• 幻導

【幻導】牛突猛進・魔医影舞

マスター:剣崎宗二

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
  • relation
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
8~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
7日
締切
2015/07/15 19:00
完成日
2015/07/23 15:23

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●New Shadow

「ディーン。今回は――」
「はいはい、わぁーってるよ。またいっぱい殺して、暴れて来て、囮になれって事だろ? ……さっきあいつが来て帰ってった時から予測はついてたよ」
「……なら、話は早い。行って来てくれるか?」
「どーせ俺に拒否権なんてねぇよ。それに、殺すのは嫌いじゃねぇしな」
 外に出ようとした男――ディーン・キルが、ふと立ち止まり。彼の主である、『災厄の十三魔』が一人――アレクサンドル・バーンズに問いかける。
「……まーた、『危なくなったら帰って来い』とかじゃねぇだろうなぁ?」
「残念ながら、おっさんのその命令は今回も有効だ。けど……その代わり、今回はお前が出来るだけ『長く』楽しめるよう、ちょっとした準備をしてある」
 そう言い放ったアレクサンドルの後ろから立ち上がったのは、五体の歪虚。それは一見、つぎはぎだらけのゾンビのようにも見える。ゆっくりと、大きく体を揺らしながら、ディーンの傍へと歩いていく。

「……なんじゃこりゃ」
 気持ち悪がるように眉をしかめるディーン。
「……お前の戦法に合わせて設計した物だ。とにかく『牽制』『足止め』に特化してある。いざ倒されそうになったら――お前が纏めてぶった切ればいい」
 そこまで聞いて、ディーンの顔には笑みが浮かんでいた。試すのを待ちきれない、そんな表情だ。
「今回ちゃんと陽動してくれれば、これを使わせる。……大丈夫かね?」
「ああ、ありがとよ!」

 嬉々として飛び出すディーンの後ろを、五体の歪虚がついていくのを見送るアレクサンドル。
 彼らの姿が見えなくなった頃、アレクサンドルの後ろから巨大な黒い影が出現する。
「……急な頼み…すまんな…」
「何。おっさんも相応の報酬は得た。…それよりも、次の段階だ。これが成功しなければ、意味がないのだからな」


●猛進する牛と影の乱心

「成る程、これが最短ルートか」
 木々をなぎ倒しながら猛進する牛鬼の背中に、掴まるようにしてアレクサンドルは乗っていた。
 普通にこの森の中を進むのであれば相応の時間は掛かっていただろうが、全ての障害を悉くなぎ倒すこの牛の歪虚にとって、この程度の『地形』は妨害にすらならないのである。
「……待ち構えていたか」
 然し、その前方に見えるは、木と岩によって複雑に組まれたバリケード。丁度森の出口である箇所を塞ぐ様にして作られている。
 両側は切り立った崖。ここを通過するには、このバリケードを突破するしかない。そしてその前には、ハンターたちが待ち構えていた。
「この程度の障害は予想済みだろう」
 アレクサンドルがそう言うと、その背後から、二本の鋼鉄の腕が宙に浮かび上がる。
「強行突破だ。こちらが応戦する。お前はただ突破する事のみ考えろ」
「…分かった」
 頷きあい。アレクサンドルが交戦の。牛鬼が突進の。それぞれ準備をした瞬間。
 崖上から、人影が出現した。

「お、前に居た強そうな牛じゃん」
 飛び降りたそれは――歪虚にして堕落者。『千影闘姫』龍道千影。
 それはハンターたちには目もくれず、ただ、牛鬼の方を見る。
「こんな所で会うとは、奇遇だねぇ。…戦っていくかい?」
「……タイミングが悪い」
 余り乗り気ではない牛鬼。それもそうだ。幾ら彼が闘いを好むとは言え、今はもっと重要な目的がある。
「そうかい。けど――あたしはそう思わないんだよなぁ!!」
 先制攻撃。作り出される1つの分身。それがフェイントとなり、千影の拳が牛鬼の腹部へと吸い込まれ――
「……ちっ、邪魔すんのか」
「ああ。お前とて、おっさんも『敵』と認識してたんだろう?」
 その拳は、鋼鉄の拳によって受け止められていた。
「ああそうさ。――こりゃ、随分と楽しめそうだぜ!」
 造られた分身が一つ。合計で二人。――つまりは、そういう事であった。
「てめぇら、邪魔しないなら手出しはしねぇ。勝手に何でもしてくれりゃいい。けど、あたしに手を出したら――そん時はてめぇらも一緒に、叩き潰してやるよ!」
 そう、ハンターたちに叫ぶと、千影は牛鬼へと飛び掛った。

