• 東征

【東征】竜狼の拳 ~前門鉄拳~

マスター:稲田和夫

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
4~15人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2015/06/18 12:00
完成日
2015/07/08 20:29

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 東方諸島。
 エトファリカに点在する龍脈の中でも、特に重要とされている、天ノ都の東の海上に浮かぶ島々。
 その一つでは、島の中心に立つ、龍脈を守護する神殿でもある城の城門の周辺で両軍が一進一退の攻防を続けていた。
 先刻ハンターたちの一隊が憤怒の群れを掻い潜り城内への侵入を果たしている。しかし、それと同時に突如島の上空に襲来した竜の背から飛び降りた歪虚と思しき人影もまた、城へと降り立っていた。
 かくして、突入した仲間を支援しようとするハンターたちとそれを阻止しようとする憤怒の軍勢がぶつかり合う一方、島の近くに投錨したエトファリカの船には、移動手段である船を攻撃してハンターたちの撹乱を狙う飛行能力を持った憤怒の歪虚が猛攻を仕掛けていた。
「新手だ!」
 西方のハンターがそう叫んだ瞬間、空を見上げた人々の視線はその歪虚の影に釘付けとなる。
 陽光を反射して煌めく羽毛。神秘的な幾何学模様にも見える翼。それは、相手が歪虚であることを一瞬人々に忘れさせるかのような美しさであった。
「美しいのう……まるで、昔お祖父様から寝物語に聞かされた鳳凰のようじゃ……」
 降下して来た歪虚を切り伏せた、舞刀士の少年が呟く。
 それを耳にしたあなたが、聞き返すと少年は首を傾げる。
「なんじゃ、西方には鳳凰の伝説は伝わっておらぬのか? そちらでは「ふえにくす」とか「がるーだ」とか言う名で知られておるようじゃが」
 ハンターが何か答えようとした時、人々の嘆息は悲鳴に変わった。
 そう、高度を下げた「鳳凰」がその真の姿を露わにしたからだ。
 確かに、その羽の輝きと美しさは本物だ。
 だが、その歪虚は本来鳥の頭がついている筈の所に、人間の上半身を備えていたのだ。
 何よりも嫌悪感を催すのは、憤怒らしく様々な生物が規則的に融合したその邪悪な容貌にもかかわらず、明らかにその中心となったのが人間の女性であると解ることであった。
「……! おのれ! 貴様がこの島の歪虚共の首領として悪名高い『姑獲鳥(コカクチョウ)』であったか!」
 少年は歯噛みし、再度刀を構え直す。同時に、ハンターたちはその歪虚に集中砲火を浴びせた。


「あぅっ!」
「若っ!」
 姑獲鳥に弾き飛ばされた少年を見て、付き人の男性が悲鳴を上げた。
 咄嗟に符術での援護を試みるが、姑獲鳥は容赦なく爪を振り上げる。
「……!」
 迫る死の恐怖に、少年の幼い顔が恐怖に歪む。
 しかし、次の瞬間姑獲鳥の動きが止まる。
「……?」
 恐る恐る目を開けた少年、そして少年を助けようとした者たちが同時にそれを見た。
 振り降ろそうとした爪をぶるぶるとふるわせたまま硬直した姑獲鳥瞳の無い両目から、血の涙が流れるのを。
 そして、姑獲鳥は悲憤に満ちた甲高い声で言葉にならぬ絶叫を上げた。
「……勝機!」
 少年は隙だらけの相手に、刃を一閃。姑獲鳥の叫びが苦痛に満ちたものに変わる。
「儂とて、末席とはいえ四十八門……父祖より受け継がれし奥義、その身に受けよ!」
 咄嗟に太刀にマテリアルを集中させる少年。しかし、その直後凄まじい衝撃が船を襲い、甲板が大きく揺れる。
「若! お手を!」
 付き人が慌ててバランスを崩した少年をしっかりと掴む。
 その隙に体勢を立て直した姑獲鳥は素早く空中へと飛翔し、替わりに配下の歪虚を甲板へと降下させた。


「上々だ」
 たった今、船を揺るがす一撃を放った暴食の歪虚、災厄の十三魔が一人アイゼンハンダー(kz0109)は満足げに呟く。
「軍医殿の新型ロタネブ……今の一撃の衝撃に耐えるのであれば、水上戦闘用の足場としては十分だろう」
 少女は今、機械で全身を強化されたイルカのゾンビに乗って海面を疾走していた。
『笑止。あそこまで加減して撃ったのだから当然ではないか』
 義手が嘲笑う。
「緊急時の脱出手段としては充分だよ。万が一革命軍が龍脈とかいう新兵器の起動に成功したら、即座に島を退避しないといけないんだよね?」
『アレは少々厄介なのでな。もっとも『希望』とやらの蹂躙を許した不甲斐無い者共がどこまでやれるか』
 退屈そうに呟く義手。その言葉に少し表情を曇らせたアイゼンハンダーが、ふと上空を見上げると丁度、姑獲鳥と目が合った。
「先程の不覚、敢えて追及はすまい。だが、戦場では常に「現在」だけを見ることだ。でなければ……死ぬぞ」
 アイゼンハンダーそう言い放つと、ロタネブ型の速度を上げ島へと一直線に向かって行く。
 一方、姑獲鳥はじっとアイゼンハンダーの姿が見えなくなるのを見送っていたが、やがてしゃがれた声でぽつりと呟いた。
「……やっと……見つけた…私の……」


 再度島に上陸したアイゼンハンダーは、ロタネブ型に船への攻撃を命じると、自身はここまで彼女ともう一体の暴食を運んだ量産型リンドヴルムに乗って敵の頭上を跳び越え。瞬く間に城の正門に陣取った。
 ハンターたちが龍脈を解放して無事天ノ都に帰還するためには、最早アイゼンハンダーとの戦いは避けられなかった。

