• 不動

【不動】破れざる者

マスター:神宮寺飛鳥

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
  • relation
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
4~10人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2015/04/17 19:00
完成日
2015/04/24 06:59

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-

オープニング

「進捗状況は50%程、予定通り順調に推移しています。作戦開始までには十分に部隊展開が間に合う見込みです」
 ジグウ連山の麓に作られた帝国軍のキャンプにてヴェルナー・ブロスフェルト(kz0032)は腹心であるメイ・リー・スーの報告を受けていた。
 聖地奪還作戦は次の段階に進行した。次なる戦場は険しく連なる試練の山々。ここで十三魔ハイルタイとの一戦は免れられない。
「本国からの補給物資、兵力も間もなく到着します。キャンプをもう少し拡大する必要がありますね」
 そんなメイの言葉に心ここにあらず。ヴェルナーは山を見上げながら風に髪を揺らす。
「……お疲れのようですね。ここは私に任せ、お休みになられては?」
「いえ、ここが正念場です。メイには雑事を手伝って貰っているだけでも感謝していますよ」
 メイはベヨネッテ・シュナイダー。つまり、本来ならばノアーラ・クンタウ内の治安維持が任務。このような最前線まで出てくるのは適切ではない。
「先の査問会があのような結末を迎えたのも、私の力不足による所」
「査問隊は良くやってくれました。責任の所在は私にあります」
「……これを機に貴方を狙う輩が現れないとも限りません。無論、警備は可能な限り秘密裏に行いますが」
「味方同士で腹を探っている場合ではないのですが……」
「うお~い! 若旦那ぁ! 客人を連れてきたぜ!」
 聞き覚えのある声に二人は顔を見合わせ振り返る。そこには手をブンブン振りながら駆け寄るヨアキム(kz0011)の姿が。
「ドワーフ王……?」
「おう。何だか良くわからねぇが、お前ぇに会いたいってねーちゃんが居てな。ノアーラ・クンタウからここまで案内したんだ」
 近づくもう一つの影にヴェルナーは目を凝らす。長い赤髪を束ね、眼鏡をかけ変装してはいるが、その女は……。
「困ります、ヨアキム様。素性の知れぬ者の面会など」
「久しいな、ヴェルナー。少し痩せたか?」
 馴れ馴れしく笑いかけながら距離を詰める女にメイが目を細める。その手が武器に伸びるより早く、ヴェルナーは片手で制止した。
「お久しぶりです、陛下」
「……馬鹿な……ヴィルヘルミナ・ウランゲル皇帝陛下だと言うのですか? 帝都で療養中の筈では……」
「え? これ帝国皇帝なのか? ルミナちゃんって言ってたぞ?」
 お前は誰だと思って連れてきたんだという全員の微妙な視線に気づかないヨアキム。
「メイ・リー・スーだな。調度良い。先の山岳猟団の査問について、話を聞かせて貰いに来た」
「まさか、陛下直々に……」
 目を見開いたメイは即座に深く頭を下げた。
「申し訳ございません。先の査問の不手際、その責は全て自分にあります!」
「メイ……」
「全て自分の進言による物! 処罰はどうか自分に……お慈悲を、陛下!」
 きょとんとした後、女は溜息を一つ。
「私は貴様らを咎めに来たのではない。顔を上げろ」
 恐る恐る顔を上げたメイ。その頭をポンと撫で。
「咎を受けるべきは私である。貴様は良くやってくれた。感謝する、メイ」
 それからジト目でヴェルナーを見やり。
「おい、辺境では私は鬼か悪魔という扱いになっているのか?」
「先住民の鎮圧に不行き届きがあるのは認めます。それも私の力不足に……」
「それだ。前々からひっかかっていたのだ。ヴェルナー、貴様……何か思い違いをしていないか?」
「思い違い……?」
 呆れたように腕を組むヴィルヘルミナ。と、その時だ。
「報告します! キャンプ地近辺を哨戒中の部隊が歪虚と接触! 応援を要請しています!」
「一部隊では対処出来ない相手なのですか?」
「そ、それが……敵は空から……本国で確認されている量産型リンドヴルムによって投下された模様で……」
「数が多いと?」
「いえ、敵は一体。しかし、その……」
 戸惑った様子の兵にヴェルナーは表情を険しくする。
「何があったのです?」
「て、敵は……自ら四霊剣を名乗っています。その……不破の剣豪、ナイトハルトと……」
 絶句するヴェルナーとメイ。その傍らで皇帝は舌打ちを一つ。
「ヴェルナー、待機中のハンターの中で腕の立つ者を集めてくれ。私が出る」
「良くわからねぇがワシも行くぜ。給仕、戦の準備だ!」
 振り返り叫んだ後、ポンと両手を打ち。
「おお!? 道案内して直ぐ帰るつもりだったからいねぇんだった……って、じゃあGAMも戦装束もないんかい! 折角作ったのによぉ……」
「貴殿、そのままでも十分男らしいぞ。大丈夫大丈夫」
「お待ちください陛下! どうしてもというのならば我々を共に……!」
「貴様らにはこの地での作戦を遂行するという任務があろう。己が本懐を遂げよ。……メイ、ヴェルナーを頼む!」



