美の代償

マスター:香月丈流

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~10人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2015/05/27 12:00
完成日
2015/06/04 01:22

みんなの思い出

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オープニング

 カードやコインに表裏があるように、世界にも『裏の顔』が存在する。生活の全てを捨てた者、表立って動けない者、秘密裏に行われる取引や密会……人目から離れたい者にとっては、最適の場所である。
 普通の生活を送っている一般人なら、立ち入る機会はゼロに等しい。と言うより、わざわざ危険な場所に行く必要は無いだろう。
 それを知っていながらも……40歳前後の女性が1人、薄暗い路地を歩いていた。
 豪華なドレスに、きらびやかな装飾品の数々。身なりを見る限り、ゾンネンシュトラール帝国の富裕層で間違いない。上流階級の人間に『裏社会』の空気は合わないのか、不快感に顔を歪めている。
 数分後、女性は古い倉庫のような建物の前で、脚を止めた。
「本当にココ──なのかしら……」
 言いながら、懐から手書きの地図を取り出す。周囲の地形と照らし合わせてみたが……どうやら間違っていない。目の前にある建物が、彼女の目的地のようだ。意を決して、女性は倉庫のドアを開けた。
 真昼だというのに、中は意外なほどに暗い。窓が板で塞がれているため、隙間から若干の光が入る程度である。
「誰か……! 誰か、居るかしら?」
 暗い空間に広がる、女性の声。その反響から察するに、天井は高く、室内はかなり広そうだ。
『ようこそ、美を求める者よ。そのまま、部屋の中央まで来て頂けますか?』
 女性に応えるように、闇の中から声が返ってくる。それが誰か分からないが……彼女はゆっくりと、部屋の中に脚を踏み入れた。
 女の人なら誰しも、一度は『美しくなりたい』と思った事があるだろう。金と時間を持て余す富裕層なら尚更に。
 そんな者達が『永遠の美を得る方法がある』という話を聞き付けたら、どうするか。
 答えは、倉庫に来た女性が雄弁に物語っている。
 数日前、彼女の家に1通の封書が届いた。差出人の名前も住所も分からず、宛名すら無い封書が。不審に思い、彼女はそれを捨てようとした。
 が……何故か中身が気になり、封を開けてしまったのだ。
 そして、見てしまった。『永遠に美を保つ方法を教える』という文章と、この場所を記した地図を。
「貴方が誰なのか興味はありませんが、手紙の内容は本当なのですか?」
『もちろん。美を保つのは、簡単な事ですよ』
 クスリと、闇の奥で笑い声が聞こえたような気がした。
『命を失えば良い』
 一瞬、言葉の意味が理解出来なかった。予想外の一言に頭が混乱し、女性の歩みが止まる。そんな彼女の肩に、背後から細くて綺麗な手が置かれた。
『生命活動を停止すれば、体や肌は老化しません。貴女は美しい姿のまま、人々の記憶に残るのです』
 狂気を孕みながらも、優しい口調で語り掛ける。声の主が男なのか女なのか、全く分からない。女性が分かっている事は、たった1つ。

 この場は危険だ。

『気付くのが遅いですよ、マダム』
『私達が、貴女の美しさを永遠にして差し上げます』
 女性が逃げるより早く、2人の声が闇の中から響いた。
 直後。女性の首筋と太腿に、鋭い痛みが走る。薄れゆく瞳に映ったのは、長身痩躯の美男子。青白く不健康な肌と、鋭い牙を供えた異形……吸血鬼の姿だった。

