• 東征

【東征】隠の桔梗門/人の世の終焉を

マスター:藤山なないろ

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2015/07/20 22:00
完成日
2015/08/02 23:03

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング


 山本五郎左衛門を討ち果たし、歓喜に湧いた東方が、再び絶望で塗りつぶされようとしていた。
 突如その姿を表した九つの蛇をその尾に宿した大狐。妖怪の首魁にして、憤怒の歪虚の至高存在。比喩抜きに山の如き巨体を誇る妖狐は既に展開されていた結界を抜け、東方の地を蹂躙しながら天の都へと至ろうとしていた。
 ――数多もの東方兵士たちの生命を貪りながら。
 同時に、妖狐は東方の守護結界に大穴を作っていた。今もその穴を通じ妖怪たちが雪崩れ込んでおり、百鬼夜行が成らんとしている。

 かつて無いほどの窮地に立たされながら、東方はそれでも、諦めなかった。
 最後の策は指向性を持った結界を作り九尾を止め、結界に開いた穴を新たなる龍脈の力を持って塞ぐこと。それをもって初めて、最終決戦の為の舞台を作る。

 そのために今必要とされるのは人類たちは九尾達の後方――かつて妖怪たちに奪われし『恵土城』の奪還と、可及的速やかな結界の展開。
 東方の民と東方の兵の亡骸を――僅かでも減らすその為に。


 暴れ回る大妖狐を大きく迂回し、漸く辿り着いた恵土城を遠方に見やったハンターと東方武士達は、言葉を無くしていた。美しき東方の城。その天守閣を覆うほどに黒々と広がった、『泥』。
 同道していた術士が呆然と呟いた。
「……龍脈が」
 喰われている、と。
 地下から吸い上げられた龍脈が天守閣の泥へと吸い上げられている。しかし、果たして、この戦場における狙いは定まった。

 地下と天守閣。その二つを、落とさなくてはならない。
 この局面での失敗は、即ち東方の終わりを意味する。だが、恐れずにハンター達は歩を進めた。
 ――運命に、抗う。
 ハンター達は、その言葉の意義を自ら証するためにこの場にいた。


『お父様、これは一体……!』
 叩かれる頬の痛みなど、どうでもよかった。
 ある朝、私に用意されたのは桔梗門家の財政状況に相応しくない絢爛な打掛。それは婚礼の証に他ならないものだった。
 私は、知らないうちに上位の武家の殿方と結婚することになったのだという。驚く私を煙たがるように父は言い放った。
『うるさい! 大体お前があのような使用人と通じたことが原因だ。お前が育ったのは誰のお蔭だと思っている!』
 もう一度、頬を叩かれた。
 父が、私と使用人の清彦との逢瀬に気付いたのは最初に青年と星を見上げた日から何度目かの夏を迎えた頃だった。
『真に、私は彼を愛しています。ほかの誰とも契りを結ぶことは致しません! 清彦と話をさせてください! 私は彼と生涯を……ッ』
 今度は、腹を蹴り飛ばされた。隣の部屋の襖を巻き込んで倒れた私。その視界に飛び込んできたのは部屋中に置かれた桐の箱だった。空いた蓋の奥に見えるのは輝かしいばかりの“金”。
『清彦に会うことはもうない。やつには、延べ棒を1本くれてやった。二度とお前に関わらんことを条件に、だ。……くっ、ははは』
『……嘘』
『あやつの部屋を見るがいい。すでにもぬけの殻よ』
 父は声をあげて笑う。その口調、声色、支配的な様に私は圧倒され続けた。
『お前のような箱入りを誑かすなどさぞ簡単だったろう。まさか使用人に手を付けられるとは思いもよらなかったが、まあいい。先方の殿に悟られぬようにな。初心を演じろ。解るか』
 言霊、とはよく言ったものだが言の葉には力がある。
 抗う力もなく、私は他家に嫁いで──否、見知らぬ男のもとへ売られることとなった。

 しかし。
 嫁いだ相手の人となりを知れば、いつか愛せる日も来よう──そう願った私の心は、あっけなく潰える。
 迎え入れられたのは側室の座。男は幾人もの側室という名の奴隷を飼っていた。一つの部屋に押し込められた側室たちは皆、元は美しい女子であったのだろうが、今は“見る影もない”。
 その理由は、側室に入った日の夜に分かった。殴られ、蹴られ、髪を掴まれては堅い枕へと顔を叩きつけられ。閨の外には殿の小姓も控えていただろうが、だれ一人、それを止めることはしなかった。

 自分勝手で、金と権力に従順で、女を物のように扱い、暴力を振るい、楽な方に逃げていく。
 抗わず、戦わず、人を信じることもなく、汚く、穢れた生き物。
 これが、男だ。

 そんな男にいいようにされた私も、汚い生き物だと思う。
 こんなに汚れてしまったのなら……この先どこまで汚れてもおんなじだ。
 たとえ人をやめ、堕落者となっても、私のこの憤怒は決して消えることはないだろう。
 この身の穢れが、いつまでも、決して、消えぬように。


