• 聖呪

【聖呪】クリスタリゼーション

マスター:藤山なないろ

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
  • relation
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~3人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2015/05/26 07:30
完成日
2015/06/03 04:52

みんなの思い出

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オープニング

 グラズヘイム王国、首都イルダーナ。その中心に聳え立つ王城は千年王国の歴史そのものだ。
 重厚な城壁、凝った装飾の美しい柱、上質なベルベットの絨毯……見るもの全てがこの国の伝統や権威を物語っている。圧倒される私の手を引きながら、父は穏やかに微笑んでいた。曰く、その日父は国王と約束があったのだと言う。『同じ歳の娘を持つ親として、話が弾んでね』と、照れくさそうにしていたことを今でも覚えている。
『ユエル、あそこをご覧』
 色とりどりの花が咲き乱れる中庭。大理石のアーチの向こうには、王様と一緒に小さな女の子がいた。
 肩にかかるブロンドは太陽の光のようにきらきら輝いて、青緑色の瞳は今まで見たどんな宝石より美しい。少女は、この世の何よりも私を惹きつけてやまなかった。見惚れる私の肩を父が小突くので、慌ててドレスの裾を摘まんで息を吸う。
『お、王女殿下っ、ごきげんうるわしゅうございます。わたしは、グリムゲーテ侯爵家長子のユエルです』
 父母に教えられた通りの“相応しい挨拶”を試みる。正直、この時ほど緊張したことは後にも先にもなかった。強張る私をじっとみつめていた少女は、ふんわり笑ってこう言った。
『わたくしは“でんか”ではありません。システィーナというのです。お父様とお母様にもらった、すてきな名前なのです』
 王様が笑う声が聞こえる。うろたえていた私に“システィーナ”はそっと小さな手を差し伸べてくれた。
『ねぇユエル、わたくしと、お友達になりましょう』



 その日、私──ユエル・グリムゲーテ(kz0070)は王都イルダーナのグリムゲーテ家別邸に居た。
「もうすぐゲイル様の月命日ですね」
「ツキ……?」
「昔教わったリアルブルーの教えの1つです。亡くなった日付を故人を想う大切な時間としてそう呼ぶのだそうですよ」
 昨秋、王立学校の授業中に鳴り響いた警鐘。それが黒大公襲撃によるものと解ったのは少し経ってのことだった。大戦を前に逃げ惑う人々もいれば、歪虚相手に剣をとる人々もいて。中でも私の父は後者で、彼は国の為に戦い命を落としたのだった。
 今日の登校時間まであと少し。朝食を摂る気になれず、ナイフとフォークをそっとテーブルに戻す。
「私は、こんな生活を送っていて良いのでしょうか」
 まっさらなテーブルクロスへ視線を落し、呟く。
「黒大公はまだ生きています。世界では大きな戦いが日々起こり……ティナは、あんなに小さな体で戦い続けているのに」
 あの夢を見たのは“主”が……恐らくお父様までもが、私を叱咤しているからだと思った。
「下校後支度をし、明日領へ戻ります。……あの子との約束を、果たすためにも」



 翌日、ハンターの方々を護衛に伴って王国西方グリム領を治めるグリムゲーテ家本邸宅に到着した私は、門の前で数名の騎士達が議論を交わしている所に遭遇する。
「何かあったのですか?」
「ユエル様! あ、ええと……実は数日前、北部へ向かう道中の王国騎士が領内に立ち寄られ、この近辺に北部のゴブリンが流れ込む可能性があるため警戒を促す旨の報せがありまして」
「先の辺境への遠征中もゴブリンに関する報告がありましたね。それで警備が増員されているのですか」
「はい。ですが、現在まで大きな襲撃はなく、むしろ非常に穏やかな日が続いております。増員態勢を解いて通常警備に戻すか否か、話をしていたところでした」
 その報告を聞き、私はしばし思案してからこう告げた。
「王国騎士がわざわざ報せに来た、という事実が気になります。負担を強いて申し訳ないですが……今しばらく様子を見て頂けますか?」
「はっ!」

