• 東征

【東征】スメラギとごはん食べるよ

マスター:鳥間あかよし

シナリオ形態
ショート
難易度
やや易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2015/06/22 15:00
完成日
2015/06/28 17:10

みんなの思い出

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オープニング

●どこかの話

 悪意は夜露のように、音もなく染み透る。

 ――西方から悲願の援軍がなった。
 ――せやかて『あの』オイマトと手を組んでる輩やって。
 ――土壇場で尻尾巻かはると違いますやろか。

 雅やかな宮廷の、人の噂という組み木からにじみだした西方への不信は、御簾で隔てられたスメラギの寝所まで届き、彼の布団を重く濡らす。少年は歯軋りをした。側近が気づかぬよう小さく。
(「一五〇年も前のことを……!」)
 いまさら持ち出して、ぐちゃぐちゃ言いやがって。夏も近いというのに、うすら寒いのは何故だろう。スメラギは布団を頭からかぶった。
 顔も知らない曽祖父の悲劇を、エトファリカ連邦が国の体裁を失ったその分岐を、彼は物心ついた頃から言い聞かされて育った。敗走につぐ敗走をくりかえしてきたエトファリカは、西方からの援軍なしには立ち止まることもできない。とうに足は萎え息切れが肺を切りつけるなか、祈るように、呪うように、モノノフの到来を待ち望んでいた。
 だからだろうか。

(「悪いが俺様はまだお前らを信用してねーんだわ。マグレ勝ちかもしんねーし?」)

 信じたい、信じがたい。
 ついに救いの手が差し伸べられる日が来たなど。不信の鎖は、己の心臓にも巻きついていると、スメラギは痛感した。理性は援軍を喜び、バタルトゥの手を取った。左の手はやり場がなく、宙をさまよっている。

「スメラギ様、眠れませんか?」
 御簾の向こうで影が揺れる。十年来の臣下で気心知れた幼馴染の、大轟寺蒼人(だいごうじ・そうと)だ。
「うるせえ、気配うかがってんじゃねえよ。おまえが不寝番ってだけで、うっとおしくて目が冴えちまうぜ」
「ひどいぜスメさん、うっとおしいまで言う? いま傷ついた、ザックリ行った!」
「やかましいボケ」
 スメラギは半身を起こすと、枕元の矢立を取り、書を開いた。まっさらな符へ筆を走らせ、殴り書きのトンボの絵を蒼人へ押しやった。御簾の向こうで息を呑む気配がする。すいすいとまっすぐに飛ぶトンボは、戦勝を意味するという。スメラギは横になると、蒼人へ背を向けた。
「……出征するんだろ。しばらくおまえの顔を見ないですむと思うと、せいせいするぜ」
 もし。
 スメラギは考えてしまう。
 同じ悲劇が、くりかえしたなら。
 もう俺には何もできないかもしれない。

===

●うわさは尾ひれがつくもので

 エトファリカ連邦国本陣、龍尾城。
 庭に面した座敷には、今日も元気な声が響いていた。
「山田のクソジジイイイイイイイイイ!!!」
「山本です、スメラギさま。さんもとごろうざえもん」
「山ついてりゃなんでもいいだろが、もう山でいい、クソ山!」
 何事かとハンターたちが奥へ急いでみれば、叫んでいるのは羽織をひっかけた少年、正座したまま涼しい顔でいなしているのは銀髪の青年だ。少年は東方帝スメラギ、青年は征夷大将軍の立花院紫草(りっかいん・むらさき)。
 二人のいる座敷の畳は赤く日焼けしており、庭の池は水が抜かれて久しく、ひび割れたししおどしが天を向いている。手入れの行き届いていない庭は、エトファリカ連邦国の窮状そのままだった。けばだった上座であぐらをかき、スメラギは悪態をついている。
「重要なのはあのクソ山が龍脈に介入しやがったってことだ。おかげで俺様がしなくていい苦労をしょいこまなきゃいけなくなったんだよ!
 まず第一に黒龍と俺様のパゥワーを浪費させられて結界維持するのしんどい超しんどい!
 第二に転移門に精霊力吸われて結界術もろともぶっ壊れそう、こんな国どうなろうと俺様の知ったことじゃねえけど民だけは守ってやって助けてお願いします!
 第三に俺様の貴重な宴会シーンが根こそぎカット、世界的損失!」
「そんなに宴会をなさりたかったのですか」
 征夷大将軍はあきれた様子で庭にほったらかされたままの『歓迎! おいでませ東方!』と書かれた横断幕を見やった。
「当然だろ、俺様はエトファリカの帝だぞ。歪虚から民を守るように西方からの文化侵略に備えなきゃならねえ。そのためには出会い頭に一発かますのが一番なんだよ!」
「文化侵略とは大げさな。何を恐れておられるのですか」
 スメラギはごろんとうつぶせると、剣呑な目線をハンターたちへ注ぐ。

