宵の口のグラズヘイム王国の東部森林地帯。森の中にある丸太小屋では楽しそうな声が響いていた。
「晩御飯は具だくさんのスープよ♪　パンも焼きたてなんだから」
「わあ、ほんとうだ！」
　テーブルについた少女ナエの前に母親のカリーヌがスープの皿を置く。湯気と一緒に美味しそうなにおいが立ちのぼる。
「では森の恵みに感謝して食べようか」
「うん♪　いっただきますー♪」
　父親ドッタの一言で食事が始まった。
　森の奥に一家だけで暮らしていたのには理由がある。約二年前、ドッタが小川の中で砂金を発見したのがきっかけだった。
　当初はドッタだけで籠もるつもりだったのだが、離ればなれは嫌だとカリーヌが大反対する。話し合いの末、小川の近くに丸太小屋を建てて家族全員で住むことになった。
　採れる砂金は決して多くはない。だが元々貧しい一家にとっては大金である。それなりに溜まったところでここを引き払い、何かしらの商売を始めるつもりだった。
「気のせい……ではないよな？」
「ええ、どうしたのかしら？」
　楽しく食事を頂いていたところ、地面が揺れているのに両親が気づく。いきなり壁と屋根の一部が吹き飛ばされた。
「早く！」
　何が起きたかわからなかったが、ドッタの機転によって全員が床下の倉庫へ飛び込んだ。こっそりと床板の隙間から地上の様子を覗き込む。
　月下に照らされていたのは巨大な四つ足の魔獣だった。鼻が象のように長い。外皮は赤と紫のまだら模様で二つの牙が銀色に輝いている。
　仮に『赤紫牙』と名付けた魔獣は丸太小屋周辺に留まり続けた。いくら待っても何処かに行く気配は感じられなかった。
　三日が過ぎた頃、ドッタとカリーヌは覚悟を決める。床下の出入り口は落下してきた屋根材のせいで開けることができない。しかしナエだけなら通風口から外にでることは可能だ。
「ナエ、この袋と手紙を持ってエルフの集落に行くんだ。道はわかるよね」
「でも、パパのママが……」
「大丈夫よ。お手紙には助けて私たちも助けて欲しいって書いてあるの。だからエルフのみなさんがうまくやってくれるわ」
「……うん。わかった」
　ナエは両親の言うとおりにする。ばれずにこっそりと通風口から抜けだして森の中を駆けた。半日後、泥まみれで集落に辿り着いたナエはエルフの長老に手紙と小袋を渡す。
「……なるほどな」
　手紙には娘をどうか大人になるまで育てて欲しいと認められていた。袋に入っていた砂金はそのための謝礼。両親は最初から自分達の命を諦めていたのである。
「パパとママが閉じ込められているの」
「心配せんでよいぞ。すべてわしに任せるがよい」
　エルフの長老はナエに微笑んでみせた。
　かといって集落の戦力は微々たるもの。赤紫牙にエルフの集落を襲われる危険性を考えれば、うかつには動けない。
　そこでハンターに協力を求める。魔導伝話のある町まで使いの早馬を走らせるのだった。

●
　森へ踏み込んだハンター一行は最初にエルフの集落を目指す。
　地下に閉じ込められている夫婦の安否を考えれば一刻を争う状況なのはわかっている。しかしこういうときこそ現地の情報が必要だ。集落に到着した一行は集落民に長老宅まで案内してもらう。
「もしかしてナエちゃん？」
「うん」
　アイ・シャ(ka2762)が長老宅の出入り口横に立っていた俯き加減の少女に話しかける。依頼書に書かれていた救出を求められている夫婦の娘『ナエ』で間違いなかった。
「パパとママを助けて欲しいの……」
　ナエが泣き腫らした瞳でハンター一行を見上げる。
「……ナエ、大丈夫……両親……必ず、助ける……」
　Ｎｏ．０(ka4640)が地面に片膝を落としてナエに話しかけた。ちなみに読み方が変化して彼はＮｏ．０ではなく『レイヴェン』と呼ばれている。
「ハンターは強いから大丈夫だってエルフのおじいちゃんがいってた」
　気丈に振る舞うナエの姿にアニス・エリダヌス(ka2491)が瞳を潤ませた。
「連れて帰ります。必ず……！」
「お姉ちゃん、パパとママをお願いね」
　アニスは歪虚の大侵攻によって両親を失った身の上である。自分の境遇の重ね合わせて改めて決意した。ナエの両親を絶対に助けだすと。
　ラティナ・スランザール(ka3839)は荷物の中からキャンディーを取りだしてナエに手渡す。