 エトファリカ連邦、その南方に位置する千代国は古くより農耕に適した肥沃な大地に恵まれ、多くの民が暮らす領として栄えていた。しかし、その土地はマテリアルにも恵まれていたことから、九蛇頭尾大黒狐 獄炎の襲撃を受け、城ごと龍脈を略奪されてしまう。
 当時の領主一家は残らず殺害。そこに住まう民も多くが命を奪われ、凄惨な歴史を持つ城町となった。
 そんな千代国には、以前この国の領主の居城であった“恵土城”が今もなお聳えている。木造5階建て、約60mもの高さを誇る城郭も、今では歪虚に支配され、破壊され、傷みんだ個所もあるだろう。だが、外から臨むその城は、過去の栄華を物語るかのような荘厳さを誇っていた。
 広大な敷地をもつ城の外苑は美しい東方風の庭が広がり、同時に敵衆を阻むべく切岸や水堀が巡り、城へと続く道は門や橋で結ばれている。本丸も相応に面積の大きな城郭であり、これを攻め落とすには相応の規模の作戦が必要となった。

「憐れ、ね」
 ぐずり、ぐずりと下卑た音がそこかしこに響く。
 天守閣より産まれ出る泥を背景に、城の屋根の上に座り込んでいた女がため息をついた。
「獄炎様のお姿に、絶望したはずだわ。逃げればいい。それだけのことなのに」
 自ら苦しい道を選ぶなんて、抗うなんて、嘘くさい。こいつらは、帝に命を捨てることを強要され、拒むことができなかった憐れな連中なのだと、女はそう思った。
 ──そうでなきゃ、嘘だ。
 思い返すのは先日、西から来た覚醒者との逢瀬。逃げ切ったあの日から、何度も頭に流れてくる。
『その激情、僕が受けて立つ』
『歪虚と化して尚も貫きたい想い、祈り、誓い。それが存在すると言うのなら、俺が認めん訳にはいかんだろうよ』
 人は身勝手な生物だ。拳を握りしめ、女が天守閣より舞い降りたのは、城の外苑。
 城内を目指す侵入者たちの前方に降りたち、そして──
「ようこそ、恵土城へ」
 ──美しく笑んで、自らの姿を“解いた”。
 現れた異形は、絡新婦。蜘蛛の背の中央に、裸身の女の上半身が生えている。蜘蛛と、そして女の指先全てから射出された白銀の糸が道や脇の松並木に絡まって上に下にと覆い尽くし、辺りがきらきらと輝きだす。
 女は、ハンターらが持ち帰った情報通り──九尾御庭番衆、桔梗門織姫に違いない。
「邪魔はさせない。人の世は、終わらせる」

リプレイ本文

●或る女の生について

「“泣くほど嫌いなのよ”……か」
 あの日、あの時、ある女から向けられた真っ直ぐな答えがファティマ・シュミット(ka0298)の胸の奥で燻り続けている。あんなに悲しそうに怒るひとのことを、気になって仕様がなかった。それを隠すつもりもなく、ファティマはある約束を交わした男が場所をとったと聞いてエトファリカの中心街のある宿屋へとやってきたのだが。
「この度は御世話になります。はい、伺いたいのは……」
 ファティマが入室しようとした部屋の中から、既に話し声がする。それは、聞き覚えのある少女の声で──
「……マリエルさん、でしたか」
 そっと開けた襖の向こうに現れたのは、書物を広げながら会話をしていたマリエル(ka0116)の姿だった。
「ファティマさんも、いらしたんですね」
 少女たちは言葉もなく、ただ視線を交わすことで思いを重ね合う。それだけで、互いがこの場に居る理由は十二分に解り合えた。
 相手は、東方政府の役人──とりわけ四十八家門に関する記録を扱っていた御祐筆係の一人という初老の男。少女たちの沈黙を察した風に、咳払いを一つ。促されるようにファティマが視線を落とした書物を見て、
「どうやら、桔梗門家自体が多少古い記録なのですねー。ということは、歪虚になってからもそれなりの年月が経っている、と」
 少女はそう零した。紙は、いずれも四隅を中心に歴史を刻んだ繊維の色に変質している。
「そうさな、どこから話したもんかの」
 ──そうして、男から聞かされたのは、織姫という女の人生そのものだった。
 男の話しぶりが鮮明であるのは、彼女が生前日々の記録を自ら記し続けたからに他ならない。
 彼女が綴った日記からは、泣き叫ぶような思いが、涙で滲んだ文字が、どこから落ちたのかも分からない血痕が、書の端々に残されていた。白い指先で涙と思しき跡に触れ、マリエルがゆっくりと瞳を閉じる。それだけで、感情が共有されるような、強い怒りが入り込んでくるような気がする。
 ファティマはしばし思案気に読み耽っていたが、やがて男にこう尋ねる。
「織姫の愛した男の人は……その後、どうしているのですか」
 少女が書の一点を指す。そこに綴られていたのは、織姫が売られた日、清彦が金塊を持って消えたという記述。
「お父さんが書き綴られているような人なら、口止めなんて優しすぎるやりかただと思う」
「……そうじゃな。お嬢さんの御指摘通り」
 その言葉にマリエルも目を開く。少女たちは、恐らく続くだろう男の言葉にある覚悟を固める。
「“大事”な娘を傷ものにした分不相応な使用人を相手に、金の亡者が貴重な金塊を一つでもくれてやるとは、到底思えんじゃろう」
 やはり、だ。漸く合点がいった。マリエルはただ沈鬱な面持ちで、
「殺されたのですね。彼女の、お父さんに」
 それだけを言うにとどまった。
「遺体は、翌日近くの河原に流れ着いておった。わしも直にこの目で見た。尤も、売られていった彼女がそれを知る術は、なかったろうが」