 先程から方位する帝国兵から銃撃を受けているが全く意に介さず腕を組み、仁王立ちを続けている。
 負のマテリアルで変異した生物的な鎧。その内側から漏れ出る青い炎。
 闇を変異させたマントをはためかせ、騎士はただ時を待っていた。
「だ、駄目です! 全く効いていません!」
「本物の四霊剣なのか? それにしてもなぜ動かない?」
 顔に当たる銃弾。騎士は諦めたように深く肩を落とし。
「……我は名乗った筈だ。貴様らが容易く理解出来るよう、あえて貴様らの押し付けた名を。だというのに、一向に猛者を出さぬとは何事か」
 一歩踏み出し、兜の内側に瞳を光らせ。
「――弱者が戦場に立つな。その無力さは万死に値する」
 一息で飛び出した騎士は腕を組んだ姿勢のまま距離を詰めると、急停止すると同時に何かを繰り出した。
 次の瞬間、バラバラに切り裂かれた兵達だったものが地べたに飛び散る。
 溜息とも取れる間の後、次の標的を殺戮しようとしたその怪物へ、遠くから魔導バイクが突っ込んできた。
 真っ直ぐに接近するのはヴィルヘルミナ。すれ違い様に剣を繰り出すが、騎士の身体には傷一つつけられない。
 Uターンし、周囲を走りながらライフルで発砲するが、これも通用しない。そうしている間に駆けつけたヨアキムが拳を叩きつける。
「ぬお!? なんだあ!?」
 騎士はマントの下から伸びた鋼鉄の尾で一撃を受け止める。
「貴様らは……」
「チャリで来た」
「徒歩で来た」
 バイクを降りた皇帝とドワーフ王が肩を並べて笑う。
「このマテリアル……貴様、ウランゲルの娘か?」
「親父殿が世話になったと言うのは本当らしいな」
「んん? 知り合いか?」
「いや。だが、こちらに注意を引きつけキャンプ地から遠ざける。やれるか、ドワーフ王」
「よくわからねぇが問題ねぇ。いつも良くわかってねぇからな。任せとけ、皇帝!」
 構える二人に騎士は低く笑いを浮かべ、その全身から青い炎を吹き出し吼える。
「――これは僥倖だ! 感謝するぞオルクスッ!」
 激しい負のマテリアル、肌で感じる怨念に表情を険しくする二人。
「喜べ諸王共。究極の武に慄き……そして刻め、我が名をッ! 四霊剣が一刀、破れずのナイトハルト。推して――参るッ!!」

リプレイ本文

●亡霊
「ヴィルヘルミナ!」
 二人の王に遅れ、ハンター達が戦場へ駆けつける。
 レム・K・モメンタム(ka0149)は呼吸を落ち着けながら遠巻きに亡霊に目を向けた。
「あれが四霊剣の……」
「不破の剣豪、ナイトハルト……」
 目を細めるユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)。アウレール・V・ブラオラント(ka2531)は眉を潜め。
「剣豪……オルクスではないのか?」
「剣妃ではなくても四霊剣だ、ヤバいのには変わりねぇだろ」
 不満気なアウレールに春日 啓一(ka1621)は小さく息を吐く。
 眼前の敵は腕を組んだまま微動だにしていないが、この距離からでも肌に刺すような強い負のマテリアルを感じる。
「なんなの、この感じ……。静かで鋭い、刃物みたいな気配」
「だな。オルクスはもっとこう、絡みついてくるような感じだよな」
「うむ……性格の問題か?」
「なんで慣れてるの……?」
 レムのジト目に顔を見合わせるアウレールと啓一。オキクルミ(ka1947)は笑みを浮かべ。
「ともかく、まずはここから引き離さなきゃね」
 背後には帝国軍のキャンプがある。作戦開始直前にこんなバケモノが乱入しては遅延は必須。
「逆方向に誘導しつつ戦闘、ですかねぇ?」
 得物で肩を叩きながら呟く三日月 壱(ka0244)。イブリス・アリア(ka3359)は顎に手をやり。
「大人しく言う事を聞いてくれりゃあ苦労はねーが……」
「いえ、案外頼めば聞いてくれるのではないでしょうか?」
 摩耶(ka0362)の言葉にミィリア(ka2689)は思い出したように手を打ち。
「そういえば、先程からじっとしたままだよ? もしかして相談が終わるのを待っているんじゃ?」
「そんな呑気なの?」
 苦笑を浮かべるレム。アウレールは前に出ると、びしりと剣豪を指差し。
「おい貴様! 弱卒に興味が無いのなら、邪魔の入らない戦場に場を移すべきであろう!」
「どストレートに行ったな」
「まずは心置き無く刃を交える為場を変えるぞ! 騎士ならば卑怯な真似はするまいな?」
「ほう。良かろう……してどちらへ向かう?」
「いいんだ……」
 微妙な表情でぼやく啓一とユーリ。アウレールが指差すと、剣豪はそちらへスタスタ歩いて行った。
「言ってみる物だな」
「アホなんですかねぇ?」
「アホかもしれん」
 親指を立てるアウレール。壱とイブリスは無表情に呟いた。