「だって、おまえら、メシが超まずいんだろ……?」

「芋をつぶしただけとか」
 ……。もしかしてマッシュポテトか。
「焦げるまで芋を揚げて塩ふっただけとか」
 ポテトチップスだろうか。確かに塩加減が決め手だ。
「ふかしたジャガイモに卵と鳥の餌をなすりつけて何でかしらんけどもういっかい揚げるやつとか」
 コロッケだな。間違いない。
「そんでゆでた芋に草と牛の油ぶっかけてまぜて食うんだろ」
 ポテトサラダかな。マヨネーズは牛の油でもなんでもないんだけどな。

 というか、ジャガイモしか食べてないと思われている予感。

「布団がベッドに変わるのも、下駄がブーツに変わるのも、まあ許せる範囲だけど、食いもんはダメだダメだ絶対ダメ、疑いようもなくアウト。結界張ってると三度のメシだけが楽しみなのに、焦げジャガなんか出された日には、折れるわ、俺の心、パキッと、いい感じに!」
 西方との長き断絶の弊害は、こんなところにまで及んでいた。しかもこれが、憤怒の歪虚にけちょんけちょんにされてジリ貧街道マッハGOとはいえ、一国の頂点の見識だ。ハンターたちは黙ったまま立花院へ顔を向けた。視線を合わせた立花院も、こくりとうなずいた。