 歪虚王“獄炎”の大侵攻は、それからすぐのことだった。


●死出の逢瀬

 城の天守閣からふわりと女が落ちてくる。それは、まるで天女がこの世に舞い降りる光景に似た。
「ようこそ、恵土城へ」
 カール・フォルシアン(ka3702)は女を見つけた瞬間から、片時も目を離さずにいた。美しく笑んで、自らの姿を“解いた”織姫を前に、カールも同じように笑む。
「ここにいらしたのですね」
 応答に目をやると、女は思い出したように口角を上げた。
「あら、坊や。私を追いかけてきたの?」
 否定も肯定もせず、少年は自らの刀の鞘に触れる。
 ──堕落者は人に戻れない。それは知っている。ただ、それでも彼女の“感情”はまだ、現実にここに在る。
 それは痛いほど理解していた。例え怒りや憎しみの類だとしても、彼女に人の心が欠片でも残っているのなら。
 ──彼女を縛る過去や怒りの蜘蛛の巣を断ち切り、歪虚ではなく織姫という一人の女性として彼女を安らかに眠らせてあげたい。
「貴女を、空に帰して差し上げます」
 願わずにいられなかった。例えひとときの逢瀬であろうと、この願いに嘘偽りはない。そんな少年の強い想いは、彼が纏うマテリアルに少なからぬ影響を及ぼしたのだろうか。
「……その姿」
 覚醒した少年の姿に、織姫の言葉が途切れた。
「貴女の激情は、“僕”が、受けて立ちますから」
 あどけない少年の姿をしていたカールは、その面影を残した“青年の姿”へと変容。驚きか、戸惑いか。女の感情は計り知れないが……そこへ、無遠慮に男声が割り込んだ。
「“女”――いや、桔梗門織姫」
 急に先ほどまでの様子はなりを潜め、織姫があからさまな不快を示す。相変わらずの軽装で織姫の前に現れた弥勒 明影(ka0189)に、女は生理的嫌悪を覚えているようだ。
「来いよ。――“男”を殺すのだろう?」
 男の物言いにはもはや呆れの感情しかないが、女は小さく息を吸うと指先全てから白銀の糸を射出。それは、道や脇の松並木に絡まって上に下にと覆い尽くし、辺りがきらきらと輝きだす。
「邪魔はさせない。人の世は、終わらせる」
 黙って成り行きを見守っていた神代 誠一(ka2086)は、織姫の言葉に眉を寄せた。彼の脳裏には、ヨモツヘグリでの光景が焼きついていた。この国の未来の為になるならばと、疑うことなく、惜しむことなく命を散らした東方兵たち。彼らは強い想いを叫ぶようにしてハンターたちに“あるもの”を託した。誠一が託されたもの。それは、たった今、目の前の女が“終わらせると告げたもの”、その未来だ。ならばこそ、女を許容することなど、断じて出来はしない。
 誠一の右腕から刀の先にかけて走るように這う光。やがて稲妻のように強い光が放たれ、霧散した。それは、青年の覚醒の合図。
「約束を果たす。その為に来たんです」
 眼鏡のブリッジを押し上げるジンクスめいた馴染みの所作の後、青年は刀を鞘から引き抜いた。誠一のそんな強い想いを感じながら、エイル・メヌエット(ka2807)は真っ直ぐ前を見据える。
「あの人が、御庭番衆の織姫……」
 伝え聞く彼女の生き様に思いを馳せれば、今やるべきことと、自分が成したいことが、同じベクトルを向くような気がする。ならばこそ。
「織姫、貴女の因果の糸を断ち切ってあげる」
 宣言にも似た言葉は、広大な御庭に落ちては消えた。