 ハンター達はキャンプ地から十分ほど徒歩で移動した。その間剣豪は文句ひとつ言わずに先を進む。
「頃合いであろう。さあ……準備が出来次第掛かって来るが良い」
「ええい、舐め腐りおって!」
「もしかしていい人なのではっ」
「まあ、アホである事は確かね」
 握り拳で舌打ちするアウレール。ミィリアの疑問にジェーン・ノーワース(ka2004)は溜息混じりにフードを下げた。
「確かにナイトハルトはアホかも知れません。しかし、彼が先帝……ウランゲルさん達を以ってして撃破出来なかった強敵である事実に変わりはありません」
「摩耶の言う通りよ。皆も感じてるでしょ、あいつの怨念の強さを」
 レムに頷くハンター達。各自得物を構え、戦闘態勢に入る。
「ヴィルヘルミナ」
 啓一は背にしていた長物をヴィルヘルミナへ投げ渡す。布を解くと、そこからはサーベルが姿を見せた。
「一般兵の装備じゃ心許ないだろ。良ければ使ってくれ」
「ほう……。心遣い感謝する」
 ベルトに提げた対の刃を左右の手で抜き構える。即興の二刀流だが、その姿は様になっていた。
「どうした、来ないのか? そうか……襲われなければ応じ難い。人とはそうした生き物であったな」
 まるで懐かしむように空を仰ぎ、それから剣豪は瞳を青く輝かせる。
「ではこちらから赴こう。我が一挙一動、決して見逃してくれるなよ」
 騎士が一歩踏み込んだ瞬間、マントが靡いた。
 その鋼鉄の身体は音もなく一瞬でハンター達の眼前に……否、構えをすり抜け背後に到達した。
「――なっ!?」
 振り返るユーリ。早い……というレベルではない。ほぼ瞬間移動と言っていい速力だ。
 しかも気配が無い。背後に立たれたと分かったのは正面からいなくなったから、只それだけの事。
 振り返ってそれがそこにいて初めて予感が正しいと知り、その身に起きた事実に驚愕する。
 最も近かったユーリが恐怖に迫られ繰り出した刃を剣豪は尾で受け止める。
 一方、レムが放った銃弾は防ぎもせず弾く。壱とミィリアが同時に左右から刃を振るうが、剣豪はそれを上半身の動きだけでかわす。
 そのまま振り上げた右足を大地に打ち付けると、衝撃波がハンター達を吹き飛ばした。
「っつう! おい、誰か見えたか!?」
「いや……残念ながら何も見えねぇな」
 受け身を取った啓一の叫びにイブリスが冷や汗を流しながら笑みを作る。
「今、完璧なタイミングで挟撃したのっ!」
「目もくれず避けやがった……クソが」
 ミィリアと壱の表情にも既に余裕はない。
 騎士はめり込んだ足を地面から引き抜き、ゆっくりと歩み寄る。
「どうした、気を張れ。意識の手綱を離すな。神経を研ぎ澄ませ。恐怖を超越しろ!」
 再びの瞬間移動――ではない。今度は明らかに遅い。手を抜かれている。
 ソレは走っていない。浮いているのだ。滑るように地を駆ける。重力を感じさせない挙動。
 イブリスとジェーンが続けて投擲する手裏剣を真正面から、その速度のままうねるように回避する。
 通常の直線移動は速度に応じて慣性が生じる。故に回避パターンは限定される。
 それに合わせた連続攻撃だが、ソレは速度を全く落とさず、直進したまま身体をねじり、身体を横に倒し回転しながら突っ込んでくる。
 シールドを構えた啓一に足が振り下ろされる。防御したが、盾ごと啓一の上体は大地に叩きつけられた。
「啓一!?」
 啓一を足先で地にめり込ませながら騎士は片足を大きく持ち上げる。
 人間の股関節では絶対に上がらない角度。そこで足は光を放ち、規則的な動きで“変形”した。
 鋭い槍のような形状に変化した足は“発射”される。ユーリは剣で受けるが、持ちこたえられない。
 ガードしたまま大地を滑り、吹っ飛ぶユーリ。直線距離にして10mを超す。
 騎士の片足は炎により繋がれ、まるで鞭のようにしなり、一瞬で持ち主の“足”に戻った。
 摩耶は背後からショットアンカーを発射。剣豪のマントへ引っ掛けると、力任せに引く事で体勢を崩そうと試みる。
 しかし剣豪は摩耶の引く力と全く均等な力で移動し、その隣に立つと背を向けたまま尾を振るった。
 眼前の迫る刃、そこへ壱が刃を合わせる。続けオキクルミが斧を振り下ろし、第二撃を打ち払う。
 二人は交互に斧攻撃を受けるが、結局は三人纏めて薙ぎ払われてしまった。
 再び背後へ距離を取る剣豪。啓一は鼻血を拭きながらアウレールに引き起こされる。
「無事かカスガ殿」
「ああ……野郎……人体工学無視した挙動しやがって……」
 胸を押さえ、咽ながら立ち上がるユーリ。剣豪はハンター達が再び体勢を整えると、低く笑う。
「――さあ、始めるぞ。抗ってみせよ……我が破れずの闇に!」