 邸へ帰郷した私を真っ先に、そして暖かく迎え入れてくれたのは母だった。心配そうに私の頬に触れる母は、変わらない愛情を向けてくれている。
「お帰りなさい、私のユエル。急ぎの用と聞いたけれど……」
「はい。……明日は、お父様の月命日だと思いまして」
 母の手をとると、少し骨ばって感じる。やつれたのだろう。表情からもそれが良くわかる。悲しそうな母の顔を見過ごせなくて、私はずっと考えていたことを口にする勇気を出した。
「お母様、どうか私にこの家を継がせて頂けないでしょうか。至らぬことは承知しております。ですが……」
 懸命な想いだった。けれど母は、言葉を遮るように私を強く抱きしめてくる。
「ありがとうユエル。でもね、家のことは大丈夫。無理をしなくていいのよ」
「……私は、無理などしておりません」
「貴女が女の子の細腕で懸命に戦ってきたことは十分知ってるわ。エイルが生まれるまでこの家の一人娘だったから、頑張ってくれていたのでしょう?」
「確かに私は女子ですが、今の時勢戦わぬ理由など……!」
「もういいのよ。学校を卒業したら、良い方とご縁を得て静かに暮らすのも良いと思うの。ここ最近、貴女に幾つも縁談が来ているわ。もう怖い思いなんかしなくていいのよ」

 ──つまり、私が「侯爵家」の「女」で「子供」だから。

 いかなる努力も心構えも端から勘案されていない。これが現実だろう。勿論こうなることも想定できていたけれど、私は父の言葉を信じ、友のために走り続けてきた。今さらそんな生き方を変えろと言われても、急に受け入れることなんてできやしない。
 ──“力”がほしい。
 “力”は全てを覆す唯一の条件だ。“力”があれば、“守りたいものを自らの手で守りたいと願い、それを実行すること”が赦されるのではないか。でも……今の私には、それがない。
 気付いた時、私は母の腕を振り切って走り出していた。父の眠る“森”へ……。

●信心深きもの──汝、力を欲するならば応えよ。

「……なに、この匂い」
 グリム領北部のとある森の中。駆け足で父の眠る墓へ向かっていた少女は、しばし森を進んだ所で先程より続く肌を刺すような空気が気のせいでない事を理解した。
 ──いつもと“違う”。
 僅かに漂うのは腐臭混じりの生臭い匂い。穏やかに暮らす動物も今は見えない。周囲をよくよく見渡すと、見慣れない影が映る。
「まさか」
 そこには、何かの動物の肉を貪るゴブリンの姿があった。血の匂いを嗅ぎつけたらしき別のゴブリンも見える。瞬間、漸く少女の中で全ての話が繋がった。
 ──ゴブリンは来なかったんじゃない。ここに住み着いていたから、領まで南下してこなかっただけだ。
 少女は軽装、敵は複数で森にあと何体潜んでいるかも解らない。そんな状況で無謀な戦いを挑むほど弁えのない性質でもない少女は、見つからないよう引き返そうとした……まさにその時、バキ、と足元で大きな音がした。連中が食い荒らした小動物の骨だろう。血の気が引いてゆく感覚、そして……同時にゴブリンが少女の姿を視認した。

