 )だ。隣に寄り添うようにして立ち、手を繋いでいるのは穂積 智里 ( ka6819 )である。
「おや、ご両人。偶然ですね」
 史郎も笑みを返した。ふたりとも、史郎の仕事を何度か手伝ってもらうなど、何かと縁のあったハンターだ。
「今日は、デートですか?」
「ええ、まあ」
 ハンスは少しも照れる様子を見せず頷く。智里とふたりでお品書きを広げ、にこにこと顔を寄せて眺めている。
「邪神戦争が終わったら、本格的にふたりで詩天で住むつもりでしてね。家を探しているのですよ。そこそこ下町で治安もそこそこ、家賃もまあまあ。そういう伝手がおありでしたら教えていただきたいですが」
「へえ、そうでしたか。俺は残念ながら現在、不動産は扱っていませんから、直接物件を紹介することはできませんが……、親切な仲介業者を知っていますから、後で連絡先を教えますよ」
「それはありがたい」
 ハンスはにこり、と史郎に笑顔を向けた。その笑顔のまま、放つ声は少し低くなる。
「スメラギ帝は邪神戦争後に一部のハンター達を領主にするようですけれど。エトファリカボードに従った結果のようですが、解体する予定の国の領主と言うのも、不思議な恩賞だと思いましたね」
「なるほど」
 史郎は頷くに留めた。
「私は連邦州と言う考え方に慣れていますから、帝が居る方が不思議に思えるのですよ。ただ、貴方がスメラギ帝の配下にならないと仰ったことはうれしくもあり残念でもありですね」
「おや、そうですか。ま、俺はどこに属していようと、俺に変わりありませんけどね」
 史郎がからりと笑うと、ハンスはそうかもしれませんね、と頷いた。
「さて、注文を……、お店の方は皆忙しそうですね。呼びつけるのも申し訳ない、ちょっとあちらへ行って注文して来ましょう」
 ハンスは智里に微笑みかけると、お品書きを手にして席を立った。そのハンスを横目に見遣りながら、智里が史郎に話しかける。
「シャッツ……ハンスさんは貴方に気を許しているというか、甘えている方だと思います、あれでも」
「へえ? そうなんですか? 敵視されているとまでは思っていませんでしたが……、まさか甘えていただけてるとは」
 史郎が軽く目を見張ると、智里はくすり、と笑った。
「私も水野様の配下になるつもりですけど……、シャッツは水野様の下で剣だけでこの世界を渡って行きたい人だと思いますから。貴方がスメラギ帝の配下になったらいずれ斬ったでしょうし、私とも主義主張が合わなくなれば斬り捨てるでしょうし……そういう人なんです」
「なるほど。けれど、それでも、智里さんはハンスさんの隣にいるおつもりなんでしょう?」
 史郎の問いに、智里はきっぱりと頷いた。
「それでも私が迷った時は傍にいてくれましたし、仲違いをしても私を見捨てませんでしたし……東方に対する思いは本物ですし。そんなシャッツだから、私はきっとあの人の傍で生きたいんです」
 そう言いながらハンスを見つめる智里の視線は、あたたかで、想いに満ちていた。その視線に気づき、微笑みを返すハンスの表情もまた、想いに溢れていた。仲睦まじいことだ、と史郎も微笑ましくなりながら、そっと、背後に意識を向けた。この様子を窺っている、これまた想いの強そうな視線に気が付いていたからである……。