「突破を優先しろ。けど、妨害者があれば潰すんだ。――他はできる限り、おっさんが相手をする」
 そう、牛鬼に伝えると。アレクサンドルはその背を掴んだまま、駆け寄るハンターたちに向き直る。
「(――奥の手の無痛注射器は、袖奥に。さて、これで対応できるか――)」

 混沌とした戦場が、動き始めていた。

リプレイ本文

●暴威襲来

「準備は出来たのかな、ボルティア君」
「ああ。位置についたぜ」
 声を掛け合っていたのは、Holmes(ka3813)とボルディア・コンフラムス(ka0796)。
 今回、接近していると目されているのは、牛鬼、そしてアレクサンドル・バーンズ。共に今までの経験からしても、一筋縄では行かない強敵だ。油断すれば、一気にバリケードを突破され、逃げ切られるだろう。
 それ故に、彼女ら二人は、敵が攻めてくる――つまり自分たちが地の利を保有する事を利用して、防衛の為の仕掛けをしていたのである。

「――来たぞ」
 鞭と盾を構え、クローディオ・シャール(ka0030)が森の方を睨む。
 ――その姿は視認できずとも、耳と体を揺らす地響きが、敵の到来を知らせる。
 緊張がハンターたちの間に走る。後ろには、頑丈な木を組んで作られたバリケード。然し、それですら、これから来る暴威に立ち向かうには物足りない。
 ――この防衛線の運命は、ハンターたちに委ねられたのである。

「あんたと敵対するつもりはないよ」
 十色 エニア(ka0370)が軽く、風のように前に向かう千影に語りかける。
「…へっ、そのつもりがあるかどうかなんて、どうでもいい。邪魔するヤツを、あたしは倒す。それだけさね」

「ふん……この程度の寡兵……」
「油断するな。やつ等は少数精鋭だ」
 鼻で笑った牛鬼をたしなめる様に、その背に乗ったアレクサンドルが注意する。
「…案ずるな。一度は相手した……強さは、よく分かる」
 牛が突進する前のように、足で二度ほど、土を引っかく。
「……『アレ』は服用したな?」
「ああ……言いつけ通り……三時間前にはな」
「よろしい。医者の言う事は聞く物だ」
 にやりと、アレクサンドルが満足げな笑みを浮かべる。
「…さて、では状況判断はこちらでしよう。細かい迎撃もな。……とりあえずは、あの壁の破壊を目指すとしようか」
「了解……」
 加速する。土煙を巻き上げ、猛牛は、バリケードに向かって襲来した。

●激突

「ぬぅ!?」
 ズボンと、牛鬼の足が、穴に嵌り、その速度を大きく落とす。
「うまく行くものだね、ワトソン君」
 侵攻まで時間の猶予が然程無かった為、掘れる穴の数には限りがあった物の。Holmesが掘った拳大の穴の一つに、牛鬼は見事に嵌ってしまったのだ。
「今だ!」
 速度を落とした牛鬼を横から襲撃すべく、ボルティアとレム・K・モメンタム(ka0149)が、隠れていた場所から飛び出す。
「はぁっ!」
 彼女らよりも尚早かったのは、千影の攻撃。空中で軌道を変え、跳び蹴りが、牛鬼に正面から直撃する。が――
「効かん…!」
 千影の本領は、無数の分身による同時攻撃。だが、今その分身は一体。――敵が少ないのだ。
 本体も熟練の技を持っているとは言え、牛鬼の筋肉の鎧の前には、それだけでは少し分が悪い。
「ちっ、ちょっとこりゃ手間がかかりそうだねぇ!」
 突進により、突き飛ばされる千影。自分から後ろに飛んだお陰でダメージはほぼ無いものの、大きく距離が離されてしまう。
 突進は止まらず、そのまま、目の前にいた少女に激突する!

