漢と拳と戦闘訓練

マスター:近藤豊

シナリオ形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2014/07/06 22:00
完成日
2014/07/09 18:24

みんなの思い出

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オープニング

 ドワーフ達の朝は早い。
 元々勤勉な連中なのだから、日が昇る頃には工房『ド・ウェルク』へ赴いて注文に従い武具や生活用品を生産している。
 一生懸命働いて、仕事が終われば派手に酒を飲む。
 一日の疲れを飲んで吹き飛ばす、太く短い生き方。

 それがドワーフの生き様――なのだが、何においても例外って奴は存在する物で……。
「よぉ~し!
 ヴィルヘルミナ皇帝に尾てい骨を蹴られたつもりで……大きくジャンプ!
 ……そこ! もっと痛みに顔を歪ませながら、感謝の想いを込めろ!」
 地下城『ヴェドル』の中庭でヨアキム(kz0011)が、大声を張り上げる。
 ノアーラ・クンタウの山岳猟団辺りが聞いたら怒り狂うようなセリフが木霊する。
 変態ドワーフの病気が再発したのだろうか。
「病気? ワシの前では病気など素っ裸で逃走中。ワシが追いかけてご褒美の一撃をゲットじゃ。
 これはワシが考案した『ヨアキム健康体操』だ。
 今の運動は『愛と痛みの詠唱(アリア)』という体操だ。皇帝にいつでも尾てい骨を蹴られても良いようにイメージトレーニングしながら跳躍でアキレス腱も伸ばす事ができる。心と体をリラックスさせる一石二鳥って訳だ」
 自信満々で返すヨアキム。
 その運動、要塞のど真ん中で開催すれば憲兵が鬼のような形相で駆けつけてくるから止めておいた方が良いぞ。
「よ、ヨアキム様~」
 体操するドワーフ達を掻き分けながらキュジィが走り寄ってきた。
 キュジィは帝国からヨアキムの世話係として送り込まれた執事だ。笑顔が眩しい坊主頭の漢だが、ヨアキムは執事ではなく『給仕』として認識している。
「おお、給仕か。ならば、飯の時間か?」
「違います。そもそも朝食は先程召し上がったではありませんか」
「そうだったか? いやー、リムネラに思い切りビンタされる夢を思い返しておったので食べた事を忘れていたわい。で、何のようだ?」
「要塞管理者のヴェルナー様からドワーフ側の戦闘訓練状況を確認されております」
 現在、ドワーフは帝国と良好の関係を築こうとしている。
 ドワーフも戦況によっては帝国の増援として駆けつける以上、ヴェルナーとしても戦力としてある程度把握しておきたいのだろう。
「なにぃ!? そういえば久しく訓練を行っておったわ。
 先日はハンターとの宴会で派手に暴れた後、負傷して寝込んでおったからな」
「はい。あれだけ殴られて一日経たずに復活される辺りがヨアキム様です。そもそもヨアキム様が大騒ぎする度に私がヴェルナー様からお叱りを……」
「……ん? 何か言ったか?」
「いえ。それで、訓練は如何致しましょう」
 ヨアキムは無い知恵を絞って考える。

 なにせ、ドワーフの連中に『戦略』という言葉はない。
 正面から突撃して力の限り殴り合うのが信条。
 効率や戦力配布などクソ喰らえ。
 あるのは己の拳と信念のみ。
 漢の道を駆け上がる以上、小細工など不要!

 そんな連中なので、訓練はサボり気味なのだ。
 馬鹿はヨアキムだけで結構なのだが、この状況をヴェルナーへ報告しようものならため息一つで吐かれて呆れられるのがオチだ。ドワーフの誇りに賭けてそれは許されない。
「ヨアキム様?」
 恐る恐る顔を覗き込むキュジィ。
 次の瞬間、目を見開いたヨアキムは大声でキュジィに叫ぶ。
「ハンターだ! あれだけ強い連中なら、うちの猛者達を訓練する術を知っているはずだ!
 給仕、依頼だ! ハンターズソサエティへ依頼を出せ!」
「分かりました。ですが、あの……私は執事のキュジィです」