 仲の良いふたり、はここにもいた。
「素敵なものがたくさんあるわね、お母さま! あれもこれも、迷ってしまうわ!」
 目を輝かせるのは、シャーロット=アルカナ (ka4877)。そんなシャーロットを愛しげに見つめるのが、母であるエリザベタ=III ( ka4404 )であった。
「慌てなくても大丈夫よ、愛しい娘」
ふたりにとって、久しぶりの休息だ。その休息の時間を、愛しい娘と過ごせるとはなんと贅沢かと、エリザベタはそれだけで満たされていく思いだった。シャーロットにとって、東方は物珍しい品々に溢れている場所であった。アクセサリー、衣服、文房具などの雑貨をどれもきらきらした眼差しで見てまわる。どんな場所も大切な母とのデートであれば楽しいに決まっていたが、その中でも、簪をずらりと取り揃えた店には、ひときわ心ひかれた。
「お母さまに似合う簪を選ばせてくださいませ!」
「あら、嬉しい。是非ともお願いするわ」
 シャーロットはおびただしい数の簪を、あれもこれもと手に取って、選別にかかった。それは夢のような、楽しい時間だった。
「少し子供っぽいかしら?」
「そうかしら」
「お母さまにはもっと華やかなのがいいですわね……」
 シャーロットの眼は真剣そのものだ。対して、エリザベタはどこかのんびりしている。もっと自分の希望を通してくれてもいいけれど、とシャーロットは思うのだけれど、エリザベタはそんな娘に微笑んだ。
「ふふ。シャルが選んでくれるものなら、間違いはないでしょう?」
そしてエリザベタも、娘に似合う簪を探しにかかった。愛娘の髪にそっと何本か合わせつつ、良いものを選んでゆく。
「シャルの髪は綺麗な若草。華美すぎるものよりは……」
そうしてふたりがお互いへの簪を選び終えた。シャーロットがエリザベタに選んだのは、樹脂製の白牡丹の簪。エリザベタがシャーロットに選んだのは、つまみ細工の紫陽花と小さなガラス玉がいくつか連なった簪。シャーロットは白牡丹の簪を母の髪に飾り、満面の笑みを浮かべた。
「ヤッパリお母さまには清純で高貴なお色が似合いますわ!」
「ありがとう。シャルもよく似合うはずよ」
「本当に!? ねえ、お母さま、お母さまとお揃いの髪型にしてくださいな!」
シャーロットはキャッキャとはしゃぎ、エリザベタにお揃いの髪型をねだった。エリザベタはにっこり微笑んで、娘の髪を器用に手早く、自分と揃いの髪型に纏めてゆき、選んだ簪を飾った。
「よく似合うわ、綺麗よ、シャル」
 エリザベタがうっとりとシャーロットを眺め、シャーロットは幸せいっぱいの笑顔を母に向けた。
「お母さま。次はこのかんざしに似合うお洋服を探しにお出かけしましょうね♪」
「えぇそうね。愛しいシャル」
最終決戦の果てにも、母と娘の未来が必ず在ると信じて疑わず、ふたりは笑みをかわし、約束をかわすのであった。