●“不破”
「死ぬには良い日だ、なんつってな……どんだけバケモンだろうがやることやるだけだ」
「戦う前から諦めてどうする。奴はどうやら紛れも無く四霊剣のようだが、万策尽きたわけではなかろう」
 頬を拭う啓一に言葉を返すアウレール。ミィリアは下半身から這い上がる身震いに唇を噛みしめる。
「尋常を超えた強敵……うぅーっ、不謹慎かもしれないけど、浪漫を感じたりっ」
「ま、そうだな……。勝てるとは思っちゃいないが、力試しにはもってこいだ」
 拳を鳴らし微笑むイブリス。レムはその後ろで俯きがちに右手を見つめていた。
「震えてる……」
 妙な笑いがこみ上げてくるのはこの敵の強さからか。或いは恐怖なのか。
 怖くないと言えば嘘になる。恐怖は誰もが感じていた。それは自然な心の働き、本能なのだから。
 アレは命を狩る為だけ、ただそれだけの為に存在している。人間同士の戦いとはわけが違う。
「だとしても……私は」
「レムさん……確認したい事があるのですが」
 側で小声に語りかける摩耶。
「先程のやり取りの中、レムさんの攻撃にだけ剣豪は反応を見せませんでした。直撃したのです」
「そりゃ、ノーダメージだったし……」
「何か気づいた事はありませんか?」
 考えてみるがわからない。ただ鎧に弾かれたようにしか見えなかった。
 だが確かに、オキクルミと壱の攻撃には尾を合わせて防御していた。イブリスとジェーンの手裏剣は避けていた。
「レムさんの銃弾を避けられなかったとは考えにくいのです」
「じゃあ、避けなくていい理由があったって事?」
 手裏剣は避ける。では遠距離攻撃ではない。だが確かに皇帝の銃撃も通用しなかった。
「答えがわからないままやり合えば、私達は恐らく……」
 目を細める摩耶。そう、暴かねばならない。あの怪物の無敵の理由を――。
「奴の挙動は早すぎます! 陣形を組むだけ無駄です! 互いに一定の距離を取り、誰か狙われた所にカウンターを入れるしかありません!」
「多分、まともに尾を目で追えるのは三発くらいが限界だね。それ以上は打ち負けちゃう。前衛の多さを活かす為には、入れ替わりながら対峙するしかない」
 壱とオキクルミの声に頷く仲間達。小さく息をつき、オキクルミは笑う。
「そっちが名乗るならこっちも名乗ろうか。白のフクロウの氏族が先駆けオキクルミ。さぁ、アゲていこうか!」
 怪物は炎の残像を残し急接近する。狙われたのはヴィルヘルミナだ。
 蹴りに反応し完璧に二対の剣をあわせるが、まるで意に介さずその体は背後へ吹き飛んだ。
「陛下!? 馬鹿な……あの陛下が一方的に!?」
 アウレールが驚くのも無理は無い。ヴィルヘルミナは覚醒者として非常に優秀な戦闘力を持つはず。
 蹴りの勢いはユーリへの物より軽かった筈。なのにユーリより盛大に地を転がるとは。
「ヴィルヘルミナ!」
 叫びながら駆け寄るレムの剣は剣豪の鎧を打つ。しかし火花が散るだけで剣豪は棒立ちのままだ。
「こいつ……!?」
 連続で剣撃を放つが、剣豪は反応しない。振り返ると軽く蹴りを放ち、レムを追い払った。
 入れ替わりに飛び込んだユーリの剣、これは尾で防ぐ。二人は高速で刃を打ち鳴らすが、レムへの態度とは大きく異なる。
「ぐっ」
 一撃刃を交えるだけで腕が肩から外れそうな衝撃が迸る。
 そんな攻撃を剣豪は腕を組んだまま、振り返らず、尾だけで繰り出してくる。
 側面から飛び込んだアウレールが振り下ろす一撃、これは身をよじりかわす。
 剣豪はそのまま仰け反るようにして頭を地につけると、腕を組んだまま逆立ちし、回転。
 左右の足で薙ぎ払うようにしてユーリとアウレールを打ち付けた。
 そのまま独楽のように地を刳りながら迫る剣豪。摩耶は咄嗟にヨアキムの背後へ隠れる。
「ヨアキムくんさん、お願いします」
「おう? ……おうおおおおおっ!?」
 激しく蹴られまくったヨアキムはきりもみ回転しながら吹っ飛ぶが、摩耶は無事だ。
 そのまま回転の流れから飛んできた片方の足がミィリアとジェーンに迫る。二人は回避に成功するが、地面に突き刺さった足の威力に恐怖した。
 炎に引かれて戻った両足を装着し、剣豪は跳んで地に足を着く。
「ひえーっ、無茶苦茶すぎるよーっ」
 身震いするミィリア。手裏剣を投げるイブリス、これは尻尾で防ぐ。ジェーンの手裏剣は避ける。
 壱の繰り出す刃、これも避ける。オキクルミの斧……これは防ぐ。
「ぐっ、ホントに三発しか持たない……スイッチ!」
 背後へ跳んだオキクルミと壱に代わり、啓一がナックルを繰り出す。これは避ける。
 挟撃するアウレールの一撃。跳んで避ける。上空から二人まるごと鞭のような足で薙ぎ払い、空中を縦回転し大地に踵を打ち付けた。
 青い炎の衝撃波がハンター達を襲う。入れ替わり立ち代わり繰り返される攻防。しかし突破の緒は見えない。
 立ち上がったヴィルヘルミナは口元の血を拭い、満身創痍の有り様であった。恐らくここまで弱った皇帝を見た者はそう多くないだろう。
「何が……違うの?」
 かわす攻撃。受ける攻撃。無視する攻撃。
 敵の攻撃は同じ威力の筈。何故防げる者と大打撃を受ける者がいる?
 剣豪が特別な動作をしているようには見えない。なら予備動作は不要。まさか、常に“そう”だとでも言うのか。
「いいえ……諦めては……」
 考えが纏まらずに悩む摩耶。レムは必死で食らいつくが、まるで相手にされない状況に悔しさを募らせていた。
「どうして私の攻撃だけっ!」
「無駄だ小娘。貴様の剣には誇りが足りん」
 甲冑の胸の隙間に両手で剣を捩じ込むレム。しかし刃はそれ以上進まない。
「我は弱者は手にかけん。決してな」
「何見下してるのよ……ホンット気に食わない!」
 至近距離で発砲するも、弾丸は弾かれる。引き金を引き続けても弾はもう出ない。
「何で……何で、何で何で!」
 そこへ背後からヴィルヘルミナが迫る。両手の剣にマテリアルを纏わせ振り下ろすと、青白い光と共に衝撃が迸った。
 剣豪だけではなく側にいたレムにさえ余波が及ぶ、まるで流星のような一撃だ。しかし――。
「……貴様、本当に奴の娘か?」
 剣豪は無傷であった。そして反撃の蹴りがヴィルヘルミナを穿つ。
「貴様には奴程の力は感じない。所詮は女……借り物の王座か」
「陛下!」
 口から血を吐き目を見開くヴィルヘルミナ。啓一が間に入り追撃に拳を合わせると、アウレールがヴィルヘルミナを連れて後退する。
「なんで今のが効かねぇんだよ! くそっ、他の武器を渡すべきだったか!?」
「他の……武器?」
 ぽつりと呟く摩耶。啓一を襲う尻尾を震動刀の切っ先で弾くミィリア。そこへ壱が刃を繰り出すと、剣豪は大きく背後へスライドした。
「春日さん、ルミナちゃんさんに渡した剣について教えて下さい」
「あ? 剣……? 光属性のサーベルだが?」
「その剣は、新品ですか?」
 質問の意図が読めずきょとんとする啓一。
「あの皇帝に渡すんだ、当たり前だろ」
 頷いた摩耶はヴィルヘルミナへ駆け寄り、自らが手にしていた剣を差し出した。
「これを使って下さい。それから……ユーリさん、三日月さん、ミィリアさん。ルミナちゃんさんと連携し、同時攻撃を仕掛けて下さい」
「えっ? 同時攻撃……でござるか?」
 きょとんとするミィリア。ユーリと壱も首を傾げたが、言われるがままに攻撃を開始する。
 四人はそれぞれ左右から二人ずつ突撃。剣豪が迎撃する尾に対し、壱はアックスブレードを斧に変形させる。
 身体を回転させ、薙ぎ払うように合わせ尾に打ち付けると、ミィリアはその尾に刃を添わせるようにして前に駆けた。
 火花を散らしながら飛び込むミィリアの斬撃を足で受ける剣豪。同時に繰り出したヴィルヘルミナとユーリの攻撃が鎧を斬りつけた。
「……えっ!?」
 驚いたのはユーリである。
 彼女はヴィルヘルミナと同時に攻撃した。そして鎧に傷をつける事に成功したのだ。
 ヴィルヘルミナも先ほどまで全くダメージを与えられなかったというのに、今度は何故か攻撃に成功する。
 ただし、ダメージの度合いは明らかにユーリの方が上である。
「ユーリが皇帝よりも強いってことか?」
「そうではありません。強いのは――武器です」
 啓一の疑問に摩耶は目を細める。
「ナイトハルトには“使い込んだ武器”でしかダメージを与えられない。これが、破れずの正体です」



