• 不動

【不動】宣告の叙唱 笑う道化は開演を告ぐ

マスター:ムジカ・トラス

シナリオ形態
ショート
難易度
不明
オプション
  • relation
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~7人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2015/04/02 22:00
完成日
2015/04/09 21:06

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング


 こんな戦場に叩き込まれる事になるなんて、思いもしなかった。
 目の前には積み上がった骨の壁と、髑髏達の姿。
 そして――その中央。目が痛いほどに眩い道化服を着た髑髏が、昏い眼窩に赤光を灯し、
「お選びください」と言った。

 身を縛る、おぞましい程の強者の気配に、僕は、身動きが取れないでいた。



 辺境の乾いた大気に、微かな香りが混じり始めた。
「この香りは?」
 言葉の主、シュリ・エルキンズは今、辺境にいる。平素は王立学校の学生であると同時に授業料と生活費をハンターとして稼ぐ苦学生の彼が今此処にいる理由は--判然としなかった。

 王女は、あらゆる国の民と共に歩みたいのだ、と言っていたという。
 王立学校で学ぶシュリの周囲は驚天動地の大騒ぎとなった。政治的には失策だと貴族出身の誰かが言えば、貴族が足を引っ張っているのだと誰かが言う。時には拳が飛び、人体が舞う。覚醒者同士の大乱闘となっていた。
 騒ぎを他所にシュリの胸中は複雑だった。賛成したい自分と、反感を覚える自分が共存しているとはっきり自覚できて。彼の村は黒大公ベリアルの騒動の際にゴブリンに襲われた。朽ちた村を眼にした時の激情は、今も胸の奥で燻り続けている。
 それでも、彼は此処にいる。

「んー?」
 シュリが語りかけた相手、中年の騎士が首を傾げる。この道中ですっかり親しくなったおっさんだ。世間知らず丸出しのシュリを気にかけて色々と教えてくれた。曰く、マギア砦の撤退時は遺体をすべては回収できなかっただとか、装備や火薬や弾薬などの物資も置いて這々の体だった、とか、ヴィオラ・フルブライト(kz0007)が巨人を一発で打ちのめした――だとか。
「微かだが、確かに臭うな……何かは解らんが、そろそろ現場が近づいてきたかね?」
「……そう、ですか」
 依然、怠惰の軍勢の脅威に晒されている辺境の地で、王国連合軍と共に作戦に当たるというこの”依頼”は――かなり、報酬が良い。どちらかと言うと学業に重きを置きたい貧乏学生のシュリにとって、高額報酬が短時間で得られる依頼こそが正義だった。結果として王女への賛意と超個人的主義に軍配があがった結果、彼は辺境の地を訪れた。
 今回の依頼は、『マギア砦を出て村々を襲う怠惰の軍勢への対応』。現地入りして長いダンテ・バルカザール達王国騎士団が主体となった本作戦では、足りない戦力をハンターの手を借りており――そして。



 確かに、怠惰の巨人達は居た。その奥。巨人たちの中でなおも巨大な『何か』がいる。明らかに危険な存在だ。打ち倒すべき脅威。肉巨人。フレッシュゴーレム、と誰かが言っていた。怠惰の巨人たちだけとの戦いじゃ、なかった。不吉な予感に、シュリの心が縛られる。
 偵察の騎兵が戻ってきた途端、ダンテが声を張った。
「村が近ェ!」
 剣を抜いた副団長の声はよく通った。
「此処で止めるぞ!」
 あれが、シュリが求める、そして望む『騎士』の姿か、と。焼き付ける。簡潔に、微塵も恐れを見せずに言う。
 過去にハンターから言われた事が、脳裏を過った。

 ――これも、色々な経験と言えるのだろうか、と。

 そうこうしているうちに伝令が奔り、作戦が告げられた。


 一同は二隊に別れた。ダンテが指揮する騎士団とハンター達が道を開き、残るハンター達と数名の騎士でフレッシュゴーレムを討つ。シュリは後者に回ることになった。怠惰の巨人とどう戦うか想定を重ねていたのでそっちがいいとも言いだせず、流されるままに戦場を疾走。
「……っ、急が、なきゃ!」
 最初は調子よく走れていたのだが、迷いが現れたか、最前を往く集団から少し遅れてしまっている。追いつこうと足を早めようとした――その時だ。