そのころ。龍堂 神火 ( ka5693 )と金鹿(ka5959)は、ふたりで詩天の観光をしていた。神火が、金鹿に詩天の観光案内を頼んだのである。留学のための下見、という目的が神火にはあった。
「すみません、わざわざ来てもらって」
 恐縮する神火に、金鹿はゆるりと首を横に振って微笑む。
「詩天で、東方の文化や符術について本格的に勉強したい、って考えてるんです」
 神火ははにかむように言った。術による、真美やスメラギの負担を見てきた。だから、勉強し、研究して、それを改善したい。大切な人に、苦しい想いをさせたくない。それが、神火の強い願いであり、決意であった。
 金鹿は、そんな神火を眩しく見つつも、どうしても気になっていることを尋ねたくて、機会を伺っていた。神火の案内役を買って出たのは、その尋ねたいことがあったからだ。
「すっかり歩き回らせてしまいました……、一度、休憩しましょうか。そこの、甘味処にでも入りましょう」
 神火がそう提案したとき、金鹿は、今こそがそのタイミングだと、思った。注文を終え、出された冷たいお茶を飲んで神火が一息ついたのを待って、金鹿は口を開いた。
「……で、もう率直に聞いてしまいますけれど。真美さんのこと、どう思ってらっしゃいますの?」
「えっ」
 神火が目を丸くする様子を、金鹿は見守った。金鹿にとって真美は、可愛くて仕方のない存在。これまで、彼女に近寄る男性には厳しく当たってしまいがちであった。彼女を傷つける者は、悲しませる者は、許さない。そう思っている。
 だが、神火なら、応援してもいいのではないか、という気持ちになっているのだ。それは、彼の中の、符術などへの真剣な想いに触れたがゆえだった。
 突然問われ、ええっと、ええっと、と慌てながら、神火はどう答えようかと真剣な表情で言葉を探し、そして、ふっと、柔らかな笑顔になった。
「えっと……。凄いな、って。思います」
「凄い?」
「はい。頑張ってる姿を見てると、ボクももっと強くなって、力になりたいって……思います」
 好意と、尊敬。感情に名前を付けるのならば、きっとそうなるのだろう。ふわりとした笑顔で語る神火の中に、金鹿はまだ咲いていない恋心の蕾を見た。これを無理矢理開かせることも、できなくはない。けれど、金鹿はそうはしなかった。なぜなら、自分の恋も、相手への尊敬の気持ち……、力になりたいという気持ちが始まりだったからだ。
「案内をお願いしたのはボクですから」
 神火はそう言って、甘味処の支払いを持ってくれた。金鹿はそれに素直に甘えることにして、ふと、気まぐれを起こした。
「馳走になった礼というわけではございませんけれど」
 そう、前置きをして。
「真美さんとスメラギさん。お二人に抱くお気持ちは同じものかしら?」
「え?」
 再び目を丸くする神火を、笑顔で見守る。蕾をこじあけるようなことは、しない。だが、少し水を与えるくらいの助言は、してもいいだろうと、思うのであった。



 この地は湿度が高いようだ、とGacrux ( ka2726 )は苔生した周囲の景色を眺めていた。静かで風靡な光景は、気分転換という目的にぴったりではあったけれど同時に、深く物思いに耽るにも最適で、結局のところ、本当の意味での気分転換はできていないのかもしれない、とGacruxは自嘲気味に唇を歪めた。
「カレンデュラ……、クリュティエ……」
 想うのは、大切な者たちのことだ。邪神が再誕を果たした時、いったいどうなるだろう。また、消えてしまうのだろうか。自分は何度、その光景を見送らねばならないのだろう。
 その問いは、Gacruxの胸を強く締め付けた。自分自身に展望が見られない、とGacruxは思う。それは冷静に己と未来を見ているからであったが、ただ諦めているからだろうと言われれば、どのようにも反論できないような気もしていた。諦めている者に、後悔する権利はないのかもしれない。だが、彼女達を笑顔にしたかった。
「……俺は誰かを傷付けてばかりだ」
 Gacruxがそう呟いたとき。不穏な気配を感じた。よくない空気だ、と彼は駆けだす。
「た、助けて!」
 若い男女が身を寄せ合うようにして地面に倒れていた。それに襲い掛かろうとしている、一頭の獣……、それは。
「野生動物ではないな、雑魔か!」
 一閃にして、Gacruxはその雑魔を斬り伏せた。彼にとってこのくらいは造作もないことだったが、救われた男女は大きく、安堵の息をついて彼に礼を言った。
(……誰かを笑顔に出来なくても、誰かを生かす為の刃くらいにはなれるだろうか)
 そんな想いが、胸に湧くのを感じながら、Gacruxはその場を立ち去った。そういえば、助けた男女の、女性の方の頭には、簪が飾られていた、と思い浮かべる。
 彼女たちのために、簪と、櫛を買おうと、Gacruxは思った。
「渡せる機会があるのかも分からないが……」
買うならば、硝子玉の飾られた簪がいい。綺麗な、澄んだ、硝子玉だ。その硝子玉には、きっと、空が映り込むだろう。空ばかりではない。きっと、未来も。
 そんな想いを抱いて、Gacruxは街の方へと足を向けた。



