ラズビルナム調査隊(3)

マスター:湖欄黒江

シナリオ形態
ショート
難易度
不明
オプション
  • relation
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~15人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2015/06/16 09:00
完成日
2015/06/24 05:46

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング


 ゾンネンシュトラール帝国でも最悪の魔法公害の現場となった、汚染区域『ラズビルナム』。
 広大な荒野に囲まれた森は、過去10年以上誰ひとりとして立ち入ったことがなく、
 ワルプルギス錬魔院、及び委託管理を行う帝国軍駐屯部隊の監視の下、
 未だ汚染と雑魔を近隣一帯に吐き出し続けている。

 昨今の雑魔発生数の急激な増加に対し、錬魔院はハンターから成る調査隊の設立を決定。
 区域内の汚染調査と、雑魔急増の原因究明へ乗り出した。
 第2回調査では、ようやく森林地帯の内部へと進入を開始。
 旧錬魔院の機材搬入路跡を頼りに、
 度重なる雑魔の襲撃をどうにか退けつつ、森の内奥を目指す調査隊だったが――


「済まんが、心当たりがない」
 錬魔院でも古株の研究員数名へ、面会を申し込んだクリケット(kz0093)。
 だが、最後のひとりに至ってもなお、その物品の持ち主は判明しなかった。

 研究員たちに見せたのは、前回調査でゾンビの1体から回収された万年筆。
 経年劣化か、はたまた汚染の影響か、ほとんど粉々に砕けてしまっていたが、
 大きな破片を繋ぎ合わせ、どうにか原型が予想できるまでに復元できた。
 材質からして1点ものの高級品と見当をつけ、
 かつての同僚で、特注の万年筆を自慢していたような人物はいなかったか、と聞いて回ってはみたが、
「たかがペンひとつじゃ、やはり無理ですかね。
 科学捜査班でもあるまいし、第一、当時の関係者の名簿も入手できないたぁ……」

「憶えている限り、あの施設に関わる研究計画は院内でも極秘扱いだった。
 施設の存在と、新型機導兵器の噂だけは我々も聞かされていたが、
 実際に計画に加わる者は、例え身内であってもそのことを漏らさぬよう、含められていたようだ。
 名簿くらいは流石にあっただろうが、当時それを閲覧できたのは、
 院長と軍上層の一部、後は皇帝陛下くらいだろう。
 革命期の混乱で資料は紛失……意図的に破棄された可能性もある」
「最先端の軍事技術開発となりゃ、秘密主義も当たり前か」
 ハンカチに包まれた万年筆の残骸を前に、深く溜め息を吐くクリケット。
 すると初老の研究員は、急に思い出したかのように、
「事故発生当時のラズビルナムへ、入ったことがあるかも知れない男に心当たりがある」
「誰ですか」
 クリケットが身を乗り出す。研究員は目を逸らして、
「あくまで『かも知れない』という話に過ぎんが、
 ある時期、帝都を離れて姿の見えなくなっていた同僚が居る。
 思い返せば、ちょうど一帯が重度汚染区域として要監視になる直前だった気もするな」
「名前は? 今、その方はどこの研究室に?」
 尋ねられると、研究員は気まずそうな顔をして、
「それが……その男は、もうここにおらんのだよ。
 奴が帰って来たすぐ後に革命が起こって、
 現院長の下、錬魔院の人事が改編された折にそのまま辞めてしまった。
 今は、錬金術師組合に籍を移している……元副長のクリューガー女史と共に」

 男の名前を訊き出すと、クリケットは研究員に礼を言って、面会を切り上げようとする。
 席を立とうとしたところで、
「クリケット。君は院長の口利きで入ったばかりの新参で、おまけに転移者。
 知らんのも無理はないが、革命当時のことには、つまらんゴシップも色々付いて回っていてね。
 院長の性分からして気にも留めないとは思うが、
 もし掘り返すつもりなら、一応は彼の機嫌に注意を払っておいたほうが良い。
 他の研究員相手にもね。象牙の塔は、とかく住人の手垢に塗れ易いものだ」


