• 東征

【東征】恵土地乃下焔ノ道行

マスター:鳥間あかよし

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2015/07/20 19:00
完成日
2015/07/24 23:05

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング


 山本五郎左衛門を討ち果たし、歓喜に湧いた東方が、再び絶望で塗りつぶされようとしていた。
 突如その姿を表した九つの蛇をその尾に宿した大狐。妖怪の首魁にして、憤怒の歪虚の至高存在。比喩抜きに山の如き巨体を誇る妖狐は既に展開されていた結界を抜け、東方の地を蹂躙しながら天の都へと至ろうとしていた。
 ――数多もの東方兵士たちの生命を貪りながら。
 同時に、妖狐は東方の守護結界に大穴を作っていた。今もその穴を通じ妖怪たちが雪崩れ込んでおり、百鬼夜行が成らんとしている。

 かつて無いほどの窮地に立たされながら、東方はそれでも、諦めなかった。
 最後の策は指向性を持った結界を作り九尾を止め、結界に開いた穴を新たなる龍脈の力を持って塞ぐこと。それをもって初めて、最終決戦の為の舞台を作る。

 そのために今必要とされるのは人類たちは九尾達の後方――かつて妖怪たちに奪われし『恵土城』の奪還と、可及的速やかな結界の展開。
 東方の民と東方の兵の亡骸を――僅かでも減らすその為に。

●どこかの話
 龍尾城地下。結界の間で、スメラギは井戸へ体を預けてへたりこんでいた。
 足元から白い波動があふれ、黒龍の像がからみつく井戸へ吸い込まれていく。井戸の先は龍脈炉だ。いつでも結界が張れるようにしておかねば。それが守護結界であれ、四神のものであれ。辺りは血まみれだった。井戸のふちはしんしんと重く濡れていく。
「スメさん、演説おつかれさま」
 視界に影が映る。どこか浮わついた感の残る声。これで三つも年上なのだからあきれてしまうし……。
 相槌を打とうとして、スメラギはせきこんだ。酸化しかけた血痕へ真新しい紅が重なる。
「やってらんねェくらいデカイぜ。死んだなこれって思った」
 スメラギは小さく笑った。蒼人の声は、真夏に食べたスイカみたいに、ひやっと心地よい。
「それで盛大にビビッて結界を解除したのか」
「ビビッてねェよ、戦略的撤退だ。ちげーし、マジちげーし」
「ところでさ、西方料理はどうだった? 聞かせてよ」
「お断りだ」
「だって西方料理をたらふく食べたのは今のところスメさんだけだよ。気になるじゃないか」
「俺様がビビリならおまえは大概なアホ」
「いいじゃん。アホやってると楽しいよ」
 蒼人は明るい声を上げた。こんな時にも好奇心をにじませているのは器が大きい証かもしれない。
「僕もハンターに会ったよ。おかげで万事滞りなく行った。何よりさ……」
 いい人たちだったよ。
 スメラギが目を伏せた。沈黙のあとぽつりとこぼす。
 知ってる。
 静寂をやぶったのは蒼人だった。きびきびと回れ右をする。
「じゃあ僕は僕で動くよ。スメさん、お元気で」
 残されたスメラギも両脚へ力を込め、立ち上がる。
「……おまえもな、蒼人」

●いまの話
 立花院に呼ばれたあなた達は、六畳ほどの作戦室に居た。
 隣室へは続々と報告が届いている。総指揮を担う彼の、ほつれた髪へ疲れがにじんでいる。長卓へ置かれているのは桐の箱だ。

「皆さんには、恵土城攻略班の別働隊として地下へ潜入してもらいます」

 恵土城地下にも、井戸の形をした祭壇があるのだそうだ。
 そこへ要石を捧げ、南方の四神結界、朱雀の結界を張るという依頼だった。
 立花院はむしくいだらけの地図を示した。
 件の地下迷宮の広さは1km四方といったところか。四つの部屋が点在し、そのうちの一つに井戸の形をした祭壇があるらしい。
 入り組んだ廊下の道幅は最大で四メートル。細いところは人一人がやっと通り抜けられるほど。
 迷宮は、とうぜん憤怒の歪虚の巣窟になっているだろう。先遣隊の断片的な情報を頼りにするなら、獣型の歪虚が多く活動していることから、呼吸は問題なくできるようだ。確認した限り雑魚が大半とうかがい知れる。だが憤怒の彼奴らは炎を使う。地下迷宮で火に囲まれたとなればどうなるか。