●武神
「……って、どういうことでござるか?」
 目を丸くするミィリア。その刀に触れ、摩耶は語る。
「ミィリアさんの刀は、独自の高度な改造を施していますね?」
 チリンと鈴の音を鳴らすその震動刀は、通常使用の武器とは異なる。
 同じ震動刀を使うユーリだが、彼女も独自改造によりその外見を異なっている。
「恐らく剣豪は、ある一定以下の力しか持たない武具による攻撃、防御を段階的に無力化しています」
「だからルミナちゃんの攻撃が通じなかったり、一方的にやられたりしたって事?」
 オキクルミの問いに頷く摩耶。“人”ではなく“武器”。だからヴィルヘルミナが剣を交換した途端、刃が通ったのだ。
 今、ヴィルヘルミナは本来の完全武装ではなく、秘密裏に辺境へ向かう為変装をしている。それが致命的だった。
「しかし、他人の武器よりは自分の使い込んだ武器……つまり、マテリアルがよく馴染んでいる装備の方が好ましい」
「だからユーリとヴィルヘルミナでは、ユーリの方がダメージを与える事が出来たって事か」
 イブリスの言葉に頷く摩耶。剣豪は低く笑い。
「ほう。我が力を見破った者は久しいな。どれ、貴様らにもわかりやすくしてやろう」
 すると剣豪の鎧に紫色に光る文様が現れる。それに呼応し、ハンター達の武器が白く輝き出すが、その光は次第に小さくなっていく。
 唯一全くその影響を受けていないのが、武器を独自改造している三人だった。
「この身はあらゆる武を凌駕する。貴様らの武器に宿る記憶と力を読み取り、それを無力化するも容易い」
 見ればジェーンの武器も一際巨大な光を放っている。
 啓一のナックル、アウレールの大剣、イブリスの手裏剣も闇に抗うだけの力を有しているようだ。
「兵どもは己が命運を刃と共にする。真の武人は真の得物を持つが道理。生半可な武を寄せ付けぬは我が身、“天衣無縫”なり」
 ハンターは覚醒者であり、その刃にマテリアルを通し力を発揮する。
 武器とスキルが密接な関係にあるように、力を出せるかどうかは武器に大きく依存している。
 その武器に流れるマテリアルを遮断し、吸収する力。それに抗う方法はシンプルである。
 その呪いを凌駕する程の絆を武器との間に結ぶか、寄せ付けぬほどの圧倒的な力を与えるか、二つに一つ。
「なら話は単純だね。ここからは有効打を与えられる人に攻撃をつなげ、ディフェンスとオフェンスをきっちり切り替えていけばいい」
 ウィンクするオキクルミ。アウレールは大剣を振るい。
「守りは我々が任されよう。貴公らの一撃に繋げさせてもらう」
 確かに、決定打がどれだかわからず闇雲に攻撃していたこれまでとは話が変わってくるだろう。
 剣豪は低く笑い、落ち着き払った様子で組んでいた両腕を解いた。
「これで少しは勝負になるというもの……クク! さあ、もっと我を楽しませてくれ!」
「言われるまでもねぇ。ここからが本番だ……楽しんでくれ、剣豪さんよ」
「ミィリアに出来る事は、ただ全力で挑む事のみ! いざ参る、でござる!」
 イブリスとミィリアの隣でユーリは静かに剣豪を見つめていた。
 神経を研ぎ澄まし、意図的に脈拍を落とす。呼吸を静かに敵を感じれば感じる程、違和感が襲った。
 アレは何だ? “暴食”の歪虚、その到達点の一角の筈。
 確かに強烈な負の力を感じるが、それは殺気ではない。闇でありながら清澄ささえ覚えるのは何故だ。
「我即ち武の極み。貴様の推測は過ちではない」
 まるで心を読まれたような言葉にユーリは息を呑む。
「この身は所詮暴食。本能によって突き動かされるだけの暴力よ」
「では、なぜ……」
「我は数多の英雄を屠り、その魂を奪い続けた。我にとって武とは意識的に行うものではない。武そのものが本能である」
「ってぇことは、なんだぁ? アレは何も考えなくても反射で理想値を実現するってことか?」
「武そのものが本能……わからなくもねぇ」
 壱の言葉に隣で啓一が頷く。
 武とは命の在り方。何百何千と繰り返した鍛錬は肉体に、そして魂に染み付く。
 達人は無我の極地に置いて尚、まるで高度な計算の上でしか成り立たないような精密動作を可能とする。
 その到達点を“本能”と言い換えるのならば、それは正に目の前の怪物のようなものを言うのだろう。
「“武神”……」
 目を細めるレム。怪物は全身から一際強烈な負の波動を放つ。
 初動の速度は更に劇的に上昇している。青い残像を残しうねるように迫る影にアウレールと啓一が立ちはだかる。
 左の拳が叩き込まれると衝撃で大気が軋む。二人は互いの盾と剣を重ねて受けるが、とても場に留まれない。
「バケモンが!」
「徒手空拳でこれとは……成る程、認めよう。貴様も帝国の脅威とな!」
「ヨアキム君、あの尻尾押さえ込めないかな!?」
「ん? アレにしがみつけばいいのか?」
 姿勢を低く駆けつけるオキクルミが放つ斧を剣豪は片手で受け止め、足元を払い、背を打ち付ける。
 衝撃で血を吐きながら吹っ飛ぶオキクルミと入れ替わり、壱が跳躍。空中で変形させたアックスを振り下ろすが、尻尾に弾かれる。
「クッソがあ!」
 摩耶はアンカーを発射。剣豪はこれを身体をひねって回避するが、ヴィルヘルミナが空中でそれを掴み、剣豪を追い越して大地に投げつける。
 身体にぐるりと巻かれたワイヤーだが、剣豪は一瞬で尻尾を振るい、無数の光の軌跡を残しワイヤー部を切断する。
「まずはあのマントを何とかしてやるかねぇ!」
 走って回りこむイブリスとジェーン。二人は伸びた尾が繰り出す斬撃を掻い潜っていく。
「そこだ!」
 空中へ小さく飛びながら手裏剣を投げるイブリス。ジェーンも同時に放ち、対の手裏剣が迫る。
 剣豪はこれを尾で弾くが、尾が跳ね上がった所へヨアキムが華麗に跳びかかり、尻尾を抱きかかえる事に成功した。
 したはいいが尻尾は刃物なので飛びついているだけでズタズタに切り裂かれている。
「うほおおおおっ!?」
「ナイスガッツ!」
 口の中に溜まった血を吐き、オキクルミが迫る。同時に尾を挟んで反対側に立った壱がアックスを振り上げる。
 オキクルミは下から斧を振り上げ、同じ箇所に壱がアックスを振り下ろす。
 壱のアックスがまばゆい光を放つと、遂に尾は切断された。ヨアキムは親指を立て、いい笑顔で倒れた。
 好機と見て駆け寄るユーリ。そこへ飛びかかってきたレムがその体ごと横に転がった。
 ユーリがいた場所を通過したのは、切断された尾であった。根本に赤い結晶がついたそれは、ぎょろりと眼球を開く。
「な……勝手に動いている!?」
 一度バラバラに変形した尾は剣豪の掌に収まり、形状を変化させ金属製の鞭となる。
 青い炎を纏った鞭は波打つ斬撃となって大地を刳り、ユーリとレムを斬りつけた。
「そいつが剣豪の一振りってわけかい?」
「これは我が眷属。我にとって全ての亡霊型は手足であり、武具である」
「別個体の歪虚……」
 イブリスへの応答に摩耶はマントへ目を向ける。するとマントにも無数の瞳が浮かび上がり、剣豪の肩を離れた。
 空中に浮かび上がったのは死神を彷彿とさせる亡霊だ。剣豪はそれを鞭を持たない左手に巻き付けると、炎を手の内に作り出す。
 跳躍すると、肥大化させた火球を大地へ投擲した。青い爆発はハンター達を飲み込み大地を抉る。