リプレイ本文

「ふむ。あれがアイゼンハンダーかね。はじめて見るね」
 久我・御言(ka4137)がそう呟いた。
「他のハンターにも、彼女に煮え湯を飲まされた者は多いようだ。感情は人に力をもたらす。その一方で近視的にもなりがちなのだが……さて」
 久我が炎を纏った弾丸が次々と放つ。
 その弾丸が己と、量産型リンドヴルムの間を分断する様に掃射した時、アイゼンハンダーは舌打ちした。
「各個撃破をのつもりか? なら、相手をしてやるぞ、叛徒共!」
 その彼女の前にまず、ヒース・R・ウォーカー(ka0145)が立ち塞がった。
「何だ、貴様。何故抜刀せず敵兵の前に立つ!」
「……これは挨拶さぁ。『所属』を名乗らせて貰うよぉ。【宵闇の雨】、ヒース・R・ウォーカー。お前たちの名前も聞かせてくれるかなぁ? 通り名ではなく本当の名前を」
「現在の私はナイトハルト師団所属オルクス兵長指揮下の一兵卒『アイゼンハンダー』! それ以外何者でもない!」
 臨戦態勢を取るアイゼンハンダーにヒースは肩を竦める。
「残念だねぇ。じゃあ、挨拶はここまで……さぁ、一緒に踊ろうかぁ」
 引き抜かれた白刃が陽光を反射した瞬間、ヒースの姿が掻き消える。
 直後、鈍い金属音が響き、火花が飛び散った。
 超高速で撃ち込んだヒースの刃が、それに反応したアイゼンハンダーの『義手』によってく弾かれたのである。
「やはり、そう簡単にはいかないかぁ」
 義手に打ち込んだ際の字微レに耐えつつ一旦距離を取るヒース。
 それを追おうとするアイゼンハンダーの眼前に、今度はフランシスカ(ka3590)が立ち塞がった。
「……お久しぶりです」
「貴様、やはり生き延びたか」
「……貴女も息災なようで。過日に至っては、存分に『希望の地』を破壊できてさぞ気分が良かったことでしょう」
 アイゼンハンダーの顔色がさっと変わる。それでも彼女は、振るわれた斧を義手で受け止めた。
「何を、何を当然の事を! あれこそ大戦果!  貴様の皮肉など耳を貸すにも値しないッ」
「……ああ、見え透いた挑発はお気に召さないようですね」
 無表情に言い放つフランシスカ。その身体はアイゼンハンダーの剛力によって徐々に押されつつあった。
 しかし、この時ヒースが再び仕掛けた。
「その古傷、誰につけられたものか知らないがぁ……利用させて貰うよぉ!」
 それは死角と思しき方向――少女の眼帯に覆われた方向からの一撃であった。


「死者の冒涜野郎の次は死人かよ、世も末だな……」
 伊勢 渚(ka2038)は仲間と激しく戦う少女を一瞥して呟く。
 とはいえ、今は任務が優先。渚は、傍らの岩井崎 旭(ka0234)に頷いて見せ――彼が駆け出したのを確認すると朽ちた城門の前から動かないリンドヴルムに向かって水中用アサルトライフルを連射し始めた。
「さて、トカゲ野郎。お前をまず何とかせにゃならん。さっさとやられて俺に一服させてくれ」
 放たれた弾丸が、朽ちた身体を補強する金属装甲に弾かれた瞬間、竜は濁った眼球で渚を見ると、猛然とガトリングの掃射を開始。
 竜の弾幕の密度は凄まじく、渚の周囲の地面から土埃や小石が弾け舞い上がる。
しかし、鉄の雨が渚の身体に降り注ぐことは無く、代りに深緑色の無骨な鉄の盾が弾丸を弾く音が戦場に響いた。
「防御は任せてください」
 白神 霧華(ka0915)は盾を構えたまま、渚の方を振り向いて微笑んだ。
 一方、旭はミミズクの如き姿に覚醒し、地面を飛ぶような速度でリンドヴルムに接近する。弾幕の密度の薄い方向から接近し、一気に斬りつけるつもりだ。
「警戒せよ! 右前方35度!」
 しかし、アイゼンハンダーの檄が飛んだ瞬間、即座にもう一丁のガトリングが旭の方へ向けられた。
「ちぃっ、厄介だな! その射撃は!」
 歯噛みする旭。
 進行方向を弾丸の雨に遮られた旭は迂回を余儀なくされ、リンドヴルムから離れざるをえない。
 そこで、白神と渚はこの状況を打開すべくツーマンセルを組み、盾を構えた白神が背後の渚を庇う形で、じりじりとリンドヴルムの方へ接近していく。
 当初は旭と渚、白神に均等に注意を向けていた竜も、白神が距離を縮めるにつれ、徐々にそちらに気を取られ始め――遂にチャンスが訪れた。
 リンドヴルムがガトリングを二丁とも、白神の盾に向けたのだ。
「勝負を掛けさせて貰うぜ!」
 旭はガトリングの範囲外まで大きく迂回すると、そこから一気に加速する。
 再び飛ぶアイゼンハンダーの警告。
 その時には、既に旭は敵のすぐ近くにまで迫っていた。
「……クソ!」
 だが、旭の動きが一瞬止まってしまう。
 それは、リンドヴルム自体に攻撃を当てることは容易くとも、そのガトリングをピンポイントで狙うには位置と角度が悪かったからだ。
 この僅かな隙が仇となり。リンドヴルムのしっぽに装着された剣が旭に叩きつけられた。
「このぉ……!」
 巨大な斧を武器としていた事が幸いして、旭はギリギリでこの攻撃を受け止め、致命傷は避けた。だが、その身体は大きく吹き飛ばされる。
「伊達に『剣機』は名乗ってねえか……!」
 渚は、竜の意識が朝日に集中したこの隙にとライフルを連射する。
 しかし、身体に比べれば小さい銃身を正確に狙うには、間合いが遠過ぎ、弾丸は竜の身体や装甲部分に着弾するだけだ。
「相手の撤退手段を奪わないためにガトリングだけを破壊する作戦……だけど、本当にそれで良いのかしら……?」
 一方、白神は敵の弾丸を盾で防ぎながら胸に浮かんだ疑問を口にした。


 ヒースの刃が一閃し、アイゼンハンダーの黒い制服の一部を裂いた。
「過ぎ去った時は戻らない。流れた血は消えない。傷は癒えず、死したモノは蘇らない。戦いの先にあるのは屍の上に築かれる死者の国。それでもお前は戦い続けている。お前は何の為に、誰の為に戦い続ける?」
 ヒースはそう語りかけつつ、そのまま舞うような動きで連続攻撃を仕掛ける。
 威力を犠牲にし、手数と確実さに重きを置いたそれは、アイゼンハンダーの注意祖を逸らして足止めすると共に、仲間の攻撃の機会を生み出すためのものだ。
「私は軍人だ! 軍人が軍人であること以外に戦う理由など不要の筈だ!」
 声に混じっているように感じられる焦りは動揺故か、執拗に眼帯の方向から攻撃るヒースに押されている為か。
「では、あなたがかつて盾にした味方はどうでしょうか。――今でもあなたの味方ですか」
 アイゼンハンダーがフランシスカの言葉に目を見開いた瞬間、大上段から振り降ろされた二本の斧が、その義手を激しく打ち震わせる。
「今のあなたに味方してくれると思いますか。今のあなたを、彼らは仲間だと言ってくれますか……それとも。死んでいった「昔の」仲間は、もう仲間ではないのですか」
 フランシスカはそのまま相手を押し斬るかの如く、双斧に力を込めていく。
「昔の――仲間――?」
 アイゼンハンダーの濁った瞳から光が失せ、虚ろな気配がそこに宿る。
 
