ゲスト
(ka0000)
惨劇の目覚め
マスター:葉槻
- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
- 1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/02/16 19:00
- 完成日
- 2015/02/23 23:20
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
ふと、何故か目が覚めてしまった。
あぁ、寒い。まだ、春では無いのか。
しかし何より空腹で、空腹で、死んでしまいそうだ。
本当は眠る前に、もっと沢山食べたかったのに、今年はあまり木の実も魚も捕れなかった。
だから、こんなにも腹が減って仕方が無いのだ。
あまり動きたくなかったが、このままは腹も満たせぬ。
のそりと外へ出ると、寒さが更に増して、足は歩く度に濡れて気持ちが悪い。
眩しいぐらいに一面は真っ白で冷たくて、静かで何の匂いもしなかった。
歩く度に音が鳴るのが気になるが、それより何か、腹を満たせる物が欲しかった。
暫く歩いて、湖の畔に出た。
湖は氷が張っていたが、手を入れるとあっさりとその氷は割れ、酷く冷たい水に触れることが出来た。
湖に顔をつけて水を飲み、ついでに顔を洗う。
顔を洗えば、更に目が冴えた。
日の位置から、今は昼過ぎだろか。
あぁ、腹が空いた。
その時、後ろで悲鳴が聞こえた。
見れば、人間が何事か叫びながら走り去っていく。
思わず追ってやろうかと思ったが、雪面に置き去りにされた物からかぐわしい匂いがした。
甘い匂い。これは、野兎か。
何故置いて行ったのかはわからぬが、有り難く頂戴する。
甘く柔らかく美味い。――しかし、足りない。まだ足りない。
もしかしたら、さっきの人間がまだ何か獲物を持っているかもしれない。
足跡を追ってみよう。
「依頼です。村に巨大なヒグマが現れました。ヒグマはまず、村外れに住む狩人の家を襲いました。そこに住む狩人の男性は恐らく亡くなっており、冬に蓄えとして置いてあった干し肉や穀物が奪われました」
気付いたのは、行商人だった。
昨晩は酷い冷え込みで、火が無ければ生きていけない程だったのに、煙突から上がる煙が見えず、家の扉を叩いてみたが、返答が無かった。
それを村人へ伝えたところ、男衆で様子を見に行く事となった。
扉を叩けどやはり返事は無く、最初は狩りに行ったまま戻っていないのでは無いかと思われた。
しかし、裏口に回ってみると、割れた硝子、破壊された扉、そして、荒らされた室内はおびただしい量の血で真っ赤に染まっていた。
「遺体は室内では発見されず、恐らくヒグマに持ち去られた物と考えられます」
室内に残る爪痕や、森から家へ、家から森へと続く足跡から、巨大なヒグマによる事件だとわかり、慌てて男衆は村長へと連絡に走った。
一方その頃、ヒグマはその狩人の家から最も近い、羊小屋に居た。
裏の扉を壊して侵入し、10頭の羊のうち、8頭が犠牲となっていたが、それがわかった時には既にヒグマの姿もなかった。
「雑魔ではない、野生のヒグマですが、大変大きく凶暴な個体です。ヒグマは、執着心が強い生物と言われています。恐らく近日中に再びこの村を襲うでしょう。これ以上被害を出さないためにも、みなさんで討伐をよろしくお願いします」
あぁ、寒い。まだ、春では無いのか。
しかし何より空腹で、空腹で、死んでしまいそうだ。
本当は眠る前に、もっと沢山食べたかったのに、今年はあまり木の実も魚も捕れなかった。
だから、こんなにも腹が減って仕方が無いのだ。
あまり動きたくなかったが、このままは腹も満たせぬ。
のそりと外へ出ると、寒さが更に増して、足は歩く度に濡れて気持ちが悪い。
眩しいぐらいに一面は真っ白で冷たくて、静かで何の匂いもしなかった。
歩く度に音が鳴るのが気になるが、それより何か、腹を満たせる物が欲しかった。
暫く歩いて、湖の畔に出た。
