• 血断

【血断】癒しの花、咲くとき

マスター:ことね桃

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
3~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2019/08/09 12:00
完成日
2019/08/17 18:07

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●災禍が続くグラウンド・ゼロ

 邪神翼リヴァイアサンこと、クリピクロウズが黒き月の神霊樹制圧に成功した後のこと。
 暴食王ハヴァマールやシェオル型歪虚の
 度重なる襲撃に抵抗し続けていたハンターや軍人、そして精霊の多くが負傷を重ねていた。
 彼らは神霊樹制圧後に歪虚の出現が大きく減ったことに驚いたものの、
 長期の緊張状態におかれたことで深く疲弊している。
 そのため比較的健康な者が偵察や戦闘に向かい、
 負傷者は後方で聖導士や精霊達による治療を受けては戦場に復帰。
 深い傷を負った者は転移門で帰還し、療養するといった状況が続いていた。


●その頃、ゾンネンシュトラール帝国では

 花の精霊フィー・フローレ(kz0255)はぽたりと涙を零した。
 現在のコロッセオ・シングスピラは
 ほとんどの軍人が帝国全域の警備やグラウンド・ゼロの応援に向かっている。
 つまり現在のコロッセオは最低人員で施設を管理しているため、事務室が無人になることがあり……。
 偶然そこに立ち寄った彼女はテーブルに広げられた死傷者リストを読んでしまったのだ。
 報告によるとコロッセオから戦地に向かった軍人の数人も帰らぬ人となっているという。
「……ナンデアンナニ優シイ人達ガ……」
 その中にはフィーがコロッセオの環境に慣れずに苦しんでいた時、
 個室にたくさんの鉢植えを並べてくれた者が。
 自然公園を造成することになった時、
 泥だらけになるのも厭わず水路を造ってくれた人々も含まれていた。
 そして運よく生き残った軍人の中にも――二度と戦うことのできない体にされた者がいるという。
 フィーは治癒能力に長けた精霊だ。ある程度の傷であれば瞬時に治療が出来る。
 しかし死者を蘇らせる力や欠損した肉体を修復するような常軌を逸した力は、ない。
 ――だったら今の自分にできることはなんだろう。
 そう考えたフィーは涙を拭うとソファから立ち上がった。
「……コウナッタラ私モグラウンド・ゼロニ行クノ!」
 これは以前からフィーが軍人達に申し出ていた事案である。だが、フィーは弱い精霊だ。
 何度支援を申し出ても
「フィー様は帰還した軍人を労い、傷を癒してくださるだけで十分です」とやんわりと却下されていた。
 だが今ならフィーを止める者はいない。
 事務室もエントランスも空っぽで、外を警備する軍人達も丁度出払っている。
 サンデルマンの力を借りれば今からでもグラウンド・ゼロに行けるはずだ。
 管理小屋で旅支度を整え、急いで出て行く。
 ――と、門を出ようとしたところで彼女のワンピースの襟をちょいと引っ張り上げる者がいた。
「ナ、何スルノ!?」
『アンタこそそんな恰好でどこにいくのさ』
 曙光の精霊ローザリンデ(kz0269)が訝しげにフィーの姿を見つめた。
 何しろ今のフィーの姿はいつものワンピースの上に
 コボルド用の胸当てと緑色のベレー帽、手には野菊を模した杖。
 そして背中には飲み水と弁当を詰め込んだ背嚢を背負っている。どう考えても散歩の恰好ではない。
『まさかグラウンド・ゼロに行こうっていうんじゃないだろうね?』
「ナ、ナンデソレヲ……ハワワ!」
 慌てて口元を押さえるフィー。ローザはため息を吐いた。
『軍人達から聞いてたんだよ、アンタがグラウンド・ゼロで支援をしたいって何度も言ってるって。
 まさかこっそり抜け出そうとするとはアタシも思ってなかったけどね?』
 そういうローザは先ほどまで帝都近郊に現れた歪虚と戦っていたらしく、肌に無数の傷がついている。
 フィーは「ゴメンナサイ……デモ……」と言いながらローザの傷を癒した。
『わかってるよ、どうせ噂話とかで知ったんだろ。
 あそこに歪虚を集める以上は皆……覚悟してただろうさ』
「……」
『こっちに出現する歪虚が減った以上、アタシも向こうに行こうと思ってたんだよ。
 アタシを慕ってくれた子が何人かハヴァマールやその手下にやられたらしくてね』
「精霊モ……!?」
『ああ。精霊は暴食と相性がひどく悪いのさ。
 それでもあの子らは人との絆を守るために命を張った。
 それならアタシもあの子達の仁義に応えてやらなくちゃならないだろ』
「……」
『だからグラウンド・ゼロにはアタシが行く。
 アンタは軍人達との約束通りここで待ってな、できるかぎり精霊と軍人達を連れて帰るからさ』
 ローザはフィーをそっと地面に降ろすと頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「デ、デモ……! ソレナラ、転移門マデオ見送リサセテ! 待ツダケナンテ嫌ナノ!」
『……仕方ない子だね。それじゃ、オフィスまで一緒に行こうか』
 ローザがフィーの手を引いて歩いていく。真夏の強い日差しがフィーの肉球をしっとりと湿らせていた。