 当然の忠告だと思う。
 転移者の軍人上がりで、院長お付きの便利屋として雇われたクリケット。
 これまでは錬魔院内外の複雑な人間関係から1歩引いた立場に居られたが、
 ラズビルナム調査隊の責任者という長丁場の仕事を与えられた今、
 多少は院内での身の振りを考える必要も出てくるだろう。
(錬金術師組合とウチって、仲悪いんだってなー。
 けど、研究室によっちゃちょいちょい付き合いもある臭いし。
 それに俺は、魔導型CAMの件を除けば、最初っから野蛮人の役回りだろ?
 ああも丸投げした以上、ナサニエルは今更文句を言うまい……、
 こっちゃ、現場仕事のハンターや兵隊連中に対する責任ってもんがあるんだ)

 だが目下問題なのは、ラズビルナムの第3回調査のほうだ。
 遂に発見された、大型歪虚の存在の痕跡。
 予想される敵の形態は、体長5メートル以上、2足歩行、大型動物様。
(熊みたいなものか?)
 鋭い爪を持ち、恐らくは高い物理的攻撃力を保持している。
(これまで外に出てこなかったのは、森の中に充分な餌場――
 歪虚にとっちゃ、つまりマテリアルの湧出点を確保していたからだ。
 移動の痕跡があったってこた、餌場はひとつじゃないのかも。縄張りを巡回している?
 あまり深く追う時間はなかったが、木の倒れていた方向からして、
 森の中心部を囲うような円形の巡回路、を持っている可能性。
 避けるか、追い込んで狩るか……どちらを取るかはハンターの戦力次第だな)

 第3回調査の下準備に訪れた駐屯基地では、
 今日もハンター提案の設備改良が急ピッチで進んでいた。
 しかし基地の規模、予算、そして常駐人数からして、そろそろ拡張工事も限界だろう。
 これまでに新設・増築した設備は主に、
 司令部、医務室、検査室、資料室、訓練室、厩舎、各種物資の倉庫に、便所、浴室、焼却炉等。
 基地の周囲には物見櫓と2重柵、そして壕。
 少し離れて、土嚢や簡易の柵で囲われた前線橋頭堡が2箇所。
 基地側の壕と一部繋げるようにして、橋頭堡との連絡路と撤退路を掘削。
 撤退路周辺には、余剰物資の一部を非常用として埋設した。
 敷地の僅かな空きを使って、新しい水濾過用のプールと、食料・飲料専用の密閉貯蔵庫も試作される。
 上手くいけば、基地の自活能力を更に向上できるだろう。

 残るは人間側の準備だ。
 砲兵上がりの数人が音頭を取って、ハンター考案の手投げ爆弾及び投擲装置の組み立てと使用法を訓練中。
 施設の防衛作戦や、撤退手順の作成と周知も進む。
 それら訓練と哨戒任務の合間に、設備の増築と維持管理、
 調理係の兵士たちは食堂のメニュー改善と保存食の新開発まで引き受け、誰も彼もが大忙しだ。
 ついでに基地内で、犬2頭とカナリア1羽の飼育も始まった。
 動物特有の知覚でもって、敵の接近や空気汚染を知らせてくれる筈だった。

(俺とハンターたちも、相応の準備を固めとかないと)
 これまで調査隊へ参加したハンターは皆、すべからく有能だったが、
 能力以上にその意欲をこそ買いたい者もいる。彼らが抱える強い探求心、好奇心、使命感――
(俺に何かあったとき、基地の連中以外にも事情を知ってて、諸々引き受けられる奴が欲しいな。
 そう、俺がくたばったときとか……首が飛んだときとかの為に)

リプレイ本文


「話は聞かせてもらったよ。人類は……滅亡する!」
 出発前、初対面の水流崎トミヲ(ka4852)から投げられた言葉に、クリケットは目を丸くする。
「どういうことだ?」
「ごめんごめん、冗談です。いやね、前回の報告書と、参加者に聞いた話で思いついたことがあって」