 だが――
「振り上げて、振り下ろす……老婆でも出来る簡単なお仕事さ」
 正面から、大剣が、牛鬼の鼻先に叩き付けられる。痛みに僅かに顔を顰める牛鬼だが、それよりも驚嘆すべきなのは、華奢な少女にしか見えないHolmesが、突進を正面から受け止め、吹き飛ばされなかった事。
「面白い……」
 望む好敵手を見つけたかのように、牛鬼のしかめっ面が、笑みに変わった。

 一方。牛鬼の注意が前方の敵に向いた瞬間。横から接近した二人は、彼に肉薄していた。
 本来なら激突の直前に当たりたかった物だが、牛鬼の突進によって薙ぎ倒された木々が巨大な障害物となって彼女らに襲い掛かり、そのせいで遅れたのであった。
「んのぉぉぉ!」
 ボルティアの戦斧が、猛烈に脚の横に向かって薙ぎ払われる。が、それは二本の鋼鉄の腕により、阻まれる。
「横からの奇襲か。――残念だが、おっさんはこういう事態の為に、ここに居るのでね」
 手の甲の部分で斧を受け止めた鋼鉄の腕が、そのまま斧の柄の先を掴む。その瞬間、雨の如きメスが、一斉にボルティアに降り注ぐ。
 ――手甲が攻撃してきたのであれば、それをかわし、隙間に潜り込む用意はあった。だが、アレクサンドルは手甲を防御用の盾――そして拘束の為の手錠として使い。本体による反撃を行ったのである。
「アンタにとってみれば私は塵芥の一人かもしれないけど、私にとって私は唯我独尊のハンター――!」
 ボルティアを狙ったメスの雨を横にかわし、地を強く蹴って方向転換。
「だから、アンタを阻めない道理は無い――――それくらい、自分の力で証明してみせるッ!」
 レムがバルディッシュを引きずるようにして、下段から振り上げる!
「ッ――『Stop』!!」
 鋼鉄の腕、そして自身の攻撃を以ってボルティアを後退させたアレクサンドルだが、手札は残り少なく、レムの突撃に対しては停止能力に頼るしかなかった。
 然し、その声にある焦りからも分かるように、緊急での行動だったが故に、力を十分に練る余裕が無かった。レムの戦斧は一瞬、何かに阻まれるが――それを押し切るように、彼女はそれを猛然と振り下ろす!

 ガン。
 踏み込みの勢いも込めたその一撃は、牛鬼の足に直撃する。
 停止能力によってある程度の威は殺がれた物の、その衝撃は今だ健在。僅かに牛鬼の体が揺らぎ、Holmesと押し合いになっていたその腕が、押し込まれる。
 そこを狙い、他のハンターたちが一斉にアレクサンドルを牛鬼の背から引き摺り下ろすべく殺到する!
「嘗めるな、小さき者よ…!」
「来たか!」
 牛鬼が咆哮を挙げるとともに、Holmesもまた、準備を行う。全身の筋肉にマテリアルを行き渡らせ、彼女は次の動きに備える。だが――
「ウォォォォオオオォ!!」
「なっ――」
 今までは果たして手加減していたのだろうか。それとも――
 咆哮した牛鬼がその腕に込めた腕力は、ハンターたちの中でも腕力に優れるはずのHolmesをも春かに上回り、渾身の力で抵抗したにも関わらず、彼女は強引に持ち上げられる。そのまま牛鬼は、懐へ飛び込んできた千影へと、彼女を叩きつける。
「邪魔ぁっ!」
 横に逸らすように、千影はHolmesに蹴撃を放つ。Holmesへのダメージと引き換えに、彼女らは激突を避け、千影の蹴撃が再度、牛鬼に命中する。
 が――
「ちっ、浅い――!」
 衝突回避の行動を行った事で、僅かに蹴りの軌道が逸れたのだろう。千影の蹴撃が命中したのは上腕部の最も筋肉が厚い場所。ダメージは小さく、大きく腕を振り回した牛鬼によって、彼女は再度吹き飛ばされてしまう。
 壁に激突した瞬間に体勢を変え、叩きつけられるのを回避したのは流石と言えようが、追撃の機を封じられたのは言うまでもない。