●空間跳躍

『ここを潜るのは初めてだね……サンデルマン様の力が上手く導いてくださるといいのだけれど』
 ここは帝都近郊のいつものハンターオフィス。
 ローザが転移門に足をかけたその時――それまで後ろでぽつんと立っていたはずのフィーがいきなり抱き着いた。
『なっ!? フィー、アンタ……!』
「困ッテル人ガイルノヲ見過ゴセナイノ! オ願イ、ローザ。私モ連レテ行ッテ!!」
 バランスを崩し、転移門に転ぶような形で飛び込んでいくふたり。
 目の前には不可思議な空間が広がり、見えない力がふたりをぐんぐん前方へ引っ張り込む。
 ――そして気がついた頃には。赤い荒涼とした大地に放り出されていた。
『フィー! 全く、アンタという子は……!』
 怒るローザに口を尖らせるフィー。
「ダッテ、コウシナイトオフィスノ職員サンニモ止メラレルモノ。私ガ弱イカラッテ……」
 その時、周囲からうめき声が聞こえた。
 どうやらここは大きな岩の陰になっていることもあり、一時的な避難所として使われているらしい。
 フィーは負傷者たちの中に飛び込むと杖を振り、白い花弁をまき散らした。
 たちまち痛みと出血が収まり、人々が立ち上がる。
「……! 君は一体?」
「私ハ花ノ精霊フィー・フローレ。
 戦ウ力ハナイケレド、皆ヲ助ケル治癒の力ハアルノ! ダカラ皆ノ力ニナレルト思ウノ!」
 張り切るフィーに頭を抱えるローザ。まだここには無数の歪虚がいる。
 フィーはてててっと走ると岩に「けがしたひとはこちら」と書いた紙をぺたりと貼った。
 どうやらここを急ごしらえの野戦病院としたいらしい。
 ――いずれにせよ、多くのヒトと精霊を救うと決めたのだ。
 ここに負傷者を運び、治療することで多くの命を守ることが出来よう。
 ローザはそう考えると刀に手を掛け、戦場へ向かった。


●静かになったオフィスで

 その頃、フィー達のいなくなったハンター―オフィスで只埜 良人(kz0235)がため息をついた。
 ローザだけなら無事に帰ってくるだろうが、フィーは感情に動かされることが多く危なっかしい。
 彼は急いで依頼書に記す。どうか精霊達を支援し、多くのヒトと精霊を救ってほしいと。

リプレイ本文

●枯れ果てた地に降り立って

 赤錆のような砂が覆う不毛の大地グラウンド・ゼロ。
 転移門から降りたハンター達は周囲に漂う血の臭いに僅かに顔を顰めた。
 遠くから聞こえてくる剣戟、そして微かなヒトの息遣いやうめき声。
 まだ戦いは終わっていないのだと身をもって知らされる。
 ――そんな中で突如ふわりと甘い香りが漂った。この地に似つかわしくない馥郁たる野菊の香り。
「この匂いは……フィー!?」
 マリィア・バルデス(ka5848)が後方に聳える巨岩に向けて走りだす。
 岩にはいびつな字で「けがしたひとはこちら」と書かれた紙が風に煽られ、頼りなく靡いていた。
 リアリュール(ka2003)も巨岩の裏に駆け込むと、そこでフィー・フローレ(kz0255)が癒しの力を揮っていた。
「フィー様、よくご無事で!」
「マリィア、リアリュール!? ナンデ……」
 元来丸い目をますます大きく見開いて、ぽかんとするフィー。
 エステル・クレティエ(ka3783)が彼女に歩み寄ると労るように優しく微笑んだ。
「フィー様がローザ様とともに転移門でグラウンド・ゼロへ向かったと伺ったのです。
 この地は歪虚達を集める激戦の地。私達も取るものも取り敢えず訪れたのですよ」
「……! 心配サセチャッタノ? ゴメンナサイナノ……。
 デモ、友達ニナッテクレタ人達ガ殺サレタッテ聞イテ……我慢デキナクナッテ」
 さすがのフィーも強引な手段を使ったことは自覚しているらしい。しょんぼりと杖を下ろした。
 濡羽 香墨(ka6760)はそんな彼女の視線に合わせるように腰を落とすと、
 ふわふわの毛に覆われた頭を優しく撫でる。
「フィーの気持ちはわかるから。謝らなくていい」
 澪(ka6002)もしゃがみ込むとフィーの手を取り、穏やかに諭すように言葉を紡いだ。
「うん、フィーらしい……。その心根は大切なものだと思う。
 ねぇ、ところでローザは何処へ? 姿が見えないのだけど」
「ローザハ戦場デ身動キヲ取レナクナッテル人ヤ精霊ノ救出ニ向カッタノヨ。
 ココデ元気ニナッタ人達モ一緒ダカラ大丈夫ダト思ウケド……」
 不安げに岩陰から戦場を覗くフィー。しかし荒野ならではの凹凸が激しい地形では状況がとかく把握しにくい。
 ローザリンデ(kz0269)が本来の力を取り戻しつつあるとはいえ、
 強烈な瘴気の残り香が漂うこの地ではすぐに正確な居場所を見出すのはほぼ不可能だった。
 そこで白樺(ka4596)が相棒の雌グリフォン・山桜桃に装備されたキャリアーへ乗り込む。
「フィーが皆を助けたい気持ち、ローザが皆を護りたい気持ち、どっちもとってもとってもわかるの。
 だから……みーんな助けてみーんな護っちゃお? 大丈夫! 絶対出来るの。だって、1人じゃないもん♪」
「ええ、そうね。皆で役割を分担して、互いに連絡を取り合うことで多くの命を助けましょう。
 緊急性の高い負傷者は白樺さんの山桜桃でこちらへ緊急搬送、
 軽度の負傷者は私の馬車で保護してフィー様のもとへ届ければ効率が良いはずよ」
「うん! 上空からならローザの姿もすぐに見えるはず。
 合流もそれほど難しくないはずなの。いこう、ユーちゃん!」
 白樺が天に向かって上昇する。
 リアリュールも愛馬に声を掛け、馬車を走らせた。
「フォイニィ、悪いけれど今日は頼らせてもらうわよ。多くの人の未来を拓くためにね」
 ――ふたりとも一刻も早く危険に晒されている命を救うために。
 澪も刀に手を掛け、岩陰から駆け出す。
「澪、どこに!?」
「私は私にできる事で力になる。……香墨、フィーを……そして傷ついた皆をお願い」
 後を追おうとする香墨を制止し、走り出す澪。
 彼女はローザの鮮烈な光のマテリアルの存在感を以前からよく認識している。
(はっきりした場所はわからないけれど、マテリアルの気配を追うぐらいならできる。
 ローザの気性だと雑魔よりもまずはシェオルを狙い、全体の安全を確保しようとするはず。
 だったらのんびりもしていられない……!)
 澪は後方に控える仲間達を信じ、振り向かずに書ける。香墨はその背を寂しげに見つめ胸にそっと手を当てた。
「……前は。おねがい。澪とシロ。いっしょなら。きっとだいじょうぶ。だよね……?」


