• 東征

【東征】隠の一ツ橋/イザ、尋常ニ

マスター:のどか

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~5人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2015/08/20 07:30
完成日
2015/09/07 20:24

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 都は騒然としていた。
 こちらを目指して歩み寄る巨大な影、九蛇頭尾大黒狐・獄炎の襲撃を前にして、持てる知恵と力を結集し、対策に臨むエトファリカ。
 決死の覚悟で臨む四神結界の是非の前に、言葉にはしようも無い期待や不安の織り交じった空気が都中を包み込んでいた。
「いや、随分と色めき立っておりますな。都も祭りの前夜のように、そわそわとした空気が蔓延っておりましたぞ」
 宮殿の一室にて、符術師・汀田明壬は緊張感など微塵も無いあっけらかんとした口調で笑い飛ばした。
「今回ばかりは流石の俺も心の臓の辺りがキリキリしてやがるんだ……その相変わらずの様子は、ある種感服するぜ明壬」
 彼の前には上座へと腰を下ろしたスメラギ帝の姿。
 その姿には、言葉の通りいつものそれに比べれば明らかに余裕が無く、イライラと落ち着きなく膝を上下に揺らす様子が見て取れた。
「ご謙遜を。スメラギ様ともあろうお方が、私めのような一介の符術師に感服など、どうかなさらぬよう」
「良く言うぜ、四神結界機動の命も一つ返事で断ったくせによ」
 スメラギの痛い所を付いた一言に、明壬も流石にピシリと額を平手で打って、深く頭を下げる。
「あいや、これは失礼を。ちょうどその頃、陰陽寮を空けておりまして」
「じゃあ、返事を寄越したのは誰なんだろうなぁ」
「それは、風の噂というやつでしょう」
 明壬が視線だけを上げて、上目遣いでそう口にすると、ぶっと吹き出したようにスメラギは腹を抱えた。
「いや、やっぱお前面白いわ。ウチの符術師なら、そうでねぇとな」
 パンと膝を打って、話は終いだと告げたスメラギは、改めて明壬へと向き直る。
 恭しく頭を上げた明壬の瞳を見抜くようにして、紅の瞳が煌々と輝きを増す。
「で、国の一大事に仕事を断ったんだ……アテはついたんだろうな?」
「ははは、そう期待なさらずに聞いていただけると、心中穏やかなるものですが」
 挑戦的なスメラギの言葉に、笑い声を上げながら懐へと手を突っ込む明壬。
 そうして、古びた巻物を取り出すと、ころりと畳の上を転がすようにしてその中身を広げて見せた。
「汀田の屋敷より見つけて参りました、当時施したと言う封印の術式でございます」
 彼が示した術式は、汀田家の先々代がかつて施したと言う結界術。
 ――妖刀「魂啜り」を龍脈へと封印した、封魔の術式であった。
「ほう、つまりこれでもう一度封印するって事か?」
「いやいや、ご冗談を。私の目からすれば、この術式は不完全。失敗策でございます。そりゃぁ、有事の際に盗まれもするでしょう」
 スメラギの言葉に、もう一度笑い返す明壬。
 この場に紫草が居なくてよかったと、居合わせた者が居たならばきっとそう思った事だろう。
「だからこそ、これを用意させて頂き申した。いや、思った以上に手間がかかりましてな」
 そうして、明壬は勿体ぶっていた傍らの布包みをはらりと解いた。
 細長い棒のような形をした包みの中から現れたのは……1本の『鞘』であった。