(剣魔)
 真田 天斗(ka0014)は斥候として隊を先導しながら、トミヲの仮説を思い返す。
『君とオルベールくんの言うように、発光体の使う念力が剣魔のそれと似ている……、
 あるいは同一物だとしたら』
 天斗は地図片手に、前回行き当たった雑魔の群れやBOを避けつつ進むルートを選択、茂みをかき分けていく。
 すぐ後ろでリリティア・オルベール(ka3054)が左右を警戒し、今のところ危険は回避できている。
(リリティアさんはまだ確信がないようですが、
 私はあれが、剣魔の原型か何かだったのでは、という気もします)

 勘が当たっていたとして、ラズビルナムと剣魔に果たして何の関わりがあるのか――
『分からない。けど、奴は四霊剣とかいって大物らしいじゃないの。
 もし関係あるなら、この汚染の根源だとか……旧錬魔院の秘密、そういう大事とも絡んでる筈だ。
 剣魔は正のマテリアルを集めて回ってるそうだし、BOの原因になるマテリアルの湧出も、
 奴が集めたものが漏れ出してる、と言ったら説明がつくんじゃない?
 あくまで仮説、何も言い切れはしないけどね』

 思いがけないところで出くわした、剣魔クリピクロウズの名前。
(最後に戦ったとき、剣魔は短伝話を通じて何か言葉を発しようとしたらしい。
 その謎が、ここで解ければ良いのですが)
 期待しつつも、今は目の前の任務に集中する。
 天斗はロケットナックルを嵌めた手でハンドサインを投げつつ、森の奥へ、奥へと隊を進めた。


 仮説の提唱者・トミヲは隊列中央で、足場の悪い道行に散々汗をかかされていた。
「森林浴どころか、行軍訓練みたいだ」
「ご無理はせずに、もし体調が悪いようでしたら私が診ますから」
 今回、調査隊唯一の聖導士である来未 結(ka4610)が言う。
「治癒の法術も、色々準備してきました。無事な帰還が最優先ですよ!」
「来未さんは優しいなぁ。嗚呼、過ぎ去りし青春の日々、初恋のあの人を思い出す……、
 ま、結局は灰色の青春で終わっちゃったけどね!」
「?」

「魔法公害か……酷いモンだな」
 隊列後方、パープル(ka1067)が赤茶けた木々を見上げて呟いた。
 連れていたメットクイ種の猫も元気がなく、飼い主の後ろを恐る恐るついてくる。
 リュカ(ka3828)が周囲を見渡して、
「訪れる度、この有様には少なからずショックを受ける。
 だが、全く死に絶えた森という訳でもない。私は希望を持ってるよ」
 そう言うリュカだったが、生い茂った下草たち、
(彼らを永らえさせているのが、水流崎の仮説のように、
 剣魔のもたらすマテリアルだとしたら皮肉なことだ。果たして、真偽は……)
 マスク姿のジークリンデ(ka4778)が先を歩く。隊の後衛にはもう4人、
 ミューレ(ka4567)とフワ ハヤテ(ka0004)、クリケット、最後尾は、
(探検は、ガキの頃から大好きだ。何回やってもワクワクするぜ。
 しかも今度は大物の気配、腕が鳴るってもんだ!)
 ボルディア・コンフラムス(ka0796)が引き受けた。

 ミューレは抱えていた観測機を覗き込みつつ、クリケットに小声で話しかける。
「隊長補佐の件」
「立候補してもらえて助かるよ、君なら不足はない」
「リュカのことも推薦したいんだけど」
 クリケットはリュカのほうを見て、頭を掻き、
「俺としても是非、とは考えてるんだが。こっちの都合ばかりで君らを拘束したくもない。
 本人から立候補があれば改めて、ってことで」
「そっか……」

「ミューレ、体調はどうだい?」
 近場の植物や土を採取しつつ、尋ねるハヤテ。ミューレははにかみながら、
「今のところは何も。前回、迷惑かけちゃったからね。気をつけてはいるけど」
「参加回数のかさんできたところに、汚染の悪化するだろう奥地。
 お互い、少々身体が心配だな?」
 クリケットを振り返りつつ、ハヤテは肩をすぼめる。
「それやこれやで、隊長補佐はお断りさせてもらった。
 こう見えても病弱でね。自己管理の為にも、マイペースは保っていきたい」
「気にするな。余計な重荷、背負わせるようでこっちも悪いからな」