湖は氷が張っていたが、手を入れるとあっさりとその氷は割れ、酷く冷たい水に触れることが出来た。
湖に顔をつけて水を飲み、ついでに顔を洗う。
顔を洗えば、更に目が冴えた。
日の位置から、今は昼過ぎだろか。
あぁ、腹が空いた。
その時、後ろで悲鳴が聞こえた。
見れば、人間が何事か叫びながら走り去っていく。
思わず追ってやろうかと思ったが、雪面に置き去りにされた物からかぐわしい匂いがした。
甘い匂い。これは、野兎か。
何故置いて行ったのかはわからぬが、有り難く頂戴する。
甘く柔らかく美味い。――しかし、足りない。まだ足りない。
もしかしたら、さっきの人間がまだ何か獲物を持っているかもしれない。
足跡を追ってみよう。
「依頼です。村に巨大なヒグマが現れました。ヒグマはまず、村外れに住む狩人の家を襲いました。そこに住む狩人の男性は恐らく亡くなっており、冬に蓄えとして置いてあった干し肉や穀物が奪われました」
気付いたのは、行商人だった。
昨晩は酷い冷え込みで、火が無ければ生きていけない程だったのに、煙突から上がる煙が見えず、家の扉を叩いてみたが、返答が無かった。
それを村人へ伝えたところ、男衆で様子を見に行く事となった。
扉を叩けどやはり返事は無く、最初は狩りに行ったまま戻っていないのでは無いかと思われた。
しかし、裏口に回ってみると、割れた硝子、破壊された扉、そして、荒らされた室内はおびただしい量の血で真っ赤に染まっていた。
「遺体は室内では発見されず、恐らくヒグマに持ち去られた物と考えられます」
室内に残る爪痕や、森から家へ、家から森へと続く足跡から、巨大なヒグマによる事件だとわかり、慌てて男衆は村長へと連絡に走った。
一方その頃、ヒグマはその狩人の家から最も近い、羊小屋に居た。
裏の扉を壊して侵入し、10頭の羊のうち、8頭が犠牲となっていたが、それがわかった時には既にヒグマの姿もなかった。
「雑魔ではない、野生のヒグマですが、大変大きく凶暴な個体です。ヒグマは、執着心が強い生物と言われています。恐らく近日中に再びこの村を襲うでしょう。これ以上被害を出さないためにも、みなさんで討伐をよろしくお願いします」
リプレイ本文
●
和泉 澪(ka4070)(イズミミオ)は、やや緊張した面持ちで狩人の家の玄関扉を開いた。裏口側から入り込んだ風に室内の淀んだ空気ごと正面から襲われ、冷風と血の臭いに思わず口元を覆った。
「ひどい臭い……動物とはいえ、人を襲うのは酷いですね」
そんな澪の横から、天乃 斑鳩(ka4096)(アマノ イカルガ)も部屋の様子を窺って、顔を曇らせる。
一方的な暴力により荒らされた室内。壊された棚、脚の折れた椅子、ひっくり返ったテーブル。そのどれにも血痕がこびりついており、特に目をひいたのは、壁だった。二人の目の高さよりも高い位置におびただしい量の血がこびりついており、一部肉片らしき物も目に入った。……壁に叩き付けられたのだろうか。気温が低かったことで腐敗臭こそまだ漂ってはいないが、これはどれほど掃除をしようとも、とても人が住めるような場所では無くなっている。
「聞いた話ですけど、熊は自分の獲物に執着する習性があるそうです」
斑鳩の静かな声に、澪は頷いた。なるべく共存していきたい、最初こそそう思っていたが、この惨状を目の当たりにして身体だけでは無い、心の芯から冷え込むような感覚を覚えた。
「さぁ、始めましょうか」
扉を閉めて吹き抜ける風を遮ると、斑鳩は足下に転がっていた屑籠を拾い上げた。
一方、羊小屋班のティアナ・アナスタシア(ka0546)は童謡を口ずさみながら、羊小屋の表の扉を開いて――言葉を失い、その場に立ち尽くした。
その後ろではシュマ・グラシア(ka1907)が、リアルブルー出身者より聞いた黄色い熊の特徴を思い出し、「はぁちみぃつたぁべたぁいなぁ」などと呟いていたが、動かないティアナの脇を潜って中へ入ると、うーん、と唸った。
「これはしばらくジンギスカン食べられないかもでシュ」
「……生きるために人間を襲って、羊を食ったわけだ。ある意味純粋で、自然だな」