「くっ。分離は想定内ではあるが……これはっ」
「幾らなんでもさっきからめちゃくちゃすぎるっ!」
 アウレールに続きレムが叫ぶ。着地した剣豪は爆心地にて炎の残滓に囲まれ、瞳を輝かせた。
「いや、逆にわかりやすくなったというもの。奴の炎は鎧の内側から出現している。マントと尾にそれが繋がっていなかったのは独立した歪虚であったから。即ち、霊体の発生源……奴そのものの核はやはり鎧の内側にあるという事だ」
「鎧を抉じ開けて、核を破壊できれば勝機はあるって事ですね」
 壱に頷き返すアウレール。しかし、眼前の敵は遥か彼方。
 その技量、反応、膂力、速力、どれをとっても剣妃を圧倒している。
「それなのに、まだ……本気じゃない」
 悔しげに呟くレム。拳を握り締めても、歯を食いしばっても、アレは途方も無い高みにいる。
「今の私じゃ、何も……」
「――諦めるのか?」
 隣に立ったヴィルヘルミナの声に顔を上げる。女は傷だらけの身体を庇い、ふっと笑う。
「諦めたくないわよ。諦めたくなんか……だけど……」
「ならば、理想を手放すな。胸を張れ、レム。君の願いは正しい」
 血に染まった手が肩を優しく叩く。そうだ、ヴィルヘルミナがこの中で一番傷を負っている筈。
「……ありがとう、ヴィルヘルミナ」
「ふーっ。いい加減身体も限界だし、そろそろキメちゃおっか。タイミングは指示するよ。一気に行こう!」
 オキクルミの号令に頷くハンター達。剣豪は嬉しそうに笑みを浮かべ、左手に炎を宿した。
 剣豪の放つ火球を合図にハンター達は駆け出した。レムは剣で炎を斬り裂き、雄叫びを上げ前進する。
「俺とジェーンで奴の鞭を制限する! 炎は何とかしてくれ!」
「突っ込むよ! アウレール君、春日君、皆を守って!」
 走るオキクルミ達へ鞭が繰り出される。三人はこれを入れ替わりながら防ぎ、有効打が可能な仲間へ勢いを繋げる。
「フッ、女の分際でよく戦を仕切る」
「フクロウが飛ぶのは夜を越える為。諦めないのが人の強さだ!」
 動き出した剣豪が大地を滑るようにオキクルミへ迫る。
 合わせて振るったアウレールの大剣を身体を折り曲げるような不自然な挙動でくぐり抜け、オキクルミへ掌の炎を直接打ち込んだ。
 衝撃で少女の身体が縦に回転しながら空へ舞い上がった。追撃に刺突を放つ鞭を啓一が跳躍しナックルで打ち返す。
 イブリスとジェーンの放った手裏剣を、鞭は自我を持つように空中でうねり弾く。そこへ落ちてきた啓一がナックルを繰り出すが、カウンターでハイキックが啓一の顔面を捉えた。
 地べたへバウンドする啓一の影から飛び込んだ壱が目を見開く。大地を滑らせながら変形させた斧は、火花を散らし剣豪へ迫る。
 鞭が戻り、再度発射されるまでは時間がある。その切れ目を狙い、背後に周ったアウレールが大剣を輝かせた。
 剣豪は布を巻いた左腕手で壱を、そして右手でアウレールの一撃を受け、足元を右足で強く叩く。衝撃波が二人を背後へ押しのける。
 そんな壱の背を左手で押し戻し、共にユーリが前に出る。
 ユーリは銀色の髪を靡かせ、刃に雷を纏わせる。壱も瞳を赤く輝かせ、高々と振り上げたアックスに光を流し込む。
 吼えると同時に振り下ろされた壱の一撃が剣豪の蹴りと衝突し二色の光が広がった。
 衝撃で回転した剣豪は半歩背後へ身を移しつつ鞭の刺突を放つ。仰け反った壱の脇腹を抉った一撃。ユーリはその懐へ飛び込むが、剣豪の左手には炎が瞬く。
 あえてユーリはそこへ飛び込む。その視線の先、剣豪の背後から大剣を繰り出すアウレールが見えていたから。
 アウレールの剣が剣豪の腕を打ち上げ、炎はユーリの頬を焦がしながら通過する。すれ違い様に放った刃は、剣豪の頭部を斬りつけた。
「ほう……!?」
 交わる二人の視線。壱を貫いた鞭が戻りユーリを追う。それを素手で掴んだのはヴィルヘルミナだ。
 そのまま剣豪の顔面に拳を叩き込むと、鎧がぐらつく。
「鍛え上げた自前の武器なら効くのだろう?」
「――クハッ!」
 剣豪にとって崩れた体勢を戻すのに時間は不要。仰け反ったままピタリと止まり、左の拳に炎を纏わせる。
「ヴィルヘルミナ!!」
 叫びながら駆け寄るレムは銃を投げ捨て、両手でしっかりと握った刃に力を注ぎ込む。
 だが剣豪は目端でそれを捉えて尚、防御態勢を取らなかった。当然だ、ダメージにならないのだから。
「それでも……!」
 時折思う。こんな自分に何が出来るのかと。
 弱さは誰よりも自分の心が知っている。不安も恐怖も決して消し去る事は出来ない。
「だとしても!」
 諦める事はいつだって出来る。けれど、信じて踏み出す事は、今しかできない。
「私は……私は、負けてやらない。四霊剣が相手でも、決して、決して――――負けてやらない!」
 繰り出す拳に刃を合わせ、全身全霊の力を込め、ヴィルヘルミナを守る。
「私には……意地があるんだからああああ――――ッ!!」
 不安は刃を迷わせる。弱さは身体を竦ませる。
 だがそれを超えて尚、それでもと願うのなら……。
 光が瞬き、レムの目端から散った涙の粒と共に舞い上がる。剣豪の拳は逸れ、ヴィルヘルミナの髪を焦がすに終わった。
「レムさんの攻撃が……何故?」
 目を見開く摩耶。想定を凌駕した。いや、理由はあるはず。そしてそれがあるとしたら……。
「意志の力……とでも?」
 隙にヴィルヘルミナが二発目の拳を捩じ込む。アッパーを顎に食らった剣豪の頭が持ち上がる。
「そうだよね! だって、ミィリア達には夢がある!」
 難しい事は正直良くわからない。だけど、ミィリアにも得意な事がある。
 それは諦めない事。何度躓いたって、きっとまた立ち上がってみせる。
 考えなしではない。自分を信じなければならない理由がある。自分を信じてくれる人達がいる。
「お命……頂戴!」
 大地を踏み砕き、一気に加速する。鞘に収めた刃に手をかけると、剣豪はヴィルヘルミナとレムを薙ぎ払い鞭を繰り出す。
 抜刀と同時に回転し、火花と共に桜の花びらを散らしながら鞭を打ち払うと、その胸に刃を突き立てた。
「通った……!」
 反撃の拳を繰りだそうとする剣豪、その腕に壱がしがみつく。
「雑魚は雑魚なりに意地がある……なめんじゃねーぞ!」
 腕を振るい、大地に叩きつけられる壱。飛び散る血飛沫、だが時間は稼げた。
「もう一丁でござる!」
 メイルブレーカーを隙間に突き刺し、交差させた二つの刃に梃子を働かせ抉じ開ける。
「我が天衣無縫を貫くだと……!?」
「これでも最強、目指してるんでっ」
 そこへ風のように加速したイブリスと摩耶が続けざまに剣を突き入れる。
「見えた……そいつが核か!」
 目を見開くイブリス。剣豪の胸の内側には炎の発生源――刃が折れ、柄だけとなった剣が見えた。
「拝ませて貰ったぜ……確かにな!」
 三人が追撃を放とうとするも、イブリスの顔面を拳が、そして摩耶の腹に膝がめり込む。
 そんな中剣豪はミィリアの胸ぐらを掴み、ぐっと持ち上げる。
「小娘と侮ったが……成る程。存外貴様のような者こそ、武の極みに近いのかもしれんな」
「へっ?」
「褒美にくれてやる。これが“到達点”だ」
 ジタバタするミィリアの腹に炎を纏った拳がめり込み、爆ぜる。
 小さな身体は何度も大地をのたうち、大量の血を吐き出すとミィリアは意識を失った。