 よし、論より証拠、食えばわかる。まずはそのひねくれまくった知識を正してやる。

リプレイ本文

●ハローアイシークユー
(西方の食卓事情に関する知識が、沈没する船くらい偏ってんぞオイ)
 口論する気にもならない。タラサ=ドラッフェ(ka5001)はこめかみを揉んだ。
「……おし、よーく分かった。東と西、百年単位で久々に行き来できるようになったんだ、誤解やら不信やらがある。さもありなんってヤツだ。とりあえず今は、一緒にメシを食う所から始めようかね」
 スメラギが口をへの字にする。
「なンでそうなるんだよ。西方料理はマズイ、以上。十分だろ、それで」
「本当に?」
 スメラギが口をつぐむ。わかりやすい態度に彼女は笑みを誘われた。
「食べるはしあわせ生きることー、なのなっ!」
「ぅわっ!」
 急に後ろから抱きしめられ、スメラギが悲鳴をあげた。
「なんだてめぇ! ……でかっ」
「生スーちゃんは意外とちっちゃいのなー」
「おまえがデカイんだ、ガキ扱いするな!」
 黒の夢(ka0187)はスメラギをぺたぺた触ったり引っ張ったりと忙しい。膝に座らされた彼には青筋が浮いている。
「申し訳御座いません!」
 黒の夢の頭を、薬師神 流(ka3856)が押さえつけた。彼女もろとも畳へ額をこすりつける。
「東方を統べる帝へ数々の無礼、心よりお詫び申し上げる」
(仮にも天子ともあろう御方が、ものすごい言葉遣いだが……。しかし、異なる地、異なる国であろうと、頭を垂れることにいささかの迷いも御座らん)
 リアルブルーの日本から転移してきた流にとって、帝は神聖不可侵の存在。手打ちにされかねない状況と判じたのだった、が。
「我輩はバアル・ハッドゥ・イル・バルカ三世。王である! ハッド(ka5000)でよいぞ、スメラギん」
「きみも礼を尽くせ!」
「我輩は頭を垂れる相手を自分で決めるのじゃ」
 胸を張るハッド。くしゃくしゃになった髪を撫でつけ、スメラギは顔をあげるように言った。
「堅苦しいのは嫌いだぜ。それに……紫草が好きにやらせろってうるせぇし?」
「今は戦時下ですし、ハンターは自由な人々ですから」
 見ての通り私も鎧姿ですと、立花院は苦笑していた。
「しょーがねぇからてめぇらフリーダムにしてていい。ただし! この国にいるうちは、どいつも全員俺様のおもちゃだ。忘れんなよ?」
 アーヴィン(ka3383)が軽く息を吐いた。
(城を守れだの大幻獣を探せだの、やることは山ほどあるってのに、なんでこうなるやら。とはいえトップがこれじゃ足並みが乱れかねない。とりあえず厨房を借りて……)
 さて何を作ろうか。彼は隣に居た月護 幸雪(ka3465)へ視線を投げた。察した幸雪も考えを口にする。
「そうだね、僕は甘いものを作ってさしあげようと思うよ。お若い帝なら気に入ってくれると思うんだけど……」
 語尾が薄く延びて消えた。過去を思い返したのか、幸雪は遠いまなざしになる。
 天竜寺 詩(ka0396)も隣のマロウ・フォン・ルルツ(ka3860)へ声をかけた。
「スメラギ君、えらく食べ物にこだわってるけど異国の食べ物の合う合わないは確かにあるもんね」
「私たちだって転移門が壊れてしまえば、この先東方料理しか食べられなくなってしまうかもよ」
「ぞっとしないなあ」
 詩は柳眉を寄せた。マロウがつと進み出る。
「スメラギ様、私たちに一日の献立をお任せください。心を込めておもてなしさせていただきます」
 凛とした声が響く。それよりもスメラギは黒の夢が手をわきわきさせているのが気になった。
「いいだろう。俺様がうまいメシを食う権利を三回分ドブに捨ててやる。下手なもン出しやがったら許さねぇぜ!」
「うん、頑張って作るから楽しみにしててね♪」
 啖呵を切ったスメラギへ詩が微笑みかける。マロウも笑みを浮かべた。
「パン作りには心得があるの」
「……せいぜい気合入れろ」
 頬を赤らめそっぽを向くスメラギに、一行は同じことを思った。

 こいつ、ちょろいぞ。

●洗礼の朝
「なんだこりゃ」
 翌日。スメラギは漆の膳に乗った白い皿に、ねぼけまなこを半眼にした。運んできた黒の夢が元気よく答える。
「マロマロのプレッツェルとうーたんのヴィシソワーズなのなー」
「し、知ってるぜ、そのくらい」
 うそだあと朝食を用意したふたりは思った。目が泳いでいるスメラギの傍らで立花院が含み笑いをしている。
「ありていに言うとパンとスープ、東方でいうところの白米と味噌汁だわ。まずはこういうリッチすぎないものがいいでしょう?」
「スープなら重くないし朝食にはいいんじゃないかなって。そろそろ暑くなってきたから、井戸で冷やしておいたんだ。ぬるむ前にどうぞ」
 毒見役の立花院が銀の匙をとった。とろりとした液体を口に含み、わずかに目を見開いた。
「これは……。見た目に反して濃厚な味わいですね」
「ジャガイモとポロネギをブイヨンで煮て、裏ごししたのを生クリームで伸ばすんだよ」
「げっ」
 スメラギが顔をゆがめた。
「西は芋料理ばかりってのは本当だったのかよ」
 蝿でも払うように手を振る。だが詩は胸を張った。
「おじゃがは庶民の強い味方、ジャガイモ料理は基本です! もし気に入らなかったらはっきり言ってね。その時は何度でも考えて作り直すから」
「……」
 もしかして、これを断ったら今の言葉を盾に同じものを延々と食べさせられるのでは。そんな予感にスメラギが青くなる。
「はいスーちゃん、あーん」
「だからガキ扱いすんな」
 黒の夢から匙を奪い取り、乱暴にスープをすくった彼は口にくわえたとたん眉を開いた。
「うまっ……」
 ただちに眉間のしわを深くし、勢いよく首を振る。
「……くない。うまくなんかない。ないったらない!」
「スメラギ君がそう言うなら、残念だけれど前向きに受け止めるよ」
「まずいなんて言ってねぇだろ!」
(手のかかる帝ね)
 マロウがスメラギの手元をのぞく。もちもちした食感が気に入ったのか、焼きたてパンは着実に減っていた。
(食欲には勝てないみたいね。西方の料理もおいしいものはたくさんあるのよ。気に入るわ、きっとよ)
 食事が終わり、膳を下げようと詩はかがんだ。その時、背中を強く叩かれた。汚れをはたくように、三度。驚いて顔をあげるとスメラギが知らん振りをしている。同じように叩かれたのか、マロウが眉をしかめていた。
(気に入らないなら言ってって伝えたのに……)
 詩は空になったスープ皿をじっと見つめた。

