或る少女の不確定性原理

マスター:藤山なないろ

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
  • relation
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~3人
マテリアルリンク
報酬
無し
相談期間
5日
締切
2015/07/03 22:00
完成日
2015/07/13 18:29

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●相反する願い

 1015年初夏、グリム領北部の通称”天国に一番近い森”にて、ユエル・グリムゲーテはハンターたちの助けを借り、ある精霊と契約を果たして覚醒者となった。
「お母様……ご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございませんでした」
 傷だらけの少女は、グリムゲーテ邸に送り届けられるとハンターらの前で母親に深々と頭を下げた。ぎこちないやりとりだ。だが、そんな少女を、母エレミアはきつく抱きしめた。良かった、良かったと何度も繰り返しながら。
 エレミアの涙が少女の頬に流れ伝うと、一層の苦しさを覚える。少女の母は、半年ほど前に歪虚に愛する夫を殺害されたばかり。だからこそ、今回の出来事は酷く不安だっただろう。
 そんな中で、もし娘が歪虚に立ち向うとでも言おうものなら、彼女はどう思うだろうか? よしんば受け入れられたとしても、この先ずっと“今みたいな顔”をさせ、心配をかけ続けることになるのではないかと、少女は深く理解出来たのだ。
 自分が傷つくことなど何ら厭わないユエルだが、少女には決定的に想像力が欠けていた。無論、それには理由がある。だが彼女は、自分が傷つくことで周りがどんな顔をするのか、どんな思いをするのかを、今の今までまるでわからなかったのだ。思いもよらなかった、と言い換えてもいい。向き合って初めて見えた大切なものの顔。流した涙の温もりに、「覚醒者として、歪虚と戦う力を得ました」──その一言がどうしても言えなくなってしまった。

●温度差

「ユエル様、ご機嫌麗しゅうございます。久々のご登校、心待ちにしておりました」
「ご不在の間、寂しい思いをしておりましたのよ」
「そうそう、先日の辺境遠征のお話、まだお伺いできていませんでしたわね。巨人たちとの戦いは、いかがでしたのでしょう?」
 墓参りでの怪我も完治した頃、在籍中のグラズヘイム王立学校へ登校した私の傍にいつもの女の子たちがやってきてくれた。
「私には過ぎたお言葉ですが、ありがとうございます。……そうですね、辺境ではハンターの皆様やダンテ様がご活躍なさって」
 意図せぬところでキャーッ! と、歓声が上がる。意味が解らず疑問符を浮かべていると、一人が興奮気味に手を合わせた。
「ダンテ様って、あの王国騎士団副長の?」
「はい。あの、赤い騎士様です」
「素敵! 今度紹介してくださいませんか?」
「え? えと、お兄様に聞いてみま……」
「そう言えば! エリオット様って、特定の方はまだいらっしゃらないのですよね?」
 苦手な会話だ。漏れ出る溜息を懸命に喉奥へ飲み込んだ。

 グラズヘイムの教育は、基本的に「全ての人々は等しく豊かでなければならない」という教会の教義に基づいている。国による初等教育、プルミエール。聖堂教会による講義、エクレシア。そしてグラズヘイム王立学校と、私塾。それら四つが教育の中心となっている。プルミエールとエクレシアによって全王国民に最低限の教育を届けながら、王立学校で各種高等教育を行うというのが実情。私塾は裕福な貴族などがよく行くもので、侯爵家ともなれば私塾へ通うことが多い。というより、家に相応しい指導者を呼んで幼少より帝王学をはじめとする個人教育を徹底する家も少なくない。当の私も王立学校へ通うまではそうだったのだ。
 だが、私はあることがきっかけで父と母に懇願して領地から離れた騎士科を擁する王立学校へ通うことにしたのだ。これは比較的珍しいケースになるのだろう。物珍しさか、はたまた別の理由か……入学したての頃は、みな私を遠巻きに見るだけだったが、今ではこうして熱心に声をかけてくれる。ただ、正直に言えば、昔の方が幾分楽だった。なぜなら、彼女たちがはしゃぐ姿は絶対的な距離を感じさせてくるのだ。
 ──彼女たちは、何のために騎士となり、何のために戦おうというのだろうか。
 鳴り響くチャイムが会話の強制終了を告げる。解放された事実に、私は心から安堵の息を吐いた。