そんな二人より頭一つ大きいKeith Vanq(ka3897)(キース ヴァンク)が中を窺いながら、腰元の携行袋から紙巻煙草を取り出そうとして、やめた。余計な匂いを付けるのは好ましくないだろうという冷静な状況判断と同時に、美味くなさそうだ、という素直な理由が彼の中に浮かんだからでもある。
シュタール・フラム(ka0024)が動かない3人を押しのけ中に入ると、ぐるりと室内を見回した。
「こりゃ……相当デカイヒグマだな。2mどころか、3m近いかもしれん」
「それはデカい熊でシュねー。シュマ何個分くらいでシュかね」
残された足跡や爪痕と、記憶の中の熊の大きさを照らし合わせて、ガシガシと頭を掻くシュタールの後ろでシュマが興味深そうに足跡を観察している。
趙 彩虹(ka3961)(ヂャオ ツァイホン)も慎重に室内へ入ると、敷き詰められた血糊を含んだ藁と、放置された死骸に柳眉を寄せた。
これ以上の被害を出させないこと、また今回集まった者の半数が狩人の弔いや敵討ちの思いもあり、この惨状に誰もが暫し言葉を失った。
「さ、熊さんが来るまでに動きやすいように掃除しよ。家事は得意なんだ!」
女子力高いの私、とレイン・レーネリル(ka2887)が明るい口調で呼びかけると、皆のこわばった表情が少し和らいだ。
「戦闘に支障がないよう、足下の確保は念入りにしたいですね」
「野性ってのはあれで油断ならねぇからな。キレイにしすぎない程度でな」
趙の言葉にシュタールが頷きつつも念を押す。
部屋の隅に立てかけてあった、掃除道具を手に取ると、彼はてきぱきと指示を飛ばし始めた。
●
狩人の家には窓が各部屋に備え付けられていた。冷気が入らないようにだろう、どれも分厚いカーテンがかかっていたが、今はその半分が引き裂かれ、血に汚れた状態になっている。
その窓のうち、土間の窓の向こうに違和感を覚えた澪は、静かに窓に近付くと、胸元から魔導短伝話を取り出し、握り締めた。
その様子に気付いた斑鳩が、静かに澪とは窓を挟んで反対側に駆け寄った。
「来ました?」
「……いえ、影が、見えたような気がしたんですけど……あっ!」
小さな窓からは視界が悪く、ただ白い大地が広がっているようにしかみえなかった。が、やはり森のすぐ側に動く黒い点が見える。
澪は逸る気持ちを抑えながら伝話を握り直した。
「……おぅ、そうか。こっちは準備良しだ。そちらも気を付けてな。ありがとよ、じゃ、あとで」
シュタールの魔導短伝話が鳴った時、シュタール以外の全員が表扉側へと動いたが、それを右手を掲げるだけでストップをかけ、そのまま壊れた裏口を指差した。
熊は、裏の森から、再び羊小屋を目指している、と澪からの情報だった。ゆえに、こちらもすぐに表から向かう、と。
シュマが積み重ねられた藁の上によじ登り、明かり取り用の小窓からそっと外を窺うと、確かに黒い影が徐々に、徐々にこちらへと近付いて来ているのが見えた。
静かに一同は頷くと、それぞれ藁や死骸の影に隠れ、熊がやってくるのを待つことにした。
ただ待つ時間はティアナには長く感じた。だいぶ慣れたとはいえ、血と臓物の匂いは、あまり肺に入れたくは無い。それに何より、足場確保の掃除などで動いて居る内は良かったが、動きを止めると途端に冷気に全身が晒され、足先はジンジンと冷たく痛み、指先は凍えて悴む。身体が凍えて震え出しそうになるのを、息を吐いて鎮めるが、気を抜けば奥歯が鳴りそうになる。
自分の呼吸音が煩く感じる程の沈黙の中、趙の耳に雪を掻き分けて歩く音が徐々に徐々に近付いて来た。
レインは部屋の中央で魔導拳銃のグリップを握り直した。出来る限り熊を引き付けて、部屋の中央まで誘い込んでから攻撃をする、その決意を受けて金色の炎を灯す瞳に、熊の巨体がついに映った。
熊は小屋に脚を踏み込む前に、レインを見てフンフンと鼻を鳴らして周囲の匂いを嗅いだ。
警戒されているのか? よぎる不安に、再びグリップを握り直して、自分を奮い立たせる。