 重荷。隊長補佐としての責任。
 ミューレはふと顔を上げて、先を歩く結の背中を見つめた。
(彼女の為にも、いや、彼女がいるお蔭で僕も頑張れると思おう。
 必ず全員生きて帰る。例え、どんな強敵が現れても)


 前回発見された大型歪虚の痕跡を遠目に、迂回する。
 これより先は未知の領域。早速、
「まずは雑魚か。数は多いようだが」
 前衛、ウィンス・デイランダール(ka0039)が天斗のハンドサインを確認した。
 斥候ふたりは後退してウィンス、クリスティン・ガフ(ka1090)、エリセル・ゼノル・グールドーラ(ka2087)、
 RED(ka4834)、ガーレッド・ロアー(ka4994)ら前衛と合流、戦闘態勢に入る。エリセルが、
「大型の縄張りって言っても、他もうろちょろしてるんですねぇ」

「やっと出番か。俺様ちゃん大活躍の巻ってか?」
「俺も、この世界じゃ初仕事だ。いっちょ、気合入れていこうか」
 意気込む疾影士のREDと、自称・別次元からの渡来者ガーレッド。どちらもハンターとしてはまだ駆け出し、
「くれぐれも無茶はするな。
 形勢が危うくなったとて、おいそれと逃げられる場所ではないぞ」
 クリスティンがふたりに言って、自分も斬魔刀を肩に担ぐなり、
 一番槍のウィンスが金属体毛のコボルド2体にぶつかった。
「接近戦で倒すと、針が飛び散って危ないですぅ」
 エリセルが注意を促せば、隊の後方からジークリンデの魔法の矢が飛び、1体を跳躍の寸前で撃ち落とす。
 もう1体が地面を低く這うように走り、REDの前へ飛び込んできた。
 荒れ狂うコボルドの鉤爪を剣で受け止めるが、
(これが、歪虚の力!)
 猛攻を防ぎ切れず、腕に深い傷を作られてしまう。
 REDが下がるなり、ミューレのアースバレットがコボルドを仕留めた。

 ウィンスがミラージュグレイブを繰り出し、続いて現れた大蛇の群れを抑え込む。
 クリスティンは摺り足で群れの横に回って一閃、得物の長大な刀身で薙ぎ払ってみせた。
 それでもなお、新手の雑魔が森の奥より次々と押し寄せる。
 殺到する敵を、ウィンスの槍捌きがどうにか抑えるが、
(前に、APVのタングラムと訪れた錬魔院の旧施設。あれの強化版ってとこだな)
 こんな場所が、帝国のあちこちに今も隠されているのだろうか?
(森の秘密も、謎も、興味はないが……あの時の宣言は、まだ忘れちゃいない)


「ハンターの仕事って毎度こうなのか? 派手だねぇ」
 結から手当てを受けながら、REDが言った。
「例の大物の前から、盛り沢山じゃねーか」
「そういうところだ、ここは」
 クリスティンが答えると、エリセルは、
「でも、今まで以上に敵が多いようなぁ。こちらが大勢な分、気づかれ易いのかもですぅ」

 懸念が当たったか、調査再開後いきなり、次の雑魔とかち合ってしまった。
 今度はコボルド、カラスと小型昆虫の群れ、そして浮遊する雷球。
(問題の、紫の発光体は見えませんね)
 後衛のジークリンデが杖を掲げる。
 彼女の足下は、進入ルート中に出し抜けに現れた石畳。
 道は下草に覆われ途切れ途切れながらも、確かに森の中心部へと続いていた。
(ようやく見つけた人工物。旧錬魔院施設は近い)
 先程は、更に回復魔法のBOを発見。深部に眠る実験施設捜索の、条件は整った。
(なればこそ、足止めを食う訳には……!)
 杖から放たれた火球が、飛来するカラスと雷球を撃墜した。