 一方、アレクサンドルを引きずり下ろすべく、牛鬼の側面と背後から取り囲んだハンターたち。
「……!」
 クローディオの鞭が、アレクサンドルに襲い掛かる。それをメスの爪で彼が切り払った瞬間、キール・スケルツォ(ka1798)が地を蹴って跳躍。
「メイ、叩き落せ!」
 キールの言葉は飽くまでもフェイント。それに頷く『フリ』をして、メイ=ロザリンド(ka3394)が聖なる光を放つ。
『先生…何度でも、何度でも。私は貴方を願いこの想いを紡ぎます……っ!!』
 それは、視界を遮る為の一撃。幾度も見てきたが故に咄嗟にアレクサンドルは白衣で光を遮るが、フェイントのせいで一瞬動きが遅れ、白衣を下げた時にはもう既に、キールが彼の目の前に迫っていた。
 だが、次の瞬間。
「フン!」
 荒い鼻息と共に、キールの体が払い落とされるように地面に向けて叩き付けられる。

「…大丈夫か」
 振るわれた剛腕のその主、牛鬼が、荒い鼻息の中アレクサンドルに問いかける。
 前方のHolmesと千影を退けた事で、他の事態に構う一時的な余裕が生まれたのだろう。
 そしてその間に、クローディアとメイが前方のカバーに入った事により、追撃よりも先ずは隣の事態を処理すべきとの判断だ。
「ああ、問題ない――『Stop』」
 エニアによって牛鬼の目に向けて打ち込まれた、土石の弾丸が空中にて停止する。――アレクサンドルの停止能力は、如何なる理屈か――特に『遠距離攻撃』に対して効果が強まる傾向にある。
 横から突進するボルティアとレムを、挟み込み拍手するような構えで、鋼鉄の腕が襲う。
「遅ぇ…!」
 片手に戦斧を持つようにして、もう片手で猛烈に地面を叩く。その反動で宙に舞い上がり、ボルティアは、挟み込みを回避する。
 が、攻撃に全神経を集中していたレムは、そうはいかない。
「ぐぁ……!」
 巨大な壁に押しつぶされたが如き衝撃に、一瞬目の前が歪む。斧を地面に突き立て、倒れる事を免れる。
「このくらいじゃ――私は、私は決して、倒れないんだから!」
「――よく言いましたね。倒させやしませんとも」
 放たれる言葉と、癒しの光。その方向にアレクサンドルが目線を向けると、それを放った筈の者の姿はない。
 その力を行使した者――ユージーン・L・ローランド(ka1810)は、牛鬼の体の大きさを利用して、アレクサンドルから見て死角となる位置に、隠蔽したのである。

 一方。アレクサンドルの迎撃を文字通り『飛び越えた』ボルティアは、そのまま横に斧を構え、大きく体を捻り、半回転を加えた斧撃で今一度牛鬼の膝関節を狙う。
「……ふぬぅん!」
 命中の瞬間、筋肉を硬化させる牛鬼。鉄柱を打つが如し手応え。
「…っち、かてぇ…!」
 だが、牛鬼側とて、完全にダメージを無効化させた訳ではない。僅かに歪んだ表情から、ボルティアは、自らの攻撃が無駄ではなかった事を悟る。膝をつかせる事はできずとも、その移動は再度停止できた。
「なら、もう一回…!」
 前方からのHolmesと千影の接近に合わせて、彼女は再度、その戦斧を構える。


●Up and Down

 その一方。牛鬼が停止したその瞬間を狙い、ハンターたちの一部は、再度その背に張り付いているアレクサンドルに狙いを定めた。
 エニアの放つ土石の弾丸を囮としてアレクサンドルの注意を引く。
「っ……『Stop』」
「今よ!」
 停止能力の発動を確認した瞬間、更にメイの閃光が、アレクサンドルと牛鬼を同時に焼く。
 牛鬼から見れば背中側であり、ダメージは兎も角視界などの影響はない。だが、アレクサンドルはそれを一瞬、白衣で防がざるを得ない。
 そうして出来た、一瞬の死角。それに付け込み、跳躍したキールが、
「…で、例の無駄死にしたガキの次は何をオモチャにするって?」
 と、挑発を放てば。
「安っぽい挑発だな。確かにお前の言動におっさんは怒りを覚えるが――」
 にやりと、白衣の下の顔に、凶悪な笑みが浮かんだ気がした。

「――お前さんの体に痛みを与えるより。お前さんが知る者、知らない者――それら全員が、お前さんのせいで死んでいく。その様な状況を作りだした方が、効きそうだ」
 更に言葉は続く。
「それにだ。おっさんの記憶が正しければ――死者を玩具にしようとしたのは、貴様ではなかったかな? 感謝しなければならん。――そのお陰で、おっさんは人への怒りを思い出したのだからな」
「ちっ……!」