「離れろ!」
 誰かの声。同時に、後ろへと飛ぶ。硬質な音の連鎖に続き、赤い土が舞い上がる。
 先頭集団とシュリ達後続との間に――何かが、湧いた。

 そして。
「お待ちください。これよりこちら、入場制限をかけさせて御座います」
 土煙の向こうから、朗々と、声が響いた。


 地中から湧き上がったのは複雑に絡み合った白骨の壁だった。ハンター達の足が止まっている間に、壁の根本から続々と人の骸骨が組みあがり、立ち上がっていく。
「敵襲……ッ!」
 声と、幾重にも重なる警戒を他所に、土煙の彼方、人影は深く礼を示す。。
「あちらは此度の序章での主演の舞台。限られし者だけが手にすることが出来る栄えある場でございますれば」
 人影が手を払う仕草と共に身を起こすと、土煙が晴れていく。現れたのは、道化師の装いに身を包んだ――骸骨。
「っ、暴食の……!」
「申し遅れました。私はレチタティーヴォ様の元で”道化”を務めております、クロフェド・C・クラウンと申しまして」
 横並びに立つ裸の骸骨達は一様に滑稽な姿勢をとった。
「ご覧の通り、骸の扱いを得手としております。舞台に立っていられずに落ちぶれたこれらを、皆様を初めとした演者の引き立てる為の小道具としております」
 十数体にも及ぶ髑髏が一斉に礼を示す、その先で。クロフェドと名乗った骸骨は声高に喋り続ける。
「いやはや、レチタティーヴォ様は本演目に指先を動かすくらいには興を感じている様子でして――皆様も是非、お踊りください。そうでなくては、”彼ら”が冥府を越えてこの場にいる意味がなくなってしまいますゆえ……さて。あちらの巨人が見えますかな?」
 眼球の代わりに煌々と灯る赤い光が、ハンター達を貫く。そのままに、告げた。
「ふふ……お解りいただけるでしょうか。そろそろ、届く頃合いではないでしょうか? この、芳醇にして、どこかベリーの甘さと酸味を感じさせる香り――皆様の”元お仲間”でいらっしゃいます彼らの、死の香りで御座います」

 けたけた。あるいは、がしゃりがしゃりと、音。髑髏達はどうやら、笑っているようだった。
 
「いやはや、このクロフェド、まっっこと苦労いたしました。マギア砦、でしたか。怠惰の歪虚達の仕事ぶりは単純にして明快。それ故に形を保っていない遺体の多いこと多いこと――ふふ。出来損ないの巨人ですが、見事なものでしょう?」
「な、……っ!?」
 その意味を理解した少年――シュリが、愕然と息を漏らすと骨の壁と、髑髏達を背にクロフェドの嗤いが深くなる。
 ――ハンター達の表情を眺めて愉悦に浸っていることが、その声色から滲んでいた。

「此度の”序章”、皆様はこちらで私と会話に興じながら舞台を眺める栄えある”観客”になっても良いですし」

 けたり、と。最後にひとつ嗤って。

「私共”道化達”と、ささやかな狂騒劇を催すのもよいでしょう」

 深く身を折り、慇懃に礼をするのであった。

リプレイ本文


 渺々と広がる荒野に漂い来る腐臭。前後は何れも激戦の只中にあった。その中で、この場の静けさは一種の異質を孕んでいる。だが。静寂を、アデリシア=R=エルミナゥ(ka0746)の憤怒の声が貫いた。
「勇敢に戦い、散って安らぎを得た戦士を醜悪に呼び覚ますか! その口を閉じろ、今すぐに……!」
「フフ! 申し訳ありませんが、此度の私の役目故、その御相談には乗れませんな」
 少女は歯を鳴る程に噛みしめる。解っていた。激昂を煽られている事は。
 ――だが、そこで冷静になれるほど私は人間が出来ていない……!!
 拳を握り締め、激情を臨界寸前で留める。他方。クロフェドと骸骨を眺めたフィオナ・クラレント(ka4101)は退屈そうに息を吐き、斬馬刀を大地に突き立てて高みの見物の構えだ。
「噂の”操骸道化”、ですね。醜悪過ぎて直視に耐えません」
 リーリア・バックフィード(ka0873)は眉を顰めている。胸の裡を激憤で燃え盛らせながら吐き捨てた、が。
「すごいですね……何これこの壁欲しい。これあったら誰にも邪魔されないでゲームやり放題」
 よだれを垂らしそうな様子の神保 寂音(ka4365)のだだ漏れた言葉、は。誰も拾わなかった。