 ――その瞬間、彼女の脳裏に甦ったのはどれだけ時が過ぎようとも決して忘れることのないあの光景。倒れ伏す軍服姿の兵士たち。そして、自身も為す術も無く倒れたまま見つめる彼女の眼前を誇らしげに疾駆していく革命軍の威容か――

「私はあなたとは違う。この想い。この名前。願い。祈り。戦う理由は『遺志を継いだから』」
 再びフランシスカの言葉が響く。
「名前……名前だと? お前は――」
 アイゼンハンダーの瞳に再び光が戻った瞬間、フランシスカは白く輝く裂空で、義手によるガードを崩し、黒き絶地をアイゼンハンダーの脇腹に叩き込んだ。
「「……がっ!」」
 上がった呻き声は、フランシスカとアイゼンハンダー二人のもの。ほぼ同時に、アイゼンハンダーの貫手が、フランシスカの腹に深々と刺さっていたのだ。
「……私は、フランシスカ――そして、暴食は……あなたは遺志を冒涜する存在。だから私は許さない。必ずあなたを止めます。斃します」
「……出来るものか!」
「どうでしょう。でも、あのときとは違う。一人じゃない。周りに、仲間がいますから」
 微かに微笑むフランシスカ。
「どうした、そこで立ち止まってしまうのかぁ? 歩き続けるのに疲れたかぁ」
 ヒースはそう問いかけつつ、アイゼンハンダーの眼帯の方向から胴体へ向けて鋭く刺突を繰り出す。
 そして、その刃がアイゼンハンダーの身体を貫く瞬間――少女の生身の腕が、ヒースの刃を掴みとっていた。
「な……」
 驚愕して目を見開くヒース。その反応速度は明らかに死角を突いた時のそれでは無かった。
 そして、無数の斬撃によりボロボロになっていた眼帯がボロリと外れる。
 ヒースがその下で輝いていたものを見た瞬間、彼の身体は凄まじい勢いで少女の方に引き寄せられ、振り回される。
『弱卒め』
 何かに叩きつけられ、朦朧となったヒースの耳元で『義手』が嘲笑う。
『既にツィカーデは我らが眷属。脆弱なヒトの欠点など残していると思ったか? 浅知恵に踊らされて偽傷も看過出来ぬとは笑止――興が冷めたわ』
 義手がヒースを殴打。ヒースは吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられた。
 以上の光景をフランシスカは半分も認識できなかった。
 何故ならアイゼンハンダーは、ヒースを振り回した際、彼の身体でフラシンスカを大きく吹っ飛ばしていたからである。
 何とか上体を起こすフランシスカ。しかし、そこにリンドヴルムの放ったガトリングが降り注ぎ、フランシスカはがくりと両膝をついた。
 直後、アイゼンハンダーの生身の腕がフランシスカの首を掴んで無理矢理引き起こす。1
「私の……私の昔の仲間は、皆は、自由になった! もう、自由になったんだよ! その『遺志を受け継ぐ』 だと……? それこそ、死者への冒涜だ!」
 アイゼンハンダーは絞り出すように叫んだ。
「想い……願い……祈り……そんなものは、将官や民間人に任せておけば良い! 私は、私たち兵士はそんなもののためには戦わない、『今』を守るために! 『今』隣にいる仲間を守る……それだけで十分なんだよ!」
 フランシスカの喉が言葉を紡ごうと微かに動くが、アイゼンハンダーとリンドヴルムの攻撃で深手を受けている彼女にそれは叶わなかった。
「貴女はどうなの? 『フランシスカ』! その受け継いだという名で何を守ろうとしている! 何を縛り付けている!」
 アイゼンハンダーは絶叫し、義手でフランシスカを殴打する。
 その直後、閃光が戦場を覆った。


 アイゼンハンダーが感じたのは、自らの拳が何かの防御壁に阻まれ、威力を減じた事。そして眩く輝く閃光の奔流が自らの身体を焼いていく感覚だった。
「……この光、強力過ぎる……!? 革命軍の新技術か!?」

『否。儂は覚えがあるぞ。ツィカーデ。斧兵め。有象無象共が云々と大言壮語しておったが……またこれか』

 ――無茶する剛の力に少しでもなれるように祈りを捧げるぜ

 ――……一番素敵だなって思った事は……祈りが力に……助けに……、……くまさん?