リプレイ本文

「ヨアキム様! まさかそのお召し物を……」
 ドワーフ王ヨアキム(kz0011)を前に執事のキュジィは狼狽していた。
「今日は手を抜くことは許されねぇ。ワシも本番らしい装束に着替えねぇとな」
 辺境のドワーフに伝わる古い戦装束に袖を通すヨアキム。
 本当に大切な戦の時にのみ着用する大事な戦装束なのだが、この訓練で着用する理由はハンターへ敬意を表そうというのだろうか。
「待ってろよ、ハンター。今からワシが行くからな」


 遡る事――数十分前。
 ハンター達は訓練に参加するドワーフ達の前に立っていた。
「教練ですか。新兵時代を思い出しますねぇ」
 真田 天斗(ka0014)は己の過去を思い返していた。
 かつて自分が新兵として訓練に参加していた頃には、まさか髭面マッチョのドワーフに自らの戦闘技術を教え
る日が来るとはまったく思っていなかった。
「同じドワーフだが、戦闘経験は俺様の方が上だ。しっかりと教え込んでやるから、そのつもりでな」
 王国で鍛冶屋を勤しむゴトフリート・ヴァル・ガヴァク(ka2250)も、この場を訪れていた。
 ガヴァクは目の前にいる同じドワーフだが、ハンターとしての戦闘経験を積んでいる。 だが、当のドワーフ
達はハンターの登場に困惑を隠せない。
「今更ハンターに教わる事はねぇんじゃねぇか?」
「そうだ。俺達は兄貴と一緒に筋肉を鍛え上げて名前を付けているんだ。
 な、『モーホ』?」
 目の前のドワーフが自分の鎖骨付近へ呼びかけている。
 ドワーフは地下城『ヴェドル』周辺の雑魔を退治している。帝国からの打診があれば戦闘に参加して戦力とし
て活躍する事もある。頭の方はいろいろ問題だが、戦力としては頼られる事もあるのだ。
「あー……こりゃ基礎からっすねぇ」
「筋力は戦士として悪くないのですがねぇ。非常に残念です」
 無限 馨(ka0544)とエイルズレトラ・マステリオ(ka0689)が眼前の光景を見て頭を振った。
 戦士としての能力だけではなく、精神面から叩き直す必要がある。
 二人はそう直感したようだが、血気盛んなドワーフ達は早くもハンターへ絡み始める。
「なんだと! 俺の事は馬鹿にしても良いが、腹筋の『アブ』が黙ってねぇぞ!」
 一歩前に出ようとするドワーフ。
 その姿を見ていた日高・明(ka0476)が思わず物珍しそうに視線を送る。
「おお……本当に突撃一辺倒なんだな……。見るからに突撃しそうだ」
「なにぃ!」
 いきり立つドワーフ。
 そこへ役犬原 昶(ka0268)が二人の間へ割って入る。
「はっはー! 良いねぇ。だが、言いてぇ事があるならこっちで聞かせてもらおうか?」
 そう言いながら、役犬原はドワーフに向かって拳を突き出した。
 その姿を目にしたあるドワーフは、満足そうに笑みを浮かべる。
「ほー、ハンターの奴らはやっぱり漢だったか!」
「あ、兄貴!」
 恐縮しているドワーフ達に迎え入れられるヨアキム。
 今日のヨアキムは素っ裸じゃない。黒いズボンに鉄下駄、腹にサラシを巻いている。テカテカに光った学生帽に学生マント。リアルブルーから訪れたハンターには写真などで見覚えるある風貌だ。
「それ、バンカラ……」
 無限が、ぽつりと呟いた。
 ヨアキムが身を包んでいるのは、リアルブルーの極東地域で一時的に流行した学生ファッションだ。
「バンカラ? なんだ、そりゃ?
 こいつは『ヴェドル』に伝わる戦装束だ。今日はハンターを迎えた大事な訓練だからな。さぁ、さっさと戦闘
訓練を始めようぜ!」
 ハンターのツッコミをスルーしながら、ヨアキムは興奮を抑えきれない。
 役犬原も訓練を待ちきれないようだ。
「はっはー! この俺に任せときな! ……ところで、訓練って何やんだ?」