●岩陰から放たれる力

「エイッ、痛イノ痛イノ飛ンデケナノ!」
 フィーの癒しの魔法が負傷者たちの身体を癒していく。
 その最中マリィアは新式魔導銃「応報せよアルコル」のスコープを覗いた。
 そこでシェオル型歪虚が身動きの取れない人間へ接近する様を見るや、相棒のユグディラに顎で合図。
 森の宴の狂詩曲を演奏させることで威力を増したハイペリオンを放ち、9回高らかな銃声を上げた。
 たちまち腕や胴に無数の傷がつき、膝を折る歪虚。
 しかしそこはシェオル型ならではの生命力か、即座に傷を癒し足を震わせながら立ち上がる。
 ――明らかに銃撃者を睨みつけて。マリィアは小さく舌を打った。
(……さすがに容易くやらせてくれるわけではないようね。
 でもまだ距離はある。フィーに手を掛ける前に倒してみせるわ)
 ライフルから弾倉を引き出し、弾を込める。その剣呑な様をフィーが不安そうに横目で見つめた。
 だが表情の険しさとは裏腹に、マリィアは再び銃を構えながら静かにフィーに語り掛ける。
「フィー。貴女がここでみんなの治療をしようと思った事は、とても素敵なことだと思うわ。
 貴女が真剣にやりたいと思った事を、私は、私達ハンターは、決して止めたりしないから」
「マリィア……」
 出会ってからずっと傍にいてくれた大切な「友達」や「お姉さん」達を
 自分の我儘で戦闘に巻き込んでしまったことに後悔するフィー。
 だがマリィアは彼女を厳しく諫めるわけではなく、あくまでも彼女を励ますように柔らかな声で続けた。
「ねえフィー。貴女は自分のできることをもっと信用していいと思う。
 そして同じように、私達ハンターのことも信用してちょうだい。
 貴女が依頼してくれれば、私達はどんな場所であれ覚悟を持ってついて行く。
 貴女の望みを叶えるために力を尽くす。貴女の癒しの力は貴女が思う以上に凄いのよ、フィー。
 それを信じられたら、貴女は私達に素直に依頼を出せたと思う」
「私ノ力ヲ、信ジル……?」
 その時、雑魔の群れがぞろりと窪地から姿を現した。
 フィーの脆弱な体に反した強烈な癒しの力に惹きつけられたのだろう。
 そこでマリィアが銃を向けるも、それよりも先にエステルが岩の前に立った。
「マリィアさん、雑魔なら私ひとりでも何とか抑えきれましょう。
 シェオル型の対応を引き続きお願いします。きっと彼らがこの地の最大の脅威でしょうから」
「え、ええ。わかったわ。任せて頂戴」
 再び銃をシェオル型歪虚へ向けるマリィアの後ろからフィーが慌てて駆け出し、エステルに抱き着く。
「エステル……気ヲツケテ!」
「はい。互いに精一杯、でも無理はなさらないで下さいね。フィー様。……行って来ます」
 フィーが岩陰に戻るのを見やってからエステルは運命符「銀天球」をたおやかな指に挟み――思う。
(少し、本音を言えば前に誰もいないのはほんの少し不安だけれど……
 強力な敵はマリィアさんが撃ち落としてくれる。香墨さんの結界や回復の援護もある。
 私は、周りを信じて、一体でも多く敵を散らす……!)
 そして彼女は高らかに叫んだ。
「フローディア、力を貸して!」
 ――グアアアアッ!!
 エステルのワイバーン・フローディアが上空で白金色の体躯を大きく反らすや巨大な火球を吐いた。
 雑魔が爆発で塵と化す中、それでも突破する雑魔にエステルがフォースリングへ魔力を通し5本の矢を放つ。
 ドドドドドッ!!
 雑魔の体を容赦なく貫くマテリアルエネルギー。彼らは大きく仰け反ったまま地に倒れ、消滅した。
 だがエステルの表情に驕りはない。
(私は雑魔ぐらいならともかく、シェオル型のような強力な個体を相手取るのは今も難しい。
 兄様、私も兄様のこと言えないかもしれない。兄妹揃って力が及ばない同士。それでも……!)
 前方からゆっくりとだが群れで接近してくる雑魔達に向かい、再び符へ魔力を送り込むエステル。
 右の碧眼と左の青眼が鋭く奴らを見据える。
 その背に視線を向けてマリィアが言った。
「皆、フィーの力を頼りにしている。
 そして貴女を大切に思うからこそ、こうして迷わずに戦場に立てるのよ。
 もっと自分を信じてちょうだい、フィー。
 そして貴女のやろうとすることを信じている、私達ハンターのことももっと信じてちょうだい」
「……! ワ、私ハ……!」
 フィーは自分の向こう見ずな行動を恥じた。
 そうだ。
 フィーに皆が反対したのは『単独で戦場に向かおうとしたこと』で
 『人命を救うこと』そのものには誰も反対していなかった。
 それなら無理矢理戦場に押し入るよりも、仲間達に素直に『力を貸して』と頼めばよかったのだ。
 そうすればもっと早く多くの仲間を救えたに違いない。
 皆の優しさに気づかなかった、愚かな自分。
 ――気がついたらまた、ぽろぽろと涙を零していた。そんな彼女を香墨が抱きしめる。
「泣くのは後で。後でたくさん話をしよう。
 だから。今は治療に専念して。……だれもたおれちゃ。いけないから」
 フィーの周りに負傷者を集め、太古の石片を強く握りしめディヴァインウィルを発動する香墨。
 水に垂らした墨の如き靄が大気中に溶け、不可視の結界が展開される。
「シェオル型はともかく。雑魔ぐらいならこれで皆を守れるはず。
 私もがんばるから。フィーも自分に負けちゃ、だめ」
 こくんと頷き、再び杖を振りかざすフィー。
 これからまだ多くの負傷者が運び込まれるのだ。癒し手が屈するわけにはいかない。
 香墨は拒絶の意志を鋭い視線に込め、雑魔の群れを睨みつけた。