 流石の義手も舌打ちして漆黒のマテリアルで黒いバリアを形成、ダメージを緩和する。
 その光景を見た米本 剛(ka0320)は泰然と呟く。
「なるほど……噂に名高い十三魔が一人、『鉄の腕』。その名に恥じぬのは火力だけでなく耐久力も……ということでしょうか。しかし、城内に突入した味方の為……此処を潰される訳にはいきませんね……気ぃ引き締めて行きましょう」
 米本の方を睨みつけるアイゼンハンダー。そこに、別方向からオキクルミ(ka1947)の拳銃弾が次々と撃ち込まれる。
「はいそこまで。横槍、入れさせて貰うよ」
 アイゼンハンダーはこれに注意を向け、フランシスカの身体を放す。
「やぁ、お久しぶり。ボクのことは覚えてるかな? ……ボクを驚き要員にしてくれた事の借りはふわっと返してもらうよ」
 そして、この隙に近づいてきた久我がフランシスカを担いでいた。
「借りだけは無く、仲間も返してもらうよ」
 アイゼンハンダーは即座に久我に向けて手刀を繰り出す。
 久我は構えていた盾で何とか受け流すと、近づいた相手の顔を覗き込んで一言。
「ほう。可愛らしいものだね」
 少女の表情が固まる。
 「なっ、なっ、ななな……? か、かわっ!?」
 死体の青白い頬が見る間に赤く染まって行く。
(歪虚になる前に会いたかったものだ……)
 死体が頬を赤らめる様子に抱いた感想を飲み込んで、久我はなおも言葉を続ける。
「このような場所でなく会いたかったものだね。お嬢さん。君にはドレスの方が似合う」
「ど、ドレスなどっ! わ、私にあんな可愛……か、華美で、動きにくくて、破廉恥な服は似合わないよっ! 私の正装は式典用の儀礼服だけだっ!」
 真っ赤になって、じたばたする。
 しかし、流石は災厄の十三魔というべきか、その体捌き自体は全く狂わない。 あるいは、動揺した事で手加減が出来なくなったのかもしれない。
(……潮時か)
 久我は冷静に判断しつつ、義手の一撃を躱すと、飛び退くのではなく敢えて敵ーの懐に飛び込んだ。
「~!?」
 まずちゅっという音が微かに響き、少し遅れて気付いた少女が、久我に攻撃しながら絶叫する。
「き、き、貴様……私の軍帽に~!?」
「残念。本当はその可愛らしいおでこにご挨拶したかったのだが……それはまたの機会にしよう」
 流石に、帽子を取ってついでに髪を?き上げて――というのには無理があったのか、久我はそこで諦め、フランシスカを抱えたままジェットブーツで離脱した。
「戦場を侮辱する破廉恥漢め! 逃がすかあ!」
 怒りも顕わに久我を追おうとするアイゼンハンダー。しかし、彼女の振るう拳を今度は米本の振るう二刀が受け止めた。
「邪魔をするな!」
 歯噛みするアイゼンハンダーの表情と雰囲気は既に凶悪な歪虚のそれであり、先程見せた年頃の少女のような初々しさは何処にもない。
「……酷いものですな」
 歪虚による遺体の弄び・記憶と意識の改竄に思いを馳せた事が、米本にそのような呟きを漏らさせたのか。
「ですが……今の貴女は我々より上位の敵戦力なのも事実。それを認識し全身全霊を以て立ち塞がりましょう」
「……それなら、貴様の全力とやらを見せて見ろ!」
「語るに及ばず。この力及ばずとも『正々堂々』と」
 それまでの仲間のように、精神面を攻めるのは性に合わぬとばかり、米本は真正面からアイゼンハンダーへと斬り掛った。
「太刀筋は良し。だが、軽いぞ!」
 しかし、アイゼンハンダーはこれを義手で防御して米本の懐に飛び込むと、高速の貫手を放つ。
「……!」
 その勢いに、致命傷を覚悟する米本。

 ――遥か遠き地まで、この想いが――!

「まただと……!?」
 米本の身体を防御するマテリアルが瞬間的に増大したのを感じ、舌打ちするアイゼンハンダー。
「ぐふっ……仲間のおかげで命を拾いましたな。しかし……」
 大きなダメージを受けながらも、何とか致命傷を免れた米本は、必死に自身を治療して体勢を立て直そうとする。
 だが、米本は先刻からヒースやフランシスカなどの援護で半分以上のマテリアルを消費しており、このままでは不利だと痛感していた。
「どいてくれ、米本殿! そいつは真っ当な敬意など払うに値しない!」
 その時、アウレール・V・ブラオラント(ka2531)が渾身の力で両手剣を振り降ろした。
 重厚な金属塊同士が激突する一際大きな金属音が島の死んだ大地を揺るがす。
「実験場で何人の民間人が死んだ!? 分かっていた筈だ、大勢の無辜の民が犠牲になることを! なのに、貴様は攻めた! 帝国人を、皇帝の臣民を殺した!」
 アウレールが叫ぶ。
「……そうか、貴様は!」
「私はあの場にいた! この眼に貴様の所業を焼きつけた!」
 再びアイゼンハンダーの前に、あの実験場を襲撃した際の光景が甦る。そして、炎の中に響いた人々の悲鳴も。
「私は軍人だ……! 任務ならば非情にもなる!」
 叫びなら、アウレールに蹴りを撃ち込むアイゼンハンダー。
「笑わせるな……! 貴様は只の人殺しだ、「賊軍」なんだよ……! 鎮圧と称して護るべき者達をも傷付ける! ツィカーデ一等兵、貴様に帝国軍人を名乗る資格は無いッ! ……そんな欺瞞で、貴様のせいで、「かつて」そして「これから」何人傷つくのだ?」
「うるさい、うるさいっ……! 私は帝国軍人だ……! 何故それを貴様が否定する……!」
(これなら……!)
 米本やオキクルミ、久我らの援護の元、アイゼンハンダーの猛攻を受けるアウレールは密かに作戦の成功を確信していた。
 一見すれば、アウレールは激昂した敵に押されているように見える。
 しかし、それはアウレールが守備に徹しつつ押されているふりをしてアイゼンハンダーをリンドヴルムから引き離しているからだ。
 そして、アウレールにはもう一つ自信を持つ理由があった。
(徒手格闘なら帝国軍式で来ると想定していたが……これなら、教則通りに対応出来る……!)
 少女の貫手が空を切り、アウレールの背後の岩を砕く。
 だが、直後にリンドヴルムのガトリングが放たれ、アウレールやオキクルミらに降り注ぐ。
「頼む……急いでくれ!」
 その瞬間、アウレールは城門で竜と対峙する仲間たちを見たのだった。


「クソ……このままじゃ不味いな」
 アイゼンハンダーと交戦している味方にガトリングが飛ぶのを見て旭が呻く。
「こうなったら……腐れドラゴン野郎。一つ勝負してもらおうじゃねーか! 頼むぜ!」
 自分の呼びかけに他の二人が首肯したのを確認した旭は、敵の注意を惹きつけるために周囲を拘束で駆け回る。
 一方の白神も、盾を構え一歩ずつリンドヴルムへ。
 そして、 渚は充分な距離まで近づくと盾の影から飛び出し、一気に竜へと走り出した。
 竜は、旭の方に向けていた銃身を渚に向けるが、それまでアウトレンジからの射撃に徹していた渚はダメージを意に介さず突っ込んでいく。
 しかし、あと僅かで渚が胴体に飛び込めるという瞬間、遂に竜は奥の手である剣を振り上げた。
「邪魔してんじゃねえ!」
 しかし、自分に対する弾幕が薄くなった隙をついて一気に距離を詰めた旭が、渾身の力で斧を叩きつけて剣を弾く。
「その鉄クズ……撃ち抜いてやるよ!」
 ようやく、胴体に飛び込んだ渚はありったけの弾丸を胴体下部のガトリングに撃ち込んで、遂にこれを破壊した。
 その直後、怒り狂ったリンドヴルムは再度剣を振り回し、渚と旭を纏めて吹き飛ばしたのであった。