●蜘蛛糸に絡めとられていたのは、人か、女か。

 張り巡らされた巣をめがけ、最初に放たれたのは強大な炎の玉だった。
 最も動きの俊敏なエルバッハ・リオン(ka2434)が、大きく息を吸い込むと瞬時にマテリアルを練り上げていた。
 ──彼女の過去に何があったかは知りはしない。けれど。
 少女は真っ直ぐに対象を見据える。張り巡らされた無数の蜘蛛糸の向こう、白く霞む姿を捉えることが出来た。
 この妨害を破らねば、門を越えて城へと兵を送り出すことは出来ない。つまり、あの女郎蜘蛛は、明白に“敵として、障害として、立ちはだかっている”。
 今この場で立ち塞がるなら、敵として斃すだけ──そう心に決め、少女は生み出したばかりの炎玉を僅かな迷いなく解き放つ。着弾までの間は僅か。瞬時に到達地点の周囲が炎上し、輝く糸を悉くに焼き払った。
「……炎」
 織姫が顔をしかめるのも無理はない。恐らくそれは“巣を払うのに最上の手段”であったのだ。そうして開かれた間を詰めるべく、ハンターたちが一斉に駆けだした。
「目を逸らすなよ、俺を見ろ。その嚇怒を以て、俺を殺さんと猛るが良い」
 明影が、再び挑発──軽口には最早うんざりだった。黙らせるには、殺すのが一番早いだろう。その思考に至るのは容易かった。巣で待ち受ける織姫から“何か”が放たれる。
「自分にみてもらえる価値があると思っているのなら、傲慢ね」
 蜘蛛の巣が開いた分だけ距離を詰めてくるハンターたち。それを迎撃する形で、女から弾丸にも似た何かが射出された。それは、ハンターと彼女とを隔てる巣のごく小さい穴を穿ちながら進み、紛うことなく明影の大腿部深くに突き立った。スーツしか身に纏っていない少年の大腿には、風穴をあけることすらさほど苦はないだろう。
「傲慢、卑怯……確かに、そうした輩も、いるだろう。だが……」
 膝をつく少年は、震えながら立ち上がり、真っ直ぐ織姫を見つめる。
「斯様な人畜共と、一纏めにされるのも……心外な話だ」
 直後、飛び出したのはカール。ブーツから噴射する多量のマテリアルで加速し、高速機動をもってハンターたちの先頭に滑り込むと、青年は鞘から刀を抜き去った。切っ先から渦巻く炎がやがて赤々と燃え盛り、蜘蛛の巣の向こう、僅かに見える女の輪郭に炎の影がちらつく。思わず“青年”から声が漏れた。
「思い出して下さいっ! 絶望と怒りで見失ってしまった、貴女の本当の願いを!」
 言葉と同時に、放たれたファイアスローワー。焼き払われ、残る蜘蛛の巣は数m分──そこへ再びエルバッハがハンターたちの前方へファイアーボールを仕掛けた。焼き尽くされた“御簾”の向こうに隠れていた顔と漸く正対。現れた女は──
「……願い?」
 悲しげな顔をしていて、それが怒りの感情だと気付くまでに時間は必要としなかった。
「それを確かめる為にも、“試しに殺して”みましょうか」
 丁度、煩いだけの男がいたものね──そう言って、織姫はもう一度明影へと杼を構え、今度はその胸部に狙いを定めた。再び投擲された杼の速度は先ほどより近い分だけ苛烈さを増し、誰もが明影の“最後”を確信した、けれど。
「身の上話は聞いたけど、それとこれとは話が別だ」
 明影と織姫との間に割り込んだ影──それはミリア・コーネリウス(ka1287)。少女は自らの身を挺して“少々長大に過ぎる銃弾”の如き杼を前に立ちはだかった。少女の赤く輝く瞳からゆらりと陽炎が立ち昇る。少女は覚悟を決めて構えるが、しかし杼を受けた瞬間に体は後方へ大きく弾き飛ばされた。当然、その後ろに庇われていた弥勒も全身鎧を纏ったミリアが吹き飛んでくれば受けとめられる余力はなく、2人は共に草の上を転がる。起き上がりざま、下敷きになった弥勒を助け起こすように手を伸べたミリアだが、
「落ち着けよ弥勒、ボクの知ってる弥勒はもっとこう、クレバーだったはずだ」
 少女の窘めに、明影は息を吐く。
「お前にどう見えているかはわからんが、俺は落ち着いている」
 思わずミリアは溜息を零したくもなっただろう。だが、敢えてはっきりと告げた。
「ボクは兵でアレは敵。なら……やることは明白、だろ?」
 戦場では、ささやかな迷いや甘さがミスを生む。割り切りをきちんと口にすることでミリアは己の意思と、此度のありようをはっきり示している。明影にそれを促すことが出来たかはまた別の問題ではあるが、少女は緑色の刀身を持つグレートソードを担ぎ、再び織姫へ向き直った。その背は凛とし、吹き付ける夏の風に少女の美しい金の髪が揺れる。前方では、既に前衛のハンターたちが近接武器の射程で張り付き、女との死闘を繰り広げ始めたところだ。
「せめて正面から打ち破る」
 そう告げ、ミリアは再び走りだした。その背を見守っていた明影の体が、突如柔らかい光に包まれる。マリエルとエイルだろう。彼女たちの治療のおかげでもう一度刀を握ることは出来そうだが、先の一撃で改めて理解できた。彼女のヘイトを稼いだとしても、明影では二発食らったらおしまいだ。しっかりした武装をしてくればもう少し耐える目はあったのだろうが、しかしそれでも少年は力強く前を見据える。
「生憎と俺は絶望など知らんし、恐怖から逃走を選ぶ惰弱な心も宿しておらん」
 ──直後投擲された杼が少年の腹を貫いた。その呟きは、戦いの中での最後の明影の言葉となった。