「どうしたの? ほらほら、私肉付き良いし? おいしそうでしょ!」
レインの言葉に、熊は上体を起こし、首を傾げるような仕草をして見せた。――その次の瞬間、驚くべきスピードで一気にレインとの距離を縮め、右腕を振り上げる。
「ちょっ!」
しかし、そこは覚醒者の反射神経。紙一重で攻撃を躱すと、弾丸を熊の胴体に撃ち込む。
……そして、本当に熊に美味しそうと思われたとしたら……と、なんか自分で言って傷付く乙女心。
「討伐、させて頂きますね!」
食事をしただけ……とわかってはいるが、村の人達を護るため。裏口付近で待機していた趙が精霊に祈りを捧げ、紅椿を構え突きを放つ。しかし易々と槍ごと払われ、白い虎縞の猫耳に長い尻尾が泥に汚れる。
「ちぃっ!」
フォルティスの柄をギリリと握り締めて強く地面を蹴ったキースの一振りが、狙いを逸れて右肩を浅く傷付ける。そしてその隙を逃さず、シュマが杖を振りかざした。
「あんまり大きな音たてちゃダメでシュよー」
青白い雲状のガスが一瞬にして周囲に広がる。味方には害が無いとはわかっていても、思わずキースは息を止め、3歩後ろに下がった。そこに、ブォンという音と共に雲がえぐり取られるようにかき消え、その奥にあるギラギラと怒りに光る双眸と目が合った。
「……そうそう上手くいかないもんでシュね。残念」
次の手を打つためにシュマが杖を構え直し、ティアナはシュタールへ光の加護を届ける。
「ありがとよ!」
タクトに加護と電撃を纏わせたシュタールが、ヒグマの脇腹を抉るように攻撃を放つ。
グォオオオと地響きのような雄叫びを上げて、今まで二本脚で立っていたヒグマが両前足を着く。しかしすぐに静電気に全身の毛を逆立て、再び上体を起こしたヒグマはゆっくりと周囲を見回した。それは自分が罠にはまり、取り囲まれたのを確認する、そんな動きだった。
「さすがにタフだな。ヒグマってのは伊達じゃねぇか。だが、ヒグマが怖くて歪虚相手なんざやってられるか!」
シュタールの自らを鼓舞するその言葉に、その場にいる皆が一様に頷いた。
●
斑鳩と澪がランアウトを駆使して羊小屋に付いた時、中からは激しい雄叫びと、何かが壁にぶつかる音が響いた。二人は目配せをして、同時に表扉を一気に開いて中に飛び込むと、ヒグマの位置を確認。澪は残りのランアウトですぐさまヒグマとの距離を縮め、斑鳩は炎の幻影を纏わせたままその後ろから流れるように走り寄る。
「行きますっ! 鳴隼一刀流、隼突!」
澪は煌めく國近でヒグマの背に一太刀浴びせると、すぐさま横へと飛んで距離を取り、続く斑鳩も剣形態にしたツヴァイシュトースツァーンでヒグマの右腕を斬り付けながら走り抜けた。
「とらさん! 遅くなってすみません」
負傷しながらも槍を構えている趙の横に斑鳩が駆け寄ると、その傷を労るように柳眉を寄せた。
「斑鳩様」
大事ありません、と趙は微笑ってそれに答えた。
「我の闇の衝撃波うけとめられるか!」
覚醒後より王様口調になったティアナが、白髪を掻き上げながら笑うように言い、神楽鈴をしゃらりと鳴らすと影を生み出し、ヒグマへとぶつけた。
ティアナの攻撃にヒグマは空気が震えるような怒りの雄叫びを上げたが、澪と斑鳩が現れた扉が開いているのを見て身を翻した。
「そっちはダメ!」
レインが叫ぶ。
雪かきがされ、村の集落まで続く道。万が一この手負いの獣がそちらへ行こうものならどんな被害が出るか。
その時、銃声が響き、ヒグマの右後ろ脚から鮮血が飛び散り、バランスを崩した400kgを超える巨体が道を塞ぐように前のめりに倒れ込んだ。
硝煙の先にはシュタール。室内では誤射を避ける為使っていなかったが、本来はこちらの方が使い慣れており、逃亡の際にはいつでも狙えるよう冷静に状況を見ていたゆえの、的確な射撃だった。
「ナイスヒット」
キースが走り込み強烈な一撃を左後ろ脚へと叩き込む。続けてシュマが鼻先に石礫を放ち、立ち上がるのを阻害し、レインが電撃を放ってヒグマの行動そのものを麻痺させる。
「斑鳩様」
趙と斑鳩は互いに頷き合うと、それぞれの得物を手に走り出す。