「ありがとう！」
「ここに来るまで、よく頑張ったな。ナエのパパとママは兄ちゃん達が助けてやるからな」
　キャンディを頬張ったナエの頭をラティナは撫でて微笑んだ。
　それまでナエと仲間達のやり取りを眺めていたエリス・カルディコット(ka2572)が肩の力を抜いた。
「ふう……。すぐに行動をしないといけませんが……焦らずに、落ち着いていきましょう」
　熱くなるだけでは人は救えない。救出現場で右往左往しないためにも準備が必要だ。それが出来うるのはこのエルフの集落しかなかった。
「エルフの長老、いえ、おじいちゃんは今家にいますか？」
「うん。案内するよ」
　アルマ・アニムス(ka4901)が頼むとアルマ・アニムス(ka4901)が長老宅を案内してくれる。
（育ててくれる人がいればいいというものではないんですよ。親の死は、どんな形であれ大きな傷になります）
　ナエの後ろ姿を眺めながらアルマはそう心の中で呟く。
「よく来て下さったな。まずは座って下され」
　広間に通された一行は長老から話を聞いた。
「依頼書に『赤紫牙』と書かれてあった魔獣だが、これまでに見かけられたことは？」
「これまでわしの人生の中ではないのう。しかし口伝で似たような魔獣のことを聞いた覚えは残っておる」
　ラティナの質問に長老が答えてくれる。
　ミリア・コーネリウス(ka1287)は長老への質問を仲間達に任せてナエの相手をしていた。
「なるほどね。家の中はこんな感じなのか」
「うん！」
　ナエが描いてくれたのは一見適当な絵だが、実は住んでいた丸太小屋の見取り図である。
正確とは言い難いがあるとないとでは大きく違う。仲間達との相談の際、見せることになるだろう。
　バルバロス(ka2119)が壁にもたれて長老の話を聞いていた。ふと足元を見るとナエの姿がある。
「どうした？　ワシの顔に何かついているのか？」
「うううん。おっきくて強そうだと思ったの」
　魔獣退治なら任せておけと力こぶを作ったバルバロスは大いに笑う。
「仕方がない」
　多くのハンターの希望によって長老はナエの同行をしぶしぶ認める。万全を期すのにナエの知識は必要だったからだ。乗り気でなかったのはナエの身を心配したからで、それ以上の意味はない。
　ハンター一行はエルフの集落を出発する。ナエの案内で赤紫牙が居座っている森の中の丸太小屋を目指したのだった。

●
「この坂をのぼったらお家が見えるよ」
　ナエは乗せてもらっていたハンター所有の馬の背で遠くを指さす。
　丸太小屋までもうすぐのようなので、ここから先は慎重に近づいていく。耳を澄ますと獣の低い呼吸音が聞こえてくる。登りきらずに迂回して茂みの中からこっそりと様子を窺った。
　すると噂通りの魔獣『赤紫牙』がいた。その名が示す通り、赤と紫色のまだら模様をした四つ足の魔獣が丸太小屋があった場所に鎮座している。
　丸太小屋は壁の一部を残して殆どが崩れていた。
　それからの一行は赤紫牙に見つからないよう丸太小屋周辺の地形を確認する。その上でナエの両親救出作戦に修正を施す。
　三つの班に分かれて散会。ナエの護衛は銃撃班のエリスとアルマが担う。
　急襲班が待機したのは丸太小屋から二百メートルほど離れた土地である。
「ここなら存分に戦えそうだな」
　樹木に囲まれたわずかに拓けた草地でバルバロスが振り返った。丸太小屋からここまで一本の獣道が続いている。
「ナエちゃんの両親を助けるためにがんばりましょう」
「彼女の両親も諦めていないはずだ。今ならまだ間に合う。絶対、死なせたくない…！」
　アイとラティナが獣道に近い茂みに立ち入った。バルバロスも見つけた大樹の巨大な烏鷺の中に隠れる。
　その頃、囮班は獣道の脇に隠れて赤紫牙を監視していた。
（ここ風下……赤紫牙から見つからない……）
　レイヴェンが茂みの中からこっそりと頭部をだす。
「赤紫牙の下には袋がいくつか転がっているね。キラキラ光っているのは砂金かな？」
「あの砂金のせいで赤紫牙は留まっているのでしょうか？」
　ミリアとアニスはアイと話した疑問を思いだす。赤紫牙が丸太小屋に固執する理由があるのではないかと。
　ハンター同士で決めた作戦決行時刻が迫ってきた。
「ナエ様、少し耳がキーンとなるかも知れませんから、こちらを」