 そこからしばし、泥くさい削り合いにも似た戦いが繰り広げられた。正面にミリア、右手側にカール、左手側に誠一が張り付いては、連携攻撃を仕掛けてくる状況だが、対する織姫も着実にハンターたちの命を削っている。この状態が長く続けば回復手段が先に尽きる。だが、その均衡を崩したのは、ファティマだった。少女は織姫へ接近すると歯車の露出した機械剣を振り被る。
「ねぇ、織姫さん」
 女が応じる瞬間に合わせ、少女が剣を振り下ろした。刃は相手を“抉った”感触もなく、正直ダメージの手ごたえはない。だが──
「……ッ」
 前衛たちの乱打の隙を縫って繰りだされた“エレクトリックショック”。不意を突かれた女は、脚先からの痺れに抗うようにファティマを見下ろしている。交差する視線。その時ファティマは女の瞳の奥に潜む感情が、過日に触れたあの“書”からなんら変質していないことに気づいてしまう。
「あなたの佳い人は、あなたをお金で売ったってどうして信じたの?」
 思わず、少女の口をついた質問に織姫の表情が強張る。
「やっぱり、心のどこかで彼を信じてたんですね。でも、“彼は貴女を迎えに来なかった”……」
 相手の感情に共感するように、ファティマは一度刃を引く。麻痺故か言葉少なな織姫だが、そんな彼女を見上げて、エイルが法具を握りしめた。
「確かに、信じた分だけ、裏切られた時の傷は深いのかもしれない」
 間近で触れた感情に、促されるようにして想いが溢れる。同じ女として、察することができる面もあるのだろう。
「悲憤が強いのは、だから、なのね。……織姫、貴女を憤怒の業から解き放ってあげる」
 祈るように、僅かな間だけ瞳を閉じる。エイルの掌から生まれ出でる白い輝きはやがて肥大し、そして──
「どうかもう貴女が独りで泣かなくて済むように」
 放たれた光が辺りを照らしながら、女の体へと叩きつけられた。その光は女の悪感情を焼き尽くすように、神聖な光を辺りに散らして消える。その隙を逃すはずもなく、女の左右を位置どる二人の“青年”が声を上げた。
「気付いてるんでしょう!? いくら男を殺しても怒りは鎮まらない事、堕ちて尚苦しい事!」
「軋むように悲鳴をあげる貴方の心、それが答えなのではないですか!」
 これまで重ねて狙ってきた脚へカールが渾身の一撃を叩きこみ、かたや逆サイドで放たれたのは誠一の“連撃”──その瞬間、淡い光が誠一を包む。他者のマテリアルと繋がると、その力は刀の先から織姫へと伝わってゆく。結果、両者同時に織姫の脚を両断するに至った。
 ダメージの蓄積した脚は叩き斬られた瞬間に消失し、体を大きく傾ける織姫。なんとかバランスを保とうとするが、ここまでに誠一が2本、カールが1本──計3本の脚を失っており、これで残る足は4本。巨体を支えるには、もう限界が近い。ならば、“撤退判断”の時は今しかない。
 織姫自身、この城の御庭番を任されたことの意味は理解しているし、任務を放棄するほど無責任でもない。だがそれでも、先ほどファティマが口にした“あの話”が女の心を大きく揺さぶって仕様がなかった。
 女は大きくバックステップをすると、近づこうとするハンターたちを牽制するように、鋭い問いを放つ。
「なぜ知っているの。“あの人が迎えに来なかった”事を」
 女の目は、真っ直ぐファティマを見据えていて、回答は不可避。それでも結末を告げるより前に、少女は一つだけ“確認”を促したいことがあった。
「……彼が裏切ったことだけは、自分で確かめたんじゃないんですよね」
 たった一言。それに、女の唇が何事か応えようとして震えを止めた。恐らく彼女は“想定していた”のだろう。それでもどこかで“彼は自分を迎えに来てくれる”と最後まで信じていたのかもしれない。ならばこそ、告げなければならないと“彼女の正義”が奮い立った。彼の思いが、真実が、歪められた歴史として残ることだけは許してはならないと思ったから。
 ──そうじゃなきゃ、あんまり非道すぎるもの。
「貴女の嫁入りがきまった日、彼は既にあなたのお父様に殺されていたんです」