「この鞘には妖刀に合わせた特殊な結界術を施しております。この中にその刃を納めれば……本当に僅かな時間ではありますが、その力を休眠させる事が可能でしょう。そうして、大人しくなった時間で私自ら再度封印の結界を張る。此度はより、強固なものをでございます」
「それで、カタが付くんだな?」
「いかにも」
 明壬は自信を持って頷いていた。
「封印自体は、先に妖刀を封印しておりました城の龍脈で構いませんでしょう。術の下地が土地に根付いておりますゆえ、仕事も楽でございます」
「それは構わねぇが、どうやって妖刀をそこまで運ぶんだ? 話によりゃあ、よりにもよってあの辻斬り野郎の手に渡ってるって話じゃねぇか」
 辻斬り野郎――一ツ橋雅勝。
 エトファリカ周辺に古くから現れる歪虚であり、つい先日の戦いで九尾の配下、御庭番衆の一員であることが発覚していた。
 持ち前の剣術で妖刀を振るい、ハンター達へと猛威を奮ったのは記憶に新しい。
「さしあたっての問題はございませぬ。ヤツは必ず城へ現れるでしょう」
「どうしてだ?」
「奴らは憤怒――怒りを原動力とする物の怪でございます。そうであるならば、今、こうして表に出て来た理由も明白。妖刀「魂啜り」……ヤツは間違いなく、汀田の血を欲しております故」
「封印を施した、腹いせか」
「いかにも。ヤツは言葉は介しませぬが、意思を持った刀。それが私の血を啜りたく、所持者は人を斬れればそれで良い。先日儀式の最中にも表れた故に、その事は確信と言っても相違ございませぬ」
 そう口にする明壬の言葉は、自らが狙われていると言っているにも関わらずどこか他人事のように、乾いた感情に包まれていた。
「……もしもの事があっても、構わねぇんだな?」
 そう問うたスメラギの心境を代弁できる者は居ない。
 が、その言葉に明壬は目を細めて、襖の先の庭園を眺めると、静かに口を開いた。
「帝よ……ワシは、汀田を当代で終わらせても良いと思っておる。先代までに比べれば、それほど後の世に残せるほどの術も示しておらねば、大きな功も成してはおらん。今は帝を始め、より若く、才能のある術師達も五万とおる。その中でワシが無理に道を示す必要も無いと、そう思っておるのじゃ」
 不意に、今までの仰々しさを取っ払って口から出た言葉に、スメラギも思わず返しかけた言葉を呑み込んでいた。
 それを察し、明壬は尚も言葉をつづける。
「西の世界とも繋がり、多くの者がエトファリカを訪れた。あちらの魔術も、今後一層この世界へと入って来ることじゃろう。そうなれば、今まで狭い世界の中だけで培われて来たこの符術という概念も大きく変わって行く。世界は、変わる」
 それは、短い時間ながらも西方のハンター達と接して来た彼の本心であったのだろう。
 この世界は変る。
 それが良い方に進むのかどうかは分からないが、少なくとも、変化は必ず起きる。
 いや、既に起きて居る。
 その時、自分はどうしているのか……彼が語っているのは、まさしくその事であった。
「――さて、この大事な時に東方の兵をお借りする事も出来ますまい。ここは一つ、西方のハンター殿にお手伝い願おうかと。なに、一度は辻斬りめを退いた者達。次こそは討ち取ってくれることでしょうぞ」
 そう言って巻物をくるくると畳んで懐へと仕舞う彼に、スメラギは静かに、しかし帝の威厳を持って言葉を投げかけていた。
「紫草みてぇなヤツばかりだと、息苦しくってしかたがねぇ。明壬――絶対に帰って来いよ」
「――御意に」
 深く、頭を下げる明壬を前に視線を上げて、天井の梁を見つめるスメラギ。
 その瞳は、自らの全うする仕事のためとは言え、ここ一番でもこの宮中から動く事も出来ず、常に見送る立場でしかない自分の存在をどこか蔑むような……そんな色を灯していた。

