揺籃館の未来を救え! ―食卓の破壊神―

マスター:ムジカ・トラス

シナリオ形態
ショート
難易度
やや易しい
オプション
  • relation
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2014/07/19 19:00
完成日
2014/07/22 01:27

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング


「ヘクス様。アム・シェリタで館の清掃や給仕などヘクス様とお客様のおもてなしをする人間の数をご存知でしょうか」
「いや……知らないけど」
 王国新聞を読んでいたヘクス・シャルシェレット(kz0015)は困惑気味にそう言った。
 銀髪を丁寧に撫で付けた執事服の老人――セバスは、線のように細い糸目をぴくりとも動かさずに続けた。
「ヘクス様が『他所の業務』に人を送ってしまわれたせいで、現状八名で運用しています」
「それ、多いの? 少ないの?」
「何れも有能な者達ですから、仕事は十全にこなせますが、プライベートが全く無いという不満が上がっております」
「――いつの間にそんな事を覚えたんだ……お客人の影響かい?」
「畏れ多くも申し上げますが、ヘクス様が諸悪の根源だと思われますよ」
「……そうか、セバス、君はそんな目で僕を見ていたのか」
 ブラック企業の社長のような言動のヘクスだが、不満というわけではないらしい。ヘクスは笑みを崩さない。
「まあ、そうだね、元々『第六商会』から引っ張ってきた子達だから、どっちか追加しないと、とは思ってたんだよ。こう、頭の片隅ではね」
「再三申し上げておりましたから、そうでなくては困ります」
「あれ、そうだっけ」
 へらへら、と笑うヘクス。厳然とした面持ちで立つセバス。とは言え主従というよりは、歳の離れた友人のような軽妙さが漂っている。
「あっちはあっちで忙しくなって来たし、なあ。とは言え、今いる子達みたいな人材って中々居ないんだよねえ」
「おや」
「ん、なんだい?」
「いえ、何かお考えがあるからお帰りになられたのかと思っていたのですが」
「……なんだかセバス、どんどん物言いが直裁になってない?」
「はて。お客人の影響でしょうかね」
「――」
 ヘクスはジト目でセバスを睨みつけるが、セバスは何の痛痒も感じていないようだった。
 小さく嘆息を吐き、続けた。
「まあ、そうだね」
 ヘクスは王国新聞をサイドテーブルに置き、紅茶を一口。そうして、新聞に小さく目をやり、続けた。
「たまには、『普通の』子達でも雇おうか。多分、先々必要になるだろうし」
「承知致しました」



 それからしばらくして、ヘクスが再びアム・シェリタに戻った時の事だ。
「で、なんでこうなったのさ」
「先々必要になる、とヘクス様が仰られたからですが?」
「あぁ〜……」
 反芻すること、暫し。
「言ったね」
「ええ。仰りました」
「ちゃんと理解してくれていた、ってことでいいのかな」
「もちろんです、ヘクス様」
 恭しく一礼するセバス。
「将来を見越した上で、通常の人材を雇い入れる。然しながら凡庸な人材では第六商会でもこの館でも十全な働きは期待できません。そのため、スペシャリストの育成こそが、今回の案件で最も果たすべき要項でございます」

 セバス。ヘクスとの付き合いは長く、主の意を汲み、最良と最善を求めて職務を果たす黒鉄の従者。大凡の出来事を努力と要領でこなしてしまう彼には重大な欠点があった。
 能力があるがゆえに。