「あなた方の力は本当に素晴らしい。それは名工の鍛えた斧のようなものです」
 タキシードにシルクハット、マントに身を包んだマステリオ。
 向かい合ったドワーフの拳を巧みに躱しながら褒め称えた。
「くそっ、当たりやがれ!」
 息も絶え絶えのドワーフ。
 マステリオがドワーフと戦って分かった事がある。
 ドワーフの攻撃は、想像よりもずっと単調でまっすぐだ。
 ドワーフの視線を追っていれば、攻撃される箇所は簡単に想定できる。
「はぁ……はぁ……な、なんで……当たらねぇ」
「如何に鍛えた斧であっても、使い手が知ろうでは宝の持ち腐れです。それと同じですよ。
 技には、それぞれ適正な間合いがあります。
 前に出るなり、下がるなり、それを外してやれば……」
 そう言いながら、足の位置を変えてみせるマステリオ。
 体を捻りながらドワーフの拳を躱していた事を説明してみせる。
「ほら、この通り。当たりません」
「おおっ!」
 ドワーフの中から驚嘆の声が上がる。
 おそらく武器は制作出来ても、それを使いこなしているドワーフは多くないのだろう。 手にした武具の間合
いでこれだけ結果が変化した事に驚いているようだ。
「じゃあ、それぞれ相手の武器を瞬時に見定めないといけないのか」
「怠惰の連中、武器は何種類かあったな。今からでも調べてみた方が良いな」
 口々に話し合うドワーフ達。
 マステリオの講義は、ドワーフ達に良い影響を与えたようだ。
「戦場でも、舞台でも、手が足りないなら御呼びあれ。奇術師エイルズが即参上致します」


 中庭に直線が引かれ、ドワーフ達が横一列に整列している。
 本番さながらの装備に身を包んだドワーフ。
 彼らを前に、無限が一呼吸置いてから語り出した。
「これから集団行動する為の訓練を行うっす。
 では、右端から順に1、2、3……と番号を言って下さい」
「は?」
 思わず問い返したドワーフ。
 訓練と称しているが、番号を言うだけ。
 本番さながらの斬り合いをするものとばかり思っていたドワーフ達は拍子抜けしたようだ。
「声が小さかったり、言い間違えたりしたやり直し。完璧にできるまで何度でもやるっすよ。
 では、番号!」
「い、いち!」
「にー」
 ドワーフ達が慌てながらも番号を口にしていく。
 隣のドワーフが何番を言うのか予期せねばならず、順番が回ってきたドワーフは何処か挙動不審だ。いつも挙
動不審だけど。
「…………さ、さん?」
「はい、小さくて聞こえないっす。最初からやり直しっすね」
「これは、一体何の意味があるんだ?」
 一人のドワーフが、申し訳なさそうに話掛けてきた。
 番号を言うだけで何の訓練になるのか意味不明。
 ドワーフ達は半信半疑のようだ。
 無限は咳払いを一つした後、訓練の目的を話し始める。
「これは緊急時、何人集まったか確認するための訓練っす」
「何人集まった? そんなもん、顔見れば分かるだろ?」
「甘いっす。戦闘前ならどれだけ人数が揃っているのか分かるかもしれないっすが、戦闘中や訓練後に怪我や行
方不明、そして死亡で欠員が出ていないかを確認できるっす」
 現在のドワーフ達は戦闘後、そのまま『ヴェドル』へ戻っていた。
 行方不明や怪我人が何人居てもすぐには分からない。聞かれて探してみたら居なかった。きっとあの戦闘で死
亡したのだろう、程度の認識なのだ。無限が教えたこの方法を試せば、何人が脱落していたのかがすぐに分かるようになる。
「おおっ! これなら一日に数回戦いがあっても、すぐに誰が生き残ったか分かるぞ」
「早速、他の奴にも教えねぇとな!」
 無限の訓練に意味があったと驚くドワーフ。
 騒ぎ始めたドワーフ達を、無限は大きな声で叫んで制した。
「はーい。同じ葉に今からやる訓練にはちゃんと意味があるっす。
 今度は前の人に付いて歩いて見るっす」
 無限に促されて歩き始めるドワーフ。
 再び首を傾げるドワーフ達を前に、無限は訓練を意味を解説する。
「バラバラに突撃しても、各個撃破されればそこから崩されるっす。
 足並みを揃えて集団として敵に向かって行けば、そうそう崩される事はないっすから、王様に合わせて敵を突
き破る勢いでいきましょー!」
 ドワーフは、無限の声に合わせて強く応える。どうやら、行軍の意味を理解でき始めたようだ。
 連中は脳筋だが、教えた事は素直に行する。まだまだ時間がかかる連中だが、無限は教え甲斐を感じていた。