●真実
 立ち上がれぬハンター達を前に剣豪は自らの胸に目を向ける。
 ミィリア達がつけた傷は既に再生しつつあった。そして剣豪は倒れているオキクルミの髪を掴み持ち上げる。
「貴様達は思いの外我を楽しませてくれたな。褒美だ。貴様らの全てを食い尽くしてくれよう」
 剣豪は兜の下部を開くと、まるで口のように開いたそこへオキクルミのマテリアルを吸収していく。
「ぐ、う……ああああっ!?」
「オキクルミ……!」
「安心しろ。ここで全員我が命の糧としてやる」
 額から血を流しながら立ち上がろうとするイブリスだが、力が入らない。
 唯一まともにたちあがれたユーリがふらつく身体で剣を振り下ろすが、もう剣豪を傷つけるだけの力は残されていない。
「女というのは所詮は戦士になりきれぬ生き物だが、貴様らは上手くやった。誇りを抱いて逝くがよい」
 そして左手でユーリの首を掴み上げる。
「てめぇ……ユーリから手を放しやがれ!」
 啓一が叫んだその時だ。突如二人の身体が剣豪から開放され、その足元に青い魔法陣が浮かび上がる。
 剣豪の体の内側から伸びた無数の影が剣豪の身体を縛り上げ、その影は無数の目を作りハンターを見た。
『あらぁ? こっちにも見覚えのある顔』
「貴様……オルクス! 邪魔をするな!」
『いや邪魔するなって、こうなったら邪魔してくれって頼んだのハルトちゃんでしょ?』
「剣妃オルクス……なの?」
 だがそれはユーリ達が知る姿とはあまりに違いすぎた。そも、人型を成していない。
『色々あってねぇ。コレ、もう回収してくからぁ』
「オルクスゥウウウウ……貴様ァアアアアアアアアッ!!!!」
『気乗りすると丁度いい獲物でもすぐ皆殺しにしちゃうし~。頭に血が上ると見境ないんだから。またヒルデブラントの時みたいになるわよ?』
「ヒルデブラント……噂じゃ前皇帝と相打ちになったと聞いたが、まさか……」
 啓一の問いに青い影は笑う。
『相打ち? まさか! ヒルデブラントは敗れたのよ。ナイトハルトにね。コレが暫く大人しかったのは、好敵手を失って落ち込んでたからよ。自分でヤっといてねぇ♪』
 拘束された剣豪は獣のような雄叫びを上げながら滅茶苦茶に暴れている。先程までの態度とはまるで違う。
『高位の暴食は食事を邪魔されるのを物凄く嫌うの。コレも見境なく殺戮しちゃうから……殺し尽くしちゃったら再利用も出来ないのにね』
 その言葉にハンター達は目を見開く。ヴィルヘルミナは静かに目を瞑り、そして鋭い眼差しを向けた。
「貴様らは必ず我が食い殺す……必ずだ! 一人残らず! 地の果てまでも追い詰め根絶やしにしてくれる!!」
「……俺は春日啓一。望む所だ。次はてめえを倒す」
「次はその首を狙わせて貰うぞ」
 啓一に続きイブリスが返すと、剣妃の影は血の翼となり、剣豪の身体を空に舞い上げた。
「我の獲物……我のモノだぁあああああ!! グウウ……オォオオオオオオオッ!!」
 身震いは本能的なものだ。アレは獣。どんな風に見えても、所詮は暴食なのだから。
「……陛下!」
 見届けたようにヴィルヘルミナは倒れこんだ。その体はぐったりとして動かない。
「陛下! 陛下!!」
 慌てて抱えたアウレールの両手がぐっしょりと血に染まる。
 まるで眠っているように見えるが、その身が死に瀕しているのは明らかであった。