「彼らを育成できれば、同じノウハウで何者をもスペシャリストに仕立て上げる事が出来ましょう」

 ――ウルトラハードモードを自動的に選択してしまう、そんな悪癖があるのであった。

「……それで、第一弾がこの子、だって?」
「その通りです」
「どちらかと言うと剣が得意らしいよ?」
「戦えない事は存分に身に沁みたそうで。包丁さばきだけは天賦の才がありました」
「……料理は出来ないって敢えて資料に書いてるけど?」
 ヘクスが手にした資料を叩く先。丸い文字で、申し訳無さそうな感じが伝わる程度の書き方である。
「面接では、母の味は覚えていると」
「母の味かあ……まあ、市井の味は好きだけどね……ところでセバス」
「はい。なんでしょう?」
「この子が敢えて料理出来ないって書いているから採用したくなったんじゃないの?」
「いえ、『それだけでは』ありません」
 そう言って差し出されたのは、以前ヘクスが読んでいた王国新聞。そこに、王国西部からの疎開の事が記されていた。改めて雑魔の襲撃を受けたデュニクスの街の一件を受けて、今も緩やかに人が減じている、と。
「ヘクス様のご意向通り、身寄りなく王国西部から疎開した者から雇用致しました」
「……おお、さすがセバス」
 思わず拍手を返すヘクスだったが。
「試しに調理させた所、思わず噴飯するほどの出来栄えでございました」
「…………」
「もちろん、お客人にお出しするわけにはいかないので、修練の機会として我々のまかない食とヘクス様のお食事を担当していただくことに致しました」
「へえ……君達も頑張るなあ……ん?」
「そこで、ヘクス様にご相談があるのです」
「あ、ああ……待ってくれ、嫌な予感がしてきたな」
「ご理解いただけましたか。流石我らが主」
「――――」
 彼にしては珍しく渋面で、こめかみをトントンと叩く。
「セバス。君は確か、以前こう言ったね。『仕事は十全にこなせますが、プライベートが全く無い』と」
「ええ」
 ピクリとも動かなかったセバスの表情が、和らいだ。
「指導者が、居ません」
「……………………」



「というわけで」
「は、はいぃぃ!」
「クルル君」
「…………!!!」
「……アム・シェリタへようこそ」
 クルル、と呼ばれた人物は俯いて緊張に打ち震えていた。
 ――これで十四歳、か。
 複雑な思いと共にヘクスは眼前の子供を見つめた。
 身長は130cm程。青い長髪。前髪は両目を覆い隠すように落ちている。透ける程に白い肌が、赤く染まっていく。
 ――小さい、ね。
「あ、あ、ああああ、ああああ」
「ん?」
「ぁぁあああ、あ、ありがとうございますぅ……その……拾っていただけて……」
「あ……うん、喜んでもらえたのなら良かったデスね」
 思わず他人行儀になってしまうヘクス。それ程までに卑屈極まる姿であった。
「まあ、仕方ないか……あのセバスが噴飯してしまったんだもんな……」
 天井を仰ぐようにして呟くヘクスに、動転しているクルルは気づかないまま。
「あの、ぼ、僕、が、頑張ります、から……い、いろいろ、教えてください……! 何でも、や、やります、から……!」
「あ、そのことだけどね」
「は、はいぃぃ!」
「教えるの、僕じゃないんだ」
「……?」
 セバスさんはそう言ってましたよ、という顔で見上げてきて初めて、ヘクスはクルルの顔を初めて正面から見た。
 ――前髪が絶妙に目線を覆い隠している……!
「……君も偉くなったら解るけど、自分に出来ないことは外注すると捗るよ。いろいろ」
「え。……あ、はい、お、覚えておきます!」
「僕に教えられる事は少ないから、これくらいは心の手帳に刻んでおくんだよ」
「は、はいぃぃ! あ、ありがとうございます……!」
 言って手を振りながら、クルルから離れていくヘクス。

 内心では。

 ――これで彼の料理から逃げられそうだね。

 とご満悦だったことは、言うまでもないだろう。

リプレイ本文


 クルルは椅子に座るように厳命されて縮こまっている。
「あ、あの」
「どうかしましたか?」
「い、いえっ」
 その背に立つティーナ・ウェンライト(ka0165)はクルルの長い青髪をまとめ上げ、目を覆う前髪を分けて整える。懐かしい感覚だ。恐らく、クルルにとっても。
 同情から引き受けた依頼だったが、相対すると湧き立つ感傷があった。夫と子を亡くしたティーナにとっては、もはや得難い時間。
「……料理をするならまずは身を綺麗にすること。はい、綺麗になりました」
 ティーナはその感傷を努めて押し隠して、言う。顔には笑み。
「ほー。大したもんだ。結構変わるもんだね」
「え!? えと…」
 動揺するクルルに滝川雅華(ka0416)はボサボサの黒髪を撫でながら感心した様子。そんな雅華に、ティーナは小さく嘆息し、名を呼んだ。
「雅華さん」
「ん?」
「雅華さんも身だしなみを整えましょう。これから調理を教えるんですから」
「え?」
 そういうことになった。