「――ふむ。口上に乗ろうではないか道化くん」
 高らかに、久我・御言(ka4137)。大仰に手を広げた男は道化を真っ直ぐに見据えて、言う。
「観客であれば楽しませてくれるのが一流の道化だと思うが、さて貴様はどちらなのだろうね?」
 御言の言葉に、クロフェドはクツクツと骨を鳴らし。
「歓待させていただきましょう」
 と、言った。


 御言は冷血ではない。この地獄の中で、義憤を感じてはいた。
「早速だが、件のレチタティーヴォなる輩はどんな存在で、何を期待しているのか、聞かせて貰えないかね?」
 それでも。紡がれるのは平静で愉快げな問いだ。武器を置く御言に、クロフェドは赤い光を細める。
「レチタティーヴォ様は我々の主であらせられます。期待しているのは――そう、ですね皆様の振る舞いと、皆様が舞台でどのような役を担い、どのような演目が成るのか、かと」
 ――表には姿を出さないタイプ、か?
 言葉の内容から、そう了解しておく。これまで存在しか知られていない十三魔だ。殊更に目新しい情報ではないが、何かが引っかかった。

 ――歪虚と、対話を。
 呆然としているシュリ。
「あの檻を超える。お前が壊せ。俺が守る」
 そこに、ウィンス・デイランダール(ka0039)が耳打ちした。
「”超える”……?」
「開放してやるんだ。戦士としての誇りと共に。――出来るか」
 静かな声だ。それでも深い所に響く熱を有していた。
「……」
 その熱に引き出されるように。少年は、頷きを返した。

「朗唱、ですか」
 御言の言葉を継いでユージーン・L・ローランド(ka1810)が、呟いた。
「此度のこの状況、随分素敵な脚本ですが、カッツォ氏のご指導でも受けたのでしょうか?」
「ふむ……?」
 ――その線はありません、か。
 対応に、そう胸に留め、ユージーンは続ける。
「『殺人脚本家』のシナリオには「死」というフィナーレがありましたが、その結末すら通り越した貴方達は一体どちらを目指しておられるのでしょう。完結しない物語など、駄作にすら成れません」
 それは、【暴食】であるクロフェドに対しての、明確な挑発だった。
「未だ死という結末を迎えられておらず妄念に囚われている暴食は脚本家にも監督にもなれないでしょう。死という、一つの結末。それを受け入れて生きて来たという誇りが僕にはあります……その結末を歪め無理矢理物語を続けたとして、それは駄作以外の何だと言うのです?」
「……いやはや、このクロフェド、些か胸が熱くなっております」
 ユージーンの口上に、クロフェドは愛おしげに胸元を撫でた。
「二つ、お答えしましょう。一つ。フフ、私はね、ありますよ。最も厳かで、美しい死を賜りました。”一度”、ね」
 甘美を抱いて、続ける。
「もう一つ。仰るとおりでございます。この髑髏達のような、そして彼の巨人のような、出来損ないの死者の物語など紛れもなく駄作でしょう!」
 故に! と、クロフェドは声を張った。
「彼らは脇役にしか、舞台装置でしかありません! ご安心ください、名も知らぬ生者よ! 命を高らかに歌う者よ! 皆様の誇り、足掻き、有り様こそが……!」
 骨の身を深く折って、静かに、こう結んだ。
「……この演目には相応しい」

 礼を示したクロフェドは、気付かなかったのだろうか。
 アデリシアが静かに歩を進めていた事。御言が、『大きく、肩をすくめた』事。フィオナ・クラレントが斬馬刀を引き抜き、口の端を釣り上げて笑った事。