リプレイ本文


 どの地方でも、町は人の増加に比例して大きくなり、発展していく。その『裏』で様々な影が暗躍し、平和や治安を乱す輩が増えるのも事実。今日も、社会の闇に紛れて様々な欲望が渦巻いている。
 そんな『ドロドロした世界』とは無縁そうな女性達が、人気の無い路地裏を歩いていた。
「女の美しくあろうとする心につけこんだ手口、許せないですっ!」
 怒りの言葉を口にし、闘志を燃やすUisca Amhran(ka0754)。彼女達は今から、歪虚を誘き出すために囮役を務める。危険な役割だが、恐怖や気負いは全く無いようだ。
 Uiscaの言葉に、黒の夢(ka0187)は軽く小首を傾げた。
「ん~……永遠の美より、我輩はゴハンが欲しいのな♪」
 笑顔と共に、腹の虫が小さく鳴く。今回の歪虚は『永遠の美』を餌にして女性を罠にハメているが……黒の夢は興味をひかれないらしい。
「『花より団子』というヤツか。元から充分美しいボクも、食事を所望したい気分だぞ」
 不敵に微笑むディアドラ・ド・デイソルクス(ka0271)も、黒の夢と同じ意見のようだ。もっとも……彼女の場合は、自分の『美』に絶対の自信を持っているのだが。
 談笑混じりに、細い路地を進む3人。その最奥……建物の間に隠れるように、ボロボロの倉庫が見えてきた。
「あ、目的地って此処だろうか。突入前に、連絡連絡~♪」
 歌うように言いながら、黒の夢が魔導短伝話を取り出す。電波が通じている事を確認し、ボタンを操作して『仲間』に連絡を送った。
 彼女達が囮役という事は、当然それをサポートする役も居る。倉庫から若干離れ、周囲を警戒していた弥勒 明影(ka0189)の伝話に、着信が入った。
 と言っても、目的は通話ではない。連絡器機を受話状態にして倉庫に入れば、中の状況を聞く事が出来る。
「囮班から着信だ。どうやら、そろそろ突入するようだな」
 明影は煙草の煙を吐き出しながら、待機している仲間達に状況を説明。魔導短伝話を通話状態にすると、受話部分から囮役の声が聞こえてきた。
 サポート班の7人が見守る中、囮役が倉庫に潜入。数分もしないうちに、扉が静かに閉まった。
「では、私達も参りましょう。敵の強さは不明故、油断は禁物です」
 麗奈 三春(ka4744)の提案に、誰もが無言で頷く。7人は極力音を立てないように移動し、倉庫の入り口前に集結。突入のタイミングを計りつつ、ロニ・カルディス(ka0551)は倉庫に視線を送った。
「人の欲が無くならない限り、こういった手合いは蔓延るのだろうな……」
 嘆息混じりの言葉が口から零れる。欲深いのは『人の業』とも言えるが……それが歪虚に利用されて悲劇を生み出している事に、ロニは心を痛めていた。
「同感です。このような場所へ赴く者も不注意ではありますが……被害が拡大せぬよう、元を絶たねばなりませんね」
 その気持ちは、三春も変わらない。静かなる決意と闘志を胸に、彼女は目を閉じた。暗所でも動けるよう、突入前から闇に眼を慣らすつもりなのだ。
「『死んでも人々の記憶に残る』。それがヤツらの永遠の美だと言うのなら、俺は記憶に残さないで忘れてやるぜ」
 情報提供者の話では、今回の歪虚は『死した人間は老化せず、美しさは記憶の中で永遠に保たれる』と主張しているらしい。
 これを快く思っていないハンターは多いし、レイオス・アクアウォーカー(ka1990)もその1人である。だからこそ……彼は歪虚の主張を否定する意味でも、存在を完全に忘れようと思っているのかもしれない。
「『帝国で不埒を犯した』。裁く理由として、十分に過ぎる。歪虚め……必ず倒す。確実に消す。帝国を乱し、陛下の御心に悖る不逞の賊が……!」
 呪詛にも似た、物騒極まりない呟き。誰に聞かせるワケでもなく、メリエ・フリョーシカ(ka1991)は怒りの言葉をブツブツと繰り返していた。腰の刀を握る手にも力が入り過ぎ、鞘がギチギチと鈍い音を上げている。
「あの……さっきからブツブツ言ってるけど、大丈夫? 何か、ドス黒い物を感じるけど」
 危険な雰囲気を感じ取ったのか、コントラルト(ka4753)が静かに声を掛ける。相手を恐れるワケでもなく、警戒するワケでもなく、あくまでも冷静に。
「え? 何も言ってませんよ? 囮の皆さんは大丈夫でしょうか。心配ですね……」
 コントラルトの言葉で我に返ったのか、笑顔を返すメリエ。会話をしながら、視線を倉庫に向けた。
 彼女が好戦的な一面を見せるのは、『皇帝や帝国に仇為す存在』が現れた時。皇帝に対する忠誠心が強いため、怒りの感情を抑えられないのかもしれない。
「あやつ等なら大丈夫じゃろう。相手が歪虚でも、遅れは取らんよ」
 飄々と語る星輝 Amhran(ka0724)も、眼を閉じて闇に慣らしている。口調は年寄臭いが、外見は10歳前後のエルフ少女にしか見えない。
 遠い昔、彼女は歪虚に侵食されそうになった事がある。その時の副作用か、星輝の肉体は成長をやめた。今回の歪虚が『若さは美しさ』と主張するのであれば……彼女は既に、永遠の美を得ている事になる。
「キャーーー!」
 不意に、倉庫と受話部分から女性の悲鳴が響く。弾かれるように、待機班の数人が倉庫に突入した。