「あの時の事、謝らせて? 人にしろ歪虚にしろ、あんな怒らせ方はダメだと思うの」
 攻撃を開始する直前、エニアが一言、アレクサンドルに声を掛ける。
「……そこにいる張本人はどう思ってるか知らないけど、あの場にいた身として、ごめんなさい」
「もう遅い。……その言葉が唯の時間稼ぎではないと信じる理由は、どこにある?」
 エニアには、そのつもりは無かったかも知れない。だが、彼とキールは、言葉でアレクサンドルの心を乱す、或いは鎮めるのには失敗した。
 ならば残るは、実力行使のみ。キールが跳躍した勢いそのままに、アレクサンドルの首に、ワイヤーをかける。後は着地して、これを全力で引っ張れば――

「小細工か」
 メイの放ったフラッシュの残光が、ワイヤーウィップに反射し、きらきらと輝かせる。
 元々キールが使うこのワイヤーウィップは複数のワイヤーを編んだ太い物。そこに隠密性はあまり期待できない。故に、キールが着地するまで、アレクサンドルがそれを黙って見ている――という事態は『ありえない』。
 キールが着地する前に、アレクサンドルがそのウィップに手を掛ける。己の掌が切り裂かれるのも構わず、それを掴み――全力で、引っ張る。
 空中に居るが故に支点がないキールにそれに抗うことは出来ず、そのまま引き寄せられてしまう。
「触んなよ!」
 刀で、突き出されたメスの爪を外側に向けて切り払う。だが、直後、伸ばされた逆の腕を見て、爪の方はフェイントだった事をキールは知る。
「なっ!?」
 両手を、アレクサンドルは使っている。それでは彼は如何にして、牛鬼の背中にしがみ付いているのだろうか?
 ――牛鬼の太い腰に巻きついたアレクサンドルの足を見て、ハンターたちは悟った。

「さぁ、縊り合いと行こうか。――Weather the Elder――『Transfer』」
 キールの首筋を掴んだまま、アレクサンドルは呟く。流れ込む体力。
「この――っ!」
 拘束を解くべく刀をアレクサンドルの腕に突き立てるが、間もなく傷が癒えて行く。
 完全に効果がない訳ではないとは言え、体力が減る速度は圧倒的にキールの方が速い。ワイヤーウィップで逆に首を絞め返してみても同じ事。回復が無ければ、ダメージの与えあいでは勝てない。

 ――ならば、外部から回復をすればいい。

『もう、傷つけないでください……!』
 メイが放つ、癒しの光。然し、それはキールに触れた瞬間、消え――そして牛鬼の体に現れる。
「!?」
 心当たりが無い訳ではない。
 前回の島上の一戦に於いて奪われた、あの一冊の本。その表面的な概要を、メイは、同じ作戦に参加していて、本の内容を読んだと言う仲間から聞いていた。
 『癒しの効果を、とある者から他に移す』と言われている『Power-Jack Agent』。それが使われる可能性は、十分に警戒していた。然し――
(「いつ、使われたの…!?」)
 取り出した瞬間、それを狙い撃ちにする用意がメイにはあった。だが、アレクサンドルはそれを取り出す所か、使用した形跡すら、彼を観察していたメイには見当たらない。果たしていつ、その効果はキールに対して発揮されたのだろうか?
「もう一度……お願いします!」
 キュア。全ての呪を払うその聖法を、ユージーンはキールに対して使用する。
「ああ、分かった!」
 僅かに盾を下げ、クローディアがヒールを放つが、未だそれは、牛鬼の体を癒してしまうのみ。
(「――癒しの法が効かないとなると、あれは唯の毒の類ではないようですね……果たして、どういう仕組みなのだろうか。……そもそも、あれは本当に……薬品、なのか?」)
 僅かにユージーンの脳裏に浮かぶ疑問。だが、今は資料の類を精査している時間はない。帰ったら調べるという事をしかと脳裏に刻み込み。彼は次の行動の準備に移る。