「……銃火器の無力化! これが貴様らの狙いか……!」
 リンドヴルムのガトリングが破壊された瞬間、アイゼンハンダーは驚愕の表情を見せる。
「貴様は最早兵士でも何でもない! 戦術的判断すら出来ない死人だ! だから、こんな手に引っ掛かるんだよ!」
 一気に攻勢をかけるべく、アウレールは一旦飛び退くとと大剣を正眼に構え直す。
「貴様の妄執に、これ以上陛下の帝国を踏み荒らさせるものか!」
 両手剣を握りしめ、一気にアイゼンハンダーとの距離を詰めるアウレール。その煌めく刃はアイゼンハンダーの胴体を完全に貫く――筈だった。
「!?」
 アウレールの目が驚愕に見開かれる。
 アイゼンハンダーは最小の動きで攻撃を受け流すと逆にアウレールの懐に飛び込んで来た。
「覚えておけ」
 少女はそのままアウレールを抑え込み、その耳元で囁く。
「敵に逃げ道を与えるつもりなら、無力化すべき目標はよく選べ」
「貴様……!?」
 アウレールは必死に振り解こうとする。しかし、アイゼンハンダーの拘束は力任せでは無く、正規の格闘術による洗練された動きだった。
「軍人とは決して輝かしい存在ではない。……力なき人々を護るために戦い抜き、凱旋式で英雄と讃えられる……それだけじゃない」
 ここで、アウレールの耳に別の声が割り込んで来た。言うまでも無く、『義手』の声である。
『左様。欲望や浅ましい見栄を旗印として担がされ、戦う力を持たぬ者や自分たちと同じような只の兵隊を、己と自分の居場所である部隊を守るためだけに殺し、国に帰れば人殺しと罵られる……それ即ち我らの業』
「貴方はどうなの? ある日突然、それまで自分がやって来た事の正体を知らされても、耐えられる? 兵士であることに誇りを持てる?」
「黙れ死人!」
 激昂し、何とか拘束を脱したアウレールだが、直後体勢を崩される。
「……最後に礼を言っておく。昔……ずっと昔の格闘教練を思い出して……楽しかった、よ」
 少女は『教則通り』の綺麗な動きでアウレールに当身を叩き込んだ。そして、ゆっくりと倒れるアウレールの耳に耳障りな羽ばたきの音が響く。
 直後、アウレールの肩に飛行を開始したリンドヴルムの剣が振り降ろされた。

 真っ先に動いたのは白神だった。手に持った鞭にマテリアルを流し込み、凄まじい勢いで振るう。
 鞭の先端は、アウレールへの攻撃後に着地した竜の背中の、翼の付け根を打ち据え、金属の破片と腐った肉片を撒き散らす。
「皆さん、翼を狙って下さい!」
「白神さん!? しかし、それでは作戦と……」
 だが、白神は首を横に振る。
「リンドヴルムの飛行能力を残しておいたら、我々だけでなく船で戦っている味方も危険です。……そもそも、この作戦は龍脈の起動さえ成功させれば我々の勝利――最初からリンドヴルムを潰してしまった方が有利だったのではないでしょうか……?」
 必死に説得する白神に、ようやく米本も気付いた。
「解りました……。皆さん、竜に集中攻撃を!」
「この土壇場で戦術を柔軟に変更したのは見事と、言わせて貰おう」
『だが……遅すぎたようだな』
 アイゼンハンダーがリンドヴルムを援護するべく、ゆっくりと近付いて来る。
「行かせる訳にはいきませんな」
 米本は咄嗟に閃光を放ち、アイゼンハンダーとリンドヴルムを牽制。
 
「邪魔はさせません!」
 その隙に白神が鞭でアイゼンハンダーを拘束する。
「やれやれ、これ以上味方を足らせる訳にはいかないからね」
 その間に、久我が放った弾丸がリンドヴルムの離陸を妨害する。そして、旭がそこに猛然と駆けこんで来た。
「あの翼を叩き斬ればいいんだな!? やってやるぜ!」
 大きく跳躍した旭が渾身の力で武器をリンドヴルムの背に振り降ろす。
 翼と付け根のブースターを破壊されたリンドヴルムは耳障りな咆哮を上げのた打ち回った。
「……これは、僕たちの作戦が間違っていたってことかぁ? だけど、やられっ放しで終わる訳にはいかないねぇ!」
 更に、何とか回復したヒースも日本刀を構えてもう片方の翼に切り掛かった。
「やりました……!」
 思わず顔をほころばせる白神。しかし、その直後彼女の身体が凄まじい力で引っ張られる。
「これは……きゃあっ!」
「その戦術眼に敬意を払い――手加減はせんぞ」
 アイゼンハンダーが凄まじい力で鞭を引っ張って、自分を振り回していると気付くより早く、白神は地面に叩きつけられる。
「……!」
 余りの激痛に声も出ない白神は更にもう一度、凄まじい勢いで地面を引き摺られ、再度振り回され地面に激突した。。
「気絶したか」
 鞭を握りしめたままぐったりと動かなくなった白神を見るアイゼンハンダー。
「さっきの話だけどさ、生死勝敗は兵家の常。つまり、軍人なんて犬なんだから上から言われたらハイって答えて何でもするってこどでしょ?」
 その時、アオキクルミがアイゼンハンダーの懐に飛び込んできた。
「当然だ」
 少女は全く動揺した様子も無く、貫手を繰り出す。

 ――ファイトなんだよー!