 初手は、余りに容易く成った。


 獣のような疾さで、ハンター達は一斉に動いた。最前。ウィンスが往く。
「退屈だ。死を見せつければ動揺するとでも思ったか。悪意を演出すれば怒り狂うとでも思ったか。下らない。退屈だ。呆れ果てる三流脚本だ」
 ウィンスと骸骨たちの間合いが詰まる。すぐ後方からは蒼剣を構えたシュリが続く。
「……いざ!」
 待っていられぬ、と。強く大地を蹴ったアデリシアに、リーリア、フィオナ達もそれに続く。

 その後背。轟音が響いた。

 ――自分で自分を道化なんて言っちゃってるんだ……何かな。本気出さないのがカッコイイとか思ってるクチ? いや、解る。解るよ。マジになると余裕なくなるもんね。
「……ま、僕は才能あるから本気出さなくてもいいんだけど」
 凛、と。寂音は弦を引く。
「――だからこそ、僕以外がそうするのは許せない」
 そうして、大弓「吼天」から、轟音が響く。角度は高く、狙う先は遠く、骨の壁を超え――肉巨人を、貫いた。



 咆哮のような、歌声のような。あまりにも異質な亡者の声。
「あれ、外しちゃったか……」
 狙っていたラトスには当たらず。拘り無さげに言う寂音。その前方では、既に髑髏達とハンターの会敵が成されていた。
「ブーイングだ。受け取れよ」
 ウィンス。髑髏の腰元へと一閃。振動が椎間を断ち切り、髑髏の身がそのまま大地に崩れ落ちた。盾を構えて、次の敵を見定め――。
「……っ」
 足元。上半身だけとなった髑髏が男のブーツに噛み付いていた。文字通り歯が立たず、痛痒を覚える程でもない、が。
「……重なると、厄介だな」
「邪魔だ!」
 髑髏を引き摺っていた脚が、途端に軽くなる。アデリシアの振るった鞭が髑髏を弾き飛ばした結果だ。
「行けるか」
 アデリシアが短くウィンスに告げると、男は頷きを返す。
「ああ、問題無い」
「なら――まずは道を開こう」
 女の口調は静かに。しかし、解き放たれた激情は、言葉の裡で煌々と燃え盛っていた。

「漸くか」
 他方。一息に間合いを詰めた結果、既に間合いに入ったフィオナは嘯いた。
「狂騒劇というには、主催者の用意した役者のツラが代わり映えせんのはどういうわけだ……もういい、見るまでも無く終幕としよう」
 踏み込む。畏れも抱かずに、距離を殺す。肉厚な刃が、薙ぎ払いの要領で振るわれる。間合いには三匹の髑髏。二匹は直撃し、一番遠間の一匹が屈む事で回避。フィオナ自身へと間合いを詰めてくる。
「くく、存外、速い」
 斬馬刀を潜るように迫る髑髏を、噛み殺しかぬ程に獰猛に嗤うフィオナ。
「させませんわ!」
 リーリアが、横合いから猛撃を重ねていた。星光を戴く槍は違わず髑髏を刺し貫く。頚椎を割り、椎骨を砕くように振り下ろすと、糸が切れたように骨が崩れていく。残ったのは、フィオナからリーリアへの一瞥。それすらも直ぐに解けた。無論、言葉はない。リーリアも、そこに拘泥しなかった。為すべきを為しただけだから。女の視線が、クロフェドへと移る。道化師は踊らない。ただ、赤い目を愉しげに煌らせているばかりだ。
「……私は、貴方をこの狂騒劇に招待したいですね」
「どうぞ、ご希望とあらば」
 クロフェドは頷くが、やはり動かずに無数のナイフでジャグリングをしている。冷たい殺気と共に、リーリアが目を細めた――そこに。