 汝……深きもの……

 刹那、少女の頭の中に不思議な声が響く。
 恐怖と緊張でおかしくなったのだろうか──?
 少女は懸命に頭を振ると、意を決して森を駆け出した。

リプレイ本文

●天国に一番近い森

「……随分騒がしいね」
 ユエル護送任務終了後、まだグリムゲーテ邸付近にいたルア・パーシアーナ(ka0355)が異変に気付き、エステル・L・V・W(ka0548)、メル・ミストラル(ka1512)、ジェーン・ノーワース(ka2004)らに言う。邸の正門奥から次々と騎士が現れては、みな慌ただしく街へ消えていく。少女たちがしばしなりゆきを見守っていると、そこへ騎士らに紛れて1人の女性が姿を現した。
「奥様、後は現場が……」
 女性は騎士に囲まれ、何かを説得されている。不穏さ漂うやり取りに、ルアたちは一斉に正門へと駆け寄っていった。どうやらこの騒ぎが聞こえたらしく、同じように付近にいた誠堂 匠(ka2876)も邸へと駆けつけたようだ。
「我々は、先ほどユエルさんを王都より護送してきたハンターです。何かあったのかと思い、駆けつけたのですが」
 すると、女性は驚いた様子で匠を見る。どうやら彼の顔に見覚えがあるようだ。ややあって、憔悴した様子を隠しもせず、女性が口を開く。
「娘が……ユエルが、邸から出て行ってしまったの。……普段はあんな風に感情的になる子じゃないから、どうしても不安で」
「少し落ち着いて。今頃、騎士団の皆が必死に探し回ってる。それに、私達でよければ力を貸すわ」
 ジェーンの強い眼差しに、ユエルの母──エレミアは見定めるようにゆっくりハンターたちの顔を確かめると「何とぞ、ご助力を」と頭を下げた。
「居なくなったのは、いつですか?」
 メルの問いにかぶせるように、ジェーン。
「彼女の直前の様子も、解ったら教えてほしいの」

「ユエルさん、お父上に会いに行ったのよ。間違いないわ」
 エステルが淀みなく言い切った。その視線は邸の向こう──北部を見据えている。
「さっきルトガーさんと話してた時、ユエルさんそう言ってたよね」
 親友のルアに頷きながらも、エステルは飛び出していった少女の心境を慮った。
「お話を聞いてもらえなくって辛いってときは、黙って話を聞いてくれる人に頼るものよ」
 ──例えそれが、お墓の下だってね。
 心当たりがあったのだろう。エレミアは思い悩むような面持ちで苦しげに俯いてしまう。そんな彼女を気遣い、匠は周囲の騎士へ尋ねた。
「ここから森へは? それと、森との連絡のため、北部の警備覚醒者に伝話の中継を依頼できますか?」
 そうして、匠とジェーンは各々やるべき事案に奔走することとなる。
一方、正門ではメルがエレミアを宥めていたところだった。
「主はユエルさんを見守っておいでです。ですから、ご安心を……」
 そう告げてメルが馬へ跨ると、入れ替わる形で今度はエステルがエレミアへ歩み寄った。
「奥様……わかったげて下さいましね」
 その言葉は、何より重く彼女に圧し掛かった。

 伝話で連絡を受けた文月 弥勒(ka0300)は「やれやれ」と漏らして通信を切る。
「家出か……今度は何があったんだよ」
 丁度、中心街の騎士団詰所近くで“知り合い”を見つけて挨拶を交わしていた弥勒は、すぐさま知り合いの男──グリム騎士団副長のテオドールへ今しがたの連絡を伝えた。驚く副長を前に、当の弥勒はどうにも呆れ気味だ。
「ただの反抗期じゃねえの。そんなに騒ぐことか?」
「お嬢様に限って……」
「じゃあ今起ってるコレはなんなんだよ」
 少年は物言いたげな目で、じろりと大柄な男を見上げる。
「これがあいつだって、これもあいつだって受け入れるのは難しいことかよ」
「……お嬢様がそれほど感情的になる理由を慮ればこそ、心配なのだ」
 弥勒はそれ以上何を言うでもなく、男に通信機を手渡した。先ほどの仲間の連絡からユエルの居場所の予測がついていたのだろう。
「おっさんの墓、どこにあんのか教えてくれ」

「待ちかねた。話は匠から聞いたよ」
 森のとある入口付近でラスティ(ka1400)と弥勒の到着を待っていたのはルトガー・レイヴンルフト(ka1847)。
 護送の際、ユエルから聞いた話に登場した“森”へと散策がてら足を向けようとしていた男は、連絡を受け、共に捜索するべく少年たちの到着を待っていたのだ。
「騎士達からも状況は聞いておいた。近くの騎士がユエルらしき人影を見たらしい。森にはこれから捜索着手の予定だそうだが、あの様子では俺たちの方が早いだろうな」
「あぁ。墓までの道は、俺も聞いておいた。すぐに行こう」
 ──酷く嫌な予感がする。
 そんな感覚をねじ伏せるように、ラスティは人伝に聞いた道を、馬を駆り、まっすぐに進んでいった。
 森に足を踏み入れると、徐々に目に付く“異常”。自然死と思えない大量の動物の死骸。あちこちに飛び散る乾いた血痕が木々を赤く彩っている。その光景に弥勒の口から、薄い笑い声が零れた。これでは、まるで。
「どうやら道を間違えたらしいぜ。ここは地獄だ」