 ――浄き光の粒子よ、盾となり鎧となり、今、大切な生命を守り給え。

「このぉ……!」
 苛立った声を上げるアイゼンハンダー。彼女の貫手はまたもやマテリアルによって遮られたのだ。
「開き直っちゃうんだ。詰まんないなあ……色々言われて怒ってるキミの方が、押し倒してヒンヒン啼かせたいくらい可愛いかったのに」
「……!?」
 いきなり女性からそんな事を言われ、驚いた顔をするアイゼンハンダー。
「革命軍の風紀はここまで乱れているというのか……」
『否。そういう問題ではあるまい』
 義手がすかさず口を挟む。
「――でも実際どうなの? キミは故郷に帰った時、その冷たい体で大切な友人を、家族を、思い人を抱きしめられるの?」
「……!」
 その一瞬、何かを思い出したアイゼンハンダーが泣きそうな表情を見せる。
「割とガチで、外見だけなら好みなんだよねぇ、勿体無い」
 その瞬間、アオキクルミはそっと片手をアイゼンハンダーの身体に回し――もう一方の手で銃口を相手に押し付けた。
「――! 黙れ! 私には、私にはもうそんな人はいない! 必要無いんだっ!」
 しかし、一瞬だけアイゼンハンダーの方が早かった。
 引き金が引かれるより早く、アイゼンハンダーの義手がオキクルミを直撃した。
「毒婦め……!」
 吐き捨てるアイゼンハンダー。しかし、吹っ飛ばされながらもオキクルミの唇は嗤っていた。
「ねぇ? 誰かキミの名前を呼んで、暖めてくれる人は傍にいるの?」
「くどい。私の名前は、今はこの鉄の腕だけが呼ぶ! ……!?」
 そう叫んだ瞬間、アイゼンハンダーは気付いた。
 自身の眼前に、輝くばかりのマテリアルを纏った白いフクロウが滑空して来た事に。
「……!」
 ファミリアアタックの直撃を受けたアイゼンハンダーがようやく目を見開くと視界の中では、リンドヴルムがもう一方の翼を破壊されていた。
「この場は……お前たちの勝だ、毒婦」
 倒れたオキクルミにアイゼンハンダーが言う。
「光栄……だね」
 そう笑うと、オキクルミは気絶した。


 空には飛行型の歪虚が舞い、海面には水上でも歪虚が此方を待ち受ける。この状況にチョココ(ka2449)も気を引き締めていた。
「ここは……危険な場所ですの。パルムのパルパルをお留守番させて来て正解ですの……きのこゾンビにされちゃいますの」
 そう呟いてからチョココは傍らのマーゴット(ka5022)にマテリアルの付与する。
「さあ、行きますの! マーゴットさん準備はいいですの?」
「お願いします」
 チョココの魔法を受けたマーゴットは一気に海面へと飛び降りる。その足はマテリアルによって守られ、水面に立つことが可能になっている。
「多少、波がありますがこれなら問題無く動けますね……」
 そう言ってマーゴットが太刀を構えた瞬間、水しぶきと共に、ロタネブ型が襲ってきた。
「早い……っ!」
 相手は水中戦用の歪虚である。今更ながらその速度に驚愕するマーゴット。
 それでもマーゴットが相手を迎撃しようとした瞬間、突如別方向から放たれたもう一匹のロタネブの機導砲が直撃した。
「しまった……!?」
 マーゴットが咄嗟にそちらを見た瞬間、突っ込んで来た方のロタネブが体当たりでマーゴットを弾き飛ばした。


 船へと急降下して来た暗弩羅守が嘴を開き、凄まじい勢いで炎の奔流を噴射する。
 マッシュ・アクラシス(ka0771)は構えた盾でそれを防ぐと、やはり気になるのかちらりと島の方をみやる。
「まあ、今はアレは向こうに任せて……最低限の仕事はしましょうか」
 暗弩羅守の動きに合わせて自身も動き、炎を甲板に燃え移らせまいと奮闘するマッシュの背後で七夜・真夕(ka3977)が上空を睨んだ。
「ええ。ここで食い止めましょう。この船にだって覚醒者以外の人が大勢乗っている。命に代わることなんかないんだから」
 七夜はそう言ってから。空中の暗弩羅守に武器を向ける。
「全ての力の源よ。我が手に集いて力となれ!」
 直後、七夜から火球が発射され空中の歪虚の側で爆発を起こす。
 マッシュに火を吐きかけていない方の暗弩羅守は怯んだ様子を見せたが、姑獲鳥が素早く羽毛を甲板に向けて発射。七夜の対空砲火を邪魔した。
「やらせないですの~!」
 チョココも上空に向けて雷撃を放ち、七夜を援護する。しかし、もう一体の暗弩羅守も甲板に向けて火炎攻撃を開始し、状況は一進一退という所で停滞していた。
「これは……」
 そんな中、マッシュがふと気付く。
 こちらに向けて火を噴く暗弩羅守が一匹に減っていたのだ。
 しかし、マッシュが警告するより早くシガレット=ウナギパイ(ka2884)が海面に降下しようとしていた暗弩羅守に向けて素早く発砲した。

 ――白龍さまの加護を授けましょう。魔を祓う光の力です

 その弾丸は、通常よりも強力なマテリアルを纏って歪虚に命中。思わぬ攻撃を受けた暗弩羅守は凄まじい悲鳴を上げ、素早く上昇した。

「あっちもこっちも因縁だらけみてェだが……これ以上邪魔はさせねェぜェ」
 シガレットは次にマーゴットの様子を見ようと、身を乗り出す。
「! ……ヤベェ、な」
 ブチッ、とシガレットは加えていた煙草を噛み切った。
 彼が見たのは満身創痍のマーゴットだったのである。



 ――僕の可愛いマギー。ごめんね。君に苦しい戦いを託して……
 
 ――俺達は仲間であり、ファミリーだ。

 マーゴットの脳裏に、先程ロタネブの連携攻撃から自身を守ってくれた仲間の声が響いている。
「私は私の仕事をこなし、ちゃんと家族の許へ帰る事……それだけだ……」
 苦しい息の下から、自分に言い聞かせるように呟くマーゴット。
 ロタネブ二体はハンターたちが想定していた以上の強敵であった。
 仲間たちのおかげで最初の致命的な連携には耐えたものの、その後も海面を自在に泳ぎ回り高度な連携を仕掛けてくる二体に翻弄されじわじわと体力を削られていたのである。
「このままじゃ、マーゴットさんが!」
 慌てて七夜はファイアーボールを海面に向けて放つ。
 しかし、二体のロタネブは悠々とこれを躱して、なおもマーゴットに攻撃を加えていた。
「これは……敵の戦力を読み違えたということでしょうか。想定外でしたね……」
 マッシュは自身もウォーターウォークを付与して貰い、海面に降りるべきかと逡巡する。
 しかし、再度そこに暗弩羅守の火炎が襲い掛かった。
「……最早、こちらを先に潰すしかないようですね……」
 再び盾を構え火炎から船を守るマッシュ。しかし、その直後ロタネブが放った機導砲が遂に船の横腹を貫いた。
「これは、急ぐ必要がありますか……」
 揺れる船の上で、マッシュは何とかバランスを取りながら剣を抜いた。