「お母様の味を覚えているんですよね」
「あ、はい!」
 アズロ・シーブルー(ka0781)の問いに、クルルは頷いた。
「その辺りから掘り下げたいところだね。どんな味だったんだい?」
「う……と」
 途端に項垂れるクルル。落葉松 鶲(ka0588)は柔らかく微笑んで言葉を継いだ。
「料理なんかはどうですか?」
「え、えと、スープと、石窯をつかった焼き物と色々…ぱ、パンも焼いてました!」
 なんとか言うクルルだったが、アズロと鶲の反応は渋い。
「にゃはは! クルルん君、がんばろーね!」
「うう……」
 鮫島 寝子(ka1658)などは快活に笑い飛ばしているが、クルルは居場所を無くして縮こまるばかり。アズロは苦笑し、クルルの肩を慰めるように叩いて、言った。
「出身とかそういうレベルじゃないね……んー。まあ、それならそれで、かな」
「ええ、そうですね」
 鶲は考えこむようにして、頷き、言う。
 ――彼がうまく料理に向き合えるように頑張らなければ。
 大事なのは今だけではなく、先だ。そのために、できることをしよう、と頷いた。

「似た様な性質の子だな」
 紺野 璃人(ka1825)の呟き。クルルが聞いたら卒倒しそうな事を、彼は心底からそう思っていた。同病者には鼻が利く。
「なんか言った?」
 半ば強制的にまとめられた髪を渋い顔で抑えながら、雅華。
「や、こういう子、何とかして助けたいねって。僕みたいな塵芥が指導だなんて物凄くおこがましいけれど……」
「まあ……人には向き不向きっつーのがあると思うけど。もうちょっとくらい図太くても良いとは思うね」
「そう簡単に割り切れないんだよ」
「……アンタも大概だね」



 まず、味について掘り下げる事となる。アズロが口を開いた。
「さて。クルルくん、食材と調味料についてはどのくらい分かってるかな?」
「そ、その、殆ど」
「だよね」
 苦笑を返す
「あ、えと、全然解ってません……!」
「……うん、知ってたよ」

 アズロはそれぞれの調味料を少しずつ味見させた。
 味と香り。混ぜた時の変化。一般的な調味について知識として整頓していく。
「あとは、リアルブルーではこういう味付けもありましたよ」
 鶲が時折口をはさむ事で、話も深まった。
 ――尤もクルルは指差し確認しながら、味を追いかけてはメモすることに必死になっていたのだが。

「気になるのは、クルルさんの『母の味』ですね」
「土地ごとの特徴としてはお酒を使う料理が多いくらいだ。とはいえ……」
「近いのはあったんですけど――ごめんなさい」
 どれも『少し違う』、との事だった。リアルブルー特有の味については首を振っていたが、素直に味を楽しんではいた。
「家庭の味、というには少し、方向性が広そうですね」
「ふむ」
 アズロはしばし、思案していたが――明確な解は得られなかったのだろう。
「ちょっと出てくるよ」
 と、厨房を後にした。


「はい、持って!」
 可愛らしいエプロンに三角巾を身につけた寝子がドンと差し出した包丁を受け取るクルル。鶲は頷き、クルルの手を取って説明していく。
「刃には気をつけて、重心のある柄の部分を持ってください。小指と親指は、こう」
「は、はい……」
「こんな感じね! はい! 猫の手ー!」
 傍らに立つ寝子はわざわざ包丁を置いて指を丸める。