●戦う理由

「……お嬢様? もうお済みですか?」
「え?」
 先ほどから私は皿に盛られたチーズ入りマッシュポテトをさらにマッシュアップしていたらしく、メイドのマリーが不安げな面持ちで問いかけてきた。
「ご、ごめんなさい! 食べます!」
 慌ててフォークを動かすも、マリーは寂しげに視線を落とすばかり。
「お口に合いませんでしたか」
「とんでもない! ……そういえばいつもと風味が違いますね。ハーブですか?」
「はい、同盟より取り寄せた香草でございます。食欲増進が期待できるともっぱらの噂で。……お嬢様、最近食が細くていらっしゃったので」
 自分でも気づいていなかった事実。恐らく体重は落ちているだろう。ただでさえ力に劣る現状、これでは剣を振るう筋力が保てない──そんな思考に囚われる私に、マリーは柔く笑む。
「何より、お元気がありませんでしたから。少しでも美味しく食べて頂けたら、と」
 勿体ない笑顔、過ぎた心遣い。なぜ私なんかのために……零れそうな言葉を咄嗟に抑え込んだ。これは私の根底にどうしようもなく流れている闇そのもので、止めようのない汚濁だ。
 笑う彼女になんと答えるか迷ったけれど、私は「ありがとう」と本心をありのまま口にしてみたのだった。

「もしマリーの家族の誰かが、ある日覚醒者の力に目覚めたとして……家族を守るために戦いたいと言ったら、どう思いますか?」
 突然の問いに彼女は随分驚いた顔をした。けれど、目元を緩めながら「誇らしく、思いますよ」と即答する。
「私の父も、最期まで国の立派な騎士でございましたから」
「ごめんなさい。辛いことを……」
「いいえ、お嬢様。私は、家族や国、ユエル様や領の皆をお守りくださった父を誇らしく思っています。そして同時に、戦いへ赴く父を胸を張って送り出した家族のことも、私は誇りに思うのです」
 膝の上で握り締めていた私の拳にマリーの温かな手が重なる。
「ゲイル様が戦いに赴かれた理由を、どうお考えですか」
「理由?」
 家族や領や国の為ではないのだろうか? 考えあぐねる私に投げかけられた言葉はとても優しい。
「“悩んでもいい。迷ってもいい。けれど、歩きながらにしなさい。立ち止まっては、何にもならないよ”」
「……それって」
「はい。ゲイル様の受け売りです」
 にこりと笑って、彼女は私の前に数種のデザートがのった大皿を運んでくる。
「糖分は頭の活動を助けてくれるそうですよ。さぁ、本日はどのデセールを召し上がりますか?」



「“悩んでもいい。迷ってもいい。けれど、歩きながらにしなさい”……か」
 翌日、私はイルダーナの転移門の前にいた。これまで一人で使用することが出来なかった門へと腕を伸ばし、私は、不思議な光に包まれた──。