 そして、海上ではロタネブ二体が止めの機会を伺ってゆっくりとマーゴットの周囲を旋回し始めた。
 二匹の描く輪が徐々に小さくなっていく中、マーゴットは何とか相手の動きを察知しようと必死に五感を研ぎ澄ませる。
「このままでは船が危険です。せめて一体だけでも倒さないと……!」
 しかし、ロタネブ型は先程から強力な連携攻撃を仕掛けて来ている。いかにしてその連携を破るか。マーゴットが悩んでいる間にもロタネブは輪を狭め、遂に仕掛けて来た。
「これは……!」
 二匹同時に襲い掛かる掛かるロタネブ。マーゴットが覚悟を決めた時、突如低いバリトンの歌声が響き、一体のロタネブが動きを止めた。
「……間に合ったみてェだなァ」
 レクイエムでロタネブの動きを止めたシガレットがニヤリと笑う。
 彼もまた、ロタネブの機導砲の直撃を受けていたが、どうやら仲間の加護でぎりぎり致命傷は免れたらしい。
「助かったぜェ……帰ったら、煙草の話でもしてやるか。……といっても勧めると嫌がるんだろうがなァ」
 更に、他の仲間もようやくマーゴットの援護に参加する。
「マーゴットさん、頑張るのですわ!」
 チョココが叫んで海面に雷撃を発射する。
「これ以上は、やらせない……」
 七夜も、再度ファイアーボールを放つ。この攻撃で、もう一匹の速度が低下した。
「……勝機ですね」
 マーゴットは意識を集中する。そして、残った一体のロタネブが跳び掛かって来た瞬間紙一重で急所を避けるように上体を逸らすと、そのまま飛び込んで来たロタネブの前に刃を突出し、相手の突進する勢いを利用してその体を切り裂いた。
「やった……」
 マーゴットはロタネブが絶命したのを確認すると、そのまま力尽きて水面に倒れ込む。
「しっかりしやがれェ!」
 慌てて駆け寄り、マーゴットを抱え上げるシガレット。マーゴット自身は紙一重で致命傷を避けたつもりであったが、それまでの負傷もあり、ほぼ相討ちになっていた。
 

 そして、甲板での戦闘も佳境を迎えていた。
 業を煮やしたのか、一体の暗弩羅守が棍棒を構えると一気に急降下して来たのである。
 その狙いは七夜のようだ。空中にいる敵との撃ち合いに集中している隙に、背後から一撃を加えるつもりのようだ。
 だが、マッシュはここぞとばかり盾を構えて突撃すると体当たりして相手を吹き飛ばす。
 体勢を立て直した暗弩羅守が棍棒を振り上げ打ち掛かると、マッシュはそれを自身の剣で受け止めた。
「接近戦ですか……望むところですね」
 激しく剣を打ち合わせる両者。やがて、鋭く突き出された棍棒がマッシュの腹に食い込んだ。
「かはっ……」
 マッシュが、がくりと膝をついたのを確認した暗弩羅守は止めを刺すべく、再度空中に舞い上がろうとする。
「……それを待っていましたよ」
 直後、マッシュが素早くマテリアルを込めたサーベルを振るい衝撃波を発生させた。
 虚を突かれた暗弩羅守は胴体を深く斬り裂かれて吹き飛び、そのまま海面へと落下していく。
「は、放しなさいですわ~!」
 チョココの悲鳴が響いたのはその時であった。


 歪虚何を考えていたのか我々が知る術は無い。
 とにかく、この歪虚は戦場が混乱した瞬間を狙ってチョココに襲い掛かると、その強力な脚でチョココを捕獲したのである。
「チョココさん、ごめんね!」
 しかし、じたばたと暴れるチョココを掴んだまま急上昇しようとする歪虚の翼を、そう叫んだ鈴木悠司(ka0176)の放った衝撃波が襲う。
「コカクチョウ……ウブメ……姑獲鳥……? リアルブルーの日本で聞いた事のある、姑獲鳥そっくりだね。本当に子供を攫おうとするなんて……」
 念のため、戦闘中もチョココや若と呼ばれる年若い覚醒者に注意を払っていた悠司が驚いたように呟いた。
 この歪虚は奇妙な事にバランスを崩して地面に着地する瞬間、まるでチョココに被害が及ぶのを避けようとするかのような動きを見せた。

『――殺すな。私の子供を、殺すな!』

 およそ、人間の声とはかけ離れた甲高い鳥の鳴き声のような声が響き渡る。
「……俺達を撃破する以外にも目的が有るのかな……? でも、今はに角負けられないし、仲間を攫わせる訳にもいかないね……!」
 悠司はそう叫ぶと、再度切り掛かる。敵もその鋭い爪で応戦するがチョココを捕獲したままのせいで、しかもチョココを鈴木の攻撃に対する盾に使うどころか、チョココを庇うような動きを見せるせいで見る見る押されていく。
 無論、悠司もチョココを気遣いながら戦っていたが、これならいけると判断し、大きく踏み込むと鋭い一撃を繰り出した。
 甲高い悲鳴が上がり、姑獲鳥の胴体が斬り裂かれる。
「チョココさん!」
 悠司が叫んだ瞬間、チョココは魔法の媒介となる武器にマテリアルを集中させた。
「何のつもりか知りませんけど……、チョココは貴女の子供じゃないし、貴方はチョココのお母様じゃないですわー!」
 チョココが放ったウィンドスラッシュを脚に受け、遂に姑獲鳥はチョココを離して、空中へと飛び上がった。
 その直後、凄まじい轟音と共に島が、そして接岸している船体が揺れ始める。
「見よ! 龍脈じゃ!」
 若が嬉しそうに叫ぶと、島に立つ城からマテリアルの光が立ち昇り、瞬く間に島を覆い尽くしていく。
「やってくれたな、叛徒共」
 そして、味方の歓声が広がる中、その両手で翼とガトリングを失ったリンドヴルムを担いだアイゼンハンダーが船体を大きく揺らして甲板に着地した。