 荒ぶるにゃーん。のポーズ。

「「……」」
「にゃーん、じゃない僕は猫じゃなくて猫鮫だい! へっへー!」
「え、えーと、」
 心が強すぎる。
 鶲は小さく息を吐いた。困惑が解けてしまえば、どことなく楽しそう。
「……包丁を安定させる為に親指は反対側です。うん。中々様になっていますね」
「そ、そうですか! セバス様もそう仰ってました」
「凄い味だったって言ってたみたいだよね!」
「ぐぅ」



 何事も準備が肝心だ。
 試しに野菜を切らせてみようとしたところ。
「こ、これを、袈裟斬りに」
「お芋が立った…!」
「……中々斬新な置き方ですね」
 す、と。鶲は立てられた根菜を正しく置いた。
「あっ…「どうかしました?」いえ何でもないです」

 固定する。切る。その繰り返しだ。迷いさえなくせば、刃はするすると通る。
 寝子が見本を見せて、完成形と目標を示すと。
「凄い、飲み込みが早いですね」
「滑らかな切り口!」
 鶲と寝子が驚く程の上達ぶりを見せた。
 切る形をイメージして切る。剥くべき方向がわかれば、後は刃を添わすだけ。
 ――切ることは、やっぱり、楽しいな。
 クルルはそう思いながら、食材を指示されるままに次々と切って行く。鶲と寝子も手伝いながら、進めていった。
 しばし、厨房に軽快な音が響く。


 食材は整った。次の段となる。指導者側にはティーナと璃人が立った。
 教えられる側にはクルルと、何故かそそくさと紛れ込んだ寝子。
 寝子の目にはあふれんばかりの期待感。食材をガン見して、またティーナを見た。猫や鮫というよりは、どこか犬のような愛嬌を感じないでもない。
「はい。それではいよいよ、実際に味付けをしたり、炒めたり焼いたりしましょう」
「は、「はーい!」……」
 威勢のよい返事が返った。もちろん寝子だ。
 ――でも、いい傾向ですね。
 ある意味で幼子的な所がある二人を見て、ティーナは笑みを深めた。
 クルルも緊張しながらも割合と前向きになっている。寝子のリアクションに引き出されるように、その目にはどこか光がある。

「今から私がやることを、真似てもらいますね」
「は、「はーい!」」
 そう言って、ティーナはクルル達が用意した材料を選別している間、璃人が調味料を測りながら小さな容器に入れながら、優しい口調で言う。
「不慣れだとどばっと入るからね。計量器で量って小皿に取ろう」
「そうですね。最初の頃は、量の感覚がわかりにくいですから。慣れるまではそうした方がいいです」
「あー……」
 度重なる失敗を思い出してのことだろう。クルルの目線が盛大に泳ぐ。
 悪戯を注意された子供のような仕草に、ティーナはつい笑ってしまう。
 ――んー……材料費は館持ちだから、ちょっと贅沢に行きましょう。
 先ほどの講義を思えば、オリーブオイルでもいいかもしれないとは思いつつ、バターを切り分けし、熱したフライパンに放った。
 頃合いを見て、炒め物を始める。まずは、みじん切りにした玉葱からだ。
 隣にはクルル、寝子の順。勝手を知っている寝子は「♪〜」と鼻歌まじりだが、クルルは両隣を見ながら、おっかなびっくりと見よう見まねで炒めている。
「大事なのは食べる人を喜ばせたいという気持ちです」
「は、はい」
 飴色に変わり、香りが立つこの時間がティーナは好きだった。美味しくなるんだろうな、という、大事な一手間の時間。
「そして料理が好きという気持ち。食べた人を喜ばせることが出来る料理を好きになれれば、きっといい料理人になれますよ」
「食べた人を、喜ばせる……」
 手元をじっと見つめて、クルルは言う。ゆるゆると色が変わる具材。
 料理。その深みに、少年が困惑を抱いているように見えた。
 ――まだ、料理らしい料理を作ったことが、ないですものね。
 だから、続けた。
「いきなりできるようにはなりませんよ。最初は他の人の作業を見て、それをしっかりコピーすること。諦めず、腐らず一生懸命覚えて練習するんですよ?」
「……は、はい」
 おっかなびっくり、手順を辿りながら、刻みこむように頷いた。