「ごめんくださーいなのなー」
 緊張感とは無縁な、黒の夢の明るい声。通信機器を通話状態にしたまま、囮役の3人は倉庫に足を踏み入れた。室内は暗く、広く、ゆっくり歩く足音が反響している。
『ようこそ、マドモアゼル。貴女方のように若い人が来るとは……少々、驚きました』
 闇の奥から響く、第三者の声。ディアドラとUiscaがランプやランタンで室内を照らすが、姿は見えない。
「あの……『永遠の美を得る方法がある』って聞いてきたんですが……」
 怯えた演技をしながら、闇の奥に問い掛けるUisca。礼儀正しく上品な立ち居振る舞いは、まるで本物の富豪令嬢のように見える。
『ええ、その通りです。お手数ですが、部屋の中央まで来て頂けますか?』
「断る! ボクは大王だぞ? 貴殿がこちらに来れば済む事だ!」
 妥協を一切許さない、堂々としたディアドラの叫び。自身を『かつて世界を支配した大王の生まれ変わり』と公言している事もあり、高貴な雰囲気すら漂っている。
 誰も予想しなかった反応に、静まり返る室内。数秒後、闇の奥から笑い声が返ってきた。
『ハハハ、面白いお嬢さんですね。ならば……』
『遠慮なく行かせて頂きますね?』
 3人の前方と後方、2つの方向から声が響く。直後、入口の扉が静かに閉まった。どうやら……別の歪虚が背後に回り込んでいたらしい。
 扉からの日光を遮られ、闇に沈む室内。ゆっくりと、照明機器の範囲内に異形の姿が浮かび上がってきた。今回の殲滅対象である、2体の吸血鬼……扉側に居る敵は髪が長く、その逆側に居る歪虚は短髪で逆立っている。
 短髪吸血鬼はニヤリと笑い、黒の夢に飛び掛かった。一瞬遅れて、長髪吸血鬼はUiscaに襲い掛かる。
「キャーーー!」
 周囲に響く、Uiscaの叫び。ほぼ同時に、彼女の全身から光の波動が放たれ、吸血鬼達の体を衝撃が駆け抜けた。
『何っ!?』
 歪虚が驚きの声を上げる中、黒の夢が青白い雲状のガスを生成。これに包まれた敵は深い眠りに落とされるが……睡眠を必要としない吸血鬼には、効果が無かったようだ。
「みんな、大丈夫か!?」
 敵の混乱を加速させるように、ロニ達が倉庫に突入。仲間の救援に、黒の夢は笑顔で言葉を返した。
「ン、大丈夫。オトコノコに襲われるのは慣れてるからね♪」
 色んな意味で大丈夫じゃない気がするが……今は、ソレをツッコんでいる場合ではない。囮役が攻撃されないよう、コントラルトとレイオスは武器を構えた。
「私達の仲間に、手出しさせないわ!」
 コントラルトが手にしている、機剣。その柄にマテリアルが集まり、エネルギーに変換されて放たれる。一条の閃光が闇を切り裂き、長髪歪虚の肩口を貫通した。
「そんなに血が飲みたいなら自分達の血でも飲んでやがれ!」
 気合いの叫びと共に、レイオスは和弓の弦を引いて放つ。鋭く激しい弓撃が、短髪吸血鬼の足に突き刺さった。
 仲間達と合流するため、ロニとメリエが全速力で駆け寄る。逆に、吸血鬼達は大きく後方に跳び退いた。
『君達……ただの人間じゃないね。覚醒者か!』
『やれやれ、すっかり騙されてしまったよ』
 苦笑いを浮かべながらも、吸血鬼達の瞳に殺意が宿る。拳を握って炎を纏わせ、空気を切るように大きく薙いだ。燃え盛る炎が『コウモリの形』に変わり、コントラルトとレイオスに迫る。
 思わぬ反撃に反応が遅れ、炎が2人に命中。熱気と衝撃が押し寄せ、生命力を削った。
「人聞きの悪い……貴様達が勝手に勘違いしたのだろう?」
 明影は紫煙混じりに言葉を否定し、長銃を構える。真紅の瞳が敵を射抜き、銃口から弾丸が撃ち出された。それが、長髪吸血鬼の太腿を穿つ。