「わざわざこの様な所に出張る事もないでしょうに……ご苦労な事です。折角ですから一点、 負け惜しみを言わせて貰うと『希望』での事は全くもって……想定内、だったのですがね」
 サーベルを構え挑発するマッシュ。
「どういう意味か……いや、負け惜しみならばこれ以上は問うまい」
 しかし、アイゼンハンダーはそう呟くとマッシュの背後で騒然となるハンターや覚醒者たちを無視してリンドヴルムを投げ下ろす。その衝撃で甲板の一部に穴が空いた。
「これが最後の命令だ。死ぬまで戦え。叛徒共の船を破壊せよ」
 そうアイゼンハンダーが命令した瞬間、再度船体が揺れた。今度はリンドヴルムによるものではなく、海面のロタネブが放った機導砲だ。
「舵が……!」
 船乗りの一人が悲痛な叫びを上げる。
「哀れなトカゲ野郎……お前にもう一度死を想起させてやるよ……! ラッキーだったな二度も死ねるなんて」
 背後で、島から戻って来た渚がリンドヴルムに攻撃を仕掛けるのを尻目に、アイゼンハンダーは甲板に立つと呼び寄せたリンドヴルムに跳び降りようとした。
「……!? 催涙ガスか?」
 しかし、そこに七夜の魔法で意識を失った暗弩羅守が真っ逆さまに落ちて来た。
 アイゼハンダーは躊躇せず跳ぶと、その暗弩羅守を素早くキャッチする。
 溜息をつく義手を無視するアイゼンハンダー。
 しかし、歪虚を受け止めたせいでロタネブに着地する軌道から逸れ、今度は自分が海面に着水しそうになる――が、そこに今度は姑獲鳥が飛来し、素早くアイゼハンダーをその脚でがっちりと掴んだ。
「貴様……所属は?」
『私は……中雀門家の……』
 直後、姑獲鳥は見る見る内に上昇を始め、答えの続きは風音に掻き消えた。
 その頃には島にいた歪虚で飛行能力のある者は、姑獲鳥に従って退却を開始していた。

「仕留めたと思ったんだけど……まあ、船は守れたし、良かったのかな……」
 満身創痍となった七夜がぺたりと座り込んだ。
「こ、怖かったですわ……」
 チョココも呟く。
「殺し合いをやってお互いに生き残っている、か。なら次は、お茶会でもしたい所だねぇ」
 見る見る内に船から遠ざかるアイゼンハンダーの耳に、ヒースの言葉が微かに響く。
 アイゼンハンダーは一瞬だけ下を見たが、そのまま遠ざかりやがて飛び去って行った。
「立ち止まるわけにはいかないねぇ、お互い。罪を背負い、いつか裁かれるその日まで歩き続けるとしようじゃないかぁ。この命、この魂が消えるその時まで」
 ヒースは、アイゼンハンダーらが青空の黒い点になり、やがて消えるのを見届けると最早動くこともままならなくなったリンドヴルムに止めを刺すべく、ゆっくりと振向くのだった。


「ハンターが聞いて呆れらあ。俺様の大切な戦船をぶっ壊しやがって」
 城では、立花院から報告を受けたスメラギが悪態をついていた。
「彼らとて苦しい戦いだったのでしょう。確かに軍船は手痛い損失です。ですが、水夫など人的被害は最小限に抑えられた……それで良しとすべきではありませんか」
 静かに宥める立花院。
「……ハッ、まあ、龍脈は取り戻せたし、良しとするか……西方のえーゆーたちに、早く『助け舟』を出してやれ」
 口調とは裏腹に、スメラギは幾分安堵の表情を見せていた。
 しかし、彼はこの時まだ都に迫る脅威を知らなかったのである。


「これで、ますますスメラギに立てる顔が無くなっちまったな……」
 破壊され航行不能になった船の上で、渚は夕暮れに染まる海を眺めながら苦い表情で煙草をくゆらせていた。
 傍らのシガレットも同じく煙草を吸いこみ、煙を吐いたが何も言わなかった。
「だが……俺に通う血がどうにも囁くんだ。取り戻せってな……まだ……」
 シガレットはそれには答えず、幾分名残惜しそうに煙草を消すとこう言った。
「そろそろ行こうぜェ。迎えが来るまでに怪我人の手当ても済ませておかにゃならんからなァ」

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MVP一覧

  • 不屈の鬼神
    白神 霧華ka0915
  • 答の継承者
    オキクルミka1947
  • 元凶の白い悪魔
    マーゴットka5022

重体一覧

  • 不屈の鬼神
    白神 霧華ka0915
  • 答の継承者
    オキクルミka1947
  • ツィスカの星
    アウレール・V・ブラオラントka2531
  • 幸福な日々を願う
    フローラ・ソーウェルka3590
  • 元凶の白い悪魔
    マーゴットka5022

参加者一覧

  • 真水の蝙蝠
    ヒース・R・ウォーカー(ka0145
    人間(蒼)|23才|男性|疾影士
  • 缶ビールマイスター
    鈴木悠司(ka0176
    人間(蒼)|20才|男性|闘狩人
  • 戦地を駆ける鳥人間
    岩井崎 旭(ka0234
    人間(蒼)|20才|男性|霊闘士
  • 王国騎士団“黒の騎士”
    米本 剛(ka0320
    人間(蒼)|30才|男性|聖導士
  • 無明に咲きし熾火
    マッシュ・アクラシス(ka0771
    人間(紅)|26才|男性|闘狩人
  • 不屈の鬼神
    白神 霧華(ka0915
    人間(蒼)|17才|女性|闘狩人
  • 答の継承者
    オキクルミ(ka1947
    エルフ|16才|女性|霊闘士
  • 白煙の狙撃手
    伊勢 渚(ka2038
    人間(紅)|25才|男性|猟撃士
  • 光森の太陽
    チョココ(ka2449
    エルフ|10才|女性|魔術師
  • ツィスカの星
    アウレール・V・ブラオラント(ka2531
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • 紫煙の守護翼
    シガレット=ウナギパイ(ka2884
    人間(紅)|32才|男性|聖導士
  • 幸福な日々を願う
    フローラ・ソーウェル(ka3590
    人間(紅)|20才|女性|聖導士
  • 轟雷の巫女
    七夜・真夕(ka3977
    人間(蒼)|17才|女性|魔術師
  • ゴージャス・ゴスペル
    久我・御言(ka4137
    人間(蒼)|21才|男性|機導師
  • 元凶の白い悪魔
    マーゴット(ka5022
    人間(蒼)|18才|女性|舞刀士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/06/15 22:14:35
アイコン 【城門】相談卓
シガレット=ウナギパイ(ka2884
人間(クリムゾンウェスト)|32才|男性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2015/06/18 10:26:03
アイコン 【母船】相談卓
シガレット=ウナギパイ(ka2884
人間(クリムゾンウェスト)|32才|男性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2015/06/18 01:00:13
アイコン 相談卓
米本 剛(ka0320
人間(リアルブルー)|30才|男性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2015/06/17 23:48:16