 そのうえ。
「懸念が二点。ひとつは……」
 立花院が桐箱を開いた。中から綿で包まれたものが出てくる。石の人形だ。そろいの衣裳を着ているから、双子なのだろう。推測の範疇を出ないのは、顔が削り取られているからだ。
「この人形は長年神事に使われてきたものです。

 持っていると歪虚に勘付かれやすくなるでしょう」

 ふたつめは、朱雀の結界が」
 立花院が言葉を切った。口へ出すことを恐れているかのようだった。
「……必ずしも発動するとは限らないということです」
 すこし部屋の温度が下がった気がする。どういう意味かとあなたは問い返す。
「長い間歪虚が占拠していた炉です。正常に作動しない可能性があります」
 バクチな話だ。どうしたものかと首をひねったその時、ふすまが開け放たれた。
「よお」
 青い顔のスメラギが縁へ寄りかかっている。口元を布で覆ったまま、スメラギは咳こみながらしゃべった。白い布へ、鼻血の痕が広がっていく。
「話は聞いたぜ。おまえら手を貸してくれ。この人形に細工をするからよ」
 立花院の細面に動揺が浮かぶ。スメラギの声が一段低くなった。
「紫草、こいつらは昔々の約束に応えてくれた。なら、俺様もちったァ仕事しなけあご先祖に顔向けできねェ。歪虚が寄ってくるのはどうにもなんねェが、せめて間違いなく結界を張れるようにしとくのが、俺様の役目だろうが」
「しかしお体が……」
「今気張らないで、いつ気張るんだよ!」
 スメラギが吠えた。沈痛な面持ちのまま立花院が言う。
「御身の身代わりは石では勤まらぬことを、お忘れなきよう」
 一歩下がった立花院を通り抜け、スメラギは双子の石人形を持ち上げた。
「これより神事を行い、おまえたちのマテリアルをこの人形へ注ぐ」
 それで必ず結界が発動するのか、あなたがそう問うた。
「する」
 スメラギは断言した。
「龍脈越しに俺様がおまえたちのマテリアルを感じ取り、天ノ都から水を向ける。

 結界発動は心配すんな。おまえたちの仕事は、地下迷宮で井戸を探し、要石を投げ込む、それだけだ。

 行ってくれるか?」
 あなたはうなずいた。スメラギの表情が緩む。彼は背後へ回り、人形であなたの背を優しく叩く。
「うごなはれるひとども、はらへたまひきよめたまふことを……」
 わずかな時、六畳間は神前と化した。


 暴れ回る大妖狐を大きく迂回し、漸く辿り着いた恵土城を遠方に見やったハンターと東方武士達は、言葉を無くしていた。美しき東方の城。その天守閣を覆うほどに黒々と広がった、『泥』。
 同道していた術士が呆然と呟いた。
「……龍脈が」
 喰われている、と。
 地下から吸い上げられた龍脈が天守閣の泥へと吸い上げられている。しかし、果たして、この戦場における狙いは定まった。

 地下と天守閣。その二つを、落とさなくてはならない。
 この局面での失敗は、即ち東方の終わりを意味する。だが、恐れずにハンター達は歩を進めた。
 ――運命に、抗う。
 ハンター達は、その言葉の意義を自ら証するためにこの場にいた。