 ――アレクサンドルがハンターたちの、彼を引き摺り下ろす為の努力に対応している頃。牛鬼もまた、四人がかりの攻撃に対応していた。
 先ほどまで与えられたダメージは、キールに向けられたヒールが移された事により、ほぼ全快している。前方から振り下ろされるHolmesの大鎌を、顔面に届かれる前に拳で受け止め、そのまま掴み挙げて振り回し、一直線に襲い来る千影に激突させる。
 が、ぶつけられた千影は、一瞬で消滅する。幻影だ。
 ボルティアとレムの反対側に、『本体』は居た。その攻撃に併せるようにして、全ての持てる力を注ぎ込んだボルティアとレムの戦斧が、重ねられるようにして、脚へと叩き込まれる。
「ぐ…お…!」
 大きく、体が揺らめく。上方から加えられる力と、下方から反対側に向かって加えられる力は、大きな『回転』の力になり、牛鬼の巨体は危うく転倒しそうになる。
「あの鉄腕‥‥“命”を吹き込んだわね?さしずめ、武器であると同時に手勢の歪虚ってトコね」
 斧を引いたレムが、襲い来る鉄腕を受け止めながら、呟く。
 期待するのは、それを認識する千影が更に分身する事。
「……」
 だが、反応はない。
 千影は、未だ二つの分身のみを操り、牛鬼と交戦している。
 そもそもハンターたちにも分かって来ているのかも知れないが、この歪虚、堕落者は極端に――『人の話を聞かない』。故に言葉を並べるだけでは、彼女に影響を及ぼすことは殆ど不可能である。
 また、彼女自身にも、何かしら独自の『認識方法』があるのだろう。鉄腕に相対する分身が最初から生成されていないのは、その為か。

「ぐ…ぬ!」
 牛鬼には、四方から押し寄せる敵に対応する方法が無い訳ではない。然し、それは、背中の協力者に大きな負担を掛ける事になる。それを果たして、行うべきか――
「遠慮なく戦うといい。こちらのことは自分でなんとかしよう」
 背中の協力者の言葉に、腹を決める。
「ふんぬぅぅぅ!」
 高速で、その体が回転する。――腕を伸ばして回転するその状態は、身も蓋も無い言い方をしてしまえば、『回転ラリアット』であるのだが。この巨体、そして剛力で行えば、それは黒い竜巻に他ならない。一寸の隙も無い周囲攻撃を、千影は分身を盾にして防御するが、それでも後退は避けられない。そしてそれは他の者――ハンターたちでも同じ。
 腕力で上回れる自信があるのならば腕づくで停止させるという手もあるが、先の組み合いから、それが有効である可能性は低いと、Holmesは感じた。
 大鎌を叩き付けるが、回転する腕に弾かれる。黒い竜巻の中央にある、先ほど手応えのあった『鼻先』に攻撃を加えるのは至難の業だ。
「――なかなか、難解な問題だね」
 引っ掛けるようにし、大鎌で竜巻を止めようとするが、ガリガリと音を上げ、僅かにその速度は減じたのみ。その隙にボルティアが足首を薙ぎ払おうとするが、風圧で威力が減じられ、大ダメージを与えるには至らない。
 攻めあぐねているその間に。更に牛鬼の体に癒しの光が点る。――アレクサンドルの対応をしているハンターたちに、何があったのか?


●Re-Ride・Re-treat

「これも…ダメですか」
 ヒーリングスフィアを展開したユージーンが、苦い顔を浮かべる。
 その癒しの光は他の全ての者を回復させた。だが、キールだけは、その恩恵に預かることは無い。

「ロデオの味は如何かな?」
 激しく回転するしている牛鬼。その背に乗っているアレクサンドルとて、無事とは行くまい。
 竜巻に舞い上げられるが如く、上空に投げ出されるアレクサンドル。
「ふっ……寧ろ好都合だ。おっさんにはな」
 放たれるメスの雨。今まで彼は牛鬼の背中に張り付いていたが故に、鋼の腕は兎も角、彼自身は後ろにしか攻撃が出来なかった。
 だが、空中に上がった今ならば。
 四方に撒き散らされるメスが、全てのハンターたちに後退を迫る。その中を突破して、千影だけは牛鬼に迫るが――彼女の打撃のみでは防御を突破できない。