趙の動物の霊の力を借りたその姿は、まるで聖獣白虎が地を駆け、ヒグマに跳び掛かったようにも見えた。槍の切っ先は、ヒグマの左肩を貫き、大地へと縫い付けた。
「いきますよー! どっかーん!」
そこへ斑鳩が走りながら斧形態に変更したアックスブレードを振り下ろす。
ヒグマはくぐもったうなり声を上げ、動かなくなった。
「……終わり、ましたか?」
澪が恐る恐るヒグマに近寄ろうとすると、その肩を野性の悪足掻きの恐ろしさを知っているシュタールが掴んで引き留める。
「不用意に近付くんじゃねぇ」
「!! シュタールさん、酷い怪我じゃないですか!」
肩口は滴る血でぐっしょりと濡れていた。それは澪達が到着するまでの激戦中に負った裂傷だった。
慌てて回復術を施そうとする澪の後ろで、キースが扉に凭れながら頷く。
「そうそう。無駄に怪我する必要はねぇな」
よく見れば、キースも全身を血と藁と土埃に汚れているが、さして気にもならないように腰の携行袋から煙草を一本取り出して火を付けた。
紫煙が鉛色の寒空に昇り、消える。
「仇はまぁ……取ったぜ。それなりに」
戦闘で熱くなった身体から、再び熱を奪うように寒風が8人の間を駆け抜けていった。
●
狩人の遺体の捜索はレインの提案で村人と協力して行われた。
「本当はもっと早く見つけてやりたかったんだが……」
ヒグマと対抗しうる技術を持っていたはずの狩人が狙われた事が、遺体の捜索を忌避させた最たる理由だった。
幸いにしてこの数日間雪が降っていなかった為、森に残されていた足跡や血痕を辿ることが可能で、日が落ちる前にその遺体を発見することが出来た。
荒々しく掘られた樹の根元。羊の死骸と共に、その遺体はあった。このように『保存食』として獲物を隠す事があるのだと、シュタールが皆に教えた。
またヒグマの死骸の処遇は村へ一任することとした。
「皆さんで熊鍋をつつく……というのにも惹かれますが」
と趙が言うと、村人は渋い顔をして首を振った。
「他の村ではどうだか知らんが、ここでは人を襲った熊は食わない」
全て供養して山へと還すのだという言葉に、趙とティアナは静かに頷き、その弔いの手伝いを申し出るのだった。
翌日、村ではしめやかに葬儀が執り行われた。
「食うか食われるか。この世に生まれたからには逃げられない弱肉強食のシステムの犠牲者一人と、一匹へ」
キースはそう呟くとリアルブルーの友人に聞いた線香の代わりに煙草を一本供えた。
その様子を見て、澪と斑鳩が丁寧に手を合わせて黙祷を捧げる。
――長い冬はもうすぐ終わりまシュかね。
シュマは久しぶりに晴れたというその青空を見上げて、白い息を吐いた。
和泉 澪(ka4070)(イズミミオ)は、やや緊張した面持ちで狩人の家の玄関扉を開いた。裏口側から入り込んだ風に室内の淀んだ空気ごと正面から襲われ、冷風と血の臭いに思わず口元を覆った。
「ひどい臭い……動物とはいえ、人を襲うのは酷いですね」
そんな澪の横から、天乃 斑鳩(ka4096)(アマノ イカルガ)も部屋の様子を窺って、顔を曇らせる。
一方的な暴力により荒らされた室内。壊された棚、脚の折れた椅子、ひっくり返ったテーブル。そのどれにも血痕がこびりついており、特に目をひいたのは、壁だった。二人の目の高さよりも高い位置におびただしい量の血がこびりついており、一部肉片らしき物も目に入った。……壁に叩き付けられたのだろうか。気温が低かったことで腐敗臭こそまだ漂ってはいないが、これはどれほど掃除をしようとも、とても人が住めるような場所では無くなっている。
「聞いた話ですけど、熊は自分の獲物に執着する習性があるそうです」
斑鳩の静かな声に、澪は頷いた。なるべく共存していきたい、最初こそそう思っていたが、この惨状を目の当たりにして身体だけでは無い、心の芯から冷え込むような感覚を覚えた。
「さぁ、始めましょうか」
扉を閉めて吹き抜ける風を遮ると、斑鳩は足下に転がっていた屑籠を拾い上げた。