リプレイ本文

 夏の終わりを告げ始めるこの時期であるが、地下祭壇にはひんやりとした凍えるような空気が張り詰めていた。
 龍脈の前で儀式の準備に掛かる明壬を背に、感覚を研ぎ澄まし、備えるハンター達。
 一刻、一刻と、その時をただ、待ち続けていた。
 不意に、空気が一層冷えあがるのを、ハンター達はその肌で感じていた。
 同時に、ジャリっと言う草履が地面に擦れる音。
「ふむ、来おったぞ」
 深く、唸るように口にしたバリトン(ka5112)の言葉で、その緊張はさらに張り詰めて行く。
 眼前の武者鎧を纏いし歪虚・一ツ橋雅勝は、怪しげな気を纏う抜き身の刀を手に、1歩、また1歩と、恐れを知らぬ足取りで歩み進んでいた。
 先の戦いでの傷か、その右腕は剥き身の状態で、うごめく緑色の蔦がぐるりと刀の柄を覆い込むように張り付く。
 割れた兜から除くその表情もまた、おどろおどろと輝く瞳の輝きを除いて、蔦によって人の顔の形を成しているに過ぎなかった。
「思えばお前も哀れ……強さを求めた結果がその姿なのだろうから」
 そんな敵の姿を目の当たりにして、三條 時澄(ka4759)三條 時澄(ka4759)の胸に抱いた感情はただの「哀れみ」であった。
 否、彼だけではない。
 その胸に士道を刻みし者達にとって、なれはてであるその姿は他人事では無かったのだから。
「んじゃま……おっ始めるか!」
 緊張を断ち切るかのように声を響かせたジャック・エルギン(ka1522)の言葉で、ハンター達が一斉に戦場へと散った。
 戦いの気配を感じ取ったのか、一ツ橋もまたその地を蹴る。
「させるかよ……!」
 刹那、その動きよりも疾く一ツ橋の懐へと潜りこんだ尾形 剛道(ka4612)の刃が、暗闇に一筋の流星となって閃いた。
 咄嗟の事ながらも、身体に覚え込まれているかのような慣れた手つきで、刃を翻し、上から押さえ込むようにして剛道の刃を受け返す一ツ橋。
「強ェ臭いがする……イイなァ、アンタ!」
 剛道は口の端をニィと歪ませると、そのまま刃の元を押し込んで妖刀の自由を奪う。
「まぁ、そう急ぐモンじゃねぇぜ。もう少し俺らと力比べして行こうや!」
 押さえ込む剛道の刃のさらに上から重く圧し掛かるジャックの大剣。
「そいつを見ると、腹が痛むぜ……傷は完全に塞がったってのによ。やっぱ治すには勝つっきゃねー。盛り上がってきたぜ!」
 自身を鼓舞するように叫ぶジャックと共に、妖刀の動きが一瞬、完全に押し留まった。
「そう言うこと! 絶対に守り切るし絶対に勝つ! さあ、決着の付け時でござる!!」
 その一瞬の隙を見逃さず、ミィリア(ka2689)と上泉 澪(ka0518)の刀身が、重厚な鎧を貫き切り裂く。
 先の戦いで得た攻略法の踏襲……が、今回ははじめから必要十分な「押さえ」の数を計って行ける。
 その事だけでも、随分と身の振り方が変わるというもの。
「十分です、一度引きましょう」
 そう合図をくべて、バックステップで戦域を離脱する澪。
 同時に、刀を押さえ込んでいた2人も含めて一斉に一ツ橋の元から身を引いてゆく。
 自由になった刀を前に、当然ながら一ツ橋もその刃を振るわない道理は無い。
 ずるりと蔦の腕がその身の丈と同じほどにも伸び、鞭を振るうかのように真っ赤に染まった刀を薙ぐ。
「残念だけど、今は構って上げられないんだよ!」
 振るわれた刃をミィリアは盾の表面で受け弾くと、同時に4つの影がその蔦を掻い潜って一ツ橋へと距離を詰めていた。
「私とて剣士、力への渇望はあります。ですが、目的を見失っては……」
 自らの過去に想いを馳せたのか、その瞳に哀愁を漂わせる麗奈 三春(ka4744)であったが、振るう刃には迷いを見せず、ただ一心に眼前の歪虚へと振り下ろす。
「そう、同情はすまいよ。お前はあまりにも斬り過ぎたんだ」
「そう言うことだ。ただの人斬りは、わしのリハビリの相手にでもなってもらおうか?」
 鞘を走る時澄の一閃に、バリトンの重い大剣の重圧が折り重なった。
 伸びきった腕はその間合いを伸ばしはしたが、入れ替わりに強襲するハンター達の姿に、完全に後手に回らざるを得ず、腕を収縮するより先に4つの閃きが一ツ橋の身を襲う。
「来るが良い、お主の剣の全てを込めよ!」
 妖刀とは別に真っ赤に染まった刃を振るい、紅薔薇(ka4766)は叱咤するかのようにそう言葉を投げかけていた。
 重厚な鎧を抉るようにかち割る一撃に、流石の一ツ橋もその足を踏みしめ、衝撃に苦悶する。
 ようやく引き戻した妖刀にすぐさま自らのマテリアルを吸わせ、袈裟に振りぬく真紅の刃。
 撓る腕が、離脱の途に付く紅薔薇を襲う。
 盾で受けてなお身に沁みる衝撃に、先の戦いの深手など微塵も感じさせないかのような敵の気概を肌で感じていた。
「それでよい。全てを込めたうえで……妾はそれを打ち砕く!」
 弾くように盾を押し返し、反転するように離脱を図る紅薔薇。
「まだ足りねぇぜ……もっと、打ち合え。なぁ、もっと、刃を重ねようぜ!」
 絶えず入れ替わりに入った剛道ら4人の追撃に、一ツ橋はその場に足を留めるほか無かった。