 女から発せられる怨嗟の叫びは最早声にならず、途方もない感情の波が負のマテリアルに変換されて周囲を覆い尽くしてゆく。
 ハンターたちは、女の心を守るようにして幾重にも放たれた蜘蛛の糸に直撃。再び構築された巣の真ん中で、女は“あの時”のように、また涙を流していた。
「また……!」
 一人後方で仲間たちの援護にと、織姫の攻撃機会に合わせるようにして魔法を放っていたエルバッハは、ウィンドスラッシュの詠唱を中断。ウィンドスラッシュは接触の瞬間に効果が発動しその場の巣を切り裂くにとどまってしまう。ならば、仲間を巻き込まない範囲でまず巣を焼き払い、その後、少しずつウィンドスラッシュで巣を切り裂いていくしかない──
「必ず、破壊してみせます」
 少女は呟き、再び杖を握りしめる。マテリアルはやがて赤々とした炎を紡ぎあげ、大きな火球を生成。そしてそれは少女の意思一つで、世界に放たれた。
 糸を巻き込みながら焼き切って進む火球はやがて着弾地点で大きくはじけ、高々と炎を巻き上げる。周囲を焼き尽くし、巣に大穴をあけたその勢いに鼓舞されるように、マリエルが誠一へ、エイルがカールへ向けて煌めきを放ち、麻痺から彼らを解放する。
 それを経て各々が周囲の巣を切断し始めると、あっという間に体制が建て直った。リカバリが、恐ろしいまでに早い。これが互いに意思疎通したハンターたちの連携のなせる技だろう。
「これで、状態異常は全員治ったわね。織姫、貴女を縛るものは全て取り去ってあげるわ」
 見上げるエイルの頭上、織姫は残る蜘蛛糸を伝って高く張り巡らされた巣の上からハンターたちの様子を見下ろしていた。それでも、涙の跡が残る顔はどこか悲しげな色をしていて……
「これでは貴方は苦しいままだ。憎悪は己をも縛る枷となる」
 思いがけず、誠一はそんな言葉を口にしていた。態勢を整えたカールも同様に声を張る。
「貴女が本当に憎いのは男なんですか!?」
「……本当に、憎いのは」
 逡巡。女の手に構えられた杼は、明らかに人間めがけて振り落とされようとしているが──彼女の根幹となっている“憤怒”、その対象に迷いが生じているのだろう。
 そこへ復帰したミリアの大剣が一閃。破れた蜘蛛糸は着実に密度を減らし、巣の破壊から緩く伝わる衝撃に体を揺らしながら、織姫は“漸く”気がついたように嘲笑う。
「私が本当に嫌いなのは……私自身、だったのね」
 明らかになった憤怒の情。それに、憑き物が落ちたような顔で女は再び杼をとると、直下の誠一めがけて射出した。誠一はそれをなんとか受けとめようとするが、その威力は余りに超大。痛みを知覚する瞬間、他者のマテリアルが流れ込むように誠一の体を守らなければ、相当の痛手を負ったに違いない。
 そんな誠一を庇うようにエルバッハのウィンドスラッシュが炸裂。織姫とハンターたちの間に残っていた僅かな巣を完全に取り去った。これでハンターの攻撃を阻むものは何もない。
 織姫はそれに気づき、巣の盾を得るべく移動を試みようとするが──脚を多数切断されたツケだろう。蜘蛛糸の上を行く動きが精彩を欠いてみえ、誠一がそれに気がついた。
 ──これが最後の好機かもしれない。
 今、巣を移動する彼女に万一「逃げられ」でもしたら城の攻略はもちろん、守るべき東方の世に影響が出ることは必至。しかし、先の攻撃一発で誠一は相応の体力を奪われていた。これ以上は、友人たちのマテリアルの助けがない以上、次の一撃で自分が倒れる可能性は十分に高い。
 瞬時に様々な思索を重ねた誠一だが……それでも、青年は特殊強化鋼のワイヤーを迷うことなく握りしめた。今この時、誠一の中に選択肢は一つしかなかったのだ。
 東方兵の姿が、声が、鮮明に思い出される。あの覚悟を、思いを“成す”のは“今しかない”だろう。
 希望を託し、誰かの為に必死になれた彼らの想いと一つでありたい……そう願って。
「織姫! 俺は、貴女の怒りと悲しみから逃げません。例え、どんな状況でも」
 誠一の手からワイヤーが奔った。巣の上に居た織姫に“刀”は届かなかっただろうが、仲間が巣を払ったおかげで“届けられる場所”があった。ワイヤーが捉えたのは、女の脚先だった。
 女が“捉われた”と気付くより早く、誠一は渾身の力を込め──
「逃がす、ものか────ッ!!」
 “織姫を蜘蛛の巣から、大地に引きずり落とした”。
 巣が破れ、反転した世界の中で土煙を巻き上げながら落下し倒れ伏した織姫は衝撃から沈黙。
「今だ! 一気にしかけろ!!」
 ミリアのグレートソードが陽の光を返しながら大きく一閃。それを合図に、ハンターたちが一斉攻撃へ打って出た。
 だが、織姫はその怒涛の攻勢を耐えきると、態勢を立て直そうともがく。その瞬間、自らの足が拘束されていることに気がついた。
「邪魔を、しないでッ!」
 決死の覚悟で織姫の拘束に注力した分、無防備を晒した誠一に向け、放たれたのは女の強烈な怒り。
「その願いは、きけません」
 先ほど負ったダメージは理解していた。例え聖導士二人に回復してもらったとて、間に合わないかっただろうことも。ならば、“自らの結末”についても合点がいくもので──女を捕えることにこそ、自らの使命があるとでも言うように、彼は杼を避けることなど考えもしなかった。そうして、誠一の胸部に“それ”は突き立ち、体は大地へと放り出された。口から溢れる血液は驚くほど少ない。それを頼りに誠一はなんとか体を起こそうとするが、手指や足の感覚はなく、“体が言うことを効かない”などという耳慣れたフレーズを苦々しく痛感する。
「教師だから、男だから諭すのではなく、敵だから倒すのではなく。俺は……」
「聞きたくないわ」
 それはまるで言葉を遮るように。女が糸を繰り、杼を誠一の体から抜き去ると、今度こそ青年から多量の血液が溢れた。それでも志半ばに散った兵の想いに応えるべく、もう一度立ち上がろうとするが……
「俺は……、貴方の、心も掬いたいん、です……」
 言い残し、誠一は荒れ果てた草の上に崩れ落ちた。意識を手放してなお、彼は握りしめた鞭から手を離すことはなかった。
 そんな想いが、誠一への一撃が、勝敗の行方を決した。
「……何? 何なのよ貴方達!」
 だって、こんな人間たちと、私は“生きてるうちに出会えなかった”。こんなの、知らなかった。それなら、最期まで知りたくはなかったのに!
 強すぎる怒りの感情、それが揺らいだ時──織姫のありさまは少しずつ崩れていった。そこを利用する、とは言いたくない。けれど少女は“そうせざるを得なかった”。だから──
「これが最後の一回。……皆さん、行きますよ」
 ファティマの声に、周囲が応じる。少女は再び機械剣を構えると、渾身の力で振り抜いた。織姫には、“この少女の一撃を受けてはならない”ことは十分に理解出来ていたが、解っていてもかわせなければ意味はない──女は再び焼き切れるような痺れに身を焦がし、ファティマを強く睨みつける。
「あなたが許せないものを許してあげる必要なんてない。でも……」
 先ほど吐露された彼女の真実。自分を嫌いになってしまった彼女のことを慮ると、自然と言葉が口を衝いて出た。
「そんなに自分をいじめないで」
「それでも、私は……っ」
「彼は貴女を裏切ってなどいないし、だからこそ貴女は彼を嫌いにならなくていい。憎まなくても、いいの」
 ファティマの言葉を継ぐように、エイルが告げる。彼女の手の中には輝かしい光。まるですぐ傍にあった希望に手を伸ばしてもよかったのだと背を押されるような、光。
「彼はただ、愛しただけ。貴女の幸せを願っただけ。今でもきっと」
 だから──浄化してあげる。
 歪んでしまった思いを正すように。そう願いながら、エイルは自らの思いを伝えるように、聖光を解き放つ。それに合わせるようにして女の胴部を風の刃が切り刻んだ。痛みに短い悲鳴を上げる女。本来美しかっただろうその顔は、今はもう“人”ではなく“鬼”のようでもある。ならばなおのこと──“青年”は、みていられなかった。
「もう、貴女は十分傷ついて、怒って、悲しんだ。だから……そろそろ休みませんか」
 これ以上の苦痛を与えることがないように──そう願って、カールは瞳を閉じる。青年の目の前に現れた光はその頂点からそれぞれに光を放ち、織姫を静かに刺し貫く。その光の中、響く少女の声。
「疑似接続、コード:天照!」
 マリエルの翳す杖の先、少女の纏う穏やかなマテリアルが収束してゆくのが見える。
「お願い! 悲しみの夜に明けの光を!」
 そして、放たれた光の波動が織姫を包み込んだ。エイル、カール、そしてマリエル。怒涛の光の波は余りに強く、傷つき倒れ伏した女には抗う術もない。
「終わらせましょう。もう、泣きやんで」
「……涙も乾くわ。こんなにも強い光じゃ、ね」
 まるで太陽のような温かくも力強い光へ、女はただ静かにその身を委ねるのだった──。