●空と地、戦場を駆けて

『リアリュール、北東に足を怪我して動けないハンターがいるみたい。
 多分さっきマリィアが狙撃した歪虚と戦っていてくれた人だと思うの』
「了解よ、白樺さん。そのシェオル型は南東に向かって移動したのよね? 私は迂回しながら保護に向かうわ」
『ありがとうなの! 今は合流した精霊さん達が雑魔と戦ってくれているみたいだけど、
 全員どこかしら怪我をしていて心配なの。でも西の方では横になったまま動かない人がいて……』
「わかったわ。雑魔なら私のフォールシュートで対応できると思う。
 白樺さんは倒れている人をまず保護して。でもシェオル型が近くにいるようなら無理はしないでね」
『うん、リアリュールも気をつけて』
 魔導スマートフォンの通信を終了すると、リアリュールは腰のベルトにそれを括りつけた。
 そして今も後方で頑張っているであろう、いとけない花の精霊のことを思いながら馬の速度を速める。
(フィー様らしいわね、むしろ今までよく我慢なさってた。
 ……きっと大勢のハンターや軍人が戦場に向かうことを知った時点で心を痛めていたでしょうに……)
 先のグラウンド・ゼロの決戦ではあまりに多くの命が失われた。人間も、精霊も。
 その事実をコロッセオの軍人達は口にはしなかっただろう。
 それでも悲しみや怒りを隠しきることはできなかったはずだ。
 ――それを感じ取ったからこそ、フィーはコロッセオの事務室に忍び込み、事実を知ったのだろう。
 そして、自分の無力さを知りながらもなお――。
「零れてしまったかもしれないものをすくえるなら
 行動して良かったと思えるように……よき未来にしてみせましょう。
 安全第一、でもそれでは成せないこともあるもの」
 馬車の行く先を塞ぐように群れで現れる雑魔達。
 リアリュールは馬車を止めると御者台に立ち、きりりとロングボウ「エソ・ニラク」の弦を引いた。
「私もフィー様が守りたいものを護るわ。皆の願いにも副うものだから!」
 リアリュールのマテリアルが弓の力で増幅され、矢の雨が雑魔の頭や胸を貫き一群を消滅させる。
 もう少しで白樺が言っていたポイントに到着する。彼女は再び手綱を握った。
(フィー様のことも心配だけれど、
 今回もいつもの信頼できる仲間だから大丈夫。必ず誰一人として死なせはしない!)

 その頃、白樺は件の身動きしない負傷者を救出するべく山桜桃を急行させていた。
 負傷者の周囲を見るかぎり、歪虚の姿は確認できない。
(お怪我して前線から離れたところで倒れちゃったのかな、早く助けないと……!)
 彼は早速手綱を引く。
「ユーちゃん、ここで一旦降りてほしいの!」
 わかったわよ、と言わんばかりに落ち着いたトーンで鳴き声が返される。
 そして翼を傾け降下する刹那――ナイフ状の黒い羽が山桜桃の胸を掠った。
「……っ! ユーちゃん!?」
 主の案ずる声に心配するなとでも言いたげに体勢を取り直す山桜桃。
 彼女が睨み上げるその先にはグリフォンに酷似した漆黒のシェオル型歪虚が羽ばたいていた。
 何という悪しきタイミングか!
 そこで白樺が苦渋の決断で破邪の法術を紡ぎ始めた瞬間、白い閃光が歪虚の脚を焼き千切った。
 ――ッ!!?
 歪虚が大きくバランスを崩し地表に落ち悶絶する。
 その先には深青と銀の甲冑を纏った精霊が刀を構えていた。
『白樺! アンタ、こんなところになんで……』
 ローザが歪虚が起き上がらないよう足で踏みつけながら問う。
 白樺は他者……それが歪虚であろうとを傷つけることを何よりも厭う性質の少年だ。
 それなのにクリムゾンウェスト随一の激戦地を訪れるとは何があったのかと彼女は眉を顰める。
 白樺がそれに対し「だって……」と俯いた。
「シロ…戦うのは…お怪我しちゃうのは嫌い。傷付けるくらいならシロが傷付いた方が良い。
 でもでも、今シロが戦うの辞めちゃったら、皆を護れない。ローザを護れないから……嫌だけど戦うの……」
 そう言って倒れているハンターを抱き起す白樺。
 ハンターはどうやら気を失っているだけのようだ、胸が浅く上下している。
 しかし頭などの急所を打って倒れたとしたら危険な状態には変わりない。
 白樺はハンターに祝福の腕輪を嵌めた腕でヒールによる応急処置を施し、キャリアーの中に横たわらせた。
「ローザ、シロは重傷のヒトや精霊さんをフィーの所に届けたら必ず戻って来るの。
 だからそれまで……女の子を戦わせるなんて辛いことだと思うけど、もう少しだけ耐えていてくれる?」
『白樺、アタシを誰だと思ってるんだい?
 これでも何百年も前から帝国軍や負のマテリアルに抗い続けた古株だよ。
 アンタが戻って来るまで歪虚どもを目一杯惹きつけてやるさね』
 そこに駆けつけた澪が疾風剣でシェオル型歪虚を突き刺し、
 続けて火鳥風月による炎風で羽毛状の負のマテリアルを焼き払った。
 ――ギャアアアアアッ!!
 耳を引き裂かんばかりの壮絶な悲鳴に澪は下唇を噛んだが、
 それでも足を止めずローザの死角を庇うように背中合わせに立つ。
「白樺がいない間は私がローザを守る。
 リアリュールも今、たくさんの負傷者を連れてフィーの所に向かっているはず。
 白樺もどうか、その人を助けてあげて」
「うん!」
「私達はまずはこのシェオル型歪虚を倒す。
 飛行型はどこからでも人や精霊を狙えるから逃がすわけにいかないし。
 この先にいる歪虚達も。助けを必要としている人がいるかぎり進み続ける」
 澪の堅い意思に白樺が改めて大きく頷いた。
「澪、ローザのことをお願いするの! シロもすぐに合流できるように頑張るから!」
 山桜桃が再び翼を羽ばたかせる。
 白樺は愛する人と友人の無事を願いながら、魔導スマートフォンでフィー達へ救助者の確保を伝えるのだった。