 ハンター達の策略は、上手い具合に一ツ橋の猛攻を喰いとどめていた。
 また、入れ替わり立ち替わりに矢面に立つ者が交代してゆくことで結果的に損傷の分散にも繋がり、限られた戦力の中で最大限の戦果をあげる事に重きを置くことができていた。
「銃か弓があればよかったんだけど……無いよりマシだな」
 祭壇のかがり火で熱した手裏剣を放つ時澄。
 撃ち払おうとした一ツ橋の腕を澪のワイヤーウィップが絡め取り、それを阻害する。
 ストリと焼け焦げるようなにおいを発しながら突き刺さったその刃を一ツ橋は慌てたように振り払うと、溜め込んだマテリアルを斬撃と成して一息で振りぬいた。
「おっと……それは勘弁願いたいな!」
 迫る衝撃を命からがら避け去る時澄であったが、自らの接敵の手番に、そのままの勢いで間合いを詰め込む。
 迎え撃つ一ツ橋の一閃をジャックがその身で持って受け応じると、隙を突いて3本の刃が一ツ橋の身に傷を入れ込む。
「多勢に無勢じゃこの程度か……いや!?」
 剛道は確かに効いていた、刃の迫るその風音を。
 どこから……否、それは伸びた腕によって、意識の外から迫るものであったのだろうか。
 周囲の敵を纏めてなぎ払うかのように振るわれた一刀が、ハンター達の意識の外から迫り来る。
「ンなのアリかよ……!」
 足元を掬われるように振るわれた一撃に、ジャックらは為す術なく膝を付かされた。
 すぐさま、追撃の刃がぼんやりと暗闇に浮かび上がる。
「いけない、明壬さんが……!」
 ミィリアは咄嗟に立ち上がり、一ツ橋と明壬との射線を遮るように立ちはだかっていた。
 同じ射線に居合わせた剛道もまた、咄嗟にその大太刀を眼前に掲げる。
 解き放たれた斬撃が戦場を突きぬけ、弾ける。
 2人分を貫通し威力を削がれたその一閃は、祭壇に届く事無く空へと霧散していた。「へっ……守りながらってなァ趣味じゃねェんだがな」
 全身を焦がしたかのように身を焼き付けた剛道。その刃がカタリと、地面を転がる。
 先の薙ぎ払いから眼前で受けたその一撃に、流石に立ち上がる事の出来る由は無かった。
「剛道殿の回収を! 穴は妾が請け負う!」
 咄嗟に距離を詰めた紅薔薇が一ツ橋へと刃を振るい、一ツ橋もまたそれに応じるように刃で応えていた。
 その間にジャックが剛道を回収。
 かろうじて息はあることを確認すると、ほっと胸を撫で下ろした。
「直撃だけは、避けねばなりませんか……」
「なに、その時はこの刃で受けるのみだ!」
 あいも変わらずの妖刀の凄まじい一撃に、軽く頬に汗を伝わせた三春であったが、そんな懸念を笑い飛ばすかのようにバリトンの高笑いが戦場を包む。
「結局の所、立っておった者が勝者。そうであれば、喰らった時のことなど考えてもしかた無かろうて!」
 紅薔薇が一ツ橋を押さえるその背後から、振り下ろされるバリトンの大剣。
 重厚なその一撃は、同じく頑丈な胴丸へと吸い込まれるように叩きつけられる。
「そう言うこと! パワーと根性にならちょっぴり自信あるんだから!」
 入れ替わりに迫ったミィリアは、一ツ橋の一閃を紙一重で掻い潜りながら、刃を一点突き刺すように突貫。
 切っ先を押さえた一ツ橋のいなしで直撃は避けられたものの、そのまま下段で刀の押さえ込みに入る。
「さっきのは効いたぜ……コイツはそのお返しだ、受け取れ!」
 瞬間、側面から迫るジャックがその腰に添えたランタンを一ツ橋の方へと放り投げていた。
 ちょうど敵の頭上に浮かび上がったとき、空を切る大剣がそのランタンを粉々に粉砕する。
 タンクに詰まったオイルが飛散し、同時に燃える火種が、一ツ橋の頭上から降り注いでいた。
「……!?!?」
 ボウと、音を立てて燃え上がる一ツ橋の身体。
 押さえ込んでいた刀も引いて、全身の炎を振り払うかのように身を捩り、蔦を伸縮させる。
「ハッハー、魔法の火じゃなきゃ吸収はできねーだろ!」
 不敵に笑むジャックの傍で、澪の巨大な太刀が唸りを上げる。
「流石に無防備と、言わざるをえませんね」
 振り抜かれた渾身の一刀は振り乱す右腕の触腕を見事なまでに断ち切っていた。
 斬り飛ばされた腕の先、妖刀が鈍い輝きを放ちながら宙を舞った。