 銃撃の残響が残る中、銀色の風が室内を吹き抜けた。それは、マテリアルを瞬間的に放出して高速移動する星輝。歪虚の背後に回り込み、逃走を防いで挟み撃ちにするのが狙いだろう。
「ディアドラさん、お預かり品っ!」
 合流したメリエは、吸血鬼から視線を外さずに盾を手渡した。これは、ディアドラが事前に預けていた兵装である。メリエに短く礼を述べ、ディアドラは盾を構えた。
(日光の入る角度……みなさんの照明の位置……それらを考慮すると、死角になるのは……)
 三春は周囲の闇を利用し、全員の視界から姿を消して、ゆっくりと敵に近付いていく。物音を立てず、姿も気配も消して。
『やっぱり……人間の男は可愛くないね』
『男も女も関係ないよ。相手が覚醒者なら……』
『『容赦はしない!』』
 叫ぶや否や、吸血鬼達は牙を剥き出しにして床を蹴った。一気に間合いを詰める狙いは、恐らく吸血。血に飢えた牙が、ロニとUiscaに迫る。
 接近する敵に対し、ロニは避けずに大きく踏み込んだ。鋭い爪が頬を浅く裂き、血がにじみ出る。それを気にせず、盾で下から突き上げた。
「少し落ち着いて、腰を据えたらどうだ?」
 渾身の一撃が直撃し、敵の体勢を大きく崩す。
 ロニとは対照的に、Uiscaは舞うような動きで攻撃を回避。牙が二の腕を掠めて血がにじんでいるが、孔雀羽の団扇で敵の脚を払い、その場で転倒させた。
「あら、ごめんなさい。急に飛び掛ってこられたので、避けてしまいましたわ」
 若干皮肉混じりの言葉を口にし、Uiscaは再び光の波動を放つ。追撃するように、ロニは長髪吸血鬼を狙って槍を振り下ろした。
 波動のダメージを受けながらも、吸血鬼は急いで体勢を整えて槍撃を回避。鋭い一撃が髪を掠め、切断された頭髪が数本、宙に舞った。
 長髪吸血鬼が回避した隙を狙うように、黒の夢はマテリアルで水を生み出す。それが一瞬で球状になり、敵に向かって射ち出された。
 同じタイミングで、コントラルトも砲撃を放つ。狙いは、黒の夢と同じ。重々しい水撃と、鋭い閃光が長髪吸血鬼の上で重なり、衝撃が全身に広がった。
「最期の瞬間まで、そのスカした面してられたら褒めて……は、やらん。直ちに消えろ。問答無用で消滅しろ屑がぁっ!!」
 メリエは殺意を隠さず、太刀を全力で振り下ろす。遠慮も手加減も一切ない、渾身の一撃……直撃したら、致命傷は免れないだろう。
 だが……。
『どこを狙っているんだい? 僕はココだよ』
 短髪吸血鬼への攻撃は、残念ながら空を切った。殺意が先走り過ぎたのか、命中を度外視した事が原因かは分からないが。
「そなたこそ、どこを見ておるのじゃ?」
「『油断大敵』という言葉を知らないようだな」
 死角から迫る斬撃と、正面から撃ち込まれる銃撃。敵が油断したのを、星輝と明影は見逃さなかった。大太刀が短髪吸血鬼の背面を深々と斬り裂き、弾丸が脇腹に穴を穿つ。
「愚か者の相手をする程、ボク達は暇じゃない。短期決戦でいくぞ!」
 言うが早いか、ディアドラは片手剣を握って大きく薙ぎ払う。銀色の軌跡が吸血鬼2体を纏めて斬り裂き、生命力を削り取った。
 斬撃の間を縫うように、レイオスの弓撃が飛来。鋭い矢が、短髪吸血鬼の肩に突き刺さった。
『これは……予想外の展開だね』
『悔しいけれど、ここは戦術的撤退といこうか』
 吸血鬼達は視線を合わせて頷くと、別々の方向に跳び退いた。中空で腕を振り回し、炎を撃ち出してハンター達を牽制。熱気と衝撃が押し寄せ、ディアドラや星輝の全身を駆け抜けた。
