ゲスト
(ka0000)
交わる楔
マスター:神宮寺飛鳥
- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
- 1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/08/03 12:00
- 完成日
- 2015/08/07 20:03
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
「世話になったわね、組合長」
「まだリハビリも終わったばかりだというのに……どこへ行くつもり?」
女の肩には重すぎる左腕はトランクに収めた。
これはまだ試作品。戦闘時以外に装備するには過ぎた代物。装着手術は住んでいるし、手順は覚えた。後は一人でもやれるだろう。
帝都バルトアンデルスの錬金術士組合本部。リーゼロッテ・クリューガーに見送られ、女は微笑を作る。
「止めても無駄だとはわかっていますが……命を落としてはそれまでです。あなたのその腕はあなただけではなく、ハンターの皆さんやブリちゃんの想いが篭っています。それを努々忘れないでください」
しっかりと頷くハイデマリー。リーゼロッテは腕を組み、溜息を一つ。
「あなた程の力があれば、組合で正博士としてやっていく道もあるでしょうに」
「浄化術の研究は所詮異端……錬金術士の正道には程遠いもの」
「だとしても、誰かが成さねばならない事です。錬金術の罪は、術師の手によって濯がれるべきですから」
「……そうね。安心して。進展があれば、また顔を出すわ。メンテナンスも必要だし……ね」
ハイデマリーの工房とは名ばかりのボロアパートにこの腕は見合わない。
どちらにせよ、組合に顔を出す必要がある。そういう意味で首輪はしっかりと嵌められているのだ。
「またね、組合長。おチビさんにもよろしく」
「あれ? ハイデマリーさん! もうお体の具合はよろしいんですか?」
ハイデマリーが戸をくぐったのはリゼリオにある帝国ユニオンAPVであった。
以前から足繁く通っていた事もあり、フクカンとは顔見知りだ。
剣妃との一件を知っていたフクカンは直ぐにタングラムを呼ぶが、今日は別の人物に用があった。
「シャイネ。今日はあなたに話があって来たのよ」
APVの片隅で愛用の弓を磨いていたシャイネが顔を上げる。彼も普段からとまではいかないが、ここによく顔を出す人物だ。
出会えたのは偶然だが、ある意味必然でもあったのかもしれない。
「やあ。ハイデマリー君だね。噂の方はかねがね」
「それは此方のセリフよ。まさか、こんなに身近に過去へ通じる人がいたなんてね」
二人は無言で見つめ合う。ふと、そこへタングラムが顔を出した。
「ん? 不思議な組み合わせですね?」
「僕達にはどうやら共通の知人がいるらしい、という事でね……」
「ヴォール……と言えば、あなたも知っているかしら?」
口元に手をやり考えこむタングラム。
ヴォールと言えば、帝国領の事件で何度か姿を見せている歪虚の名だ。
直接やりあった事はないが、そもそもヴォールが表舞台に姿を表すようになったのはごく最近の事。タングラムも多くの情報を有しているわけではなかった。
「森では知る人ぞ知るという存在なのだけれど……そうだね。君が森を出た後の事だったかな」
「シャイネはヴォールと知り合いなのですか」
「というか……そうだね。なんというか……兄弟という事になるのかな?」
思わず仰け反るタングラム。
「ず、随分他人事ですね……」
「あまり実感がないんだ。元々家族に構うような人ではなかったからね」
「そして恐らく、ヴォールは私の機導術の師でもあるわ。私の機導式浄化術のルーツは彼にあると言っていい」
「彼はエルフハイム式浄化術や結界術のプロフェッショナルだったから」
「ちょっと待つですよ。それってつまり、奴もエルフハイムから出た錆という事ですか?」
肩を竦めるシャイネ。エルフハイムにとってはこれもオルクス同様頭の痛い問題だ。
「先の歪虚CAMがエルフハイム付近を通過した時の事は覚えているかい? あの時、敵は術者を的確に攻撃してきた。浄化術に詳しい者がいなければ取れない作戦だ」
「シャイネ、この事は長老会の耳に入っているの?」
「うん。けれど、彼らがそれと認めるのは難しいだろうね」
「でも、何か対策を打たないと。エルフハイムの術に精通した彼が歪虚側にいるという事はとてつもない問題よ」
これから先浄化術を使おうにも妨害を受ける可能性は高く、またその気になればエルフハイムを覆う結界林も通過してくるだろう。
「私のこの力を追求する上でも、エルフハイムとは連携を取るべきと考えているわ。それに、恐らく森を出た後の彼の研究成果でもあるこの機械楔には、長老会も興味があるんじゃないかしら?」
「ふむ……それで? 僕に何をさせたいのかな?」
「維新派の筆頭、ユレイテル・エルフハイムにお目通しを願いたい」
シャイネは腕を組み、眉を潜め。
「どうかな。彼も今や長老会の一員、一躍時の人だ。急に部外者が面会できるかは……」
「――そういう事なら、俺の方からも手を回しておくぜ」
全員同時に入り口に目を向ける。そこには勢い良く扉を開けたハジャと呼ばれるエルフの男が立っていた。
「なんならヨハネ・エルフハイム名義で正式な招待状でも出そうか?」
「……あなた、誰?」
「タングラム様。なんだかAPVがエルフハイムみたいになってきましたね」