 志鷹 都 ( ka1140 )は詩天の中でも閑静な地域に建つ、一軒の寺子屋を訪れていた。ここで医術の授業を行うためだ。都が授業を行いたい旨を申し出ると、教師を務める男性はふたつ返事で承諾してくれた。なんでも、ここの寺子屋の運営には、とある商人が関わっているとのことで、都は「もしかして、彼かしら」とこっそり考えては笑った。
「皆さん、こんにちは。今日は、私の特別授業で、医術について学んでもらいます。……命を繋ぐ術を学ぶことはとても大切。是非、たくさん身に着けて行ってくださいね」
 子どもたちは、誰もが真剣に頷いた。この寺子屋には、親や兄弟を失った子どもたちが実に多いのである。
「先ずは人体の構造と機能を噛み砕いて解説するね」
 都は全員の顔をしっかりと見回して、笑顔で授業を開始した。解説が終わったら、実演と実践だ。子どもたちの腕を借り、子どもでもできる止血法と包帯法を教える。
「まず清潔な布を傷口に当て、手で強く押さえて血を止めます。出血した腕、足は心臓より高く上げましょう」
 都の説明を、子どもたちは真剣に聞いていた。包帯の巻き方も教わったところで、都はぽん、と手を叩く。
「じゃあ、皆、お互いにやってみましょう」
 子どもたちがおそるおそるといったように包帯を手に取るのを、都が順番にサポートしていく。
「うん、上手! その調子だよ」
 そうして、ひととおり実践の授業が終わったところで、都は真剣な面持ちで皆に語った。
「私たち人や動物は血液が無ければ生きられません。だから先ず血を止めることがとても大切なの。今日学んだことを、どうか忘れないでね」
 想いをこめて語りながら、今日の授業で医療に興味を持って貰えたらいい、もしかしたら将来お医者さんになりたいと思ってくれる子もいてくれたら、と都は未来に期待を寄せるのだった。