 一方、前衛のREDは雑魔化コボルドの群れと打ち合う。
「新米だからって、やられっぱなしで溜まるかよ、俺様ちゃん!」
 REDが切りつけた敵が後退りするのを、ガーレッドが背後から仕留めた。と、
「後ろだ!」
 REDが叫ぶ。落ち葉の山に隠れていた巨大な粘菌様の雑魔が、彼の踵まで這い進んでいた。
 ガーレッドがすかさずヒートソードを振るうと、
 赤熱した刀身に切り裂かれた粘菌は、じわじわと身体を縮ませながら逃げていく。

「皆さん結構大変そうですが……あ、あなたは行かなくても良いのでしょうか」
 魔法による援護射撃をしながら、トミヲがボルディアへ尋ねた。
 彼女は戦斧を担いで身を屈めつつ、後衛の傍で戦闘を見守るばかり。
「控えなんだ、俺は。何せ今回は――」
 パープルの連れていた猫が突然毛を逆立て、唸り声を上げる。ボルディアはにんまり笑って立ち上がり、
「――な?」


(回避は、失敗しましたか)
 ジークリンデが、ファイアーボールで昆虫の大群をまとめて焼き払う。
(できるだけ障害物の多い道を選べば……と思いましたが、この分では)
 雑魔にかまけている場合ではない。まだ音も、匂いもしないが、
 何か強烈で異様な気配が真っ直ぐに近づいてきていて、覚醒者たちを一斉に振り向かせた。
 ミューレが観測機を睨む。真空管の中に眩い光点が現れると、
「7時方向」
「7時方向、敵接近中!」
 パープルの号令で、戦闘を終えたばかりのハンターたちが慌ただしく隊列を組み直す。
「森は、俺にとっちゃ家も同然と思ってたが。こういうのはぞっとしないね」
「仕方ない。今、この森は奴らの領土なんだ。
 気づかれているようなら、距離的にも、1度迎撃するより他なさそうだね」
 パープルとリュカも弓に矢をつがえ、敵を待ち受ける。

「いざとなったら、私が殿を務めます」
 リリティアが言いつつ、斬龍刀を構えてみせた。
 クリスティンの斬魔刀に比べれば小振りだが、
 それでも巨大な、覚醒者でなければまともに扱えそうにない武器だった。
「逃げるよりは、いっそ倒してしまいそうな装備ですね」
 天斗が苦笑すると、リリティアは、
「だって、向こうはやる気ですよ? そんな気がします」
「下手に逃げて尻に食いつかれるより、戦ったほうが良いだろーな」
 REDも言うが、彼女の腕の傷は結の法術でも塞がり切らず、血が滲んでいた。

 大木を引き裂き、薙ぎ倒す凄まじい騒音に、結の表情は硬くなる。
 敵は、一直線にこちらへ突き進んでいる。
 未だ見えぬ敵の威圧感に呑まれそうになりながら、それでも、
(絶対に皆で帰る。そうですよね、ミューレさん)


 大型歪虚の正体は、コボルドだった。
 体長5メートル以上、禿げかかった黒い体毛の下は爛れ、緑がかった皮膚をしていて、
 出鱈目な生え方をした牙のせいで顎を閉じることができず、
 眼球は昆虫のような複眼に置き換わっていたが、原型は確かにコボルドだ。
「予感はしてましたぁ。
 侵入も多いし、巣穴を掘って暮らしたりする分、土の汚染に強く影響されるんでしょうかねぇ」
 エリセルが言うと、
「コボルド1匹、こんな化け物に変えちまう程の汚染ね。
 つくづくひでぇ国に生まれたもんだが――それはそれで」
 こちらへ突進を始めた怪物の姿に、ウィンスは構えたグレイブの穂先を重ねる。
「上等だ」