耳打ちするフクカンにタングラムは溜息と共に肩を落とした。
「ようこそエルフハイムへ。歓迎するよ」
これまで固く閉ざされ、物流も大きく制限されていたエルフハイム。
四つある区画の中でもここナデルハイムは特に維新派が多く住まう、ヒトとエルフの緩衝地帯だ。
「僕はヨハネ。長老会の一員で、立場としては恭順派という奴だね。彼はユレイテル。史上初の維新派長老だ」
椅子にかけたままのユレイテルを笑顔で紹介するヨハネ。ユレイテルは冷や汗を流し。
「……ハイデマリー殿。このような片田舎まで遠路遥々ご苦労だったな。機導師には退屈な道程であったろう」
「こちらこそ、お忙しい中時間を作って頂きありがとうございます。この森都の景色は、私にとっても新鮮ですわ」
「前置きはこのくらいにしてこう。何やら急を要する相談事があると見たが?」
頷くハイデマリー。それから傍らのシャイネに目配せし。
「今日お話したい事は、この機械式楔の技術を私に伝えた人物、ヴォールについて。それから、今後の浄化術の扱いについてです」
「実に興味深いね。僕も浄化術の今後については是非相談したかったところなんだ。ユレイテルも構わないね?」
ユレイテルが答える前にヨハネにこう言われては首を横に振るわけにも行かない。
二人の力関係は拮抗しているように見えて、実は一方的なのだ。
「……ああ。私としても、どうやら無関係ではないらしいからな」
「ではハンターの諸君も交え、忌憚なく意見を交わそうじゃないか。ハジャ、お茶を入れてくれないか?」
「なんでや!? 茶なんか淹れた事もねーよ、知ってんだろ!?」
「……パウラ、頼めるか?」
ため息混じりのユレイテルの声に、補佐役の女性が頷いた。
案内されたのは森の中にある会議室……いや、部屋ではない。
開放的な、しかし静かな空間。川の畔に並んだ木製のテーブルが、ハンター達を待っていた。
「まだリハビリも終わったばかりだというのに……どこへ行くつもり?」
女の肩には重すぎる左腕はトランクに収めた。
これはまだ試作品。戦闘時以外に装備するには過ぎた代物。装着手術は住んでいるし、手順は覚えた。後は一人でもやれるだろう。
帝都バルトアンデルスの錬金術士組合本部。リーゼロッテ・クリューガーに見送られ、女は微笑を作る。
「止めても無駄だとはわかっていますが……命を落としてはそれまでです。あなたのその腕はあなただけではなく、ハンターの皆さんやブリちゃんの想いが篭っています。それを努々忘れないでください」
しっかりと頷くハイデマリー。リーゼロッテは腕を組み、溜息を一つ。
「あなた程の力があれば、組合で正博士としてやっていく道もあるでしょうに」
「浄化術の研究は所詮異端……錬金術士の正道には程遠いもの」
「だとしても、誰かが成さねばならない事です。錬金術の罪は、術師の手によって濯がれるべきですから」
「……そうね。安心して。進展があれば、また顔を出すわ。メンテナンスも必要だし……ね」
ハイデマリーの工房とは名ばかりのボロアパートにこの腕は見合わない。
どちらにせよ、組合に顔を出す必要がある。そういう意味で首輪はしっかりと嵌められているのだ。
「またね、組合長。おチビさんにもよろしく」
「あれ? ハイデマリーさん! もうお体の具合はよろしいんですか?」
ハイデマリーが戸をくぐったのはリゼリオにある帝国ユニオンAPVであった。
以前から足繁く通っていた事もあり、フクカンとは顔見知りだ。
剣妃との一件を知っていたフクカンは直ぐにタングラムを呼ぶが、今日は別の人物に用があった。
「シャイネ。今日はあなたに話があって来たのよ」
APVの片隅で愛用の弓を磨いていたシャイネが顔を上げる。彼も普段からとまではいかないが、ここによく顔を出す人物だ。
出会えたのは偶然だが、ある意味必然でもあったのかもしれない。
「やあ。ハイデマリー君だね。噂の方はかねがね」
「それは此方のセリフよ。まさか、こんなに身近に過去へ通じる人がいたなんてね」
二人は無言で見つめ合う。ふと、そこへタングラムが顔を出した。
「ん? 不思議な組み合わせですね?」
「僕達にはどうやら共通の知人がいるらしい、という事でね……」
「ヴォール……と言えば、あなたも知っているかしら?」
口元に手をやり考えこむタングラム。
ヴォールと言えば、帝国領の事件で何度か姿を見せている歪虚の名だ。
直接やりあった事はないが、そもそもヴォールが表舞台に姿を表すようになったのはごく最近の事。タングラムも多くの情報を有しているわけではなかった。
「森では知る人ぞ知るという存在なのだけれど……そうだね。君が森を出た後の事だったかな」
「シャイネはヴォールと知り合いなのですか」
「というか……そうだね。なんというか……兄弟という事になるのかな?」
思わず仰け反るタングラム。
「ず、随分他人事ですね……」
「あまり実感がないんだ。元々家族に構うような人ではなかったからね」
「そして恐らく、ヴォールは私の機導術の師でもあるわ。私の機導式浄化術のルーツは彼にあると言っていい」
「彼はエルフハイム式浄化術や結界術のプロフェッショナルだったから」
「ちょっと待つですよ。それってつまり、奴もエルフハイムから出た錆という事ですか?」
肩を竦めるシャイネ。エルフハイムにとってはこれもオルクス同様頭の痛い問題だ。
「先の歪虚CAMがエルフハイム付近を通過した時の事は覚えているかい? あの時、敵は術者を的確に攻撃してきた。浄化術に詳しい者がいなければ取れない作戦だ」