「卵がふわとろで絶妙! とろけちゃう!」
「えっ!?」
 横合いから、ニンマリと笑いながら匙を伸ばして味見した寝子の喝采。
「うん、うん。ちゃんとしたら出来るんだね!」
「で、でも、真似して作っただけ、で、す……」
「それでいいんだよ! 良かったぁ」
 美味しいものが食べれて――あるいは予感が感じられてご満悦の寝子。つくづく正直な娘だった。対照的にクルルはどんどん俯いていく。
「……」
 熱を逃がすように、クルルは息を吐いた。ティーナは汗が浮いてきたクルルの額をハンカチで拭いながら、柔らかく、言う。
「良かったですね」
「……は、はい」
 その時からだ。何かにつけて恐る恐るとしていたものが、明確に変わったのは。

 結果として、形こそ崩れてはいるが、立派なオムライスの出来上がった。
「味も大丈夫だし、良かったね!」
「は、はい!」
 それだけ寝子が横から味見しまくっていたという事なのだが、クルルは特に気になっていないようだ。
「ね。しっかりコピーすることが大事なんです」
「……はい、よく、解りましたっ」
 宝物を見つめるような目を見てティーナが思わずその頭を撫でてると、クルルは擽ったそうに目を細めていた。



「調理にあたって、幾つか押さえるべきことはあるけれど……無闇にオリーブ油を多用してはいけないよ。癖になる」
 真剣な目。厳かな声色で、璃人は告げた。
「?」
「……ごめん。忘れてほしいな」
「まあ、置いとこう」
 幾分小奇麗な装いになった雅華がそっと言葉を継いだ。そうして、じっとクルルを見つめる。
 特にすることもなかったので、ぼーっとクルルの健闘ぶりを見ていたのだが。
 ――頑張る、という姿勢はどうにもありそうだ。
 そう、思えた。だから、その背を押す分には、吝かではなかった。
「さて。クルル君」
「は、はい!」
「あたしは料理はそんなに得意じゃあない」
「は、えっ?」
「けどまあ、酒は好きだ。酒のつまみもね」
 ――その話をしよう、と。
 話しだす手には、何故か器があった。

 ―・―

 年齢もあり、クルルは酒が飲めない。だから、飲めないなりに話を通そうと思うと概論じみた話になった。
 ――まあ、料理と酒は切っても切れない縁のあるものだからね。
 接待の為の料理ともなれば、なおさらだ。だから、続けた。
「ちょっと癖の強い、味付け濃い方が酒には良く合うんだよねぇ」 
「……そういえば、父さん達もそういうのを好んでました」
「そういうことさね……んー、あとは……」
「はい」
「生き方の話をしよう、か」
「えっ!?」
「別に酒が廻ったわけじゃないよ。大事な話さ」
「は、はい…」
 改めて畏まるクルルに、器を小さく掲げるようにして、雅華は続けた。
「技術ってやつはね、身に付けるのは飽くまでも手段であるべきなのさ」
「手段……?」
「――辿り着きたい場所に、辿り着くための手段さ」
「……」
「あたしはクルル君がどこに行こうとしてるかは知らないけど、ね。そう思えば、もうちょっと図太く生きていけるんじゃないかい?」
「図太く……」
「新しい人生を生きるんだ。そのくらいの方が楽だよ」
 自覚は在るのだろう。思い悩む少年に、雅華はそう言って、笑みを深めた。



 食事会に向けて、夫々に調理をし始めた。また何か切ろうかな、と。クルルがぼんやりと周りを見渡した、その時だ。
「どうだい、君もやってみるかい?」
 と、璃人が進めたのは、一振りの包丁。
「あ、はい!」
 少しだけ前向きな気配を感じて、璃人の顔には笑み。
「飾り付け、やってみようか」
 言いながら、根菜を手にとって手綱切り、ねじり梅。果菜を用いて薔薇を模したり。
 絵の一部のような唐草切りは、特にクルルの目を喜ばせたようだった。目をきらきらと輝かせながら、「うわぁ、うわぁ……!」とはしゃいでいる。
「解るかな?」
「わ、解りません!」
 ――でも。と、少年は続けた。
「やってみたいです」
 目の色が変わっている。料ることを愉しむ目の色に、璃人は光を見た。彼が信じる、希望の光を。