リプレイ本文

●恵土の地下には
 地の底の扉を開けると、濡れた布の張り付くような淀んだ空気が一行を包みこんだ。
 高円寺 義経(ka4362)がハンディライトのスイッチを入れれば、LEDの冷たく鋭い光が地下迷宮を切り取った。ひび割れた壁から、じくじくと地下水がしたたり通路は苔むしている。
「ヒュー……、お化け屋敷みたいな所っスね」
「うぶちゃんとすなちゃんのキョーイクに悪いのなー」
 黒の夢(ka0187)がとがった耳を揺らし、おくるみに包んだ石人形を抱きしめた。うろんな目でクルス(ka3922)はそれを眺めている。
(髪が伸びるって噂なのか? おっかねえな東方)
 いわくありげに削りとられた顔へ、黒の夢の髪が垂れている。その影で双子の人形は頬を寄せ合い、穏やかに眠っているかのようだった。ぽやぽやした淡い光がおくるみを縁取っている。それが自分達のマテリアルの輝きだとクルスは知っていた。
 雪加(ka4924)が背後の扉のかんぬきに触れた。分厚い木戸の向こうでは志を共にした仲間が恵土城に巣くう歪虚と戦っている。剣戟の音がここまで響いてくるかのようだ。
「スメラギ様からの命……。何としても……」
(でも……わたしは、スメラギ様も、お護りしたい……。だから、彼からの依頼は成し遂げたい……彼の為になるのなら)
 揺れる思いを振り切るように彼女は弓を握る手に力を込めた。
 ――ズン。
 重い衝撃に空間が震えた。足元が揺らぎ、どこかで小石の転がる音が聞こえる。激しい戦いの余波が地下にまで響いてくるのか。時音 ざくろ(ka1250)も両の拳をぎゅっと握って気合を入れた。
「急がなくちゃ。スメラギもがんばってくれたんだもん、絶対祭壇を見つけなくちゃね」
 一歩踏み出すと。水溜りの感触が靴裏から伝わってきた。ぴちょんと、したたりが耳へ届く。鼻をひくひくさせると、彼は冒険の予感に武者震いした。腰のランタンに照らし出された景色も、一緒に揺れた。
「さっそく分かれ道だけど、どうしよう?」
 振り返った先ではカーミン・S・フィールズ(ka1559)が詩の用意した羊皮紙へ古地図の写しを作っている。眉間にしわを寄せているのは、複雑な構造を丸暗記しているからだ。
「何コレ……ホント、虫食いだらけね。ここからだといちばん遠いのは南の部屋ね、手近な東の部屋を目指してみる?」
「動線むちゃくちゃだし、なんの施設だったのかな、ここ。うう、スメラギ君があんなになって頑張ってるんだもん、大変なお仕事だけど私たちが泣き言言ってられないよね」
 ポシェットから紙に包んだ木炭を取り出すと、天竜寺 詩(ka0396)は壁に矢印をかいた。写し終えた地図を受け取り、いっしょになって首をかしげる。
 衛 琳(ka4837)が壁を見つめながら答えた。
「手の込んだ石積みの壁だ、もとは神殿とみた。さァて、きびきび行こうか」