「シャイネ、この事は長老会の耳に入っているの?」
「うん。けれど、彼らがそれと認めるのは難しいだろうね」
「でも、何か対策を打たないと。エルフハイムの術に精通した彼が歪虚側にいるという事はとてつもない問題よ」
これから先浄化術を使おうにも妨害を受ける可能性は高く、またその気になればエルフハイムを覆う結界林も通過してくるだろう。
「私のこの力を追求する上でも、エルフハイムとは連携を取るべきと考えているわ。それに、恐らく森を出た後の彼の研究成果でもあるこの機械楔には、長老会も興味があるんじゃないかしら?」
「ふむ……それで? 僕に何をさせたいのかな?」
「維新派の筆頭、ユレイテル・エルフハイムにお目通しを願いたい」
シャイネは腕を組み、眉を潜め。
「どうかな。彼も今や長老会の一員、一躍時の人だ。急に部外者が面会できるかは……」
「――そういう事なら、俺の方からも手を回しておくぜ」
全員同時に入り口に目を向ける。そこには勢い良く扉を開けたハジャと呼ばれるエルフの男が立っていた。
「なんならヨハネ・エルフハイム名義で正式な招待状でも出そうか?」
「……あなた、誰?」
「タングラム様。なんだかAPVがエルフハイムみたいになってきましたね」
耳打ちするフクカンにタングラムは溜息と共に肩を落とした。
「ようこそエルフハイムへ。歓迎するよ」
これまで固く閉ざされ、物流も大きく制限されていたエルフハイム。
四つある区画の中でもここナデルハイムは特に維新派が多く住まう、ヒトとエルフの緩衝地帯だ。
「僕はヨハネ。長老会の一員で、立場としては恭順派という奴だね。彼はユレイテル。史上初の維新派長老だ」
椅子にかけたままのユレイテルを笑顔で紹介するヨハネ。ユレイテルは冷や汗を流し。
「……ハイデマリー殿。このような片田舎まで遠路遥々ご苦労だったな。機導師には退屈な道程であったろう」
「こちらこそ、お忙しい中時間を作って頂きありがとうございます。この森都の景色は、私にとっても新鮮ですわ」
「前置きはこのくらいにしてこう。何やら急を要する相談事があると見たが?」
頷くハイデマリー。それから傍らのシャイネに目配せし。
「今日お話したい事は、この機械式楔の技術を私に伝えた人物、ヴォールについて。それから、今後の浄化術の扱いについてです」
「実に興味深いね。僕も浄化術の今後については是非相談したかったところなんだ。ユレイテルも構わないね?」
ユレイテルが答える前にヨハネにこう言われては首を横に振るわけにも行かない。
二人の力関係は拮抗しているように見えて、実は一方的なのだ。
「……ああ。私としても、どうやら無関係ではないらしいからな」
「ではハンターの諸君も交え、忌憚なく意見を交わそうじゃないか。ハジャ、お茶を入れてくれないか?」
「なんでや!? 茶なんか淹れた事もねーよ、知ってんだろ!?」
「……パウラ、頼めるか?」
ため息混じりのユレイテルの声に、補佐役の女性が頷いた。
案内されたのは森の中にある会議室……いや、部屋ではない。
開放的な、しかし静かな空間。川の畔に並んだ木製のテーブルが、ハンター達を待っていた。
リプレイ本文
「わぁ~! とってもきれいな場所ですのー!」
「ああ。空気も旨ぇし、清々しい気分だぜ」
瞳を輝かせるチョココ(ka2449)の横でジャック・J・グリーヴ(ka1305)は大きく身体を伸ばす。
「パウラさん、だっけ。お茶淹れるの手伝うよ」
そう言って歩み寄るユリアン(ka1664)にパウラは首を横に振り。
「いえ。お客人にそのような事はさせられませんので」
丁重に頭を下げ、しかしきっぱり断るパウラ。きょとんとするユリアンの肩をハジャが叩く。
「そいつにも役割ってもんがある。それに――ハンターの淹れた茶を長老に飲めってのは無茶だろ」
長老格が外部の者と同席するのは本当に特例中の特例。
この機にユレイテルやヨハネを暗殺しようという者がいないとも限らない。
「僕としても君達を信用したいと祈っているけれど、ここで何かあれば大きな争いに繋がりかねない」
「あ……はい。すみません、差し出がましいことを」
軽く手を挙げ笑顔を浮かべるヨハネ。イーリス・クルクベウ(ka0481)は小さく息を吐き、冷や汗を流す。
「恭順派長老が外部の者と直接会談するのは歴史的にも非常に稀有……警戒は当然じゃろうな……」
その立場を理解しているからこそ、緊張せずには居られない。
目の前のこの優男はとんでもない権力者なのだから。
「わたくし、皆さんにお土産にと思って、お菓子を持ってきてしまったのですが……」
おずおずとバスケットを掲げるチョココに緊張が走る。
そこへ素早く近づいたハジャがバスケットを奪うと、更に緊張が高まるが……。
「……こいつはうめぇ!」
ハジャはチョココが持ち込んだタルトを鷲掴みにして齧りついた。
「ハジャ殿……」
「固い事言うなよユレイテル。俺はほぼ関係ないんだからいいだろ?」
「……そうだな。ハンターの側で食べる分には問題なかろう?」
エアルドフリス(ka1856)の言葉にヨハネも頷く。ジャックはハジャからバスケットを奪い。
「おいおい、鷲掴みで食う奴があるか? これだから野蛮な護衛は……仕方ねぇ、俺様が茶会のマナーを教えてやるぜ!」
男連中が和気藹々とする様子にチョココの不安も消えたようで、はにかんだような笑顔を作った。
「あれが噂のハジャか……」