●昼の陽だまり
「勧めた我輩が言うのもなんじゃが、のんびりゲームしていてよいのじゃろうか?」
「平気平気。山なんとかに先手を打たれたとして、最悪でも俺様の首がもげて都壊滅するだけだぜ」
「すわ大惨事」
「結界を維持するだけなら、幣を振り回そうとクソして寝ていようと同じだからな。というわけでおまえらキリキリ働けや」
 携帯ゲーム機をいじりながら詩特製ハンバーガーをたいらげたスメラギは、マロウと同じ名のお茶にレモン汁を垂らした。深い青が桃色に変わる。彼は短く口笛を吹くと、続けてハッドの鯖サンドへ手を伸ばした。今のところ文句は言ってこない。
(米粉のパンにエトファリカでもポピュラーな鯖の組み合わせ。小骨も余さず抜いた甲斐があったのじゃな)
「気に入ったかスメラギん」
「ボタン押せば悩みが吹っ飛ぶ世界っていいよな」
「ちっが~う、そっちでない、料理じゃ! ゲームは弓ユニットの女王がナイスなのじゃ!」
「ババアじゃねーか!」
「不倶戴天! それは進呈するゆえ自習しておけい」
「めんどくせぇ」
 鯖サンドもぺろりと完食すると、スメラギはハッドの後ろにまわり背を叩いた。
「いたっ。何をするのじゃ」
「なーンも」
 デザートのドンドゥルマへ黒の夢が匙を刺し、にゅいんと伸ばす。
「スーちゃん、結界はりはりおつかれさま。休憩も必要なのなー」
「だからガキ扱いするなと」
「好き嫌いしたら大きくならないのなー、あい、あーん♪ いったーい、叩くことないのであるー!」
 背を向けてまたゲームに戻ったスメラギに、黒の夢がよよよと泣いた。