 間もなくして帝国軍による救援部隊が駆けつけ、ハンター達は救助された。
 その後剣豪の姿は確認されず、大きな傷と犠牲の上に、四霊剣の迎撃は幕を下ろした。

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  • 運命の反逆者
    レム・K・モメンタム(ka0149
    人間(紅)|16才|女性|闘狩人
  • 龍奏の蒼姫
    ユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239
    エルフ|15才|女性|闘狩人
  • あざといショタあざとい
    三日月 壱(ka0244
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    摩耶(ka0362
    人間(蒼)|15才|女性|疾影士
  • 破れず破り
    春日 啓一(ka1621
    人間(蒼)|18才|男性|闘狩人
  • 答の継承者
    オキクルミ(ka1947
    エルフ|16才|女性|霊闘士
  • グリム・リーパー
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    人間(蒼)|15才|女性|疾影士
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    アウレール・V・ブラオラント(ka2531
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • 春霞桜花
    ミィリア(ka2689
    ドワーフ|12才|女性|闘狩人
  • いつか、が来るなら
    イブリス・アリア(ka3359
    人間(紅)|21才|男性|疾影士

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依頼相談掲示板
アイコン 質問卓
春日 啓一(ka1621
人間(リアルブルー)|18才|男性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2015/04/16 16:43:13
アイコン 相談卓
春日 啓一(ka1621
人間(リアルブルー)|18才|男性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2015/04/17 11:34:33
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ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/04/12 01:52:54