 乾いた金属音を響かせ、地面を転がる妖刀。
 すぐさま伸びる蔦の腕が、それを拾い上げようと迫り行く。
「させるかよ……!」
 妖刀と一ツ橋との間に割って入ったジャックが、蔦の幹の真正面でその大剣を振りかざした。
 割り入るようにめり込む大剣に、絡みつくように侵食して行く数多の蔦。
「そこまでして力を求め、その先にあったお主の願いは何じゃ、一ツ橋?」
 地に滲む柄を握り締め、紅薔薇は小さく、問いかけるように言葉を紡いでいた。
 そのような姿になってまで尚も求めた強さ、その見返りが本能のままに戦い続けるだけの化け物に成り下がる事であったなど、当時の一ツ橋もはたして望んで居たのだろうか。
「戦エ……イザ、尋常ニ」
 オウムのようにそれだけを口にする歪虚を前にして、柄を握る力が一瞬、緩んでいた。
「戦いの果てに散るのが望みなら……今、妾がそれを与えよう」
 否、刀を振るうために一瞬自由にしたその小手先で刃を翻し、行き抜けにそのどてっ腹へと叩き込まれた紅薔薇。
 燃え盛る身体を断ち切る一閃にその身が両断――刹那、絡み合う蔦が、すぐにその空間を補填する。
「剣士なら、一度は誰だって純粋に強さだけを求めたさ……だが皆、越えちゃいけない線ってヤツを暗黙のうちに引いているものだ」
 戦線を縫って、迫る時澄の刃が、腋の下から一ツ橋の左の肩へと食い込んだ。
 逆方向から三春の太刀が、肩口から時澄の刃に挟み込む。
「だからこそ我々は、其の姿を戒めとして心に刻み込み、始末をつけさせて頂きます」
「俺達は、全力でお前を否定する」
 他人事では無いからこそ、頑として否定する。
 斬り飛ばされた左腕が宙を舞い、ガシャンと、音を立てて大地を転がった。
「よく言った、己を見失わぬ事こそ真に求められし強さよ!」
 間髪置かずに振り抜かれたバリトンの大剣が、一ツ橋の重厚な胴丸に叩き込まれ鈍い音を立てる。
 重さに任せた刃はその強固な胴丸にぶち当たってなおその威力を削がれず、大きな亀裂を生じさせていた。
「これが人の意志じゃ! それを捨てたお主に理解もできぬであろうがな……!」
 行き抜け、振り返り様に袈裟に一閃。
 紅薔薇の刃がボロボロとなった胴丸を打ち砕き、紅蓮の刃にて再三に身を引き裂く。
 もはや武者と呼べるのは、その頭に乗った兜だけとなった姿で、それでも一ツ橋は口にした。
「我ハ……決シテ、負ケヌ……!」
「負けられないのはこちらも同じ。でもミィリア達は昨日じゃなくって、輝く明日のために戦っているんだから!」
 伸びきり、2人の男に押さえ込まれた腕の間。
 真っ直ぐに掲げた刃が、一ツ橋の頭上に光り輝く。
「だから……ここまで持ちこたえた、ミィリア達の勝ちだよ」
 吹き抜ける一迅の風の如く、ゴウと音を立てて振り下ろされたミィリアの刀身が、兜の傷を明確に捉えていた。
 ミシリと兜に亀裂が入り、確かな手応えと共に足元まで一気に振りぬいた振動刀。
 瞬間、延びきっていた腕からもだらりと力が抜け落ち、蔦の身体はその形を保つ事が出来ず、解けたロープのようにその場に崩れ落ちていた。
「魂啜り……確保しました!」
 結界鞘を片手に、転がる妖刀を手にした澪がその刀身を翻す。
 同時に、ドクリと高鳴る心の鼓動。
 まるで血を吸われるかのように、喉が、身体が渇いてゆく。
 力が、抜けて行く。
「これが……魂啜り……」
 おぼつかない震える手の動きで、それでも鞘へと仕舞い込んだその剣を、明壬の指示の下で龍脈炉へと放り込む。
 明壬はすかさず星印を切り、懐の符を炉へと撃ち放った。
 炉から溢れる光に靡くようにはためく符は、吸い寄せられるように炉の周囲に張り付き、その姿を覆い隠して行く。
 立ち上るマテリアルの柱の輝きが漏れる、最後の一点を符が多い尽くしたとき、全ての儀式は、ここに終っていた。
「――皆の衆、大儀であった!」
 額の汗を拭い捨て、重荷から解放されたかのようにそう言い放つ明壬。
 封印の義は、成った。
「これで終った……んだな」
 封印の施された龍脈炉を前にして、一つ大きく息を吐く時澄。
「良いところは澪に持っていかれちまったなぁ。俺だってピンピンしてたんだぜ?」
 言いながらも、その場に足を投げ出して、ジャックは大の字に地面に転がっていた。
 気づかなかった、滝のような汗が全身を伝う。
「これで、もう二度と同じ過ちは繰り返されないのですね」
「何せ、ワシの特注の結界じゃからな。そう易々とは、打ち破れまいて」
 澪の疑念を吹き飛ばすように、明壬は大きく声を上げて笑っていた。
「正直な話、わしとしてはちょっと使ってみたかったのう……その刀」
 どこか残念げに口にするバリトンであったが、流石に心からそう思っているわけではないだろう。
 いや、そうであって欲しいが。
 そんな儀の余韻に浸るハンター達の背後で、紅薔薇は静かに、霧散して行く一ツ橋の亡骸へと視線を落としていた。
 そこにはかつての強敵の姿など影も無い、ただの慣れの果てがあるに過ぎなかった。
「憐れな人斬りよ……せめて最後は安らかに眠るのじゃ」
 その言葉に込められていたのは敬意。
 敵味方関係ない。
 強き者に対する、彼女が抱いた素直な感情であった。
「我ガ……朽チル。滅ビル……」
 消え行くマテリアルに紛れ、かすかに響いた一ツ橋の言葉。
「負ケタ……拙者ハモウ……諦メて……良いのだな――」
 その言葉は、勝利と言う重圧から解き放たれたかの如く、潔く、清々しい、武士然とした敗北の宣言であったと言う。