 一方、厨房は仕込みの真っ最中。マヨネーズにケチャップ、酢とオリーブオイル。調味料をずらりと並べたタラサは紅茶色の髪をきゅっと束ねた。容器に先客へ声をかける。
「よお、あんたもピザかい? 私はシーフードにするつもりさ」
「パスタだ。カルボナーラとペペロンチーノ、ペスカトーレ」
「そんならサラダも作ろう。よけりゃ朝市で仕入れたエビとホタテを融通するよ」
「けっこうだ、素材は足りている」
 足りないのは潤いだとアーヴィンはぼやいた。
「東方の台所で料理をすることになるとはね。同盟の売り込みも兼ねて気合いれて行こうじゃないか!」
「あいにく俺は辺境の出だ。作るのが簡単で材料もすぐ手に入るからパスタにした、それだけさ。だからまあ、プロの味は期待すんなよ。家庭の、おふくろの味さ」
 港町の愛人を思い出し、アーヴィンのため息が深くなる。あの手料理には未練が残る。
 そうしている間にも幸雪が試作品をしあげた。見た目はさながら桜餅、実は餡子を包んだミルクチョコレートだ。監視の兵へ話しかけ試食を頼む。
「どうかな? お口に合うものがあるように幾つかバリエーションを用意した方が良いと思ってね。お土産にもどうぞ。ご家族が喜んでくれたならうれしいよ」
 相手の緊張を解きつつ、さりげなく感想を聞き取る。幸雪を囲む人の輪のなか、アーヴィンは水汲みの侍女へ目を留めた。ためしに流し目を送ると相手も背筋を伸ばす。
「俺の試食もお願いしたい。キミの助けがあるなら……いや、強制はしない。だけど何時だって、命は過ぎ去っていくもんさ、そうだろ?」
 猫なで声をかけながら驚く彼女を追い詰め、片手を壁に置き退路を塞ぐ。
「俺様のおもちゃに何してくれてんだ、ああン?」
 いきなり立ちふさがったスメラギにアーヴィンは舌打ちをこらえた。ひとまず笑みで取り繕うもすれ違いざまに背を叩かれ、今度こそ舌打ちする。
「むかつく」
「なんだろうな、今の。私も叩かれたぞ。物欲しそうにしているからベーコンをあげたんだが、切れっぱしじゃお気に召さなかったのかね」
 怪訝な顔をする二人の脇で、幸雪はスメラギの立ち去った扉を見つめていた。