 ゴン。掴んだキールを地面に叩き付けるように、アレクサンドルが着地する。
「負い目を気にしながら戦える程、わたしは強くないし、先生は弱くない。……けど、今なら!」
 己の気持ちに決着はつけた。そして、アレクサンドルが地に降り、牛鬼の盾を失った今ならば。彼に付け入る隙はある。
 エニアの手から放たれる雷撃。防御した機械腕を貫くように、アレクサンドルを打ち抜く。
「ふん…!」
 白衣で体を隠すように、突進するアレクサンドル。その前に、クローディオが立ちはだかる。
「ここは通せない」
 キールが倒れた今、既に残る『前衛』は、クローディオのみ。故に、突破されれば、後ろの全ての仲間たちが危険に晒される事になる。盾を構え、アレクサンドルの猛攻に耐え続ける。
 後ろから飛来するエニアの石弾は、『Stop』の一言の前に、地に落ちる。メイの放つ閃光はアレクサンドルを僅かに傷つける物の、前方の至近距離に立ったクローディオが盾になり、目晦まし効果は発揮されていない。その一瞬を突いて、アレクサンドルの腕が盾を掴み、逆の腕がクローディオの肩に伸びる。
「っ――!」
 クローディオの防御力は、キールより高い。故に、多少は耐えられる。無論、後衛に居た聖導士二人が、彼を見捨てるはずもまた、ない。
『まだ……です!』
 投げつけられるヒール。然し、その光が、クローディオの体に吸い込まれた瞬間。その光が、牛鬼の体に現れる。
(「……?」)
 今回も、いつの間にか、クローディオが『Power-Jack Agent』の効果下に置かれていた。これが空気中に散布される物ではないのは、さっきのヒーリングスフィアがキール以外の者に効果を発揮した事から分かるだろう。ならばいつの間に、それはクローディオに影響を及ぼしていたのだろうか?
 ユージーンは考え込み、そして、一つの仮説に至る。

 回復が期待できないならば、後は猛攻を以って離させるしかない。クローディオの鞭がアレクサンドルを乱打する。
 エニアの雷撃と、回復が無駄と悟ったメイの放つ光の波動も、一斉にアレクサンドルを襲う。
 流石にクローディオを掴んだままでは、回避も困難。彼を突き飛ばし、アレクサンドルは大きく距離を離す。

『先生。今こそ、あの時の答えを』
 メイが、距離を離したアレクサンドルに語りかける。
『……貴方に大切な人を奪われたらきっと赦せない。それでも、それでも。……私は貴方と世界を共に生きたいの、です』
 その告白に、アレクサンドルの口角が釣り上がる。
「それは問題を先延ばしにしているに過ぎない」

「お前さんがその者を赦せない限り。いつ、その憎しみがまた、戻るとも限らない。これが先延ばしと言わずに、何と言う? ……その相手とて、お前さんを警戒せねばなるまい。……その状態で『共に生きる』と言う事が、できると思うか?」
「私は……喪う痛みも目の前で喪う苦しさも知っているの、です。私自身が誰よりも大切な人を守れなかったから。……だからこそ、貴方を止めたい。貴方を知って、世界と共に死のうとする貴方を止めたい!」
「それこそ、大きなお世話、という者だ。おっさんは、それを望んでいないのだからな」

 ――彼の心を揺らすことは、出来ていない。一見、その様に見える。
 だが――
「その甘い考えがいつまで続くか。気にならんこともない」
 投げつけられたのは、紙の束。何かの手記の一部、か。
 そして、更にアレクサンドルは後退する。牛鬼の方へと。
「引き離されたのならば、再度乗りなおせばいい」
「させないわ!」
 跳躍したアレクサンドルを狙い、エニアがアンカーを射出する。だが、それは――振り向いた牛鬼の掌の中に収まる事になる。
「フン……!」
 全力でアンカーを引っ張り、エニアを引き寄せる。牛鬼の怪力を持ってすれば簡単な事だ。そのまま、全力の正拳が叩き込まれ、エニアは地を二度ほどバウンドしながら、後方に叩き付けられる。

 ――馬から落ちたら、乗りなおせばいい。
 ――馬に乗る時は隙が出来る。そこを狙ったエニアの作戦は、間違ってはいない。
 ――その『馬』が、強力な戦闘能力を持っていなければ。