 一方、史郎は。ハンスと智里のふたりを見送ってから、振り向かぬまま、背後に声をかけた。ずっと気になっていた、視線の持ち主に、である。
「そろそろ出てきてもいいんじゃないですか、ハナさん」
そう、背後から視線を送っていたのは、星野 ハナ ( ka5852 )だったのである。
「史郎さーん!!」
 ハナは史郎に後ろから飛びついた。きっと、ハンスと智里の様子を羨ましく眺めていたのだろうことはわかっていたが、史郎はあえてそれに触れず、はいはい、と返事をした。
「今度は何ですか、ハナさん。まあ、今度は、というか、今度も、のような気がしますが」
「史郎さーん、こう一般的に男性がグッとくるのはどんな時とかどんな所作かとか教えて下さいぃ」
 史郎の予想通り、ハナの懇願は「今度も」というような内容だった。
「お礼は甘味でも食事でも依頼をこなすでも金銭でも良いですよぅ。最近どうもメソッドが間違ってたのかなぁということが続きましてぇ、こう一度いろいろ見直した方が良いのかなぁとぉ」
「なるほど?」
 史郎はひとまず、ハナに好きなだけ喋らせておくことにした。全部吐き出してからの方が、アドバイスは入りやすいだろう。
「一夫多妻制ならまだ何とかなるかもしれませんけどぉ、大体一夫一婦じゃないですかぁ! こうもっと直接的に内面とか外面とかなんとかぁ! 胃袋だけじゃ掴みきれないですよぅ!」
 一夫多妻制の話まで持ち出すか、と史郎は苦笑する。
「俺は別に、そうした所作について詳しいわけじゃありませんよ、前も言ったような気がしますが」
「だって史郎さんはいろいろ演じ分けられるじゃないですかぁ! それって所作に伴う中身も把握してないとできないと思うんですぅ」
「うーん、まあ、一理ありますが……、俺のは、仕事ですからね。ハナさんは、別に男の人を夢中にさせる仕事をしたいわけじゃないんでしょう? だったら、無理にそんな所作を身に着けようとしないで、素の自分を見せていけばいいと思いますけどね。これも、前に話したかもしれませんが」
「ありのままに、とかってやつですかぁ?」
 ハナは不満そうに頬を膨らませた。そして恨めし気に史郎を見上げる。
「……史郎さん自分はモテる癖にぃ」
「そこに誤解がある気がするなあ。俺は別に、モテやしませんよ。俺が色恋沙汰に関わっているの、見たことないでしょう、ハナさん」
 史郎にそう言われて、ハナはそういえばそうかもしれない、とこれまでの史郎の様子を振り返って考えてみた。史郎は相変わらず苦笑しつつ、ふと、甘味屋の他の客に目を向ける。
「お品書きの右から順番におねがいっ☆」
 そんな、強烈な言葉が、耳に入ってきた。注文しているのは、ピアレーチェ・ヴィヴァーチェ ( ka4804 )。クリムゾンウェスト食べ歩きの旅の真っ最中であり、今回は詩天編であるらしい。先だって、王国のお祭りの屋台でたらふく美味しいものを食べたのがきっかけだ。それ以来、クリムゾンウェスト各地のお祭りや信仰の様子を研究する……という建前で、各国各地域の「美味しいとされるものを食べに行こう!」とあちこち出歩くようになったのである。
「いっただっきまーっす☆」
 ピアレーチェは、白玉あんみつ、冷やしぜんざい、たい焼き……、などなど、次々運ばれてくる甘味を片っ端から食べて行った。
「詩天で最近繁盛していると評判の甘味処にやってきたわけだけど~、どれも美味しい~~~! やっぱ、流行りってのは、そのときに体験しないと分からないもんなんだよねっ☆」
 もぐもぐと口を動かしながら、ピアレーチェは未来に想いをはせる。
「すんごい数の世界が融合しちゃうんでだとすると~~~、美味しいものも、もーっと増えるよねっ☆」
 そういう考え方があるのか、と史郎は目を丸くした。ポジティブ、と一言で片づけられない、明るい強さだと、思った。
「楽しみーっ☆」
 その元気な声を聞きながら、史郎は自分も元気になれる気がした。