依頼結果

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MVP一覧

  • 未来を示す羅針儀
    ジャック・エルギンka1522
  • 不破の剣聖
    紅薔薇ka4766

重体一覧

  • DESIRE
    尾形 剛道ka4612

参加者一覧


  • 上泉 澪(ka0518
    人間(紅)|19才|女性|霊闘士
  • 未来を示す羅針儀
    ジャック・エルギン(ka1522
    人間(紅)|20才|男性|闘狩人
  • 春霞桜花
    ミィリア(ka2689
    ドワーフ|12才|女性|闘狩人
  • DESIRE
    尾形 剛道(ka4612
    人間(紅)|24才|男性|闘狩人
  • 戦場の舞刀姫
    麗奈 三春(ka4744
    人間(紅)|27才|女性|舞刀士
  • 九代目詩天の信拠
    三條 時澄(ka4759
    人間(紅)|28才|男性|舞刀士
  • 不破の剣聖
    紅薔薇(ka4766
    人間(紅)|14才|女性|舞刀士
  • (強い)爺
    バリトン(ka5112
    人間(紅)|81才|男性|舞刀士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/08/15 12:49:36
アイコン 質問卓
紅薔薇(ka4766
人間(クリムゾンウェスト)|14才|女性|舞刀士(ソードダンサー)
最終発言
アイコン 相談卓
紅薔薇(ka4766
人間(クリムゾンウェスト)|14才|女性|舞刀士(ソードダンサー)
最終発言
2015/08/19 23:39:13