 追走の速度は落ちる気配がない。慣れた道のはずが、知らない異界のように思える。
 緊張と恐怖に肺が縮こまったのか、思うように呼吸が出来ない。意識して酸素を取り込もうとした時──張り出した立派な木の根を見落とした。太い根に足を取られ、全力疾走の勢いのまま大きく前へとつんのめる。意識が体ごと反転したような錯覚……このままではまずい。
 刹那、剣を手に取った。咄嗟に頭を庇うようにして振り抜いた切っ先から、ガキンと無機質な音が響く。追いつかれた。
 ──戦うしか、ない。



 森の足場が悪いことは織り込み済みで、それを踏まえてでも馬の機動力優先で突入していこう──ルアとエステルはそう決めていたのだが、かたやメルは森の中を徒歩で移動するつもりでいたようだ。実際、彼女の乗用馬は戦場と化した森へ連れていくには難しい。
「今は一刻を争うと思うんです。私たちは先に行きますので……」
 ルアが言い、メルは頷く。元々、後から二人を追いかける形を想定していたのだから問題はないだろう。
「エステル、何か聞こえた?」
 ベルセルクの超聴覚が捉えたのは多数の足音。それに混じって届く戦闘音。片方は、随分大きく激しい。複数対複数だろう。そうとなれば──
「ルー、こっちよ」
 少女たちは、遅れを取り戻すように先を急いだ。

 先行してゴブリンと遭遇していたもう一班は、少々足並みが揃わなかったようだった。
 弥勒自身は「出来るだけ目立たないように」と考えていたようだが、同行するラスティは真逆の思考をしており、結果、派手に戦ったおかげで森のゴブリン達が音に引かれてラスティたちのもとへ集まり始めていた。
 進んでは現れ、突破しても阻まれる。まるできりがない。ルトガーの眉間に深い皺が刻まれる。先ほど8体目のゴブリンを殴り倒したラスティも諦めたように嘆息すると、意を決して告げた。
「……ここは俺に任せて、ユエルの発見と保護を優先してくれ」
 数瞬の後、ラスティの目の前に突如として光が現れ、それらは次々とゴブリンの体を貫いていく。あっという間の出来事だ。上がる悲鳴に、倒れゆく亜人。ここが地獄なら、これは文字通り地獄絵図だろう。
「解った、後は頼むわ」
 あの様子なら問題ない。そう判断した弥勒はルトガーと共に先を急いだ。