●灼熱と昏倒
 ひとまず東の部屋へあたりをつけ、一行は二班に分かれた。人形を抱く黒の夢を中心にした本隊、そして義経を筆頭に索敵へ専念する遊撃隊。遊撃隊が先行し、安全を確かめたうえで本隊が進む。だが脅威は背後からやってきた。
 最初、それは熾き火に見えた。近づいてくるそれがマグマの体に羊頭の歪虚と知ったとき、詩は羊皮紙をまるめて空にしたワインの瓶へつめた。ざくろが前へ飛び出し、黒の夢がアースウォールで脇を固め、雪加が伝話をつなぐ。浅い雑音を背景に聞きながら、義経はすぐさま振り返った。
「歪虚出現っスね、数は!」
「羊のようなものが三体、三つ首の兎が二体で……」
 雪加の声が途切れる。伝話の向こうからいびつな三重奏が聞こえた。
 のをあある、とをあある、やわあ。
 ふと不吉な気配を感じ、カーミンは立ち止まった。LEDライトが暗闇を薙ぐ。脇道に兎の影を見た。はす向かいの横道からは、不穏な灯りがこぼれている。
「て言うかマグマだのなんだのって見えてんじゃねえか!」
 クルスは脇道へホーリーライトを打ち込むと、本隊まで合流した。詩が懸命に癒しを唱え続け、崩れそうな戦線を維持している。
「心のまにまにかなえたまいて掛けまくも畏き弁財天へたてまつらんともうす」
 両手を組む詩のまわりで金の鞠が跳ねていた。金色の粒子がこぼれでて皆の傷を癒していく。
 あらがえない眠気と戦う雪加の頬を、クルスは音高くはたいた。雪加が目を覚ます。
「おい、起きろ!」
「か、顔を……」
「人命優先!」
 のをあある。
「うっ」
 ばたり。すぱーん。
「人命優先!」
 昏倒したクルスをはたきかえす雪加。お互いにひりひりする頬を押さえ、戦線に出る。羊頭と兎とに改めて対峙したクルスはため息をついた。
「なんでこんなめんどくさい奴らばっかりなんだか……」
「ちいさいこはみんな大変なのなー。おわあ、おわあ、おぎやあーあぁ♪」
 小さく歌いながら黒の夢は楽しそうに人形へ頬ずりした。たびかさなる泣声にも持ちこたえ、遊撃班が戻ってきた通路を塞ぎ、挟撃を防ぐ。
「我輩達じゃなくて、うさぎちゃん焼いてくれたらみんなで食べれるのにー」
 歪虚の群れは、いきりたってマグマを吐き散らしていた。あたりはもうもうと湯気が立ち込め、異臭と熱気が充満している。突進してくる羊頭、待ち構えるざくろ。赤い瞳に闘志が燃える。
「仲間も人形も、ざくろが護るもん!」
 盾で羊頭の頭突きを受け止める。そのたびにマグマの飛沫が飛び、ざくろの肌を焼いていた。
「火傷してるじゃない! ったく、見てらんないわよ!」
 カーミンが床を蹴り、石壁の頂点に乗る。吐きかけられたマグマをかわし、ざくろとの間へ割り込むと至近距離から銃弾を放った。衝撃でマグマが飛散し、返り血のように熱炎がカーミンへ降りかかる。
「うあっづ!」
「近接の物理的衝撃に反応? ……ならば、輝け機導剣! マテリアルと大空の女神の名において、ざくろが命じる、デルタレイ!」
 かかげた宝剣から三つ角の陣が生まれた。まばゆい光が三条、羊頭へ突き刺さる。先頭の羊が灰燼に帰し、残る二頭が吼え猛り前へ。その眉間へ雪加の矢が命中した。もんどりうって、どろりと溶解する羊頭。
「修羅の矢、受けてみますか?」
 雪加は冷静に二の矢をつがえる。
 残った一頭が琳の銃弾を受けどうと倒れた。崩れていく歪虚を踏み越え、琳は兎へ急接近した。三つ首がそれぞれに目を剥く。
「逃がすものか! 頭が気張ってんのに、四肢がへこたれるはずがない!」
 体重を乗せてふりぬいた蹴りが兎の腹を捉える。砂袋を蹴り飛ばしたような感触。兎の体躯が吹き飛ぶ。
「どーん♪」
 直後、黒の夢が行く手に石壁を出した。初速のまま壁に叩きつけられた兎がトマトのように潰れる。最後に残った兎がおじけづき身を翻す、その姿が空中で不自然に固まる。
「夫、暗兵の術というは、天道の恐るべきを知らざれば盗賊のわざに近し……。故に無道の為に謀らず、一切の執着を滅ぼすこと戒心あるべし……我が心・技・体、悉く道具なり」
 空を裂いて迫った鋼線が兎の脚を絡め取っていた。
「高円寺 義経……推して参る!」
 利き手を振り下ろし、手裏剣を放つ。八芒星があやまたず兎の身へ食いこむ。
「おらよっ!」
 奇声を上げて跳ねまわる兎をクルスがメイスで殴りぬけた。渾身の力を込めた一撃が三つ首を打ち上げる。
「右に避けて」
 凛とした声が戦場を走った。カーミンの魔導拳銃の側面で五芒星が光を灯す。銃口から打ち出された弾丸が、義経とクルスの脇を抜け、断末魔の味を兎へ教えた。