●強く優しいモノたち

 白樺とリアリュールが次々と負傷者をフィーの元へ搬送する中、
 マリィアはアルコルのスコープ越しに例のシェオル型のみならず多くの雑魔が接近していることを悟った。
「白樺、リアリュール、ここから先は貴方達は共に進んだ方がいいかもしれない。
 ここにいくつもの強いマテリアル反応があるからでしょうね、シェオル型を含んだ数多くの敵が迫ってるわ」
「わ、わかったの。だったらシロが上空から
 お怪我した人をたくさん助けられるルートを探してリアリュールに連絡するね」
 その提案にリアリュールが頷いた。
「ええ。それに私の弓なら空中にいる歪虚も撃ち落とせる。
 白樺さんを足止めさせることなく一気に駆け抜けることもできるはずよ」
 幸い、戦場の外れにいた負傷者達のほとんどを無事に収容した2人だ。これから共に行動しても問題はない。
 そこで覚悟を決めた様子のエステルがフローディアの鼻先を優しく撫でた。
「申し訳ないのだけれどあなたに白樺さんたちの護衛をお任せしたいの。いいかしら? ……力を貸して」
 そこでフローディアはエステルの指を細い舌先でそっと舐めた。
 主の願いを理解したのだろう、山桜桃に随伴するように翼を開く。
「えっ、エステル! これから危ないのに大丈夫なの?」
「私達がここに来たのは人命を救うためです。
 たしかにフローディアの炎は今までここを守ってくれた。
 ……けれど、まだ戦場には多く苦しんでいる人がいる。
 私達は大丈夫、マリィアさんの火力、私の魔法、香墨さんの守り、フィー様の癒しが揃っていますから。
 だから心配しないで、前へ進んで」
 白樺はエステルの心遣いに泣き出しそうになるのをぐっと抑え、キャリアーに乗り込んだ。
 リアリュールも「エステルさん、マリィアさん、香墨さん……どうか御武運を」と
 エルフの森に伝わる加護の祈りを捧げて馬車を走らせる。
 ――やがて白樺とリアリュール、
 そしてフローディアの姿が小さくなっていくのを見届けたマリィアは銃を構えた。
「どれだけ体の構造が頑健だろうと負のマテリアルは有限なのよね。
 例えこの地が歪虚にとって有利であっても……私の弾丸に耐えきれるかしら?」
 ユグディラの歌が強烈なマテリアルと化し、マリィアの9の弾丸ひとつひとつにその力が備わっていく。
 そしてマリィアは常人より優れた視覚と指先にマテリアルが満ちたのを確信した瞬間、
 ハイペリオンをシェオル型に向けて一気に放った。
 耳を貫かんばかりに繰り返される射撃音。
 シェオル型歪虚の右腕が吹き飛び、左足の付け根が折れ、脇腹から臓腑らしきものがまき散らされた。
 だがそれでもシェオル型は朽ち果てない。
 足だけで器用に立ち上がり、即座に鎌状の風をマリィアに吹き付ける。
「……ッ!」
 咄嗟に上半身を反らし、攻撃をやり過ごすマリィア。
 スコープで奴の挙動を見つめていなければ気づかぬまま胸元を斬り裂かれていたかもしれない。
「ユグディラ、音曲を止めないで。次で仕留めてみせるから」
 弾倉に弾を込め、油断を見せることなく銃を構えるマリィア。ユ
 グディラは頷くと主のためにより勇壮な音色を奏で主に魔力を送り続けた。

 一方エステルはグラビティフォールの術式を唱えると群がる雑魔達に重力波を放った。
「この先には進ませません。
 守るべき人達を私達は見過ごすことなんてできないから……そうでしょう、フィー様!」
 雑魔の足を紫の光が圧し潰す。エステルは符を構え直すと次に来るであろう群れに向けた。
(最初は人間なんて大嫌いと言ってたフィー様が。傷つき、逝ってしまった人に涙を流して下さる。
 居ても立ってもいられず少しでも何かしたい……人と同じように思って下さる)
 初めて出会った日、フィーは歪虚だけでなく人間にも憎悪を示した。
 それが「自然公園」の造成や数多の依頼を通してほぐれていき……
 今は種族関係なく、ヒトの幸せを喜び、ヒトの悲しみにそっと寄り添う優しさを得ている。
 エステルはその心の変化を愛おしく、できるかぎり支えたいと思った。
(フィー様がそれを願うのならば。人の友達と同じ様に助け合いたい。
 私だって大して強くは無いけれど……今も出来る事を、立ち止まらずに。痛みは忘れずに……皆で)
 可憐な唇から漏れるは破邪の力を招く祈りの言葉。
 戦争による悲しみや痛みが皆の心から拭い去る日まできっと数年はかかるに違いない。
 しかしひとりでも多くの存在を故郷に帰すため。
 エステルは傷つくことを恐れず、魔法を放ち続ける。何度も、何度も……。