 隊の射手と魔術師が一斉射撃を開始、
 まずはパープルとリュカの放った矢が、歪虚の頬や胸に突き刺さる。しかし、
(奴さんのデカさからすりゃ、楊枝で突いたくらいのモンだ)
 トミヲのかまいたち、ミューレの石つぶて、ハヤテの水弾にジークリンデの魔法の矢、
 それぞれ枯れ木の合間を縫って歪虚へと飛ぶが、
「あの巨体で、避けてみせますか」
 ジークリンデが驚く。歪虚は横跳びして木立を薙ぎ倒しながら、魔法の半分をかわしてしまった。

 前衛から、天斗とリリティアが飛び出した。
 ふたりは疾影士の脚力を生かし、歪虚の体当たりで傾いた木々を駆け上がる。
 天斗がロケットナックルを発射、気を惹いたところで、
(どんな生き物……? であれ、頭部は弱点でしょう!)
 リリティアが歪虚の肩へ乗り移り、不安定な足場にも関わらず、斬龍刀を自在に振るう。
 狙いは頭部。初撃が大きな耳を削ぎ落す――そこで振り落された。
 着地後素早く転がって隙を殺すと、すぐさま手近な木に隠れる。
 狙いを外れた歪虚の爪が、巨木の幹を砕いて木片を散らした。
(物凄い腕力……だけど、
 これまで戦った敵に比べて、特別恐ろしくもない。戦える!)

 歪虚がリリティアを見失ったところで、クリスティンとウィンスが連携して仕掛けた。
 ウィンスが敵の片脚へグレイブを叩き込めば、もう一方の脚を、クリスティンが斬魔刀で切りつける。
 歪虚は構わず突進を再開、
 足下のクリスティンを蹴飛ばすと、そのまま勢いをつけて、残る前衛へ襲いかかった。
 思いがけず機敏な敵の動作に逃げ遅れ、REDとエリセルが横殴りにされる。
「超ヒートヨーヨー!」
 叫ぶガーレッド。射出装置つきの盾・ソーサーシールドに剣を括りつけ飛ばすが、
 生体ではあり得ない程に硬く引き締まった敵の筋肉に、弾かれてしまう。
(今の俺の力では、仕留めることはできない。それでも、少しの隙ぐらい作れれば)

「救護を!」
 中衛から走り出る結。
 後衛からもボルディアとパープルが続き、倒れたまま身動きしないREDとエリセルを助けに向かった。
「こっち向け、こんにゃろう!」
 トミヲの放った炎の矢が歪虚の顔面に命中する。しかし、
「中々しぶといね。流石、このような場所を縄張りとするだけある」
 ハヤテ、そしてミューレとジークリンデも魔法を撃ち続けるが、敵は一向に怯む様子がない。
(本当は、今すぐ退くべきじゃないか?)
 クリケットの、拳銃を握った腕が小刻みに震え出すのを、ハヤテが横目に見咎め、
(怯えてるのかい? この先、もっと凄まじいモノを見る筈だろう?
 そいつを期待してるからこそ、ボクはこの調査に加わってるんだけどな)


 REDとエリセルは一命こそ取り留めたものの、歪虚の臂力をまともに食らって、複数個所を骨折。
 気絶しており、自己治癒能力も十全に働いていないように見えた。
「俺たちで担ぐ。治療を急いでくれ」
 ガーレッドが、結の法術を施され、意識の戻ったエリセルを担ぎ上げる。
 すぐ後ろでは、ボルディアを加えた前衛たちが、歪虚と大立ち回りの最中だ。
 敵は獣じみた外見ながら、吠えも唸りもせず、黙々とハンターに対する攻撃を続けている。
「別の世界では、汚染の影響で遺伝子が突然変異し巨大化、狂暴化した生物がいた」
「地球の、お話ですかぁ……」
 ガーレッドの背に身を預けたまま、エリセルがか細い声で言う。
「生憎、また別の世界の話さ。大抵は人間が何かやらかしてるんだ。
 歪虚はまた別なのかも知れないが。似てるんだよな、現象としては」
 ぶつぶつ喋りつつ、エリセルを背負ったガーレッドは後方へ逃げていく。
 彼らの撤退を助けるように、ウィンスがマテリアルを込めた1撃を歪虚の腿に深々と突き立てた。
 反撃で転がされるも、着込んでいたオイマト族の頑丈な騎兵鎧が、致命傷から守ってくれた。