 いつの間にか回り込んだユージーンが、ボルティアとレムをヒーリングスフィアで回復させ、メイとクローディオの放つ癒しの光が、エニアの傷を軽減させる。
 突進する牛鬼が、Holmesと千影を同時に突き飛ばす。背後から襲いかかる千影に、
「Life to Lifeless」
 土から作られた腕が伸びるが――
「んな小細工、効くかよ!」
 出現する、二体目の幻影。それが、千影本体と一斉に突進し。土の腕を粉砕すると共に、アレクサンドルに防御を余儀なくさせる。
 バリケードの前に迫る牛鬼。然し次の瞬間、炎が、バリケードの前に湧き上がる!
「よう、覚えてるか? いつだったかテメェも火で俺らを足止めしてくれたよなぁ……お返しだクソ野郎!」
 着火したのはボルティア。動物――牛の本能の影響か、一瞬、牛鬼の足が止まる。その隙に背後から、ボルティアが接近し、戦斧を振り上げる。
 ドン。強烈な一撃が、今度こそ掛け値なしに、牛鬼に直撃した。
「ヌォォォ!」
 その痛みに激怒した牛鬼が、振り向きざまにボルティアを掴み。そして――
「ガァァァア!」
 炎の中に投げ込んだ。
「――面倒な事になりそうだからね。徹底的にやらせてもらうよ」
 更にそこへ、鋼の拳が叩き込まれ、完全にボルティアは炎の中に沈む事になる。

「――撤退かな」
「ぬう……」
 既に、この場であまりにも長い時間、足止めを食らった。
 『Power-Jack Agent』の力と、ハンターたちが回復に追われていたせいで、牛鬼、アレクサンドル共に損傷は大きくは無い。しかし、それはハンターたちも又同じ。手厚い回復が、彼らの攻勢を阻んでいたのだ。
 これ以上、この場で交戦を続ける利はない。そう判断した彼らは、回り道をする為に後退していく。

「何故、人を助けるのが本分である筈の貴方が、人を害するようになったのですか?」
 去って行くアレクサンドルの背中に、ユージーンが疑問を投げかける。
「――何故、助けられたはずの人間は、その後にまた、他の人間を害するのか?」
 返されたのは、同じような疑問。

「あー、戦った戦った」
 そして、満足したのか。いつの間にか、千影の姿もまた、その場から消えていた。
(「なりゆきながら歪虚と共闘ってのも気に食わない話ではあるけど……仕方ないわよね」)
 使える物は何であれど使わなければ、強敵には勝てない。そう考えたレムが、空を見上げた。

 ――牛鬼とアレクサンドルは、最短ルートより退けられた。だが彼らの損傷は薄く、単に回り道に向かったのみ。
 これが如何なる結果をもたらすのかは、また、後の話と成る――

依頼結果

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MVP一覧

  • 【ⅩⅧ】また"あした"へ
    十色・T・ エニアka0370
  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムスka0796

重体一覧

  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムスka0796
  • 《律》するは己が中の獣
    キール・スケルツォka1798
  • 唯一つ、その名を
    Holmeska3813

参加者一覧

  • フューネラルナイト
    クローディオ・シャール(ka0030
    人間(紅)|30才|男性|聖導士
  • 運命の反逆者
    レム・K・モメンタム(ka0149
    人間(紅)|16才|女性|闘狩人
  • 【ⅩⅧ】また"あした"へ
    十色・T・ エニア(ka0370
    人間(蒼)|15才|男性|魔術師
  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムス(ka0796
    人間(紅)|23才|女性|霊闘士
  • 《律》するは己が中の獣
    キール・スケルツォ(ka1798
    人間(蒼)|37才|男性|疾影士
  • はるかな理想を抱いて
    ユージーン・L・ローランド(ka1810
    人間(紅)|17才|男性|聖導士
  • いつか、その隣へと
    ティアンシェ=ロゼアマネル(ka3394
    人間(紅)|22才|女性|聖導士
  • 唯一つ、その名を
    Holmes(ka3813
    ドワーフ|8才|女性|霊闘士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
Holmes(ka3813
ドワーフ|8才|女性|霊闘士(ベルセルク)
最終発言
2015/07/15 00:59:05
アイコン 質問卓
Holmes(ka3813
ドワーフ|8才|女性|霊闘士(ベルセルク)
最終発言
2015/07/14 23:53:52
アイコン 簡易戦力纏め
Holmes(ka3813
ドワーフ|8才|女性|霊闘士(ベルセルク)
最終発言
2015/07/25 06:08:09
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/07/09 13:25:32