「……湧いてくるぞ!」
 ウィンスの声が割って入った。


 クロフェドの一手か、あるいは、脚本通りか。倒した数と同じだけ、骨の壁から髑髏達が湧きあがる。
 カタカタ。カタカタ、と。漣のように嗤いが響き、形を成した瞬後には三々五々に獲物を見出し、駆ける。その中心に、ウィンスが踏み込んだ。重く鋭く、振動刀を振り抜き、空隙を作る。
 最短経路。微かだが、”道”が出来る。
「行け!」
「はい……!」
 寡黙な男の気勢にも似た声に弾かれるように、シュリが往く。髑髏達の破片の間を走り抜けていく。砕けながらも、シュリの背に手を伸ばす髑髏も居た、が。
「……ッ!」
 爆音と共に、弾けた。後方を見るシュリ見たのは、二つ。余裕剥き出し、世間様を舐め腐っているような表情の寂音と、自らの後方に至る、アデリシアの姿だった。

 破砕した髑髏の間を抜けながら、アデリシアは得物をハンマーへと持ち替えた。眼前。シュリは既に骨の壁に斬りかかっていた。少年が蒼剣を振るう度、骨の壁の中の髑髏はケタケタと嗤う。
「こんなものが……赦せるものか」
 人の尊厳を踏みにじる下衆に、怒りを覚えていた。法術を唱えなおす。シュリが切り捨てる度、割れた骨を埋めるように他所から骨が流れ込んでくる。
 ――赦せるものか。
 胸中で再び吐き捨てたアデリシアは高く鎚を掲げた。陽光が、彼女の怒りの正しさを支持するかのように降り注ぐ。
「痛いか……苦しいか……ああ、そうだろう。だが、もう一度お前たちを安寧の地に送るためだ……」
 怒りに震えるアデリシアの鎚が、振り下ろされた。

 骨の身にしては、その拳打は決して軽くはない。倒す側から敵。倒したと思っていても、不意をつかれる事もある。面倒窮まりない数の暴威だった。
「……何故、動かないのです?」
 静観を決め込んだクロフェドにユージーンは疑念を抱きながらも治癒の光を飛ばす。ウィンスとフィオナは周囲から包囲するように襲ってくる骸骨たちを抑えている。そして、至近で湧き続ける骨の壁と相対し続けるシュリとアデリシア。髑髏達の湧く範囲が広く、半包囲に近しい状況になっていた。リーリアは被弾が嵩むフィオナ、アデリシアの援護に専心している。
「ぬるゲーだわ……」
 他方。包囲の外に安全を見出した寂音は固定砲台と化して矢玉を放ち続けている。彼女は、クロフェドに一切の注意を払わなかった。構ってなんかやらないよ、クロ豚、と。内心では中指を突き立てているようだ。
「――骨だから麻痺はしない、しなぁ」
 電撃を飛ばしたものの、さしたる変化が見られなかった御言も、機導術を紡ぎ守勢を支えていた。敵は、多い。想定していたよりも遥かに。だが、ハンター達は壮健だった。その中でも特に優れた武威を示すウィンスは、盾で髑髏を払い、振動刀でトドメを刺す。演舞のように、斃し続ける。彼には解っていた。クロフェドが動けば趨勢は変わる事は。それでも――それでも男は、揺るがない。
 ――たとえ相手が人の身の成れの果てであろうとも。
 その胸中にあるのは、『誇り』だ。自らが依って立つ、人間としての誇り。なればこそ、男の内奥が揺らぐ道理もあるまい。
「あの視線の中散って行った戦士達の気高い魂が!」
 故に、男は咆哮した。
「こんな程度で”死ぬ”と思うか――お寒い劇は他所でやれ!」
 髑髏たちの喝采を高らかに貫く、槍の如き鋭さで。
 その時だ。

「道が――開きました!」
 シュリの声が、響いた。



「おやおや――私の想定よりも遥かに速い」
 クロフェドはどこか嬉しげにそう言った。未だ、”道”が空いただけだ。しかしそれは、それを塞ぐだけの”素材”が欠けてきた事を意味している。髑髏達の波濤の如き勢いにも、陰りが見えてきていた。
「ちと賑やかな鎮魂歌だが……悪くはなかろう」
 趨勢を見たか。幾多もの髑髏を砕いた刃を掲げたフィオナは愉悦を滲ませた視線をクロフェドへと向ける。
「道化よ、一つ教えておいてやろう。こと人に対して……死体の弄びは最も怒りを買う行為の一つであると!」
 気迫の篭った声に続き、動きが二つ、刻まれた。言い放ったフィオナが、斬馬刀を構えてクロフェドとの距離を詰めると同時。
「逃がしません!」
 加速し、間合いを詰めたリーリアが抜き打ち気味に鋼鞭を放っていた。
「クフッ!」
 豪風を纏う剣撃と、音速を超える鞭打が迫る中、クロフェドは喜悦を滲ませる。
「存じております、存じておりますとも」
 フィオナが横薙ぎに放った一打を、高く空に舞い回避。同時に振るわれた筈の鞭打は――届かなかった。