ジャックとくだらない言い争いをするハジャを遠目に眺めるユリアン。
その横顔は、どうにも悪人には思えなかった。
「……ヨハネ様が寛大で助かったのぅ」
わいわいとお茶会を楽しむ面々に溜息を零すイーリス。
自分が思っている以上にエルフハイムは変わってきているのだろうか。普通に考えればこの段階で追い出されてもおかしくはない。
そう、ヨハネの本心がどこにあるのかは謎だ。エアルドフリスもその笑顔を見つめながら考える。
彼が何を企んでいるのか。“企んでいる”と確信的に感じる部分があるこの男については、注意を払わねばならない。
「ではお菓子も堪能したところで本題に入るとしよう。我輩はバアル・ハッドゥ・イル・バルカ三世。王である!」
ガタっと椅子から立ち上がりながらハッド(ka5000)が宣言すると、微妙な静寂が訪れた。
「お初お目にかかる、バアル王。我が名はユレイテル。エルフハイム長老会の一員である」
「まじめか!」
全力でツッコむハジャ。イーリスもほぼ同時に心の中でツッコんだ。
「長老会は礼儀正しいのじゃな。それはさておき、こんな表を作ってきたの~じゃ」
ハッドが取り出したのは現状についての説明書きであった。
歪虚CAM襲撃事件から、敵は術者を割り出す術を心得ている事。
オルクスが東方に渡った事で、龍脈や結界術の更なる知識を得た事。
「そしてヴォールんが汚染弾頭の開発に成功した事じゃ」
ヴォール、そしてオルクスという名に再び緊張が走る。
だが既にハイデマリーはヴォールの名を出しているし、ヴォールはオルクスの部下、そしてハイデマリーが片腕を失った機械楔の事件に居合わせた以上、過敏に反応すべきような事ではない。故に。
「ヴォールの汚染弾頭という話は初耳だね」
ヨハネは何事もなく笑顔で応じた。
「えっと……俺は実際にその……ヴォール……と、交戦して、汚染弾頭を体感しました」
汚染弾は言わば浄化術を逆転させたような効果を持つと予想された。
ユリアンは範囲内に入ると動けなくなったと語ったが、それは恐らく覚醒者だからこそその程度で済んだのだとハイデマリーは補足する。
「非覚醒者や動物、自然環境には相当強力な毒になるでしょうね。いつの間にそんな……」
「汚染弾量産の暁には、エルフハイムへの侵攻も考えられるじゃろう」
「それはどうかな? 何故ヴォールが真っ先にここへ攻め込んでくる事になるんだい?」
ハッドの言葉に首を傾げるヨハネ。なるほど。自分達は関係ない……そういうスタンスなわけだ。
「確かにエルフハイムにとって直接の脅威となるのは先の事かもしれません。しかし汚染弾やヴォールの脅威は、人類種共通の筈です」
エアルドフリスがそう告げると、ヨハネは口元を緩め。
「それはつまり……人類を救ってくれと?」
「その通りです。これは、“我々人からの願い”です」
あくまでもそういう形にしなければ話ができない。
例えこの森から出た悪意だったとしても。彼らが認めない以上は仕方ないのだ。
「広範囲に汚染をばらまく汚染弾の対抗手段として、機械式浄化術は必要となるじゃろう。また、その現場でまともに戦えるのが覚醒者だけであるとするのならば、エルフハイム側の無用な犠牲を避ける為、これまで以上のハンター起用が必要となる筈じゃ」
「成る程。世界を救う為に浄化術を必要としている事は良くわかったよ。だけど、僕らも慈善事業に命は賭けられない」
堂々とそんな矛盾を宣うヨハネにユレイテルの顔色は良くない。
どう考えてもエルフハイムの責任をすっ飛ばして話を進めている。それがユレイテルには我慢ならないのだ。
「……浄化技術の研究に協力して頂いた暁には、その権利をエルフハイム側が持ち、その許可を得た物のみを外部公開していく、という方向で考えております」
イーリスの言葉にヨハネは目を細める。
「成果の貸与について要請を受けた場合、エルフハイム側で協議し、可能な限り貸与する……」
「つまり、浄化術を輸出するということじゃ」
イーリスの言葉をそう締めくくるハッド。エアルドフリスはハイデマリーに目を向ける。
勿論、彼女と事前に話はつけてある。本来術師としては到底呑めない要求なのだが、彼女は簡単に受け入れた。
「もし許可が頂けるようであれば、私は居をナデルハイムに移し研究を続けたいと考えています。勿論、監視をつけて頂いて構いません」
このハイデマリーの提案にエルフハイム側は驚きを隠せない。
ハンターの提案を受けての発言だが、ハイデマリー自身もかなりの博打であると感じていた。
「ユレイテル、どうかな?」
「……確かにナデルハイムは開かれましたが、住民の反発もあるかと」
「悪いが俺めっちゃ監視するぞ? 風呂入ってる時もするぞ?」
「人に見られて困る身体してないから」
そういう問題か? と冷や汗を流すハジャ。
「いいんじゃないかな? ユレイテル、なんとかならない?」
「本気ですか?」
コクコク頷くヨハネ。ユレイテルはだらだらと汗を流し、頭上を仰ぎ見る。
しかしイーリスが頷くのを見て、溜息混じりに同意した。
「……承知しました。私の方で手を回しておきましょう」
当然、悪い事ばかりではない。これはユレイテルにとっても前向きな決定だ。
一つ気がかりなのは、今の所誰にとっても望ましい形で話が進んでいるという事。
ヨハネが何を願っているのかが、分からないという事だろうか。
ハイデマリーがナデルハイムに移住する事、そして浄化術の共同研究が行われる事は決定された。
権利はエルフハイム側が持ち、状況に応じて輸出する事で各地の事件に対処する。