 剣を抜いてすぐ、転んだ際に足を捻っていたことに気付いた。
 亜人の斧が殺意を込めて振り下ろされる。さけようとしたら足首が悲鳴を上げた。ワンテンポ遅れる動作──刃を覚悟した、その時。
『ユエル、探しに来た』
 頭に響く訳のわからない声とは違う。共に領へ来てくれた、父に似たあの人の声がした。
『不用意に飛び出さず、安全が確認できるまで隠れていろ』
 挫いた足は腫れあがり、踏み込むたびに激痛が走る。けれど、こらえる勇気が湧いた。間近に迫る戦斧へ自らの剣をぶつけ、刃の方向を逸らす。一撃、また凌いだ。
 刹那、亜人の横っ面に何かが叩きつけられたらしく、大きな体躯が土の上を転がった。
「良かった、間に合ったかな」
 突然の出来事に目を丸くしていると、鞭の先を手元に戻したルアさんの姿が映った。しかし、ゴブリンは直ちに態勢を整えると反撃とばかりに襲いかかってくる。そこへ“別の何か”が駆けこんできた。
「わたくしが来ましたよ!!」
 強引極まりない台詞の主は、ろくに動けもしない私の体をこれまた強引に自身の体で包み込んでくる。理解が追いつかない私の眼前で、ぐっと彼女の喉が鳴った。亜人の刃が、私を抱きしめる少女の鎧に叩きこまれたのだろう。少女を介して私にも衝撃が走る。それに気づいたら、我慢が出来なかった。
「もうやめて! 私にそこまでする価値なんかない!!」
 叫びとは裏腹に、私の体は言うことを聞いてはくれなかった。少女の腕を払う力もなければ、膝から崩れ落ちる自分を律する力も残っていない。けれど、そんな私を支えるように、彼女は抱きしめる腕の力を強めてくる。
「ユエルさん、ユエル、怖がらないで」
 以前彼女に触れた時から、私はどうしようもなく怖かったのだ。温かな体温は、私の仮面をぶち壊してしまう。
「いや、離して!」
「大丈夫。襲ってくるこわいもの全てからの盾になってあげる」
 彼女は痛みを微塵も見せず、優しくも強い眼差しを向けてくる。私には、彼女が……エステルが理解できなかった。理不尽なまでの優しさを恐ろしいとすら思った。
「一体なんなの!?」
 その時、その言葉を聞くまでは。
「だって、お友達だもの」
 あぁ、そうか。嫌というほど“覚え”があった。
よせばいいのに、私は彼女に共感を覚えてしまったようだ。

 ──その時、亜人がすぐ目の前で切り伏せられた。
 仄白い剣閃の後、亜人が崩れ落ちてゆく。その向こうには弥勒さんがいた。仮面の奥ではきっと、苦い表情を浮かべているのだろうと思う。

 途方もない安堵感の中、とめどない涙が酷く苦しかった。

●クリスタリゼーション

「どうして、飛び出したりしたんだ」
 咎めるでもなく、ルトガーさんが変わらない穏やかな口調で尋ねた。周りには、ここまで同行してきてくれた8人のハンターの皆さんが居る。
「私は侯爵家の女で、子供で。私の存在は、家にとって邪魔なんじゃないか……そんな風に思えて、どうしたらいいのか、わからなくなったんです」
 顔を上げると、ルトガーさんがまるで子供をあやすようにして私の肩に触れる。全てを見透かされたような心地がして、気恥ずかしい思いで唇を結んだ。
 それも束の間、また“あの声”が響いた。
「ユエルさんは、さっきから何をしているの?」
 ルアさんが、きょとんとした顔で首を傾げる。
「さっきから様子がおかしいけれど……」
 どうやら周囲の皆さんも、私の異常に気付いていたらしい。
不思議なことに、彼らならきっと笑わないで聞いてくれる──そう感じた私は思い切って尋ねることにした。
「何か、声が聞こえませんか?」
「いや、聞こえないが」
 ラスティさんが、即座に首を振り、
「なんて聞こえるんだ?」
 と、問う。
「“汝、力を求めるならば応えよ”と」
 すると、いきなり何の遠慮もなく弥勒さんが声をあげて笑った。不服そうな眼をしていると、弥勒さんは腰をおろしていた倒木から立ち上がる。
「好きにすればいい。てめえのしたいことをしな」
「え?」
「帰ったら、迷惑かけたこと謝っとけよ。つらいことがあったら俺が聞いてやる、それが人を頼るってことだ」
 弥勒さんは、ぽかんとする私を置いて立ち去っていった。あの方角は、父上の──?
「父上はユエルが墓参りに来ると知っていた……ここに精霊がいることも」
 ルトガーさんが思案気に語られることをうまく理解できずにいた私に、ラスティさんが明言する。
「そいつは精霊の声だろう。“ユエルが欲しいなら力を貸してやる”って言ってんだろうな」
 ──まさか。その可能性が、完全に抜け落ちていた。
 間の抜けた顔をしていたのだろうか。メルさんが口元を綻ばせている。
「主は、あなたが自らの力で身を守る事を望まれたのね」
けれど、一方でルアさんが腕組みをして唸った。
「でも、衝動的な契約は行ってほしくないかな」
「ルーはどうしてそう思うの?」
「だって、覚醒者は何事をも可能とする魔法の杖じゃないもの。後悔をしてほしくないかなって」
 真っ直ぐな言い分に、今度はエステルが笑う。
「いい? 才能なんて、闘う意志の前にはちっぽけな存在だわ」
 指をぴっと立てながら弁舌を振るうエステルは、やがて私に腕を伸ばしてこう言った。
「たとえ遥か高みだとしても、頂きに手を伸ばすことが崇高なのよ。わたくしは手を伸ばしたわ! 貴女のお父様もそう!」
 こく、と喉が鳴る。お父様……見ていてくれているのでしょうか。不意にルトガーさんに視線をやると、面影のある温かくも厳しい目をしているのが解った。
「覚醒の能力は可能性を広げる。ただ、あくまでも大切なのはユエル自身だ。力に溺れるな」
 覚醒者の能力を持つ皆さんの目を見れば、覚悟を持って力を身につけ、使役しているのだろうことが分かる。
「力があれば何でも出来るわけじゃない。力があっても子女の立場じゃ難しいこともあるだろうけれど……」
 そうして、ルアさんは私の背を一度だけ強く叩いた。
「それでも頑張りたいんでしょ!」
 そう。私はまだ、頑張りたいのだ。