「ありがとう」
　優しく微笑んだエリスは心配そうなナエに耳栓を渡す。彼女が耳を塞いだのを確認してから伏射でライフル「ルインズタワー」を構えた。小高いここがライフルの射程と地形を鑑みての最適な場所である。
（もうすぐですね）
　アルマはナエとエリスの元を離れて赤紫牙が見える丘の上に潜んでいた。手には魔導拳銃「ズィーベン」が握られている。
　予定時刻となって各自覚醒。囮班のミリア、アニス、レイヴェンが丸太小屋の庭へと姿を晒す。
「おい、デカいの、こっちに来い。なんだってこんなところに用があるんだ」
　両目を紅く輝かせたミリアがグレートソード「テンペスト」で薪の山を小突いて大きな音をだした。
「……こい」
　レイヴェンが握りしめるルーンタブレットから機導砲の光条が放たれる。その輝きは赤紫牙の大きな耳を焦がす。
「こっちですよ！」
　アニスが使ったのはホーリーライトだ。光の弾が宙に軌跡を描きながら赤紫牙の後頭部へと命中。真っ黒な飛沫が周囲に散らばった。
「守護者の剣の名は伊達じゃないんだよ」
　ミリアの刺突一閃が頬に当たると赤紫牙が吠える。長い鼻を振り回して周囲の丸太を吹き飛ばした。
　囮班は振ってくる丸太を避けながら赤紫牙を獣道へと誘う。
「……こっちだ……」
　レイヴェンが走りだし、ミリアとアニスが続く。
　こうして囮班は丸太小屋から赤紫牙を引き離すことに成功した。振り向く必要はない。地響きで追いかけられているのがよく分かったからだ。
（三人だけではありませんよ）
　茂みに隠れるアルマが正確に銃弾を命中させていく。赤紫牙が冷静になって丸太小屋に戻らないよう刺激を与え続ける。獣道を走る囮班と赤紫牙が側を通り過ぎたところで終了。アニスとナエのところへ向かう。
「この銃の意味通りに、死と破滅を与えましょう」
　丸太小屋から赤紫牙が離れたところでエリスが本気をだした。ターゲッティングで脚を狙って銃爪を絞る。銃弾が草木のわずかな隙間を抜けて赤紫牙の右前足に命中した。
　吠えながらも赤紫牙は未だ囮班を追いかけている。エリスは冷静に次弾を撃つ。
　囮班に続いて赤紫牙も少し拓けた土地まで辿り着く。刹那、獣道を塞ぐようにして奇襲班の三名が茂みから飛びだした。囮班は足を止めて反転し、赤紫牙と睨み合う。
　赤紫牙を丸太小屋から引き離した上での挟み撃ちに成功した。
「ふんっ！」
　バルバロスが力一杯にギガースアックスを振るう。クラッシュブロウが赤紫牙の臀部命中。尻尾の反撃を受けながらもバルバロスはものともしない。
　ラティナは鞭のように撓る赤紫牙の尻尾と対峙する。わざとアックス「ライデンシャフト」に尻尾を巻き付けさせた。手裏剣「朧月」で目などを狙いながら間合いを縮めていく。
「これでも喰らえっ！」
「おうよっ！」
　ラティナが尻尾の根元に強打の一撃を加える。バルバロスも加勢して斧で繰り返し斬りつけていく。こうして赤紫牙の尻尾は千切れ飛んだ。
　赤紫牙の周囲を飛び回るチャクラムはアイが放っていた。部位狙いで赤紫牙の鼻の根元に傷を刻み込む。フェイントアタックで赤紫牙を煙に巻きながらチャクラムを飛ばし続ける。
「こっちです。こっちですよ！」
　時にエンタングルを発動させてウィップ「カラミティバイパー」を赤紫牙の後ろ脚に絡みつかせた。
　混乱している様子が赤紫牙から垣間見える。
「最近、こういうの多いですねぇ」
　アルマは森の中から銃撃を決めていく。
　接近戦を挑んでいる仲間には予め防御障壁をかけておいた。強烈な後ろ蹴りがバルバロスの腹部に当たる。だが光の防御壁が割れ散って衝撃を散らせた。ドワーフの力になれてアルマはとても喜んだ。何故なら彼は大のドワーフ好きなのだから。
　これまでの戦いの間にもエリスのターゲッティングによるライフル射撃は続いている。そしてついに赤紫牙の右前足がだらりと垂れた。赤紫牙は三本の脚で全体重を支えなければならなくなる。
「この紅い鎧は丸太小屋より強いぞ。試してみるか？」
　撓る鼻の衝撃をミリアが鎧で受け止めた。踏ん張りが利かなくなった赤紫牙の長鼻に先程までの破壊力はなくなっている。
「わが心の刃、テナティエルの威光にて顕現せん……力を貸してください、ディーンさん」