●探索の筋
「……立て続けね。これで三戦目か」
 さすがのカーミンも肩で息をしていた。
 探索は遅々として進まない。あたりを満たす負の波動、歪虚の気配、くわえて熱気。詩とクルスがキュアとレジストを駆使して装備の炎上や突然の睡眠を防いでいる。容赦なくマグマを吐きかけられ、死角から泣声が響く状況では誰が欠けても命取りになる。連戦をほぼ無傷で切り抜けられたのは二人のきめ細やかな支援があってのことだった。
 渇きを感じ、彼女は炭酸飲料の蓋を開けた。ざくろと義経がうらやましそうに喉を鳴らしている。
「飲む?」
 視線を受けたカーミンは手近の義経へ缶を差し出した。自分が飲んでいたものはさりげなく隠して。
「いや、そのーう……」
 物言いたげに視線をそらす義経。かすかに頬が赤い。カーミンは意地悪く笑った。
「こっちは蓋開けてない新品だけど? 何期待したの?」
「それならそうと言ってほしいっスよ!」
「この程度も見抜けないようじゃ心配ね。雪加、飲む?」
 受け取った彼女は、はにかんだ様子で缶を開けた。喉を潤すと手持ちから清水を取り出す。
「お返しです。どうぞ」
「あら、ありがとう。いいの?」
「消火に使おうと思っていましたが、これだけじめじめしていたら必要なさそうですし」
 うなすいた琳が壁へ灯りを当てる。光の輪のなかにはかすれた朱色の壁画が映っていた。歪虚に侵食されるまでは華麗な世界が描かれていたのだろう。在りし日へ思いをめぐらせ、琳は嘆息した。
「妙だな」
 彼のつぶやきにざくろが顔をあげる。
「九尾を押さえ込む四神結界だろう? 朱雀の地が水っぽいだなんて聞いたこともない」
「ねえねえ、四神って、青龍、白虎、玄武、朱雀だよね?」
「そのとおりだ」
「じつはリアルブルーにもよく似た思想が残っていて、朱雀は火の鳥なんだ。ここもそうなら……」
 ざくろは辺りを見回した。
「じめじめしてるのは不思議だなってさっきから思ってたんだよ」
「あるいはこの地下水が歪虚の悪影響の結果なのかもしれないな……」
 そこまで言って二人ははたと顔を見合わせた。
「教えてくれ、リアルブルーの朱雀は四方のどこを司る?」
「南だよ」
「クリムゾンウェストでも、だ」
 琳の瞳がはりつめた光をたたえる。
「ならば祭壇があるのは南の部屋だ」
 詩が地図を広げた。
「すこし遠回りになるけれど、東よりのルートをたどれば未開拓部分を通らなくて済むよ」
「決まったな、行こう。闇雲にうろうろするより目的地が決まってるほうが探索もしやすくなるさ」