「弱い相手に負かされてたら、その後で待っている強敵に愛想尽かされるんじゃないか? それでいいのか?」
 明の一言は、ドワーフ達の心を大きく揺さぶった。
 何も考えずに突撃するのも、結構。だが、それは勝てるはずの戦も負ける事だってある。
 戦は常に勝ち負けだ。
 だが、弱い奴に苦戦しているようでは強者が立ちはだかる事はない。ドワーフにとってはショックな出来事だ。
「強い奴に会えないっしょ」
「雑魔退治ばっかりじゃなぁ」
「俺、このままで終わりたくない……」
 ドワーフ達は深刻そうな顔で話し合う。 
 ヨアキム同様、強敵と書いて友と呼びたいドワーフ達だ。戦には一家言ある連中だからこそ、明の言葉は重い。
「じゃあ、どうすればいいんだ?」
「頭を使う事だな」
「頭を使う、と言われてもなぁ……」
 ドワーフは、後頭部を掻いた。
 何せ、頭脳労働は得意じゃないドワーフ。
 頭を使えと言われてもどうすれば良いのか分からない。
 困惑した表情の彼らを見かねた明は、助け船を出してやる事にした。
「そう難しい話じゃない。
 たとえば……そうだな、盾を構えてくれ」
 明は、一人のドワーフに盾を構えさせる。
「こうか?」
「そうだ、それでいい」
 ドワーフが力強く構えた事を確かめた後――明はロンクソードを片手に前へ出る。
「!」
 ドワーフは、腕を畳み前からの衝撃に備える。
 だが、それを予見していた明。
 体勢を低くして盾の下に体を滑り込ませると、ロンクソードで盾を下から斬り上げる。
 ――がんっ!

 派手な音と共に、宙を舞う盾。
 地面へ落下する頃には、ドワーフからの賞賛が溢れかえる。
「すげぇな、あんた!」
「前から叩くだけが戦闘じゃない。
 剣を振るにも叩き方があるんだ」
 明は、ロンクソードを鞘へ戻した。
 ドワーフは元々小柄な体格だ。敵と退治した時に小柄な体格を生かした戦いが出来れば、戦場での生存率もグッと上がる。一つの戦闘を積み重ねれば、確実な勝利は近づいてくる。その為に何をすれば良いのかを考えていけば良い。
 明はそれをドワーフに示したのだ。
「やっぱりハンターは凄ぇな!
 なあ、もっと俺たちに教えてくれよ」
「ああ、訓練に参加しながらで良ければな」
 明は、ドワーフの申し出を快く受けた。
 単にドワーフへ戦い方を教える為じゃない。自分の技に磨きをかけ、目的を達する為には、少しでも研鑽を積むべきだ。
(俺は、リアルブルーへ帰る。こんなところで死ぬ訳にはいかない……)
 明は、気合いを入れ直して歩き始めた。