 強烈な光が晴れた後、残されていたのは光に溶けていく織姫の肢体だった。異形の蜘蛛脚から順に、まるで蜘蛛の糸がほどけるようにするすると光の粒子となって空へ消えてゆく。
 その様は、まるで“彼女を縛っていた何か”がこの世から消えて、本来の姿が今まさに目の前に現れたようだった。
「命を絶つしか終わらせる手段の無い私で、ごめんなさい」
 衣も纏わず、転がる美しい肢体の傍に膝をついて、マリエルがその手を取った。
「……優しいのね。生憎、元々“私は死んでる”……けれど」
 そう言って、女はマリエルに手を伸ばし、その頬をそっと撫でる。これまで冷たい怒りの炎に身を晒してきた女にとって、女の手に伝う少女の体温は温かく、心地良いものに感じられる。
 そんな女を不意に覗き込んだのは、未だ覚醒したままのカール。女の体に自らが纏っていた白衣をかけると、青年へ向けて織姫が「本当に生意気ね」と呟き、実に人間らしく笑う。
「坊やは──“貴方”はもう、私を天へと帰していいのね?」
「……はい。貴女は自由だ。もう、何にも縛られなくていいんです」
「そう。もう、誰のことも、憎まなくて……嫌わなくて、いい、のね……」
 どこか穏やかな顔をした彼女の焦点は、少しずつぶれ始める。咄嗟にファティマが触れようとした指先は、するするとほどけて光に溶けてゆく。女に温もりなどはなく、そこにあるのは絶対的な死と消失。けれど。
「許せないものに抱く怒りは、正しくなくても許されないものじゃない」
 辛うじて聞きとめた女は口元を緩めると、声もなく、ただ唇だけで少女に伝えたのだった。
 ──ありがとう、と。