　アプレワンドに魔法の輝きが纏って大剣の輪郭を浮かび上がらせた。アニスが放ったフォースクラッシュによる一撃が赤紫牙の左頬肉を吹き飛ばす。
　赤紫牙が反転して丸太小屋へと戻ろうとする。察知したレイヴェンが咄嗟に正面へと回り込んでエレクトリックショックで痺れさせた。その間に大樹を背にして赤紫牙を挑発し続ける。
「……こっちだ……」
　動けるようになった赤紫牙が突進してきた。レイヴェンはアックスブレード「ツヴァイシュトースツァーン」の柄を強く握って振り上げる。
　吹き飛ばされる勢いを背負った大木で相殺しつつ、アックスの刃を赤紫牙の首筋へと深く食い込ませた。
　赤紫牙が草地に倒れて身体全体を痙攣させる。こうなってしまえばいくら体力のある巨大な魔獣でも倒すのは容易い。ハンター達は一気に勝負を仕掛けて赤紫牙を塵と化した。

●
　赤紫牙を退治した後、ハンター達は自己回復やアニスによるヒーリングスフィアで身体を癒やす。
「パパぁ、ママぁ！」
　ナエが崩れた丸太小屋で大声を呼びかけても両親の返事はなかった。
「扉はあの辺りか」
「そうですね」
　バルバロスとラティナが丸太を持ち上げて遠くへと放り投げる。
「……次はこれ……」
「こっちを持ちます」
　レイヴェンとアニスも組んで丸太を移動させていく。
「ナエさん、通風口はどこにあるのですか？」
　アルマが訊ねるとナエがすぐに案内してくれた。
「これを持ってお願いしますね」
「うん」
　エリスはナエに食糧とトランシーバーを持たせて通風口へと下ろす。
「知ってれば、もっと持ってきたんだけどとりあえずはさっきので我慢してくれ」
　ミリアもエリスと一緒にナエを見送った。
　ナエはチョコレートや蜂蜜、ナッツ、ジュースに緑茶が入った袋を背負って狭い通風口を這いずっていく。
　しばらくしてトランシーバーを通じてナエの声が地上に届いた。元気はないが両親は生きていると。
「この様子だと日が暮れるまで掛かってしまうかも」
　瓦礫運びを手伝っていたアイが暗くなってきた空を見上げる。仲間に一声かけて野宿の準備を始めた。
　宵の口、地下室へと通じる床の扉をようやく開けることができる。ハンター達がランタンを照らして下りてみると家族三人が抱き合っていた。
　無理にエルフの集落まで戻らずに一晩ここで過ごすことにする。ドッタとカリーヌは衰弱していたものの怪我はなかった。集落でもらった食材や持ってきた食料で空腹を満たしてもらう。
「これ友達に教えてもらったんです」
　アニスはパンとツナ缶を使ってツナサンドを作り、ドッタとカリーヌに食べてもらった。
「なんて美味いんだ」
「生き返りますね」
　ツナサンドと透明山菜万菜スープはとても身体に染みいったようだ。
　ナエやハンター達の晩御飯はシチュー。牛乳やチーズ、集落でもらった肉や野菜が使われていた。
「どんなに感謝してもしきれませんが、ありがとうございました」
「今は身体を治すことを考えな。ナエのためにもさ」
　カリーヌと話すミリアが彼女に寄りかかっていたナエを眺める。安心した寝顔で吐息を立てていた。

●
　翌日、ナエの両親は自らの脚で立てるまでに回復する。それでも無理はさせられず、複数の愛馬に家族三人を乗せてエルフの集落へと向かうことにした。
「閉じ込められながらいろいろと考えたんですが、もしかして愚者の黄金が悪かったのではと――」
　ドッタが語った愚者の黄金とは黄鉄鉱のことである。大昔から黄金と間違えられる鉱石なのでそう呼ばれていた。
「そういうことだったんですね。赤紫牙が食べ物につられてたり、砂金に引き寄せられてたのなら何故ナエちゃんが襲われなかったのかと考えていたんです」
　アイが馬上のドッタを見上げて頷く。
　噂を聞きつけた砂金泥棒対策として黄鉄鉱やその粉末を用意していたようだ。黄鉄鉱は外部から持ち込んだもので、魔法公害のようなマテリアル異常を誘発する何かが含まれていたのかも知れない。もちろんナエに託した砂金は本物だ。
「無事でなによりじゃ。よかったのう、ナエ」
「うん♪」
　集落の長老達は一同の帰還を歓迎してくれた。家族三人は丸太小屋を建て直すまで集落の世話になる。
「ありがとう～！　ハンターのお兄さん、お姉さん！」
　両手を振るナエが大きな声で別れの言葉を告げる。ハンターたちはよかったと話しながら帰路に就いたのだった。