 炎の攻撃を相殺するため、黒の夢が水球を生み出す。飛んで来る攻撃に対し、正面から水撃を発射。空中で双方が接触し、水蒸気だけが残った。
「逃げられると思ったか、モスキート野郎!」
 叫びと共に、レイオスの矢が大気を貫く。橙色の瞳が捉えたのは、吸血鬼の脚部。正確無比な弓撃が短髪吸血鬼の足を貫き、逃走するのを防ぐ。
「今まで散々、美味い汁を吸ってきたんだろう? 今度は、おまえ達が覚悟する番だ……!」
 ロニは十字架を握ってマテリアルを高め、室内に歌声を響かせた。清浄なる旋律が、吸血鬼達の動きを鈍らせる。
 それでも逃げようとする長髪吸血鬼に、明影の銃撃が炸裂。空を駆ける猛禽類のような、鋭く力強い一撃が敵の頭部を貫通した。
「逃げたりしないで、私達と一曲踊りましょう? あなた方に捧げる、死の舞踏(ダンス・マカブル)ですよ」
 長髪吸血鬼の進路を塞ぎ、Uiscaは光の波動を放つ。閃光が闇を晴らし、衝撃が吸血鬼達の全身を駆け抜けた。
「ワシの妹を狙った罪、万死に値する。無へ還るが良いわ……!」
 間髪入れず、星輝は長髪吸血鬼の懐に潜り込む。マテリアルを一気に放出しつつ、大太刀を鋭く斬り上げて敵の胴を斜めに斬り裂いた。そのまま右脚を軸にして回転し、今度は刀を斜めに振り下ろした。
 2度の斬撃が交差し、『×』字の傷を刻み込む。それが止めの一撃になったのか、長髪吸血鬼は言語では表現できない断末魔を上げ、霧のように消えていった。
「美にこだわる歪虚にしては、醜い断末魔よのぅ……ククッ」
 塵1つ残さないで消滅した歪虚を見おろし、星輝が不敵な笑みを零す。その表情は普段とは違い、若干の狂気を含んでいた。
(盛者必衰は、人の世の理。永遠の美など、幻想に過ぎん。まぁ……歪虚には関係のない話か)
 溜息と共に、明影の口から煙草の煙が漏れる。彼にとって、歪虚は単なる『試練』の1つ。それ以上でも以下でもないため、他のハンター達のように怒りの感情を抱いていないのだ。
 残った短髪吸血鬼に向かって、メリエが突撃。両手で太刀を握り、渾身の力を込めて振り下ろした。切先が吸血鬼の腕を捉え、軽々と斬り飛ばす。
「永遠の美ね、くだらないわ。女性達に懺悔を捧げながら消えなさい」
 挑発の言葉を口にし、コントラルトが閃光を放つ。魔導機械のエネルギーに変換されたマテリアル……それが光の如く宙を奔り、吸血鬼の胸板を撃ち抜いた。
「無知なお前に、1つ良い事を教えてやろう。世の中に『永遠』というものは無い! 大王たるボクでもあっても……な」
 ほんの少しだけ寂しそうに語り、ディアドラは大きく踏み込んで騎士剣を突き出した。刺突の速度に体捌きの速さが加わり、刀身が敵の脇腹を貫く。
 重傷を負いながらも、吸血鬼が闇に向かって飛び込んだ。誰も居ない方向に逃げ、暗い闇に紛れて逃げるために。
 直後。闇の中から、三春が飛び出した。
「よもや逃げ切れるなどと思わぬ事です。滅びなさい……!」
 この一瞬に……敵を確実に殲滅するチャンスを得るために、彼女はゆっくりと移動していたのだ。
 太刀を水平に構え、一気に間合いを詰める三春。敵の逃げ道を完全に絶ち、すれ違い様に斬撃を放った。
 疾風の如き一撃が、敵の胴を完全に斬り離す。数メートルを駆けた三春が刀を鞘に納めると、断末魔も残さず2体目の吸血鬼が消滅。納刀した鍔鳴りの音が、妙に大きく響いた。
「ふふ、これで汝らの美も保てるのな――おやすみなさい」
 吸血鬼達のしてきた事を真似て、別れの言葉を贈る、黒の夢。博愛主義の彼女は、万物に対して深い愛情を抱いている。例え……それが歪虚であっても。まるで我が子を送る母のように、黒の夢は優しい表情を浮べていた。