●祭壇
 南の扉へたどりついた一行は息を呑んだ。
 祭壇は『泥』で穢されていた。悪臭のする汚泥が井戸に詰まっている。それがただの泥ではない証に、てらてらした表面が威圧するようにひくついている。黒の夢が髪を逆立てた。
「邪魔なのである! うぶちゃんとすなちゃんのベッドを汚すなである!」
 咆哮を皮切りにハンターたちは得意な得物で『泥』へ挑みかかった。
 ぞる。ずる、ずぶり、びちゃびちゃ。
『泥』がその粘度を失っていく。内から押し出されるように泥水は井戸からあふれた。何かに呼ばれたのか、急速に床の継ぎ目に浸み込んでいく。部屋の空気が軽くなった。ひとまず脅威は去ったようだ。雪加が井戸をのぞきこむと、闇だけがあった。
(結界は、発動するのかしら……本当に。もし、スメラギ様の身に何かあったなら……)
 けれどと彼女は頭を振った。
(自分を犠牲にして……だけど誰かがそれをしなくては、スメラギ様がその役目を果たさんとしているのなら……)
 黒の夢はおくるみを義経へ渡し、小さく手を振った。
「双子ちゃんいってらっしゃい、頑張るのなー」
 戻ったら無茶をするスメラギの尻を叩いてやりたい気分だったけれど、それ以上に。
「汝の本当のお名前、その声で絶対教えてもらうのな」
 とっておきのおまじないをしてあげたい。なんの力もないけれど、生きていてほしい。役目だからとその若い命を使い果たさないように。森の魔女はささやかな祈りを人形へこめた。
 受け取った人形をまじまじと見つめ、義経も吐息をこぼした。自分達のマテリアルが龍脈の呼び水になるというのなら、こうして抱きしめることで少しでも強まりはしないかと。
(帝も無茶するっスね……だけど、その無茶に応えなきゃ、ウソってモンだぜ)
 ざくろへ差し出すと、彼も受け取る。
「首をはねられるかとひやひやし通しだったけれど、これで目的達成かな?」
 てへと苦笑する彼の手から琳が人形を抱き上げた。興味深げに眺めているクルスへ渡す。
「人形とはいえ年端もいかない子を井戸へ投げ落とすなんざ、東洋の魔法ってのはつくづく業が深ぇな」
「もしかして本当に子どもを使っていたのかも」
 冗談めかしたカーミンがふいと押し黙った。人形の頭をぐりぐり撫でる。石でできているはずの人形は、順ぐりに仲間の腕に抱かれてほんのり温かくなっていた。
 詩が手を伸べ、人形を腕におさめる。顔のない双子を見つめ、まぶたを伏せた。
「都で待っていてくれてるんだよね、今も……スメラギ君」
 心配そうにまなざしを都へ向け、詩は石人形の重みを確かめた。ぎゅっと抱きしめると、気持ちを切り替えるように琳へ託す。
 井戸の前に立ち、琳は人形を捧げ朗々と言祝いだ。
「龍よ。朱雀よ。我らが血脈の同胞よ。この地に魂があるなら起きて来い。奮起は今だ、共に抗い給え」
 人形を、琳が井戸へ投げ入れた。白いおくるみが闇へ吸い込まれるように落ちていく。何も聞こえない。水面へついた音も。何も。
(我らの国の運命だ、誰にも喰らわせてやるものか)
 焦燥に押しつぶされかけた時、不意に足元が揺れた。地の底から突き上げるような衝撃が起こり、足をとられそうになる。まるで噴火だ。井戸の底からマグマが競り上がり、迸る。湧き出す溶岩に押し上げられた何かが、宙へ浮かび上がる。白く、まろい、あれは卵だ。内側から砕け、顔を出すのは青白い熱と紅蓮の炎の二羽の雛。焔を餌に成長し、蒼の鳳凰と紅の鳳凰は同時に翼を広げる。視界が白く染まり、双子の産声が聞こえた気がした。
 幻影にちかちかした目をこすると、景色が戻ってくる。
 溶岩に見えたのは炎のマテリアルだった。濃密な正の力が祭壇周りに満ち、静かに湯気を立てている。あれほど漂っていた重い湿気は消え去っていた。
「これで少しはスメラギ君の役に立てたみたいだね」
 詩は胸をなでおろした。雪加は複雑そうにうつむく。
「……なんで、自分の事を大切にできないのでしょう……。ひとを……こんなに想う事は簡単なのに……」
 壁に目をやった義経が口笛を吹いた。
「急に明るくなったと思ったら、壁画が発光してるっス。帰りは灯りなしでよさそうっスね」
「と、いうことは」
 クルスがメイスをスチャッとかまえ、琳がいたずらっぽい笑みを口の端に浮かべた。意図を察したカーミンも弾倉を変える。
「残った奴らの掃討が捗る、な?」
「共によろしく頼む、西の望み」
「サーチ&デストロイね。腕が鳴るわ」
 両手をわきわきさせる黒の夢。隣で詩も微笑んでいる。
「これだけ正のマテリアルが循環していたら、きっと歪虚には居心地悪いよね、うふふ」
「うぶちゃんとすなちゃんの神殿なのなー。キレイキレイするのなー」
「よーし、ざくろの大冒険第二部、はじまるよー!」
 ハンターたちは意気揚々と扉を開け放った。

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MVP一覧

  • 神秘を掴む冒険家
    時音 ざくろka1250
  • 紅つ国朱雀の導き手
    衛 琳ka4837

重体一覧

参加者一覧

  • 黒竜との冥契
    黒の夢(ka0187
    エルフ|26才|女性|魔術師
  • 征夷大将軍の正室
    天竜寺 詩(ka0396
    人間(蒼)|18才|女性|聖導士
  • 神秘を掴む冒険家
    時音 ざくろ(ka1250
    人間(蒼)|18才|男性|機導師
  • 花言葉の使い手
    カーミン・S・フィールズ(ka1559
    人間(紅)|18才|女性|疾影士
  • 王国騎士団非常勤救護班
    クルス(ka3922
    人間(紅)|17才|男性|聖導士
  • 現代っ子
    高円寺 義経(ka4362
    人間(蒼)|16才|男性|疾影士
  • 紅つ国朱雀の導き手
    衛 琳(ka4837
    人間(紅)|16才|男性|舞刀士

  • 雪加(ka4924
    人間(紅)|10才|女性|猟撃士

サポート一覧

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依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/07/18 14:39:31
アイコン 作戦相談
高円寺 義経(ka4362
人間(リアルブルー)|16才|男性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2015/07/20 18:36:19