 疾影士ふたりと弾幕が敵を攪乱する間に、
 ウィンス、クリスティン、ボルディアが重い打撃を差し込む展開となったが、
 どれだけ傷をつけても動きの衰えない歪虚に対して、ハンターの疲労は募っていく。
 そして一瞬の油断――天斗が敵に接近し過ぎた。
 足下を薙ぎ払った敵の腕が、斜め後方の天斗にまで届く。殴り倒され、
(様子見の筈が、止むを得ずとは言え深入りし始めてしまったようですね)
 すぐに身を起こして攻撃範囲から逃れようとしたところへ、叩きつけるような拳の三連撃。
 かわし損ねた最後の1発を右肩に受け、何かが折れる音がした。
「くぁっ……!」
 駄目押しの追撃。寸前で、割り込んだボルディアが戦斧を振り回す。
 覚醒状態下で伸びた牙を剥き、笑みに似た表情を浮かべて、歪虚と正面から打ち合うボルディア。
 大鎌にも似た敵の鉤爪を、斧の柄で受け、刃で打ち落とし、
 激しい打撃戦の合間にも、関節部を狙って確実に傷をつけていった。
 天斗が撤退した直後、彼女も弾き飛ばされてしまうが、
「へっ、まだまだぁ!」
 平然と起き上がり、再び歪虚へ向かっていく。

(まだだ、まだ足りん)
 クリスティンの斬撃は歪虚の身体深くへ食い込むも、手足を切り落とすには至らない。それでも、
(刀は柔らかく握り扱い、斬る瞬間だけ手拭を絞るよう手首を反らしつつ強く握り締め固定、
 刃の向きと斬り進む方向を可能な限り合致させ――)
 1回1回を初太刀のつもりで、全力でぶつけていく。
(好機ッ)
 自身を狙って迫り来る、大木のような腕を斬魔刀で迎え入れた。
 これまでで最高の手応え。同時に、凄まじい衝撃が彼女を襲う。
「不死身じゃあるまいしっ」
 樹上から飛び降りたリリティアが、斬龍刀で歪虚の脳天を叩き割った。
 敵の頭部に乗ったまま、更に1撃を加えて離脱。
 もう1度、木を駆け上がって頭上からの攻撃を試みるが、
(憶えられた!?)
 空中で迎撃された。地面へ叩きつけられながらも、ぎりぎりで受け身を取る。


 戦闘不能者3名、撤退を決断する寸前だった。しかしクリケットが見た限り、
(仕留められるんじゃないか――と思う)
 汗ばんだ顔を拭い、前衛たちの戦いを見守る。
 敵は苦痛を示す仕草ひとつしないが、
 右腕はクリスティンに骨半ばまで切り込まれ、辛うじてぶら下がっているだけ。
 脚はウィンス、上半身はリリティアの攻撃と、魔法や弓の弾幕で相当に傷ついている。
(デカブツ相手にCAMもなしで、ハンターって奴は……)

「先に……!」
 REDを背負って走るパープルに続こうとした矢先、結は敵の突進に巻き込まれる。
「結!」
 ミューレが叫ぶも、彼は攻撃用の魔法を使い果たしてしまっていた。そこへ、
「慌てちゃ駄目だよ、隊長補佐」
「援護します、合わせて下さい!」
 ハヤテとジークリンデが、呼吸を合わせて魔法を撃つ。
 トミヲと、リュカの矢もこれに加わり、集中攻撃が歪虚の鳩尾を抉った。
 身体中に大きな創傷を作られた敵は、遂に動きを鈍らせ始める。
 これまでハンター3人を退けた拳も、ボルディアの戦斧が全て受け切った。
(いける。こいつぁ、ここで殺れるぜ!)