一方、羊小屋班のティアナ・アナスタシア(ka0546)は童謡を口ずさみながら、羊小屋の表の扉を開いて――言葉を失い、その場に立ち尽くした。
その後ろではシュマ・グラシア(ka1907)が、リアルブルー出身者より聞いた黄色い熊の特徴を思い出し、「はぁちみぃつたぁべたぁいなぁ」などと呟いていたが、動かないティアナの脇を潜って中へ入ると、うーん、と唸った。
「これはしばらくジンギスカン食べられないかもでシュ」
「……生きるために人間を襲って、羊を食ったわけだ。ある意味純粋で、自然だな」
そんな二人より頭一つ大きいKeith Vanq(ka3897)(キース ヴァンク)が中を窺いながら、腰元の携行袋から紙巻煙草を取り出そうとして、やめた。余計な匂いを付けるのは好ましくないだろうという冷静な状況判断と同時に、美味くなさそうだ、という素直な理由が彼の中に浮かんだからでもある。
シュタール・フラム(ka0024)が動かない3人を押しのけ中に入ると、ぐるりと室内を見回した。
「こりゃ……相当デカイヒグマだな。2mどころか、3m近いかもしれん」
「それはデカい熊でシュねー。シュマ何個分くらいでシュかね」
残された足跡や爪痕と、記憶の中の熊の大きさを照らし合わせて、ガシガシと頭を掻くシュタールの後ろでシュマが興味深そうに足跡を観察している。
趙 彩虹(ka3961)(ヂャオ ツァイホン)も慎重に室内へ入ると、敷き詰められた血糊を含んだ藁と、放置された死骸に柳眉を寄せた。
これ以上の被害を出させないこと、また今回集まった者の半数が狩人の弔いや敵討ちの思いもあり、この惨状に誰もが暫し言葉を失った。
「さ、熊さんが来るまでに動きやすいように掃除しよ。家事は得意なんだ!」
女子力高いの私、とレイン・レーネリル(ka2887)が明るい口調で呼びかけると、皆のこわばった表情が少し和らいだ。
「戦闘に支障がないよう、足下の確保は念入りにしたいですね」
「野性ってのはあれで油断ならねぇからな。キレイにしすぎない程度でな」
趙の言葉にシュタールが頷きつつも念を押す。
部屋の隅に立てかけてあった、掃除道具を手に取ると、彼はてきぱきと指示を飛ばし始めた。
●
狩人の家には窓が各部屋に備え付けられていた。冷気が入らないようにだろう、どれも分厚いカーテンがかかっていたが、今はその半分が引き裂かれ、血に汚れた状態になっている。
その窓のうち、土間の窓の向こうに違和感を覚えた澪は、静かに窓に近付くと、胸元から魔導短伝話を取り出し、握り締めた。
その様子に気付いた斑鳩が、静かに澪とは窓を挟んで反対側に駆け寄った。
「来ました?」
「……いえ、影が、見えたような気がしたんですけど……あっ!」
小さな窓からは視界が悪く、ただ白い大地が広がっているようにしかみえなかった。が、やはり森のすぐ側に動く黒い点が見える。
澪は逸る気持ちを抑えながら伝話を握り直した。
「……おぅ、そうか。こっちは準備良しだ。そちらも気を付けてな。ありがとよ、じゃ、あとで」
シュタールの魔導短伝話が鳴った時、シュタール以外の全員が表扉側へと動いたが、それを右手を掲げるだけでストップをかけ、そのまま壊れた裏口を指差した。
熊は、裏の森から、再び羊小屋を目指している、と澪からの情報だった。ゆえに、こちらもすぐに表から向かう、と。
シュマが積み重ねられた藁の上によじ登り、明かり取り用の小窓からそっと外を窺うと、確かに黒い影が徐々に、徐々にこちらへと近付いて来ているのが見えた。
静かに一同は頷くと、それぞれ藁や死骸の影に隠れ、熊がやってくるのを待つことにした。
ただ待つ時間はティアナには長く感じた。だいぶ慣れたとはいえ、血と臓物の匂いは、あまり肺に入れたくは無い。それに何より、足場確保の掃除などで動いて居る内は良かったが、動きを止めると途端に冷気に全身が晒され、足先はジンジンと冷たく痛み、指先は凍えて悴む。身体が凍えて震え出しそうになるのを、息を吐いて鎮めるが、気を抜けば奥歯が鳴りそうになる。
自分の呼吸音が煩く感じる程の沈黙の中、趙の耳に雪を掻き分けて歩く音が徐々に徐々に近付いて来た。