 一時的に多量の生体マテリアルを消費したためか、軽い眩暈を感じながらも私は先ほどまでと異なる景色に口元を緩める。
「良かった……成功、したみたいですね」

リプレイ本文

●ハンターオフィス、資料室

「……正直な事を言えば元々はハンター稼業なんてものには興味はなかったんだけどね」
 歪虚の情報を調べる為に複数の依頼報告書を物色中だった鳳 覚羅(ka0862)は、或る少女の問いにこう答えた。
「なんというか……とある村で滞在中に歪虚の群れに襲撃されてね。一応、俺も戦闘のプロだ。状況を見れば一目瞭然、その場を一刻も早く離れるべきだと判断して退避してたんだけど」
 一呼吸おいて、覚羅は目を伏せる。その光景が瞼に焼きついているのだろうか。
「逃げ遅れた子供を見かけてね。……その子を助けたはいいけど、その時の負傷で見ての通りの義肢義眼なんて有様だ。このまま楽隠居とも考えたけど、なぜだろうね……ふと思ったんだ」
 ここまでを一気に話し、思い出したように視線をやる。少女ユエルは覚羅のようなハンターと接触するのは初めての機会だが、少女にとってこの雰囲気は不思議と懐かしい心地がした。
「のど、乾きませんか? お飲み物もあったらよかったですね」
 丁寧に過去を語る覚羅が話疲れないよう、気を配るユエル。応じる覚羅は、資料室におかれていた椅子の一つに腰を掛けた。
「話を戻すけど。本来自分が居るべき場所で傭兵として防波堤にならなければいけないのに平穏無事な人生を謳歌するべきな人達が続々と復讐だの国の為だの家族や隣人の為だのを理由にハンターになって戦いに身を投じている……此れでいいのかと」
「ええと……どういうこと、ですか?」
 センテンスを見落とし、首を傾げながらユエルは問う。だが、その問答は成り立たないと解っていた。
「まぁ、アレだよその時自分は怪我を理由に安全な場所でふんぞり返っている状況が癪だったのかな?」
「自分の心情に従った……ということ、ですね」
 覚羅の苦笑に応じ、ユエルは礼を述べてその場を立ち去った。

●喫茶店の不思議な3人

「お待たせしてすみません!」
 資料室から駆けてくるユエルを待っていたのは、
「そんなに急がなくても大丈夫ですよ」
 ふわりと笑顔を浮かべるブレナー ローゼンベック(ka4184)。その向かいにはバリトン(ka5112)の姿があった。
「気にせんでいい。わしは、一度『ぱふぇ』とか言うものを食ってみたくての。いい機会じゃし付き合ってくれい」
 皺の刻まれた顔をくしゃりとさせて、老爺は笑った。

「あの、どうしてボクらに声をかけたんですか?」
 目抜き通りの喫茶店に入り、注文を終えて人心地ついたところでブレナーが問う。
「私は貴族の家で育ちました。王国の外を、広い世界を、知らなくて」
「だから、色んな人の話を聞いてみたかった……と?」
 穏やかな確認に促され、ユエルはこくりと首肯する。
 会話を妨げないようウェイトレスがそっと置いていった淹れたてのコーヒー。漂う香りに鼻孔をくすぐられ、カップに手を伸ばしたブレナーはテーブルの上を見渡す。バリトンが頼んだ特製キャラメルシナモンパフェが存在を主張しているのを確認し、
「じゃあ、注文も揃いましたし、ボクのお話から始めましょうか」
 食べながら聞いてくださいね──そういって、微笑んだ。
「最初、ハンターってどういう存在なんだろうって思ったんです」
「ブレナーさんは、リアルブルーのご出身なんですよね」
「はい。猶のこと現実に則したイメージがなかったんでしょうね。だから、ここに来て沢山の人に出会って、お話を聞きました」
「今の、私のように?」
 訊ねる少女に、少年は頷く。
「色んな考え方や価値観があって、ボクにも何か出来る事があるんじゃないかなって思えたんです」
 ブレナーはゆったりとカップに口をつけると、一息ついて告げる。
「この世界はお伽噺のような空想世界じゃなく、現実に生きている人達が困っているんだってこと、これまでの依頼を通して痛感しました」
 少年の目の前には、この世界を生きてきた、この世界しか知らない少女がいる。彼女は頼んだ紅茶の存在も忘れ、ただただ話に聞き入っている。
「ユエルさん、冷めちゃいますよ」
 慌ててカップを持ち上げるユエルを、どんな思いで見たのだろうか。少年は、コーヒーに視線を落とすと眉を寄せる。
「……未だに武器を振るうのは怖いと感じますし、痛いのも嫌です」
「武器が、怖い?」
「武器は冷たく奪うもの、とボクのお友達は言っていました」
 やがて、顔を上げたブレナーの瞳は、決意の色に満ちたしていた。
「だからこそ……奪う事に慣れずにボクらしくハンターのお仕事を全うしていける様になるのが理想なのです」
 少女にとって武器とは"歪虚から大切なものを守るための道具"だった。生まれや立場が違うだけで、それはまるで違う意味を持ってしまうということを少女は新たに思い知った。
 ブレナーは、真っ直ぐな心で気負うことなく笑う。少女にはそれがひどく眩しく映った。