●はじめましての行く末は
 宵の口。
 ふすまを取り払い畳の上にじゅうたんを敷いた即席洋室には、白銀の大皿に盛られた料理が整然と並んでいた。中央のテーブルには特大ワンプレート、いわゆるお子様ランチ。オムライスにハンバーグ、グリーンサラダにもきのこきのこ、きのこが大合唱。庭ではケバブがこんがり焼けている。最大限いやそうな顔でスメラギは呟いた。
「……なんだこりゃ」
「ビュッフェだ」
「食べたい料理を自分でとって食べる。西方の宴会の一種さ」
 タラサがドレッシングの容器をサラダの隣へ置いた。繊細なレタスのレースの上で、大地の甘みを宿したとうもろこしが宝石のように輝いている。
「これが東方風ごま入りドレッシング。醤油とごま油ベースだからスメラギの大将も食べやすいと思うよ。ひとまずサラダにゃこいつをかけて、気に入ったら別のも試してくれ」
「パンはカイザー・ゼンメル、スメラギを冠する名ですわ。と言っても、あなたと違って主張はしませんけれど。箸休め、って言うのかしら、東方では。私の周りではパンは神聖な料理だけれど、決して主役ではないの。なくてはならない付け合せ、それがパンね」
 一行の説明を聞きながらしぶしぶ部屋を回るスメラギ。パスタの山の前でアーヴィンを見上げる。
「きしめん?」
「フェットチーネだ、聞いてたかクソガキ。こっちはオレキエッテ。意味はな、これだ」
 アーヴィンの指先がスメラギの耳たぶをひねり上げた。
「いでで、何しやがる!?」
「我輩はかぷってするーである!」
「やめろデカ女!」
「あのね、スメラギ君」
 幸雪はひたと相手を見据え、穏やかに続けた。
「君の言い分もわかる。だからこそ、僕達と食卓を囲んでほしい。僕もね、最初は、あまり口に合わなかったな……」
 僕も詩君や流君のように、リアルブルーの東方からやってきたんだ。幸雪の声は強くはなかったが、静かに広がっていた。
「誰も知り合いがいない世界へ突然転移してきて、見知らぬ食べ物ばかりでね……。それでも、この世界の人たちのことを知りたいって思うようになった時からは、自然と美味しく感じたんだ。何も知らないままでは不安だったけど、今はもう大丈夫、だから……」
 ここに置いておくねと、幸雪は自信作を出した。和紙の包みには彼手書きの桜が舞っている。視線をすべらせたまま何も言わないスメラギ。幸雪を押しのけ、流が踏み出した。
「手前からも一品献上いたします。これなるは名を、肉じゃが、と申します。実はこの料理は……」
 流は胸のうちを肉じゃがの歴史に託し切々と説いた。冷静だった語気が次第に熱を帯びたものになり、声音は晴れやかに朗々と。スメラギは面食らったまま彼を眺めている。
「西洋伝来の芋をはじめとする菜に加え、なまぐさの獣肉を使用しております。しかしながら味付けは出汁に醤油、酒にみりんと、純東方風。即ち!」
「ん」
「融和、という趣旨にそぐうもので御座る!」
 スメラギが口元を拭った。肩が震えている。流本人はいたって真面目に、周りから見ると芝居がかった仕草で、椀を指し示す。
「この具材どもが西方から入ってきた”もの”だとすれば、魂とは即ちこの汁に御座る。どんなに様が変わろうとも、汁が変わらねば味は守れるのです!」
 力説にスメラギが吹きだした。
「言いたいことはわかるけどよ。汁って、使ったら捨てねぇ?」
「……士分でも無き己が、過ぎた口を叩き申した。ご裁量は如何様にも」
「面白いヤツだな!」
 ひとしきり笑うとスメラギは流の背を三度叩いた。羽織を掛けなおす彼は肩の荷をひとつ、おろしたように見えた。
「俺様でも醤油味のヴィシソワーズはいまいちだってわかるぜ。前置きはいいから早く食わせてくれよ。さっきから腹の虫がうるせぇのなンの。まずはあれ、あれ食いたい!」
「うむ、巨大肉は男子の夢じゃな」
 ケバブを指差す彼に、マロウが語りかける。
「……朝に出したプレッツェル、あれはね。腕という意味の名前だけれど、形は愛を意味すると言われているの。西の彼方では信じた相手の手を握って愛を伝えるのよ」
 どうぞこれから、東方と西方、良き友となれますよう。皇さま。差し出したマロウの手をスメラギが取る。固く握手を交わす二人を眺める流は、背に残った余韻に郷愁を覚えていた。幸雪が感慨深げにまぶたを閉じる。
「なつかしいな、夏越の祓の季節だね」
 詩の胸にすとんと彼の言葉が落ちた。
(なんだ。本当のスメラギ君は、とっくに私たちのことを)
 立花院が安堵を滲ませ、タラサはにっこり笑った。
「お待ちどうさんみんな。さあ宴だ、たんと食いな! スメラギの大将、乾杯の音頭を頼むよ!」
「飲むモン、紅茶だけ?」
「「「あっ」」」

依頼結果

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MVP一覧

  • 征夷大将軍の正室
    天竜寺 詩ka0396
  • 歩む道に、桜
    薬師神 流ka3856
  • 夢への誓い
    ハッドka5000

重体一覧

参加者一覧

  • 黒竜との冥契
    黒の夢(ka0187
    エルフ|26才|女性|魔術師
  • 征夷大将軍の正室
    天竜寺 詩(ka0396
    人間(蒼)|18才|女性|聖導士

  • アーヴィン(ka3383
    人間(紅)|21才|男性|猟撃士

  • 月護 幸雪(ka3465
    人間(蒼)|58才|男性|闘狩人
  • 歩む道に、桜
    薬師神 流(ka3856
    人間(蒼)|20才|男性|闘狩人
  • 楽しいパン調理の協力者
    マロウ・フォン・ルルツ(ka3860
    人間(紅)|14才|女性|聖導士
  • 夢への誓い
    ハッド(ka5000
    人間(紅)|12才|男性|霊闘士
  • 誓いの隻眼
    タラサ=ドラッフェ(ka5001
    人間(紅)|23才|女性|闘狩人

サポート一覧

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アイコン 相談卓
アーヴィン(ka3383
人間(クリムゾンウェスト)|21才|男性|猟撃士(イェーガー)
最終発言
2015/08/15 16:59:21
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/06/19 16:19:33