レインは部屋の中央で魔導拳銃のグリップを握り直した。出来る限り熊を引き付けて、部屋の中央まで誘い込んでから攻撃をする、その決意を受けて金色の炎を灯す瞳に、熊の巨体がついに映った。
熊は小屋に脚を踏み込む前に、レインを見てフンフンと鼻を鳴らして周囲の匂いを嗅いだ。
警戒されているのか? よぎる不安に、再びグリップを握り直して、自分を奮い立たせる。
「どうしたの? ほらほら、私肉付き良いし? おいしそうでしょ!」
レインの言葉に、熊は上体を起こし、首を傾げるような仕草をして見せた。――その次の瞬間、驚くべきスピードで一気にレインとの距離を縮め、右腕を振り上げる。
「ちょっ!」
しかし、そこは覚醒者の反射神経。紙一重で攻撃を躱すと、弾丸を熊の胴体に撃ち込む。
……そして、本当に熊に美味しそうと思われたとしたら……と、なんか自分で言って傷付く乙女心。
「討伐、させて頂きますね!」
食事をしただけ……とわかってはいるが、村の人達を護るため。裏口付近で待機していた趙が精霊に祈りを捧げ、紅椿を構え突きを放つ。しかし易々と槍ごと払われ、白い虎縞の猫耳に長い尻尾が泥に汚れる。
「ちぃっ!」
フォルティスの柄をギリリと握り締めて強く地面を蹴ったキースの一振りが、狙いを逸れて右肩を浅く傷付ける。そしてその隙を逃さず、シュマが杖を振りかざした。
「あんまり大きな音たてちゃダメでシュよー」
青白い雲状のガスが一瞬にして周囲に広がる。味方には害が無いとはわかっていても、思わずキースは息を止め、3歩後ろに下がった。そこに、ブォンという音と共に雲がえぐり取られるようにかき消え、その奥にあるギラギラと怒りに光る双眸と目が合った。
「……そうそう上手くいかないもんでシュね。残念」
次の手を打つためにシュマが杖を構え直し、ティアナはシュタールへ光の加護を届ける。
「ありがとよ!」
タクトに加護と電撃を纏わせたシュタールが、ヒグマの脇腹を抉るように攻撃を放つ。
グォオオオと地響きのような雄叫びを上げて、今まで二本脚で立っていたヒグマが両前足を着く。しかしすぐに静電気に全身の毛を逆立て、再び上体を起こしたヒグマはゆっくりと周囲を見回した。それは自分が罠にはまり、取り囲まれたのを確認する、そんな動きだった。
「さすがにタフだな。ヒグマってのは伊達じゃねぇか。だが、ヒグマが怖くて歪虚相手なんざやってられるか!」
シュタールの自らを鼓舞するその言葉に、その場にいる皆が一様に頷いた。
●
斑鳩と澪がランアウトを駆使して羊小屋に付いた時、中からは激しい雄叫びと、何かが壁にぶつかる音が響いた。二人は目配せをして、同時に表扉を一気に開いて中に飛び込むと、ヒグマの位置を確認。澪は残りのランアウトですぐさまヒグマとの距離を縮め、斑鳩は炎の幻影を纏わせたままその後ろから流れるように走り寄る。
「行きますっ! 鳴隼一刀流、隼突!」
澪は煌めく國近でヒグマの背に一太刀浴びせると、すぐさま横へと飛んで距離を取り、続く斑鳩も剣形態にしたツヴァイシュトースツァーンでヒグマの右腕を斬り付けながら走り抜けた。
「とらさん! 遅くなってすみません」
負傷しながらも槍を構えている趙の横に斑鳩が駆け寄ると、その傷を労るように柳眉を寄せた。
「斑鳩様」
大事ありません、と趙は微笑ってそれに答えた。
「我の闇の衝撃波うけとめられるか!」
覚醒後より王様口調になったティアナが、白髪を掻き上げながら笑うように言い、神楽鈴をしゃらりと鳴らすと影を生み出し、ヒグマへとぶつけた。
ティアナの攻撃にヒグマは空気が震えるような怒りの雄叫びを上げたが、澪と斑鳩が現れた扉が開いているのを見て身を翻した。
「そっちはダメ!」
レインが叫ぶ。
雪かきがされ、村の集落まで続く道。万が一この手負いの獣がそちらへ行こうものならどんな被害が出るか。
その時、銃声が響き、ヒグマの右後ろ脚から鮮血が飛び散り、バランスを崩した400kgを超える巨体が道を塞ぐように前のめりに倒れ込んだ。