「次はわしじゃな。実を言うとこの間まで引退しておったが」
「え?」
「わしは孤児でな。育ててくれた先生と同じ孤児の兄弟姉妹のために金を稼ぎたくて50年ほど傭兵を続けておった。誰かを守るために剣を振るうのも性に合っていたしの」
 器の底でシナモンとクリームをたっぷり吸ったリンゴをぺろりと食べ終えると、スプーンを器の中へ放って腕を組む。老戦士は遠き日に思いを馳せるように目を閉じた。
「引退してからどれほど経ったか、ある日孫娘の一人が旅に出ていっての」
 ややあって、男は瞼を開くと、気持ちの良い顔で言った。
「世の中には戦う力を持たない者もおる。若者達が僅かでも多くの道を選べる手助けをしたいと思って、復帰をしたというわけじゃ」
 戦う力を持たない者──それは、少し前までの自分。目を伏せる少女は自らを省みているように見え、バリトンとブレナーは顔を見合わせ、察したように頷きあう。
「さて、そんな爺から何か迷ってそうなお嬢ちゃんにスーパーお節介タイムじゃ」
「私に?」
 くすりと笑ってブレナーが答える。
「ここにはユエルさん以外のお嬢さんはいませんよ」
「お主もかわいらしい顔をしとるが……しかし、お嬢ちゃん。自身の思いに不安があるのかの?」
 会ったばかりの2人にも、迷いは伝わってしまったようだ。老爺は少女の顔を上げさせると、にっと笑って見せた。
「大丈夫、間違っていてもいいんじゃ。完璧である必要はない」
「完璧である必要は、ない? でも……」
「あぁもう、いいんじゃ。必要ないと言ったら必要ないんじゃ。……若者には反省しやり直す時間がある」
 生まれてから今日まで、求められていた自分の像。寄せられる期待に応えたいと、背伸びをし続けてきた。けれど、こんな風に言ってくれる人は今までいなかった。
「ただ、自身の心だけは誤魔化したり裏切ってはいかん。過去と未来の自分に恥じぬような決断を下せ」
 一つ一つ受けとめ、ユエルは何度も何度も首肯する。
 口を開いたら、涙がこぼれてしまいそうな気がした。

●良家のふたり

「あら、ユエルさんじゃない」
 喫茶店の出入口で遭遇したのは、くりっとした赤い瞳が印象的なラブリ”アリス”ラブリーハート(ka2915)。美味しい茶葉を探してこの店に辿りついたようで、会計でかわいらしい財布を取り出しているところだった。
「その節は、お世話になりました」
 ぺこりと会釈するユエルを見て、ブレナーとバリトンはその場で少女と別れの挨拶を交わした。

「今日はひとり?」
「はい。ソサエティに用があって。ラブリさんは?」
「私は、ほら、トレジャーハンターだもの」
 えへんと胸を張るラブリは、驚いた様子のユエルに「あれ?」と首を傾げる。
「言ってなかったかしら」
「はい。でも……そのお話、もう少し聞かせて頂けませんか」
 コンポートした大粒の苺をのせ、上からとろりとジャムをかけたデコラティブなチーズケーキ。運ばれてきたそれに口角を上げながらラブリは咳払いを一つ。
「そうね……私は貴女と似たような家庭環境に生まれたの。でも、性分かしらね。トレジャーハンターとして活動してて、覚醒したのもそんな活動の中でのことだったわ」
「覚醒には、理由が?」
「端的に言えば、ハントに便利だったからね」
 にっこり笑って、フォークで切り分けたケーキを頬張る。
「ご両親は?」
「んー、私がおてんばだから心配をかけてるけど、同時に応援してくれてるわ」
「そう、ですか……」
 先ほどから不安げなユエルに気づいたのか、ラブリはじっと少女を見つめた。
「ねぇ、悩み事? 良ければ聞くわよ」
 考えあぐねる少女をしばし見守っていたが、ラブリは突然フォークにケーキをひと掬いして差し出した。
「あーん、して」
「え!?」
 意図を理解できないユエルの口へ、それでもフォークを近付けると、少女は耳を赤くしながらケーキをぱくりと口にする。
「はい、私たちこれで友達よ」
「……友達?」
「いつでも心から必要な時に助け合うのが友達。悩みがあるなら、一緒に考えるのも友達だわ」
 呆気にとられていたユエルも漸く理解出来た様子で「はい」と嬉しそうに、照れくさそうに、微笑んだ。