 空が茜色に染まり始めた頃、コントラルトとレイオスは、倉庫の中を捜索していた。目的は、被害に遭った人の遺体や、遺品を見付ける事。照明器具片手に探索しているが……時間だけが無情に過ぎている。
「何も……無いわね。せめて遺品でも見付かれば、遺族の方々に届けたかったけど」
 残念そうに顔を伏せるコントラルト。室内を丁寧に調べたが、遺体も遺品も見付からなかった。歪虚が遺体を処分したのか、誰かが遺品を盗んでいったのか、真相は分からないが。
「遺体があったとしても、犯人が吸血鬼じゃ、カラカラのミイラぐらいしか出てこねぇだろうけどな……」
 遺体が見付からなかったのは、逆に良かったかもしれない。レイオスの言う通り、吸血鬼に血を吸い尽くされたら、ミイラになっている可能性が高いだろう。そんな遺体を遺族が見たら……二重の意味でショックを与えてしまう。
 2人は手を合わせて被害者達の冥福を祈り、静かに扉を閉めて倉庫を後にした。

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MVP一覧

  • 黒竜との冥契
    黒の夢ka0187
  • 大王の鉄槌
    ディアドラ・ド・デイソルクスka0271
  • 支援巧者
    ロニ・カルディスka0551
  • 【魔装】の監視者
    星輝 Amhranka0724

重体一覧

参加者一覧

  • 黒竜との冥契
    黒の夢(ka0187
    エルフ|26才|女性|魔術師
  • 輝きを求める者
    弥勒 明影(ka0189
    人間(蒼)|17才|男性|霊闘士
  • 大王の鉄槌
    ディアドラ・ド・デイソルクス(ka0271
    人間(紅)|12才|女性|闘狩人
  • 支援巧者
    ロニ・カルディス(ka0551
    ドワーフ|20才|男性|聖導士
  • 【魔装】の監視者
    星輝 Amhran(ka0724
    エルフ|10才|女性|疾影士
  • 緑龍の巫女
    Uisca=S=Amhran(ka0754
    エルフ|17才|女性|聖導士
  • 王国騎士団“黒の騎士”
    レイオス・アクアウォーカー(ka1990
    人間(蒼)|20才|男性|闘狩人
  • 強者
    メリエ・フリョーシカ(ka1991
    人間(紅)|17才|女性|闘狩人
  • 戦場の舞刀姫
    麗奈 三春(ka4744
    人間(紅)|27才|女性|舞刀士
  • 最強守護者の妹
    コントラルト(ka4753
    人間(紅)|21才|女性|機導師

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
黒の夢(ka0187
エルフ|26才|女性|魔術師(マギステル)
最終発言
2015/05/26 23:54:37
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/05/25 11:28:00