 すべてが順調に見えた戦闘訓練。
 しかし、同時に苦戦したハンター達もいた。
「敵に包囲された場合、どうやって切り抜ける?」
 ガヴァクは、ドワーフに対して戦術指南を行っていた。だが、脳筋マックスな辺境のドワーフに知識労働は一
苦労だ。
「えーと……前の敵をぶん殴る」
「いや、後ろにも敵がいるんだが……」
「じゃあ、前と後ろの敵をぶん殴る」
 ガヴァクはため息をついた。
 予想通りドワーフは力任せの戦術を得意としていた。この為、敵が罠を仕掛けていた場合は効果は抜群。ド
ワーフの部隊は全滅する恐れも考えられる。
 そこで、ガヴァクが懸命に戦術論を展開するのだが……。
「こういう場合は力ある者を先頭にして一転突破を試みろ。包囲網を破れれば被害は最小限に抑えられる」
 力のある者。
 その一言でドワーフ達は色めき立った。
「なら、先頭は俺だな。俺がこの中では俺が一番強い」
 一人のドワーフが前へ歩み出た。
 それに呼応して他のドワーフも騒ぎ出す。
「ふざけるな! 頭が一番硬いのは俺だ!」
「違う! 一番優雅なのは俺だ!」
「俺だ俺だ俺だ俺だ俺だー!」
 誰が一番強いのかで揉め始めるドワーフ。まるで子供相手に授業しているようだ。
「次に敵が力押しで来る場合だ。こいつらには防御力の高い奴を全面に押し出す。敵を抑えている間に攻撃力の
ある部隊が敵の背後に回り込んで一気に叩くんだ」
「防御力? ああ、つまり『根性』ってことだな」
「え?」
 ガヴァクは重装兵を想定していたのだろうが、ドワーフ達は根性論を唱えだした。
 ヨアキムの悪影響がこんなところにも出ているようだ。
「根性だったら俺だな」
「いや、俺だ!」
「俺だ俺だ俺だ俺だ俺だー!」
 再び騒ぎ出すドワーフ。
 ガヴァクは、頭を抱えながら再びドワーフを制した。


「ヨアキム様。一国の王たる者、これぐらいは納めてもわらねば困ります」
 ガヴァク同様戦術・戦略の講義を行う真田であったが、無謀にもヨアキム相手に講義を試みている。
「まず、この紙に『勝利に取って邪魔な人物や障害物』を書いてください」
 真田はヨアキムに勝利目標を明確にして、それに対する対処法を伝授するつもりだ。紙に書かせたのは、頭の
中で考えるよりも整理しやすいからなのだが……。
「うーん」
 ヨアキムは腕を組み、難しい顔で悩んでいる。
 真田はそっと紙を覗いてみる。
 そこには芋虫が貼り付いたような字で『うほいど』と書かれている。
 どうやら、『ヴォイド』と書きたかったようだ。
「ヨアキム様。歪虚を倒すことは分かりきっておりますので、その為に邪魔な物を考えていただきたいのですが
……」
「おお、そうか」
 そう言ったヨアキムは紙を丸めてポイッと放り投げる。
 そして、新しい紙に何かを書いてと思いきや、再び腕を組んで唸り始めてしまった。
 真田が紙に視線を落とす。
 そこには、

  『やま』

 と大きな字で書かれていた。
「あの、これはどういう意味でしょう?」
「あん? 山があったら俺らは前に進めねぇだろ? だから山が邪魔だ」
 真田の意図をまったく理解出来ないヨアキム。
 真田は早々にこの案を諦めて次の手段へ移る。
「やはり体を動かす訓練から致しましょう。先程お願いしていた兵種分けは決まってますでしょうか?」
 真田の言う兵種分けとは、兵種を分ける事だ。
 ドワーフを機甲、騎兵、歩兵の三種に分けて模擬戦闘を行う。
 機甲は重装備で敵先陣を崩す部隊で、防御力の高さが売りだ。
 騎兵は突破力が売りで崩した先陣を蹴散らす事が可能だ。
 歩兵は後方支援や他部隊の応援がメインとなる。
「おう、既に決めてある。給仕、アレ持って来い」
「私は執事です。こちらになります」
 執事のキュジィが真田へ部隊分けの一覧を手渡した。
 そこには、驚愕の兵種分けが書かれていた。
「あの、この騎兵が3騎というのは?」
 真田が依頼していたのは、各兵科30人ずつ。しかし、手にしている紙には機甲が57人、歩兵が30人、騎
兵は3人と書かれていた。
 帝国随一のフォロー力を持つキュジィが口を挟む。
「実は、騎兵に必要な馬が圧倒的に不足しております」
 キュジィの話によれば、ドワーフは騎兵用の馬を持っていなかった。オイマトのような操馬術を持っていない
ドワーフ達では、戦場で馬ごと倒される懸念があったのだ。
「各方面へ呼び掛けたのですが、集まったのはヨアキム様が『マシンガントークさせたい』と仰って買い入れた
ロバが3頭ありました。今回は、そちらで間に合わせております。
 それで――訓練を今から開始されますか?」