 少女の話を聞いたラブリは、しばし腕組みをしていたけれど。
「やりたいことを成す上で複数の道が作れるなら、あらゆる手段を使ってでもやりたいことへ向かうべきよ」
 私も友達として協力するわ、とウインク。
 喫茶店の陽のあたるテラスで、少女らは楽しそうに笑い合った。

●守りたいものは

 ラブリと別れたユエルが往来を眺めていると、ぽんと肩を叩かれた。
「こんなところでどうしたの?」
「ルアさん!? あ、えっと……」
 声の主はルア・パーシアーナ(ka0355)だった。ルアは、先日覚醒した際にもユエルに在り方を説いてくれた存在で、少女の友達だ。だからこそ、彼女は察したのかもしれない。
「そうだ。ユエル、この街は初めて?」
「はい、初めてです」
「じゃ、行きましょ」
 おのぼりさん1名の手を引いて、ルアが元気に歩き出す。「あれ?」と思いつつ、引っ張られるユエルが咄嗟に訊ねたのは。
「ど、どちらへ?」
「お散歩だよ」
 ルアの笑顔には、委ねてしまいたくなる魅力が感じられたのだった。

 それからしばしの散策を終えて休憩に港のベンチへ腰をかけた頃、ユエルがこんなことを尋ねた。
「ルアさんは、なぜハンターに?」
「やっぱり、それで悩んでたんだ」
 見守るような目線に、つい俯いてしまうユエル。その傍に寄り添って、ルアは笑った。
「子供の頃って世界が狭いでしょう?」
「え?」
「……子供の頃の私の世界って、幼なじみの二人だったんだ。どんどん前に突っ走る貴族の女の子と、それに負けずに付いていく年下の男の子。私はずーっと二人を追いかけていたの」
 語られる話は少女にとってもどこか懐かしく、フラッシュバックする景色があった。
「立場が違うから、対等な関係になりたくてハンターになったんだけど。ハンターをしている目的はね、追いかけるためかな」
「その二人を?」
「うん。二人とも、走り出したら一瞬でね」
「解ります。私にも、そんな友達がいて」
「あはは、そうなんだ。けど、追いかけるとかそういうのは違うなって漸く気付いた」
 ルアは自らの掌に視線を落とした。
「二人が何かをしようとしたときに助けたり、止めたりしたくっても力がないとどちらも選べない」
「だから、ハンターをしているんですね」
「うん。……ユエルは?」
 突然の問い。きょとんとするユエルに、ルアはこう続ける。
「どうして覚醒者になったの?」
 逡巡。強い思いがあった。あの日、それをルアに見ていてもらったはずなのに。
「それを聞けば、周りの人も一緒に走ってくれたりユエルを止めてくれたりすると思うよ」
 海の向こうに沈もうとしている太陽を背に、ルアはベンチから立ちあがり──
「もちろん、私もね」
 ユエルに手を差し伸べた。
 恐る恐る重ねられた手は少し頼りないけれど、確かな温もりがそこにあった。
「私も……ルアさんと似てる。大事な人を助けたり、力になりたかったんです」

●シュレーディンガーパラドクスの破壊

 夕暮れの街を歩く少年が一人。港の見える公園は、落ちゆく夜の帳に人影もまばらとなってゆく。
「……あれは、グリムゲーテ」
 そんな中、或る少女の姿が目に付いた。目的もなくふらつくような少女ではない。理由があるならば、恐らく──少年は、周りに護衛がいないのを確認し、
「よし、スカートをめくろう」
 悪戯に口角を上げた。