 ──契約は果たされた。汝に光の祝福を。

「私とも友達になってくれると嬉しいな……」
 邸へ帰る道すがら、ルアさんがそんなことを言ってくれた。それまでの勢いはどこへやら、少しおかしくて私は泣き腫らした顔を綻ばせる。
「こんな私で、よかったら」
 互いの理解を深めていると、こっそりとメルさんがこんなことを教えてくれた。
「お母様と、先ほど少しお話を致しました」
「……母は、何と」
「ユエルさんを守るための、御言葉だったのだと、そう思いますよ」
 メルさんは、私にそっとエクラアンクを握らせて微笑む。
「ともあれ、一度お袋さんと腰を据えて話した方が良いぜ。きちんと自分の想いを伝えるんだ。匠やジェーンからも、お袋さんにはそう言っておいたらしいぜ」
「匠さんと、ジェーンさんが……」
「それでも話が通じないなら、俺達も力を貸すから、さ。そん時ゃ、また頼ってくれよな」
 ぽんと背を押してくれる手は、とても温かかった。

 騎士団総動員で森を巡回し、脅威が去ったことを確認すると、弥勒はひとり別の道を歩き出した。日暮れの森は、鳥の囀りと風の音、時折強い風に木々が揺れ、葉が擦れ合う音が響くくらいで、先の戦いが嘘のように静かだった。少年はある墓前で足を止めると、普段外すことのない仮面を徐に取り去った。
「……悪いな、おっさん。あいつが不良になっても、祟らないでくれよ」
 墓石に視線を合わせるよう屈むと、弥勒は口の端を上げる。
 気付けば、墓石の向こうから一頭の牡鹿が少年を見つめていた。
「あいつの為にやれるだけのことはするからよ」

 そうして、夕焼けは森の向こうに沈んでいった。

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  • その名は
    エステル・L・V・Wka0548
  • クラシカルライダー
    ルトガー・レイヴンルフトka1847

重体一覧

参加者一覧

  • 壁掛けの狐面
    文月 弥勒(ka0300
    人間(蒼)|16才|男性|闘狩人
  • Theory Craft
    ルア・パーシアーナ(ka0355
    人間(紅)|16才|女性|疾影士
  • その名は
    エステル・L・V・W(ka0548
    人間(紅)|15才|女性|霊闘士
  • all-rounder
    ラスティ(ka1400
    人間(蒼)|20才|男性|機導師

  • メル・ミストラル(ka1512
    人間(蒼)|21才|女性|聖導士
  • クラシカルライダー
    ルトガー・レイヴンルフト(ka1847
    人間(紅)|50才|男性|機導師

サポート一覧

  • ジェーン・ノーワース(ka2004)
  • 誠堂 匠(ka2876)

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 作戦相談卓
ラスティ(ka1400
人間(リアルブルー)|20才|男性|機導師(アルケミスト)
最終発言
2015/05/25 23:30:04
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/05/23 20:38:49