「はっはー! おら、次はどいつだ?」
 役犬原の周りをドワーフ達が取り囲んでいる。
 足下には数名のドワーフが倒れ、悶絶している。
「うう、強ぇ……さすが兄貴が気にかける漢だ」
 ドワーフ達は、戦いた。
 格闘担当を自称する役犬原は、拳という言語を通してドワーフ達と意志疎通を図っていた。
 
 ――拳。
 それは、漢にのみ標準装備された特殊言語。
 拳に嘘偽りはない。すべて包み隠さず相手に伝わる。
 スキルも使わず、相手の拳を真っ向から受け止める。
 そこに手加減という卑劣な行為は許されない。
「はっはー! この程度で根を上げるなんざぁ、ドワーフもだらしねぇな!」
「精が出るじゃねぇか、ハンターの漢」
「兄貴っ!」
 バンカラ姿で顔を出したヨアキムは、まっすぐ真田の前に歩み寄った。
「いいぜ! いいぜ! ドワーフ王自ら参戦か! こっからが本番だぜ!」
 役犬原は、ヨアキムの登場に興奮を隠せない。
 役犬原は体を震わせながら、拳を握り締める。
「この青き世界の戦士――否、青き世界の漢より譲り受けし戦装束を着るワシが、真の漢か見極めてやろう!」
 ヨアキムは役犬原と対峙する。
 張り詰める空気。呼吸を整え、相手の出方を伺う。
 緊張が二人の肩へ触れた瞬間、二人は右腕を大きく振りかぶる。
「おおっ!」
 ドワーフ達が驚嘆の声を上げる。
 お互いの拳は相手の右頬へめり込み、顔を大きく歪ませる。

 『ヴェドル』の中庭に奇妙な声が鳴り響いた。
「んん! ぎぼぢいいーー!」


 訓練終了後、キュジィがハンターを慰労すべくお茶会を開催していた。
 キュジィが帝国からもらったクッキーと紅茶を、真田が牛肉を焼いてシュラスコを振る舞っている。まったく相対する関係にも見えるが、役犬原とヨアキムの脳筋コンビはシュラスコに夢中だ。
「はっはー! こりゃ美味いな!」
「うむ! ただ焼いているだけじゃねぇな。
 おい、給仕! もっと肉もらって来い!」
「ですから、私は給仕ではなく執事です。ただ今もらって参ります」
 キュジィはため息をつきながら、皿を一枚手に取ると真田の元へ歩み寄っていく。
 その姿を見ていたガヴァクは、ぽつりと呟いた。
「キュジィ、お前も大変だな」
 キュジィへの労いの言葉。
 辺境のドワーフ達を相手にするのが大変だ。その事を依頼に参加したハンター達は身に染みている。これでドワーフ達の戦力も向上する事だろう。
 馬鹿が邪魔さえしなければ。
「……いえ、これも仕事ですから」
 キュジィは満面の笑みを浮かべながら、再び仕事へ戻る。
 執事として、これでも大きなプライドを抱えているのだ。
 ガヴァクがそう感じている横から、無限を大きな声が木霊する。
「給仕さーん! お代わりお願いしまーっす!」

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MVP一覧

  • Pクレープ店員
    真田 天斗ka0014
  • 師を思う、故に我あり
    役犬原 昶ka0268

重体一覧

参加者一覧

  • Pクレープ店員
    真田 天斗(ka0014
    人間(蒼)|20才|男性|疾影士
  • 師を思う、故に我あり
    役犬原 昶(ka0268
    人間(蒼)|27才|男性|霊闘士
  • 挺身者
    日高・明(ka0476
    人間(蒼)|17才|男性|闘狩人
  • スピードスター
    無限 馨(ka0544
    人間(蒼)|22才|男性|疾影士

  • エイルズレトラ・マステリオ(ka0689
    人間(紅)|10才|男性|疾影士

  • ゴトフリート・ヴァル・ガヴァク(ka2250
    ドワーフ|48才|男性|聖導士

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依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2014/07/01 22:04:41
アイコン 仕事の時間です
真田 天斗(ka0014
人間(リアルブルー)|20才|男性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2014/07/06 20:50:31