 その頃、明らかにフィーの力は衰え始めていた。
 人間の負傷者であればある程度のマテリアルが満ちれば自身の活力で立ち上がることが出来る。
 しかし精霊はそうもいかないのだ。
 マテリアルの集合体であるがゆえに、回復には強い信仰か相応のマテリアルを代償として要する。
 ましてやこの地にはマテリアルが枯渇している。
 治癒能力に特化した精霊とはいえ、フィーの癒しは自身の生命力を削るようなものであり――。
「痛イノ痛イノ……トン……デケ……」
 ふらつきながら癒しの力を広げていく。
 それまでフィーと負傷者たちを結界で守り続けていた香墨は
「もういい。もういいよ、フィー!」と叫び、フィーを抱き上げると岩陰に横たえた。
「香墨……デモ……」
「癒しの魔法なら。私だって使える。私を信じて。誰も死なせないから」
 そう言ってディヴァインウィルを解除。
 続けて相棒のユグディラ・木蘭に「森の午睡の前奏曲」を奏でるように命じると、自身は指を組んだ。
 ――リザレクション。
 かつて「精霊との約束」のためだけに人間達を守ってきた香墨が本心から柔らかな声で癒しを願う。
 するとそれまで動くことさえ叶わなかった負傷者達の顔に血の気が戻り、彼らは次々と感謝した。
 だが香墨の返事はいつものように素っ気ない。
「倒れられると困るから。はやくたって。ここで死ぬなんてのは。ゆるさない」
「あ、ああ。そうだな、こんなとこでぼさっとしているわけにはいかないもんな」
「ん。傷が癒えたら。今度は力を。……まだここには多くの負傷者がいる。守るために力を貸して」
 言葉こそぶっきらぼうではあるが、願いは本物。
 そんな彼女の願いを感じ取り、治療を終えた人々や精霊達がエステルの傍に立つ。
 それがどれほど心強いことか――ハンター達は静かに微笑んだ。
「フィーもみんなも。やらせない。澪が隣にいないぶん。私が守らなきゃ」
 香墨が次の治癒魔法を唱え始める。フィーが命懸けで守ってきた人々を救うために。


●2つの牙に立ち向かえ

 リアリュールは白樺に導かれ、スタンピードで愛馬の脚力を高めつつ一気に戦場を駆けた。
 幾度か雑魔に襲われたものの、幸いにして馬車の損傷は少ない。
 後はシェオル型歪虚を倒し、周辺の負傷者を保護するだけだ。
 しかし彼女には気がかりなことがひとつだけあった。
(ローザリンデ様もフィー様と同じ精霊。
 歪虚や雑魔に狙いやすい存在。……無事であられると良いのだけれど)
 精霊と共闘を重ねたリアリュールだからこそ、心が揺れる。その時、上空の白樺が「あっ」と声を漏らした。
「リアリュール、この先でローザと澪が戦ってる。相手はシェオル型2体……急がないと!」
 張り詰めた声から余裕がないことがはっきりと感じ取れた。
 窪地に馬車を隠すように止めるとリアリュールは弓を手に走り出す。
 そして視界が開けたところ――グリフォン型の歪虚と共に大蛇の姿をした歪虚が2人を翻弄していた。
『くっ、このままでは足止めが精一杯かね……!』
 ローザが戒めの光を放ち、敵の移動を封じ続ける。
 しかしその光には攻撃そのものを封じる力がない。全身に傷を負い、危険な状況におかれていた。
「ローザ、もう少しだけ……お願い!」
 澪が疾風剣でグリフォン似の歪虚を突き、火鳥風月を放つ。
 奴は既にローザと澪の連携で深手を負っているのだ。顔半分が炎風で焼かれ、嘴が砕ける。
 だが敵もさるもの。翼でローザを弾き飛ばそうと構えた。――が。
「ローザはシロが守るんだもんッ! ユーちゃん、フローディア、頑張れっ!!」
 フローディアの炎が大蛇型に命中した。
 だが大蛇は喉から槍状の負のマテリアルを射出。
 左翼の中心部を撃ち抜かれたフローディアが宙をふらつき、赤い大地に不時着した。
「……ごめん、フローディア。必ず助けるから……少しだけ、少しだけ我慢して!」
 白樺が叫びながらグリフォン型へ山桜桃のクイックノックで突撃。
 その瞬間にできた、僅かに相手が仰け反った隙をリアリュールは見逃さなかった。
 彼女はコンバージェンスで一時的にマテリアルを高める。
「誰一人として失わせない。私の矢から逃れられると思わないで……サジタリウス!」
 高度に練り込まれたマテリアルが巨大な矢の形を成し、
 ローザの力で地べたに縫い付けられたシェオル型歪虚2体を貫き通した。
 するとグリフォン似の歪虚が喉から呪詛の如き悲鳴を上げて宙に溶けていく。
 残りは大蛇に酷似したシェオル型のみだ。
「リアリュール、白樺……ありがとう!」
 澪が次元斬で大蛇を呑み込むように滅多切りにする。
 ローザも戒めの光を解き、浄化の光で大蛇の鱗を焼き払う。
『役者が揃ったね、もう遠慮なんてしないよ!』
「うん、シロも精一杯頑張る……皆を癒して、白絹の手套!」
 白樺が宣誓し、グローブ「モノマヒア」を嵌めた手を翳してヒーリングスフィアを発動。
 澪とローザの、そしてフローディアの傷をたちどころに癒していく。
 するとフローディアが再び天高く舞い、炎で大蛇を包み込んだ。
 そして再びリアリュールがコンバージェンスを併用したサジタリウスを発射。
 既に身を守る鱗を失っていた大蛇型シェオルは呆気なく撃ち抜かれる。
 ぐったりしたシェオル型歪虚――澪は再び刀を構えた。
(今、こうして私がローザ達と一緒に戦えるのは香墨がいるから。
 一人ならフィーが心配で気になって集中できなかった。
 でも、香墨がいてくれるから思い切り戦える。離れていても、一緒。だから、少し嬉しい……!)
 最後の疾風剣、そして火鳥風月を蛇の真正面から叩きこむ。
 すると巨大な口からびきびきと体が裂け――最期には黒い砂となって地面に沈んでいった。