 ―・―

 なんとか切り方を覚えた頃に、夫々に支度が整ったようだった。声がかかり、手を止めた。
「つ、疲れました……!」
「ご苦労様」
 手元には、決して美しいとはいえないが、紛い物とは言ってもいいくらいの飾り切り。
 包丁を置き、離れ際。
「君の扱う刃物は、敵を打ち倒す強さには劣ったのかもしれない」
「ぁ……」
「でも、価値ある素晴らしい物を創造できる力を持っているよ」
 璃人が視線を飾り切りした食材に落とすと、クルルもそれに続いた。
「大丈夫、希望を持とう」
「……はい、ありがとう、ございます」


 さて。夫々に料理を持ち込んだ結果、かなりの量の料理が並ぶこととなった。オムライスやピラフといったご飯物。根菜の煮付け。雅華が持ち込んだ焼きナスと枝豆は酒のアテだろう。オリーブオイルは避けるべきと言っていた璃人はオリーブオイルをふんだんに使ったカルパッチョ。
「どこいってたんですか?」
「秘密、だよ」
 鶲の問いをはぐらかしたアズロは、生まれを考慮してワインを使った肉料理にしたようだ。煮込む時間がなかったので、簡単に香りづけする程度になった。
 そして。
「じゃん! アクアパッツァです!」
「おお。これは見事だね」
 嬉しげな璃人に、寝子は無い胸を張る。 
「でしょー! お母さんはいないんだけどよく作って皆で食べたから、これが僕のおふくろの味なんだー」
「ふふ、食べるのが楽しみだね…」



 みんな、本当に楽しそうに食事をしていた。
 寝子さんは、どの料理を――僕の料理も――美味しそうに食べていた。目をキラキラと輝かせて、美味しい、美味しいって連呼していた。作った人も、幸せそう。
 僕も、そうだった。
 こっそりと、ティーナさんの料理と僕の料理を食べ比べてみた。何かが違う感じがした。母の料理も、そうだった。ほんの少しだけ、違う。
 ――それを教えてくれた鶲さんは、雅華さんや璃人さんと団欒している。
 みんな、楽しそうだ。
「どうだい、楽しいだろう」
 アズロさんがそう言った。
「はい」
 本当に、楽しかった。笑顔が返る。
「食べるという事は自然の実りを命をわけてもらうということ。そうして僕達は生きているんだ」
「……命」
 手を見つめた。斬る事しかしてこなかった手だ。
 此処が。これから立たなくては行けない場所が、そういう命のやり取りの場だと思うと――。

 何故だろう。怖いけど――それ以上に、楽しみになってきた。

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MVP一覧

  • 爛漫なる猫鮫
    鮫島 寝子ka1658
  • Self Sacrifice
    紺野 璃人ka1825

重体一覧

参加者一覧

  • 天罰を与えし聖女
    ティーナ・ウェンライト(ka0165
    人間(蒼)|28才|女性|聖導士
  • 哀しみのまな板
    滝川雅華(ka0416
    人間(蒼)|24才|女性|機導師
  • 温かき姉
    落葉松 鶲(ka0588
    人間(蒼)|20才|女性|闘狩人
  • 植物conductor
    アズロ・シーブルー(ka0781
    エルフ|25才|男性|疾影士
  • 爛漫なる猫鮫
    鮫島 寝子(ka1658
    人間(蒼)|16才|女性|霊闘士
  • Self Sacrifice
    紺野 璃人(ka1825
    人間(蒼)|18才|男性|聖導士

サポート一覧

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依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2014/07/16 00:37:42
アイコン 相談卓
紺野 璃人(ka1825
人間(リアルブルー)|18才|男性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2014/07/19 13:59:03