「故に私、”操骸道化”のクロフェド・C・クラウンは、”死体を操る”のです」

 言葉に、リーリアは口元を歪めていた。肩と腰、二箇所に深々と刺さったナイフ。交差するように放たれていたそれには――如何なる毒が含まれていたのか。身動きが取れずに、追撃を為すことも出来ない。
「……何時か、逃さず、追い詰め、蹂躙してやります……!」
 痺れる体。それでもリーリアは復讐を。この罪に見合う罰を、と叫んだ。憎悪を前に、クロフェドは幾度目かの礼をした。そうして。
「此度の演目はまだまだ始まったばかり……是非、お愉しみください。レチタティーヴォ様も、それをお望みでございます」
 慇懃に、朗々と、告げた。
「う、わあ……っ!」
「くっ……!」
 言い終えると同時、骨の壁が爆散した。そう錯覚するほど唐突に骨の壁から一斉に髑髏が湧き、ハンター達に覆いかぶさらんとする。クロフェドの姿すらも、髑髏達に呑まれていく。応戦を、と構えるハンター達であったが……気づけば、髑髏達は先ほどまでの狂騒が嘘のように、ただの骨片へと還っていた。

 はたり、と音が止んだ、その場で――道化は、忽然とその姿を消していた。

 ただ、言葉と二振りのナイフだけを残して。


 ハンター達はその後、周囲の戦場へと援護に回った。それらも終わり、残ったのは――そう、ただの、成れの果て。骨片と、肉片ばかりが戦場に散らされていた。斃れた歪虚は通常、世界に溶けるように消える。例えば怠惰の者共がそうであるように。
「眠れ」
 消えることのなかったそれら一つ一つを集め、石を積んだアデリシアは短く告げ、黙祷を捧げる。

 その光景を眺め、御言は空を見上げた。かつての世界とは違う、澄んだ空を。胸中に木霊するのはクロフェドの言葉達。
「私達の振る舞い。私達が、どの役を担うか」
 ――どのような劇が『成る』のか。
 真相は闇の中だ。それらが一体、どのような意味を持つのかは解らない。
「……どうにも、いい趣味をしているとは思えない、ね」
 これは序章だ、と。クロフェドは言った。


 ならば――次の幕は、何処で上がるのだろうか。
 嫌な予感と共に御言は、重く深い息を吐いたのだった。

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MVP一覧

  • 魂の反逆
    ウィンス・デイランダールka0039
  • 戦神の加護
    アデリシア・R・時音ka0746
  • ゴージャス・ゴスペル
    久我・御言ka4137

重体一覧

参加者一覧

  • 魂の反逆
    ウィンス・デイランダール(ka0039
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • 戦神の加護
    アデリシア・R・時音(ka0746
    人間(紅)|26才|女性|聖導士
  • ノブリスオブリージュ
    リーリア・バックフィード(ka0873
    人間(紅)|17才|女性|疾影士
  • はるかな理想を抱いて
    ユージーン・L・ローランド(ka1810
    人間(紅)|17才|男性|聖導士
  • 傲岸不遜
    フィオナ・クラレント(ka4101
    人間(蒼)|21才|女性|闘狩人
  • ゴージャス・ゴスペル
    久我・御言(ka4137
    人間(蒼)|21才|男性|機導師
  • スナイプシューター
    神保 寂音(ka4365
    人間(蒼)|17才|女性|猟撃士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/03/29 15:10:36
アイコン 相談卓
リーリア・バックフィード(ka0873
人間(クリムゾンウェスト)|17才|女性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2015/04/02 20:40:37