●安息への戦い

 マリィアがシェオル型歪虚の討伐に成功したのは奇しくも大蛇が消滅してから間もなくのことだった。
「……後は雑魔を倒しながら前衛陣の帰還を待つだけね。
 ユグディラ、あなたは前奏曲で負傷者達の回復をお願い」
 そう告げてエステルと共に岩の前に立つマリィア。まだ弾丸は十分にある。
 前方をエステルの魔法、後方をマリィアの銃撃で仕留めれば十分だろう。
 その頃――香墨は治療を続けながら胸が痛むのを感じていた。
「…いつからだろ。澪が隣にいてくれないと。私は」
 昔の自分は同族の鬼ですら嫌悪していた。
 自分が理不尽な差別に遭ったのは――鬼という存在だったから。
 だから澪と初めて出逢った時も「鬼は嫌い」と言い放ち、彼女を困らせたことを思い出す。
 それでも澪は自分を気にかけてくれた。
 見捨てずに傍にいてくれて、やがて友達に。そしていつしか家族になろうと約束するほどの絆ができていた。
「澪……澪がいないと。私は……! どうしよう。フィーも動けない。急がないと。いけないのに……!」
 ぞろりぞろりと迫る雑魔の足音。
 エステルはグラビティフォールで再び前衛を圧壊、
 マリィアのリトリピューションが9体の敵を討ち抜き灰燼と化した。
 だが、それでも。あらゆる方向から雑魔の足音が聞こえてくる。
 香墨が懸命に癒しの業を使い続けるその時――聞きなれた声が。岩の向こうから聞こえた。
「たしかに私達ひとりぼっちなら、少し力は足りないかもしれない。でも一緒なら『私達は、無敵だよ』」
 次元斬で切り刻まれる雑魔の群れ。
 続いてリアリュールのフォールシュート、白樺のセイクリッドフラッシュが群れの大半を壊滅させる。
「皆……!」
 香墨が振り向くとそこには頼りになる仲間達が揃っていた。
「負傷者は全員保護できたわ。
 回復された皆さんも補給が必要でしょう? 一旦転移門で退避して次の戦に備えた方がいいと思うの」
 リアリュールの提案に人々も精霊達も頷く。
 ――この世界を守るにはまだまだやらなきゃいけないことがあるからな、とほんの少し苦く笑って。
「ここでまた俺達も頑張ってみるさ。あんた達に救われた命で、この世界の人々を守るためにな」


●焦土からの帰還

 赤い荒野からひとまず脅威が去った。
 負傷者たちは救助に訪れたハンターと精霊達へ次々と礼を口にし、転移門を潜る。
 しかしその中には戦闘不可能と明確に判る傷を負った者もいて――フィーは悲しげに目を向けた。
 香墨や白樺の癒しの魔法も、フィーの花の生命力も癒しに至らなかったほどの重い傷。
 きっと彼らは圧倒的な力を持つ歪虚にも勇敢に立ち向かったのだろう。
 それに報いることができなかったと……そればかりが心に重く圧し掛かった。
 そこでエステルはフィーの前で膝をつくと、その小さな体を全身で抱きしめた。
 長く柔らかな髪からふわりとハーブの香りが広がる。
「エステル?」
「フィー様、どうかお気をしっかり持って。私達はできるかぎりのことを全てやりました。
 それは誇るべきことで、自分を責めることではありません」
「……デモ……」
「もし私達がここで力を尽くさなければ、
 あの方達は生涯背負わねばならない傷を負うか……命を落としていたかもしれません」
「……ウン」
 力が衰えていたとはいえ、シェオル型歪虚3体と無数の雑魔が闊歩していた戦場だ。
 フィーの行動そのものは無鉄砲だったとはいえ、多くの人を救うきっかけになったことには違いない。
「フィー様の勇気、そして私達の戦いは多くの人に未来を与えられた。
 今はそれが何より大切なことだと思います。
 ……ね、初めてフィー様とお会いした時にお花畑を一緒に直しましたでしょう?
 花は命さえあれば何度でも芽吹き、美しい花を咲かせる。
 人も精霊も同じ……生きてこそ、何度でも笑うことが出来る。幸せになれるんですよ」
 ハンカチでフィーの涙を拭い、微笑むエステル。
 彼女のハグに応じるように身体をぎゅうっと押し付けたフィーは泣き笑いを浮かべた。
 一方、マリィアはフィーの視線の先にしゃがみ込むと、フィーの三つ編みを何度も撫でながら言う。
「さっき言ったことの続きになるけれど。私は貴女が怪我をするだけで哀しいわ。
 消滅したらなんて、考える事すらできないわ。それでもね、フィー。
 貴女が本気でやりたいことを止めるなんて、誰もしてはいけないし出来ないことだと思う。
 だからフィー……これからは、これからも。貴女のしたいことは、私達にちゃんと協力させてちょうだい」
 それはフィーをただ守るべき存在として見ているのではなく、
 ひとりの意志持つ存在として尊重しているからこその願い。
 フィーが「アリガトウ、マリィア……私ノオ姉サン。コレカラモズット……」と手を伸ばす。
 ぽふ、とその柔らかな手をマリィアは「当然のことよ、だって私達は友達だもの」と優しく握った。