その際にはハンターを積極的に起用し、彼らを矢面に立たせる。
「しかし問題はある」
ユレイテルはそう切り出し。
「まず、我々の扱っている浄化術は所詮型遅れ……旧式に過ぎない」
今現在のエルフハイムの浄化術は、それを開発したある男が森を去ってからほぼ全く進歩していない。
現状でも完成形と言って差し支えないものだが、その原理について明るい者は森にはおらず、まずその解析から始める必要があった。
「私の方で何とかできると思いますが……」
「不勉強で申し訳ない。今一度、浄化術の何たるかを双方に御説明頂きたいんですが……」
エアルドフリスの言葉にハイデマリーはトランクに入っていた機械式の義手を取り出す。
「そもそも、浄化というのは自然が行う物で、人間にどうにか出来る事じゃないの」
世界には自浄作用があり、これは年月の経過で進行する。
例えば僅かな汚染、歪虚が撃破された痕跡程度であればこの自浄作用で勝手に浄化される。
しかし自浄作用が追いつかない場合、“精霊”の力を借りる必要がある。
精霊は土地と密接な関係があり、精霊が土地に訴えかける事で自浄作用を高める事で浄化が成されるのだ。
「エルフハイム式は、ここに収束が加わる」
楔と術者により陣を描き、効果範囲を決定。
そして楔に汚染を集める事で、浄化の出力をピンポイント化し、一気に強力な浄化を行う。
「では、器というのは?」
「文字通り。汚染を一時的に溜め込み、浄化を効率化させる為の容れ物だよ」
今度はヨハネが答える。
「そして、精霊の容れ物でもある。森に住まう“神”のね」
最も効率的に汚染を取り除く為に、汚染と浄化を一点に収束させる。その為に器は存在している。
「ふぅむ。聞いているとやはり東方の術と似通っているように思えるのじゃ。浄化術を進化させる為には、東方の技術を取り入れるのがよいかもしれんの」
「それもいいけどよ。浄化術を今より良くすんなら、単純に考えてその道の奴に知恵借りればいんじゃねぇの? 例えばハイデマリーのお師匠さんとかよ」
ジャックの言葉にまたや緊張が高まる。
「名前はヴォールだったか? おいおい驚きだぜ最近良く耳にする歪虚と同じ名前じゃねぇか。こりゃもしかすっと歪虚がお師匠さんの事何か知ってっかもしんねぇな」
「これ、ジャック……!」
イーリスが諌めるが、ジャックは続ける。
「てなワケでよ、エルフハイムの情報収集能力でヴォールの居場所とか調べてくんね? 居場所が分かりゃ話つけれるかもしんねぇ」
「具体的にはどうするつもりだい?」
「俺はヴォールが完全に歪虚化したわけではなく、力を借りているだけの契約者じゃねぇかと考えている。それなら人間側に戻す事も可能かもしれねぇだろ」
その言葉に驚いたのはハイデマリーだ。
「確かに……師匠以上に浄化術に詳しい人は居ない」
「ヴォールってそんなにすごい人だったんだね」
唖然とするユリアンにハイデマリーは頷く。
「何か分かりゃエルフハイムにも情報は流す。森の外の事はハンターの方が動きやすいだろ?」
「……俺からもお願いします。俺もヴォールを追っていますから、双方にとって悪くない取引だと思います」
指を組んで考えるヨハネ。その視線は意見を求めるようにハジャに向かう。
「ヴォールに関しては歪虚の情報が集中するソサエティに身をおくこいつらの方が上手だ」
「成る程。では、その提案を受け入れるとしよう」
ウィンクしながら親指を立てるジャックにシャイネは苦笑いを浮かべた。
「なんだかとっても難しい話で、わたくしちんぷんかんぷんですわ……」
ただじっとして聞いていただけのチョココだったが、緊迫した空気にすっかり疲れ果てていた。
そこへ差し出されたのは小さくカラフルなお菓子である。
「お疲れ様。大丈夫?」
「ヨ、ヨハネ様?」
「エルフハイムのお菓子だよ。よかったらどうぞ」
会議は中断し、休憩時間。ひょいとその手から横取りしたハッドが口に放り込むと。
「うむ? なんじゃこれは……落雁みたいな味がするのぅ」
「蜂蜜と砂糖と小豆を押し固めたお菓子だよ」
お菓子を頬張るチョココをヨハネは笑顔で撫でる。
「ではお返しに我が祖国のトルココーヒー的なものを馳走しよ~ではないかの!」
ハッドが高々と取り出したお茶がパウラに奪われているのを遠巻きに眺めるハジャ。
「あいつロリコンなの?」
「前に調べてくれると言っていた件、どうなったかね?」
そこへエアルドフリスが声をかける。
「オル……おっと。あの女、アレは器だったんだろう?」
「それに関しちゃ資料がない。厳密には俺には読めん」
百年以上昔の出来事であり、かつエルフハイムの深淵に迫るとなると、“図書館”をひっくり返すしかない。
だが図書館は厳重に管理されており、また古文書に関しては専門の記録者でなければ解読する事ができないのだ。
「近頃器を人として扱おうとしているらしいが、あの女みたいにならん方法があるのかね?」
「さてな。そもそも器を人扱いしてるのは、結局はハンターとジエルデだけだと思うぜ」
何かが変わったわけではない。今はまだ、大きくは……。
「ハイデマリーよ、ヴォールの事迷ってんなら力貸せ。責任なら俺様が取ってやる」
「彼を人に戻す……そんな事が可能なのかな?」
ジャックの言葉に首を傾げるシャイネ。ユリアンは腕を組み。
「わからない。もしかしたらすべて奴に乗せられているだけなのかもしれない。でも、知らない事には何もわからないままだから」