 状況を確認。対象との距離4m。背後から木陰に身を寄せ、忍び歩き。そして……
 近接命中110、瞬発、器用、直感、対象の抵抗と照合し判定開始。
 1D100で、ダイスロール……成功。

 バサッ──少女のスカートの裾が、美しい弧を描いて宙空を舞った。

 “白”……まぁ、それはどうでもいいとして、文月 弥勒(ka0300)は何事もなかったかのように言ってのける。
「よお、ソサエティならあっちだぜ」
 振り返り、状況を理解した少女との間におりる不自然な沈黙。少女は無感情に弥勒を見つめている。
「おい? 聞いてんのか?」
 世話が焼けると独りごちる弥勒の頬──正確には仮面──めがけ、恐るべき速さで何かが飛んだ。
 バチン!!!
 衝撃的な音が響き渡る。仮面があってよかった。平手の跡がつかなくて済んだからだ。

 むすっとしたユエルと二人、並んで街中を目指す弥勒は耳の辺りを掻く。
「人間は生きてりゃ他人に迷惑をかけることがある。それは仕方ないことだ」
「さっき弥勒さんがしたことは仕方がないことだったんですね」
「そこから離れろよ。……いいか、迷惑を被ったときに許せる人間になれ」
 少女の真っ赤な瞳が、ジト目の形をしている。けれど、突然の意趣返し。
「じゃあ、質問です。弥勒さんはどうしてハンターに?」
 教えてくれたら、許します。らしくないことをいうユエルに苦笑し、弥勒は応じた。
「戦うためだ。歪虚とも、人間とも、俺は戦うぜ。必要があるかは俺が自分で確かめてから判断する」
 彼らしい応答に、少女は俯いて、ぽつりと漏らす。
「弥勒さんは、自分を良く知ってる。真っ直ぐで、強い人。私には時折理解できません。でも……理解しようと頑張るのがいけないのかもしれませんね」
 首を傾げる弥勒に促され、少女は溜息を吐いた。
「さっきのことで、真面目に悩むのが馬鹿らしくなりました」
「そりゃよかった」
 賑やかな大通りに突き当たる。ソサエティは目と鼻の先だ。
「私、ソサエティに行ってきます」
 クレープ、ごちそうさまでした。そう告げる少女は、随分晴れやかな表情に変わっていた。だからと言うわけでもないけれど。
「そういや、言いそびれてたぜ」
 不思議そうな顔をして少年へ振り返り、
「覚醒、おめでとう」
 ユエルはとびきりの笑顔を浮かべたのだった。

●新米ハンター、誕生

「こんばんは。あの……ハンター登録を、お願いします。ユエル・グリムゲーテ、クラスは──聖導士です」

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MVP一覧

  • 壁掛けの狐面
    文月 弥勒ka0300
  • (強い)爺
    バリトンka5112

重体一覧

参加者一覧

  • 壁掛けの狐面
    文月 弥勒(ka0300
    人間(蒼)|16才|男性|闘狩人
  • Theory Craft
    ルア・パーシアーナ(ka0355
    人間(紅)|16才|女性|疾影士
  • 勝利への雷光
    鳳 覚羅(ka0862
    人間(蒼)|20才|男性|機導師
  • ハートの“お嬢さま”
    ラブリ”アリス”ラブリーハート(ka2915
    人間(紅)|16才|女性|聖導士
  • 刃の先に見る理想
    ブレナー ローゼンベック(ka4184
    人間(蒼)|14才|男性|闘狩人
  • (強い)爺
    バリトン(ka5112
    人間(紅)|81才|男性|舞刀士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/07/01 02:00:41
アイコン 質問卓
バリトン(ka5112
人間(クリムゾンウェスト)|81才|男性|舞刀士(ソードダンサー)
最終発言
2015/07/01 02:04:06
アイコン 相談卓
バリトン(ka5112
人間(クリムゾンウェスト)|81才|男性|舞刀士(ソードダンサー)
最終発言
2015/07/03 08:29:01