 それと時を同じくして、澪は香墨の姿を見つけると一も二もなく彼女を抱きしめた。
 熱い涙が初々しい頬を伝い落ちる。
「み、澪……!?」
「よかった。無事で……フィーのことも守ってくれてありがとう」
「それは。澪は私の片割れで。フィーも大切なともだち。
 誰かひとりでもいなくなったら。私は、きっと壊れるから」
 シェオル型歪虚との死闘で傷だらけになった澪をアンチボディで癒す香墨。
 澪は首を横に振り、香墨の胸に顔を埋める。
「……それは私も同じ。この戦い、香墨がいてくれたから存分に戦えたけど。
 それでも、傍にいられなかったのは少し、寂しかった」
 普段は大人びた冷静な態度の澪が放つ感情的な言葉。香墨は澪の柔らかな青髪を撫でた。
 その反応に甘え、澪がまっすぐに感情を吐露する。
「香墨を信頼しているから私は離れた場所でも存分に戦えた。
 白樺とローザと一緒に目一杯できることをした。……でもやっぱり……」
「……それは私も同じ。澪のこと、大好きだもの。離れるのはやっぱり辛い。心が痛くなる」
 抱き合うふたりの胸からかさりとする紙の音。
 かつて生涯を共にすると誓った日に交わした契りがそこに、ある。
「……邪神を倒せば戦争にひとつの区切りがつく。
 世界が平和になったら。本当の意味で……家族になろ?」
「ん。そうしたらずっとふたり一緒だね。あ、もちろん木蘭も一緒。きっと楽しい毎日になる」
 はにかむ澪と香墨。木蘭が主の明るい表情を嬉しく感じたのか、バンドリオンで心安らぐ音色を奏でる。
 そこにフィーが歩み寄り、木蘭の隣でちょこんと座りふたりを羨ましそうに見つめた。
(家族ニナルッテ、イイナ……)
 すると澪が彼女の視線に気づき、フィーの手を引くと香墨と木蘭と共にに強く抱きしめた。
 ――皆、ずっと一緒。
 大切な友達で、もし住む場所が離れ離れになっても心が傍にある家族。それで、いいと思う。
 澪の囁きに香墨が頷き、フィーは照れ笑いを浮かべた。これからもずっとこうしていけたらいい、と。

 そこから少し離れた場所では白樺が木片で作った十字架を赤い地面に立て、祈りを捧げていた。
「ごめんね……次はうんと幸せに生まれ変われる様にいっぱいいっぱいお祈りするから。
 ごめんね……もっと早く、アナタ達も助けてあげられたら良かったのに……ごめんね」
 それは戦死した人々や軍人、そしてシェオル型歪虚とされた異界の人々への鎮魂の祈り。
 せめて魂だけでも報われるように願いながら彼は浄化の言葉を紡ぐと、
 いくつかの遺品と思われる身分証やその断片、装飾品類を袋に収めた。
「シロ達のお友達は、連れて帰らせてもらうね」
 そこにローザが『どうしたんだい、それは』と問うと白樺は悲しげに目を伏せた。
「これはユーちゃんとこの地域を周っている間に見つけたもの。
 ただの忘れ物ならいいんだけど、もしかしたらって思って……後でハンターオフィスに渡すつもりなの」
 精霊は力を失えば消滅するのみだが、ヒトは遺族が心の整理をつけるために弔いを必要とする。
 生き様の証として形見を要する者もいるだろう。
『……そっか。人間は一度きりの生だからこそ……想い続ける生き物だものね……』
 ローザが白樺の作った十字架に片膝をついて祈りを捧げる。
 異界の信仰を知る術はないが、死後の安らぎを願うぐらいは許されるだろうと。
 そんな彼女の背に白樺はそっと抱き着いた。
「ローザ……戦うの任せてばっかりでごめんなさいなの。
 女の子にお怪我ばっかり……ローザが誰かを護った証だけど……いつもありがとうなの」
 白樺の手にはスペルロザリオ「エレオス」が握られ、優しい光がローザの傷を癒していった。
『そんなことないよ。アタシは不条理を拒む人々の心から生まれた……守護と戦の精霊だ。
 アタシはアタシの正義と仁義に基づいて戦う。だけど、それだけじゃ心がきっと折れちまうんだ』
 それは絶対的な正義というものが存在しないという永遠の矛盾。
 ローザはかつて帝国に暮らしていた精霊や亜人を守るために帝国軍と戦っていた。
 しかし帝国軍とて国を繁栄させるため、そして家族を守るために戦っていた。
 結局、正義は命の数と同等に存在する。それを全て背負って戦うのは酷く困難なのだ。
「ローザ……」
『だからアンタが傍にいてくれると安心する。常に誰かの命を守るために、
 自分が傷ついても手をあげることなく癒し続ける白樺に……感謝してる』
 祈りを解いた体が白樺を抱きしめ、白い指がハニーブロンドの髪を何度も何度も撫でた。
 紫の瞳が光に揺れ、白樺の2つの彩を宿す瞳を静かに見つめる。そこで。
「シロも……ローザに逢えて良かったの。これからもローザのこと、守らせてね」
 ローザの手の甲にそっと口づけをする白樺。それはまるで騎士のような所作で……。
『この子ときたら全く、どこで覚えてきたんだろうね。……本当に、恰好よくなっちゃってさ』
 ローザは顔を真っ赤に染めると白樺の手をとり、転移門に向けて歩いていった。

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    エルフ|17才|女性|猟撃士
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    人間(紅)|17才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    フローディア
    フローディア(ka3783unit001
    ユニット|幻獣
  • 曙光とともに煌めく白花
    白樺(ka4596
    人間(紅)|18才|男性|聖導士
  • ユニットアイコン
    ユスラ
    山桜桃(ka4596unit002
    ユニット|幻獣
  • ベゴニアを君に
    マリィア・バルデス(ka5848
    人間(蒼)|24才|女性|猟撃士
  • ユニットアイコン
    ユグディラ
    ユグディラ(ka5848unit004
    ユニット|幻獣
  • 比翼連理―瞳―
    澪(ka6002
    鬼|12才|女性|舞刀士
  • 比翼連理―翼―
    濡羽 香墨(ka6760
    鬼|16才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    モクラン
    木蘭(ka6760unit001
    ユニット|幻獣

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依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
エステル・クレティエ(ka3783
人間(クリムゾンウェスト)|17才|女性|魔術師(マギステル)
最終発言
2019/08/09 06:59:15
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2019/08/07 07:51:35