 ピアレーチェを見ていたことで、史郎は、そういえばお茶を注文したきり、何も食べていなかったことに気がついた。豊富なメニューの中から葛きりを選ぶと、またしても見知った顔に声をかけられた。
「あれー、史郎君偶然!」
ジュード・エアハート ( ka0410 )だ。今日は偶然がとても多い。
「やあ、ジュードの兄さんじゃないですか。今日は、どうしたんですか?」
「俺? 市場調査的な感じかなー」
 ジュードはニヤリとした。
「残念ながら、デートじゃないけど、相変わらず仲良しだよ!」
「それはよかった」
 尋ねてもいないのに、しれっと惚気るジュードに笑いつつ、史郎は「市場調査」という言葉が気になっていた。それに気がついたジュードが、史郎の向かいの席に腰を下ろして語り出す。
「俺は今、お菓子を中心に商いやってるけど、喫茶店や雑貨屋のプロデュースとかもしつつ東方を中心に商いを拡げていきながら、同時に未来への投資もしていきたいなって思ってるんだ」
「未来への投資?」
「そ。所謂人材育成的な? 現時点でも被災者はかなりの数いるし、その遺児も多い。折角戦って未来へ希望繋いでもそういう子たちが楽しめなきゃ意味ないもの。だから寮付きの学校とか作りたいんだよね。どんな子でも入れて生活と学びが出来る場所。成長したら俺の商い手伝って貰っても良いし」
 ジュードの言葉はどれも、きらきらしていた。史郎はそれを眩しく眺めつつ、真剣に頷く。学校の設立や教育については、史郎も常々考えていることであったし、少しずつではあるがすでに具体的な行動を取ってもいた。
「良かったら史郎君も一口噛まない?」
 史郎の表情から興味がありそうだと読み取ったジュードが、身を前に乗り出した。
「共同出資者絶賛募集中だから!」
「そうですね、真剣に考えさせてもらいますよ」
 史郎はしっかりと頷くと、ジュードと握手を交わした。未来に繋がる、そんなふたつの手だった。
「何か、新しいことでも決まったのかな」
 ふたりにそう声をかけてきたのは、鞍馬 真 ( ka5819 )だ。
「やあ、久し振り。相変わらず忙しそうだね。……邪魔をしてしまったかな」
「ううん、そんなことないよ、是非、同席して! 今、史郎君と未来の話をしていたんだよ」
 ジュードが真に席を示し、史郎も頷いた。真は詩天を観光中だったらしい。未来、という言葉に、少しはにかむように笑った。
「未来、か。前にも言った通り、私から見たらスメラギ帝もきみも、まだまだ若者だからね」
「そうですね、それについては、実は俺もいろいろ言われたところですよ」
 史郎が肩をすくめる。
「うん。だからね、少しでもいいから大人を頼って、自分のやりたいことをやってくれるとおじさんは嬉しいよ」
「前も言いましたけど、真兄さんにおじさん、と言われるとなんだか変な気持ちですよ」
 史郎が笑い、真も笑い返してから、ふ、と真剣な面持ちになる。
「とはいえ、私自身未来のことなんて全然考えていなくて。少しでも考えるべきかなと思って色々見て回ってたんだけど。土地を拝領する権利はあるし、エトファリカで暮らす選択肢もあるんだけどね」
「選択肢……、そうですよね。選択肢は、いろいろある」
 史郎は、改めて考え込むようにしてうつむいた。まだまだ、ゆっくり考えたっていいのだと、そう教えられた気がした。
 そんな史郎を、真はあたたかな眼差しで見守り、明るい声を出した。
「ま、いずれにしても、平和を勝ち取らないとね!」
 そう、未来のためにはまず、平和を築かなければならない。
「史郎君のような若者が、様々な未来の可能性を選べるように、ね」
 真の言葉に史郎はしっかりと頷いた。
 ふるさとの、明日の空が輝かしいものであることを、心に想いながら。

依頼結果

依頼成功度大成功
面白かった! 13
ポイントがありませんので、拍手できません

現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!

MVP一覧

重体一覧

参加者一覧

  • 空を引き裂く射手
    ジュード・エアハート(ka0410
    人間(紅)|18才|男性|猟撃士
  • 母のように
    都(ka1140
    人間(紅)|24才|女性|聖導士
  • 見極めし黒曜の瞳
    Gacrux(ka2726
    人間(紅)|25才|男性|闘狩人
  • 乙女の護り
    レイア・アローネ(ka4082
    人間(紅)|24才|女性|闘狩人
  • 分け合う微笑み
    エリザベタ=アルカナ(ka4404
    人間(紅)|26才|女性|聖導士
  • 本家・名付け親
    ピアレーチェ・ヴィヴァーチェ(ka4804
    ドワーフ|17才|女性|聖導士
  • 分け合う微笑み
    シャーロット=III(ka4877
    ドワーフ|15才|女性|機導師
  • 九代目詩天の想い人
    龍堂 神火(ka5693
    人間(蒼)|16才|男性|符術師

  • 鞍馬 真(ka5819
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人
  • 命無き者塵に還るべし
    星野 ハナ(ka5852
    人間(蒼)|24才|女性|符術師
  • 舞い護る、金炎の蝶
    鬼塚 小毬(ka5959
    人間(紅)|20才|女性|符術師
  • 変わらぬ変わり者
    ハンス・ラインフェルト(ka6750
    人間(蒼)|21才|男性|舞刀士
  • 私は彼が好きらしい
    穂積 智里(ka6819
    人間(蒼)|18才|女性|機導師

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2019/08/02 08:48:49