「それが大団円だとはわかっているよ。だけど僕はずっと見てきたんだ。大抵の物語には、哀しい結末が伴うって事をね」
過去を懐かしむように頭上を仰ぐシャイネ。
「諦めているわけじゃないんだ。ただ、覚悟はしておかないとね?」
「そうね。私もそう思う」
「なんか、達観してるんだね?」
二人は顔を見合わせ笑う。どこか似ている二人にユリアンは笑みを浮かべた。
「どうやらまた一歩夢に近づいたようじゃな」
「ああ……貴殿らのお陰だ。だが……」
イーリスの言葉にユレイテルは眉を潜める。
「何か、事が上手く運びすぎている気がしてならないのだ」
これできっと浄化術は進歩する。機械式楔が完成し、浄化術の輸出が始まれば、エルフハイムは豊かになる。
ヴォールやオルクスといった脅威に対しハンターと連携が取れれば、対策が練りやすくなる。
ハイデマリーという恭順派の後ろ盾がある居住者が定着すれば、ナデルハイムはより開かれるだろう。
「案ずる事はない。おぬしにはわしらがついておる」
顔を向け、ふっと笑みを作るユレイテル。だが胸中の不安を払拭する事はできなかった。
中断されていた会議が再開される。詳細を詰めれば、今後の方針は固まるだろう。
だがそれは誰の願いで、誰の意志なのか。
動き出した光を巡る物語は、否応なく次のステージへ進んでいく……。
「ああ。空気も旨ぇし、清々しい気分だぜ」
瞳を輝かせるチョココ(ka2449)の横でジャック・J・グリーヴ(ka1305)は大きく身体を伸ばす。
「パウラさん、だっけ。お茶淹れるの手伝うよ」
そう言って歩み寄るユリアン(ka1664)にパウラは首を横に振り。
「いえ。お客人にそのような事はさせられませんので」
丁重に頭を下げ、しかしきっぱり断るパウラ。きょとんとするユリアンの肩をハジャが叩く。
「そいつにも役割ってもんがある。それに――ハンターの淹れた茶を長老に飲めってのは無茶だろ」
長老格が外部の者と同席するのは本当に特例中の特例。
この機にユレイテルやヨハネを暗殺しようという者がいないとも限らない。
「僕としても君達を信用したいと祈っているけれど、ここで何かあれば大きな争いに繋がりかねない」
「あ……はい。すみません、差し出がましいことを」
軽く手を挙げ笑顔を浮かべるヨハネ。イーリス・クルクベウ(ka0481)は小さく息を吐き、冷や汗を流す。
「恭順派長老が外部の者と直接会談するのは歴史的にも非常に稀有……警戒は当然じゃろうな……」
その立場を理解しているからこそ、緊張せずには居られない。
目の前のこの優男はとんでもない権力者なのだから。
「わたくし、皆さんにお土産にと思って、お菓子を持ってきてしまったのですが……」
おずおずとバスケットを掲げるチョココに緊張が走る。
そこへ素早く近づいたハジャがバスケットを奪うと、更に緊張が高まるが……。
「……こいつはうめぇ!」
ハジャはチョココが持ち込んだタルトを鷲掴みにして齧りついた。
「ハジャ殿……」
「固い事言うなよユレイテル。俺はほぼ関係ないんだからいいだろ?」
「……そうだな。ハンターの側で食べる分には問題なかろう?」
エアルドフリス(ka1856)の言葉にヨハネも頷く。ジャックはハジャからバスケットを奪い。
「おいおい、鷲掴みで食う奴があるか? これだから野蛮な護衛は……仕方ねぇ、俺様が茶会のマナーを教えてやるぜ!」
男連中が和気藹々とする様子にチョココの不安も消えたようで、はにかんだような笑顔を作った。
「あれが噂のハジャか……」
ジャックとくだらない言い争いをするハジャを遠目に眺めるユリアン。
その横顔は、どうにも悪人には思えなかった。
「……ヨハネ様が寛大で助かったのぅ」
わいわいとお茶会を楽しむ面々に溜息を零すイーリス。
自分が思っている以上にエルフハイムは変わってきているのだろうか。普通に考えればこの段階で追い出されてもおかしくはない。
そう、ヨハネの本心がどこにあるのかは謎だ。エアルドフリスもその笑顔を見つめながら考える。
彼が何を企んでいるのか。“企んでいる”と確信的に感じる部分があるこの男については、注意を払わねばならない。
「ではお菓子も堪能したところで本題に入るとしよう。我輩はバアル・ハッドゥ・イル・バルカ三世。王である!」
ガタっと椅子から立ち上がりながらハッド(ka5000)が宣言すると、微妙な静寂が訪れた。
「お初お目にかかる、バアル王。我が名はユレイテル。エルフハイム長老会の一員である」
「まじめか!」
全力でツッコむハジャ。イーリスもほぼ同時に心の中でツッコんだ。
「長老会は礼儀正しいのじゃな。それはさておき、こんな表を作ってきたの~じゃ」
ハッドが取り出したのは現状についての説明書きであった。
歪虚CAM襲撃事件から、敵は術者を割り出す術を心得ている事。
オルクスが東方に渡った事で、龍脈や結界術の更なる知識を得た事。
「そしてヴォールんが汚染弾頭の開発に成功した事じゃ」
ヴォール、そしてオルクスという名に再び緊張が走る。
だが既にハイデマリーはヴォールの名を出しているし、ヴォールはオルクスの部下、そしてハイデマリーが片腕を失った機械楔の事件に居合わせた以上、過敏に反応すべきような事ではない。故に。
「ヴォールの汚染弾頭という話は初耳だね」
ヨハネは何事もなく笑顔で応じた。
「えっと……俺は実際にその……ヴォール……と、交戦して、汚染弾頭を体感しました」
汚染弾は言わば浄化術を逆転させたような効果を持つと予想された。