硝煙の先にはシュタール。室内では誤射を避ける為使っていなかったが、本来はこちらの方が使い慣れており、逃亡の際にはいつでも狙えるよう冷静に状況を見ていたゆえの、的確な射撃だった。
「ナイスヒット」
キースが走り込み強烈な一撃を左後ろ脚へと叩き込む。続けてシュマが鼻先に石礫を放ち、立ち上がるのを阻害し、レインが電撃を放ってヒグマの行動そのものを麻痺させる。
「斑鳩様」
趙と斑鳩は互いに頷き合うと、それぞれの得物を手に走り出す。
趙の動物の霊の力を借りたその姿は、まるで聖獣白虎が地を駆け、ヒグマに跳び掛かったようにも見えた。槍の切っ先は、ヒグマの左肩を貫き、大地へと縫い付けた。
「いきますよー! どっかーん!」
そこへ斑鳩が走りながら斧形態に変更したアックスブレードを振り下ろす。
ヒグマはくぐもったうなり声を上げ、動かなくなった。
「……終わり、ましたか?」
澪が恐る恐るヒグマに近寄ろうとすると、その肩を野性の悪足掻きの恐ろしさを知っているシュタールが掴んで引き留める。
「不用意に近付くんじゃねぇ」
「!! シュタールさん、酷い怪我じゃないですか!」
肩口は滴る血でぐっしょりと濡れていた。それは澪達が到着するまでの激戦中に負った裂傷だった。
慌てて回復術を施そうとする澪の後ろで、キースが扉に凭れながら頷く。
「そうそう。無駄に怪我する必要はねぇな」
よく見れば、キースも全身を血と藁と土埃に汚れているが、さして気にもならないように腰の携行袋から煙草を一本取り出して火を付けた。
紫煙が鉛色の寒空に昇り、消える。
「仇はまぁ……取ったぜ。それなりに」
戦闘で熱くなった身体から、再び熱を奪うように寒風が8人の間を駆け抜けていった。
●
狩人の遺体の捜索はレインの提案で村人と協力して行われた。
「本当はもっと早く見つけてやりたかったんだが……」
ヒグマと対抗しうる技術を持っていたはずの狩人が狙われた事が、遺体の捜索を忌避させた最たる理由だった。
幸いにしてこの数日間雪が降っていなかった為、森に残されていた足跡や血痕を辿ることが可能で、日が落ちる前にその遺体を発見することが出来た。
荒々しく掘られた樹の根元。羊の死骸と共に、その遺体はあった。このように『保存食』として獲物を隠す事があるのだと、シュタールが皆に教えた。
またヒグマの死骸の処遇は村へ一任することとした。
「皆さんで熊鍋をつつく……というのにも惹かれますが」
と趙が言うと、村人は渋い顔をして首を振った。
「他の村ではどうだか知らんが、ここでは人を襲った熊は食わない」
全て供養して山へと還すのだという言葉に、趙とティアナは静かに頷き、その弔いの手伝いを申し出るのだった。
翌日、村ではしめやかに葬儀が執り行われた。
「食うか食われるか。この世に生まれたからには逃げられない弱肉強食のシステムの犠牲者一人と、一匹へ」
キースはそう呟くとリアルブルーの友人に聞いた線香の代わりに煙草を一本供えた。
その様子を見て、澪と斑鳩が丁寧に手を合わせて黙祷を捧げる。
――長い冬はもうすぐ終わりまシュかね。
シュマは久しぶりに晴れたというその青空を見上げて、白い息を吐いた。
依頼結果
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- それでも私はマイペース
レイン・ゼクシディア(ka2887)
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マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 Keith Vanq(ka3897) 人間(クリムゾンウェスト)|27才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2015/02/15 15:00:26 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/02/11 23:11:40 |