●七月の空へ

 女の体が完全に消失すると、周囲を不思議なほどの静穏が包み、木々に留まる蝉の声だけが場を満たしていった。揺らぐ熱気にハンターたちも汗が流れ、それが現実にある生をまざまざと感じさせた。
 織姫に塞がれた“門”の一つが、これで完全に開かれた。後はここから恵土城内へと侵入し、結界を起動するのみだろう。真昼の空にはまだ高々と太陽の姿があり、大剣を握りしめていたその手でミリアは庇を作るようにして空を見上げる。
「ボクにできる供養はコレしかないんでね……またな」
 今はもう姿もない女に向けて、彼女なりの誠意と弔意を重ねながら長大な剣を静かに鞘へと収めると、ミリアは倒れ伏していた明影に手を伸ばした。気付けさせた後に肩を貸しながら、少年と少女は共に立ち上がる。
「……仮に生き永らえるなら、共に来い、と。告げるつもりだった」
「なんで?」
 心底不思議そうな顔をするミリアに、明影は体中を支配する激痛をおして口角を上げてみせた。
「あの女が見る事の叶わなかった総てを見せてやりたかった」
「ふうん。……弥勒の考えることは、よくわからないね」
 背負い、背負われながら、ゆっくりと去ってゆく二人の背に、マリエルは小さな溜息を吐く。
「七夕って私がここに来た日なんです。嫌な因果ですね」
 空の彼方へ“帰った”女を思いながら、マリエルも遙かな空を仰ぐ。 
「叶うなら、せめて安らかに」
 胸の前で重ね合わせた手。祈るような思いは彼女にどれほど届いただろうか。
「そうね、安らかでいてくれると思うわ。……きっと、これは浄化のようなものだから」
 マリエルの手に自らの手を重ねるようにして、エイルが柔らかく微笑む。他者の温もりに気づいたマリエルも、そうしてやっと表情を緩めることが出来た。
「さあ、心から愛した人のところへ、お帰りなさい」
 先程まで鈍く曇っていた空がどことなく青々として見える。まるで織姫の心までもこの空のように澄んでくれたのならばいいのに、とエイルは静かに願った。

 やがて持ち場を離脱してゆくハンターたちの中、後に残ったのは1人の“青年”──カールだけとなった。未だ覚醒からさめやらぬ青年は、甘えるようにして肩に止まるフレスベルクの喉を指先でそっと撫でる。その時、ふと視界に入った手を広げてみれば、先ほどまで握りしめていた女の痕跡──“織姫の杼”が完全に消失していたことに気が付いた。掌には、自分のものではないと直感できる“何らかの温もり”が、未だそこにあるような気がする。だからこそ、そのことに気付けなかったのだろう。
「……良かった」
 青年はゆっくりと息をついた。彼女は本当に“何一つ思い残すことなく空へ帰った”のだと、カールは心底から理解できたのだ。それと同時、彼を包んでいたマテリアルの奔流は和らぎ、覚醒はほどけるようにして収まってゆく。この感情が何と表すべきなのかは、解らなかったけれど。
「さようなら、織姫」
 ──どうか、彼女が星の海へ行けますように。
 そうして、“少年”は振り返ることなくその先を歩き出した。

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  • 聖癒の奏者
    マリエルka0116
  • 理の探求者
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  • その力は未来ある誰かの為
    神代 誠一ka2086

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  • 輝きを求める者
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  • その力は未来ある誰かの為
    神代 誠一ka2086

参加者一覧

  • 聖癒の奏者
    マリエル(ka0116
    人間(蒼)|16才|女性|聖導士
  • 輝きを求める者
    弥勒 明影(ka0189
    人間(蒼)|17才|男性|霊闘士
  • 理の探求者
    ファティマ・シュミット(ka0298
    人間(紅)|15才|女性|機導師
  • 英雄譚を終えし者
    ミリア・ラスティソード(ka1287
    人間(紅)|20才|女性|闘狩人
  • その力は未来ある誰かの為
    神代 誠一(ka2086
    人間(蒼)|32才|男性|疾影士
  • ルル大学魔術師学部教授
    エルバッハ・リオン(ka2434
    エルフ|12才|女性|魔術師
  • 愛にすべてを
    エイル・メヌエット(ka2807
    人間(紅)|23才|女性|聖導士
  • はじめての友達
    カール・フォルシアン(ka3702
    人間(蒼)|13才|男性|機導師

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アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/07/15 22:33:23
アイコン 運命に抗うために【相談卓】
エイル・メヌエット(ka2807
人間(クリムゾンウェスト)|23才|女性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2015/07/20 15:00:28