ユリアンは範囲内に入ると動けなくなったと語ったが、それは恐らく覚醒者だからこそその程度で済んだのだとハイデマリーは補足する。
「非覚醒者や動物、自然環境には相当強力な毒になるでしょうね。いつの間にそんな……」
「汚染弾量産の暁には、エルフハイムへの侵攻も考えられるじゃろう」
「それはどうかな? 何故ヴォールが真っ先にここへ攻め込んでくる事になるんだい?」
ハッドの言葉に首を傾げるヨハネ。なるほど。自分達は関係ない……そういうスタンスなわけだ。
「確かにエルフハイムにとって直接の脅威となるのは先の事かもしれません。しかし汚染弾やヴォールの脅威は、人類種共通の筈です」
エアルドフリスがそう告げると、ヨハネは口元を緩め。
「それはつまり……人類を救ってくれと?」
「その通りです。これは、“我々人からの願い”です」
あくまでもそういう形にしなければ話ができない。
例えこの森から出た悪意だったとしても。彼らが認めない以上は仕方ないのだ。
「広範囲に汚染をばらまく汚染弾の対抗手段として、機械式浄化術は必要となるじゃろう。また、その現場でまともに戦えるのが覚醒者だけであるとするのならば、エルフハイム側の無用な犠牲を避ける為、これまで以上のハンター起用が必要となる筈じゃ」
「成る程。世界を救う為に浄化術を必要としている事は良くわかったよ。だけど、僕らも慈善事業に命は賭けられない」
堂々とそんな矛盾を宣うヨハネにユレイテルの顔色は良くない。
どう考えてもエルフハイムの責任をすっ飛ばして話を進めている。それがユレイテルには我慢ならないのだ。
「……浄化技術の研究に協力して頂いた暁には、その権利をエルフハイム側が持ち、その許可を得た物のみを外部公開していく、という方向で考えております」
イーリスの言葉にヨハネは目を細める。
「成果の貸与について要請を受けた場合、エルフハイム側で協議し、可能な限り貸与する……」
「つまり、浄化術を輸出するということじゃ」
イーリスの言葉をそう締めくくるハッド。エアルドフリスはハイデマリーに目を向ける。
勿論、彼女と事前に話はつけてある。本来術師としては到底呑めない要求なのだが、彼女は簡単に受け入れた。
「もし許可が頂けるようであれば、私は居をナデルハイムに移し研究を続けたいと考えています。勿論、監視をつけて頂いて構いません」
このハイデマリーの提案にエルフハイム側は驚きを隠せない。
ハンターの提案を受けての発言だが、ハイデマリー自身もかなりの博打であると感じていた。
「ユレイテル、どうかな?」
「……確かにナデルハイムは開かれましたが、住民の反発もあるかと」
「悪いが俺めっちゃ監視するぞ? 風呂入ってる時もするぞ?」
「人に見られて困る身体してないから」
そういう問題か? と冷や汗を流すハジャ。
「いいんじゃないかな? ユレイテル、なんとかならない?」
「本気ですか?」
コクコク頷くヨハネ。ユレイテルはだらだらと汗を流し、頭上を仰ぎ見る。
しかしイーリスが頷くのを見て、溜息混じりに同意した。
「……承知しました。私の方で手を回しておきましょう」
当然、悪い事ばかりではない。これはユレイテルにとっても前向きな決定だ。
一つ気がかりなのは、今の所誰にとっても望ましい形で話が進んでいるという事。
ヨハネが何を願っているのかが、分からないという事だろうか。
ハイデマリーがナデルハイムに移住する事、そして浄化術の共同研究が行われる事は決定された。
権利はエルフハイム側が持ち、状況に応じて輸出する事で各地の事件に対処する。
その際にはハンターを積極的に起用し、彼らを矢面に立たせる。
「しかし問題はある」
ユレイテルはそう切り出し。
「まず、我々の扱っている浄化術は所詮型遅れ……旧式に過ぎない」
今現在のエルフハイムの浄化術は、それを開発したある男が森を去ってからほぼ全く進歩していない。
現状でも完成形と言って差し支えないものだが、その原理について明るい者は森にはおらず、まずその解析から始める必要があった。
「私の方で何とかできると思いますが……」
「不勉強で申し訳ない。今一度、浄化術の何たるかを双方に御説明頂きたいんですが……」
エアルドフリスの言葉にハイデマリーはトランクに入っていた機械式の義手を取り出す。
「そもそも、浄化というのは自然が行う物で、人間にどうにか出来る事じゃないの」
世界には自浄作用があり、これは年月の経過で進行する。
例えば僅かな汚染、歪虚が撃破された痕跡程度であればこの自浄作用で勝手に浄化される。
しかし自浄作用が追いつかない場合、“精霊”の力を借りる必要がある。
精霊は土地と密接な関係があり、精霊が土地に訴えかける事で自浄作用を高める事で浄化が成されるのだ。
「エルフハイム式は、ここに収束が加わる」
楔と術者により陣を描き、効果範囲を決定。
そして楔に汚染を集める事で、浄化の出力をピンポイント化し、一気に強力な浄化を行う。
「では、器というのは?」
「文字通り。汚染を一時的に溜め込み、浄化を効率化させる為の容れ物だよ」
今度はヨハネが答える。
「そして、精霊の容れ物でもある。森に住まう“神”のね」
最も効率的に汚染を取り除く為に、汚染と浄化を一点に収束させる。その為に器は存在している。
「ふぅむ。聞いているとやはり東方の術と似通っているように思えるのじゃ。浄化術を進化させる為には、東方の技術を取り入れるのがよいかもしれんの」