 ハンターたちの渾身の攻撃が、1体の歪虚に集中する。
 誰もが全身全霊を傾けて敵に当たる内、
 どれが止めになったかも分からないまま唐突に、歪虚は前のめりに倒れた。
 敵が完全に力尽きたことを確認、周囲の安全が確保されるなり、
 皆、張りつめていた緊張の糸が切れ、どっと疲れが押し寄せてくる。
「例のBOまで後退。重傷者を回復させた後、区域からの脱出を開始。それでどうかな?」
 リュカが言うと、クリケットとミューレも頷く。
 重傷者3名、前衛を主として負傷者が多数。
 予定の調査時間にはまだ余裕があるが、続行はリスクが大き過ぎた。トミヲが、
「もう少しってところで、悔しい気もするけどね」

「それでも、無理は禁物! 生き残りさえすれば、また次があるんですから」
 仲間と自身の応急手当を終え、結が見つめる先、石畳の搬入路上は、
 歪虚が木を粗方薙ぎ倒したお蔭で、大分視界が開けていた。
 ここからでも見える、大きな木造の廃墟。倉庫か何かのようだ。

「タングラムだ」
 ウィンスがクリケットに言う。以前、別の錬魔院施設跡を共に探索したことがあり、
「1年前、確かに言っていた。自分が事故の事後処理をした、と。
 場所は違えど、何か分かるかも知れないし……挨拶しといて無駄な相手でもないだろ」
「憶えとくよ」
 大型歪虚の脅威を退け、次回以降、とうとう施設跡の探索が始まる。
 現地調査以外でも、当時の錬魔院に関する情報が欲しい。これまで以上に――
(毎度、こいつらに無茶を頼むばかりじゃな)

依頼結果

依頼成功度大成功
面白かった! 12
ポイントがありませんので、拍手できません

現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!

MVP一覧

  • 魂の反逆
    ウィンス・デイランダールka0039
  • 天に届く刃
    クリスティン・ガフka1090
  • The Fragarach
    リリティア・オルベールka3054
  • そよ風に包まれて
    来未 結ka4610

  • ジークリンデka4778

重体一覧

  • Pクレープ店員
    真田 天斗ka0014
  • 珍品ハンター
    エリセル・ゼノル・グールドーラka2087

  • REDka4834

参加者一覧

  • THE "MAGE"
    フワ ハヤテ(ka0004
    エルフ|26才|男性|魔術師
  • Pクレープ店員
    真田 天斗(ka0014
    人間(蒼)|20才|男性|疾影士
  • 魂の反逆
    ウィンス・デイランダール(ka0039
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムス(ka0796
    人間(紅)|23才|女性|霊闘士
  • 紫色の狩人
    パープル(ka1067
    人間(蒼)|30才|男性|闘狩人
  • 天に届く刃
    クリスティン・ガフ(ka1090
    人間(紅)|19才|女性|闘狩人
  • 珍品ハンター
    エリセル・ゼノル・グールドーラ(ka2087
    人間(紅)|22才|女性|疾影士
  • The Fragarach
    リリティア・オルベール(ka3054
    人間(蒼)|19才|女性|疾影士
  • 不撓の森人
    リュカ(ka3828
    エルフ|27才|女性|霊闘士
  • 共に紡ぐ人を包む風
    ミューレ(ka4567
    エルフ|50才|男性|魔術師
  • そよ風に包まれて
    来未 結(ka4610
    人間(蒼)|14才|女性|聖導士

  • ジークリンデ(ka4778
    エルフ|20才|女性|魔術師

  • RED(ka4834
    人間(紅)|18才|女性|疾影士
  • DTよ永遠に
    水流崎トミヲ(ka4852
    人間(蒼)|27才|男性|魔術師
  • (自称)別次元の戦士
    ガーレッド・ロアー(ka4994
    人間(蒼)|28才|男性|機導師

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
ボルディア・コンフラムス(ka0796
人間(クリムゾンウェスト)|23才|女性|霊闘士(ベルセルク)
最終発言
2015/06/16 01:04:04
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/06/15 03:20:41
アイコン 質問卓です
真田 天斗(ka0014
人間(リアルブルー)|20才|男性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2015/06/16 01:01:18