「それもいいけどよ。浄化術を今より良くすんなら、単純に考えてその道の奴に知恵借りればいんじゃねぇの? 例えばハイデマリーのお師匠さんとかよ」
ジャックの言葉にまたや緊張が高まる。
「名前はヴォールだったか? おいおい驚きだぜ最近良く耳にする歪虚と同じ名前じゃねぇか。こりゃもしかすっと歪虚がお師匠さんの事何か知ってっかもしんねぇな」
「これ、ジャック……!」
イーリスが諌めるが、ジャックは続ける。
「てなワケでよ、エルフハイムの情報収集能力でヴォールの居場所とか調べてくんね? 居場所が分かりゃ話つけれるかもしんねぇ」
「具体的にはどうするつもりだい?」
「俺はヴォールが完全に歪虚化したわけではなく、力を借りているだけの契約者じゃねぇかと考えている。それなら人間側に戻す事も可能かもしれねぇだろ」
その言葉に驚いたのはハイデマリーだ。
「確かに……師匠以上に浄化術に詳しい人は居ない」
「ヴォールってそんなにすごい人だったんだね」
唖然とするユリアンにハイデマリーは頷く。
「何か分かりゃエルフハイムにも情報は流す。森の外の事はハンターの方が動きやすいだろ?」
「……俺からもお願いします。俺もヴォールを追っていますから、双方にとって悪くない取引だと思います」
指を組んで考えるヨハネ。その視線は意見を求めるようにハジャに向かう。
「ヴォールに関しては歪虚の情報が集中するソサエティに身をおくこいつらの方が上手だ」
「成る程。では、その提案を受け入れるとしよう」
ウィンクしながら親指を立てるジャックにシャイネは苦笑いを浮かべた。
「なんだかとっても難しい話で、わたくしちんぷんかんぷんですわ……」
ただじっとして聞いていただけのチョココだったが、緊迫した空気にすっかり疲れ果てていた。
そこへ差し出されたのは小さくカラフルなお菓子である。
「お疲れ様。大丈夫?」
「ヨ、ヨハネ様?」
「エルフハイムのお菓子だよ。よかったらどうぞ」
会議は中断し、休憩時間。ひょいとその手から横取りしたハッドが口に放り込むと。
「うむ? なんじゃこれは……落雁みたいな味がするのぅ」
「蜂蜜と砂糖と小豆を押し固めたお菓子だよ」
お菓子を頬張るチョココをヨハネは笑顔で撫でる。
「ではお返しに我が祖国のトルココーヒー的なものを馳走しよ~ではないかの!」
ハッドが高々と取り出したお茶がパウラに奪われているのを遠巻きに眺めるハジャ。
「あいつロリコンなの?」
「前に調べてくれると言っていた件、どうなったかね?」
そこへエアルドフリスが声をかける。
「オル……おっと。あの女、アレは器だったんだろう?」
「それに関しちゃ資料がない。厳密には俺には読めん」
百年以上昔の出来事であり、かつエルフハイムの深淵に迫るとなると、“図書館”をひっくり返すしかない。
だが図書館は厳重に管理されており、また古文書に関しては専門の記録者でなければ解読する事ができないのだ。
「近頃器を人として扱おうとしているらしいが、あの女みたいにならん方法があるのかね?」
「さてな。そもそも器を人扱いしてるのは、結局はハンターとジエルデだけだと思うぜ」
何かが変わったわけではない。今はまだ、大きくは……。
「ハイデマリーよ、ヴォールの事迷ってんなら力貸せ。責任なら俺様が取ってやる」
「彼を人に戻す……そんな事が可能なのかな?」
ジャックの言葉に首を傾げるシャイネ。ユリアンは腕を組み。
「わからない。もしかしたらすべて奴に乗せられているだけなのかもしれない。でも、知らない事には何もわからないままだから」
「それが大団円だとはわかっているよ。だけど僕はずっと見てきたんだ。大抵の物語には、哀しい結末が伴うって事をね」
過去を懐かしむように頭上を仰ぐシャイネ。
「諦めているわけじゃないんだ。ただ、覚悟はしておかないとね?」
「そうね。私もそう思う」
「なんか、達観してるんだね?」
二人は顔を見合わせ笑う。どこか似ている二人にユリアンは笑みを浮かべた。
「どうやらまた一歩夢に近づいたようじゃな」
「ああ……貴殿らのお陰だ。だが……」
イーリスの言葉にユレイテルは眉を潜める。
「何か、事が上手く運びすぎている気がしてならないのだ」
これできっと浄化術は進歩する。機械式楔が完成し、浄化術の輸出が始まれば、エルフハイムは豊かになる。
ヴォールやオルクスといった脅威に対しハンターと連携が取れれば、対策が練りやすくなる。
ハイデマリーという恭順派の後ろ盾がある居住者が定着すれば、ナデルハイムはより開かれるだろう。
「案ずる事はない。おぬしにはわしらがついておる」
顔を向け、ふっと笑みを作るユレイテル。だが胸中の不安を払拭する事はできなかった。
中断されていた会議が再開される。詳細を詰めれば、今後の方針は固まるだろう。
だがそれは誰の願いで、誰の意志なのか。
動き出した光を巡る物語は、否応なく次のステージへ進んでいく……。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
【浄化技術交流会】ω・) ハッド(ka5000) 人間(クリムゾンウェスト)|12才|男性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2015/08/02 01:18:18 |
||
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/07/29 23:19:37 |